●まえが き
ス トレス と健 康 との 関 係 は,医 学 的 な 視 点 と心 理 学 的 な 視 点 の2つ
か ら主 に
検 討 さ れ て き た. 医 学 的 ス トレ ス研 究 は,病 理 的 研 究 と疫 学 的研 究 とに 大 別 され る.前 者 は, さ ま ざ まな疾 患 の 発 症 にか か わ る 自律 神 経 系 ・内 分 泌 系 ・免 疫 系 な どの 機 能 的 変 化 を ス トレ ス反 応 と して位 置 づ け,ス
ト レス 因(ス
トレ ッサ ー)と ス トレス
反 応 との 因 果 関 係 を明 らか に し よ う とす る も の で あ る.こ お お よ そ30種
類 の 疾 患 が ス ト レス 関 連 疾 患 と さ れ,な
患 ・糖 尿 病 ・胃潰 瘍 が4大
の研 究 領 域 か ら は, か で も癌 ・冠 動 脈 疾
ス トレス疾 患 と い わ れ て い る こ と は,周 知 の とお り
で あ る.後 者 は,平 均 寿 命 ・死 亡 率 ・死 亡 原 因 ・身 体 的 健 康 状 態 な ど と居 住 地 域 ・居 住 形 態 ・職種 ・ジ ェ ン ダ ー ・人種 な どの 心 理 社 会 的 条 件 や 生 活 習 慣 な ど との 相 関 関 係 を 明 らか に し よ う とす る もの で あ る. 一 方,心
理 学 的 ス トレス研 究 の 目的 は,心 理 社 会 的 環 境 へ の適 応 過 程 の分 析
と適 応 の 結 果 もた ら さ れ る 心 理 的健 康 の 個 人 差 生 成 要 因 の 検 討 に あ る.こ の研 究 領 域 で は,心 理 社 会 的環 境 を ス トレ ッサ ー と し,こ の 種 の ス トレ ッサ ー に 伴 っ て 自覚 す る種 々 の 感 情 状 態 を ス トレス 反 応 と し て,感 情 状 態 の特 徴 に よっ て 適 応 状 態 の 程 度 を評 価 す る が,そ
の 背 景 に は 適 応 状 態 を精 神 的健 康 とみ な す 暗
黙 の 了解 が あ る こ と は い う まで もな い. 心 理 学 的 ス トレス 研 究 で は,ス
トレ ッサ ー を受 け て か ら感 情 反 応 が 現 れ る ま
で の過 程 を心 理 的 ス トレス プ ロ セ ス と呼 ん で い る.こ の プ ロ セ ス は い わ ゆ る力 動 的 な心 理 的 過 程 で あ り,心 理 学 的 ス トレ ス研 究 が 開 始 さ れ た1960年 カ リ フ ォ ル ニ ア 大 学 バ ー ク レイ校 の ラザ ラス(Lazarus, す る何人 も の研 究 者 に よ って,こ され て き た.そ の 結 果,今
代から
R. S.)教 授 を は じめ と
の プ ロ セ ス を構 成 す るい くつ もの 要 因 が 検 討
日で は,ス
トレ ッサ ー の 負 担 度 を 認 知 的 に評 定 す る
ア プ レ イザ ル とス トレ ッサ ー の負 担 度 に応 じて ス トレ ッサ ーへ 対 処 す る コー ピ ン グ とが 主 要 な 要 因 で あ り,特 に ス トレ ッサ ー の衝 撃 を軽 減 させ る 目的 で 実 行 され る コー ピ ン グ は,適 応 状 態 に 直 接 的 に 関 連 す る 最 重 要 な要 因 で あ る点 で,
多 くの研 究 者 の意 見 は一 致 して い る. 本 書 に よ っ て,心 理 学 的 ス ト レス研 究 の 概 要,と
りわ け コー ピ ン グ と呼 ば れ
る構 成 概 念 を理 解 す る こ とが で きれ ば,本 書 の 目的 の大 半 は 達 せ られ た と い っ て も過 言 で は あ る まい.
本 書 は4部 か ら構 成 さ れ て い る.第1部
「健 康 維 持 鍵 概 念 」 で は,ス
トレス
の 観 点 か ら心 理 的健 康 を捉 え る 際 の 不 可 欠 な要 因 で あ る コー ピ ング と コー ピ ン グの 資 源 と して 近 年 注 目 さ れ て い る ソ ー シ ャ ル サ ポ ー トと ソー シ ャ ル ス キ ルお よ び満 足 感 を取 り上 げ る.第2部
「健 康 増 進 の 方 法 」 で は,第1部
に紹 介 した
各 種 の健 康 維 持 要 因 を用 い て心 理 的 不 健 康 を防 止 し心 理 的健 康 を 向上 させ る た め の 心 理 臨 床 的 介 入 方 法 の 実 際 を紹 介 す る.こ サ ポ ー トグ ル ー プ,SST,ス ど の 介 入 方 法 は,心 る.第3部
こ で 取 り上 げ られ て い るEAP,
トレス カ ウ ンセ リ ン グ,問 題 解 決 志 向 行 動 療 法 な
理 学 的 ス トレ ス研 究 の 成 果 に 基 づ く実 践 的 応 用 な の で あ
「健康 維 持 鍵 概 念 の 応 用 」 で は,ス
っ て,児 童 ・生 徒,大
学 生,成
人 一 般,高
トレス 対 策 の 対 象 を発 達 軸 に沿
齢 者 に4分 割 し,そ れ ぞ れ の 年 齢 帯
で 実 際 に 実 施 され て い る ス トレス 対 策 を紹 介 す る.な お,最
後 の 第4部
「ス ト
レス と健 康 の 測 定 と評 価 」 に は,こ れ まで の 各 章 に 紹 介 さ れ た研 究 で 使 用 され た り引 用 され た ス トレス 関 連 の 測 定 尺 度 を 中 心 とす る代 表 的 な 尺 度 が 取 り上 げ られ て い る. 各 章 の執 筆 者 は そ れ ぞ れ が 担 当 す る分 野 に 精 通 した新 鋭 の研 究 者 で あ り,臨 床 家 で あ る.本
書 を お 読 み に な っ て,さ
ば,
[email protected]ま
ら に 深 くお 知 り に な りた い 点 が あ れ
で ご一 報 願 い た い.
2006年1月
小杉正太郎
執筆者一覧 小 杉 正 太郎
早稲田大学文学部
島 津 明 人 東京大学大学院医学系研究科 種 市 康 太郎
聖徳大学人文学部
田 中 健 吾 大阪経済大学経営学部 島津 美 由紀
ソニー(株)厚 木健康開発セ ンター
大 塚 泰 正 広島大学大学院教育学研究科 千 葉 浩 彦 淑徳大学総合福祉学部 林
弥 生
淑徳大学総合福祉学部(非 常勤講師)
鈴 木 綾 子 鉄道総合技術研究所人間科学研究部 福 川 康 之 聖徳大学人文学部 (執筆 順)
●目
次
0. 序 章:ス
ト レス と健 康
0.1 ス トレス とは何 か
[小 杉 正 太 郎] 1
1
0.2 ス トレ ス と健 康 に 関 す る 医学 的 研 究 の端 緒
3
0.3 ス トレス と健 康 に 関 す る ラ イ フ イベ ン ト研 究 の 端 緒 0.4 ス トレ ス と健康 に 関 す る心 理 学 的 研 究 の端 緒 第1部
7
10
健 康 維 持 鍵 概念
1. コ ー ピ ン グ と健 康
[島 津 明 人] 21
1.1 入 力 型 ア プ ロー チ と 出力 型 ア プ ロ ー チ 1.2 心 理 学 的ス トレス モ デ ル
21
23
1.3 コー ピ ング の種 類 と精 神 的健 康
26
1.4 コー ピ ング概 念 の 拡 張:不 健 康 状 態 の 改 善 か ら適 応 の促 進 へ
2. ソ ー シ ャ ル サ ポ ー トと健 康
[種 市 康 太 郎] 35
2.1 ソー シ ャル サ ポ ー トの研 究 背 景 と歴 史 2.2 構 造 的 サ ポ ー トと健 康
38
2.3 機 能 的 サ ポ ー トと健康
42
35
3. ソ ー シ ャ ル ス キ ル と健 康 3.1 ソー シ ャル ス キ ル と は何 か
[田 中 健 吾] 52 52
3.2 ソー シ ャル ス キ ル と精 神 的 健 康
60
3.3 ソー シ ャル ス キ ル と心 理 学 的 ス トレス
64
4. 満 足 感 と健 康 4.1 満 足 感 に つ い て
31
[島 津 美 由紀] 70 70
4.2 満 足 感 と諸 要 因 との 関 連 につ い て
72
4.3 お わ
第2部
り に
77
健 康 増 進 の 方 法
5. 集 団 を 対 象 と し た 健 康 増 進 の 方 法 5.1 EAP
(Employee
Assistance
79
Program:従
業 員 支 援 プ ロ グ ラ ム)
[島 津 美 由 紀] 79
5.2 サ ポ ー ト グ ル ー プ 5.3 SST
[大 塚 泰 正] 88
(Social Skills Training:ソ
ー シ ャ ル ス キ ル ・ ト レ ー ニ ン グ)
[田 中 健 吾] 101
6. 個 人 を 対 象 と し た 健 康 増 進 の 方 法
110
6.1 ス ト レ ス エ デ ュ ケ ー シ ョ ン と ス ト レ ス カ ウ ン セ リ ン グ [小 杉 正 太 郎] 110 6.2 解 決 志 向 行 動 療 法
第3部
[千 葉 浩 彦] 122
健 康 維 持鍵 概 念 の 応 用
7. 児 童 ・生 徒 の ス ト レ ス 対 策
[林
7.1 児 童 ・生 徒 を 取 り巻 く 環 境 と ス ト レ ス 7.2 学 校 に お け る ス ト レ ス
131
7.3 家 庭 に お け る ス ト レス
135
7.4 心 理 臨 床 的 介 入 の 実 践
139
146
8.2 大 学 生 特 有 の ス ト レ ッサ ー
149
8.3 大 学 生 の ス ト レ ス 関 連 要 因 の 特 徴 8.4 大 学 の ス ト レ ス 対 策:学
129
[鈴 木 綾 子]
145
[島 津 明 人]
163
129
8. 大 学 生 の ス ト レ ス 対 策 8.1 大 学 生 の ス ト レ ス と 健 康
弥 生]
152
生 相 談 の立 場 か ら
156
9. 成 人 の ス ト レ ス 対 策 9.1 成 人 の 心 理 社 会 的 ス ト レ ス と そ の 対 策
163
9.2 成 人 を 対 象 と し た ス ト レ ス 対 策 の 具 体 例
167
9.3 成 人 向 けス トレス 対 策 の 要 点
174
10. 高 齢 者 の ス トレ ス対 策
[福 川 康 之] 177
10.1 わ が 国 の 高 齢 者 を め ぐ る状 況 10.2 老 化 とス トレス
177
178
10.3 高 年 期 の ソ ー シ ャル サ ポ ー トとス トレス 10.4 高 年 期 の 運 動 と心 理 的 健 康 10.5 今 後 の 課 題 第4部
186
188
ス トレ ス と健 康 の 測 定 と評 価
11. さ ま ざ ま な 測 定 方 法 11.1 ス ト レス の モ デ ル
[大 塚 泰 正] 193 193
11.2 ス ト レ ッサ ー の 測 定 と評価
194
11.3 心 理 的 ス トレス 反 応 の測 定 と評 価 11.4 コ ー ピ ン グの 測 定 と評価
197
199
11.5 ソ ー シ ャ ルサ ポ ー トの 測 定 と評 価 11.6 ソ ー シ ャ ル ス キ ル の 測 定 と評 価 11.7 満 足 感 の 測 定 と評 価
引
211
200 202
203
11.8 お わ りに:尺 度 選 択 の 方 針
索
181
206
0. 序 章:ス
トレス と健 康
0.1 ス トレ ス と は 何 か
た と え ば,幅2cm,厚 と し よ う.力
さ1mm,長
さ1mの
鋼 の 両 端 を 手 前 に引 き 曲 げ た
を加 え る に した が い鋼 は 歪 曲 す るが,少
まっ す ぐな形 状 に戻 っ て しま う.物 質(鋼)に
しで も力 を緩 め る と元 の
外 圧 が 加 わ り歪 ん だ 状 態 に な る
と,歪 み を 補 正 し元 の 形 状 に戻 ろ う とす る反 発 力 が 物 質 に生 ま れ るか らで あ る.反 発 力 を上 回 る 力 を加 え続 け れ ば,当 然 の こ と な が ら鋼 は 中 央 部 分 か ら2 つ に 折 れ る.工 学 の 領 域 で は,医 学 や 心 理 学 で ス トレス と い う言 葉 が 使 わ れ る よ りもず っ と以 前 か ら,物 質 が 歪 み に 反 発 す る状 態 を ス トレス と呼 ん で い る. 人 間 の 身 体 を 鋼 に 見 た て て み よ う.マ イ ナ ス20℃
の 極 寒 な 環 境 に何 時 間 も
人 間 を置 く と,寒 冷 に よ って 歪 ん だ 身 体状 態 を正 常 な状 態 に戻 そ う と身 体 の諸 器 官 が フ ル 回 転 す る.フ
ル 回転 の 結 果,一
時 的 に は 寒 さへ の 抵 抗 に成 功 して
も,極 寒 環 境 下 の 滞 在 が何 週 間 に も及 ぶ と,消 化 器,循
環 器,呼
吸 器 な どを は
じめ とす る 身体 諸 器 官 と これ らが 司 る 諸 機能 が 変 調 を 来 し,鋼 が外 圧 に耐 え き れず 折 れ る よ うに,や
が て 人 間 は疾 病 状 態 に陥 っ て し ま う.こ の よ う な プ ロ セ
ス で 人 間が 疾 病 状 態 に 陥 る詳 細 を初 め て 明 らか に した ひ と りが セ リエ(Selye, 1936)で
あ る.
セ リエ に よれ ば,極
寒環 境 下 で 発 症 す る疾 患 は,寒
さ に順 応 し よ う と した結
果 で あ る か ら,適 応 の 産物 とい う こ とに な る.彼 は,人 間 を対 象 と した 臨床 治 療 と動物 実 験 とか ら,劣 悪 環 境 か ら疾 患 に 至 る プ ロ セ ス と疾 患 の特 徴 を 明 らか に し,こ の よ うな プ ロ セ ス に よ っ て発 症 す る一 群 の疾 患 を汎 適 応 症 候 群 な い し 一 般 適 応 症 候 群(GAS: General Adaptation Syndrome)と 呼 ん だ .ま た,人 間
の 身 体 諸 器 官 が 寒 冷 に抵 抗 しよ う と フ ル 回転 す る状 態 を工 学 で の 名 称 を取 り入 れ て ス ト レス(stress)状
態,寒
冷 環 境 を は じめ とす る 高 温,多 湿,騒
動 な ど の 劣 悪 環 境 に は ス ト レ ッサ ー(stressor)と 人 間 の 心 は ど う で あ ろ う か.人
音,振
い う造 語 をあ て た.
間 は 常 に ウ ェ ル ビー イ ング(well
being:安
寧.心
身 両 面 の健 康 に裏 づ け さ れ た 充 実 した状 態)を 志 向 して 日 々の 生 活 を 送
る.そ
して,ウ
ェ ル ビー イ ン グが 損 なわ れ る状 況 に立 ち至 る と,あ たか も寒 冷
環 境 に抵 抗 して フ ル 回転 す る身 体 諸 器 官 の よ うに,ウ 目指 し て心 理 的 諸 機 能 は フル 回 転 を 開 始 す る.ウ
ェ ル ビー イ ン グの 確 保 を
ェ ル ビ ー イ ン グが 損 な わ れ る
状 況 に原 因 して 心 理 状 態 が 歪 む の で あ る か ら,歪 曲 した 心 理 状 態 は ス トレス状 態,ウ
ェ ル ビー イ ング を損 な わ せ る 環 境 や 体 験 が ス トレ ッサ ー とい う こ とに な
る.ウ
ェ ル ビー イ ン グ の確 保 に失 敗 す れ ば 心 理 的 に 不 健 康 な不 適 応 状 態 に陥 る
こ とは い う ま で も ない. こ の よ う に,心 身 の 安 全 ・健 康 な どが危 機 に瀕 す る と,危 機 の 回避,回 目指 して 心 身 の 諸 機 能 ・諸 器 官 が 活 性 化 す る.今
復を
日で は,こ の よ うな経 緯 に よ
っ て活 性 化 した心 身 の 状 態 を歪 曲 した鋼 に 見 た て,ス
トレス な い しス トレ ス状
態 と呼 ん で い る. ス ト レス は,①
心 身 の 安 全 を 脅 かす 環 境 や 刺 激,②
心 身 の 諸 機 能 ・諸 器 官 の 働 き,③ 面 か ら構 成 さ れ,①
環 境 や 刺 激 に対 応 す る
対 応 した 結 果 と して の 心 身 の 状 態,の3側
は ス トレ ッサ ー,②
は ス ト レス対 処 な い しス トレス 状 態,
③ はス トレ ス反 応 と呼 ば れ て い る. 今 日,ス 記3つ
トレス は心 身 の 両 面 か ら研 究 さ れ て い るが,身
体 的 安 全 ・健 康 を上
の側 面 か ら検 討 す る研 究 を 医 学 的 ・生 理 学 的 ス トレス研 究(生 物 的 メ カ
ニ ズ ム に 基 づ い た研 究 で あ る と こ ろ か ら シ ス テ ミ ック(systemic)ス 究 と呼 ぶ こ と もあ る),心
理 的 安 寧 ・精 神 的健 康 を3つ
場 を心 理 学 的 ス トレス研 究 と呼 ん で,2つ 医 学 的 ・生 理 学 的 ス トレス 研 究 は,ス
トレス研
の 側 面 か ら研 究 す る 立
の 研 究 領 域 を 区別 して い る. ト レ ッサ ー に よ る 内 分泌 系 ・免 疫 系 ・
自律 神 経 系 な ど の諸 反 応 を明 らか に し よ う とす る 病 理 的 ス トレス研 究 と,物 理 的 ・心 理 的 ・社 会 的 ス トレ ッサ ー と各 種 疾 患 との 因 果 関係 に よっ て 疾 患 発 症 の 背 景 や そ の準 備 段 階 を 明 らか にす る疫 学 的 ス トレス 研 究 との2つ の 研 究 領 域 に 分 け られ る.前 者 は基 礎 的研 究,後 者 は 応 用 的研 究 とい え よ う. 一 方,心 理 学 的 ス トレス研 究 の 多 くは,環 境 や 状 況 へ の適 応 過 程 をス トレス
の 観 点 か ら明 らか に し よ う と す る 心 理 臨 床 的 ス トレ ス研 究 に 集 約 さ れ る.こ の 研 究 領 域 の 関心 は,①
環 境 か らの 刺 激 ・要 請 あ る い は体 験 が ど の よ う な プ ロ
セ ス を経 て ウ ェ ル ビ ー イ ン グ を 脅 か す 状 況 ・刺 激(ス か,②
トレ ッサ ー)と
な るの
脅 か す 状 況 ・刺 激 に ど の よ うに 対 応 ・対 処 す れ ば ウ ェ ル ビ ー イ ン グ を
保 持 で き るの か,③
ウ ェル ビ ー イ ン グが 保 持 され な い際 の心 理 的 状 態 は どの よ
う な もの か,の3点
にお か れ て い る.上 記 ① は ア プ レ イザ ル(appraisal:評
また は 評価),②
は コ ー ピ ン グ 方 略(coping
ス トレス 反 応 と呼 ば れ る が,特
strategy:対 処 方 略),③
定
は心 理 的
に① と② は ス トレ ッサ ー と心 理 的 ス トレス 反 応
の 間 に介 在 す る重 要 な 内 的 過 程 と され て い る. 上 述 した2つ の ス トレス研 究 は,そ れ ぞ れ異 な る プ ロ セ ス とア ウ トカ ム を研 究 の 目標 と して い る.医 学 的 ・生 理学 的 ス トレス研 究 は,環 境 刺 激 に よっ て 生 物 的 に歪 ん だ 生 体(身 体)が
疾 患 発 症(ア
ウ トカ ム)に 至 る プ ロセ ス,す
なわ
ち,「 環 境 刺 激 ・ス ト レ ッサ ー→ 身 体 諸 器 官 の 反 応 → 疾 患 発 症 」 を研 究 目標 と す る.他 方,心
理 学 的 ス トレス 研 究 で は,環 境 か らの 要 請 な い し体 験 を受 け て
ウ ェ ル ビー イ ン グが 危 機 に瀕 し,不 適 応 状 態(ア
ウ トカ ム)に 至 る プ ロ セ ス,
す な わ ち,「 要 請 ・体 験 → 要 請 ・体 験 の 主 観 的 評 定 に よ るス トレ ッ サ ー の 発 生 → ス トレ ッサ ーへ の 対 処 → 心 理 的 ス トレス 反 応(感 情 反 応)→ 不 適 応 状 態 」 を 研 究 目標 と して い るの で あ る.2つ
の研 究 モ デ ル を 図示 す る と図0.1の
よう に
な る. モ デ ル を構 成 す る 諸 要 因 に作 用 して ア ウ トカ ム に影 響 を与 え る要 因 を関 連 要 因 あ る い は修 飾要 因 とい う.医 学 的 ・生 理 学 的 ス トレス モ デ ル の 関 連 要 因 と し て は生 活 習 慣,心
理 学 的 ス トレス モ デ ル で は ソー シ ャル サ ポ ー ト,ソ ー シ ャ ル
ス キ ル,満 足 感 が そ れ ぞ れ 代 表 的 な 関連 要 因 と さ れ て い る.
0.2 ス トレス と健 康 に 関 す る 医学 的研 究 の 端 緒
ス ト レ ス と 身 体 的 健 康 に 関 す る 研 究 の 端 緒 は,フ (Bernard,
C.)と
ア メ リ カ の キ ャ ノ ン(Cannon,
る と い わ れ て い る.ベ 究 法 に よ っ て,生
ル ナ ー ル は,1850年
体 の 内 部 環 境(体
液,血
ら の 影 響 を 受 け ず に 常 に 一 定 に 保 た れ,健
W.
ラ ンス の ベ ル ナ ー ル
B.)の2人
の生 理学者 にあ
代 か ら彼 が創 設 した 実 験 医 学 的 研 液,リ
ンパ 液 な ど)は,生
体 外部 か
康 な生 体 の維 持 を もた ら して い る こ
医 学 的 ・疫 学 的 ス トレス モ デ ル(ス
心 理 学 的 ス トレ ス モ デ ル(ス
トレ ッ サ ー に原 因 す る疾 患 の発 症 過 程 を説 明 す る モ デル)
トレ ッ サ ー に原 因 す る心 理 的 不 適 応 の 生 成 過 程 を説 明 す る モ デル)
図0.1
ス トレ ス研 究 の モ デ ル
疫 学(epidemiology):疾 患,健 康 状 態 につ い て,心 理 社 会 的 条 件(地 域 ・職 域 ・ジェ ンダ ー ・居 住 形 態 な ど)の 異 な る多 量 集 団 を対 象 と して統 計 学 的 見地 か ら検 討す る研 究方 法 .
と を1878年
に 明 ら か に した.ま
た,キ
ャ ノ ン は1915年
に,動 物 が 生 命 の 危 機
に瀕 す る 危急 場 面 に 遭 遇 し,そ の 場 面 へ 立 ち 向 っ て 闘 争 を 開 始 す る か,あ
るい
は そ こ か らの 逃 走 を 図 る か の 二 者 択 一 の 事 態 に お か れ る と,生 体 の 自律 神 経 は 興 奮 し闘 争 と 逃 走 の い ず れ に も対 応 で き る 身 体 状 態 と な る こ と を実 験 的 に 示 し,こ の 身体 状 態 を 危急 反 応 と命 名 した. ベ ルナ ー ル の 内部 環境 は ス トレ ッサ ー に曝 さ れ た 生 体 が 恒 常 状 態 を保 つ メ カ ニ ズ ム を,ま
た キ ャ ノ ン に よ る危 急 反 応 は ス ト レス と ア ド レナ リ ンの 関 係 を,
そ れ ぞ れ 示 唆 し た点 で,ス う.上 記2人
ト レス と健 康 に関 す る今 日の 基 盤 を築 い た とい え よ
の 研 究 を は じめ とす る創 成 期 の ス トレス 研 究 に 関 して は,「 ス ト
レス の 肖像 」(林,1993)に
詳 しい の で,関 心 あ る読 者 は,一 読 願 い た い.こ
こ
で は,現 在 の 医 学 的 ス トレ ス研 究 な い し疫 学 的 ス トレス 研 究 の み な らず 心 理 学 的 ス トレス 研 究 に も多 大 な影 響 を与 え た セ リエ の 研 究 を 紹 介 す る. ● セ リエ と汎 適 応 症 候 群 セ リエ は,伝 染 病 罹 病 者 の 初 期 症 状 と して,脾 臓 と肝 臓 の 肥 大,扁 症,皮 膚 の 発 疹 な どが 共 通 して み られ る 臨 床 経 験,お
よび,ホ
桃腺 の炎
ル マ リ ンを注 入
さ れ た 動 物 に 副 腎 皮 質 肥 大,胸
腺 ・リ ンパ 節 ・脾 臓 の 萎 縮,十 二 指 腸 の 出血 と
潰 瘍 化 な どが 観 察 さ れ る実 験 的 事 実 とに よ って,有 は,①
副 腎 皮 質 肥 大,②
潰 瘍 化 の3つ
害 作 用 因 に曝 され た 生 体 に
胸 腺 ・リ ンパ 節 ・脾 臓 の 萎 縮,③
十二指腸 の出血 と
の 症 候 が 起 こる,と の 推 測 を得 た.す な わ ち,伝 染 病 の 罹 患 とホ
ル マ リ ン の注 入 を有 害 作 用 因 と して,こ
れ ら の3症 候 が 発 生 した と推 測 した の
で あ る.こ の 推 測 に従 っ て セ リエ は,有 害 作 用 因 と して イ ン シュ リ ン,ア ナ リ ン な どの ホ ル モ ンば か りで は な く,実 験 動 物 を 寒 冷,高 温,振
ドレ
動,過 剰 な
運 動 負 荷 な どの 環 境 に 曝 した.結 果 は仮 説 ど お りで あ り,ど の よ う な ホ ル モ ン を注 入 して も,ま た どの 環 境 に曝 して も,実 験 動 物 か らは3症 候 を観 察 す る こ とが で きた の で あ る.そ の 結 果 セ リエ は,人
間 を 含 む動 物(生 体)は,そ
れら
に と っ て有 害 な環 境 に 置 か れ る とそ れ が どの よ うな 種 類 の環 境 で あ っ て も3つ の症 候 を示 す とこ ろ か ら, ① こ れ らの 症 候 は 有 害 環 境 に よっ て 起 こ る 点 で は一 致 して も,特 別 な有 害 環 境 と対 応 した特 別 な症 候 で は な い, ② した が っ て,こ れ らの 症 候 は,あ
らゆ る 有 害 環 境 に 置 か れ た あ らゆ る 生
体 に 共 通 す る 一 般 的 症 候 群 で あ る, の2点
を 明 らか に し,こ の よ うな症 候 群 を非 特 異 的 症 候 群 ・一 般 症 候 群 と命 名
した. セ リエ は そ の 後 も実 験 と臨 床 観 察 を続 け,こ の よ うな症 候 群 は,有 害 環境 に 置 か れ た 生 体 が そ の 環 境 の な か で生 命 を維 持 しつ づ け よ う とす る結 果 の 産物 で あ る と考 え た.彼
に よれ ば,環 境 の な か で の 生 命 の 維 持 は 「適 応 」 で あ る か
ら,非 特 異 的症 候 群 ・一 般 症 候 群 は適 応 の 産 物 と な る.こ の よ うな 観 点 か らセ リエ は,非 特 異 的 症 候 群 ・一 般 症 候 群 を汎 適 応 症 候 群 な い し一 般 適 応 症 候 群 (GAS: ば,汎
General Adaptation Syndrome)と
呼 ん だ.セ
リエ の 実 験 と観 察 に よれ
適 応 症 候 群 は,有 害作 用 因 を受 け て か らの時 間 経 過 に よ っ て3つ の 時 期
に分 け られ る とい う(図0.2). 警 告 反 応 期
有 害 作 用 因 と し て の外 的 刺 激 が 生 体 に取 り込 ま れ た こ と を知
らせ る た め の 初 期 反 応 とい える.体 温 ・血 圧 ・血 糖 値 の 低 下,白 球 減 少,筋
緊 張低 下,な
白血 球 増 加,な 抵 抗 期
どの シ ョ ック 相 を経 て,体
血 球 ・リ ンパ
温 ・血 圧 ・血 糖 値 の上 昇,
どが み られ る反 シ ョ ック 相 に至 る.
警 戒 期 の 反 シ ョッ ク相 で外 的 刺 激 が 消 滅 し な い場 合,反
シ ョ ック
図0.2 汎 適 応症 候 群 の生 起 プ ロ セス
相 の 兆 候 は しだ い に強 化 され る.副 腎 皮 質 は ホ ル モ ンの 放 出 を 中 止 して,大 量 の 脂 肪 粒 子 を取 り入 れ る結 果,副 は,外
腎 皮 質 の肥 大 化 が 起 こ る.し た が っ て抵 抗 期
的刺 激 に 抵 抗 して 一 応 の安 定(適 応 状 態)が 確 保 さ れ て い る状 態 とい え
る. 疲 憊 期
抵 抗 期 を過 ぎて も外 的刺 激 が 残 りつ づ け る と,再 度 警 戒 期 の シ ョ
ッ ク相 が 起 こ る.シ
ョ ック 相 は全 身 的 な 衰 弱 状 態 で あ る か ら,長 期 間 続 く と生
体 は 死 の 転 帰 を 迎 え る こ と に な る. な お,副 腎 皮 質 の 肥 大 に よっ て は血 圧 上 昇,胃 液 分 泌 の 減 少,胸 腺 ・リ ンパ 球 の萎 縮 に よ っ て は 免 疫 力 の低 下 が 起 こる か ら,汎 適 応 症 候 群 の プ ロセ ス は病 気 に罹 患 しや す い 身 体 状 態 とい え る. セ リ エ は,有
害 作 用 因 と して の外 的 刺 激 や 環 境 を ス トレ ッサ ー(stressor)
と命 名 した.ス
トレ ッサ ー は セ リエ の造 語 で あ る.ま た,汎 適 応 症 候 群 ・一 般
適 応 症 候 群 をス トレス と呼 ん だ(現 在 で は 汎 適 応 症 候 群 を ス トレ ス 反 応,汎 適 応 症 候 群 を生 起 さ せ る生 体 の 状 態 を ス トレス な い し ス ト レス 状 態 と呼 ん で い る).彼 あ り,ス
に よれ ば,汎
適応 症 候 群 を生 起 させ る刺 激 は す べ て が ス トレ ッサ ー で
トレス と は,「 ス トレ ッサ ー → 汎 適 応 症 候 群 が 生 成 され る 生 理 的 ス ト
レス 状 態 → ス トレス 反 応 と して の汎 適 応 症 候 群 」 の プ ロセ ス に よ っ て示 され る 環 境 へ の生 物 的 適 応 過 程 な の で あ る.な お,セ
リエ は 汎 適 応 症 候 群 を イ ギ リス
の科学雑誌
「ネ イ チ ャ ー 」 に1936年
に 発 表 し た が(Selye,
リ エ が ス ト レ ッ サ ー と し て リ ス ト し た も の は,寒 光,強
音,出
血,疼
痛,疲
労,強
制 労 働,不
1936),そ
冷,高
眠,退
温,多
屈,恐
の当時セ
湿,振
怖,不
動,強
安 の14種
で
あ っ た.
汎 適 応 症 候 群 は,セ
リエ が 新 しい性 ホ ルモ ンの発 見 を 目指 し動 物 へ さ ま ざ ま
な物 質 を注 入 す る 実験 過 程 の な か で 偶 然 に発 見 され た.す
な わ ち,ど の よ う な
物 質 を動 物 の 体 内 に 注 入 して も動 物 に は上 述 の3つ の 症 候 が 現 れ る だ け で,性 ホ ル モ ンの 発 見 に は 至 らな か っ た の で あ る.注 入 す る物 質 を 「有 害 刺 激 ・有 害 作 用 因 」 と し,動 物 に み られ る症 候 を 有 害 作 用 因 へ 適 応 し よ う とす る生 体 の 「反 応 」 と して捉 え た セ リエ の 「逆 転 の 発 想 」 が,汎
適 応 症 候 群 を発 見 す る契
機 とな っ て 彼 の名 を不 動 の もの と した と い え よ う. セ リエ は,汎 適 応 症 候 群 を発 表 し た19年 後 の1955年
に,ア
メ リ カ心 理 学 会
の依 頼 に よ りス トレス に 関 す る招 待 講 演 を行 っ て い る.し た が っ て,生 理 学 ・ 医 学 の 分 野 で 誕 生 した ス ト レス 研 究 が 心 理 学 者 の 関 心 を 集 め る ま で に,約20 年 の 歳 月 を要 した こ とに な る.
0.3 ス トレス と健 康 に関 す る ライ フイ ベ ン ト研 究 の端 緒
● ホ ー ム ズ,マ
ス ダ,ラ
ー と ラ イ フ イ ベ ン ト研 究
疾 患 発 症 を 環 境 と の 関 係 か ら 明 ら か に し よ う とす る 試 み は,社 精 神 医 学 の 観 点 か ら も行 わ れ て い た.そ ラ イ フ イ ベ ン ト研 究 が あ る.現 (Lazarus, 研 究 が,精
R. S.)の
会 医 学 ・社 会
の 代 表 的 な ひ とつ に ホ ー ム ズ らに よる
在 の ス ト レ ス 研 究 に お い て,ラ
ザ ラ ス
認 知 的 ス トレス 理 論 と と も に並 び 称 さ れ る ラ イ フ イベ ン ト
神 医 学 者 の マ イ ヤ ー(Meyer,
A.)に
よ っ て 始 め ら れ た こ と は,衆
目 の 一 致 す る と こ ろ で あ ろ う.
マ イ ヤ ー は,精 神 疾 患 の 原 因 を体 質 や 遺 伝 だ け に 求 め る1900年
代初頭 の ド
イ ツ 精 神 医 学 に 疑 問 を抱 き,人 間 を生 理 的 ・心 理 的 ・社 会 的 統 合 物 と して捉 え,そ の うえ で,こ
れ ら の3側 面 が 生 活 環 境 と不 調 和 を起 こ した 場 合 に精 神 障
害 は発 症 す る と考 え,生 活 環 境 との 不 調 和 の様 相 を疾 患 発 症 以 前 の生 活 史 に よ って 明 らか に しよ う と し た の で あ る.そ た 生 活 上 の 出 来 事(ラ
して,疾 患 発 症 以前 の 生 活 史 を体 験 し
イ フ イ ベ ン ト)に よ っ て捉 え る 目的 で,ラ
イ フチ ャー ト
と呼 ば れ る 記 録 方法 を作 り出 した.こ の よ うな マ イヤ ー の立 場 は,精 神 分 析 の 創 始 者 で あ る フ ロ イ ト(Freud,
S.)に 通 じる と こ ろが あ る.フ
障 害 の ひ とつ で あ る 不安 障 害(神
経 症)の
ロ イ トは,精 神
原 因 を幼 児 期 の体 験,特
に 親 との 関
係 に あ る こ と を精 神 分析 に よ っ て 証 明 して い る が,幼 児 期 の 親 子 関 係 は ま さ に 患 者 の 生 活 史 に他 な らな い. マ イ ヤ ー の こ の よ う な 精 神 疾 患 の 捉 え 方 は,当 た く異 な り 異 端 的 で さ え あ っ た が,彼 ル フ(Wolf, (Holmes,
H.
G.)に
T. H.),ラ
会 再 適 応 評 価 尺 度(SRRS: Rahe,
1967)と
の 教 え子 で あ っ た コ ー ネ ル 大 学 教 授 ウ オ
受 け 継 が れ,さ ー(Rahe,
な っ て,ワ
らに ウ オ ル フ の 教 え を受 け た ホ ー ム ズ
R. H.),マ Social
時 の ドイ ツ精 神 医 学 と は ま っ
ス ダ(Masuda,
Readjustment
M.)の
Rating
作 成 し た 「社
Scale)」
シ ン ト ン大 学 で 開 花 し た.SRRSは,マ
(Holmes
&
イヤーが ラ
イ フ チ ャ ー トに よ っ て 収 集 し た 膨 大 な 記 録 を ホ ー ム ズ ら が 検 討 し た 結 果 得 ら れ た,「 精 神 疾 患 の 発 症 に は 発 症 以 前 に 体 験 し た 生 活 上 の 出 来 事 が 深 く 関 係 し, 特 に 出 来 事 に よ っ て 変 化 し た 生 活 環 境 へ う ま く馴 染 め な い(適
応 で き な い)ほ
ど 発 症 の 危 険 性 が 高 ま る 」 と の 結 論 か ら 産 ま れ た も の で あ る.
ホ ー ム ズ とマ ス ダ は,ワ
シ ン トン 大 学 医 学 部 でSRRSの
1949年 当 時 の 研 究 の 詳 細 を,1974年
作成 に着 手 した
の 論 文 で お お よ そ 次 の よ う に紹 介 し て い
る. 「我 々 は,ラ
イ フチ ャー トを 用 い て5,000名
を超 え る患 者 の 発 病 に 関連 し た
ラ イ フ イベ ン トを収 集 した.収 集 され た イベ ン トは個 人 の ラ イ フ ス タイ ル と個 人 に 原 因 す る 出 来 事 に分 け られ る が,い ず れ も ア メ リ カ人 の 生 活 特 徴 を 如 実 に 表 す も の で あ り,た 育,宗 教,健
とえ ば,家 族 の 様 相,結
業,経
済 状 態,住
ン タ ビ ュ ー 法 を用 い た検 討 を行 っ
ベ ン トの もつ 心 理 学 的 な 意 味 は患 者 ご と に異 な っ て い た.ま
ん ど の イ ベ ン トが 患者 に と っ て否 定 的 な もの で は な く,む しろ,ア 達 成 感,価
値 観,物
か りで あ っ た.こ
質 主 義,将 来 展 望,自
の こ と は,注
名)に,項
種,経
済 状 態,学
目 に値 す る.」(Holmes
歴,宗
た,ほ
と
メ リ カ人 の
己 実 現 感 か らす れ ば 望 ま しい もの ば & Masuda,
以 上 の よ うな 特 徴 を もつ 収 集 さ れ た ラ イ フ イ ベ ン トか ら43項 年 齢,人
居,教
康 な ど に関 す る もの で あ っ た.収 集 さ れ た イ ベ ン トが 個 人 に と っ
て い か な る意 味 を もつ か を精 査 す るた め,イ た が,イ
婚,職
教 の 異 な る394名(男
1974) 目 を選 定 し,
性179名,女
性215
目 に示 す イ ベ ン トを体 験 し た際 の 適 応 に要 す る努 力 量 の 評 定 を 求 め
た.評
定 に 際 して 被 検 者 に は次 の教 示 を与 え た.
① 生 活 上 の 出 来 事 へ の 再 適 応 の 評 価 は,適 応 へ の 努 力 量 と努 力 時 間 との2 面 か らす る こ と.ま た,評 価 に 際 して は 出 来事 の 望 ま しさ は 考 慮 しな い. ② 評 価 は,出 来 事 の リス トに 照 ら して 相 対 的 に 行 う こ と.そ の 際,自
分自
身 の過 去 経験 を参 考 に す る. ③ 評 価 は,結 婚 へ の 適 応 を500点
と し,こ れ を 評 価 基 準 と して 行 う.
こ の 結 果,「 配 偶 者 の 死 」 を評 価 最 大 値 の1,000,「 わ ず か な 法 律 違 反 」 を 最 小 値 の110と
す る評 価 点 が 得 られ,各
ュ ー ド得 点 とす るSRRSが 完 成 したSRRSを た 結 果,体
出 来 事 項 目 の評 価 点 の1/10を
完 成 した(表0.1).
用 い て,過 去10年
間 の 体 験 と疾 患 発 症 と の 関 係 を調 査 し
験 あ り項 目 の マ グ ニ チ ュ ー ド得 点 の 合 計 が300点
が,200∼299点
は51%が,150∼199点 表0.1
マ グニチ
は37%が,そ
社 会 再 適 応 評 価 尺 度(Holmes
れ ぞ れ過 去10年
& Rahe,
過 去 一 定期 間内 の体 験 の 有 無 を 回答す る.項 目横 に掲 載 さ れ たLCU 点 を合計 してス トレ ッサ ー の総 得 点 を算 出 す る.
以 上 の 者 の79% 間 に何
1967)
(Life Change
Units)得
らか の疾 患 を発 症 して い た こ とが 明 らか に な っ た.ホ
ー ム ズ ら は,体 験 した 出
来 事 の 合 計 マ グ ニ チ ュー ド値 を生 活 変 化 の ユ ニ ッ ト(LCU: と呼 ん で い るが,LCUと 果 をふ ま え,SRRSは と こ ろ で,ホ
Life Change
Unit)
疾 患 発 症 との 関 係 は か な り強 く,彼 ら は この 調 査 結 疾 患 発 症 の 予 測 に有 効 で あ る と結 論 して い る.
ー ム ズ らがSRRSを
作 成 し た 背 景 に は 以 下 の4つ
の前提 があ
る. ① す べ て の 人 間 は 環 境 に適 応 して 生 き る生 物 で あ る. ② 環 境 へ の 適 応 に は努 力 ・エ ネ ル ギ ー を要 す る. ③ 環 境 の 変 化 が 大 きい ほ ど努 力 ・エ ネル ギ ー も多 く必 要 に な る. ④ 努 力 ・エ ネ ル ギ ー が 多 い ほ ど疾 患 発 症 の 可 能性 が 高 まる. こ れ らの 前 提 は,LCUと え る.し
疾 患 発 症 との 関 係 が 強 い こ とか ら妥 当 な もの とい
か し,環 境 の 変 化 が 良 好 な好 ま しい 変 化 な の か,そ
れ と も期 待 に そ ぐ
わ な い 悪 い 変 化 な の か に 関 す る 「環 境 変 化 の 方 向性 」 と,変 化 し た環 境 へ の 「適 応 に要 す る努 力 ・エ ネ ル ギ ー の 個 人 差 」 とが 考 慮 され て い な い との 批 判 も あ る.こ
れ らの批 判 は,SRRSが
自記 式 チ ェ ッ ク リス ト法 で あ る た め 被 調 査 者
の 詳 細 な特 徴 を拾 え きれ な い こ と に 由来 す る と は い え,看 過 す る こ と は で きな い.SRRSの
欠 点 を補 うた め,今
採 取 方 法 が 開 発 さ れ て い る(ラ Kessler, & Gordon,
1995, 3章,4章
日で は 面 接 法,日
記 法 な どの ラ イ フ イベ ン ト
イ フ イ ベ ン トの 採 取 法 に 関 して は,Cohen, を参 考 に され た い).
0.4 ス トレス と健 康 に 関 す る心 理 学 的 研 究 の端 緒
1955年
の ア メ リ カ 心 理 学 会 に お け る セ リ エ の 招 待 講 演 以 降,ス
は 心 理 学 者 の 関 心 を 集 め る が,そ & Trumbull,
1967)は,以
下 の3点
トレス 理 論
の 理 由 と し て ア プ リ ー と トラ ン バ ル(Appley を 指 摘 し て い る.
① この 当 時,心 理 学 者 の研 究 課 題 は不 安 ・葛 藤 ・フ ラ ス トレー シ ョン ・自 我 脅 威 な どに 集 ま っ て お り,こ れ らは ス トレス の 名 の も とに 一括 して 扱 う こ とが で きる. ② 不 安 ・葛 藤 ・フ ラ ス トレー シ ョン ・自我 脅 威 な ど に よ っ て生 起 す る心 身 の 変 化 を ス トレス の 生 化 学 的 過 程 に対 応 させ る こ とが で き る.
③ 宇 宙開発 や軍事 目的に よる特 殊環境,お よび心 身症 などの疾患 に心理学
の 立 場 か ら か か わ る こ と が で き る. 1950年
代 中 期 か ら1960年
盛 ん な 時 期 で あ っ た.特 症 不 安 と に2分
代 中 期 ま で の ア メ リ カ は,不
に,研
究 者 の 関 心 は フ ロ イ トが 不 安 を 現 実 不 安 と神 経
し た 点 に 集 ま り,心
理 学 的 な 方 法 に よ っ て 不 安 を2分
と の 関 連 を 明 ら か に す る 試 み や,さ と す る 努 力 が 重 ね ら れ た.た
ら に こ れ ら2つ
と え ば,キ
の 不 安(anxiety
as a source
of trait)」 は,前
に 該 当 す る.テ
イ ラ ー(Taylor,
1953)が
因子 分 析 に
者 が 現 実 不 安,後
者 は神経症不安
学 習 に 与 え る被 験 者 の 不 安 の 程 度 を
実 不 安 の 定 量 的 測 定 尺 度 で あ っ た.ま 1966)に
1958)が
as a state)」 と 「 特 性 と して
明 ら か に す る 目 的 で 作 成 し た 顕 在 性 不 安 尺 度(MAS:
(Spielberger,
して行 動
の 不 安 を 定 量 的 に捉 え よ う
ャ テ ル(Cattell,
よ っ て 明 ら か に し た 「状 態 と し て の 不 安(anxiety
は,現
安 ・恐 怖 研 究 の 最 も
た,後
Manifest
Anxiety
Scale)
に紹 介 す る ス ピル バ ー ガ ー
よ る 状 態 不 安 と特 性 不 安 は,前
者 が 現 実 不 安,後
者 は神
経 症 不 安 に 類 似 し て い る.
上 述 した ア プ リー と トラ ンバ ル に よ る指 摘 を背 景 と して,心 理 学 的 観 点 か ら の ス トレ ス研 究 は,不 安,恐 の 心 理 学 者,た
怖,自 我 脅 威 な ど を研 究 テー マ と して い た 何 人 か
と え ばバ ソ ビ ッ ツ(Basowitz,
ピ ル バ ー ガ ー,ラ ザ ラ ス,な
H.),ジ
ェニ ス(Janis, I. L.),ス
どに よ っ て 開 始 さ れ た.こ の 当時 の心 理 学 的 ス ト
レス 研 究 で 用 い られ て い た 不 安 を喚 起 す る刺 激 は,① 烈 な刺 激,② む 環 境,⑤
予 期 され た刺 激 が 到 来 し な い状 況,③ 刺 激 過 多 な環 境,⑥
藤 反 応 を 生 む 刺 激,⑨ た.ま
た,ス
恐 怖 ・不 快 刺 激,な
ト レス 反 応 と し て は,①
奮 を 表 す 身 体 的 反 応(GSR: 応),②
振 戦(指
退 屈 な 環境,④
疲 労 を生
認 知 的 誤 りを生 む刺 激,⑧
葛
ど の特 徴 を もつ 環 境 や 刺 激 で あ っ 張,不
安 状 態 な どの 情 動 的 興
Galvanic Skin Reflex,心
拍 な どの 自律 神 経 系 反
先 な どの 震 え),吃
協 応 動 作 の 不 全,反 化,な
無 刺 激 環 境,⑦
変 化 の 激 しい 新 奇 で 強
応 時 間 の遅 延,知
動 揺,緊
音,括
約 筋 の 興 奮 な ど の 外 的 感 情 反 応,
的 作 業 の 誤 答 数 増 加 な ど作 業 遂 行 上 の 変
どが 用 い られ た.
こ こ で は,今
日の 心 理 学 的 ス トレス 研 究 の基 盤 を築 い た ラザ ラ ス に よ る代 理
ス トレス 研 究 とス ピ ルバ ー ガー に よ る状 態 不 安-特 性 不 安 研 究 を取 り上 げ て 紹 介 す る. ● ラ ザ ラ ス の 代 理 ス トレ ス研 究 ラザ ラス も フ ロ イ トに よ る精 神 分 析 学 の 影 響 を受 け て 心 理 学 を志 した ひ と り
図0.3
で あ る.彼
(1968)に
よ る 代 理 ス トレ ス 実 験 パ ラ ダ イ ム
と 共 同 研 究 者 の フ ォ ー ク マ ン(Folkman,
ス 理 論(cognitive は,今
Lazarus
appraisal
theory:心
S.)に
よ る認 知 的 ス ト レ
理 的 ス ト レ ス に 関 す る 認 知 的 評 定 理 論)
日 の 心 理 学 的 ス ト レ ス 研 究 を 先 導 し た 優 れ た 理 論 で あ る が,認
レ ス 理 論 の 端 緒 と な っ た 代 理 ス ト レ ス 研 究(vicarious
知的 ス ト
stress research)に
は,
精 神 分 析 の 影 響 が 色 濃 く現 れ て い る. ラ ザ ラ ス は1960年
か ら,映
実 験 パ ラ ダ イ ム に よ っ て,代 研 究 を 行 っ て い る.そ
画 フ ィ ル ム をス トレ ッサ ー の 代 理 と して 用 い た 理 ス トレス研 究 と呼 ばれ る一 連 の 実 験 的 ス トレス
れ ら の 集 大 成 と も い え る 実 験 研 究 を1963年
学 文 学 部 心 理 学 教 室 で 行 い,1966年 pattern
in Japan」
い る の で,そ
Tomita,
Opton,
study of stress-reaction
& Kodama,
1966)と
して発 表 して
の 概 要 を 以 下 に 紹 介 す る.
こ の 研 究 は,カ (Lazarus
(Lazarus,
「A cross-cultural
に早 稲 田 大
リフ ォル ニ ア大 学バ ー ク レイ校 で行 って きた一 連 の研 究
& Alfert, 1964;
ラ ダ イ ム(図0.3)で (ス ト レ ッ サ ー)と
Lazarus, あ る.被
Opton,
Nomikos,
験 者 は4群
& Rankin,
に 分 け ら れ,ど
1965)と
同一のパ
の 群 に も外 的 刺 激
し て オ ー ス トラ リ ア 原 住 民 の 割 礼 式(成
人式 を迎 えた男性
原 住 民 の ペ ニ ス 先 端 の 表 皮 を 鉄 器 に よ っ て 切 除 す る 儀 式.出
血 と痛 み を こ ら え
る 光 景 が 克 明 に 写 し 出 さ れ る)を た,外
的 刺 激 の 効 果 を 皮 膚 電 気 反 射(GSR),緊
tress rating 詞22組 Green,
撮 影 し た カ ラ ー ム ー ビ ー が 提 示 さ れ た.ま 張 レ ベ ル を 自 己 評 定 す るdis
(5段 階 評 定 に よ る 自 記 式 緊 張 評 定 尺 度),気
に よ っ て 評 定 す るNowlis 1957)の3指
被 験 者 は4群
adjective
標 に よ っ て 測 定 し,ス に 分 け ら れ,外
check
分状 態 を一対 の形容
list of mood
22
(Nowlis
&
ト レ ス 反 応 と し た.
的 刺 激 提 示 前 にそ れ ぞ れ以 下 の 教 示 が 与 え られ
た.
第1群(脅 教 示(trauma
威 教 示 群)
外 的刺 激(割 礼 フ ィ ル ム)を 脅 威 と して 受 け 取 る
passage):「 少 年 は生 殖 器 の 切 断 に よっ て,ひ
どい 痛 み と感 染 症
罹 患 の 危 機 に曝 さ れ る だ ろ う.」 第2群(知
性 化 教 示 群)
外 的刺 激(割
る 教 示(intellectualization passage):「
礼 フ ィル ム)を 知 性 化 して 受 け取
人 類 学 者 は こ の よ う な 未 開文 化 の 習 慣
を冷 静 に観 察 し,正 確 に記 述 す るだ ろ う.」 第3群(否
認 教 示 群)
(denial passage):「
外 的 刺 激(割
こ の 儀 式 は決 して 危 険 で は な い.少 年 は,こ
て 成 人 の 仲 間入 り をす る の だ か ら,む 第4群(無
礼 フ ィ ル ム)を
教 示 群)
の儀 式 に よ っ
しろ喜 び と期 待 に あ ふ れ て い る の だ.」
何 の 教 示 も与 え られ ない 群(対
紹 介 し た 教 示 か らわ か る とお り,ラ ザ ラ ス は,外 (認知 的 評 定 の 様 式)を
否 認 す る教 示
照 群).
的 刺 激 の 「受 け 取 り方 」
教 示 に よ っ て特 徴 づ け,特 徴 に よ っ て ス ト レス 反 応 が
異 な る こ と を予 測 した の で あ る. 実 験 の 結 果,否
認教 示 群,知 性 化 教 示 群 の ス トレス 反 応 は,何
て い な い 対 照 群 の ス トレス 反 応 よ りも少 な い こ と,ま た,脅
ら教 示 を受 け
威 教 示 群 の ス トレ
ス 反 応 は,対 照 群 の ス トレス 反応 よ りも多 い こ とな どが 明 らか に さ れ た.こ の 結 果 は,外
的 刺 激 に 関 す る被 験 者 の 認 知 的 評 定 の違 い に よっ て,ス
トレス 反 応
の 程 度 に 違 い が 生 じ る こ と を示 し,ラ ザ ラ ス の 予 測 を裏 づ け る もの で あ っ た. 後 年,ラ
ザ ラス は,心 理 学 的 な 立場 か ら ス トレス に 関 す る認 知 的 評 定 理論 を 構
築 す る が,そ な お,一
の 端 緒 は 彼 に よ る代 理 ス トレ ス研 究 に あ っ た とい え る.
連 の 代 理 ス トレス 研 究 で ラザ ラ ス が 用 い た 教 示 は,脅 威,知
否 認 な ど で あ っ たが,こ
性 化,
れ ら は フ ロ イ トの 精 神 分 析 理 論 に お け る 防衛 機 制 の 類
型 で あ る.防 衛 機 制 は,自 我 に とっ て 不 都 合 な体 験 か ら 自我 を守 り,安 寧 に 保 つ た め に 取 られ る無 意 識 の プ ロ セ ス で あ り,「 特 定 の 個 人 が 取 る 防衛 機 制 の 類 型 は,防 衛 の 対 象 とな る 体 験 内 容 に よ って 変 化 す る の で は な く,常 に そ の 個 人 に 固有 な類 型 が 取 られ 続 け る.そ の た め,防 衛 機 制 は 人 格 特 性 と 同様 に考 え て よ い」(Freud,
1926)と
い わ れ て い る.
ラ ザ ラ スが 外 的 刺 激 と して 用 い た割 礼 フ ィ ル ム を 不快 な体 験 とす れ ば,ラ ザ ラ ス は,フ
ロ イ トの精 神 分 析 理 論 のパ ラ ダ イ ム を心 理 学 的 ス トレ ス研 究 に応 用
した こ と に な る.ま
た,防 衛 機 制 の類 型 を人 格 特 性 とす れ ば,外 的 刺 激 が ス ト
レ ッサ ー と な る か 否 か,お
よ び,ス
トレ ッサ ー に よっ て 喚 起 され るス トレス 反
応 の程 度 は,外 的 刺 激 を 受 け た 人 間 の 人格 特 性 に よ っ て 決 ま る こ と に な る. と こ ろ で,ラ
ザ ラ ス が ス ト レ ス 反 応 と し て 測 定 し た 自律 神 経 系 の 興 奮
(GSR)と2つ
の チ ェ ッ ク リ ス トは,と
状 態 の 指 標 で あ る 点 に 注 目 す れ ば,彼
も に負 の 感 情 状 態 な い し不 健 康 な気 分 の 代 理 ス ト レ ス 研 究 は,不
快 刺 激 に起 因
す る 不 健 康 な 気 分 状 態 の 生 成 プ ロ セ ス を 明 ら か に し た こ と に も な る.な ザ ラ ス は,代
理 ス トレ ス 研 究 に お い て は 不 明 確 に し か 位 置 づ け て い な か っ た ス
ト レ ッ サ ー へ の 対 処 過 程(コ 加 え,心
お,ラ
ー ピ ン グ プ ロ セ ス)を
そ の 後,心
理 的 内 的 過 程 を 認 知 的 評 定 と コ ー ピ ン グ と に2分
な 初 期 の ラ ザ ラ ス の 考 え 方 は,そ に 受 け 継 が れ,こ
理 的内的過程 に
し て い る.こ
の よう
の 後 も 変 わ る こ と な く心 理 学 的 ス ト レ ス 研 究
の 研 究 分 野 の 主 要 な テ ー マ と な っ て 現 在 に 至 っ て い る.
● ス ピ ル バ ー ガ ー の 不 安 ・ス ト レ ス 研 究 1965年,ス
ピ ル バ ー ガ ー は,不
研 究 者 に 呼 び か け て,不
安 の研 究 を 専 門 とす る代 表 的 な 北 米 在 住 の
安 と 行 動 に 関 す る シ ン ポ ジ ウ ム を バ ン ダ ー ビ ル ト大 学
と ジ ョー ジ パ バ デ ィ カ レ ッ ジ で 開 催 し た.ひ
とつ の テ ー マ が2週
徹 底 的 に 討 議 さ れ た こ の シ ン ポ ジ ウ ム に は,ス ソ ン(Sarason,
S. B.),イ
ザ ー ド(Izard,
マ ウ ア ー(Mowrer,
G.),マ
ル モ(Malmo,
ク タ ー(Schachter,
S.),ラ
ザ ラ ス,マ
(Spemce,
K. W.),エ
図0.4
リ ク セ ン(Eriksen,
ピ ル バ ー ガ ー,キ
C. E.),グ
間にわ たって ャ テ ル,サ
リ ン カ ー(Grinker,
R. B.),ウ
オ ル ピ(Wolpe,
ン ド ゥ ラ ー(Mandler, C. W.)の13人
G.),ス
ラ
R. Y.), J.),シ
ャ
ペ ンス
の研 究 者 が シ ンポ ジ
ス ピ ル バ ー ガ ー に よ る 状 態 ・特 性 不 安 モ デ ル
ス トと して参 加 し た.ス し,彼
ピ ルバ ー ガ ー は,こ の シ ンポ ジ ス ト全 員 に執 筆 を依 頼
自身 の執 筆 に よ る序 章 を含 め て,14章
に 発 行 した(Spielberger,
1966).こ
か ら な る書 籍 を編 集 し,1966年
の シ ン ポ ジ ウ ム と書 籍 は,1965年
代 表 的 な不 安研 究 を網 羅 し総 括 した 点,ま
当時の
た,不 安研 究 が 心 理 学 的 ス トレス 研
究 へ と発 展 す る 端 緒 を築 い た 点 で,心 理 学 の歴 史 に残 る も の で あ る. 当 時 の不 安 研 究 の主 要 なテ ー マ は,フ と神 経 症 不 安 と を心 理 学 的 観 点,あ
ロ イ トの 精 神 分 析 学 に お け る現 実 不 安
るい は行 動 的 水 準 で ど の よ う に捉 え るか に
あ り,こ の シ ンポ ジ ウ ム の テ ー マ も例 外 で は な か った.ス 書 籍 の序 章 に彼 自身 の 不 安 二 分 説(状
態-特 性 不 安 説)を
ピ ル バ ー ガ ー は この 図0.4の よ う に示 し,
不 快 な外 的刺 激 を受 け て 行 動 が 起 こる まで の プ ロセ ス と,プ 所 に 関与 す る2つ の 種 類 の 不 安(状 て い る.こ
ロセ ス の 異 な る箇
態 不 安,特 性 不 安)の 働 き と を明 らか に し
の モ デ ル を構 成 す る 各 要 因 とプ ロ セ ス と は,1966年
的 ス トレス 研 究 に 強 い 影 響 を与 え る こ と に な る が,特 れ た外 的刺 激,認
知 的 評 定,防
衛 機 制,行
動 の4つ
に,図0.4の
以 降の心理 学 実線 で囲 ま
の要 因 か ら な る プ ロ セ ス
は,不 快 な外 的 刺 激 に よ って 始 動 す る心 理 学 的 ス トレス の 生 成 過 程 の 原 型 とい う こ とが で きる.以 下 に この モ デ ル の 概 要 を説 明 す る. 外的刺激
心 理 的 水 準 の 不 快 を 喚 起 す る刺 激 な い し環 境 で あ り,こ の モ デ
ル が 作 られ た1960年 認知的評定
代 に は ス トレ ッサ ー と総 称 さ れ た種 類 の 刺 激 で あ る.
外 的 刺 激 が も た らす 脅 威 の程 度 を評 定 す る機 能.こ
が 作 ら れ た1965年 防衛機 制
のモデ ル
に は ラ ザ ラス に よ っ て す で に提 起 さ れ て い た 要 因 で あ る.
フ ロ イ トに よ る精 神 分 析 学 で は,「 防 衛 機 制 は 不 快 な 外 的 刺 激
か ら 自我 を 守 り 自我 の 安 寧 を確 保 す る 無 意 識 の メ カ ニ ズ ム」 と され る.し し,ス
か
ピル バ ー ガ ー の モ デ ル で は,「 状 態 不 安 を 回避 な い し低 減 す る こ と に よ
っ て 適 応 状 態 を作 る プ ロ セ ス 」 と して 防 衛 機 制 を位 置 づ け て い る.ス
ピル バ ー
ガ ー に よ れ ば,状 態 不 安 は外 的刺 激 を脅 威 と評 定 した 際 に個 体 に 生 起 す る 自律 神 経 系 の興 奮(循 環 器,呼 因 す る筋 緊 張)に
吸 器,消
よっ て 個 体(人
化 器 に現 れ る さ ま ざ ま の 変 化 と,変 化 に原
間)に
自覚 され,個 体 は脅 威 と評 定 され た 外
的 刺 激 へ の対 応 を 図 る こ とで 状 態 不 安 を低 減 し,心 理 的 な安 定(適 応 状 態)を 得 る こ とに な る.フ
ロ イ トも ス ピル バ ー ガ ー も防 衛 機 制 に個 体 を心 理 的 に安 定
させ る機 能 を もた せ る 点 で 一 致 す る が,フ く の に 反 し,ス
ロ イ トは無 意 識 水 準 に 防 衛 機 制 をお
ピ ル バ ー ガ ー は意 図 的 水 準(意
識 水 準)に
防 衛 機 制 をお く点
で,両
者 は異 な っ て い る.
ス ピル バ ー ガ ー の モ デ ル に よれ ば,不 快 な 外 的 刺 激 は 特 性 不 安 の 程 度 が 高 い ほ ど 強 い ス トレ ッサ ー とな っ て状 態 不 安 を 喚 起 し,自 律 神 経 系 が 支 配 す る循 環 器,呼
吸 器,消
化 器 の機 能 を一 過性 で は あ る が 低 下 させ る こ と に な る.ま
た,
一 過 性 に低 下 し た 内 臓 諸 器 官 は ス トレ ッサ ー を 軽 減 す る 防 衛機 制 の 発 動 を促 し,発 動 さ れ た 防衛 機 制 の 特 徴 を 示 す さ ま ざ ま な 行 動 が 現 れ る.し た が っ て, ス トレ ッサ ー に とっ て 適 切 な 防衛 機 制 で あ る ほ ど健 康 状 態 は 良 好 に な るが,ス トレ ッサ ー が 強 い ほ ど不 適 切 な 防衛 機 制 を発 動 す る 可 能 性 は 高 い の で,健 康 状 態 は 低 下 す る.不 快 な 外 的 刺 激 が 等 しけ れ ば,特 性 不 安 の 程 度 が 高 い ほ ど外 的 刺 激 を強 い ス トレ ッサ ー と して 受 け取 る か ら,ス
ト レス と健 康 との 関係 は特 性
不 安 の 程 度 に よ っ て決 まる こ と に な る. ● 今 日の 心 理 学 的 ス トレス研 究 と健 康 ラザ ラ ス と ス ピ ル バ ー ガ ー と に よ っ て1960年
代 の半 ばに開拓 された心理 学
領 域 か らの ス トレ ス研 究 は,そ の 後 も主 に カ リ フ ォル ニ ア大 学 バ ー ク レ イ校 で ラザ ラス と フ ォー クマ ン らに よ る認 知 的 ス トレス 研 究 に 先 導 さ れ な が ら進 化 を 遂 げ て現 在 に至 っ て い る. 今 日,多
くの研 究 者 が 認 め る心 理 学 的 ス トレ スモ デ ル は,フ
図0.5
フ ォ ー ク マ ン と ラ ザ ラ ス の モ デ ル(Folkman
& Lazarus,
ォー クマ ン とラ
1988)
ザ ラ ス が 提 起 し た1988年
の モ デ ル(図0.5,
る.こ の モ デ ル に よれ ば,個 ー と し,ス
Folkman
& Lazarus, 1988)で
人 と環 境 との 出 会 い(encounter)を
ス トレ ッサ
トレ ッサ ー が 個 人 に もた らす 負 担 の 質 と量 の 評 定(1次
次 評 定 の 結 果 に基 づ くス トレ ッサ ーへ の対 処 努 力 の選 択(2次
あ
評 定)と1
評 定)と
を経て
対 処 が 開 始 され る.開 始 され る対 処 努 力 は,個 人 と環 境 の 関係 の 変 更 を 目指 す 問 題 焦 点 型 コー ピ ン グ と個 人 と環 境 との 出会 い につ い て の 関心 を変 化 しよ う と す る情 動 焦 点 型 コ ー ピ ン グ と に大 き く2分 さ れ,対 処 努 力 の ス トレ ッサ ー低 減 効 果 を再 度 評 定 した結 果,種
々 の 感 情 反 応 が 生 起 す る の で あ る.こ の 場 合,対
処 努 力 の ス トレ ッサ ー低 減効 果 が 少 な い ほ ど苛 立 ち,緊 張,憂
うつ な どの負 の
感 情 が 生 起 す る こ とは い う まで も な い. この こ とか らわ か る よ うに,ラ ザ ラ ス らの 心 理 学 的 ス トレス モ デ ル は ス トレ ッサ ー に 原 因 す る感 情 の発 生 過 程 に 関 す る もの で あ って,ス 心 身 の 健 康 を 直 接 説 明 す る もの で は な い.し ベ ル の 適 応 状 態 を低 下 させ る か ら,こ 態,す
トレ ッサ ー に よ る
か し,負 の 感 情 の 生 起 は 心 理 的 レ
の モ デ ル は,心 理 的 レベ ル の 不 適 応 状
な わ ち,精 神 的 不 健 康 状 態 の 生 成 過 程 を ス トレ スの 観 点 か ら説 明 す る モ
デ ル と い う こ とが で き る.な 1993)と1999年(Lazarus,
お,ラ 1999)と
ザ ラ ス は こ の モ デ ル を1993年(Lazarus, に一 部 改 定 を加 え,感 情 反 応 を15に 細 分
化 し感 情 反 応 の 結 果 と して社 会 的 機 能 と健 康 とに影 響 が 現 れ る点 を加 えて い る が,モ
デ ル の本 質 に は何 ら変 更 が み ら れ て い ない.
こ の よ う に,現 在 の 多 くの心 理 学 的 ス トレ ス研 究 は,ス
ト レス 反 応 と して の
感 情 反応 を心 理 的 レベ ル の不 健 康 で あ る不 適 応 状 態 の指 標 と して い る 点 で 共 通 して い る.心 理 的 レベ ル の不 適 応 状 態 が 契 機 と な っ て種 々 の 精 神 障 害 が 発 症 す る こ と を考 え れ ば,心 理 学 的 ス トレス モ デ ル は,ス
トレス に原 因す る疾 患 の 発
症 過 程 を説 明 す る疫 学 的 ス トレス モ デ ル の 前段 階 に位 置 す る疾 患 予 防 の た め の モ デ ル と もい え る.こ の よ う に心 理 学 的 ス ト レス モ デ ル を捉 え た場 合,心
理学
的 ス トレ スモ デ ル と疫 学 的 ス トレス モ デ ル と をつ な ぐ主 要 な要 因 は ス トレス 反 応 と して の 感 情 反応 に な る.参 考 まで に健 康 との 関係 か ら心 理 学 的 ス トレス モ デ ル を捉 え る際 に この種 の モ デ ル が 測 定 す る 感 情 反 応 を 図0.6に 紹 介 す る. と こ ろ で,今
日の心 理 学 的 ス トレス モ デ ル の 代 表 と もい え る ラザ ラ ス らの 認
知 的 ス トレス モ デ ル か らわ か る よ う に,心 理 学 的 ス トレス研 究 の 主 要 課 題 はス トレ ッサ ーへ の 対 処 努 力 ・コー ピ ン グ に あ る こ と に な る.コ ー ピ ン グ と健 康 の
図0.6
関 係 は1章
感 情 の 環 状 モ デ ル(Larsen
& Diener,
に そ の詳 細 が 紹 介 さ れ て い る ので,こ
1992)
こで は コ ー ピ ン グ を心 理 的 レ
ベ ルの 不 適 応 状 態 の 改 善 に役 立 て る 際 の 基 本 的 な 考 え方 を紹 介 す る. コー ピ ン グ を努 力 過 程 と して 捉 え る こ と を 意 味 す る 英 語 のcopeに
コ ー ピ ン グ(coping)と
由 来 す る こ と は 誰 もが 理 解 で き る だ ろ う.コ ー ピ ン
グ が ス トレス と の 関 係 で 心 理 学 に 登場 した1960年 は,コ
は対 処
代 か ら1980年
代 の 後 半 まで
ー ピ ン グ は対 処 と邦 訳 さ れ て い た.し か し,「 コ ー ピ ン グ は ス トレ ッサ
ー の 低 減 を 目指 し た 意 図 的 な認 知 行 動 的 働 きで あ り,コ ー ピ ン グ の結 果 生 起 す る ス トレ ス 反応 の多 寡 に よ っ て評 価 す べ きで は な い.ス ー ピ ン グ を評 価 す れ ば ,ス
トレ ス反 応 も含 め て コ
トレス 反 応 を低 減 しな い コー ピ ン グ は コ ー ピ ン グで
は な い こ と に な る」 とす る ラザ ラス らの 主 張 が しだ い に研 究 者 の 間 に浸 透 す る に つ れ,コ
ー ピ ン グ を 単 に対 処 で は な く対 処 努 力 と呼 ぶ よ うに な っ た.特
ザ ラス(1999)が
にラ
コ ー ピ ン グ を 「個 人 の 資 源 に負 荷 を与 え た り,そ の 資 源 を超
え る と評 定 され た外 的 な い し内 的要 請 を処 理 す る た め に行 う認 知 的 行 動 的 努 力 で あ り,そ の努 力 は常 に 変 化 す る もの で あ る」 と定 義 した以 降 は コ ー ピ ン グ を 対 処 努 力 と邦 訳 す る の が 一 般 的 とな っ た の で あ る. 対 処 に努 力 を 加 え対 処 努 力 と した こ と は,不 適 応 状 態 の 改 善 を 目 的 とす る臨 床 的 介 入 に とっ て 重 要 な 意 味 を もつ.な
ぜ な らば,コ ー ピ ン グ に と っ て 重 要 な
点 は ス ト レ ッサ ー の 低 減 を 目指 した 努 力 で あ っ て,ス 否 か で は な い か らで あ る.す
ト レス 反 応 が 低 減 した か
な わ ち,不 適 応 状 態 の 原 因 とな る 問 題(ス
トレ ッ
サ ー)の 解 決 に 向 け た積 極 的 な働 きか け こそ が 不 適 応 状 態 改 善 の 原 動 力 に な る の で あ る. コ ー ピ ン グ は ス トレ ッサ ーの 特 徴 に応 じて 変 化 す る の 立 場 か らの 見 解 が あ る.ひ
コー ピ ング に は2つ
とつ は特 性 論 的 な コー ピ ング論 と呼 ば れ る もの で
あ り,コ ー ピ ング を性 格 特 性 の よ う に捉 え る立 場 で あ る.性 格 特 性 が 個 人 ご と に 異 な り,し か もそ の 個 人 内 で は 安 定 して い る の と同 様 に,こ
の立 場 か らの コ
ー ピ ング に つ い て の 見 解 は ,コ ー ピ ン グ はス トレ ッサ ー の 際 立 っ た特 徴 に 応 じ て 変 化 す る こ とが あ っ た と して も,大 枠 で は どの よ う な ス トレ ッサ ー に も類 似 した コ ー ピ ン グ を用 い る,と す る もの で あ る.も ー ピ ング 論 で あ っ て ,ス
う ひ とつ の 立 場 は状 況 論 的 コ
トレ ッサ ー の 質 や 強 さ,あ る い は ス トレ ッサ ー を受 け
た と きの 状 況 な どの 特 徴 に 応 じて コー ピ ング は 自在 に変 化 す る,と 考 え る.心 理 学 的 ス トレス 研 究 が 開 始 さ れ た1960年
代,ラ
ザ ラ ス を 含 む初 期 の 研 究 者 の
ほ とん どす べ て が 特 性 論 的 立 場 か ら コ ー ピ ング を捉 え て い たが,ス
トレ ッサ ー
と コ ー ピ ン グ の 分 類 と測 定 方 法 が 進 化 し,一 定 間 隔 を お い た縦 断 的研 究 が さ れ る よ う に な る と状 況 論 を 裏 づ け る研 究 結 果 が 多 数 報 告 され る よ うに な った.デ ュ ら(Dewe,
Cox, & Ferguson, 1993)は,こ
の よ うな コ ー ピ ング 研 究 の 動 向 を
展 望 して 以 下 の よ う に 結 論 して い る. ① コ ー ピ ン グ は プ ロセ ス で あ っ て,人 格 特 性 とは 区 別 す べ きで あ る. ② コ ー ピ ン グ は 努 力 で あ っ て,結 果 で は な い. コ ー ピ ン グ を 状 況 論 的 に捉 え ス トレ ッサ ー に よ っ て 変 化 す る と考 え る立 場 は,不
適 応 状 態 へ の 臨 床 的 介 入 に とっ て は不 可 欠 な 立 場 で あ る.な ぜ な ら ば,
適切 な コ ー ピ ン グ を ク ラ イエ ン トに示 唆 す る こ とに よ っ て不 適 応 状 態 の改 善 が 期 待 で きる か ら で あ る. 本 書 は心 理 学 的 ス トレ ス研 究 に 機 軸 をお き,ス
トレス と健 康 の 関係 す る諸 分
野 の 研 究 成 果 を も と に して解 説 し よ う とす る もの で あ る.
■ 文
[小杉正 太郎]
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1. コ ー ピ ン グ と健 康
ラザ ラ ス ら(Lazarus
& Folkman,
1984)は,ス
トレ スが 環 境 と個 人 との 相 互
関 係 に よっ て 引 き起 こ さ れ る とす る 心 理 学 的 ス トレス モ デ ル を1984年 した.こ
の モ デ ル の 主 要 な概 念 は コー ピ ング と呼 ば れ,ス
に提 唱
トレス と健 康 と をつ
な ぐ鍵 概 念 の ひ とつ と して こ れ ま で に 多 くの研 究 が 蓄 積 さ れ て い る.本 章 で は,心 理 学 的 ス ト レス モ デ ル の概 要 を従 来 の ス トレス 理 論 の特 徴 と比 較 し なが ら説 明 し,そ の う えで,コ
ー ピ ン グ と心 身 の 健 康 との 関 連 につ い て 解 説 す る.
1.1 入 力 型 ア プ ロ ー チ と 出 力 型 ア プ ロ ー チ
心 理 学 的 ス トレス モ デ ルが ラ ザ ラス ら に よ っ て提 唱 され る まで は,ス
トレ ス
を刺 激 に よ っ て 定 義 す る 入 力 型 ア プ ロー チ と,結 果 ない し反応 に よ っ て 定 義 す る 出 力 型 ア プ ロ ー チ とが ス トレス研 究 の 代 表 的 な 方法 で あ っ た.本 節 で は,こ の2つ
の ア プ ロ ー チ の 概 要 を説 明 す る.
● 入 力 型 ア プ ロ ー チ:刺
激 と して の ス ト レス
入 力 型 ア プ ロ ー チ の う ち最 も代 表 的 な研 究 は,生 活 出 来 事 型 ス ト レス研 究 で あ る.こ の ア プ ロー チ の 大 き な特 徴 は,ス
トレス を生 活 上 の 変 化 で あ る と定 義
して い る点 に あ る.こ
れ まで に,個 人 の 生 活 に変 化 を起 こ させ る さ ま ざ ま な出
来 事(life events)が
リ ス トア ッ プ され,こ
討 さ れ て きた.ホ
ー ム ズ ら(Holmes
価 尺 度(SRRS:
0ま た は11章
れ ら の 出 来 事 と疾 病 との 関 連 が 検
& Rahe, 1967)が
を 参 照)に
よ れ ば,疾
の 大 きい 出 来 事 は 「配 偶 者 の 死 」 で あ り,以 下,影 「夫 婦 の 別 居 」 … …(中 略)…
作 成 した社 会 再 適 応 評 病 に 対 して 最 も影 響 力
響 度 の大 きい 順 に 「離 婚 」
… 「ク リス マ ス 」 「 軽 微 な法 律 違 反 」 と続 い て い
る.こ れ らの 影 響 度 は,出 来 事 に よ っ て 引 き起 こ さ れ た 変化 に再 適 応 す る た め に,ど の 程 度 の 努 力 量 が 必 要 か とい う観 点 か ら決 め られ た もの で あ る.そ の 前 提 に は,変 化 に 再 適 応 す る た め の努 力 に よ っ て個 体 が 疲 弊 し,そ の 結 果,疾
患
を発 症 す る とい う発 想 が あ る. しか し,生 活 出 来 事 型 ス トレス 研 究 に対 して は,①
出来事 の内容 が個 人 に
と っ て どの よ う な 意 味 を も っ て い る の か が 考 慮 され て い な い,②
出 来事 の 生
起 に伴 う変 化 に 対 し て どの よ う な対 応 策 を取 っ た の か,そ の 個 人 差 を無 視 して い る,な
どの 問 題 点 が 指 摘 され て い る.こ れ ら2つ の 要 因 は,後 述 す る心 理 学
的 ス トレス モ デ ル に お い て,そ れ ぞ れ 認 知 的 評 定,コ 呼 ば れ,心
ー ピ ング(対 処 努 力)と
理 学 的 ス トレ スモ デ ル を構 成 す る 主 要 な要 因 と な っ て い る.
● 出 力 型 ア プ ロ ー チ:反 応 と して の ス ト レス 入 力 型 ア プ ロー チ で は,生
活 上 の 変 化 を ス トレス と定 義 して い た の に 対 し
て,出 力 型 ア プ ロ ー チ で は,「 有 害 」 刺 激 に 対 す る 一 連 の 反 応 を ス ト レス と し て 定 義 して い る.生 理 学 や 医 学 の 領 域 で は,ス 出 力 型 ア プ ロ ー チ を と る こ と が 多 い.こ (Selye, 1936)の で あ る.彼
トレ ス を 反 応 と して 捉 え る この
の ア プ ロ ー チ の 代 表 例 が,セ
提 唱 した汎 適応 症 候 群 ・一 般 適 応 症 候 群(GAS:
は,生 体 の恒 常性(ホ
リエ
0章 を参 照)
メ オ ス タ シ ス)を 脅 か す 物 理 的 ・化 学 的 ・心
理 的 な刺 激 が 生体 に 加 え られ る と,そ の刺 激 の 種 類 と は無 関係 に,副 腎 皮 質 の 肥 大,胸
腺 の 萎縮,胃
・十 二 指腸 潰 瘍 な どの 一 連 の 非 特 異 的 な 反 応 が 生 じる こ
と を示 し,こ の 非 特 異 的 な 反 応 をGASと
呼 ん だ.彼 は さ ら に,GASを
こす 各 種 の 「有害 」 刺 激 を ス トレ ッサ ー(stressor),ス き起 こ さ れ た 症 候 群 をス トレ ス反 応(stress
引 き起
トレ ッサ ー に よ っ て引
response)と
呼 ん で,刺 激 と反 応
と を 区別 し よ う と した. この 学 説 に よれ ば,ス
トレス 反応 は,ス
症 候 群 と して 定 義 さ れ て い るが,ス
トレ ッサ ー に よ って 引 き起 こ され た
トレ ッサ ー に 関 して は,ス
き起 こす 刺 激 と しか記 述 され て い な い.そ
トレス 反 応 を引
の た め,ス
トレス 反 応 が 生 起 して い
る,な い しは 生 起 した とい う事 実 に基 づ い て しか,ス
トレ ッサ ー を定 義 す る こ
とが で き な い.つ
ま り,あ る刺 激 が ス トレ ッサ ー と な る か 否 か は,そ の 刺 激 が
結 果 と して ス トレ ス反 応 を 引 き起 こ した か 否 か とい う事 実 を確 認 して か らで な い と,決 め る こ と はで きな い とい う循 環 論 に陥 っ て い る.こ れ まで の ス トレス 研 究 で,ス
トレ ッサ ー と して提 示 され て い る さ ま ざ ま な刺 激 や 状 況 は,す べ て
の 個 人 に対 して 等 し くス トレ ス反 応 を引 き起 こ す もの で は な く,単 に,大 部 分 の 個 人 に ス ト レス反 応 を引 き起 こ す で あ ろ う と推 測 さ れ る刺 激 や 状 況 に過 ぎ な い と い え よ う.
1.2 心 理 学 的 ス トレス モ デ ル
入 力 型 ア プ ロ ー チ と し て の生 活 出 来 事 型 ス トレ ス研 究 で は,日 常 生 活 上 の 変 化 を ス ト レス と捉 えて い た.ま た,出
力 型 ア プ ロ ー チ と して のGASで
害 」 刺 激 に対 す る 一 連 の 生 理 的 反 応 を ス トレス と捉 え て い た.こ
は,「 有
れ に 対 して,
こ れ か ら紹 介 す る心 理 学 的 ス トレス モ デ ル で は,個 人 と環 境 との相 互 関 係 の視 点 か ら ス ト レス を捉 え て い る.こ の 点 か ら,心 理 学 的 ス トレス モ デ ル は,「 関 係 と して の ス トレス 」 を扱 っ た モ デ ル とい え る だ ろ う. ● モデルの概 要 ラザ ラ ス らは,「 あ る個 人 の 資 源 に重 荷 を負 わ せ る,な
い し資 源 を超 え る と
評 定 され た 要 求 」 を 「心 理 的 ス トレ ス 」 と考 え て い る(Lazarus 1984).つ
ま り,こ の 定 義 に基 づ く心 理 学 的 ス ト レス モ デ ル は,単
& Folkman, に環境 の変
化 や,環 境 に対 す る 反応 だ け か らス トレス を捉 え て い る の で は な く,個 人 と環 境 との 能 動 的 な相 互 関係 か らス トレス を捉 え て い るの で あ る. 図1.1は,心
理 学 的 ス ト レス モ デ ル の 概 要 を 示 し た もの で あ る.ま ず,「 潜
在 的 ス トレ ッサ ー」 は,心 理 的 ス トレス とな りう る外 界 か らの 刺 激(要
求)を
表 し て い る.こ の刺 激 に は,日 常 生 活 に変 化 を引 き起 こす よ う な 出来 事(結 な ど)や,環
境 か らの慢 性 的 な圧 力(試 験 が1週
婚
間後 に迫 って い る な ど)な ど
が 含 ま れ る.た だ し,こ れ らの潜 在 的 ス トレ ッサ ー は,心 理 的 ス トレス の 候 補 者 にす ぎ ない.す
な わ ち,次
の 「認 知 的評 定 」 の 過 程 で 「ス トレ ス フ ル 」 と評
定 さ れ た 場 合 に,こ の 候 補 者 は は じめ て心 理 的 ス トレス と な る. 心 理 的 ス トレス とな った 刺 激 は,不 安,怒
りな どの 「急 性 ス トレス 反 応 」 を
引 き起 こ す.「 コ ー ピ ン グ」 は,急 性 ス トレ ス 反 応 や こ れ を引 き起 こ した 刺 激 を処 理 す る た め の 過 程 で あ り,「 問題 を ひ とつ ひ とつ 片 づ け る」 「周 りの 人 に相 談 す る 」 な ど さ ま ざ ま な行 動 や 考 え方(認
知)が 処 理 に用 い られ る.こ の 対 処
過 程 で は,刺 激 や 急 性 ス トレス 反 応 が 適 切 に処 理 され た か ど う か に つ い て の評 定 が 随 時 行 わ れ(認 知 的 再 評 定),う
ま く処 理 され た と評 定 され れ ば対 処 過 程
図1.1
は 終 了 す る.し
か し,う
心 理 学 的 ス トレスモ デ ル の概 要
ま く処理 され な か っ た と評 定 さ れ れ ば,対 処 過 程 は ふ
た た び継 続 され る.「 慢 性 的 ス トレス 反 応 」 は,こ 性 ス トレス 反 応 → コ ー ピ ング→ 認 知 的(再)評
の よ う な 「認 知 的 評 定 → 急
定」 とい う サ イ ク ルが 長期 化 し
た 結 果,心 理 面 ・身 体 面 ・行 動 面 に 生 じた さ ま ざ まな 悪 影 響 の こ と を い う. この よ うに,心 理 学 的 ス トレス モ デ ルで は,外 界 か らの 刺 激 に よ る健 康 へ の 影 響 力 が,両
者 の 間 に 介 在 す る認 知 的 評 定 と コ ー ピ ン グ に よ っ て左 右 さ れ る と
考 え て い る.以 下 で は,心 理 学 的 ス トレス モ デ ル の 主 要 な要 因 で あ る認 知 的 評 定 と コー ピ ン グ につ い て,さ
らに説 明 を加 えて い こ う.
●認知 的評定 心 理 学 的 ス トレス モ デ ル で は,刺 激 状 況 に対 す る 主 観 的 評 定 と して,1次
評
定 と2次 評 定 とい う2種 類 の 評 定 過 程 を想 定 して い る. 1次 評 定 は,「 無 関 係 」 「無 害-肯 定 的 」 「ス ト レス フ ル 」 の3種 類 に 区 別 さ れ る.こ の う ち,「 無 関 係 」 は,刺 激 状 況 との か か わ りが 個 人 の 健 康 や 幸 福 に と って 何 の 意 味 も もた な い 場 合 に な され る評 定 で あ り,刺 激状 況 に よ っ て 失 う も の も得 る もの も な い場 合 に な さ れ る.「 無 害-肯 定 的 」 は,環 境 と の か か わ りの 結 果 が 良 好 な 状 態 を維 持 し強 化 す る と思 わ れ る場 合 に な さ れ る 評 定 で あ り,肯 定 的 な情 動 に よ っ て 特 徴 づ け られ る.「 ス トレス フ ル」 は,刺 激 状 況 に よっ て 自分 の 価 値 ・目標 ・信 念 な どが 「危 う くな っ て い る 」 「脅 か され て い る」 と判 断 され る場 合 に な さ れ る評 定 で あ る.こ
の評 定 は,さ
ら に 「害-損 失 」 「脅 威 」
「 挑 戦 」 の3種 類 に 区 別 さ れ る. こ の う ち,「 害-損 失」 は,自 分 の価 値 ・目標 ・信 念 な どが す で に 「危 う くな っ て し ま っ た」 「脅 か され て しま っ た 」 場 合 に な され る評 定 を,「 脅 威 」 は,ま だ 「害-損 失 」 を被 っ て は い な い が,今 後,「 害-損 失 」 を被 る 可 能 性 が あ る場 合 に な さ れ る評 定 を,「 挑 戦 」 は,出 会 っ た 状 況 が 自分 に とっ て 利 益 や 成 長 の 可 能 性 を与 え る と判 断 され る場 合 に な さ れ る 評 定 を,そ れ ぞ れ指 して い る.そ れ ぞ れ の1次
評 定 は 同 時 に 起 こ る こ とが あ り,ま た状 況 の 時 間 的経 過 や 展 開 に
伴 っ て そ の 内 容 も変 化 す る. 2次 評 定 は,環 境 と の か か わ りにお い て,そ 失,脅
威,挑
戦)と 評 定 され た 場 合,そ
の 状 況 が ス トレ ス フ ル(害-損
の状 況 を処 理 した り切 り抜 け た りす る
た め に何 をす べ き か を 検 討 す る 過 程 で あ る.こ の 過 程 で は,「 あ る コ ー ピ ン グ 方 略 を採 用 した 場 合,ど
ん な結 果 が 起 こ る の か 」 「そ の 結 果 を 導 くた め の 行 動
を う ま く遂 行 で き る の か」 とい う見 通 しを 立 て た うえ で,い
か な る コー ピ ン グ
方 略 の 選 択 が 可 能 か を評 定 す る段 階 と い え る.こ れ らの2つ
の見 通 しは,バ
デ ュ ー ラ(Bandura,
1982)が
提 唱 した 自 己効 力 感 の う ち,そ
れ ぞ れ,結
ン
果予
期 と効 力 予 期 に 対 応 して い る とい え る. ● コー ピング 現 在 の コ ー ピ ン グ研 究 で は,主
に特 性 論 とプ ロセ ス論 との お お む ね2つ の 視
点 に基 づ く定 義 が 行 わ れ て い る(Lazarus,
1993).こ
の う ち,特 性 論 的 定 義 は,
コ ー ピ ン グ を 時 間 や 状 況 に か か わ らず 安 定 した 特 性 ・ス タ イ ル と捉 え,い か な る状 況 で も個 人 はそ の個 人 に 特 有 の コ ー ピ ング ス タ イ ル で 対 処 す る こ と を仮 定 して い る.こ れ に対 して,プ
ロセ ス論 的 定 義 で は,ス
能 動 的 な 相 互 作 用(transaction),す
トレ ス を個 人 と環 境 との
な わ ち ダ イ ナ ミ ッ ク な プ ロ セ ス と捉 え,
コ ー ピ ン グ を そ の プ ロ セ ス の 一 部 に位 置 づ け て い る.本 章 で紹 介 して い る心 理 学 的 ス トレ ス モ デ ル で は,プ
ロセ ス論 の視 点 に立 っ て コー ピ ング を定 義 して お
り,「 刺 激 → 認 知 的 評 定 → コ ー ピ ン グ」 とい う 一 連 の プ ロセ ス が,健 康 に影 響 を及 ぼ す と考 え て い る.ラ ザ ラス(1999)の の 定 義 は0章16頁
プ ロ セ ス論 に基 づ い た コー ピ ング
に紹 介 した とお りで あ る.
研 究 や 実 践 で コ ー ピ ン グ を扱 う 際 に は,次 (Lazarus, 1993).第1は,コ
の2点
に留意 す る必要 が あ る
ー ピ ング は 意 識 的 な努 力 で あ り,無 意 識 レベ ル で
な さ れ る防 衛 機 制 や 適 応 機 制 と は異 な る とい う点 で あ る.第2は,コ
ー ピ ング
と コ ー ピ ン グの 結 果 とは 別 個 で あ る とい う点 で あ る.従 来 の コー ピ ン グ研 究 の なか に は,「 適 応 に 成 功 した 手段 」 を コー ピ ン グ と定 義 して い る もの もあ るが, こ れ らの 定 義 で は,適 応 に 失 敗 した 手 段 は コー ピ ン グで は な くな っ て し まい, 対 処 努 力 とそ の 結 果 とが 混 同 さ れ て し ま う.コ ー ピ ン グの 「結 果 」 と して の 適 応 は,ス
トレス 反 応 の低 減 だ け で な く,ス
対 す る 脅 威 性 の 低 下(認
トレス フル な状 況 の改 善 や,状 況 に
知 的 評 定 の 変 化),パ
フ ォ ー マ ンス の 促 進 な ど,さ
ざ ま な視 点 か ら捉 え る こ とが 可 能 で あ る.そ の た め,あ
ま
る コ ー ピ ン グが 適 応 的
で あ る か不 適 応 的 で あ る か を事 前 に 判 断 す る こ とは,極 め て 困 難 で あ る.こ の よ う な 理 由 か ら,コ ー ピ ン グ とそ の 結 果 と を 別 個 に 扱 う こ と が 重 要 な の で あ る.
1.3 コー ピ ン グの種 類 と精 神 的健 康
心 理 学 的 ス トレス モ デ ル の 鍵 概 念 で あ る コー ピ ング は,私 た ち の心 身 の 健 康 と どの よ うな 関 連 が あ る の だ ろ う か.本 節 で は,ス
トレス フル な状 況 や そ こ か
ら生 起 した さ ま ざ ま な情 動 を処 理 す る た め に使 用 され る個 々 の 行 動 や 考 え方 を 「コ ー ピ ン グ方 略 」 と定 義 し,こ れ を い くつ か の 観 点 か ら分 類 しな が ら,そ れ ぞ れ の 特 徴 と健 康 との 関連 を述 べ て い く. ● さ ま ざ ま な コ ー ピ ン グ方 略 と その 分 類 コー ピ ング 方 略 に は さ ま ざ ま な種 類 が あ り,そ れ らの分 類 方 法 や 分 類 基 準 も 研 究 者 に よ っ て多 岐 に わ た っ て い る.こ れ まで の コー ピ ング研 究 にお い て 最 も よ く知 ら れ た 基 準 が,焦 Lazarus, 1980)は,さ
点 に 基 づ く分 類 で あ ろ う.ラ ザ ラ ス ら(Folkman
&
ま ざ ま方 略 を 問題 焦 点 型 と情 動 焦 点 型 と に大 き く2分
し
た.問 題 焦 点 型 の 方 略 は,「 問 題 解 決 に 向 け て 情 報 収 集 す る」 「計 画 を 立 て る」 「具 体 的 に行 動 す る」 な ど の よ う に,ス
トレス フ ル な 状 況 そ の も の を解 決 し よ
う とす る 具 体 的 な 努 力 を 意 味 して い る.他 方,情
動 焦 点 型 の 方 略 は,「 直 面 す
る 問 題 に つ い て 考 え る の を や め る 」 「問 題 の 意 味 を 考 え直 す 」 な ど の よ う に, 直 面 す る問 題 の 直 接 的 な 解 決 で は な く,問 題 に よ って 生 起 した情 動 の 調 整 を 目 的 と して い る. 一 方,ラ 情 動)の
タ ッ ク ら(Latack
& Havlovic, 1992)は,上
述 して い る焦 点(問 題-
ほ か に,方 法 に よ っ て も コー ピ ング 方 略 を分 類 して い る.彼
らは,①
認 知-行 動,②
コ ン トロ ー ル(積 極)-逃 避(回
避),③
社 会-孤 立,の3つ
のカ
テ ゴ リー に よ っ て コ ー ピ ン グ方 略 の方 法 を分 類 した.① の カ テ ゴ リー は,観 察 可 能 な行 動 の有 無 や 機 能 す る反 応 系 の 違 い に よ っ て,認 知 と行 動 とが 区 別 され る.② の カ テ ゴ リ ー は,ス が 区 別 され る.た
トレス フ ル な状 況 に対 す る か か わ り方 に よ っ て 両 者
と え ば,「 問 題 点 を 明確 に し よ う と した」 「問 題 を ひ とつ ひ と
つ 片 づ け た」 な どの 方 略 は 「コ ン トロ ー ル(積 極)」 に,「 そ の 問 題 以 外 の こ と で 忙 し く し た 」 「そ の 状 況 を あ る が ま ま に 受 け入 れ た 」 な どの 方 略 は 「逃 避 (回避)」 に,そ れ ぞ れ該 当 す る.③ の カテ ゴ リ ー は,コ ー ピ ング 方 略 の使 用 に 際 し て他 者 が か か わ る か ど うか に よ っ て 両 者 が 区 別 され る.た
とえ ば,「 似 た
経 験 を もつ 人 に 相 談 した」 「誰 か に愚 痴 を こ ぼ した 」 な どの 方 略 は 「社 会 」 に, 「自分 の過 去 の 経 験 を 参 考 に した」 「ひ と りの 時 間 を大 切 に し た」 な どの 方 略 は 「孤 立 」 に,そ れ ぞ れ 該 当 す る. この よ う に,コ ー ピ ング 方 略 は理 論 上 い くつ か の基 準 に よ っ て分 類 さ れ て い る もの の,因 子 分 析 な どで これ らの 分 類 を経 験 的 に再 現 す る こ とは 困 難 な こ と が 多 い.な ぜ な ら,そ れ ぞ れ の 方 略 が 問 題 と情 動 の どち らに 焦 点 を当 て て い る の か は,そ の 方 略 を使 用 す る 個 人 の 意 図 や 目的 と,そ の 方 略 が 使 用 され る 文脈 的 背 景(situational context)と (Cohen,
1987).た
を考 慮 しな け れ ば明 らか に な らな い か らで あ る
と え ば,「 試 験 に 向 け て 一 生 懸 命 勉 強 す る 」 とい う方 略 は,
あ る学 生 に と っ て は 良 い 成 績 を と るた め(問 題 焦 点 型)か 学 生 に と っ て は不 安 を低 め る た め(情
動 焦 点 型)か
も しれ な い が,別
も しれ な い.こ
方 略 の焦 点 を あ らか じめ 決 め て お くの は 困難 な の で あ る.ま た,ス
の
の よ うに, トレス フ ル
な状 況 に 個 人 が 対 処 す る際 に は,認 知 的 方 略 と行 動 的 方 略 と を同 時 に使 用 す る 可 能 性 が 高 い.そ
の た め,探
索 的 因 子 分 析 な どの 経 験 的 な デ ー タ解 析 に基 づ い
て 尺 度構 成 を行 っ た 場 合 に は,理 論 的 に設 定 され た 分 類 基 準 を 再 現 す る こ とが 困 難 に な っ て い る(Latack 床 場 面 で は,ク
津 ・小 杉,1998).し
か し,臨
ラ イ エ ン トの コ ー ピ ン グ の 修 正 や 変 容 を促 す 際,何
(問 題-情 動),ど ー ル-回 避)を
& Havlovic, 1992;島
の よ う な手 段 を用 い る か(行 動-認 知,社
会-孤 立,コ
を 目的 に ン トロ
区 別 す る こ とが ,具 体 的 な コ ー ピ ン グ 方 略 を考 え,そ の 方 略 の
使 用 お よび 実 行 効 果 を明 らか にす る う えで 重 要 な 意 味 を も っ て い る とい え る だ ろ う.
● コ ー ピ ン グ方 略 と心 身 の 健 康 そ れ ぞ れ の コー ピ ン グ方 略 は どの よ う に して 心 身 の健 康 に 影 響 を及 ぼ して い る の だ ろ う か?こ
こ で は,小
杉 ら(小
作 成 さ れ た コ ー ピ ン グ 尺 度 を 例 に,5種
杉,2000;島
に つ な が り や す い こ と が,メ & Wiebe,
2002).し
に 伴 う コ ス ト(Cohen,
津,2003).
直 面 し て い る ス ト レ ッ サ ー を 直 接 的 ・根 本 的 に 解 決 ・
改 善 し よ う とす る 方 略 で あ る.そ
Tomoka,
よっ て
類 の コ ー ピ ン グ方 略 の 特 徴 と心 理 的 ・
身 体 的 健 康 と の 関 連 を 考 え て い き た い(島 積 極 的 な問 題 解 決
津 ・小 杉,1998)に
Evans,
の た め,心
理 的 ・身 体 的 ス ト レ ス 反 応 の 低 減
タ 分 析 の 結 果 か ら も 示 さ れ て い る(Penley, か し,こ Stokols,
の 方 略 は,覚 & Krantz,
醒 水 準 の 上 昇 な ど対 処 努 力
1986)も
大 き い た め,長
期化
し た ス ト レ ッ サ ー や コ ン トロ ー ル が 困 難 な ス ト レ ッ サ ー に 対 処 しつ づ け た 場 合 に は,ス 2004;
ト レ ス 反 応 の 上 昇 を 招 く こ と が 指 摘 さ れ て い る(Schaufeli
Hockey,
&
Bakker,
1997).
問 題 か ら離 れ る
直 面 し て い る ス ト レ ッ サ ー か ら 物 理 的 ・心 理 的 に 距 離 を
お く 方 略 で あ る.こ
の 方 略 は,ス
トレ ッサ ー の根 本 的 な改 善 や ス トレス 反 応 の
直 接 的 な 低 減 を 目 的 と し た 方 略 で は な い た め,単 結 び つ く 可 能 性 は 低 い(Penley
et al., 2002).し
独 で は ス トレス 反 応 の 低 減 に か し,状
休 息 の 機 会 を提 供 す る 機 能 を 有 して い る こ と か ら,長
況 を 客 観 視 し た り,
期 化 し た ス ト レ ッサ ー や
対 処 が 難 し い ス ト レ ッ サ ー に 対 し て は,「 積 極 的 な 問 題 解 決 」 と 組 み 合 わ せ る こ と で,ス
ト レ ス 反 応 の 低 減 に 結 び つ く こ と が 指 摘 さ れ て い る(Shimazu
表1.1
職 場 ス ト レ ス ・ス ケ ー ル に お け る コ ー ピ ン グ 尺 度 の 内 容 (小 杉,2000;島
津 ・小 杉,1998)
&
Kosugi,
2003).
他 者 か らの 援 助 を求 め る り,気
家 族 ・友 人 ・同 僚 ・専 門 家 な ど に 助 言 を 求 め た
持 ち を 聞 い て も ら う な ど,周
囲 の 人 的 資 源 を 利 用 し た 方 略 で あ る.こ
方 略 は,ス
ト レ ッ サ ー の 改 善 を 他 者 が 代 行 し て くれ る,有
くれ る,ネ
ガ テ ィ ブ な 情 動 を 鎮 め ポ ジ テ ィ ブ な 情 動 を 活 性 化 させ る,な
能 を 有 し て い る.一
方 で,周
囲 の 過 剰 な サ ポ ー ト は,新
学 習 機 会 を 減 ら し た り,自 Zijlstra, Schaufeli, Stroebe, で 使 用 し て も,明 Kosugi,
諦
2003).そ
の た め,こ
Peeters, の 方 略 を単 独 & et al.,
極 的 な 問 題 解 決 と組 み 合 わ さ れ
じ め て ス ト レ ス 反 応 の 低 減 に 役 立 つ 可 能 性 が あ る(Shimazu
&
2003). め
直 面 して い る ス トレ ッ サ ー の 解 決 を 見 送 り,そ
る 方 略 で あ る.こ な 改 善 や,ス al.,2002).し
ト レ ス 反 応 の 直 接 的 な 低 減 に 結 び つ く 可 能 性 は 低 い(Penley か し,対
処 不 可 能 な ス ト レ ッサ ー,急
性 で トラ ウ マ テ ィ ッ ク な ス
Baum,
&
Singer, 1983;
Forsythe
1987).
行 動 ・感 情 の 抑 制
早 急 な 行 動 に よ る 問 題 解 決 や ス トレ ッサ ー に よっ て 喚
起 さ れ た 感 情 表 出 を抑 制 す る 方 略 で あ る.こ 反 応 を 増 幅 す る ほ か,パ &
et
の 状 況 を 受 け入 れ る こ とで ス トレス 反 応 の さ らな る
上 昇 を 抑 制 で き る と い う 指 摘 も あ る(Collins, & Compas,
の状 況 を 受 け入 れ
の 方 略 も 「問 題 か ら 離 れ る 」 と 同 様 に ス ト レ ッ サ ー の 根 本 的
ト レ ッ サ ー に 対 し て は,そ
(Gross
しい コー ピ ン グ 方 略 の
し ろ 上 昇 す る と い う 結 果 が 得 ら れ て い る(Penley
囲 か ら の 援 助 を 活 用 す る 方 略 は,積
る こ と で,は Kosugi,
van Doornen,
どの 機
確 な ス ト レ ス 反 応 の 低 減 効 果 は 認 め ら れ な い か(Shimazu
2003),む
2002).周
効 な 方 略 を示 唆 して
尊 心 の 低 下 を 招 い た り す る(Deelstra, &
の
Levenson,
の よ う な 方 略 は,心
身 の ス ト レス
フ ォー マ ンス の低 下 につ なが る こ とが 指 摘 され て い る
1997).ま
た,積
極 的 な 問 題 解 決 と感情 の 抑 制 とが 組 み 合
わ さ れ る こ と で,心
理 的 ス トレス 反 応 の 上 昇 が さ らに促 進 され る こ と も指 摘 さ
れ て い る(Shimazu
&
Kosugi,
2003).対
と ス ト レ ス 反 応 の 低 減 を 図 る に は,ネ 形 式 で 適 切 に 表 出 し な が ら,問
ガ テ ィ ブ な 感情 を周 囲 に受 け 入 れ られ る
題 解 決 を 図 る こ と が 重 要 だ と い え る だ ろ う.
● コ ー ピ ン グ と健 康 と の 複 雑 な 関 係:コ 上 述 し た よ う に,そ
処 努 力 を維 持 しス トレ ッサ ー の 改 善
ー ピ ン グ効 果 の 決 定 要 因
れ ぞ れ の コ ー ピ ン グ 方 略 に は 多 様 な 特 徴 が あ り,ど
略 が 健 康 に と っ て 良 好 な 作 用 を 及 ぼ す の か を,一
の方
義 的 に 決 め る こ と は 難 し い.
す な わ ち,コ
ー ピ ン グ 方 略 と健 康 と の 関 連 は,①
適 合 性(Bowman 2003),③
&
Stern,
1995),②
Guppy,
そ れ ぞ れ の 方 略 の 長 所 と 短 所(島
短 期 的 効 果 と 長 期 的 効 果(Ingledew,
略 の 組 み 合 わ せ(Shimazu 1994;
2005),な
Daniels
& &
状 況 と コー ピ ン グ方 略 と の
Kosugi,
Hardy,
2003),⑤
Harris, 2005;
& Cooper,
1997),④
処 資 源 に 注 目 し,対
方
対 処 資 源 の 程 度(Daniels
Shimazu,
Shimazu,
&
Odahara,
ど さ ま ざ ま な 要 因 に よ っ て 影 響 を 受 け て い る の で あ る(島
以 下 で は,対
津,
処 資 源 の 程 度 が,コ
& 2004,
津,2002).
ー ピ ング の 効 果 に どの よ
う な 影 響 を 及 ぼ す の か を 具 体 的 に み て み よ う. 対 処 資 源 と は,コ
ー ピ ン グ に 先 行 し て(Lazarus
① 対 処 方 略 の 選 定,② 要 因 で あ る.対 タ イ ル,ロ
対 処 努 力 の 維 持,③
処 資 源 は,自
己 効 力 感,社
的 資 源,個
Sarason,
& Sarason,
の 研 究 で は,そ で あ る.そ
1996;
こ で は,対
Schwarzer
of control)な
会 的 資 源)と
& Taubert, 処 資源 と①
の 結 果 と し て,よ
& de Ridder,
Moos, 1997;
影 響 を及 ぼ す
能 感,楽
観的認 知ス
ど の よ う に個 人 に 内
に2分
2002).対
量権 な ど
さ れ る(Pierce,
処 資源 を扱 っ た従 来
との 関 連 に つ い て 検 討 し た もの 題 焦 点 型,積
極 的なコー ピ
り良好 な 健 康 状 態 に 結 びつ く こ と
Holahan, Spector,
1984, p. 154),
ー シ ャ ル サ ポ ー ト,裁
処 資 源 が 豊 富 な 個 人 ほ ど,問
が 指 摘 さ れ て い る(Holahan, Schreurs
的 資 源,社
の ほ と ん ど が,対
ン グ 方 略 を 選 び や す く,そ
1996;
会 的 ス キ ル,有
人 的 資 源)と,ソ
の よ う に 外 在 化 し た 要 因(外
Folkman,
対 処 方 略 の 効 果,に
ー カ ス オ ブ コ ン トロ ー ル(locus
在 化 し た 要 因(内
&
&
Cronkite,
2002).し
1999;
Pierce
か し な が ら,対
et al.,
処 資源 と
② ③ と の 関 連 を 検 討 し た 研 究 は 非 常 に 少 な い. そ こ で,島 て,対
津 ら(Shimazu
et al.,2004, 2005)は,企
業従業 員のデー タを用い
処 資 源 と し て の 同 僚 か ら の サ ポ ー トが コ ー ピ ン グ 方 略 の 効 果 に ど の よ う
な 影 響 を 及 ぼ す の か を 階 層 的 重 回 帰 分 析 と い う 方 法 を 用 い て 検 討 し た.図1.2 は,積
極 的 コ ー ピ ン グ と同 僚 サ ポ ー トとの 相 互 作 用 が 心 理 的 ス トレ ス 反応 お よ
び 職 務 満 足 感 に 及 ぼ す 影 響 を,そ を み る と,同 1SD)で
も,積
僚 サ ポ ー トが 多 い 群(平
均 値+1SD)で
も 少 な い 群(平
(a)
均 値-
極 的 な コ ー ピ ン グ を 多 く行 う ほ ど 心 理 的 ス ト レ ス 反 応 は 低 減 す
る こ と が わ か る.た 効 果 は,同
れ ぞ れ グ ラ フ に 示 し た も の で あ る.図1.2
だ し,積
極 的 コー ピ ン グ に よ る心 理 的 ス トレス 反 応 の低 減
僚 サ ポ ー トの 多 い 群 に お い て よ り顕 著 で あ っ た.つ
ー ピ ン グ に よる ス トレス 反 応 の低 減 効 果 は
,同
ま り,積
極的 コ
僚 サ ポ ー トが 多 い ほ ど促 進 さ れ
図1.2 同僚 サ ポ ー トが積 極 的 問 題 解 決 の効 果 に及 ぼす 影響 (a)心 理 的 ス トレス反応,(b)職
る とい え よ う.一 方,図1.2(b)を
務満足感
み る と,積 極 的 コ ー ピ ン グ と職 務 満 足 感 と
の 関 連 の あ り方 は,同 僚 サ ポ ー トの程 度 に よ っ て異 な る こ とが わ か る.具 体 的 に は,同 僚 サ ポ ー トの 多 い群(平
均 値+1SD)で
行 う ほ ど職 務 満 足 感 が 上 昇 す る の に対 して,同 値-1SD)で た.つ
は,積
は,積 極 的 コ ー ピ ン グ を多 く 僚 サ ポ ー トの 少 な い 群(平
均
極 的 コ ー ピ ン グ を多 く行 う ほ ど職 務 満 足 感 が 低 下 して い
ま り,積 極 的 コ ー ピ ン グが 職 務 満 足 感 を上 昇 させ る効 果 は,同 僚 サ ポ ー
トが 多 い 状 況 に 限 定 さ れ る とい え よ う.こ れ ら の結 果 は,同
じ コー ピ ン グ方 略
を行 っ て も,適 応 へ の 影 響 が 対 処 資 源 の 程 度 に よ っ て異 な る こ と を示 して お り,コ ー ピ ン グ に焦 点 を 当 て た ス ト レス対 策 に対 して 重 要 な示 唆 を与 えて い る と い え る だ ろ う.
1.4 コー ピン グ概 念 の拡張:不 健康状 態 の改 善 か ら適 応の 促進 へ
本 章 で は,ス
トレ ス と健 康 と をつ な ぐ概 念 モ デ ル と して 心 理 学 的 ス ト レス モ
デ ル を紹 介 し,そ た.心
の鍵 概 念 で あ る コ ー ピ ン グ と健 康 と の 関 連 につ い て 解 説 し
理 学 的 ス トレス モ デ ル の 認 知 的 評 定(1次
評 定)に
は,「 害-損 失 」 「脅
威 」 とい う ネ ガ テ ィ ブ な 評 定 だ け で な く,「 挑 戦 」 とい う ポ ジテ ィ ブ な 評 定 も 含 ま れ て い る.し か しな が ら,モ デ ル に基 づ く実 証 的 研 究 の ほ とん ど は,ネ ガ テ ィブ と評 定 され た刺 激 状 況 とそ の 状 況 に よ っ て生 起 した不 健 康 状 態 を処 理 す る た め に,ど い.コ
の よ うな コ ー ピ ン グ方 略 が 適 切 か,と
ー ピ ング は,ス
い う問 題 し か 扱 っ て い な
トレ ッサ ー の 改 善 や ス トレス 反 応 の低 減 だ けで な く,新
た な 対 処 資 源 の 獲 得(Hobfoll, (Judge, Thoresen,
Pucik,
マ ン ス の 向 上(Judge
& Welbourne,
et al., 1999)な
の 促 進 や 個 人 の 成 長 な ど,い し て い る の か,今
1998),職
務 満 足 感 な どの 向 社 会 的 態 度 の 上 昇 1999;
Shimazu
et al.,2004),パ
ど に も 関 連 し て い る.コ
フ ォー
ー ピ ン グが 適 応
わ ゆ る人 間 の ポ ジテ ィ ブ な側 面 と どの よ う に 関連
後 さ ら な る 研 究 の 発 展 が 望 ま れ て い る.
[島津 明 人]
■文 献 Bandura,A.(1982).Self-efficacy mechanism inhuman agency.American Psychologist ,37,122147. Bowman,G.D.,&Stern,M.(1995).Adjustment tooccupational stress:Therelationship of perceived control toeffectiveness ofcopingstrategies.Journal ofCounseling Psychology,42, 94-303. Cohen,F.(1987).Measurement ofcoping.InS.V.Kasl,&C.L.Cooper (Eds.),Stress and health:Issues inresearch methodology.New York:Wiley.pp.283-305. Cohen,S.,Evans,G.W.,Stokols,D.,&Krantz,D.S.(1986).Behavior,health,and environmen talstress.New York:Plenum Press. Collins,D.L.,Baum,A.,&Singer,J.E.(1983).Coping withchronicstressatThree MileIs land:Psychological and biochemical evidence.Health Psychology,2,149-166. Daniels,K.,&Guppy,A.(1994).Occupational stress,social support ,jobcontrol,and psycho logical well-being.Human Relations,47,1523-1544. Daniels,K,&Harris,C.(2005).A daily diarystudyofcopinginthecontext ofthejobdemands -control-support model.Journal ofVocational Behavior,66,219-237 . Deelstra,J.T.,Peeters,M.C.W.,Zijlstra,F.R.H.,Schaufeli,W.B.,Stroebe,W.,&van Doornen,L.P.(2003).Receiving instrumental supportatwork:When helpisnotwelcome. JournalofAppliedPsychology,88,324-331. Folkman,S.,&Lazarus,R.S.(1980).An analysis ofcopingina middle-agedcommunity sam ple.Journal ofHealthand Social Behavior,21,219-239. Forsythe,C.J.,&Compas,B.E.(1987).Interaction ofcognitive appraisals of stressful events and coping:Testing thegoodnessoffit hypothesis.Cognitive Therapyand Research,11,473485. Gross,J.J.,&Levenson,R.W.(1997).Hiding feelings:The acuteeffects ofinhibiting negative and positive emotion.Journal ofAbnormalPsychology,106,95-103. Hobfoll,S.E.(1998).Stress,culture,and community:The psychology and philosophy ofstress . New York:Plenum. Hockey,G.R.J.(1997).Compensatory control inthe regulation ofhuman performanceunder stressand highworkload:A cognitive-energetical framework.Biological Psychology,45, 73-93. Holahan,C.J.,Moos,R.H.,Holahan,C.K.,&Cronkite,R .C.(1999).Resourceloss,resource gain,anddepressivesymptoms:A 10-yearmodel.JournalofPersonality and Social Psychology,77,620-629. Holmes,T.H.,&Rahe,R.H.(1967).The socialreadjustmentratingscale.Journalof
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トレスス ケ ー ル の一 斉 実施 に よる職 場 メ ン タル ヘ ル ス活 動 の実 際―
心 理 学 的 ア プ ロ ー チ に よ る 職 場 メ ン タ ル ヘ ル ス 活 動 産 業 ス ト レ ス 研 究,7,141-150.
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理 学 的 ス ト レ ス モ デ ル の 概 要 と そ の 構 成 要 因 小 杉 正 太 郎(編)
ス トレ
ス 心 理 学 川 島 書 店 pp.31-57. 島 津 明 人(2003).じ
ょ うず な ス ト レ ス 対 処 の た め の ト レー ニ ン グ ブ ッ ク 法 研
島 津 明 人 ・小 杉 正 太 郎(1998).従
業 員 を 対 象 と し た ス ト レ ス 調 査 票 作 成 の 試 み(2)
コー ピ
ン グ 尺 度 の 作 成 早 稲 田 心 理 学 年 報,30(1),19-28.
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control and occupational
Psychological Science,11,133-136.
stress.Current
Directions in
2.
ソ ー シ ャル サ ポ ー トと 健 康
ソ ー シ ャ ル サ ポ ー ト(以
下,サ
ポ ー ト と 略 記)は,社
的 ・身 体 的 健 康 を 高 め る と 考 え ら れ る 特 徴 や 機 能,あ
会 的関係 において精神 る い は,社
会 的 ネ ッ トワ
ー ク を 通 し て 得 ら れ る 心 理 的 ・物 質 的 資 源 を 意 味 す る 多 面 的 な 構 成 概 念 で あ る (Rodriguez
& Cohen,
1998).こ
こ30年
余 り の 研 究 成 果 か ら,サ
ポ ー トと精 神
的 ・身 体 的 健 康 と の 間 に は 密 接 な 関 係 が あ る こ と が 明 ら か と な っ て い る (Berkman
& Glass, 2000;
Cohen,
2004;
Cohen,
Underwood,
& Gottlieb, 2000b).
し か し,「 ソ ー シ ャ ル サ ポ ー ト」 と い う 名 の も と に 語 ら れ る 概 念 内 容 は 多 様 で あ り,そ
れ ぞ れ の 測 定 方 法 も 別 質 で あ る.そ
様 に 解 釈 で き な い.サ ト(structural
ポ ー トは,そ
support)と
で き る(Stroebe
の た め,得
の 測 定 方 法 や 測 定 内 容 か ら,構
機 能 的 サ ポ ー ト(functional
& Stroebe,
1996;
られ た 研 究 結 果 を 同 造 的サ ポー
support)の2つ
Wills & Filer, 2001).こ
れ ら は,そ
独 自 の メ カ ニ ズ ム で 健 康 に 良 い 影 響 を 与 え る と 考 え ら れ て い る(Cohen, Cohen,
Gottlieb, & Underwood,
本 章 で は,サ と健 康,機 明 し,最
れ ぞ れが 2004;
2000a).
ポ ー ト研 究 の 背 景 と 歴 史 に つ い て ふ れ,次
能 的 サ ポ ー ト と健 康,そ 後 に,そ
に大 別
に,構
造 的サポ ー ト
れ ぞ れ に 関 す る 研 究 結 果 と研 究 モ デ ル を 説
れ ぞ れ が 抱 え て い る 課 題 を 述 べ る.
2.1 ソー シ ャル サ ポ ー トの研 究 背 景 と歴 史
サ ポ ー ト研 究 は,異 な る 学 問 分 野 に お け る,い
くつ か の 先 駆 的研 究 を源 流 と
して い る. ●社 会学的 背景 フ ラ ンス の社 会 学 者 で あ る デ ュ ル ケ ム は,自 著 「自殺 論 」 の 中 で,社 会 状 況
の各 特 徴 が 自殺 に 及 ぼ す 影 響 につ い て,さ る(Durkheim,
1897).そ
の なか で彼 は,①
ま ざ ま な統 計 資 料 を も と に論 じて い キ リ ス ト教 徒 の な か で も,カ
ッ ク教 徒 は プ ロ テ ス タ ン ト教 徒 よ り も 自殺 率 が 少 な い こ と,② 者 は,独
子持 ちの既婚
身 者 や 子 ど もの い な い 既 婚 者 に比 べ て 自殺 率 が 少 な い こ と,③
や 革 命 の よ う な 社 会 的激 動 期 に は 自殺 率 が 減 少 す る こ と,な 明 らか に して い る.こ
トリ
戦争
どを統 計 資 料 か ら
れ ら の 宗 教 的 ・家 庭 的 ・政 治 的状 況 と 自殺 の 関 係 か ら,
デ ュ ル ケ ム は,社 会 ま た は 集 団 が 強 い 内 的結 び つ き を もっ て い る と き に は,自 殺 は発 生 し に く く,逆 の場 合 は 発 生 しや す い と結 論 づ け た.つ ク宗 派 に 自殺 が 少 な い の は,プ
ま り,カ ト リ ッ
ロテ ス タ ン ト宗 派 に比 べ て 生 活 の さ ま ざ ま な側
面 に制 約 が 多 く,伝 統 的 な信 条 や 儀 式 に よ っ て 集 団 を結 び つ け て い る か らで あ る.子 持 ちの 既 婚 者 に 自殺 が 少 な い の は,家 族 の 密 度 が 高 く,家 族 の結 び つ き が 大 きい か らで あ る.社 会 的 激 動 期 に 自殺 が 少 な い の は,集 合 的 感 情 が生 じ政 治 的 信 念 や 国 家 的信 念 が 鼓 吹 され,一 時 的 に 強 固 な社 会 的統 合 を作 る か らで あ る,と
デ ュ ル ケ ム は 考 え た.デ ュ ル ケム は,個 人 が 他 者 や 集 団 との結 びつ き を
弱 め,自
己 の な か に 閉 じこ もっ て孤 立 す る状 態 が,自
殺 の 原 因 の ひ とつ に な る
と論 じた.こ の よ うに,社 会 的 結 び つ きが 自殺 な どの 個 人 の 行 動 に影 響 を与 え る と い う デ ュ ル ケ ム の研 究 は,1970年
代 か ら盛 ん に 行 わ れ る よ う に な っ た社
会 的 統 合 と健 康 の 関 係 に 関 す る研 究 に 大 き な影 響 を与 えて い る. ●疫 学的背景 疫 学 者 の キ ャセ ル(Cassel,
1974, 1976)は,ス
ッサ ー な どの 有 害 因子 だ け で は な く,ス を加 え,ス
トレ ス研 究 に際 して は ス トレ
トレ ッサ ー な どか ら人 を 防 御 す る要 因
トレ ッサ ー と防 御 要 因 との2つ の 視 点 か らス トレス に 原 因 す る疾 患
発 症 の 過 程 を捉 え るべ きだ と主 張 した.彼 は,典 型 的 なス トレ ッサ ー と して社 会 状 況 の 急 激 な 変 化,地
域 間 の 移 動,社
会 構 造 の 解 体 な どの ラ イ フ イベ ン ト,
防 御 要 因 と して 周 囲 か らの サ ポ ー トを取 り上 げ,こ 験 した個 人 は,自
の種 の ラ イ フ イベ ン トを体
ら の行 動 に 期 待 した結 果 が 得 られ ず 常 に緊 張 した 状 況 にお か
れ る た め,疾 病 に 罹 患 しや す い 状 態 に至 る と した. キ ャ セ ル は,自 説 を裏 づ け るた め に妊 婦 を 対 象 と した研 究 結 果 を 紹 介 して い るの で簡 単 に紹 介 し よ う.研 究 の 対 象 と な っ た 妊 婦 集 団 を ラ イ フ イ ベ ン ト得 点 の 高 低 とサ ポ ー トの 有 無 との2要 因 に よ っ て群 分 け す る と,ラ イ フ イ ベ ン ト得 点 が 高 い 群 に だ け サ ポ ー トの 効 果 が 現 れ て合 併 症 の 発 症 率 が 低 下 した の で あ
る.す
な わ ち,ラ
イ フ イ ベ ン トが 多 く て も,サ ポ ー トを 有 して い る場 合 に は,
合 併 症 の 発 生 率 が 低 く抑 え られ て い る こ と が 明 らか に され た の で あ る.こ は,後 述 す るサ ポ ー トの ス トレス 緩 衝 効 果 を意 味 す る もの で あ る.こ
れ
の よ うな
こ とか ら,キ ャ セ ル に よ る研 究 は,そ の 後 の サ ポ ー トに 関す る疫 学 研 究 の 先駆 け で あ る とい え る だ ろ う. ほ ぼ 同 時 期 に,コ
ッブ(Cobb,
1976)も
作 用 に つ い て 論 じ て い る.彼 は,サ る,②
尊 重 され,価
ソ ー シ ャル サ ポ ー トの ス トレス緩 衝
ポ ー トを,①
気 にか け られ,愛
値 が あ る と考 え られ て い る,③
され て い
コ ミュ ニ ケ ー シ ョ ン を取
り,相 互 に責 任 を負 うネ ッ トワー ク の一 員 で あ る,と 信 じる こ とが で き る 「情 報 」 と定 義 した.こ
の 定 義 は,サ ポ ー トが,物
品 や サ ー ビ ス とい った 具 体 的 な
支 援 で は な く,上 記 の よ う な心 理 的 感 覚 を与 え て くれ る情 報 で あ る とい う こ と を 強 調 し た もの で あ る.コ 学 習 成 績,患
ッブ は,妊 娠 時 合 併 症,出
生 児 の低 体 重,子
者 の 手 術 後 の 回 復,喘 息 患 者 の ス テ ロ イ ド剤 使 用,施
ど もの
設入所時 の
結 核 罹 患,感 情 障 害,失
職 時 の 生 物 的 身体 特 徴,退
職 後 の 抑 うつ,兵
士の志気
や 精 神 的 健 康 の 維 持,死
亡 率 な ど,人 間 の 出 生 か ら死 に至 る ま で の 健 康 問 題 に
対 して サ ポ ー トが 関与 して い る こ と を膨 大 な 先 行 研 究 に よ っ て証 明 した.コ ブ は,サ ポ ー トを 「情 報 」 と定 義 して,概 に 関 す る 疫 学 研 究 を ま とめ,そ
念 的 な整 理 を試 み,サ
ッ
ポ ー トと健 康
の 後 の サ ポ ー ト研 究 に大 き く貢 献 した とい え
る. ●地域精 神衛生学 的背景 地 域 精 神 衛 生 や コ ミュ ニ テ ィ心 理 学 の 第 一 人 者 で あ る キ ャ プ ラ ンは,キ ル の理 論 を,自
ャセ
らの 臨 床 活 動 に積 極 的 に取 り入 れ た.彼 は,地 域 に お い て 健 康
へ の 悪 影 響 を被 ら ない 人 は 「自分 た ちの 相 互 に密 接 した つ なが りの あ る小 さ な 組 織 社 会 を もっ て い て,そ こか ら 自分 が 何 を 期 待 さ れ て い るか につ い て の 首 尾 一 貫 し た 情 報 を得 ,仕 事 に対 す る 指 示 と助 力 を 得,彼 が な した こ とへ の 評 価 と,十 分 な報 酬 を得 る こ とが で き る よ う な人 た ち 」(Caplan, 1974, p. 15)で る と考 え,こ 考 え た.彼
あ
の よ う な状 態 を作 る た め に,ソ ー シ ャ ル サ ポ ー トが 重 要 で あ る と
は,地 域 に発 生 す る援 助 組 織 の重 要性 を 主張 し,精 神 衛 生 普 及,精
神 障 害 予 防 の た め に専 門家 が 果 た す 役 割 は,専
門能 力 を 発 揮 し,自 らが 援 助 者
に な る こ とで は な く,地 域 に援 助 組 織 を 育 て る こ と だ と言 っ た.つ 助 者 が 援 助 す る の を援 助 す る(helping
ま り,「 援
the helpers to help)」(p. 36)と
い うコ
ンサ ル テ ー シ ョ ン的 役 割 が 専 門 家 が 果 たす 役 割 で あ る と した の で あ る . キ ャプ ラ ン は,サ ポ ー トを 地域 精 神 衛 生 に お け る予 防 的 要 因,健 康 増 進 力 の 要 因 と して捉 え,実 践 活 動 に積 極 的 に取 り入 れ よ う と し た.そ の 点 で,キ
ャプ
ラ ンは,サ ポ ー トの 臨 床 的 活 用 面 で の 先 駆 け で あ る とい え る. この よ うな社 会 学,疫
学,地 域 精 神 衛 生 な どの 各 学 問 分 野 に お け る先 駆 的研
究 に よ っ て,そ の 後 の サ ポ ー ト研 究 が 発 展 した とい え る.今
日の サ ポ ー ト研 究
は,個 人 が もつ社 会 的 関係 が どの よ う な もの で あ る か とい う視 点 に 立 っ て サ ポ ー トを捉 え る構 造 的 サ ポ ー ト研 究 と
,個 人 が 周 囲 か ら受 け るサ ポ ー ト内 容 に焦
点 を当 て た機 能 的 サ ポ ー ト研 究 とに2分
され る.
以 下 に,構 造 的 サ ポ ー トと機 能 的 サ ポ ー トの2つ
の サ ポ ー トと健 康 との 関係
に つ い て の 研 究 結 果 とモ デ ル を説 明 し,そ れ ぞ れ の 研 究 が抱 え て い る 課 題 を検 討 す る.
2.2 構 造 的サ ポー トと健 康
構 造 的 サ ポ ー ト は,社 (social network)と
会 的 統 合(social
の2つ
integration)と
の 要 素 か ら研 究 さ れ て い る.社
関 与 し て い る 社 会 的 関 係 の 広 さ を 指 す の に 反 し,社
て 個 人 の 社 会 的 関 係 の 強 さ を,そ
会 的 統 合 と は個 人 が
会 的 ネ ッ トワー ク は個 人 と
他 の 個 人 や 社 会 的 集 団 と の 結 び つ き を 指 して い る.し 程 度 に よ っ て 個 人 の 社 会 的 関 係 の 幅 を,ま
社 会 的 ネ ッ トワー ク
た が っ て,社
会的統合 の
た 社 会 的 ネ ッ トワ ー ク の 程 度 に よっ
れ ぞ れ 知 る こ とが で き る が,構
造的サ ポー ト
と健 康 と の 関 係 は 社 会 的 統 合 の 観 点 か ら研 究 さ れ る こ と が 多 い の で,こ
こでは
こ の 観 点 か ら の 研 究 成 果 を 紹 介 す る こ と に し た. 社 会 的 統 合,す 以 下 の4つ
な わ ち,個
人 が 社 会 的 関 係 に 関 与 し て い る 程 度 は,お
の 基 準 に よ っ て 測 定 さ れ て い る.
① 社 会 的 役 割 に 関 与 し て い る 数(た Doyle,
お むね
Skoner,
Rabin, & Gwaltney,
と え ば,Thoits,
Tibblin, & Tibblin, 1992;
House,
③ 個 人 の 社 会 へ の 所 属 意 識 や 帰 属 意 識(た ④ 上 記 の ① ② を 総 合 し た 指 標(た
1986;
Cohen,
1997)
② さ ま ざ ま な 社 会 的 活 動 へ の 参 加 頻 度(た Svardsudd,
1983,
と え ば,Welin,
Larsson,
1981) と え ば,Heidrich
と え ば,Berkman
& Ryff, 1993) &
Syme,
1979;
Bassuk,
Glass, & Berkman,
1999)
こ れ ら の 指 標 を 用 い た 研 究 か ら は,社
会 的 統 合 度 の 高 い 個 人 は,心
系 ・免 疫 系 ・内 分 泌 系 の 各 生 理 指 標 が 良 好 で あ る こ と(Uchino, Kiecolt-Glaser,
1996の
こ と(Berkman, ー)
1995;
筋 梗 塞 お よ び冠 動 脈 心 疾 患 に 罹 りに くい Rosengren,
Barnett & Gotlib, 1988の
& Winblad,
Landis, & Umberson,
& Wilhelmsen,
et al., 1997),抑
能 の 低 下 や 痴 呆 が 起 こ り に く い こ と(Bassuk Maytan,
&
レ ビ ュ ー),心
& Wills, 1985;
Ericsson,
Cacioppo,
Orth-Gomer,
,風 邪 を 引 き に くい こ と(Cohen
と(Cohen
臓 血 管
2000),長
1988の
1993の
うつ 状 態 に 陥 りに くい こ レ ビ ュ ー),老
et al., 1999;
年期の認知機
Fratiglioli, Wang,
命 で あ る こ と(Berkman,
レ ビ ュ ー)な
レ ビュ
1995;
House,
ど が 明 ら か に さ れ て い る.
● 社 会 的 統 合 と健 康 の モ デ ル コ ー エ ン ら(Cohen
et al., 2000)に
2.1に 示 し た.図2.1で
は
よ る,社
会 的 統 合 と健 康 の モ デ ル を 図
「社 会 的 関 係 」 と な っ て い る が,こ
れは社会 的統合
と 社 会 的 ネ ッ ト ワ ー ク を 合 わ せ て 示 し た と 考 え れ ば よ い.図2.1の 会 的 統 合 は,い ま ず,社
と お り,社
くつ か の 経 路 を た ど っ て 身 体 疾 患 や 精 神 疾 患 に 影 響 を 与 え る.
会 的 ネ ッ ト ワ ー ク へ の 参 加 に よ っ て,ネ
(制 約 や 圧 力)を
受 け る.こ
ッ トワー ク か らの 社 会 的影 響
れ ら の 社 会 的 影 響 が,医
学 的 指 示 の 遵 守 ・ダ イ エ
ッ ト ・運 動 な ど の 健 康 増 進 行 動 に 結 び つ く と 考 え ら れ て い る(矢 に,ネ
ッ トワ ー ク へ の 参 加 に よ っ て,多
が 増 え,こ ②).健
元 的 な情 報 や サ ー ビ ス を 得 られ る機 会
れ ら の 情 報 や サ ー ビ ス に よ っ て,健
康 増 進 行 動 の 促 進 は,健
ワ ー ク と の か か わ り は,予
良 い 影 響 を 与 え る(矢
自 分 自 身 を い と お し む 動 機 の 強 化,神
生 じ,こ
印 ④).一
れ が,神
抑 制 す る(矢
的 要 因 の 変 化 が,身 て い る(各 1996で
分 泌 系 ・免 疫
印 ③).ま
た,ネ
方,ネ
れ ら が,心
ッ ト
理 的 落 ち 込 み の 低 減,
経 内 分 泌 反 応 の抑 制 や 免 疫 機 能 の 増 進 に
ッ ト ワ ー ク か ら の 孤 立 は,ネ
ガ テ ィブ な感 情 を
経 内 分 泌 反 応 の 増 加 や 免 疫 機 能 の 抑 制 を 促 進 し,健
印 ④).こ
印
測 可 能 感 ・目 的 意 識 ・所 属 感 ・安 心 感 ・自 己 価 値 の
認 識 な ど に よ る ポ ジ テ ィ ブ な 感 情 を 生 じ,こ
つ な が る(矢
康 増 進 行 動 が 促 進 さ れ る(矢
康 に 影 響 す る 生 物 学 的 要 因(内
系 ・心 臓 血 管 系 に 対 す る 効 果)に
印 ①).次
れ ら の 経 路 を た ど り,最
終 的 に は,心
体 疾 患 や 精 神 疾 患 の リ ス ク を 低 め る(矢
矢 印 が 示 す プ ロ セ ス に つ い て は,Cohen,
詳 細 な 文 献 的 検 討 が 行 わ れ て い る).
1988;
康行動 を
理 状 態 と生 物 学 印 ⑤)と
Stroebe
い われ
& Stroebe,
図2.1 社 会 的 関係 が 心 理 的 ・身 体 的 健 康 に 直接 効 果(主 効 果)を 及 ぼす 経 路(Cohen et al.,2000の 図 の 矢印 に,筆 者が 説 明 の ため に番号 を追 加) 簡略 化 のた め に経 路 は すべ て1方 向 に描 かれ て い るが,フ ック ルー プ も可 能 で あ る.
ィー ドバ
● 社 会 的 統 合 と死 亡 率 社 会 的 統 合 と健 康 との 関連 が注 目 され る よ う に な っ た の は,社 会 的統 合 の 強 さ と死 亡 率 の 関 係 を 示 したバ ー クマ ン と シ ン(Berkman 究 に よ る とこ ろ が 大 きい.彼 歳 の 男 女4,725名
を1965年
らは,カ か ら1974年
の9年
親 しい 友 人 や 親 族 との 接 触 頻 度,③
会 的 統 合 の 強 さ は,① 教 会 の メ ンバ ー か 否 か,④ 目に よ っ て 測 定 され た.
会 的統 合 が 強 い ほ ど,死 亡 率 が 低 い こ とが 明 らか と な った.こ
社 会 的 結 び つ き に よ る死 亡 率 の 差 異 は,身 体 的 健 康 状 態(自 期,社
会 経 済 的 地 位,健 康 的 生 活 習慣(喫
ビス の利 用 度)な そ の後,シ は,同
研
間 に わ た り追 跡 調 査 し,社 会 的
公 私 を 問 わ ず 社 会 的 な グ ル ー プ の 一 員 か 否 か,の4項 そ の 結 果,社
1979)の
リ フ ォ ル ニ ア 州 ア ラ メ ー ダ郡 の30∼69
統 合 の 強 さ と死 亡 率 との 関 連 を 調 査 した(図2.2).社 婚 姻 状 態,②
& Syme,
煙,飲
己報 告),死
酒,運 動,肥
の
亡時
満 度,保 健 サ ー
どの 各 指 標 の 下 位 分 類 別 に み て も変 わ らな か っ た.
ー マ ン ら(Seeman,
じ調 査 対 象 者 の17年
Kaplan, Knudsen,
& Guralnik, 1987)
後 の 死 亡 率 に つ い て 検 討 し て い る.そ の 結 果,社
会 的 統 合 の 強 い 者 は,弱 い 者 と比 較 し て,17年 か と な っ て い る.ま た,ア
Cohen,
後 の 死 亡 率 が 低 い こ とが 明 ら
ラメ ー ダ 郡 の 調 査 以 外 に も,多
くの 調 査 が 行 わ れ,
社 会 的 統 合 が 強 い ほ ど,死 亡 率 が 低 い とい う結 果 が 認 め られ て い る.こ れ らの
研 究 につ い て は,① る,②
想 起 の バ イ ア ス を受 け な い,前
大 規 模 調 査(population
based study)で
っ た 被 調 査 者 の 率 が 少 な い,④
向 きの コ ホ ー ト研 究 で あ
あ る,③
上 記 ② と③ の 結 果,被
ス が 最 小 限 に抑 え られ て い る,⑤
経 過 追 跡 不 可 能 とな
調 査 者 選 択 時 のバ イ ア
大 規 模 調 査 で あ る た め,さ
まざ まな関連変
数 を 含 め た 分 析 が 可 能 で あ る,と い う方 法 論 的 な 強 み が あ る た め,信 結 果
で あ る と述 べ られ て い る(Berkman,
頼 で きる
1995).
● 社 会 的 統 合 と風 邪 社 会 的 統 合 の 強 さ と疾 病 率 と の 関 係 に つ い て も多 くの 研 究 が 行 わ れ て い る が,こ
こ で は 代 表 例 と して,社
ら(Cohen た18∼55歳 た.社
et al.,1997)の
会 的 統 合 と風 邪 に 関 す る検 討 を行 っ た コ ー エ ン
研 究 を 紹 介 す る.コ ー エ ン らは,実 験 参 加 に 同 意 し
まで の 男 女276名
会 的統 合 の 強 さ は,①
の 他 の 親 族,⑥
に 対 し,ま ず,社 配 偶 者,②
親 しい 友 人,⑦
ラ ン テ ィ ア 集 団,⑫
子 ど も,③
宗 教 団 体,⑧
父 母,④
学 校,⑨
義 父 母,⑤
そ
隣 人,⑪
ボ
職 場,⑩
そ の 他 の 集 団,そ れ ぞ れ との 関 係 にお い て,2週
以 上 接 触 が あ る 場 合 に1点,そ
れ 以 外(接 触 な し,ま た は,該
0点 と採 点 し,社 会 的 統 合 度 高 群(6点 下)に
会 的 統 合 の強 さに つ い て 調 べ
分 け た.被 験 者 は24時
以 上),中
間 に1度
当 人物 な し)を
群(4∼5点),低
間 隔 離 さ れ,各 種 生 理 学 的 検 査,鼻
群(3点
洗浄 が実 施
さ れ,最 後 に,風 邪 を引 き起 こす ラ イ ノ ウ イ ル ス を低 容 量 で 点 鼻 さ れ た.そ
図2.2
社 会 統 合 度 と 死 亡 率 の 関 係(Berkman
& Syme,
1979)
以
の
後,5日
間 の 自宅 待 機 を含 む4週 間 にお い て,被 験 者 の 風 邪 症 状 を 調 べ た.そ
の 結 果,主
観 的 基 準(症
状 評 価 な ど),客
観 的 基 準(鼻
づ ま りの 程 度 や 鼻 水 の
量 な ど)の そ れ ぞ れ に お い て,社 会 的 統 合 度低 群 で は,約60%が さ れ た の に対 し,社 会 的 統 合 度 高 群 で は,40%未
風 邪 と判 断
満 しか 風 邪 と判 断 され な か
っ た. な お,コ
ー エ ン ら の こ の研 究 か ら は,喫 煙,運
さ,飲 酒 しな い こ と,ビ
タ ミ ンC不 足,内
動 習慣 の な さ,睡 眠 の 質 の悪
向 的 な 性 格 傾 向 な ど と は無 関係 に,
社 会 的 統 合 度 の 程 度 は風 邪 の 罹 患 率 を高 め る こ とが 判 明 して い る.つ
ま り,社
会 的統 合 の 低 さは 直 接 的 に風 邪 の 発 症 と 関連 を もっ て い た こ とに な る. こ の よ う に,社 会 的統 合 は,さ こ とが,妥
ま ざ ま な疾 病 や 死 亡 率 に影 響 す る 要 因 で あ る
当性 の 高 い研 究 方 法 に よ っ て 明 らか と な っ て い る とい え る だ ろ う.
● 社 会 的 統 合 と健 康 に関 す る研 究 の 課 題 社 会 的 統 合 と健 康 に 関す る研 究 の 課 題 は,社 会 的統 合 と健 康 との 間 に関 係 が あ る こ と は は っ き りわ か っ て い るが,そ
の 間 に あ る と想 定 さ れ る心 理 社 会 的 プ
ロ セ ス が 十 分 に 解 明 さ れ て い な い 点 に あ る.た 2004)は,社 合 は,社
ー エ ン(Cohen,
会 的 統 合 が 高 い 個 人 が 健 康 を 維 持 す る理 由 と して,①
社 会的統
会 的 コ ン トロー ル 力 を も ち,健 康 を維 持 す る行 動 を起 こ させ る,②
社 会 的 統 合 は,自
己 概 念 に良 い 影 響 を 与 え る,③
い 影 響 を与 え る,な る し,他
と え ば,コ
どの3点
社 会 的 統 合 は感 情 状 態 に良
をあ げ 社 会 的統 合 と健 康 と をつ な ぐ要 因 と して い
に も 同 様 の 要 因 が 多 く の 文 献 を も と に検 討 さ れ て い る(Brissette,
Cohen, & Seeman,
2000; Cohen,
1988; Stroebe & Stroebe, 1996.身 体 的 側 面 の
作 用 プ ロセ ス の 検 討 に つ い て はSeeman,
2001).し
か し,こ れ ら の要 因 が 社 会
的 統 合 か ら健 康 に 至 る プ ロ セ ス の な か で ど の よ う に機 能 す るか につ い て の 直 接 的 証 拠 は現 在 の と こ ろ 十 分 に得 られ て い な い.つ
ま り,心 理 学 の立 場 か らは,
社 会 的統 合 と健 康 の 間 をつ な ぐメ カニ ズ ム に 関 す る妥 当 な心 理 社 会 的 説 明 を与 え,そ れ を検 証 す る こ とが 今 後 の研 究 課 題 で あ る とい え る だ ろ う.
2.3 機 能 的 サ ポ ー トと 健 康
機 能 的 サ ポ ー ト研 究 で は,個 人 が 他 者 か ら受 け た 支 援 の 内 容 に焦 点 が 当 て ら れ て い る.構 造 的 サ ポ ー トが,個 人 を取 り巻 く社 会 的 関係 を大 枠 で捉 え る もの
と す れ ば,機
能 的 サ ポ ー ト は,そ
の 社 会 的 関 係 の な か で,個
る 支 援 の 中 身 を 捉 え よ う と して い る と 考 え れ ば よ い.機 法 は 研 究 者 に よ っ て さ ま ざ ま で あ る.関
能 的 サ ポ ー トの 分 類 方
心 の あ る 読 者 は ボ ウ(Vaux,
論 文 に 分 類 の 一 覧 が 紹 介 さ れ て い る の で 参 照 さ れ た い.今 り 上 げ る 分 類 は,ハ ー ト を 以 下 の4種
ウ ス(House,
人 が 他 者 か ら受 け
1981)に
1988)の
日多 くの研 究 者 が 取
よ る 分 類 で あ る.彼
は機 能 的 サ ポ
に 分 類 して い る .
① 情 緒 的 サ ポ ー ト(emotional
support):尊
② 評 価 的 サ ポ ー ト(appraisal
重,愛
support):肯
情,信
頼,関
心,傾
定,フ ィ ー ドバ ッ ク,社 会 的 比 較
③ 情 報 的 サ ポ ー ト(informational
support):助
言,提
案,指
示,情
④ 道 具 的 サ ポ ー ト(instrumental
support):物
資,金
銭,労
力,時
供 に よ る 助 力,環
聴
報 間の提
境の変更
機 能 的 サ ポ ー トの 測 定 は,今
日,以
る(詳
2000).ひ
し く は,Wills
&
Shinar,
下 の2つ
の 方 法 に 分 け るの が 一 般 的 で あ
とつ は,支
援 を必 要 とす る と きに 入
手 が 期 待 さ れ た さ ポ ー ト を 測 定 す る 方 法 で あ り,「 期 待 さ れ た(perceived)サ ポ ー ト」 尺 度 と 呼 ば れ て い る(代 Kamarck,
&
Hoberman,
の ひ と つ は,支 あ って
1985;
表 的 な も の は,Cohen,
Sarason,
Levine,
Basham,
&
Mermelstein, Sarason,
1983).他
援 が提 供 され た との報 告 に基 づ い て サ ポ ー トを測 定 す る尺 度 で
「受 容 さ れ た(received)サ
的 な も の は,Barrera,
ポ ー ト」 尺 度 と 呼 ば れ る も の で あ る(代
Sandler, & Ramsay,
表
1981).
● 機 能 的 サ ポ ー ト と健 康 の モ デ ル コ ー エ ン ら(Cohen を 図2.3に (Lazarus
et al., 2000a)に
示 し た.こ &
Folkman,
え た も の で あ る.こ
よ る,機
の モ デ ル は,ラ 1984)を
い る.ま
ず,サ
ト レ ス フ ル イ ベ ン トか ら身 体 疾 患 ・
の ポ イ ン トで 機 能 し て い る と 考 え ら れ て
ポ ー トが 受 容 で き る と い う 信 念 は,個
ト レ ス フ ル と評 価 し な く な る(矢 待 さ れ た サ ポ ー ト)は,ス
の 結 果,個
印 ①).次
に,サ
人 が ス トレス 状 況 か ら受 人 は 当 面 の状 況 を極 度 に ス ポ ー トが 受 容 で き る と い う
ト レ ッサ ー と な る ラ イ フ イ ベ ン トに 対 す る
情 緒 的 反 応 を 低 減 も し く は 消 失 さ せ(矢 的 反 応 を 弱 め,不
ポ ー トが 果 た す 役 割 に つ い て 付 け加
こ で は サ ポ ー トは,ス
け る 危 害 に 対 処 す る 能 力 を 強 化 す る.そ
信 念(期
ザ ラ ス の 心 理 学 的 ス トレス モ デ ル
基 礎 に,サ
精 神 疾 患 に 至 る 心 理 的 プ ロ セ ス の3つ
能 的 サ ポ ー ト と健 康 の モ デ ル
印 ②),ラ
適 応 行 動 を 抑 制 ・変 容 す る(矢
イ フ イ ベ ン ト に対 す る 生 理 印 ③).ま
た,サ
ポ ー トが 実
際 に 受 容 で きる こ と は,問 題 の 解 決 につ な が るた め,ス 定 が もた らす 衝 撃 を緩 和 し(矢 印 ②),神
トレ ッサ ー の 認 知 的 評
経 内 分 泌 系 の 反 応 が 沈 静 化 し,目 前
の ス トレ ッサ ー へ の 反 応 が 減 少 し,健 康 行 動 が 増 加 す る(矢
印 ③)と
考え ら
れ て い る. ● ス トレス 緩 衝 効 果 前 述 の とお り,機 能 的 サ ポ ー トと健 康 の モ デ ルで は,ス
トレ ッサ ー か ら疾 患
に至 る プ ロセ ス の 間 にサ ポ ー トが 関 与 す る こ とに よ っ て,健 康 が 維 持 され る と 考 え られ て い る.こ れ は,高 ス トレ ッサ ー 条件 下 にお か れ た 場 合 に,ス
トレ ッ
サ ー か らス トレス 反 応 に与 え る 影 響 をサ ポ ー トが 緩 衝 す る役 割 を果 た して い る た め,健 康 が 保 た れ る と い う こ と を意 味 して い る.こ れ を サ ポ ー トの ス トレス 緩 衝 効 果 とい う. サ ポ ー トの緩 衝 効 果 を模 式 的 に図 示 す る と図2.4の
よ う に な る.被 調 査 者 に
対 して 機 能 的 サ ポ ー トを測 る 尺 度 と ス トレ ッサ ー と ス トレス 反 応 と を測 る 尺 度 へ の 回 答 を求 め,回
図2.3
答 結 果 に よ って,被 調 査 者 を低 ス トレ ッサ ー 条 件 群 と高 ス
ソ ー シ ャ ル サ ポ ー トが ス ト レ ス フ ル な ラ イ フ イ ベ ン トへ の 反 応 に 影 響 す る 経 路(Cohen
et al.,2000aの
図 の 矢 印 に,筆
者 が 説 明 のた め に
番 号 を 追 加) 簡 略 化 の た め に 経 路 は す べ て1方 プ も 可 能 で あ る.
向 に 描 か れ て い る が,フィ
ー ドバ ッ ク ル ー
ト レ ッサ ー 条 件 群 と の2分
す る.同
ー ト群 と低 サ ポ ー ト群 に2分
様 に サ ポ ー ト尺 度 得 点 に よ っ て も,高
す る .こ
高 サ ポ ー ト群 と 低 サ ポ ー ト群 の2群 と 低 サ ポ ー ト群 の2群
の 作 業 に よ っ て,低
が,高
が 配 置 さ れ,配
置 さ れ た 合 計4群
方,高
ス ト レ ッ サ ー 条 件 下 で は,高
態 で あ る が,低
に よっ て ス トレス 反 応
そ れ ぞ れ の ス ト レス 反応 得
か ら わ か る と お り低 ス ト レ ッ サ ー 条 件 下 で は,高
ト群 で あ っ て も 低 サ ポ ー ト群 で あ っ て も,ス る.一
ス ト レ ッサ ー 条 件 に
ス ト レ ッ サ ー 条 件 に も 高 サ ポ ー ト群
を 比 較 す る こ と が で き る よ う に な る.図2.4は4群 点 の 比 較 を 示 す が,図
サポー
トレス 反 応 は と も に低 い状 態 で あ
サ ポ ー ト群 の ス ト レ ス 反 応 は 低 い 状
サ ポ ー ト群 の ス ト レ ス 反 応 は 高 い 状 態 と な る.つ
ト に よ る 効 果 は,高
サポ
ま り,サ
ポー
ス ト レ ッサ ー 条 件 下 に お か れ た 場 合 に の み 現 れ る の で あ
る. コ ー エ ン と ウ イ ル ス(Cohen に,期
& Wills, 1985)に
よ れ ば,機
能 的 サ ポ ー ト,特
待 さ れ た サ ポ ー トを 測 定 し た 場 合 に ス ト レ ス 緩 衝 効 果 が 認 め ら れ る こ と
が 明 ら か と な っ て い る.コ
ー エ ン と ウ イ ル ス の レ ビ ュ ー で は,抑
うつ な どの 心
理 的 ス ト レ ス 反 応 に 対 す る 緩 衝 効 果 が 主 に 認 め ら れ て い る が,そ
の後 の研 究 に
よ り,身 (Rosengren,
体 症 状(Uchino Orth-Gomer,
et al., 1996の Wedel,
レ ビ ュ ー),さ
& Wilhelmsen,
1993)に
ら に は,死
亡 率
対 し て も緩 衝 作 用 を
示 す 場 合 が あ る こ と が 示 唆 さ れ て い る. ● マ ッチ ン グ仮 説 ス ト レ ッ サ ー に 対 し て,ど
の よ う な サ ポ ー トの 機 能 が 有 効 で あ る か,と
図2.4 サ ポ ー トの緩 衝 効 果
いう
問 題 はサ ポ ー ト研 究 の 初 期 か ら考 え られ て い た.コ & McKay,
1984)は,そ
る とい う仮 説,す
れ ぞ れ の ス トレ ッサ ー に対 し,有 効 なサ ポ ー トは異 な
なわ ち,ス
説 を提 起 して い る.た
ー エ ン と マ ッケ イ(Cohen
トレ ッサ ー とサ ポ ー トの マ ッチ ング(適 合 性)仮
と え ば,病 気 な どで 収 入 が 急 に 途 絶 え た状 況 で は 金 銭 の
援助 ・ 家 事 の 手 伝 い な どの 道 具 的 サ ポ ー トが 有 効 で あ る が,配 偶 者 な ど の 親 近 者 の 死 を体 験 した 人 に は 情 緒 的 サ ポ ー トが 有 効 に な る こ とは 当 然 で あ ろ う.こ の よ うな マ ッチ ング仮 説 は,他 者 へ の 有 効 な サ ポ ー トが 何 で あ るか を検 討 す る 際 に重 要 に な る.し か し,マ
ッチ ン グ仮 説 の 視 点 か ら関 連す る先 行 研 究 を レ ビ
ュ ー した コー エ ン らの論 文(Cohen
& Wills, 1985)で
は,マ
ッチ ン グ仮 説 は 支
持 され な い 結 果 が 得 られ て い る. カ トロ ー ナ ら(Cutrona,
1990;
Cutrona & Russell, 1990)は,コ
先 行 研 究 の レ ビ ュー か ら得 られ た結 論 は,コ
ー エ ン らの
ー エ ン らが ス トレ ッサ ー の 分 類 を
主 観 的 で しか も操 作 的 定 義 に よ っ て行 っ た た め で あ る と批 判 し,新 た な分 類 基 準 に よ っ て先 行 研 究 に取 り上 げ られ た ス トレ ッサ ー を 分 類 した.カ
トロー ナ ら
の 用 い た ス トレ ッサ ー の 分 類 は,「 コ ン トロー ル 可 能 性 」 「望 ま しさ」 「生 活 領 域 」 の3側 面 か らス トレ ッサ ー を捉 え る もの で あ り,そ れ ぞ れ に分 類 され た ス トレ ッサ ー とサ ポ ー トの マ ッチ ン グ を検 討 す る も の で あ っ た.た 的 損 失(コ
ン トロ ー ル 不 可 能,望
ま し くな い,財 産 領 域 と分 類)と
ッ サ ー に 対 して は,道 具 的 サ ポ ー トが 有 効 で あ る が,離 能,望
ま し くな い,関 係 領 域 と分 類)と
気,失 業,ベ
ン トロー ル 可
の よ うな 観 点 か らマ ッ
行 研 究 に 取 り上 げ られ た 約2/3の
ー にマ ッチ ン グが 認 め られ た .一 方,マ サ ー(死 別,病
婚(コ
い うス ト レ
い うス トレ ッサ ー に 対 して は,情 緒 的
サ ポ ー ト(愛 着)と 社 会 的 統 合 が 有 効 で あ る と した.こ チ ン グ仮 説 を検 証 した 結 果,先
とえ ば,経 済
ス トレ ッサ
ッチ ン グが 認 め られ な か っ た ス トレ ッ
トナ ム 戦 争 体 験)に
つ い て は,特 定 の サ ポ ー トだ
け で は な く,そ れ 以 外 の サ ポ ー トも広 く有 効 で あ る こ とが 明 らか とな った. ● 機 能 的 サ ポ ー トを用 い た研 究 にみ ら れ る 問 題 と課 題 前 述 の と お り,機 能 的 サ ポ ー トは 「期 待 され たサ ポ ー ト」 と 「受 容 され た サ ポ ー ト」 と に2分
され,そ
れ ぞ れ の 尺 度 で は,前 者 が サ ポ ー トを受 け る で あ ろ
う とす る期 待 を測 定 す る の に 反 し,後 者 は 実 際 に提 供 され た サ ポ ー トを 測 定 し て い る.そ れ に もか か わ らず 日本 の み な らず 諸 外 国 の研 究 報 告 を概 観 す る と, 「期 待 さ れ た サ ポ ー ト」 尺 度 を 使 用 し なが ら,あ た か も 実 際 にサ ポ ー トを 受 容
した か に受 け取 られ る曖 昧 な 結 論 を導 く研 究 が 多 数 認 め られ て い る.研 究 者 の 多 くに は,「 受 容 さ れ た サ ポ ー ト」 尺 度 へ の 回 答 に あ た っ て は 回 答 者 の 記 銘 力 が 影 響 す る,と の 理 由(実 際 にサ ポ ー トを受 け た事 実 が どの 程 度 保 持 され,再 生 で きて い る か が 不 確 定 で あ る とす る 理 由)か
ら,「 期 待 され た サ ポ ー ト」 尺
度 を好 ん で使 用 す る傾 向 が 認 め られ る.研 究 報 告 に曖 昧 な結 論 が 指 摘 さ れ る 原 因 の 多 くは,こ の よ うな 点 に よ る もの で あ ろ う. 「期 待 され た サ ポ ー ト」 尺 度 の 得 点 に は,回 答 者 の性 格 特 性 の 影 響 が 指 摘 さ れ て い る.す も,サ
な わ ち,サ ポ ー トを 受 け るで あ ろ う と判 断 で きる 状 況 に お か れ て
ポ ー トを 期 待 す る 人 と期 待 しな い 人 とが い る こ と に な る.し
「期 待 され たサ ポ ー ト」 尺 度 得 点 の 高 低 は,サ
たが って
ポ ー トを必 要 と させ る ス トレ ッ
サ ー の特 徴 や 同様 な サ ポ ー トを 実 際 に受 容 した 過 去 経 験 だ け で は な く,性 格 特 性 の特 徴 を も考 慮 して,扱 ウ ッ ド(Rook
わ な け れ ば な らな い こ と に な る.ロ
& Underwood,
2000)は,「
(対 人 関 係 上 の 動 的 な プ ロ セ ス)か
ソ ー シ ャ ルサ ポ ー トは特 性 か,状 態
」 とい う問 題 を 提 起 し,そ れ ぞ れ の 立 場 か
らの サ ポ ー トの捉 え方 が あ る と指 摘 して い る.彼 と捉 え る研 究 者(Turner,
ック とア ン ダー
らに よれ ば,サ
ポ ー トを特 性
1992; Sarason, Pierce, & Sarason, 1990)は,サ
ポー
トを知 覚 的要 因 と し て捉 え,そ れ を規 定 す るの は,発 達 初 期 の 両 親 な ど との愛 着 経 験 に よっ て 培 わ れ た安 定 した 内 的作 用 モ デ ル で あ る 考 え て い る と い う. こ れ らの 問 題 をふ ま え,小 杉(Lakey の 訳 者 序 文)は,「
& Cohen, 2000,小
杉 ほか 監 訳(2005)
期 待 され た サ ポ ー トは あ く まで も構 成 概 念 で あ っ て実 態 で
は な い こ とに 注 意 しな け れ ば な らな い 」 と指 摘 し,期 待 さ れ た サ ポ ー ト研 究 の 結 果 か ら 「あ たか もサ ポ ー トの提 供 が 直 接 に健 康 改 善 につ な が るか の よ う な誤 解 を 受 け る説 明 や 記 述 をす る こ と は絶 対 に避 け るべ き だ」 と述 べ て い る. 一 方,「 受 容 され た サ ポ ー ト」 研 究 に も,「 期 待 され たサ ポ ー ト」 に 比 べ て健 康 状 態 を予 想 す る 力 が 弱 い,と Bennett, 1990; Wethington,
の 指 摘 が な さ れ て い る(Dunkel-Schetter
& Kessler, 1986).こ
の原 因 は,ス
&
トレ ッサ ー を多
く体 験 しな け れ ば な らな い よ う な 困窮 状 態 にお か れ る と,周 囲 か ら有 用 な サ ポ ー トばか りで は な く,無 用 な サ ポ ー トも提 供 さ れ る の で,単
に受 容 したサ ポ ー
ト量 だ け で は健 康 と の 関係 を予 測 で きな い か らに他 な らな い.ロ ー ウ ッ ドは この 問 題 の解 決 策 と して,① 被 験 者 だ け を抽 出 し,分 析 す る,②
ッ ク とア ン ダ
同 一 の ス トレ ッ サ ー を 体 験 して い る
「受 容 され た サ ポ ー ト」 と必 要 とす るサ
ポ ー トを 区 別 し て 測 定 す る,③
日記 法 を用 い て,「 受 容 され た サ ポ ー ト」 とス
ト レス 反 応 の 共 変 関 係 を測 定 す る,な
どの 方 法 を提 案 して い る.[種 市 康太 郎]
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待 さ れ た サ ポ ー トと 受 容 さ れ た サ ポ ー トの 測 訳)
ソ ー シ ャ ル サ ポ ー トの 測
3. ソー シ ャル ス キ ル と健 康
人 間 は ひ と り で は 生 き て い く こ と は で き な い.絶 わ り 合 う こ と な し に は,存
在 で き な い と い っ て も 過 言 で は な い.し
健 康 な 日 常 生 活 を 送 る う え で は,他 た,他
えず 自分 以外 の 他 者 とか か
者 に 感 情 や 要 求 を 上 手 に 伝 え る こ と,ま
者 か ら発 せ ら れ た 感 情 や 要 求 を 的 確 に 理 解 す る こ と は,必
で あ る.自
た が っ て,
要不可 欠なの
分 と他 者 と の 間 で 展 開 さ れ る こ の よ う な 感 情 や 要 求 な ど の メ ッ セ ー
ジ の 交 換 を 対 人 相 互 作 用(social
interaction;
interpersonal
interaction)と
呼ん
で い る. こ の 対 人 相 互 作 用 の あ り よ う は,人 人 ご とに 異 な る
そ れ ぞ れ 異 な っ て お り,そ
「ソ ー シ ャ ル ス キ ル 」(social
考 え ら れ て い る.ソ
skills)の
の個人差 は個
程 度 か ら生 じて い る と
ー シ ャ ル ス キ ル は 円 滑 に 日常 生 活 を 送 る う え で 重 要 な 概 念
な の で あ る.
3.1 ソ ー シ ャ ル ス キ ル と は 何 か
● ソ ー シ ャル ス キ ル の 定 義 ソー シ ャ ル ス キ ル の モ デ ル を最 初 に提 示 したの は イ ギ リス の 社 会 心 理 学 者 ア ー ガ イ ル(Argyle は
, 1967, 1969)で
あ る.彼
の 定 義 に よ る と,ソ
ー シ ャル ス キ ル
「相 互 作 用 を 行 う 個 人 が 目 的 を 達 成 す る の に 効 果 が あ る 社 会 的 行 動 」
(Argyle, で,ソ
1981)を
指 す.し
か し,ア
ー シ ャ ル ス キ ル の 定 義 は,さ
ー ガ イ ル が モ デ ル を 提 示 し て か ら今 日 ま ま ざ ま な 研 究 者 に よ っ て 試 み ら れ て お り,
ア ー ガ イ ル の 定 義 と 内 容 が 異 な る も の も 多 い.メ 1998)は,こ
レ ル ら(Merrel
&
Gimpel,
れ まで 主 張 さ れ て きた 心 理 学 分 野 にお け る ソー シ ャ ル ス キ ル の 定
義 の う ち 主 な15を
紹 介 し て い る(表3.1).
表3.1
ソ ー シ ャ ル ス キ ル の 代 表 的 定 義(Merrel
&
Gimpel,
1998)
表 か ら も わか る とお り,各 研 究 者 に よっ て ソー シ ャ ル ス キ ル の捉 え 方 は さま ざ まで あ り,今 の とこ ろ 統 一 的 な 定 義 は な い(堀 毛,1990;相
川,2000).な
か
で も社 会 心 理 学 と臨 床 心 理 学 の2領 域 に お け る定 義 の 差 異 が 大 き い こ とが 知 ら れ て い る.ア ー ガ イ ル に代 表 され る よ うな社 会 心 理 学 者 は,行 動 的 側 面 を 強調 し,「 相 互 作 用 す る 人 の 目 標 を 実 現 さ せ る の に 効 果 が あ る 社 会 的 行 動 」 (Argyle, 1981)と
い っ た 定 義 を 行 っ て い る.一 方 で ウ オ ル ピ(Wolpe,
1982)
の 主 張 訓練 法 に代 表 され る行 動 療 法 を専 門 とす る臨 床 心 理 学 者 は,認 知 面 あ る い は 能 力 的 側 面 を 強 調 し,「 他 者 に よっ て正 ま た は 負 の 強 化 を受 け る行 動 を発 現 させ,罰
せ ら れ た り圧 倒 さ れ た りす る よ う な 行 動 を抑 え る 複 雑 な 能 力 」
(Libet & Lewinsohn,
1973)と
定 義 して い る.
社 会 心 理 学 と 臨床 心 理 学 の 定 義 は,他 者 との 効 果 的 な相 互 作 用 を もた らす も の で あ る とい う点 で は,両 者 と も一 致 して い る.し とで は,同 る.た
か し,「 行 動 」 と 「能 力 」
じ ソー シ ャ ル ス キ ル を表 す 言 葉 で あ っ て もそ の性 質 が 大 き く異 な
と え ば,会 話 ス キ ル とい う ソー シ ャル ス キ ル を 表 す の に,「 言 語 能 力 が
高 い 」 と い え ば,そ
の 高 さ は発 した言 葉 に よ っ て 評 価 され る が,そ の よ うな 能
力 は 言 葉 を発 して い な い と きで も一 貫 して 安 定 的 に 個 人 に備 わ っ て い る行 動 傾 向(個
人 の 特 性)を
指 す もの で あ る.一 方,「 言 語 行 動 が 多 い 」 とい え ば,こ
れ は 言 葉 を発 した と き に しか 評 価 さ れ な い特 定 の状 況(個
人 の お か れ た 状 態)
で どれ だ け 言 葉 を発 した か とい う特 異 的 な 行 動 パ ター ンを指 す こ と に な り,そ の 人 が い つ もそ うす る傾 向 が あ るか ど うか はわ か らな い の で あ る. つ ま り,ソ ー シ ャ ル ス キ ル が 「状 態 」 的 な構 成 概 念 で あ る の か,あ 「特 性 」 的 な構 成 概 念 で あ る の か とい う 点 につ い て,そ
る いは
れ ぞ れ異 な る研 究 領 域
か ら ソー シ ャ ル ス キ ル は 定 義 され て い る こ と に な る.こ の よ うな ソー シ ャ ル ス キ ル の 定 義 の違 い は,ソ ー シ ャル ス キ ル を 測 定 ・評 価 す る と きに は,特
に十 分
注 意 す べ き課 題 で あ る とい え る だ ろ う.し か し,ソ ー シ ャ ル ス キ ル の この よ う な 違 い に つ い て 論 じた 実 証 研 究 は 非 常 に 少 な い の が 現 状 で あ り,そ の た め,今 日の 国 内 外 の ソ ー シ ャ ル ス キ ル に 関 す る研 究 で は,明 確 な 定 義 を避 け,個 人 特 性 が 行 動 に影 響 す る 全 体 的 な プ ロ セ ス そ の もの と して ソー シ ャ ル ス キ ル を プ ロ セ ス 論 的 に捉 え て い る. プ ロ セ ス 論 的 な 最 近 の 定 義 で は,相 川(2000)の
「ソ ー シ ャ ル ス キ ル 生 起 過
程 モ デ ル」 に よ る 定 義 をあ げ る こ とが で きる.相 川 は,「 ソ ー シ ャ ルス キ ル は, 対 人 場 面 に お い て,個 人 が 相 手 の 反 応 を解 読 し,そ れ に 応 じて 対 人 目標 と対 人 反 応 を決 定 し,感 情 を統 制 した うえ で 対 人 反 応 を実 行 す る まで の 循 環 的 な 過 程 で あ る 」 と定 義 した.こ
の 定 義 は,多
く の 定 義 に み られ る 「行 動 的 側 面 」 と
「能 力 的 側 面 」,す な わ ち実 行 さ れ た 行 動 と そ の 背 景 に あ る 個 人 特 性 の どち らか を 強 調 す る の で は な く,両 方 を包 含 し,ソ ー シ ャル ス キ ル を対 人 相 互 作 用 場 面 で の 一 連 の過 程 とす る 点 に特 徴 が あ る.
い ず れ に せ よ,「 誰 で も ソー シ ャル ス キ ル の上 手 ・下 手 が 何 で あ る か 知 っ て い る の に,誰
も そ れ を十 分 に は 定 義 で き ない 」(Curran,
1979, p. 321)と
断言
す る研 究 者 もい る ほ ど,多 様 な 定 義 が 乱 立 して い る現 状 が 今 なお 続 い て い る. ● ソ ー シ ャル ス キ ル の 構 成 と特 徴 ソ ー シ ャ ル ス キ ル に は,対 人 相 互 作 用 場 面 にお い て,個 人 が 発 す る 声 の大 き さや 話 す 速 度 な どの 言 語 的 な 表 現 様 式,表 表 現 様 式,さ
情 や 身振 り手 振 りな どの非 言 語 的 な
らに は,発 話 の 間 合 い や 社 会 的 文 脈 に沿 った 話 題 内容 で あ るか ど
う か とい っ た個 人 の 判 断 や 認 識 の 仕 方 に至 る まで,さ ま れ て い る.こ
う した ソ ー シ ャル ス キ ル とい う概 念 を 最 初 に提 唱 し,ソ ー シ ャ
ル ス キ ル の モ デ ル を提 示 した ア ー ガ イル(1969, につ い て,お
ま ざ ま な認 知 や 行 動 が 含
1984)は,ソ
ー シャルスキ ル
お よそ 次 の よ う に 述 べ て い る.
「対 人 場 面 で の ソ ー シ ャ ル ス キ ル は,相 づ け られ た 場 合 に発 揮 され る.そ
手 に何 らか の影 響 を与 え よ う と動 機
して,相 手 の 様 子 か ら ソー シ ャ ル ス キ ルが 発
揮 した 効 果 が 読 み取 られ る と,さ ら に効 果 的 な影 響 を 与 え る た め の ソ ー シ ャ ル ス キ ル が 工 夫 さ れ る.こ の よ うに して,読
み 取 っ て は 次 の ソー シ ャ ル ス キ ル を
工 夫 す る フ ィ ー ドバ ッ ク 回路 が で きあ が り,対 人 関係 の 流 れ は連 続 的 に 修 正 さ れ 変 化 す る.」 ア ー ガ イ ルが 提 唱 した ソー シ ャル ス キ ル の 様 相 に よ れ ば,対 人 相 互 作 用 場 面 で は,①
相 手 に こち らの 意 図 を伝 え る要 素(表 現 要 素),②
度 を 感 受 す る要 素(感 受 要 素),③ る要 素(統
制 要 素),の3つ
意 図 が 伝 わ っ た程
意 図 が伝 わ っ た 程 度 に よ っ て 行 動 を修 正 す
の 要 素 に よ っ て ソ ー シ ャ ル ス キ ルが 構 成 さ れ る こ
と に な る.ア ー ガ イ ル の 上 記 の考 え 方 は,当 時 流 行 して い た 人 間 工 学 の影 響 を 強 く受 け て い た た め(Pendleton
& Furnham,
1980),そ
の 後,心 理 学 界 の 潮 流
と な っ た 「認 知 」 を重 視 す る立 場 か らす る と,認 知 的 要 素(情 動,記 憶,判
断
な ど)が 十 分 に取 り入 れ られ て い な い とい う批 判 が な され た(相 川,2000).そ の 後 の研 究 者 は,こ
う した批 判 を 考 慮 して 認 知 的 要 素 を加 え,4要
素 に よ って
ソー シ ャル ス キ ル を理 解 し よ う と した.本 邦 で 紹 介 さ れ て い る 代 表 的 な例 と し て,相
川(2000)が
示 した ソ ー シ ャ ル ス キ ル の4要
素 につ い て 表3.2に 例 示 し
た. ● ソ ー シ ャル ス キル の 構 造 ま た,相
川(2000)は
「ソー シ ャ ル ス キ ル生 起 過 程 モ デ ル 改 訂 版 」 を提 出
表3.2
ソ ー シ ャ ル ス キ ル の 構 成 要 素(相
川,2000)
し,ソ ー シ ャ ル ス キ ル を4つ の 要 素 か ら捉 え る と同 時 に,そ れ らを 一連 の プ ロ セ ス と して 理 解 で き る よ う 図式 化 を試 み て い る(図3.1). 図3.1に 示 した ソ ー シ ャル ス キ ル の 生 起 過 程 モ デ ル改 訂 版 で は,ソ ー シ ャ ル ス キ ル の各 要 素 が 時 間 的 に お お よそ どの よ う な順 序 で 生 起 す る か が 明 らか に さ れ て い る.モ デ ル の概 要 は次 の とお りで あ る. モ デ ル の 中心 に は 社 会 的 ス キ ー マ が 据 え られ て い る.社 会 的 ス キ ー マ と は, 社 会 的 事 象 に 関 す る さ ま ざ ま な 知 識 が 体 制 化 さ れ た情 報 群 で あ り,人 が 社 会 的 事 象 につ い て の 情 報 処 理 を行 う と きや,社 会 的 事 象 を推 論 す る 際 の 認 知 的枠 組 み と な り,ソ ー シ ャ ル ス キ ル を発 動 させ る い わ ば エ ン ジ ンの 役 割 を担 っ て い る.社 会 的 ス キ ー マ に基 づ い て相 手 の 対 人 反 応 を読 み 解 き,読 み 取 っ た結 果 を
図3.1
ソー シ ャ ル ス キ ルの 生 起 過程 モ デ ル改 訂 版 (相 川,2000)
受 け て,ど
の よ うな 対 人 目標 を設 定 す るか が 決 定 さ れ る.続 い て,対
人 目標 を
達 成 す る た め に,ど の よ う な対 人 反 応 を用 い るべ きか を 決 定 し,対 人 目標 と対 人 反 応 の 設 定 に か か る意 思 決 定 過 程 で 生 じた情 動 を 自分 の お か れ て い る対 人場 面 に 相 応 す る よ うに コ ン トロ ー ル した う えで,設
定 した対 人 反 応 を実 行 す る の
で あ る. こ の よ う な 過 程 か ら構 成 さ れ る ソ ー シ ャ ル ス キ ル に つ い て,相 は,次
川(2000)
の よ う な特 徴 が あ る と指 摘 して い る.
① 具 体 的 な対 人 場 面 で 用 い られ る もの で あ る. ② 対 人 目標 を 達 成 す る た め に用 い られ る 目標 指 向 的 な もの で あ る. ③ 「相 手 の 反 応 の解 読 」 また は 「対 人 目標 の 決 定 」 か ら始 ま り,「対 人 反応 の 決 定 」 や 「感 情 の 統 制 」 を経 て,「 対 人 反 応 の 実 行 」 に至 る まで の 認 知 的 過 程 お よ び 実 行 過 程 の す べ て を 指 す,時 系 列 的 に組 み 立 て られ て い く概 念 で あ る. ④ 言 語 的 な い し非 言 語 的 な い くつ か の 明 確 な 行 動 単 位,す と して 実 行 さ れ る.こ
なわ ち対 人反 応
の実 行 過 程 が 他 者 の 反 応 を引 き起 こす.
⑤ 他 者 の 反 応 と 自分 自身 の反 応 を フ ィー ドバ ッ ク情 報 と して 取 り入 れ変 容 して い く,他 者 と 自分 と の相 互 影響 過 程 で あ る. ⑥ 学 習 で き る もの で あ る. ● ソ ー シ ャル ス キ ル の 内 容 ソー シ ャル ス キ ル の 内 容 は,主 に 言 語 的 ス キ ル と非 言 語 的 スキ ル に大 別 され る(Argyle,
1984).具
体 的 な 内容 は 以 下 の とお りで あ る.
言 語 的 ス キ ル ① 会 話 へ の 参 加(会
話 に積 極 的 に 加 わ る ス キ ル.情 報 や 関 心 ・態 度 の授 受
を行 うス キ ル な ど) ② フ ィー ドバ ッ ク(同 意 ・賞 賛,反 論,質 ③ 自己 主 張(自
問 な ど の ス キ ル)
分 の 意 見 を表 現 した り,相 手 か ら の要 求 を断 っ た りす る ス
キ ル) ④ 自 己 開 示(自
分 に と っ て プ ラ イ ベ ー トな情 報 を相 互 作 用 対 象 者 に示 す ス
キ ル.そ の 情 報 の 深 さや タ イ ミ ン グ) 非 言 語 的 ス キル ① 表 情(顔
の 表 情 だ けで の喜 怒 哀 楽 の 表 現,興
味 ・関心 が 伝 わ る表 情,顔
の 表 情 が 感 情 に合 っ て い る な ど) ② 視 線(ま
ば た き,視 線 の方 向,凝 視,瞳 孔 の 広 が り方 な ど)
③ 身 振 り ・ジ ェ ス チ ャー(手 足 の 動 き,し
ぐさ,拍 手,頭
の動 き,感 情 を
伴 っ た体 の動 き な ど) ④ 姿 勢(座
り方 や 立 ち 方,前 傾 姿 勢,後 傾 姿 勢,リ
ラ ッ ク ス した 姿 勢 か ど
うか な ど) ⑤ 接 触 行 動(握 ⑥ 準 言 語(声
手,な
で る,抱
く,押 す,叩
の 大 き さ,声 の調 子,話
⑦ 距 離(相 手 との 距 離,座 ア ー ガ イ ル(1979)は,ソ
くな ど)
す 測 度,口
席 の取 り方,パ
ご も りな ど)
ー ソ ナ ル ス ペ ー ス な ど)
ー シ ャ ル ス キ ル研 究 を 開始 した 当初,上
にあ げた
ソ ー シ ャ ル ス キ ル の う ち,会 話 へ の参 加 や 自己 主 張 を は じめ とす る7つ の ス キ ル を実 際 に 測 定 し,そ れ ら を訓 練 して 高 め る こ とが 可 能 で あ る と報 告 して い る.こ れ らの ス キ ル は,友 人 関 係,恋 愛 関係 な ど の,一 般 的 な対 人 関 係 にお い て 共 通 す る 内容 で,や や 抽 象 的 な内 容 とな っ て い るが,特
定の社会 的文脈で は
よ り具 体 的 な ソ ー シ ャ ル ス キ ル の 内 容 が 特 定 され る. 表3.3に 示 した子 ど も に とっ て 代 表 的 な ソ ー シ ャル ス キ ル(佐 藤,1996)と, 表3.4に 示 し た一 般 成 人 に とっ て 必 要 な ソ ー シ ャ ル ス キ ル(相 川,1995)の 覧 を比 較 す れ ば,子
一
ど も と成 人 との 間 で 共 通 す る内 容 もあ れ ば,い ず れ か に特
徴 的 な 内 容 もあ る こ とが わ か る で あ ろ う. こ う した 特 定 の社 会 的 文 脈 に お け る ソ ー シ ャ ルス キ ル 内容 の 具 体 化 は,さ ざ ま な 分 野 で 進 め られ て い る.た
と え ば近 年 で は,在
日外 国 人 留 学 生 を 対 象 と
し た 異 文 化 間 ソ ー シ ャ ル ス キ ル に 関 す る 学 習 内 容 が 示 さ れ る な ど(田 2000),文
ま
中,
化 基 盤 ま で を も想 定 した ソー シ ャ ルス キ ル の 内容 に 関 す る研 究 が 報
告 さ れ て い る. こ の よ う に,自 分 の お か れ て い る年 代 や文 化,社
会 的 地 位 な どの 環 境 の 違 い
に よ っ て,ソ ー シ ャル ス キ ル の 内 容 は,微 妙 に 異 な って い る.こ れ は,そ れ ぞ れ の 場 面 や 状 況 に応 じて 「ソー シ ャ ル 」 とい う規 準 が 異 な る か ら に 他 な ら な い.
● ソ ー シ ャル ス キ ル の獲 得 過 程 ソ ー シ ャ ル ス キ ル の 構 成 お よ び 過 程 は,次 さ れ て い る(King
& Kirschenbaum,
1992).
の4つ
の プロセスで学習 され ると
表3.3
子 ど も に と っ て 代 表 的 な ソ ー シ ャ ル ス キ ル(佐
① 言 語 的 教 示(特
藤,1996)
定 の ソ ー シ ャ ル ス キ ル を言 語 教 示 に従 っ て 学 習 す る こ
と) ② オペ ラ ン ト条 件 づ け(偶 然 実 行 した ソ ー シ ャル ス キ ル や 言 語 的教 示 に従 っ て 実 行 した ソ ー シ ャ ル ス キ ル の 結 果 が 肯 定 的 な結 果 を も た ら した 場 合 に,再 度 そ の結 果 を得 よ う と して そ の ソ ー シ ャル ス キ ル の 実 行 を繰 り返 す こ と) ③ モ デ リ ン グ(他 人 が 実 行 して 肯 定 的 結 果 を得 た ソー シ ャ ル ス キ ル を 観 察 す る こ と に よ っ て,オ ペ ラ ン ト条 件 づ け と同様 に 観 察 した ソー シ ャル ス キ ルの 実 行 を繰 り返 す こ と) ④ リハ ー サ ル(上 記 の ① ② ③ に よ っ て学 習 した ソー シ ャル ス キ ル を 定 着 さ せ る た め に,ソ ー シ ャ ル ス キ ル につ い て学 習 した 知 識 を 言語 化 して 反 復 す
表3.4
る
一 般 成 人 に 必 要 な ソ ー シ ャ ル ス キ ル(相
「言 語 的 リ ハ ー サ ル 」,お
よ び,実
川,1995)
際 に ソ ー シ ャ ル ス キ ル を実 行 す る
「行 動 的 リハ ー サ ル 」) こ の よ う な 獲 得 過 程 を 経 て 学 習 さ れ る ソ ー シ ャ ル ス キ ル は,訓 り,「 ソ ー シ ャ ル ス キ ル ・ ト レ ー ニ ン グ(SST:
練 の対象 とな
Social Skills Training)」
れ る 系 統 的 な 学 習 メ カ ニ ズ ム が 考 案 さ れ て い る.な
お,SSTに
と呼 ば
つ い て は,5章
の 詳 説 を お 読 み 願 い た い.
3.2 ソー シ ャル スキ ル と精 神 的健 康
対 人 的 ・社 会 的 場 面 で,円 滑 な 人 間 関係 の 結 びつ きを 可 能 にす る ソ ー シ ャル ス キ ル は,結 果 的 に 人 々の 精 神 的健 康 に大 き く寄 与 す る.ソ ー シ ャ ル ス キ ル が 不 足 し て い る と,対 は,こ
人関係 に起 因す る さま ざまな心理 的 問題 を誘発す るこ と
れ まで 多 くの研 究 者 が 指 摘 して い る.な か で も,特 に 多 くの 研 究 報 告 例
が あ る ソ ー シ ャ ル ス キ ル の 不 足 と対 人 不 安,孤 独 感,抑 い て 以 下 に 紹 介 す る.
うつ 状 態 と の 関連 に つ
対 人不安 あ る(菅
対 人 不 安 と は,「 対 人 場 面 で 個 人 が体 験 す る不 安 感 の 総 称 」 で
原,1992).こ
の概 念 は,「 現 実 の,あ
るい は想 像 上 の 対 人 場 面 に お い
て,個 人 的 に評 価 され た り,評 価 され る こ とが 予 想 さ れ る こ とか ら生 じ る不 安 状 態 」(Schlenker
& Leary, 1982),「 対 人 的 な状 況 に よ り不 安 に な りや す い 傾
向 」(Argyle, 1981),な
どの 定 義 に表 さ れ る よ う に,状 態 概 念 と特 性 概 念 と の
区 別 が 不 明 瞭 な概 念 で あ る こ とが 指 摘 さ れ て い る(菅 原,1996).一
般 的 に 「不
安 」 概 念 は,特 性 不 安 と状 態 不 安 とに 区 別 す る 必 要 が あ る が(Spielberger, 1966),心
理 的 援助 や 介 入 を 目 的 と し た対 人 不 安 研 究 や ソ ー シ ャ ル ス キ ル 研 究
の 領 域 に 限 っ て い え ば,特 性 不 安 も状 態 不 安 も同 様 な認 知 ・感 情 ・行 動 を示 す (Leary, 1983)こ 菅 原(1992)に
とか ら,厳 密 に両 者 を 区 別 しな い こ とが 多 い. な らい 対 人不 安 を 「対 人 場 面 で 個 人 が体 験 す る不 安 感 」 とす
る と,対 人 不 安 を呈 す る 人 に は,ソ 1996),背
ー シ ャ ル ス キ ル の 不 足 が 指 摘 さ れ(菅
景 に は ソ ー シ ャ ル ス キ ル 欠 損 仮 説(Leary,
1983)が
原,
提 起 され て い る.
この 仮 説 に よれ ば,対 人 不 安 の 多 くは,ソ ー シ ャ ル ス キ ル の 不 足 が もた ら した 直 接 的 ・間接 的 結 果 で あ り,適 切 な ソ ー シ ャ ル ス キ ル の 未 習 得,あ
る い は,不
適切 な ソ ー シ ャル ス キ ル の習 得 に よ っ て,対 人 関係 の構 築 に大 き な 問 題 が 発 生 す る こ と に な る. す な わ ち,他 者 か ら の肯 定 的 な反 応 を 少 量 しか 受 け取 る こ とが で きな い た め に,対
人 関係 の 開 始 や 維 持 が 困 難 とな り,対 人 場 面 で 相 互 作 用 を 開始 しよ う と
す る際 に不 安 や 緊 張 を 自覚 す る こ と に な る.ま た,適 切 な ソー シ ャ ル ス キ ル を 備 え て い な い が た め に,対 人 場 面 に か か わ って い る 当 人 と相 手 と の双 方 に とっ て,ぎ
こ ち な い 状 況 を作 り出 し,円 滑 な 相 互 作 用 を 阻 害 す る こ と に も な る.こ
の 種 の 体 験 は 自 ら に ソ ー シ ャル ス キ ル の 不 足 を 自己認 識 させ 対 人 不 安 の 契 機 と な る(Leary,
1983).
孤独感
孤 独 感 と は,一 般 的 に は 「仲 間の な い こ と,ひ と りぼ っ ち」 な 感
情 で あ る が,心
理 学 で は 次 の3つ
の 特 徴 が あ る と い わ れ て い る(Peplau
&
Perlman, 1982). ① 孤 独 感 は対 人 関係 の 欠 如 の 認 知 に 起 因 して い る. ② 孤 独 感 は 主 観 的 な体 験 で あ る. ③ 孤 独 感 の 体 験 は不 快 で あ り苦 痛 を伴 う. こ う した 孤 独 感 は,社 会 的 接 触 や 対 人 相 互 作 用 にお け る願 望 レベ ル と現 実 の
達 成 レ ベ ル と の 不 一 致 に よ っ て 生 じ る と さ れ て い る(Peplau 1982).こ
の 願 望 レベ ル と現 実 レベ ル の 不 一 致 が,ソ
&
Perlman,
ー シ ャル ス キ ル の 不 足 に
よ っ て も た ら され る の で あ る.近 年 は こ う した不 一 致 の うち,願 望 レベ ル に 比 べ て達 成 レベ ル が 低 くな る原 因 と して ソー シ ャ ル ス キ ル が 機 能 して い る こ とが 実 証 され て い る(Gambrill,
1995).
こ の 機 能 を モ デ ル化 した 相 川(2000)は,ソ
ー シ ャル ス キ ル 不 足 が 対 人 関 係
の 達 成 レベ ル を 低 下 させ る こ と で孤 独 感 を生 み 出 し,そ の孤 独 感 は翻 っ て ソー シ ャル ス キ ル 不 足,つ
ま り稚 拙 な対 人 反 応 を悪 化 させ て,い
っ そ う孤 独 感 を 強
め る と い う悪 循 環 を 指 摘 し,「 孤 独 感 に 関 す る ソ ー シ ャ ル ス キ ル 欠 損 仮 説 」 を 提 案 して い る(図3.2). 抑 うつ 状 態
ソ ー シ ャ ル ス キ ル の 不 足 が 抑 うつ 状 態 を 引 き起 こす 原 因 とな
る こ と を,こ れ ま で 多 くの 研 究 者 が 指 摘 して き た.こ
う した 諸研 究 は,精 神 疾
患 と し て の い わ ゆ る うつ 病 の う つ状 態 か ら,疾 患 に は至 らな い 水 準 で の抑 うつ 状 態 ま で,さ
ま ざ まな 内 容 が 含 ま れ るが,こ
れ は 抑 う つ 状 態 の概 念 に 関 して,
医学 的 ・生 理 学 的 モ デ ル と心 理 学 的 ・行 動 的 モ デ ル の 間 に抑 うつ 状 態 の捉 え 方
図3.2
ソ ー シ ャ ル ス キ ル の 観 点 に よ る 孤 独 感 の 生 起 モ デ ル(相
川,2000)
の 相 違 が あ る か ら に他 な らな い.す
な わ ち,医 学 的 ・生 理 学 的 モ デ ル は も っ ぱ
ら うつ 病 を 中心 と した精 神 症 状 の 説 明 を 目的 と して い るの に反 し,心 理 学 的 ・ 行 動 的 モ デ ル は,疾 患 そ の もの よ り も感 情 反 応 と して の 抑 うつ 状 態 の 生 成 プ ロ セ ス の 説 明 を 目的 とす る か らで あ る. 心 理 学 的 な 立 場 か ら ソー シ ャ ルス キ ル と抑 うつ 状 態 の 関連 を検 討 した レビ ン ソ ン(Lewinsohn,
1974)の
研 究 を紹 介 し よ う.な お,レ
ビ ン ソ ン の モ デ ル は,
当 初 うつ 病 発 生 の モ デ ル と して 提 唱 さ れ た もの で あ るが,そ
の理論的中核 を占
め る の は行 動 理 論 で あ り,ス キ ナ ー の提 唱 した オ ペ ラ ン ト条件 づ け 理 論 に端 を 発 して い る 点 で,心
理 学 的 ・行 動 的 モ デ ル とい わ れ て い る.
レ ビ ンソ ン は,抑
うつ 状 態 を社 会 的 環 境 に お け る正 の 強化 の 除 去 に よ る行 動
の 減 退 と捉 え る と同 時 に,そ の個 人 差 を ソ ー シ ャ ルス キ ル の 程 度 に よ っ て説 明 し よ う と試 み た.こ
の 考 え方 の基 盤 に は,人
間 の 社 会 的 な 行 動 は,物 理 的 あ る
い は心 理 的 な 報 酬 に よ る 強 化 に よ っ て 成 立 す る とい う行 動 理 論 的 視 点 が あ る. 図3.3に 示 し た レ ビ ン ソ ン(Lewinsohn, い る.①
1974)の
モ デ ル は,次 の 内容 を 表 して
日常 生 活 で生 じ る さ ま ざ ま な 出 来 事 を契 機 と して,②
と っ て 報 酬 とな る 強 化 を 受 け る行 動 が 減 少 し,③ る報 酬 が 減 少 す る.④
そ の 結 果,そ
の人が受 け取
報 酬 が 減 少 した こ と に よ り,憂 うつ 感 ・疎 外 感 ・疲 労
感 ・悲 嘆 な ど に代 表 さ れ る 抑 うつ 状 態 が 生 成 さ れ る.⑤
図3.3
そ の 人 自身 に
た だ し,② ③ で 表 さ
抑 う つ 状 態 の ソ ー シ ャ ル ス キ ル ・モ デ ル(Lewinsohn,
1974)
れ る報 酬 体 系 の 乱 れ は,ソ
ー シ ャ ルス キ ル の獲 得 ・実 行 に よ り修 正 な い し回 避
す る こ とが 可 能 で あ る.つ
ま り,人 生 で さ ま ざ ま な困 難 な 出 来 事 に遭 遇 す れ
ば,そ
の 出 来 事 の 影 響 に よ っ て,誰
た で あ ろ う報 酬 を失 うが,ソ
し も普 段 の社 会 的 行 動 に よっ て 得 られ て い
ー シ ャル ス キ ル を備 え て い る人 は,社 会 的行 動 が
強 化 を受 け る 機 会 の 減 少 を食 い止 め る こ とが で きる の で あ る.こ
う した現 象 の
解 釈 と して,ソ ー シ ャル ス キ ル の 程 度 が 高 い 人 は,ソ ー シ ャ ル ス キ ル の低 い 人 と比 べ て,新 た な 人 間 関 係 を構 築 す る こ と に優 れ て い る の で,社
会的行動 を支
え る ソ ー シ ャ ル サ ポ ー ト ・ネ ッ トワ ー ク を構 築 しや す く,新 た な 強 化(報
酬)
を得 る こ とが 比 較 的 容 易 に で き るか らで あ る と考 え ら れ て い る(渡 辺,1996).
3.3 ソ ー シ ャ ル ス キ ル と 心 理 学 的 ス ト レス
前 節 で 述 べ た よ う に,ソ ー シ ャ ル ス キ ル と種 々 の 心 理 的健 康 状 態 な い し ア ウ トカ ム に つ い て の研 究 は,対 人不 安,孤 独 感,抑
うつ 状 態,幸 福 感 な どの 種 々
の 心 理 社 会 的 問 題 に つ い て個 別 に 検 討 が 進 ん で きた.そ
の 一 方 で,こ
うした
種 々 の心 理 社 会 的 問 題 を総 括 して 考 え る こ との で き る心 理 学 的 ス ト レス理 論 に 基 づ き,ソ ー シ ャ ル ス キ ル と対 人 関 係 に起 因す る心 理 ・社 会 的 ス ト レス の 関 連 が,1970年 1976)は,ソ
代 か ら徐 々 に 注 目 され て き た.た
と え ば,メ
カニ ック(Mechanic,
ー シ ャ ル ス キ ル の程 度 と種 々 の具 体 的 問 題 解 決 能力 との2側
面か
ら適 応 行 動 を規 定 した う え で,「 適 応 行 動 の 不 足 は個 体 の ス トレ ス レベ ル を上 昇 さ せ 疾 患 発 症 の 危 険 度 を 高 め る」 と述 べ て い る.ア Hymel,
1981)は,ソ
ッ シ ャ ー ら(Asher
&
ー シ ャ ル ス キ ル に 問 題 の あ る子 ど も は,学 校 不 適 応 や 精
神 病 理 学 的 な 問題 を起 こす 割 合 が 高 い と述 べ て い る.ま た,フ ッ ク フ ィ ル ドら(Fisher-Beckfield
& McFall, 1982)は,対
イ ッ シ ャ ー-ベ
人 ス キ ル と問 題 解
決 ス キ ル を測 定 す る ソー シ ャル ス キ ル尺 度 を用 い,得 点 の低 い 男 子 大 学 生 が 高 い抑 うつ 反 応 を示 して い た と報 告 して い る. 彼 らの 指 摘 を端 緒 と して,ソ
ー シ ャ ル ス キ ル と心 理 学 的 ス トレ ス プ ロ セ ス,
あ る い は ス トレス 性 疾 患 と の 関 連 が 注 目 され,後 続 す る 関連 研 究 の ほ とん どは 彼 らの指 摘 を支 持 して い る.そ の 後,心 理 学 的 ス トレス 研 究 が 盛 ん に な り,ラ ザ ラ ス ら(Lazarus が,そ
& Folkman,
1984)が
心 理 学 的 ス トレ ス モ デ ル を作 り上 げ た
の モ デ ル の な か で も ソ ー シ ャル ス キ ル と心 理 学 的 ス トレス の 関連 に つ い
て は 指 摘 さ れ て い る.ラ
ザ ラ ス ら は,心
理 学 的 ス ト レス モ デ ル にお け る ソー シ
ャ ル ス キ ル に つ い て,「 社 会 的 に 有 能 に ふ る ま う こ と は 人 間 と し て 適 応 的 な 行 動 を 営 ん で い く う え で な く て は な ら な い こ とで あ り,コ て 重 要 な 役 割 を も つ も の で あ る.同 み,効
ー ピ ン グ の原 動 力 と し
時 に さ ま ざ ま な 人 た ち と適 切 な 行 動 を 営
果 的 に コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン を 営 ん で い く た め の 能 力 を も 意 味 し て い る.
こ の 技 能 に よ っ て 周 りの 人 た ち と の 問 題 解 決 が よ り よ く 行 わ れ,協 受 け る 確 率 が 増 加 し,社
力 や援 助 を
会 的 な 交 わ りの な か で 自 分 自 身 を コ ン トロ ー ル し て い
く こ と が で き る 」(Lazarus
&
Folkman,
1984)と
述 べ,ス
トレス に 関係 す る個
人 資 源 と し て の ソ ー シ ャ ル ス キ ル の 重 要 性 を 示 唆 し て い る. 最 近 の 研 究 で も セ グ リ ン ら(Segrin キ ル-ス
ト レ ス 仮 説 を 提 案 し,ソ
& Abramson,
ー シ ャ ル ス キ ル の 不 足 は,対
ッ サ ー を よ り多 く受 け る 結 果 を 招 き,心 を 引 き 起 こ し,ひ し,ダ
1994)は,ソ
ー シ ャ ルス 人 領域 の ス トレ
理 的 ス トレ ス状 態 と して の 抑 うつ状 態
い て は うつ 病 発 症 を 促 進 す る こ と に つ な が る と述 べ て い る
ビ ー ラ ら(Davila,
Hammen,
Burge,
Palay, & Daley,
で の 問 題 解 決 を 取 り上 げ た ソ ー シ ャ ル ス キ ル 研 究 を 行 い,こ
1995)は,対
人場面
の ス キ ル の 乏 しさ
が 半 年 後 の 心 理 的 ス ト レ ス 状 態 を 予 測 す る も の で あ る と 報 告 して い る.わ で も,嶋
田 ・戸 ヶ 崎 ・岡 安 ・坂 野(1996)が,ソ
レ ス プ ロ セ ス に お け る 認 知 的 評 定(cognitive (coping
strategies)と
ー シ ャ ル ス キ ル は心 理 的 ス ト appraisal)と
に 影 響 す る 個 人 資 源(personal
コー ピ ング方略
resource)で
理 的 ス ト レ ス 反 応 の 個 人 差 を 生 み 出 す 要 因 の ひ と つ で あ り,高
あ っ て,心
いソー シャルス
キ ル は 心 理 的 ス ト レ ス 反 応 の 軽 減 効 果 を もつ こ と を 明 ら か に して い る.同 報 告 は,丹
羽 ・山 際(1991),橋
て も な さ れ る な ど,こ の 理 由 は,す で あ り,個
本(2000),丹
が 国
波 ・小 杉(印
刷 中)な
様 な
どによっ
の 分 野 で の 研 究 は 近 年 極 め て 活 発 に な っ て き て い る.そ
で に 述 べ た と お り,こ
の 構 成 概 念 が 学 習 に よ っ て獲 得 で き る もの
人 の 訓 練 や 周 囲 の 介 入 に よ っ て 変 容 で き る か ら で あ る.
上 記 に 代 表 さ れ る 諸 研 究 で は,対
人場 面 に お い て 生 じる ス トレ ッサ ー が 心 理
的 ス ト レ ス 反 応 に 与 え る 影 響 に,ソ
ー シ ャル ス キ ルが 果 た す 直 接 的 な 低 減 効 果
を 主 に 扱 っ て い る が,ソ
ー シ ャ ルス キ ル が心 理 的 ス トレス プ ロ セ ス に 果 た す 役
割 を 考 え る う え で は,ソ
ー シ ャ ル サ ポ ー トの 介 在 が 重 要 で あ る.
心 理 学 的 ス ト レ ス 研 究 で は,他
者 か ら の ソ ー シ ャ ル サ ポ ー トに よ る 心 理 的 ス
ト レ ス 反 応 低 減 効 果 が 広 く 認 め られ(小
杉,1999),低
減 効 果 を決 定 す る重 要 な
要 因 と して ソ ー シ ャル サ ポ ー トを得 る た め の ソー シ ャ ル ス キ ル の 程 度 が 注 目 さ れ て い る.先 お り,ソ
に あ げ た ラ ザ ラ ス ら(Lazarus
& Folkman,
ー シ ャ ル ス キ ル を 獲 得 し て い る こ と が,他
1984)も
者 か ら の 協 力 ・援 助 を 受 け
る こ と に つ な が る と い う 事 実 を 支 持 す る 研 究 も 少 な く な い.た ン ら(Cohen,
Sherrod,
& Clark,
1986)は
述べ てい ると
と え ば,コ
ソー シ ャ ル ス キ ルが ソ ー シ ャ ル サ ポ
ー トの 形 成 と 友 人 関 係 の 深 化 に 寄 与 す る も の で あ る と 述 べ て い る し も 和 田(1991)は,ソ が あ り,ソ
ーエ
,わ
が 国で
ー シ ャ ル ス キ ル は ソ ー シ ャル サ ポ ー トと有 意 な正 の相 関
ー シ ャ ル ス キ ル に 優 れ て い れ ば,ソ
高 ま る と報 告 し て い る.ま い 企 業 従 業 員 は,ソ
た,田
ー シ ャ ル サ ポ ー トの 受 容 期 待 が
中(2003)は,ソ
ー シャルスキルの程度が 高
ー シ ャ ル ス キ ル の 程 度 が 低 い 企 業 従 業 員 と 比 べ て,会
社 内
の ソ ー シ ャ ル サ ポ ー トを 多 く 自 覚 し て い る こ と を 報 告 し て い る(図3.4).こ よ う に,心
理 的 ス ト レ ス プ ロ セ ス に お い て,ソ
ー シ ャ ル サ ポ ー トの 知 覚 を 規 定
す る 概 念 と し て ソ ー シ ャ ル ス キ ル は 位 置 づ け ら れ る の で あ る.一 研 究 で は,ソ
の
方 で,最
近 の
ー シ ャ ル サ ポ ー ト を 得 る た め の ソ ー シ ャ ル ス キ ル の み な ら ず,他
者 に ソ ー シ ャ ル サ ポ ー トを 与 え る た め の ソ ー シ ャ ル ス キ ル に つ い て も 関 心 が 向 け ら れ て い る.ハ Lindberg, 足 が,対
ー ズ バ ー グ ら(Herzberg,
1998)は,情
Hammen,
Burge,
Daley,
動 的 サ ポ ー トを他 者 に 提 供 す る ソー シ ャル ス キ ル の 不
人 ス ト レ ス 生 成 の リ ス ク 要 因 と な る こ と を 明 ら か に し,与
シ ャ ル ス キ ル に 注 目 し た 考 察 を 行 っ て い る.ハ
え手 の ソー
ー ズ バ ー グ ら に よ る と,他
ソ ー シ ャ ル サ ポ ー ト を 与 え る ス キ ル に 欠 け て い る 者 は,次
図3.4
Davila, &
の2つ
ソ ー シ ャ ル ス キ ル と ソ ー シ ャ ル サ ポ ー ト(田 中,2003) *** p< .001
者 に
の 理 由 か ら対
人 ス トレ ッサ ー を生 成 しや す い とい う. ① サ ポ ー トを希 求 して い る者 との 間 に対 人葛 藤 事 態 を引 き起 こす 可 能 性 が あ る. ② サ ポ ー トを与 え られ な い こ とで 他 者 を怒 らせ,そ の 結 果 引 っ込 み 思 案 に な り,自 か らが サ ポ ー トを 必 要 と す る と き に 相 互 サ ポ ー トが で き な く な る. 以 上 の ソー シ ャ ルサ ポ ー ト授 受 に 関 与 す る ソ ー シ ャル ス キ ル研 究 の 知 見 を 考 慮 す る と,対 人 関 係 で の ス ト レス状 況 下 にお い て,個 人 が ソ ー シ ャ ルサ ポ ー ト を利 用 可 能 な 状 態 に して お くた め に,ソ
ー シ ャ ル ス キ ル が 重 要 な 役 割 を担 っ て
い る こ とが わ か る.ソ ー シ ャ ル サ ポ ー トを所 有 す る た め に は,対 人 関係 を い か に形 成,維
持,発 展 させ て い くか とい う方 略 や,そ れ を 目指 した 介 入 ・援 助 の
仕 方 が 課 題 と な る.こ の 点 で ソ ー シ ャ ル ス キ ル は 心 理 的 ス トレス プ ロ セ ス に 間 接 的 に寄 与 して い る こ と に な る.つ
ま り,ソ ー シ ャル ス キ ル は ソー シ ャ ル サ ポ
ー トの授 受 に影 響 す る た め ,ソ ー シ ャ ル ス キ ル の 獲 得 は,ソ ー シ ャ ルサ ポ ー ト の 授 受 を促 進 す る こ とに な り,結 果 的 に心 理 的 ス トレ ス反 応 が 低 減 して精 神 的 健 康 状 態 を保 持 す る こ とが 可 能 に な るの で あ る.
■ 文
[田中健 吾]
献
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山
4. 満 足感 と健康
4.1 満 足 感 に つ い て
● 生 活満 足 感 と は 心 理 学 にお い て 満 足 感(satisfaction)は,個
人生 活 の 個 々 の 活 動 領 域 に お け
る生 活 満 足 感(life satisfaction)と して 取 り上 げ られ る こ とが 多 く,老 年 学 領 域,保 健 ・医 療 領 域,学
校 ・教 育 領 域,職 域 な ど を中 心 に 数 多 く研 究 が 行 われ
て い る.老 年 学 領 域 で は,1950年
代 頃 か ら老 化 へ の 適 応 の プ ロ セ ス を め ぐる
議 論 を端 緒 に,生 活 満 足 感 に 関 す る研 究 が い ち は や く行 わ れ,高 齢 者 の 自覚 す る 生 活 満 足 感 を 向 上 さ せ る こ との 重 要 性 が 指 摘 され て い た(杉 村 ・佐 藤 ・浦 沢 ・佐 藤 ・斉 藤 ・尾 谷,1981).そ
山 ・竹 川 ・中
の 後,研 究 の 発 展 に伴 い,肯 定
的感 情 と して 捉 え られ て い た 生 活 満 足 感 に 関 す る 概 念 が 安 定 感 や 幸 福 感 な どの 概 念 と並 ん で,よ
り包 括 的 概 念 で あ る 主 観 的 幸 福 感(subjective
の構 成 要 因 と して捉 え ら れ る よ う に な っ た(松 本,1986).こ
well being)
の 頃か ら,こ れ ら
を測 定 す る 尺 度 も複 数 開発 され,生 活 満 足 感 と健 康 状 態 との 関 連 も よ り積 極 的 に検 討 され る よ うに な っ た.ま た,保 健 ・医療 領 域 にお い て も,主 観 的 に認 識 さ れ た 生 活 の 質(QOL:
quality of life)の 下 位 概 念 と して,生
感 が 位 置 づ け られ(Oleson,
1990),な
活満足 感や幸福
か で も生 活 満 足 感 は,生 活 の 質 を 構 成
す る 最 も重 要 な 要 因 と し て 捉 え ら れ,数
多 くの 研 究 が 重 ね られ て い る
(Ferrans & Powers, 1985). さ らに,学 校 ・教 育 領 域 に お い て は,学 生 生 活 満 足 感 に 関 す る研 究 が 行 わ れ る と と もに(荻
原,1978),そ
の 下 位 概 念 で あ る教 師 と の 関 係 な ど の 「人 間 関
係 」 や,授 業 内 容 な どの 「学 業 」 に 関す る満 足 感 が 不 安 や 抑 うつ 感 な どの 精 神
的 健 康 状 態 と 関 連 を も つ こ と が 明 ら か に さ れ て い る(高
倉 ・新 屋 ・平 良,
1995). この よ うに,生 活 満 足 感 に 関 す る研 究 が 種 々 の 生 活 領 域 で 行 わ れ た結 果,生 活 満 足 感 と心 理 的 ス トレス 反 応 の結 果 と して の 健 康 状 態 と の 関 連 が しだ い に 明 らか に さ れ る よ う に な った.一 方 で,生 活 満 足 感 は そ の概 念 が 曖 昧 で あ る た め に 測 定 手 法 が研 究 者 に よ り異 な る傾 向 が 認 め られ る こ とか ら,心 理 的 ス トレス との 関 連 を検 討 し心 理 学 的 ス トレス モ デ ル の なか で の 生 活 満 足 感 の 機 能 を検 討 す る こ と は難 しい とす る 意 見 の あ る こ と も事 実 で あ る.し
た が っ て,満 足 感研
究 に お い て は,満 足 感 の概 念 を明 確 に 定 義 した う え で 測 定 し,そ の 効 果 を検 証 して い く こ と が重 要 と考 え られ る.
●職務 満足感 とは 各 種 の 領 域 に お け る満 足 感 の う ち,心 理 学 の 分 野 で最 も精 力 的 に研 究 が 行 わ れ て い る の は,職 域 に お け る満 足 感 と し て の 職 務 満 足 感(job
satisfaction)と
い え る.職 務 満 足 感 に 関 して は,概 念 も明確 に 定 義 さ れ て い る だ け で な く,測 定 用 具 も数 多 く開発 され,産 業 ・組 織 心 理 学 ば か りで な く,近 年,心
理学的ス
トレ ス研 究 の 枠 組 み にお い て も数 多 くの 研 究 が重 ね られ て い る. 職 務 満 足 感 の 定 義 は,ロ
ッ ク(Locke,
の 経 験 か ら もた ら され る喜 ば しい,も
1976)の
「個 人 の仕 事 の 評 価 や 仕 事
し くは肯 定 的 な感 情 」 とす る定 義 が 広 く
使 用 さ れ て い る.こ の 定 義 は,職 務 満 足 感 を仕 事 の なか で の ポ ジ テ ィブ な 感 情 で あ る と 明快 に定 義 した もの で あ る とい え る.一 方,こ
の 定 義 で は,職 務 満 足
感 が 全 体 的 に み て 職 場 に 満 足 して い る か 否 か を尋 ね る な ど,当 該 企 業 全 体 に 関 す る 満 足 感 を捉 え る もの で あ る のか,ま
た,上 司 の 管 理 能 力 ・自身 の 待 遇 な ど
の職 務 遂 行 上 の 具 体 的 ・個 別 的 事 項 に 関 す る満 足 感 を 捉 え る もの で あ る の か が 曖 昧 で あ る.今
日,職
務 満 足 感 研 究 に お い て 前 者 は,「 全 体 的 職 務 満 足 感
(overalljob satisfaction)」,後 者 は 「個 別 的職 務 満 足 感(facet job satisfaction)」 と して,区
別 して 用 い られ る こ とが 多 い.特
1項 目か ら4項 こ と,②
に,「 全 体 的 職 務 満 足 感 」 は,①
目程 度 の 少 な い項 目 に よ っ て捉 え られ る た め 測 定 が 容 易 で あ る
ス トレ ス 反 応 や 転 職 願 望 ・転 退 職 な ど と比 較 的 強 い 関 連 を もつ と こ
ろ か ら有 用 性 が 高 い こ と,な どが そ の 特 徴 と され て い る.た 務 満 足 感 の 個 別 の 側 面 が 測 定 され な い ため,心 な い とい う 欠 点 も もつ.一
だ し,こ こで は職
理 臨 床 的観 点 か らは 実 践 的 で は
方,「 個 別 的 職 務 満 足 感 」 は,上 司 ・同 僚 ・キ ャ リ
ア ・仕 事 な ど,職 場 にお け る多 様 な側 面 が 想 定 され,そ
れ らの 事 象 に 関 す る満
足 感 が 個 別 に測 定 で き る こ とか ら,職 務 満 足 感 に関 す る 多様 な 側 面 の把 握 が 可 能 と な る と考 え られ て い る(Fisher,
1980).こ
の こ とか ら も,特 に,心 理 臨 床
的 視 点 か ら職 務 満足 感 と心 理 的 ス トレ ス 反応 や 精 神 的 健 康 状 態 との 関 連 を検 討 す る に は,職 場 の 個 別 的 事 項 に 関 す る満 足 感 で あ る 「個 別 的 職 務 満 足 感 」 を測 定 す る こ とが 重 要 とな る と考 え られ る.な ぜ な ら ば,精 神 的健 康 状 態 と職 務 満 足 感 との 関 連,さ
ら に は精 神 的健 康 状 態 を 向 上 させ る た め の 要 因 の 検 討 な どが
就 業 状 況 を背 景 と して 具 体 的 に行 え るか らで あ る. こ こで は,マ
ッ ク リー ンを は じめ とす る 代 表 的 な研 究 者 に よ る職 務 満 足 感 の
定 義(McLean,
1979; Smith, Kedall, & Hulin, 1969; Spector, 1997; Warr, Cook,
& Wall, 1979)を
検 討 し,以 下 の よ うに 定 義 す る こ とに した い.
職 務 満 足 感 とは,「 勤 労 者 が,職 場 環 境 ・職 場 生 活 にか か わ る状 況 につ い て 認 識 す る肯 定 的 な 感 情 」 で あ る. こ の 定 義 の 「職 場 環 境 ・職 場 生 活 にか か わ る状 況 」 が 個 別 的 職 務 満 足 感 に 関 連 す るの で,こ
の 定 義 は心 理 臨 床 的 視 点 か ら職 務 満 足 感 に つ い て 検 討 す る 際 に
は有 用 な定 義 とい え よ う.
4.2 満 足 感 と諸 要 因 との 関 連 に つ いて
● 職 務 満 足 感 と離 職 率 ・生 産 性 職 務 満 足 感 に 関 す る研 究 は,1935年 る.初 期 の研 究 で は,主
の ホ ポ ッ ク(Hoppock,
1935)に
と して,「 職務 満 足 感 」 で は な く,「 職 務 不 満 足 感 」 に
焦 点 が 当 て られ,職 務 不 満 足 感 と離 職(turnover)や の 関 連 が 数 多 く検 討 され て い た.特 度 で 離 職 が 発 生 す る可 能性 や,転
欠 勤(absenteeism)と
に,職 場 で の 満 足 感 が低 い 場 合 に は,高 頻 職 や 離 職 が 企 業 に もた らす コス ト(人 件 費,
訓 練 コ ス トな ど)が 増 大 す る 可 能 性 も指 摘 さ れ た こ とか ら(Mirvis 1977),職
& Lawer,
務 不 満 足 感 を低 減 させ る こ とが 重 要 と考 え られ る よ うに な っ た.
そ の 後,職 て,1960年
始ま
務 満 足 感 と離 職 率 ・転 職 率 との 関 連 が 明 ら か に な る に し た が っ 代 後 半 頃 か ら,職 務 満 足 感 研 究 の 焦 点 が,職
務不 満足 感の低 減 か
ら,職 務 満 足 感 の 向 上 へ と移 行 す る.特 に,職 務 満 足 感 の 上 昇 が 生 産 性 や 業 績 の上 昇 を導 く こ とが 仮 定 さ れ始 め る と,職 務 満 足 感 と生 産性 ・業 績 との 関 連 に
関 す る 研 究 が 数 多 く行 わ れ る よ う に な っ た.し た 職 務 満 足 感 と 生 産 性 ・業 績 の 関 係 に は,職 す る 測 定 の 困 難 さ に 原 因 し て,一 1991).と
は い え,職
か し,こ
務 満 足 感 と 離 職 率 ・転 職 率 と の 間 に は,有
務 満 足 感 に 焦 点 を 当 て る こ と,さ
重 要 性 が 指 摘 さ れ て い る.さ Bono,
&
Patton,
ら に,職
ら に,近
2001)は,職
意 な負 の 相 関
業 ・組 織 心 理 学 研 究 に お い 務 満 足 感 を上 昇 させ る こ と の
年,ジ
ャ ッ ジ ら(Judge,
Thoresen,
務 満 足 感 と生 産 性 との 関 連 に 関す る こ れ まで の
研 究 に つ い て の レ ビ ュ ー お よ び メ タ 分 析 を 行 い,両 議 論 の 余 地 の あ る こ と や,測
者 の 関 係 性 につ い て い まだ
定 方 法 の 差 異 に よ り両 者 の 関 連 が 異 な る こ と な ど
の 問 題 点 を 指 摘 し な が ら も,職 も 高 く 認 め ら れ る な ど,職
産性 に関
貫 し た 関 連 は 認 め ら れ て い な い(Fried,
が 認 め ら れ る こ と が 明 ら か と さ れ た こ と か ら,産 て,職
れ らの研 究 か ら得 られ
務 満 足 感 や 職 務 業 績,生
務 満 足 感 を 高 く 自 覚 し て い る 場 合 に は,生
産性
務 満 足 感 と生 産 性 との 間 に は正 の 関 連 性 が 認 め られ
る こ と を 示 唆 し て い る. ● ス ト レ ッ サ ー と職 務 満 足 感 産 業 ・組 織 心 理 学 に お い て そ の 重 要 性 が 指 摘 さ れ て き た 職 務 満 足 感 は,1960 年 代 頃 よ り,し ー
,ス
だ い に ス ト レ ス 研 究 に も 持 ち 込 ま れ る よ う に な り,ス
ト レ ス 反 応 を は じ め とす る ス ト レ ス 関 連 要 因 と の 間 で 検 討 が 行 わ れ る よ
う に な っ た.米 Research)で (E:職
国 ミ シ ガ ン 大 学 の 社 会 調 査 研 究 所(ISR: は,個
人 の 属 性(P:価
業 ・組 織 ・職 務 な ど)と
し て い る か 否 か が,職 向 な ど)な れ,同
トレ ッサ
が
値 観 な ど)と,そ 「適 合(P-E
Institute for Social の おか れた仕 事環境
fit: Person-Environment
務 満 足 感 な ど の 職 務 態 度 や 心 理 的 ス ト レ ス 反 応(う
ど の ス ト レ ス 反 応 を 規 定 す る,と
因 に つ い て,個
Rodgers,
&
Cobb,
つ傾
い う 想 定 に基 づ い た 研 究 が 行 わ
研 究 所 の フ レ ン チ ら に よ り 「個 人-環 境 適 合 モ デ ル(P-E
提 唱 さ れ た(French,
fit)」
1974).さ
ら に,職
fit model)」
が
務満足 感の規定 要
人 要 因 と 職 場 環 境 と の 相 互 作 用 だ け で な く,職
場 環 境 を は じめ
とす る 「環 境 要 因 」 が 単 独 で 職 務 満 足 感 に 影 響 を 与 え る こ と を 想 定 し た 研 究 も 行 わ れ 始 め た.特 flict)な (Kahn,
に,役
割 の 曖 昧 さ(role
ambiguity)や
役 割 葛 藤(role
con
ど の 職 場 ス ト レ ッ サ ー と職 務 満 足 感 と の 関 連 が 数 多 く 検 討 さ れ た Wolfe,
研 究 か ら は,自
Quinn,
Snoek,
& Rosenthal,
1964;
Katz
& Kahn,
1978).こ
れ らの
身 の 果 た す べ き役 割 や 仕 事 の 内 容 な どが 不 明 確 で あ る とい う
「 役 割 の 曖 昧 さ 」 が 職 場 で の 不 満 足 感 と 強 く 関 係 す る こ と が 示 さ れ て い る.
1970年 代 に な る と,カ ラ セ ッ ク(Karasek, ン トロ ー ル モ デ ル」 が提 唱 され た.こ
1979)に
よる 「仕 事 の 要 求 度-コ
の モ デ ル は 就 業 状 況 に み られ る特 徴 を,
仕 事 か ら受 け る 「要 求 」 と仕 事 に 関 す る 「コ ン トロー ル」 の2要
素 か ら捉 え,
疾 病 日数 ・薬 物(精 神 安 定 剤 な ど)摂 取 ・疲 労 ・抑 うつ ・職 務 満 足 感 な ど と就 業 状 況 と の 関 連 を 明 らか に し よ う とす る もの で あ る.こ の モ デ ル で は 「要 求 」 を 課 せ ら れ た ノ ル マ の 程 度,業
務 遂 行 に 求 め ら れ る真 剣 さ の 程 度 な ど と し,
「コ ン トロー ル」 は 業 務 遂 行 上 の 裁 量 権 の 程 度 と して,そ
れぞれの程 度 を質問
紙 法 に よ っ て測 定 し,就 業 状 況 を 図4.1の
に 示 す4つ
か で 仕 事 の 要 求 度 が 高 く,か つ,コ
の群 の な
ン トロ ー ル も高 い 「ア ク テ ィ ブ(active)
群 」,す な わ ち,仕 事 量 は 多 い も の の,自 る 場 合 に は,職
よ う に示 す.図
身 の 裁 量 で 行 え る業 務 に携 わ っ て い
場 で の 満 足 感 が 高 く 自 覚 さ れ る こ とが 明 らか に さ れ て い る
(Karasek & Theorell, 1990).こ
の モ デ ル で は,要 求 度 とコ ン トロ ー ル との バ ラ
ン ス を 考 え,職 場 ス トレ ッサ ー を低 下 させ る こ とで,抑
うつ 感 な どの 心 理 的 ス
ト レス 反 応 を低 減 させ る こ と と と も に,積 極 的 に 個 人 の 自覚 す る 職 務 満 足 感 を 上 昇 させ る こ との 重 要 性 が 指 摘 され て い る. ● 職 務 満 足 感 と健 康 こ れ まで の ス トレス研 究 か らは,職 場 ス トレ ッサ ー な どの職 務 満 足 感 に 影 響
図4.1
仕 事 の 要 求 度-コ Theorell,
1990)
ン ト ロ ー ル-サ
ポ ー ト モ デ ル(Karasek
&
を 与 え る 先 行 要 因 だ け で な く,職 討 も 数 多 く行 わ れ て い る.特
務 満足 感 が 影 響 を 与 え る後 続 要 因 に 関 す る 検
に,産
業 ・組 織 心 理 学 の 観 点 か ら は,職
務満 足感
が 集 団 ・組 織 で の モ ラ ー ル の 向 上 や 離 職 率 の 低 下 と 関 連 を も つ こ と が す で に 数 多 く指 摘 さ れ て い る.ま カ ム(後
続 要 因)と
考 ま で に,こ
た,職
関 連 を も つ こ と も 多 くの 研 究 で 指 摘 さ れ て い る.な
こ で は,職
お,参
務 満 足 感 と ス ト レ ス 関 連 諸 要 因 と の 関 係 に つ い て,キ
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務満 足感の上昇が 精神的健康状 態 などのアウ ト
Kinicki, McKee-Ryann,
こ れ ら の こ と か ら も,職
Schriesheim,
略 化 し た 図 式 を 図4.2に
&
Carson,
2002;
示 す.
務 満 足 感 を 高 め て い く こ と は,個
人 にとってだけで
な く,企
業 組 織 な ど の 集 団 に と っ て も 重 要 な 要 因 で あ る と考 え ら れ よ う
(Murphy,
1988;
&
Cooper,
Rodwell
2005)は,職
分 析 を 行 い,職 っ て い る.こ
& Harding,
1998).フ
ァ ラ ガ ー と ク ー パ ー(Faragher
務 満 足 感 に 関 す る こ れ ま で の485の
研 究 を用 い た メ タ
務 満 足 感 と 身 体 的 ・精 神 的 健 康 と の 関 連 に つ い て レ ビ ュ ー を 行 こ で は,職
務 満 足 感 は 特 に,抑
状 態 と 強 い 関 連 を 示 す こ と が 明 らか に さ れ,従
うつ 感 や 不 安 感 な どの 精 神 的健 康 業 員 の 健 康 と の 関連 にお い て は
職 務 満 足 感 が 非 常 に 重 要 な 要 因 に な る こ と を 示 唆 し て い る. ま た,田
中 ・小 杉(2000)は,6,151名
精 神 的 健 康 に 関 す る 調 査 研 究 を 行 い,職
の 企業 従 業 員 を対 象 に 職 務 満 足 感 と 務 満 足 感 が 抑 うつ 感 を は じめ とす る心
理 的 ス ト レ ス 反 応 に ど の よ う な 影 響 を 与 え る か に つ い て の 検 討 し て い る.職 ス ト レ ッ サ ー ・ス ト レ ス 反 応 の 測 定 に は 職 場 ス ト レ ス ス ケ ー ル(小
図4.2
職 務 満 足 感 と諸 要 因 と の 関 連 に 関 す る 図(Kinicki
et al.,2002を
改 変)
杉,2000)
場
を,職 務 満 足 感 の 測 定 に は マ ック リー ン に よ る職 務 満 足 感 尺 度 を 元 に 尺 度 構 成 さ れ た ス ケ ー ル(田
中,1998)を
使 用 した こ の研 究 で は,図4.3に
示 す とお り,
職 場 で の ス トレ ッサ ー を高 く 自覚 して い る状 況 に お い て も,「 能 力 発 揮 へ の満 足 感 」 や 「対 人 関 係 へ の 満 足 感」 な どの 満 足 感 を高 く自覚 して い る従 業 員 は, 抑 う つ 感 を低 く 自覚 して い る こ とが 明 らか に され た.こ の こ とか ら,職 場 で の ス トレス 要 因 が 高 い 状 況 に お い て も,従 業 員 の 専 門性 を発 揮 で き る環 境 を 整 え て 「能 力 発 揮 へ の 満 足 感 」 の 自覚 を 促 す こ とや,上
司 の マ ネ ジ メ ン ト方 法 や 部
下 へ の 対 応 な どを 見 直 して 職 場 で の 「対 人 関係 へ の 満 足 感 」 の 自覚 を促 す う こ とで,抑
うつ 感 の低 下 が 期 待 で きる こ とが 示 唆 され た と い え よ う.
こ こで 紹 介 した研 究 だ け で な く,職 務 満 足 感 に 関 す る こ れ まで の 実 証 的研 究 を 展 望 す る と,職 務 満 足 感 は,精 神 的 健康 状 態 を 直接 的 に 向上 させ る 機 能 だ け で は な く,職 場 ス トレ ッサ ー が ス トレス 反 応 に与 え る影 響 を緩 衝 す る とい うス トレス 緩 衝 要 因 と して の 機 能 を も もつ こ とが わ か る で あ ろ う.こ の よ う に,職 務 満 足 感 を ス トレ ス緩 衝 要 因 と して 捉 え る こ とで,職 場 ス トレ ッサ ー を あ る程 度 自覚 して い る場 合 で も,職 務 満 足 感 を 向上 させ る こ とに よ り,ス
トレス 反 応
の 低 減 が 期 待 さ れ,職 務 満 足 感 の 臨 床 的 ・実 践 的 価 値 が 高 まる と考 え られ る . こ の よ う な立 場 か ら の研 究 は,諸 外 国 に お い て も数 多 く認 め ら れ(Fisher Locke, 1992; McLean,
1979),職
&
務 満 足 感 を緩 衝 要 因 と して位 置 づ け る こ との
有 用 性 が 示 唆 さ れ て い る.
図4.3 職 場 ス トレ ッサ ー ・職 務 満 足感 と抑 うつ との関 連 (a)能 力 発揮 へ の 満足 感,(b)対
人 関係 へ の満 足 感
注) な お,図 中 の 数 値 は平 均=50,
SD10に
標 準 化 したZ値 で あ
る.数 値 が 高 くな るほ ど,抑 うつ が 上昇す る こ とを示 す.
4.3 お わ り に
近 年,米
国 の 国 立 職 業 安 全 保 健 研 究 所 は,職 場 ス トレス に 関 す る新 た な モ デ
ル を 「健 康 職 場 モ デ ル 」 と して 呈 示 し(Sauter, Lim, & Murphy,
1996),企
業で
は,従 業 員 の健 康 に悪 影 響 を 及 ぼ す 要 因 の検 討 だ け で な く,従 業 員 の健 康 や 満 足 感 を上 昇 させ る た め の 要 因 を も検 討 す る こ とが 重 要 で あ る こ と を示 唆 して い る.こ
こ で は,従 業 員 「個 人」 の 健 康 や 満 足 感 の 上 昇 と,職 場 「組 織 」 の 業 績
や 生 産 性 を両 立 させ る こ と の重 要 性 が 提 起 され て お り,そ の た め に も,短 期 的 な業 績 の 向上 だ け を 目指 す の で は な く,労 働 者 の 健 康,さ
ら に は,労 働 者 の 自
覚 す る満 足 感 を 向 上 させ る こ とが 重 要 で あ る こ とが 指 摘 され て い る. 今 後,産 業 ・組 織 心 理 学 の み な らず 心 理 学 的 ス トレス研 究 に お い て も職 務 満 足 感 と健 康 との 関 連 は,主 要 な研 究 テ ー マ とな るで あ ろ う.
[島津 美 由紀]
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and
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5. 集 団 を対象 と した健康増進の方法
5.1 EAP
●EAPに EAPと
(Employee
Assistance
Program:従
業 員 支 援 プ ロ グ ラ ム)
つい て は,Employee
Assistance Programの
略 記 で あ り,わ が 国 で は 「従 業
員 支 援 プ ロ グ ラム 」 と呼 ば れ る企 業 従 業 員 を対 象 と した 支 援 サ ー ビス の 総 称 で あ る.EAPは,元
来,米
国 で職場 にお ける アル コール依存 症患 者へ の対策 と
して 労 働 組 合 が 企 業 に プ ロ グ ラ ム を提 供 す る こ とか ら開 始 さ れ た が,現 在 で は ア ル コ ー ル 依 存 症 対 策 に 限 らず,メ
ン タ ルヘ ル ス 全 般,家
庭 問 題,経
済 問 題,
ス トレス 対 策 な ど従 業 員 の 生 活 領 域 全 般 に わ た っ て 幅 広 く従 業 員 が抱 え る 問題 の 解 決 を提 供 す る プ ロ グ ラム と して,先 進 的 な企 業 を中 心 に 導 入 が 進 め られ て い る. 現 在 のEAPは,企
業 と機 関 契 約 を取 り交 わ したEAP事
の パ フ ォ ー マ ン ス(生 産 性 ・業 績)を
業 体 が 従 業 員 の職 場
向 上 させ る こ と を 目的 に,医 療 的観 点 も
含 め た広 義 の 行 動 科 学 の 立 場 か ら解 決 策 を提 供 す る と ころ に そ の 特 徴 が あ る. す な わ ち,従 業 員 の 疾 病 や 精 神 的不 調 の 改 善 だ け を扱 うの で は な く,こ れ らの 改 善 を通 して 彼 らの 生 産 性 を 向上 し よ う とす る視 点 に立 っ て,サ す る と こ ろ に 今 日のEAPの
特 徴 はあ る.従 業 員 の 生 産 性 の 低 下 の 原 因 は,疾
病 や 精 神 的 不 調 の み な らず,彼 こ の よ う な ス タ ン ス は,当 企 業 の 上 位500社
ー ビス を提 供
らの 生 活 全 般 に あ る こ と を 考 え れ ば,EAPの
然 の こ と と い え よ う.2003年
の うち ほ ぼ95%がEAPを
用 性 を 知 る こ とが で き る だ ろ う.
現 在,米
国で は大手
導 入 して い る こ とか ら も,そ の 有
●EAPの
歴 史 と発 展
先 に も述 べ た と お り,EAPは,米
国 の 労 働 組 合 に お い て,ア
ル コー ル 依 存
症 の 回復 者 が,ア
ル コ ー ル依 存 者 を ケ アす る 活 動 か ら始 ま っ た と い わ れ て い
る.特
代 か ら50年 代 に お け る 初 期 のEAPは,OAP
に,1930年
Alcoholism mous)の
Program)と
呼 ば れ て お り,匿 名 断 酒 会(AA:
手 法 に 基 づ き行 わ れ て い た(川
く受 け て い た こ とか ら,イ 多 か っ た が,し
上,1998).
Alcoholic Anony
OAPは,AAの
影 響 を強
ンフ ォー マ ル な 自助 グ ル ー プ と して行 わ れ る こ とが
だ い に 複 数 の 企 業 でOAPが
う な 背 景 に は,米
(Occupational
国 に お け る1930年
実 施 さ れ る よ う に な っ た.こ
代 の 経 済 不 況,朝
のよ
鮮 動 乱 へ の 米 軍 出 兵,
あ る い は そ の 後 の ベ トナ ム 戦 争 な ど に よ る米 国 社 会 情 勢 の 不 安 定 さ に 原 因 し て,ア
ル コー ル 依 存 者 の急 増 が 地 域 社 会 問 題 の み な らず 企 業 の 問題 に も な っ た
実 態 が あ る. 1962年,米
国 の 企 業 で あ るKemper社
が アル コール依存 症 の従業員 に退 職
を勧 告 す る従 来 か らの 対 応 を 「治 療 → 復 帰 」 に変 更 し,退 職 に よ る 企 業 の 損 失 を 軽 減 す る 目的 でEAPを
導 入 した こ と は,EAPの
に 値 す る(水澤,1992).ま
た,1970年
発 展 の 契 機 な っ た点 で 注 目
成 立 し た ヒュ ー ズ法 に よ っ て ア ル コ ー
ル 問 題 を犯 罪 温 床 の 視 点 と して で は な く,疾 患 と して 治療 す る方 針 が打 ち 出 さ れ た こ とを 契 機 に,米 国 国 立 ア ル コ ー ル 乱 用 ・依 存 研 究 所(NIAAA: Instituteof Alcoholic Abuse
and Addiction)が
National
発 足 した こ と も,同 様 にEAPの
発 展 に 寄 与 した と考 え られ て い る. さ ら に1980年
代 以 降 は,企 業 側 の ニ ー ズ の 変 化 と拡 大 に伴 い,EAPは
アル
コ ー ル 問 題 だ けで な く,家 族 ・法 律 ・経 済 的 問 題 な ど の解 決 も包 括 して企 業 の 生 産 性 を 向 上 させ る有 力 な 手 段 と し て 認 知 され る よ う に な り,1985年 全 米 で約8,000のEAP専 2004年 現 在,全
門機 関 が 存 在 す る よ う に な っ た(Wright,
に は,
1989).
米 に は12,000のEAP事
業 体 が 営 利 事 業 と して 活 動 し て お
り,先 に 紹 介 した よ うに 大 手 企 業500社
の ほ とん どが そ の サ ー ビス を受 け る 現
状 に あ る.こ れ らの 企 業 で は,傷 病 休 職 者 の 職 場 復 帰 支 援 や 精 神 的 不 調 者 の 早 期 発 見 ・支援 な どの い わ ゆ る2次 予 防 ・3次 予 防 を 中 心 と した従 業 員 個 人 に 対 す るサ ー ビス だ け を導 入 目的 とす る こ と は少 な く,職 場 環 境 改 善 や 健 康 増 進 と い っ た1次 予 防 を中 心 と した 企 業 組 織 全 体 へ の サ ー ビス に よ っ て生 産 性 の 向上 を 図 る導 入 目的 が 目立 っ て い る(Carroll, 1996; Mazloff, 1997).
この よ う なEAPの
導 入 は,米 国 以外 に も カ ナ ダ ・英 国 を 中 心 と す る 欧 州 や,
南 ア フ リ カ,南 米,オ 見 せ て い る(島
セ ア ニ ア,一 部 の ア ジ ア,日 本 な ど,全 世 界 な広 が りを
・田 中 ・大 庭,2002).
● 日本 に お け るEAPの 日本 で は,1980年
発展 代 の後 半 頃 にEAPが
る.発 展 の 理 由 と して 次 の3点 第1に,急
紹 介 さ れ,近 年,急
速 に 発 展 して い
を あ げ る こ とが で きる.
速 な労 働 環 境 の変 化 に よ り,従 業 員 の 自覚 す る 業務 阻害 要 因(職
場 ス トレ ッサ ー)が
大 き く変 化 した(原 谷 ・川 上,1999;永
田,1999, 2000).経
済 効 率 の 追 求 や ダ ウ ンサ イ ジ ング の 加 速 に よ る従 業 員 の 労 働 負 荷 の 増 大,競
争
の 激 化 な ど に よ る労 働 環 境 の変 化 は,従 業 員 の 自覚 す る職 場 ス トレ ッサ ー に 大 き な影 響 を 与 え る こ とが 示 唆 され,各 企 業 に お い て も,労 働 内 容 ・業 務 内 容 に 応 じた ス トレ ス対 策 を行 うこ との 重 要 性 が 指 摘 され る よ うに な っ て きた. 第2に,作
業 関 連 疾 患 お よび 職 場 で の不 適 応 状 態 を呈 す る 者 の増 加 と,こ れ
らに よる 企 業 側 の 労 働 コ ス トの 増 大 し た(川 上,2000).わ
が 国 で は,職 場 の ス
トレス に 起 因 す る 医 療 費 の増 加 が 全 国 で年 間約2兆
病 休 業 に よ る労 働 コ
ス トの 損 失 は 年 間 約6,000億
円,疾
円 に達 す る こ とが 指 摘 され て い る(川 上,2000).
同 様 の 労 働 コ ス ト増 加 に つ い て は 国 外 の 研 究 に お い て も 報 告 さ れ て お り (Cooper, 1986; Karasek
& Theorell, 1990),個
人 を対 象 と し た疾 病 対 策 だ け で
な く,予 防 的観 点 か ら,職 場 集 団 を対 象 と し たス トレス対 策 を行 う こ とが 重 要 に な っ て き た. 第3に,旧
労 働 省 に よ っ て 職 場 の メ ン タル ヘ ル ス に 関 す る2つ
の 指 針(「 心
理 的 負 荷 に よ る 精 神 障 害 等 に係 る業 務 上 外 の 判 断 指 針 」,1999;「 事 業 場 に お け る 労 働 者 の心 の 健 康 づ く りの た め の 指 針 」,2000)が 発 表 され る な ど,労 働 に か か わ る法 的 整 備 が 行 わ れ た.こ
の こ と に よ り,職 場 ス トレ ッサ ー に起 因 した疾
患 に対 す る事 業 主 の 責 任 が 指 摘 さ れ る よ う に な り,全 従 業 員 を 対 象 と した ス ト レス 対 策 の重 要 性 が 増 大 し て きた. 以 上 の3点
か ら,わ が 国 に お い て もEAPを
業 が 急 増 して い る.し
か し現 状 は,2次
積 極 的 の取 り入 れ よ う とす る企
予 防 ・3次 予 防 を 目 的 と し た従 業 員 個
人 へ の ア プ ロー チ を 中 心 とす る メ ン タ ルヘ ル ス サ ー ビス に特 化 して い る場 合 が 多 い.そ の 理 由 の 多 くは,わ で あ る点 に 由 来 す る.米
が 国 のEAPの
ほ とん どが 精 神 科 領 域 か らの もの
国 と同 様 に従 業 員 お よび 組 織 の パ フ ォー マ ンス 向 上 を
目指 す の で あ れ ば,1次
予 防 に も焦 点 を 当 て た 広 い視 点 か らの組 織 へ の ア プ ロ
ー チ を 積 極 的 に 展 開 し て い か ね ば な ら な い で あ ろ う .こ の 点 か らわ が 国 の EAPに
は改 善 す べ き課 題 も多 く残 さ れ て い る とい え よ う.
●EAPの
機 能 と形 態
EAPの
機 能
EAPに
求 め ら れ る機 能 は,国 際EAP協
コ ア テ ク ノ ロ ジ ー」(EAPA, る.表5.1か
らは,個
1999)と
して 表5.1に 示 す7項
目に集約 されて い
人 に対 し て は,問 題 の ア セ ス メ ン トを行 い,よ
の 高 い機 関 ヘ リ フ ァー(紹 介)し 織 に 対 して は,コ
会 に よ る 「EAPの
り専 門 性
なが ら短 期 間 で 解 決 を 図 る こ と を重 視 し,組
ンサ ル テ ー シ ョ ン に よ る パ フ ォー マ ンス の 向 上 を重 視 して い
る こ とが 読 み 取 れ るで あ ろ う.個 人 と集 団 と に 共 通 す る重 要 な 課 題 の ひ とつ は,業 務 に 起 因す る ス トレ ッサ ー の 低 減 で あ る.こ
の点 か ら従 業 員 を対 象 と し
た 職 場 ス ト レス調 査 と調 査 結 果 に よ る従 業 員 個 人 へ の ス トレス 教 育 と支 援 的 介 入,お
よ び,調
EAPの
主 要 な機 能 とい わ れ て い る.
EAPの
形 態
査 結 果 に 立 脚 し た 集 団 へ の ス トレ ス コ ンサ ル テ ー シ ョ ン は,
EAPは,EAPサ
所 外 で 行 う外 部EAPと
ー ビ ス を企 業 内 で 行 う 内 部EAPと,事
に 大 別 され る.内 部EAPは
事 業 所 内 部 にEAPサ
ス を行 う専 門 職 が 常 駐 し,従 業 員 や 職 場 上 司 ・人 事,さ
表5.1
EAPの
コ ア テ ク ノ ロ ジ ー(EAPA,
業 ービ
らに は,産 業 医 ・産 業
1999)
看 護 職 ・衛 生 管 理 者 な ど の 産 業 保 健 ス タ ッ フ と連 携 し なが ら対 応 が 行 わ れ る (市 川,2001).内
部EAPは,企
業 風 土 や 職 場 環 境 に対 す る理 解 も深 ま りや す い
こ とか ら,職 場 環 境 改 善 な どの 対 策 が 行 い や す い こ と,さ ら に は,事 業 所 内部 に相 談 室 が あ りア クセ スが 容 易 な こ と か ら,利 用 率 も高 ま りや す い こ とが 利 点 と して あ げ られ る.一 方 で,事 業 所 ご とに 専 門 職 を確 保 しな け れ ば な ら な い と い う リ ソー ス の 問 題 や,事
業 所 内 部 の た め 相 談 に対 して抵 抗 を示 す 従 業 員 も生
じ う る な どの欠 点 もあ げ られ る. 内 部EAPを
企 業 内 に お くた め に は 相 応 の コ ス トが 必 要 な た め,大
の 企 業 は 以 下 に紹 介 す る外 部EAPを
企業以外
利 用 す る こ と に な る.な お,EAPの
国 で あ る 米 国 で は 大 企 業 で あ っ て もほ とん ど の 企 業 が 外 部EAPを
先進
活用 してい
る. 外 部EAPで
は,企 業 外 のEAP専
門 機 関が 企 業 か らの業 務 委 託 を 受 け,必
に 応 じた サ ー ビ ス を従 業 員 お よ び組 織 に 対 して 提 供 す る(長 見,2001).外 EAPは,従
要 部
業 員 か らみ て 秘 密 保 持 性 が 高 い こ とや よ り少 な い コ ス トで 個 人 へ
の ア プ ロ ー チ だ けで な く,組 織 診 断 ・職 場 環 境 改 善 な どの 組 織 へ の ア プ ロ ー チ を行 う こ とが で き る な どの 利 点 も あ げ られ る.内 部EAP・ そ れ ぞ れ の特 徴 の 比 較 に つ い て は,表5.2に EAPの
形 態 と して は,そ
合 型(コ
ン ビ ネ ー シ ョ ン)EAP方
お ける
示 す とお りで あ る.
の 他 に も,外 部EAPと 式 や,複
外 部EAPに
内 部EAPと
を併用 した混
数 の 企 業 体 が 集 ま っ て,外 部EAP
期 間 と 契 約 を 結 ぶ と い う コ ン ソ ー シ ア ムEAP方
式 も あ げ ら れ る(島
ほ か,
2002). ● 日本 に お け るEAPの 図5.1(松
活動例
本 ・赤 塚,2003)は,わ
表5.2
内 部EAPと
が 国 のEAPの
外 部EAPと
の 比 較(市
草分 け と もい える都 内の
川,2001)
EAP事
業 体 が2002年4月
∼2003年3月
契 約 した 企 業 の 従 業 員712名 っ た)を32項
ま で の1年
間 に 受 け た相 談 内 容(機
か ら1年 間 に 受 け た 相 談 件 数 は 延 べ5,305件
目 に 分類 して 示 した もの で あ る.相 談 の 経 路 の ほ ぼ70%が
関
であ 電話
また は メー ル に よ る 自発 的 な もの で あ り,健 康 管 理 を担 当 す る 産業 医 や 人 事 ・ 労 務 を 経 由 した 相 談 は9%弱
に過 ぎ な か っ た.図5.1か
る 相 談 が最 多 で あ り,続 い て職 場 の 対 人 関係(特
図5.1 EAP相
らは,う つ 状 態 に 関 す
に上 司 との 関係)の 相 談,家
談 室 に寄 せ られ る相 談 内容 の 詳細(%)(松
本 ・赤 塚,2003)
族 関 連 の 相 談 と な る こ とが わ か る.ま 20歳 代,30歳
た,う
つ 状 態 と職 場 対 人 関 係 の 相 談 は
代 の 従 業 員 か ら寄 せ られ た もの が 最 も 多 く,家 族 関 連 は従 業 員
本 人 か らで は な く,従 業 員 家 族 か らの 相 談 が ほ とん どで あ っ た.な お,相 談 へ の 対 応 は 当該EAPの へ の 紹 介 は7.4%に
臨 床 心 理 士 が 相 談 件 数 の 約90%を
扱 っ て お り,医 療 機 関
過 ぎ なか っ た.こ れ らか ら,機 関 契 約 を 結 ん だ企 業 の 従 業
員 とそ の 家 族 か らの 相 談 内容 は,う つ 状 態 に 関 連 した もの が 多 い に もか か わ ら ず,医
療 的 対 応 を 要 す る ほ ど重 篤 な 状 態 で は な い こ と か ら,EAPを
予 防的 に
利 用 し よ う とす る若 年 社 員 と家 族 の 姿 勢 を 知 る こ とが で き よ う. 製 造 業 の某 企 業 で は,事 業所 内 に メ ン タル ヘ ル ス の 専 門家 を常 駐 させ,内 部 EAP活
動 の 一 環 と して,2001年
度 よ り職 場 環 境 改 善 を 目的 と した 予 防 的 な施
策 を展 開 して い る(島 津 ・山川 ・城 戸,2004;島
津,2005).こ
こで は,そ
の具
体 的 な内 容 とそ の 効 果 につ い て 紹 介 を し よ う. この 企 業 で は,狭 義 の メ ン タ ルヘ ル ス 対 策 に 限 らず,広
く職場 環 境 改 善 に積
極 的 に取 り組 む こ とを企 業 の 方 針 に 明記 した うえ で,企 業 全 体 の 経 営 施 策 の 一 環 と し て対 策 を行 っ て い る こ とが 特 徴 とい え る.具 体 的 に は,以 下 の 手 続 きに よ り行 わ れ た. ① 事 業 所 の 全 社 員 を対 象 に 職 業 性 ス ト レス 簡 易 調 査 票(12項 施(1回
目 版)を
実
目)
② 調 査 結 果 を 「仕 事 の ス トレス判 定 図 」 を 用 い て集 計 し,職 場 別 に管 理 監 督者 に返送 ③ 結 果 に 基 づ くス トレス 対 策 検 討 会 を 管 理 監 督 者 向 け に部 署 別 に実 施 し, メ ン タル ヘ ル ス専 門 家 お よ び 産 業 保 健 ス タ ッ フ(産 業 医,臨 床 心 理 士,看 護 職)に
よ る対 策 の 支 援 を実 施
④ 全 管 理 監 督 者 を対 象 に メ ン タル ヘ ル ス研 修 を実 施 ⑤ 1年 後(2回
目),2年
後(3回
目),3年
後(4回
目)に 追跡 調 査 を行 い,
効 果 評 価 を実 施 ス ト レ ッ サ ー の 測 定 に用 い た職 業 性 ス トレ ス 簡 易 調 査 票(下 野 ・丸 田 ・谷 川 ・原 谷 ・岩 田 ・大 谷 ・小 田切,1998)は,旧
光 ・横 山 ・大
労 働 省 「作 業 関 連
疾 患 の 予 防 に 関 す る研 究 」 班 に よっ て 作 成 され,仕 事 の 要 求 度-コ ン トロ ー ルサ ポ ー トモ デ ル(図4.1参
照,Karasek
& Theorell, 1990)を
構 成 す る3側 面 を
測 定 す る こ とが で き る.集 計 に用 い た 「仕 事 の ス ト レス 判 定 図 」(川 上 ・宮
崎 ・田 中 ・廣 ・長 見 ・井 奈 波 ・赤 池,2000)で 及 ぼす 影 響(健
康 リス ク)が,仕
支 援 ・同僚 の 支 援 の4要
は,職 場 ス トレ ッサ ーが 健 康 に
事 の 量 的負 担 ・仕 事 の コ ン トロ ー ル ・上 司 の
因 に よ る得 点 お よび そ の バ ラ ンス に よ り,全 国 平 均 を
100と して 表 示 され る.ス
ト レス対 策 検 討 会 で は,こ
れ ら調 査 結 果 に基 づ い て
職 場 ス トレス 要 因 に 応 じた具 体 的 な 職 場 環 境 改 善 策 が メ ン タル ヘ ル ス専 門 家 の 支 援 の も と,職 場 の 管 理 監 督 者参 加 型 の 会 合 に よ り行 われ る. そ の結 果,2001年
度(1回
目)か ら2004年
度(4回
目)に か け て,「 仕 事 の
ス トレス判 定 図 」 に よ り示 さ れ た健 康 リ ス クが 大 幅 に 改 善 した だ け で な く,事 業 所 にお け る 年 度 別 の 精 神 疾 患 に よる 疾 病 休 業 率 も有 意 に低 下 して い る こ とが 明 らか とな っ た(図5.2).こ 点 を 当 て た 内 部EAPサ
れ らの こ とか ら,こ の 企 業 で は職 場 環 境 改 善 に 焦
ー ビ ス を継 続 的 に展 開す る こ とで,実
際 に職 場 環 境 の
改 善 が 行 わ れ た だ け で な く,企 業 と して 疾 病 休 業 に よ り発 生 す る コス トにつ い て も,大 幅 に 削 減 す る こ とが で きた と考 え られ る. ●お わ り に わ が 国 にお い て も,職 場 にお け る従 業 員 お よ び組 織 へ の 支 援 プ ロ グ ラ ム と し
図5.2 某事 業 所 に お け る疾 病 休 業率 の経 年比 較 注1) 連 続7日 以上 の 精 神疾 患 に よ る疾病 休 業 日数 を用 い て疾 病 休 業 率 を求 め た.な お,疾 病 休 業 率 は,疾 病 休 業 率=疾 病 休 業 日数 合 計/(従 業 員 数 × 365)×1000に
よ り算 出 した.
注2) 数 値 は,い ず れ も2001年
度 の 疾病 休 業 率 を100と
した 場 合 に換 算 して
標 記 した. 注3) 年 度 間 の検 定 に 際 して は,疾 病 休 業 率 を用 い て,2001年 の 対 比較 を,Bonferroniに 注4) ***p 場 ス
が 心 理 的 ス ト レ ス 反 応 に 及 ぼ す 影 響 産 業 ス American
of
and
statistical
Association.(高
精 神 疾 患 の 診 断
manual
of mental
橋 三 郎
・大 野
・統 計 マ ニ ュ ア ル 第4版
disorder. 裕
・染 矢 俊
医 学 書 院)
6.2 解 決志 向行 動 療 法
● ス トレ ス理 解 の 因 果 論 第1部 で み て きた よ う に,ス
トレス 反 応 の 解 決 の た め に は,そ の 原 因 と な る
ス トレ ッサ ー を探 っ て取 り除 い て い っ た り,有 効 な ス トレス コ ー ピ ング や ソ ー シ ャ ル サ ポ ー トを開 発 ・提 供 した りす る こ とが 有 効 だ と考 え られ る.こ の よ う な 捉 え 方 は,感 染 症 を引 き起 こ す病 原 菌 の場 合 の よ うに,ひ
とつ の 問題 に は そ
れ を 決 定 す る(唯 一 の)原
因 が あ り,そ の 原 因 に さ え 対 処 で き れ ば 問 題 はす べ
て 解 決 す る とい う,直 線 的 因果 論 が 背 景 とな って い る.し か しなが ら,現 実 の ス トレス 問 題 の 多 くで は,関 連 す る ス トレ ッサ ー は複 数 あ って,さ
らに そ れ が
相 互 の 因 果 関係 に あ る こ とが 多 い.そ の た め,あ る人 や あ る状 況 で は有 効 な コ ー ピ ン グが ,別 の 人 や 状 況 で は無 効 で あ っ た り,マ イ ナ ス に 作 用 した り,と い っ た こ と も起 こ りう る(図6.4).こ
れ を対 象 者 や 状 況 ご と に分 析 して,最
効 な処 方 箋 を書 くに は,正 確 な ア セ ス メ ン トや 分 析 技 術,提
も有
供方法が必 要 とな
っ て くる. そ こ で,ス トレス 反 応 緩 和 の 規 定 要 因 探 索 を 最 優 先 させ,ス トレ ッサ ー-コ ー ピ ン グ の 相 互 作 用 分 析 は 後 回 し にす る と い う ア プ ロ ー チ で ,千 葉(1999a) は,大
学 生 の ス トレス に つ い て,問
た.そ
の 結 果,ス
題 発 生 時 と問 題 解 決 時 の2時
点 を調査 し
で あ っ た.ま ず,問
トレス 緩 和 要 因 と し て浮 か び 上 が っ た の は,次 の よ うな 内 容 題 発 生 時 に,「 大 変 な状 況 で も 自分 を保 っ て い け る」 な ど
と,未 来 に対 して 自己 信 頼 的 な展 望 が 抱 け て お り,「 問 題 が 解 決 で き るだ ろ う」 と い う展 望 が もて て い る こ とで あ っ た.ま
た,問 題 解 決 時 に,自 分 の力 で 解 決
し た と評価 し,「 責 任 あ る立 場 を引 き受 け る と ろ くな こ と は なか っ た」 「今 まで だ め だ っ た の で,何 を して も だ め だ 」 と い っ た 過 去 につ い て の 防 衛 的 回顧 思 考 が 緩 和 され,「 頼 まれ た こ との す べ て が で き な くて も,や る だ け や れ れ ば よ い」 とい っ た 現 実 を受 容 す る展 望 が で き る,と い っ た ポ ジ テ ィブ 思 考 が 促 進 され る こ と も緩 和 要 因 で あ っ た. こ の よ う に,ポ ジ テ ィブ 思 考 を促 進 し,ネ ガ テ ィ ブ思 考 を緩 和 して い くこ と が,自
然 に 行 わ れ る こ とが 望 ま しい わ け だ が,そ
れ が う ま くい か な い 場 合 に,
カ ウ ン セ リ ン グ に よっ て こ う し た 方 向 性 を援 助 す る こ と も有 用 だ と考 え られ
図6.4
ス ト レ ッ サ ー ・問 題 ・解 決 の 多 要 因 的 因 果 関 係
図6.5 解 決 志 向 モ デ ル に よる 問題 に対 す る コー ピ ン グ と解 決 の 因果 関係
る.そ
こ で,千 葉(1999b)は,ブ
を援 用 し て,ス
リ ー フ セ ラ ピー の 治 療 モ デ ル(Berg,
1994)
トレ ス を 引 き起 こす 原 因 の相 互 作 用 過 程 の 分 析 を 行 わ ず,有 効
な解 決 過 程 の 探 索 を 中 心 に 援 助 を進 め る,解 決 志 向 行 動 療 法 を提 唱 した(図 6.5).ま た,千 葉(2001,
2004, 2005)は,カ
ウ ンセ リ ン グ に よる 問 題 感 情 軽 減
の規 定 要 因 を分 析 して お り,目 標 の解 決 行動 連 鎖 の 明 瞭 化 促 進 が 重 要 で あ る こ とが 指 摘 さ れ て い る. こ う した ア プ ロー チ は,問 題 解 決 の た め の あ る程 度 の 資 質 は兼 ね 備 えて い る も の の,個
人 な い し家 族 な ど に よ っ て 問題 を解 決 しよ う とす る試 み が,か
て 問 題 を増 幅 して し ま う,「 悪 循 環 」 が 生 じて い る 場 合 に,特
えっ
にそ の効 力 が 発
揮 され る. ● 解 決 志 向 行 動 療 法 の基 本 解 決 志 向 行 動 療 法 の援 助 の 基 本 は,主 訴,す
な わ ち,相 談 の 目標 連 鎖 の 明 瞭
化 と,ク ラ イ エ ン トの 行 動 レパ ー トリー の な か にす で にあ る適 応 行 動 連 鎖 の 増 幅,あ
る い は新 し い解 決 行 動 連 鎖 の創 出 で あ る.
● 目標 連 鎖 の明 瞭 化 ス トレ ス 反応 の 渦 中 に あ る ク ラ イエ ン トの 多 くは,ス を 強 く願 っ て い る もの の,ス
トレス 反 応 か らの 解 放
トレス 反応 が軽 減 され た と き に 自分 が どの よ うに
生 活 で きた らい い と思 うの か を,具 体 的 に イ メ ー ジ す る余 裕 が な い.そ
こで,
ク ラ イエ ン トの 主 訴 を 受 け とめ なが ら,「 問 題 が な くな っ て い く代 わ りに どの よ う な状 態 に な る と思 う の か 」 を丁 寧 に 聞 き出 し て(目 標 連 鎖 の 質 問),具
体
的 な 目標 行 動 を設 定 して い くこ とが 援 助 に お け る重 要 な ポ イ ン トとな る.も っ と も,「 夢 の よ う な 解 決 状 態 」 を 描 き出 した と して も実 効 的 で な い の で,「(問
題 の あ る)今
と,ど の よ うな 違 い が 起 きて く るか 」 とい っ た 聞 き方 で,現 在 か
ら少 しだ け未 来 の 目標 を尋 ね て い く(図6.6).そ 目標 行 動(SB2)の が,周
の 際,ク
ラ イエ ン トの 単 独 の
み を尋 ね る の で は な く,望 ま しい 自 分 の 行 動(SB1,
囲 の 人 や 環 境(DS1,
DS2)と
SB2)
の どの よ う な 行 動 連 鎖 に よっ て 自然 に維
持 され て い くの か を 明 瞭 化 す る こ とが 重 要 で あ る.「 あ な た が そ ん な風 に 変 わ っ た と した ら,ご 家 族 に は どん な変 化 が 現 れ る で し ょ う か 」 「あ な た の 変 化 に 最 初 に気 づ く人 は 誰 で し ょ うか 」 「ど ん な こ と か ら気 が つ くの で し ょ うか 」 な どの 質 問 を組 み 合 わせ る.こ の や り と りの なか で,ク
ラ イエ ン トの 注 意 が 問 題
の 連 鎖 の 方 に 向 か う よ うで あ れ ば,「 そ れ と の違 い 」 を尋 ね る こ とで,目 標 連 鎖 の 明 確 化 を 進 め て い くの で あ る. また,ス
トレ ス の 程 度 を数 量 化 して も ら う こ とが,手 が か りに な るか も しれ
な い.「 最 悪 の ス ト レス状 態 を10点,ま て み ます 」 「今 よ り も1点 か2点
った くス トレ スの な い状 態 を1点
とし
く らい ス トレス が 下 が っ た と した ら,今
とど
の よ う な違 い が 起 きる で し ょうか 」 の よ う に,ク を 数 量 化 し て も ら う.そ
ラ イエ ン ト自身 に問 題 や 目標
うす る こ とで,「 良 い状 態 で な け れ ば,望
くな い 」 とい っ た二 分 法 的 思 考 か ら脱 却 させ,今 現 可 能 な状 態 を 明 瞭化 し,少
みは まった
よ り少 し ま し な程 度 だが,実
しで も希 望 を抱 く よ う に な る の で あ る.
さ ら に,自 分 自 身 で は ない 人 の変 化 が 目標 と され た 場 合(姑
図6.6 目標(適 応 行 動)連 鎖 の あ り方
に変 わ っ て も ら
い た い,同 僚 の 変 化 を期 待 す る な ど)に は,問 題 の 人 が 変 化 した と き の 自分 の 変 化 を 考 えて も ら う.「 お ふ た りが,そ る と い う こ とは,ど
れ ぞれ解決 の方向 に向か って進 んでい
の よ う な こ とか らわ か ります か 」 の よ う に,両 者 の相 互 作
用 を具 体 的 に 目に 見 え る 形 で 尋 ね る こ と も可 能 で あ る. なお,自
発 的 に は 自分 の 目標 の状 態 が 想 像 で きな い 状 態 で あ る 場 合,他
人が
う ま くい っ た例 を話 して 聞 か せ て い る うち に,「 そ れ だ っ た ら 自分 で も で き る か も しれ な い」 と,自 分 の 目標 連 鎖 の イ メ ー ジ 形 成 に 役 立 つ 場 合 も あ り う る. ま た,次 に 述 べ る,す で に あ る 適 応 行 動 連 鎖 を 増 幅 して か ら,も う一 度 目標 の 状 態 を 吟 味 す る方 が,よ
り具 体 的 な行 動 連 鎖 を 思 い 描 け る場 合 もあ る.
●す でにある適応行動連鎖 の増幅 ス トレス 反 応 の 渦 中 に あ る 人 の 多 くは,ス
トレス 反 応 の 苦 しみ や,そ
き起 こ して い るス トレ ッサ ー,あ
ま くい か ない コ ー ピ ン グ の 問 題 点
な どに注 意 を奪 わ れ て お り,ス
るい は,う
れ を引
トレス 反 応 を 防 止 す る よ う な,自 分 の もっ て い
る有 効 な コ ー ピ ング 行 動 に ほ と ん ど注 意 を向 け られ な くな っ て い る.し か し, 次 の よ うな や り方 で,す
で に 行 っ て きた さ ま ざ ま な コ ー ピ ン グ 行 動 を明 瞭 化
し,意 識 化 す る と,適 応 的 な 自分 ら しい状 態 を思 い 出 し,同 様 の 行 動 を繰 り返 し,さ ら には 増 幅 す る こ とが しや す くな る. 「症 状(問 題)が
起 きて い な い と きは,ど の よ うに して い る と きで す か」 「ス
ト レス が 強 い と き と,そ れ ほ どで は な い と きで は,ど か 」 「最 悪 の ス ト レス 状 態 を10点,ま て,今
よ りも1点 か2点
の よ う な違 い が あ ります
っ た くス ト レス の な い 状 態 を1点
く らい ス ト レス が低 い と き に は,今
とし
と ど の よ う な違 い
が あ り ま した か 」 な どの 質 問 を用 い て,す で に行 っ て きた 適 応 行 動 の 連 鎖 を思 い 出 して も ら う の で あ る.「 う ま くい っ て い る と きは ど の よ う な と き か 」 と尋 ね た と して も,そ の よ う な と きは な い と否 定 され,理 解 され て い な い と不 審 を 買 う だ け か も し れ な い.し
か し,上 記 の よ う な 形 で,「 例 外 」 を探 させ た り,
相 対 的 に 問 題 の小 さい と きに つ い て明 確 化 させ て い く と,カ ウ ン セ ラー の 予 想 以 上 に 適 応 的 な状 態 が 浮 か び 上 が る こ とが 多 い.た た場 合 」(図6.6のSS)を (DS1, DS2)で 応)行
動(SB1,
思 い 出せ た だ け で は 不 十 分 で あ る.ど の よ う な状 況
そ れ が 起 き た の か,そ SB2)に
だ し,単 発 の 「う ま くい っ
の と き ク ラ イ エ ン ト自身 の ど うい う(適
よっ て そ れ が 生 じた の か,と
して い き,そ れ を 増 幅 す る た め の 準 備 を行 う.
い っ た 行 動 連 鎖 を明 確 化
こ の よ う な質 問へ の 回答 が不 十 分 だが,相
談 意 欲 はあ る場 合 は,次 回 相 談 ま
で の 課 題 と し て,上 記 の 内 容 を セ ル フ モ ニ タ リ ン グす る こ とを 求 め る と よ い. 「次 回 まで の 間 に,さ
きほ どお っ しゃ っ て い た(今
とは 違 う望 ま しい)状 態 が,
ど の よ うな と きに起 き る か を 覚 えて お い て,教 え て い た だ け ます か?」
といっ
た具 合 で あ る. ま た,問 題 が 起 き な い場 合 が あ る こ とは 了 解 で き て も,そ れ を 自分 で コ ン ト ロ ー ル す る こ とは 無 理 だ と思 っ て い る場 合 は,結 果 を予 想 させ る課 題,あ は 「問 題 が 解 決 した ふ りをす る 」 課 題 な どが 可 能 で あ る.自 確 か に 自分 が 解 決 を引 き起 こ した こ とを確 認 す る と,ク
るい
己 観 察 に よ っ て,
ラ イエ ン トの 自己 効 力
感 が 高 ま り,肯 定 的 な 自分 の 将 来 像 を思 い 描 くこ とが で き る よ う に な る の で あ る. そ して,す
で にあ る適 応 行 動 連 鎖 を 自覚 した ク ラ イエ ン トに は,そ れ にふ た
た び チ ャ レ ン ジ し,で る.は
きれ ば も っ と繰 り返 して い く(増 幅)よ
う に指 示 をす
じめ は お っか な び っ く りか も しれ な い が,自 分 の行 動 とそ の 結 果 と して
の ス トレス 緩 和 の 関係 を 自覚 す れ ば,あ
とは 自然 に そ れ が 繰 り返 され,洗 練 さ
れ て い くの が 通 例 で あ る. ● 新 しい 解 決 行 動 連 鎖 の創 出 この よ う に,す 索 も,よ
で に 起 こ し て きた 適 応 行 動 に 自信 が もて る と,目 標 連 鎖 の探
り容 易 に な っ て い く.そ して,こ れ まで に な い 行 動 レパ ー トリー を 試
して み る だ け の 余 裕 が 生 じや す くな る.こ の 時 点 で,通 常 の ス トレ ス カ ウ ンセ リ ン グ,ス
トレス エ デ ュ ケ ー シ ョ ン な ど も有 効 で あ る.ク
ラ イ エ ン トの レパ ー
トリー に な い 行 動 の獲 得 が 有 効 で,見 本 が あ る と よい場 合 は,モ デ リ ング を伴 う ソー シ ャ ル ス キ ル ・ トレー ニ ング(SST)を
行 う と的 確 に適 応 行 動 を 身 に つ
け られ る で あ ろ う. そ の ほか に は,次 の よ う な チ ャ レ ン ジ も適 用 可 能 で あ る.ク
ラ イエ ン トが 一
定 の パ タ ー ンの 行 動 に と ら わ れ て い る場 合 は,(そ れ とは)「 何 か 違 っ た こ と を す る」 課 題,あ
る い は,す
で に 試 み て失 敗 した対 処 とで きる だ け 正 反 対 の 対 処
を試 み る課 題 で あ る.漠 然 と 「 何 か 違 っ た こ と」 をす る よ う に とい う指 示 だ け で,よ
り 自分 に 向 い て い て,そ れ な りの 効 果 の あ りそ う な解 決 行 動 が,押
しつ
けで は な く 自 らの 意 志 に よ っ て創 出 され る の で あ る. なお,こ
う した 介 入 が どの よ う な状 況 で どの 程 度 有 効 な の か につ い て は,今
後 の 研 究 が 待 た れ る と こ ろで あ る. ● 相 談 の 進 行 と終 結 各 回 の 相 談 で は,そ の 時 々の 主 訴 を聴 き,目 標 連 鎖 の 明 瞭 化 と,す で に あ る 適 応 行 動 連 鎖 の 増 幅,あ
るい は新 しい 解 決 行 動 連 鎖 の 創 出 を,行
っ た り来 た り
し なが ら進 め て い き,そ の日 の 面 接 で で き た こ と を確 認 して,そ れ を 日常 に ど の よ う に活 か し た い か(般 化 の 予 想)を 確 認 す る.そ
して,解 決 行 動 の連 鎖 が
現 実 と な り,も う相 談 す べ きこ とが な くな っ た な ら ば終 結 に至 る わ け で あ る. こ の よ う に 解 決 促 進 に 関係 す る要 因 を 中心 に相 談 を 進 め る こ とで,不 要 な 問題 に 立 ち入 らず,ク
ラ イ エ ン トの 主 体 性 を尊 重 した簡 潔 な援 助 が で き る こ とが,
こ の ア プ ロ ー チ の 眼 目 と い え よ う.
[千葉 浩彦]
■文 献 Berg,I.K.(1994).Family Norton.(磯
based
貝 希 久 子(監
services.A
訳)(1997).家
solution-focused
approach.New
York:W.W.
族 支 援 ハ ン ド ブ ッ ク ソ ル ー シ ョ ン ・フ ォ ー カ
ス ト ・ア プ ロ ー チ 金 剛 出 版) 千 葉 浩 彦(1999a).デ
ィ ス ト レ ス 研 究 に 対 す る 解 決 志 向 モ デ ル の 適 用 行 動 科 学,38,7-17.
千 葉 浩 彦(1999b).解
決 志 向行 動 療 法 川 島 書店
千 葉 浩 彦(2001).カ
ウ ン セ リ ン グ の 相 談 効 果 の 説 明 要 因 の 探 索 行 動 科 学,39,21-29.
千 葉 浩 彦(2004).臨
床 心 理 士 の 基 本 的 技 能 に 関 す る 考 察 淑 徳 心 理 臨 床 研 究,1,29-33.
千 葉 浩 彦(2005).カ 平 成15年
ウ ン セ ラ ー の 基 本 的 技 能 の 分 析 と そ の 指 導 に 関 す る研 究 平 成13年
度 科 学 研 究 費 補 助 金(基
盤 研 究(C)(2))研
究成 果 報 告書
度-
7. 児 童 ・生 徒 の ス トレス対 策
7.1 児 童 ・生 徒 を 取 り 巻 く 環 境 と ス トレ ス
不 登 校,虐
待,非 行,い
じめ な どの 児 童 生 徒 に関 す る心 理 社 会 的 問 題 へ の 早
急 な解 決 ・対 応 が 求 め られ て い る.た た 不 登 校 児 童 生 徒 数 は12万6000名
と え ば,平 成15年
度 に30日 以 上 欠席 し
に の ぼ る.文 部 科 学 省 の調 査(2004)に
れ ば,不 登 校 状 態 とな っ た き っ か け は,友
よ
人 関 係 をめ ぐる 問題 ・学 業 の不 振 を
は じめ とす る 「学 校 生 活 」 に 起 因 す る もの(35.9%),親
子 関係 を め ぐる 問 題
や 家 庭 の 生 活 環 境 の 急 激 な 変 化 な ど 「家 庭 生 活 」 に起 因 す る も の(19.2%), 病 気 な ど 「本 人 の 問題 」 に起 因 す る もの(34.9%)に
分 類 で きる(表7.1).
しか し これ らの 出 来事 は,不 登 校 児 童 生 徒 の み な らず,一 験 し うる もの で あ る.平 成16年 ば,12∼14歳
国民 生 活 基 礎 調 査(厚
の 一 般 児 童 生 徒 の35.2%が
般 児 童 生 徒 で も経
生 労 働 省,2005)に
よれ
「悩 み や ス トレス が あ る」 と 回答 し,
そ の 原 因 と して 「自分 の 学 業 ・受験 ・進 学 」 「家 族 以 外 との 人 間 関係 」 「家 族 と の人 間 関 係 」 が 上 位 を 占め て い る.さ
らに これ ら の ス トレス は,心
身疾 患 の 発
症 要 因 と して も重 視 され て い る.都 立 梅 ヶ丘 病 院 の 外 来 新 患 患 者 数 は10年 で2.5倍
間
と な り,受 診 理 由 は 不 登 校 が 最 も多 く,不 適 応 状 況 に先 行 し て,家
庭 ・学校 な どで の さ ま ざ ま な対 人 関 係 の 困 難 や 破 綻,困 適 応 行 動 ・問 題 行 動 が 認 め られ た こ と(佐 藤,2003)や,内 登 校 拒 否 ・不 登 校 患 者156名
の 発 症 契 機 の 約90%が,学
難 な 課 題 ・状 況 で の不 科 外 来 を受 診 した 校 生活 にか かわ る出
来 事 で 占め られ て い た とい う 臨 床 報 告 もあ る(野 添 ・古 賀,1990).つ
ま り今 日
で は,学 校 へ の適 応 と不 適 応 と を連 続 線上 で捉 え,「 不 登 校 は誰 に で も起 こ り
表7.1 不 登 校 の き っか け とな っ た事 柄 と小 ・中学 校 別 人数 比(文 部 科 学 省,2004を
も
と に作 成)
う る 」(学 校 不 適 応 調 査 研 究 協 力 者 会 議,1992)問
題 と して,そ の 予 防が 学校 精
神 保 健 に お け る 緊急 課 題 と な っ て い る. こ う した現 状 を ふ ま え,学 校 心 理 学 の 分 野 で は,児 童 生 徒 が 必 要 と して い る 援 助 レベ ル に応 じた サ ー ビス を提 供 す る た め,次
の3段
階 に よ る心 理 教 育 的 援
助 サ ー ビ ス が 提 唱 され て い る(石 隈,1999).1次
的援 助 サ ー ビ ス は,す べ て の
生 徒 を対 象 と し,一 般 の 発 達 過 程 に 起 こ りう る 問 題 へ の対 処 能 力 の 向上 を援助 す る 予 防 的 ・発 達 促 進 的援 助 サ ー ビス で あ り,2次
的 援 助 サ ー ビス は 問 題 を抱
え始 め て い る 生 徒 を ス ク リー ニ ング し,そ の 問題 が 重 大 化 し ない よ うに 早 期 発 見 ・早 期 介 入 を 目指 す 援 助 サ ー ビ ス,3次
的 援 助 サ ー ビス と は,不 登 校 状 態 に
あ る 生 徒 や 学 習 障 害 を抱 え る生 徒 な ど問 題 を抱 え る 生 徒 を対 象 と し,個 別 の 教 育 計 画 を立 て援 助 チ ー ム を組 み 対 応 して い くこ とで あ る. しか し,同
じ出 来 事 を経 験 して も,す べ て の 児 童 生 徒 が 不 登 校 や 問題 行 動 ひ
い て は 疾 患 に 至 る わ け で は な い.出 来 事 へ の 評 価 や,反 応 と して の ス トレス の 現 れ 方 は個 人 に よ っ て 異 な る.ま た,不 登 校 や 問 題 行 動,不 予 防 お よ び早 期 発 見 ・早 期 介 入 を 目的 と し た場 合,簡
適応状態 に対す る
便 か つ 的 確 に児 童 生 徒 の
状 態 を捉 え,具 体 的 に 対 応 し うる援 助 法 を立 案 す る こ とは 容 易 で は な い.そ で,近 年,主
こ
に学 校 ス トレ ス との 関 連 で 注 目 され て い る の が 心 理 学 的 ス トレス
モ デ ル に よ る 測 定 と介 入 で あ る.心 理 学 的 ス トレス モ デ ル は,心 理 学 的 レベ ル
の 不 適 応 状 態 ・不 健 康 状 態 の 改 善 を 目 的 と し,個 人 が どの よ うな刺 激 をス トレ ッサ ー と して 感 じ,ど の よ うに 対 処 し,そ の 結 果 と して ど の よ うな状 態 にあ る か とい う一 連 の プ ロセ ス を 定量 的 に把 握 す る こ と を可 能 にす る.さ
ら にそ の プ
ロセ ス の い ず れ か の 側 面 に 介 入 す る こ と で不 適 応 状 態 を改 善 す る こ とが 可 能 と な る(小 杉,1998).本
章 で は,主
に心 理 学 的 ス トレス モ デ ル の観 点 か ら,児 童
生 徒 が 多 くの 時 間 を過 ごす 学 校 と家 庭 に お け る ス トレス の 特 徴 につ い て 取 り上 げ,さ
ら に心 理 臨 床 的 介 入 の 実践 につ い て 紹 介 す る.
7.2 学 校 に お け る ス トレ ス
学 校 ス トレス の 捉 え方 は大 き く2つ の ア プ ロー チ に 分 類 さ れ る.児 童 生 徒 の 問 題 行 動 や 精 神 的 不 健 康 を ス トレ ッ サ ー に よ っ て 直 接 説 明 し よ う とす る 試 み と,心
理 学 的 ス ト レ ス 理 論 に 基 づ く ア プ ロ ー チ で あ る.嶋
(1995)は,後
者 の 立 場 か ら,「 学 校 ス トレ ッサ ー の 経 験 → 影 響 性 の 評 定(1次
評 定)→ コ ン トロ ー ル可 能性(2次
評 定)→ コー ピ ン グ→ ス トレス 反 応 」 とい う
流 れ を示 す 学 校 ス トレ ス モ デ ル を構築 して い る(図7.1).こ もが 学 校 ス トレ ッサ ー を経 験 す る と,ス 嫌 だ と思 うか)や
図7.1
コ ン トロ ー ル 可 能性(ど
の モ デ ル は,子
トレ ッサ ー に対 す る影 響 性(ど
ど
の程度
の 程 度 乗 り越 え ら れ る と思 うか)と
子 ど も の ス ト レ ス 反 応 生 起 過 程 と 主 な 介 入 方 法(嶋 作 成)
田 ・坂 野 ・上 里
田,1997;松
木,2004を
も とに
い っ た 認 知 的 評 定(ど
の よ う に 感 じ る か)が
行 わ れ,認
処 行 動)が
知 的 評 定 の 過 程 を経
て,実
際 に 行 わ れ る コ ー ピ ン グ(対
て,ス
ト レス 反 応 の 程 度 が 規 定 さ れ る こ と を 示 し て い る(嶋
は,学
校 ス ト レ ス モ デ ル の 主 な 要 因 で あ る,子
レ ス 反 応 の 特 徴 と測 定 に つ い て 概 観 し,心
選 択 さ れ,そ
のい か んに よっ 田,1997).本
節 で
ど も の 学 校 ス ト レ ッ サ ー,ス
ト
理 臨 床 的 介入 の 可 能 性 に つ い て 述 べ
る. ● 学 校 生 活 にお け る ス トレ ッサ ー 児 童 生 徒 は 日常 生 活 の 大 部 分 を 学 校 で 過 ご す た め,学
校 生 活 は児 童 生 徒 の ス
ト レ ッ サ ー を 考 え て い く う え で 最 も 重 要 な 要 因 と い え る.学 関 し て,さ
ま ざ ま な 研 究 者 が 分 類 を 試 み て お り,主
7.3).表7.2は,複
な 内 容 を ま と め た(表7.2,
数 の 研 究 者 に よ り収 集 さ れ た 子 ど も た ち が ス ト レ ッ サ ー と
し て 感 じる 出 来 事 や 状 況 を,ブ
ロ ム ら(Blom,
Cheney,
域 ご と に ま と め た も の か ら 抜 粋 し た.ま
た,表7.3は,国
的 な ス ト レ ッ サ ー に 分 類 さ れ る 尺 度(嶋
田,1993;丹
田 ・坂 野,1992b;神 ブ ロ ム ら(1986)が
藤,1998)の
& Snoddy,
1986)が
領
内で 開発 された慢性 羽 ・山 際,1991;岡
安 ・嶋
内 容 を ま と め た も の で あ る.
ま と め た 出 来 事 は,多
類 さ れ る 項 目 で あ る が,わ
表7.2
校 ス トレ ッサ ー に
く が イ ベ ン ト型 ス ト レ ッ サ ー に 分
が 国 の 小 中 学 生 を 対 象 と し た ス ト レ ッ サ ー 尺 度 は,
小 学 生 の ス ト レ ッサ ー(Blom
表7.3
et al.,1986を
小 中 学 生 の ス トレ ッ サ ー 内 容
も と に 作 成)
日頃 児 童 生 徒 が 体 験 して い る比 較 的 長 期 間 に わ た る慢 性 的 な不 快 体 験 を測 定 し て い る.特
に,児 童 生 徒 を対 象 と した場 合,客 観 的 に観 察 可 能 な ラ イ フ イベ ン
ト型 の ス トレ ッサ ー は影 響 も大 き く,周 囲 の 大 人 に も気 づ か れ や す い が,学 校 生 活 の な か で 起 こ る 日常 的 に続 くス トレ ッサ ー は 自 覚 ・観 察 さ れ に くい た め, 気 づ か れ な い ま ま放 置 され る可 能 性 が 高 い.し た が っ て,学 校 ス トレス 過 程 を 明 らか に し,学 校 生 活 に お け る児 童 生 徒 の予 防 的 ・健 康 増 進 的援 助 を行 う う え で は,日 常 的 に 誰 もが 経 験 す る よ う な慢 性 的 な ス トレ ッサ ー に注 目 し評 定 す る 必 要 が あ る だ ろ う.特 に,小
中学 生 を対 象 と した 尺 度 に 共 通 す る 内 容 は,友
人
関係 や 学 業 に 関 す る もの で あ り,こ れ らの ス トレ ッサ ー は 学 校 生 活 に お け る 中 心 的 な ス トレ ッサ ー と考 え られ る. ● 児 童 生 徒 の ス トレ ス反 応 ス トレス 反 応 は,心 理 的 反 応,行 動 的 反応,身 達 期 に あ る子 ど もの 場 合,低 応 が 表 現 さ れ る.し
体 的 反 応 に分 類 され,特
に発
年 齢 に な る ほ ど さ ま ざ ま な 行 動 と して ス トレ ス反
た が っ て,子
ど もの ス トレス 反 応 と し て の サ イ ン(表7.4)
を理 解 して お く必 要 が あ る. 一般 的 に小 学 校4年 わ れ,ス
生 以 上 か ら自 己記 入式 質 問 紙 法 の 実 施 が 可 能 に な る とい
トレス 反 応 を測 定 す る尺 度 の 開発 お よび ス トレ ッサ ー との 関 連 の 検 討
が 進 め られ て い る.嶋
田 ・戸 ケ 崎 ・坂 野(1994)は,心
理 学 的 ス トレス 研 究 に
お け る ス トレス 反 応 は,患 者 が 示 す よ うな重 い 症 状 で は な く,健 常 者 が 日常 的 に示 す 感 情 や 思 考,行
動 の 変 化 や 疾 病 の 徴 候 に あ た る 比 較 的 軽 い症 状 で あ り,
心 理 的 ス トレ ッサ ー の 影 響 や ス トレス状 態 が示 す 微 妙 な 反 応 の 変 化 を捉 え る こ との で き る多 面 的 な ス トレス 反 応 尺 度 の 開発 が 必 要 で あ る とい う観 点 か ら,小 学 生 が 日常 の生 活 の な か で 示 す 身 体 的,情 動 的,認 知 行 動 的 な ス トレス 反 応 の 表7.4
子 ど も の ス ト レ ス 反 応 と し て の サ イ ン(竹
中,1997を
一 部 改 変)
強 度 を包 括 的 に測 定 す る 尺 度 「小 学 生 用 ス トレス 反 応 尺 度(SRS-C)」 し た.SRS-Cの
内 容 は,頭
応 」,さ び しい,悲
が く ら く ら す る,体
を作 成
が だ る い な どの 「身 体 的 反
しい な どの 「抑 うつ ・不 安 感情 」,イ ラ イ ラす る,気 持 ちが
む し ゃ く し ゃす る 「不 機 嫌 ・怒 り感 情 」,あ ま りが ん ば れ な い,勉
強が手 につ
か な い な ど 「無 気 力 」,な どの 感 情 反 応 が 含 ま れ て い る.中 学 生 を 対 象 と し た ス トレ ス 反 応 尺 度 に は 岡 安 ら(1992b)の
もの が あ り,ス
トレ ス 反 応(「 不 機
嫌 ・怒 り感 情 」 「抑 うつ ・不 安 感 情 」 「身 体 的 反 応 」 「無 力 的 認 知 ・思 考 」)と ス トレ ッ サ ー との 関 連 につ い て,「 友 人 関 係 」 は 「抑 うつ ・不 安 感 情 」 と,「 学 業 」 は 「無 力 的認 知 ・思 考 」 と高 い 関 連 性 を もつ こ と な どが 明 らか に さ れ て い る(岡 安 ・嶋 田 ・丹 羽 ・森 ・矢 冨,1992a).一
方,「 部 活 動 」 の ス トレ ッサ ー は
「学 業 」 に 次 ぐ高 い 得 点 を示 して い る に も か か わ らず,ス
トレス 反 応 との 関 連
性 は あ ま りみ ら れ な か っ た こ と か ら,部 活 動 が学 業 に 比 べ 動 機 づ け が 高 く,コ ー ピ ング や ソー シ ャ ル サ ポ ー トな どの 媒 介 変 数 に よる 緩 衝 効 果 が 作 用 しや す い ス トレ ッサ ー で あ る可 能性 が 指 摘 され て い る. 心 理 学 的 ス ト レス プ ロ セ ス と い う観 点 か ら児 童 ・生 徒 の精 神 的 健 康 を捉 え, 予 防 的 介 入 を行 う う え で注 意 し な け れ ば な らな い 点 は,不 登 校 や 非 行 な どの 問 題 行 動 や 疾 患 と 心 理 的 レベ ル の ス トレ ス 反 応 と の 関 係 で あ る.岡 は,従 来 の学 校 ス トレス に注 目 した研 究 が,い ず れ も,ス に 引 き起 こす 怒 りや 不 安,抑 実 際 の 問 題 行 動(不
田(2002)
トレ ッサ ー が 直 接 的
うつ と い っ た1次 的 な ス ト レス 反 応 の み を捉 え,
登 校,家 庭 内 暴 力 な ど)に 至 る まで の 過 程 が 考 慮 され て い
な い とい う 問題 を指 摘 し,攻 撃,ひ
きこ も り,無 気 力,依 存 とい っ た2次 的 反
応 の 生 起 過 程 反応 につ い て検 討 して い る. ● 学 校 ス トレス に お け る心 理 臨 床 的 介 入 の 可 能 性 学 校 ス ト レス に対 す る心 理 臨 床 的 介 入 方 法 と して は,ま ず,コ ー ピ ン グの 操 作 に よ る個 人 へ の 介 入 が 考 え られ る.つ ま り,コ ー ピ ン グの 選 択 は さ ま ざ ま な ス トレ ッサ ー に応 じた 対 処 方 略 で あ る た め,ス な コ ー ピ ン グ を採 択 す る こ とが で きれ ば,ス と な る.た
ト レ ッサ ー の特 徴 に応 じた 適 切 トレス 反応 を低 減 す る こ とが 可 能
と え ば,児 童 生 徒 に お け るス トレ ッサ ー と して代 表 的 な 「学 業 」 ス
トレ ッサ ー に は,積 極 的 な問 題 解 決 を図 る よ うな コー ピ ング が 有 効 で あ る こ と が 知 られ,神 藤(1998)は,「
悪 い 面 ば か りで は な く,良 い 面 をみ つ け て い く」
「気 晴 ら しに ス ポ ー ツ を す る」 とい っ た 積 極 的 情 動 中 心 対 処 の ス キ ル を身 に つ
け させ る こ と,一 方 学 習 意 欲 の低 い 生 徒 に は,「 原 因 を検 討 し,ど の よ う に し て い くべ きか 考 え る」 な ど 問題 解 決 的 対 処 の ス キ ル を身 につ け させ る こ とが 有 効 で あ る と述 べ て い る. ま た,三 浦 ・上 里(1999)は,高
校 入 試 とい うス トレス フ ル な 学 業 ス トレ ッ
サ ー に直 面 して い る 中学 生 は,学 業 ス トレ ッサ ー に対 して や るべ き こ と を 考 え 努 力 す る な ど積 極 的 な コ ー ピ ン グ を 行 う一 方 で,イ
ラ イ ラ,無 力 感,不 安 抑 う
つ 感 あ る い は 身 体 的 な反 応 な ど多 様 な ス ト レス 反 応 の 表 出 が 高 い た め,特 師 が 情 報 提 供 者 と して生 徒 をサ ポ ー トす る こ と に よ っ て,コ
ン トロ ー ル感 を 高
め た り,積 極 的 コー ピ ン グ を促 す こ とが 効 果 的 で あ る と示 唆 して い る.一 学 校 ス トレ ッサ ー の なか で も 「対 人 関 係」 に関 して は,特 成 人 に比 べ て未 熟 な 児 童 生 徒 を対 象 と した場 合,ソ ング(SST)に
代 表 さ れ る,人
に教
方,
に コ ー ピ ン グ方 略 が
ー シ ャル ス キ ル ・トレ ー ニ
間 関 係 を形 成 し,円 滑 に 維 持 して い くた め に必
要 な技 能 を教 え る とい っ た 具 体 的 な介 入 が 必 要 に な る.SSTは,自
然な環境の
な か で 学 習 した ス キ ル を強 化 す る機 会 が多 く,ス キ ル の 日常場 面 へ の 定 着 化 が 期 待 で き る こ とな どか ら,ク
ラス 単 位 の集 団 介 入 が 有 効 で あ る と さ れ て い る.
7.3 家 庭 に お け る ス ト レス
家 庭 に お け る ス トレ ス を考 え る 際,最
も注 目 さ れ て き た の は家 族 関 係 で あ
る.家 族 とス ト レス との 関 係 を扱 っ た 家 族 ス トレス研 究 に は,大
き く2つ の 流
れ が あ る.ひ
う ひ とつ は 家
とつ は,家 族 を ス トレ ッサ ー と して捉 え る立 場,も
族 を生 活 ス トレス の 反 応 主 体 と して捉 え る立 場 で あ る.前 者 は,た
と え ば統 合
失 調 症 の発 生 メ カニ ズ ム を,患 者 の 生 まれ 育 っ た家 庭 環 境 か ら説 明 し よ う とい う よ う な,主 に 精 神 医 学 の 分 野 に お け る家 族 関係 そ の もの をス トレ ッサ ー(病 因)と
して捉 え る 立 場 で あ る.一 方 後 者 は,主 に社 会 学 にお け る家 族研 究 か ら
発 展 し た もの で あ り,家 族 を社 会(生
活)シ ス テ ム の 一 単 位 と して捉 え,そ の
家 族 に何 らか の刺 激 要 因 が 加 わ る こ とに よっ て,従 来 の 生 活 パ タ ー ンが 攪 乱 さ れ,そ れ ま で の対 処 様 式 や 問 題 解 決 方 式 で は 平 衡 を維 持 で きな い 状 態 に至 る状 況,さ
ら に そ こ か ら立 ち直 ろ う とす る努 力 とそ の 結 果 ま で を 含 む 過 程 につ い て
扱 う立場 で あ る(石 原,1989).い
ず れ の 立 場 にお い て も,家 族 関 係 や家 族 ス ト
レ ス の 測 定 は家 族 全 体 を対 象 と し た もの で あ り,具 体 的 に は,家 族 シ ス テ ム理
論 に よ る 家 族 機 能 の 測 定,家 係 に 関す る もの,家
族 の 役 割 に焦 点 を 当 て た もの,養 育 態 度 や 親 子 関
族 が 経 験 す る 家 庭 生 活 の 出 来 事 や 変化 とい っ た イベ ン トな
ど を評 定 して い る.し
たが っ て,児 童 生 徒 の精 神 的 健康 と家 族 関 係 に 関す る研
究 も,こ の い ず れ か の 測 定 方 法 に よっ て 展 開 さ れ て い る. た と え ば,ス
トレ ス と疾 患 につ い て は 増 田 らの 一 連 の研 究 結 果(増
川 ・山 中 ・志 村 ・武 井 ・古 賀 ・鄭,2004a;増 賀 ・鄭,2004bc)が
あ げ られ る.彼
田 ・平
田 ・山 中 ・武 井 ・平 川 ・志 村 ・古
らは心 身 症 患 者 と 一 般 大 学 生 と を対 象 と し
た 調 査 を行 い,家 族 機 能 の不 良(家 族 メ ンバ ー 間 の 結 び つ きが 弱 い,家 庭 に 自 分 の 居 場 所 が な い,家 族 が 支 え に な っ て くれ な い な ど)や,「
親 の 離 婚 ・別 居 」
「片 親 か 親 以 外 に 育 て られ た」 と い っ た離 別 体 験 とそ の 後 の 養 育 環 境 の 貧 困 が, 思 春 期 ・青 年 期 の心 身 症 お よ び そ の 周 辺 疾 患 の発 症 に強 く関与 して い る こ とを 明 ら か に して い る.ま
た,子
ど もか らみ た 家 族 機 能 が 不 良 な群 の 多 くは,「 父
か ら母 へ の 暴 力 」 や 「親 か ら子 へ の 暴 力 」 を経 験 して い る が,離 婚 や 別 居 あ る い は 一 時 期 に 暴 力 が あ っ て も,親 が 時 間 的 ・精 神 的 ゆ と り を も って 子 ど もに接 し,愛 情 の こ も っ た サ ポ ー トを して い け ば 子 ど もの 傷 つ い た心 身 の 回復 が 図 ら れ る と述 べ て い る.子
ど も の心 身 の 健 康 は,そ
の 子 自 身 の素 質 や 感 性 と養 育 環
境 との 絶 え 間 ない 相 互 作 用 か ら生 ま れ る た め,子
ど もの 心 身症 な どの 発 症 の予
防 に は良 好 な 家 族 機 能 の 回復 と健 全 な 家 庭 環 境 が 必 須 で あ り,家 族 機 能 の 評価 結 果 を活 か し,親 の抱 えて い る 問題 に 対 す る治 療 を 含 め た適 切 な治 療 が 重 要 で あ る と指 摘 して い る.ま た,家 族 機 能 は,心 身 症 の 発 症 の み な らず,学 校 適 応 や 思 春 期 の 精 神 面,生
き る喜 び に も影 響 を 及 ぼ し(増 田 ほ か,2004c),小
伊 藤 ・織 田(2000)は,親
住 ・
の 「情 緒 的 支 持 」 と 「同 一 化 」 とい う養 育 態 度 の少
な さが 子 ど もの 潜 在 不 登 校 傾 向(実 際 に は 不 登 校 に 陥 っ て は い な い もの の,学 校 に対 し て 忌 避 的 感 情 を も っ て い る状 態)に (1997)は,子
影 響 を及 ぼ す こ と,西
出 ・夏 野
ど もの ポ ジ テ ィブ な家 族 シ ス テ ム 機 能 の 評 価(「 家 族 内 コ ミュ ニ
ケ ー シ ョ ン」 「家 族 に対 す る評 価 」 「家 族 の凝 集 性 」)は 中学 生 の 抑 うつ 感 を 減 じる作 用 が あ る こ と,菅 原 ら(2002)は,夫
婦 の愛 情 関 係 が 家 族 機 能(家 族 の
雰 囲気 の よ さ と家 族 の凝 集 性 の 高 さ)を 媒 介 し て子 ど もの 抑 うつ 傾 向 と 関連 す る こ と を指 摘 して い る.さ
ら に,戸
ヶ崎 ・坂 野(1997)は
養 育態度が小学 生の
社 会 的 ス キ ル と学 校 適 応 に及 ぼす 影 響 を 検 討 し,母 親 の 積 極 的拒 否 が 強 い 児 童 は,家 庭 に お け る 関係 維 持 行 動,関 係 向 上 行 動,そ
して 学 校 に お け る関 係 維 持
行 動 の 獲 得 の 程 度 が低 い こ と を 明 らか に し,家 庭 は児 童 の社 会 的 ス キ ル の学 習 に は 重 要 な 場 面 で あ る た め,単
に学 校 場 面 だ け で な く,母 親 の 養 育 態 度 の変 容
を も含 め た 指 導 プ ロ グ ラム を導 入 す る 必 要 性 を示 唆 し て い る. ● 家族 関 係 と ス トレス 以 上 の よ う に,家 族 関 係 は 子 ど もの 精 神 的 健 康 の み な らず,学
校 適 応 に も影
響 を 及 ぼす 要 因 で あ る こ とが 明 らか に され て い る.し か し,従 来 の 家 族 ス トレ ス研 究 は,家 族 全 体 を ひ とつ の 単 位 と して 捉 え た もの が 中心 で あ り,家 族 の構 成 員 で あ る 個 人 に着 目 した研 究 は少 な い.し
たが っ て,職 場 や 学 校 な ど,他 の
領 域 と同 様 に,家 庭 領 域 で も個 人 の 自覚 す る ス トレ ッサ ー や ス トレス 反 応 を定 量 的 に 捉 え,ス
トレ ッサ ー とス トレス 反 応 との 関係 を コー ピ ング な どの 媒 介 要
因 との 関 連 に お い て論 じ る こ と に よ り,不 適 応 状 態 に至 る 過 程 が 明 確 と な り, さ らに は 不 適 応 状 態 の予 防 を 目的 と した 具 体 的 な心 理 臨 床 的 介 入 が 可 能 と な る はず で あ る.そ
こで,本 項 で は,心 理 学 的 ス トレス モ デ ル の観 点 か ら,学 生 の
心 理 的 健 康 状 態 に影 響 を及 ぼ す 家 族 関係 を 測 定 した調 査 研 究 を紹 介 す る. 林 ・小 杉(2003)は,心
理 学 的 ス ト レス モ デ ル の 観 点 か ら,①
青年期 女子
の 心 理 的 健 康 状 態 に 影 響 を 及 ぼ す 家 族 関 係 を測 定 す る 尺 度 を作 成 し,② ス トレ ッサ ー と心 理 的 ス トレス 反 応(鈴
木,2004)と
家族
の 関 連 を検 討 した.尺 度
の 作 成 に あ た っ て は,女 子 学 生 の 自 由記 述 式 調 査 か ら得 られ た家 庭 で の 不快 な 出 来 事 をKJ法 結 果,家
に よ り分 類 した 結 果(林,2001)を
も と に作 成 して い る.そ の
族 ス トレ ッサ ー尺 度 は,「 家 族 の 交 流 が な い 」 な ど家 族 成 員 間 の 関 心
や ま と ま りの な さ を表 す 「無 関心 」,「両 親 が よ くけ ん か をす る」 な ど家 族 成 員 間 の 揉 め ご とや 対 立 を表 す 「不 和 」,「親 が 私 の や りた い こ と を 認 め て くれ な い 」 な ど親 の 価 値 観 の押 しつ け や不 理 解 を表 す 「親 へ の不 信 感 」,「親 が 私 の こ と を心 配 しす ぎる」 な ど親 の 過 度 の 心 配 や 干 渉 を表 す 「過 干 渉 」 の4つ の 要 素 か ら構 成 され て い た.こ れ ら の家 族 ス トレ ッサ ー とス トレス 反 応 の 関連 とを 検 討 す る と,家 族 ス トレ ッサ ー を多 く感 じて い る ほ ど,心 理 的 ス トレ ス反 応 が 高 い こ とが 明 らか と な っ た.特
に,「 親 へ の 不 信 感 」 や 家 族 の 「不 和 」 が 「抑 う
つ 」 を は じめ とす る心 理 的 健 康 状 態 に 影 響 を及 ぼ して い る こ とが 示 唆 さ れ,逆 に 「過 干 渉 」 は心 理 的健 康 状 態 に ほ とん ど影 響 を 与 えて い な い こ とが 示 唆 さ れ た(表7.5). 荒 川(2003)は,林
・小 杉(2003)の
尺 度 を用 い て,家 族 ス トレ ッサ ー と コ
表7.5
家 族 ス トレ ッ サ ー と ス トレ ス 反 応 と の 相 関
* p