まえがき 出芽酵母と分裂酵母をおもな対象とする酵母の生物学は,いま大きな展開の時に ある.1996年に出芽酵母の全ゲノム構造が解明され,分裂酵母の全ゲノム構造の解 明もまもなく完成をみようとしている.この20年間の酵母遺伝学・酵母生化学・酵 母生理学の隆盛は,遺伝子/DNAという共通言語を介して,複雑な生命現象にアプ ローチするためのモデル実験生物として酵母に不動の地位を与えた.酵母を用いた 研究は,生命科学の数多くの分野で重要な一翼を担うまでに成長を遂げてきた. とりわけ,近年の分子細胞生物学の諸分野における目覚ましい進展のなかで酵母 が果たしてきた役割は大きい.細胞周期の分野では,分裂酵母のcdc2+による細胞周 期の調節の研究が高等動物の卵成熟促進因子 (MPF) の研究と結びついて,細胞周期 エンジンという真核細胞共通の概念を生み出した.細胞内小胞輸送の分野では,出 芽酵母の分泌変異株の研究が先陣を切って,小胞形成や小胞融合の過程の分子機構 を次々に明らかにした.その成果は高等動物の小胞輸送の研究に多大な影響を与え, 今日では両者共通のメカニズムが提出されるまでに至っている.酵母細胞生物学が 貢献してきた分野は,その他にも枚挙にいとまがない. しかしながら,酵母研究に関して,これまでは急激な発展の陰に隠されていた二 つの問題が徐々に顕在化しつつあるように思われる.一つは,研究分野が細分化さ れてきたために,長年酵母を研究材料として用いてきた研究者でさえ,異なる分野 の新しい実験手法を習得することに多大な労力が必要になってきた点である.ある 現象に関係する遺伝子機能を網羅的に明らかにしていく過程で,まったく意外な分 野に足を踏み入れることが必要になり,そのことに躊躇を覚える事例が数多く見受 けられる.もう一つは,これまで酵母に縁のなかった研究者が,酵母細胞を扱う必 要に迫られるケースが急増してきた点である.酵母を用いてタンパク質の相互作用 を検定するツーハイブリッド法は酵母の入門に手ごろな実験ではあるが,さらに研 究を進めて酵母細胞自体の構造や機能を解析しようと思えば,実験に着手する敷居 はずっと高くなる.こうした事情を反映してか,他分野の研究者の酵母細胞学に対 する理解は充分深まっているとはいえず,かつ,わが国ではそれを助ける入門書や 技術書はこれまでほとんど出版されてこなかった. 本書の出版は,このような状況の下,酵母分子細胞生物学を志すわが国の学生・ 研究者に対する基礎技術の普及を目標に企画されたものである.執筆者には酵母の 細胞生物学の最先端で研究を積み重ねている研究者を選抜し,編者としても後世に 残る分子細胞生物学の実験書を完成させる意気込みで取り組んだ.わが国を代表す る酵母研究者のおもだった方々に執筆を担当していただくことにより,今日の酵母 の細胞生物学に関する英知のほとんどを結集させることができたと思う.各執筆者
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には得意とする実験手法について詳しく述べていただき,今後主流となる可能性が 大きい実験手法があればそれにも触れていただいた.本書は実験書であるが,読者 はまた,酵母の細胞生物学の最先端の研究成果を感動に満ちた生の声として随所に 感じ取れるはずである. 本書は酵母の細胞生物学を隅々まで網羅するものではないが,酵母研究者なら誰 もが興味をもちそうなエポックメイキングな分野についてはすべてをカバーするよ うに努めた.それゆえ,ここに収録された技術は,実際に酵母の分子細胞生物学を 始めようとしている学生・研究者に多くの指針・示唆を与えうるものと確信してい る.また,最大の特徴として,解説書・入門書とは明確な一線を引き, 「実際に使え るラボマニュアル」 を目指した.最後に,本書は21世紀のモデル生物学,そして,ポ ストゲノム時代の次世代生命科学に酵母が貢献しつづけることを期待し,その一助 に企画したものであることをつけ加えさせていただく. 1998年11月 編集
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山本 正幸 大矢 禎一
編集
執筆者
山本 正幸
東京大学大学院理学系研究科
大矢 禎一
東京大学大学院理学系研究科
遠藤 斗志也
名古屋大学大学院理学研究科
大隅 正子
日本女子大学理学部
大隅 良典
基礎生物学研究所細胞内エネルギー変換機構研究部門
太田 邦史
理化学研究所遺伝生化学研究室
大矢 禎一
東京大学大学院理学系研究科
金子 嘉信
大阪大学大学院工学研究科
鎌田 芳彰
基礎生物学研究所細胞内エネルギー変換研究部門
鎌田 (藤村) このみ
名古屋大学大学院理学研究科
齋藤 成昭
京都大学大学院理学研究科
斉藤 由美子
東京大学大学院理学系研究科
佐藤 健
理化学研究所生体膜研究室
佐藤 眞美子
日本女子大学電子顕微鏡施設
佐藤 美由紀
東京大学大学院理学系研究科
下田 親
大阪市立大学大学院理学研究科
白髭 克彦
奈良先端科学技術大学院大学バイオサイエンス研究科
田中 一馬
北海道大学医学部附属癌研究施設
田中 晃一
東京大学大学院医学系研究科
谷 時雄
九州大学理学部
丁 大橋
郵政省通信総合研究所関西先端研究センター
東江 昭夫
東京大学大学院理学系研究科
中野 明彦
理化学研究所生体膜研究室
西川 周一
名古屋大学大学院理学研究科
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野田 健司
基礎生物学研究所細胞内エネルギー変換機構研究部門
萩原 央子
理化学研究所細胞生理学研究室
原島 俊
大阪大学大学院工学研究科
平岡 泰
郵政省通信総合研究所関西先端研究センター
平田 愛子
東京大学分子細胞生物学研究所
松山 晃久
東京大学大学院理学系研究科
村上 康文
理化学研究所細胞生理学研究室
柳田 充弘
京都大学大学院理学研究科
矢原 夏子
東京大学大学院理学系研究科
山本 正幸
東京大学大学院理学系研究科
吉久 徹
名古屋大学物質科学国際研究センター (五十音順)
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目 次
I. 基本的操作法 ...................................................... 山本正幸・松山晃久 .............. 1
II. ゲノム情報の解析 .................................................................................... 17 1.ポストゲノム時代のデータベース .......................................................... 19 1.1.出芽酵母 ................................................ 村上康文・萩原央子 ............ 19 1.2.分裂酵母 ................................................ 山本正幸・松山晃久 ............ 28
2.ゲノム情報の有効活用法 .................................. 原島 俊・金子嘉信 ............ 33
III. 細胞内構造の解析 .................................................................................... 51 1.細胞内構造の染色法 ................................................................................ 53 1.1.出芽酵母 ................................................ 大矢禎一・東江昭夫 ............ 53 1.2.分裂酵母 ................................................................. 齋藤 成昭 ............ 69
2.生細胞における細胞内構造体の動態観察法 ....... 丁 大橋・平岡 泰 ............ 88 3.電子顕微鏡による細胞内構造の観察法 ................................................... 98 3.1.はじめに ................................................................. 大隅 正子 ............ 98 3.2.走査電子顕微鏡法 ................................................... 大隅 正子 ............ 98 3.3.透過電子顕微鏡法 .............................. 大隅正子・佐藤眞美子 .......... 106 3.4.凍結超薄切片法 ................................. 佐藤眞美子・大隅正子 .......... 113 3.5.急速凍結置換法 ...................................................... 平田 愛子 .......... 127
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IV. オルガネラの機能解析 ........................................................................... 139 1.基本的解析法 ......................................................................................... 141 1.1.細胞分画法 ............................................... 佐藤 健・中野明彦 .......... 141 1.2.オルガネラの特異的単離法 ...................................... 吉久 徹 .......... 149 1.3.免疫沈降法 ......................................... 佐藤美由紀・中野明彦 .......... 152
2.分泌経路における細胞内輸送の解析 ..................................................... 160 2.1.パルス - チェイス実験による小胞輸送経路の in vivo 解析 ........... ........... 矢原夏子・中野明彦 .......... 160 2.2.In vitro 輸送系を用いた小胞体 - ゴルジ体間輸送の解析 .............. ....... 斉藤由美子・中野明彦 .......... 169
3.液胞および細胞膜 ......................................... 野田健司・大隅良典 .......... 179 4.ミトコンドリア .......................................... 西川周一・遠藤斗志也 .......... 191 5.細胞壁 ........................................................................... 大矢 禎一 .......... 212 6.mRNA の細胞内分布およびタンパク質の核移行 ............ 谷 時雄 .......... 227
V. 細胞増殖機構の解析 .............................................................................. 255 1.細胞周期 ................................................................................................ 257 1.1.出芽酵母 ................................................................. 東江 昭夫 .......... 257 1.2.分裂酵母 ................................................................. 田中 晃一 .......... 270
2.DNA 複製 ....................................................................... 白髭 克彦 .......... 281 3.シグナリング .................................... 鎌田(藤村)このみ・鎌田芳彰 .......... 298 4.低分子量 GTPase の解析 .............................................. 田中 一馬 .......... 311
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VI. 減数分裂と組換え修復 ........................................................................... 325 1.分裂酵母の減数分裂と胞子発芽 ...................................... 下田 親 .......... 327 2.出芽酵母の組換え修復 ................................................... 太田 邦史 .......... 344
索 引
.................................................................................................................... 361
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I.基本的操作法
1.酵母の基本的操作法
松山晃久・山本正幸
1.1.はじめに 本書からも明らかなように,真核細胞のモデルとしての酵母はいまや不動の位置を占めている. 酵母は真核生物の生物学を研究しようとするときの対象のなかでももっとも取り扱いの簡単な材料 のひとつであろう.いっぽう近年,酵母はそれ自身を研究の対象とするのではなく,ツーハイブ リッド系のように研究の手段として用いられることも多くなってきた.そのため,培養細胞研究者 など,直接には酵母で研究していない人でも,酵母を用いる機会が今後ますます増えていくものと 思われる.酵母の扱い方は大腸菌の扱い方と共通している部分が多く,遺伝子操作などで大腸菌に 慣れ親しんでいる研究者には酵母の扱い方の理解も容易であろう.ここでは酵母を用いた研究に必 要な器具や試薬,およびその基本的な取り扱いについて記述する.
1.2.準備
1.2.1.器具・器材 ◆ シャーレ 酵母を平板培養するのには,通常直径8.5 cmの滅菌済みのプラスチック シャーレを用い,使い捨てにする.大腸菌に用いるものと同一のものでよ い.
◆ 耐圧ビン 培地,栄養素,その他実験に必要な種々の試薬類を保存するのに用いる. 蓋をした状態でオートクレーブに耐えうるものを使用する.
◆ 三角フラスコ おもに酵母の液体培養に用いる.通常50 ml容から2リットル容程度のもの を各種取り揃え,培養する酵母の量に応じて適宜使い分ける.酵母を培養 する際には,通気を確保するために培地の量はフラスコ容量の半分以下に するべきである.また,フラスコの口は綿栓でふさぐのが基本であるが, 綿栓を使用しないでアルミ箔のみで蓋をして培養しても特に問題はない.
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◆ ピペット さまざまな容量のものがあるが,最低限1 ml程度のものと10 ml程度のもの があれば,かなりの実験には十分である.ガラス製のものと使い捨てのプ ラスチック製のものがあり,ガラス製のものは洗ったのちピペット缶に入 れ,乾熱滅菌(180℃,3時間程度) して使用する.
◆ 試験管 アルミキャップ付のガラス製のもの.小規模な酵母の培養に用いる.通常 は15 ml程度の容量のものでよいが,5 ml程度のものもあればより便利な場 合がある.使用前に洗ってキャップをかぶせ,乾熱滅菌しておく.なお, 試験管の代わりとしてディスポーザブルチューブを用いてもよい.
◆ 爪楊枝または白金耳 爪楊枝を使用する場合には,あらかじめビーカーなどに立ててアルミホイ ルで蓋をし,オートクレーブしたのちに,培養器など清浄な場所で水分を 乾燥させておく.
◆ 恒温培養器(インキュベーター) 大腸菌の場合と同様にプレートを入れて培養する乾式のもの.低温での培 養には冷却装置付のものが必要である.
◆ 振とう培養器 三角フラスコ,試験管などで液体培養を行うことができるもの.乾式のも のと水槽で行うものがある.また,試験管で液体培養する場合には回転式 の培養器(図1・1)も使用できる.
図1・1 回転式培養器
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1.酵母の基本的操作法
◆ 遠心分離器 50 ml容のディスポーザブルチューブを3000 rpm程度で遠心できるもの.
◆ オートクレーブ
1.2.2.培地 すべて1000 ml当たりの量を示す.以下のものを混合後オートクレーブして使用する.ここに示 すのはおもに液体培地の組成であるが,YPD培地,SD培地,CM dropout培地,YE培地,MM培地, SSL培地については,1000 ml当たり20 gの寒天を加えたのちにオートクレーブすることによってプ レート(平板培地)として使用することができる.
a.出芽酵母,分裂酵母に共通な培地 ◆ YPD培地 (*1) : 富栄養培地であり,通常の培養に用いる.なお,分裂酵 母の場合は後述するYE培地のほうがより生育に適しているとされる が,この培地でも十分代用できる. Yeast extract ポリペプトン グルコース
10 g 20 g 20 g
1 %(w/v) 2 %(w/v) 2 %(w/v)
◆ SD培地: 合成選択培地.アミノ酸類が含まれておらず,菌株の栄養要求 性をチェックしたり,形質転換体を選択したりする際に使用する.栄養 要求性株の培養の際には,必要な栄養素を表1・1に従って添加して用い る. Yeast nitrogen base without amino acids (Difco, 0919-15-3) グルコース
6.7 g 20 g
0.67 %(w/v) 2 %(w/v)
※ 分裂酵母では頻繁にnmtプロモーターを有する発現ベクターが用いら れるが,SD培地はチアミンを含み,このプロモーターを抑制するので 注意を要する.
b.出芽酵母に用いる培地 ◆ CM dropout培地: SD培地に1.3 g/lのdropout powderを加えたもの.dropout powderは表1・1のように各種栄養素を混合したものであるが,栄養 要求性マーカーを指標として用いる場合には,加えてはならない栄養素 だけを除いて作製する.頻繁に使用するマーカーについては,それに対 応する栄養素のストック溶液だけを別に作製し,残りをdropout powder として作製しておくと便利である.
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表1・1 培地に加える栄養素 栄養素 アデニン ウラシル L-アルギニン (一塩酸塩) L-アスパラギン酸 L-グルタミン酸(一カリウム塩) L-ヒスチジン L-ロイシン L-リシン(一塩酸塩) L-メチオニン L-フェニルアラニン L-セリン L-トレオニン L-トリプトファン L-チロシン L-バリン
ストックの濃度 (μg/ml)
使用時の最終濃度 (μg/ml)
500 240 240 1200 1200 240 720 360 240 600 4500 2400 480 180 1800
40 20 20 100 100 20 60 30 20 50 375 200 40 30 150
dropout powder中の量(*1) (g) 2.5 1.2 1.2 6.0 6.0 1.2 3.6 1.8 1.2 3.0 22.5 12.0 2.4 1.8 9.0 75.4
*1 dropout powderは必要な栄養素を混合したのち,乳鉢でよくすり合わせて粉末状にして使用する. これらの栄養素のストック溶液をつくる場合,はじめは完全に溶解しないが,オートクレーブすれば溶け る.表に載っていない栄養素については,必要ならばすべて最終濃度40μg/mlで使用する.
◆ Sporulation培地: 胞子形成培地.二倍体は通常この培地の上で数回分裂 したのちに胞子を形成する.栄養要求性株を使用する際には,必要な栄 養素を通常(表1・1を参照)の1/4量加える. 酢酸カリウム Yeast extract グルコース 寒天
10 g 1g 0.5 g 20 g
0.1 M 0.1 % (w/v) 0.05 % (w/v)
c.分裂酵母に用いる培地 ◆ YE培地 (*1, 2):完全培地. Yeast extract グルコース
5g 30 g
0.5 % (w/v) 3 %(w/v)
◆ MM (MM+N) 培地: 最少選択培地.Edinburgh minimal medium (EMM) と も呼ばれる. フタル酸水素カリウム Na2HPO4 NH4Cl グルコース 50×Salt stock (*3) 10,000×Mineral stock (*4) 1,000×Vitamin stock(*5)
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3g 2.2 g 5g 20 g 20 ml 0.1 ml 1 ml
14.7 mM 15.5 mM 93.5 mM 2% (w/v)
1.酵母の基本的操作法
◆ MM-N培地: 窒素源飢餓培地.接合,胞子形成を誘導するときや,増殖 をG1期停止させるときなどに使用する.MM培地から塩化アンモニウム のみを取り除いた培地である.なお,グルコースについては,MM+N, MM-Nとも10 gに減らしたほうが接合,胞子形成の効率がよくなる. ◆ MEA培地: 天然胞子形成プレート (この培地はプレートでしか使用しな い). Malt extract 寒天
30 g 20 g
3% (w/v) 2% (w/v)
◆ MEL培地: 天然胞子形成培地. Malt extract KH2PO4
30 g 6.8 g
3 %(w/v) 50 mM(1 N NaOHでpH 5.9に合わせる)
◆ SSL培地: 合成胞子形成培地. 20×SSL (*6) グルコース 1 M CaCl2 1 N NaOH
50 ml 10 g 1% (w/v) 0.68 ml 0.68 mM 4.2 ml(pH 5.9に合わせる)
*1 YPD培地およびYE培地は,それだけでも酵母は生育することができる が,アデニンがやや不足した培地である.このプレート上ではade2(出 芽酵母)変異株,ade6(分裂酵母)変異株は赤,またはピンク色のコロ ニーを形成するほか,生育も遅くなる.培地にアデニンを十分に加えて おけばそのようなことは起こらないが,筆者らは,株がその変異を保持 していることを確認するために,しばしば培地にアデニンを通常の1/10 量だけ加えてプレートを作製している.こうしておくと,生育は正常 で,かつコロニーの色は赤またはピンク色となる. *2 YEプレートには1∼2 mg/lのMagdala Red(nacalai tesque, 208-15)を入れ ておくと何かと便利である.この色素は,死んだ細胞に取り込まれてコ ロニーを濃いピンク色に染める.分裂酵母の二倍体は一倍体よりも死に やすく,コロニー中の1∼5 %は死んだ細胞である.この色素を培地中 に加えておけば,二倍体化してしまった (ある種の株では頻繁に起こる) 株や,増殖の途中で突然変異によって死にやすくなってしまった株のコ ロニーを見分けられ,そのような株を誤って実験に使ってしまうことが 少なくなる.なお,Magdala Redは10 mg/mlの濃度 (5000∼10,000倍濃度) でエタノールに溶解させ,保存することができる (4℃保存) .使用する ときはオートクレーブ前に培地に加えても問題ない.なお,Magdala Redの代わりにphloxin B(Sigma, P-4030) を用いてもよい.こちらを用い る場合には,5 mg/mlで水に溶解させ,フィルターろ過滅菌してストッ ク溶液とする.培地をオートクレーブし,温度が約60℃まで下がってか らストック溶液を加え,プレートを作る.
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*3 50×Salt stock: オートクレーブせず,-20℃で保存する. (1000 ml当たり) MgCl2・6H2O 53.3 g CaCl2・2H2O 0.735 g KCl 50 g Na2SO4 2g
260 mM 5.00 mM 670 mM 14.1 mM
*4 10,000×Mineral stock: フィルターろ過滅菌後,4℃保存.後述のtrace elementsにクエン酸のストック溶液(×10,000) だけを別に加えても代用 できる. (100 ml当たり) H3BO3 MnSO4・4H2O ZnSO4・7H2O FeCl3・6H2O (NH4) Mo7O24・4H2O 6 KI CuSO4・5H2O クエン酸
500 mg 530 mg 400 mg 200 mg 1000 mg 100 mg 40 mg 1000 mg
80.9 mM 23.7 mM 13.9 mM 7.40 mM 2.47 mM 6.02 mM 1.60 mM 47.6 mM
*5 1000×Vitamin stock: フィルターろ過滅菌後,4℃保存. (100 ml当たり) パントテン酸 100 mg ニコチン酸 1000 mg イノシトール 1000 mg ビオチン 1 mg
4.20 mM 81.2 mM 55.5 mM 40.8 mM
*6 20×SSL: (1000 ml当たり) L-アスパラギン酸 10 g 75.1 mM KH2PO4 40 g 294 mM Na2HPO4 4g 28.2 mM MgSO4・7H2O 10 g 40.6 mM (NH4) SO4 40 g 303 mM 2 1000×Vitamin stock 20 ml trace elements (*7) 2 ml ※ このストック溶液はオートクレーブ前には完全に溶解しない.ただし,オー トクレーブ前にできるかぎり溶解させておくほうがよい.
*7 trace elements: オートクレーブせず,-20℃で保存する. (100 ml当たり) H3BO3 500 mg CuSO4・5H2O 40 mg KI 100 mg FeCl3・6H2O 200 mg MnSO4・4H2O 530 mg (NH4) Mo7O24 1000 mg 6 ZnSO4・7H2O 400 mg
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80.9 mM 1.60 mM 6.02 mM 7.40 mM 23.7 mM 2.47 mM 13.9 mM
1.酵母の基本的操作法
1.3.実験法
1.3.1.無菌操作 いうまでもなく,酵母の培養の際には他の雑菌類の混入 (コンタミネーション) を避けることが重 要である.使用する器具は基本的にオートクレーブまたは乾熱滅菌によって無菌的にしておく.酵 母を扱うときには,クリーンベンチで行うことができればそれに越したことはないが,必ずしも必 要なわけではない.実際に多くの研究室では,通常の実験台において実験が行われている. 酵母を操作するときには,実験台の上でつねにガスバーナーに点火しておく.ピペットを使うと きは,はじめに表面を軽く火であぶる.試薬ビン,フラスコなどは操作の前後で口を火焔滅菌す る.
1.3.2.プレートの作製 培地は適当な容器 (筆者らは三角フラスコを用い,アルミ箔で蓋をしている) で調合し,寒天を加 えてかき混ぜたのち(この段階で寒天は溶けない)オートクレーブ(120℃,10∼15分間)する. オートクレーブ後,よくかき混ぜて寒天の濃度を均一にし,60∼70℃程度まで冷ましてから無菌 操作でシャーレに注ぎ込む.温度が下がってきてから激しくかき混ぜると,生じた泡が消えないの で注意を要する.プレートは大腸菌の場合よりもやや厚いほうがよい.目安としては,だいたい1 枚当たり30 ml程度(1000 ml当たり30∼35枚)が適当である.
1.3.3.シングルコロニー分離 大腸菌の操作と同様に行えばよい.さまざまな塗り広げ方があるが,基本的には以下の通りである. 1 爪楊枝,または火焔滅菌した白金耳で酵母をとって,プレートの一部に 塗り広げる. 2 新しい爪楊枝,または,再度火焔滅菌した白金耳で,さきに塗り広げた 部分の一部に触れて,そこから再度塗り広げる.必要があればこれを繰 返す. 図1・2にいくつかの例を示す. 9
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1
1 2
2
2
2
図1・2 酵母の塗り広げ方の例.酵母 をプレートに塗り広げるときの例をい くつか挙げた.プレートはいくつに分 割してもかまわないが,あまり小さく 分割してしまうとシングルコロニーが 単離しづらくなる.①,②は,それぞ れ爪楊枝の1本目,2本目を示す.ほと んどの場合,爪楊枝は2本あれば十分で ある.
1
1
1.3.4.酵母のストックとその起こし方 酵母のストック (長期保存) にはさまざまな方法があるが,ここでは代表的なものを紹介する.通 常,1ヶ月以内であればプレートをそのまま冷蔵庫に保存しておいても株が死に絶えることはない が,時間とともに生存率が低下していく.
a.グリセロールストック 通常,出芽酵母は容積比で15 %,分裂酵母は20 %のグリセロール濃度で保存するが,必ずしも これが絶対ではない.
手法 1 1 あらかじめ蓋付きのチューブにグリセロールを一定量 (たとえば,0.15 mlずつ) 分注し,オートクレーブしておく. 2 酵母を適当な液体培地で培養する. 3 グリセロールを分注したチューブに,最終グリセロール濃度が15 % (ま たは20 %)になるように酵母の培養液を無菌的に加える.1)の例では 0.85 ml (または0.6 ml) の培養液を加える.
手法 2 1 試薬ビンなどに15 %または20 %のグリセロールをつくり,オートクレー ブしておく. 2 酵母を適当な培地で培養する.
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1.酵母の基本的操作法
3 培養液をチューブにとって遠心にて集菌 (3000 rpm,1分間程度,または 5000 rpm,10秒程度)し,沈殿を1)の溶液で懸濁する. いずれの場合も-70∼-80℃で保存する. グリセロール濃度は最終的に15 %または20 %になっていればよく,手 法1のように100 %のグリセロールを分注しなくても,たとえば2倍濃度 のグリセロールを分注しておき,あとで加える培養液の量で調節しても よい. なお,100 %グリセロールは粘性が高いので,一定量をとるときには先 端の欠けたピペットや注射器(シリンジ)を用いると便利である.
ストックの起こし方 4 ドライアイスの上にチューブを置いて,ストック溶液が溶けないように 注意する. 5 凍ったままの一部をミクロスパーテルなどでかき取って使う.ストック を一度溶かしてから再凍結させると,多くの酵母が死んでしまうので注 意する.
b.スラント おもに出芽酵母の保存に用いる. 1 以下のものを湯浴で溶かし,バイアルビンに分注する. (1000 ml当たり) Yeast extract ポリペプトン グルコース ポテトスターチ アデニン 寒天
10 g 20 g 20 g 20 g 20 mg 20 g
1% (w/v) 2% (w/v) 2% (w/v) 2% (w/v) 20μg/ml
2 蓋をゆるめてオートクレーブしたのち,バイアルビンを斜めにして寒天 を固まらせ,さらに2日間ほど乾かす. 3 寒天に酵母を塗り,適当な温度で1∼2日間増殖させたのち,蓋をしっか り締めて4℃で保存する.ストックを使うときには酵母を爪楊枝などで とって使えばよい.
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c.シリカゲルストック おもに分裂酵母の保存に用いる. 1 あらかじめバイアルビン (3 ml容程度)に1/2∼1/3程度の高さにシリカゲ ル粉末 (ワコーゲル C-200など) を分注し,アルミ箔で蓋をして乾熱滅菌 しておく.バイアルビンの蓋は乾熱滅菌できないので,ビーカーなどに 入れてオートクレーブし,よく乾燥させたのち,バイアルビンに無菌的 に蓋をしておく. 2 5 mg/mlのスキムミルクをつくり,オートクレーブしておく. 3 酵母を適当なプレート(YEプレートなど)に塗って増殖させる. 4 プレート上に増殖した酵母を爪楊枝などでかき集め,0.5∼1 mlずつ分 注した上記のスキムミルクに懸濁し,シリカゲルの入ったバイアルビン に流し込む.シリカゲルに吸収されずに水分が残るほどに入れすぎない よう注意する. 5 蓋をゆるめて恒温培養器に入れ,適当な温度 (25∼32℃,株による) で1 週間以上放置する. 6 シリカゲルが完全に乾いたら,蓋をしっかり締めてデシケーターに入 れ,4℃で保存する. 7 ストックを起こすときには,まずプレートにピペットで適当な液体培地 (YE培地など)を1滴落とし,そこに酵母の吸着したシリカゲルを一部 とって湿らせて,これを爪楊枝などで広げればよい. この方法で,通常5年程度の保存には何の問題もない.ただし,シリカ ゲルストックは二倍体のストックには適さないので,この場合にはグリ セロールストックを用いるのがよい.また,菌株によってはこの方法で は保存できないものもあるので,そのような株についてもグリセロール でストックする.
1.3.5.四分子分析 四分子分析は酵母の遺伝解析においてきわめて特徴的で重要なもののひとつであろう.この方法 は,二つの親株を交配させてそこからできる四つの胞子 (一つの子嚢に包まれている) を一つ一つ顕 微鏡下でガラス針を用いて分離し,それらの表現型を観察するというものであるが,多数の胞子を 12
1.酵母の基本的操作法
まとめて観察するランダム胞子分析よりも詳細な解析が可能である.この遺伝はメンデル遺伝学に 従っているため,一倍体の親株(Ab)と(aB)から(Aとa,Bとbは対立遺伝子)は以下の3種類の四分 子(四胞子)の組合わせしか生じない. PD(両親型二型,parental ditype) (Ab) ,(Ab) ,(aB) ,(aB) T(テトラ型,tetratype) (AB) ,(Ab) ,(aB) ,(ab) NPD (非両親型二型,nonparental ditype) (AB) ,(AB) ,(ab) ,(ab)
これらの組合わせの出現頻度から二つの変異の遺伝学的距離が計算できる.また,ある二つの変 異の二重変異株も,分離がNPD型 (場合によってはT型) になる四分子を単離することによって,そ の表現型がわからなくても分離することが可能である.この四分子解析,および,ランダム胞子解 析の操作法そのほか詳細に関しては,参考文献をあげておくのでそちらを参照されたい.
1.3.6.酵母培養液の調製 ここでは,種々の実験に必要な酵母の培養液の調製法について述べる.多くの場合,実験には対 数増殖期にある酵母が使用されるため,実験を始めるときに酵母が適当な濃度になっているように 調節しなくてはならない.ここで述べるようにして調製した酵母を用いて,次章以降で述べられ る,さまざまな実験を行うことができる. 1 試験管に適当な液体培地を1∼10 ml程度分注し,これにシングルコロ ニー分離したプレートから1コロニーを爪楊枝などでとって,無菌的に 培地に懸濁する. 2 試験管は振とう培養器,または回転式の培養器で振とうしながら,使用 する株に見合った温度で培養する.酵母が増殖して培地が濁ってくるま で1∼2日かかる.この段階で前培養液が完成する. 3 2で調製した前培養液を植え継ぎ,本培養を行うが,ここで本培養が予 定する実験開始時刻に適当な濃度になるように,植え継ぐ量を調節する 必要がある.そこで,前培養液の細胞の濃度を測定する (*1) .また,使 用する菌株の倍加時間をまえもって知っておくことが必要である. 4 前培養液を,ピペットまたはピペットマンで適当量 (*2) とり,三角フラ スコなどに用意しておいた培養液に無菌的に加え,振とう培養する. 5 細胞の濃度を測定し,本培養が適当な濃度になっていることを確認した ら,必要量を遠心分離により集菌する.遠心分離は,通常3000 rpm,3 分間程度でよい.また,少量調製でエッペンドルフチューブで集菌する 場合には,5000 rpm,10秒間で十分である.
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*1 細胞濃度の測定には,出芽酵母では分光光度計,分裂酵母では血球計算 板を用いることが多い.濁度は出芽酵母でも分裂酵母でも,1.0×10 7 cells/mlのときにOD600 = 0.30∼0.35程度であるが,株や培地などの条件 によりいくらか変化するので注意が必要である.繰返し使用する株につ いては,一度濁度と菌数の関係をグラフに書いてみるとよいであろう. *2 本培養に植え継ぐ量は以下の式で算出される. 加える量 = (本培養の培地量)×(目標濃度)/(前培養の濃度)×2k
k =(培養時間/倍加時間) 倍加時間は,株や培地,温度などにより異なるので,自分の使う条件で の倍加時間をあらかじめ測定しておく.また,植え継ぐ前培養の細胞の 状態も重要である.飽和してから時間をおいたものと,対数増殖期にあ る細胞とでは,同じ細胞数を植え継いでもあとで濃度に差がついてしま う.前培養は完全に飽和していないものを使うほうがよい.
1.4.トラブルシューティング コンタミネーションの除去 pHが中性の大腸菌用の培地と違い,pHが低い酵母用の培地はカビ類の増殖に都合がよい.さき に述べたように,通常,酵母の実験にはガスバーナーを用いた予防操作で十分ではあるが,培地に カビが混入することを完全に阻止することはできない.細菌類と異なり,カビ類は放っておくとプ レート全体に広がってしまうため,みつけしだい除去することが必要となる.コンタミネーション の除去の方法は単純で,コンタミネーションが軽微なうちは,その生じた部分を寒天ごとミクロス パーテルなどで切り取って捨てればよい.このとき,カビは目に見えない部分にまで菌糸を伸ばし ている可能性が高いので,周りを大きく切り取ることが大切である.また,細菌はプレート中に広 がる可能性が少なく,プレートを切り取ろうとする際にほかの部分に飛び散る可能性があるので, かえって何もしないほうが無難である. 液体培地にコンタミネーションが発生した場合には,残念ながらその培地を捨てるしか方法はな い.
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1.酵母の基本的操作法
1.5.おわりに 本章で述べた事柄は,酵母の実験を行ううえできわめて基本的なものばかりである.しかしなが ら,たとえば無菌操作ひとつにしても侮れない.多くの人は大腸菌を使った経験があるかと思われ るが,大腸菌を扱っている場合にコンタミネーションがほとんど起こらなかったからといって安心 はできない.個々の操作について,大腸菌の実験以上に注意をはらって実験するのはもちろんのこ と,実験室を清潔に保っておくこともまた重要である. また,同じ実験を行っても,微妙な条件の違いで株の調子が変わってしまうこともたびたびあ る.つねに同じ状態の細胞を用意することは基本的なことではあるが,実際はそれほど容易なこと ではない.たとえば,複数の株を実験開始時にどれもおおよその目的の濃度になっているように揃 えるのはかなりむずかしい.ましてや,それらを完全に同じ濃度にすることなど至難の技である. まったく同じ濃度というのは極端かもしれないが,しかし,なるべく条件の揃った細胞を使って実 験することは,以降の章で述べられている実験が成功するかどうかにも影響する基本的ファクター であると思われる.これらの点に注意して,以降の章で述べられる応用的な実験に望んでいただき たい.
参考文献 1.Sherman F, Fink G, Hicks (1986) J Methods in Yeast Genetics: A Laboratory Manual. Cold Spring Harbor Laboratory Press, New York 2.Gutz H, Heslot H, Leupold U, Loprieno N(1974)Schizosaccharomyces pombe In: King(eds)Handbook of Genetics, Plenum Publishing, New York 3.Moreno S, Klar A, Nurse P(1990)Molecular genetic analysis of fission yeast Schizosaccharomyces pombe. Methods Enzymol. 194: 795-823 4.國友博文 (1994)四分子分析法.山本正幸(編) 酵母による遺伝子実験法.羊土社,東京,pp107-116 5.大嶋泰治 (編著) (1996)酵母分子遺伝学実験法.学会出版センター,東京
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Ⅱ.ゲノム情報の解析
1.ポストゲノム時代のデータベース
1.1.出芽酵母
村上康文・萩原央子
1.1.1.はじめに 出芽酵母ゲノム解析は,1988年から欧州共同体 (現 欧州連合) ・米国・カナダそして日本の研究 グループによる国際的な共同プロジェクトとして行われ,1996年4月に約12 Mbの全塩基配列デー タの公開により完成を迎えた[1,2].現在では大腸菌,枯草菌などをはじめとした多数の細菌ゲノム の構造が明らかになっており,また,真核生物では分裂酵母,シロイヌナズナ,線虫,マウス,な どのモデル生物のゲノムプロジェクトが進行しているが,全塩基配列が決定された真核生物は依然 として出芽酵母のみである.プロジェクトが開始された当初は,十数Mbにも及ぶ全ゲノムを解読 することは達成不可能な目標ともみえたが,最初の第III染色体の全塩基配列の決定を皮切りにプロ ジェクトは加速度的に進み,1996年には全塩基配列データが公表されることとなったわけである. この間,全世界的なレベルでインターネットの普及が進みゲノム解析関連データベースは誰でも 容易にアクセスできるようになった.特に,WWWによるアクセスが可能になったおかげで,従来 は,たとえばSQL言語といったデータベース独自の言語・文法を知らなければデータベースを十分 利用できなかったのが,ほとんどのゲノム解析関連データベースはネットスケープやインターネッ トエクスプローラなどのWWWのブラウザさえ使えれば,ちょっとした工夫で縦横に駆使できるよ うになった. 本節では,出芽酵母関連のデータベースを紹介し,さらに,全ゲノム構造が明らかにされた生物 において分子生物学はどのように展開してゆくかについても考えてみたい.実際,出芽酵母では, 全塩基配列の決定と遺伝子の網羅が完了し,ゲノム解析プロジェクトは遺伝子の機能解析を目的と した第2期へと移行している.ゲノム解析により非常に多くの機能未知の新遺伝子がみつけられた が,出芽酵母の全ORF数6327個のうち,機能の解析が行われているORFで,かつ一定の機能が示唆 されて遺伝子名がつけられているものは3006個 (47%) と,半分以下である (1998年3月現在) .この ことは,新規遺伝子がいかに多いかということを示しているとともに,約1年前にはこのような既 知のORFの数は2611個 (41%) であったことを考えると,新規遺伝子の機能解析がかなり速いペース で進行していることをも示している. 出芽酵母遺伝子の体系的機能解析研究は方々で行われているが,最大のものはE U R O F A N (European Functional Analysis Network) プロジェクトである.このプロジェクトは150もの研究グルー プにより担われており,解析のターゲットになりにくい既知の遺伝子とホモロジーがみられない orphan gene (孤児遺伝子)を対象としたシステマティックな機能解析研究が行われている[3,4,5].
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1.1.2.出芽酵母のゲノム構成 a.染色体構成 出芽酵母のゲノムサイズは,株によってリボソームDNA(rDNA)の反復配列の長さにバリエー ションがあるため,一倍体当たり約12∼16 Mbと多少幅があるが,ゲノム解析の対象とされている 真核生物のなかでは最もゲノムサイズが小さい.ゲノムプロジェクトで解析されたS288c株のゲノ ムサイズは約13.6 Mbであり,このうちrDNAの領域を除いた約12 Mbが決定された.酵母ゲノムは 第I∼XVI番までの16本の染色体から構成されており,染色体の長さは,最も短い第I番染色体の240 kbから,最長の第XII番染色体の1.7 Mbまでと,7倍程度の幅がある. 各染色体の両端には5ユ-C1-3A-3ユが100∼200回繰返したテロメア配列があり,中央部にはセントロ メア配列が存在する.出芽酵母のセントロメアは8塩基対,25塩基対のコンセンサス配列を有する CDE (centromere I DNA element I),CDE IIIと,コンセンサス配列は見い出されないがAT含量の高 い (>90%) 80塩基対程度の長さのCDE II配列から構成されており,その長さは全体で120塩基対程 度と,かなりコンパクトである. また,出芽酵母の染色体上には自律複製配列 (autonomously replicating sequence; ARS) が存在する ことが知られている.ARSはコアとなる11 bpのコンセンサス配列(ARS consensus sequence; ACS) と,隣接するAT含量の高いDUE (DNA unwinding element)からなる数百bpの配列であり,プラスミ ドとして自律的に複製する配列として同定されたが,染色体上でも複製開始点として機能すると考 えられており,その相関を解析した研究もなされている.また,ACSに特異的に結合するORC (origin recognition complex) は染色体の複製開始に重要な機能を担っているとされており,真核生物 の複製開始機構の解析を行ううえで重要なモデルとなっている[6].
b.反復配列 出芽酵母のゲノム中には反復配列が非常に少なく,しかも染色体上の限局された箇所にクラス ターを形成して存在している.おもな反復配列としては,さきにふれたrDNAおよびサブテロメア 領域特有の反復配列があげられる.rDNAは第XII番染色体の右腕上に存在し,反復の単位は約6.6 kb であり,この長さは株により多少のバリエーションがあるものの100∼200回反復し数Mbに及ぶク ラスターを形成している.一方,サブテロメリック配列はXとYユ配列に分類され,Yユ配列は染色体 のテロメア側に隣接,X配列はそれよりセントロメアよりに存在し,数kbのクラスターを形成して いる.サブテロメリック配列はすべての染色体末端に存在しているわけではなく,その生物学的な 機能は不明である. 上記二つの反復配列と異なりランダムに存在するものとして,レトロトランスポゾンのTyエレメ ントがあげられる.TyエレメントはLTR (long terminal reprat) の配列によりTy-1∼Ty-4に分類され, それぞれの全長は6 kb前後である.株によって多少異なるが,Tyエレメントは細胞当たり数コピー
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1.ポストゲノム時代のデータベース
∼数十コピー存在する.また,トランスポゾンが抜け出たあとには350 bpほどのLTRが痕跡として 残り,このような配列が数十∼百程度ゲノム上に存在している[6].
c.遺伝子 出芽酵母の遺伝子にはイントロン-エクソン構造をもつものが3%程度と非常に少ないことが知ら れており,しかも,ほとんどの場合400 bp以下の短いイントロンが遺伝子の5ユ近傍に1ヶ所存在す るのみである.そのため,ゲノムプロジェクトにおける遺伝子の同定はORF (open reading frame) を ゲノムの塩基配列から直接検索することにより行われた.その際に適用されたルールとしては,1) 100アミノ酸残基以上のORF,2) ほかのフレームと重なっている場合は長い方のORFを採用する, というものであったが,既知の遺伝子についてはこれより短いものも採用された.このようにして 同定された出芽酵母の全ORFの総数は6327個である(1998年3月現在). 全ORFには統一したルールでID番号がつけられている.たとえば,ACT1遺伝子のID番号YFL039c は,YはYeast,Fは第VI番染色体を示し第I∼XVI番染色体がA∼Pで表される.つぎのL039は染色体 左腕のセントロメアから数えて39番目のORFであることを表し,最後のcは左腕テロメアを5ユとし た際にどちらのストランドに存在するORFであるかを表し,w(Watson strand)は正鎖,c(Crick strand)は相補鎖を意味している.
1.1.3.出芽酵母データベース 出芽酵母ゲノムのデータベースの代表的なものとしては,ドイツのMIPS(Munich Information Centre For Protein Sequences)のYeast Genome Project Databeseと,米国スタンフォード大学のSGD (Saccharomyces Genome Databese),米国の民間企業であるProteomeがNIHの支援を受けて運営して いるYPD(Yeast Protein Database)の3ヶ所をあげることができる.それぞれに特徴や多少の違いは あるが,どのデータベースでも遺伝子の検索や配列の取得が容易に行えるようにつくられている. 大まかな区別としては,SGDは配列データの解析や解析ツールを中心に構成されており,Yeast Genome Project Databeseはこれに加えてより詳細な遺伝子の分類や,機能予測を目的とした解析結 果を多く含んでいる.全ゲノムの配列が決定された現在,データベースの利用目的は単なる配列 データの取得のみにとどまることなく,配列情報の情報科学的な解析とデータベースに集積された 分子生物学的な実験結果とから,遺伝子の機能の予測を行う方向に向かいつつある.その意味で は,MIPSの試みは情報科学的なデータと実験によるデータの有機的な結合をめざしているという 点で興味深い.以下に各データベースの概要を解説する.
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a.MIPS: Yeast Genome Project Databese (http://speedy.mips.biochem.mpg.de/mips/yeast/) MIPSはドイツのマックスプランク研究所にあるタンパク質配列の情報解析センターであり,欧 州連合 (European Union; EU) で行われているゲノム解析プロジェクトのデータはここに集積され, ここから公開されている.出芽酵母ゲノム解析プロジェクトにおいては,EUがゲノム全体の約60 %について配列決定を行ったのだが,このデータの解析はMIPSが集中的に行った.さらにMIPSで は,Nature誌のYeast Genome Directoryの出版に先立ち全染色体のコーディネーターと折衝し,最終 的なアノテーションを行った.出芽酵母ゲノム解析データの最新版の策定において,MIPSは中心 的な役割を担っているといえよう. このMIPSのYeast Genome Projectデータベースは,配列データの取得からホモロジー解析,モチー フ解析をも行える統合的なものとなっている.また,現在EUROFANで進行している出芽酵母遺伝 子の機能解析プロジェクトの結果も,順次Yeast Genome Project Databese上に公開される予定であ る.このデータベースにおいて,現在公開されている項目は表1・1に列挙したように多種にわた り,通常の解析ソフトを用いて行える項目についてはほとんど解析が行われていると考えてよい. また,タンパク質の分類方法も,機能別,モチーフ別のみならずさまざまな項目で行われている. Yeast Genome Project Databeseは,大まかに分けて前半が配列データの検索・取得用のページで あり,後半は遺伝子をいろいろなカテゴリーで分類,解析を行った結果をまとめてあるページから 構成されている. Search the Yeast Genomeでは,出芽酵母遺伝子を遺伝子名,ORFコード名,PIR,EMBLなどの登 録番号で検索できる.各遺伝子の検索結果には,染色体の位置,サイズ,遺伝学的な解析結果,ホ モロジーの高い遺伝子などが表示され,配列の取得も可能である.さらに,FASTAでのホモロジー 解析やタンパク質ファミリーの検索,構造予測,YPD (後述) の検索なども行える.またPIR,EMBL に登録された酵母以外の遺伝子の検索も可能であり,出芽酵母の配列を対象としてBLASTによる ホモロジー検索も可能である. Chromosome Displayでは,各染色体ごとに遺伝子が一覧表もしくは物理地図として表示され,各 遺伝子をクリックすることで個別のデータベースへ移動できる.また,相同性解析を元にした染色 体間での遺伝子重複の解析が可能であり,結果はグラフィカルに表示される. Get Yeast Sequencesでは各染色体の任意の領域を指定する,もしくは,ORFを指定することによ り,塩基配列,アミノ酸配列データを取得することができる. Yeast RNAsは,出芽酵母のmRNA以外のRNA,すなわち,small nuclear RNA(snRNA),rRNA, tRNAなどをコードする遺伝子について解析結果がまとめてある. Yeast Transcription & Regulationは,出芽酵母の転写や転写調節因子について網羅的に解析を行っ 22
1.ポストゲノム時代のデータベース
表1・1 MIPSホームページに掲載されているデータベースおよびツール データベースカテゴリー
各カテゴリー内で解析,閲覧できる内容
Search the Yeast Genome 出芽酵母遺伝子の検索
・遺伝子名,ORFのID番号による検索 ・各染色体,ミトコンドリア上の遺伝子の検索 ・出芽酵母の遺伝子を対象とした相同性解析(BLAST) ・YPDの検索 ・EMBLデータベースの検索(全エントリー対象)
Chromosome Display 出芽酵母染色体の解析
・染色体別ORF一覧表 ・染色体の物理地図 ・染色体間の遺伝子重複の解析
Get Yeast Sequences 配列データの取得
・DNA配列の取得 ・アミノ酸配列の取得
Yeast RNAs 出芽酵母のRNAの解析
・Small Nuclear RNAの解析 ・リボソームRNAの解析 ・tRNAの解析 ・その他のRNA
Yeast Transcription & Regulation 出芽酵母の転写と調節
・第XI番染色体の転写マップ ・MIG1タンパク質が転写に影響を与える遺伝子 ・転写因子GCN4の標的遺伝子の予測 ・uORFを含む遺伝子
Selected Yeast Tables and Graphics 出芽酵母ゲノムのまとめ
・出芽酵母ゲノムの概略 ・遺伝子の相同性解析によるクラス分け ・イントロンを有する遺伝子 ・出芽酵母の必須,非必須遺伝子 ・100bp以下の遺伝子 ・膜貫通ドメインをもつ遺伝子 ・分子量,等電点による遺伝子の検索 ・上流に転写調節配列をもつ遺伝子 ・セントロメアの解析 ・YTAタンパク質の解析
Selected Yeast Reviews 遺伝子の詳細な分類と解析
・リボソームタンパク質の分類 (細胞質) ・リボソームタンパク質の分類 (ミトコンドリア) ・ジンクフィンガーをもつタンパク質 ・アクチン関連タンパク質 ・ヒトの遺伝病関連遺伝子と相同性のある出芽酵母遺伝子 ・peroxinsおよびPEX遺伝子の解析 ・tRNAとレトロトランスポゾンの解析 ・Major Facilitator Superfamilyの分類
Yeast Catalogues 出芽酵母の遺伝子カタログ
・機能による分類 ・PROSITEモチーフによる分類 ・EC番号による分類 ・コンプレックスを形成する遺伝子 ・表現型による分類 ・生理学的,遺伝学的な経路による分類
一般的な解析に使いやすそうなデータベースや特にユニークなデータベースを太字で示した.
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たデータが集められている.論文発表された解析結果を随時追加しているので,今後EUROFANの 解析が進行するにしたがってデータの種類,量は増えていくと思われる. Selected Yeast Tables and Graphicsでは,出芽酵母ゲノムの全体像を表にまとめてあるほか,遺伝 子を,既知遺伝子か,新規(機能未知) 遺伝子か,必須遺伝子か,非必須遺伝子か,などの項目に よって分類してある.さらに,全遺伝子からイントロンをもつ遺伝子や100 bp以下の短い遺伝子, 5ユ上流に特定の転写調節配列をもつ遺伝子,膜貫通ドメインをもつ遺伝子,YTAタンパク質ファミ リー,などの項目で抽出した遺伝子のリストや,分子量と等電点を指定して遺伝子を検索する機能 などがある.また,遺伝子ではないが,全染色体のセントロメア配列についての解析結果もある. Selected Yeast Reviewsでは,リボソームタンパク質,ジンクフィンガータンパク質,PEX遺伝子, Major Facilitator Superfamily遺伝子,tRNAなどについて,詳細な解析を行った結果をまとめている. また,アクチン様タンパク質について出芽酵母と他種の遺伝子との比較を行った結果や,ヒトの疾 病関連遺伝子と相同性のある酵母遺伝子のリストなども収載されている. Yeast Cataloguesでは,出芽酵母の遺伝子を予測を含め,機能,Prositeモチーフ,EC番号やタン パク質のコンプレックスなど,さまざまなカテゴリーで分類してある.たとえば現在,機能別分類 は大項目が14あり,さらにこれらは90余りの小項目に分類され,それぞれに属する遺伝子が表示さ れる.また,遺伝子破壊実験の結果観察された表現型での分類も行われており,EUROFANが遺伝 子機能の解析をどのように行っているのかを垣間みるようでもあり興味深い.
b.スタンフォード大学: Saccharomyces Genome Databese(SGD) (http://genome-www.stanford.edu/Saccharomyces/) SGDはスタンフォード大学によって作成されているデータベースである.基本的な機能はMIPS のYeast Genome Project Databeseと類似しているが,多くのデータベースにリンクを張ってあるた め,遺伝子の基本的な検索はここを起点としてすべて可能である.さらに,SGDでは出芽酵母の遺 伝子名の登録受付窓口になっており,解析の結果,機能が明らかになったORFに名前をつけて登録 をすることができる.現在利用できる項目は表1・2に示した通りである. Search SGDでは,SGDに登録されている配列,遺伝子の検索を行うことができる.検索方法は キーワードのほか,リファレンスの著者名などといった,データベースに含まれる種々の項目での 検索も可能である.また,遺伝子名,ORF IDを用いてSGDをはじめGenBank,PubMed,Genome Project Databese YPD,ATCCなどの9種類のデータベースを一度に検索できるため,各データベー スの検索結果や参考文献,ATCCに寄託されているクローンの情報までを一度に得ることができ る.また,指定した遺伝子またはゲノム配列とその両側5 kbずつについて,配列を取得したり遺伝 子の位置をグラフィックで表示させたりすることもできる. Sequence Analysis & Toolsでは,配列情報の解析結果や解析ツールを使った解析を行うことがで
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1.ポストゲノム時代のデータベース
表1・2 SGDホームページに掲載されているデータベースおよびツール データベースカテゴリー
各カテゴリー内で解析,閲覧できる内容
Search SGD SGDの検索
・キーワードによる検索 ・遺伝子名,ORF ID番号による複数のデータベースの検索 (検索可能なデータベース) Saccharomyces Genome Database (SGD) - Stanford GenBank (nucleotide database) - NCBI PubMed (full Medline and pre-Medline citations) - NCBI Sacch3D (protein structural information) - Stanford Swiss-Prot (annotated protein database) - Geneva Yeast Code Search - MIPS Yeast Protein Database (YPD) - Proteome Protein Information Resource (PIR) - Georgetown American Type Culture Collection (ATCC) ・指定した遺伝子または領域をグラフィックで表示する ・任意の領域を100kbずつ表示する ・GenBank,SwissProtに登録された出芽酵母遺伝子の検索
Sequence Analysis & Tools 配列情報の解析と解析ツール
・出芽酵母の遺伝子を対象とした相同性解析 (BLAST, FASTA) ・出芽酵母タンパク質の構造解析データベース ・ほ乳類のタンパク質と相同性を示す出芽酵母タンパク質 ・プライマーの設計 ・パターン配列での出芽酵母タンパク質の検索 ・制限酵素部位の検索 ・染色体間での配列相同性の解析 ・酵母ゲノム上で相同性を有する遺伝子の検索 ・配列情報,図表などのダウンロード
Maps 出芽酵母のマップ
・物理地図と遺伝地図の比較 ・マッピングデータの登録書式 ・古い遺伝子地図 (イメージ画像)
Yeast Literature 酵母関連の文献
・PubMedの検索 ・オンラインジャーナルの検索 ・1996 Yeast Genetics & Molecular Biology Meeting抄録
Gene Registry 遺伝子名の登録
・遺伝子の命名に関する注意事項 ・遺伝子名登録用の書式
一般的な解析に使いやすそうなデータベースや特にユニークなデータベースを太字で示した.
きる.同じスタンフォード大学が作成した出芽酵母タンパク質の構造解析データベースSacch3Dの 検索や,モチーフ配列による遺伝子の検索,20 bp以下の短いパターン配列での出芽酵母タンパク 質の検索など,タンパク質の構造やモチーフ解析に関係したツールも存在する.また,PCRやシー クエンス用のプライマーの設計や,制限酵素地図など,遺伝子名を指定すれば自動的に作成してく れるアプリケーションも存在する. Mapsでは,出芽酵母の物理地図と遺伝地図の比較図などがグラフィックデータとして公開され ているとともに,新たにマッピングデータを登録する際の書式もあり,WWWで直接登録をするこ 25
とができる. Yeast Literatureでは,PubMedの検索のほか,EMBO,PNAS,JBCなどのオンラインジャーナル にリンクし,これらの検索ができる,また,Yeast Genetics & Molecular Biology Meetingの抄録もみ ることができる. Gene Registryは,SGDが行っている遺伝子名の登録に関するページで,遺伝子の命名法や登録方 法,WWWでの登録用の書式などがある.
c.Yeast Protein Database(YPD) (http://www.proteome.com/YPDhome.html) YPDは,Proteome (protein+genomeの造語) というベンチャー企業が作成した出芽酵母の遺伝子デー タベースである.各遺伝子のデータベースは,タンパク質のサイズや,モチーフ解析結果,細胞内 の局在予測,遺伝子破壊実験の結果などのデータ部分と,遺伝子の同定,機能,変異株の表現型, 発現制御機構や精製方法など,項目別に分類された参考文献リストから構成されている.また,こ のリストはNIBHのMEDLINEにリンクしており,アブストラクトの入手も可能である.Proteomeの ホームページに掲載されているデータベースおよびツールを表1・3にまとめた. Protein Reportsからこのデータベースの検索を行うことができ,検索方法は遺伝子名,キーワー ドで検索を行うshort formと,カテゴリー別に分類した遺伝子リストから検索を行うlong formの2種 類がある.分類に用いているカテゴリーは,細胞内局在,細胞内でのタンパク質の存在様式,機 能,翻訳後の修飾,膜貫通ドメインの数などがある.
表1・3 Proteomeホームページに掲載されているデータベースおよびツール データベースカテゴリー
各カテゴリー内で解析,閲覧できる内容
Proteome ホームページ 1. YPD(Yeast Protein Database) Protein Reports 遺伝子データベースの検索
遺伝子名,キーワードによる検索 カテゴリーによる検索 遺伝子の分類
Summaries 出芽酵母遺伝子の解析結果
二次元電気泳動の予測 コドンバイアスの解析
2. The Yeast 2D Gel Map of identified protein
二次元電気泳動マップ (出芽酵母のタンパク質の二次元電気泳動図)
一般的な解析に使いやすそうなデータベースや特にユニークなデータベースを太字で示した.
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1.ポストゲノム時代のデータベース
Summariesでは,ユニークなデータベースとして解析出芽酵母遺伝子の分子量と等電点を元に二 次元電気泳動の予測を行っている.約6000個の全遺伝子産物をプロットしたものから,膜タンパク 質,転写因子,プロテインキナーゼ,GTPase,熱ショックタンパク質など,16種類のグループに ついてプロットを行っている. Proteomeのほかのページには実際に行った出芽酵母の全タンパク質の二次元電気泳動像が公開さ れており,各スポットがどの遺伝子に相当するかが示され,YPDともリンクし各遺伝子のデータ ベースを参照することも可能である.
1.1.4.おわりに 全ゲノム構造の解明により,出芽酵母の研究は他の生物に先駆けてポストゲノム時代へと進展し ている.今後,他のモデル生物やヒトのゲノムデータが蓄積していくのに伴い,酵母を対象とした 生物学においては,ゲノム解析が行われているほかの生物種も視野に入れた比較生物学的なアプ ローチが一層有効になってくるものと予想される.したがって,WWW上のデータベースを利用し た情報収集や情報科学的な解析は,よりいっそう重要性を増していくものと思われる. 本節では,主要な出芽酵母のデータベースについて紹介してきたが,百分は一見に如かずで,ま ずはこれらのサイトを自分で使ってみることをお勧めしたい.これらのデータベースにおいては, 種々の検索方法が存在するので,現在解析中の遺伝子や,生命現象に関しても有益な情報が得られ る可能性が大きい.これらのデータベースが階層構造になっていることから,多く使い込むほど に,より深い階層まで到達できるようにもなるであろう. 単細胞の真核生物ではあるものの,ともかくも全ゲノム構造が明らかにされ,また,システマ ティックな機能解析研究が盛んに行われている出芽酵母の研究の現状を,これらのデータベースを 参照しつつ把握していくことは,今後のポストゲノム時代の生物学の展開を予想するうえでも興味 深いものがあるだろう.いまから10年ぐらいのちから振り返って考えれば,この20世紀末の数年間 は生物学研究の大きな転換点であったと多くの研究者が実感すると筆者らは予想している.すなわ ち,ゲノム解析研究の本格的な展開により,配列情報を主体とする一次情報の集積と,配列情報を 基にして行われる体系的な遺伝子機能解析研究データの集積が本格化し,それらの総体としての データベースと,それを支える生物情報科学が,生物学研究の中心に位置づけられつつあるのが現 在なのではなかろうか.
参考文献 1.Goffeau A et al.(1997)The Yeast Genome Directry. Nature Suppl. 387 2.村上康文 (1997)出芽酵母のゲノム解析.蛋白質 核酸 酵素 42: 2927-2932
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3.Goffeau A, Barrell BG, Bussey H, Davis RW, Dujon B, Feldmann H, Galibert F, Hoheisel JD, Jacq C, Johnston M, Louis EJ, Mewes HW, Murakami Y, Philippsen P, Tettelin H, Oliver SG (1996)Life with 6000 genes. Science 274: 546-567 4.Oliver SG(1996)From DNA sequence to biological function. Nature 379: 597-600 5.村上康文 (1997)酵母の機能解析プロジェクト.蛋白質 核酸 酵素 42: 3067-3069 6.Broach JR, Jones EW, Pringle JR, (1991)The Molecular and Cellular Biology of the Yeast Sacccharomyces. Cold Spring Harbor Laboratory Press, Cold Spring Harbor
1.2.分裂酵母
松山晃久・山本正幸
1.2.1.はじめに 現在,さまざまな真核生物でゲノムプロジェクトが進行しているが,分裂酵母も例外ではない. 同じように単細胞で,やはり真核生物のモデル生物として使われている出芽酵母において,すでに 全ゲノム配列が決定されているのは本書にもある通りである.そのため,イメージ的に似通った分 裂酵母の全ゲノム配列を決定する必要性は低いように思われるかもしれない.しかし,出芽酵母と 分裂酵母は同じ「酵母」 とはいえ,実は進化上かなり離れた関係にある (分裂酵母が出芽酵母と進化 のうえで分かれた時期は,ヒトと分かれた時期と同じくらい離れている) .そのため,この二つの 酵母では異なった組立ての制御系も知られており (典型的な例がRasタンパク質である) ,ある機構 を研究するうえで,出芽酵母がモデル生物としてふさわしい場合もあれば,そのまた逆の場合もあ るであろう.逆に,どちらの酵母にも共通して保存されている機構や遺伝子などは,真核生物がど のように進化し,その生命を維持しているかを知る重要なてがかりとなるであろう.分裂酵母の全 ゲノム配列を決定する意義はそれだけにとどまらないが,その点には深入りせずに,ここでは現時 点における分裂酵母のゲノムプロジェクトの状況について紹介する.
1.2.2.分裂酵母のゲノム構造 一倍体の分裂酵母のゲノムは全長約14 Mbであり,第I番染色体 (5.7 Mb) ,第II番染色体 (4.6 Mb) , および,第III番染色体 (3.5 Mb) の三つの染色体からなっている.( )内に記したのは電気泳動など からの推定値で,厳密なものではない.この14 Mbにおよそ4000の遺伝子産物がコードされている と見積もられている.
28
1.ポストゲノム時代のデータベース
1.2.3.ゲノムプロジェクト 分裂酵母でゲノムプロジェクトがスタートしたのは1995年のことであり,この計画は現在も進行 中である.そのため,本節執筆時点では,配列のデータも1日ごとに増えつつある状況である.し たがって,ゲノムプロジェクトが終了している出芽酵母とは違い,分裂酵母のゲノムのデータベー スはまだ未完成の状態であり,出芽酵母のように整備されたデータベースが用意されているわけで はない.しかし,決定された配列の多くはインターネット上で公開されているので,ここではそれ らのサイト(表1・4)を紹介し,また,その進行状況を簡単に述べる. ゲノム配列の決定は,以下のように各染色体ごとにいくつかのグループにわかれて行われてい る. 第I番染色体 第II番染色体
第III番染色体
Sanger Centre (英国) European Schizosaccharomyces genome sequencing project The Lita Annenberg Hazen Genome Center (米国) 京都大学 (日本) Sanger Centre (英国) 放射線医学総合研究所 (日本) Sanger Centre (英国) 京都大学 (日本)
第I番染色体に関してはすでにその7割の配列が決定されており,情報はSanger Centreのホームペー ジ中に公開されている.第II番染色体,第III番染色体に関しても一部の配列は公開されており, Sanger CentreおよびCold Spring Harbor Laboratoryのホームページから配列の情報を得ることができ る. Sanger Centreのサイトでは,コスミドクローンが各染色体ごとに左腕から右腕に向かって整列さ れており,染色体上でのおおよその位置を知ることができるようになっている.しかしながら,配 列の情報を元にした染色体地図はいまだ作成されておらず,残念ながら,ある遺伝子が染色体上の どの位置に存在するかを調べるのには少々手間がかかるのが現状である.そのような情報をまとめ たデータベースとしてPomBaseというソフトがSanger Centreのftpサーバからダウンロード可能であ 表1・4 分裂酵母のデータベース URL ゲノム配列のデータベース 第I番染色体 第II番染色体 第III番染色体 ホモロジー検索 遺伝子カタログ ベクターのデータベース PomBase コスミドの入手先
http://www.sanger.ac.uk/Projects/S_pombe/Chr1.shtml http://clio.cshl.org/pombeweb/ http://www.sanger.ac.uk/Projects/S_pombe/Chr2.shtml http://www.sanger.ac.uk/Projects/S_pombe/Chr3.shtml http://www.sanger.ac.uk/Projects/S_pombe/blast_server.shtml http://expasy.hcuge.ch/cgi-bin/lists?pombe.txt http://flosun.salk.edu/users/forsburg/vectors.html ftp://ftp.sanger.ac.uk/pub/PomBase/ http://www.rzpd.de/
これらは1998年6月現在のものであり,内容,URLなどは今後変更される可能性がある.
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るが,UNIXのマシンでしか使用できず,また “out of date” の状況である. また,第III番染色体には約1 Mbに達するリボソームDNA (rDNA) が含まれていると見積もられて おり,そのなかに存在する高度の繰返し配列がこの部分の塩基配列の決定を困難にしている.現在 のところ,この部分を除く全ゲノム配列の今世紀中の決定をめざして,ゲノムプロジェクトは進行 中である.
1.2.4.ミトコンドリアのゲノム 分裂酵母のミトコンドリアのゲノムは,全長19,431 bpからなり,すでに全塩基配列が決定されて いる.そのなかにコードされている全遺伝子産物を表1・5に示す.また,ここに示した遺伝子以外 に,rRNAやtRNAもコードされている.
表1・5 ミトコンドリアのゲノムの遺伝子 遺伝子名
cox1 cob / cytb atp6 urfa atp8 atp9 cox2
遺伝子産物
遺伝子産物のサイズ (アミノ酸残基)
SWISS-PROT の登録番号
537 387 257 227 48 74 248
P07657 P05501 P21535 P21547 P21536 P21537 P21534
シトクロム cオキシダーゼ シトクロム b ATPase 機能不明 ATPase ATPase シトクロム cオキシダーゼ
1.2.5.ホモロジー検索 上記のゲノムプロジェクトによって決定された配列は,随時EMBLなどのデータベースに登録さ れているので,手持ちのDNA配列またはアミノ酸配列について一般的なホモロジー検索を行えば, 分裂酵母のDNAまたはタンパク質に対して検索していることにもなる.ここでは,特に分裂酵母 のみを対象にしたホモロジー検索について紹介する. さきに述べたように,現在公開されているゲノム配列は第I番染色体の約7割程度と,第II番染色 体,第III番染色体の一部だけである.ホモロジー検索のためのツールはSanger Centreのホームペー ジに用意されており,BLASTを用いた検索が可能である.検索の対象となるデータベースとして, 分裂酵母の全ゲノム配列 (配列が決定されている部分) ,または,第I番染色体,第II番染色体,第III 番染色体のいずれかを選択することができる.また,検索の様式として,BLASTN(DNA配列 vs.
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1.ポストゲノム時代のデータベース
DNAデータベース) ,TBLASTN (タンパク質配列 vs. 翻訳DNAデータベース) ,および,TBLASTX (翻訳DNA配列 vs. 翻訳DNAデータベース) が用意されており,検索にかける手持ちの配列は,DNA 配列でもアミノ酸配列でもよい. なお,このホモロジー検索では,さきに紹介したゲノムプロジェクトのホームページではアクセ スできない配列でも,配列が決定されている部分については検索の対象となっているようである. また,同様に,まだEMBLなどのデータベースには登録されていない配列も検索の対象となってい る.
1.2.6.そのほかのデータベース a.ベクターのデータベース 分裂酵母のベクターとして頻繁に用いられるpREPベクターやその改変型をはじめ,GFP(Green fluorescent protein) やHAエピトープを任意のタンパク質につけられるように設計されたベクターな ど,多数のベクターがインターネット上に公開されている.
b.遺伝子カタログ このサイトでは,論文などで発表された遺伝子,およびゲノムプロジェクトで明らかとなった遺 伝子で,コードする配列がSWISS-PROTタンパク質データバンクに登録されているものがアルファ ベット順にリストアップされている.本来はタンパク質のデータバンクであるが,その遺伝子の データにもリンクされており,調べたい遺伝子 (もしくは遺伝子産物) のさまざまな情報を容易に得 ることができる便利なサイトである.
1.2.7.おわりに いうまでもないことかもしれないが,ある生物の全ゲノム配列を決定したからといって,その生 物のすべてがわかるというわけではない.実際,研究者の多くは,自分の扱っている遺伝子の塩基 配列を明らかにすること自体を目的にはしていないはずである.しかしながら,全ゲノム配列を決 定する意義はきわめて大きいと思われる.遺伝子のクローニングを行っている者にとって,ゲノム 配列が決定されているのといないのとでは,実験の効率やスケールに大きな差がでてくるのは確か である.全ゲノム配列が決定されていれば,あるDNA断片をクローニングしたときに,その一部 の配列を決定するだけで,そこにどのような遺伝子が存在するのかがわかってしまうのである.ま た,自分の扱っている遺伝子に限らず,さまざまな生物の興味ある遺伝子のホモログが存在するか どうかについても調べることができ,もしそれが存在した場合,その遺伝子は容易にクローニング
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できるであろう.そのほかにも,たとえば,変異株の表現型がなかったり,致死になってしまうな どの理由で,いままでの遺伝学的な実験では見逃されてきた遺伝子にもスポットライトが当てられ るであろう. こうした例からもわかるように,全ゲノム配列を知ることには多くのメリットがあり,それだけ に一刻も早い分裂酵母ゲノムプロジェクトの完了が待たれるところである. なお,このようにプロジェクトは現在も進行中のため,本文中で紹介したホームページの内容や アクセスの方法は今後も変更されていくことが予想される.その点はご了承願いたい.
参考文献 1.Hoheisei DJ, Maier E, Mott R, McCarthy L, Grigoriev VA, Schalkwyk CL, Nizetic D, Francis F, Lehrach H (1993) High Resolution Cosmid and P1 Maps Spanning the 14 Mb Genome of the Fission Yeast S. pombe. Cell 73: 109-120 2.Mizukami T, Chang IW, Garkavtsev I, Kaplan N, Lombardi D, Matsumoto T, Niwa O, Kounosu A, Yanagida M, Marr G T, Beach D (1993) A 13 kb Resolution Cosmid Map of the 14 Mb Fission Yeast Genome by Nonrandom Sequence-Tagged Site Mapping. Cell 73: 121-132
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2.ゲノム情報の有効活用法
原島 俊,金子嘉信
2.1.はじめに 出芽酵母 (Saccharomyces cerevisiae) ゲノムの全塩基配列情報から6000を超える遺伝子が同定され た.これまでに遺伝学や生化学の手法で検出されなかった遺伝子が,約2000存在する.これらの遺 伝子の機能解明が,出芽酵母を理解するための今後の重要な課題である.しかし,同時にその成果 を,この生物自体の理解を超えて医学やバイオテクノロジーなど,生物科学全体へ展開することも 多くの人々の期待するところである.ではどのようにして? ということになると答えは必ずしも 簡単ではない.しかし,少なくとも全配列情報が既知でなかった時代には不可能であったか,ある いは可能ではあったが効率よく適用できなかった遺伝子機能の新しい解析法が登場してきたことは 確かである. 従来の分子生物学の根底に流れる考え方は,生命というものを理解するうえで,遺伝子など生命 を構成する個々の要素の性質を突き詰めていくことが有効であり,そのことを通して生命の全体像 も理解できるであろうとする要素還元主義であったように思われる.別のいい方をすれば,特定の 生物種を対象とした特定の現象の研究であっても,それから生命を理解するのに重要で普遍的な原 理を導くことによって生命というものを理解しようとする考え方である.しかし,ゲノムの全配列 が既知となった出芽酵母では,こうした考え方に加え,刻々と経過する時間や外界の環境変化に応 じてすべての遺伝子の振る舞い (発現) を調べることによって生命の全体像を丸ごと理解しようとす る新しいアプローチが可能となった.複雑な生命現象を要素還元的にみるのではなく,全体として とらえるという考え方であり,事実,こうした新しいアプローチによって,従来のアプローチでは 得られなかった新しい知見が得られはじめている. このような流れを受けて,本章では, 「ゲノム情報の有効活用法」 というタイトルのもと,全塩基 配列情報の存在によって効率よく適用できるようになった新しい実験技術について紹介する.本書 は実験書であるが,本章は他と違って,ポストゲノム時代の新しい解析法についての情報をまとめ るというねらいもあると思われるので,原理を主とする解説的な記述も含まれることをお断りした い.また,本章に記述した実験を実際に行うためには,出芽酵母・分裂酵母にかかわらず,イン ターネット上に公開されているデータベースから,配列情報をはじめとする種々のゲノム関連情報 を得ることが必須である.こうしたデータベースの活用の仕方については,§1.ポストゲノム時 代のデータベース を参照していただきたい.
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2.2.どのような解析が可能となったか ゲノムの全塩基配列が既知となることによって初めて可能になったか,あるいは非常に効率よく 行えるようになった実験技術として,1) 網羅的な遺伝子破壊とこれを利用した遺伝子機能の解析技 術,および,2) 網羅的な遺伝子発現プロファイルの解析技術,が挙げられる.前者には,PCRによ る効率的遺伝子破壊アレルの作製,トランスポゾン挿入変異法による網羅的遺伝子破壊株の作製, 遺伝的フットプリンティング(Genetic footprinting) 法や分子バーコード法による遺伝子機能解析, トランスポゾンによる網羅的lacZ融合遺伝子の作製とタンパク質の細胞内局在性の大規模解析など が含まれる.一方,後者の技術には,DNAマイクロアレイ (DNA microarray)法,Serial Analysis of Gene Expression (SAGE) 法,あるいは,mRNAディファレンシャルディスプレイ (mRNA differential display)法などがあろう.これらの技術について,紙面の許すかぎり紹介する.
2.3.網羅的な遺伝子破壊アレルの作製 遺伝子破壊は,遺伝子機能の有効な解析法のひとつとして,従来から個別の研究においても行わ れてきたアプローチである.従来は,遺伝子をクローン化し,これを改変して破壊アレルを作製す
鋳型プラスミドの構築
プライマ−の設計
遺伝子破壊用断片のPCRによる増幅
形質転換
コロニ−PCR法による遺伝子破壊の確認
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2.ゲノム情報の有効活用法
る,との手順がとられてきた.しかし,ゲノムの全塩基配列情報が既知となった出芽酵母では, PCR法を応用して,どのような遺伝子の破壊も遺伝子をクローン化することなく効率よく行えるよ うになった.出芽酵母のすべての遺伝子について破壊変異を作製する研究は,いろいろな意味でい ままでにない情報を与えてくれるものと期待される.しかし,一方では,機能の重複のため,単独 破壊変異では表現型が現れない場合も多く,遺伝子機能を解析するために,多数の遺伝子について 二重破壊変異や三重破壊変異の作製が必要になってくると予想される.そこで,まずそうした多数 の遺伝子の破壊変異アレルをPCR法を利用して効率的に作製する実験手法について,筆者らの経験 を交え述べる.
2.3.1.PCR による効率的遺伝子破壊アレルの作製法[1] 原理を図2・1に示した.実験の流れとしては,1) 遺伝子破壊用DNA断片調製のためのPCR用鋳型
pCgHIS3 (a)
(b) (c)
EcoRⅠ 40塩基+20塩基
HindⅢ
CgHIS3
フォワードプライマー (60塩基)
20塩基+40塩基
PCR
リバースプライマー (60塩基)
CgHIS3 形質転換
(d)
CgHIS3 相同組換え 目的遺伝子 置換 (e)
CgHIS3 コロニーPCR
プライマーA
プライマーC
CgHIS3 プライマーD
プライマーB
図2・1 PCRによる高効率遺伝子破壊 アレルの作製法.
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プラスミドの構築と遺伝子破壊用プライマーの設計,2) PCR反応,3) 形質転換,4) コロニーPCR法 (コロニーから細胞をとって直接PCR反応の鋳型に用いる方法) による遺伝子破壊の確認,という手 順となる.
a.鋳型プラスミドの構築(図 2・1 a) 形質転換体の選択符号として,出芽酵母ではURA3,LEU2,HIS3,TRP1などの遺伝子がしばし ば使われている.しかし,出芽酵母の遺伝子を使えば,PCR産物がそれらの遺伝子由来の配列を含 むため選択符号の遺伝子にターゲットされる可能性もある.この可能性を極力排除するため,
Candida glabrata由来のCgURA3,CgLEU2,CgHIS3,CgTRP1などの遺伝子を使う[2,3].これらの遺 伝子は,出芽酵母のura3,leu2,his3,trp1変異を相補するが,塩基配列の相同性は高くない.した がって,事実上PCR産物が選択符号の遺伝子にターゲットされることはない.ここでは,CgHIS3遺 伝子をpUC19のEcoRI-HindIII部位にクローン化して,鋳型プラスミドpCgHIS3を作製した例を示し た.pCgHIS3は,出芽酵母のどのような遺伝子に対しても遺伝子破壊用断片を調製するためのPCR 反応の鋳型として使うことができる.
b.プライマーの設計(図 2・1 b) プライマー設計の一例を示す.フォワードプライマーとして,目的の遺伝子の+4∼+43の領域 (開 始コドンATGのAを+1とする) に相当する40塩基の配列と,鋳型プラスミドpCgHIS3のEcoRI認識部 位外側の20塩基 (5ユ-CACAGGAAACAGCTATGACC-3ユ) からなる,合計60塩基のオリゴヌクレオチ ドを合成する.リバースプライマーは,目的の遺伝子の,たとえば+1461∼+1500の領域に相当する 40塩基の配列と,pCgHIS3のHindIII認識部位外側の20塩基 (5ユ-GTTGTAAAACGACGGCCAGT-3ユ) の 配列からなる合計60塩基のオリゴヌクレオチドである.したがって,PCRで増幅する遺伝子破壊用 DNA断片の両末端には,ゲノム上の目的遺伝子と,40塩基の長さの相同領域が存在することにな る. この両端の相同領域において起こる組換えによって,目的の野生型遺伝子が破壊アレルに置換さ れる.このとき,相同部の間の距離が長すぎると置換が効率よく行われない可能性もあると考え, 筆者らは,いずれの遺伝子の場合にもそれらの間の距離が約1.5 kb以下となるようにリバースプラ イマーを設計した.また,相同部の長さが長いほど,目的の遺伝子との組換え効率が高くなり,破 壊変異が得られやすいと考えられるが,経費の問題も考え40塩基とした.宿主株の形質転換効率に もよるが,筆者らの経験では,この長さでたいていの場合問題はない.
c.遺伝子破壊用断片の PCR による増幅(図 2・1 c) 1 PCR反応液の調製 鋳型プラスミドDNA(pCgHIS3) (10 ng/μl).......................................... 1 μl フォワードプライマー(10μM)............................................................. 2 μl
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2.ゲノム情報の有効活用法
リバースプライマー(10μM)................................................................. 2 μl dNTP混合液(2.5 mM)............................................................................. 10 μl Ex TaqTM (TaKaRa) (5 units/μl)........................................................... 0.25 μl 10×Ex TaqTM 緩衝液(TaKaRa)............................................................. 10 μl 水 .......................................................................................................... 74.75 μl 全量 ......................................................................................................... 100 μl
2 PCR反応 94℃ ........................................................................................................... 1分間 56℃ ......................................................................................................... 30秒間 72℃ ........................................................................................................... 1分間 を1サイクル 94℃ ......................................................................................................... 30秒間 60℃ ......................................................................................................... 30秒間 72℃ ........................................................................................................... 1分間 を30サイクル 72℃ ........................................................................................................... 7分間 を1サイクル
3 反応液の5μlを使って,増幅産物 (1.78 kbの大きさ) をアガロースゲル電 気泳動で確認する. このプロトコールによってたいていの場合増幅産物が得られるが,得ら れない場合には,フォワードプライマーにおける目的遺伝子由来の40塩 基の配列を少し下流側にずらした位置から選び,新しくフォワードプラ イマーを設計し直す.
d.形質転換(図 2・1 d) コンピテント細胞の調製,および,形質転換は通常の酢酸リチウム法で行って問題はないので, 成書を参照していただきたい[4].終濃度10 %のジメチルスルホキシド (DMSO) を加えることと,42 ℃,20分間の熱ショック処理を行うことにより効率が有意に上昇する. たとえば,培養液20 mlから調製したコンピテント細胞懸濁液100μlと20μlのPCR反応液を使っ て,宿主株の形質転換効率にもよるが,通常100個程度の形質転換体が得られる.このとき,遺伝 子破壊が致死である場合には,形質転換体そのものが取得できないので注意を要する.この可能性 が考えられる場合には二倍体細胞を用いて形質転換体を取得し,四分子分析に供して判定する.
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e.コロニー PCR 法による遺伝子破壊の確認[5](図 2・1 e) 遺伝子破壊確認用プライマーとして,4種のプライマー(A,B,C,D) を設計する. まず,遺伝子破壊用に設計した二つのプライマー配列のそれぞれのすぐ外側 (5ユ側上流および3ユ 側下流) の+鎖および−鎖に相当する20塩基のオリゴヌクレオチドを2種 (プライマーA,プライマー B) 作製する.また,CgHIS3遺伝子コード領域の2ヶ所の+鎖および−鎖に相当する20塩基のオリゴ ヌクレオチドを2種(プライマーC,プライマーD)作製する. プライマーAとプライマーD,プライマーBとプライマーCおよびプライマーAとプライマーBの 組合わせで,以下のようにコロニーPCRを行う. 1 形質転換体のコロニーから,寒天を混入させないように直接少量の細胞 をとり2.2μlの蒸留滅菌水に懸濁する.このとき,細胞の量は,たとえ ばイエローチップの先でコロニーに少し触れる程度で十分である.細胞 が多すぎるとうまくいかない.また,爪楊子を使うとPCR増幅産物が得 られない場合が多い(阻害物質があるのかもしれない). 2 コロニーPCRのための反応液の調製 形質転換体細胞懸濁液(約5×105 cells/2.2μl).................................... 2.2μl フォワードプライマー(プライマーA) (10μM)................................. 0.5μl リバースプライマー(プライマーD) (10μM)..................................... 0.5μl (プライマーBとプライマーC,およびプライマーAとプライマーBの組合わ せでも同様に行う) dNTP混合液(2.5 mM)............................................................................. 0.4μl ウシ血清アルブミン(BSA) (0.1 %).................................................... 0.85μl Ex TaqTM (TaKaRa) (5 units/μl)............................................................ 0.05μl 10× Ex TaqTM 緩衝液(TaKaRa)............................................................ 0.5μl 全量 .............................................................................................................. 5μl
3 PCR反応 94℃ ........................................................................................................... 5分間 を1サイクル 92℃ ........................................................................................................... 1分間 50℃ ........................................................................................................... 2分間 72℃ ........................................................................................................... 2分間 を40サイクル 72℃ ........................................................................................................... 7分間 を1サイクル 38
2.ゲノム情報の有効活用法
4 PCR反応液の全量 (5μl) をアガロースゲル電気泳動に供する.期待通り 遺伝子破壊が行われていれば,プライマーの位置に応じた大きさの増幅 産物が得られるが,遺伝子破壊が起こっていない場合には,増幅産物が 得られない.形質転換体は得られるがどうしても遺伝子破壊が確認でき ない場合 (PCR産物が得られない) には,前述したように遺伝子破壊株が 致死である可能性があるので注意を要する. この方法により,村上康文・有沢幹雄らのグループは第VI番染色体上 の全127個の遺伝子の破壊株を作製した.また,筆者らも,全プロテイ ンホスファターゼ遺伝子 (32個) のうち生存可能な29個の単独または二重 破壊変異株を,現在までに300株以上作製している.
2.3.2.トランスポゾン挿入変異法と遺伝的フットプリンティング法[6,7] 出芽酵母のトランスポゾンであるTy因子を利用して,効率よく遺伝子破壊株を作製し,種々の培 養条件下における生存に重要な遺伝子の同定を網羅的に行う方法が開発されている.原理 (図2・2) は,Ty因子の挿入によって不活化された遺伝子がその培養条件下での細胞の生存に重要な遺伝子で あれば,その挿入変異をもつ細胞は数十世代培養後に集団に含まれないので,このことをPCRによ り判定しようとするものである.
Ty因子挿入変異法による変異株プ−ルの作製
変異株プ−ルを供試培養条件下で60世代以上培養
ゲノムDNAの回収
PCR反応
PCR産物の解析
39
1 Ty因子挿入変異法によって一倍体出芽酵母ゲノムのさまざまな位置に Ty因子が挿入された変異株のプールを作製する (図2・2 a) .これらの変 異株のプールには,作製条件下で致死であるものは当然含まれない. 2 変異株のプールを,供試培養条件下で60世代以上培養する (図2・2 b) . 3 細胞を集め,ゲノムDNAを回収する (図2・2 c) .これは,その培養条件 下で60世代後も生き残った変異株由来のゲノムDNAのプールである.
(a)
トランスポゾン挿入遺伝子破壊株プール
いろいろな培養条件
(b)
60世代以上培養
フォワードプライマー (c) Ty因子 δ配列
遺伝子X リバースプライマー
遺伝子X
遺伝子X PCR,電気泳動
(d)
(e)
世代=0
40
2
>60
図2・2 トランスポゾン挿入変異法と 遺伝的フットプリンティング法による 遺伝子機能解析.
2.ゲノム情報の有効活用法
4 これを鋳型とし,Ty因子の末端に存在するδ配列に特異的な25塩基のオ リゴヌクレオチドをフォワードプライマーに,5ユ末端を蛍光で標識した 各遺伝子に特異的な24塩基のオリゴヌクレオチドをリバースプライマー にして,PCR反応を行う (図2・2 d) .このとき,ゲノムに多数存在する δ配列とフォワードプライマーがアニールしないように,フォワードプ ライマーの25塩基のうち16塩基は,あらかじめδ配列に隣接して配置し たBamHI-SmaI-SacIのポリリンカー配列とする.対照として,培養前 (世 代 = 0)における細胞集団からも同様にゲノムDNAを調製し,PCR反応 を行う. 5 PCR産物の長さを自動シークエンサーで解析する (図2・2 e) .Ty因子が 挿入された遺伝子が生存に重要な遺伝子であれば,PCR産物がみられな い. Smithらは,この方法により第V番染色体上の268個の遺伝子の機能を 種々の培養条件下で解析し,157個の遺伝子が供試培養条件下のいずれ かにおいて増殖になんらかの役割をもつことを示した[7].
2.3.3.分子バーコード法による欠失変異株の作製と遺伝子機能解析[8] 個々の遺伝子が特異的なタグで識別されるような欠失変異株をPCRを利用して作製し,これを遺 伝子機能の解析に利用しようとする方法である(図2・3). 1 PCRのプライマーをつぎのように設計する (図2・3 a) .すなわち,フォ ワードプライマーとして,目的の遺伝子の5ユ末端上流領域の配列に相当 する30塩基の下流に,18塩基のタグプライミング部位,ついで20塩基の 遺伝子特異的なタグ配列,最後にカナマイシン耐性遺伝子 (Kanr) の5'末 端上流領域に相当する18塩基を連結した合計86塩基のオリゴヌクレオチ ド合成する.また,目的の遺伝子の3ユ末端下流領域の配列に相当する50 塩基とKanr遺伝子の3ユ末端下流領域に相当する18塩基からなる合計68塩 基のオリゴヌクレオチドをリバースプライマーとして合成する. 2 これらのオリゴヌクレオチドをプライマーとし,Kanr遺伝子を鋳型とし て,1回目のPCRを行う(図2・3 b) . 3 全長のPCR産物量を増やすため,この1回めのPCR産物を鋳型とし,期 待される全長のPCR産物の5ユ末端および3ユ末端に相同な20塩基からなる オリゴヌクレオチドをプライマーとして,2回目のPCR反応を行う(図 2・3 c) . 41
プライマ−の設計 欠失変異株のプール作製と 供試培養条件下での培養 1回目のPCR反応
DNA調製 2回目のPCR反応
非対称PCR反応 PCR産物で出芽酵母を形質転換 DNAマイクロアレイにハイブリダイズ・解析
4 このPCR産物で出芽酵母を形質転換すれば,相同組換えによってPCR産 (図2・3 d) .こ 物と標的遺伝子とが置換され,欠失変異株が作製できる うして作製された種々の遺伝子の欠失変異は,それぞれが20塩基の特異 的なタグによって識別できる. 5 プールした欠失変異株の集団を,供試培養条件において混合培養後,ゲ ノムDNAを調製する.これを鋳型とし,タグプライミング部位に相同 な配列をもつ共通フォワードプライマーと,5ユ末端を蛍光ラベルしたタ グ増幅用共通リバースプライマーを用いて,非対称PCRを行う (図2・3 e) .このとき,リバースプライマーをフォワードプライマーの10倍量過 剰に入れておけば,56塩基の大きさをもつ一本鎖のPCR産物が生成す る. 6 これを種々のタグ配列に相同な配列を埋め込んだDNA マイクロアレイ (後述) にハイブリダイズさせる.ハイブリダイズした蛍光シグナルを共 焦点レーザー顕微鏡によって検出し,解析ソフトウェアにより定量化す る. Shoemakerらは,この方法で作製したいくつかの栄養要求性欠失変異 株を種々の培養条件下で培養してパイロット実験を行い,本法の有効性 を示した[8]. 今後,ゲノムレベルでの大規模な遺伝子機能の解析だけでなく,分子 生態学(molecular ecology)への応用など種々の応用が考えられる. 42
2.ゲノム情報の有効活用法
上流相同領域 (30塩基)
下流相同領域 (50塩基) 目的遺伝子
(a)
標的ORFと20塩基タグを (30塩基) リストから選択 20塩基タグ 5′ (18塩基) 68塩基 3′ タグプライミング Kan r (18塩基) 3′ (50塩基) 86塩基 (18塩基) 5′ 1回目のPCR
(b) (20塩基) 5′ 3′
Kan r 3′ 5′ (20塩基)
2回目のPCR と形質転換
(c)
Kan r 相同組換え 目的遺伝子 (d)
置換 共通フォワード 20塩基タグ プライマー
(e)
Kan r 蛍光標識共通リバース タグプライミング部位 プライマー (18塩基) ゲノムDNAを鋳型とした (56塩基) 非対称PCR 分子バーコード
図2・3 分子バーコードをもつ遺伝子 破壊アレルの作製法.
2.4.網羅的な遺伝子発現プロファイルの解析 網羅的な遺伝子発現プロファイルの解析も,ゲノムの全配列情報が既知となった出芽酵母では特 に有効に適用できる新しい解析法である.たとえば,ある培養条件下で増殖している出芽酵母のす べての遺伝子について,時々刻々にどの遺伝子がどのようなレベルで発現しているかを明らかにす ることなどは,全配列情報が既知となる以前には到底考えられなかった解析である.
43
こうした解析法の代表的なものとして,DNAマイクロアレイ法,SAGE法,mRNAディファレン シャルディスプレイ法が挙げられる.しかし,mRNAディファレンシャルディスプレイ法について は,すでに多くの文献が発表されているので[9],ここでは,前二者の方法の原理とその応用につい て述べる.
2.4.1.DNA マイクロアレイ法[10] いわゆるDNAチップを用いる方法である.目的の遺伝子の適当な領域をPCR法によって増幅し, これをスライドグラス上の特定の位置に張りつけ変性処理を行うか,または変性後にナイロンメン ブレン上の特定の位置に張りつけ,ハイブリダイゼーション可能な形にする方法 (図2・4 a) ,ある いは25塩基の種々のオリゴヌクレオチドをスライドグラス上の特定の位置で直接合成して用いる方 法,のいずれかが行われている. 前者の方法に使用可能な出芽酵母の6000の遺伝子のそれぞれを増幅するプライマーも市販されて いる(Research Genetics社; http://www.resgen.com).これによれば(図2・4 b),供試条件下で培養し た出芽酵母から調製したmRNAを鋳型として蛍光標識されたcDNAを合成し,これをプローブとし てチップ上でハイブリダイゼーションを行う.各チップ上の蛍光強度を顕微鏡とCCDカメラおよび コンピュータを連結した測定装置で自動的に測定する.どのスポットがどの遺伝子に対応するか は,コンピュータにあらかじめ登録されている.cDNA合成時に,緑,赤など異なる発色をする蛍 光化合物で標識すれば,緑色や赤色のシグナル,二つを重ね合わせたときの黄色シグナル,という ふうに種々の条件下での発現プロファイルの比較が同一のチップを用いて精度よく行える.
(a)高密度DNAマイクロアレイの作製
プライマー
(b)DNAマイクロアレイを用いた転写解析 細胞からmRNAの分離
遺伝子1
遺伝子2
遺伝子3
遺伝子6000
PCRで 各遺伝子DNA断片を増幅
蛍光標識されたcDNAの合成 培養条件1
蛍光標識cDNA断片のDNAマイクロ アレイへのハイブリダイゼーション ポリL−リジン処理した 顕微鏡スライドグラス への固定,変性 あるいは 変性処理してナイロン メンブランへの固定
図2・4 DNAマイクロアレイ法による網羅的転写解析.
44
培養条件2
共焦点レーザー蛍光顕微鏡での ハイブリダイゼーションパターンの解析
2.ゲノム情報の有効活用法
この方法により,出芽酵母の6000の遺伝子の転写が,グルコース消費の経時変化とともにどのよ うに変化していくかを,野生型株,tup1遺伝子破壊株,YAP1遺伝子の過剰発現株について解析した ] デ ー タ が , 詳 し い プ ロ ト コ ー ル と と も に イ ン タ ー ネ ッ ト 上 で 公 開 さ れ て い る [ 1 1(h ttp://
cmgm.stanford.edu/pbrown/) .野生型株に比べて,それらの株で何倍以上発現上昇がみられる遺伝子 だとか,何分の1以下に発現が低下する遺伝子だとかの条件を入力すれば,条件に合致する遺伝子 名をリストすることもできる. しかし,従来のノーザン法によるデータと必ずしも合致しないことも明らかになっている.従来 のノーザン法ではプローブとしてDNAを用いるが,この方法ではmRNAから合成したcDNAをプ ローブとして用いる.したがって,定量性を問題にする場合には,合成したcDNAはmRNAプール における各mRNA種の量を正確に反映していることが前提条件となる.こうした点に問題があるの かもしれない. このDNAマイクロアレイ法は,大規模な発現解析のためだけでなく,前述のように,分子バー コード法などと組合わせて,ある培養条件下で重要な働きをする遺伝子の網羅的な機能を解析する など,今後多様な応用が考えられる.
2.4.3.SAGE 法[12] Velculescuらは,網羅的な遺伝子発現プロファイルの解析法として,SAGE法と呼ばれる方法を提 案した(図2・5).DNAマイクロアレイに対するこの方法の特徴は,プローブが不要であることで ある. 1 mRNAを鋳型に,5ユ末端をビオチンで標識したポリT配列をプライマー にして二本鎖cDNAを合成する (図2・5 a). 2 これをNlaIIIのような4塩基認識の制限酵素 (アンカー制限酵素と呼ぶ) で 切断する.NlaIIIは合成したcDNAを,平均的に少なくとも1回 (44 = 256 塩基に1回) 切断すると期待される.ビオチンと親和性のあるストレプト アビジンビーズに結合させ,回収する(図2・5 b). 3 この試料を半分に分け,それぞれのcDNA試料の一端に,認識部位から 20塩基程度離れたところで切断するII型の制限酵素 (タギング制限酵素と 呼ぶ.たとえば,FokIあるいはBsmFI) の認識部位をもつ43塩基程度の長 さの2種のリンカー (リンカーA,リンカーB) をリガーゼ反応により連結 する(図2・5 c) . 4 これをタギング制限酵素で切断すると,切断末端に種々のmRNA種から 由来した9∼11塩基 (用いるタギング制限酵素によって違う) の長さの特 45
二本鎖cDNAの合成 連 結 アンカ−制限酵素で切断 PCR反応 ストレプトアビジンビ−ズにて回収 アンカ−制限酵素で切断 試料を半分に分け,2種のリンカ−を連結 コンカテマ−化 タギング制限酵素で切断 塩基配列の決定
異的な配列(タグ)をもつDNA断片が生成する (図2・5 d). 5 これらを平滑末端にしたのち,リガーゼ処理により連結する.これを鋳 型とし,それぞれのリンカーに特異的なプライマーを用いてPCR反応を 行う(図2・5 e) . 6 PCR産物をアンカー制限酵素で切断処理すると種々のダイタグ (Ditag) の プールが生成する.これをリガーゼ処理によりコンカテマー化させ, 0.5∼2 kb の長さをもつ画分をポリアクリドアミドゲル電気泳動法 (PAGE) で分離して,適当なベクターにクローン化する(図2・5 f). 7 塩基配列を決定する. この方法により,一つのクローンで通常10∼50種のダイタグの配列を 決定することができ,比較的短期間で数千のレベルで細胞内に存在する mRNA分子種を同定できる. Velculescuらは,この方法を,対数増殖期,S期およびG2/M期で細胞 周期を停止させた出芽酵母に応用し,60,633個のタグを解析した[13].そ して,3種の条件のいずれかで4665個の遺伝子が転写されており,この うち1981種が既知のもので,残りの2684種がいままで解析が行われてい ない遺伝子由来であることを示した.意外にも,3種の条件で著しく発
46
2.ゲノム情報の有効活用法
アンカー制限酵素で切断 ストレプトアビジンビーズに結合 AAAAA TTTTT AAAAA TTTTT AAAAA TTTTT
(a)
(b)
AAAAA TTTTT AAAAA TTTTT AAAAA TTTTT
GTAC GTAC GTAC
半分に分け リンカーAとBを結合
A CATG GTAC (c)
A CATG GTAC A CATG GTAC
AAAAA TTTTT AAAAA TTTTT AAAAA TTTTT
B CATG GTAC
AAAAA TTTTT AAAAA TTTTT AAAAA TTTTT
B CATG GTAC B CATG GTAC
タギング制限酵素で切断 末端平滑化
(9∼11塩基) (d)
(9∼11塩基)
GGATGCATG ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ CCTAC GTAC ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★
A
TE AE
GGATGCATG CCTAC GTAC
B
タグ
TE AE
タグ
プライマーA 結合して,プライマーAとBでPCRにより増幅 (e)
A
GGATGCATG ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ CCTAC GTAC ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★
GGAT GCATG CCTACGTAC
B プライマーB
ダイタグ
アンカー制限酵素で切断し、 ダイタグを分離して濃縮, コンカテマー化後,クローン化
(f)
CATG ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ GTAC ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★
CATG ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ GTAC ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★
AE
タグ1
タグ2
AE
タグ3
ダイタグ
CATG GTAC
タグ4
AE
ダイタグ
塩基配列の決定
図2・5 SAGE法.
現レベルが違う遺伝子は1 %以下であった.また,転写量は細胞当たり 0.3∼425分子の幅があることなどを明らかにし,これらの情報をもと に,16本の染色体のすべてについて転写マップを作成した.
47
2.5.おわりに 出芽酵母ゲノムの全塩基配列情報が決定されたことによって,いままでとは次元の違う多くの新 しい知見がもたらされた.しかし,その最大の成果は,逆説的ないい方かもしれないが,遺伝学 的・生化学的研究における多大な努力にもかかわらず,いままでに検出されなかった遺伝子が2000 もあることが明らかになったことにあるように思われる.なぜなら,この事実は従来の研究手法だ けでは全ゲノムの解明に迫ることが困難であることを如実に示しているわけであり,これからの生 命科学の研究者に,好むと好まざるとにかかわらずゲノムを意識した新しいアプローチの必要性を 認識させたからである. 本章では,そうした新しいアプローチのいくつかを紹介したが,重要であるにもかかわらず,紙 面の都合で割愛せざるをえなかったものもかなりある.たとえば,細胞内の全タンパク質はゲノム に対応させてプロテオームと呼ばれているが,二次元電気泳動の全スポットと遺伝子の対応や,遺 伝子破壊変異株での泳動パターンの変化などの解析から,タンパク質レベルでのゲノムワイドな発 現制御ネットワークを解析するアプローチもそのひとつである.また,ポストゲノム時代にはいろ いろな意味で染色体の操作が重要になってくると考えられるが,出芽酵母ではゲノムの全配列が既 知となることによって,染色体操作が飛躍的に効率よく行えるようになった.たとえば,最近筆者 らは,一倍体出芽酵母において,染色体を複製可能な形として任意の位置で分断する技術を開発し たが[14],配列情報を基盤にしたこうした染色体の操作技術も紙面が限られているため紹介できな かった. いずれにしても,分子細胞生物学の研究において,本書の他章で紹介された多くの実験手法だけ でなく,本章で紹介したようなゲノム情報を基盤にした新しい解析技術や考え方が今後ますます重 要になってくるように思われる.
参考文献 1.Baudin A, Ozier-Kalogeropoulos O, Denouel A, Lacroute F, Cullin F. (1993) A simple and efficient method for direct gene deletion in Saccharomyces cerevisiae. Nucl. Acids Res. 21: 3329-3330 2.Kitada K, Yamaguchi E, Arisawa M(1995)Cloning of the Candida glabrata TRP1 and HIS3 genes, and construction of their disruptant strains by sequential integrative transformation. Gene 165: 203-206 3.Zhou P, Szczypka MS, Young R, Thielw DJ(1994)A system for gene cloning and manipulation in the yeast Candida glabrata. Gene 142: 135-140 4.原島俊,小川暢男(1996)宿主・ベクター系と形質転換法.大嶋泰治(編著) 酵母の分子遺伝学実験 法.学会出版センター,東京,pp119-144 5.Huxley C Green ED, Dunbam (1990) I Rapid assessment of S. cerevisiae mating type by PCR. Trend. Genet. 6: 236 6.Smith V, Botstein D, Brown PO (1995) Genetic footprinting: a genomic strategy for determining a geneユs func48
2.ゲノム情報の有効活用法
tion given its sequence. Proc. Natl. Acad. Sci.USA. 92: 6479-6483 7.Smith V, Chou KN, Lashkari D, Botstein D, Brown PO (1996) Functional analysis of the genes of yeast chromosome V by genetic footprinting. Science 274: 2069-2074 8.Shoemaker DD, Lashkari DA, Morris D, Mittmann M, Davis RW (1996) Quantitative phenotypic analysis of yeast deletion mutants using a highly parallel molecular bar-coding strategy. Nature Genet. 14: 450-456 9.Crauwels M, Winderickx, de Winde JH, Thevelein JM(1997)Identification of genes with nutrient-controlled expression by PCR-mapping in the yeast Saccharomyces cerevisiae. Yeast 13: 973-984 10.Schena M, Shalon D, Davis RW, Brown PO(1995)Quantative monitoring of gene expression patterns with a complementaty DNA microarray. Science 270: 467-470 11.DeRisi JL, Iyer VR, Brown P(1997)Exploring the metabolic and genetic control of gene expression on a genomic scale. Science 278: 680-686. 12.Velculescu VE, Zhang L, Vogelstein B, Kinzler KW (1995)Serial analysis of gene expression. Science 270: 484-487 13.Velculescu VE, Zhang L, Zhou W, Vogelstein J, Basrai MA, Bassett Jr.DE, Hieter P, Vogelstein B, Kinzler KW (1997)Characterization of the yeast transcriptome. Cell 88: 243-251 14.Widiant D, Mukai Y, Kim K-H, Harashima S, Oshima Y (1996) One step splitting of a chromosome in haploid cells of Saccharomyces cerevisiae and its effect on the cell proliferation. J. Ferment. Bioeng. 82: 199-204
49
Ⅲ.細胞内構造の解析
1.細胞内構造の染色法
1.1.出芽酵母
大矢禎一・東江昭夫
1.1.1.はじめに 出芽酵母の細胞内構造体は古くから蛍光色素を使って解析されてきたが,十数年前から蛍光抗体 法が頻繁に用いられるようになり,さらには数々の新しい蛍光物質の開発があいついできた.最近 では,GFP (green fluorescent protein) との融合タンパク質を酵母内で発現することにより,生きたま まで直接観察する技術も定着してきている.光学顕微鏡による観察は,解像度の点からみると電子 顕微鏡による観察には及ばないが,逆に観察の容易さ,生きたままでも観察できるという利点を生 かして,今後も蛍光顕微鏡による観察技術はますます発達することが期待されている. 本節では,さまざまな細胞内構造を観察するための古典的な蛍光染色法から最新技術まで,特に 実際に容易に行える方法を中心に取り扱った.これらの方法を基礎にして,さまざまな応用も可能 であろう.本節で紹介した蛍光試薬を使った観察に適した蛍光顕微鏡の蛍光フィルターを表1・1に 挙げる.
表1・1 蛍光色素の励起波長と蛍光波長のまとめ 試薬名 Fluorescein-isocianate (FITC) Tetramethylrhodamine-isocianate (TRITC) Cy3 4,6-diamidino-2-phenylindole HCl (DAPI) Rhodamine-Phalloidin EGFP Aniline blue Propidium iodide Calcofluor white (Fluorescent brightener 28) Qunacrine DiOC6 SYBR Green
励起波長 (nm) 490 541 552 372 550 488 395 530 350 420 484 490
蛍光波長 ミラーユニット (nm) Olympus 520 572 565 456 580 507 495 615 430 500 501 525
IB IG IG U G,IG IB NV IB,G,IG U BV IB IB
FilterCube Nikon B-2A G-2A G-2A UV-2A G-2A GFP-LP G-2A UV-2A BV-2A B-2A B-2A
参考:Olympus “Applications of Fluorescence Microscopy” Nikon “Fluorochromes and Recommended Nikon Filter Cube”
53
1.1.2.細胞壁[1,2] a.原理 細胞壁の蛍光顕微鏡による観察は,1970年代ごろから行われてきた.アニリンブルーが1,3-β-グ ルカンに,コンカナバリンA (ConA) がマンナンタンパク質に,Calcofluor whiteがキチンに,それぞ れ特異的に結合することを利用したものである.現在では抗1,3-β-グルカン抗体を用いて蛍光抗体 法を用いて染色することも可能であるが,ここでは蛍光物質による染色法を紹介する.
b.準備 ストック溶液 •
アニリンブルー(Wako)............................................ 5 mg/mlをPBSに溶かす
•
FITC結合ConA (Sigma, C7642)................................ 1 mg/mlをPBSに溶かす
•
Calcofluor white (Sigma, F3397)........................... 1 mg/mlを蒸留水に溶かす これらの溶液は4℃で暗所に保存し,数週間は使用可能である.
c.1,3- β - グルカンの染色 1 約0.5∼2×107個の生細胞を遠心で集菌する. 2 PBSで細胞を1回洗い,ハンディタイプのソニケーター (Sonifier II) で20 秒間処理する. 3 90μlのPBSで懸濁し,10μlのアニリンブルーストック溶液を加える (終 濃度0.05 %). 4 室温で5分間放置する. と混合し, 5 マウント液 (0.01 % p-フェニレンジアミン グリセロール溶液) V励起光のもとで観察する. トラブルシューティング ホルマリンで固定後アニリンブルーで染色すると,細胞質が染色される ことがある.また,死滅した細胞では本来の緑色ではなく,細胞質が青色 に染色されることがある.この点は適切なフィルターを使うことで改善さ れる(表1・1参照) .
54
1.細胞内構造の染色法
d.マンナンタンパク質の染色 1 約0.5∼2×107個の生細胞を遠心で集菌する. 2 PBSで細胞を1回洗い,1.5 mlのPBSに懸濁したのち,0.15 mlのFITC結合 ConAストック溶液を加えて,5∼30分間インキュベートする. 3 PBSで細胞をすばやく1回洗い,つぎに0.45 mlのPBSに懸濁し,50 mlの 37%ホルマリン溶液を加えて,30分間室温で放置する. 4 マウント液と混合し,Blue励起光のもとで観察する. トラブルシューティング FITC結合ConAを使うと,生きているままで細胞を染色することが可能で あり,染色後再び培地中で2時間から3時間培養すると,新たに合成された 部分が染色されずに黒く抜けるのが観察できる.この場合,ホルマリンに よる固定は,さらに培養したのちに30分間行う.
e.キチンの染色 1 生細胞か,あるいはホルマリン溶液で固定した細胞を集菌する.
(a)
(b)
(c)
図1・1 細胞壁の染色.出芽酵母の野生型株の細胞壁を, (a) アニリンブルー, (b) FITC結合ConA, (c) Calcofluor whiteで染色し,それぞれ1,3-β-グルカン,マンナンタンパク質,キチンを染色した(峯村昌代氏 提供) .
55
2 蒸留水で細胞を1回洗い,ハンディタイプのソニケーター (Sonifier II) で 20秒間処理する 3 Calcofluor溶液に懸濁し,数分後,蒸留水で細胞を2回洗う 4 スライドグラスにマウントして,UV励起光のもとで観察する
f.実験例 細胞壁の構成成分である1,3-β-グルカン,マンナンタンパク質,および,キチンの染色像を図1・ 1に示す.
1.1.3.核 a.原理 核の染色は,核に局在する物質を蛍光染色や間接蛍光法などにより検出することで行われる. DNAに結合する蛍光色素を用いる方法が一般的である.後述するように,適当な核内タンパク質 とGFPとの融合タンパク質を用いると,核の生体染色も可能である.
b.DAPIによる核染色 準備 •
W303D株(MATa/MATα leu2/- his3/- trp1/- ura3/- ade2/- can1/- )
•
4ォ,6-diaminidino-2-phenylindole (DAPI) (Sigma)0.125μg/ml (暗冷所に保存)
•
70 % エタノール(固定用)
•
n-propylgallate(消光防止剤)
•
グリセロール (蛍光物質不含)
•
10 mg/ml n-propylgallate 90 %グリセロール溶液(マウント液)
1 1 mlの酵母細胞培溶液 (対数増殖期) をサンプルチューブに移し集菌する (卓上遠心機で3000 rpm,2分間). 2 1 mlの無菌水に懸濁し,細胞を沈殿させる. 3 1 mlの70%エタノールに懸濁し,室温に30分間おいて固定する. 4 1 mlの無菌水で2回洗う.
56
1.細胞内構造の染色法
図1・2 野生型W303D株の対数増殖 期の細胞をDAPIで染色した.芽のサ イズと核の形態から,各細胞が細胞周 期のどの時期にいるかが推定できる.
5 固定した細胞を150μlの無菌水に懸濁し,150μlのDAPI溶液を加え,10 分間室温におく. 6 1 mlの無菌水で2回洗う. 7 細胞を100μlのマウント液に懸濁して,その2μlをスライドグラスに置 き,カバーグラスをのせて上から均一に指で押す. 8 UV励起で観察する(図1・2). トラブルシューティング DAPIはATリッチなDNAとの親和性が高いので,ミトコンドリアDNAも よく染色される.ミトコンドリアが観察の邪魔になるときは,ミトコンド リアDNAを除去した株を用いるとよい. 蛍光は励起光の照射中に消光していくので,サンプルには可能なかぎり 短い期間のUV照射を心がける.
c.GFP 融合タンパク質を用いた核の構成成分の生体染色 ここでは出芽酵母のチューブリンの観察を行う.ガラクトースで誘導されるGFP-TUB1融合遺伝 子を出芽酵母細胞に導入し,GFP-TUB1融合タンパク質を発現させる.GFP-TUB1融合タンパク質 はチューブリンに取り込まれるので,スピンドル,SPBや細胞質チューブリンを標識することがで きる. 準備 •
プラスミドTOp531 (YIp型,GAL1p-GFP-TUB1 URA3)
•
野生型W303D株にTOp531プラスミドを導入する(URA3座に組み込む)
•
SR-Ura (2 %ラフィノースを炭素源として用いた合成培地)
•
5 %ガラクトース溶液 (滅菌済み)
57
図1・3 GFP-TUB1融合タンパク質の 観察.上は位相差顕微鏡像,下はGFP 蛍光像.
1 W303D (TOp531) をSR-Ura培地5 mlで一晩培養(25℃で振とう培養) し, 集菌する. 2 無菌水で2回洗浄したのち,5 mlの新しいSR-Ura培地5 mlに懸濁し,0.5 mlのガラクトース溶液を加えて培養を続ける. 3 培養液の一部をとって,GFPの蛍光をB励起で観察する (図1・3) .ガラ クトースを加えて2時間後からGFPの蛍光の輝点が見えはじめる. トラブルシューティング ガラクトースによるGFP-TUB1融合タンパク質の発現が強すぎると,細 胞内に異常な輝点が現れる.このようなときには,ガラクトースでGFPTUB1融合タンパク質の発現を誘導したのち,グルコース培地に移してGAL プロモーターをシャットオフし,観察を続ける.
TOp531以外のGFP-TUB1融合遺伝子も利用可能である. pAFS91:HIS3遺伝子のプロモーターで制御されるGFP-TUB1融合遺伝子 pAFS125:TUB1遺伝子のプロモーターで制御されるGFP-TUB1融合遺伝子 これらの融合遺伝子には,A.F. Straight博士から分与された変異型GFPである GFPS65Tが用いられている.
d.GFP を利用した染色体の視覚化[3] 一つの染色体に大腸菌のlacオペロンのオペレーター配列を約200コピー挿入した菌株に,GFP-lacI 融合遺伝子を導入し発現させる.GFP-LacI融合タンパク質はLacI (リプレッサー) の部分でLacオペ レーターに結合するので,GFP-LacI融合タンパク質は染色体中に挿入されたLacオペレーター配列
58
1.細胞内構造の染色法
に結合し,染色体をGFPの輝点として観察することができる. 染色体の倍加,細胞分裂時における染色体の分離をリアルタイムで観察することができる.
1.1.4.液胞[4] a.原理 液胞の染色法には,液胞内部が酸性コンパートメントであることを利用してキナクリンで染色す る方法,エンドサイトーシスの過程を利用してLucifer yellowを取り込ませる方法,ade1変異株や
ade2変異株を使って液胞内部に蛍光性の色素を蓄積させて観察する方法,などがある.そもそも液 胞は,位相差顕微鏡やノマルスキー微分干渉顕微鏡で観察可能であり,ここで紹介する蛍光顕微 鏡で観察する方法は,液胞の構造を観察する方法というよりも,液胞の生理機能を調べるための方 法である.したがって,生きたままの細胞を処理して染色する.
b.準備 •
キナクリン(Sigma)............................................................................... 0.5 mM
•
Lucifer yellow carbohydrazide (LY-CH) (Molecular Probes)............... 5 mg/ml いずれも,培地には要時調製して加える.
c.キナクリンによる染色 1 YPD培地で約1∼2×107 cells/mlまで培養した細胞を,遠心で集菌する. 2 0.5 mMキナクリン,50 mM リン酸ナトリウムバッファー(pH 7.5)を含 むYPD培地に懸濁し,20分間,30℃で培養する. 3 細胞を集菌後,YPD培地で2回洗い,スライドグラス上にマウントし, UV励起光のもとで観察する.
d.Lucifer yellow による染色 1 YPD培地で約1∼2×107 cells/mlまで培養した細胞を,遠心で集菌する. 2 5 mg/ml LY-CHを含むYPD培地1 mlに懸濁し,2時間,30℃で培養する. このときのYPD培地は,必ずグルコースを別にオートクレーブしたもの を用いる.
59
(a)
(b)
図1・4 液胞の染色.酸性コンパー トメントを染色するキナクリンを用 いて, (a) 酵母の野生型株と, (b) 液 胞膜H+輸送性ATPase欠損株の液胞を 染色した.上は位相差顕微鏡像,下 はキナクリン蛍光像.野生型酵母で は液胞がキナクリンで染色されるが, 液胞膜ATPaseの欠損株では液胞内部 が酸性化されず,位相差顕微鏡下で は液胞は観察されるものの,キナク リンで染色されない(梅基直行博士 提供) .
3 細胞を4℃で集菌後,4℃のPBS+2%グルコースで1回洗い,スライドグ ラス上にマウントし,すぐにV励起光のもとで観察する.
e.ade1 変異株や ade2 変異株の染色 1 YPD培地で定常期まで,特に,アデニン生合成の前駆体が液胞に蓄積し て培養液の色が赤色になるまで細胞を培養する. 2 スライドグラスにマウントして,UV励起光のもとで観察する
f.実験例 野生型酵母および液胞内部が酸性化できなくなった変異株 (液胞膜ATPaseのサブユニットの変異 株) のキナクリン染色では,液胞内部の酸性化がキナクリン染色に必要であることがわかる (図1・ 4).
1.1.5.ミトコンドリア a.原理 出芽酵母の細胞質には数十個のミトコンドリアがある.ミトコンドリアDNAは細胞を固定後, DAPI染色で観察することができる.膜電位を保っているオルガネラを染色する蛍光色素 (ここでは DiOC6を用いる) によって,生細胞のミトコンドリアを観察することができる.また,蛍光色素サ
60
1.細胞内構造の染色法
イバーグリーンは生細胞に取り込まれDNAに結合するので,DNAの生体染色に用いられる.酵母 ではミトコンドリアDNAを強く染色する.
b.DAPIによるミトコンドリアDNAの染色 準備 •
§1.1.3.核 で用いたものと同様の溶液.
•
Δyge1/Δyge1 ura3/ura3株にYGE1遺伝子の発現をガラクトースで誘導できる ように構築したGAL1-YGE1-URA3融合遺伝子をもつプラスミドを導入す る.
ミトコンドリアの分配に必須なタンパク質Yge1を枯渇させたときのミトコ ンドリアDNAの消長[5] 1 形質転換体をSGal-Ura培地で対数増殖期まで増殖させたのち,培養液を SC-Ura培地代えて培養を続ける.SC-Ura培地中ではYGE1遺伝子の発現 は停止する. 2 経時的にサンプリングし,70 %エタノールにて室温で30分間固定する. 3 細胞を無菌水で2回洗浄したのち,100μlの無菌水に懸濁する.これに 100μlのDAPIストック溶液を加え,室温で10分間染色する. 4 500μlの無菌水で3回洗浄したのち,細胞をマウント液に混合して顕微 鏡観察する(図1・5).
(a)
(b)
(c)
(d)
図1・5 DAPI染色によるミトコンド リアDNAの観察.Yge1タンパク質の 生産を停止してから0時間後(a),10 時間後(b),16時間後(c),28時間後 (d) .細胞内の大きな輝点は核 (cの矢 頭),その周りの小さな点がミトコ ンドリアDNAである.Yge1タンパク 質が枯渇するとミトコンドリアDNA が凝集し(cの矢印),ミトコンドリ アをもたない細胞が増えていく.
61
(a)
(b)
(c)
(d)
図1・6 DiOC6によるミトコンドリア の生体染色.Yge1タンパク質の生産 を停止してから0時間後 (a) ,10時間後 (b),16時間後(c),28時間後(d).ミ トコンドリアはひも状にみえる.(d) の矢頭は小胞体が弱く染色されてい ることを示している.
c.DiOC6 によるミトコンドリアの染色 準備 •
3,3ユ-dihexyloxacarbocyanine(DiOC6) (Sigma)100 mg/mlエタノール溶液(暗冷
•
b.と同様の菌株
所に保存)
1 b.と同様にサンプリングし,固定液を加えず,1 mlの培養液に1 mlの DiOC6溶液を加える. 2 B励起により緑色の蛍光が観察される(図1・6). DiOC6はミトコンドリア膜以外の膜も染色する.ミトコンドリアと比 べると弱いが,図1・6にもみられるように,ほかの膜系も染色される.
c.サイバーグリーンによるミトコンドリア DNA の染色 準備 •
サイバーグリーン(Molecular Probe).................................................. 1 mg/ml
1 野生型W303D株を,SC培地で一晩培養する. 2 新しい合成培地5 mlに一晩培養液0.5 mlと1 μlのサイバーグリーン溶液 を入れ,25℃で培養を続ける.
62
1.細胞内構造の染色法
(a)
(b)
図1・7 サイバーグリーンによるミ トコンドリアDNAの生体染色. (a) 位 相差顕微鏡像, (b) 下部は蛍光像.細 胞の周縁部にミトコンドリアDNAが 存在する.細胞によっては核も染色 される.
3 経時的にサンプリングし蛍光顕微鏡で観察する(図1・7). サイバーグリーンを培養に加えて3時間後から蛍光が観察されるよう になる.ミトコンドリアが強く染色され,核は染色されないか,弱く染 色される.
1.1.6.小胞体[6] a.原理 現在までに,小胞体を特異的に染色する方法は開発されていない.動物細胞では膜電位差を感知 して蛍光を発するDiOC6が小胞体を染色することが知られているが,酵母では成功していない.唯 一可能なのは,小胞体に局在するタンパク質を蛍光抗体法で染色することである.
b.Kar2 タンパク質の蛍光抗体による染色 Kar2p (Bip) は,少なくとも小胞体の一部に局在しているタンパク質であり,Kar2pを蛍光抗体で 63
(a)
(b)
(c)
(d)
(e)
(f)
図1・8 小胞体の染色.Gns1pという 長鎖脂肪酸代謝に関与するタンパク 質にHAタグをつけ発現させた株を, 間接蛍光抗体法により,HAに対する マウスモノクローナル抗体(a)と, Kar2pに対するウサギ抗体(b)とで二 重染色した.(c)はDAPIで染色した 核の像である.タグがついたGns1pは Kar2pと同じく小胞体に局在している のがわかる.(d)∼(f)はコントロー ルで,タグつきGns1pを発現していな い細胞を,H A に対する抗体(d ), K a r 2 p に対する抗体(e ),および, DAPI (f) で染色した (峯村昌代氏 提供) .
染色することにより小胞体を染色することができる.しかしながら,Kar2pの染色されている領域 以外にも小胞体が存在している可能性があることに注意すべきである. 図1・8は,Gns1pという長鎖脂肪酸代謝に関与するタンパク質と,Kar2pとの二重染色により, Gns1pが小胞体に局在していることを示したものである.
1.1.7.アクチン a.原理 アクチンはG型とF型の二つの異なった状態で存在する.F型アクチンは,G型アクチン重合して 繊維状になったものである.F型アクチンに結合するキノコ毒素ファロイジンに蛍光色素ローダミ ンを結合させた蛍光試薬を用いて,F型アクチンの局在を調べる. 64
1.細胞内構造の染色法
b.準備 •
PBS (10 mM KH2PO4-40 mM K2HPO4-150 mM NaCl)
•
ローダミン-ファロイジン メタノール溶液(Molecular Probe)
•
ホルマリン
•
1 % p-フェニレンジアミン/90 %グリセロールPBS溶液(マウント液)
c.F 型アクチン局在の観察 1 野生型W303D株を,5 mlのYPD培地で,25℃で対数増殖期まで培養する (接種する菌体の量を調節し,一晩培養後に対数増殖期にあるようにす る). 2 培養液5 mlに終濃度5%になるようにホルマリンを加え,そのまま30分 間振とうを続けながら固定する. 3 1 mlの培養液をサンプルカップにとり,遠心で集菌して,1 mlのPBSで 3回洗浄する. 4 細胞を150μlのPBSに懸濁する. 5 3μlのローダミン-ファロイジン溶液を加え,暗所で2時間,静かにかく はんしながら染色する. 6 150μlのPBSで3回洗浄し,150μlのPBS,あるいは,同量のマウント液 に懸濁する. 7 G励起光で観察する(図1・9).
図1・9 ローダミン-ファロイジン染色によるアクチン局 在の観察.
65
d.トラブルシューティング 細胞が急激な塩濃度の変化,浸透圧の変化や熱ショックにさらされると,アクチンの細胞内構造 が一過的に壊れるので,ホルマリンを直接培養液に加えて固定したほうがよい. ファロイジンはF型アクチンにだけ結合するので,ローダミン-ファロイジンで染色されないとき には,抗アクチン抗体で間接蛍光抗体法を試みる必要がある.
1.1.8.カルモジュリン[7] 細胞質に多量に含まれるタンパク質は,仮にほかの画分にも存在したとしても,蛍光抗体法では 細胞質のバックグラウンドに隠れてしまって観察できない.たとえば,カルモジュリンは細胞質に も核の紡錘極体にも局在しているので,核を単離した状態でのみ紡錘極体での局在が観察できる. 方法は,ザイモリアーゼ酵素処理した細胞を,ソルビトールを含まないPBSで懸濁後,スライド グラスに接着させるというもので,この処理により多くの細胞が破裂し,裸の核がスライドグラス に結合するようになる.こうして,紡錘極体にカルモジュリンが存在することが確かめられた (図 1・10).
(a)
(b)
(c)
図1・10 カルモジュリンの染色.細 胞を破裂させて核のみにして,紡錘 極体に局在するカルモデュリンを間 接蛍光抗体法により観察した.ウサ ギの抗カルモジュリン抗体(a),マウ スの抗Spc98p (紡錘極体の構成成分と して知られる) 抗体 (b) を用いて二重染 色を行った. (c) はDAPIで染色した核 である (峯村昌代氏 提供) .
1.1.9.GFP による観察 a.原理 GFP (green fluorescent protein) はオワンクラゲ (Aequorea victoria) がつくるタンパク質で,波長395 66
1.細胞内構造の染色法
nmの光を励起光として吸収し,波長510 nmの蛍光を放出する.GFPの蛍光発生は補助因子を必要 とせず,GFPタンパク質自身が励起光を吸収し蛍光を発するという特徴をもっている.このGFPの 性質は細胞内タンパク質の局在や遺伝子発現のマーカーとしたとき優れている.調べたい遺伝子と GFP遺伝子との融合遺伝子をつくり,出芽酵母に導入して発現させ,細胞を観察することで目的が 達成できるからである.GFPの蛍光の観察は,生体ではもちろん,固定したサンプルでも可能であ る.ここでは,出芽酵母のセプチンの局在を調べる.
b.準備 CDC3,CDC10,CDC11,CDC12遺伝子のC末端にGFP遺伝子を融合 させた遺伝子を構築し,シングルコピーベクターpRS316(URA3 マー カー) につなぎ,野生型W303株と,新規セプチン遺伝子SPN7破壊株に 導入した.
c.GFP 融合タンパク質によるセプチン局在の観察 1 SC-Ura培地で,対数増殖期まで25℃で培養する (§1.1.7.と同様の要 領で). (a)
(b)
(c)
(d)
図1・11 GFP融合タンパク質によるセプチン局在の観察. (a) CDC3-GFP融合遺伝子,(b) CDC10-GFP融合遺伝子, (c)CDC11-GFP融合遺伝子, (d)CDC12-GFP融合遺伝子を,それぞれ,野生型W303株(上)とセプチン遺伝子破壊 株(下)に導入した.
67
2 5 mlの培養液に最終濃度が5 %になるようにホルマリンを加え,30分間 固定する. 3 1 mlのPBSで3回洗浄したのち,細胞を0.5 mlのPBSに懸濁する. 4 B励起光で観察する(図1・11).
d.トラブルシューティング GFP融合タンパク質を強いプロモーター下で高発現させると,局在性が変化したアーティファク トを観察する場合がある.一例を挙げると,細胞質膜に局在するRsp5タンパク質の遺伝子をGAL1 プロモーター下に連結したGFP-RSP5遺伝子から,ガラクトースで誘導することで融合タンパク質 を生産させ,その細胞内局在をGFPの蛍光で調べたところ,図1・12に示すように,細胞内に球状 の構造が現われた.RSP5遺伝子自身のプロモーターからGFP-Rsp5融合タンパク質を生産させる と,細胞膜上の局在がみられた.
図1・12 GFP-Rsp5融合タンパク質を GAL1プロモーターで発現させた際に みられた,Rsp5タンパク質局在のアー ティファクト.
e.変異 GFP の利用 GFPをさらに利用しやすくすることを目的として,FACS解析で用いられている波長488 nmの励 起光 (アルゴンレーザー) で強く発光する変異型GFPをつくる遺伝子が分離された[8].予想通り,変 異型GFPの励起光の波長は488 nmにシフトしており,さらに,野生型GFPより効率よくフォールデ イングされようになっていた.ここで得られた変異型GFPの解析から,アミノ酸残基S65とS72が変 異型の形質を現すのに重要であることがわかり,この部位でのアミノ酸置換変異型GFPが利用でき るようになった. GFPの有用性から,個々の生物種における使用に最適化する試みもなされ,たとえば,GFPのコ 68
1.細胞内構造の染色法
ドンをCandida albicansの最適コドンとしたGFPがつくられ,出芽酵母でもそれが使用されている. 蛍光の波長が変化した変異型もつくられている.二つの変異型GFPについて,一方のGFPの発す る蛍光の波長が他方の励起光の波長と同じになることがある.これらのGFPが異なった波長の蛍光 を発する場合,この組合わせを利用して,1番目のGFPの励起光による2番目のGFPの蛍光を観察す ることにより,二つのタンパク質が近くにあるかどうかを調べることができる.
参考文献 1.Field C, Schekman R(1980)Localized secretion of acid phosphatase reflects the pattern of cell surface growth in Saccharomyces cerevisiae. J. Cell Biol. 86: 123-128 2.Pringle JR (1991) Staining of bud scars and other cell wall chitin with calcofluor. Methods Enzymol. 194: 732735 3.Straight AF, Marshall WF, Sedat JW, Murray AW (1997) Mitosis in living budding yeast: Anaphase A but no metaphase palte. Science 277: 574-578 4.Takita Y, Ohya Y, Anraku Y(1995) The CLS2 gene encodes a protein with multiple membrane-spanning domains that is important Ca2+-tolerance in yeast. Mol. Gen. Genet. 246: 269-281 5.Ikeda et al. (1994)YGE1 is yeast homologue of Escherichia coil grpE and is required for maintenance of mitochondrial function. FEBS Lett. 339: 265-268 6.Umemoto N, Yoshihisa T, Hirata R, Anraku Y (1990) Roles of the VMA3 gene product, subunit c of the vacuolar membrane H+-ATPase on vacuolar acidification and protein transport. A study with VMA3-disrupted mutants of Saccharomyces cerevisiae. J. Biol. Chem. 265: 18447-18453 7.Geiser JR, Sundberg HA, Chang BH, Muller EG, Davis TN(1993)The essential mitotic target of calmodulin is the 110-kilodalton component of the spindle pole body in Saccharomyces cerevisiae. Mol. Cell. Biol. 13: 7913-7924 8.Cormack BP, Valdivia RH, Falkow S (1996)FACS-optimized mutants of the green fluorescent protein (GFP). Gene 173: 33-38
1.2.分裂酵母
齋藤成昭・柳田充弘
1.2.1.はじめに 本節では,蛍光染色によって分裂酵母の細胞内構造を観察する方法について概説する.蛍光染色 を用いることの一つの利点は,目的の構造のみを特異的に染色して観察できる点である.しかも検 出感度は極めて高い.観察に用いる蛍光顕微鏡には,励起光や検体の発する蛍光の波長を光学的に 選別する仕組みが備えられている.染色に用いる蛍光試薬の励起波長,蛍光波長と顕微鏡のフィル
69
ターセットをうまく組合わせれば,同一細胞内の異なる構造を染め分けて同時に観察することが可 能である.このような特徴は,複数の細胞内タンパク質の位置的な相関関係を解析したり,あるい は細胞周期における位置変化を解析するうえで有用である. 蛍光顕微鏡を用いて細胞内構造を観察するには,通常,まず標本を固定し,ついで固定標本を蛍 光試薬で染色する,という二つのステップが必要となる.分裂酵母の固定法や染色法にはいくつか の方法があり,どのような方法が適切であるかは観察対象によって異なる.ここでは,1) DNAに 結合する蛍光試薬DAPI (4ユ,6-diamidino-2-phenylindole) を用いたクロマチンDNAの染色,2) 抗原抗体 反応を利用した間接蛍光抗体法による紡錘体装置 (スピンドル) の染色,3) ハイブリダイゼーション 反応を利用して染色体DNAの特定の領域を細胞内で染色するFISH (fluorescence in situ hybridization) 法,の三つの方法について詳述する.筆者らの研究室では,分裂酵母の細胞周期,染色体分離の解 析に焦点を当てているため,ここでは便宜上,染色体DNAやスピンドルの染色法を例としている が,それぞれの項で述べる固定法や染色法は,ほかの内部構造を観察するのにも応用できるだろ う. 近年,GFP (green fluorescence protein) と融合することで,さまざまなタンパク質を特別な操作な しで蛍光標識することが可能になった.筆者らの研究室でも,紡錘体や紡錘極体 (spindle pole body; SPB) ,動原体の視覚化に成功している.この画期的な方法については本節ではふれないが,間接 蛍光抗体染色法の項で述べるメタノールあるいはアルデヒド固定を行った細胞でもGFPの蛍光を観 察することが可能である[1].
1.2.2.DAPI による染色体 DNA の染色 分裂酵母の核は直径約2∼3 μmの球状の構造で,そのうち半球が染色体クロマチンによって占 められており,残りの半球は核小体と呼ばれる[2].クロマチン領域から核小体領域に向かって伸び る2本の突起はリボソームRNAの遺伝子であるrDNAの反復配列であり,これらは第III番染色体の両 端に位置している (図1・13) .有糸分裂期に入ると染色体領域は凝縮し,rDNAの突起もみえなくな る.有糸分裂の進行に伴い,核は等しい大きさの二つの娘核に分離し,細胞の両極へと分配されて いく.
紡錘極体(SPB)
核小体領域
70
動原体
クロマチンDNA領域
図1・13 分裂酵母の核構造.間期の分裂酵母の核は球状 で,クロマチンDNAが半球を占め,残りの半球は核小体 と呼ばれる.紡錘極体(SPB)は核膜に付随しており,三 つの動原体はSPB近傍にクラスターを形成している.
1.細胞内構造の染色法
分裂酵母の核クロマチンの形態は細胞周期解析のよいマーカーとなるのだが,これはDAPI染色 によって簡便に観察することができる.DAPIはDNAのA/T塩基に富む領域に強い親和性を持つ蛍光 試薬で,紫外線(波長356 nm) で励起されて青色(波長450 nm) 蛍光を発する. この項では,生細胞を直接DAPI染色する方法と,グルタルアルデヒドで固定してから染色する 方法について解説する.
a.生細胞の DAPI 染色 生細胞をDAPIで染色できるが,表現型の迅速な確認などの目的には有効である.ただし,サン プルの保存は不可能であり,また紫外線の照射によって核形態が変形するので,短時間の観察 (30 分以内)に限る. 準備 •
DAPI溶液: DAPI(Boehringer)を50μg/mlの濃度で滅菌蒸留水に溶かしたも の.遮光して冷蔵保存.
•
PBS: 8 mg/ml NaCl-0.2 mg/ml KCl-1.44 mg/ml Na2HPO4-0.24 mg/ml KH2PO(pH 4 7.4)
1 1.5 ml容のチューブ (eppendorf社など) に,約5×106の細胞を含む培養液 を移し,微量遠心機で集菌する (5000 rpm,1分間) .上清はできるかぎ り取り除く. 2 細胞を1 mlの滅菌蒸留水に懸濁し,微量遠心機で集菌したのち,上清を 取り除く.この洗浄操作を3回繰返す. 3 50μlのPBSに懸濁する (注1). 4 1μlの細胞懸濁液と1μlのDAPI溶液をスライドグラス上で混合し,22 mm×22 mmのカバーグラスをかぶせて観察する.まず細胞壁が青く染 まり,30秒ぐらいして徐々に核が染色されていくはずである(注2). トラブルシューティング YPD培地 (富栄養培地) で培養するよりもEMM2培地 (最小培地) を用いた 方がDAPIの細胞内への浸透がよく染まりやすい.プレート培地からかき 取った細胞をDAPI染色することも可能である.その場合は細胞を滅菌蒸留 水に懸濁し,2)以降のステップを行えばよい. 注1 サンプルは保存できないので,30分以内に観察すること. 注2 細胞を押しつぶすと細胞質まで真っ青に染まってしまうので,その場合はもう1回マウントし直す.多少の泡が入っても 気にせずに一気にカバーグラスをかけると細胞が流動せず観察しやすい.励起光を照射し続けると,核が収縮したり変 形したりすることがある.
71
a.グルタルアルデヒド固定した細胞の DAPI 染色[3] グルタルアルデヒドは二つのアルデヒド基をもつ反応性の高い試薬であり,タンパク質などの生 体高分子を架橋することで細胞を固定する.グルタルアルデヒド固定を行えば核の変形などは起こ らない.固定した細胞を冷蔵保存しておけば,一晩経過しても核形態に変化はない. 準備 •
25 %グルタールアルデヒド溶液 (電子顕微鏡用特級) 冷蔵保存.
•
PBS (あらかじめ氷上で冷却しておく)
•
DAPI溶液(50μg/ml)
1 900μlの培養液(1∼10×106 cells/ml) を1.5 ml容のチューブに移す.100 μlのグルタルアルデヒド溶液を加え,ボルテックスミキサーでよくか くはんする(フルスピードで5秒以上). 2 すぐさまチューブを氷上に移し,20分以上静置する(注3). 3 微量遠心機で集菌し,上清をできるかぎり取り除く. 4 細胞を1 mlのPBSで3回洗浄する. .調製し 5 細胞を適当量のPBSに懸濁する (108 cells/ml程度になるように) たサンプルは冷蔵庫で保存する(注4). 6 1μlの細胞懸濁液と1μlのDAPI溶液をスライドグラス上で混合し,22 mm×22 mmのカバーグラスをかぶせて観察する (注5) (図1・14). トラブルシューティング うまく調製できたサンプルの場合,まず細胞壁が青く染まり,つづいて 核が徐々に染まってゆく.そのまましばらく励起光を当て続けていると細 胞質も青く染まりはじめる.細胞質が染まりはじめるまえに撮影すれば, コントラストの強い写真が撮れる.調製がうまくいっていない場合や,調 製後1日以上経過したサンプルでは,細胞質まで青く染まったようなバック グラウンドの高い細胞が多く現れる.
注3
この段階で一晩冷蔵保存することも可能であるが,株によってはうまく染色できなくなることがある.なるべく1時間以 内に次のステップに進むこと.
注4
なるべく24時間以内に観察すること.保存期間が長くなるとミトコンドリアDNAや細胞質全体が染まりはじめる.変異 株など死細胞を多く含むサンプルの場合にこの傾向が強い.2日以上経過したサンプルでは核の変形が起こることがあ る.
注5
DAPIとサンプルとの混合は観察直前に行うこと.マウント剤にグリセロールを用いるとノイズが高くなることがあるの で使用しないこと.カバーグラスはちゅうちょせず一気にかぶせたほうが,細胞が流動せず観察しやすい.
72
1.細胞内構造の染色法
図1・14 分裂酵母のDAPI染色像.富 栄養培地 (YPD培地) で培養した野生株 細胞をグルタルアルデヒドで固定し, DAPIで染色した.矢印で示した細胞は 核分裂期 (後期) の細胞.バーは10μm.
1.2.3.間接蛍光抗体染色法[4] 間接蛍光抗体染色法は,抗原と抗体の特異的な結合を利用した染色法である.まず,染色したい 抗原とそれに対する抗体 (一次抗体) を固定細胞中で結合させ,ついで,蛍光標識した二次抗体 (一 次抗体に対する抗体) を結合させて抗原を染色する.二次抗体の蛍光標識にはFITCやローダミン, CY3などが広く用いられている. 「ア この項では,抗αチューブリン抗体TAT1[5]による微小管染色を例として説明する.固定には ルデヒド固定」 と 「メタノール固定」 の二つの方法がおもに用いられている.それぞれ特性が違って おり,抗体によっては,一方の固定法ならよく染まるが,他方だとまったく染まらないということ もある.したがって,新規の抗体で染色を行う場合には両方の方法を試してみるべきであろう.微 小管染色を例にとると,アルデヒド固定では核内のスピンドルが比較的よく保存されており,一 方,メタノール固定では細胞質微小管がよく保存されている.
a.メタノール固定による間接蛍光抗体染色 メタノール固定法はメタノールの脱水作用を利用した方法である.この固定法では核の変形が起 こりやすい. 準備 •
100 %メタノール(特級)
•
PEMバッファー: 100 mM PIPES-1 mM EGTA-1 mM MgCl(pH 6.9) オート 2 クレーブ滅菌.
•
PEMSバッファー: PEM+1.2 Mソルビトール オートクレーブ滅菌.
•
PEMBALバッファー: PEM+1 % ウシ血清アルブミン-0.1 %アジ化ナトリウ ム-1 %リジン-HCl ろ過滅菌.オートクレーブ滅菌は不可 (注6).
73
分裂酵母を振とう培養 一次抗体処理 フィルタ−上に細胞を集める 二次抗体処理 フィルタ−をメタノ−ルに浸け,-80℃で静置 DAPI溶液に懸濁,すぐに集菌 フィルタ−に張り付いた細胞を洗い落とす 細胞をPBSに懸濁 細胞壁を消化
透過処理
コ−トしたカバ−グラスに サンプルを塗布
ブロッキング処理
観 察
•
zymolyase 100T(生化学工業)
•
TritonX-100
•
PBS
•
DAPI溶液
•
10 %アジ化ナトリウム溶液
•
1 mg/mlポリL-リジン溶液 冷蔵保存.
•
10 mg/ml p-フェニレンジアミン/PBS溶液(注7)
•
グリセロール (蛍光分析用)
•
一次抗体(TAT1[4])
注6
アジ化ナトリウムは防腐剤であるが,呼吸系を阻害する猛毒なので,粉末を吸い込まないように注意すること.10 %溶 液をつくっておけば安全に取り扱うことができる.
注7
p-フェニレンジアミンは蛍光色素の退色を防ぐ働きがある.p-フェニレンジアミンの酸化物には変異原性,発がん性があ ると報告されているので[6],注意して取り扱うこと.p-フェニレンジアミン/PBS溶液の作り方は以下の通り. 1.5 ml容のチューブに適当量のp-フェニレンジアミンを量りとり,10 mg/mlになるようにPBSを加える. (2∼3分以内). 65℃の水槽で温めながらp-フェニレンジアミンを手早く溶解させる 冷却微量遠心機で4℃,14,000 rpm,10分間遠心する. 上清を20μlずつ分注し,遮光して-20℃で保存する. 酸化しやすい物質なので手早く調製すること.冷凍しておけば半年程度は使用可能.
74
1.細胞内構造の染色法
•
二次抗体(注8)
•
吸引ろ過装置 (ミリポア25 mmフィルターホルダー,焼結ガラスサポート)
•
グラスファイバー製フィルター(Whatman, 25 mm GF/C) 特に細胞壁消化を行ったのちは細胞が壊れやすくなる.これをできるか ぎり抑えるために,細胞の懸濁,混合などの操作ではマイクロピペットの 吸引・吐出の繰返しをおだやかに行う.ボルテックスミキサーは使用しな いほうがよい.
1 液体培地10 mlで分裂酵母を約5×106 cells/mlになるまで振とう培養す る. 2 吸引ろ過装置でグラスファイバーフィルター上に細胞を集める (注9) . 3 細胞が吸着したフィルターを,-80℃に冷却しておいた3 mlのメタノー ルに浸け,そのまま8分以上 (2週間まで) ,-80℃で静置する.あらかじ めメタノールは10 mlのプラスティックチューブ (スピッツ管,日水製薬 など)に分注しておき,直前まで-80℃に冷却しておく. 4 1 mlのPEMバッファーを加え,よく混合する.ピペットを使って,フィ ルターに張り付いた細胞を洗い落とす.そののちフィルターを取り除 く. 5 2 mlのPEMバッファーを加え,よく混合する. 6 さらに4 mlのPEMバッファーを加え,よく混合する.4) ∼6) の過程でメ タノールは30 %にまで順次希釈されたことになる. 7 3000 rpm,3分間の遠心で集菌する.細胞を1 mlのPEMバッファーで3回 洗浄する.この段階で1.5 ml容のチューブに移しておく. 8 あらかじめ3 7 ℃に温めておいた1 m l のP E M S バッファー- 0 . 1 m g / m l zymolyase 100T溶液に細胞を懸濁する.37℃で10分間保温して細胞壁を 消化する(注10). 注8
筆者らの研究室でよく利用する二次抗体とその希釈率は次の通り. FITCあるいはローダミン標識抗ウサギIgG抗体(CAPPEL) CY3標識抗ウサギIgG抗体(CEMICON) FITC標識抗マウスIgG抗体(TAGO) ローダミン標識抗マウスIgG抗体(CAPPEL) CY3標識抗マウスIgG抗体(CEMICON)
注9
1/100∼ 1/200 希釈 1/500∼1/1000 希釈 1/100∼ 1/200 希釈 1/100∼ 1/200 希釈 1/500∼1/1000 希釈
ニトロセルロース製のフィルターはメタノールで溶けてしまうので使えない.
注10 溶液にソルビトールが含まれているのは,浸透圧を調整するためである.zymolyase 100Tは使用直前に溶解すること.こ の処理以降,細胞が沈殿しにくくなる.いったん遠心したのち,チューブの向きを反転させてもう1回遠心するとうまく 沈殿する.
75
9 細胞を200μlのPEMSバッファー-1 % TritonX-100溶液に懸濁し,室温で 約2分間静置する(透過処理). 10 200μlのPEMバッファーで3回細胞を洗浄する. 11 細胞を100μlのPEMBALバッファーに懸濁する.室温で30分間静置する (ブロッキング処理) (注11). 12 20μlの細胞懸濁液を別の1.5 ml容のチューブに移し,集菌して上清を取 り除く. 13 50∼100μlのPEMBALバッファー-一次抗体溶液に細胞を懸濁する.一 次抗体の希釈倍率は抗体によって異なるが (注12) ,TAT1の場合は1/5∼ 1/50希釈が適当. 14 ローテーターなどでチューブを回転させて,室温で2時間以上(一晩ま で)かくはんしつづける. 15 集菌して上清を回収する.PEMBALバッファー-一次抗体溶液は何度も 再利用できるので,捨てずに冷蔵保存しておくとよい.細胞を100μlの PEMBALバッファーで3回洗浄する. 16 細胞を50∼100μlのPEMBALバッファー-二次抗体溶液に懸濁する.二 次抗体の希釈率は,抗体のメーカー,ロットによって異なる(注8). FITC標識抗マウス抗体(TAGO)を用いる場合は1/100希釈が適当.室温 で2時間以上 (一晩まで) かくはんし続ける.アルミホイルなどでチュー ブを遮光しておくこと. 17 集菌して上清を除く.二次抗体溶液は再利用できない.細胞を100μlの PEMBALバッファーで3回洗浄する. 18 細胞を50μlのPBS-0.2μg/ml DAPI溶液に懸濁する.すぐに集菌して,上 清を取り除く. 19 細胞を20μlのPBS-0.1 %アジ化ナトリウムに懸濁する.サンプルはこの 状態で冷蔵保存できる (遮光しておくこと,2∼3週間) .-80℃で冷凍す れば半年以上保存できる.ただし,凍結融解はあまり繰返さないこと. 注11 この状態で1∼2週間は冷蔵保存できるが,染色するタンパク質によっては染まりが悪くなることがある.微小管染色を 行う場合には,保存せず,次のステップに進んだほうがよい. 注12 新規の抗体を用いる場合は,予備実験として何段階かの希釈段階をつくって最適の希釈倍率を決定するとよい.一般的 には,薄めに希釈したほうがノイズの少ないコントラストの高い像が得られる.
76
1.細胞内構造の染色法
20 ポリL-リジンでコートした18 mm×18 mmのカバーグラス (注13) にサン プルを塗布して乾燥させる.乾燥させすぎるとDAPI染色像が異常にな ることがあるので,乾いたらすぐに次のステップに進むこと. 21 スライドグラスの中央に3μlのマウント剤 (注14) をのせ,20) のカバー グラスをかける.泡が入らないように注意して,サンプルを塗布した部 分がマウント剤で完全に覆われるようにする.すぐに観察しないのであ れば遮光して冷蔵庫にいれておく(1∼2日は観察可能). トラブルシューティング この方法では細胞質微小管はよく染まるが,紡錘体微小管の染色が悪く なることがある.細胞は集菌したのち,すみやかにメタノールに浸けるこ と.ここで手間どると紡錘体の染色が悪くなるようである.
b.アルデヒド固定による間接蛍光抗体染色 準備 •
25 %グルタルアルデヒド溶液 (電子顕微鏡用特級) 冷蔵保存.開封してか ら2∼3ヶ月以内のものが望ましい)
•
パラホルムアルデヒド
•
水素化ホウ素ナトリウム
•
PEMバッファー
•
PEMSバッファー
•
PEMBALバッファー
•
PBS
•
zymolyase 100T (生化学工業)
•
Triton X-100
•
10 %アジ化ナトリウム溶液
•
1 mg/mlポリL-リジン溶液 冷蔵保存.
•
10 mg/ml p-フェニレンジアミン/PBS溶液(注7)
•
グリセロール (蛍光分析用)
A.30 %ホルムアルデヒド溶液の調製 ホルムアルデヒドは,溶液中ではメチレンジオール (HO-CH2-OH) の分子 形態をとっており,放置すると縮合してパラホルムアルデヒドとなり沈殿 注13 エタノールで洗浄してよく乾かしたカバーグラス上に200∼300μlのポリL-リジン溶液を滴下し,ピペットのチップを使っ てグラス全面に塗りつける.すぐにピペットなどでカバーグラス上のポリL-リジン溶液を回収し,グラス面に残ったポ リL-リジンを十分乾燥させる.これは,細胞をカバーグラスに接着させるための加工である.回収したポリL-リジン溶 液は再使用できる. 注14 使用直前に20μlのp-フェニレンジアミン/PBS溶液と180μlのグリセロールを混合する.遮光して冷蔵保存すれば1日程度 は使用できる.
77
する.市販のホルムアルデヒド溶液 (ホルマリン) では,それを防ぐために 10 %程度のメタノールが添加してある.本固定法では市販のホルマリンは 用いず,パラホルムアルデヒドを加水分解して調製したホルムアルデヒド 溶液を使用する.
1 50 mlのディスポーザブルチューブに3.8 gのパラホルムアルデヒドを量 りとる.パラホルムアルデヒドは有毒なので,手袋を着用してドラフト 内で取り扱うこと. 2 10 mlのPEMバッファーを加えよくかくはんする.これで約30 %(w/v) の濃度になる.ふたを堅く閉め,65℃の水槽で数分間加温する. 3 70μlの10 N NaOH溶液を加える.ホルムアルデヒドの蒸気を吸わない よう,この操作はドラフト内で行うこと. 4 ふたを堅く閉め,パラホルムアルデヒドが完全に溶けるまで65℃の水槽 で加温する(約30分間).ときどき振り混ぜてやると早く溶ける. 5 遠心 (室温,3000 rpm,5分間) で溶け残りのパラホルムアルデヒドを沈 殿させる.ここで調製したホルムアルデヒドは,半日は使用できる (室 温で保存) .残ったホルムアルデヒド溶液はそれぞれの実験施設の規則 に従って廃棄すること.
ホルムアルデヒド溶液の調製 クエンチング処理 アルデヒド固定 ブロッキング処理 細胞壁を消化 一次抗体,二次抗体を結合させる 透過処理 DAPI染色
コ−トしたスライドグラスにマウントして観察
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1.細胞内構造の染色法
B.固定および染色 メタノール固定の場合と同様,懸濁,混合などの操作はマイクロピペッ トを用いてていねいに行うこと.
1 液体培地10 mlで,分裂酵母を約5×106 cells/mlになるまで振とう培養す る. 2 培養液に1 mlのホルムアルデヒド溶液を添加し,よく混合する. 3 30∼60秒後,100μlのグルタルアルデヒド溶液を加え,よく混合する (注15) .振とう培養機に戻し,振とうしながら培養時の温度で1時間保 温する. 4 培養液を遠心管に移し,室温で3000 rpm,3分間遠心して集菌する.上 清をできるかぎり取り除く. 5 細胞を1 mlのPEMバッファーに懸濁し,1.5 ml容のチューブに移す.1 ml のPEMバッファーで3回洗浄する(注16). 6 1 mlのPEMSバッファー-0.5 mg/ml zymolyase 100T溶液に懸濁する.37 ℃で70分間保温し,細胞壁を消化する(注17). 7 200μlのPEMSバッファー-1 % TritonX-100溶液で細胞を懸濁し,2分程 度静置する (透過処理) .そのあと,細胞を200μlのPEMバッファーで3 回洗浄する. 8 200μlのPEMバッファー-1 mg/ml水素化ホウ素ナトリウム溶液に細胞を 懸濁して,5分間室温で静置する (クエンチング処理) .チューブのふた は必ず開けたままにしておくこと.この操作を3回繰返す(注18). 9 細胞を200μlのPEMバッファーで3回洗浄する. 注15 ホルムアルデヒドは細胞内への浸透は速いが,固定反応は比較的ゆっくりと進む.一方,グルタルアルデヒドは反応性 が高いため,細胞内に浸透するまえに細胞表面を強く固定して透過性を奪うといわれている.ホルムアルデヒドが細胞 内に浸透する時間を与えるため,グルタルアルデヒドはあとから加える. 注16 同調培養実験のときのように,固定開始のタイミングの異なるいくつかのサンプルを同時に処理したい場合はこの時点 で中断することができる.3回PEMで洗ったのち,細胞を1 mlのPEMSバッファーに懸濁して冷蔵庫に入れておけば,染 色性を損なうことなく数時間は保存できる.処理を再開する場合は,集菌して上清を除いたのち,細胞をPEMSバッ ファー-zymolyase 100Tに懸濁する. 注17 zymolyase 100Tは使用直前に溶解すること. 注18 3回とも水素化ホウ素ナトリウム溶液は使用直前に新しく調製すること.あらかじめ3本のチューブに適当量の水素化ホ ウ素ナトリウムを量りとっておき,使う直前にPEMバッファーを加える.PEMバッファーを加えると水素の泡が激しく 生じるが,この水素ガスが未反応のアルデヒド基を還元して不活性化する.
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10 細胞を100μlのPEMBALバッファーに懸濁し,室温で30分間静置する (ブロッキング処理) (注11). 11 メタノール固定法の場合と同様に,一次抗体,二次抗体を結合させる (a.ステップ12∼17参照) .アルデヒド固定の場合は抗体の浸透が遅い ので,それぞれの抗体と12時間以上反応させる必要がある. 12 DAPI染色したのち,ポリL-リジンコートしたスライドグラスにサンプ ルをマウントして観察する(a.ステップ18∼21参照) (図1・15).
(a)
(b)
図1・15 分裂酵母の微小管染色像.野生株をアルデヒド固定して,間接蛍光抗体法で微小管を染色した.(a)微 小管染色像. (b) DAPIによる核染色像.微分干渉像と二重露光してある.上側の四つの細胞は核分裂直後および 間期の細胞.細胞の長軸方向に数本の細胞質微小管が観察される.核分裂直後の細胞 (矢印で示す)では微小管が 細胞中央でX字型に交わった特有の構造がみられる.下側の細胞は核分裂中期の細胞.細胞質微小管は消失し,直 線上の紡錘体 (スピンドル)が観察できる.染色体凝縮により核形態は変形している.バーは10μm.
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1.細胞内構造の染色法
トラブルシューティング グルタルアルデヒドは高い反応性がゆえに,タンパク質の抗原性を奪う ことがある.抗体によっては,ホルムアルデヒドのみで固定するとよい結 果が得られることがある.その場合は,クエンチング処理は不要.細胞壁 消化時間を調整する必要がある. 固定時間と消化時間のバランスで染色のようすが変わることがあるの で,新規の抗体でうまく染まらない場合には,固定時間を短くしたり (20∼ 30分間) ,消化時間を延ばしてみると (90分ぐらいまで) 改善されることがあ る.操作の途中で壊れた細胞が多く現れてくるようであれば,逆に消化時 間を短くしたり (10∼30分間),zymolyase 100Tの量を減らす(∼0.1 mg/ml) とよい. この固定法では,紡錘体微小管はよく染まるが,細胞質微小管が染まら なくなることがある.一次抗体と反応させるステップまでは中断せずに実 行したほうがよい.
1.2.4.FISH(蛍光 in situ ハイブリダイゼーション)法 FISH法は,固定した細胞内の染色体DNAとプローブDNAをハイブリダイズさせることにより, 任意の染色体領域を特異的に視覚化する技術である.FISH法は分裂酵母の染色体のダイナミクス を明らかにする有力な手段となる.これまでに,動原体リピート配列,テロメア近傍配列,rDNA 配列をプローブとした観察が行われており,その結果,分裂酵母の有糸分裂においても高等真核細 胞のそれと同様に分裂期前中期,中期,後期A,後期Bと呼ばれる時期が存在することが明らかと なった[7,8].また,複数のコスミドプローブのカクテルを用いた染色体ペインティングでは,分裂 酵母でも有糸分裂期には染色体凝縮が起こることが確かめられ,cut3,cut14変異体ではその染色体 凝縮過程に欠損があることが明らかとなった[9]. ここで述べる筆者らの開発した方法は,間接蛍光抗体染色法のアルデヒド固定を応用したもので ある.そのため,微小管や紡錘極体 (SPB) に対する抗体染色と組合わせて,細胞周期を通じての染 色体DNAの挙動をより正確に解析することが可能である.以下の例では,SPBの構成因子である Sad1[10]の抗体染色と組合わせたFISH法について説明する. 準備 •
25 %グルタルアルデヒド溶液(電子顕微鏡用特級) 冷蔵保存.
•
30 %ホルムアルデヒド溶液 パラホルムアルデヒドから新しく調製したも のを使用.§1.2.3.b.を参照.)
•
PEMバッファー(注19)
•
PEMSバッファー(注19)
注19 溶液中にほこりなどの微粒子が残っていると,観察時にじゃまになる.孔径0.2μmのフィルターでろ過しておくこと.
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•
PEMBALバッファー
•
PBS (注20)
•
水素化ホウ素ナトリウム
•
zymolyase 100T(生化学工業)
•
Novozyme 234 現在はlysing enzymes from Trichoderma harzianumという名 の同等品がSIGMA社から入手できる.
•
TritonX-100
•
2xSSC溶液: 0.3 M NaCl-30 mMクエン酸三ナトリウム(注19)
•
PBSBAG: PBS-1 %ウシ血清アルブミン-0.1 %アジ化ナトリウム-0.1 %ゼラチ ン(From cold water fish skin, SIGMA) オートクレーブは不可.ろ過滅菌す ること.
•
1.1×ハイブリダイゼーション溶液: 55 %ホルムアミド-2.2×SSC-11 %硫酸デ キストラン-5.5×Denhardt溶液-0.5 mg/mlサケ精子DNA フィルターろ過す ること.1 mlずつ分注して-20℃で保存.
•
10 %アジ化ナトリウム溶液
•
1 mg/mlポリL-リジン溶液
•
10 mg/ml p-フェニレンジアミン/PBS溶液
細胞をホルムアルデヒド, グルタルアルデヒドで固定
細胞壁を消化
透過処理,クエンチング処理
RNAを消化
蛍光抗体染色
ホルムアルデヒド固定
アルカリ処理
プロ−ブを加えハイブリダイゼ−ションを行う
ブロッキング処理
ロ−ダミン標識抗DIG抗体溶液に懸濁
DAPI染色し,コ−トしたスライドグラスに マウントして観察
82
1.細胞内構造の染色法
•
グリセロール (蛍光分析用)
•
DIG oligonucleotide tailing labelingキット (Boehringer)
•
ローダミン標識抗DIG抗体(Boehringer)
A.プローブの調製 1 プローブに用いるDNA 10μgを4塩基認識の制限酵素のカクテル (AluI,
DdeI,HaeIII,RsaI,Sau3AI)で消化し300塩基対程度の長さに切断す る.ベクター配列を取り除く必要はない. 2 フェノール-クロロホルム抽出,エタノール沈殿によって精製したの ち,DNAを10μlのTEバッファーに溶解する. 3 切断したDNA 3μlをDIG oligonucleotide tailing labelingキットに従って 溶液と混合し,DIG (ディゴキシゲニン) 標識する.標識反応は37℃で1 時間行う.取り込まれなかったヌクレオチドはエタノール沈殿やスピン カラムなどを用いて除去しておくこと.エタノール沈殿を行った場合は 20μlのTEバッファーに溶解しておく. 4 通常1サンプルに対して4∼8μlのプローブを使用する.プローブは冷蔵 保存で,半年以上使用可能である.
B.固定および抗体染色 固定や細胞壁の消化条件がFISH法に最適化されているが,基本的には間 接蛍光抗体法のアルデヒド固定と同様である.§1.2.3.間接蛍光抗体法 を参考にしていただきたい.
1 10 mlの液体培地で約5×106 cells/mlになるまで振とう培養する. 2 間接蛍光抗体法と同様に,1 mlのホルムアルデヒド,ついで30秒後に0.1 mlのグルタルアルデヒドを加え,培養温度で振とうしながら細胞を固定 する.固定時間は20分間から1時間である.用いる細胞株によって最適 な固定時間は変動するようであるが,野生株972の場合は20分間がよ い. 3 細胞を1 mlのPEMバッファーで3回洗浄したのち,1 mlのPEMSバッ ファー-0.1 mg/ml Novozyme 234-0.5 mg/ml zymolyase 100Tに懸濁し,37 ℃で90分間保温して細胞壁を消化する(注20). 注20 FISHを行う場合には,Novozyme 234(lysing enzymes)による細胞壁消化は必須であるが,Novozyme 234はロット間で品 質に差があるといわれている.古いものや悪いロットのものを用いると,操作の過程で細胞が極端に変形したり,融合 して大きな塊になったりすることがある.
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4 蛍光抗体染色のアルデヒド固定法と同様に,透過処理,クエンチング処 理を行う(§1.2.3.b.ステップ7∼9). 5 細胞を100μlのPEMBALバッファー-0.2 mg/ml RNaseAに懸濁する.37℃ で保温して細胞内のRNAを消化する.できるかぎり長時間RNA消化を 行ったほうがよい (2時間以上∼一晩) .抗体染色を行わない場合は,こ のままハイブリダイゼーションのステップへ進む.この段階でサンプル を冷蔵保存することも可能である(2∼3週間). 6 集菌して上清を取り除いたのち,全量の細胞を抗Sad1抗体[10]で蛍光抗体 染色する (§1.2.3.b.ステップ11に従う.DAPI染色は行わない) . 一次抗体にはウサギ抗Sad1抗体 (1/200希釈) ,二次抗体にはFITC標識抗 ウサギIgG抗体 (CAPPEL,1/100希釈) を使用する.抗体との結合反応お よび細胞の洗浄には200∼300μlの溶液を用いる.少量のサンプルを検 鏡してSad1染色がうまくいっていることを確認し,次へ進む. 7 細胞を100μlのPEMバッファーに懸濁し,10μlの30 %ホルムアルデヒ ド溶液を加えよく混合する.遮光して室温で20分間静置する.これはの ちの過程で,二次抗体がはがれないように固定しておく操作である.ホ ルムアルデヒド溶液はパラホルムアルデヒド粉末から新しく調製するこ と. 8 細胞を100μlのPEMバッファーで3回洗浄したのち,50∼100μlの PEMBALバッファーに懸濁する.抗体染色の過程でいくらか細胞を失う ので,それに応じて懸濁するPEMBALバッファーの量は加減すること. サンプルは遮光して冷蔵保存する.2週間以上は保存できる.
C.ハイブリダイゼーション 蛍光抗体染色を行ったサンプルでFISHを行う場合には,アルミホイルな どでできるかぎり遮光すること.
1 100μlの1.1×ハイブリダイゼーション溶液にプローブDNA (15μl以下) を加え,完全に混合する.65℃の水槽で10分間加熱し,そののち室温ま で冷ます.直前に準備すること. 2 20μlの細胞懸濁液を新しい1.5 ml容のチューブに移し,集菌して上清を 除く. 3 細胞を100μlの0.1 N水酸化ナトリウム溶液に手早く懸濁する.水酸化ナ トリウム溶液を加えてから正確に2分後に遠心 (8000 rpm,10秒間) し集
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1.細胞内構造の染色法
菌する.上清を完全に取り除いてから,1) のハイブリダイゼーション溶 液を加え懸濁する(注21). 4 ローテーターなどでかくはんしながら,懸濁液を37℃で1∼3時間保温す る.あるいは,静置して12∼16時間保温してもよい(注22). 5 懸濁液に100μlの2×SSCを加え,よく混合する.遠心して,上清を150 μlだけ除去する.200μlの2×SSCを加えて細胞を懸濁し,室温で30分 間静置する.この操作で,ハイブリダイゼーション溶液は順次希釈され る. 6 集菌して上清を完全に取り除く.細胞を200μlの2×SSCに懸濁し,室温 で30分間∼2時間静置する.この操作をもう1回繰返す. 7 細胞を100μlのPBSBAGバッファーに懸濁し,室温で30分間静置する (ブロッキング処理). 8 細胞を100μlのPBSBAGバッファー-ローダミン標識抗DIG抗体溶液 (Boehringer,1/100希釈)に懸濁する(注23).チューブを遮光してロー テーターなどで回転ながら,室温で12時間以上かくはんする. 9 細胞を50μlのPBSBAGバッファーで3回洗浄する. 10 蛍光抗体染色の場合と同様にDAPI染色し,ポリL-リジンコートしたス ライドグラスにマウントして観察する (§1.2.3.a.ステップ18∼21) (図1・16). トラブルシューティング 細胞の洗浄はていねいに行うこと.不十分だと点状のノイズが現れる. プローブのサイズが短くなると,シグナルは暗くなる.筆者らの経験で は,30 kb以上の長さ (コスミドのインサート程度) があれば肉眼で観察でき る. 複雑な実験なので,うまくいかなかった場合,どのステップがよくない のか判断しにくい.以前に成功した細胞やプローブを用いてコントロール 実験を行っておくと,原因の解明に役立つ.プローブは,DIG標識が取り 込まれるとアガロース電気泳動での泳動度が遅くなるので,これを利用し てうまく標識できたか判定することができる. 注21 水酸化ナトリウム溶液を加えてから5分以内にこの一連の操作を終えるように心がける.複数のサンプルがあるときは, 2,3サンプルずつ何回かに分けて処理すること. 注22 保温時間が長すぎると,細胞が壊れたり変形したりする. 注23 Sad1染色を行わないのであれば,FITC標識抗DIG抗体(Boehringer,1/100希釈) を利用することもできる.
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(a)
(b)
(c)
A
B
C
D
E
図1・16 FISH法による分裂酵母動原体の視覚化. (a) 動原体反復配列 (otr配列) をプローブとしたFISH染色像 (CEN FISH).otr反復配列はすべての動原体に存在する.(b)抗Sad1抗体によるSPB染色像.(c)DAPIによる核染色.間 期には動原体はSPB近傍でクラスターを形成している (細胞A).B∼Dは核分裂期の細胞.分裂期に入ると動原体 のクラスターは崩壊し,SPBから離れる(細胞B).後期Aになると姉妹動原体が分離し,四つ以上の点がSPB間に 直線上に並んでいるような像が観察される (細胞C) .後期Bの細胞ではすでに姉妹動原体は両SPBまで分離しきっ ており (細胞D),紡錘体の伸長により姉妹動原体はさらに分離される(細胞E).バーは10μm.
1.2.5.おわりに 最近,CCDカメラの利用などにより,高感度な蛍光観察が可能になってきた.GFPや毒性のない 蛍光色素で染色し,より微弱な励起光でダメージを抑えながら観察すれば,生細胞中の構造変化を 観察することも可能になってきている.デコンボリューション顕微鏡やレーザー共焦点顕微鏡を利 用すれば,三次元情報を含めた,より高精度な観察が可能となるだろう. 本節では,DAPIによる核染色,間接蛍光抗体法による微小管染色,および,FISH法について述 べた.これらの項で述べた固定法・染色法は,ほかの内部構造を染色するのにも参考になると思 う.特に,間接蛍光抗体法は,よい抗体があればさまざまな構造の蛍光染色に利用できるので応用 範囲は広いだろう.新規の抗体や色素を用いる場合は,固定法や条件をいくつか試してみて,最適 の方法を選択していただきたい.
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1.細胞内構造の染色法
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2.生細胞における細胞内構造体の動態観察法 丁 大橋・平岡 泰
2.1.はじめに 細胞内構造体はつねに動きと変化を伴っており,生細胞観察は,ほかの方法では得られない細胞 内の分子の動きを明らかにすることができる.特に,GFPの発見により,目的の遺伝子にGFP遺伝 子を融合させることにより,生きた細胞内で目的の生体分子を蛍光標識することが簡単にできるよ うになった.本節では,GFP融合タンパク質で蛍光標識された生細胞を,蛍光顕微鏡で観察する場 合の観察方法について述べる.さらに,蛍光色素として分子特異的な蛍光プローブが多数開発され ているが,その一例としてDNAを特異的に染めるHoechst33342を用いた場合の観察手順についても 書きたい.このような生細胞観察により,時間的順序や短時間内で過渡的に起こるダイナミックな 現象をとらえることが可能となった.
2.2.原理 原理はいたって簡単である.GFP融合遺伝子を作製して,細胞に導入し,GFP融合遺伝子を発現 する細胞を作製する.もしくは,分子特異的蛍光色素で染色した細胞を作製する.これらの細胞を 蛍光顕微鏡で,コマ撮りで連続的に観察する.このような生細胞観察を成功させる秘訣は,1) 生理 的状態のよい健康な細胞を用いる,2) 蛍光顕微鏡ハードウェアーを工夫する,という2点にある. 1) に関しては,細胞の生理状態を悪くするような前処理や培養はできるだけ避けるべきである. それには,GFP融合遺伝子を発現させる方法,細胞への導入法,顕微鏡観察時の培養法 (培養液や 温度管理など) などを工夫する必要がある.2)に関しては,§2.3.3.蛍光顕微鏡 で詳しく述べ る. 重要なことは,蛍光観察が正常な細胞機能を乱していないか検討する必要があるということであ る.ひとつの指標として,観察した細胞が細胞分裂ができるか,減数分裂期の細胞なら胞子形成が できるかを確認する.また,GFPは分子量27 kDaと大きいので,GFP融合により本来のタンパク質 機能や局在が阻害されていないかを,特に注意する必要がある.
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2.生細胞における細胞内構造体の動態観察法
2.3.準備
2.3.1.試薬 GFPに関してはさまざまな改変型があり,それそれで波長特性や温度感受性などが異なっている [3,4]
.コドン使用頻度をその生物の特性に合わせたものも多数開発されているので,使用目的に
合ったものを選択する.筆者らの経験では,野生型G F P でもS 6 5 T - G F P(注1 )でも,また, CLONTECH社のEGFP (注2) でも分裂酵母での生細胞観察が可能であった.明るさとしては,分裂 酵母ではS65T-GFPとEGFPは同程度の明るさが得られるが,野生型GFPは少々暗い.そのほか,緑 色以外の色の蛍光をだすGFPの改変型もいろいろあるので (文献[3,4]およびCLONTECH社のカタロ グを参照) ,光学フィルターをうまく組合わせれば,二重染色に使える可能性もある.GFP融合タ ンパク質を分裂酵母細胞で発現させるには,GFP融合遺伝子をマルチコピープラスミドで導入する か,1コピーをゲノムに組み込む. DNA特異的蛍光色素,Hoechst33342はCalbiochem社などから購入できる.蒸留水に溶かし,10 mg/mlのストック溶液として冷凍庫に保存する.ワーキング溶液はストック溶液を100倍希釈し (100 μg/ml) の濃度で冷蔵庫に遮光保存するが,3ヶ月ぐらい使用できる. 染色体を特異的に染色できる蛍光色素には,DAPI,Hoechst33342,および,Hoechst33258などが ある.そのなかでは,Hoechst33342が生細胞観察に最も適している.Hoechst33342は生細胞に対す る透過性が高いうえに,核からあまり排除されない.DAPIもHoechst33258も蒸留水中でいったんは 染色体を染めることができるが,細胞を培地に戻すと核から速く排除されるため,生細胞観察に適 さない. 生細胞観察時に分裂酵母細胞をガラスの表面に張り付けるためには,コンカナバリンA (ConA) を 用いる.0.1 %の溶液を用意し,冷凍庫に保存する.繰返し凍結融解して差し支えない.
2.3.2.器具 基本的には2通りの観察法があって,器具も2種類使い分ける.30分間ぐらいの短時間観察の場 合,大きいカバーグラス (60 mm×24 mm) (注3) の上にサンプルをのせて,小さいカバーグラス (18
注1
S65T-GFPは発色団中にある65番のアミノ酸であるSer(S) をThr (T) に換えたGFPである.
注2
CLONTECH社がコドン使用頻度をヒトに合わせて開発した改変型GFPである.
注3
60倍などの高倍の油浸対物レンズの多くは,厚さが0.17 mmのカバーグラス (松浪硝子No. 1sなど) を用いるように設計さ れている.
89
mm×18 mm) を上からかぶせるサンドイッチ法が簡便である.この場合,培地の量が少なく,また 酸素置換が悪いため,長時間の観察はむずかしい.30分間を超える長時間観察の場合,ガラスボト ムカルチャーディッシュ (直径35 mm) (注4) を用いる方法がよい.ディッシュを用いれば,培地を 十分に加えることができるので細胞をよい状態に保つことができる.また,観察中に阻害剤などの 試薬を加えたり,また,除いたりして,その効果を観察できる.
2.3.3.蛍光顕微鏡 細胞を培養しながら観察するためには,倒立蛍光顕微鏡を用いるのが便利である.正立の蛍光顕 微鏡を用いる場合には,ガラスボトムカルチャーディッシュが使えない.この場合,スライドグラ ス上に細胞をのせカバーグラスをかぶせる,通常の顕微鏡試料調製方法を用いる. 蛍光観察する際には,蛍光色素を励起するために,光源として水銀ランプの光を対物レンズで集 光して試料を照射する.蛍光染色した生細胞に励起光を照射すると,一般的に細胞毒性を生じる. その毒性をいかに最小に抑えるかが,生細胞観察を成功させる秘訣である.そのためには,顕微鏡 に工夫が必要である.いくつかの留意点を列挙する.
a.光学フィルター 蛍光顕微鏡観察には,適切な励起フィルター,バリアフィルターを用いることが重要である. GFPの観察にはGFP用のフィルター (注5) も市販されているが,FITC用のフィルターでも観察でき る.通常,蛍光顕微鏡に標準でついているバリアフィルターはロングパスのものが多いが,この フィルターを波長選択幅の狭いバンドパスのフィルターに代えるだけでも,画像はかなり改善する (注5). GFP単独の染色の場合ならフィルタ−切換えは必要ではないが,GFPとHoechst33342などの二重 染色の場合は,光学フィルタ−の切換えが必要である.このためには,いくつかの光学フィルタ− を回転盤に組み込み,コンピュ−タ制御下で波長の自動切換えを行う.このようなフィルタ−切換 え装置は各種市販されており,顕微鏡メーカーに相談するのがよい.
b.冷却 CCD 励起光の照射による細胞のダメージを防ぐために,できるだけ少ない照射で微弱な蛍光画像を検 出したい.このためには,ノイズが低く高感度な冷却CCDを受光器として用い,これをコンピュー 注4
米国MatTek社.日本における代理店はメリディアンインスツルメンツファーイースト(株) .
注5
Chroma Technology社.GFP用のものはカタログ番号41001.そのほかにもさまざまな蛍光色素に対応する光学フィルタ− を市販している.日本における販売代理店は有限会社R.P.S. (電話03-3921-9376) など.顕微鏡メーカーでも扱ってい る.
90
2.生細胞における細胞内構造体の動態観察法
タに接続して用いるのがよい.CCDで得られた顕微鏡画像は,画面上でただちに見ることができ, デジタルデータとしてコンピュータに蓄積される.生細胞で経時変化を記録するなら,グラフィッ クス性能の高いワークステーションを用いるのが望ましい.
c.シャッター 撮影時以外のむだな励起を避けるために,励起光路上(水銀ランプと顕微鏡本体の間)にシャッ ターを入れ,データ撮影時のみシャッターを開けて励起光を照射する.電磁シャッターを用いると 0.05秒の短い露光をすることができる.電磁シャッターは市販のものが入手できるが(注6),取り 付けには顕微鏡に適合する形状のアダプターが必要である.これも顕微鏡メーカーに相談するのが よい. 筆者らの顕微鏡システム (注7) は,これらのほかに焦点制御や温度制御の機能を備えているが, ここでは分裂酵母の生細胞観察に最低限必要なものを列挙した.顕微鏡システムに関する詳細は文 献を参照されたい[6].
2.4.実験法 以下の実験法の記載は倒立顕微鏡を想定している.
2.4.1.Hoechst33342 を用いた核染色体の生細胞染色 1 細胞 (GFP融合タンパク質を発現している細胞でもよい) を培養する.液 体培養でもプレート培養でもかまわないが,なるべく増殖期の細胞を用 意する. 2 約0.5 mlを集菌する(または,コロニーをかき取る) 3 滅菌蒸留水0.5 mlで2回洗う 4 滅菌蒸留水0.1 mlに懸濁する
注6
米国Vincent Associates社のUniblitz Shutter System.
注7
現在,Delta VisionとしてApplied Precision社から市販されている.日本における代理店はセキテクノトロン株式会社.
91
5 終濃度1μg/mlのHoechst33342を入れて,室温で15分間インキュベート する. 6 遠心してHoechst33342溶液を除いて (注8),培地(注9)に懸濁する.
2.4.2.カバーグラスのサンドイッチによる生細胞観察法(図 2・1) 1 大きいカバーグラス(60 mm×24 mm) の上に,Hoechst33342で染色した 細胞,あるいはGFP融合タンパク質を発現している細胞2.5∼3μlをのせ る. 2 小さいカバーグラス (18 mm×18 mm) を,ゆっくり,気泡が入らないよ うにかぶせる. 3 小さいカバーグラスの周辺をシリコングリース(注10)で密封する. 4 油浸レンズ (注11) を使う場合,大きいカバーグラスの裏側に無蛍光の油 浸オイルを1滴垂らして観察する.
図2・1 シリコングリースを用いてカバーグラスをシールする.シリコングリースを注射器に詰めて,マイクロ ピペットチップを注射口にセットするとやりやすい. 注8
Hoechst33342を除かなくても差し支えない.細胞株によって,Hoechst33342に対して透過性の悪い場合,つまり,染まり にくい場合は,観察中も培地にHoechst33342を添加する.
注9
なるべく無色の人工合成培地を使う.YPD培地を使うと,Hoechst33342が速く核から排除される.また,光学的にも濁度 があり,好ましくない.
注10 真空用のシリコングリース.注射器に詰める際,チューブ入のものが使いやすい.固定細胞と異なり,有機溶剤を含む マニキュアではシールできない. 注11 分裂酵母の場合,60倍の油浸レンズを用いることが多い.
92
2.生細胞における細胞内構造体の動態観察法
2.4.3.ガラスボトムディッシュによる長時間生細胞観察法(図 2・2) 1 観察の約2時間前 (注12) にガラスボトムディッシュのガラスボトムに50 μlの0.1 % ConAを薄く塗布し,余った液を除いて暗所で乾燥する. 2 ConAでコートしたガラスボトムに50μl程度の細胞をのせる.細胞の濃 度が濃いと何層もの細胞が重なる状態になり,観察の邪魔になるので, 細胞をかなり薄めにのせる. 3 乾燥を防ぐために,ディッシュ内に濡らした脱脂綿などを入れて,パラ フィルムで密封する. 4 顕微鏡ステージ上で10分間くらい静置したあと観察を始める.
細胞
ガラスボトムディッシュ
顕微鏡ステージ 対物レンズ
図2・2 ガラスボトムディッシュ.
2.5.トラブルシューティング ・蛍光が暗い(顕微鏡の問題) 1) 水銀ランプが点灯しているか. 2) 適切な光学フィルターが使われているか. 3) 光路のどこかが閉じていないか.顕微鏡本体の背面部にスライド式のシャッ 注12 ConAコーティングは使用直前に行う.時間がたつと効かなくなる.また,長時間溶液にいると,ConAの粘着力はだんだ んなくなる.
93
ターがあるものでは,シャッターが開いているか確認する. 4) レンズは正しく用いているか (特に補正環や絞りのある場合) .油浸オイルに 気泡が入っていないか. 5) 水銀ランプの使用時間を確認し,ランプ寿命が過ぎていれば交換する.水銀 ランプの使用時間が短いのに励起光量が少ない場合は,光軸合わせをする.
・細胞が光らない(サンプル側の問題) 1) GFP融合遺伝子の塩基配列と読み枠が正しいか確認する.融合遺伝子の発現 法や細胞の培養条件に問題がないか検討する.タンパク質によっては量の問 題もあるので,1コピーで見えないときは多コピーを導入してみる. 2) Hoechst33342観察の場合には,なるべく染色直後の細胞を観察する.染色 後,培地に戻して30分間∼1時間経った細胞では,暗くて観察できない.ま た,冷蔵庫で保存しているHoechst33342溶液が古いことも考えられる.
・細胞が動き回る 以下の点に注意して試料を作り直す. (サンドイッチ法の場合) 1) 液量が多すぎると動くので,液量を減らす. 2) シリコングリースの密封が悪いと,蒸発に伴って水流が生じ,細胞が動く. 3) 気泡が入っていると,観察中に気泡の熱膨張によって水流が生じ,細胞が動 く.
(ガラスボトムディッシュの場合) 4) ガラスボトムに接着しなかった細胞を除去する.
・蛍光の褪色が激しい 固定細胞と異なり,褪色防止剤の効果が確認されていない.いまのとこ ろ,むだな励起を避けるのが褪色を防ぐ唯一の方法である.焦点合わせのと きなどのむだな蛍光励起を避けるべきである.
・観察している細胞の細胞周期が進行しない 生細胞に比べて,死細胞は明るく染まることが多い.ひときわ明るいもの は,もともと死んだ細胞か,観察しているうちに死んでしまった細胞であ る.フィルターやレンズなど顕微鏡の設定が適切でなかったり,カメラの感 度が悪いと,暗い生細胞は見えずにこのような死んだ細胞しか見えていない ことがあるので注意する.観察しているうちに蛍光が明るくなっていくもの は,死にかけている可能性が高いので注意する.
94
2.生細胞における細胞内構造体の動態観察法
2.6.実験例 GFP-チューブリンとHoechst33342を用いて,分裂酵母における減数分裂前期の核運動および微小 管動態の観察した例を示す.
2.6.1.目的 分裂酵母の減数分裂前期に メhorse-tailモ 運動と呼ばれる核運動が知られている.その核運動の際 に起こる微小管のダイナミズムを調べる.
2.6.2.GFP とチューブリンの融合遺伝子の作製[6] 分裂酵母には,α1,α2,βの三つのチューブリン遺伝子が存在する.そのうち,α1とβが必 須遺伝子で,α2は必須ではない.チューブリン遺伝子のC末端がタンパク質機能に非常に重要で あることが知られているから,α2チューブリンのN末端にGFPをつけた融合タンパク質を作製し た.プロモーターとして,チアミンで制御できるnmt1プロモーターを用いた. このようにできたプラスミドを細胞に導入し,チアミン存在下,すなわち,誘導がかからない条 件下で,GFP-チューブリン融合遺伝子を低レベルで発現させ,観察を行った.チアミンを除いて 高発現させると細胞が致死となった.
2.6.3.染色体と微小管のダイナミクス生細胞観察 減数分裂に誘導された細胞をプレートから少しかき取り,Hoechst33342染色を行った.染色した 細胞を窒素源を除いた人工合成培地EMM2に懸濁し,ConAでコートしたガラスボトムディッシュ に載せて観察を行った.GFP-チューブリンによる微小管の蛍光画像像とHoechst33342で染色した染 色体の画像を一定時間ごとに撮影した.その結果,図2・3で示すように,細胞核の先端から微小管 が放射状に細胞質に伸長し,その微小管の重合と脱重合によって核が細胞内で動き回るようすが観 察できた[7].
95
(a)
(b)
(c)
図2・3 分裂酵母 メhorse-tailモ 期における核と微小管のダイナミズム.染色体と微小管をHoechst33342とGFP-チュー ブリンで二重染色し,10秒ごとに0.5秒ずつ露光した.(a)染色体,(b)微小管,(c)染色体と微小管.口絵1参照.
2.7.おわりに ここに紹介した蛍光顕微鏡による分裂酵母核の動態観察により,その初期にはHoechst33342によ る減数分裂前期の染色体の観察が行われた.そのとき,筆者らが見たものは,細胞のなかを細胞全 長にわたって動き回る染色体 (細胞核) であった.その結果は,筆者らの予想を大きく超えたもので あり,感動さえ覚えたものである.それに前後して,この核運動の先端部分に,染色体の末端であ るテロメアが位置していることが発見され[8],減数分裂期の染色体構造の特殊構造が一気に注目さ れるきっかけとなった. このように,細胞内構造体の動きを直接観察することは非常に多くの情報を提供する.いまや GFPの発見により,分子特異的な生細胞観察がだれにでも可能な範囲になった.蛍光顕微鏡装置に 少し工夫を加えることにより,もしくはそのような機能を備えた顕微鏡装置を購入することによ 96
2.生細胞における細胞内構造体の動態観察法
り,生細胞によるGFPの動態観察は,だれにでもできる実験方法となると思われる.これまでの遺 伝学,分子生物学,生化学などの手法に加えて,このような分子特異的な動態観察を行えば,新た に動的な観点に立った情報が得られる. 今後の研究課題として,ゲノムプロジェクトなどから得られた分子レベルの知見を細胞レベルに 統括していくことが,細胞機能を考えるうえで重要になると思われる.筆者らの研究室では,分裂 酵母のゲノムDNAにランダムにGFPを融合させ,細胞に発現させたGFP融合ゲノムライブラリーを 作製した.これらのGFP融合タンパク質の動態の画像ライブラリーをつくることも, (作業は膨大 なものとなるが) 組織的に行えば原理的には不可能ではない.これが実現すれば,DNA一次配列と 遺伝子産物の細胞内での挙動を対応づける情報がデータベースとして得られることになり,遺伝子 とその細胞機能の研究に貢献することになると思われる.
参考文献 1.宮脇敦史,坂口敬人,御子柴克彦(1995)GFP creates a new window on the cell. 細胞工学14: 1063-1068 2.Cubitt AB, Heim R, Adams SR(1995)Understanding, improving and using green fluorescent protein. Trends Biochem. Sci. 20: 448-455 3.Miyawaki A, Liopis J, Heim R, McCaffery JM, Adams JA, Ikura M and Tsien RY(1997) Fluorescent indicators for Ca2+ based on green fluorescent proteins and calmodulin. Nature 388: 882-887 4.Gerstein RM (1998)レポーター遺伝子GFPの活用.細胞工学 17: 286-294 5.野島博(編) (1997)顕微鏡の使い方ノート:光学顕微鏡からCCDカメラまで.羊土社,東京 6.原口徳子,平岡泰(1998)生細胞のマルチカラー蛍光画像化.細胞工学 17: 956-965 7.Ding DQ, Chikashige Y, Haraguchi T, Hiraoka Y (1998) Oscillatory nuclear movement in fission yeast meiotic prophase is driven by astral microtubules, as revealed by continuous observation of chromosomes and microtubules in living cells. J Cell Sci 111: 701-712 8.Chikashige Y, Ding DQ, Funabiki H, Haraguchi T, Mashiko S, Yanagida M, Hiraoka Y(1994)Telomere-led premeiotic chromosome movement in fission yeast. Science 264: 270-273
97
3.電子顕微鏡による細胞内構造の観察法
3.1.はじめに
大隅正子
酵母 (出芽酵母と分裂酵母) の分子細胞生物学的研究においては,生化学的手法を用いて細胞の機 能を解析すると同時に,その細胞の形態や細胞内のオルガネラの状態,導入した遺伝子の発現タン パク質の局在部位や細胞の構成成分などを解析する必要がある.こうした細胞の微細構造や成分物 質を可視化する手段として,走査電子顕微鏡(SEM)や透過電子顕微鏡(TEM)が普段に用いられて いる.SEMは細胞の形や外・内表面を観察するのに適し,TEMは細胞の内部の情報をとらえるの に適している. 電子顕微鏡による生体観察の原理は,電子顕微鏡内は高真空であるため,生物体を “乾かして観 る” ことである.したがって,通常のTEMやSEMの鏡体に細胞を入れて観察するには,その前処理 として細胞を脱水しなければならない.細胞の原形を保持して脱水するためには,細胞を固定する 必要がある.固定には,固定剤を用いる化学固定と,凍結などの物理的固定とがある.急速凍結置 換法も物理的固定の一つである.なお,最近では生きた状態 (無固定) で観察する手法もあるが,無 固定観察のための機器である低真空SEMや原子間力顕微鏡などを用いては,酵母細胞は微小である ので,観察倍率を十分に得られない. 電子顕微鏡用生体試料作製の過程の概略は,SEMの場合は,1) 試料の固定・脱水・乾燥,2)載 台・コーティング,3)観察,である.TEMの場合も,1)試料の固定・脱水・包埋,2)超薄切片作 製・染色,3) 観察,の三つの過程に大別される.そのなかで,固定・脱水・乾燥または包埋は,や り直しがきかないという点から最も注意が必要であり,なかでも固定がそののちの処理の良否を左 右する.固定法は,基本的にはSEM,TEMともに同様である.
3.2.走査電子顕微鏡法
大隅正子
3.2.1.はじめに SEMを用いると,光学顕微鏡よりも高い分解能で細胞の形状や最外層の表面の微細構造を観察で きるのみでなく,細胞の内部構造も観察できる.後者の場合には,細胞を破断し,その破断の表面 を観察する.筆者らの開発したサンドイッチ法による急速凍結置換法[1]を用いるとTEMとSEMの両 [2] . 方の試料作製を同時に行うことが可能である(図3・1)
98
3.電子顕微鏡による細胞構造の観察法
遠心分離 液化プロパン
液体窒素 凍結破断
急速凍結置換固定
乾 燥
包 埋
SEM観察
TEM観察
図3・1 急速凍結置換固定によるTEM/ SEM観察法.
3.2.2.原理[3] SEMの原理は,乾燥した試料の表面を,真空内で細く絞った電子線で走査して,その構造を電気 的信号に変換してCRTに映像として観察するものである.SEMには,生の試料を低真空下で観察す るナチュラルSEM(またはLV-SEM,LVはlow vacuumの意) もあり,凍結した試料が常温で溶ける までに観察するクライオSEM,冷たい状態で観察するチルドSEM法などもある.
3.2.3.準備 装置 1) 走査型電子顕微鏡 (観察目的によって高い分解能が必要となるので,それに よって機種を決める.微小な酵母を観察するには倍率が少なくとも5000倍以 上が必要なので,たとえば,日立S-4500,日本電子JSM-5000以上のものが 望まれる) 2) 乾燥用: 臨界点乾燥装置,t-ブチル凍結乾燥装置 3) コーティング用: イオンパッタ装置,真空蒸着装置
99
器具 1) 固定用: 固定した試料を入れる容器,ピンセット,駒込ピペット,遠心管 2) 脱水用: 遠心管 (ガラス製),駒込ピペット 3) 乾燥用: キャピラリー,ろ紙 (No. 6),乾燥用かご 4) 載台用: 試料台,実体顕微鏡,綿棒
試薬・薬品 1) 固定用: 洗菌用100 mMリン酸緩衝液 (pH 7.2) ,グルタルアルデヒド (Electron Microscopy Sciences),オスミウム酸(OsO 4 ),ルテニウム酸(RuO 4 , Polyscience) 2) 脱水用: エタノール濃度系列 (30,50,70,80,90,95,99.5,100 %) 3) アセトン濃度系列(30,50,70,80,90,95,99.5,100 %) 4) 乾燥用: 液化二酸化炭素 (またはドライアイス) ,導電性ペースト,カーボン ペースト(Calloidal Graphite with isopropanol, TED PELLA),導電テープ
3.2.4.実験法[4 ∼ 6] 試料作製の概略はフローチャートにより,実際の手法は図3・2∼図3・5によって理解されたい.
洗菌(注 1) 観察する目的によってまず培養方法を選択し,それに従ってそれぞれの 試料作製法がある.SEMの場合には細胞表層の観察を目的とすることが多 いので,固定前の洗菌は,TEMを用いる場合よりも入念に行う必要があ る.培養された酵母を,蒸留水または緩衝液を用いて,必ず遠心操作に よって2∼3回洗菌する.酵母が平板培養または斜面培養されている場合 は,コロニーの状態を観察する以外は,細胞を一度蒸留水または緩衝液に 懸濁させてから同様に洗菌する(図3・2).
固定 A.グルタルアルデヒド - オスミウム酸二重固定[7] 1 1∼2 %グルタルアルデヒド(100 mMリン酸緩衝液,pH 7.2)で,4℃, 1∼2時間固定する.
注1
100
細胞表面に付着した汚染物質には,試料作製のあいだに固定液,脱水液,中間液によって溶解するものもあるが,固定 されてかえって強固になる物質もあるので,これらを固定前に除去しなければならない.ルテニウム酸を使用する場合 には,特に入念に洗菌することが大切である.
3.電子顕微鏡による細胞構造の観察法
試料作製過程
・培養状態と観察の目的により異なる ・コロニーの切り出し,菌体洗浄など
←急速凍結する
・液化プロパンを使用する
←液交換に注意 (コロニー形態を保持 する.浮遊細胞は分 散状態を保持する)
・グルタルアルデヒドの前固定と洗浄後, オスミウム酸固定による二重固定がよい ・減圧法も併用する
←厚い細胞壁を持ち微 小なので割断はむず かしい
・銅板による破断がよい
←液交換に注意 (コロニー形態を保持 する.浮遊細胞は分 散状態を保持する)
・脱水は完全にする ・遠心操作は必要最小限にする
乾 燥
←空気に触れることのな いように手早くする
・CPDでよい ・包埋かごにはろ紙を敷いて微小な試料の 流出とゴミなどの付着を防止する ・凍結乾燥では試料を少なめにする
載 台
←形態を壊さない
・両面テープで付着させる ・アルミホイル上に分散させる ガラス,フィルター,カーボンでもよい
←薄くコーティングする
・低倍率観察では約10nmのコーティング量 高倍率観察では1∼2nmのコーティング量 がよい.コーティングしないこともある ・コーティング金属は金パラジウム,白金 パラジウム,白金カーボンなど ・目的によりイオンスパッタ, マグネトロン スパッタ,電子ビーム蒸着を用いる
←電子損傷を少なくする
・加速電圧は必要最小限にする ・低倍率から撮影する
凍 結 固 定
割 断
脱 水
2日目
コ−ティング
3日目
方 法
←前処理が必要
試料の調製
1日目
留意点
検 鏡
101
酵母の生育状態(コロニー)と 細胞を観察する場合
微量の酵母を観察する場合 (ポリカチオン膜を用いる場合)
酵母細胞を観察する場合 A 集 菌
A 試料の切り出し メス 酵母の コロニー
プレートに生育 している酵母
(
コロニーを 破損しない ようにする
)
スラントに生育 している酵母
(
洗浄液 (緩衝液 または 蒸留水)
白金耳 寒天を混入させ ないようにコロ ニーのみをとる
)
( 培養液を均一に してからとる )
スライド グラス
プレート
B ポリカチオン 膜の洗浄
寒天培地で培養 された酵母
液体培養された酵母
寒天
C 試料の付着
スライドグラス (寒天はできる だけ薄くする)
蒸留水
スラント
ナイフ 酵母
0.1%ポリ L−リジン 溶液
洗浄液
蓋付 遠心管
B 試料の整形
A ポリカチオン 処理
酵母の薄い懸濁液 蓋付ガラス箱 または シャーレ
B 洗 浄 遠心管を振って 酵母細胞が1個1個 バラバラになるよ うに均一にする
(
)
遠心分離操作により 沈澱した酵母 遠心分離操作は 必要最小限とする
(
温室で15∼40分間 放置 試料を乾燥させぬ ようにする
)
( D 試料の洗浄
)
蒸留水
図3・2 試料の調製.大隅・山田 原図[4].
2 水洗後,2 %オスミウム酸溶液 (100 mMリン酸緩衝液,pH 7.2) で4℃, 2時間固定する.
B.グルタルアルデヒド - ルテニウム酸二重固定[8] 1∼2 %グルタルアルデヒドで固定・水洗後,0.03∼0.05 %ルテニウ ム酸溶液 (100 mMリン酸緩衝液,pH 7.2) (注2) で4℃,5分間固定する.
割断法[2] 酵母は強靱な細胞壁を有するため,凍結割断法がきわめて効果的である (図3・3).
注2
102
ルテニウム酸 (0.5 % 溶液アンプル入り,Polyscience) は冷暗所で保存する.ルテニウム酸のアンプルはアルミホイルで遮 光しながら操作し,手で温めないようにする (25℃以上で成分が変化する).開封したアンプルはパラフィルムで直ちに 蓋をして遮光し,冷暗所に保存する.アンプルから取り出した溶液は,残っていてもアンプル内に戻さずに捨てる.
3.電子顕微鏡による細胞構造の観察法
ピンセットで少量(0.3μl) のソフトクリーム状の試料 を銅板へ 液化プロパン
あらかじめ冷却 ピンセット したピンセット ではがす
1, 2, 3と 重ねる 単孔 銅板 400 メッシュ メッシュ 試料 パラフィルム
液体窒素
液体窒素
B 急速凍結 C 凍結破断 A 試料の調整 (乾燥しないようにする) 凍結破断された試料は銅板ごと急速凍結置換固定するか凍結乾燥する
図3・3 急速凍結と割断法.
臨界点乾燥
ろ紙 ブロック状の試料 懸濁試料
観察したい表 面を上向きに しておく
懸濁試料 はキャピ ラリーで 2∼3滴
ろ紙を乾燥用 かごの内側に敷く 乾燥用かご
手早く蓋をして 臨界点乾燥器へ
t −ブタノールによる凍結乾燥 t −ブタノールの置換を十分に行うことが必要 凍結乾燥 試料は最小限に少量とすることが必要
手早く蓋をして 臨界点乾燥器へ
図3・4 乾燥法.大隅・山田 原図.
乾燥 [4] 図3・4を参照 (注3) .
載台 両面テープ,アルミホイル,カバーグラス,フィルター,カーボンな ど,観察倍率に合わせて下地の種類を選択する.酵母は球体または楕円体 であるので,下地と点で接触してチャージアップを起こしやすい.これを
注3
乾燥用のかごにろ紙を二重に敷いて,微細な試料の流出とほかのかごからの試料の混入やゴミなどの付着を防ぐ.乾燥 用のかごに試料をたくさん入れると,臨界点乾燥器から取り出したときに酢酸イソアミルの臭いが残る場合がある.こ のような場合は乾燥状態が悪く,試料表面にアーティファクトを生じることが多い.
103
カバーグラス またはスライ ドグラス片
ビーズ
コロニー 寒天
綿 棒
最少量の 両面テープ
導電性塗料
試料台
導電性塗 料による 導電処理 塗料が多 すぎない ように
粉末状に乾燥 した酵母 少量の乾燥酵母 をとりさらに細 胞相互の付着を なくし分散させる 試料の分散 薬方紙
少量の試料
コロニー状態と細胞を 観察する場合
アルミホイル (フィルターや カーボンプレー トも可)
細胞を観察する場合
ビーズ状やガラス上の 試料を観察する場合
図3・5 載台と導電処理.大隅・山田 原図[4].
避けるためには,カーボンペーストや銀ペーストなどで試料の周囲を補強 [4] するとよい(図3・5) .
コーティング[9] 通常は試料をコーティングし,試料の導電性を高める処理を行う.SEM の分解能が向上した現在では,コーティング膜の厚さと質は,像質を高め るうえにも重要な問題である(図3・5).
1 コーティングの量は観察倍率で決める.低倍率観察のときは10 nm,高 倍率観察のときは1∼2 nmが目安となる(注4). 2 コーティングする金属の種類は,観察対象の微細構造の度合いと,観察 倍率とを考慮して決める.一般に,酵母の外形やコロニーの状態などを 低倍率で観察する際には金パラジウムや白金パラジウムを,超微細構造 を高倍率で観察する際には白金-炭素(95:5)を用いるのがよい. 3 目的によりイオンスパッタ,マグネトロンスパッタ,電子ビーム蒸着法 を用いる(注4).
注4
104
酵母は細胞表面に凹凸が少ないので,一般に薄いコーティングでよい.さらに,細胞が微小であるため観察倍率を高く する必要があり,このためにも薄く良質のコーティングを行うことが大切である.細胞表層の微細構造や生体高分子の 下における電子ビームによるコーティング法の応用を推奨したい.この方法は,市販のフリー 観察には,高真空 (10-7 torr) ズエッチング装置を用いて行うことができる.白金-炭素(95:5),約2 nm以下の膜厚がよい.さらに良質のコーティン グ膜を必要とする場合は,バルツァース社製フリーズエッチング装置500Kを用いれば,極低温・超高真空下 (-250℃,109 torr)で約1 nmの膜厚のコーティング膜が作製できる[9].
3.電子顕微鏡による細胞構造の観察法
観察 A.通常の観察 電子線による細胞構造の損傷を少なくするため,加速電圧はチャージ アップを起こさない範囲で最小限に低くする.通常は5∼15 kVで観察し, 低倍率から撮影するようにする.
B.無コーティング試料の低加速電圧観察[2,10,11] SEMを用いて生物試料を観察するには,加速電圧はできるだけ低くした ほうが試料表面の形状のより忠実な情報を得ることができる.しかし, コーティングを施さなくてもチャージアップを起こさないだけの十分に導 電性をもった試料でないと,この方法では観察できない.加速電圧には1∼ 3 kVを用いる.
反射電子を用いずにコロイド金粒子を観察する方法[4,12] 従来,SEMを用いて生物試料の微細構造とその構成成分の同定を同時に 行うには,コロイド金で標識した構成物質の反射電子 (BSE) 像と同一視野 の二次電子 (SE) 像とを重ね合わせた合成像を得なければならなかった.し かし,超高分解能のSEM,たとえばS-900H,を低加速電圧領域(1∼3 kV) で用いることにより,SEM像のみで微細構造と金粒子との同時観察がで き,物質の同定が便利になった.したがって,SEMによる細胞組織化学法 や免疫組織化学法を用いて,物質の検出とその局在を知ることができる. それぞれの物質を反応させたのち,コロイド金で標識する.
1 コロイド金で標識された試料は,重金属で後固定することなく,直ちに エタノール系列 (30∼99.5 %) で脱水し,液化二酸化炭素を用いて臨界点 乾燥し,試料ホルダーに接着する. 2 試料は電子ビーム蒸着装置(Balzers BAF 301)を用いて,真上からカー ボンを約6 nmの厚さにコーティングする[9].
3.2.5.トラブルシューティング さきに述べたように,固定が不完全なときには脱水も不完全となり,種々のトラブルが起こる. たとえば,細胞に収縮が生じる,乾燥後に細胞表層に “ひび割れ” が生じるなど.対応としては,固 定からやり直す. 試料台に試料が多くつき過ぎると,チャージアップしやすく,CRT上で走査線に沿って黒い筋が 105
でる.対応としては,乾燥後の試料を綿棒を用いて少量のせ,セロハンテープで余分な試料をはぎ 取る. コーティングが厚いと,微細構造が埋もれてしまう.細胞の表層のマンナン粒子が識別できず, 大きくごろごろした表面構造を呈する.あるいは,細いグルカン繊維の網目が,太いロープ状の網 目となる.対応としては,新しい試料を用いて,コーティングし直す. フォーカスが悪いと,ピンボケの写真となる.対応としては,撮影し直す. フィルム現像・乾燥時にゴミが付着する.対応としては,水洗し直して,きれいなドライウェル を用いて乾燥し直す.
3.3.透過電子顕微鏡法
大隅正子・佐藤眞美子
3.3.1.はじめに TEMを用いて酵母細胞の微細構造およびその構成物質の分子レベルの観察を行うには種々の手法 がある[13∼15].光学顕微鏡であらかじめ観察したのち,研究目的に合わせた方法を選ばねばならな い.はじめて酵母細胞の内部をみるには超薄切片法があり,それには過マンガン酸カリウム (KMnO4) 法が最も簡便な固定法である.さらに研究が進めば,この固定法を目的に合った手法に発 展させる,後述の凍結置換法 (§3.5.) が推奨できる.ここでは,紙面の制約から,最も基本的な 超薄切片法について述べ,さらに抗原の保持がよいので免疫電子顕微鏡法に最適であり,また,包 埋することなく細胞内構造が観察可能になる凍結超薄切片法について述べる.そして,急速凍結技 法として,最近日本でも行われはじめた高圧凍結法を紹介する.
3.3.2.原理 超薄切片法は,生体を薄切して細胞組織の微細構造を観察する方法である.TEMを用いて生体を 観察するには,試料を約0.1μm (100 kVの場合) ∼1μm (1000 kVの場合) 以下に薄くしなければなら ない.そうしないと電子線が試料を透過しない.超薄切片を得るためにはウルトラミクロトームを 用いることが必要となる.薄切するためには,試料に適当な硬さがあることが必要で,それには, 樹脂に包埋する通常の超薄切片法と,凍結により硬化する凍結超薄切片法とがある. 単離したオルガネラ,細胞膜,小胞体,構成成分,精製した酵素タンパク質,多糖,核酸などの 106
3.電子顕微鏡による細胞構造の観察法
観察には,ネガティブ染色法がよく用いられる.観察できる限界は,直径数μmから数nmの範囲で ある.これは背景を染め,試料を浮き出させる方法で,細胞の最も微細な構造を捕らえることがで きる. 生体膜の観察には,フリーズレプリカ法がよい.しかし,それにはかなり高度の技術を要する が,この方法は像の解像度が高く,優れている.それらについては,成書[13,15]を参考にされたい.
3.3.3.準備 装置 1) 透過電子顕微鏡 2) ウルトラミクロトーム 3) 恒温器
器具 1) 固定用: かみそり(脱脂したもの),固定した試料を入れる容器(ペニシリン 瓶),ピンセット,駒込ピペット,遠心管 2) 脱水用: 遠心管,駒込ピペット 3) 置換用: 駒込ピペット,EM-インフィルトレーター(振とう器) 4) 包埋用: 駒込ピペット,真空ポンプ,デシケーター 5) トリミング用: 実体顕微鏡,トリミング台,かみそり(片刃,両刃),やす り,紙やすり,ブロウワー 6) 切載用: ガラスナイフ,注射筒,睫毛プローブ,ピンセット,膜張りをした メッシュ,ろ紙,ブロウワー,シャーレ,アルコールランプ,光学顕微鏡 7) ガラスナイフ作製用: ガラス,ダイヤモンドカッター,プライヤー,定規, 方眼紙,ナイフメーカー,ビニルテープ,デンタルワックス,スパーテル, アルコールランプ 8) 膜張り用: 膜張り器具 (乾式法支持膜作成機) ,シャーレ,ピンセット,キャ ピラリー,かみそり (片刃),スライドグラス,グリッド 9) 染色用: グリッド(150メッシュ,200メッシュ),シャーレ,洗浄瓶,ビー カー,キャピラリー,ストップウォッチ,ろ紙,ピンセット
試薬・薬品 1) 固定用: 緩衝液,グルタルアルデヒド,オスミウム酸 (OsO4) ,過マンガン酸 カリウム(KMnO4) 2) 寒天包埋用: アガロース 3) 脱水用: エタノール系列(50,70,80,90,95,99.5,100 %) ,アセトン系 列(50,70,80,90,95,99.5,100 %) 107
4) 置換・包埋用: アセトン,酸化プロピレン,Quetol 653,ERL-4206,NSA, BDMAまたはQuetol 812,DDSA,MNA,DMP-30 5) 切載用: トルイジンブルー,コロンジオン,酢酸イソアミル,フォルムバー ル,二酸化エチレン 6) 染色用: 酢酸ウラン(MERCK),クエン酸鉛
3.3.4.実験法[16,17] TEM用試料の作製過程をフローチャートで示す.
固定 酵母細胞には厚い細胞壁があるため,固定液が浸透しにくい.観察の目的に応じて,以下のよう な固定法を選ぶ.
A.グルタルアルデヒド - 過マンガン酸カリウム固定 確実に固定できるので,材料としてはじめて用いる酵母細胞の全形や細 胞内微細構造などを観察したいとき,または,厚い細胞壁を有する胞子の 観察に適する.過マンガン酸カリウムは非常に強い酸化剤であるため,タ ンパク質と激しく反応し,リボソームや微小管が破壊される欠点がある が,膜系のオルガネラの識別には最適である.
1 遠心分離で集菌後,2 %グルタルアルデヒド(0.1 Mリン酸緩衝液,pH 7.2)で4℃,2時間固定する. 2 同緩衝液で洗浄後,1∼1.5 %過マンガン酸カリウム溶液で4℃,16∼22 時間,または,2 %溶液で2∼4時間固定する. 3 水洗後,寒天に包埋 (図3・6) (注1) し,1 %酢酸ウランで4℃,1∼2時間 染色する.
B.グルタルアルデヒド - オスミウム酸固定 厚い細胞壁があるため,酵母細胞にはオスミウム酸が浸透しにくい.そ こで,グルタルアルデヒドで固定後 (固定前でもよい) ,細胞壁をZymolyase などの酵素 (注2) で消化処理をしなければならない.プロトプラストにする 注1
以後の操作の都合上,寒天包埋を行う.洗菌集菌後,菌とほぼ同量の2 %アガロースを加えてよくかくはんし,直ちに 遠心分離する.アガロースが固まったら,スライドグラス上に取り出し,菌の部分を0.5∼1 mm角の大きさに切り出し, 1 %酢酸ウラン溶液が入ったペニシリン瓶に手早く移す.
注2
使用する酵母の種により,細胞壁の溶解酵素が異なる.
108
3.電子顕微鏡による細胞構造の観察法
試料の調製
固 定
1日目
凍 結
固 定
洗 浄
後固定
氷晶防止処理
脱水・置換
凍 結
ブロック染色
凍結切片
脱 水
切片回収
2日目
樹脂置換
3日目
樹脂包埋
包 埋
4∼5 日目
重 合
検 鏡
ネガティブ 染色
染 色
免疫染色
凍結切片法 薄 切
載 物
6∼8 日目
染 色
免疫染色
検 鏡
樹脂包埋切片法
109
かみそりで半分に切る
針を入れて パラフィル ム上に取り 出す ア ガ ロ ー ス
試料
先端部はゴミ などが混ざっ ている場合が あるので捨 てる
試料に同量のアガロース を加え,すばやくかきま ぜて遠沈する
1%酢酸ウラン または凍結切片 法の氷晶防止処 理の場合はPVP/ ショ糖溶液
かみそりで0.5∼1 mm角,凍結切片 法では0.5mm角以 下に切り出す 乾燥しないように 緩衡液など溶液で 湿らせながら行う
図3・6 寒天包埋法.
必要はなく,微細構造の保持にはスフェロプラストで酵素処理を止めるの がよい.
1 遠心分離で集菌後,2 %グルタルアルデヒド (0.1 Mリン酸緩衝液または カコジル酸緩衝液,pH 7.2) で4℃,2時間固定する. 2 酵素処理し,細胞壁を消化する. 3 0.4 Mソルビトールを含む上の緩衝液で洗浄後,2 %オスミウム酸 (同緩 衝液,0.4 Mソルビトール含有) で4℃,2時間固定する. 4 多糖を選択染色したい場合には,グルタルアルデヒド-オスミウム酸固 定後,同緩衝液で洗浄し,0.03∼0.05 % (v/v) ルテニウム酸溶液で4℃, 1時間固定する. 5 同緩衝液で洗浄後,寒天へ包埋(図3・6) (注1)し,5 %酢酸ウランで4 ℃,1時間染色する.
脱水 エタノール系列またはアセトン系列 (50,70,80,90,95,99.5,100 %) (注3)を用いて脱水す る.
包埋 脱水剤と包埋剤の置換が十分に行われないと,よい切片が得られない.それには置換剤を用い る. 注3
110
100 %エタノールは硫酸銅またはモレキュラーシーブスで,アセトンは無水塩化カルシウムまたはモレキュラーシーブス でつくる.
3.電子顕微鏡による細胞構造の観察法
1 エタノールを脱水に用いた際には,アセトン,酸化プロピレン,また は,QY-1などの置換剤と置き換えたのちに,包埋剤に置換する. 2 脱水剤と置換剤の割合は1:1で,5分間行う. 3 置換剤と包埋剤の割合は3:1,1:1,1:3で,それぞれに2時間以上を かける. 4 包埋剤で2時間以上,2回交換ののち,前日から乾燥しておいたビームカ プセルの底に一つずつ試料を入れ,包埋剤を満たしたのち,60℃,2日 間重合する.
超薄切片作製 包埋した試料は,ガラスナイフ,ダイヤモンドナイフ,人工ダイヤモンドナイフ,サファイアナ イフなどを用いて薄切する.
A.ガラスナイフ作製 ガラスナイフメーカーを用いて,厚さ5∼6 mmのガラスナイフ用のガラ ス板からガラスナイフを作る.ナイフにはビニールテープとパラフィンで ボートをつける.酵母の場合には,ガラスナイフの1ヶ所で切れる切片は 5,6枚である(図3・7).
ビニルテープ
溶かしたパラフ ィンですきまを ふさぐ
図3・7 ガラスボートナイフの取り付け.
[18] B.ダイヤモンドナイフ(注 4)
市販のナイフはボートがついており,そのまま用いればよいので能率が よい.
注4
ダイヤモンドナイフは高価であるが,切れ味がよく,よい切片像が得られる.使用の際には取り扱いに注意し,クリー ニングを怠らないように心がけることが大切である.最近は,人工ダイヤモンドナイフ,サファイアナイフなどの,ダ イヤモンドナイフよりは安価で,ガラスナイフよりは寿命が長く,切れ味がよい製品が市販されている.
111
②
③ ①
上下を平行 にトリミン グする
図3・8 トリミング.
C.トリミング(整形) 包埋・重合した試料をカプセルから取り出し,薄切すべき部分を露出さ せ,切片を作りやすい形に削り整える操作をトリミングという.トリミン グは片刃と両刃のカミソリを使って行う (図3・8).
1 試料は片刃カミソリを用いて上部の包埋剤を削り取り,試料を露出さ せ,試料部分を中心に四角錐状に削る. 2 ミクロトームに取り付け,ガラスナイフで厚切り切片を作製する. 3 切片をメチレンブルーまたはトルイジンブルーで染色し,光学顕微鏡で 目的の場所を探し,再び両刃のカミソリでトリミングする.薄切面が小 さいほど,均一で薄い切片を得やすい (0.5 mm角くらいが適当).
D.薄切 1 トリミングした試料をミクロトームの試料ホルダーに取り付ける. 2 ガラスナイフをナイフホルダーに装着する (逃げ角は4∼5°) . 3 ナイフと試料を十分接近させたのち,ボートに蒸留水を入れ,試料を薄 切する. 4 水面に浮いた切片の厚さを干渉色で判定する (注5) .
E.載物 1 電子線による衝撃に耐えうるように,切片をのせるグリッドに支持膜を 張る.支持膜として,コロジオンまたはフォルムバールを使用する. 2 支持膜を張ったグリッドに,薄切した切片をすくいあげる.
注5
112
切片の干渉色と厚さの大まかな判定は,グレイ: 60 nm以下,シルバー: 60∼90 nm,ゴールド: 90∼150 nmを目安とする.
3.電子顕微鏡による細胞構造の観察法
切片の染色 薄切された切片はコントラストがないので,ウランと鉛による二重染色を行う.4∼6 %酢酸ウ ラン溶液をパラフィルムまたはパラフィンシャーレ上に1滴置き,切片面を染色液上にのせ,10∼ 20分間おく (室温・遮光) .水洗後,同様に0.4 %クエン酸鉛溶液 (注6) で3∼10分間染色し,水洗す る.
観察 切片の厚さによって,観察する際の加速電圧を80∼120 kVの範囲で変える(注7).
3.3.5.トラブルシューティング SEM法の場合と同様に,固定が不完全の際には包埋が良好にできず,切片作製が困難となる.対 応としては,切片作製をやり直す.しかし,試料の採取までに長い実験の過程があったり,高い薬 品を用いる実験の場合は,固定のやり直しがきかないことがあるので,慎重な固定作業を心がける ことが大切である. 用いた染色液の汚れが切片上に付着する場合がある.対応としては,染色をやり直す. 写真撮影時に,長い間観察しすぎると,樹脂が昇華する.対応としては,新しい切片を用いる か,あるいは未観察の部位を探して撮影し直す.
3.4.凍結超薄切片法[13,19,24]
佐藤眞美子・大隅正子
3.4.1.はじめに 近年,凍結超薄切片作製用ミクロトームの改良が進み,容易によい切片が得られるようになっ た.この方法は免疫抗体法に最適である.また,無固定の試料は,元素分析に利用できる.
注6
鉛の溶液は二酸化炭素が吸着して炭酸鉛を形成するので,染色時に,染色液とともにNaOHを入れた小シャーレを置く.
注7
切片が破れやすい場合には,カーボンで補強するとよい.
113
3.4.2.原理 固定または未固定の試料を金属圧着法,スラッシュ法 (液体窒素) または急速凍結装置 (液体プロ パン)を用いて凍結し,凍結装置を装備したミクロトームを用いて超薄切片を作製する. 固定した試料は,氷晶防止剤を使用することにより,氷晶ができにくくなる.
3.4.3.準備 装置 1) 急速凍結装置 (液体窒素,液体プロパン) 2) 凍結装置装着ミクロト−ム (液体窒素) 3) ガラスナイフメーカー 4) 真空蒸着装置 5) イオンスパッタ装置
器具 1) 固定用: 遠心管,駒込ピペット 2) 氷晶防止処理用: 小シャーレ 3) トリミング用: トリミングナイフ 4) 切削用: ガラスナイフ,まつ毛プローブ,ピンセット,グリッド(膜張り, カーボン蒸着,親水処理済) ,ワイヤーループ (直径1∼2 mm) または頭髪プ ローブ 5) 染色用: ワイヤーループ (直径3.2 mm) ,ろ紙 (ワットマンNo. 50) ,パラフィ ルム,ピンセット
試薬・薬品 1) 固定用: グルタルアルデヒド,パラホルムアルデヒド 2) 氷晶防止処理用: アガロース,ポリビニルピロリドン (PVP,分子量10,000, Sigma),ショ糖 3) 切削用: ショ糖洗浄用アガロース,ゼラチンプレート (アガロース,ゼラチ ン,アジ化ナトリウム),ショ糖 4) 染色用: 酢酸ウラン 5) 包埋用: ポリビニルアルコール(PVA,分子量10,000,SIGMA)
114
3.電子顕微鏡による細胞構造の観察法
3.4.4.実験法 固定 1 1∼2 %グルタルアルデヒド (0.1 Mリン酸緩衝液,pH 7.2) で4℃,1時間 固定する.免疫染色用には,0.5 %グルタルアルデヒド-3 %パラホルム アルデヒド(0.1 Mリン酸緩衝液,pH 7.2)を用い,室温で1時間固定す る. 2 同緩衝液で洗浄する.
凍結 1 試料をアガロースに包埋し,0.5 mm角に切り出し,20 % PVP-1.84Mショ 糖溶液(注1)を2時間以上浸透させる(図3・6参照). 2 試料を試料ホルダーピンに載物し (図3・9) ,直ちに液体プロパンにより 急速凍結し,液体窒素中に保存する.
PVP/ショ糖溶液 ろ紙で 吸い取る 試料 図3・9 試料ピンへの試料の取り付け・
試料ピン
トリミング・切削 1 試料を冷却したクライオチャンバー内に装着する. 2 ガラスナイフを取り付ける. 3 試料・ガラスナイフともに切削温度(-80℃) に達したら,面出しを行う (注2).
注1
1.84 Mショ糖と20 % PVPの混液を100 mlつくるには,2.3 Mショ糖原液80 mlに0.25 M Na2CO3を4 ml入れ,これに20 gの PVPを加えて,溶解する.高粘度のため泡が立つが,密閉して一晩放置するか,軽く遠沈すると泡を除去できる.また, この混液を浸透させた試料は,数週間,冷蔵庫中で保存できる.
注2
低温状態で厚切りを行うと試料が脱落するので注意すること.0.5∼2μmの準超薄切片の場合には-60∼-80℃で,0.1μm 以下の超薄切片の場合には-100∼-115℃で切削する.
115
4 ガラスナイフの端を利用して,トリミングを行う. 5 面出しとトリミングが終わったら−100℃前後で切削を行う.切削速度 を遅めにし,リボンは長くしない.まつ毛プローブで切片を分散する.
切片回収 1 グリッドにホルムバールまたはコロジオンの膜を張り,カーボン蒸着を 施し,親水処理を行う.免疫染色の場合はニッケル製のグリッドを用い る. 2 切片は,このグリッドにショ糖ボール法 (注3) で回収する.ショ糖を除 去するために0.3 %アガロース-1 %ゼラチン-0.1 %アジ化ナトリウムの プレート表面を緩衝液で湿らした上に,切片面を下にしてグリッド (注 4)を置く(図3・10).
直径1∼2mmの 白金ループ 切片
ショ糖ボールが溶けたあと 液面をグリッドに接触させる グリッド
図3・10 ショ糖ボール法.
染色 A.通常の場合(ネガティブ染色)[13] 1 4 %酢酸ウランの1滴をパラフィルム上に置き,切片をのせる. 2 30秒∼1分後,ろ紙で余分な酢酸ウランを吸い取り,風乾する.
B.免疫抗体法の場合(間接法) 1 PBS-グリシン溶液(注5)により3回洗浄後,1∼3 %の血清,血清タンパ ク質,ゼラチンなどで10∼30分間ブロッキンングを行う.
注3
直径1.0∼2 mmのワイヤーループまたは太めの頭髪プローブを2.3 Mショ糖(0.1 M PBS)溶液に浸けてボールをつくる. 冷却したクライオチャンバー内で凍結する寸前のショ糖ボールを切片に近づけると切片がショ糖ボールに張り付く.
注4
ニッケル製グリッド (MAXTAFORMグリッド)
注5
残余のアルデヒド基と反応させて不活性化させるために,グリシンを加える.
116
3.電子顕微鏡による細胞構造の観察法
2 一次抗体溶液と反応させる. 3 一次抗体希釈緩衝液で6回,各1分間以上洗浄する. 4 二次抗体溶液と反応させる. 5 二次抗体希釈緩衝液で6回,各1分間以上洗浄する. 6 2 %グルタルアルデヒド固定を5分間行う(注6). 7 水洗する(注7) 8 2∼3 %酢酸ウラン溶液で10分間染色後,3 % PVA-0.3 %酢酸ウラン溶液 (包埋剤) (注8)に5分間浮かべる.包埋剤とともにグリッドをワイヤー ループにすくい上げ,余分な包埋剤をWhatman No. 50 (硬質) のろ紙で吸 い取り,風乾する(図3・11).
切片
グリッド
内径3.2mmのループで グリッドをすくい上げる
ろ紙で余分な 酢酸ウラン/PVP を吸い取る
裏返す
風乾 図3・11 酢酸ウラン/PVP包埋法.
酢酸ウラン/PVP
観察 切片の厚さに応じて,加速電圧を80∼120 kVに変化させて観察する.切 片が破れやすい場合には,カーボンで補強する.
3.4.5.トラブルシューティング 切片がカーリングする.厚い切片で起こりやすい.対応としては,切削速度を上げてみる(0.5∼ 1 mm/秒) .
注6
パラホルムアルデヒド単独固定の場合など,形態の保存に有効である.省略してもよい.
注7
緩衝液と酢酸ウランが反応する場合があるので,水洗が必要である.
注8
包埋剤の厚さと染色の効果は,PVAと酢酸ウランの混合比によって調節する.PVA:酢酸ウランが10:1の場合はポジ ティブ染色像,PVA:酢酸ウランが1∼10:1の場合はネガティブ染色像となる.
117
切片が圧縮されて出てくる.また,ナイフと平行にひびが入る.薄い切片で起こりやすい.対応 としては,切削速度を下げる(0.2∼0.3 mm/秒). 切片が刃先に集まる.対応としては,試料が柔らかい場合に起こるので,試料温度を少し下げ る. 切片がばらばらになる.対応としては,試料が硬すぎる場合に起こるので,試料温度を少し上げ てみる. 静電気により切片が飛び散る.対応としては,ダイアトーム社から高電圧対イオン装置が販売さ れているが,高湿度環境では必ずしも有効ではない.ガラスナイフには帯電しやすいものがあるの で交換してみる.オペレーターは化繊の衣服を身につけないようにする.いずれも有効でない場合 は,切れた切片をそのたびごとに根気よく回収する. 検鏡時に,細胞一面に穴が観察される.対応としては,凍結切片上またはガラスナイフ上に霜が できた場合に起こるので,薄切後,直ちに切片を回収するように心がける. 検鏡時に,支持膜が破れる.または,ドリフトする.対応としては,カーボンを薄く蒸着する.
3.4.6.加圧凍結法 急速凍結装置のほかに,加圧凍結装置 (バルツァース,HPM-010) を用いる方法がある.本装置で は,加圧下 (200 MPa) で冷却することにより,凍結速度が10,000℃/秒から200℃/秒に減速されてい ることにより,水の粘性を上昇させ,結晶化を遅らせる.その結果,氷晶防止処理をすることな く,試料表面から0.5 mmぐらいの厚さの細胞部分までアモルファスあるいは微氷晶を形成させ, 生細胞により近い状態で,再現性よく試料を凍結することが可能である. この加圧凍結法を用いて凍結した試料は,凍結置換固定法やフリーズレプリカ法,さらには,ク ライオトランスファーを用いて,クライオTEM,クライオSEM観察ができる.
3.4.7.実験例 示した手法で試料を作製して得られた電子顕微鏡写真を,図3・12∼図3・21に示す.
118
3.電子顕微鏡による細胞構造の観察法
3.4.8.おわりに ここでは,電子顕微鏡による酵母細胞の微細構造の観察法について,基本的な手法を簡略に述べ た.このほかにも多くの技法がある.それらについては,多くの成書[13∼16]があるので参考にされた い. 筆者が電子顕微鏡を用いて酵母の研究をはじめたころ,暗中模索して苦しんでいた酵母の固定法 はいまではしっかりと確立し,そのあいだにTEMやSEMの性能は格段に向上し,そのうえにコン ピュータ化して,かつてのように深く考えないで操作しても,よい写真が楽に得られるようになっ た.したがって現在は,個々の研究者が自分の研究目的に適合した方法を選択することが最も大切 であり,最高の結果を得るには,それらの手法を改良して,自分の試料に最適な手法をつくり出す ことが望ましい.しかも,一つの方法だけでなくいくつかの方法を試用して,多角的に比較検討す ることが自分の電子顕微鏡技術を発展させる道である.
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119
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(次ページの説明) (a) およびSEM (b) 像[20]. (a)TEM像.グルタルアルデ 図3・12 分裂酵母Schizosaccharomyces pombe細胞のTEM像 ヒド-過マンガン酸カリウム固定.細胞壁の層状構造が明確で,最外層は凍結置換固定の場合ほどではないが,ブ ラシ状である.細胞内にはリボソーム,アクチン繊維,微小管以外のオルガネラは明瞭に認められる.小胞体は 細胞質と細胞膜の内側に沿って認められる. (b) SEM像.グルタルアルデヒド-ルテニウム酸固定の無コーティン グ像.分裂痕が明瞭である.(c)細胞表層の強拡大像. 以下,図3・12∼図3・21での略号はつぎの通り.CM: 細胞膜,CMI: 細胞膜の陥入,CW: 細胞壁,DS: 分裂痕, ER: 小胞体,F: フィラソーム,G: ゴルジ体,Gl: グルカン繊維,M: ミトコンドリア,N: 核,NE: 核膜,PAB: Protein aggrigate body,V: 液胞,Ves: 分泌小胞. [8] (a) と強拡大像 (b) .細胞膜の二重膜の外側 図3・13 分裂酵母S. pombeプロトプラストの無コーティングの全形 のリーフレットは1.4∼10 nmの微小な粒子で覆われている.フリーズレプリカ像は細胞膜の鋳型の像であるが, このSEM像は正真証明の細胞膜の表面像である.
図3・14 液体培養基中で5時間再生した分裂酵母S. pombeプロトプラストのLVSEM像[7].グルカンの網目構造が 明瞭である.グルタルアルデヒド-オスミウム酸固定,1 nmの薄いコーティング.
120
3.電子顕微鏡による細胞構造の観察法
図3・12 (説明は前ページ)
図3・13 (説明は前ページ)
図3・14 (説明は前ページ)
121
[8] 図3・15 再生3時間目の分裂酵母S. pombeプロトプラストに形成されたグルカンの網目構造のSEM像 (a) ,酢酸 [7] [7] ウランによるネガティブ染色像(b) と,超薄切片像(c) .(a)グルカンははじめプロトプラスト内から分泌し, として現れ,引き伸ばされて2 nmの繊維 (①→←) となり,それがendo to endo,side by side 膜上に約3 nmの粒子 (b ) に連なって8 nmの繊維 (②→←)を形成し,さらにリボン状(厚さ16 nm→ →← ←)を呈しつつ,網目構造(←)をつくり, 細胞壁の骨格を形成していく過程が三次元像としてとらえられる.グルタルアルデヒド-オスミウム酸固定の無コー ティング像. (b) 対応するネガティブ染色像ではSEM像より解像力がよいが,プロトプラスト上の繊維を観察する ことができない. (c) 同試料をグルタルアルデヒド-オスミウム酸-ルテニウム酸固定し,多糖の選択的染色をして グルカン繊維を観察しやすくしてある.グルカンの基本繊維が約1.5∼2.0 nm (→←)の幅であると計測できる.
122
3.電子顕微鏡による細胞構造の観察法
図3・16 グルタルアルデヒド-オスミウム酸固定後,ルテニウム酸処理により,多糖が選択染色され,細胞膜の 外層 (f) ,グルカン繊維 (b) ,分泌小胞やゴルジ体 (c) ,および,カビや酵母に特有なフィラソーム (c∼e) が明瞭と [21] . なる.フィラソームは細胞壁物質 (グルカン)の形成の部位の内側に局在する(d)
123
図3・17 過ヨウ素酸-チオカルボヒドラジド-タンパク銀法 (PATAg法) により,多糖が選択染色される[20,22].この 方法は,特にゴルジ体,細胞膜,分泌小胞の染色に適す.PATAg無処理(a,b)と処理 (c,d). (c), (d)では,リ ボソームは完全に流出し,細胞膜以外の生体膜は電子密度が低下する.
(次ページの説明) 図3・19 Candida tropicalis 由来のイソクエン酸リアーゼ (ICL) 遺伝子を導入した出芽酵母S. cerevisiaeMT-8細胞[22]. 200 MPaで高圧凍結し,オスミウム酸を用いて凍結置換固定したもの(a) ,同試料の過マンガン酸カリウム染色像 (b),および,アセトンのみによって凍結置換固定した免疫電子顕微鏡像(c).新規の構造体PABは,急速凍結置 換固定像でも過マンガン酸カリウム染色像と同様に液胞の輪郭が球形であるのと異なって,その外形は波状を呈 し,さらにその周囲はリボソームのない部位が観察された. (c) では,イソクエン酸リアーゼ遺伝子産物を示すコ ロイド金粒子がPABとミトコンドリアのクリステに局在している.
124
3.電子顕微鏡による細胞構造の観察法
図3・18 凍結超薄切片法による出芽酵母Saccharomyces cerevisiae細胞の核の無処理 (a) と150 MPaの高圧処理像 (b) . (a) 正常な核は,酢酸ウランによるネガティブ染色によってSPBが明瞭に認められ,核内微小管上にチューブ が3方向に走行 リンの局在を示す金コロイド粒子 (←) が識別できる. (b) 高圧処理のため異常をきたし,微小管 (b ) しているようすがチューブリンの局在を示す金コロイド粒子の配列から解明された.
[23]
図3・19 (説明は前ページ)
125
図3・20 正しくないSEM像.(a)臨界点乾燥時に生じた細胞の収縮 (b ),試料が多すぎるために生じたチャージ アップ (←) .写真上の白い微小な斑点はフィルム現像時のゴミの付着である. (b) 亀裂 (←) ,ごみ (b ) ,厚いコー ティングにより,細胞表層の微細構造が埋もれている.また,細胞の左右の明るさの強弱の違いもチャージアッ プの一種である.
図3・21 正しくないTEM像.洗浄用の水の汚れ (a) と酢酸ウランの汚れ (b) .染色液の汚れは試料にのみつくこと が多い.
126
3.電子顕微鏡による細胞構造の観察法
3.5.急速凍結置換法
平田愛子
3.5.1.はじめに 酵母は動物細胞と比較してたいへん厚い細胞壁をもっているため,通常の固定がうまくゆかな い.一般的方法であるグルタルアルデヒドとオスミウムの固定がむずかしく,細胞壁の一部を破壊 したり,細胞壁を酵素で消化したりしてオスミウム固定を試みてきた.酵母を電子顕微鏡で観察す るようになった初期のころから今日に至るまで,過マンガン酸カリウム固定による論文が掲載され ている.しかし,この固定では膜系の観察はできるが,リボソームや細胞骨格系に関する微細な構 造が失われる. ここに述べる凍結置換法は,固定におけるアーティファクトが最も少ないと考えられる方法で, 化学固定剤を使用せずに,ミリ秒 (1/1000秒) 以下の速さで細胞を凍結させる方法である.生きてい るときと同じようななめらかな膜系をはじめ,細胞骨格系の観察にも優れ,タンパク質の抗原性の 保持もよいので,今日広く使われるようになってきた.しかし,凍結が良好な場所はかなり限られ た範囲になるので,試料作製には多少の訓練が必要である.
3.5.2.原理 この方法は,細胞中の水分を一瞬のうちに凍らせて,氷の結晶を形成させずに凍結し,細胞に含 まれる水分 (氷) をアセトンと置換し,さらに,樹脂と置換し,包埋して超薄切片を作製し,染色し て鏡検する方法である.
3.5.3.準備 装置 ◆ 凍結固定装置(装置概要は図3・22に示す) (注1)
注1
基本的には,液体窒素で冷却した金属容器にプロパンを入れて液化させるものである.
注2
表面の酸化被膜を除く処理をする.1 N塩酸で10∼15秒間処理したのち,水でよく洗い,無水アセトンに使用するまで浸 けておく.使用直前にアセトンから出してろ紙上で乾燥する.
注3
冷却したなかで操作するので,手で持つところを熱を伝えにくいもので保護しておくとよい.グリッドなど細かい操作 をするので,竹などのピンセットだと扱いにくい.
127
試料投入
プロパンガス 温度センサー カウンター カレント 液化装置 液体窒素
H
H
液体窒素 凍結媒体の入った 冷媒容器 加熱エレメント ガス状窒素 断熱材
窓
冷温光
図3・22 装置概要.ライヘルトKF80 凍結固定装置の説明図より改変.
器具 ◆ 試料を冷却するための大型ジャー ◆ 銅グリッド(注2) (しっかりした硬いグリッド) ◆ 電子顕微鏡用ピンセット(注3) ◆ 冷却した試料を入れる容器(注4)
試薬 まえもって準備しておくもの(数日前から準備) •
無水アセトン (注5) (またはエタノール)
固定を始めるまでに準備するもの •
プロパンガス (注6)
•
液体窒素
•
ドライアイス
•
アセトン(試薬1級でよい)
•
1∼4 %四酸化オスミウム (OsO4) (注7)-無水アセトン
注4
-80℃に耐えられるもので,溶媒にも強いもの (セラムチューブなど) がよい.常温に戻すときにアセトンが沸騰するので, ねじ蓋がよい.
注5
無水アセトン,無水エタノールはストック試薬ではないが,日頃から脱水剤 (モレキュラシーブス) を入れておくとよい.
注6
プロパンは-40∼-188℃まで液体状態であり,試料を投入したときに液体窒素のように沸騰して気泡を生じないので,冷 媒剤として使用している.火気に細心の注意をすること.市販の卓上コンロ用プロパンにはブタンが入っているため,130℃付近で凍ってしまう.
注7
四酸化オスミウムは毒性が強いので,必ずドラフト中で行うこと.四酸化オスミウムは電子顕微鏡用として,通常500 mg または1 gのアンプルに入って市販されている.つくり方は,無水アセトンをビーカーに用意しておき,アンプルが割れ たら,アンプルごとビーカーに入れる (アンプルがたいへん硬いので割れにくい) . 四酸化オスミウムはアセトンにたい へんよく溶けるが,常温ではすぐに黒くなるので,溶解後,ただちに分注して冷却すること.
128
3.電子顕微鏡による細胞構造の観察法
そのほか電子顕微鏡用固定,包埋に必要なもの ◆ ビームカプセル(平底,円錐形)またはゼラチンカプセル [1,2] ◆ 包埋樹脂(注8) (低粘調性エポキシ系樹脂,スパー(Spurr) 樹脂)
◆ 電子染色剤(3 %酢酸ウラン,クエン酸鉛[3]) ◆ 銅グリッド
免疫電子顕微鏡法で準備する器具 ◆ 水滴状態 (10∼20μl) で反応させるための密封性の容器 (タッパーウェア を使っている) ◆ ニッケルグリッド(Thin Barグリッドがよい)
試薬 •
一次抗体(抗原に対する抗体)
•
金コロイド標識二次抗体
•
3 %グルタルアルデヒド
•
包埋樹脂(LRホワイトレジン(注9) (LR White, Lowicryl)など)
•
PBS
•
1∼2 %血清アルブミン-PBS (1∼2 % BSA-PBS)
•
PBS-0.5 % Triton溶液(PBS-0.5 % Triton)
•
1∼2 %血清アルブミン-PBS-0.5 % Triton溶液 (1∼2 % BSA-PBS-0.5 % Triton)
ストック試薬
注8
構造を観察するときは低粘調性樹脂 (スパー (Spurr) 樹脂) を使用しているが,そのほかエポン-アダルダイド (Epon-Araldite) 樹脂でもよい.
注9
紫外線重合可能で低温 (50℃以下) で重合するLRホワイトレジン (LR White resin,LRはLondon Resinの略字) を使用してい る.
129
3.5.4.実験法 a.構造観察用の試料調製 培養 電子顕微鏡観察では,拡大率が数千倍以上であり,観察できる細胞数 が極端に限られるため,電子顕微鏡下で少しでも早く目的とする細胞を みつけられるように,条件をよく検討して目的の表現型を示す細胞の割 合を極力増加させる必要がある. 液体培養でもプレートに培養してもよい.液体培養の場合は遠心によ り集菌する必要がある (注10) .遠心したときにエッペンドルフチューブ の底に菌体の塊がみえるくらいあればよい.2∼3μlぐらいの遠心した 菌体を2枚の酸化被膜を除いた銅グリッドの表面同士にはさんでサンド [4,5] .プレート培養では,表面の菌体を銅グリッド イッチにする (注11)
に塗りつける. メンブランフィルター (注12) で集菌してもよい.菌体が集まっている ところをハサミで小さく切って使用する. 透析チューブ上に培養する方法もある.光学顕微鏡下で生育状況を確 認してから,透析チューブを小さく切り取る[6,7].
急速凍結(注 13) 急速凍結では氷晶をつくらせないことが大切なので,試料の大きさは小 さいほどよい.凍結させるときの液体プロパンの温度は,凍る直前の-185 ℃付近でするとよい.急速凍結固定装置を使用する場合は,試料はスプリ ングで勢いよく液体プロパン中に投入されるが,手動で行う場合は,試料 をピンセットでつまんでから素早く液体プロパン中に投入する(注14).
注10 菌体を遠心し,余分な水がないようにしっかりと上清を除く. 注11 菌体は凍結表面から10μmまでが凍結のよい固定領域といわれている.菌体をなるべく薄くするために,銅グリッドを両 側からしっかり押さえてサンドイッチにして凍結する. 注12 アセトンに溶けるので,酵母細胞はシート状の塊になる. 注13 急速凍結には圧着法 (液体窒素で冷却した金属ブロックに圧着する) と浸漬法の2種類がある.酵母は通常,浸漬法で固定 する. 注14 急速凍結を続けて行う場合には,ピンセットが冷たいまましないように常温まで温めてから試料をはさむこと (微小管が 消える原因) .
130
3.電子顕微鏡による細胞構造の観察法
培 養
1日目
2∼3 日目
4日目
5∼6 日目
樹脂置換
7日目
樹脂包埋
8∼9 日目
樹脂重合
急速凍結
凍結置換
温度上昇(室温) 10日目 以降
超薄切片作製
洗 浄 電子染色
検 鏡
凍結置換 凍結した試料は,ドライアイス/アセトンで冷却した1∼4 %オスミウ酸/ アセトン溶液中に移して,約-80℃に保たれた中で約2日間,置換固定を行 う.
温度上昇(注 15) 実験室にある装置を利用して,フリーザー (-35℃) 中に2時間,低温室 (冷 蔵庫) 中に2時間,室温(ドラフト) 中に2時間と移して常温に戻す.
洗浄 アセトン中のオスミウム酸を除くために無水アセトンで洗う.通常,3回 程度アセトンで洗浄する.
樹脂置換 樹脂との置換はゆっくりと時間をかける.筆者は洗浄後,アセトン:樹 脂が3:1の割合で一晩おき,翌日の朝1:1の割合にし,夜に1:3の割合で 注15 常温に戻すときにアセトンが沸騰することがあるので,蓋をきっちりと閉めておくこと.
131
包埋樹脂
樹脂
平底ビーム カプセル 酵母(細胞) 平底ビーム カプセルを 銅グリッド 取り除く
銅グリッド 酵母 (細胞) をはがす 銅グリッド
矢印方向へ トリミング
図3・23 酵母細胞の包埋と樹脂カプセルのトリミング.
一晩おく.樹脂置換中,ゆっくりとした速度で軽く振とうする.翌日,樹 脂だけの中に一昼夜,減圧下において置換させる.
樹脂重合 ビームカプセルに新しい樹脂を入れ,図3・23のように銅グリッドに細胞 を上にして入れたのち,温度上昇 (60℃) させて重合させる (24∼48時間) .
超薄切片作製 重合した試料は,図3・23に示すように銅グリッドをはがし,周りの樹脂 をトリミングして切片を作製する.はじめは広い範囲の切片をつくり,電 子顕微鏡下で固定のよい所をさがして,もう一度トリミングして切片をつ くる.
電子染色 3 %酢酸ウラン溶液1滴をパラフィルム上に置き,切片をのせた面が染色 液に当たるように浮かべる (室温,2時間) .水で洗浄後,クエン酸鉛 (注16) で同様に染色して(室温,10分間) 水で洗浄する.
鏡検 低倍率から目的の細胞を探し,高倍率に上げる.微小管などは倍率を 20,000倍程度に上げないと観察できない.
b.免疫電子顕微鏡法用の試料調製 急速凍結置換法は,微細形態の保存がよいのと同時に,抗原の検出率が高く,現在では免疫電子 顕微鏡法に理想的固定法と考えられる.
注16 空気中の二酸化炭素により炭酸鉛の結晶 (黒い丸い染色汚れ) をつくりやすいので,まわりに水酸化ナトリウムの結晶を 置く.息をかけないように注意すること.
132
3.電子顕微鏡による細胞構造の観察法
急速凍結置換法による免疫電子顕微鏡法は,切片作製までは構造観察の場合とほとんど同じであ る.異なる点は,1) 凍結置換剤は,四酸化オスミウムを含まない無水アセトンまたは無水エタノー ルを使用する,2) 抗原の安定性は温度により左右されることが多いため,低温で重合する包埋樹脂 (LRホワイト (注17) など)を使用するのが望ましい,3) 超薄切片はニッケルグリッドに拾う,4) 免 疫染色法に示す順で免疫反応を行う.免疫反応後,電子染色 (注18) をするが,軽く行う,などであ る. これは免疫電子顕微鏡法を目的とした試料調製法であるが,構造観察用の試料調製法 (固定剤に オスミウム酸が含まれている) でも,抗原によっては免疫反応ができる[8,9].これは,従来の免疫 電子顕微鏡法と比較して,構造がはっきり観察できるうえに,かなりの頻度で抗原が検出できる. また,アセトンだけの固定でも形態はたいへんよく維持されている[10]. 上記は筆者の方法であるが,菌体をサンドイッチにして固定するときに金属を銅とモリブデン [11]
,銅とアルミニウム[12]の組合わせで凍結させる方法もある.
3.5.5.トラブルシューティング ここでは,一般的な電子顕微鏡試料作製の際に起こしやすいトラブルについては除き,酵母を材 料としたときに起こりやすいトラブルについてのみ述べる. 切片にしわがでる (図3・32) .これは,包埋樹脂が細胞 (特に核) の中まで十分に浸透していない ためである.対応としては,切片のカッティング速度をゆっくりにする.樹脂包埋のときに十分時 間をかける. 頻繁に起こるトラブルは凍結不良である.対応としては,切片を切り直して凍結のよい所を探 す.どうしてもみつからないときは固定からやり直す. 免疫電子顕微鏡法のとき切片が汚れる.対応としては,PBSやBSA-PBSが変質している場合は作 り直す.洗浄不足.また,ニッケルグリッドが原因あることがある (ニッケルグリッドは製造元が Thin Barグリッドがよい).
注17 LRホワイトの重合には2種類の方法があり,紫外線重合させる方法 (フリーザー中から室温まで) と,比較的低い温度 (50 ℃以下) をかけて重合させる方法とがある.低温で重合させる場合には,凍結置換後,常温まで戻さず,低温(4℃) から つぎの洗浄の操作に移る方がよい.抗原性が熱に安定であるならば,温度をかけて重合させる方法が簡便である.酸素 があると重合しないので,樹脂をカプセルの蓋まで入れて蓋をすること.または,カプセルを密閉容器に入れ,窒素置 換するとよい.グリッドの銅が包埋剤のLRホワイト樹脂に溶けて反応するため,洗浄段階で銅グリッドから細胞をはが して,銅を取り除いておく.UVランプはフリーザー中では点灯しないので,フリーザー中で重合させるには特別な装置 がいる. 注18 はじめに酢酸ウラン染色だけの染色で観察する.染色が不十分であると考えられるときにはクエン酸鉛で数秒間染色す る.染色しすぎるとリボソームが黒くなり金コロイドが識別しにくい.
133
ブロッキング 1% BSA−PBS溶液で室温,15∼30分間 一次抗体反応 密封性のある容器内で反応 室温,30∼60分間,または,4℃,一晩 洗 浄 1回目 1% BSA−PBS−0.5% Triton溶液 2回目から 1% BSA−PBS溶液,3∼5回 二次抗体反応 密封性のある容器内で反応 室温,30∼60分間 洗 浄 1回目 PBS−0.5% Triton溶液 2∼3回目 PBS,4∼5回目 水 グルタルアルデヒド固定 3% グルタルアルデヒト,3分間 洗 浄 水で数回 酢酸ウラン染色 (クエン酸鉛染色)
検 鏡
3.5.6.実験例 実験例を図3・24∼図3・33まで,電子顕微鏡写真で示す.
134
3.電子顕微鏡による細胞構造の観察法
3.5.7.おわりに このように示してくると凍結置換法はよい固定法であることは十分理解していただけたと思う が,凍結の良好な場所が少ないという欠点がある.はじめは失敗の少ない過マンガン酸カリウム固 定で,細胞の状態をみながら軽く練習のつもりでするのもよいかもしれない.そののちはぜひ, アーティファクトが少なく,細胞内構造の保存がよい凍結置換固定法に挑戦してほしい.分子レベ ルでの変化を細胞レベルで解析するとき,必ず電子顕微鏡観察が必要となる.蛍光染色でオルガネ ラの大まかな特定はできるが,微細構造的局在には免疫電子顕微鏡観察が必要である.今後はこの 方法がますます要求されるだろう.
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135
図3・24 凍結置換法で固定した出芽酵母の分泌変 異株(sec1).細胞内に多くの分泌小胞を貯蔵して いる.核 (N) 内に微小管 (矢印) ,核内にも細胞質に もフィラメント (矢頭)が観察できる.核も分泌小 胞もなめらかな球形である.凍結置換法の特徴は, リボソームが十分に固定され,細胞内が黒くみえ ることである.V: 液胞.
図3・25 過マンガン酸カリウム固定した出芽酵母. 核はなめらかな球形でなくゆがんでおり,リボ ソームは消失している.膜系が固定されているの で一見わかりやすい.er: 小胞体.
図3・26 凍結置換法で固定した出芽酵母の分泌変異株 (sec1) の糖染色.分泌小胞はきれいな球形である.糖染色 度がいろいろあることより,分泌小胞内のタンパク質の種類もいろいろであることがわかる.図3・24と同じ株を 観察しているが,この染色で分泌小胞が浮きぼりになり,みやすい.
136
3.電子顕微鏡による細胞構造の観察法
図3・27 構造観察用試料調製法で調 製し,免疫電子顕微鏡法で反応させた 出芽酵母.糸状菌Rhizopus niveusの菌 体外分泌酵素 (aspartic proteinase-I) のプ ロ配列を欠失した改変体(Δpro)にお いて,大量にΔproを発現させたとき の免疫電子顕微鏡写真.小胞体から誘 導された膜構造が蓄積し,Δpro抗体 との反応を示す金コロイドは小胞体の 内腔にあり,Δproは小胞体内腔に局 在している.
図3・28 凍結置換法で固定した出芽酵母の細胞壁. 外側に向かって絨毛が生えているのが観察できる.
図3・29 過マンガン酸カリウム固定した出 芽酵母の細胞壁.二層であることはわかるが 微細構造は失われている.
図3・30 凍結置換法で固定した分裂酵母の子嚢胞子.核をもった丸い4個の胞子の胞子内微細構造が観察できる.
137
図3・31 グルタルアルデヒド-オスミウム酸固定という一般的方法 (グルタルアルデヒドで固定後,細胞壁を溶解 させてからオスミウム酸で固定する方法) で固定した分裂酵母の子嚢胞子.細胞壁は溶解させている.胞子のなか が黒く,みにくい.
図3・32 切片作製の失敗例.樹脂が十 分浸透していないため,細胞中央部に しわ(矢頭)ができる.矢印のところに ある横縞マークはナイフマークである.
図3・33 凍結固定法の失敗例.細胞内 に氷の結晶ができ,細胞内微細構造が かなり壊れている.
138
IV.オルガネラの機能解析
1.基本的解析法
1.1.細胞分画法
佐藤健・中野明彦
1.1.1.はじめに あらゆる真核細胞は,細胞内に複雑な膜系−オルガネラを分化させ,そのそれぞれに特異的な細 胞機能を分担させることによってさまざまな生体反応の効率を高めている.細胞分画法とは,破砕 した細胞からいろいろなオルガネラを大きさや密度の差を利用して分離するという基本的な生化学 的手法であり,個々のオルガネラの生化学的性質や生体物質の細胞内局在性に関する情報を得るた めにきわめて有用である.しかし,酵母細胞においては,もともとオルガネラが高等真核細胞ほど は発達していないこともあって,単一のオルガネラを完全に純粋な形で分離することは現時点では 容易ではない.それぞれのオルガネラについてさまざまな洗練された手法が開発されているが,詳 しくは文献[1,2]などを参照していただきたい.本節では,分泌経路におけるタンパク質の細胞内局 在を知るために近年よく用いられている,分画遠心法と不連続密度勾配遠心法を組合わせた簡便な 分画法について紹介する.
1.1.2.原理 破砕した細胞をまず300×gで遠心し,未破壊の細胞を含む沈殿(P0.3)と細胞内容物を含む上清 (S0.3) に分離する (図1・1) .このS0.3画分をさらに13,000×g,100,000×gの分画遠心にかけると, P13,P100,S100の3種の画分が得られる.このうち,小胞体,液胞タンパク質などはP13画分に, ゴルジ体トランス領域に局在するものはP100画分におもに検出される.また,ほとんどの細胞質タ ンパク質はS100画分に回収される.一方,ゴルジ体シス領域のタンパク質は,P13と P100の両画分 にほぼ同量ずつ分離するが,このうちP13 画分を1.2 M,1.5 Mショ糖からなる不連続密度勾配上に 重層し,さらに4時間,85,000×gで遠心すると,小胞体とは異なる分布を示すので判別することが 可能である.
141
(a)
(b) P13
細胞破砕液
バンド1
300×g
P0.3
1.2M
S0.3
85,000×g
13,000×g
バンド2 4時間
P13
S13
1.5M
100,000×g
P100
S100
図1・1 分画遠心のスキーム(a)と不連続ショ糖密度勾配遠心(b).細胞破砕液に対して300×g ,13,000×g , 100,000×の3回の遠心を行うが,最初の300×gの遠心は未破砕の細胞(P0.3) を除くための処理であり,実質的に は,P13 (低速遠心ペレット),P100(高速遠心ペレット),S100 (高速遠心上清)の三つの画分が得られる.不連続 ショ糖密度勾配遠心で小胞体とゴルジ体の両方を含むP13画分を1.2 Mショ糖溶液および1.5 Mショ糖溶液の上に重 層して超遠心を行う.
1.1.3.準備 器具 ◆ Potter-Elvehjemホモジェナイザー(Wheaton) ◆ Dounceホモジェナイザー (Wheaton) ◆ 遠心機(日立,20PR-52) ◆ RPR9-2-429ローター ◆ RPRS14ローター ◆ 低速スイング型遠心機(トミー精工,CF7D) ◆ RT3S3ローター ◆ 超遠心機(日立,70P-72) ◆ RP65Tローター ◆ RPS40Tスイングローター
142
1.基本的解析法
ストック試薬 •
1.0 M Tris-HCl (pH 9.4)
•
1.0 M Hepes-KOH(pH 6.8)
•
1.4 Mソルビトール
•
2.0 Mソルビトール
•
Zymolyase 100T (生化学工業)
•
500 mM EDTA(ethylenediaminetetraacetic acid)
•
1.0 M酢酸カリウム
•
1.0 Mジチオトレイトール(DTT)
•
20 mg/ml phenylmethylsulphonyl fluoride (PMSF)
•
5.0 mg/mlアンチパイン(Sigma)
•
5.0 mg/mlアプロチニン(Sigma)
•
5.0 mg/mlロイペプチン(Sigma)
•
5.0 mg/mlペプスタチン(Sigma)
•
2.7 % Yeast Nitrogen Base (Difco)
•
2×SD培地 (100 ml) 2.7% Yeast Nitrogen Base ........................................... 50 ml (オートクレーブ) 滅菌水 ......................................................................................................... 30 ml 20 %グルコース ......................................................... 20 ml (オートクレーブ)
試薬と培地 ◆ 0.1 M Tris-HCl (pH 9.4) ◆ スフェロプラスト培地 1×SD培地-1 Mソルビトール
◆ リシスバッファー(予冷) 0.2 Mソルビトール-50 mM酢酸カリウム-2 mM EDTA-20 mM Hepes-KOH (pH 6.8) 使用直前にリシスバッファーに以下のものを加える. 1 mM DTT-20μg/ml PMSF-5.0μg/mlアンチパイン-1.0μg/mlアプロチニン0.5μg/mlロイペプチン-0.7μg/mlペプスタチン(終濃度)
◆ クッション(予冷) 80 %ショ糖/20 mM Hepes-KOH(pH 6.8) (オートクレーブ)
◆ 1.2 Mショ糖溶液 (予冷) (15 ml) 1.2 Mショ糖-50 mM酢酸カリウム-2 mM EDTA-20 mM Hepes-KOH (pH 6.8) (オートクレーブ)
143
使用直前に,1 M DTT 15μl,100 mM PMSF 150μlを加える(終濃度 1 mM).
◆ 1.5 Mショ糖溶液 (予冷) (15 m) 1.5 Mショ糖-50 mM酢酸カリウム-2 mM EDTA-20 mM Hepes-KOH (pH 6.8) (オートクレーブ) 使用直前に,1 M DTT 15μl,100 mM PMSF 150μlを加える(終濃度 1 mM).
1.1.4.実験法 1 前培養した実験株を1リットルの培地に植え,対数期前期まで培養し細 胞数を数える. 相当の細胞懸濁液を20PR-52遠心 2 1000 OD units (1 OD unit = 1×107 cells)
集 菌
細胞破砕
300×g遠心
上清を13,000×g遠心
上清を 100,000×g遠心
S100 (上清)
144
P100 (沈殿)
沈殿(P13)を不連続 ショ糖密度勾配遠心
バンド1
バンド2
1.基本的解析法
機(RPR9-2-429ローター)で5000 rpm,5分間,室温で遠心する. 3 細胞ペレットを蒸留水約10 ml(計20 ml)に懸濁し,50 mlポリチューブ に移す.遠心管の内部を少量の蒸留水でさらに洗い,洗液を細胞懸濁液 に加える.CF7D低速スイング型遠心機(RT3S3ローター) で3000 rpm, 5分間遠心し,細胞を再び集める. 4 ペレットを20 mlの 0.1 M TrisHCl(pH 9.4) に懸濁する.これに200μlの 1 M DTTを加え,30℃で10分間インキュベートする. 5 3000 rpm,5分間遠心して細胞を集め,20 mlのスフェロプラスト培地に 懸濁する.10μlをとって蒸留水1 mlに懸濁し,分光光度計でA600を測定 する. 6 Zymolyase 100Tを500 units (= 5 mg) 加え,30℃でインキュベーションを 開始する. 7 10分おきに10μlをとって蒸留水1 mlに懸濁し,A600を測定する.蒸留水 中ではスフェロプラストが破裂して,懸濁液のみかけの吸光度が減少し ていく.吸光度がZymolyaseを加えるまえの10 %程度にまで下がったら インキュベーションを停止し,スフェロプラストの懸濁液を氷上に移 す.一部をとって顕微鏡観察し,球形のスフェロプラストになっている ことを確かめる. 8 50 ml容ポリチューブに氷冷した1.4 Mソルビトール25 mlをとり,スフェ ロプラストの懸濁液20 mlを静かに重層する(注1). 9 CF7D低速スイング型遠心機で3000 rpm,5分間遠心し,アスピレーター で上清を吸い取る.ペレットはポリチューブごと氷上に静置し,PotterElvehjemホモジェナイザーの準備に入る(注2). 10 ホモジェナイザーの外筒とテフロンペッスルをあらかじめよく氷冷して おく.ホモジェナイザーをセットしたところで,スフェロプラストを10 mlのリシスバッファーに懸濁し,外筒に入れる.
注1
Zymolyase 100Tをなるべく除去するために,アスピレーターを用いて1.4 M ソルビトール上にできる水層から順に吸い取っ ていく.
注2
以降の操作は,ホモジェナイザーの準備がすべて整ったことを確認してから開始する.リシスバッファーは低張液であ るから,スフェロプラストを懸濁すると,ゆっくりとではあるがリシス (破砕,溶菌) が起こりはじめる.自然にリシス するのにまかせると,オルガネラ膜は巨大なアグリゲート (集塊) を形成し,以下の分画遠心でうまく分かれなくなって しまう.
145
11 ポリビーカーに氷水を入れ,これで外筒を冷やしながらペッスルをはめ 込む. 12 フットスイッチでモーターを回し,外筒をポリビーカーごと手で持って 上下させる(注3).1分間に少なくとも4∼5回上下できるはずである. 13 1分間ホモジェナイズしたら1分間氷上で休ませる.これを5サイクル繰 返す. 14 顕微鏡で観察する.破砕が十分でなかったら,さらに3サイクルくらい ずつホモジェナイズを繰返す. 15 破砕液(ホモジェネート)のうち8 mlを15 mlポリチューブに移し,残り (1∼2 ml) はホモジェネート標品として保存する (ウエスタンブロッティ ング用). 16 8 mlホモジェネートをCF7D低速スイング遠心機で1200 rpm,5分遠心す る.上清(S0.3)とペレット(P0.3)に分け,ペレットにはリシスバッ ファーを加えて8 mlとする. 17 日立12PCチューブの底に1 ml のクッション(予冷しておく)を入れ,そ の上に6 mlのS0.3画分を静かに重層する(残りは保存する).これを 20PR52遠心機 (RPRS14 lローター) で10,000 rpm,15分間遠心する.上清 (S13: 低速遠心上清) とペレット (P13: 低速遠心ペレット) に分け,ペレッ トにリシスバッファーを加えて6 mlにする. 18 日立10PCボトル (超遠心用,ポリカーボネート製,予冷しておく)の底 に1 mlのクッション (予冷しておく)を置き,その上に4 mlのS13画分を 静かに重層する (残りは保存する) .これを日立RP65Tローター(予冷し ておく)にセットし,70P-72超遠心機で 40,000 rpm,60分間遠心する. 上清 (S100: 高速遠心上清,細胞質画分)とペレット(P100: 高速遠心ペ レット)に分け,ペレットにリシスバッファーを加えて4 mlにする. 19 以上の分画遠心で,七つの画分が得られる.いずれも,もとの細胞に換 算して100 OD units/mlとなっているはずである.それぞれ15 ml容ポリ チューブに入れて-80℃で保存する. 20 以後,氷室で行う.日立13PAチューブ (超遠心用,ポリアロマー製,予 冷しておく) の底から,順に1.5 Mショ糖溶液,1.2 Mショ糖溶液 (予冷し 注3
146
ペッスルを液面から出さないように気をつけて上下させる.気泡が入り,液が泡立つとタンパク質の変性などが起こり やすくなる.
1.基本的解析法
ておく) を5 mlずつ静かに重層する (注4) .その上に,Dounceホモジェナ イザーで懸濁した1.0 mlのP13画分を静かに重層する. 21 サンプルを13PAチューブごと1205バケット(予冷しておく)に入れ, RPS40Tスイングローター (予冷しておく)にセットし,70P-72超遠心機 で26,000 rpm (85,000×g) ,4 時間遠心する.この遠心によって,膜画分 はP13画分−1.2 Mショ糖溶液 (バンド1)および1.2 Mショ糖溶液−1.5 M ショ糖溶液 (バンド2) の各界面上に分離する.バンド1およびバンド2を 含む画分を回収し,-80℃で保存する.
1.1.5.実験例 タンパク質の小胞体局在化に働く因子Rer1pの細胞内局在を解析するために,ヒトインフルエン ザウイルスへマグルチニン (HA) 由来のエピトープを結合させたRer1-3HApを発現させ,上述のよ うな細胞分画を行った.それぞれ得られた画分について小胞体(Sec12p),ゴルジ体シス領域 (Och1p) ,ゴルジ体トランス領域 (Kex2p) ,液胞 (Pho8p) に局在する膜タンパク質をマーカーとした ウエスタン解析により,Rer1-3HApの細胞内局在を検討した (図1・2). まず,分画遠心法を行うと,小胞体タンパク質であるSec12pや液胞タンパク質Pho8pのほとんど はP13画分に検出された.また,トランスゴルジタンパク質Kex2pはおもに P100画分にみられた. 一方,Rer1-3HApは,ゴルジ体シス領域に局在するOch1pと同様に,P13画分とP100画分の両方に検
P13
P100
S100
バンド1 バンド2
Sec12p (小胞体) Pho8p (液胞) Kex2p (ゴルジ体トランス領域) Och1p (ゴルジ体ジス領域)
Rer1-3HAp
注4
図1・2 野生型酵母で細胞分画を行っ た例 (文献[4]) .分画遠心で得られたP13 画分,P100画分,S100画分と,不連続 ショ糖密度勾配遠心で得られたバンド1 とバンド2をウエスタンブロッティング で解析した.Sec12pは小胞体,Pho8pは 液胞,Kex2pはゴルジ体トランス領域, Och1pはゴルジ体シス領域のマーカーで ある.この実験と間接蛍光抗体法によ る顕微鏡観察によって,Rer1-3HApは ゴルジ体シス領域に局在すると結論した.
ショ糖やサンプルを重層するときは,境界を乱さないようにゆっくりと注意深く入れる.
147
出された.さらに,P13 画分を不連続ショ糖密度勾配遠心法によって分離したところ,Sec12pはほ とんどバンド2にみられるのに対し,Rer1-3HApとOch1pはおもにバンド1のほうに検出された.し たがって,Rer1pはOch1pと同様に,おもにゴルジ体シス領域に局在していると考えられる.
1.1.6.おわりに 本節では,分画遠心と不連続ショ糖密度勾配遠心によって,分泌経路を構成するオルガネラをお おまかに分離する方法を紹介した.密度勾配遠心は,条件を変えることによってさまざまな目的に 対応できるすぐれた方法である.ショ糖だけでなく,PercollやFicollなどの担体もよく用いられて いる.また,密度勾配を連続にして時間をかけて遠心すれば,原理的にはよりよい分離が可能にな る.ただし,オルガネラの分離には浸透圧やイオン強度など,さまざまな因子がかかわってくるの で,目的に応じて試行錯誤的に条件を決める必要があるだろう. また,今回紹介した方法は,試料をショ糖密度勾配の上にのせ,沈降速度の差で分ける方法だ が,逆に試料に高濃度のショ糖を加え,遠心管の底に置いてその上にショ糖密度勾配を重層し,目 的のオルガネラを浮上させることによって分離する方法もある.この場合には密度平衡が達成され る必要があるので,遠心時間は24∼48時間と長くかけなければならない.沈降速度法では,膜オル ガネラだけでなく細胞骨格系のような巨大なタンパク質複合体も速い速度で沈んでしまうが,浮上 法を用いれば膜以外は浮かんでこないので,両者を区別することが可能である. 細胞分画を行うことによってタンパク質の細胞内局在について有効な情報が得られるが,この データのみから結論を出してしまうのは危険だろう.もう一つの重要な方法として,間接蛍光抗体 法や免疫電子顕微鏡法がある.しかし,このような顕微鏡観察に頼る場合でも,酵母の蛍光抗体法 では,たとえばドット状の染色像を与えるオルガネラが何種類か存在し,二重染色や三重染色を 行っても局在するオルガネラを結論づけることは必ずしも容易ではない.生化学と形態学の両輪か ら総合的に判断していくことが重要と思われる.
参考文献 1.Guthrie C, Fink GR(eds) (1991)Guide to yeast genetics and molecular biology. Methods Enzymol. 194 2.Zinser E, Daum G (1995) Isolation and biochemical characterization of organelles from the yeast, Saccharomyces cerevisiae. Yeast 11: 493-536 3.Gaynor EC, te Heesen S, Graham TR, Aebi M, Emr SD (1994) Signal-mediated retrieval of a membrane protein from the Golgi to the ER in yeast. J. Cell Biol. 127: 653-665 4.Sato K, Nishikawa S, Nakano A (1995) Membrane protein retrieval from the Golgi apparatus to the endoplasmic reticulum (ER):characterization of the RER1 gene product as a component involved in ER localization of Sec12p. Mol. Biol. Cell 6: 1459-1477
148
1.基本的解析法
1.2.オルガネラの特異的単離法
吉久 徹
1.2.1.はじめに 酵母細胞の個々のオルガネラを純粋に分離することは,動物細胞などに比べむずかしく,全オル ガネラについて標準的な特異的単離法が確立しているとはいいがたい.一方で,遺伝学的解析の進 んでいる酵母では,表現形として特定のオルガネラが蓄積する,または,異常となる突然変異株が 多数単離されており,このような変異細胞中のオルガネラの解析から,本来のオルガネラやその動 態に関する知見が集積されてきた.ここでは,分泌経路のオルガネラであるゴルジ体と分泌小胞を 例にとり,酵母のオルガネラ分画の特殊な状況について述べる. 以下に紹介する単離手法は必ずしも一般的といえず,その概略を記述するにとどめる.興味ある 方は,文献[1]や紹介した原著論文を参考にしていただきたい.
1.2.2.ゴルジ体 酵母のゴルジ体は,近年,マーカー酵素の局在解析から,各層板が細胞内に分散したものの集合 体であると考えられるようになった[2].こうしたゴルジ体の性質は,動植物細胞のそれと大きく異 なり,in vivoおよびin vitroにおける酵母ゴルジ体の形態学的な検出の大きなさまたげとなってきた. 現在,α-1,6-マンノシルトランスフェラーゼ (Och1p) がおもに存在するearly-ゴルジ,α-1,3-マンノ シルトランスフェラーゼ(Mnn1p)の存在するmedial-ゴルジ,分泌タンパク質修飾プロテアーゼ Kex2pの存在するlate-ゴルジ,の三つ以上のゴルジ膜系があるとされており,おのおのについて分 画法が検討されてきた. early-ゴルジの分画は,Och1pを指標にした重水中のショ糖密度勾配を用いる方法が報告されてい る[3](図1・3 a) .この方法では,酵母細胞を直接,やや低張の緩衝液中でガラスビーズを用いて破 砕し,50,000×g遠心した上清を回収,これを重水-ショ糖不連続密度勾配遠心で2回分画し,細胞破 砕液に比べOch1pが約800倍濃縮されたearly-ゴルジ画分を得ている. 一方,late-ゴルジ画分はKex2pを指標にした分画法が報告されている[4] (図1・3 b) .これは,酵母 スフェロプラストを低張緩衝液中で溶菌し,分画遠心法により§1.1.のP100に相当する画分を回 収,D-ソルビトール連続密度勾配を用いた2回の密度平衡遠心で,Kex2pが約200倍に濃縮された late-ゴルジ画分を得るというものである.
149
(a)early−ゴルジ
(b)late−ゴルジ 細胞
細胞 ガラスビーズによる破砕
スフェロプラスト
細胞破砕液 遠心(10,000×g,10分間,4℃)
スフェロプラスト破砕液
上清
遠心(1000×g,6分間,4℃)
遠心(50,000×g,15分間,4℃)
上清
上清(S50)
遠心(12,000×g,15分間,4℃) 上清 7%ショ糖(重水) 20%ショ糖(重水) 60%ショ糖(重水)
10%ショ糖(重水) 25%ショ糖(重水)
遠心(100,000×g,3時間,8℃) 沈殿(P100)
遠心 (150,000×g, 2時間,4℃)
遠心
7%/20%界面
10%/25%界面
40%∼65% ソルビトール 連続密度勾配
遠心 (202,000×g, 40時間,8℃)
Kex2Pピーク
(150,000×g, 3時間,4℃)
30%ショ糖(重水)
50%∼60% ソルビトール 連続密度勾配
遠心 (202,000×g, 40時間,8℃)
Kex2Pピーク
early−ゴルジ画分
late−ゴルジ画分
図1・3 early-ゴルジの分画スキーム (a) .酵母細胞をやや低張下 (20 mM HEPES-KOH (pH 6.5)-150 mM 酢酸カリ ウム-250 mM D-ソルビトール) でガラスビーズを用いて破砕,分画遠心で得たS50を,重水中の60 %/20 %/7 %ショ 糖不連続密度勾配に上層し,150,000×gで2時間遠心する.7 %/20 %ショ糖界面を回収し,重水中の30 %/25 %/10 %ショ糖不連続密度勾配中を150,000×g,3時間の遠心で浮上させる.この10 %/25 %ショ糖界面が,early-ゴルジ 濃縮画分である.late-ゴルジの分画スキーム (b) .酵母細胞をスフェロプラスト化したのち,低張下 (10 mMトリ エタノールアミン-塩酸(pH 7.2)-0.3 M D-ソルビトール-1 mM EDTA)で溶菌させ,分画遠心法によりP100を回収 する.これを,40∼65 % D-ソルビトール連続密度勾配中,8℃,202,000×g,40時間の遠心で沈降させてKex2pの ピーク画分を得,さらに,50∼60 % D-ソルビトール連続密度勾配中で,同じ遠心条件により浮上させる.
1.2.3.分泌小胞 酵母では,分泌の特定のステップが止まるsec (分泌欠損) 変異が多数分離されている.このうち,
sec6-4変異株は,非許容温度 (37℃) で直径約100 nmの分泌小胞が蓄積し,このなかには細胞外へ放 出される直前のインベルターゼ(Suc2p)など分泌タンパク質が濃縮されている[5].この小胞は,必 ずしも野生型における分泌小胞と同一である保証はないものの,その蓄積が可逆的であることか ら,分泌過程の一種の中間状態とみなすことができる.WalworthとNovickは,このような見地から
sec6-4細胞中に蓄積する分泌小胞を単離する方法を報告している[5](図1・4).すなわち,37℃で分 泌欠損表現形を発現したsec6-4細胞をスフェロプラスト化し,等張緩衝液中で破砕して,P100を分 画遠心で回収する.これを,Sephacryl S-1000によるゲルろ過で分画することで,10,000×g上清に 比べ,インベルターゼ活性で約36倍に分泌小胞を回収できる. 150
1.基本的解析法
sec6-4 変異体 YPD培地,許容温度(23℃)で培養 対数増殖期細胞 YPD(0.2%グルコース)培地,非許容 温度(37℃)で2時間培養
Sephacryl S-1000 ゲルろ過クロマト グラフィーで分画
インベルターゼ(Suc2p) ピーク
分泌小胞を蓄積した細胞 10mMアジ化ナトリウム存在下でスフェロプラスト化 スフェロプラスト Dounceホモジェナイザーで破砕 スフェロプラスト破砕液 遠心(10,000xg,10分間,4℃)
分泌小胞画分
上清(S10) 遠心(100,000xg,1時間,4℃) 沈殿(P100)
図1・4 sec6-4変異株中での分泌小胞の蓄積・分画のスキーム.YPD培地中,許容温度 (23℃) で対数増殖期にある sec6-4変異細胞を,グルコース濃度を0.2 %に下げたYPD培地に移し,37℃で2時間培養する.このあいだに,分泌 小胞と,この小胞のマーカーとなる分泌タンパク質インベルターゼ (Suc2p) が細胞内に蓄積する.酵母を10 mMア ジ化ナトリウム存在下でスフェロプラスト化し,これを等張下 (10 mMトリエタノールアミン-塩酸 (pH 7.2) -0.8 M ソルビトール-1 mM EDTA) でDounceホモジェナイザーを用いて破砕する.分画遠心でP100を回収し,Sephacryl S1000ゲルろ過クロマトグラフィー (排除限界粒子径300∼400 nm) で分画する.
参考文献 1.Zinser E, Daum G(1995)Isolation and Biochemical Characterization of Organelles from the Yeast, Saccharomyces cerevisiae. Yeast 11: 493-536 2.Preuss D, Mulholland J, Franzusoff A, Segev N, Botstein D (1992) Characterization of the Saccharomyces Golgi Complex through the Cell Cycle by Immunoelectron Microscopy. Mol. Biol. Cell 3: 789-803 3.Lupashin VV, Hamamoto S, Schekman RW(1996) Biochemical Requirements for the Targeting and Fusion of ER-derived Transport Vesicles with Purified Yeast Golgi Membranes. J. Cell Biol. 132: 277-289 4.Whitters EA, McGee TP, Bankaitis VA (1994)Purification and Characterization of a Late Golgi Compartment from Saccharomyces cerevisiae. J. Biol. Chem. 269: 28106-28117 5.Walworth NC, Novick PJ (1987) Purification and Characterization of Constitutive Secretory Vesicles from Yeast. J. Cell Biol. 105: 163-174
151
1.3.免疫沈降法
佐藤美由紀・中野明彦
1.3.1.はじめに 免疫沈降法は,抗原抗体反応を利用して目的とする生体分子を分離する方法であり,細胞抽出液 から特定のタンパク質を分離するためによく用いられている.放射性同位体で標識し,さらにチェ イスすることによってタンパク質の生合成過程を追うことは,タンパク質の輸送過程ならびにオル ガネラの動態を調べるうえで欠かせない手法の一つである.また,細胞抽出液をおだやかな条件で 調製することによってタンパク質間の相互作用を調べたり (免疫共沈降) ,免疫沈降したタンパク質 の活性を測定することもできる.ここでは,Tran35S-label (注1) でラベルした酵母細胞から細胞抽出 液を調製し,免疫沈降したタンパク質をフルオログラフィーまたはイメージングアナライザーで検 出する方法を紹介する.
1.3.2.原理 もともと免疫沈降という言葉は,可溶性の抗原分子の間を抗体が架橋し,巨大な免疫複合体とし て沈殿させることを意味していた.しかし,Staphylococcus aureusの生産するプロテインAという分 子が免疫グロブリンGと特異的に結合することが発見され,プロテインAをSepharoseなどの支持体 と結合させたものを用いて,遠心により簡便に免疫複合体を集めることができるようになってか ら,この方法はさまざまな抗原に応用されるようになった. 以下,1) ラベルの取り込み効率を良くするため酵母細胞をS源飢餓の状態にする,2) Tran35S-label でパルスラベルする,3) 放射性同位体を含まない培地で希釈してチェイスする,4) 細胞を破砕して 細胞抽出液を調製する,5) プロテインA-Sepharoseを用いて免疫沈降する,という順番で,各実験 法についての標準的な方法を解説する.
1.3.3.準備 a.器具 ◆ ウォーターバスインキュベーター
注1
152
Tran35S-labelはH235SO4を含む培地で培養した大腸菌の加水分解産物であり,[35S]メチオニンと[35S]システインを含む.
1.基本的解析法
◆ 卓上小型遠心機 ◆ 1.5 ml容チューブ用遠心機 (16,000 rpm程度) ◆ ボルテックスミキサー ◆ ヒートブロック ◆ ローテーター(1.5 ml容チューブ用のアダプターを付ける) ◆ アスピレーター ◆ 液体シンチレーションカウンター ◆ SDS-PAGE用の電源,泳動槽など ◆ ゲルドライヤー ◆ オートラジオグラフィーまたはイメージングアナライザー用の器具・機 材
b.-SO42- 合成培地 ストック溶液 •
10×最小塩類 (sulfate-free) (500 ml) オートクレーブ滅菌. 塩化アンモニウム ................................................................................... 10.1 g リン酸二水素カリウム(monobasic)........................................................ 5.0 g 塩化マグネシウム (6水塩)..................................................................... 4.15 g 塩化ナトリウム ......................................................................................... 0.5 g 塩化カルシウム(無水)............................................................................. 0.5 g
•
1000×微量元素 (sulfate-free) (100 ml) オートクレーブ滅菌. ホウ酸 ....................................................................................................... 50 mg 塩化銅(2水塩)........................................................................................... 3 mg ヨウ化カリウム ....................................................................................... 10 mg 塩化第二鉄 ............................................................................................... 20 mg 塩化マンガン(4水塩)............................................................................. 46 mg モリブデン酸ナトリウム ....................................................................... 20 mg 塩化亜鉛 ................................................................................................... 34 mg
•
200×ビタミン (100 ml) ろ過滅菌.4℃で保存する. (注2)............................................................................ 1 ml D-ビオチン&葉酸 D-パントテン酸 (hemicalcium salt).......................................................... 8 mg
myo-イノシトール ................................................................................... 40 mg 注2
D-ビオチンと葉酸各4 mgを100 mlに溶かしたもの.
153
ニコチン酸 ................................................................................................. 8 mg
p-アミノ安息香酸 ...................................................................................... 4 mg ピリドキシン塩酸 ..................................................................................... 8 mg リボフラビン ............................................................................................. 4 mg チアミン塩酸 ............................................................................................. 8 mg •
100×アミノ酸&窒素源 supplements(sulfate-free) (100 ml) ろ過滅菌. アデニン塩酸塩 ..................................................................................... 200 mg ウラシル ................................................................................................. 200 mg L-トリプトファン ................................................................................. 200 mg L-ヒスチジン ......................................................................................... 200 mg L-ロイシン ............................................................................................. 300 mg L-リジン塩酸塩 ..................................................................................... 300 mg (栄養要求性の選択が必要な場合は適当に調節する.)
•
100 mM硫酸アンモニウム オートクレーブ滅菌.
•
-SO42-合成培地 1×最小塩類 (sulfate-free) 1×微量元素 (sulfate-free) 1×ビタミン 1×アミノ酸&窒素源 supplements (sulfate-free) 5 %グルコース
•
低SO42-合成培地 -SO42-合成培地に終濃度200 μMの硫酸アンモニウムを加える. (0.5 %カザミノ酸を加えると取り込み率がよくなる)
c.細胞のラベリングのための試薬 ストック溶液 •
PIC (Proteinase Inhibitors Cocktail) A(500×) 2.5 mg/mlロイペプチン(Sigma) 2.5 mg/mlアンチパイン(Sigma) B(500×) 2.5 mg/mlキモスタチン(Sigma) 2.5 mg/mlペプスタチンA(Sigma) C(100×) 100 mM PMSF
•
100×チェイス溶液 100 mM 硫酸アンモニウム 0.3 % L-システイン 0.4 % L-メチオニン
154
1.基本的解析法
試薬 • •
Tran35S-label (ICN Radiochemicals) SD培地+0.5 %カザミノ酸,または,SD培地 (1.25×チェイス溶液を含む) (SD培地+0.5 %カザミノ酸は,-ura,-ade,-trpの栄養要求性の選択に使え, 細胞の増殖はYPD並みによいのでよく使っている)
•
80 mMアジ化ナトリウム
•
10 mMアジ化ナトリウム
•
TBS 50 mM Tris-HCl (pH 7.4) 150 mM塩化ナトリウム
•
TBS-1 % SDS(使用直前にPICを加える)
•
TBS-2 % Triton X-100 (使用直前にPICを加える)
•
50 % (v/v)プロテインA-Sepharose CL-4B(Sigma,注3)
•
IPバッファー 1 % Triton X-100 0.2 % SDS 150 mM塩化ナトリウム 5 mM EDTA 50 mM Tris-HCl (pH 7.4)
•
Urea washバッファー 1 % Triton X-100 0.2 % SDS 2 M尿素 150 mM塩化ナトリウム 5 mM EDTA 50 mM Tris-HCl (pH 7.4)
•
High-salt wash バッファー 1 % Triton X-100 0.2 % SDS 500 mM塩化ナトリウム 5 mM EDTA 50 mM Tris-HCl (pH 7.4)
•
Detergent-free washバッファー 150 mM 塩化ナトリウム 5 mM EDTA 50 mM Tris-HCl (pH 7.4)
注3
•
1 % SDS+1 % 2-メルカプトエタノール
•
SDS-PAGE用サンプリングバッファー,泳動バッファー
プロテインA-Sepharose CL-4BはTBSで膨潤,洗浄する.4℃で保存.
155
•
固定液
•
Amplify (Amersham,注4)
イソプロパノール-酢酸-蒸留水(25:10:65,v/v)
その他 ガラスビーズ(直径0.45 mm,あらかじめ200 mgずつ分注しておく) 平底の2 ml容スクリューキャップチューブ (アシスト,No.72.694) 1.5 ml容スクリューキャップチューブ (通常のミクロ遠心型でよい.たとえば,アシスト,No. 72.692) 固形シンチレーションカクテル (Beckman, ReadyCap) 注射針(22G,27G)
1.3.4.実験法 a.細胞のラベリングと破砕 実験前日に前培養をlow -SO42-合成培地に植え継いでおく. まで増殖した細胞を回収し,滅菌水で1回洗 1 対数期前期 (1×107 cells/ml) 浄したのち,-SO42- 合成培地 (細胞1 OD当たり100μl) を加え,適温で30 ∼40分間振とう培養する(注5). 2 あらかじめ室温で解凍しておいたTran35S-labelを1 OD当たり25∼50μCi 加え,さらに2∼10分間振とう培養し,パルスラベルする. 3 1.25×チェイス溶液を含むSD培地+0.5 %カザミノ酸,または,SD培地 (細胞1 OD 当たり400μl,適温に温めておく)を加え,ラベルを希釈す る. 4 適当な時間振とう培養し,チェイスを行う.それぞれのタイムポイント で一定量の培養液を2 ml容平底スクリューキャップチューブにサンプリ ングする. (3、4のステップは,パルス標識のみの実験の場合には不要)
5 サンプリングしたら,直ちに80 mMアジ化ナトリウムを終濃度10 mM と 注4
固定後のゲルを浸すことによってシグナルを増幅することができる(フルオログラフィー) が,シグナルが十分強い場合 には省略して,単なるオートラジオグラフィーにすることもできる.
注5
ラベリングは,使い捨ての50 ml容遠沈管を用い細胞が沈まないように振とうしながら行う.振とうが不十分で細胞が沈 んでしまうと,ラベルの取り込みが悪くなる.
156
1.基本的解析法
なるように加え,5分間氷冷する(注6). 6 遠心 (フラッシュ) してアスピレーターで上清を吸い取り,もう1回遠心 (フラッシュ)して完全に上清を除く. 7 1 mlの10 mMアジ化ナトリウム (氷冷) を加え,6) と同様にして細胞を洗 浄する. 8 200μlのTBS-1 % SDS-PICと200 mgのガラスビーズを加え,ボルテック スミキサーで30秒間激しくかくはんし,30秒間氷冷する.この操作を4 回繰返して細胞を破砕する. 9 100℃のヒートブロックで5分間加熱する(注7). 10 800μlのTBS-2 % Trion X-100-PICを加え,遠心 (フラッシュ) して上清を 1.5 ml容スクリューキャップチューブに移す. 11 16,000 rpmで10分間遠心し,上清を新しい1.5 ml容スクリューキャップ チューブに移す. 12 上清の一部 (2μl程度) とサンプリングが終わったのちの培養液の残り (2 μl程度) をとり,ReadyCapに浸み込ませる.それを液体シンチレーショ ンカウンターで測定し,ラベルの取り込み率を計算する.
b.免疫沈降 1 細胞破砕液に抗体を加え,ローテーターでおだやかにかくはんしなが ら,室温で2時間,または,氷上で一晩 (氷室中) インキュベートする (注 8). 2 50 % (v/v) プロテインA-Sepharose CL-4Bを適量 (注9) 加え,ローテーター でおだやかにかくはんしながら,室温で2時間インキュベートする.
注6
速いタイムコースでサンプリングするときは,この状態,または,つぎの10 mMアジ化ナトリウムを入れたところで止 める (氷冷) .ただし,長時間放置するのは好ましくないので,できるかぎり9) のステップまで行う.
注7
タンパク質によっては,100℃で加熱すると不溶化してしまい分離ゲルに入らなくなることがある.その場合は,低温 (65 ∼75℃) で10∼15分間加熱する.シグナルがきれいにでないときは,この温度が原因であることが多い.
注8
加える抗体量は予備実験で検討し,十分量を加える.また,通常は室温で2時間インキュベートすればよいが,抗体に よっては氷上(氷室中)で一晩インキュベートすることが必要な場合もある.
注9
1 mlで20 mgの免疫グロブリンGを沈降できる.目安としては,抗体と体積比で1:1,つまり,プロテインA-Sepharoseの 50 % (v/v) 懸濁液を,加えた抗体の体積の2倍量加えれば十分である.ただし,あまり量が少ないとかえって扱いにくい ので,普通,最低でも10 mlは加えている.
157
3 遠心(フラッシュ)してプロテインA-Sepharoseを沈殿させ,上清をアス ピレーター(22Gの注射針を使用)でおおまかに吸い取る(注10). 4 1 mlのIPバッファーを加えて,ボルテックスミキサーでよくかくはんし たのち,遠心(フラッシュ)してプロテインA-Sepharoseを沈殿させ,上 清をアスピレーター(22G注射針)でおおまかに吸い取る. 5 同様の手順で,さらに1 mlのIPバッファーで1回,1 mlのUrea washバッ ファーで2回,1 mlのHigh-salt washバッファーで1回,1 mlのDetergentfree washバッファーで1回,の順に洗浄する. 6 アスピレーターの注射針を27Gのものに取り替え,Detergent-free wash バッファーを完全に吸い取る(注11). 7 1 % SDS+1 % 2-メルカプトエタノールを加え,100℃のヒートブロック で5分間加熱し,プロテインA-Sepharoseから溶出する(注7). 8 上清にSDS-PAGEサンプリングバッファーを加え,SDS-PAGEで分離す る. 9 ゲルを固定液に30分間浸し,軽く蒸留水ですすいだのち,さらにAmplifyに15分間浸す. 10 ゲルをそのままろ紙に張りつけ,ゲルドライヤーで乾燥させる. 11 ラベルインクなどで分子量マーカーに印をつける. 12 フルオログラフィー (オートラジオグラフィー) ,あるいは,イメージン グアナライザー (たとえば,フジフィルムBAS-2000など) で解析する.
1.3.5.おわりに ここで示した免疫沈降の条件は,あくまでも標準条件の一つであって,個々の抗体にとってベス トとは限らない.筆者らの経験では,ほとんどの抗体についてこの条件でうまくゆくが,まれに抗 原抗体反応の条件(温度と時間)を変えなくてはならないことがある. タンパク質抽出の際のSDSとTriton X-100の濃度も重要である.筆者らの方法では,基本的に, 注10 22Gの注射針はSepharoseビーズを吸い込んでしまうので,針を沈殿に近づけすぎず,上清が多少残る程度で止める. 注11 27Gの注射針はSepharoseビーズを吸い込まないので,完全に上清を吸い取ることができる.
158
1.基本的解析法
まず1 % SDSで細胞抽出液中のタンパク質を変性・可溶化させたのち,SDSの約8倍量のTriton X100を加えることによってSDSの効果を打ち消し,つぎに加える抗体の変性を防いでいる.抗体に よっては,より高いSDS/Triton比にたえるので,その場合には最終的に0.4 % SDS+1.6 % Triton X100くらいまで上げてやると免疫沈降のS/N比が向上することがある.逆に,変性しやすい抗体では このSDS/Triton比をもっと下げてやることが必要になる.また,抗体が変性したポリペプチドを認 識せず,インタクトなタンパク質の高次構造を要求する場合には,当然SDSによる変性のステップ は除かなくてはならない. 抗体の生物種やサブクラスによっては,プロテインAとのアフィニティーが低いものもあるので 注意が必要である.よく知られているものに,マウスのIgG1がある.モノクローナル抗体でこのサ ブクラスであることがわかったら,プロテインAの代わりにプロテインGを用いる手がある.若干 反応性は落ちるが,十分実用にはなる. 免疫沈降法の大きな利点の一つに,パルス-チェイス実験によってタンパク質の生合成過程を詳 細に追えるということがある.この方法を細胞内輸送の解析に応用した例を§2.1でやや詳しく解 説する.
参考文献 1.Rothblatt J, Schekman R(1989)A hitchhiker's guide to analysis of the secretory pathway in yeast. Meth. Cell Biol. 32: 3-36
159
2.分泌経路における細胞内輸送の解析
2.1.パルス-チェイス実験による小胞輸送経路の in vivo 解析 矢原夏子・中野明彦
2.1.1.はじめに 分泌経路においては,小胞体上のリボソームで合成されたタンパク質は,小胞体,ゴルジ体を経 由して目的の場所まで輸送される.その際,糖鎖付加やプロセシングなどの修飾を受けて分子量が 変化するタンパク質をマーカーとして利用し,細胞内での挙動を追うことによって,たとえば,あ る変異株の輸送経路の損傷をin vivoで詳細に解析することが可能となる. 本節では,異なる輸送経路ごとの代表的な輸送マーカータンパク質をあげ,おのおののパルスチェイスの手法を記す.特定のタンパク質を用いた具体例となるが,細胞画分と培地画分の分離 や,エンドグリコシダーゼH処理など,さまざまなマーカータンパク質への応用可能な手法にもふ れる.
2.1.2.原理 各輸送経路の代表的なマーカータンパク質として, 小胞体→ゴルジ体→液胞 の順方向輸送
カルボキシペプチダーゼY (CPY)
小胞体→ゴルジ体→細胞膜 の順方向輸送
インベルターゼ
ゴルジ体→小胞体 の逆方向輸送
インベルターゼ-Wbp1p融合タンパク質
をあげる[1,2].図2・1に,それぞれのマーカータンパク質の輸送経路を示す. CPYおよびインベルターゼは,ともに小胞体でコア糖鎖が付加されたのちに,ゴルジ体に運ば れ,糖鎖伸長がなされる.そののち,分泌タンパク質であるインベルターゼは細胞外に分泌され, 一方,液胞タンパク質であるCPYは液胞に輸送されて,プロセシングを受けて成熟型となる. また,従来知られていた順方向輸送に加えて,近年,さまざまなステップにおける逆向き輸送の 重要性が注目されてきているが,ゴルジ体から小胞体への逆向き輸送に関して,1994年Gaynorら は,インベルターゼ-Wbp1p融合タンパク質をマーカーとしたシステムの確立に成功している.こ
160
2.分泌経路における細胞内輸送の解析
インベルターゼ
カルボキシペプチダーゼY インベルターゼ-Wbp1 融合タンパク質 (CPY) 小胞体
Y Y Y Y YY
YY YY
YY
YY
ゴルジ体
液胞
細胞膜 Y Y Y Y YY
図2・1 出芽酵母において小胞輸送を解 析する際によく用いられるマーカー.イ ンベルターゼは小胞体から細胞膜への分 泌経路,カルボキシペプチダーゼ (CPY) は小胞体から液胞への輸送経路,インベ ルターゼ-Wbp1融合タンパク質はゴルジ 体から小胞体への逆向き輸送マーカーで ある.| は小胞体型の糖鎖,Yはゴルジ体 型の糖鎖を示す.
の融合タンパク質は,インベルターゼのC末端に,小胞体膜タンパク質であるWbp1pの小胞体残留 シグナルペプチドKKXX配列を含むC末端をつなげたものである.インベルターゼ-Wbp1p融合タン パク質は,定常状態では小胞体とゴルジ体シス領域との間をリサイクリングしながら小胞体に留 まっている.しかし,ゴルジ体から小胞体への逆輸送が正常に行われないと,ゴルジ体を通過して 液胞まで輸送され,Pep4pタンパク質に依存するプロセシングを受けて分子量が変化する. 細胞のタンパク質をある一定時間パルスラベルしたのちチェイスし,標識されたマーカータンパ ク質の分子量の変化を追うことによって,細胞内での輸送状況を調べることができる.まずCPYの パルス-チェイスを基本とし,そのほかのマーカータンパク質については,実験の目的によって異 なる部分を中心に説明することとする.
2.1.3.カルボキシペプチダーゼ Y のパルス - チェイス §1.3.免疫沈降法に記述してある方法に従って行う(注1). 野生株における実験例を図2・2に示す.
2.1.4.インベルターゼのパルス - チェイス 細胞外分泌タンパク質であるインベルターゼは,細胞内に留まっているもの (Internal)と細胞外 に分泌されたもの (External) を分け,それぞれのインベルターゼを免疫沈降して解析する.その際, 注1) 複数の細胞で同時に行う際は,パルス-チェイスおよびサンプリングの時間を1分ずつずらす.あらかじめタイムコースの 表をつくっておくとよい.また,免疫沈降の抗体を入れる直前と,SDS-PAGE を行う直前の段階で,-80℃保存が可能. 以上はインベルターゼ,インベルターゼ-Wbp1p融合タンパク質の場合も同様である.
161
1日目
パルスラベル
チェイス
免疫沈降
2日目
SDS-PAGE
オ−トラジオグラフィ−
0分 ゴルジ体型 小胞体型 成熟型
2分
5分
10分 15分 30分 60分
分子量 (kDa) 66
図2・2 野生株におけるCPYのパルス-チェイスの結果.野生株 (YPH499) を,35Sで4分間パルスラベルし,チェイ ス後,0,2,5,10,15,30,60分で集菌,7.5 % SDS-PAGE,フルオログラフィーを行った.チェイス後30分に は,ラベルされたCPYのほぼすべてが液胞でプロセシングを受けて成熟型となっている.小胞体型は分子量67 kDa, ゴルジ体型は分子量69 kDa,成熟型は分子量61 kDa.
細胞壁にトラップされるものも含めてExternalとするため,パルス-チェイスを行うまえに,細胞を スフェロプラスト化する必要がある.Zymolyase処理後のスフェロプラストはソルビトールで等張 にした培地や洗浄液を用い,取り扱いに注意する.また,Zymolyase処理の時点から低グルコース の培地を使うことによって,インベルターゼ合成誘導を行うことになる.
162
2.分泌経路における細胞内輸送の解析
a.準備 試薬 §1.3.免疫沈降法で示した試薬のほか,適宜以下の試薬を用いる.
ストック試薬 •
4×MV培地 (-S,グルコース不含)
•
4×最小塩類 (sulfate-free) (10×最小塩類 (sulfate-free)を希釈)
•
4×微量元素 (sulfate-free) (1000×微量元素 (sulfate-free)を希釈)
•
4×ビタミン (200×ビタミンを希釈) ろ過滅菌.
実際に実験で使用する試薬 •
1.4 Mソルビトール(氷冷)
•
100 mMアジ化ナトリウム (氷冷)
•
0.6 Mソルビトール+10 mMアジ化ナトリウム (氷冷)
•
ジチオトレイトール(DTT)溶液 100 mM Tris-HCl (pH 9.4) 10 mM DTT
•
スフェロプラスト培地 1×MV培地 (4×MV培地を希釈) 200 mM硫酸アンモニウム 1 Mソルビトール 0.1 %グルコース 1×アミノ酸&窒素源 supplements (sulfate-free)
•
Zymolyase 100T (生化学工業)
•
S源飢餓培地 1×MV培地 (4×MV培地を希釈) 1 Mソルビトール 0.1 %グルコース 1×アミノ酸&窒素源 supplements (sulfate-free)
•
チェイス培地 1×MV培地 (4×MV培地を希釈) 1 Mソルビトール 0.1 %グルコース 1×アミノ酸&窒素源 supplements (sulfate-free) 4×チェイス溶液 (100×チェイス溶液を希釈) (注2)
注2
本来ならば終濃度1×になるように加えるべきだが,加える量がCPYのときより少ないので,若干濃いめにしておいたほ うがよい.
注3
培地とソルビトールの間にZymolyaseがあるので,注意してとる.
163
1日目
スフェロプラストの調製 InternalとExternalに分け, 免疫沈降 パルスラベル
2日目
SDS-PAGE
チェイス
オ−トラジオグラフィ−
•
10 % SDS
•
10 % Triton X-100
b.実験法 スフェロプラストの調製 1 低SO42-培地で対数増殖期まで増やした細胞を2 ml容チューブにとり,滅 菌水で1回洗浄する. 2 2 mlのDTT溶液を加え,30℃で5∼10分間処理する. 3 遠心にかけてDTT溶液を除いたのち,細胞をスフェロプラスト培地200 μlに懸濁し,5 unitsのZymolyase 100Tを加え,30℃で処理を行う (∼20 分間) .OD600がZymolyaseを加えるまえの10 %になったら氷上に移す. 顕微鏡による確認も行う. 4 氷冷しておいた1.4 Mソルビトール250μlを静かに加え,スイングロー ターで3000 rpm,5分間遠心を行い,上清を除く(注3).
パルス - チェイス S源飢餓培地を1 OD当たり100μl加え,CPYと同様にパルス-チェイス を行う.チェイス培地を1 OD当たり100μl加え,一つのタイムポイント で200μl (1 OD分) サンプリングし,100 mMアジ化ナトリウムを20μl加 える(注4). 注4
164
あらかじめサンプリングするチューブにアジ化ナトリウムを分注して氷冷しておくとよい.
2.分泌経路における細胞内輸送の解析
0分
Internal 15分
30分
0分
External 15分
30分 分子量 (kDa)
220
ゴルジ体型 糖鎖修飾
97.4 コア糖鎖修飾
図2・3 野生株におけるインベルター ゼのパルス-チェイスの結果.野生株 (YPH499) のスフェロプラストを35Sで 4分間パルスラベルし,チェイス後, 0,15,30分でサンプリングして6 % SDS-PAGE,フルオログラフィーを 行った.チェイス後0分では小胞体型 のコア糖鎖修飾を受けたインベルター ゼがInternalに検出される (分子量79∼ 83 kDa).チェイス後15分になると, ラベルされたインベルターゼのほぼす べてがゴルジ型糖鎖修飾を受け,Externalに検出される (分子量100∼150 kDa) .
Internal と External の分離と免疫沈降 1 サンプリングしたスフェロプラストを12,000 rpmで5分間遠心し,ペレッ ト(スフェロプラスト)と上清(培地)に分ける(注5). 2 スフェロプラストはCPYのときと同様にガラスビーズで破砕し,免疫沈 降を行う.スフェロプラストを洗浄する際には,0.6 Mソルビトール入 り10 mMアジ化ナトリウムを用いる (注6). 3 培地には10 % SDSを1/9量加えて100℃で5分間加熱する. 4 10 % Triton X-100とTBSを加えて1サンプル900μlとし,終濃度が1.2 % Triton X-100-0.2 % SDSとなるようにする 5 抗インベルターゼ抗体を加えて免疫沈降を行う. 6 SDS-PAGE,フルオログラフィーを行う. 野生株における実験例を図2・3に示す.
注5
上清をとるときは,多少上清を残すくらいのつもりで,ペレットを吸い込まないよう注意をはらう.
注6
洗浄する際のピペッティングは,おだやかに行うこと.
165
2.1.5.インベルターゼ -Wbp1p 融合タンパク質のパルス - チェイス インベルターゼ-Wbp1p融合タンパク質は,プロセシングを受けたか否かということのみを指標 とすると液胞に運ばれる以前の輸送過程を調べることができない.そこで,ここではゴルジ体シス 領域以降の輸送をより詳しく調べるために,ゴルジ体シス領域でα1→6マンノース糖鎖,メディア ル領域でα1→3マンノース糖鎖修飾が行われることを利用し (図2・4) ,抗α1→6マンノース抗体, 抗α1→3マンノース抗体による二次免疫沈降を行う.最終的には,プロセシングの有無を調べるた めに,エンドグリコシダーゼHによって糖鎖を除去する.
a.準備 試薬 §1.3.免疫沈降法で示した試薬のほか,以下の試薬を必要とする. •
1 % SDS
•
1 % 2-メルカプトエタノール
•
エンドグリコシダーゼH反応液(用時調製)
インベルターゼ−Wbp1融合タンパク質 インベルターゼ N
Wbp1 C KKTN
小胞体 コア糖鎖付加
ゴルジ体 シス
α1→6マンノース 糖鎖修飾
メディアル
α1→3マンノース 糖鎖修飾
トランス
液胞 Pep4に依存する プロセシング
166
図2・4 インベルターゼ-Wbp1融合タ ンパク質の細胞内における挙動. Wbp1p部分が小胞体への逆送シグナル ペプチド(KKXX)をC末端にもつため, インベルターゼ-Wbp1p融合タンパク質 はゴルジ体シス領域に到達すると直ち に小胞体に送り返され,定常状態とし ては小胞体に局在しているようにみえる. ゴルジ体シス領域に到達していること はα1→6マンノース糖鎖の存在によっ て証明される.これがさらになんらか の理由で誤ってゴルジ体メディアル領 域以降に輸送されるとα1→3マンノー ス糖鎖が付加され,最終的には液胞で Pep4pタンパク質に依存するプロセシン グを受ける.
2.分泌経路における細胞内輸送の解析
0.01 Mクエン酸ナトリウム 0.8 % TritonX-100 2 mM PMSF 0.001 %(w/v)ペプスタチンA 240 units/μlエンドグリコシダーゼH (Boehringer Mannheim)
b.実験法 パルス - チェイスと一次免疫沈降 CPYのときと同様に行うが,一つのタイムポイントで,二次免疫沈降 で用いる抗体の種類の数にみあった数の細胞を集める.ここでは,イン ベルターゼ抗体で一次免疫沈降を行い,二次免疫沈降を3種類の抗体 (抗 インベルターゼ抗体,抗α1→6マンノース抗体, 抗α1→3マンノース 抗体) を用いて行うので,一次免疫沈降の際には1回のサンプリングで 3 OD分の細胞を取り,二次免疫沈降の際に1 ODずつに分けるようにす る.
二次免疫沈降 1 一次免疫沈降の抗原抗体複合体をプロテインA-Sepharoseに吸着させ,IP バッファー,Urea washバッファー,High-salt washバッファー,Detergentfree washバッファーで順に洗浄したのちに,1 % SDSと1 % 2-メルカプト エタノールを200μl (= 60μl×3+α) 加え,100℃で5分間加熱する.
1日目
パルスラベル 2日目
二次免疫沈降
3日目
エンドグリコシダ−ゼH処理
4日目
SDS-PAGE
チェイス
一次免疫沈降
フルオログラフィ−
167
2 遠心を行い,上清を6 0 μl ずつ三つに分ける.9 0 μl のT B S + 1 % SDS+PIC,600μlのTBS+2 % Triton X-100+PIC,および,それぞれの抗 体を加え,免疫沈降を行う.
エンドグリコシダーゼ H 処理 1 一次免疫沈降のときと同様にプロテインA-Sepharoseを加え,バッ ファーで洗浄する. 2 抗原抗体複合体を吸着したプロテインA-Sepharoseビーズに1 % SDS,1 % 2-メルカプトエタノールを10μlずつ加え,5分間ボイルする. 3 チューブを室温まで冷ましてから,エンドグリコシダーゼH反応液を25 μl加え,遠心する (注7). 4 上清を別のチューブにとり,37℃で20時間以上インキュベートし,反応 を行う. 5 SDS-PAGE,フルオログラフィーを行う. 野生株とゴルジ体から小胞体への逆送過程に損傷をもつret1変異株を用いた実験例を図2・5に示す. 野生株 0分 60分 inv. inv. 1,6 1,3
0分 inv.
ret1−1 変異株 60分 inv. 1,6 1,3 分子量 (kDa) 97.4
インタクト プロセシング後
66
図2・5 野生株とret1-1変異株におけるインベルターゼ-Wbp1p融合タンパク質のパルス-チェイスの結果.RET1は COP Iタンパク質のαサブユニットをコードしており,ret1-1変異株はインベルターゼ-Wbp1p融合タンパク質の逆 輸送に損傷があることがすでに知られている.30℃で45分間前培養した野生株(YPH499)およびret1-1変異株を, 35 Sで10分間パルスラベルし,チェイス後,0,60分で集菌,インベルターゼ抗体で一次免疫沈降ののち,さらに抗 インベルターゼ抗体 (inv.) ,抗α1→6マンノース抗体 (1, 6) ,抗α1→3マンノース抗体 (1, 3) で二次免疫沈降を行い, 10 % SDS-PAGE,フルオログラフィーを行った.野生型ではチェイス後60分でも約70 %を占めるインタクトの状 態のタンパク質は,α1→6マンノース糖鎖修飾を受けてはいるがα1→3マンノース糖鎖修飾はほとんど受けてい ない.このことは,インベルターゼ-Wbp1p融合タンパク質が小胞体とゴルジ体シス領域の間をリサイクリングし ていることを示す.一方,ret1-1変異株では80 %以上のタンパク質が液胞でのプロセシングを受けて分子量が変化 しており,この融合タンパク質の逆輸送が正常に行われていないことがわかる.
注7
168
エンドグリコシダーゼHの反応を行う際,SDSの濃度がこれ以上高くなると反応に障害をおよぼす可能性がある.加える 抗体の力価が低い場合には,プロテインA-Sepharoseを大量に加える必要があり,1 % SDS,1 % 2-メルカプトエタノー ルによる溶出に10μl以上が必要になることがある.その場合は,溶出後にトリクロロ酢酸沈殿を行い,沈殿をあらため て10μlずつの1 % SDS,1 % 2-メルカプトエタノールに溶かしてからpHを調整し,エンドグリコシダーゼH処理を行う.
2.分泌経路における細胞内輸送の解析
2.1.6.おわりに 小胞輸送の研究は,出芽酵母を用いた一連の温度感受性sec変異株の単離によって飛躍的な進歩 をとげてきた.温度感受性変異株を用いたin vivoでの解析と,無細胞系で輸送反応を再構築するin
vitroでの解析という,いわば必要条件と十分条件の両面からの立証が可能である酵母は,タンパク 質の細胞内輸送を調べるうえで非常に有効な実験材料であるといえる.ここで紹介したパルスチェ イス実験は,実際に生きている細胞内で生合成されたタンパク質の挙動を追うことができ,in vivo における最も基本的な実験系として欠かすことのできないものである.また,小胞のリサイクリン グなど,研究が進めば進むほど複雑な様相を呈してくる膜輸送のダイナミズムを理解するために は,in vivoでの研究がますます重要にもなってくる.たとえば,インベルターゼ-Wbp1p融合タン パク質のように,目的に応じた融合タンパク質を作製し,その挙動を追うなどといったことも可能 であり,その有用性・応用性は今後もさらに注目されていくであろう.
参考文献 1.Rothblatt J, Schekman R(1989)A hitchhikerユs guide to analysis of the secretory pathway in yeast. Methods Cell Biol. 32: 3-36 2.Gaynor EC, te Heesen S, Graham TR, Aebi M, Emr SD (1994) Signal-mediated retrieval of a membrane protein from the Golgi to the ER in yeast. J. Cell Biol. 127: 653-665
2.2.In vitro 輸送系を用いた小胞体-ゴルジ体間輸送の解析 斉藤由美子・中野明彦
2.2.1.はじめに 近年めざましい発達をなしとげてきた小胞輸送の分野で,重要なアプローチの一つとなったのが
in vitro輸送系の確立である.試験管内での再構成によって得られた知見は,遺伝学的に同定された 遺伝子産物の機能を解明するうえで大きな役割を果たしただけでなく,遺伝学的手法とin vivoの解 析だけでは限界があったタンパク質の輸送反応を詳細に解明してきた. 輸送反応の試験管内再構成には,大きく分けて二つの流れがある.細胞膜を透過性にしたセミイ ンタクト細胞を用い,なるべく細胞内の膜系や細胞骨格などはインタクトに保ちながら外部からの 試薬の導入を試みるシステムと,細胞をホモジェナイズして完全に膜系を分離し,成分も抽出した のちに,また,さまざまな成分を再添加することによって反応を再構成していくシステムである. 169
後者の手法は,個々の遺伝子産物の機能解析を進めやすい反面,さまざまのコンポーネントを失う ためにsec変異の温度感受性やその相補などを再現しにくいという弱点もある.本節では,筆者ら が開発したセミインタクト細胞を用いての小胞体-ゴルジ体間輸送の解析系を紹介する.
2.2.2.原理 放射性同位体でラベルしたマーカータンパク質をセミインタクト細胞に加え,小胞体の中に取り 込ませたのち,ゴルジ体,そのほかのオルガネラに輸送させる.酵母のセミインタクト細胞とは, 細胞をスフェロプラスト化し,温和な浸透圧ショックで細胞膜に孔を開けたものである.マーカー タンパク質としては,ここでは酵母の性フェロモンα因子の前駆体 (プレプロα因子) を用いた方法 を紹介する. プレプロα因子は分子量20 kDaの前駆体として翻訳されたのちに小胞体の膜を透過しうるため,
in vitroの輸送基質として扱いやすい.膜透過後,小胞体内腔でコア糖鎖が付加され分子量26 kDaの 小胞体型プロα因子となり,さらにゴルジ体に輸送され,ゴルジ型の糖鎖修飾を受けたのちにプロ セシングされて,分子量1.5 kDaの成熟型フェロモンが細胞外に分泌される.これらの分子量や糖 鎖修飾の変化を追うことにより,どのステップに輸送されたかを容易に判別できる.
2.2.3.実験法 a.酵母セミインタクト細胞の調製[1] 器具 ◆ 液体窒素 ◆ 水浴インキュベーター ◆ 発泡スチロール製槽 ◆ 分光光度計 ◆ 低速遠心機 ◆ 針金 ◆ 1.5 ml容ミクロ遠心チューブ用の紙製ホルダー(紙製のフリーズボック スの中仕切りを流用するとよい)
170
2.分泌経路における細胞内輸送の解析
試薬 •
バッファーA: 100 mM Tris-HCl(pH 9.4)-10 mM DTT
•
バッファーB: 0.75×YP培地-700 mMソルビトール-0.5 %グルコース-10 mM Tris-HCl(pH 7.4)
•
バッファーC: 0.75×YP培地-700 mMソルビトール-1.0 %グルコース
•
バッファーD: 400 mMソルビトール-150 mM酢酸カリウム-2 mM酢酸マグネ シウム-20 mM Hepes-KOH(pH 6.8)-0.5 mM EGTA バッファーA,B,Cは用時作製.バッファーDはろ過滅菌し,4℃で保存.
•
10 mg/ml Zymolyase 100T (生化学工業)
1 酵母細胞を1リットルのYPD培地で2×107 cells/mlまで培養する. 2 回収した細胞を40 mlのバッファーAに懸濁し,30℃で5分間ゆっくり振 とうする(注1). 3 低速スイング遠心機で3000 rpm(300×g),2分間遠心して細胞を回収 し,40 mlのバッファーBに懸濁する.10 mg/ml Zymolyase 100Tを290μ l加え,30℃で振とうする.このとき,一定時間ごとに10μlの反応液を とって1 mlの脱イオン水に加え,OD600を測定する.値がはじめの1/10ま の遠心でスフェロプラストを回収 で下がったところで3000 rpm(300×g) する(注2).
セミインタクト細胞の調製 セミインタクト細胞を溶解・洗浄 酵母可溶性画分の調製 セミインタクト細胞,酵母可溶性画分, S標識プレプロα因子とATP mixを混ぜ, 特定の温度下で一定時間反応を行わせる 35
S標識プレプロα因子の調製
35
目的の抗体を用いて免疫沈降
注1
温度感受性変異株の場合は,すべての反応温度を23℃にする.
注2
この条件では,だいたい15分前後でスフェロプラスト化反応が終了する.よいセミインタクト細胞を得るためには,経 験的にここで20分以上反応しないほうがよい.
171
セミインタクト細胞を分注した ミクロ遠心チューブ
針金
ミクロ遠心チューブホルダー (紙製フリーズボックスの中仕切り)
3cm 液体窒素
7cm 蓋付き 発泡スチロール製槽
図2・6 セミインタクト細胞の作製. スフェロプラストを低張バッファーに 懸濁し,液体窒素蒸気中でゆっくり凍 結させることによって細胞膜に孔を開 ける.
4 400 mlのバッファーCに懸濁し,スフェロプラストが沈まない程度に30 ℃で25分間振とうする(注3). 5 日立RPR9-2ローターで3000 rpm(1000×g),5分間,4℃で遠心してス フェロプラストを回収し,20 mlのバッファーDに懸濁する.また,さら にその懸濁液を1000×gで遠心し,もう一度バッファーDで6.5 mlになる ように懸濁する. 6 低温室でスフェロプラスト懸濁液を200μlずつ1.5 ml容ミクロ遠心 チューブに分注し,図2・6に示すような装置の中で,液体窒素の蒸気上 で約45分間にわたり凍結させる.この凍結の速さが細胞膜に開ける穴の 大きさ,再現性を決めるのに重要であり,液体窒素の液面とミクロ遠心 チューブの底との距離は,ある程度試行錯誤によって決める必要があ る.作製したセミインタクト細胞は-80℃で保存する.
b.酵母可溶性画分の調製[1] 器具 ◆ 30 ml容コーレックスチューブ ◆ ボルテックスミキサー ◆ ガラスビーズ(直径0.4 mm) ◆ 液体窒素 ◆ 超遠心機 注3
172
スフェロプラストの懸濁はメスピペットを用いたピペッティングで優しく行う.オートピペッターを使うとやりやすい.
2.分泌経路における細胞内輸送の解析
◆ 低速遠心機
試薬 •
バッファーE: 250 mMソルビトール-20 mM Hepes-KOH(pH6.8) -150 mM酢酸 カリウム-5 mM酢酸マグネシウム ろ過滅菌し,4℃で保存.
•
1 M DTT
•
0.1 M PMSF
•
脱イオン水
1 酵母を1リットルのYPD培地で4×107 cells/mlにまで培養する. 2 脱イオン水で細胞を洗浄したのち,20 mlのバッファーEに懸濁する. 3 懸濁液を10 mlずつ30 mlのコーレックスチューブに分注し,遠心して上 清を捨てる. 4 細胞ペレットに1.5 mlのガラスビーズ,1 mlのバッファーE,1μlの1 M DTT,5μlの0.1 M PMSFを加え,ボルテックスミキサーで細胞を破壊す る.30秒間かくはんし,30秒間氷上におくという操作を,15回ほど繰返 す(注4). 5 日立RPR20-2ローターで,4℃,5,000rpm (3000×g),5分間遠心する. 60分間遠 6 上清を,日立RP65-Tローターで,4℃,35,000 rpm (100,000×g) 心する. 7 最上層の脂質を吸い込まないように上清を回収し,分注した画分を液体 窒素で凍結後-80℃で保存する.また,のちのアッセイのためタンパク 質濃度を測定しておく.10 mg/ml前後のタンパク質濃度のサンプルが得 られる.
c.標識マーカータンパク質の調製[1 ∼ 3] マーカータンパク質としておもに用いられているのはプレプロα因子であるが,実験目的によっ てインベルターゼや液胞タンパク質などに代えることもできる. 標識プレプロα因子を作製するには,まず,α因子をコードする遺伝子MFα1をSP6プロモー ターの下流につなぎ,SP6ポリメラーゼを用いてmRNAを転写させる.そののち,酵母翻訳ライ セートを用いてin vitroタンパク質合成で 35S標識プレプロα因子を合成する.酵母翻訳ライセート 注4
泡立つと細胞が破砕されにくくなるので,途中で遠心して泡消しを行うとよい.最終的には,細胞が破砕されているか どうか,顕微鏡観察で確認すること.
173
の調製法,in vitroタンパク質合成法は文献[1∼3]を参照されたい. 最終的に合成したマーカータンパク質は免疫沈降法で確認する.5000 cpm/μl以上の比放射活性 があることが望ましい.
d.In vitro 輸送解析[1,4] 器具 ◆ 卓上遠心機 ◆ 水浴インキュベーター ◆ ヒートブロック ◆ 1.5 ml容チューブ用小型冷却遠心機
試薬 •
ATP mix (10×) 10 mM ATP 400 mMクレアチンリン酸 (Sigma) 2 mg/mlクレアチンホスホキナーゼ (Sigma) 0.5 mM GDP-マンノース (Sigma) 以上をバッファーEに溶かして調製する.分注し,-80℃で保存.凍結融解 をあまり繰返さないほうがよい.
•
2 % SDS
•
13 mg/mlトリプシン (Sigma)
•
40 mg/mlダイズトリプシンインヒビター (Sigma)
1 -80℃で凍結保存しておいたセミインタクト細胞を20℃前後の水浴です ばやく融解する.以下,2)∼4)の操作は低温室で行う. 2 小型遠心機(イワキ,CFM-100) で,12,000 rpm (8000×g),45秒間遠心 し,上清を捨てる. 3 冷やしたバッファーEを1 ml加え,セミインタクト細胞の沈殿を,ピ ペットマンでていねいに懸濁する.ほぼ完全に懸濁できてから,さらに 20回ピペッティングする.そののち,小型遠心機で45秒間遠心し,上清 を捨てる.この操作を3回繰返す(注5). 注5
174
ピペッティングで水流をペレットにやさしく当てて懸濁させる.泡立てないこと.特に,最後に100μlに懸濁する際,泡 が入るとアッセイに加える細胞の量が減り,実験結果が一定しない原因となる.
2.分泌経路における細胞内輸送の解析
4 セミインタクト細胞沈殿に60 μlのバッファーEを加えて懸濁し100μlに する. (比放射活性10,000 cpm) ,洗浄 5 5μlの ATP mix,35S標識プレプロα因子 したセミインタクト細胞15μl (約9×107 cells) ,酵母可溶性画分 (標識プ レプロα因子のタンパク質量と合わせて200μg分) を混ぜ,バッファー Eで50μlにする. 6 野生株の場合は27℃,温度感受性変異株の場合は17∼20℃の許容温度下 で60分間反応させ,標識プレプロα因子を小胞体の中に膜透過させると ともに,さらにゴルジ体への輸送反応を行わせる. 7 2 % SDSを50μl加え100℃で5分間加熱する.そののち,適当な抗体を 用いて免疫沈降を行う.ConA-Sepharoseによる沈降で糖鎖を付加された すべての分子種が,またα1→6マンノース抗体で免疫沈降することによ りゴルジ体シス領域にまで到達した分子種が回収される.SDS-PAGEお よびフルオログラフィーにより輸送中間体が解析できるが,免疫沈降物 の放射活性をReadyCap (Beckman) で測定することも,より簡便な方法と して用いられる. さらにまた,6) の反応産物を遠心することにより輸送小胞の画分を得 ることもできる.以下,その反応手順について述べる. 8 (6から続く)反応の終わった反応液を5分間氷上に静置する(注6). 9 小型冷却遠心機で,16,000 rpm (20,000×g) ,1分間,4℃で遠心し,上清 約44μlに6μlのバッファーE,2μlの13 mg/mlトリプシンを加え,氷上 で 30分間反応させる. 10 2μlの40 mg/mlダイズトリプシンインヒビターを加え,氷上で5分間反 応させる. 11 7)と同様に免疫沈降を行う.
2.2.4.トラブルシューティング 理由はまったく不明であるが,作製したセミインタクト細胞の輸送活性が低いときは,2,3ヶ月 注6
反応後にセミインタクト細胞が沈殿していてもピペッティングはしないこと.セミインタクト細胞が壊れる原因となり, 以下の遠心で小胞が分離しにくくなる.
175
間-80℃に保存すると活性が上がることがある(セミインタクト細胞の「熟成」). セミインタクト細胞をバッファーE で洗浄するとき,塊にならずにスムーズに懸濁される試料が よい結果を与えるようであるが,これはあくまでも経験的なものである.
2.2.5.実験例[5] SAR1遺伝子は小胞体から輸送小胞を形成させる低分子量GTPaseであるSar1タンパク質をコード しており,sec12温度感受性変異株の多コピー抑圧遺伝子として単離された.ここでは,sec12温度 感受性変異株のSar1タンパク質による抑圧の再構成を示した実験を紹介する.いささか古いデータ ではあるが,in vivoでの現象(多コピー抑圧)をin vitroで見事に再現した貴重な実験結果である. sec12温度感受性株のセミインタクト細胞を作製し,酵母野生株より抽出した可溶性画分,マー カータンパク質として35S標識プレプロα因子,10×ATP mixを加え,27℃の制限温度下で小胞体ゴルジ体間の輸送反応を行わせた.また,GTPを結合させたSar1p,あるいは,GTPの非加水分解ア ナログであるGTPγSを結合させたSar1pを2 mg加えて同様の反応を行った (図2・7 a) .それぞれの 反応時間後,遠心で輸送小胞を回収してトリプシン処理を行い,可溶化ののち,抗プレプロα因子 抗体で免疫沈降を行った.図2・7(a) 中,矢印の位置は小胞体型のプロα因子を示す.その結果,
(b)
ConA沈降物(cpm)
sec12 +Sar1p−GTP
sec12 +Sar1p−GTPγS
8000
2000
6000
1500
4000
1000
2000
500
sec12 0
5 10 20 40 60 (分)
0 0 0 10 20 30 40 50 60 0 10 20 30 40 50 60 (分)
図2・7 セミインタクト細胞を用いた小胞体-ゴルジ体間輸送の測定例. (a) sec12温度感受性変異株より調製した セミインタクト細胞を用い,そのまま制限温度で,あるいは,Sar1p-GTPまたはSar1p-GTPγSの存在下で輸送反応 を行わせた.反応後,遠心で輸送小胞画分を集め,抗プレプロα因子抗体で免疫沈降を行った.矢印は輸送小胞 に積み込まれた小胞体型のプロα因子で,sec12変異株の障害をSar1p-GTPまたはSar1p-GTPγSが回復させている ことがわかる. (b) 同様の実験で,輸送小胞に積み込まれたプロα因子 (左) とゴルジ体にまで到達したプロα因子 (右) を,それぞれConA-Sepharose および抗α1→6マンノース抗体により定量した.△はsec12セミインタクト細胞 のみ,○はSar1p-GTP,●はSar1p-GTPγSを加えたもの.Sar1p-GTPγSは輸送小胞形成は行わせることができるが, ゴルジ体への輸送を起こせないこと,つまり,Sar1タンパク質によるGTPの加水分解がゴルジ体への移行に必須で あることがわかる.
176
マンノース沈降物(cpm)
(a)
2.分泌経路における細胞内輸送の解析
Sar1p-GTPとSar1p-GTPγSを加えた場合には,小胞体型プロα因子が経時的に輸送小胞画分に回収 されたが,Sar1pを加えない場合には,ほとんど回収されなかった.このことは,Sar1タンパク質 を過剰に加えることによりsec12温度感受性変異の輸送障害が抑圧されるということを示したもの であり,in vivoの結果とよく一致する.また,Sec12タンパク質とSar1タンパク質の機能が,小胞 体からの輸送小胞形成にあることを証明することにもなった. 糖鎖修飾に特異的な抗体を用いて,輸送をさらに詳細に調べることができる.図2・7 (b) の左は, 図2・7 (a) と同様の実験において,輸送小胞画分をConA-Sepharoseによって沈降させ,放射活性を 測定したものである.ConA-Sepharoseはマンノース型の糖鎖を認識するので,ここでは輸送小胞の 中に積み込まれたすべてのプロα因子を検出していることになる.図2・7 (a) で示されているよう に,Sar1p-GTPまたはSar1p-GTPγSを加えた場合にのみ,ConA-Sepharoseによって沈降する小胞体 型の糖鎖修飾を受けたプロα因子が形成され,輸送小胞画分に回収されている.一方,同じ試料に ついて,反応後のセミインタクト細胞をゴルジ体シス領域に特異的な抗α1→6マンノース抗体で免 疫沈降した結果が図2・7(b) 右である.Sar1p-GTPを加えたときのみ,α因子にα1→6マンノースが 付加されていることがわかった.このことは,GTP 型のSar1タンパク質によって輸送小胞は形成さ れるが,GTPの加水分解が完了しないと輸送小胞はゴルジ体に到達できないということを示してお り,小胞輸送におけるGTPase活性の意義を世界で初めて明らかにした実験となった.
2.2.6.おわりに はじめにも述べたように,本節で述べたセミインタクト細胞を用いる再構成系のほかに,より純 粋なオルガネラ画分を用いて再構成する方法も開発され,盛んに用いられている.小胞体-ゴルジ 体間輸送では,最近では,核膜画分を小胞体ドナーとして用いて,コートタンパク質群の機能解析 が精力的に進められている.その究極がリポソームと精製タンパク質による再構成であり,その方 向の仕事も成功をみはじめている. しかし,無細胞系というものは,基本的には多かれ少なかれ大胆な人為的な操作を加えているも のであり,さまざまなアーティファクトをもち込む危険性をつねにはらんでいる.さまざまな反応 の制御や選別のシステムなど,つねにin vivoの現象をどれだけ反映しているか,注意深く検討して いくことが不可欠だろう.
参考文献 1.Baker D, Hicke L, Rexach M, Schleyer M, Schekman R (1988) Reconstitution of SEC gene product-dependent intercompartmental protein transport. Cell 54: 335-344 2.Hansen W, Garcia PD, Walter P (1986)In vitro protein translocation across the yeast endoplasmic reticulum: ATP-dependent post-translational translocation of the prepro-α-factor. Cell 45: 397-406 3.Deshaies RJ, Schekman R (1989)SEC62 encodes a putative membrane protein required for protein transloca177
tion into the yeast endoplasmic reticulum. J. Cell Biol. 109: 2653-2664 4.Oka T, Nishikawa S, Nakano A (1991)Reconstitution of GTP-binding Sar1 protein function in ER to Golgi transport. J. Cell Biol. 114: 671-679 5.Oka T, Nakano A(1994)Inhibition of GTP hydrolysis by Sar1p causes accumulation of vesicles that are a functional intermediate of the ER-to-Golgi transport in yeast. J. Cell Biol. 124: 425-434
178
3.液胞および細胞膜
野田健司・大隅良典
3.1.はじめに 酵母の液胞,細胞膜上には種々のチャンネル,トランスポーターが存在し,種々の栄養の取り込 みや,細胞内イオン環境を維持している[1,2].細胞膜はレセプターを有し,外界の情報伝達を行っ ている[2].また,液胞の内部には種々の加水分解酵素が局在し,細胞内外のタンパク質などのター ンオーバーを行っている[3,4]. 本章では,はじめに液胞の精製法を紹介する.つぎに,液胞への輸送経路である液胞内酵素の生 合成経路,エンドサイトーシス,オートファジー (自食作用) の解析法を紹介する.最後に細胞膜の 精製法の一例を紹介する.
3.2.液胞の精製
3.2.1.原理 細胞をスフェロプラスト化し,浸透圧ショックにより破砕する.液胞は密度の低いオルガネラで あり,その性質を利用して,フローテーション法により比較的容易に精製することができる[5∼7].
3.2.2.準備 スフェロプラストバッファー: 1 Mソルビトール-50 mM Tris-HCl(pH 7.5)10 mMアジ化ナトリウム バッファーA: 12 %(w/v)Ficoll 400(Pharmacia) (注1)-10 mM MES-Tris(pH 6.9)-0.1 mM MgCl2 バッファーB: 8 % (w/v)Ficoll 400-10 mM MES-Tris (pH 6.9) -0.5 mM MgCl2 バッファーBユ: 4 % (w/v)Ficoll 400-10 mM MES-Tris (pH 6.9)-0.5 mM MgCl2 Zymolyase 20T(生化学工業) 2-メルカプトエタノール 注1
Ficoll 400は,24 % (w/v) 溶液をストック溶液としてつくり,適宜希釈するとよい.
179
酵母細胞を培養 超遠心 集菌・洗浄 粗液胞画分を回収 スフェロプラスト化 超遠心 細胞を破砕 液胞画分を回収
3.2.3.実験法 1 酵母細胞をYPD培地 (注2,注3) で2×107 cells/ml前後まで培養する (最小 で1リットル培養する). 2 細胞を5000 rpm,1分間の遠心で回収し,等量の水に懸濁して,5000 rpm,1分間の遠心で回収する. 3 細胞を2×108 cells/mlの濃度でスフェロプラストバッファーに懸濁し, 1/300(v/v)量の2-メルカプトエタノールと終濃度5 unit/mlのZymolyase 20Tを加え,30℃でゆっくり振とうする. 4 40分間から1時間後,細胞を顕微鏡下で観察し,スフェロプラスト化し ていることを確認する(注4). 5 3000 rpm,3分間の遠心をし,細胞を,等量のスフェロプラストバッ ファーに10 mlの駒込ピペットでやさしく懸濁し,同様の遠心をする. つぎに,2×10 10の細胞を40 mlのスフェロプラストバッファーで懸濁 し,50 ml容のFalconチューブに移し,同様の遠心をする. 6 以下の実験は,すべて氷上あるいは4℃で行う.2×1010の細胞に25 mlの バッファーAを一気にそそぎ込み,即座に10 mlの駒込ピペットで激しく 注2
yeast extract,ポリペプトンとグルコースは別々にオートクレーブし,冷ましたあと混合する.
注3
プラスミドを保持するなどの理由でSD培地で培養する必要がある場合は,実験開始前に2世代程度YPD培地で培養する.
注4
細胞の形が酵母型から球形になる.水に懸濁すると細胞が破裂する.
180
3.液胞および細胞膜
懸濁する.Dounceホモジェナイザーを10回程度通す.一部を全細胞画分 として分取する. 7 細胞破砕液を日立RPRS27-2型ローター (あるいはその同等品) のチュー ブに移し,チューブの上端まで,10 ml程度のバッファーBを静かに上層 する.20,000 rpmで30分間,超遠心する. 8 最上層にくる粗液胞画分を2 mlの駒込ピペットまたはスパーテル (注5) を用い回収する.バッファーBで5 mlに希釈し,ピペッティングでよく 混合する.日立RPRS27-3型ローター (あるいはその同等品) のチューブ に移し,チューブの上端まで,5 ml程度のバッファーB'を静かに上層す る.20,000 rpmで30分間,超遠心する. 9 最上層にくる液胞画分を,パスツールピペット (注5) を用い回収する. 位相差顕微鏡で液胞が回収されていることを確認する. 10 液胞膜の解析をする場合は,これをさらに10 mM MES-Tris(pH 6.9) -0.5 mM MgCl 2 -25 mM KClで10倍に希釈し,アングルローターで16,000 rpm,20分間の遠心をし,沈殿画分を回収する.これは液胞内部の成分 をほとんど含まない液胞膜小胞画分である.
3.2.4.トラブルシューティング 液胞の回集率や精製度は,液胞酵素α-マンノシダーゼの活性測定から計算できる[8].半定量的に は,液胞タンパク質(後述)のイムノブロッティングで見積もることができる. 一番多い失敗は細胞の破砕の際であり,これはスフェロプラストのでき具合に大きく依存する. 成功した場合は,細胞を破砕したあとに液胞が白い球形の構造物として位相差顕微鏡で観察され る.株や培養条件によっては,スフェロプラストになりにくい場合もあるので,その場合は Zymolyase 20Tの量を途中で増やす. 培養条件によっては(たとえばガラクトース培地で培養したとき),バッファーBユの最上層に液 胞がこない場合がある.その場合は,適宜バッファーBユのFicoll 400の濃度を調節する. この方法だと,細胞破砕の際に液胞内部の成分が一部漏れ出すことがある.液胞内部の成分を定 量的に解析したい場合は,スフェロプラストバッファーに1.2 Mソルビトール,バッファーA,バッ ファーB,バッファーB'に0.2 Mソルビトールを存在させた方がよい.ただし,この場合は細胞破砕 効率が減少する. 注5
これらはあらかじめバッファーで濡らしておいたほうがよい.
181
G6PDH活性比(液胞/全細胞)(%)
2.0 1.5
1.0
0.5
0
0
1.5 3 飢餓時間(時間)
4.5
図3・1 液胞の精製.それぞれの時間,飢餓培地で培養した細胞か ら液胞を単離し,液胞画分における細胞質酵素G6PDHの膜潜在性活 性の全細胞活性に対する比率を示した.栄養飢餓条件下に,細胞質 成分が非特異的に液胞内部に送られることがわかる.
3.2.5.実験例 栄養飢餓条件下に,細胞質成分が非特異的に液胞内部に送られること (オートファジー) が明らか になった[6].図3・1は,それぞれの時間,飢餓培地で培養した細胞から液胞を単離し,細胞質酵素 グルコース-6-リン酸デヒドロゲナーゼ (G6PDH) の液胞画分における膜潜在性活性の全細胞活性に 対する比率を示したものである.時間依存的に細胞質が液胞に送り込まれているのが明らかになっ た.
3.3.液胞内酵素の生合成経路
3.3.1.原理 液胞内酵素は,3種類の経路により液胞へと輸送されることが現在知られている[3,4]. 可溶性酵素カルボキシペプチダーゼY (CPY) は,小胞体,ゴルジ体を経て,プレ液胞コンパート メントを経由して液胞へ輸送される (経路 I) .CPYは液胞に正常に輸送されると,分子量69 kDaの 前駆体型から,液胞内プロテアーゼPrA依存的に分子量61 kDaの成熟型へプロセシングされる[9]. 膜貫通型酵素アルカリ性ホスファターゼ (ALP) は,小胞体,ゴルジ体を経て,プレ液胞コンパー トメントを通過せずに液胞へ輸送される(経路 II).ALPは液胞に正常に輸送されると,分子量76 kDaの前駆体型から,液胞内プロテアーゼPrA依存的に分子量72 kDaの成熟型へプロセシングされ る[10].
182
3.液胞および細胞膜
これらの経路に異常がないかを調べるには,はじめは細胞破砕液をイムノブロッティングして, CPY,ALPが正常にプロセシングされるか調べるのが適当だろう.CPY,ALPに対する抗体はMolecular Probe社から購入することができる.
3.3.2.実験法 1 細胞を対数増殖期まで培養し,遠心により回収して,水で洗浄する. 2 SDS-PAGE Loadingバッファーに細胞を懸濁し,3∼5分間ボイルする. 3 14,000 rpm,3分間遠心し,上清を10 % SDS-PAGEで展開する. 以下,イムノブロッティングの常法に従う.
3.3.3.トラブルシューティング PrAタンパク質をコードする遺伝子PEP4の変異株をネガティブコントロールとして用いるとよ い. このアッセイで,前駆体型が検出される,あるいは酵素量が非常に少ないなどの場合,35Sによる パルス-チェイスラベルと免疫沈降法により,細胞外へ誤輸送されている可能性や輸送のタイムコー スなどを検討し,欠損の過程をさらに詳細に検討することが可能である[11].
3.4.エンドサイトーシス
3.4.1.原理 出芽酵母は,レセプター介在性エンドサイトーシス,および,液相エンドサイトーシスを行う [12]
.ここでは,最も簡便な液相エンドサイトーシスのアッセイ法を紹介する[13].そのほかに,レセ
プターやそのリガンドを追跡する方法,細胞膜を蛍光色素FM4-64でラベルして膜の動態を追跡す る方法,正電荷を帯びた金粒子を取り込ませ電子顕微鏡観察する方法,が報告されている[12∼14].そ れぞれの必要性に応じて試してほしい.
183
3.4.2.実験法 1 出芽酵母細胞をYPUAD培地 (YPD培地+30 mg/mlウラシル+30 mg/mlアデ ニン) で1∼2×107 cells/mlまで培養する.1×107の細胞を遠心で回収し, 90μlの新しい培地に懸濁して,1.5 ml容のエッペンドルフチューブに移 す. 2 10μlの40 mg/ml Lucifer Yellow carbohydrazide (Fluka) 溶液を加え,30分 間から2時間培養する. 3 3000 rpmで1分間遠心し,氷冷した1 mlのバッファー (50 mMコハク酸NaOH (pH 5.0) -20 mMアジ化ナトリウム) で3回洗浄する.最後に10μlの 同バッファーに懸濁する. 4 位相差顕微鏡またはノマルスキー蛍光顕微鏡で,FITC領域のフィル ターセットを用いて観察する.液相エンドサイトーシスが正常だと,液 胞が染色される.
3.4.3.トラブルシューティング ポジティブコントロールでも染色が薄い場合,Lucifer Yellowの量を増やす.エンドサイトーシ ス欠損変異株をネガティブコントロールとして用いるのが望ましい.
3.4.4.実験例 図3・2に,野生型細胞におけるLucifer Yellow染色の蛍光写真像を示す.位相差顕微鏡像でみら れる液胞が染色されているのがわかる.
(a)位相差顕微鏡像
(b)Lucifer Yellow 染色
図3・2 野生型細胞におけるエンド サイトーシス. (a) 位相差顕微鏡像. (b)Lucifer Yellow染色の蛍光写真像. 位相差顕微鏡像でみられる液胞が, Lucifer Yellowで染色されているのが わかる.
184
3.液胞および細胞膜
3.5.オートファジー
3.5.1.原理 オートファジー (自食作用) は,細胞質成分をオートファゴソームという膜構造体に取り込み,液 胞へ送り込んで分解する過程である[3,16].液胞に送り込まれた膜構造体であるオートファジックボ ディは,液胞内プロテアーゼであるプロテイナーゼB依存的に分解される.プロテイナーゼBの阻 害剤を加えることにより,液胞内にオートファジックボディが盛んにブラウン運動するのが観察さ れる[6].
3.5.2.実験法 1 細胞をYPD培地で2∼4×107 cells/mlまで培養し,遠心により回収して, 水で1回洗浄する. 2 細胞を窒素源飢餓培地であるSD (-N) 培地 (0.17 % yeast nitrogen base witout ammonium sulfate and aminoacids+2 %グルコース) 中に同細胞密度で懸濁 し,1 mM PMSF (注6)を加え培養する. 3 3時間後ぐらいから液胞内に盛んにブラウン運動する顆粒状構造体, オートファジックボディが位相差顕微鏡で観察される.対物レンズは 100倍を用いる.その量は経時的に増加する.対照として,PMSF非存在 下の細胞と比較したほうがよい.オートファジー不能変異株との比較も 望ましい.
3.5.3.トラブルシューティング 株によっては,窒素源飢餓培地で培養すると液胞を観察しにくくなる.その場合は,窒素源炭素 源飢餓培地であるS (-N, C)培地 (0.17 % yeast nitrogen base without ammonium sulfate and amino acids) で培養する.それでも観察しにくい場合は,人為的に構築されたマーカータンパク質を用いて検出 する方法がある[17].
注6
ストック溶液として100 mMエタノール溶液を使用する.
185
(a)位相差顕微鏡像
(b)微分干渉顕微鏡像
図3・3 オートファジー. (a) 位相差 顕微鏡像. (b) 微分干渉顕微鏡像.液 胞の内部に多数みられる構造体が オートファジックボディである.
液胞酵素アミノペプチダーゼ Iはオートファジー様の形式により細胞質から液胞へと輸送され る.オートファジーを解析する際には,この酵素の挙動を調べることも重要である[16].
3.5.4.実験例 図3・3にオートファジーが進行している細胞像を示す.液胞の内部に多数みられる構造体がオー トファジックボディである.
3.6.細胞膜の精製
3.6.1.原理 細胞膜の精製は,それぞれの実験者が目的に応じてさまざまな方法を用いている[9,18,19].大別し て,酵素 (リチカーゼ) を用い細胞壁を溶解する方法と,グラスビーズを用いて細胞壁を破砕する方 法がある[20∼25].前者の方法は,リチカーゼに混入するプロテアーゼにより,細胞膜に存在するタン パク質が分解する可能性がある.ここでは,細胞膜H+-ATPaseの精製に用いられている後者の方法 を紹介する[18].おのおのの目的に合わせて最善の方法を検討されたい.
3.6.2.準備 バッファーA: 2 mM EDTA-25 mMイミダゾール-HCl (pH 7.0) -1 mM PMSF-1
186
3.液胞および細胞膜
mM N-tosyl-L-phenylalanine chloromethl ketone-2μg/mlペプスタチンA 0.4 Mショ糖+バッファーA 1.1 Mショ糖+バッファーA 1.65 Mショ糖+バッファーA 2.25 Mショ糖+バッファーA 0.1 mM EDTA-25 mMイミダゾール-HCl (pH 7.0)+50 %グリセロール
3.6.3.実験法 1 1リットルの培地の細胞を,対数増殖期から静止期まで培養する.水で 1回洗浄する. 2 80 mlの0.4 Mショ糖+バッファーAに懸濁し,5000×gで10分間遠心す る. 3 以下の実験はすべて4℃で行う.ペレット体積の2倍のガラスビーズ (直 径0.45 mm)を加え,グラスビーズの上端まで0.4 Mショ糖+バッファー Aを加える.5分間ボルテックスする. 4 0.4 Mショ糖+バッファーAで3倍に希釈する.530×g で20分間遠心す る. 5 上清を22,000×gで30分間遠心する.
細胞を培養 上清を超遠心 0.4Mショ糖+バッファ−Aに懸濁し遠心 沈殿をゆるくボルテックス ガラスビ−ズを加えボルテックス ショ糖不連続密度勾配に上層し超遠心 遠 心 細胞膜を回収
187
6 沈殿を2 mlのバッファーAに懸濁し,30秒間ゆるくボルテックスする. 7 そのうちの1 mlをそれぞれ4 mlの1.1 Mショ糖,1.65 Mショ糖,2.25 M ショ糖+バッファーAの不連続密度勾配に上層し,Beckman SW40または SW41Tiローターで,80,000×gで14時間,または,284,000×gで6時間超 遠心する. 8 2.25 Mショ糖と1.65 Mショ糖の界面にくる細胞膜をパスツールピペット で回収し,バッファーAで4倍量に希釈する. 9 30,000×gで40分間遠心し,ペレットを0.1 mM EDTA-25イミダゾールHCl (pH 7.0)+50 %グリセロールに懸濁する.
3.6.4.トラブルシューティング 回収率や精製度は,orthovanadateまたはdiethylstilbestrol感受性のH+-ATPase活性から計算できる[20, 24,25]
.
欠損株を使用する. タンパク質の分解が見られるときは,液胞プロテアーゼ (pep4,prb1,prc1)
3.7.おわりに 今回はふれなかったが,分泌経路と液胞,細胞膜と液胞間輸送の中間点としてのエンドソームの 解析も進展しており,出芽酵母の液胞と細胞膜の研究は,細胞生物学に新しい話題を提供しつづけ てきている.特に,それらにかかわる膜動態の分子装置が多数明らかにされ,現在,それらの作用 機序が徐々に解明されつつある.そこでは,典型的な分子細胞生物学的手法の利用とともに,新し い実験手法が日進月歩で開発されている.それらに関しては,詳しくはそれぞれの原著論文を参考 にしていただくのが適当であろう.以下に,今回ふれられなかった実験系の文献を紹介しておく. 液胞間ホモティピック融合のin vitro再構成系[26] FM4-64を用いた液胞分配の解析[27] 液胞H+-ATPaseの機能と生合成[28]
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190
4.ミトコンドリア
西川周一・遠藤斗志也
4.1.はじめに ミトコンドリアは,真核細胞内で酸化的リン酸化によるATPの生産,各種代謝反応を行うオルガ ネラである.ミトコンドリアは二重の生体膜によって囲まれ,外膜,膜間部,内膜,マトリクスの 四つの区画(サブコンパ−トメントともいう)に分けられている.ミトコンドリアには固有のDNA が存在するが,ミトコンドリアタンパク質のうちミトコンドリアDNAによってコードされている ものはごく一部である.大部分のミトコンドリアタンパク質は核のDNAにコードされ,細胞質ゾ ルのリボソームで合成されたのち,ミトコンドリアに輸送される.多くのミトコンドリアタンパク 質は,ミトコンドリア行きのシグナルペプチドを含むプレ配列をN末端側にもつ前駆体として合成 される.そして,ミトコンドリア内に取り込まれたのちに,ミトコンドリア内のプロセシング酵素 によってプレ配列が切断され成熟型となる.ミトコンドリアタンパク質前駆体は,分泌タンパク質 の場合と異なり,in vivoでもin vitroでも翻訳が完了してからミトコンドリア膜を透過しうる. ミトコンドリアタンパク質前駆体と酵母より単離したミトコンドリアを,エネルギー存在下でイ ンキュベートすると,前駆体はミトコンドリア内に取り込まれる.ミトコンドリア局在化シグナル ペプチドは多くの生物種間で保存されており,酵母以外の生物種のミトコンドリアタンパク質前駆 体を用いた場合でも,前駆体はin vitroで酵母ミトコンドリア内に取り込まれる.また,異種タンパ ク質を酵母発現ベクターを用いて酵母細胞内で発現させることによって,in vivoでの局在化を調 べ,これをin vitro での結果と比較することも可能である.ここでは,出芽酵母Saccharomyces
cerevisiaeからのミトコンドリアの調製法,膜透過実験法について述べる.
4.2.準備 器具 酵母からのミトコンドリアの単離,膜透過実験には,通常の生化学実験で用いる器具で行うこと が可能である.必要な器具を列挙すると以下の通りである. ◆ 酵母培養用のインキュベーター ◆ 冷却高速遠心機
191
1日目
植菌および培養
2日目
ミトコンドリアの単離
膜透過実験
ミトコンドリア内の 局在部位の解析
SDS-PAGE
3日目 以降
フルオログラフィー, ウェスタンブロッティングの解析
◆ マイクロチューブ用遠心機(冷却できるもの) ◆ 超遠心機または微量超遠心機 ◆ ウォーターバス (Wheaton社製,40 ml容のものがよい) ◆ ガラス製Dounceホモジェナイザー ◆ 分光光度計 ◆ バスソニケーター ◆ SDS-PAGEを行うための機器 ◆ ウエスタンブロティングを行うための機器 膜透過反応では放射性同位体標識したタンパク質を用いることが多いので,マイクロチューブ用 (場合によっては超遠心機も) はRI室におく必要が 遠心機とウォーターバス,SDS-PAGE関連の機器 ある.
192
4.ミトコンドリア
試薬 ここでは,本章で行う実験全般に必要なストック試薬を列挙する.各実験で必要な試薬について は,そのつど示す.
オートクレーブ滅菌(注 1)後,室温で保存するもの 1 M Tris-SO(pH 9.4) 4 1 M リン酸バッファー (KPi) (pH 7.4) 1 M HEPES-KOH(pH 7.4) 2.5 M KCl 1 M MgCl2 2.4 Mソルビトール 0.5 M EDTA(pH 8.0) ブレーキングバッファー (0.6 Mマンニトール-20 mM HEPES-KOH, pH 7.4)
ろ過滅菌後,遮光して保存するもの 1 M MOPS-KOH(pH 7.2)
4℃で保存するもの SEMバッファー (250 mMショ糖-5 mM EDTA-10 mM MOPS-KOH, pH 7.2) 10 % (w/v) fatty acid-freeウシ血清アルブミン (fatty acid-free BSA, Sigma A6003) 2 Mショ糖
-20℃で保存するもの 1 Mジチオトレイトール (DTT) 1 M phenylmethylsulfonyl fluoride (PMSF) DMSO溶液 0.1 M ATP(注2) 1 mg/mlバリノマイシン(Sigma V0627) エタノール溶液 0.2 Mメチオニン (10 mM HClに溶解する) 0.2 M PMSF (イソプロパノール溶液)
培地 酵母のミトコンドリア形成は,発酵性の炭素源,特にグルコースによってカタボライト抑制を受 ける.このため,ミトコンドリア調製の際には乳酸やグリセロールなどの非発酵性炭素源を含む培 地を用いて,高い好気条件で酵母を培養する.ミトコンドリア単離の場合,以下に示す乳酸培地を 用いるのが一般的である.しかし,この培地は0.3 % yeast extractを含むため,栄養要求性のマーカー 注1
保存時にカビが生えるのを防ぐためだけであるので,すぐに使うのであればオートクレーブする必要はない.
注2
0.1 M Tris baseに溶かし,1 N KOHを用いてpHを7に合わせた (pH試験紙を用いる) のち,蒸留水で容積を合わせる.
193
をもつプラスミドを保持したまま酵母を培養することができない (注3) .プラスミドをもたせた株 からミトコンドリアを単離する場合は,2 %乳酸 (NaOHを用いてpHを6.0に合わせる) を含む最小培 地で培養する(当然のことながら,必要に応じてアミノ酸,核酸を加える). 酵母では呼吸欠損株が多数得られているが,これらよりミトコンドリアを調製する場合は,ガラ クトースを炭素源として用いる.
乳酸培地(5000 ml) 15 g yeast extract (Difco) 2.5 gグルコース 2.5 g CaCl2 2.5 g NaCl 3 g MgCl2 5 g KH2PO4 5 g NH4Cl 110 ml 90 %乳酸
NaOHを用いてpHを5.6に合わせた(注4)のち,全量を5000 mlにする.1000 mlずつ分注してオート クレーブで滅菌する.
4.3.ミトコンドリアの単離法
4.3.1.原理 ミトコンドリアの調製は,通常,分画遠心によって行う[1].酵母のミトコンドリアは1500×g, 5分間の遠心では上清に回収されるが,12,000×g,10分間の遠心によって沈殿に回収されるので, この画分をミトコンドリア画分として以後の実験に用いる.この画分に混入してくるほかのオルガ ネラとしては,小胞体と液胞があげられる.小胞体や液胞が混入していても,多くの場合,タンパ ク質のミトコンドリア膜透過実験に影響を与えない.液胞の混入を除くためにはNycodenz (Nycomed Pharma) の密度勾配遠心を用いる方法がある[2].一方,Nycodenzやショ糖の密度勾配遠心によって 注3
プラスミドを保持させる必要がない場合のことを考えてみると,栄養要求性の変異をもつ株にとって,0.3 % yeast extract は増殖に十分な量のアミノ酸などが存在する条件ではない.このような株は乳酸培地での増殖が悪くなるが,カザミノ 酸を終濃度0.5 %となるように加えると増殖が改善する.アデニン要求性,ウラシル要求性,トリプトファン要求性の変 異をもつ場合は,さらに,アデニン,ウラシル,トリプトファンを培地に加える必要がある.
注4
大量のNaOHを必要とするので,あらかじめNaOHの顆粒を40 g入れておき,これが溶解したのちに5 N NaOHを用いてpH を合わせるとよい.
194
4.ミトコンドリア
もミトコンドリアと小胞体を完全に分離することはできない (注5) ので,小胞体の混入を除くこと はむずかしい(注6).
4.3.2.準備 試薬 •
トリスバッファー (0.1 M Tris-SO(pH 9.4)-10 mM DTT) (50 ml) 4 1 M Tris-SO(pH 9.4)................................................................................. 5 ml 4 蒸留水 ........................................................................................................ 45 ml 使用直前に0.5 mlの1 M DTTを加える
•
ソルビトールバッファー (1.2 Mソルビトール-20 mM KPi (pH 7.4)) (200 ml) 2.4 Mソルビトール ................................................................................ 100 ml 1 M KPi(pH 7.4)......................................................................................... 4 ml 蒸留水 ........................................................................................................ 96 ml
•
zymolyase 20T (生化学工業)
•
0.6 % SDS
4.3.3.実験法(注 7) 1 酵母 (注8) 前培養 (乳酸培地であらかじめ定常期まで増殖させておいたも の (注9) ) 10 mlを,1000 mlの乳酸培地 (5リットル容三角フラスコ中) (注 10)に植菌し,30℃で激しく振とうしながら15時間培養する. 注5
このため,あるタンパク質の細胞内局在がミトコンドリアであるか,それとも小胞体であるかについて,細胞分画の結 果だけをもとに結論を出すのは危険である.蛍光抗体法などの結果とあわせて考察しなければならない.
注6
驚くべきことに,混入してくる小胞体膜は膜透過活性を保持している (プレプロα-factorのような分泌タンパク質の前駆 体をミトコンドリア画分とインキュベートすると,混入している小胞体の中に取り込まれ,糖鎖が付加される) .小胞体 からミトコンドリアを調製するという対策法 の膜透過活性が問題となる場合は,小胞体膜透過変異株 (sec63変異株など) もある.
注7
以下では1リットルの酵母培養液からのミトコンドリアの調製法について述べる.培養液2リットルまでは,調製時のバッ ファーの液量を増やさずに以下の操作を行ってよい.
注8
ここで述べてある植菌量,培養時間は,ミトコンドリア膜透過実験によく用いられている,出芽酵母D273-10B株 (MAT α, ATCC24657) の場合である.ほかの株を用いる場合は,集菌時の細胞濃度が2∼4×107 cells/mlとなるように植菌,培 養すればよい.
注9
酵母のコロニーを50 ml程度の培地に植菌し,30℃で約3日間培養して前培養を作製する.乳酸培地で作製した前培養は, 冷蔵庫で2週間程度保存できる.乳酸を炭素源とする最小培地で作製した前培養を冷蔵庫で保存すると,本培養のとき, 酵母が増殖を開始するのに半日程度かかることがあるので,注意が必要である.
注10 乳酸培地など,非発酵性の炭素源を含む培地での酵母の増殖には,高い好気条件で培養することが必要である.5リット ル容三角フラスコに培地を1.5リットル以上入れるとエアレーションが悪くなり,酵母の増殖速度が遅くなる.大量に培 養したい場合は,フラスコの本数を増やすか,ファーメンターなどを用いる必要がある.
195
スフェロプラスト
ブレ−キング緩衝液に懸濁 ホモジェナイズ
1000×g,5分間遠心
上 清
沈 殿
ブレ−キング緩衝液に懸濁 ホモジェナイズ
1000×g ,5分間遠心
上 清
12,000×g,10分間遠心
沈殿をブレ−キング緩衝液に再懸濁
1000×g,5分間遠心
上清を12,000×g,10分間遠心
沈殿をSEM緩衝液に懸濁
12,000×g,10分間遠心
沈殿(ミトコンドリア画分)
196
沈 殿
4.ミトコンドリア
2 2000×g,5分間の遠心によって集菌する.酵母をl00 mlの蒸留水に懸濁 し,2000×g ,5分間の遠心で沈殿を集める.菌体の湿重量を量る(注 11). 3 菌体を50 mlのトリスバッファーに懸濁し,30℃の恒温槽で30分間振と うする (注12) .2000×gで5分問遠心して集菌する.沈殿を45 mlのソル ビトールバッファーに懸濁し,2000×g,5分間の遠心で集菌する. 4 沈殿を40 mlのソルビトールバッファーに懸濁する.1 gの細胞当たり5 mgのzymolyase 20-T (生化学工業) を加え,30℃でl5∼30分間,軽く振と うしながら細胞壁を消化する.適当な時間インキュベートしたところ で,細胞懸濁液20μlをl mlの蒸留水とソルビトールバッファーにおのお の加える.後者が濁っているのに対し,前者は浸透圧の変化で細胞が壊 れて透明になれば,スフェロプラスト化が十分に進行したことになる (注13) .スフェロプラスト化がうまくいったら,6000×g,4℃で5分間 遠心し,スフェロプラストを沈殿として回収する. 5 スフェロプラストを0℃に冷やしたソルビトールバッファー30 mlに懸濁 し (注14) ,3000×g,4℃で5分間遠心し,沈殿を回収する.以後の操作 はすべて氷上で (遠心は4℃で) 行い,溶液はすべて0℃に冷やしたものを 用いる.この操作を繰返す. 6 沈殿を30 mlのブレーキングバッファーに懸濁する.ブレーキングバッ ファーは使用前に1 M PMSF,0.5 M EDTAをそれぞれ終濃度が1 mM, 0.5 mMとなるように加え,ろ紙で不溶物を取り除いたもの(注15)を用 いる. 7 スフェロプラスト懸濁液をDounceホモジェナイザーに移し,ペッスルA (tight fitting)でl5回ホモジェナイズする. 8 1000×gで5分間遠心し,上清を取り分ける(注16). 9 8) の沈殿にブレーキングバッファーを30 ml加えて懸濁し,Dounceホモ ジェナイザーで15回ホモジェナイズする. 注11 培地1リットル当たり湿重量4∼5 gの酵母菌体が得られるのが標準である. 注12 この処理で細胞壁のタンパク質のジスルフィド結合が還元されて,酵素で消化されやすくなる. 注13 30分間以上経過してもスフェロプラスト化が進行しない場合は,最初に加えた量の半分量のzymolyase 20-Tを加えてさら にインキュベートしてみる. 注14 スフェロプラストは壊れやすいので,駒込ピペットなどでおだやかにピペッティングする. 注15 この操作はスフェロプラスト化のあいだに行っておく. 注16 この画分にミトコンドリアが回収されるので,捨ててはいけない.
197
10 1500×gで5分問遠心し,上清を取り分け,9)の上清と合わせる. 11 8)と10)の上清を12,000×gで10分間遠心し,沈殿を回収する. 12 11) の沈殿にブレーキングバッファーを30 ml加え,駒込ピペットで十分 懸濁する (注17) .1500×gで5分間遠心し,上清をパスツールピペットで 集める. 13 12) の上清を12,000×gで10分間遠心し,沈殿を回収する.この沈殿を30 mlのSEMバッファーに懸濁する.12,000×gで10分間遠心し,沈殿を回 収する. 14 13) の沈殿(注18) を少量(0.5∼1.0 ml) のSEMバッファーに懸濁し,膜透 過実験用のミトコンドリア懸濁液とする. 15 得られたミトコンドリアの濃度は,波長280 nmの紫外吸収から計算した .ミトコンドリア溶液10μl タンパク質濃度で表すのが普通である(注19) を990μlの0.6 % SDS溶液に加え,95℃で5分間加熱したのち,波長280 nmの吸収を測定する.吸光度0.21が10 mg/mlのミトコンドリア原液のタ ンパク質濃度に対応する.ミトコンドリア濃度が10 mgタンパク質/mlと なるようにSEMバッファーを用いて希釈する (注20).
4.4.ミトコンドリアの検定 得られたミトコンドリア溶液にほかのオルガネラが混入していないかどうかは,各オルガネラの マーカー酵素の活性を測定することにより調べることができる.ミトコンドリアタンパク質の膜透 過にはミトコンドリア内膜の膜電位が必須なので,膜透過実験に用いるミトコンドリアは,内膜に 存在する電子伝達系によって膜電位をつくる能力がなければならない.この能力を確かめるに は,酸素電極を用いて酸化的リン酸化の 「呼吸比」 を測るか,より直接的には,膜電位感受性の色素 を用いて,膜電位を蛍光分光法によって測定すればよい.うえに述べた方法で調製したミトコンド
注17 きちんと懸濁をしておかないと,こののちの遠心でミトコンドリアが沈殿してしまう. 注18 野生株の場合,ミトコンドリア中のヘムタンパク質によって沈殿の色は赤褐色となる.沈殿が白い場合は,ミトコンド リアの調製をやり直したほうがよい. 注19 もちろん,Bradford法などのタンパク質定量法によって定量してもよい. 注20 1リットルの酵母培養液から約10 mgタンパク質のミトコンドリアが得られる.酵母ミトコンドリアは凍結保存可能であ る.10 mgタンパク質/mlのミトコンドリア懸濁液を50μlずつ分注し,液体窒素で凍結したのちに-80℃で保存すれば,数ヶ 月は保存可能である.
198
4.ミトコンドリア
リアは,0℃に保っておけば,通常は6時間程度は膜電位をつくる能力がある (膜透過可能) はずであ る.ここでは膜電位感受性の色素を用いた,膜電位測定法について記す.
4.4.1.原理 膜電位の測定には,生体膜に対する親和性の高いシアニン系の電位差感受性色素,たとえば, DiSC3(5)(3,3'-dipropylthiodicarbocyanine iodide) を用いる.この色素は溶液中では蛍光性の単量体と して存在するが,生体膜中では蛍光性の単量体と無蛍光の二量体が存在する.単量体と二量体の平 衡は膜電位に依存するので,蛍光の測定によって膜電位の形成を調べることができる.
4.4.2.準備 器具 ◆ 蛍光光度計および蛍光測定用セル
試薬 1 mM DiSC3(5)(Molecular Probes D-306) DMSO溶液
4.4.3.実験法 1 蛍光測定用セルに2 mlのブレーキングバッファーを入れ,これに50μl の10 % BSA,40μlの0.1 M ATP,10μlの1 M MgCl2,40μlの1 M KPi (pH 7.4)を加える. 2 1 mM DiSC3(5)を5μl加え,スターラーでセル内をかくはんしながら, 励起波長620 nm,蛍光波長670 nm,測定温度25℃で蛍光の時間変化を 測定する. 3 20∼40μgタンパク質のミトコンドリア懸濁液を加える.DiSC3(5)がミ トコンドリア膜に吸着することにより,蛍光強度が1/4以下に減少す る. 4 数分間蛍光強度が安定しているのを確認してから,1 mg/mlバリノマイ シンを2.5 μl加える.膜電位が消失するため,蛍光強度が増大する.こ
199
のときの蛍光強度が膜電位が存在しないときのDiSC3(5)の蛍光強度にあ たる.バリノマイシン添加前の蛍光強度が数分間安定しており,バリノ マイシン添加前後で蛍光強度に差があれば,そのミトコンドリアは膜電 位を形成する能力があると判断できる(注21).
4.5.単離ミトコンドリアへのタンパク質輸送
4.5.1.原理 単離したミトコンドリアに,エネルギー存在下でミトコンドリアタンパク質前駆体を加え,イン キュベートすると前駆体はミトコンドリアに取り込まれる.これをin vitro膜透過反応と呼んでい る.前駆体タンパク質は,対応する遺伝子のmRNAより,ウサギ網状赤血球のライセートを用いた
in vitroタンパク質合成系で合成したものを使うことが多い(注22).タンパク質は35Sで標識したア ミノ酸 (たとえば,[35S]メチオニン) を翻訳時に取り込ませることにより,放射性同位体標識してお く.合成した前駆体タンパク質は精製せずに,ライセートを含む翻訳反応物のかたちで,直接ミト コンドリアを含む膜透過反応液に加えてよい.ただし膜透過実験の系に放射性同位体標識したアミ ノ酸をもち込むと,ミトコンドリア内のタンパク質合成系によって放射性同位体の取り込みが起こ りうるので,インポートミックスには放射活性をもたないアミノ酸 (ここではメチオニン) を入れて おく. ミトコンドリアヘのタンパク質の取り込みに必要なエネルギー源は,一般に内膜の膜電位 (ΔΨ) とATPである.膜電位をつくらせるには,クエン酸による方法(クエン酸駆動)とATPによる方法 (ATP駆動) の二つがある.呼吸基質であるクエン酸やリンゴ酸をミトコンドリアに与えると,基質 の酸化に伴い,電子伝達系により内膜にプロトン勾配がつくられ,膜電位が生じる.通常は,この プロトン勾配を駆動力として,ATPがATPaseによってつくられる.呼吸基質がなくてもミトコンド リアの外からATPを与えると,マトリクスに取り込まれたATPがATPaseのプロトンポンプを駆動し て,やはり内膜にプロトン勾配(膜電位)が生じる (注23).エネルギー源としては膜電位のほかに
注21 以上はATP駆動型の膜電位測定法である.ATPの代わりに0.5 Mクエン酸を40μl,0.5 Mリンゴ酸を40μl加えることによ り,クエン酸駆動型の膜電位を測定することもできる.なお,蛍光光度の強さと膜電位の大きさとのあいだには直線関 係はない. 注22 酵母ライセートのin vitro翻訳系を用いて合成した前駆体タンパク質を用いて,膜透過反応を行うこともできる.一方, コムギ胚芽エクストラクトを用いた翻訳系で合成した前駆体タンパク質は,多くの場合,ミトコンドリアに取り込まれ ない.また,大腸菌などを用いたin vivoタンパク質発現系を用いて合成し,そこから精製した前駆体を用いて膜透過反応 を行うこともできる. 注23 以下のインポートミックスはATP駆動型実験用の組成となっている.
200
4.ミトコンドリア
ATPが必要であり,膜透過のエネルギ一依存性をみるような特殊な実験を除いては,外からATPを 加えて(注24) ATP駆動型の膜電位をつくるのが普通である.
4.5.2.準備 試薬(要時調製する) •
インポートミックス(注25) (1 ml) 2 Mショ糖 ........................................................................................... 125μl 終濃度250 mM 10 % fatty acid-free BSA ..................................................................... 100μl 終濃度1 % 2.5 M KCl ............................................................................................... 32μl 終濃度80 mM 1 M MgCl2 .................................................................................................................................................................... 5μl 終濃度5 mM 1 M MOPS-KOH(pH 7.2)..................................................................... 10μl 終濃度10 mM 0.1 M ATP .............................................................................................. 20μl 終濃度2 mM 0.2 Mメチオニン .................................................................................. 10μl 終濃度2 mM 1 M KPi (pH 7.4)..................................................................................... 2μl 終濃度2 mM 1 M DTT ................................................................................................... 5μl 終濃度5 mM 蒸留水 .................................................................................................. 691μl
•
0.2 M NADH (SEMバッファーに溶かす)
•
5 mg/mlプロテイナーゼK(Merck No. 24568,SEMバッファーに溶かす)
注24 反応中にATPの濃度が一定に保たれるよう,ホスホエノールピルビン酸とピルビン酸キナーゼによるATP再生系を共存さ せることもある[3]. 注25 BSAとKPiは膜電位を安定に保つために加えているので,実験によっては除くこともある.
201
4.5.3.実験法 1 1.5 ml容マイクロチューブ (注26) にインポートミックス90μlを入れ,0.2 M NADHを1μl加えたのちに10 mgタンパク質/mlミトコンドリア懸濁液 (注27)を5μl加える. 2 1) の溶液を30℃で3分間加温したのちに,前駆体溶液を5μl加え,30℃ で10分間インキュベートする. 3 2) の反応液に1 mg/mlバリノマイシンを1μl加えて,反応液を氷上に移 すことによって膜透過反応を停止させる. 4 プロテアーゼ処理を行う場合は,ここで5 mg/mlプロテイナーゼK溶液 を2μl加えて混ぜ,氷上で30分間反応させる.0.2 M PMSF溶液を1μl加 えて氷上で2分間放置し,プロテイナーゼKを失活させる. 5 3)または4)の反応液を4℃,15,000×gで10分間遠心し,上清をアスピ レーターなどでていねいに取り除く. 6 5) の沈殿の上に300μlのSEMバッファーを加え (懸濁はしない) ,4℃, 15,000×gで3分間遠心し,上清をアスピレーターなどでていねいに取り 除く. 7 ミトコンドリアとともに回収されたタンパク質を,SDS-PAGEおよび オートラジオグラフィー(フルオログラフィー)で解析する(注28). ミトコンドリア内に取り込まれた前駆体の多くは,ミトコンドリア内のプロセシングプロテアー ゼによってプレ配列が切断され,分子量が減少する.また,ミトコンドリア内にタンパク質が取り 込まれると,外から加えたプロテアーゼ (ステップ4) の処理) によって消化されなくなる.この2点 によって,ミトコンドリア内に取り込まれたタンパク質とミトコンドリア表面に結合しただけの分 子種を区別することができる.ミトコンドリアの膜透過には膜電位が必須なので,プレ配列の切断 と,外から加えたプロテアーゼへの耐性化が膜電位に依存して起こることを確認しておくことが必 要である.このため,ミトコンドリアに前駆体を加えるまえにバリノマイシンを加えておく対照実 験を行い,結果を比較することが大切である.
注26 チューブへの前駆体の吸着を抑えるため,シリコナイズ処理したチューブを用いることが望ましい (尿素変成した前駆体 を用いるときは必須である) . 注27 凍結保存してあるミトコンドリアは,室温の水浴中につけてすばやく溶かす. 注28 イメージングプレートを用いて解析することもできる.大腸菌を用いて発現・精製した前駆体の場合,その前駆体に対 する抗体が使用可能であれば,ウエスタンブロッティングによる解析を行うこともできる.
202
4.ミトコンドリア
4.6.ミトコンドリア内での局在部位の解析
4.6.1.原理 前項の膜透過実験においては,ミトコンドリアの外からプロテアーゼを加えることにより,ミト コンドリアの外膜に結合した前駆体と外膜よりも内側に取り込まれたタンパク質とを区別してい る.しかし,取り込まれたタンパク質の最終的な局在部位が内膜よりも内側 (マトリクスまたは内 膜のマトリクス側) なのか,外側 (膜間部または内膜の膜間部側) なのかはわからない.また,タン パク質が外膜に組み込まれた場合,外から加えたプロテアーゼに対して感受性である (注29) ため, プロテアーゼ消化の実験では外膜に組み込まれたかどうかを知ることはできない. 目的のタンパク質が,外から加えたプロテアーゼに対して感受性を示すとともに,アルカリ抽出 によって膜から抽出されないならば,そのタンパク質は外膜に組み込まれたと判定される.局在部 位が内膜の外側か内側かを調べるためには,膜透過反応ののちミトコンドリアを回収し,低張処理 によって外膜を壊してマイトプラストとしてから (注30) プロテアーゼ消化を行う.マイトプラスト 化したのち遠心を行い,目的のタンパク質がマイトプラストとともに沈殿に回収されなかったら, そのタンパク質は膜間部に可溶性の形で存在しているものと判定される.マイトプラストとともに 沈殿に回収されるが,マイトプラスト化ののちのプロテアーゼ処理によって消化された場合,その タンパク質は内膜の膜間部側に局在化したことになる.プロテアーゼ消化を受けない場合は,内膜 のマトリクス側かマトリクス (可溶性画分) に局在している.局在部位が内膜のマトリクス側とマト リクスのどちらであるかを判断するには,マイトプラストを超音波処理し,内膜を破壊してから超 遠心によって膜画分と可溶性画分に分けて調べる.
4.6.2.準備 試薬 要時調製するもの 0.2 M Na2CO3
注29 ポリンのように,外膜に組み込まれたのち三量体を形成し,プロテアーゼ耐性となる外膜タンパク質もある.このよう なタンパク質では,外膜への組み込みを,ミトコンドリアを超音波処理によって小胞化したのち,ショ糖密度勾配遠心 を用いて外膜と内膜を分離する[4]ことによって示さなくてはならない場合もある. 注30 ミトコンドリアを低張液に懸濁すると,ミトコンドリア内外の浸透圧差によってミトコンドリアが膨張する.このとき, 外膜だけが選択的に破壊される.この処理をマイトプラスト化という.
203
10 mM MOPS-KOH(pH 7.2) 5 mg/ml TPCK処理済トリプシン (Sigma T8642,SEMバッファーに溶かす) 50 mg/mlダイズ由来トリプシンインヒビター(Sigma T9003,SEMバッ ファーに溶かす)
室温で保存可能なもの 1.5 %(w/v)デオキシコール酸ナトリウム溶液 100 % (w/v)トリクロロ酢酸溶液
4.6.3.実験法 アルカリ抽出 1 ミトコンドリア (膜透過実験後の試料など) を10 mgタンパク質/mlとなる ように(注31)SEMバッファーで懸濁する. 2 ミトコンドリア懸濁液と等量の0.2 M Na2CO3を加え (注32) ,氷上に30分 間おく. 3 微量超遠心機を用いて,315,000×gで30分間,4℃で超遠心し,上清と 沈殿に分ける. 4 各画分に回収されたタンパク質を (注33) ,SDS-PAGEおよびオートラジ オグラフィー(フルオログラフィー)で解析する.
マイトプラスト化 1 ミトコンドリア (膜透過実験後の試料など) を10 mgタンパク質/mlとなる ように(注34)SEMバッファーで懸濁する. 2 50μlのミトコンドリア懸濁液 (注35)に450μlの10 mM MOPS-KOH (pH
注31 ミトコンドリアの濃度は必ずしも10 mgタンパク質/ml とする必要はない.1∼10 mgタンパク質/mlの間であればよい. 注32 ミトコンドリアを直接0.1 M Na2CO3に懸濁してもよい.Na2CO3溶液は使用直前に作製する. 注33 上清に回収されたタンパク質は,トリクロロ酢酸沈殿によって回収後,SDS-PAGEサンプルバッファーに溶解し,SDSPAGEにより解析する. 注34 ミトコンドリアの濃度は必ずしも10 mgタンパク質/mlとする必要はない.1∼10 mgタンパク質/mlの間であればよい. 注35 ここでは50μlのミトコンドリア懸濁液を処理する場合について示す.ここに示すよりも大量のミトコンドリアを処理す る場合は,ミトコンドリア懸濁液と10 mM MOPS-KOH (pH 7.2) の体積比が1:9となるように10 mM MOPS-KOH (pH 7.2) を加える.
204
4.ミトコンドリア
膜透過実験
ミトコンドリア外からのプロテアーゼ処理
感受性
耐 性
アルカリ処理
マイトプラスト化
上 清
沈 殿
ミトコンドリア には取り込まれ ない
外 膜
上 清
マイトプラスト画分
膜間部(可溶性)
マイトプラスト外からのプロテアーゼ処理
感受性
耐 性
内膜の膜間部側
マイトプラストの超音波処理
上 清
マトリクス
沈 殿
内膜(マトリクス側)
7.2) を加え,ときどきボルテックスでかくはんしながら,氷上に30分間 おく. 3 4℃,15,000×gで10分間遠心し,上清をアスピレーターなどでていねい に取り除く(注36). 注36 上清に回収されるタンパク質を調べたい場合は,上清を別のチューブに移し,トリクロロ酢酸沈殿などでタンパク質を 回収する.
205
4 3) の沈殿の上に300μlのSEMバッファーを加え (懸濁はしない) ,4℃, 15,000×gで3分間遠心し,上清をアスピレーターなどでていねいに取り 除く. 5 沈殿を50μlのSEMバッファーで懸濁する.
マイトプラストの超音波処理 1 マイトプラスト懸濁液を,バスソニケーター (注37) を用いて20秒間程度 超音波処理する.超音波処理後の試料は,氷中に30秒以上つけ冷却す る.この操作を3回繰返す(注38). 2 100,000×gで60分間(微量超遠心機を用いる場合は,315,000×gで30分 間),4℃で超遠心し,上清と沈殿に分ける. 3 各画分に回収されたタンパク質を,SDS-PAGEおよびオートラジオグラ フィー(フルオログラフィー)で解析する.
プロテアーゼ処理(注 39) 1 100μlのミトコンドリアまたはマイトプラスト懸濁液 (注40)に5 mg/ml TPCK処理済トリプシンを1μl加え (注41) ,氷上で30分間反応させる. 2 50 mg/mlダイズ由来トリプシンインヒビター溶液を2μl加えて (注42) , 氷上で10分間放置し,トリプシン活性を阻害する. 3 2) の反応液を4℃,15,000×gで10分間遠心し,上清をアスピレーターな どでていねいに取り除く(注43).
注37 処理するマイトプラスト懸濁液の量が多い場合(1 ml以上)は,チップ式のソニケーターを用いることができる.たとえ ばHeat Systems社のASTRASON超音波細胞破砕機 (MODEL XL2020) でマイクロチップを使用した場合,出力4,1秒パル ス (パルス間隔1秒間)で計1分間処理する.超音波処理によって試料の液温が上昇しないように,氷中においたチューブ の中にマイトプラスト懸濁液を入れて超音波処理することが必要である. 注38 用いるソニケーターの機種によって条件が異なってくるので,予備実験を行って条件を設定する必要がある. 注39 ここではトリプシン処理について述べる.プロテイナーゼK処理の場合は§4.5.3.のステップ4) に従って行えばよい. 注40 濃度はミトコンドリアとして,1∼10 mgタンパク質/ml程度. 注41 今回は終濃度0.1 mg/mlとなるようにトリプシンを加えている.コントロールのタンパク質の消化の程度が不十分な場合 は,1 mg/mlまでトリプシン濃度を上げてよい. 注42 重量比でトリプシンの10倍量加える. 注43 2) の反応液にSDS-PAGEサンプルバッファーを加え,95℃で5分間加熱したのち,直ちにSDS-PAGEで解析してもよい. また,上清に回収されるタンパク質を調べたい場合は,上清を別のチューブに移し,トリクロロ酢酸沈殿などでタンパ ク質を回収する.
206
4.ミトコンドリア
4 3) の沈殿の上に200μlのSEMバッファーを加え (懸濁はしない) ,4℃, 15,000×gで3分間遠心し,上清をアスピレーターなどでていねいに取り 除く. 5 回収されたタンパク質を,SDS-PAGEおよびオートラジオグラフィー (フルオログラフィー)で解析する.
トリクロロ酢酸沈殿 1 試料溶液に,試料体積の1/40量の1.5 %(w/v) デオキシコール酸ナトリウ ム溶液 (注44) と1/10量の100 % (w/v) トリクロロ酢酸溶液を加えてよく混 ぜ,氷上で15分間放置する. 2 4℃,15,000×gで10分間遠心し,上清をアスピレーターなどでていねい に取り除く. 3 2)の沈殿に氷冷したアセトンを1 ml加え,ボルテックスする(注45). 4 4℃,15,000×gで10分間遠心し,上清をアスピレーターなどでていねい に取り除く. 5 沈殿を乾燥させたのち,必要量のSDS-PAGEサンプルバッファーを加 え,ボルテックスによって完全に溶解する(注46). 6 試料を95℃で5分間熱処理 (注47) したのち,SDS-PAGEおよびオートラ ジオグラフィー(フルオログラフィー)で解析する. 以上の操作を行ったのち,目的のタンパク質がどの画分に回収されたか,またプロテアーゼに よって消化されたかをSDS-PAGEおよびオートラジオグラフィー(フルオログラフィー)で解析す る.このとき,ミトコンドリア内の局在部位が明らかになっている,マーカータンパク質の挙動 を,ウエスタンブロッティングによって解析し,その結果と比較することが必要である.表4・1 に,ミトコンドリア各サブコンパートメントのマーカーとして用いられるタンパク質と,それらの
注44 タンパク質の回収効率を上げるためのキャリアーとして加えているので,デオキシコール酸ナトリウムを加えることが 問題となる場合は加えなくてもよい. 注45 沈殿を完全に懸濁することが望ましい.ピペッティングやバスソニケーターなどを用いた懸濁も可能である. 注46 バスソニケーターを用いてもよい.完全に溶解することが重要である.沈殿を溶解すると,沈殿中に残存するトリクロ ロ酢酸によって溶液のpHが酸性化する (サンプルバッファーに含まれるブロモフェノールブルーの色が黄色く変化するこ とでわかる) .このような場合は1 M Tris溶液を1μl加えてボルテックスし,溶液の色が青色に戻ったら (戻らなかったら もう1μl加える) 熱処理する. 注47 沈殿の溶解が不十分なまま熱処理してしまうと,沈殿は不可逆的に凝集することがある (おそらく,沈殿中に残存するト リクロロ酢酸によって沈殿のなかのpHが低くなっているためであると思われる) .
207
表4・1 酵母ミトコンドリア各画分のタンパク質の,各処理後の挙動 タンパク質
局在部位
アルカリ処理
ミトコンドリアの プロテア−ゼ処理
マイトプラスト化
マイトプラストの プロテア−ゼ処理
Tom20
外膜
沈殿
消化される
Tom70
外膜
沈殿
消化される
ポリン
外膜
沈殿
消化されない
シトクロム b2
膜間部
上清
シトクロム c
膜間部
上清
シトクロム c1
内膜の膜間部側
ATP/ADP translocator
マイトプラストの 超音波処理
消化されない
上清
消化される
消化されない
上清
消化される
沈殿
消化されない
マイトプラスト画分
消化される
沈殿
内膜
沈殿
消化されない
マイトプラスト画分
消化されない
沈殿
Tim23
内膜
沈殿
消化されない
マイトプラスト画分
一部消化される
沈殿
F1 ATPase β サブユニット
内膜マトリクス側の 表在性タンパク質
上清
消化されない
マイトプラスト画分
消化されない
部分的に上清に 回収される
mthsp70 (Ssc1p)
マトリクス
上清
消化されない
マイトプラスト画分
消化されない
上清 (Ssc1pの一部は内膜に 弱く結合しており, 沈殿にも回収される)
クエン酸シンターゼ
マトリクス
上清
消化されない
マイトプラスト画分
消化されない
上清
マトリクス
上清
消化されない
マイトプラスト画分
消化されない
上清
hsp60
各処理後の挙動を示す.各タンパク質の挙動が表4・1の通りにならない場合は実験がうまくいって いないことになるので,実験条件(注48)を検討する必要がある.
4.7.トラブルシューティング タンパク質の膜透過実験がうまくいかない場合,原因はミトコンドリア側とタンパク質側の2通 りが考えられる.酵母のミトコンドリアは,たとえば葉緑体などと比べて機械的には丈夫であり, ホモジェナイズや遠心,再懸濁にはかなりたえうる.しかし,浸透圧はつねに正しく保たれていな ければならない.特に,外膜は浸透圧の低下や低濃度の界面活性剤により壊れやすいので,注意が 必要である.また,なんらかの理由でミトコンドリアが脱共役されて膜電位が失われると,タンパ ク質の取り込みは起こらない.すでに述べたように,膜電位を安定に保つために,BSAやリン酸の 添加が有効なこともある. タンパク質側の問題としては,in vitroタンパク質合成反応で合成したタンパク質量が少ない場合
注48 プロテアーゼ処理の際のトラブルが最も起こりやすい. 消化されないコントロールのタンパク質がプロテアーゼ消化を 受けたり,消化されるべきコントロールのタンパク質が消化されなかったりする.そのような場合は,プロテアーゼ溶 液,プロテアーゼ阻害剤溶液をつくり直す (古くなったPMSF溶液は失活していることが多い) ,プロテアーゼ消化の際の プロテアーゼ濃度を変化させる,というのが最も一般的な対応である.
208
4.ミトコンドリア
や,プロテアーゼの混入によりプレ配列が部分的に切断された場合があげられる (プレ配列は一般 に,プロテアーゼ消化に対する感受性が高い.プレ配列はミトコンドリアヘの取り込みに不可欠な ので,これがインタクトでなくなれば,膜透過は当然起こらない) .膜透過反応に用いた前駆体が きちんと合成されているか,分解されていないかについては,膜透過反応を行った試料をSDSPAGEで解析する際に,膜透過反応に用いた1/10量の前駆体溶液をいっしょに泳動することによっ てわかる.また,ミトコンドリア画分に混入してきたプロテアーゼによって前駆体が分解されてし まう可能性もある (このような場合は,バリノマイシン存在下で膜透過反応を行ったときにもプレ 配列が切断されることからわかる) .混入するプロテアーゼとしては,液胞由来のものである場合 が多い.対策としては,液胞のプロテアーゼの変異株からミトコンドリアを単離したり,Nycodenz の密度勾配遠心を用いて,ミトコンドリア画分に混入してくる液胞を除去することがあげられる. また,前駆体タンパク質は,膜透過に際して高次構造がほどけなければならないという要請があ る.したがって,前駆体タンパク質が凝集して不溶化してしまった場合はもちろん,会合してオリ ゴマーをつくったり,リガンドと結合してほどけにくくなったりしても,膜透過は阻害される.in
vitro翻訳反応液中の前駆体タンパク質を,ほかのタンパク質と共に硫酸アンモニウム沈殿させたの ち,8 M尿素などで前駆体タンパク質を変性,可溶化して高次構造をほどき,変性状態のまま直接 膜透過反応液に加えると (ただし尿素の最終濃度が0.5 M以下になるようにする) ,膜透過反応が著 しく促進される場合がある.
4.8.実験例
4.8.1.前駆体タンパク質のミトコンドリア膜透過実験(図 4・1) 前駆体としてSu9-DHFR (アカパンカビのFoF1-ATPaseサブユニット9のプレ配列にマウスのジヒド ロ葉酸レダクターゼを融合した融合タンパク質,ミトコンドリアマトリクスに局在化する) を用い, 単離ミトコンドリアへの膜透過実験を行った.前駆体はウサギ網状赤血球ライセートのタンパク質
10%
1
2
3
4
バリノマイシン
−
−
+
+
プロテイナーゼK
−
+
−
+
前駆体 成熟型
図4・1 前駆体タンパク質のミトコンドリア膜透過実験.
209
合成系を用いて[35S]メチオニン存在下で合成した.膜透過反応はバリノマイシン非存在下 (レーン 1とレーン2) または存在下 (レーン3とレーン4) で,30℃,10分間行った.膜透過反応後反応液を二 つに分け,一方 (レーン2とレーン4) を0.1 mg/mlプロテイナーゼKで処理した.そののち,ミトコン ドリアを回収し,SDS-PAGEおよびフルオログラフィーによって解析した. レーン1に示すように,バリノマイシン非存在下 (膜電位が存在する状態) で膜透過反応を行った 場合にのみ,プレ配列が切断された成熟型が観察される.この成熟型はミトコンドリアの外から加 えたプロテアーゼによって消化されない.一方,ミトコンドリアとともに回収されてきた前駆体は プロテアーゼによって消化される (レーン1とレーン2,レーン3とレーン4を比較する).この結果 は,Su9-DHFRがミトコンドリアマトリクスに局在化するタンパク質であることと矛盾しない.
4.8.2.マイトプラスト化実験(図 4・2) . ミトコンドリア (レーン1とレーン2) およびマイトプラスト (レーン3とレーン4) を,プロテアーゼ 処理したもの(レーン2とレーン4)または未処理のもの(レーン1とレーン3)を,SDS-PAGE後, mthsp70とシトクロムb2に対する抗体を用いてウエスタンブロッテイングを行った.mthsp70はミト コンドリアマトリクスのタンパク質であるので,マイトプラスト画分に回収され(レーン3) ,マイ トプラストの外からプロテアーゼを加えても消化されない (レーン4) .一方,膜間部の可溶性タン パク質であるシトクロムb2は,マイトプラスト化によって上清に遊離してしまい,マイトプラスト 画分にはほとんど回収されない (レーン3) .マイトプラストとともに回収されたシトクロムb2もマ イトプラストの外から加えたプロテアーゼによって消化される (レーン4) .ミトコンドリアの外か らプロテアーゼを加えた場合は消化されないので (レーン2) ,シトクロムb2は外膜の内側に存在す ることがわかる.
1
2
3
4
mthsp70 シトクロムb2
図4・2 マイトプラスト化実験.
4.9.おわりに 本章では,単離ミトコンドリアを用いたin vitroの膜透過実験を中心とした解析法について述べ た.ここで示した実験法は,in vivoで発現したタンパク質のミトコンドリア局在を調べる際にも応 210
4.ミトコンドリア
用可能である.また,単離したミトコンドリア内のタンパク質合成系は活性を保持しており,ミト コンドリアDNA由来の転写,翻訳を解析することも可能である[5].この方法を応用すれば,パー ティクルガンを利用してミトコンドリア内に外来のDNAを導入した酵母株を作製し,その株より 単離したミトコンドリアを用いて外来のDNA由来のタンパク質の発現と,ミトコンドリア内での 局在化を解析することも可能となるであろう.
参考文献 1.Daum G, Böhni PC, Schatz G (1982) Import of proteins into mitochondria. Cytochrome b2 and cytochrome c peroxidase are located in the intermembrane space of yeast mitochondria. J. Biol. Chem. 257: 13028-13033 2.Lewin AS, Hines V, Small GM (1990) Citrate synthase encoded by the CIT2 gene of Saccharomyces cerevisiae is peroxisomal. Mol. Cell. Biol. 10: 1399-1405 3.遠藤斗志也,中井正人 (1991)ミトコンドリア膜透過実験法.蛋白質核酸酵素 36: 1951-1956 4.Pon L, Moll T, Vestweber D, Marshallsay B, Schatz G (1989) Protein import into mitochondria: ATP-dependent protein import activity in a submitochondrial fraction enriched in membrane contact sites and specific proteins. J. Cell Biol. 109: 2603-2616 5.Hermann JM, Fölsh H, Neupert W, Stuart RA (1994) Isolation of yeast mitochondria and study of mitochondrial protein translation. In: Celis (ed)Cell biology; a laboratory handbook. vol. 1. Academic Press, San Diego, pp538544
211
5.細胞壁合成とリモデリング
大矢禎一
5.1.はじめに 出芽酵母の細胞壁は,図5・1のような層状の構造をしている.一番外側には,マンナンタンパク 質 (マンノースという糖がタンパク質に結合した高分子) が,その内側にはグルコースの重合体であ るグルカンが繊維状に網目をめぐらしている.この繊維状のグルカンには,出芽酵母では1,3-β結 合でつながったグルカンと1,6-β結合でつながったグルカンの2種類あるが,1,3-β結合をもつグル カンの方が含有量が多くて鎖の長さも長く,細胞壁の強度を保つのにとても重要な働きをしてい る.本章では1,3-βグルカンを合成する酵素の生化学的解析法と細胞生物学的解析法を中心に,出 芽酵母の細胞壁の解析法を記す.
オリゴ糖 マンノ プロテイン
細胞壁
グルカン ペリプラズム酵素
キチン
ペリプ ラズム
細胞膜 リン脂質二重層 膜タンパク質
図5・1 出芽酵母細胞壁の構造.細胞壁の 最も外側にはマンノースがタンパク質に付 加したマンノプロテインが,その内側に細 胞壁の主要な繊維状構成成分であるグルカ ン (1,3-β結合と1,6-β結合のグルカンがあり, 前者のほうがより長鎖グルカンとして実質 的な強度の維持に関与している)が存在し ている.1,4-β結合からなるキチンは,出 芽の根元のごく限られた場所でのみ認めら れ,細胞壁と細胞膜の間であるペリプラズ ムには分泌された各種酵素が存在している.
5.2.細胞の破壊と膜画分の単離法
5.2.1.原理 1,3-β結合をもつグルカンを合成する酵素は細胞膜上に存在しており,1,3-βグルカン合成酵素 と呼ばれている.本酵素の活性測定ならびに部分精製のためには,細胞の膜画分を単離することが まず必要である[1].低温でないと酵素が不安定であることから,迅速に膜画分を単離することが望 212
5.細胞壁合成とリモデリング
ましい.本法で単離された膜画分は,活性が不安定なほかの膜タンパク質の精製にも適している.
5.2.2.準備 集菌に使うもの ◆ 500 ml容ボトル ◆ 50 ml容チューブ ◆ 1 mM EDTA
膜画分の単離に必要なもの ◆ Breakingバッファー 0.5 M NaCl 1 mM EDTA 100 mM PMSF
◆ Membraneバッファー 50 mM Tris-HCl (pH 7.5) 10 mM EDTA 1 mM 2-メルカプトエタノール 33 %グリセロール
◆ 50 ml容グライナーチューブ ◆ 太めのパスツールピペット ◆ ホモジェナイザー ◆ 超遠心用のチューブ(33PCアツチューブ) ◆ ガラスビーズ(Sigma, acid-washed 425-600 microns) ◆ 超遠心機(日立CP 65b相当)
213
5.2.3.実験法 酵母の培養 1 前培養してあった酵母の培養液を2 ml程度,1リットルの培地が入った 2リットル容坂口フラスコに入れ,セットして培養を開始する.温度は 通常23℃か30℃に設定し,十分にかくはんされるように回転数を設定す る(注1). 2 翌日,培養液の吸光度が約1.0になるまで培養する.最低でも2リットル の培養液から膜の単離を始める(注2).
集菌の手順 1 500 ml容ボトルを使って遠心機で集菌する.遠心は,4℃で5000 rpm, 5分間行う. 2 上清を捨て,ペレットを一つのチューブ当たり10 ml程度の1 mM EDTA で洗い,4℃で3000 rpm,5分間遠心して細胞を沈殿させる (注3). 3 遠心のあと上清を捨て,ペレットの重さ (生重量) を測っておく (注4) .
酵母細胞 40,000rpmで遠心 膜画分を沈殿させる ガラスビ−ズによる破砕
膜を懸濁しホモジェナイズ 3,000rpmで遠心 未破砕の細胞を除く 活性測定/部分精製へ (保存は-80℃)
注1 innova 4330恒温インキュベーターを使用した場合,回転数は150 rpmに設定する. 注2 培養液の吸光度は,あらかじめ用意したYPD培地で10倍に薄めてから分光光度計で600 nmの波長で測定する. 注3 2リットルの培養液からはじめたとき,最終的に1本の50 ml容グライナーチューブにまとめて移す. 注4 2リットルの培養液から,6 g程度回収できるはずである.
214
5.細胞壁合成とリモデリング
膜画分単離の手順 1 BreakingバッファーにPMSF (終濃度1 mM) を加え,氷上で冷やす.あと で使うホモジェナイザーも冷やしておく. 2 50 ml容グライナーチューブを用意し,5 mlの目盛のところまでガラス ビーズを入れる.PMSFの入ったBreakingバッファーを10 ml程度加え, ガラスビーズを洗う.余分な液はデカンテーションで捨てる. 3 酵母細胞の入ったチューブにPMSFの入ったBreakingバッファーを3 ml入 れて,ボルテックスによって懸濁し,ガラスビーズの入ったチューブの ほうに移す. 4 細胞の入っていたチューブをよく洗うために,適量 (10 ml程度) のPMSF の入ったBreakingバッファーを入れて,ボルテックスし,ガラスビーズ の入ったチューブに移す(注5). 5 細胞,バッファー,ガラスビーズの入ったチューブをボルテックスす る.ボルテックスを2分間行ったのちに,氷上に2分間おくというサイク ルを4回繰返す(注6). 6 チューブを,3000 rpm,5分間,4℃で遠心する.つぎのステップで上清 を静かに回収するために,遠心のブレーキを最小にして遠心する. 7 上清 (Sup1) を,太めのパスツールピペットを使って超遠心用のチューブ (33PCアツチューブ) に移す.残ったペレットに,PMSFの入ったBreakingバッファーを再び10 ml入れて,ボルテックスを30秒間行う (注7). 8 もう1回,3000 rpm,5分間,4℃で遠心する.このときもブレーキを最 小にする. 9 上清 (Sup2) を,太めのパスツールピペットを使ってSup1の入っている超 遠心用のチューブに入れる.合計で20 ml程度になるはずである (注8) . 10 40,000rpm,4℃で,30分間遠心する.
注5 全部で20 ml程度になるようにする. 注6 このときサンプルを少量 (20 mlぐらい) とり,どれぐらい細胞が破壊されているか,遠心しているあいだに位相差 顕微鏡で観察する. 注7 この上清 (Sup1) も少量 (20 mlぐらい) とり,時間があるときに位相差顕微鏡で観察する. 注8 遠心チューブの限界が20 mlであるので,これを超えないように注意する.
215
11 遠心後,上清を捨て,適量のMembraneバッファーに懸濁する.超遠心 チューブ1本当たり8 mlのMembraneバッファーをペレットに加えて懸濁 し,ホモジェナイザーに移す. 12 移したあとのチューブに2 mlのMembraneバッファーを入れてチューブ を洗い,ホモジェナイザーに移す. 13 4∼5回,ピストンを上下させてホモジェナイズする.ホモジェナイズし た膜画分を,50 ml容のチューブに移す.長期間保存するときには-80℃ に保存する.
5.2.4.トラブルシューティング 十分な膜画分が単離できないときは,細胞の破壊の効率が大きな決め手となる.膜画分の単離の ステップ5)で,少なくとも20 %以上の細胞が破砕されていることを顕微鏡下で確認すること. タンパク質が十分に存在していてものちに述べる酵素活性が検出されない場合には,さまざまな 理由が考えられる.そもそも菌株のバックグラウンドによって,活性が低い場合があるし,操作 上,たとえば,温度や迅速さの点で問題があることも考えられる.変異株ごとでの違いを比べると きには,同時に膜画分を精製することが必要である.
5.3.グルカン合成酵素の活性測定
5.3.1.原理 放射性同位体でラベルしたUDP-グルコースを基質として,グルカンのポリマーにどれほどラベ ルが取り込まれたかを測定する.このアッセイ系で測定できるのは,原理的にはグルカン合成酵素 とアミラーゼであるが,膜画分で測定する以上,ほとんどがグルカン合成酵素活性のみである.さ らに,ここで生成されたグルカンはすべて1,3-βグルカンであることから,1,3-βグルカン合成活 性を測定していることになる.ちなみに,1,6-βグルカン合成酵素の活性はいまだにin vitroで検出 されていない.
216
5.細胞壁合成とリモデリング
5.3.2.準備 反応溶液 KF mix ........................................................................................................ 50μl [14C]UDP-グルコース ................................................................................. 3μl 0.1 M UDP-グルコース .............................................................................. 1μl 蒸留水 ...................................................................................................... 346μl 合計400μl (10本分)
5.3.3.実験法 1 膜画分または酵素標品を用意する.膜画分には終濃度で4μMのGTPγ Sを加える. 2 標品10μlと反応溶液40μlをRI測定用のプレートの中で混ぜる.最初 にサンプルを分注しておき,反応溶液を加えることで反応開始させる. 3 室温で30分間保温したのち,1 mlの5 %トリクロロ酢酸を加えて酵素反 応を停止させる. 4 生成したグルカンをグラスフィルターでトラップする.フィルターを洗 浄し,乾燥後,裏側をシールし,シンチレーター(MICROCEINT20)を 200μl加え,上にもシールをはる. 5 シンチレーションカウンターで放射活性を測定する.
5.4.1,3- βグルカン合成酵素の部分精製法
5.4.1.原理 1,3-βグルカン合成酵素の部分精製には,プロダクトエントラップメントと呼ばれる一種のア フィニティ精製法を用いる.細胞膜を可溶化後,合成酵素の基質であるUDP-グルコースを加えて グルカンを合成させ,合成されたグルカンを遠心で沈殿させることにより,合成酵素も共沈させ
217
る.そののち,基質が存在しないと合成酵素がグルカンから遊離することを利用し,遊離してきた グルカン合成酵素を濃縮する.この方法では1,3-βグルカン合成酵素のみが濃縮される.この方法 を繰返して用いることにより,さらなる精製がなされることがある.
5.4.2.準備 4 mM GTPγS 1 M DTT 10 % CHAPS+2 % cholesteryl hemisuccinate 4 M NaCl 0.1 M UDP-グルコース
◆ Extractionバッファー 10 % CHAPS+2 % cholesteryl hemisuccinate ............................................. 2 ml Membraneバッファー ............................................................................... 48 ml 4 mM GTPγS ............................................................................................ 50 ml 1 M DTT ..................................................................................................... 50 ml
◆ Extractionバッファー+UDP-グルコース Extractionバッファー ............................................................................... 50 ml 0.1 M UDP-グルコース ........................................................................... 2.5 ml
◆ KF Mix 0.2 M Tris-Cl(pH 7.5) 4 mM EDTA 0.2 M KF
◆ 200 ml容ビーカー ◆ 3PCチューブ ◆ 小型超遠心機(日立CS100GX相当)
5.4.3.実験法 可溶化 1 50 ml容グライナーチューブの中に入った20 ml弱の膜画分の溶液を氷上 で溶かす.
218
5.細胞壁合成とリモデリング
2 0.12 mlの4 mM GTPγSと,0.12 mlの1 M DTTを加えてかき混ぜる. 3 0.96 mlの4 M NaClをゆっくり加えてかき混ぜる. 4 1.2 mlの10 % CHAPS+2 % cholesteryl hemisuccinateを2∼3回に分けて加 える.最後にチューブの蓋をして,静かに上下にひっくり返すようにし て混ぜる. 5 氷上で20分間放置したのち,溶液を33PCチューブに移し,4℃で40,000 rpm,30分間遠心する.遠心後,上清を冷やしたビーカーに移す (注9) .
部分精製 1 可溶化した20 mlの膜画分に対して,2.5 mlのKF mixと,1.25 mlの0.1 M UDP-グルコースを加える. 2 30℃で20∼30分間振とうする.すこし濁りかけたら氷上に移し,5∼10 分間おく(注10).
細胞膜画分 UDP-グルコ−ス存在下 沈殿を洗浄 可溶化
グルカンの生成 (30℃,30分間)
超遠心でグルカンと酵素を共沈
注9
UDP-グルコ−ス非存在下 グルカンから酵素を遊離
遠心で上清を回収して グルカン合成酵素を回収
可溶化後,活性測定用に0.3 mlほど分注しておき,即座につぎの部分精製のステップに進む.
注10 濁りはグルカンが生成したことによる.濁りがみえないときには最大1時間まで待っても構わないが,あまり時間がたち すぎると酵素が失活する可能性がある.
219
図5・2 遠心後のグルカン繊維の沈殿 (渡辺公英氏 提供).
3 50 ml容グライナーチューブに移し,遠心 (3000 rpm,5分間,4℃) する. 4 ペレットは柔らかいので,パスツールピペットを使って注意して上清を すてる.沈査に2.5 mlのExtrastionバッファー+UDP-グルコースを加え, かくはんしたのち,2本の3PCチューブに移す. 5 RP100AT4 (ローター) /CS100GX (小型超遠心機) を使い,4℃で,10,000 rpm,5分間遠心する(超遠心-1) (図5・2) 6 上清を捨て,1.5 mlのExtractionバッファー+UDP-グルコースを加え,特 製ホモジェナイザーを使ってよく懸濁する(注11). 7 小型超遠心機で,4℃,10,000 rpm,5分間遠心する(超遠心-2) . 8 上清を捨て,1.5 mlのExtractionバッファー+UDP-グルコースを加え,特 製ホモジェナイザーを使ってよく懸濁する. 9 小型超遠心機で,4℃,10,000 rpm,5分間遠心する(超遠心-3) . 10 上清を捨て,1.5 mlのExtractionバッファー+UDP-グルコースを加え,特 製ホモジェナイザーを使ってよく懸濁する. 注11 特製ホモジェナイザーとは,3PCチューブを使った場合,内径とほぼ同じ長さの外径をもつガラス玉をガラス棒の先につ けたもの.具体的には,直径約6 mmのガラス棒を熱し,玉を先端に作る.
220
5.細胞壁合成とリモデリング
11 小型超遠心機で,4℃,10,000 rpm,5分間遠心する(超遠心-4) . 12 上清を捨て,再度,小型超遠心機で,4℃,80,000 rpm,10分間遠心す る(超遠心-5) (注12). 13 上清をアスピレーターで完全に吸い取る. 14 ペレットに1 mlのExtractionバッファーを加えたのち,特製ホモジェナイ ザーを使ってよく懸濁する. 15 10分間,4℃で放置する(注13) 16 小型超遠心機で,4℃,80,000 rpm,10分間遠心する(超遠心-6) . 17 上清を回収する (Sup1-1). 18 ペレットに1 mlのExtractionバッファーを加えたのち,特製ホモジェナイ ザーを使ってよく懸濁する. 19 10分間,4℃で放置する 20 小型超遠心機で,4℃,80,000 rpm,10分間遠心する(超遠心-7) . 21 上清を回収する (Sup1-2).
部分精製標品のタンパク質定量 部分精製した1,3-βグルカン合成酵素のサンプルには界面活性剤が存在しており,タンパク質定 量を行うまえにまず,それらを除去する必要がある.そのためにこのクロロホルム-メタノールに よる前処理が必要となる. 1 エッペンドルフチューブ内のサンプル100μlに,蒸留水300μl,メタ ノール400μlを加え,ボルテックスで混ぜる.そののちクロロホルム 100μlを加え,もう1回ボルテックスする. 2 室温で2∼3分間放置したのち,15,000 rpmで10分間遠心する. 3 上清をすこし残しぎみにとったのち,メタノール400μlを加えてボル テックスする(注14). 注12 これが酵素を遊離させる直前の遠心なので,ペレットをパックするために遠心条件を厳しくする. 注13 この段階でUDP-グルコースが存在しないので,グルカン合成酵素はグルカンから遊離する. 注14 タンパク質は中間層にあるので,注意すること.
221
グルカン合成活性 (nmol/分/ mgタンパク質)
2000 1600 1200 800 400 0
1
2
3
4
1:膜画分 2:界面活性剤抽出液 3:第1回プロダクト エントラップメント 4:第2回プロダクト エントラップメント 図5・3 野生型酵母からのグルカン合成酵 素の部分精製.膜画分から比較すると,2 回プロダクトエントラップメントした標品 では比活性では1000倍以上も上昇している.
Rho1タンパク質 Fks1タンパク質
4 15,000 rpmで10分間遠心後,上清をきれいに取り除く.もう1回15,000 rpmで1秒間遠心し,液層を完全に取り除き,蓋を開けてしばらく放置す る. 5 乾燥後,蒸留水100μlを加え,沈殿を溶かしてタンパク質定量のサンプ ルとする.通常,タンパク質定量はBCA法で行っている.
5.4.4.実験例 野生型酵母から1,3-βグルカン合成酵素を単離精製した.この実験では,2回プロダクトエント ラップメントを行い,構成成分であるFks1pタンパク質とRho1pタンパク質が濃縮されていることを ウエスタンブロッティングで確認した[2] (図5・3)
5.5.細胞壁合成阻害剤に対する感受性測定
5.5.1.原理 echinocandine Bはin vitroにおける1,3-βグルカン合成酵素の阻害剤である.グルカン合成酵素の 触媒サブユニットとしては,互いに相同性のあるFks1pタンパク質とFks2pタンパク質があるが,一 方のサブユニットを欠いたfks1欠損株では,echinocandine Bに対して超感受性になることが知られ ている.また,キチン (1,4-β結合したN-アセチルグルコサミンのポリマー)に結合するCalicofluor whiteの感受性株として,多くの細胞壁欠損株が単離されている[3].ここでは,簡便にこれらの阻害 剤に対する感受性を調べる方法について記す. 222
5.細胞壁合成とリモデリング
5.5.2.準備 ◆ 30℃で保温したYPDプレート(必要枚数)
5.5.3.実験法 echinocandine B の感受性 1 酵母の菌株をYPD培地で一晩以上増殖させた培養液を用意する. 2 菌数が約1∼2×106になるようにYPD培地で薄めて,2 mlずつ分注し, 室温で保温する. 3 YPD培地に1.5 %寒天を溶かし,小さな滅菌したガラスチューブに2 ml ずつ分注し,55℃で保温する. 4 55℃で保温していた培地と培養液を混ぜ,すぐにYPDプレートに重層す る.そのまましばらく室温で放置する(注15). 5 約30分後に,重層したYPDプレート上に乾いた直径6 mmの円形のろ紙 をのせる.直径9 cmのシャーレに,3枚のろ紙をのせることが可能であ る. 6 3μlの20 mg/ml echinocandine Bをろ紙にスポットする. 7 YPDプレートで3∼5日間培養する.阻止円が観察できるようになった段 階で,円の直径を測定する(注16).
Calicofluor white の感受性 Calicofluor whiteは安価なので,1∼2 mg/ml程度までの濃度で直接プレートに含ませたものをつく るか,マイクロタイタープレートを使って増殖の有無を調べる.プレートの作製にあたっては,寒 天を入れた培地をオートクレーブ後,50℃ぐらいまで冷やし,終濃度が1∼2 mg/mlとなるように Calicofluor whiteを“粉ごと”加え,よく混ざったところでシャーレに注ぐ.
注15 このとき,あらかじめ30℃に保温してあったYPDプレートを使うのがコツである. 注16 培養の日数によって阻止円の直径が変わることがあるので,毎日観察することが望ましい.
223
野生株
Δfks1株
rho1-5株
図5・4 細胞壁合成酵素の阻害剤に対する超感受性.阻止円の大き さが大きいと感受性が高いことを意味し,阻止円の大きさが小さい と耐性を示すことを意味している.口絵2参照.
5.5.4.実験例 野生株,Δfks1変異株,rho1-5変異株について,echinocandine Bに対する感受性を調べた結果, 1,3-βグルカン合成酵素のサブユニットの変異をもつΔfks1変異株とrho1-5変異株が超感受性を示す ことがわかった[4] (図5・4).
5.6.細胞の溶解度の測定
5.6.1.原理 細胞壁に物理的・化学的損傷がはたらいて細胞が溶解すると,液胞内部に存在するアルカリ性 フォスファターゼが細胞外に流出する[5].この事実を利用して,細胞が溶解したか否かを簡単に判 定することがプレート上で可能である.この方法は,酵母のプロテインキナーぜC変異株pkc1の表 現型を記述するために用いられた.アルカリ性フォスファターゼの基質が反応すると青くなるの で,細胞溶解した株は青く染色される.
5.6.2.準備 ◆ YPDプレート ◆ 2 %アガロース溶液 ◆ 0.1 Mグリシン-塩酸バッファー (pH 9.7) ジメチルスルホア ◆ 50 mg/ml 5-bromo-4-chloro-3-indorylphosphate (BCIP) ミド溶液
224
5.細胞壁合成とリモデリング
5.6.3.実験法 1 酵母の菌株をYPDプレート上で1 cm×2 cmほどのパッチ状に塗り広げ, 十分に生やしたあとで,必要ならば制限温度にシフトさせて,さらに一 晩以上培養する. 2 いったん沸騰させた2 %アガロース溶液2.5 mlに,2.5 mlの0.1 Mグリシ ン-塩酸バッファー (pH 9.7)を加え,溶けているあいだに50℃に保温す る. 3 保温していたアガロース溶液に0.5 mlの50 mg/ml BCIP溶液を加え,コ ロニーができているプレート上にすばやく重層する(注17). 4 30分間∼1時間程度保温し,コロニーおよびその周辺が青く変色するこ とを確認する(注18).
5.6.4.トラブルシューティング 合成培地のプレート (Yeast Nitrogen Baseなど)では培地のpHが低くなってしまい,うまく発色し ない.プラスミドをもたせるときには,まず選択培地でコロニーを生やしたのち,YPDプレートに 移して実験を行う. ade1株やade2株を通常のYPDプレートで生やすと,コロニーの色が赤くなるため,BCIPによる青 色の発色が観察しにくい.これを回避するためには,あらかじめYPDプレートに20μg/mlの硫酸ア デニンを添加しておけばよい.
5.6.5.実験例 野生株,pkc1変異株,rho1変異株,cdc42変異株で細胞溶解を調べた結果,pkc1変異株,rho1変異 株が溶解しやすくなっていることが明らかになった.rho1変異株で溶解しやすくなっているのは, Rho1pタンパク質のターゲットのひとつが,Pkc1pタンパク質であるからである[6,7] (図5・5).
注17 このとき,あらかじめ30℃あるいは37℃に保温してあったプレートを使うのがコツである.すぐに均一に広げないと, 重層した寒天がどろどろになるので注意.複数のプレートがあるときには,初めの1枚で均一に塗り広げたあとで,つぎ のプレートの処理に移る. 注18 写真を撮るときにはすぐに撮る.ネガティブ対照株も2時間以上経つと青くなることがあるので注意する.
225
野生株
rhoA 変異株 stt1/pkc1 変異株 cdc42-1 変異株
図5・5 細胞溶解度の測定.写真で黒くみえているのが青く染色さ れた部分である.口絵3参照.
5.7.おわりに この章でとりあげたように,現在までに,1,3-βグルカンの機能解析は方法論的に確立してきた が,1,6-βグルカンの合成や,マンノプロテインのリモデリングに関しては,まだ系が立ち上がっ ていないのが現状である.1,3-βグルカンの合成系の調節機構の解明とともに,これら他の構成因 子の解析法の開発が待たれるところである.
参考文献 1.Inoue SB, Takewaki N, Takasuka T, Mio T, Adachi M, Fujii Y, Miyamoto C, Arisawa M, Furuichi Y, Watanabe T(1995) Characterization and gene cloning of 1,3-beta-D-glucan synthase from Saccharomyces cerevisiae. Eur. J. Biochem. 231: 845-854 2.Qadota H, Python CP, Inoue SB, Arisawa M, Anraku Y, Zheng Y, Watanabe T, Levin DE, Ohya Y(1996) Identification of yeast Rho1p GTPase as a regulatory subunit of 1,3-β-glucan synthase. Science 272: 279-281 3.Lussier M, White AM, Sheraton J, di Paolo T, Treadwell J, Southard SB, Horenstein CI, Chen-Weiner J, Ram AF, Kapteyn JC, Roemer TW, Vo DH, Bondoc DC, Hall J, Zhong WW, Sdicu AM, Davies J, Klis FM, Robbins PW, Bussey H(1997)Large scale identification of genes involved in cell surface biosynthesis and architecture in Saccharomyces cerevisiae. Genetics 147: 435-450 4.Inoue SB, Qadota H, Arisawa M, Anraku Y, Watanabe T, Ohya Y (1996) Signaling toward yeast 1,3-β-glucan synthesis. Cell Struct. Funct. 21: 395-402 5.Paravicini G, Cooper M, Friedli L, Smith DJ, Carpentier JL, Klig LS, Payton MA (1992)The osmotic integrity of the yeast cell requires a functional PKC1 gene product. Mol. Cell. Biol. 12: 4896-4905 6.Nonaka H, Tanaka K, Hirano H, Fujiwara T, Kohno H, Umikawa M, Mino A, Takai Y (1995) A downstream target of RHO1 small GTP-binding protein is PKC1, a homolog of protein kinase C, which leads to activation of the MAP kinase cascade in Saccharomyces cerevisiae. EMBO J. 14: 5931-5938 7.Kamada Y, Qadota H, Python CP, Anraku Y, Ohya Y, Levin DE(1996) Activation of yeast protein kinase C by Rho1 GTPase. J. Biol. Chem. 271: 9193-9196
226
6.mRNA の細胞内分布およびタンパク質の核移行 谷 時雄
6.1.In situ ハイブリダイゼーション
6.1.1.はじめに 遺伝子の転写の場である核と,タンパク質への翻訳の場である細胞質が核膜によって空間的に隔 てられている真核生物においては,転写されたmRNAの核から細胞質への輸送は遺伝子が発現する ために欠くことのできない過程である.最近,出芽酵母 Saccharomyces cerevisiae や分裂酵母
Schizosaccharomyces pombeを用いて,mRNA核外輸送に関する温度感受性変異株が多数分離された [1∼3]
.それらの変異株の原因遺伝子の解析は,mRNAの核・細胞質間輸送の分子機構に関する新し
い知見を明らかにしつつある.変異株のスクリーニングおよび解析手段として使用されたオリゴdT プローブを用いたin situハイブリダイゼーションは,本来,定常状態の細胞内mRNA分布を解析す る方法である.しかし,動物細胞などに比較して,細胞質におけるmRNAの半減期が平均十数分[4,5] と短い酵母においては,mRNAの核への蓄積を検出しやすく,mRNA核外輸送の解析法として非常 に有効な手法となった.
6.1.2.原理 In situハイブリダイゼーションは,細胞を破砕してRNAやDNAを抽出することなしに,ホルムア ルデヒドなどで固定した細胞そのままを用いてハイブリダイゼーションを行い,目的のRNAやDNA の存在部位を検出する技術である.mRNAの細胞内分布を解析する場合,mRNAの3ユ末端に存在す るポリA配列にハイブリダイズするオリゴdTヌクレオチドがプローブに用いられる. 筆者らの研究室では,プローブの標識および検出法として,1)FITCやローダミンなどの蛍光色 素で直接標識したプローブを用いる方法,2) ビオチン標識プローブを用い,蛍光標識したアビジン と結合させてシグナルを検出する方法,3) ジゴキシゲニン標識プローブを用い,マウス抗ジゴキシ ン抗体および蛍光標識抗マウスIgG二次抗体を用いて検出する方法,を使用している.蛍光色素で 直接標識したプローブは,ハイブリダイゼーション後,サンプルを洗浄してすぐに検鏡できるので 簡便であるが,シグナルの強さは,ビオチンやジゴキシゲニンで標識 (注1) したプローブの方が強 く,実験の目的によってプローブ標識の種類を換えた方がよい結果が得られる.
注1
ジゴキシゲニン標識プローブの検出感度が最も高い.
227
6.1.3.プローブの作製 a.準備 試薬 • •
オリゴdTヌクレオチド (30∼50塩基) DIGオリゴヌクレオチドテイリングキット (注2) (Boehringer Mannheim, Cat #. 1 417 231)
•
標識dUTP
ビオチン標識プローブ作製の場合: ビオチン-16-dUTP (Boehringer Mannheim, Cat #.1093 070)
蛍光標識プローブ作製の場合: Fluorescein-12-dUTP (Boehringer Mannheim, Cat #.1373 242) Tetramethylrhodamine-6-dUTP (Boehringer Mannheim, Cat #.1534 378)
ジゴキシゲニン標識プローブ作製の場合: ジゴキシゲニン-11-dUTP (テイリングキットに付属) (注3) •
EDTA-グリコーゲン溶液 200μlの0.2 M EDTAに1μlのグリコーゲン(20 mg/ml)を加える.
•
4 M LiCl
機器 ◆ 恒温水槽 ◆ 減圧乾燥機
b.実験法(ビオチン標識プローブ作製の例) 1 DIGオリゴヌクレオチドテイリングキットに含まれている以下の試薬 と,ビオチン-16-dUTPおよびオリゴdTヌクレオチドを混合する. 反応バッファー(バイアル1).................................................................... 8μl CoCl2溶液(バイアル2).............................................................................. 8μl オリゴdT(50塩基,100 pmol/μl)............................................................ 2μl 1 mMビオチン-16-dUTP (注4).................................................................. 2μl 注2
オリゴヌクレオチドの3ユ末端に,酵素反応でジゴキシゲニン- dUTPを連結するキットである.
注3
購入する場合は,Boehringer Mannheim, Cat # 1093088.
注4
ジゴキシゲニンやFITCなどで標識する際には,ビオチン-16-dUTPの代わりに,それぞれ等量のDIG-11-dUTP,フルオレ セイン-12-dUTPを使用する.
228
6.mRNA の細胞内分布およびタンパク質の核移行
Terminal transferase ..................................................................................... 2μl 滅菌水 ........................................................................................................ 18μl 計40μl
2 37℃で20分間保温する. 3 氷上に移し,4μlのEDTA-グリコーゲン溶液を加える.5μlの4 M LiCl,150μlの-20℃に冷却したエタノールをそれぞれ加え,よく混合す る. 4 -70℃に30分間おいたのち,微量冷却遠心機で,4℃,14,500 rpmにて15 分間遠心する. 5 沈殿をとらないように注意深く上清をとり,70 %エタノールを加える. 6 4℃,14,500rpmにて10分間遠心する.上清をとり,減圧乾燥機を用いて 沈殿を10分間乾燥する. 7 沈殿を40μlのTE溶液に溶解し,-20℃で保存する(注5).
6.1.4.In situ ハイブリダイゼーション実験法(分裂酵母の場合) a.準備 試薬 •
YES培地 0.5 %バクトイーストイクストラクト 3 %グルコース 50∼250 mg/lアデニン,ヒスチジン,ロイシン,ウラシル
•
4 %パラホルムアルデヒド-0.1 Mリン酸バッファー (Polysciences, Cat # 00380)を5 mlの滅菌水に 0.4 gのパラホルムアルデヒド 懸濁したのち,2∼3滴の5 N NaOHを加え,50∼60℃の温水で温めて溶解す る.溶解後,室温に戻し,5 mlの0.2 Mリン酸バッファー(pH6.0)を加えて 混合する. 0.2 Mリン酸バッファー(pH 6.0) A液: NaH2PO4・H2O ................................................................... 13.9 g/500 ml
注5
ハイブリダイゼーションのバックグラウンドが高い場合には,未反応の標識dUTPを除くために,マイクロスピンカラム Pharmacia S-200 HRなどで精製する.
229
B液: Na2HPO4・12H2O ............................................................. 35.85 g/500 ml A液87.7 mlとB液12.3 mlを混合して,pH 6.0の溶液を作製する. •
PEMS 100 mM PIPES (pH 6.9) 0.1 mM MgCl2 1 mM EGTA 1.2 Mソルビトール
•
プレハイブリダイゼーション溶液 4×SSC 5×Denhardt's溶液 1 mg/ml Bakers yeast tRNA (Sigma, Cat # R8759)
•
ハイブリダイゼーション溶液 プレハイブリダイゼーション溶液80μlにビオチン標識オリゴdTプローブ1 μlを加える(終濃度1 ng/μl).
•
1 % BSA-4×SSC ウシ血清アルブミン (BSA)........................................................................ 1 g 20×SSC ..................................................................................................... 20 ml 滅菌水で100 mlとする.
•
DAPI溶液 4',6-diamidino-2-phenylindole(Sigma, Cat # D9542) 滅菌水に溶解し終濃度0.1μg/mlにする.遮光して-20℃で保存する (注6) .
•
マウント溶液 グリセロール (蛍光分析用)................................................................... 8.5 ml 1× PBS .................................................................................................... 750μl
p-フェニレンジアミン(Aldrich, Cat # 27,515-8) (注7)........................ 10 mg 上記の試薬を混合し,アルミホイルで遮光して,半日から一晩スターラー でかくはんする.pHは約6.0になるはずである.つぎにpHをチェックしな がらcarbonate-bicarbonateバッファーを加え(約20滴程度),pH 8.0にする. 作製した溶液は遮光して-20℃で保存する.長期保存したい場合には-70℃に 保存する. •
carbonate-bicarbonateバッファー A液: 0.2 M anhydrous sodium carbonate 溶液 ............................. 1.06 g/50 ml B液: 0.2 M sodium bicarbonate溶液 ............................................. 0.84 g/50 ml 2 mlのA液と2 mlのB液,および,96 mlの蒸留水を混合し100 mlにする.pH は約9.2になるはずである.
注6
DAPIはDNAに結合する蛍光色素である.
注7
p-フェニレンジアミンはFITCに対する最も有効な退色防止剤である.光に当たると黒く変色する.
230
口絵1 分裂酵母 メhorse-tailモ 期における核と微小管のダイナミズム.染色体と微小管をHoechst33342とGFP-チュー ブリンで二重染色し,10秒ごとに0.5秒ずつ露光した.(a)染色体,(b)微小管,(c)染色体と微小管.本文96ページ参 照.
口絵2 細胞壁合成酵素の阻害剤に対する超感受性.阻止円の大き さが大きいと感受性が高いことを意味し,阻止円の大きさが小さい と耐性を示すことを意味している.本文224ページ参照.
i
口絵3 細胞溶解度の測定.写真で黒くみえているのが青く染色された部分であ る.本文226ページ参照.
口絵4 mRNA核外輸送変異株ptr2およびptr3の三重蛍光染色による解析[3].mRNA核外輸送変異株ptr2およびptr3を 非許容温度(37℃)で2時間培養したのち,オリゴdTプローブ(a,e,i,m),抗フィブリラリン抗体(b,f,j,n), および,DAPI (c,g,k,o) を用いて三重染色し (d,h,l,pはそれらの合成) ,共焦点レーザー走査型顕微鏡 (カー ルツアイスLSM410) を用いて解析した. 核外輸送が阻害されると,mRNAは,ptr2株では核小体領域に (h) ,ptr3 株ではDNA領域に蓄積する (p) .本文240ページ参照.
ii
6.mRNA の細胞内分布およびタンパク質の核移行
ストック試薬 •
50×Denhardt's溶液 BSA ................................................................................................................ 1 g ポリビニルピロリドン(PVP) (分子量360,000)........................................ 1 g Ficoll (分子量400,000).................................................................................. 1 g 滅菌水を加えて100 mlとする.小分けにして-20℃で保存する.
器具・器材 ◆ 恒温水槽 ◆ 回転培養器(BIO CRAFT BC-710) ◆ 位相差顕微鏡(ニコンTMS-14A) ◆ マルチウエルスライド(Polysciences, Cat # 18357) ポリL-リジンによる被覆: 1 mg/mlのポリ-Lリジン (分子量150,000∼300,000, Sigma, Cat #. P1399) 50μl程度を各ウエルに加え,15分後にアスピレーター で吸い取る.滅菌水で1回洗い乾燥する
◆ モイスチャーチャンバー 9 cm径シャーレに厚手のろ紙を敷いたのち,適当量の滅菌水を加えて湿ら す.余分な水は捨てる.スライド置き用の爪楊枝を2本入れておく.
b.実験法(ビオチン標識プローブ使用の場合) (注 8) 1 日目 1 プレート上のコロニーを5 mlのYES液体培地に植え,許容温度 (26℃) で 一晩振とう培養する(注9).
2 日目 1 16時間後におよそ1×107 cells/mlになるように,適当量 (0.1∼0.5 ml)の 前培養液を10 mlのYES液体培地に移す. 2 26℃で一晩振とう培養する.
注8
ジゴキシゲニン標識プローブを使用した場合の実験手順は,文献[6]を参照.また,本手順はKadowakiらの方法[1]を改変し たものである.
注9
温度感受性変異株を解析する場合.
231
1日目
前培養 プレハイブリダイゼ−ション
2日目
本培養 ハイブリダイゼ−ション
3日目
集 菌 4日目
プロ−ブの洗浄
ホルムアルデヒド固定 FITC-アビジン処理 細胞壁消化 三重蛍光染色 スライドへの固着 DAPI染色
一次抗体処理
マウント
二次抗体処理
エタノ−ル脱水
顕微鏡観察
3 日目 1 培養液を非許容温度(37℃)に2時間おく. 2 1.5 mlの培養液をエッペンドルフチューブに移し,5000 rpmで2分間遠心 する. 3 沈殿した酵母細胞を1 mlの新しく調製した4 %パラホルムアルデヒド-0.1 Mリン酸バッファー(pH 6.0) に懸濁する. 4 回転培養器 (たとえば,BIO CRAFT BC-710など) にセットし,ゆるやか に回転させながら室温に1時間おく(注10). 5 微量遠心機で5000 rpm,2分間遠心する.
注10 回転培養器がなければ,静置でもかまわない.
232
6.mRNA の細胞内分布およびタンパク質の核移行
6 沈殿を0.1Mリン酸バッファー (pH 6.0) におだやかに懸濁し,5000 rpm, 2分間遠心する. 7 6)を3回繰返す. 8 1 mg/mlのNovozym 234(Novo Nordisk,または,Sigma, Lysing enzyme from Trichoderma harzianum, Cat # L2265)と0.5 mg/mlのZymolyase 100T (生化学工業Cat # 120493) を溶解した1 mlのPEMSに細胞を懸濁する. 9 37℃の恒温水槽で15∼20分間保温する. 10 位相差顕微鏡で,視野中の8割ぐらいの細胞の細胞壁が消化されたこと を確認する.細胞壁が消化された細胞は暗く見え,未消化の細胞は明る く光って見える.消化しすぎないように注意する. 11 微量遠心機で5000 rpm,2分間,4℃にて遠心する. 12 沈殿した細胞を氷冷したPEMSに懸濁し (注11) ,5000 rpm,2分間,4℃ にて遠心する. 13 ステップ12)を3回繰返す.最後の沈殿を400μl程度のPEMSに懸濁す る. 14 懸濁液50μlを,ポリL-リジンでコート処理したマルチウエルスライド におく. 15 室温に30分間静置する. 16 溶液をアスピレーターで吸い取る.固着しなかった細胞を除くために, 50μl程度の70 %エタノールをウエルに加え,アスピレーターで吸い取 る. 17 70 %エタノール,90 %エタノール,100 %エタノール (関東化学 脱水エ タノールCat # 14599-05)を染色バット(たとえば,井内盛栄堂Cat # 22167-01)に入れ,細胞を固着したスライドを各5分間ずつ,段階的に浸 す. 18 室温にて20分間乾燥させる(注12).
注11 遠心処理中に酵素反応を進行させないため,冷却した溶液を使用することが大切である. 注12 この段階で停止したい場合は,乾燥させたスライド上にカバーグラスをのせてアルミホイルで包み,プラスチックバッ ク内に封入した状態で-70℃に保存する.
233
19 各ウエルに50μl程度のプレハイブリダイゼーション溶液を加え,室温 に30分間おく. 20 プレハイブリダイゼーション溶液をアスピレーターで吸い取り,10μl のハイブリダイゼーション溶液を加える. 21 ウエル中に泡を取り込まないように注意して,カバーグラス (24 mm× 60 mm)を静かにスライドの上にのせる. 22 モイスチャーチャンバーのなかに爪楊枝2本を敷き,その上にスライド を置く.パラフィルムでシールし,42℃の恒温器内に静置する.
4 日目 1 スライドからカバーグラスを取り除く.シャーレに入れた4×SSCにスラ イドごと浸し,42℃に10分間おく.このステップを4回繰返す (注13) . 2 スライドを4×SSCから取り出し,キムワイプでスライド底面をていね いにふく. 3 各ウエルに80μl程度の4×SSC-0.1 % Triton X-100を加え,10秒間おく. アスピレーターで溶液を吸い取る. 4 1 % BSA-4×SSCで1000倍希釈したFITC-アビジン(終濃度2μg/ml, Boehringer Mannheim, Cat # 100-205)を各ウエルに加え,遮光して室温 に30分間おく. 5 4×SSCで各ウエルを10分間ずつ2回洗う. 6 4×SSC-0.1 % Triton X-100で10分間ずつ2回洗う. 7 4×SSCで10分間ずつ2回洗う. 8 0.1μg/mlのDAPI溶液を加え,1分間おく.PBSで1回洗う. 9 アスピレーターでPBSを完全に取り除き,各ウエルにマウント溶液10μ l を加える.泡を取り込まないように注意して,カバーグラス (Matsunami micro cover glass,厚さ0.12∼0.17 mm,24 mm×60 mm)を スライドグラスの上に置く.
注13 蛍光標識プローブを用いた場合には,4×SSCで洗浄後,DAPI染色して直ちに観察できる.
234
6.mRNA の細胞内分布およびタンパク質の核移行
FITC
DAPI
30:
(a)
(b)
42:
(c)
(d)
図6・1 分裂酵母のin situハイブリダ イゼーション[6].30℃で培養した野 生型の分裂酵母に,42℃の熱ショッ クストレスを60分間与え,オリゴdT プローブを用いたin situハイブリダイ ゼーションを行った.(a), (c)はオ リゴdTプローブによる蛍光シグナル を, (b) , (d) は同一視野細胞のDAPI による染色像を示す.
10 カバーグラスからはみ出た余分なマウント溶液をふき取る.透明マニ キュアでカバーグラスをシールし,よく乾燥後,蛍光顕微鏡で観察す る.作製したスライド標本は遮光して-20℃に保存する.蛍光は少しず つ退色するが,1週間程度は観察可能である.
c.実験例 熱ショックストレスが分裂酵母のmRNA核外輸送機構に与える影響について,オリゴdTプローブ を用いたin situハイブリダイゼーションを利用して解析した. 野生型の分裂酵母に,42℃,60分間の熱ショックストレスを与えたのち,in situハイブリダイゼー ションを行った (図6・1) .30℃で培養した通常状態の細胞では,細胞質領域に大部分のmRNAが分 布するが(図6・1 a),42℃の急激な熱ショックを与えた細胞では,細胞質領域のmRNA量が減少 し,かつ,核に非常に強いシグナルが検出された(図6・1 c). このことから,42℃での熱ショックストレスによってmRNAの核から細胞質への輸送が阻害され ることが明らかとなった[6].
6.1.5.In situ ハイブリダイゼーション実験法(出芽酵母の場合) 出芽酵母と分裂酵母では,細胞壁の消化ステップに用いる試薬が異なるだけである.
235
a.準備 試薬 •
ソルビトールバッファー 1.2 Mソルビトール 0.1 Mリン酸バッファー(pH 6.0)
•
Zymolyase 100T溶液 (生化学工業Cat # 120493) を終濃 ソルビトールバッファーにZymolyase 100T 度2 mg/ml になるように懸濁する.
b.実験法 §6.1.4.の3日目,ステップ7)まで同一の操作を行う.培地はYPD培地を使用する.
3 日目 8 ステップ6) の3回目において,懸濁液の細胞濃度を血球計算板で測定す る. 9 5000 rpm,2分間遠心する.沈殿した細胞の終濃度が1×107 cells/mlにな るようにソルビトールバッファーに懸濁する. 10 2μlの2-メルカプトエタノールと20μlの2 mg/ml Zymolyase 100T溶液を 加え,37℃の恒温水槽で15∼20分間保温する. 11 位相差顕微鏡で視野中の8割ぐらいの細胞の細胞壁が消化されたことを 確認する.細胞壁が消化された出芽酵母細胞は暗く見え,未消化の細胞 は明るく光って見える.消化しすぎないように注意する. 12 微量遠心機で5000 rpm,2分間,4℃にて遠心する. 13 沈殿した細胞を氷冷したソルビトールバッファーに懸濁し,5000 rpm, 2分間,4℃にて再度遠心する.この洗浄操作を3回行う.最後の沈殿を 400μl程度のソルビトールバッファーに懸濁する. 以降は,§6.1.4.の3日目,ステップ14)以後と同様にする.
c.実験例 図6・2は,核内低分子量Gタンパク質Ranに対するグアニンヌクレオチド交換因子の遺伝子に変
236
6.mRNA の細胞内分布およびタンパク質の核移行
26℃
(a)
(b)
37℃
(c)
(d)
図6・2 出芽酵母のin situハイブリダイ ゼーション.出芽酵母の温度感受性変 異株prp20を,制限温度(37℃)で2時間 培養後,オリゴdTプローブを用いたin situ ハイブリダイゼーションを行った. (a) ,(c) はオリゴdTプローブによる蛍 光シグナルを, (b) ,(d) は同一視野細 胞のDAPIによる染色像を示す.
異をもつ出芽酵母変異株prp20において,オリゴdTプローブを用いたin situハイブリダイゼーション を行った結果を示す. 許容温度下 (26℃) では,細胞質と核の両方にmRNAが分布する (図6・2 a) .しかし,非許容温度 (37℃)に2時間シフトすると,mRNAが核に蓄積し(図6・2 c) ,Ran GTPaseのGDP結合型からGTP 結合型への変換に関与するPrp20pがmRNAの核外輸送に必須であることが示された.
6.1.6.三重蛍光染色解析 a.はじめに オリゴdTプローブ,抗フィブリラリン (核小体タンパク質) 抗体,および,DAPIを用いて細胞を 三重蛍光染色し,蓄積mRNAの核内における局在部位を正確に同定することが可能である.三重蛍 光染色サンプルの解析には,おのおのの蛍光に適したフィルターとトリプルバンドフィルターを装 着した蛍光顕微鏡を用いるか,撮影した画像の重ね合わせや同時観察が可能な共焦点レーザー走査 顕微鏡,または冷却CCDカメラ画像解析蛍光顕微鏡システムを使用する. 解析に用いる蛍光の選択にあたっては,FITCとローダミンの組合わせは相互の蛍光波長が近接 しているため,観察時に蛍光の混入 (クロストーク) の可能性が生じる.これらの蛍光の組合わせを 多重染色に用いる場合には,シャープな特性をもつバンドパスフィルターの使用が不可欠である.
237
b.準備 試薬 •
抗フィブリラリン抗体(D77) D77抗体は,出芽酵母のフィブリラリン相同タンパク質NOP1を認識する モノクローナル抗体である[7].酵母の核小体領域を特異的に染色する抗体 として優れている.分裂酵母のフィブリラリンタンパク質とも特異的に交 差反応する.抗体を作製した米国フロリダ大学のJohn P. Aris博士から入手 可能である(注14).
•
ウルトラアビジン-Texas Red(Leinco Technologies, Cat # A109,コスモバイ オ(株)取り扱い)
•
ヤギ抗マウスIgG抗体(Cappel, Cat # 55514)
•
PBS-BAG 1×PBS 1 % BSA 0.1 %アジ化ナトリウム 0.5 % cold water fish skin gelatin (Sigma, Cat # G7765) 溶解したのち,孔径0.45μmのフィルターでろ過し,4℃で保存.
機器 ◆ UVレーザー装着の共焦点レーザー走査顕微鏡 (または,画像重ね合わせ 機能をもつ冷却CCDカメラ画像解析蛍光顕微鏡システム)
c.実験法 最初にビオチン標識オリゴdTプローブを用いて,in situハイブリダイゼーションを行う.3日目 までは§6.1.4.と同一の操作を行う.
4 日目 1 スライドからカバーグラスを取り除き,スライドごと4×SSCに浸し, 42℃に10分間おく.このステップを4回繰返す. 2 スライドを4×SSCから取り出し,キムワイプでスライド底面をていね いにふく. 3 各ウエルに80μl程度の4×SSC-0.1 % Triton X-100を加え,10秒間おく.
注14 D77抗体でうまくいかない場合には,A66抗体を使用する.
238
6.mRNA の細胞内分布およびタンパク質の核移行
アスピレーターで溶液を吸い取る. 4 1 % BSA-4×SSCで1000倍希釈したウルトラアビジン-Texas Red (終濃度 20μg/ml) を各ウエルに加え,遮光して室温に30分間おく. 5 4×SSCで10分間,各ウエルを2回洗う. 6 4×SSC-0.1 % Triton X-100で10分間,2回洗う. 7 4×SSCで10分間,2回各ウエルを洗う.各ウエルに80μl程度のPBSBAGを加え,室温に30分間おく. 8 アスピレーターで溶液を吸い取り,PBS-BAGで20倍希釈したD77抗体20 μlを各ウエルに加える.モイスチャーチャンバーに入れ,室温に1時間 おく. 9 溶液をアスピレーターで吸い取ったのち,PBSで10分間ずつ,3回洗 う. 10 FITCを結合させたヤギ抗マウスIgG抗体をPBS-BAGで50倍に希釈し,各 ウエルに加える.遮光したモイスチャーチャンバー内で1時間室温にお く. 11 PBSで各10分ずつ,3回洗う. 12 0.1μg/mlのDAPI溶液を加え,1分間おく.PBSで1回洗う. 13 PBSを完全に吸い取ったのち,各ウエルにマウント溶液10μlを加える. 泡を取り込まないように注意して,カバーグラス (24 mm×60 mm) をス ライドグラスの上に置く. 14 透明マニキュアでカバーグラスをシールし,UVレーザーを装着した共 焦点レーザー走査顕微鏡か,冷却CCDカメラ画像解析蛍光顕微鏡システ ムで観察する.作製したスライドは遮光して-20℃に保存する.
d.実験例 分裂酵母のmRNA核外輸送変異株 (ポリA+ RNA transport) ptr2株とptr3株において,非許容温度下 で培養してmRNA核外輸送を阻害した場合に,mRNAが蓄積する核内部位を三重蛍光染色を用いて 解析した[3] (図6・3).
239
フィブリラン
mRNA
合成
DNA
26℃
(a)
(b)
(c)
(d)
(e)
(f)
(g)
(h)
(i)
(j)
(k)
(l)
(m)
(n)
(o)
(p)
ptr2 株
37℃
26℃
ptr3 株
37℃
図6・3 mRNA核外輸送変異株ptr2およびptr3の三重蛍光染色による解析[3].mRNA核外輸送変異株ptr2およびptr3 を非許容温度 (37℃) で2時間培養したのち,オリゴdTプローブ (a,e,i,m) ,抗フィブリラリン抗体 (b,f,j,n) , および,DAPI (c,g,k,o) を用いて三重染色し (d,h,l,pはそれらの合成) ,共焦点レーザー走査型顕微鏡 (カー (h),ptr3 ルツアイスLSM410)を用いて解析した. 核外輸送が阻害されると,mRNAは,ptr2株では核小体領域に 株ではDNA領域に蓄積する(p).口絵4参照.
26℃で培養したptr2株およびptr3株を非許容温度 (37℃) に2時間シフトし,ビオチン標識オリゴdT プローブ,抗フィブリラリン抗体,およびDAPIを用いた三重染色を行った.その結果,ptr2株では フィブリラリンタンパク質が存在する核小体領域に (図6・3 e∼h) ,ptr3株では転写の行われている DNA領域 (図6・3 m∼p) に,それぞれ輸送されなかったmRNAが蓄積することが示された.この結 果は,これら2種類の変異株がmRNA核外輸送過程の異なるステップに欠損をもつ可能性を示唆し ている.
240
6.mRNA の細胞内分布およびタンパク質の核移行
6.1.7.トラブルシューティング シグナルが観察されない.プローブのビオチンまたはジゴキシゲニンによる標識効率が悪い.作 製したプローブ1μlをバイオダイン膜やニトロセルロース膜にスポットし,DIG Nucleic Acid Detection Kit (Boehringer Mannheim, Cat #. 1175041) などを用いて,効率よく標識されているか調べる. プローブの標識効率が悪ければ再調製する.また,標識オリゴdTプローブを業者に依頼して作製し た場合も,ロットによって標識効率が悪い場合があるので,最初に使用する際に標識効率を調べる か,プローブの濃度を変えたサンプルをいくつか作製し,最も強いシグナルが検出されるプローブ 濃度を決定しておくことが必要である. 細胞壁が消化されない.必ず対数増殖期の細胞を解析に用いる.定常期まで培養した酵母の細胞 壁は酵素消化されにくい. バックグラウンドが高い.脱水処理に用いるエタノールは脱水エタノールを用いる.特級エタ ノール (99.5 %) を用いるとうまくいかない場合があるので,注意が必要である.あるいは,FITCアビジンの濃度が高すぎる.希釈倍率を変えてサンプルを処理し,最も適正な希釈濃度を求める. 使用するFITC-アビジンのメーカーやロットが変わったときには特に注意が必要である. 細胞壁消化後,洗浄中に細胞が壊れる.細胞壁消化後は,ホルムアルデヒド固定されていても細 胞が壊れやすくなっているので,必ず低速で遠心する.微量冷却遠心機を使用する場合は5000 rpm ぐらいが適当である.あるいは,酵素による細胞壁消化時間が長くなりすぎないように注意する. 10分間の保温以降は,数分おきに位相差顕微鏡で観察する.また,消化処理終了後は,必ず冷却し たPEMSを用いて細胞を洗う.室温のPEMSを洗浄に使用したり,遠心処理中の温度が高いと,洗 浄中にも酵素反応が続くので消化しすぎることがある.
6.1.8.おわりに 本節では,エタノール脱水を利用したin situハイブリダイゼーション法を紹介したが,特異的 mRNAを検出するためにcDNAプローブを用いた場合には,Triton X-100で酵母細胞を処理して透過 性を上げる方法[6]が適しているようである.特異的RNAの酵母における検出は,現時点では標的 RNAの発現量に依存しており,場合によっては,強力なプロモーターをもつ多コピープラスミドに 遺伝子を連結し直すなどの工夫が必要で,再現性のある結果を得るために,さらに実験法の改良が 必要である.
241
6.2.電子顕微鏡を用いた in situ ハイブリダイゼーション
6.2.1.はじめに 電子顕微鏡を用いたin situハイブリダイゼーション(electron microscopic in situハイブリダイゼー ション,EM in situハイブリダイゼーション) は,蛍光顕微鏡では観察できない超微細構造レベルに おけるRNAの局在部位解析に使用される.その際,微細構造の保存性と,標的RNAとプローブと のハイブリダイゼーション効率は二律背反的である. 電子顕微鏡解析で用いられる細胞固定液としては,グルタルアルデヒド,ホルムアルデヒド,ア がよく知られている.これらのうち,グル クロレインなどのアルデヒド類と,オスミウム酸 (OsO4) タルアルデヒド単独による固定やオスミウム酸固定は,細胞の超微細構造の保存性はよいが,固定 が強すぎてin situハイブリダイゼーションの用途にはむかない.一方,ホルムアルデヒドは,単量 体なのでグルタルアルデヒドより速く組織に浸透し,核酸の安定化にも効果があるが,タンパク質 などの固定が一部可逆的であり,微細構造の保存性がよくない.EM in situハイブリダイゼーショ ンには,ホルムアルデヒドと低濃度グルタルアルデヒドの混合液による固定が最適である. また,試料の包埋に用いる樹脂の特性も,よい結果を得るために非常に重要である.本プロト コールで用いるLowicryl K4Mは,抗原性の保存がよいことから免疫電子顕微鏡法で一般的に使用 されている極性アクリル-メタクリル樹脂である.低温で360 nmの波長をもつ紫外線を照射して重 合させる.溶液中に酸素が含まれると重合を阻害するので,かくはん時には泡を立てないように注 意する.
6.2.2.準備 試薬 •
0.1 Mリン酸バッファー(pH 6.0)
•
4 % ホルムアルデヒド+0.01 %グルタルアルデヒド溶液 0.4 gのパラホルムアルデヒド (Polysciences, Cat # 00380)を5 mlの滅菌水に 懸濁したのち,2∼3滴の5 N NaOHを加え,50∼60℃の温水で温めて溶解す る.溶解後,室温に戻し,5 mlの0.2 Mリン酸バッファー(pH 6.0) と4μlの 25 %グルタルアルデヒド溶液(Sigma, Grade I, Cat # G5882)を加える.
•
242
0.1 Mリン酸バッファー(pH 6.0)-0.3 Mグリシン
6.mRNA の細胞内分布およびタンパク質の核移行
•
2 % アガロース(電子レンジで融解し,60℃程度に冷ます)
•
Lowicryl K4M (Polysciences, Cat # 15923) (注15) 下記の試薬を泡を立てないようにおだやかに混合する. Crosslinker A ............................................................................................. 2.70 g Monomer B .............................................................................................. 17.30 g Initiator C .................................................................................................. 0.10 g
•
ハイブリダイゼーション溶液 2×SSC 1.4 % BSA 10 mM vanadyl-ribonucleotide complex 1 % dextran sulfate 15 ng/μlジゴキシゲニン標識オリゴdT(50)プローブ (注16)
•
TBSTバッファー 20 mM Tris-HCl (pH 7.6) 150 mM NaCl 20 mMアジ化ナトリウム 1 % Tween 20
•
PBSS 1×PBS 1 % normal goat serum
器具・器材 ◆ 300メッシュゴールドグリッド(Polysciences) ◆ 波長360 nm UVランプ ◆ ウルトラミクロトーム(Reichert-Jung, Ultracut E) ◆ 透過型電子顕微鏡(Hitachi H-7000)
6.2.3.実験法(分裂酵母の場合) 1 日目 1 寒天プレート上の変異株コロニーを5 mlのYES液体培地に植え,26℃で 一晩振とう培養する(注17). 注15 Lowicryl resinは毒性があるので,取り扱いはゴム手袋を着用して行い,皮膚に触れないように注意する.必要に応じて 真空ポンプで脱気して使用する. 注16 調製法は§6.1.3.を参照. 注17 高温感受性変異株の場合.
243
2 日目 1 16時間後におよそ1×107 cells/mlになるように,適当量 (0.1∼0.5 ml) の 前培養液を10 mlのYES液体培地に移す. 2 26℃で一晩振とう培養する.
3 日目 1 培養液を制限温度で適当な時間保温する. 2 培養液を遠心チューブに移し,高速冷却遠心機 (スイングローター使用) にて,2500 rpm,5分間遠心する. 3 沈殿した酵母細胞を0.1 Mリン酸バッファー(pH 6.0) で洗う.
1日目
2日目
3日目
前培養 4日目
紫外線照射による重合
5∼9 日目
紫外線照射による重合
本培養
集 菌 10日目 ホルムアルデヒト− グルタルアルデヒド固定
細胞壁消化
ハイブリダイゼ−ション
11日目
アガロ−スへの包埋
エタノ−ル脱水
細胞へのLowicryl K4M 浸透
2×SSC処理
プロ−ブの洗浄
抗ジゴキシン抗体処理
12日目
金コロイド標識抗マウス lgG抗体処理
酢酸ウラン-クエン酸鉛染色
透過型電子顕微鏡観察
244
6.mRNA の細胞内分布およびタンパク質の核移行
4 細胞を5 mlの新しく調製した4 % ホルムアルデヒド+0.01 %グルタルア ルデヒド溶液に懸濁する. 5 回転培養器にセットし,おだやかに回転させながら,室温で1時間固定 する. 6 高速冷却遠心機で,2500 rpm,5分間遠心する. 7 細胞を10 mlの0.1 Mリン酸バッファー(pH 6.0) -0.3 Mグリシンにおだや かに懸濁し,5分間室温においたのち,5000 rpm,5分間遠心する.この 操作を3回行う. 8 細胞を0.5 mg/mlのNovozym 234(Novo Nordisk,または,Sigma, Lysing enzyme from Trichoderma harzianum, Cat # L2265) とZymolyase 100T (生化 学工業,Cat # 120493) を添加した2 mlのPEMSに懸濁する.懸濁液をエッ ペンドルフチューブに移す. 9 37℃の恒温水槽で15∼20分間保温する. 10 位相差顕微鏡で視野中の8割ぐらいの細胞の細胞壁が消化されたことを 確認する.細胞壁が消化された細胞は暗く見える.消化しすぎないよう に注意する. 11 微量遠心機で5000 rpm,2分間,4℃にて遠心する. 12 沈殿した細胞を氷冷したPEMSに懸濁し,5000 rpm,2分間,4℃にて遠 心する.PEMSによる洗浄操作を3回行う. 13 溶解後,60℃程度に冷ました0.5 mlの2 %アガロースを加え,ボルテッ クスにかける.ただちに8000 rpm,2分間遠心する. 14 氷上で冷却し,アガロースを固化させる. 15 チューブからアガロースを取り出し,先端の細胞塊をかみそりを用いて 1 mm3程度のさいの目に切る. 16 細胞塊ブロックをエッペンドルフチューブに移し,1 mlの50 %エタノー ルを加える.4℃に45分間おく. 17 パスツールピペットで50 %エタノールを取り除き,代わりに-20℃に冷 却した70 %エタノールを加える.-20℃に60分間おく.
245
18 -20℃に冷却した90 %エタノール,100 %エタノールに順次置き換える. それぞれ,-20℃に60分間おく.100 %エタノール処理は2回行う. 19 Lowicryl K4M-エタノール (1:1) 混合液に換え,小型回転培養器でゆっ くりと回転させながら-20℃に60分間おく(注18). 20 Lowicryl K4M-エタノール(2:1)混合液に換え,-20℃に60分間おく. 21 Lowicryl K4Mに換え,-20℃に60分間おく.再度新しいLowicryl K4Mに 換えて,小型回転培養器でゆっくりと回転させながら-20℃に一晩お く.
4 日目 1 新しいLowicryl K4Mに換えて,小型回転培養器でゆっくりと回転させな がら-20℃に24時間おく.
5 日目 1 新しいLowicryl K4Mに換えたのち,中身をチューブからBEEMカプセル (Polysciences, サイズ3, Cat # 00336),または,ゼラチンカプセル (Polysciences, サイズ3, Cat # 07348) へ移す.微量遠心機で,5000 rpmに て2分間遠心する. 2 沈殿を乱さないようにして,新しいLowicryl K4Mと換える.キャップを 閉め,波長360 nmのUVランプで照射しながら-35℃に2日間おいて, Lowicryl K4Mを重合させる.
7 日目 1 さらに室温にて,3日間紫外線照射による重合を続ける.
10 日目 1 固化したサンプルを取り出し,適宜トリミングしたのち,ダイヤモンド ナイフを装着したウルトラミクロトームを用いて厚さ80 nm程度の超薄 切片を作製する.作製した超薄切片は300メッシュのゴールドグリッド にすくいあげ,メッシュ上にのせる.
注18 -20℃の冷凍庫に小型回転培養器を持ち込んで行う.
246
6.mRNA の細胞内分布およびタンパク質の核移行
2 シャーレにパラフィルムを敷き,その上に100μlの2×SSCをおく.ゴー ルドグリッドを切片ののった面を下にして,静かに浮かべる. 3 70℃に30分間おく. 4 30μlのハイブリダイゼーション溶液上にゴールドグリッドを移す. シャーレで作製したモイスチャーチャンバーに入れ,37℃に20時間お く.
11 日目 1 パラフィルム上に,2×SSC,1×SSC,滅菌水を各200μlおく.その上 に,ゴールドグリッドを切片ののった面を下にした状態で順次浮かべ て,10分間ずつ洗う.2×SSCでの洗いは2回行う. 2 1000倍希釈したマウス抗ジゴキシンモノクローナル抗体(Sigma, Cat # D8156)を含むPBSSにゴールドグリッドを移し,4℃に一晩おく.
12 日目 1 ゴールドグリッドをTBSTバッファーで10分間,3回洗う. 2 ゴールドグリッドを直径1 5 n m 金コロイド標識抗マウスI g G 抗体 (Amersham, Cat # RPN444) を含むTBST溶液に移し,室温に60分間おく. 3 TBSTと滅菌水で各10分間ずつ洗い,乾燥する. 4 切片を酢酸ウランで10分間,0.2 %クエン酸鉛で2分間染色する. 5 透過型電子顕微鏡で切片を観察する(注19).
6.2.4.実験例 野生型分裂酵母に急激な熱ショックストレスを与えると,核から細胞質へのmRNA輸送が阻害さ れる.輸送されなかったmRNAの核内での蓄積部位と,熱ショックストレスによる核の微細構造変 化との関連を解析するため,ジゴキシゲニン標識オリゴdT (50) プローブを用いてEM in situハイブ リダイゼーションを行った[6].
注19 切片の染色法や透過型電子顕微鏡による観察の詳細については,本書他章および文献[8]を参照.
247
(a)
(b)
図6・4 EM in situハイブリダイゼーション[6].30℃で培養した野生型分裂酵母 (a) と,42℃の熱ショックストレス を60分間与えた野生型分裂酵母(b)の超薄切片を用いて,EM in situハイブリダイゼーションを行った.熱ショッ ク処理細胞では,核小体領域に現れた電子密度の高い顆粒状構造体付近にmRNAが蓄積している (はめ込み図,矢 印).Cyt: 細胞質,Chr: 染色体領域,No: 核小体.
30℃で培養した分裂酵母に,42℃での熱ショックストレスを60分間与えたのち,上記プロトコー ルに従いEM in situハイブリダイゼーションを行った(図6・4) .30℃で培養した通常条件下の分裂 酵母では,ハイブリダイズしたシグナルが核と細胞質の両方にほぼ均等に検出される (図6・4 a) . 一方,熱ショックストレスを与えた細胞では,核小体が断片化し,熱ショック処理の結果核小体領 域に新たに出現する電子密度の非常に高い顆粒状構造体 (矢印) 付近にmRNAシグナルが多数検出さ れた (図6・4 b) .核小体以外の核内領域や細胞質領域にはシグナルはほとんど検出されなかった. これらの結果から,酵母の核小体が,単にrRNAの転写やプレリボソームの組立てといった機能 だけでなく,mRNAの核・細胞質間輸送機構においてもなんらかの役割を担っている可能性が示唆 された.ある種のmRNAは,少なくとも酵母において,細胞質へと輸送される過程で核小体を経由 するか,または,核小体に存在する因子と一時的に相互作用することが必要であるのかもしれない.
6.2.5.トラブルシューティング 樹脂がうまく固化しない.試薬を混合する際に,泡を立てないようにおだやかにかくはんする. あるいは,重合時の温度が低すぎる.ドライアイスを用いて冷却すると,-50℃以下になるので重 合が阻害される.-35℃フリーザーの使用が望ましい. シグナルのバックグラウンドが高い.ハイブリダイゼーション後の洗いの回数を増やす.抗ジゴ キシン抗体や金コロイド標識抗マウスIgG抗体の最適な希釈率を求める. 超薄切片がうまく作製できない.高品質の超薄切片作製には,相当の経験を要する.Lowicryl K4Mは,ほかの樹脂に比べ,超薄切片の作製がややむずかしい.切片の作製だけは熟練した電子顕 微鏡研究者に依頼するほうが無難である.
248
6.mRNA の細胞内分布およびタンパク質の核移行
6.2.5.おわりに EM in situハイブリダイゼーションは,細胞内微細構造の形態変化とRNA動態との関係を解析す る際に非常に有効な手段となる.蛍光顕微鏡のみを用いた解析では得られない細胞内構造に関する 情報が得られるため,一般的な実験法として今後使用される機会が多くなると思われる.
6.3.タンパク質の核移行解析
6.3.1.はじめに 核膜を隔てて行われる核と細胞質間のRNAやタンパク質の能動的な輸送には,核内から細胞質 への輸送,細胞質から核内への輸送,および,核から細胞質,細胞質から核へと往復的に輸送が行 われる場合 (shuttling) がある.出芽酵母においては,核局在化シグナル (Nuclear Localizaiton Signal, NLS)を連結したGFPタンパク質を用いて,タンパク質の核移行過程を解析する系が報告されてい る[9].最近,筆者らは同様な手法で,分裂酵母においてタンパク質の核移行過程を解析する系を確 立したので紹介する.
6.3.2.原理 核・細胞質間のすべての物質輸送は,核膜孔を介して行われる.核膜孔は直径約9 nmの水溶性 の孔をもつため,分子量が40 kDa程度までのタンパク質は拡散により通過が可能である.一方,オ ワンクラゲ由来の蛍光タンパク質GFP (green fluorescent protein) は,発光のために基質を要しないの で,レポータータンパク質として優れた性質をもつ.SV40やヌクレオプラスミン由来の核局在化 シグナル (NLS) を連結したGFP (分子量約27 kDa) は,酵母においてもインポーチンα/βを介した輸 送系によって核内へと輸送される(文献[9],渋谷と谷 未発表). NLS-GFP融合タンパク質を発現するプラスミドを,解析したい株に導入し,GFPの蛍光をマー カーとしてタンパク質の核移行過程を解析することが可能である.しかし,酵母における一般的な 非許容温度である37℃付近で産生されたGFPは,蛍光が極めて微弱となる欠点がある.そこで,本 プロトコールでは,まず26℃でNLS-GFP融合タンパク質を産生させたのち,阻害剤を加えて代謝を 阻害し,自由拡散によってNLS-GFP融合タンパク質をいったん細胞質へと拡散させる.そののち, 阻害剤を除去して核移行反応を再開させ,制限温度下におけるタンパク質の核への輸送過程を解析 する. 249
6.3.3.準備 菌株 ◆ レポータープラスミド(pREP-NLS-GFP)をもつ変異株 pREP-NLS-GFP(注20) は,チアミン(ビタミンB1)の存在下で発現が抑制さ れるnmt1プロモーターの下流に,Xenopus laevisヌクレオプラスミン由来の [10] 両極性型NLS (16アミノ酸) とEGFP遺伝子 (Clontech) を連結したプラスミ
ドである (図6・5) .ロイシン要求性のマーカーをもつ分裂酵母変異株に, 酢酸リチウム法[11]を用いて導入する.
試薬 •
チアミン添加MM培地(注21) MM培地をオートクレーブ後,60℃程度に冷却してから,ろ過滅菌した10 mg/mlチアミン保存溶液を1/1000量加える.
•
グルコース無添加MM培地 MM培地からグルコースを省く.
•
1 Mアジ化ナトリウム
•
1 M 2-デオキシ-D-グルコース
Hin dⅢ0/9.70kb
LEU2
nmt1プロモーター SalⅠ1.20 SacⅡ3.10 NLS
Hin dⅢ7.50
EGFP
pREP-NLS-GFP 9.70kb
nmt1 ポリA
EcoRⅠ3.10 pUC119
ars1
EcoRⅠ4.30
図6・5 pREP-NLS-GFPプラスミドの構造.
注20 入手連絡先は,九州大学理学部生物学科 谷 時雄(E-mail:
[email protected]) . 注21 MM培地の組成は,文献[12]を参照.
250
6.mRNA の細胞内分布およびタンパク質の核移行
6.3.4.実験法(温度感受性変異株解析の場合) 1 日目 1 pREP-NLS-GFPをもつ菌株を,5 mlのチアミン添加(10μg/ml) MM培地 に植え,26℃で一晩振とう培養する.
2 日目 1 前培養液を2500 rpm,5分間遠心し,滅菌水で1回洗う.沈殿した細胞を チアミン無添加MM培地5 mlに懸濁する. 2 0.5 mlの懸濁液をチアミン無添加MM培地10 mlに移し,26℃で14時間振 とう培養する(注22).
1日目
チアミン添加培地での培養
洗 浄
2日目
アジ化ナトリウム/ デオキシグルコ−ス処理 (NLS-GFP融合タンパク質の 細胞質への拡散)
チアミン無添加培地へ移す (発現の誘導) 集 菌
3日目
許容/非許容温度での前培養 MM培地への懸濁
集 菌 許容および非許容温度における 核移行観察
注22 nmt1プロモーターは,チアミン無添加培地に移したのち,およそ12時間後から発現する.
251
3 日目 1 培養液の半分を制限温度(37℃)に移し,1∼4時間培養する(注23). 2 26℃および37℃で培養した培養液を,高速冷却遠心機(スイングロー ター使用) にて2500 rpm,5分間遠心し,1 mlの滅菌水に懸濁する.微量 遠心チューブに懸濁液を移す. 3 微量遠心機にて7000 rpm,2分間遠心し,1 mlのグルコース無添加MM 培地に再懸濁する.10μlの1 Mアジ化ナトリウムと10μlの1 M 2-デオ キシ-D-グルコースをそれぞれ懸濁液に加え,よく混合して26℃または 37℃に60分間おく.サンプルの一部をとり,FITC用フィルターを装着 した蛍光顕微鏡で観察し,大部分の細胞でNLS-GFP融合タンパク質が細 胞質へと拡散していることを確認する. 4 4℃,7000 rpm,30秒間遠心する(注24). 5 細胞を26℃または37℃のMM培地に懸濁し,それぞれの温度のウォー ターバスに移してNLS-GFP融合タンパク質の核移行を開始させる. 6 懸濁液の一部を経時的にとり,蛍光顕微鏡を用いてNLS-GFP融合タンパ ク質の分布を観察する.
6.3.5.実験例 分裂酵母のmRNA核外輸送温度感受性変異株ptr7において,制限温度下でタンパク質の細胞質か ら核への輸送に欠損を示すかどうか,上記プロトコールに従い解析した. その結果,ptr7株を制限温度下で培養すると,mRNAの核外輸送に加えて,NLS-GFP融合タンパ ク質の核内への移行も阻害されることが判明した (図6・6) .このことから,Ptr7pタンパク質が, mRNAの核内から細胞質への輸送だけでなく,タンパク質の細胞質から核内への輸送過程にも関与 する因子であることが示された.
注23 制限温度下に移すと短時間で変異の表現型が現れる株については,制限温度における前培養は必要ない. 注24 室温での洗浄手順を追加すると,そのあいだにもNLS-GFP融合タンパク質の核移行が起こるので注意する.
252
6.mRNA の細胞内分布およびタンパク質の核移行
ptr7 株
野生型
26゜ C前培養 (a)
(d)
アジ化ナトリウム/ デオキシグルコース 処理 (b)
(e)
(c)
(f)
核移行解析 (37゜ C)
図6・6 タンパク質の核移行解析. NLS-GFP融合タンパク質は,26℃で は核に移行する(a,d).細胞をアジ 化ナトリウム/デオキシグルコース で処理すると,代謝が阻害されて, 核内に存在していたNLS-GFP融合タ ンパク質が細胞質へと拡散する (b,e) . つぎに,阻害剤を除去して核移行反 応を再開させると,NLS-GFP融合タ ンパク質は,野生型分裂酵母では再 び核に移行するが(c),ptr7株では核 に移行せず細胞質に拡散したままと なる(f).
6.3.6.おわりに 本手法を用いると,タンパク質の核移行プロセスを,生きた細胞を用いて解析可能である.目的 遺伝子の変異がタンパク質の核移行過程に及ぼす影響を,種々の条件下においてリアルタイムで観 察しうる利点をもつので,さまざまな応用が可能であると思われる. 本章で紹介した核移行解析に用いたプラスミドの構築と条件検討は,九州大学大学院理学研究科 分子遺伝学講座 大学院生の渋谷利治君によってなされた.
参考文献 1.Kadowaki T, Chen S, Hitomi M, Jacobs E, Kumagai C, Liang S, Schneiter R, Singleton D, Wisniewska J, Tartakoff AM (1994)Isolation and characterization of Saccharomyces cerevisiae mRNA transport-defective(mtr) mutants. J. Cell Biol. 126: 649-659 2.Amberg DC, Goldstein A, Cole CN (1992) Isolation and characterization of RAT1: an essential gene of Saccharomyces cerevisiae required for the efficient nucleocytoplasmic trafficking of mRNA. Gene Dev. 6: 1173-1189 3.Azad AK, Tani T, Shiki N, Tsuneyoshi S, Urushiyama S, Ohshima Y (1997) Isolation and molecular characterization of mRNA transport mutants in Schizosaccharomyces pombe. Mol. Biol. Cell 8: 825-841 4.Santiago TC, Purvis IJ, Bettany AJE, Brown AJP (1986) The relationship between mRNA stability and length in Saccharomyces cerevisiae. Nucl. Acids Res. 14: 8347-8360 5.Herrick D, Parker R, Jacobson A(1990) Identification and comparison of stable and unstable mRNAs in Sac253
charomyces cerevisiae. Mol. Cell. Biol. 10: 2269-2284 6.Tani T, Derby RJ, Hiraoka Y, Spector DL (1995)Nucleolar accumulation of poly(A)+ RNA in heat-shocked yeast cells: Implication of nucleolar involvement in mRNA transport. Mol. Biol. Cell 6: 1515-1534 7.Aris JP, Blobel G (1988)Identification and characterization of a yeast nucleolar protein that is similar to a rat liver nucleolar protein. J.Cell Biol. 107: 17-31 8.Hayat MA (1986)Basic techniques for transmission electron microscopy. Academic Press, London 9.Shulga N, Roberts P, Gu Z, Spitz L, Tabb MM, Nomura M, Goldfarb DS (1996) In vivo nuclear transport kinetics in Saccharomyces cerevisiae: a role for heat shock protein 70 during targeting and translocation. J. Cell Biol. 135: 329-339 10.Dingwall C, Laskey RA (1991) Nuclear targeting sequences - a consensus? Trends Biochem. Sci. 16: 478-481 11.Okazaki K, Okazaki N, Kume S, Jinno K, Tanaka K, Okayama H (1990) High-frequency transformation method and library transducing vectors for cloning mammalian cDNAs by trans-complementation of Schizosccharomyces pombe. Nucl. Acids Res. 18: 6485-6489 12.Alfa C, Fantes P, Hyams J, Mcleod M, Warbrick E (1993) Experiments with fission yeast. Cold Spring Harbor Laboratory Press, New York
254
Ⅴ.細胞増殖機構の解析
1.細胞周期
1.1.出芽酵母
東江昭夫
1.1.1.同調培養法 細胞周期の研究では,特定の時期の細胞を集めて実験材料とすることがしばしば必要となる.こ のようなときに同調培養を行う.出芽酵母の細胞周期を同調させる方法として,薬剤処理により細 胞の増殖を特定の時期に止めることや,同じサイズの細胞を集めることなどが行われている.ここ では,特殊な装置を必要としない同調培養法を試みる.
a.α - ファクター処理による同調培養 α-ファクターはMATa型細胞に作用して,G1後期で細胞周期を停止させる.この方法で調製し た細胞は芽をもたず,洋梨形の細胞形態(シュムーという)を示す.
準備 •
α-ファクターストック溶液(1 mg/ml)
•
5 %コハク酸(培養液のpHを4.0に下げてα-ファクターの分解を防ぐために 用いる)
実験法 1 MATa型W303細胞の一晩培養液を0.25 mlとり,5 mlの新鮮なYPD培地 に加え(約107 cells/ml),25℃で3時間振とう培養する. 2 α-ファクターを終濃度40 mg/mlになるように加え,さらに0.5 mlの5 % コハク酸を加える. 3 ときどき (30分ごと) サンプリングして顕微鏡観察を行い,芽をもたない 細胞の割合をチェックしながら,3∼4時間振とう培養を続ける. 4 芽をもたない細胞の割合が増加しなくなったら,遠心(卓上遠心機, 3000 rpm,2分間) により細胞を集め,5 mlのYPD培地で3回洗浄し,αファクターを除く.
257
MATa型細胞を培養 3∼4時間振とう培養 α-ファクタ−を加える 洗浄してα-ファクタ−を除く コハク酸を加える 細胞を培地に懸濁し,振とう培養を続ける
100
(%)
80 60 40 20 0
0
60
120 180 (分)
240
図1・1 α-ファクター処理による同調培養.芽をもたない細胞 (□) , 大きな芽をもつ細胞 (■).
5 細胞を5 mlのYPD培地に懸濁し,振とう培養を続ける. 6 15分ごとに少量の培養液をとり,ホルマリン固定する.サンプリングが おわったら,顕微鏡下で芽をもたない細胞の数を計数する(図1・1). α-ファクターを用いて同調培養をつくるときには,MATa細胞を使わなければならない.α-ファ クターは高価なので,できるだけ使用量を少なくする工夫が必要である.bar1株はα-ファクターを 分解するプロテアーゼを欠損しているため,α-ファクターに高感受性を示す.大量の同調培養を つくるときにはbar1株の使用が有効である.出芽酵母の細胞は母娘でサイズが異なり,母細胞の方 が早く出芽するため,同調培養を何サイクルも維持することはむずかしい.
258
1.細胞周期
b.ヒドロキシ尿素処理による同調培養 ヒドロキシ尿素 (HU) は,リボヌクレオチドレダクターゼを阻害することにより細胞周期をS期で 停止させる.
準備 •
ヒドロキシ尿素ストック溶液(1 M)
実験法 1 W303株の一晩培養液を0.25 mlとり,5 mlのYPD培地に植菌する.25℃ で3時間振とう培養し,対数増殖期の培養をつくる. 2 ヒドロキシ尿素ストック溶液を0.5 ml加えて振とう培養を続ける.とき どき培養の一部をとり,細胞の形態を観察する.約3時間後,ほぼすべ ての細胞が大きな芽をもった亜鈴型の細胞になる. 3 細胞を集菌し,YPD培地で3回洗浄してヒドロキシ尿素を除く. 4 細胞を5 mlのYPD培地に懸濁して培養を続ける.
c.その他の同調培養法 チューブリン重合阻害剤ノコダゾール処理により,M期で増殖を停止した細胞を得ることができ る.また,細胞周期突然変異体,たとえば,M期アレストするcdc15変異体やG1アレストするcdc28-
対数増殖期の培養
ヒドロキシ尿素を加えて振とう培養を続ける
洗浄してヒドロキシ尿素を除く
細胞を培地に懸濁し,培養を続ける
259
4変異体を制限温度にさらすことにより,所定の時期にいったんアレストし,そののち許容温度に 戻すことで同調培養をつくることができる. 薬剤処理により同調培養をつくる際,使用する菌株によって薬剤に対する感受性が異なることが あるので,予備実験により適当な濃度を調べておく.薬剤を用いることの欠点は,薬剤処理によっ て細胞にストレスを与えてしまうことである.エルトリエーターを用いて,対数増殖期の細胞集団 から所定のサイズの細胞を集めて同調培養をつくると,薬剤処理によるのストレスの問題は避ける ことができる.
d.同調培養による遺伝子発現の周期性の観察 準備 ◆ α-ファクター処理による同調培養に用いた材料 ◆ RNA抽出に必要な試薬・器具 ◆ アガロースゲル電気泳動装置一式 ◆ ノーザンブロットに必要な試薬・器具 ◆ CLN1遺伝子,CLB2遺伝子,およびLEU2遺伝子を認識するプローブ
実験法 1 α-ファクターでアレストした1リットルのYPD培地での培養(106 cells/ ml) の細胞を集菌・洗浄し,新しいYPD培地1リットルに懸濁し,25℃で 振とう培養する. 2 20分ごとに50 mlをサンプリングし,RNAを抽出する. 3 一定量のRNAを1 %アガロースゲル電気泳動で分離し,ナイロンメンブ レンに移す. 4 プローブを用いて転写物を検出する(図1・2). 集菌した菌体からタンパク質を抽出し,SDS-PAGEにより分離後,調べたいタンパク質に対する 抗体を用いてウエスタンブロッティングすることで,細胞周期中のそのタンパク質の変動を追うこ とができる.
260
1.細胞周期
100 80 (%)
60 40 20 0
0
40
80
120
160
200
(時間) CLN1 CLB2 図1・2 同調培養における周期的な転写.芽をもたない細胞(■), 小さな芽をもつ細胞 (○),大きな芽をもつ細胞 (□).
LEU2
1.1.2.FACS 分析 細胞内DNAを蛍光色素で染色し,細胞当たりの蛍光量を観測することにより細胞内DNA量を推 定できる.適当な機器を用いれば,細胞の蛍光量を計測し,その結果を集計して,各蛍光量につい て細胞の頻度分布をプリントアウトすることができる.細胞内のDNA量は細胞周期の進行をモニ ターするうえで重要なデータであるので,FACS分析は細胞周期研究の分野で頻繁に用いられる.
a.ランダム培養の FACS 分析 準備 •
特級エタノール
•
70 %エタノール
•
0.2 M Tris-HClバッファー(pH 7.5)
•
Na-PI溶液 ヨウ化プロピジウム (PI)....................................................................... 50 mg クエン酸ナトリウム .................................................................................... 1 g NaCl ........................................................................................................... 0.58 g 1000 mlの滅菌水に溶解する
•
RNaseA (20 mg/ml)
•
Bekton Dickinson FACScan
261
実験法 1 野生型KA31株の25℃と37℃における対数増殖期の培養,および,温度 感受性Δles1株J34の25℃における培養と37℃にシフト後4時間の培養1 ml(それぞれ107 cell/ml)から集菌する(3000 rpm,2分間). 2 1 mlの0.2 M Tris-HClバッファー(pH 7.5)で1回洗浄後,300μlの0.2 M Tris-HClバッファー(pH 7.5)に懸濁し,さらに700μlの氷冷エタノール を加えて,-20℃,一晩固定する. 3 遠心で細胞を集め,1 mlの0.2 M Tris-HClバッファー (pH 7.5) で1回洗浄 したのち,細胞を500μlの0.2 M Tris-HClバッファー(pH 7.5)に懸濁す る. 4 25μlのRNaseA溶液を加えて,37℃で一晩保温する. 5 遠心で細胞を集め,1 mlの0.2 M Tris-HClバッファー (pH 7.5) で1回洗浄 したのち,細胞を100μlのNa-PI溶液に懸濁し,さらに,10μlの2 mg/ml ヨウ化プロピジウムを加えて,室温に30分間おく. 6 900μlの0.2 M Tris-HClバッファー (pH 7.5) と10μlの2 mg/mlヨウ化プロ ピジウムを加えたのち,ソニケーションにより細胞を分散させ,測定の ためのサンプルとする(図1・3). 1C (G1期の細胞) と2C(G2期,M期の細胞) が二つのピークとして,また,両ピークの間にS期の
J34株(Δles1)
37℃
細胞数
25℃
野生株(KA31a)
蛍光量(DNA含量)
262
図1・3 対数増殖期のランダム培養の FACScan分析.(a)α-ファクターによ るアレスト. (b) ヒドロキシ尿素による アレスト.
1.細胞周期
細胞が表されている.ピークは,それぞれの時期にいる細胞の頻度と考えてよい.KA31株は25℃ でも37℃でも同じパターンを示し,1Cの細胞が2Cの細胞より多い.J34株の25℃におけるパターン はKA31株のものとほぼ同じである.一方,制限温度37℃で4時間処理したJ34株では2Cの細胞が多 くなっている.この結果は,制限温度でJ34株は,G2/M期で増殖を停止することを示している.
b.同調培養の FACS 分析 同調培養とFACS分析を組合わせることにより,アレスト解除後に,どのような時間経過でDNA の複製が進むかに関する情報を得ることができる.
実験法 1 α-ファクターあるいはヒドロキシ尿素で同調した培養のアレストを解 除し,10 mlのYPD培地に懸濁して,37℃で振とう培養する. 2 1時間ごとに1 mlサンプリングし,固定・染色する. 3 FACScanにより各蛍光量の度数分布をとる(図1・4) . α-ファクターでアレストした細胞は,ほとんど1Cのピークに収束している.α-ファクターを 除去して増殖を開始させると,ピークは1Cと2Cのピークの中間,さらに,2Cへと移動し,再び1C のピークが現れる.6時間後の1Cと2Cのピークの比は,ランダム培養のものと同じになる.温度感 受性変異nin1-1株YK109株は,α-ファクターでG1期にアレストされる.α-ファクターからの解除 後,37℃で培養を続けたときのFACSのパターンは,野生型W303株のものとは違って,1Cのピーク は2C側に移動しない.この結果から,nin1-1変異株はG1期からS期への移行ができないということ がわかる. ヒドロキシ尿素はS期で細胞をアレストする.0時間目のサンプルのピークは,S期の細胞のもの
(a)α-ファクター 1N
6 5 4 3 2 1 0
1N 2N
(時間)
(時間)
1N 2N
(b)ヒドロキシ尿素
野生株
nin1-1株
1N 2N
6 5 4 3 2 1 0 野生株
nin1-1株
図1・4 α-ファクター処理による同調培 養のFACScan分析.
263
に相当する.野生型W303株では,アレスト解除後,ピークは2Cに移行していき,さらにそのの ち,1Cのピークが現れてくる.一方,温度感受性変異nin1-1株YK109株では,アレストから解除 後,ピークはゆっくりと2Cへ移動し,時間とともに2Cのピークは大きくなるが1Cは現れてこな い.この結果は,nin1-1変異株はG2/M期にも欠損をもつことを示している.
トラブルシューティング FACSの装置に入れるサンプル中の細胞を分散させておく. ソニケーションによって細胞を破壊しないように注意する. 細胞の形態が著しく変化するような変異体は,この解析法にはむかない. 装置に入れるまえのサンプルを顕微鏡観察しておくとよい.
1.1.3.サイクリン依存性プロテインキナーゼの活性測定 Cdc28キナーゼは,出芽酵母の細胞周期制御にかかわる主要なプロテインキナーゼである.パー トナーとなるサイクリンは,G1サイクリンが3種 (Cln1,Cln2,Cln3) ,B型サイクリンが6種 (Clb1 ∼Clb6) 知られている.Cdc28タンパク質は,これらのサイクリンと時期特異的に複合体を形成し, 細胞周期進行のメインエンジンとしてはたらいている. 細胞内には多くの種類のプロテインキナーゼがある.したがって,Cdc28キナーゼの活性を測定 するときには,Cdc28キナーゼをほかのプロテインキナーゼから分離しなければならない.
準備 YK155株(MATa nin1-1 CDC28-myc-URA3 leu2 his3 trp1 ura3) YK157株(MATa CDC28-myc-URA3 leu2 his3 trp1 ura3) lysisバッファー I: 50 mM Tris-HCl (pH 7.5) -1 %デオキシコール酸ナトリウ ム-1 % Triton X-100-0.1 % SDS-1 mMピロリン酸ナトリウム lysisバッファー II: lysisバッファー I+1μg/mlアンチパイン+1μg/mlアプロ チニン+1μg/mlロイペプチン+1μg/mlペプスタチンA+1 mM PMSF RIPAバッファー: lysisバッファー I+150 mM NaCl 反応バッファー: 20 mM Tris-HCl (pH 7.5)-7.5 mM MgCl2 ヒストンH1(Sigma) [γ-32P]ATP (3000 mCi/mmol) ガラスビーズ (直径0.5 mm) 酸で洗浄したもの 抗Mycモノクローナル抗体 (9E10) プロテインA-Sepharoseビーズ (Pharmacia)
264
1.細胞周期
SDS-PAGE装置一式 オートラジオグラフィー装置一式
実験法 細胞抽出液の調製 1 対数増殖期(107 cells/ml)のYK155株とYK157株を37℃にシフトし,0, 2,4時間後の細胞を集菌する(3000 rpm,2分間). 2 lysisバッファー Iで1回洗浄する.以後の操作は4℃あるいは氷上で行う. 3 細胞を遠心で集め,30μlのlysisバッファー IIに懸濁する. 4 30μlのガラスビーズを加えて,5分間激しくかくはんする. 5 320μlのlysisバッファー Iを加えて,15,000 rpm,15分間,ミクロフュー ジで遠心後,上清をとる.
Cdc28 キナーゼの活性測定 1 細胞抽出液の総タンパク質量300μgの細胞抽出液 (300μl) に10μlの0.1 μg/μl抗Myc抗体(PBS溶液)を加え,4℃で2時間ゆっくり混ぜる.
細胞抽出液を調製 ヒストンH1と[γ-32P]ATPを含んだ 反応バッファ−を加える 細胞抽出液に抗Myc抗体を加える 反応を停止させる プロテインA-Sepharoseを加える SDS-PAGE ビ−ズを集め,洗浄 オ−トラジオグラフィ−
抗Myc抗体によるウエスタンブロッティング
265
YK157株
YK155株
(37℃での時間) 0 2 4 0 2 4
ヒストンH1
Cdc28-c-Myc
図1・5 Cdc28キナーゼの活性測定.
2 30μlの100 mg/mlプロテインA-Sepharose懸濁液を加え,4℃で2時間ゆっ くり混ぜる. 3 3000 rpm,1分間の遠心でビーズを集め,RIPAバッファーで3回,つづ いて,反応バッファーで2回洗浄する. 4 沈殿を30μlの反応液に懸濁し,そのうち,10μlを3 mgのヒストンH1と 10μCiの[γ-32P]ATPを含んだ30μlの反応バッファーにあわせ,37℃に 20分間保温する. 5 10μlの5×SDS-PAGE泳動バッファーを加えて,反応を停止させる. 6 5分間煮沸したのち,10 % SDS-PAGEで分離する. 7 ヒストンH1への32Pの取り込みをオートラジオグラフィーで検出する. 8 残りのビーズ20μlをSDS-PAGEで分離し,抗Myc抗体によるウエスタン ブロッティングにより,各レーンに同じ量のCdc28タンパク質が含まれ ていることを確認する.(図1・5).
1.1.4.細胞周期制御タンパク質の分解 細胞周期の進行は,おもにG1期からS期への移行期,G2期からM期への移行期,および,M期で 制御されている.各時期の制御をつかさどるタンパク質は,一般にそのはたらきが終了する時期に なるとすみやかに分解され,この分解により細胞周期の不可逆的な進行が保証されている.細胞周 期の制御機構の研究のなかで,種々の細胞周期制御タンパク質の分解を調べることが必要になる. ここでは,G1期からS期へ進行するときのSic1タンパク質の分解と,M期におけるClb2タンパク質 の分解を調べる実験を行う.
266
1.細胞周期
a.Sic1 タンパク質の分解 準備 野生型KA31a株 J34株(MATaΔles1) YK109株(MATa nin1-1) GAL1-SIC1-HAプラスミド(TRP1マーカー) プロテアーゼインヒビター(1μg/mlアンチパイン+1μg/mlアプロチニン+1 μg/mlロイペプチン+1μg/mlペプスタチンA+1 mM PMSF) α-ファクター SDS-PAGE装置一式およびウエスタンブロットに必要な試薬・器具 抗HA抗体(16B12) 抗アクチン抗体(C4)
実験法 1 各試験菌にGAL1-SIC-HAプラスミドを導入する. 2 トランスフォーマントを5 mlのSRaf-Trp培地で一晩培養する. 3 一晩培養液を新鮮な10 mlのSRaf-Trp培地に,波長600 nmの吸光度が1.0 になるように植菌し,25℃で1.5時間振とう培養する. 4 コハク酸を0.5 %,α-ファクターを10μg/mlになるように加え,4時間培 養を続ける.このとき,90 %以上の細胞がG1後期で細胞周期を停止し ている. 5 ガラクトースを2 %になるように加え,30分間Sic1-HAタンパク質の産 生を誘導する. 6 遠心で細胞を集め,TE溶液で2回洗浄したのち,10 mlのSC-Trp培地に懸 濁する(GAL1プロモーターの停止) . 7 培養を5mlずつに分け,一方は25℃で,他方は37℃で培養を続ける. 8 30分ごとに600 nmの吸光度で2.0に相当する量(約1 ml)の細胞を,遠心 でサンプルチューブに集める. 9 ヒートブロック法により細胞抽出液を調製する.細胞を400μlの水(プ ロテアーゼインヒビター入)に懸濁し,等量のガラスビーズ(直径0.5 mm) を加えて,95℃のヒートブロックに入れ,10分間加熱する.30秒間 267
0
Δ les 1 株 KA31株 nin1-1 株 1 2 0 1 2 0 1 2(37℃での時間) Sic1- HA タンパク質 アクチン 図1・6 Sic1タンパク質の分解.
ボルテックスし,95℃に戻す.再び30秒ボルテックスし,95℃に戻す. SDS-PAGEサンプルバッファーを100μl加えて混合し,95℃で5分間加熱 する.チューブの底に注射針で穴をあけ,空のチューブに重ね,3000 rpm ,3分間の遠心により抽出液を下のチューブに回収する. 10 600 nmの吸光度で1.5に相当する量の細胞の細胞抽出液を10 % SDSPAGEで分離する. 11 Sic1タンパク質の量を抗HA抗体で検出する. 12 レーン当たりのタンパク質量をモニターするために,抗アクチン抗体を 用いて,アクチン量についても調べておく(図1・6).
b.Clb2 タンパク質の分解 準備 野生型KA31a株 J34株(MATaΔles1) YK109株(MATa nin1-1) 20 %ガラクトース GAL1-CLB2-HAプラスミド(TRP1マーカー) 1 Mヒドロキシ尿素 SDS-PAGE装置一式およびウエスタンブロットに必要な試薬・器具 抗HA抗体(16B12) 抗アクチン抗体(C 4 )
実験法 1 各試験菌にGAL1-CLB2-HAプラスミドを導入する. 2 トランスフォーマントを5 mlのSRaf-Trp培地で一晩培養する.
268
1.細胞周期
3 一晩培養液を新鮮な10 mlのSRaf-Trp培地に波長600 nmの吸光度が1.0に なるように植菌し,1.5時間振とう培養する. 4 ヒドロキシ尿素ストック溶液を1/10量加え,4時間培養を続ける. 5 ガラクトースを2 %になるように加え,30分間Clb2-HAタンパク質の産 生を誘導する. 6 遠心で細胞を集め,TE溶液で2回洗浄したのち,10 mlのSC-Trp培地に懸 濁する(GAL1プロモーターの停止) . 7 培養を5mlずつに分け,一方は25℃で,他方は37℃で培養を続ける. 8 1時間ごとに600 nmの吸光度で1.0に相当する量ずつサンプリングし, ヒートブロック法により細胞抽出液を調製する. 9 600 nmの吸光度で1.5に相当する量の細胞の細胞抽出液を10 % SDSPAGEで分離する. 10 Clb2タンパク質の量を抗HA抗体で検出する. 11 レーン当たりのタンパク質量をモニターするために,抗アクチン抗体を 用いて,アクチン量についても調べておく(図1・7).
25℃ 0
1
37℃ 20
1
2
(時 間)
KA31株 Clb2-HAタンパク質 アクチン
25℃ 0
2
37℃ 40
2
4
Δ les 1株
(時 間) Clb2-HAタンパク質 アクチン
25℃ 0
2
37℃ 40
2
4
(時 間)
nin1-1株 Clb2-HAタンパク質 アクチン
図1・7 Clb2タンパク質の分解.
269
1.2.分裂酵母
田中晃一
1.2.1.はじめに 「自己複製」 という生命現象の根幹を明らかにする目的のみならず,細胞の分化,がん化,あるい は細胞死といった高次生命現象に直接関与する細胞機能を理解するうえで,細胞周期の制御機構が 大きな注目を集めている.その分子機構の解明において,酵母の遺伝学的解析が果たしてきた役割 は非常に大きい.動物細胞の場合とは異なり,酵母を用いた実験系では,変異株の分離や交雑など の古典的な遺伝学的解析,形質転換や遺伝子クローニングといった分子遺伝学的解析,そして,遺 伝子破壊や遺伝子置換といった逆遺伝学的解析を容易かつ強力に遂行できることが大きな利点であ る.さまざまな遺伝学的操作を加えた株を細胞生物学的・生化学的に解析することで,単に野生型 株のみを対象とした場合よりはるかに多くの情報を得ることができる. この節では,分裂酵母の細胞周期制御機構の解析という観点から,遺伝学的解析と併用すること が多い分子細胞生物学的手法について紹介する.
1.2.2.細胞周期突然変異株の増殖停止点の解析 細胞周期制御にかかわる因子を遺伝学的に同定しようとする場合,細胞周期制御に異常を示す突 然変異株を分離して解析のてがかりとすることが多い.分裂酵母は一倍体が安定な世代で,通常, 1組の染色体しかもたない.したがって,必須遺伝子の欠損株は致死となる.細胞周期制御に必須 の遺伝子も同様で,その機能が完全に失われた変異株は分離できない.したがって,低温では増殖 できるが高温ではできない (温度感受性または高温感受性) (図1・8 a),または,その逆 (高温では 増殖できるが低温ではできない;低温感受性) という条件致死性変異をスクリーニングすることが 多い.このとき,増殖できる温度を許容温度,増殖が止まる温度を制限温度 (または非許容温度) と 呼ぶ.単なる必須遺伝子の変異とは異なり,細胞周期を正に制御する遺伝子の機能欠損変異では, 細胞周期の進行のみが阻害されて細胞の成長は続くため,伸長した特徴的な細胞形態 (cell division cycleよりcdc表現型とよばれる) (図1・8 b) を示すことが多い.しかし,細胞周期の制御には多種多 様の因子がそれぞれ固有の作用機序でかかわっているため,cdc表現型を示す変異株の原因遺伝子 だけですべてを語れるわけではない. ここでは新たに細胞周期変異株を分離した場合,細胞周期のどの時期に異常をきたしているかを 知る方法として,パルスフィールドゲル電気泳動によるDNA複製中間体の検出について紹介する. このほか,FACSによる細胞周期の解析法については,§1.1.2.を参照されたい.これらの方法 は,それ以外にも,種々の条件下 (遺伝子破壊株を作製した場合,薬剤を与えた場合など) で細胞周
270
1.細胞周期
(a)
(b)
cdc10
25℃
36℃
cdc18 野生株
野生株
cdc25
25℃ cdc10
36℃ cdc18
cdc25
図1・8 細胞周期突然変異株. (a) 野生型株,cdc10変異株,cdc18変異株,cdc25変異株を許容温度 (25℃) と制限温 度(36℃)で培養した. (b)プレート上の(a)の細胞を顕微鏡下で観察した.
期の進行に異常が見い出された場合に,その増殖停止点を推定する目的などに応用可能である.
a.原理 FACS解析で得られるデータは,細胞に含まれるDNAのおおよその量を表しているにすぎない. 1C付近のDNA量をもつ細胞がG1期にいるのかS期初期で止まっているのか,あるいは,2C付近の DNA量をもつ細胞がS期終期,G2期,M期,いずれの時期にいるのかは別の解析法で確認しなけれ ばならない.G1期かS期初期かの判定は,増殖を停止した状態での接合能の有無で判断することが .また,核形態の観察によりM期 できる (接合はG1期からのみ可能.手法については文献[1]を参照) で止まっているものとそうでないものを区別できる.ここでは,複製途中の染色体が電気泳動して もゲルに入らない[2]という性質を利用して,増殖停止点がS期終期であるのかG2期であるのかを判 定する手法を紹介する.
271
b.準備 低速遠心分離機(J-6B Centrifuge, Beckman) パルスフィールドゲル電気泳動装置(Gene Navigator, Pharmacia) アガロース(Agarose NA, Pharmacia) 低融点アガロース(Sea Plaque GTG Agarose, FML Bioproducts) CSEバッファー (20 mMクエン酸-リン酸 (pH 5.6) -1.2 Mソルビトール-40 mM EDTA) Zymolyase溶液(0.3 mg/ml Zymolyase 100T(生化学工業),30 mM 2-メルカ プトエタノールを含むCSEバッファー) (Zymolyase,2-メルカプトエタノー ルは使用直前に加える) TSEバッファー (10 mM Tris-HCl (pH 7.5) -0.9 Mソルビトール-45 mM EDTA) SDSバッファー(0.25 M EDTA-50 mM Tris-HCl (pH 7.5)-1 % SDS) NDSバッファー(0.5 M EDTA (pH 9.5) -1 % lauryl sarcosine-0.5 mg/ml proteinase K) (proteinase Kは30分前に溶解し,37℃でインキュベートしてから使用) TE溶液(10 mM Tris-HCl (pH 8.0) -1 mM EDTA) 0.5×TBEバッファー(45 mM Tris-ホウ酸-1 mM EDTA)
c.実験法 染色体 DNA の調製 1 細胞周期突然変異株(注1) を200 mlのMM培地で対数増殖期に達するま で25℃で振とう培養する. 2 MM培地で2×106∼5×106 cells/mlに希釈し,36℃に移して6時間振とう 培養する. (注2). 3 5×108細胞をとり,2500 rpmで5分間遠心して集菌する 4 細胞を150 mMの2-メルカプトエタノールを含むCSEバッファー10 mlに 懸濁し,再度遠心して集菌する. 5 細胞を10 mlのZymolyase溶液に再懸濁し,37℃で1時間インキュベート する. 6 2000 rpm,5分間,4℃で遠心して集菌し,上清を注意深く取り除く. 7 0.6 mlのTSEバッファーに懸濁し,37℃に温める. 8 37℃に保温していた1 % (w/v) 低融点アガロース (TSEバッファー溶液) を 0.6 ml加える. 注1
ここでは25℃で増殖可能で,36℃で増殖を停止する変異株を用いた実験を示す.
注2
これ以降の操作は無菌的でなくてもよい.
272
1.細胞周期
許容温度で前培養 低融点アガロ−スゲルに封埋 制限温度へシフト SDS処理 集 菌 Proteinase K処理 CSEバッファ−で洗浄 TE溶液で平衡化 Zymolyase処理 電気泳動
観 察
9 素早く混合し (注3) ,低温室でプラグ用鋳型 (0.1 ml容,6個) に流し込ん で固める. 10 プラグを型から押し出し,3 mlのSDSバッファー中,55℃で90分間イン キュベートする(注4). 11 SDSバッファーを取り除き,3 mlのNDSバッファー中,55℃で24時間イ ンキュベートする. 12 新しいNDSバッファーと交換し,さらに55℃で24時間インキュベートす る. 13 4℃で保存する.
注3
この時点での溶菌,高分子DNAの切断を避けるため,おだやかな条件で行う.
注4
6個のプラグはまとめて処理してかまわないが,おのおののプラグが密着しないようおだやかにかくはんしながら処理す る.サンプル数が多いときは,24穴プレートを用いると扱いが楽である.その際の55℃処理は,ハイブリダイゼーショ ンオーブン(Hybridization Oven HBO-300, 岩城硝子)にて行っている.
273
パルスフィールドゲル電気泳動 1 電気泳動用アガロースゲル (1.2% (w/v) ,0.5×TBEバッファー溶液) を作 製する. 2 プラグをTE溶液で10分間洗浄・平衡化する. 3 2)の操作を計3回繰返す. 4 プラグをサンプルコームの穴に詰め,0.5 %低融点アガロースゲルで隙 間を埋める. 5 0.5×TBEバッファーを用いて,30 V,14℃の条件で電気泳動を行う. パルスと泳動時間の設定は,75分パルスで70時間,60分パルスで6時 間,45分パルスで6時間,30分パルスで18時間とする (注5) .途中で1回 バッファーを交換する. 6 電気泳動終了後,終濃度0.5 mg/mlのエチジウムブロミドを加えた0.5× TBEバッファー (注6) で30分間染色し,0.5×TBEバッファーで30分間脱 染する. 7 ゲルをUVイルミネーターで観察し,写真を撮る.
d.実験例 野生型株,cdc18-K46変異株,cdc25-22変異株を25℃から36℃に移して6時間培養し,染色体DNA を調製してパルスフィールドゲル電気泳動を行った(図1・9).S期停止のコントロールとして, DNA複製阻害剤であるヒドロキシ尿素(HU) の存在下で野生型株を4時間培養したものを用いた.
1 2 3 4 5 6 7 * Ⅰ Ⅱ Ⅲ
1:野生株 25℃ 2:野生株 36℃ 6 時間 3:野生株+HU 4 時間 4:cdc18 25℃ 5:cdc18 36℃ 6 時間 6:cdc25 25℃ 7:cdc25 36℃ 6 時間
図1・9 野生型株,cdc18変異株,cdc25 変異株を許容温度 (25℃) から制限温度 (36 ℃) にシフトし,パルスフィールドゲル電 気泳動をおこなった.* はコームの位 置,I,II,IIIはそれぞれ染色体を示す (分 裂酵母は3本の染色体をもつ) .
注5
解像度は落ちるが,ゲル濃度を薄くするともっと時間を短縮できる(たとえば,0.6 %アガロースゲル,0.5×TAEバッ ファー,50 V,14℃の条件で,30分パルスで72時間泳動) .各自の目的に応じてそれぞれの設定を変更し,最適条件をと る.
注6
泳動後のバッファーをそのまま使えばよい.
274
1.細胞周期
制限温度下で培養したcdc25変異株の染色体DNAは,電気泳動で問題なく分離されるのに対し,
cdc18変異株の染色体DNAは,ヒドロキシ尿素処理した野生型株のものと同様に,まったくゲルに 入らない.したがって,cdc18変異株はDNA複製完了前,cdc25変異株はDNA複製完了後の状態で止 まっていると判断することができる.
1.2.3.同調培養 a.原理 通常の培養条件では,細胞周期のさまざまな時期にいる細胞が混在する.細胞周期のおのおのの 時期に特異的な現象を観察する場合は,これらの細胞集団を同調させる必要がある. 分裂酵母の同調培養にはいくつかの方法が用いられるが,最も生理的な条件に近いものはエルト リエーション法である.この方法は,運転中にサンプル循環が可能なエルトリエーターと呼ばれる 特殊な遠心分離機を用い,外向きの遠心力と内向きの流速を微妙に調節して,細胞をその大きさの 違いにより分離するシステムである[3].分裂酵母の場合,二つに分離した直後のG2初期の細胞が最 も小さいので,非同調の培養液から小さな細胞集団を選別して同調培養とする.この方法は,人為 的操作による影響を最も小さく抑えることができるという利点があるが,特殊な機器と操作の熟練 を必要とし,スケールアップが困難である (一度の操作で得られる同調細胞は最大109細胞程度であ る)ということが欠点である. 本節ではより簡便な メBlock and Releaseモ による同調法を紹介する.これは増殖を細胞周期の1点 で人為的に一時停止させ,そののち解除して増殖を再開させるという方法である.ここでは,温度 感受性のcdc25変異株を用いてG2期に同調させる方法と,培地中の窒素源の枯渇によりG1期に同調 させる方法について述べる (注7) .cdc25変異株を用いる方法は同調率が高く,細胞周期2周程度は 同調した状態を保つことができる.窒素源枯渇による方法は同調率があまり高くないので,細胞周 期を追う実験にはむかないが,DNA複製が進行する様子をFACS解析で追うことができるのが大き な特徴である.
b.準備 MM-N培地(窒素源(NH4Cl)を含まないMM培地)
注7
細胞周期変異株を用いた同調培養では,cdc25変異株以外にもcdc10変異株 (G1期)やnda3変異株 (M期)などを用いた方法 が報告されている.一方,栄養源枯渇による同調培養は,窒素源以外に炭素源 (G2期) ,硫黄源 (G2期) ,リン酸源 (G1期) の枯渇による同調が可能である.硫黄源,リン酸源に関しては,それぞれを含まない培地を用いるが,炭素源に関して は低濃度(0.1∼0.5 %)のグルコースを含む培地を用いる.また,リン酸を枯渇させた培地はpHを補正しなければならな い.さらに,上記の方法以外に,ヒドロキシ尿素を用いてS期初期に同調する方法もある.
275
cdc25-22 変異株を許容温度で培養
制限温度にシフト(Block)
許容温度に戻す(Release)
経時的にサンプリング
c.温度感受性 cdc25 変異株を用いた同調培養 1 cdc25-22変異株を,MM培地で対数増殖期に達するまで,25℃で振とう 培養する(注8). 2 MM培地で2×106 cells/mlに希釈し,36℃に移し (注9) ,4時間振とう培養 する. 3 すばやく培養容器を氷水に浸け,かくはんしながら25℃まで冷却する (注10). 4 25℃の振とう培養機に移して,同調培養を開始する. 5 20分おきに5時間サンプリングし,実験に用いる(注11).
d.窒素源の枯渇による同調法 1 同調したい株 (注12) を,MM培地で対数増殖期に達するまで振とう培養 する(注13). 注8
実験の目的に応じた量で培養する.cdc25-22変異株は25℃でもやや伸びた表現型を示し,増殖速度も野生型株より遅い.
注9
必ずウォーターバスなどを用いて,すみやかに温度を上昇させる.cdc25-22変異株は36℃で増殖をG2期で停止し,顕著 なcdc表現型を示すようになる(図1・8 b参照) .
注10 滅菌した温度計で培地の温度を測りながら冷やす.同調率を上げるためには,できるかぎりすみやかに冷やすことが重 要である. 注11 この条件では,約2.5時間で細胞周期は1周し,2周くらいは同調した状態を保つことができる.同調の程度はseptation index (隔壁を有する細胞の割合)で判断する.
276
1.細胞周期
MM培地で培養 集 菌 集 菌 MM培地で培養(Release) MM-N培地で培養(Block) 経時的にサンプリング
2 2500 rpmで5分間遠心し,集菌する. 3 MM-N培地に細胞を懸濁し,再度遠心して集菌する. 4 2∼5×106 cells/mlとなるようMM-N培地に細胞を再懸濁し,12∼24時間 振とう培養する(注14). 5 2500 rpmで5分間遠心して集菌し,上清を完全に除く. 6 MM培地に懸濁し,同調培養を開始する. 7 30分から1時間おきにサンプリングし,実験に用いる(注15).
e.実験例 温度感受性変異株を用いた同調培養 cdc25-22変異株を用いた同調培養から,20分おきにRNAを調製し,ノーザン解析を行った (図1・ 10) .プローブには,G1/S期に特異的に発現が誘導されるcdc22+遺伝子[4]と,細胞周期を通じて発現 が変わらないura4+遺伝子を用いた.細胞に隔壁が観察される時期がほぼG1/S期に相当するが、septation indexの上昇と同じタイミングでcdc22+遺伝子の発現が誘導されているのがわかる. 注12 ホモタリックなh90株は窒素源の枯渇により接合,減数分裂過程へ進行するため,この実験にはヘテロタリックなh-株また はh+株を使用する. 注13 実験の目的に応じた量で培養する.培養は比較的低温 (25℃程度)で行ったほうがきれいに止まる傾向にある. 注14 野生型株を用いた場合,窒素源が枯渇した培地では2回くらい分裂してもとの4倍程度まで増えることが多い.細胞は小 さく丸い形態を示すようになる. 注15 野生型株を30℃で培養した場合,窒素源を加えて3時間後あたりからDNA複製が始まる.
277
septation index(%)
80 70 60 50 40 30 20
280
280
260
240
200
190
180
170
160
140
120
60
100
40
0
0
20
10
シフトからの時間(分) cdc22+
図1・10 cdc25変異株を用いた同調培 養からRNAを調製し,細胞周期におけ るcdc22+遺伝子とura4+遺伝子の発現を ノーザン解析により調べた.各時間に おける隔壁を有する細胞の割合を, septation indexとして示す.
ura4+
14 13 12
シフトからの時間(時間)
11 10 9 8 7 6 5 4 3 2 1 0 1C
2C
シフトからの 時間(時間) 0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 1011121314 cdc18 + ura4 +
278
図1・11 野生型株を窒素源枯渇にて同調し,DNA複製が進行する 様子をFACS解析,cdc18+遺伝子とura4+遺伝子の発現をノーザン解 析により調べた.
1.細胞周期
栄養源枯渇による同調培養 野生型株を窒素源枯渇にて同調し,窒素源を含む培地に移して1時間おきにサンプリングし, FACS解析とノーザン解析をおこなった (図1・11) .ノーザン解析のプローブとしては,G1/S期に特 異的に発現が誘導されるcdc18+遺伝子[5]と,細胞周期を通じて発現が変わらないura4+遺伝子を用い た.窒素源を加えて約2時間∼3時間後にcdc18+遺伝子の発現が誘導され,その後1回目のDNA複製 が進行することがわかる.その後,6時間目∼7時間目に再度cdc18+遺伝子の一過的な発現が検出さ れることから,ある程度の同調性を保ったまま2周目の細胞周期に入ったと考えられるが,FACS解 析像にはもはや変化は見い出されない.これは,増殖中の細胞の 「分離」 がG2初期まで起こらない (G1期,S期の細胞は隔壁で分断されているが,まだつながった状態にある) という,分裂酵母の特 徴によるものである.
1.2.4.おわりに 分裂酵母の細胞周期制御機構の遺伝学的解析,特にcdc2+遺伝子がかかわるG2/M期制御機構の解 (maturation promoting factor) 研究との結びつきなど 明は,高等動物のcdc2+相同遺伝子の単離,MPF により,細胞周期を制御する基本的な分子機構はすべての真核細胞に共通しているという概念にま で発展した.このことは,近年の分子細胞生物学研究に大きな波紋を起こしただけでなく,酵母に 真核生物のモデルとしての確固たる地位を与え,細胞機能を分子レベルで理解するうえでの遺伝学 的解析の有用性を不動のものとしたと思われる. 近年の酵母実験系では,すぐれた逆遺伝学的手法を駆使して,単離した遺伝子とその生物学的機 能を明確に対応させることができるのが最大の利点である.一方で,出芽酵母の全ゲノム配列はす でに決定され,分裂酵母のプロジェクトもここ数年内には完了する予定である.その結果,酵母と いうひとつの細胞を構成しすべての機能を制御する役者全員の顔ぶれ,すなわち 「生命の設計図」 を 手に入れることができる.今後は細胞に含まれているすべての因子を把握できる利点を生かし,高 等生物遺伝子の機能解明のために 「真核生物のモデル」 である酵母の相同遺伝子を解析するという研 究に加え,高等生物の因子を導入して細胞内で再構成する目的や,未知の因子をスクリーニングす る系を構築する目的で酵母細胞を 「生きた試験管」 として用いるという研究がますます発展するであ ろう.したがって,細胞周期制御機構のみならず,基本的な細胞機能全般を解明するうえで,酵母 を用いた研究が,今後さらに重要な地位を占めるようになるのはまちがいない.
参考文献 1.田中晃一 (1995) 分裂酵母Res/Cdc10の遺伝学的解析.岡山博人 (編) 細胞周期研究法.羊土社,東京, pp147-158 2.Hennessy KM, Lee A, Chen E, Botstein D(1991)A group of interacting yeast DNA replication genes. Genes Dev 5: 958-969 279
3.石原 (小原) 朋子 (1995) 細胞周期の同調法:酵母.岡山博人 (編) 細胞周期研究法.羊土社,東京,pp1928 4.Gordon CB, Fantes PA(1986)The cdc22 gene of Schizosaccharomyces pombe encodes a cell cycle-regulated transcript. EMBO J. 5: 2981-2985 5.Kelly TJ, Martin GS, Forsburg SL, Stephen RJ, Russo A, Nurse P (1993) The fission yeast cdc18+ gene product couples S phase to START and mitosis. Cell 74: 371-382
280
2.DNA複製
白髭克彦
2.1.二次元電気泳動法
2.1.1.はじめに 酵母細胞は真核生物の基本的なモデル系として,細胞周期およびDNA複製研究においても遺伝 学的・生化学的な材料として広く用いられている.特に,出芽酵母はゲノムサイズも小さく,真核 生物のなかで唯一全塩基配列が決定されている生物であり,また,複製開始点の単離も非常に容易 に行えることから,染色体レベルでの複製開始点の編成および制御機構を解析するうえで優れた系 である. 複製研究において酵母を用いるうえで,唯一障害となるのは,チミジンキナーゼが存在しないこ とぐらいであろう.酵母はチミジンキナーゼをもたないため,バクテリアや高等真核生物で行われ ているような,[3H]チミジンやブロモデオキシウリジンの取り込みによるDNA合成量の測定,およ び,それを利用した複製中間体の解析が不可能である.この点については,チミジン要求性株の単 離もいくつかの研究室で試みられているが,解析に用いるに耐えうる株は単離されていないのが現 状である.本節では,酵母において最も手軽に複製中間体の解析を行うことが可能な,複製中間体 の二次元電気泳動法について詳説する.本方法は,生物種を問わず複製中間体の同定,および,解 析に用いられており,さらに,複製のみならず,組換えなどの中間体の検出にも用いられている汎 用性の高い方法である.
2.1.2.原理 等しい分子量をもつDNA分子でも,その構造の違いによってアガロースゲル中で移動度が異な ることはよく知られている.たとえば,直鎖状の分子に比べ,枝分れした分子は,ゲル中での移動 度がゲル濃度および電界の強さに依存して遅くなる.BellとByersは,1983年にこの性質を利用し て,枝分れした組換え中間体 (X型DNA分子) の分離法を確立した.複製中間体の二次元電気泳動法 の原理は,まさにそれを応用したものである. まず,細胞より抽出した染色体DNA断片を適当な制限酵素で切断後,一次元目は低濃度のアガ ロースゲル中 (通常0.3∼0.4 %) を低電界 (通常1.5∼2 V/cm)で泳動し,DNAを分子量によって分画
281
二次元目(構造)
一次元目(分子量)
2 kb 1 kb シンプルY
2 kb 1 kb
2 kb 1 kb
バブル
バブルからY
2 kb 1 kb ダブルY
2 kb 1 kb YからダブルY
図2・1 二次元電気泳動法による複製中間体解析の原理.染色体DNAを適当な制限酵素で切断したのち,低濃度 アガロースゲル中で低電圧で泳動し,DNA分子をその分子量に従い分画する (一次元目) .つぎに,最初の泳動に 対して直角の方向に,高濃度アガロース・高電圧の条件で泳動すると,分子はその構造を反映した泳動度を示す (二次元目) .泳動後,サザンハイブリダイゼーションにより特定の断片がどのような泳動パターンになっている か調べる.二次元目の泳動では,単純な直鎖状構造よりも環状構造の方が泳動度が減少する.ここでは,1 kbの 断片について,その複製のされ方の違いにより泳動パターンがどう変化するかを模式的に示してある.それぞれ のパターンの呼称を下に示した.
する.二次元目は一次元目と垂直の泳動方向へ,高濃度のゲル中(通常,一次元目の2.5倍の濃度) を高い電界 (通常5 V/cm) で泳動し,構造 (バブル型,Y型,X型) によってDNAを分画する.二次元 目の泳動後は通常の方法に従いサザンブロットにより目的のDNA断片を検出する.図2・1に,二 次元電気泳動の結果得られる,典型的な泳動パターンを5種類示した. 複製中間体は非常に壊れやすい分子であるため,染色体DNAの抽出は最大限の注意を払い行う 必要がある.通常,染色体DNAの抽出から制限酵素での切断までのすべてのステップは,DNAの 物理的な切断を最小限に抑えるためアガロースゲル中で行う.ここで紹介する方法は,元来,パル スフィールド電気泳動に用いられている手法を筆者らで手を加え,応用しているものである.
282
2.DNA 複製
2.1.3.準備 器具 ◆ 500 ml容ビーカー ◆ 300 ml容フラスコ ◆ マグネティックスターラー ◆ スターラーバー ◆ 50 ml容コニカルチューブ(Falcon) ◆ 250 ml容,および,50 ml容遠心チューブ (有機溶媒に耐えうる材質のも の) ◆ 透析チューブ(サイズ18/32) (Viskase Sales) ◆ P10000ピペットマン (ギルソン) ◆ P200ピペットマン (ギルソン) ◆ 先切りピペットマンチップ(200μl,10,000μl) (一次元目電気泳動用,泳動距離が ◆ サブマリン型電気泳動漕 (マリソル) 10 cm以上のもの,筆者らは10 cm×8 cmの泳動漕を使用) 可能ならば 各レーンがセパレートになっているものを特注すると便利である (サン プルコームは8検体用,1レーンの厚さ2 mm×幅4 mmのものを使用) ◆ サブマリン型電気泳動漕,ミューピッド II (アドバンス) (二次元目電気 泳動用) ◆ かみそり(一次元目ゲル切り出し用) ◆ 定規 ◆ イメージングプレート(富士フィルム) ◆ ハイブリバッグ ◆ DuralonUVメンブレン (Stratagene) ◆ 3MMワットマンろ紙
283
試薬 SE溶液 (75 mM NaCl-100 mM EDTA (pH 7.5)) 4℃で保存. Zymolyase 100T(日本生化学工業) 16 mg/mlに調製. 2-メルカプトエタノール(生化学用,ナカライ) Proteinase K(Merck) 50 mg/mlに調製. Lysis Solution(1 % SDS-25 mM EDTA) SAEDバッファー(1 % N -ドデカノイルサルコシン酸ナトリウム-25 mM EDTA) 1 % Sea Plaque GTGアガロース溶液(SE溶液で溶解) 細胞包埋用,65℃に 保温. 流動パラフィン(和光) 42℃に保温. Stop Solution(95 %エタノール-3 %トルエン-25 mM Tris-HCl (pH 7.5)) 4℃ に保存. 2-ブタノール (和光) ハイブリダイゼーションバッファー(1 %ウシ血清アルブミン-0.5 Mリン酸 ナトリウムバッファー(pH 7.2) -7 % SDS) 55℃に保温. メガプライムDNAラベリングキット (Amersham, RPN1607) Washing Solution ( 1 2×SSC-2 % SDS) 55℃に保温. Washing Solution 2(0.2×SSC-0.2 % SDS) 55℃に保温. 制限酵素(高濃度標品,宝酒造) アガロースME (岩井化学薬品,泳動用) TE溶液 (10 mM Tris-1 mM EDTA (pH 7.5)) TE溶液-0.1 mM PMSF TE溶液-0.1 % SDS
保存試薬 10×TBE溶液 (890 mM Tris-890 mMホウ酸-20 mM EDTA(pH 8.0)) 20×SSC溶液 (3 M NaCl-0.3 Mクエン酸3ナトリウム・2H2O,HClでpH 7.0に 調整) 10×制限酵素バッファー(適宜調製,ウシ血清アルブミンは添加しないこ と) 4℃で保存. 6×loadingバッファー (0.25 %ブロモフェノールブルー-0.25 %キシレンシア ノール-30 %グリセロール) エチジウムブロミド溶液 (5 mg/ml)
菌体・培地 YPDA培地 W303-1A株(MATa ade2-101 ura3-1 leu2-3 112 trp1-1 his3-11 can1-100)
284
2.DNA 複製
2.1.4.実験法 培養から集菌まで(8 サンプル分) 1 菌体を10 mlのYPDA培地で前培養する. 2 200 mlのYPDA培地へ波長600 nmの吸光度が0.1になるように希釈し,本 培養を開始する. に 3 波長600 nmの吸光度が0.6∼0.8(菌体数にして,0.9∼1×107 cells/ml) なったら,培養液に等量(200 ml)のStop Solutionを添加し,さらに, EDTAを終濃度10 mMになるよう添加する. 4 遠心機はBeckman J2-M1,ローターはJA-14を用いて,5000 rpmで5分 間,4℃にて遠心することで集菌する. 5 50 mlのSE溶液に菌体を懸濁後,1500×( g 約3000 rpm) で遠心する.これ を2回繰返す. 6 最終的に20 mlのSE溶液に懸濁する (注1) .ここで4℃にて保存可能であ る.
細胞を培養・集菌 ビ−ズからDNAを溶出 菌体のアガロ−スへの包埋 一次元目の電気泳動 包埋した菌体からのDNAの抽出 レ−ンの切り出し 制限酵素反応 二次元目の電気泳動
サザンハイブリダイゼ−ション 注1
ここでの菌体5 ml分が,二次元電気泳動用サンプル1サンプル分になる.
285
菌体のアガロースへの包埋 1 300 ml容の三角フラスコに上記の菌体懸濁液5 mlを分注し,42℃のイン キュベーターで5分間放置する.このあいだに,100 mlのSE溶液を500 ml容のビーカーに用意し,氷上で冷やしながら,スターラーでかくはん しておく(注2). 2 あらかじめ65℃で保温しておいた1 % GTGアガロース5 mlを,温めてお いた菌体に添加し,全体が均一になるようによくかくはんする. 3 あらかじめ42℃で保温しておいた流動パラフィン20 mlを,菌体-アガ ロース溶液に添加し,手で1分間激しくかくはんし,十分乳化させる. 4 乳化したパラフィン-アガロース-菌体の混合物を,あらかじめ用意して おいた氷上のSE溶液に,ゆっくりと注いでいく.氷上で5分間かくはん する. 5 250 ml容の遠心チューブに上記のビーカーの中身をすべて移す.1500×
gで10分間,4℃で遠心する. 6 上層にパラフィン,下層にSE溶液,底に菌体が包埋されたアガロース ビーズが集まっている.パラフィンおよびSE溶液をできるだけアスピ レーターで取り除く.このとき,SE溶液を10 mlほど残した状態にする のがよい.先切りチップを付けたピペットマンP10000で50 ml容のファ ルコンチューブにビーズを移す.SE溶液とあわせて,総量20 mlぐらい になるはずである.この操作を計4回繰返し,細胞懸濁溶液20 mlを順次 包埋していく.細胞懸濁液5 mlから得られるビーズの総量は,約7∼10 mlである.
包埋した菌体からの DNA の抽出 1 ビーズ懸濁液 (細胞懸濁液5 mlから得られたもの) を,SE溶液で18 mlに メスアップし,1 mlの2-メルカプトエタノール,1 mlのZymolyase 100T を加える(終濃度0.8 mg/ml).37℃で振とうしながら30分間処理する. 2 1500×gで10分間,室温で遠心し,ビーズを集める.上清を取り除き, ビーズの2倍量のLysis Solutionを加える.先切りチップを付けたピペッ トマンP10000でよくビーズを懸濁し,室温で10分間放置する(注3). 注2
SE溶液が十分冷えていないと,アガロースへの包埋は失敗する.
注3
菌体が溶けると,アガロースビーズが透明になってくる.
286
2.DNA 複製
3 1500×gで10分間,室温で遠心し,ビーズを集める.上清を取り除き, 20 mlまでのSAEDバッファーでメスアップする.先切りチップを付けた ピペットマンP10000でよくビーズを懸濁し,Proteinase K溶液を200μl (終濃度500μg/ml) 加え,ときどきかくはんしながら37℃で60分間処理 する(注4). 4 1500×gで10分間,室温で遠心し,ビーズを集める (注5) .上清を取り除 き,ビーズの2倍量のTE溶液-0.1 mM PMSFに懸濁する. 5 1500×gで10分間,室温で遠心し,ビーズを集める.さらに2回,TE溶 液-0.1 mM PMSFによる洗浄を繰返す. 6 最終的に得られたビーズを等量のTE溶液に懸濁する. 7 先切りチップを付けたピペットマンにて,50μlのビーズ溶液をとり, 6×loadingバッファーを10μl加えてよく混ぜ,70℃で10分間処理する. ボルテックスを約1分間かけ,10μlをアガロースゲル電気泳動し,バン ドの濃さから濃度を定量する (注6) .通常,ここでの濃度は1∼1.5μg/ml (ビーズ溶液)になるはずである.
制限酵素反応とビーズからの DNA の溶出 1 ビーズ溶液を等量ずつ2本の50 ml容チューブに分割する. 2 1500×gで10分間,室温で遠心し,ビーズを集める.上清を取り除き, ビーズの2倍量の制限酵素反応バッファーに懸濁し,5分間放置する. 1500×gで10分,室温で遠心し,ビーズを集める.上清を取り除き,再 度,ビーズの2倍量の制限酵素反応バッファーに懸濁し,5分間放置する (注7). 3 1500×gで10分間,室温で遠心しビーズを集める.上清を取り除き,制 限酵素バッファーで10 mlまでメスアップする.1μgのDNA当たり200∼ 300ユニットの制限酵素を加える(注8). 注4
手で15分おきにひっくり返す.
注5
ビーズの容量は最初の約半分程度になるはずである.
注6
ここでボルテックスを十分かけないと,染色体が十分切断されず,ゲルのなかにDNAが入らない.
注7
ここで十分にバッファー置換を行う.
注8
切断するDNA量は,通常10∼15μgになるはずなので,2000∼6000ユニットの制限酵素を加えることになる.制限酵素の 種類によりアガロース中での反応効率はかなり異なる.この点については,New England Biolabのカタログにアガロース 中での制限酵素の活性について一覧表があるので,それを参照する.また,この方法での解析に適したDNA断片の長さ は,2∼8 kb程度であることも考慮しなくてはならない.
287
4 37℃で1時間処理する(注9). 5 反応液を透析チューブに移し,透析チューブごと1×TBE溶液中で50 V,30分間,ミューピッド IIを用いて泳動する. 6 泳動方向を逆転し,100 V,30秒間泳動する. 7 透析チューブの内容を50 ml容の遠心チューブに移し,遠心機はBeckman J2-M1,ローターはJA-20を用いて,16,000 rpmで10分間遠心する. 8 上清を別の50 ml容の遠心チューブに移し,16,000 rpmで10分間遠心する (注10). 9 上清を50 ml容のコニカルチューブに移し,2-ブタノールで水層(下層) が500μl以下になるまで濃縮する.水層を1.5 ml容のエッペンドルフ チューブに移す(注11). 10 濃縮された制限酵素反応液に等量のイソプロパノールを加え,氷上に30 分間おいたのち,微量高速遠心機で,15,000 rpm,30分間遠心する(注 12). 11 上清を除き,沈殿に1 mlの70 %エタノールを加え,微量高速遠心機で 15,000 rpm,15分間遠心する. 12 沈殿を乾燥し,24μlのTE溶液-0.1 % SDSに溶かして,室温に1時間放置 し,6μlの6×loadingバッファーを加える (注13).
二次元電気泳動 1 サブマリン電気泳動のトレイ (ゲルサイズ10 cm×8 cm) に0.4 % (0.35 %) のゲルを,アガロースMEと1×TBE溶液で40 ml作製する(注14).一次 元目のゲルを切り出す際のガイドとして利用するため,ゲルの下端にも コームをセットする. 注9
このあいだ,15分おきに手でひっくり返し,かくはんする.
注10 DNAはほとんど上清中に溶出されている.上清中に細かいアガロースの粒子が存在することがしばしばあり,それを取 り除くために2回遠心をする. 注11 水層の1.5倍量のブタノールを加えては3000 rpmで遠心し,上清除去を何回も繰返していく. 注12 不安ならば塩,グリコーゲンを加えてもよいが,その必要はない. 注13 ボルテックスなどは厳禁である.溶けにくい場合は,先切りのチップを付けたピペットマンでピペッティングして溶か す. 注14 一次元目ゲルにエチジウムブロミドは加えない.2∼3 kb断片の解析には0.45 %のゲルを,3∼4.5 kbでは0.4 %のゲルを, 4.5∼8 kbの断片の解析には0.35 %のゲルを用いるのがよい.
288
2.DNA 複製
14kb
5kb 4.7kb
4.5kb
(a)
(b)
14kb 5kb 4.7kb 4.5kb 2.8kb 2.4kb
図2・2 一次元目および二次元目泳動後 のゲルのようす.(a)一次元目泳動後の マーカーレーンの泳動像を示した.マー カーの各バンドの大きさを示してある. (b) 二次元目泳動後の泳動像を示した.染 色体DNAをPst Iで切断後,泳動したもの である.サイズマーカーの大きさを横に 示した.
2 サンプル (30μl) を先切りチップを付けたピペットマンでロードする. 28∼32 Vで16∼24時間,4℃で泳動する (注15) .DNAサイズマーカーも ロードする. 3 泳動後,サンプルを入れたレーンの上下のウエルに6×loadingバッ ファーを1滴加え,かみそりでレーンを切り出す.上下のウエルの内側 約8 cmを,二次元目のゲルを作製するミューピッド II用のトレー (11 cm ×6 cm) の上端に移す (注16) .サイズマーカーを含むレーンをエチジウ ムブロミドで染色し,写真を撮る(図2・2 a). 4 二次元目のゲルを調製する.1 % (0.875 %) のゲルを,アガロースMEと 1×TBE溶液で,エチジウムブロミドの終濃度が0.3μg/mlになるように 作製する (注17) .ミューピッド IIのトレー1枚当たり30∼40 ml用意し, 55℃に保温しておく.一次元目のゲルをセットしたトレーにゆっくりゲ ルを注ぐ.ゲルが固まったのち,焼いたミクロスパーテルで,ゲルの上 端の空いたスペースにマーカーを泳動するためのウエルを作る. 5 同じ濃度のエチジウムブロミドの入った泳動バッファー(1×TBE溶 液) ,ミューピッド IIで,50 V,6∼8時間,4℃で泳動する (注18) .泳動 後,写真を撮る(図2・2 b). 注15 ブロモフェノールブルーが3 kbのDNA分子の泳動距離の目安となる.目的の断片の長さにもよるが,3.5∼6 kbの断片の 場合は,ブロモフェノルブルーがゲルの端から流れ出すころが泳動の止めごろである.それ以下の断片ではブロモフェ ノールブルーが端にきたころ,6 kb以上の断片のときは流れ出しきったころが止めごろである. 注16 このとき,一次元目のゲルの上端をつねに決まった方向におくようにしておくと便利である. 注17 一次元目の2.5倍の濃度で作製する. 注18 ハンディUVライトで泳動距離を確認しながら,目的断片が流出しないぎりぎりのところまで泳動する.
289
サザンハイブリダイゼーション(注 19) 1 0.25 N HCl中でゲルを7分間振とうする.Denaturing Solution中で15分間, 2回処理する.ひき続いて,Neutralizing Solution中で15分間,2回処理す る. 2 10×SSC溶液中で,DuralonUVメンブレンへキャピラリートランス ファーする(12時間). 3 6×SSC溶液中でフィルターの表面を静かにこすり,付着したアガロー スを除く 4 6×SSC溶液中で15分間振とうし,洗う. 5 80℃で4時間以上ベーキングし,固定する. 6 プローブ (注20) は,メガプライムDNAラベリングキット (Amersham) の プロトコルに従い調製する. 7 フィルターを6×SSC溶液で湿らしてから,ハイブリダイゼーション バッファー中で65℃,5分間以上保温する. 8 フィルター(11 cm×6 cm)1枚当たり,2 mlのハイブリダイゼーション バッファー中で,16時間ハイブリダイゼーションする. 9 Washing Solution 1で5分間,室温で振とうする(注21). 10 Washing Solution 1を捨て,さらに,Washing Solution 1で68℃,15分間, 2回フィルターを洗う. 11 Washing Solution 2で55℃,15分間,2回フィルターを洗う. 12 Washing Solution 2で室温,1分間,5回フィルターを洗う. 13 イメージングプレートに露光する(注22). 注19 サザンハイブリダイゼーションについては,従来記載されている方法となんら変わるところはない.ただし,塩酸によ るdepurinationはやっておいたほうがよい.また,キャピラリー法でのメンブレンへの転写,さらに,ベーキングでの固 定が,さまざまな選択のなかで最もバックグラウンドの低い方法であった. 注20 1 kb程度の大きさの断片をPCRで増幅し用いている.出芽酵母の場合,全ゲノム配列が明らかになっているので,データ ベースからできるだけユニークな配列を抽出し,その部分を増幅して用いるのが最適であろう. 注21 Washing Solutionはフィルター1枚当たり100 ml使用する.以下すべて同じ. 注22 シグナルが強い場合で30分間,弱い場合でも12時間露光すれば,なんらかのシグナルは検出できる.
290
2.DNA 複製
2.1.5.トラブルシューティング アガロースビーズへの包埋のコツは,とにかくよく乳化させ,さらに,よく冷やしたSE溶液の なかに徐々に滴下していくことである.スターラーのスピードはあまり気にしなくてよいが,なる べく速いほうがよい. つぎに多いのは,複製中間体が検出されないという問題である.これに関してはさまざまな原因 が考えられるが,対数増殖期の野生型酵母細胞を用いている場合は,固定して実験を行うかぎり, 確実に複製中間体は検出できる.つまり,固定は本方法においては絶対である.複製タンパク質の 変異株,細胞周期変異株を用いる場合では,細胞周期のなかで偏りが生じ,S期の細胞が極端に少 なくなり,中間体が検出できないことがままある.その場合は,BNDセルロースカラムを用いて複 製中間体を濃縮するか,同調細胞を用いてS期の細胞のみを濃縮すれば効果的である.
2.1.6.実験例 図2・3に示したのは,出芽酵母の第VI番染色体のさまざまな部位の4種類の制限酵素断片につい
(a)
(b)
(c)
(d)
二次元目(構造)
一次元目(分子量)
図2・3 二次元電気泳動による解析の具体例.(a) は典型的なバブル構造, (b) はバブルからY構造,(c) はY構造, (d) はダブルY (もしくはX構造) をとる染色体DNA断片の解析結果を示した.それぞれの下にデータの解釈を示し てある.
291
て,それぞれの断片がどのように複製されているのかを解析した結果である. この解析により,図2・3 (a) の断片上では中央,図2・3 (b) の断片上では中央よりややずれた場所 に,複製開始点が位置することがわかる.また,図2・3 (c) および図2・3 (d) の断片は,外側から流 れ込む複製フォークにより複製されており,これらの断片上には複製開始点が存在しないか,存在 したとしても断片の端に位置していることがわかる.さらに,図2・3 (d) の断片上には,二つの複 製フォークがぶつかる複製の終結点が存在していることがわかる.
2.1.7.おわりに この方法を用いた場合,つねにつきまとうのが定量性の問題である.これは,複製中間体が非常 にデリケートなものであること(たとえば,環状構造の複製中間体にニックが入るとY字型と非常 によく似た泳動像を示す) や,それぞれの中間体の半減期が必ずしも同じでないこと (たとえば,Y 字型複製中間体は一つの複製フォークで複製されるが,バブル構造のものは二つの複製フォークで 複製されていく) による.筆者らは,少なくとも同じ制限酵素断片についての定量的比較は可能で あると考えるが,異なる断片について,二次元電気泳動法から得られるデータについては厳密な定 量性に基づいた比較はできないと考えている. いずれにせよ,この方法はさまざまな複製中間体の構造を同定することが可能であり,染色体レ ベルでのDNAの挙動-複製,組換えの全体像を解析するうえで欠かせない方法であることはまちが いない.
2.2.フローサイトメーター解析
2.2.1.はじめに DNA複製研究に限らず酵母研究において,細胞周期全体の挙動を,DNA含量,細胞の大きさと いう切り口からみわたすことは重要であり,特に,変異株を用いる場合,細胞周期の挙動を形態と DNA含量の両面から調べることは,遺伝子の機能を知るうえで重要な知見を与えてくれる.本節 では,酵母の解析手段として,最近,頻繁に用いられだしているフローサイトメーター (FACS) を 用いた手軽なDNA含量の測定法について紹介する.
292
2.DNA 複製
2.2.2.原理 酵母細胞浮遊液を高流速のバッファー中に流し,そこにレーザー光を照射する.その際,細部か ら発せられる散乱光・蛍光を測定する.細胞からの散乱光は,基本的にレーザービームと同方向へ の前方散乱光 (FSC) と,直角方向への側方散乱光 (SSC) の2種が検出される.FSCは細胞の大きさ (表 面積に比例) を反映し,SSCは細胞の内部構造の複雑さ (細胞内オルガネラなどの量に比例)を反映 する.蛍光は細胞自身がもつ自家蛍光のほかに,種々の特異的蛍光色素を利用できる.たとえば, DNA,タンパク質,カルシウムなどを定量的に染色する蛍光色素を用いれば,それぞれの物質量 を蛍光強度に置換し測定できる.ここで用いる装置 (FACScan, Becton Dickinson) では,3種の異な る励起波長を検出するために三つのフィルター(FL1: 515∼545 nm,FL2: 564∼606 nm,FL3: 650 nm以上) が用意されている. 最終的には,得られた細胞数,散乱光強度および蛍光強度をもとに,ヒストグラムの相関図 (ドッ トプロット) を作成することで細胞集団の解析を行う.ここで紹介するDNA含量は,PI (Propidium Iodide,蛍光波長610 nm)による蛍光で定量する. Becton Dickinson社製のFACScanに付属のマニュアルは非常に優れており,原理についてはよく 書けている.一読を勧めたい.
2.2.3.準備 器具 ◆ フローサイトメーター(FACScan, Becton Dickinson) ◆ 遠心機 ◆ 恒温槽 ◆ 超音波破砕機(ULTRA S. HOMOGENIZER VP-5S,タイテック社など) ◆ 15 ml容遠心チューブ ◆ FACScan用チューブ(Falcon)
試薬 •
50 mMクエン酸ナトリウムバッファー (pH 7.4) クエン酸三ナトリウム二水和物 ........................................................... 14.7 g 0.25 N塩酸(∼5 ml)でpH 7.4にし,蒸留水で1000 mlにメスアップする.室 温で保存. 293
•
50 mg/ml RNase A (Boeringer) 50 %グリセロールに溶解する.-20℃で保存.
•
50 mg/ml Proteinase K (Merck) 50 %グリセロールに溶解する.-20℃で保存.
•
1.6 mg/ml ヨウ化プロピジウム(PI) (Sigma) PIを50 mMクエン酸ナトリウムバッファーに溶解する.4℃で遮光保存.
•
エタノール
2.2.4.実験法 1 およそ5×106∼1×107個の細胞を含む培養液を15 ml容遠心チューブにと り,1500×g,4℃で5分間遠心し,細胞を回収する(注1). 2 3 mlの蒸留水を加えてボルテックスで懸濁し,7 mlのエタノールを加え てよく混合する.4℃で2時間以上放置 (注2) したのち,遠心して細胞を 回収する. 3 5 mlのクエン酸ナトリウムバッファーを加えてボルテックスで懸濁し, 遠心して細胞を回収する.バッファーをきれいに取り除いたのち,1 ml のクエン酸ナトリウムバッファーに懸濁する. 4 50 mg/ml RNase Aを5μl加え (終濃度0.25 mg/ml) ,50℃で1時間インキュ ベーションする. 5 50 mg/ml Proteinase Kを20μl加え (終濃度1 mg/ml) ,50℃で1時間インキュ ベーションする. 6 1.6 mg/ml PIをクエン酸ナトリウムバッファーで100倍に希釈して,16μg/ ml PI溶液を調製する.これを1 ml加え,室温で30分間放置する (注3) . 7 8μg/ml PI溶液で3倍希釈したものを1 ml程度,FACScan用チューブに入 れる.超音波破砕機で処理し,細胞のアグリゲーションを取り除く (注 4). 8 FACScanの説明書に従い解析する (図2・4) .チャンネルはFSCとFL2も しくはFL3を用いる(注5). 注1
時間がない場合は,遠心チューブにエタノールを最終的に70 %になるように入れておき,そこに培養液をとるとよい.
注2
2日間以上エタノール中に放置しないこと.2日以上おく場合は,エタノールをクエン酸ナトリウムバッファーに置換し ておく.
注3
遮光すること.この状態で4℃にて1週間保存可能だが,それ以上は無理である.
注4
タイテックのVP-5S超音波破砕機の場合,output controlの目盛り5で,1秒間,10回(あいだに1秒間おく) 程度.細胞の状 態によって調整する.
注5
DDM (Doublet Discrimination Module) は切って測定する.FL2とFL3のどちらのチャンネルでも測定できる.筆者らは確か めてはいないが,FL3のほうがシグナルがシャープに出るという人もいる.
294
2.DNA 複製
細胞を回収 RNase A処理 ボルテックスで懸濁 Proteinase K処理 エタノ−ルで固定 PIで染色
FACS解析
図2・4 FACScanおよび解析ソフトCell Questを用いた典型的な解析例.データ 取り込み中のコンピュータのモニター である.左が,DNA含量のヒストグラム. 右にFL2-AとFL2-Wをドットプロットし て示してある.酵母の場合,FL2-Aと FL2-Wのドットプロットが示したよう な分布であれば,凝集があるとは考え なくてよい.凝集している場合は, FL2-Wの値がより高い位置に広がるよ うな形となる.ここから解析する場合 の各種パラメータを読みとってほしい. この場合,DDMは入れてあるので念の ため.
2.2.5.トラブルシューティング 一番起こる問題としては,予想される位置に1Nおよび,2Nのピークが観察されないことであろ う.特に,凝集しやすい酵母細胞変異株を用いた場合,しばしば,ピークが異常な位置に出てくる ことがある (1Nよりも低い位置に出てくることが多い) .凝集しているか否かは,FL2-W (パルス幅) および,FL2-A (パルスの面積) をドットプロットしてみれば判定可能である (FACScanマニュアル参 照) .凝集が判明した場合,それを防ぐのは,とにかく超音波による処理である.どうしてもピー 295
クが思った位置に観察されない場合は,超音波処理をしつこいほどまでに行えば改善される. 細胞周期変異株を用いたとき,特にG1期停止,G2期停止の株を用いた場合,ピークの位置が高 いほうにシフトすることがままある.これは,核のDNA合成が停止しているにもかかわらずミト コンドリアのDNA合成が続くためシフトが起こると解釈されており,細胞周期変異株をρ(ミトコ
ンドリアDNAをキュアリングによって脱落させた株)にすることによって防げると考えられてい る.また,糖源や温度などの条件によりピークの位置がシフトすることが報告されている.これら に関しては,その原因は明らかではない.
2.2.6.実験例 図2・5に,野生株,および,酵母の細胞周期突然変異株のフローサイトメトリーによるDNA含 量の解析結果をヒストグラムで示した.
360
330
330
300
300
270
270
240
240
210 180 150
1N
2N
蛍光強度
296
時間(分)
360
210 180 150
120
120
90
90
60
60
30
30
0
0
1N
2N
蛍光強度
時間(分)
(b) orc-1-1 株
(a)W303A株
図2・5 FACS解析の具体例.出芽酵母の,(a) 野生型株 (W303a) と, (b) 温度感受性突然変異株 (orc1-1) をFACScanで解析した具体例.温度を許 容温度(23℃)から非許容温度(37℃)にシフト後, それぞれの時間において細胞を採取し,FACSに て解析した.縦軸は細胞数を,横軸の蛍光強度 は各細胞のDNA含量を反映する.G1期の細胞 (1N細胞) およびG2-M期の細胞 (2N細胞) の位置を 矢印で示した.この結果から,この温度感受性 変異株はG2-M期に停止することがわかる.
2.DNA 複製
2.2.7.おわりに 二次元電気泳動の節でも触れたように,酵母における複製および細胞周期研究の最大の弱点は, チミジンキナーゼが酵母には存在しないことである.それは,FACS解析についても当てはまる. 通常,動物細胞等ではBrdUで合成されたDNAをラベルし,抗BrdU抗体およびPIによる二重染色に より,正確に細胞集団をG1期,S期,G2/M期に分類することが可能である.酵母ではこの手法が とれないため,G1/S期およびS/G2期の境界がきわめてあやふやになってしまう.いくつかの研究室 で,ヘルペスウイルスのチミジンキナーゼを強発現するシステムを用いて,酵母細胞のBrdUによ るラベルおよびそれを用いたFACS解析の報告などがなされてきだしてはいるが,一般的な手法と して確立されるにはまだまだ時間がかかりそうである. このようにみてくると,ピーク位置のシフトの問題も含め,酵母におけるFACS解析はまだまだ 試行錯誤の段階にあるといえるのかもしれない.今後,これらの課題を解決できる新しい手法・技 術の開発が待たれるところである.
297
3.シグナリング
鎌田(藤村)このみ・鎌田芳彰
3.1.出芽酵母プロテインキナーゼ活性の測定
3.1.1.はじめに 周知の通り,プロテインキナーゼは細胞内情報伝達系における鍵酵素である.その活性の変動を 追うことは,細胞内シグナリングの解明に大きな役割を果たす.この節では,筆者の経験した免疫 沈降法を用いたプロテインキナーゼ活性測定法を紹介する.特定のプロテインキナーゼを細胞ライ セートから免疫沈降し,そのin vitro活性を[γ-32P]ATPを用いて測定するものである.この方法によ り,細胞内のプロテインキナーゼの活性化状態を簡便に調べることができる.出芽酵母のキナーゼ はもちろん,出芽酵母細胞で発現させた他生物のプロテインキナーゼ活性のモニタリングもできる (注1) .しかしながら,この方法では,当然ながら細胞内のプロテインキナーゼを取り囲む生理的 環境 (たとえば,pH,イオン濃度,コファクターなど)まで取り出してくることはできない.免疫 沈降についての基本的なことにもふれるので,キナーゼ以外のタンパク質の免疫沈降実験について も参考になれば幸いである.
3.1.2.準備 プラスミド・タグ・抗体 プロテインキナーゼ遺伝子になんらかのエピトープタグを付けて,その抗体でキナーゼの免疫沈 降を行うことが多い.もちろん,キナーゼ自身の抗体があればそれを用いてもよいと思う.遺伝子 をプラスミドの形で細胞に導入する際,プラスミドを低コピーあるいは高コピーにするか,あるい はGALプロモーターなどを用いた大量発現系にするかは,各遺伝子の性質や実験の目的によって異 なるので,そのときどきに応じて決めればよい. エピトープタグについては,現在さまざまな種類のものが出回っているが,どうやらどれも一長 一短らしい.一番はやっているのはHAタグとmyc-タグであるが,両者とも電荷をもっていて,後 者はセリン残基がリン酸化されるという報告もある (注2) .T7は電荷をもっていないので膜タンパ クに適しているとのことだが,筆者はその論文を見たことがない.HAタグとmyc-タグは3個タンデ
注1
筆者は分裂酵母を扱ったことがないが,細胞の破壊法以外は適用できると想像する.
注2
そのセリン残基をアラニンに置換したものでも大丈夫らしい.
298
3.シグナリング
ムに付けるのが一般的 (3×HA,3×myc) だが,抗原性を増すため,6個,9個にすることもまれで はない.また一般に,遺伝子産物のN末端あるいはC末端,それも活性部位から遠い方にタグを付 けるが,それが必ずしもいいとは限らないようだ.フレームシフトさえ起こさなければ,遺伝子の 真ん中にタグを入れるという選択もある. 免疫沈降に用いる抗体については,抗エピトープタグ抗体は市販されているのでそれを用いれば よい.Monoclonal anti-HAは現在二つの系統,12CA5 (Boehringer) と16B12(BAbCO,日本の代理店 はフナコシ) が市販されている.前者は古くから定評のあるもの,後者は最近販売されたものであ る(注3).Monoclonal anti-mycは9E10という細胞系統が知られている.この細胞系統は広く出回っ ているので,自分でハイブリドーマを培養し,腹水を調製することもできるし,上記2社のほかに もSanta Cruzなどからも購入が可能である.ただ,この抗体はタイターが弱く,上記のHA抗体より も多くの腹水を必要とする.ちなみに9E10を用いるときは,IgGの種類が違うので,プロテインA ではなくプロテインG-Sepharoseを使う (ともにSigmaまたはPharmaciaで扱っている) .
バッファー 細胞ライセート調製用のLysisバッファーや免疫沈降用のImmunoprecipitation (IP) バッファーにつ いては,文献[5,6]などのマニュアルに詳しい (注4) .おおよそ,これらのバッファー中には,Tris, HepesなどのGoodバッファー,KCl,NaClなどの塩,EDTA,EGTA などのキレート剤のほかに, プロテアーゼ阻害剤 (PMSF,ロイペプチン,アポロチニンなど) ,ホスファターゼ阻害剤 (Na3VO4, KF,ピロリン酸ナトリウム,p-ニトロフェニルリン酸 (pNPP, Sigma SIGMA 104 phosphatase substrate, cat # 104-0) ,pNPPはホスファターゼ阻害剤ではなく,in vitro基質である) ,抗体の非特異的結合を 防ぐタンパク質 (ゼラチン,ウシ血清アルブミン) ,そして,界面活性剤 (NP-40 (Sigma IGEPAL CA630, cat # I-3021),Triton X-100,SDS) などが添加されている.気をつけたいのは,プロテインキ ナーゼの活性を保ったまま免疫沈降しなくてはいけないことである.特に,MAPキナーゼのよう に自己の被リン酸化がその活性化に重要な影響を及ぼす場合,ホスファターゼ阻害剤の添加は必須 である.また,界面活性剤をLysisバッファーに加える場合,細胞をボルテックスで破砕したのち にそれを加え (しばらくインキュベートする) たほうが,バッファーが泡立たず,破砕効率がよい. たいていプロテインキナーゼはMg-ATPを基質として用いるので,AssayバッファーにはMgCl2を 加える.ここにもキナーゼ活性を阻害しない程度にホスファターゼ阻害剤を入れると,コンタミ ネーションのホスファターゼ活性が抑えられる. 以下にバッファーの例をあげる. ◆ Lysisバッファー[2] 50 mM Tris-HCl (pH 7.5) 注3
後者は好評だが,以前BAbCOの扱った12CA5 (現在BAbCOは12CA5のライセンスを失っている) はロット間のタイターの 差が大きかったので,今後注意を要すると思う.
注4
特に,文献[5]には免疫沈降を行うに当たってのきわめて有用な情報が満載されているので一読をお勧めする.
299
150 mM NaCl 5 mM EDTA 5 mM EGTA 0.2 mM Na3VO4 50 mM KF 30 mM Na2H2P2O7 15 mM pNPP 20μg/mlロイペプチン 20μg/mlベンズアミジン 10μg/mlペプスタチンA 40μg/mlアポロチニン 1 mM PMSF [2] ◆ IPバッファー (1)
50 mM Tris-HCl (pH 7.5) 150 mM NaCl 5 mM EDTA 5 mM EGTA 0.2 mM Na3VO4 50 mM KF 30 mMピロリン酸ナトリウム(pH 7.5) 15 mM pNPP 1 % NP-40 [3] ◆ IPバッファー (2)
50 mM Tris-HCl (pH 7.5) 150 mM NaCl 1 mM EDTA 1 mM EGTA 10μg/mlロイペプチン 0.25 %ゼラチン 1 % NP-40
◆ Washバッファー[2] 50 mM Tris-HCl (pH 7.5) 150 mM NaCl 5 mM EDTA 5 mM EGTA 1 % NP-40
◆ Assayバッファー[2] 25 mM Mops-KOH (pH 7.5)
300
3.シグナリング
1 mM EGTA 0.1 mM Na3VO4 15 mM pNPP 15 mM MgCl2
基質 In vitro基質については,各自試してみるしかない.多く使われるのは,ミエリン塩基性タンパク 質,カゼイン,プロタミン,ヒストン (注5) (どれもSigmaなどで手に入る) などである.市販の基質 は自分で調製せずにすむので楽だが,一方で,こういう “リン酸化されやすい” タンパク質は免疫沈 降物にコンタミネーションしたキナーゼの基質にもなりやすい.In vivo基質がわかっているなら, そのタンパクをGST-融合タンパク質などの形にして大腸菌から調製したり,リン酸化部位がわかっ ているのならキナーゼ基質用のペプチドなどを合成するのもよい.
3.1.3.実験法 細胞ライセートの調製 1 25∼50 mlの細胞培養液をファルコンチューブに移し,2500 rpm,3分間 遠心して集菌する.上清を捨て,氷上で冷やした10∼20 mlのStop mix (0.9 % NaCl-1 mM NaN3-10 mM EDTA-50 mM KF)で細胞を洗う(注6) [1]
.
2 細胞に 300∼500μlのLysisバッファーを加えて懸濁し,だいたい等量の グラスビーズ (Sigma G-8772, 425-600 microns, acid-washed) をあらかじめ 入れて冷やしておいた2 ml容エッペンチューブに懸濁液を移す.そこに 2μlのAntifoam A(防泡剤,Sigma A-5758) を加えてもよい. 3 低温室で上記のチューブを4∼10分間ボルテックスして細胞を破砕する (注7). [オプション] 界面活性剤の入ったLysisバッファーを細胞破砕液に加え, 5∼10分間インキュベートする.終容量を合わせるため,はじめに加える バッファー量を少なくしておくなどの工夫をするとよい.
4 チューブを10秒間遠心してビーズと細胞の残骸を取り除く.新しい1.5 注5
ヒストンはまずクルードなもので試してみるのがいいと思う.
注6
この操作で細胞の代謝を直ちに止めることができるとされる.
注7
ボルテックスはMultiple sample headを用いると便利.はじめのうちは細胞の破砕度を顕微鏡でチェックすることをお勧 めする.
301
細胞ライセ−トの調製 [γ-32P]ATPを加えインキュベ−ト 免疫沈降 反応を止める 免疫沈降物に基質を加える SDS-PAGE
オ−トラジオグラフィ−
ml容エッペンチューブにライセートを移す (注8) . 5 15,000 rpm,10分間,4℃で遠心する.上清をもう1回遠心し,上清(ラ イセート) を回収する. [オプション] ライセートを微量超遠心機で100,000×g,20分間,4℃で遠心 し,上清を回収する.これでライセートはかなりきれいになる.
6 ライセートの凍結を防ぐため,等量のLysisバッファー:グリセロール 1:2をライセートに加える (グリセロール終濃度33 %).ライセートの タンパク質量を測定する.ライセートは-20℃で保存する.状態がよけ れば数ヶ月は使用できる.
免疫沈降 1 通常50∼100μgタンパク質のライセートがあればアッセイができる. 1.5 ml容のエッペンチューブ (シリコナイズしたものを用いてもよい) に ライセートとIPバッファーを終容量が500μlになるように加える. [オプション] そこに,10∼20μlのプロテインA-Sepharoseビーズ (ビーズ の調製法は後述)を加え,低温室で1時間インキュベートしたのち,5000 rpm,10秒間遠心して上清を回収する (注9). 注8 注9
この時点でpNPPを入れたLysateが濃い黄色になっていたら,ホスファターゼの活性が抑えられていない (pNPPが分解され た) 証拠である. この操作でビーズに非特異的に吸着する因子を除くことができる.ただし,ビーズが高価なこと,抗体が汚ければ効果 が薄れてしまうことを考慮しなくてはいけない.
302
3.シグナリング
2 チューブに抗体を加える.抗体の量については各実験系で異なるので, それぞれに定めるべきである (注10) .コントロールとして,抗体を入れ ないサンプルを1本用意する. 3 チューブを低温室で1時間インキュベートする.回転培養器 (たとえば, TAITEC,ローテーターRT-50) を用いるとよいが,シーソー式のもので もうまくいく(注11). 4 そこに,10∼20μlのプロテインA-Sepharoseビーズ(50 % スラリー,ま えもってIPバッファーと平衡化しておく.実際には,1時間ほどかけて IPバッファーで3,4回洗浄すればよい) を加え (注12) ,さらに,低温室 で1時間インキュベートする. 5 チューブを5000 rpm,10秒間遠心して (ビーズがチューブの底に回収さ れるので),上清をきれいに除く.アスピレーターに注射針(25G) をつ ないで上清を吸引するとよい.慣れれば,ビーズを吸ってしまう失敗も なくなる. 6 1 mlのWashバッファー (IPバッファーで代用することが多い) を加え,軽 く混ぜて (ボルテックスも可) ,チューブを5000 rpm,10秒間遠心して上 清を除く.これを繰返す.洗いの回数は条件によって異なるが,筆者の 経験では3,4回洗えば大丈夫(逆にいえば,それでだめなものは何回 洗っても劇的な効果は期待できない)である. 7 1 mlのAssayバッファーでビーズを1,2回洗う.チューブの壁についた 水滴が気になるなら,キムワイプの先で拭う. 8 ビーズ(これが免疫沈降物になる) にAssayバッファーと基質を終容量18 μlになるように加える (2μlはのちに加えるATPの分,最終容量は20μ l) .このサンプル(assay mixture) をRI実験室にもってゆく. [オプション] 得られた免疫沈降物をウエスタンブロットにかける.これ によって,免疫沈降のようす,assay mixture中のキナーゼ量などの情報を得 ることができる.本当は,活性測定用とウエスタンブロット用と2連で免疫 沈降を行うことが望ましい.
注10 参考までに筆者の場合,12CA5 (Boehringer) なら2μl,16B12(BAbCO) なら1/10に薄めたものを2μl,9E10なら4μl加えて いる. 注11 インキュベートの時間を長くすれば,免疫沈降の効率も高くなりそうだが,その分ほかのタンパク質のコンタミネーショ ンも増えることを覚悟しなくてはいけない. 注12 ピペットマンのチップは,先が切ってあるものを使うとスラリーがうまく吸える.自分で切ってもよいし,市販もされ ている.
303
キナーゼ活性測定 1 Assay mixtureを3分間,30℃でプレインキュベートする. (終濃度50∼100μM) を加え,3∼ 2 そこに,2μlの0.5∼1 mM [γ-32P]ATP 30分間,30℃でインキュベートする.ATP濃度 (放射活性) ,反応時間は 各自定める(注13). 3 30μlの2×SDS-PAGE Sampleバッファーをチューブに加えて反応を止め る.反応液はボイルするなどして,SDS-PAGEの準備をする. 4 SDS-PAGEを行う.ミエリン塩基性タンパク質の場合,12.5 %ゲルを用 いる.合成ペプチドを基質にする場合は14∼15%ゲルを使うほうがよ い.また,未反応のATPとの分離をよくするため,面倒でも大型のゲル を流すことを勧める.合成ペプチドのような低分子量のものを流す場 合,高電圧高電流 (350∼450 V) で一気に流したほうがきれいな結果にな ることが多い.ゲル板が熱くなったり,割れたりすることもあるので気 をつけること.ゲルは最後まで流しきらないほうがよい.そうすると, ゲルの先端に未反応のATPがたまり,その部分を切って捨てれば除去が 楽で,かつ,汚染しにくい. 5 ゲルを板からはずして,12.5 %トリクロロ酢酸に20∼60分間浸けて,タ ンパク質を固定する. 6 つぎに,ゲルを(Coomasie染色用の) 脱色液(たとえば,10 %酢酸-10 % メタノール)に1時間から一晩浸ける.脱色液は何回か換えるとよい. [オプション] ゲルを3 %グリセロール溶液に1時間から一晩浸ける.そうす ると,乾燥時のひび割れが防げる.
7 ゲルを乾燥し(注14) ,オートラジオグラフィーまたはPhosphoimagerに かける.
3.1.4.トラブルシューティング キナーゼ活性がうまく計れない場合,まずすることは,免疫沈降物のウエスタンブロットであ る.目的のキナーゼは検出されるだろうか? 目的のキナーゼが沈降していない場合,つぎに,細
注13 特に反応時間は,一度タイムコースをとって,反応の直線性のある時間帯を調べるとよい. 注14 ゲルドライヤーをまえもって温めておくと,ひび割れが起こらないような気がする.
304
3.シグナリング
胞ライセートを直接ウエスタンブロットしてみるとよい.そのキナーゼは検出されるだろうか? 検出されない場合は,明らかにタンパク質と抗体の問題である.エピトープタグを含め,プラスミ ドのコンストラクトを調べるとか,抗体が失活していないか調べるとかしたほうがよい. 目的以外のタンパク質まで沈降するときも,細胞ライセートを直接ウエスタンブロットしてみる とよい.そのタンパク質はそこにも現れるだろうか? そこにも現れるときは,抗体がそのタンパ ク質を認識しているのである.目的のタンパク質の分解産物や修飾を受けたものである可能性もあ る.そこに現れないときは,そのタンパク質が抗体由来であったり (免疫沈降した場合,抗体が検 出されるのは当然) ,プロテインA-Sepharoseビーズに吸着してしまうものである可能性が強い.抗 体を精製したり,前述のように,細胞ライセートをプロテインA-Sepharoseビーズで前処理したり する. また,前述の通り,ミエリン塩基性タンパク質のような基質を使う場合,どうしてもコンタミ ネーションの活性が出てきてしまう.これを避けるには,IPバッファーの組成を変えたり,うえに 述べたオプションの数々を試してみるほかない.筆者の経験では,ほかのタンパク質の免疫沈降に は支障がなかったのに,プロテインA-Sepharoseビーズに問題があったことが何回かあった.非科 学的で申し訳ないが,なにか相性のようなものがあるようだ.あまりにもコンタミネーションの活 性が大きい場合,ビーズのロットを代えてみるのも一つの手である.
1
2
3
4
5
ミエリン塩基性 タンパク質
Mpk1pHA 抗体添加
+
+
−
+
+
39℃熱ショック処理
−
+
+
−
+
野生株
rho1−3株
図3・1 MAPキナーゼ MPK1の熱ショックにより活性化と,低 分子量GTPase RHO1の寄与.3は抗体抜きで免疫沈降の操作を 行った.上はMPK1 MAPキナーゼ活性の測定,下は免疫沈降物 のウエスタンブロット.
305
3.1.5.実験例 筆者らは,MAPキナーゼであるMPK1が熱ショックにより活性化を受けることを発見し[2],ま た,その活性化に低分子量GTPaseであるRHO1が寄与していることを見い出した[4]. 図3・1は,野生株あるいはRHO1突然変異株 (rho1-3) を熱ショック処理したのち,上記に示す方 法でHAタグをつけたMPK1タンパク質 (Mpk1pHA) を12CA5 (BAbCO) を用いて免疫沈降し,ミエリン 塩基性タンパク質を基質としてMPK1 MAPキナーゼ活性を測定したものである.
3.2.出芽酵母の高感度接合検定
3.2.1.はじめに 酵母におけるシグナル伝達機構の一つの系として,接合因子によるシグナル伝達経路がある. 種々のシグナル伝達系と同様,接合因子によるシグナル伝達系においても,三量体Gタンパク質, MAPキナーゼカスケードなどが重要な役割を果たしていることが明らかにされている. これらの因子の詳細な機能,また,これらの因子を調節する因子の同定を行うにあたって, “接 合不能 (sterile) ” を指標にして活性を追っていくという方法がある.完全な接合不能を同定するのは 容易なことであるが,接合能の低下を効率よく検出するのは,必ずしも容易なことではない.接合 効率を菌株ごとに測定すれば[7]接合能の低下も検出できるが,変異体のスクリーンなど多くの菌株 について調べるのには相当な労力を要する.そこで,簡便で,かつ,一度に大量の菌株について接 合能の低下を検出できる方法を紹介したい.
3.2.2.原理 互いに違う栄養要求性をもつa細胞とα細胞が接合して二倍体を形成すると,栄養要求性を相補し あい,最小培地での生育が可能になる.一般的に,単純な接合検定を行う場合,プレート上でテス ター菌株と調べたい菌株とを混合することで接合を促し,最終的に,最小培地上で生育が可能か否か で接合したかどうかを判定する.酵母が接合する際,栄養状態がよければ高効率で接合し,逆に,栄 養状態が悪い場合には接合効率が下がるので,栄養状態が悪い状況下では接合能の高い菌株のみが接 合できると考えられる.ここで紹介する方法は,このことを利用して,接合を行わせる培地の栄養を 制限することにより,接合効率の低下をプレート上で簡単に見分けることを可能にするものである.
306
3.シグナリング
3.2.3.準備 ◆ テスター菌株: 調べようとする菌株の逆の接合型をもつ細胞で,lys1な ど,よく実験に使用する菌株には入っていない栄養要求性をもつもの. ◆ YPD培地 ◆ 滅菌水 ◆ YPDプレート ◆ 最小プレート(SDプレート) ◆ 滅菌済み爪楊枝 ◆ スプレッダー ◆ レプリカ布(ベルベット布) 20 cm四方くらいのもの. ◆ レプリカ台
3.2.4.実験法 1 日目 1 マスタープレートを作製するために,調べたい菌株をYPDプレートある いは適当なプレート上に爪楊枝で塗る.このとき,ポジティブコント ロールとネガティブコントロールになる菌株もいっしょにプレート上に 塗っておくのを忘れない.このマスタープレートを30℃で一晩から二晩 インキュベートする(注15). 2 テスター菌株もYPDプレート上に塗り,30℃でインキュベートして元気 に生育させておく.
2 日目あるいは 3 日目 1 マスタープレート上の酵母が生育したら,4本の滅菌したチューブに1 ml,0.2 ml,0.05 ml,そして,0 mlのYPD培地をそれぞれ入れる.それ ぞれのチューブを滅菌水で1 mlにフィルアップし,よく混合する.それ 注15 マスタープレートは3,4日培養したものでも用いることができるが,その場合,接合効率が全体的に低下する.そのよ うな細かい条件により絶対的な接合効率は変化するので,調べようとする同じプレート上に,コントロールをのせてお く必要がある.
307
マスタ−プレ−トの作製 マスタ−プレ−トから,テスタ−菌株が 塗布されたSDプレ−トにレプリカ さまざまな濃度のYPD培地に テスタ−菌株を懸濁する 30℃で二晩インキュベ−ト SDプレ−トにテスタ−菌懸濁液を塗布 酵母の生育状況を調べる
ぞれ,100 %,20 %,5 %,そして,0 %のYPD培地が含まれた液がで きあがる. 2 これら4本のチューブのさまざまな濃度のYPD培地に,生やしておいた の テスター菌株を懸濁する.爪楊子の先1杯くらい(1×108細胞くらい) 菌を使えばよい.懸濁液は白濁している. 3 4枚のSDプレートに,100 %,20 %,5 %,0 %と表示し,それぞれのプ レートにみあった濃度のYPD培地を含んだテスター菌懸濁液を,0.3 ml ずつスプレッダーで塗布する (注16) .懸濁液が十分にプレートに吸収さ れ,表面がほとんど乾いているようにみえるまでクリーンベンチ内に放 置する. 4 十分に生育した酵母を,マスタープレートから,テスター菌株が塗布さ れたSDプレートにレプリカする.1枚のレプリカ布で,0 %から100 % のものまでを順番にレプリカできる. 5 4枚のプレートを,30℃で二晩インキュベートする.
4 日目あるいは 5 日目 1 プレートをインキュベーターから取り出し,酵母の生育状況を調べる. 接合効率の高い菌株は,最初のマスタープレートに塗ったその範囲一面 注16 テスター菌株を塗布する際,0.3 mlの菌株懸濁液を,ピペットでSDプレート上に滴下したら,できるかぎりすぐにスプ レッダーで均一に広げるべきである.時間をおくと,滴下したそのスポットに多くの培地が吸い込まれてしまい,その あとにスプレッダーで塗り広げても栄養の分布が均一でなくなり,酵母の生え方がプレート上で均一でなくなってしま う.
308
3.シグナリング
に二倍体となった酵母が生育している.それに比べ,接合効率の低い菌 株は,いくつかのコロニーを形成しているにすぎない.
3.2.5.実験例 筆者がa-ファクターのプロセシングにかかわる因子を同定するために,a細胞特異的に接合効率 が低下する変異株を検索したとき,上述の接合検定法を用いた.その場合,変異原処理した細胞を 1プレートに200∼400コロニーくらいになるように広げ,5 % YPD培地の条件を用いてスクリーニ ングした. その際に取得したいくつかの候補の接合実験のようすを図3・2に示した.1と12の位置に野生株 を配している.2,3,4は完全に接合能を失っていると思われる.5,6は,0 % YPD培地の条件下 では野生型に比べて接合効率が下がっていることがわかるが,20 % YPD培地ではこの差を区別す ることができない.7∼11は5 % YPD培地でもうすでに接合効率の低下が見い出されるが,20 % YPD 培地ではかなりわかりにくい.
(a)0%YPD
(b)5%YPD
(c)20%YPD
1 2
3
4
5
6
7
8
9
10
11 12
図3・2 a細胞特異的に接合効率が低下する変異株の検索.1,12は野生株.(a)0 % YPD培地, (b) 5 % YPD培地, (c) 20 % YPD培地.
309
このスクリーニングで,筆者はredundant geneが存在するために,1遺伝子に変異が入っただけで はわずかしか接合効率が低下しない遺伝子の同定に成功した[8].
参考文献 1.Surana U, Robitsch H, Price C, Schuster T, Fitch I, Futcher AB, Nasmyth K(1991) The role of CDC28 and cyclins during mitosis in the budding yeast S. cerevisiae. Cell 65: 145-161 2.Kamada Y, Jung US, Piotrowski J, Levin DE(1995)The protein kinase C-activated MAP kinase pathway of Saccharomyces cerevisiae mediates a novel aspect of the heat shock response. Genes Develop. 9: 1559-1571 3.Watanabe M, Chen C-Y, Levin DE(1994) Saccharomyces cerevisiae PKC1 encodes a protein kinase C (PKC) homolog with a substrate specificity similar to that of mammalian PKC. J. Biol. Chem. 269: 16829-16834 4.Kamada Y, Qadota H, Python CP, Anraku Y, Ohya Y, Levin DE(1996) Activation of yeast protein kinase C by Rho1 GTPase. J. Biol. Chem. 271: 9193-9196 5.Harlow E, Lane D (1988) Antibodies: A laboratory Mannual. Cold Spring Harbor Laboratory Press, Cold Spring Harbor, USA 6.Sambrook J, Fritsch EF, Maniatis T(1989)Molecular Cloning: A laboratory Mannual. Cold Spring Harbor Laboratory Press, Cold Spring Harbor, USA 7.Sprague Jr. GF (1991)Assay of yeast mating reaction. Methods Enzymol. 194: 77-93 8.Fujimura-Kamada K, Nouvet F, Michaelis S (1997)A novel membrane-associated metalloprotease, Ste24p, is required for the first step of NH2-terminal processing of the yeast a-factor precursor. J. Cell Biol. 136: 271-285
310
4.低分子量 GTPase の解析
田中一馬
4.1.はじめに GTP結合タンパク質 (GTPaseとも呼ばれる) は,GTPあるいはGDPに結合し,かつ,GTPをGDPと リン酸に加水分解するタンパク質の総称である.これらのなかには,タンパク質の翻訳に関与する もの,三量体型GTPase,そして,分子量が2万程度の低分子量GTP結合タンパク質 (Small GTPase, 低分子量GTPase) があり,出芽酵母では全部で53種類のGTPaseの存在が予測されている.近年の分 子生物学では,広い意味でのシグナル伝達機構の解析が重要な研究テーマとなっているが,このシ グナル伝達においてプロテインキナーゼ系とともに重要な役割を果たしているのが,三量体型 GTPaseと低分子量GTPaseである. 低分子量GTPaseは,GTP結合タンパク質のなかでも最も大きなファミリーを形成し,大きく Ras,Rho,Rab,Sar1/Arf,その他のファミリーに大別され,Rasは細胞の増殖を[1],Rhoは細胞骨格 系を[2],RabとSar1/Arfは細胞内小胞輸送系[3]を,その他に属するRanが核-細胞質間のタンパク質輸 送を[4]制御していることが明らかになりつつある.本節では,特に低分子量GTPaseの解析に焦点を 当てて実験法を紹介するが,その基本的な考え方は,ほかのGTPaseにも適用できるはずである. 低分子量GTPaseのより詳しく,かつ広範な実験法については,文献[5,6,7]を参照いただきたい. 低分子量GTPaseの活性制御機構と作用機構の基本形を図4・1に示した.低分子量GTPaseには, GDP結合型とGTP結合型の二つのコンホメーションが存在し,このコンホメーション変化によりシ グナルを下流に伝達する[8].GDP結合型はGDP/GTP交換反応によってGTP結合型となるが,この反 応を促進するタンパク質をGDP/GTP交換反応促進タンパク質 (GDP/GTP exchange factor,GEFと略 す),抑制するタンパク質をGDP解離抑制タンパク質(GDP dissociation inhibitor,GDIと略す)と呼
上流からのシグナル ?
GDP/GTP交換 反応促進 GEF タンパク質 GDP
GDI
GTP
GDP
低分子量 Gタンパク質
GDP解離抑制 タンパク質 GTP
低分子量 Gタンパク質
標的タンパク質
Pi GAP GTPase活性化 タンパク質 (不活性型) (活性型)
下流へのシグナル 図4・1 低分子量GTPaseの活性制御機 構と作用機構.
311
んでいる.GTP結合型は,その特異的な標的タンパク質に作用してシグナルを下流に伝達する.一 方,GTP結合型は,その作用を終えるとGTPase反応によって再びGDP結合型に戻り,1回のシグナ ル伝達を終了する.このGTPase反応を促進するタンパク質をGTPase活性化タンパク質(GTPase activating protein,GAPと略す) と呼んでいる. ここでは,低分子量GTPaseの活性制御機構と作用機構の一般的な解析法について,筆者らが出 芽酵母で行った解析結果を例にあげて紹介する.
4.2.低分子量 GTPase の分子生物学的解析法
4.2.1.遺伝学的解析法 破壊株や,温度感受性株の作成といった通常の解析に加えて,低分子量GTPaseでは,特殊な変 異を発現させることにより,より詳しくそのシグナル伝達因子としての機能を解析することができ る.上述したように,低分子量GTPaseにはGTP結合型とGDP結合型が存在するが,Rasでは,この どちらかに固定される変異が知られている.出芽酵母RAS2タンパク質の場合,GTP結合型に固定 される変異 (ドミナントアクティブ変異) としてRAS2 (G19V) 変異,RAS2 (Q68L) 変異などが知られ ており,これらの変異体では,本来もつGTPase活性 (内在GTPase活性) が欠損している[8].これに対 して,RAS2 (G22S) 変異やRAS2 (T24N) 変異では,ヌクレオチドの結合活性に異常を生じており, [9] つねにGDP結合型やヌクレオチド非結合型に維持される(ドミナントネガティブ変異) .
実験法 低分子量GTPase遺伝子に,RAS2(G19V)変異(ドミナントアクティブ変異),あるいは,RAS2 (G22S) 変異 (ドミナントネガティブ変異) に相当する点変異を導入し,これらの変異遺伝子を発現 させて表現型を調べる.通常,これらの変異は優性にはたらくので,宿主は野生株でよい. ドミナントアクティブ変異がひき起こす表現型は,この低分子量GTPaseがつねにGTP結合型であ るときの表現型,ドミナントネガティブ変異がひき起こす表現型は,つねにGDP結合型であるとき の表現型である可能性が高い.ただし,あくまでRasの実験結果に基づいた実験であるので,発現 した変異体が確かにGTP結合型やGDP結合型に維持されているのかどうかは,最終的にはタンパク 質を単離してその性状を生化学的に解析して確認することが好ましい.
312
4.低分子量 GTPase の解析
4.2.2.ツーハイブリッド法を用いた解析法 うえに述べた低分子量GTPaseの変異体は,低分子量GTPaseのツーハイブリッド解析においても 有用である.GEPやGDIは,ヌクレオチド非結合型やGDP結合型に維持される低分子量GTPaseの変 異体に特異的に結合することが期待できるし,標的タンパク質やGAPはGTP結合型に維持される変 異体に特異的に結合することが期待できる.さらに,標的タンパク質はエフェクタードメインの変 異体には結合しないことが期待できる.
実験法 ツーハイブリッド法のDNA結合ドメイン側プラスミドに,低分子量GTPaseの野生型,あるいは, ドミナントアクティブやドミナントネガティブな変異遺伝子をクローニングし,転写活性化ドメイ ン側プラスミドにクローニングされた遺伝子産物との相互作用を調べることにより,この遺伝子産 物の機能を推定する.また,ここで作製した低分子量GTPaseのツーハイブリッドプラスミドは, この低分子量GTPaseの活性制御タンパク質や標的タンパク質遺伝子のスクリーニングに用いるこ ともできる. 低分子量GTPaseのツーハイブリッドプラスミドを作製する際の一つの問題点は,C末端の翻訳後 修飾部位の取り扱いである.すなわち,修飾部位をそのままにしておくと,発現されて脂質修飾を 受けたタンパク質が膜に結合してしまい,核に移行できずに相手のタンパク質と相互作用しない可 能性がある.事実,筆者らは,RHO1タンパク質が脂質修飾部位に変異をもっている場合のみ,そ の標的タンパク質とツーハイブリッド法で相互作用することを観察している(未発表データ).
4.3.低分子量 GTPase の生化学的解析
4.3.1.低分子量 GTPase の精製 低分子量GTPaseを扱う生化学実験では,精製した低分子量GTPaseが必須である.基本的には, 酵母で発現しているネイティブな低分子量GTPaseを精製して使うのが理想的であるが,発現量の 問題や精製過程の複雑さの問題などで現実的ではない.最近よく用いられる,グルタチオン-S-ト ランスフェラーゼ (GST) やマルトース結合タンパク質 (MBP) との融合タンパク質として大腸菌で発 現して精製するシステムは,低分子量GTPaseでもよく用いられており[10],多くの実験でよい成績が 得られている.これらGST融合タンパク質やMBP融合タンパク質の精製法については,分子生物学 の一般的な実験書を参照いただきたい.以下に,低分子量GTPaseに固有な留意すべき点について 述べる. 313
1)低分子量GTPaseは,ヌクレオチドに結合していない状態では非常に不安定であり,このヌク レオチド結合状態を安定に維持するためにはミリモルオーダーのMg2+が必要である.したがって, Mg 2+をキレートしやすいリン酸系のバッファーの使用を避けるとともに(Tris系がよく用いられ る),すべてのバッファーに5 mM程度のMgCl2を入れておく必要がある. 2)精製した低分子量GTPaseの最も簡便な活性測定法は,ヌクレオチド結合能を測定することで ある.あとで述べるGDP/GTP交換反応測定実験において,GEF非存在下でのフィルター上の放射活 性と,用いた低分子量GTPaseのタンパク質量 (モル数) ,用いた放射性同位体の比活性から,1 mol の低分子量GTPaseに何molのGDPが結合したかを算出することができる.低分子量GTPaseによって 異なるが,生化学実験には,1 mol当たり0.2 mol以上のGDPに結合するような試料を用いることが 望ましい.もちろん,これで低分子量GTPaseのすべての活性 (たとえば,GTP結合型での標的タン パク質の活性化能)が保証されるわけではない. 3) 大腸菌で発現・精製した低分子量GTPaseは,C末端での脂質修飾を受けていないことに留意し ておく必要がある.低分子量GTPaseに作用するタンパク質のなかには,Rho GDIやRab GDIのよう に,この脂質修飾を要求するものがあるので,そのような場合には,昆虫細胞 (バキュロウイルス 系)での発現,精製系[11]などを検討すべきである. 4)低分子量GTPaseによって異なるが,多くの低分子量GTPaseは-80℃の凍結保存で比較的安定 (数ヶ月) に保存できる.長期保存後は,うえで述べたようにしてヌクレオチド結合能を確認すべき である. ここで紹介した実験法は,できるだけモデルになっている論文に忠実に書いてある.したがっ て,反応液に使うバッファーの種類や,pH,塩濃度,また,反応における細かな数字 (反応液の容 量や反応温度,反応時間など) は一つの例であって,厳密にフォローする必要はない.個々の実験 にあわせて調節していただきたい.
4.3.2.内在 GTPase 活性および GTPase 活性促進活性(GAP 活性)測定 a.原理 低分子量GTPaseに結合しているグアニンヌクレオチドを[γ-32P]GTPと交換する.低分子量GTPase のGTPase活性によって,γ位のラベルされたリン酸基は低分子量GTPaseから遊離する.反応液を ニトロセルロースフィルターでろ過すると,フィルター上には低分子量GTPaseとそれに結合して いるヌクレオチドのみが残るので,フィルター上の残存放射能を測定することによりGTPase活性 を測定することができる.低分子量GTPaseの内在GTPase活性は低く,Rasでは0.03 min-1程度であ る.しかし,GAPが存在すると,その活性は約1000倍増大する.
314
4.低分子量 GTPase の解析
b.準備 精製した低分子量 GTPase ◆ ニトロセルロースフィルター(BA-85, 2.5 cm, 孔径0.4μm, Schleicher & Schuell) ◆ Millipore filtration device (Millipore) 上記のニトロセルロースフィルター を使って溶液を吸引ろ過できるものであればなんでもよい. ◆ [γ-32P]GTP(185 TBq/mmol, Amersham) そのほかの試薬は,通常の特級試薬を用いる.
c.実験法 1 低分子量GTPase (20 pmol) を,50μlのヌクレオチド交換バッファー (40 nM [γ-32P]GTP-50 mM Mes-NaOH(pH 6.5) -1 mM EDTA-2 mMジチオト レイトール-300 mg/mlウシ血清アルブミン) にて,25℃で15分間インキュ ベートし,氷上にて反応を停止する(注1). 2 22μlのこの反応液を,180μlのGAP assayバッファー (25 mM Mes-NaOH (pH 6.5) -1.25 mM MgCl2-1.25 mMジチオトレイトール-1.25 mg/mlウシ血
低分子量GTPaseをヌクレオチド交換 バッファ−にてインキュベ−ト 反応停止液をフィルタ−にてろ過 反応液をGAP assayバッファ−に加え, サンプルを添加する フィルタ−を洗浄
適当な時間ごとに反応を停止 液体シンチレ−ション カウンタ−にて計測
注1
低分子量GTPaseは,Mg2+非存在下では結合しているヌクレオチド (通常はGDP) を遊離するので,この性質を利用して結 合GDPを放射性同位体でラベルされたGTPと交換する.
315
清アルブミン) に加え,22μlのサンプルを添加して,25℃でGAP活性測 定をスタートする(注2). 3 適当な時間 (注3) を選び,50μlずつサンプルをとり,氷温にした500μlの ストップバッファー(20 mM Mes-NaOH (pH 6.5)-5 mM MgCl2)に加えて 反応を停止する. 4 反応停止液をニトロセルロースフィルターにてろ過する(注4). 5 フィルターをストップバッファーで3回洗浄する. 6 フィルターの放射能を液体シンチレーションカウンターにて計測する.
d.トラブルシューティング この方法では,ヌクレオチド自体が遊離している場合や,サンプルにコンタミネーションしてい る非特異的なホスファターゼがGTPを加水分解している場合にも,GAP活性として検出される.こ れらのことを区別する方法としては,以下の方法が用いられる. 1) 上述したGTPase反応欠損型の低分子量GTPase変異体を,基質に用いて反応を行ってみる.確
GAP活性(%)
100
50
0
2
5 時間(分)
10
図4・2 IRA2タンパク質のRAS2タンパク質に対するGAP活性.RAS2 タンパク質に[γ-32P]GTPを結合させ,30μgの部分精製したGSTタン パク質(○),あるいは,GST-IRA2融合タンパク質(●)を加えて, GAP活性を測定した.GAP活性は,0分での結合[γ-32P]GTPの放射能 (cpm) を100 %としている.
注2
サンプルの代わりに22μlのコントロールバッファーを加えれば,内在GTPase活性の測定法となる.
注3
GAP活性測定では短いタイムコース (1分間くらい) を,内在GTPase活性測定では長いタイムコース (60分間くらい) をとっ てみる.
注4
ニトロセルロースフィルターは,あらかじめバッファーになじませておく.
316
4.低分子量 GTPase の解析
かにGTPase反応を観察している場合には,この変異体では内在GTPase活性やGAP活性がみられな いはずである. 2) [γ-32P]GTPではなく,[α-32P]GTPを用いて同様の実験をし,薄層クロマトグラフィーでヌクレ オチドを展開してGTPからGDPが生成していることを確認する方法もある[12].
e.実験例: [12] 出芽酵母RAS2タンパク質に対するIRA2タンパク質のGAP活性を測定した(図4・2) .
4.3.3.GDP/GTP 交換反応促進活性(GEF 活性)測定 a.原理 [3H]GDPを低分子量GTPaseに結合させ,ミリモルオーダーのMg2+およびGDP/GTP存在下 (通常で はヌクレオチドが遊離しない条件) でGEFと反応させたのち,フィルトレーションにより低分子量 GTPaseに結合している[3H]GDPを計測する.GEFが作用すると,[3H]GDPの低分子量GTPaseよりの 解離(GDP/GTPとの交換)が観察できる.
b.準備 ◆ 精製した低分子量GTPase (518 GBq/mmol, Amersham) ◆ [3H]GDP そのほかは上述と同じ.
c.実験法 1 低分子量GTPase (10 pmol) を125μlのヌクレオチド交換バッファー (1 mM [3H]GDP (注1) -20 mM Tris-HCl (pH 7.5) -5 mM MgCl2-10 mM EDTA-1 mM ジチオトレイトール) (注2)にて,30℃で20分間インキュベートする. 2 5μlの375 mM MgCl2を加え,さらに,2.5μlの10 mM GDPを加えて, 氷上にて反応を停止させる.
注1
用いる[3H]GDPの比活性を,放射能標識していないGDPで1×104 cpm/pmol程度に調節しておくと扱いやすい.
注2
1 mM程度のL-α-ジミリストイルホスファチジルコリンをリポソーム状態で加えると,ヌクレオチドの低分子量GTPase への結合が促進される場合がある[13].
317
低分子量GTPaseをヌクレオチド交換 バッファ−にてインキュベ−ト 適当な時間ごとに反応を停止 MgCl2を加え,さらに,GDPを加える 反応停止液をフィルタ−にてろ過 GEFサンプルを含む溶液を加える フィルタ−を洗浄
液体シンチレ−ション カウンタ−にて計測
3 上記の溶液に,375μlの,GEFサンプルを含む溶液 (20 mM Tris-HCl (pH 7.5) -6.75 mM MgCl2-67.5 mM GTP(注3)-67.5 mM GDP(注3)-1 mMジチ オトレイトール)を加え,25℃で反応をスタートする. 4 適当な反応時間ののちに,100μlのサンプルを取り出し,2 mlの氷温に したストップバッファー (20 mM Tris-HCl (pH7.5) -25 mM MgCl2-100 mM NaCl)に加えて,反応を停止する. 5 反応停止液をニトロセルロースフィルターにアプライし,ろ過する. 6 フィルターをストップバッファーで3回洗浄する. 7 フィルター上の放射能を液体シンチレーションカウンターにて計測す る.
注3
318
このヌクレオチドがGDPであるのかGTPであるのかは,基本的には大きな問題ではない.GEF反応は低分子量GTPaseか らのヌクレオチドの解離を促進する反応であり,つぎに結合するヌクレオチドの種類までみわけるわけではない.細胞 内では,GTPの濃度がGDPに対して圧倒的に高いので,つぎに結合するヌクレオチドがGTPである確立が高く,その結 果,GDPがGTPに交換されるにすぎない.
4.低分子量 GTPase の解析
[3H]GDP結合(cpm×10-3)
(a)
(b)
10
5
0
0
5 10 時間(分)
0
4 8 ドース(pmol)
図4・3 ROM2タンパク質のRHO1タ ンパク質に対するGEF活性.RHO1タ ンパク質に[3H]GDPを結合させ,精製 したGSTタンパク質(○) ,あるいは, GST-ROM2融合タンパク質 (●) を加え て,GEF活性を測定した.(a)タイム コース.4 pmolのGST-ROM2融合タン パク質を用いた. (b) ドースレスポンス. 5分間反応を行った.
d.トラブルシューティング この実験では[3H]GDPの解離のみで判定するので,実際にGDP/GTPが結合しているかどうかの保 証がない.そこで,ラベルするヌクレオチドを[3H]GDPではなく[35S]GTPγS (GTPの非加水分解ア ナログ) に代え,GDPの解離だけでなくGTPの結合も確認することにより,GDP/GTP交換反応を測 定することが望ましい[14].
e.実験例 出芽酵母RHO1タンパク質に対するROM2タンパク質のGEF活性を測定した (図4・3)[15].
4.3.4.GDP 解離抑制活性(GDI 活性)測定 a.原理 [3H]GDPを低分子量GTPaseに結合させ,低濃度のMg2+ ([3H]GDPが低分子量GTPaseより解離して くる濃度) の存在下でGDIと反応させ,フィルトレーションにより[3H]GDPの低分子量GTPaseよりの 解離の抑制を測定する.
b.準備 ◆ 精製した低分子量GTPase (注1)
注1
これまでに見い出されているGDI(Rho GDI,Rab GDI) は,基質の低分子量GTPaseがC末端で脂質修飾を受けていること を要求する.
319
低分子量GTPaseをヌクレオチド交換 バッファ−にてインキュベ−ト 反応停止液をフィルタ−にてろ過 GDIサンプルを含む溶液を加える フィルタ−を洗浄 適当な時間ごとに反応を停止 液体シンチレ−ション カウンタ−にて計測
◆ [3H]GDP (518 GBq/mmol, Amersham) そのほかは上述と同じ.
c.実験法 1 低分子量GTPase (10 pmol) を,120μlのヌクレオチド交換バッファー(1 mM [3H]GDP-20 mM Tris-HCl(pH 7.5)-5 mM MgCl2-10 mM EDTA-1 mM ジチオトレイトール)にて,30℃で20分間インキュベートする. 2 上記の溶液に,500μlのGDIサンプルを含む溶液 (500 mM GTP-25 mM Tris-HCl (pH 7.5) -8 mM MgCl2-13 mM EDTA-1 mM ジチオトレイトール) を加え,30℃で反応をスタートする. 3 適当な反応時間ののちに,120μlのサンプルを取り出し,2 mlの氷温に したストップバッファー (20 mM Tris-HCl (pH 7.5) -25 mM MgCl2-100 mM NaCl)に加えて反応を停止する. 4 反応停止液をニトロセルロースフィルターにアプライし,ろ過する. 5 フィルターをストップバッファーで3回洗浄する. 6 フィルター上の放射能を液体シンチレーションカウンターにて計測す る.
320
15
(a)
(b) GDI活性 (%)
[3H] GDP結合 (cpm×10−3)
4.低分子量 GTPase の解析
10
100
50
5
0
0
10 20 時間(分)
0
0
20 40 ドース(pmol)
図4・4 RDI1タンパク質のRHO1タンパ ク質に対するGDI活性.RHO1タンパク 質に[3H]GDPを結合させ,精製したGST タンパク質(○),あるいは,GST-RDI1 融合タンパク質 (●) を加えて,GDI活性 を測定した. (a) タイムコース.20 pmol のGST-RDI1融合タンパク質を用いた. (b) ドースレスポンス.5分間反応を行っ た.GDI活性は,[3H]GDPの解離を完全 に抑制した場合を100 %とした.
d.トラブルシューティング [3H]GDPの解離速度はMg2+濃度により影響を受けるが,その程度は個々の低分子量GTPaseにより 異なる.GDI活性が観察できなかったときは,GDIの効果が出やすいように,MgCl2とEDTAの濃度 を変えることにより遊離のMg2+濃度を調節してみる.
e.実験例 [16] 出芽酵母RHO1タンパク質に対するRDI1タンパク質のGDI活性を測定した(図4・4) .
4.3.5.低分子量 GTPase の細胞内でのヌクレオチド結合状態の判定 低分子量GTPaseが実際に細胞内でGTPに結合しているのか,GDPに結合しているのかを知ること は,低分子量GTPaseの活性化を細胞内で知ることであり,重要な実験である.この実験は,Rasに ついてはうまく行われているが[17,18],そのほかの低分子量GTPaseについては確定的な報告はまだ なされておらず,今後開発される必要がある.
4.4.低分子量 GTPase の作用機構の解析 低分子量GTPaseが,その標的タンパク質に作用する機構の生化学的な解析法については,個々 のケースで大きく異なるのでここでは省略させていただく.標的タンパク質の活性がなんらかの生 化学的な方法で検出できる場合 (たとえば,標的タンパク質がプロテインキナーゼの場合) は,低分 子量GTPaseの役割は比較的簡単に解析できる.しかし,低分子量GTPaseがGTP結合型特異的に結
321
合する以外には標的タンパク質の作用がみつかっていない場合には,標的タンパク質の活性を評価 するなんらかのアッセイ系を構築したり,標的タンパク質のドメイン構造や標的タンパク質と相互 作用するタンパク質から得られる情報をもとに標的タンパク質の作用を推測したりする必要があ る.
4.5.おわりに 本章では,低分子量GTPaseの一般的な解析法を中心に述べた.紙面の都合で述べることができ なかったが,低分子量GTPase関係で重要な実験として,低分子量GTPaseの脂質修飾の解析がある. 低分子量GTPaseの研究が進んでくるにつれて,低分子量GTPaseが細胞内のさまざまな箇所で, シグナル伝達のスイッチとして重要な役割を果たしていることが明らかにされつつあり,その重要 性は増している.出芽酵母のゲノムプロジェクトの終了により,まだ解析されていないGTPaseが いくつも存在することが明らかにされている.今後も,出芽酵母や分裂酵母の系から,低分子量 GTPaseの活性制御機構や作用機構について,高等動物の系をリードするような重要な知見が得ら れることを期待したい.
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4.低分子量 GTPase の解析
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323
VI.減数分裂と組換え修復
1.分裂酵母の減数分裂と胞子発芽
下田 親
1.1.はじめに 分裂酵母Schizosaccharomyces pombeは,通常,一倍体で増殖する.培地の栄養源,特に窒素源が 枯渇すると,異なる接合型の細胞間で接合し二倍体の接合子ができる.接合子は続いて減数分裂に 入り,2回の有糸分裂を経て4個の一倍体の胞子を含む子のうに分化する.胞子は栄養培地に移すと 発芽し,再び栄養細胞に戻る.接合子を減数分裂に入るまえに栄養培地に戻すと,二倍体の栄養細 胞として増殖する(図1・1). 減数分裂を分子細胞生物学や生化学的な手段で解析するためには,減数分裂の過程を同調的に進 行させる必要がある.本節では,同調的な減数分裂について,代表的な二つの方法を解説する.ま た,劣性致死変異株のFACS解析などに必要な,胞子単離法と発芽の手順,また,減数分裂欠損株
一倍体細胞
二倍体細胞
h+
h−
接合
胞子発芽 子のう胞子
G1アレスト 減数分裂前DNA合成
減数第一分裂前期
子のう壁の 自己消化
減数第一分裂 胞子壁形成
前胞子膜形成 減数第二分裂
SPB多層化と 膜小胞の集合
図1・1 分裂酵母の細胞分化過程 (接合, 減数分裂,胞子形成,胞子発芽) .細胞内 構造として,核と前胞子膜のみを示す.ま た,核膜上のドットは紡錘極体(SPB)を, 核内の太線はスピンドルを示す.
327
および胞子発芽欠損株の取得法についても述べる.分裂酵母の有性生殖については文献[1,2,3]で解 説されている.
1.2.窒素飢餓法による減数分裂の同調化
1.2.1.はじめに 二倍体株を用いて,対数増殖期の培養を窒素源を含まない培地に移すことにより同調的に減数分 裂を誘導することができる[4].最も基本的な減数分裂誘導シグナルである窒素飢餓を用いた方法で あるが,つぎに述べるpat1変異を用いる温度シフト法に比べると同調度は劣る.ここでは,まず二 倍体株の作製法を述べ,ついで減数分裂誘導の手順を説明する.
1.2.2.原理 二倍体細胞を窒素源を含まない培地に移すと,細胞周期をG1期で停止したのち,減数分裂前DNA 合成を経て減数分裂過程に入る.窒素飢餓シグナルによりh+型とh-型の接合型遺伝子が転写レベル で発現誘導され,最終的に減数分裂を誘導するMei2タンパク質が活性化することにより,細胞は減 数分裂に入る[5].一倍体株の場合は,まず接合して二倍体化したのち,減数分裂に入る.
1.2.3.準備 a.菌株 特に必要ない場合は,栄養要求性をもたない二倍体株を用いる.標準的な菌株は,筆者の研究室 から分与可能である.掛け合わせで二倍体を作製する場合は,相補的な栄養要求性マーカーをもつ 株を選ぶ.一倍体ホモタリック株を用いることもできるが,この場合は窒素飢餓培地中で接合によ り二倍体してから減数分裂に入る.したがって,同調度は二倍体に比べると劣る.
b.器具・機器 ◆ 培養用フラスコ(坂口フラスコまたはエーレンマイヤーフラスコ)
328
1.分裂酵母の減数分裂と胞子発芽
◆ 振とう機付きの培養装置 ◆ 位相差蛍光顕微鏡 ◆ フローサイトメーター ◆ 卓上遠心機
c.試薬 通常の特級試薬を用いる. 培地はオートクレーブ滅菌する. DAPI(4ユ,6-diamidino-2-phenylindole, Sigma D-1388) PI (propidium iodide, Sigma P-4170)
1.2.4.実験法 二倍体株の作製 1 掛け合わせる一倍体株をYEAプレートに植え,1∼2日間30℃で培養す る. 2 両株の細胞(約108 cells)をおのおの1 mlの滅菌生理食塩水に懸濁したの ち,その等量を別のチューブ中で混合する. 3 この混合液 (100μl) をSPAプレートの表面にスポットし,28℃で15時間 培養する. 4 細胞をかき取り,滅菌生理食塩水に懸濁・希釈したのち,SD選択プ レートに播く. 5 30℃で2∼3日間培養し,生じたコロニーをYEAプレートとMEAプレー トに植え継ぐ. 6 30℃で2日間培養したのち,YEAプレートは4℃で保存する. 7 MEAプレート上のコロニーを位相差顕微鏡で観察し,高頻度で子のう が形成されていることを確認する.
329
YEA培地で2日間培養 遠 心 MM培地に接種 約107cells/mlになるように MM-N培地に接種 約107cells/mlに達する まで振とう培養
振とう培養
サンプリング
同調的減数分裂 1 シングルコロニーからとった二倍体株 (注1) をYEAプレートに植え,30 ℃で2日間培養する. 2 細胞を生理食塩水に懸濁し106 cells/mlの細胞濃度になるように100 mlの MM培地に植える. 3 26∼30℃で一晩振とう培養する. 4 細胞濃度が約107 cells/mlになったら,全細胞を3000 rpm,5分間の遠心 で集める. 5 遠心により細胞をMM-N培地で洗浄したのち,107 cells/mlになるように MM- N液体培地100 ml(注2)に植える. 6 28∼30℃で振とう培養する. 7 経時的にサンプリングし,つぎの項目について減数分裂の進行を調べ る.3.7 %になるようにホルムアルデヒドを加え,低温で保存すること ができる. 位相差顕微鏡で観察し,栄養細胞,接合子,子のう数を計数する. エタノールなどで固定したのち (注3) ,DAPI染色により核を蛍光顕微鏡 注1
実験前にシングルコロニーを取り直し,一度完全培地で生育させることが必要である.
注2
大量の細胞が必要な場合は培養スケールを上げる.この際,細胞濃度を指定通りにすることに注意する.
注3
細胞当たりの核数を計数するだけなので,簡便な固定法でよい.たとえば,70 %エタノールで室温20分間処理.
330
1.分裂酵母の減数分裂と胞子発芽
で観察する.接合子当たりの核数により減数分裂の進行をモニターする. PIにて染色し,FACSにより細胞のDNA含量を測定し,減数分裂前DNA 合成時期を決める.
1.2.5.トラブルシューティング 減数分裂を行う細胞の頻度が低いとき,一倍体のホモタリック株は接合型遺伝子座の突然変異に よりヘテロタリック株に転換することがある.このようなヘテロタリック一倍体細胞が混在すると 減数分裂頻度が低下する.よく胞子形成するシングルコロニーを取得することが対策である. 減数分裂の同調度が悪いとき,前培養のMM+N培地での細胞数を調べる.107 cells/mlを越えて, 定常期に入っていないかどうかをチェックする.
0時間
2時間
4時間
8時間
2C
4C
図1・2 減数分裂前DNA複製のフローサイトメトリーによる解析 (原図 安部博子) .
331
細胞のタイプ(%)
100 80 60 40 20 0
0
5 10 15 20 25 −N培地シフト後の時間 (時間)
図1・3 窒素飢餓法により同調させた減数分裂の時間経過.細胞を DAPI染色し,一核 (■) ,二核 (●) ,四核 (▲) の細胞を計数した (原 図 安部博子) .
1.2.6.実験例 二倍体株CD16-1 (h+/h-) を用いて,同調的に減数分裂させた.減数分裂前DNA合成をFACS分析に より調べた (図1・2) .まず,G1期に停止して2Cのピークに収束したのち,DNA複製が起こり4Cの ピークに移行しているのがわかる.また,DAPI染色により一核から二核への第一分裂の進行,二 核から四核への第二分裂の進行がみられる(図1・3).
1.3.温度シフト法による減数分裂の同調化
1.3.1.はじめに 1985年に二つのグループから独立にpat1変異(ran1変異ともいう) が報告された[6,7].温度感受性 のpat1-114変異株は,栄養培地上でも制限温度にシフトすることにより減数分裂を誘導できる.こ の変異株を用いると,高い同調度で減数分裂の進行がみられる.
1.3.2.原理 pat1+遺伝子の産物はセリン・スレオニンキナーゼで,栄養細胞において減数分裂誘導因子であ るMei2タンパク質をリン酸化することにより減数分裂を抑制している[5].したがって,pat1-114温 度感受性変異株を制限温度におきPat1キナーゼを不活性にすると,同調的に減数分裂が開始する[8].
332
1.分裂酵母の減数分裂と胞子発芽
1.3.3.準備 菌株 ◆ pat1-114温度感受性変異をホモにもつ二倍体株(注1) ほかに準備すべきものは,窒素飢餓法による減数分裂の同調化と同じ.
1.3.4.実験法 1 シングルコロニーからとったpat1-114変異をホモにもつ二倍体株をYEA 完全培地に植え,25℃で2日間培養する. 2 細胞を生理食塩水に懸濁し,106 cells/mlの細胞濃度になるように100 ml のMM培地に植える. 3 25℃で一晩振とう培養する.
YEA培地で2日間培養(25℃) 約107cells/mlになるようにMM-N培地に接種 MM培地に接種 振とう培養(25℃で15時間) 約107cells/mlに達するまで 振とう培養(25℃) 34℃に移す
遠 心 サンプリング
注1
pat1-114変異をもつ一倍体株も,同様に同調的減数分裂を誘導するのに用いることができる.しかし,多くの胞子は異倍 数性となり,発芽しない.また,同調度もホモ二倍体に比べ低くなる.
333
4 細胞濃度が約107 cells/mlになったら,全細胞を3000 rpm,5分間の遠心 で集める. 5 遠心により細胞をMM-N培地で洗浄したのち,107 cells/mlになるように MM-N培地100 mlに植える. 6 25℃で正確に15時間振とう培養する(注2). 7 そのまま培養を34℃に移す(注3). 8 経時的にサンプリングする. 9 減数分裂の進行をモニターする.
1.3.5.トラブルシューティング 同調度が悪いことがある.pat1-114変異株は温度感受性なので,通常は23∼25℃で培養する.ま た,減数分裂の誘導は34℃が最も同調度がよい.培養温度をチェックする.
1.3.6.実験例 pat1-114変異をホモにもつ二倍体株 (JZ670) を用い,温度シフト法により同調的な減数分裂を誘導 した.減数分裂の進行を図1・4に示す.図1・3の窒素飢餓法に比べ,同調度が格段にすぐれている ことがわかる.
細胞のタイプ (%)
100 80 60 40 20 0 0
15 20 25 5 10 温度シフト後の時間(時間)
図1・4 温度シフト法により同調させた減数分裂の時間経過.細胞 をDAPI染色し,一核 (■) ,二核(●),四核(▲)の細胞を計数した (原図 安部博子) .
注2
細胞を窒素源飢餓におき,G1期に収束させるための処理である.
注3
pat1遺伝子が不活性化し,減数分裂を開始する.
334
1.分裂酵母の減数分裂と胞子発芽
1.3.7.おわりに 窒素飢餓によりG1期停止させることによって,温度シフトによる減数分裂の同調度が改善され る.分裂酵母の減数分裂を調べる方法としては最も同調度が高い.ただし,pat1温度感受性変異株 でも完全に正常な減数分裂が起こっているかどうか,さらに検討の必要がある.
1.4.胞子の単離と発芽
1.4.1.はじめに 劣性致死変異をもつ遺伝子破壊株の細胞周期を解析することは,通常できない.そこで,野生型 アリルとのヘテロ二倍体を減数分裂させ,生じた一倍体胞子の発芽時の細胞周期をみることがよく 行われる.ここでは,胞子の単離法と,発芽の方法について説明する.
1.4.2.原理 分裂酵母の子のうは,自己消化により細胞壁が溶解し胞子が遊離する.胞子は栄養細胞に比べ密 度が高いので,平衡密度勾配遠心法により胞子のみを単離することができる[9].単離した胞子は, 2 %グルコースを含む栄養培地中で培養することにより発芽し,栄養成長を再開する.
1.4.3.準備 a.菌株 ◆ ホモタリック一倍体,もしくは,二倍体で胞子を形成する株
b.培地 ◆ YEA完全培地 ◆ SSL胞子形成培地
335
◆ 発芽用栄養培地(注1)
c.試薬 •
ウログラフィン (76 %液が日本シェーリング社より血管造影剤として市販さ れている) 滅菌純水にて25 %,55 %のストック液を作製.
d.器具・機器 ◆ 培養用フラスコなど ,また ◆ 超遠心分離機 (日立himac CP70Gなど,RPS27スイングローター) は,スイングローターが使用できる高速遠心分離機 ◆ 位相差蛍光顕微鏡 ◆ フローサイトメーター ◆ ソニケーター
1.4.3.実験法 1 ホモタリック一倍体株もしくはヘテロタリック二倍体株を,YEAプレー トにストリークし,30℃で2日間培養後,シングルコロニーをとる. 2 SSL胞子形成培地 (100 ml) にシングルコロニーを植え,28℃で3∼7日間 振とう培養する(注2). 3 ほとんどの子のうが溶解し,胞子が遊離したことを顕微鏡で確認する. 全量を3000 rpm,5分間の遠心で集める. 4 滅菌水で1回洗浄後,2 mlの滅菌水に懸濁し,軽く超音波処理する. 5 容量が40 mlの遠心管に,25 %∼55 %のウログラフィン直線密度勾配 (約 30 ml)を作製する. 6 密度勾配液の上に,胞子を含む細胞懸濁液を重層する. 7 25,000×g,30分間遠心する. 注1
発芽にはグルコースが必須であるので,炭素源として必ずグルコース(2 %) を含む栄養培地を用いる.
注2
7日間振とう培養すると,通常95 %以上の子のうで細胞壁が破れ,胞子を遊離している.このように,長期間胞子形成培 地で培養しても,発芽能は影響されない.
336
1.分裂酵母の減数分裂と胞子発芽
SSL培地にシングルコロニ−を植菌 ウログラフィン直線密度勾配遠心 振とう培養(28℃で7日間) 下層の胞子を分離 遠 心 滅菌水で洗浄 滅菌水に懸濁し超音波処理 -20℃で保存
図1・5 ウログラフィン密度勾配遠心により分かれた二つのバン ド.V:栄養細胞.S:胞子.
8 2層の細胞層に分かれる (図1・5) .上のバンドが栄養細胞,下のバンド が胞子である.ペリスタポンプにより下のバンドを抜き取り,滅菌水で 2回遠心洗浄する. 9 適当な濃度になるように胞子を滅菌蒸留水に懸濁する.このまま-20℃ で長期間保存できる. 10 栄養培地に胞子を107 cells/mlになるように接種し,30℃で培養し発芽さ せる.
337
11 発芽の進行を顕微鏡観察,吸光度(注3),FACS解析(注4)によりモニ ターする.
1.4.5.実験例 野生型ホモタリック株L968を,SSL培地で7日間胞子形成させ,ウログラフィン密度勾配遠心法 により遊離胞子を調製した.酵母エキスをふくむYEL培地で,30℃で振とう培養した.図1・7に示 すように,まず胞子の暗色化,膨潤,突起形成と伸長,有糸分裂,隔壁形成の順に形態変化が進行 し,栄養細胞になる.時間経過を図1・8に示す.
(a)遠心前
(b)遠心後
図1・6 密度勾配遠心により単離され た胞子.(a)遠心前の細胞で,胞子と ともに栄養細胞が混在している.(b) 遠心後の胞子の画分.栄養細胞が除か れている.
未発芽胞子
暗色化
膨潤
突起形成 (DNA合成)
突起の伸長 有糸分裂
隔壁形成
図1・7 胞子発芽の過程を示す模式図 (原図 畠中内子) .
注3
発芽の開始とともに,細胞懸濁液の吸光度 (650 nmで測定) が約20 %低下する.発芽後の成長が始まると,吸光度は再び 上昇する.
注4
調べたい遺伝子をura4+で破壊したときは,ウラシルを含まない最少培地で発芽させる.野生型遺伝子をもつ胞子はウラ シル要求性であるため,発芽後の成長がみられない.
338
1.分裂酵母の減数分裂と胞子発芽
130
(a)
吸光度(%)
120 YEL培地
110 100 90 80
2%グルコース
70 (b)
暗色化
細胞体積(μm3)
80
突起形成
100 80
60 60 40 40 20 0
20
0
2
4 6 8 培養時間(時間)
10
0
図1・8 胞子発芽の時間経過.(a)吸光度の変化. 実線はYEL完全培地での結果.破線は2%グルコー ス液での結果. (b) 位相差顕微鏡観察により,暗色 化した胞子(●) ,発芽突起をもつ細胞(○) をカウ ントした.また,細胞体積(△)はコールターカウ ンターにより測定した (原図 畠中内子) .
1.4.6.おわりに 劣性致死変異の表現型は,胞子をプレートにおき停止形態をみることができる.しかし,ここで 示した方法で胞子を単離し発芽させることにより,より定量的に調べることが可能となる.
1.5.細胞分化に関する突然変異株の取得
1.5.1.はじめに 細胞分化に関する細胞生物学的な実験に分裂酵母を用いる最大の利点は,突然変異株が取得でき ること,該当する野生型遺伝子を単離することが可能なことである.ここでは,減数分裂 (胞子形 成)欠損株と胞子発芽欠損株の取得法について概説する.
339
1.5.2.原理 分裂酵母の胞子を含むコロニーは,ヨウ素蒸気で処理すると褐色に染色される.これは,胞子壁 にアミロース様の多糖類を蓄積するためである.減数分裂欠損株の多くは胞子形成ができないの で,ヨウ素染色陰性としてスクリーニングすることができる.栄養細胞が有機溶媒に感受性である のに対し,胞子は耐性である.したがって,コロニーを有機溶媒で処理して栄養細胞を死滅させた のち,胞子のみを増殖させることにより,胞子発芽能を失った変異株を選択することができる.
1.5.3.準備 a.菌株 ◆ ura4,leu1などの栄養要求マーカーをもつホモタリック一倍体株
b.培地 ◆ YEA完全培地 ◆ MM培地 ◆ MEA胞子形成培地
c.試薬 •
エチルメタンスルホン酸 (EMS, Sigma)
•
0.9 % NaCl溶液
1.5.4.実験法 突然変異の誘発 1 ホモタリック一倍体株を,MM液体培地で一晩培養する. 2 1×108 cells/mlになるようにMM培地に懸濁し,さらに,終濃度2 %にな るようにEMSを加える (注1).
注1
340
EMSは発がん性があるので,必ずフード中で処理し,取り扱いに注意する.廃液は5 %チオ硫酸溶液で処理する.EMSに 対する感受性は用いる株により異なるので,約50 %の致死率となるように処理時間と処理濃度を調節する.
1.分裂酵母の減数分裂と胞子発芽
ホモタリック−倍体株をMM培地で一晩培養
MM培地中で細胞を2%EMSで処理
5%チオ硫酸ナトリウムで1回, 0.9%NaClで2回,遠心洗浄
YEAプレ−トで培養
MEA胞子形成プレ−トにレプリカ
30℃で3日間培養
ビロ−ドの布にレプリカ
ヨウ素蒸気で処理
アセトン蒸気で処理
褐色に染色されない コロニ−を単離
減数分裂欠損 株の単離
YEAプレ−トにレプリカ
胞子発芽欠損 株の単離
生育不良のコロニ−を単離
3 30℃で3時間振とう培養する. 4 遠心により集菌し,5 %チオ硫酸ナトリウムで1回,0.9 % NaClで2回, 遠心洗浄する. 5 YEA完全プレートに接種し,コロニーを形成させる. 341
減数分裂欠損株の単離 1 変異処理したコロニーを,胞子形成用のMEAプレートにレプリカす る. 2 30℃で3日間培養し,胞子形成させる. 3 ヨウ素蒸気で処理し,褐色に染色されないコロニーを選択する (注2) . 4 ヨウ素陰性コロニーから細胞をとり,位相差顕微鏡で観察する.接合子 は形成しているが胞子をつくれないものを,減数分裂もしくは胞子形成 欠損変異株として取得する(注3). 5 DAPI染色,チューブリン染色により,減数分裂もしくは胞子形成の停 止形態を観察する.
胞子発芽欠損変異株の単離 1 変異処理したコロニーを,胞子形成用のMEAプレートにレプリカす る. 2 30℃で3日間培養し,胞子形成させる. 3 コロニーをビロードの布にレプリカする. 4 レプリカした布を,アセトンの蒸気で充満した容器の中で15分間放置す る(注4). 5 アセトン蒸気処理後,すぐにYEAプレートにレプリカし,30℃で1日間 培養する. 6 生育が遅いコロニーを,発芽不能変異株の候補として単離する. 7 再度MEA培地で胞子形成させたのち,完全培地に接種し,15時間後に 胞子が発芽していないものを選択する.
注2
少量のヨウ素 (固体)を金属製カップに入れ,ガスバーナーで加熱し蒸気を発生させる.コロニー表面が直接蒸気に触れ るようにして数秒間処理する.ヨード蒸気を吸わないように注意し,フードの中で処理する.
注3
接合不能変異株もヨウ素蒸気に染まらないので,顕微鏡観察が必要である.
注4
栄養細胞が大部分死滅する条件をあらかじめ検討する.
342
1.分裂酵母の減数分裂と胞子発芽
1.5.5.おわりに ここでは,ホモタリック一倍体株を用いる方法を述べた.一倍体で突然変異を誘発し,自己二倍 体化させてから (すなわち,生じた変異をホモにもつ二倍体ができる),減数分裂能を調べる.一 方,pat1変異株が一倍体でも減数分裂できることを利用して,pat1変異株を親株として減数分裂欠 損変異株を単離する方法も考案されている(岡崎孝映,私信). 減数分裂変異株がすでに単離されており,遺伝子もすべて同定されている.つぎのような異なる (減数分裂前DNA複製より前で停止) ,sme2 停止点をもつ変異株が利用できる.mei1,mei2,mei3 (減数第一分裂の前で停止),mei4(第一分裂前期で停止),mes1(減数第一分裂終了後に停止),
spo5,spo6(第二分裂以降で停止) .胞子発芽不能変異株についてもいくつか取得されている (筆者, 未発表).
参考文献 1.Yamamoto M, Imai Y, Watanabe Y (1997) Mating and sporulation in Schizosaccharomyces pombe. In: Pringle, JR, Broach JB, Jones EW(ed.)Molecular and Cellular Biology of the Yeast Saccharomyces, Cold Spring Harbor Laboratory Press, Cold Spring Harbor, USA. pp.1037-1106 2.下田親(1994)分裂酵母の減数分裂遺伝子.蛋白質核酸酵素 39: 458-466 3.下田親 (1981)胞子発芽.柳島直彦,大嶋泰治,大隅正子(編)酵母の解剖.講談社サイエンティフィ ク,東京,pp105-108 4.Egel R, Egel-Mitani M (1974)Premeiotic DNA synthesis in fission yeast. Exp. Cell Res. 88: 127-134 5.Watanabe Y, Shinozaki-Yabana, S, Chikashige Y, Hiraoka Y, Yamamoto M(1997)Phosphorylation of RNAbinding protein controls cell cycle switch from mitotic to meiotic in fission yeast. Nature 386: 187-190 6.Iino Y, Yamamoto M (1985) Negative control for the initiation of meiosis in Schizosaccharomyces pombe. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 82: 2447-2451 7.Nurse P(1985)Mutants of the fission yeast Schizosaccharomyces pombe which alter the shift between cell proliferation and sporulation. Mol. Gen. Genet. 198: 497-502 8.Iino Y, Hiramine Y, Yamamoto M (1995)The role of cdc2 and other genes in meiosis in Schizosaccharomyces pombe. Genetics 140: 1235-1245 9.Nishi K, Shimoda C, Hayashibe M (1978) Germination and outgrowth of Schizosaccharomyces pombe ascospores isolated by Urografin density gradient centrifugation. Can. J. Microbiol. 24: 893-897
343
2.出芽酵母の組換え修復
太田邦史
2.1.はじめに 出芽酵母の組換え修復は,近年,分子レベルでの解析が進み,真核生物でその機構が広く保存さ れていることが明らかにされつつある.したがって,出芽酵母 (あるいは,分裂酵母) を用いて組換 え修復の基本的な機構を調べることが,以前にも増して重要性を帯びてきている.本章では,出芽 酵母細胞の組換え修復研究に関する基本的な方法論,特に,組換え頻度の測定と,組換え修復に伴 う産物の物理的同定に主眼をおいて記す.以下の方法により,任意の遺伝子の組換え修復における 役割を,ある程度推測することができる.ただし,結果の解釈は種々の手法による結果を総合して 行わなければならない.
2.2.有糸分裂期の組換え頻度の測定
2.2.1.原理 二倍体株の一方の相同染色体に関して,栄養要求性 (または,薬剤耐性) マーカー遺伝子に変異を 導入し,もう一方の相同染色体とのあいだでの相同組換えによってその変異が修復を受け,野生型 に回復する頻度を測定する.適切なマーカーの入った株を用意する必要がある.注意を要する点 は,組換え欠損株の一部には,有糸分裂期の組換え頻度が上昇するもの,ほとんど野生型と差のな いものなどがあり,この実験のみで目的遺伝子の組換えへの関与を断定することはむずかしいこと である.
2.2.2.準備 ◆ 栄養要求性マーカーの入った酵母株(注1) 組換え頻度測定に適した マーカーを表2・1に示した. ◆ 栄養増殖培地(YPD培地) 注1
344
測定条件を一定にするため,機能を調べる遺伝子以外はすべて同じ遺伝子型をもっていることが望ましい.
2.出芽酵母の組換え修復
表2・1 組換えの検出によく用いられるマーカー遺伝子 遺伝子座
対立遺伝子名
株の例
文献
備考
ARG4
arg4-nsp arg4-bg arg4-rv arg4-bg his1-1 his1-7 his4X-LEU2 his4B-LEU2 his4X-LEU2 (Bam) -URA3 his4B-LEU2
MJL1059*
[3]
ORD149
[5] [10]
アルギニン要求性 RFLP解析可 アルギニン要求性 RFLP解析可 ヒスチジン要求性
[1]
ヒスチジン要求性
[6]
ヒスチジン要求性 RFLP解析可
ARG4 HIS1 HIS4 HIS4
MR101* (MR966×MR93-28C) NKY641* NKY1551*
*はSK1バックグラウンドの株.
◆ 最小プレート(SDプレート) ◆ 栄養増殖プレート(YPDプレート) ◆ 各種アミノ酸ストック液
2.2.3.実験法 1 1∼2 mlのYPD培地で,目的の株と対照となる野生型株の一晩培養を行 う(注2). 2 翌日,菌体密度を血球算定板などで調べる. 3 100∼500個程度のコロニーが生じるように,培養液を滅菌水などで希釈 して,YPDプレートに塗り広げて植菌する. 4 YPD培地の1000∼10万倍の菌体量を,組換えマーカーに関したアミノ酸 だけを欠いた最小プレートに塗り広げて植菌する. 5 数日後,生育したコロニーを数え,下記の式に従って組換え率を算出す る. (最小培地上のコロニー数×希釈率) (栄養増殖培地上のコロニー数×希釈 / 率)
注2
有糸分裂時の組換え頻度は細胞の増殖条件によって変動しやすいので,調べる株の状態 (細胞密度など) をそろえておく 必要がある.
345
目的の株と対照株を培養
菌体密度の測定
培養液を希釈して植菌
組換えマ−カ−に関したアミノ酸だけを欠いた 最小プレ−トに植菌
生育したコロニ−を計数
2.3.DNAアルキル化剤感受性の検定
2.3.1.原理 アルキル化剤などで化学修飾を受けたDNAや,電離放射線で損傷を受けたDNAの大半は,二本 鎖切断修復系によって修復を受ける.したがって,有糸分裂時に組換え欠損を示す多くの変異株 が,メチルメタンスルホン酸 (MMS) やγ線に対する感受性を示す.そこで,MMSやγ線に対する 感受性を調べることで,目的の遺伝子が組換え修復に関与しているか否かのめやすをつけることが できる.ここでは,MMS感受性テストの方法について述べる.
2.3.2.準備 種々の濃度のメチルメタンスルホン酸 (Aldrich) を含む,YDPプレートなど (株の性質にもよるが, 通常,終濃度0.005 %,0.01 %,0.015 %,0.02 %,0.1 %程度がよい) (注1) ◆ YPD培地
346
2.出芽酵母の組換え修復
2.3.3.実験法 1 MMS入りYPDプレートを作製する(通常,作製したつぎの日に用い る). 2 1∼2 mlのYPD培地で,目的の株と対照となる野生型株の一晩培養を行 う. 3 翌日,培養液の細胞数を血球算定板などを用いて計測する. 4 100μl程度の培養液を用いて,10倍,100倍,1000倍,10,000倍の4種の 10倍希釈液の系列を作製する. 5 MMS入りYPDプレート上に,7μl程度の希釈液を滴下して植菌し,イ ンキュベートを開始する(注3).0% MMSのプレートを含めること. 6 3日目,MMS入りYPDプレートを作製する. 7 1∼2 mlのYPD培地で,目的の株と対照となる野生型株の一晩培養を行 う. 8 翌日,数∼十数個のコロニーが生じる希釈倍率をみつける(注2). 9 7) で新たに一晩培養した培養液 (前回と同様な細胞密度であることを確 認する)を上記の希釈率で希釈する. 10 MMS入りYPDプレート上に,100μlの希釈液を塗り広げ,インキュ ベートを開始する.0% MMSのプレートを含めること. 11 翌日,コロニーの数を数え,生存率を下記の式にしたがって算出する. (MMS入りプレート上のコロニー数×希釈率) (0% / MMSプレート上のコロ ニー数×希釈率)
注1
MMSは発がん性のある危険な物質なので,取り扱うときは,手袋,メガネなどを着用する.また,揮発性があるので, 作業はドラフトで行う.汚染した器具などは,すべて5 %チオ硫酸ナトリウム液で処理を行うこと.また,MMSの培地 への添加は,培地をオートクレーブ後,50℃に冷ましてから行うこと.MMS入りプレートは2∼3日しか保存がきかない (MMS力価が低下していく) ので,使用する日程に応じて必要なだけ作製すること.また,加温中のプレートは,ビニル テープで蓋をシールしておくこと.
注2
目的の変異株のMMS感受性が不明な場合,あらかじめこの方法で感受性レベルを調べておくと定量的解析がやりやすい.
注3
このとき滴下量をこれ以上増やしたり,あまり乾いていないプレートを使用すると,滴下した液が流れ出し,うまく植 菌できなくなることがある.
347
目的の株と対照株を培養
菌体密度の測定
MMS入りプレ−トに培養液を希釈して植菌
生育したコロニ−を計数
(a) 0%MMS
0.005%MMS
株A 株B 株C 株D
(b) 100
株A 株B
生存率
10−1
10−2
株C 10−3 株D 10−4
0
0.002
0.004
0.006
MMS 濃度(%)
348
0.008
図2・1 MMS感受性の検定.(a)組換え欠損株 のMMS感受性.(b)MMS感受性の定量的解析.
2.出芽酵母の組換え修復
2.3.4.実験例 異なる濃度のMMSを含むプレートに,希釈率の異なる細胞懸濁液を7μlずつ滴下し,野生株Aを 含む数種の組換え欠損株の感受性を調べた (図2・1) .株Bでは感受性は弱いが,株Cおよび株Dでは かなり強い感受性を示した.
2.4.減数分裂期の組換え頻度の測定
2.4.1.原理 有糸分裂期の組換えに影響がない組換え欠損株の場合でも,減数分裂期の組換えには,多くの場 合,影響がある.減数分裂期の組換えを調べるには,出芽酵母を胞子形成培地で培養したのち,ラ ンダム胞子解析 (または,四分子解析) によって組換え頻度の測定をする.また,減数分裂培地で数 時間培養したのち,栄養増殖培地へ細胞を植菌し,組換え頻度をみることも可能である (増殖回帰 実験).
2.4.2.準備 ◆ 栄養要求性組換えマーカーの入った酵母株(注1) ◆ 最小プレート(SDプレート) ◆ 栄養増殖プレート(YPDプレート) ◆ グリセロール栄養増殖プレート(YPGプレート) ◆ 各種アミノ酸ストック液 注1
減数分裂時組換えの解析には,SK1という株のバックグラウンドをもつ一連の株がよく用いられる.この株は,減数分裂 の進行が非常に速く,また,同調よく進行する.一般的な株では,胞子形成培地導入後24時間で数十%の胞子形成が認め られるが,SK1バックグラウンドをもつ株では,12時間後で80∼90 %,24時間後では95 %以上の胞子形成が認められる.
注2
株の栄養要求性に応じて,1/5量のアミノ酸,アデニン,ウラシルなどを加える.
注3
前培養・胞子形成はエアレーションがよくないと同調よく進行しない.フラスコはバッフルのついた大きめのものを用 い (前培養は培地の4倍以上,胞子形成時は10倍程度の容量) ,栓には必ず綿栓を用いる.
注4
ごく少量 (1/10,000容量)の消泡剤 (シリコン・オイル,信越化学)などを添加する.
注5
0.001 %量のポリプロピレングリコール2000 (ナカライ,もしくは,Aldrich) を添加してからオートクレーブする.
349
◆ 胞子形成前培養培地(SPS培地) (注2,注3,注4) ◆ 胞子形成培地(注2,注3,注5)
2.4.3.実験法 1 目的の株と対照となる野生型株を,YPGプレート上に植菌する (注6) . 2 2日後,シングルコロニーを単離して,少量のSPS培地に植菌し,30℃ で激しく振とうしながら加温する. 3 翌日,2リットルフラスコ中の100∼500 mlのSPS培地に1/2000量の一晩 培養液を植菌し,30℃で激しく振とうしながら加温する. 4 SPS培地中の菌体密度を血球算定板で算出する.2∼4×107 cells/ml程度 になるまで培養を行う(注7).
目的の株と対照株を培養 菌体密度の測定 シングルコロニ−を単離し培養 集菌・洗浄 SPS培地に植菌・培養 胞子形成培地に投入・培養
組換えマ−カ−に関したアミノ酸だけ を欠いた最小プレ−トに植菌
注6
減数分裂の進行にはミトコンドリア機能が必要であり,ミトコンドリアの活性が保持されている酵母を用いる必要があ る.そこで,グリセロールプレート上で生育したコロニーを用いる.SK1バックグラウンドの株を用いるときは,培地上 で4日以上経過したものは自発的に胞子形成をしているものが含まれるので,使わないようにする.
注7
これ以下の細胞密度の場合には,減数分裂の同調性が低下したり,胞子形成率が低下したりすることがある.また,こ れよりもさらに増殖させると,胞子形成中に細胞が壊れやすくなることがある.
350
2.出芽酵母の組換え修復
5 培養液を遠心し,沈殿を滅菌水で懸濁する 6 懸濁した菌体を遠心し,沈殿を少量の滅菌水で懸濁する 7 懸濁液を30℃に保温しておいた胞子形成培地に投入する. 8 30℃で激しく (150 rpm以上) 振とうする. 9 所定の時間 (0,2,4,6,8,10,24時間後など) になったら,培養液の 一部を分取し,組換えマーカーに関するアミノ酸のみを欠いたSDプ レートとYPDプレートのそれぞれに,コロニーが100∼500個程度出現す るように塗り広げ植菌を行う (注8) .
2.4.4.トラブルシューティング 減数分裂の進行が遅いとき.エアレーションが悪いか,前培養の不足が多くの原因である.フラ スコ容量に対する培養液量を減らし,綿栓を用い,振とう速度を上げる.また,SPS培地での前培 養を,3∼4×107 cells/ml程度まで行う. SPS培地でまったく菌が増殖しないとき.SPS培地中では,ミトコンドリア機能が欠損している 酵母はまったくといっていいほど増殖しない.前培養のまえに,YPGプレートでミトコンドリア機 能のある株を選ぶこと. 100
Arg+組換え体出現頻度
10−1
野生型株
10−2
10−3 組換え欠損株 10
−4
10−5
0
3
6
9
12
胞子形成培地中での培養時間(時間)
注8
24
図2・2 出芽酵母野生株および組換え欠損株の減数分 裂期組換えの頻度.組換え率は,arg4-nsp/arg4-bg対立 遺伝子間の組換えを示す.
栄養増殖培地に植菌する場合,10万倍に希釈して100μl播けばよい.最小培地には,胞子形成培地導入直後は希釈せずに 100μl植菌し,時間経過にしたがって希釈率を最終で1000倍程度まであげていくとよい.また,最適な希釈率はマーカー 遺伝子によって異なるので,一度下調べをしておいたほうがよい.
351
胞子形成培地中で培養しているあいだに,細胞の生存率が低下する.これは,組換え欠損株の一 つの特徴でもあるので,異常なことではない.この生存率の低下を念頭に入れて,植菌量を決めな ければならない.
2.4.5.実験例 減数分裂の進行が速いSK1バックグラウンドの出芽酵母における組換えの活性化を調べた (図2・ 2) .胞子形成培地導入後,4∼7時間ほどで大半の組換えが起こっていることがわかる.ここで示し た組換え欠損株では,前培養時 (有糸分裂期) に若干組換え頻度が高くなっているが,減数分裂期に は頻度の上昇がまったくみられない.
2.5.減数分裂期の組換え中間体・組換え産物の物理的検出 2.5.1.原理 いままでの方法では,組換えによって野生型の表現型に戻る現象のみしかとらえることができな い.しかも,表現型という最終的な結果でしか組換えをみていないので,組換え欠損があってもど の段階で異常が起こっているかがわからない. そこで,制限酵素切断断片長多形法 (RFLP: restriction fragment length polymorphism)とサザンハ イブリダイゼーションを用いた手法で,組換え中間体や組換え産物を物理的に検出することが必要 になってくる.第一に,減数分裂時の組換えの契機となる組換えホットスポット領域での二本鎖切 断[1,3,7]をチェックする.ついで,RFLPマーカーを用いて,組換え産物の物理的検出を行う.RFLP を用いるこの方法では,組換えマーカー遺伝子上に制限酵素部位の変異を導入しておく必要があ る.またRFLPマーカーとプローブをうまく設定することで,交差型と非交差型の組換えを区別し て調べることも可能である. 図2・3に,二本鎖切断修復モデルを示した.組換えが頻発する染色体領域はホットスポットと呼 ばれ,ヌクレオソームのない,開いたクロマチン領域に存在する.出芽酵母では,この領域に減数 分裂特異的に二本鎖切断が生じる.二本鎖切断にはSpo11タンパク質が直接に関与し,切断後の DNA末端に共有結合する.この部分は,その後ほかの因子によって削り取られ,やがて長い3ユ突出 末端が形成される.この一本鎖DNA領域は,Rad51タンパク質などの因子の作用によって,もう一 方の相同染色体の相同領域に入り込む.さらに修復DNA合成と,Holliday構造の解離反応が起こ り,最終的にDNA末端の連結とミスマッチ修復が起こって,全組換え反応が終了する. 352
2.出芽酵母の組換え修復
ヌクレオソーム
ホットスポット 構造遺伝子 ホットスポット領域 でのDNA二本鎖切断 とDNA末端への Spo11タンパク質の 共有結合
Spo11 タンパク質
DNA二本鎖切断 5′末端の削り込み
3′ 3′
相同鎖交換・ ヘテロ二本鎖形成
修復DNA合成と Holliday構造の解離
DNAの連結と ミスマッチ修復
図2・3 組換えホットスポットと二本鎖 切断修復 (非交差型) モデル.
2.5.2.準備 胞子形成培地などは,§2.4.2.に準ずる. •
TE溶液 (10 mM Tris-HCl-1mM EDTA (pH 8.0))
•
スフェロプラストバッファー(1 Mソルビトール-10 mMリン酸ナトリウム バッファー(pH 7.0) -50 mM EDTA-1 % 2-メルカプトエタノール-0.01 mg/ml zymolyase 2-メルカプトエタノールとzymolyase(生化学工業) は使用直前に 加える.
•
500 mM EDTA (pH 7.0)
•
10 % SDS
•
20 mg/ml Proteinase K (液状タイプ,Boehringer Mannheim)
•
5 M酢酸カリウム
•
TE溶液飽和フェノール-クロロホルム-イソアミルアルコール(25:24:1)
353
2.5.3.実験法 1 §2.4.3.の通り出芽酵母株 (注1) を減数分裂に誘導し,0∼12時間 (注 2)の範囲の数点で,胞子形成培地を10 ml分取し,1/50量の500 mM EDTAと当量のエタノールを添加し,-20度で保存する (ここで実験を中 断可能). 2 細胞を遠心で回収し,0.5 mlのスフェロプラスト・バッファー(注3)に 懸濁して,1.5 ml容エッペンドルフチューブに移す. 3 37℃で15分間インキュベートする. 4 短く(10,000 rpm,10秒間程度)遠心して細胞を回収し,0.5 mlの50 mM EDTA-0.3 % SDSに懸濁する (注4).
出芽酵母株を減数分裂に誘導 酢酸カリウム処理 EDTAとエタノ−ルを添加 ゲノムDNAを調製 スフェロプラスト化 制限酵素処理 Proteinase K処理 アガロ−スゲル電気泳動
サザンハイブリダイゼ−ション
注1
単純に組換えのみ解析する場合は,arg4-rv/arg4-bgなどのRFLPマーカーをもった非相補性対立遺伝子の組合わせをもつ 二倍体株を用いればよい.交差と非交差型組換えを同時に解析する場合は,his4X::LEU2 (Bam) -URA3とhis4B::LEU2の両 マーカーをもつNKY1551株 (米国ハーバード大学Nancy Kleckner博士が確立[6]) などに目的の変異を導入し,解析を行う.
注2
表記の時間はSK1バックグラウンドの場合 (組換えは4∼6時間後ごろに起こる) .通常の株では0∼16時間の範囲 (組換えは 約8時間後以降にみられる) でみたほうがよい.
注3
zymolyaseはなかなか溶けにくく,しかも一度溶けるとそれほど保存がきかない.したがって,実験開始1時間前ごろから 溶かしはじめたほうがよい.また,一部溶けきらないことがあるが,気にせず使用してかまわない.
注4
DNAの機械的切断を防ぐため,ゲノムDNA溶液の混合は温和に行うこと.
354
2.出芽酵母の組換え修復
5 20 mg/ml Proteinase Kを5μl添加して,65℃で30分間インキュベートす る. 6 エッペンドルフチューブを氷上に置き,0.2 mlの5 M酢酸カリウムを添 加してよく混合し,20分以上放置する. 7 15,000 rpm,15分間,4℃で遠心する. 8 上清を当量のフェノール-クロロホルム-イソアミルアルコールで3回抽 出する. 9 水相を当量のエーテルで抽出する. 10 水相をエタノール沈殿する. 11 沈殿を100μlのTE溶液に懸濁する(ここで中断可能) (注5). 12 得られた10μlのゲノムDNA溶液を制限酵素処理し (注6) ,エタノール沈 殿する. 13 アガロースゲルで電気泳動し,泳動後,写真撮影を行う. 14 メンブレンにサザントランスファーし,ハイブリダイゼーション (注7) を行い,バンドを検出する(注8).
2.5.4.トラブルシューティング 親バンドがスメアになってしまうとき.DNA抽出時に分解を受けたか,操作中に機械的ダメー ジを受けた可能性がある.DNAの取り扱いを温和に行うか,あるいは,zymolyase処理の時間を短 めにするとよい.それでも分解がみられる場合は,分解の大半に寄与するミトコンドリアのヌクレ アーゼNUC1の遺伝子破壊株(米国NIHのMichael Lichten博士などが所有)を用いる.
注5
この段階で数μlを用い,ミニアガロースゲル電気泳動でDNAの収量と質をみておく.一般的には数μgのDNAが得られ るはずである.十分な量のDNAが検出でき,また,異常なDNAの分解などがなければ問題ない.
注6
制限酵素処理は100μl程度の反応系で行う.用いる制限酵素はRFLPマーカーによって異なる.
注7
用いるプローブは,高比活性の32P (>3000 Ci/mmole) を用いてラベルし,G50マイクロスピンカラム (Amersham) を用いて 精製したものを用いている.また,サザントランスファーはアルカリブロット法,ハイブリダイゼーションはChurchの 方法[2,4]に従っている.
注8
最終的に,サーベイメーターで千∼数千程度のカウントが親フラグメント部分で検出できれば,良好な結果が得られる. 富士フィルムのイメージングプレートで数時間,オートラフィルムで2日∼数日露光する.
355
ゲノムDNA画分に低分子量の核酸混入物がみられるとき.多くの場合,RNAの混入によるもの である.RNase Aで処理を行えば消失する.それでも残っているバンドは,酵母細胞に存在する2 μmプラスミド由来のDNAである. RFLPのバンドがきれいに分離しないとき.電気泳動のゲル濃度や泳動時間を変えてみる.筆者 らの研究室では,長さ40 cmの0.7∼0.8 %のゲルを用い,50∼60 Vで一晩 (14∼16時間)かけて泳動 している. RFLPのバンドがみえないとき.制限酵素が正しくはたらいているかチェックする.一般的に, ゲノムDNAを切断するときは過剰量の制限酵素を用いて十分行ったほうがよい.また,減数分裂 の進行が遅いケースもある.この場合は,§2.3.4.を参照のこと.
2.5.5.実験例 以下に用いる制限酵素処理とRFLPの例を示す.
ARG4(DNA 二本鎖切断の検出) Xba Iで切断し,Pst I-SnaB ( I ARG4下流1.3 kbの配列)をプローブに用いる.二本鎖切断はKpn I部 位の近くに生じ,SK1では4∼6時間頃にスメアなバンドとして同定することができる.少量のゲノ ムDNAをXho IとKpn Iで消化したものをサイズマーカーとして用いると,よいめやすとなる.
his4X::LEU2/his4B::LEU2(DNA 二本鎖切断の検出) Pst Iで消化し,HIS4遺伝子座の下流のPst I-Bgl II断片をプローブとしてハイブリダイゼーションを 行う.5.9 kbと3.7 kbの位置にスメアなバンドとして二本鎖切断が検出される.
his4X::LEU2(Bam)-URA3/his4::LEU2(組換え産物の物理的検出) 何通りかのパターンがあるが[6],一般的な方法は,Xho I+Mlu Iで消化し,HIS4遺伝子座の1.6 kb のXho I-Bgl II領域か,HIS4遺伝子座下流1.8 kbのPst I-Bgl II領域をプローブとして用いるものであ る.得られるバンドパターンは図2・4を参照のこと.
arg4-rv/arg4-bg(arg4 遺伝子座組換え産物の検出) Pst I+EcoR V+Bgl IIで消化する.遺伝子変換によって父親側あるいは母親側の染色体のどちらか で野生型配列に戻ると,EcoR V+Bgl IIの制限酵素処理で二重切断されるようになる.プローブと してARG4領域のEcoR V+Bgl II断片を用いると,約1 kbの二重切断断片が検出される(図2・5).
356
2.出芽酵母の組換え修復
(a)
相同染色体A 相同染色体B 二本鎖切断
非交差型組換え
(b)
交差型組換え
PstⅠXhoⅠ
BamHⅠ PstⅠ XhoⅠ his4 LEU2 URA3 PstⅠ XhoⅠXhoⅠ MluⅠ PstⅠ XhoⅠ his4 LEU2 プローブA プローブB
プローブA PstⅠ
P1 DSB−Ⅰ DSB−Ⅱ
プローブA PstⅠ+MluⅠ
P2
(c)
P1 R1 (XO) R2 (XO) R3 R4 (NXO) P2
P1 R1 (XO)
R2 (XO)
プローブB,消化:XhoⅠ+MluⅠ
R3 R4 (NXO) P1 プローブB XhoⅠ+MluⅠ
減数分裂
プローブA,消化:XhoⅠ+MluⅠ
P2
R1 (XO) R2 (XO) R3 (NXO)
R4
P1 R1 (XO) R2 (XO) R3 (NXO) R4 P2
図2・4 交差型および非交差型組換え産物,または,二本鎖切断の検出法.(a)模式図.(b)制限酵素切断地図. (c) 結果.RFLPマーカーを二つの相同染色体それぞれ別々に設定した株を用いる.ここでは,NKY1551株の例を 示した.ゲノムDNAをPst IもしくはXho I+Mlu Iで消化し,(b) で示したプローブでハイブリダイゼーションを行 うと,二本鎖切断,または,交差型 (XO) および非交差型(NXO) の組換え産物を検出することができる.
図2・5では,相同染色体のそれぞれにarg4-rvまたはarg4-bgの組換えマーカーを導入し,減数分裂 を誘導した.細胞を回収してゲノムDNAを調製し,制限酵素 (Pst I+EcoR V+Bgl II) で消化したのち,
ARG4-EcoR V-Bgl II領域の配列をプローブとしてサザンハイブリダイゼーションを行った.Pst IEcoR VとPst I-Bgl IIの2本の親フラグメントに加え,8時間後のサンプルにはARG4遺伝子座のプロ モーター領域にみられる二本鎖切断が,8時間以降のサンプルには組換えに伴って生じた野生型配 列に由来するEcoR V-Bgl IIフラグメントが検出された.
357
(a) 相同染色体A DSB Sc P E
Bg SnP
相同染色体B DSB P E RV Sc
P1 DSB E RV Sc
P
Sn P
P2 BgSn P 組換え体 R1
(b)
胞子形成培地中での時間(時間) M 0 4 6 8 10 24
PstⅠ−SnaBⅠ
P1
PstⅠ−Eco47Ⅲ P2
PstⅠ−SacⅠ
二本鎖切断 R1
図2・5 arg4-rv/arg4-bg対立遺伝子間での 組換え産物の物理的検出.(a) 制限酵素切 断地図. (b) 結果.表記の時間に細胞を回 収した.P1,P2は,Pst I-EcoR VとPst I-Bgl IIの2本の親フラグメント.R1は野生型配 列に由来するEcoR V-Bgl IIフラグメント.
2.6.おわりに 組換え現象は,特定の遺伝子座のみに注目すれば,全集団のなかの0.1∼10 %程度しか起こない ものである.したがって,組換えの検出にはさまざまな組換えマーカーを開発・設定して,高感度 の検出法を編み出す必要がある. ここではとり上げなかった手法として,遺伝情報の供与体となる染色体と受容体となる染色体を 分別して検出する方法,二次元電気泳動法を利用した組換え結合分子 (Joint Molecule) の同定,変性 剤勾配を利用したヘテロ二本鎖結合の検出[3]などの方法論がつぎつぎに報告されている.また,組 換え中間体の検出も,パルスフィールド電気泳動法を用いた染色体レベルの解析法や,プライマー 伸長法やリボプローブを用いた塩基配列レベルでの解析[9]など,多岐に及んでいる.これらに加 え,銀染色と電子顕微鏡観察を用いたシナプトネマル構造の観察,蛍光DNAプローブなどを用い たin situハイブリダイゼーション[8]など,細胞組織化学的解析法も多い.また,組換えホットスポッ ト領域のクロマチン構造の解析[4]も重要性を増している. 今後は,これらの技術が特定の研究者の 「十八番 (おはこ) 」 にとどまらず,多くの研究者に広く普 及することで,組換え研究がますます盛んになってほしいと願っている.
358
2.出芽酵母の組換え修復
参考文献 1.Cao L, Alani E, Kleckner N (1990)A pathway for generation and processing of double-strand breaks during meiotic reocmbination in S. cerevisiae Cell 61: 1089-1101 2.Church GM, Gilbert W (1984)Genomic sequencing. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 81: 1991-1995 3.Goyon C, Lichten M (1993) Timing of molecular events in meiosis in Saccharomyces cerevisiae: Stabel heteroduplex DNA is formed late in meiotic prophase. Mol. Cell Biol. 13: 373-382 4.Ohta K, Shibata T, Nicolas A(1994)Changes in chromatin structure at recombination initiation sites during yeast meiosis. EMBO J. 13: 5754-5763 5.Rocco V, de Massy B, Nicolas A (1992) The Saccharomyces cerevisiae ARG4 initiator of meiotic gene conversion and its associated double-strand DNA breaks can be inihibited by transcriptional interference. Proc. Natl. Acad. Sci USA 89: 12068-12072 6.Storlazzi A, Xu L, Cao L, Kleckner N (1996)Crossover and noncrossover recombination during meiosis: Timing and pathway relationships. Proc. Natl. Acad. Sci USA 93: 9043-9048 7.Sun H, Treco D, Szostak JW(1991)Extensive 3'-overhanging, single-stranded DNA associated with the meiosis-specific double-strand breaks at the ARG4 recombination initiation site. Cell 64: 1155-1161 8.Weiner BM, Kleckner N(1994)Chromosome pairing via multiple interstitial interactions before and during meiosis in yeast. Cell 77: 977-991 9.Xu L, Kleckner N(1995)Sequence non-specific double-strand breaks and interhomolog interactions prior to double-strand break fomation at a meiotic recombination hot spot in yeast. EMBO J. 14: 5115-5128
359
索
引 early‐ゴ ル ジ 149
A
echinocandine α因 子 170
EM
K
B 222
in situハ イ ブ リ ダ イ ゼ ー シ ョ ン
α細 胞 306
Kex2p 149
242
α‐ フ ァ ク タ ー 257
EMS 340
α1→6マ
EUROFAN
ン ノ ー ス 抗 体 175
Kar2p 63
KF 217 19 L
a細 胞 306 a‐ フ ァ ク タ ー 309
F
late‐ゴ ル ジ 149
ACS 20 F型 ade1変
異 株 59
ade2変
異 株 59
Lowicryl
ア ク チ ン 64
FACS
261,271,292,332
FISH法
K4M
LV‐SEM
81
243
Lucifer yellow 59 99
ALP 182 FITC 73 ARS 20
FITC‐ ア ビ ジ ン 234 FITC結
B
合ConA
55
M MAPキ
ナ ー ゼ 306
MATa細 G
16B12 299 B型
サ イ ク リ ン 264
BCA法
地 7
MEL培
地 7
GAP 312
Mineral
stock 8
GDI 311
MIPS 21,22
G1サ
BCIP 224
C
イ ク リ ン 264
GDP/GTP交 12CA5
299
Calcofluor CCDカ
メ ラ 86
cdc25変
換 反 応 促 進 タ ン パ ク 質
離 抑 制 タ ンパ ク 質 311
MM培
GEF 311
mRNA
地 7,277,330 346 地 6 227
GFP 53,66,88
mRNA核
Cdc28キ
ナ ー ゼ 264
GFP‐LacI融
myc‐ タ グ 298
Clb2タ
ン パ ク 質 266
GFP‐TUB1融
CM
異 株 276
GDP解
MM‐N培 MMS
311 white 54,223
313
MEA培
γ 線 346
222
胞 258
MBP
dropout培
地 5
合 タ ン パ ク 質 58
外 輸 送 変 異 株 239,252
合 タ ン パ ク 質 57 N
GFP‐ チ ュ ー ブ リ ン 融 合 遺 伝 子 95
CPY 160,182
GFP融
合 遺 伝 子 88
NLS‐GFP融
CY3 73
GFP融
合 ゲ ノ ム ラ イ ブ ラ リ ー 97
Novozym234
Gnslp 64
Nycodenz
合 タ ンパ ク 質 249 233 194
D green fluorescent protein→GFP D77 238
GST 313
DAPI 56,61,70,234,237,332
GTPase活
DIG標
GTP結
識 83
O 性 化 タ ン パ ク 質 312
合 タ ン パ ク 質 311
Ochlp 149 ORF 21
DiOC6 62 H DNAア
ル キ ル 化 剤 感 受 性 346
DNAチ
ッ プ 44
HAタ
DNA複
製 281
Hoechst33342
DNAマ
イ ク ロ ア レ イ 法 44
horse‐tail運 動 95
DNA量 Dounceホ
グ 298
モ ジ ェ ナ イ ザ ー 192
Patlキ
ナ ー ゼ 332
pat1変
異 332
88 ptr2株 239
261
dropout powder 5
E
P
ptr3株 239
I ID番
号 21
R
in situハ イ ブ リ ダ イ ゼ ー シ ョ ン 227 Ran 236 in vitro輸 送 系 169
9E10 299
Rerlp 147
RFLP
352,356
イ ン ベ ル タ ー ゼ‐Wbplp融
合 タ ン
銀 ペ ー ス ト 104
パ ク 質 160 S
ク エ
SAGE法
45
グ ア ニ ン ヌ ク レ オ チ ド 交 換 因 子
Salt stock 8
液 胞 59,147,179
Sanger
液 胞 内 酵 素 182
ク エ ン 酸 鉛 113
Centre 29
236
SD培
地 5
エ ル トリ エ ー タ ー 260 ,275
ク エ ン チ ン グ処 理 79
SEM
98
遠 心 分 離 器 5
組 換 え 産 物 352
SGD 21,24
エ ン ドグ リ コ シ ダ ー ゼH 168
組 換 え修 復 344
Sic1タ
エ ン ドサ イ トー シ ス 183
組 換 え 中 間 体 352
ン パ ク 質 266
Sporulation培 SSL培
地 6
組 換 え 頻 度 344,349 オ
地 7
Su9‐DHFR
209
組 換 え マ ー カ ー 352
オ ー ト ク レ ー ブ 5,9 オ ー ト フ ァ ジ ー 182,185
T
オ ス ミ ウ ム 酸 102,110 TEM
98
Texas
オ リ ゴdTプ
Red 238
ロ ー ブ 227,243,237
オ ル ガ ネ ラ 141
trace elements 8
温 度 感 受 性 変 異 株 276
Ty因
温 度 シ フ ト法 332
子 39
ク ラ イ オSEM
99
ク リ ー ンベ ンチ 9 グ リ セ ロ ー ル ス ト ッ ク 10 グ ル カ ン 54,212 グ ル カ ン合 成 酵 素 216 グ ル タ チ オ ン‐S‐ ト ラ ン ス フ ェ ラ ー ゼ 313 グ ル タ ル ア ル デ ヒ ド 71,100,108
U∼Z UDP‐
グ ル コ ー ス 217
カ
ク ロ マ チ ン 70
カ ー ボ ン ペ ー ス ト 104
ケ
加 圧 凍 結 法 118 Vitamin
stock 8
蛍 光in situハ イ ブ リダ イ ゼ ー シ ョ
核 56
ン 81
核 移 行 249 YE培
地 6
YPD(Yeast
核 小 体 70 Protein
Database)
21,26 YPD培
核 膜 孔 249 カ ゼ イ ン 301
地 5
過 マ ン ガ ン 酸 カ リ ウ ム 108 過 マ ン ガ ン 酸 カ リ ウ ム 法 106
Zymolyase100T zymolyase20‐T
236 197
イ 遺 伝 子 カ タ ロ グ 31 遺 伝 子 破 壊 ア レ ル 34 遺 伝 子 発 現 プ ロ フ ァ イ ル 43 遺 伝 的 フ ッ トプ リ ン テ ィ ン グ 法 39 イ ン キ ュ ベ ー タ ー 4 イ ン ベ ル タ ー ゼ 160
減 数 分 裂 327,349 ―前DNA合
成 332
ガ ラ ス ビ ー ズ 213
減 数 分 裂 欠損 株 339 コ
シ ュ 90 カ ル ボ キ シ ペ プ チ ダ ー ゼY
ア ル デ ヒ ド 固 定 73,77
ゲ ノ ム解 析 19
ガ ラ ス ナ イ フ 111
ア ク チ ン 64
ア ル カ リ性 ホ ス フ ァ タ ー ゼ 182
形 質 転 換 37
同調 培 養 328
ガ ラ ス ボ トム カ ル チ ャ ー デ ィ ッ
ア ミ ノ ペ プ チ ダ ー ゼ 186
蛍 光 標 識 プ ロー ブ 228
可 溶 性 酵 素 182
ア
ア ニ リ ン ブ ル ー 54
蛍 光 顕 微 鏡 90
160,182
抗 αチ ュ ー ブ リ ン抗 体 73 抗 エ ピ トー プ タ グ抗 体 299
カ ル モ ジ ュ リ ン 66
恒 温 培 養器 4
間 接 蛍 光 抗 体 染 色 73
抗原 抗 体 反 応 152
完 全 培 地 6
合 成 選択 培 地 5
乾 熱 滅 菌 9
高 電圧 対 イ オ ン装 置 118 抗 フ イブ リラ リ ン抗 体 237
キ キ チ ン 54,222 キ ナ ー ゼ 活 性 測 定 304 キ ナ ク リ ン 59 急 速 凍 結 置 換 法 98,127 共 焦 点 レ ー ザ ー 走 査 顕 微 鏡 238 金 パ ラ ジ ウ ム 104
酵 母可 溶性 画 分 172 効 率 的遺 伝 子 破 壊 ア レル 35 コハ ク酸 257 ゴ ル ジ体 149 ゴ ル ジ体 シス 領 域 147 ゴ ル ジ体 トラ ンス 領 域 147 コ ロ ニ ーPCR法 38
コ ン カ ナ バ リ ンA 54 ,89
二 本 鎖 切 断 修 復 モ デ ル 352
コ ン タ ミ ネ ー シ ョ ン 14
走 査 電 子 顕 微 鏡 98
サ
タ
ネ ガ テ ィ ブ 染 色 107,116 熱 シ ョ ッ ク ス ト レ ス 247
サ イ ク リ ン 264
耐 圧 ビ ン 3
サ イ ク リ ン 依 存 性 プ ロ テ イ ンキ
ダ イヤ モ ン ドナ イ フ 111
ナ ー ゼ 264
タ ンパ ク質 定 量 221
最 少 選 択 培 地 6 サ イ バ ー グ リ ー ン 62 細 胞 周 期 257,270 細 胞 濃 度 14
乳 酸 培 地 193
ノ コ ダ ゾ ー ル 処 理 259 ハ
チ 窒 素飢 餓 法 328
倍 加 時 間 14
窒 素 源 飢餓 培 地 7
培 地 5,6
細 胞 分 化 339
チ ュ ー ブ リ ン 57
培 養 液 13
細 胞 分 画 法 141
超音 波 処 理 206
白 金 耳 4
超 薄切 片法 106
白 金‐ 炭 素 104
細 胞 壁 54,212 細 胞 膜 179,186
チ ル ドSEM法 99
細 胞 ラ イ セ ー ト 298 酢 酸 ウ ラ ン 108,113,132
パ ラ ホ ル ム ア ル デ ヒ ド 78
ツ
サ ザ ン ハ イ ブ リ ダ イ ゼ ー シ ョ ン
バ リ ア フ ィ ル タ ー 90
ツー ハ イ ブ リ ッ ド法 313
290 三 重 蛍 光 染 色 解 析 237 サ ン ド イ ッ チ 法 90
白 金 パ ラ ジ ウ ム 104 発 芽 335
爪 楊 枝 4
バ リ ノ マ イ シ ン 202 パ ル ス‐ チ ェ イ ス 実 験 159,160 パ ル ス フ ィ ー ル ド ゲ ル 電 気 泳 動
テ
274 シ
デ ー タ ベ ー ス 19
ジ ゴ キ シ ゲ ニ ン 標 識 プ ロ ー ブ
低 分 子 量GTPase 311 低 分 子 量Gタ
228,243 シ ト ク ロ ムb2 210
ンパ ク質 236
デ ィ ゴ キ シゲ ニ ン標 識 83 デ コ ンボ リ ュ ー シ ョン顕微 鏡 86
子 の う 335
テ ロ メ ア配 列 20
シ ャ ー レ 3
電 子 顕 微 鏡 242
小 胞 体 63,147 小 胞 輸 送 経 路 160 シ ョ糖 ボ ー ル 法 116 シ リ カ ゲ ル ス ト ッ ク 12
電 子 伝 達 系 198 ト 凍 結 置 換 法 106 凍 結 超 薄 切 片 法 113
振 と う培 養 器 4
透 過 電 子 顕微 鏡 98 同 調 培 養 257,275 倒 立 蛍 光 顕微 鏡 90 ドミナ ン トア クテ ィブ 変異 312
ス フ ェ ロ プ ラ ス ト 164,197
ドミナ ン トネ ガ テ ィブ 変異 312 トラ ンス ポ ゾ ン挿 入 変異 法 39
ス ラ ン ト 11
トリ ク ロロ酢 酸 沈殿 207 制 限 酵 素 切 断 断 片 長 多 形 法 352
ヒ ス ト ン 301 ヒ ドロ キ シ 尿 素 259 ピ ペ ッ ト 4
フ フ ァ ロ イ ジ ン 64
浸 透 圧 シ ョ ッ ク 179
ス ト ッ ク 10
ビ オ チ ン標 識 プ ロ ー ブ 228,238
富 栄 養 培 地 5
シ ン グ ル コ ロ ニ ー 分 離 9
ソ
ヒ
電 磁 シ ャ ッ タ ー 91
自律 複 製 配 列 20
ス ∼
反 復 配 列 20
複 製 開 始 点 292 複 製 終 結 点 292 複 製 中 間 体 281 複 製 フ ォ ー ク 292 フ リ ー ズ レ プ リ カ 法 107 プ レ ー ト 5,9 プ レ プ ロ α因 子 170 不 連 続 シ ョ糖 密 度 勾 配 遠 心 148 フ ロ ー サ イ ト メ ー タ ー →FACSを 見 よ
ナ 行
接 合 因 子 306
プ ロ ダ ク トエ ン ト ラ ッ プ メ ン ト
接 合 効 率 308
内 在GTPase活
接 合 子 327
ナ チ ュ ラルSEM 99
性 314
接 合 不 能 306
217 プ ロ タ ミ ン 301 プ ロ テ ア ー ゼ 消 化 203
セ プ チ ン 67
二 次元 電 気 泳動 法 281
プ ロ テ イ ンA 152
セ ミ イ ン タ ク ト細 胞 170
ニ ッケ ル グ リ ッ ド 133
プ ロ テ イ ンA-Sepharoseビ
染 色 体DNA
二倍 体 株 328
プ ロ テ イ ン キ ナ ー ゼ 298
272
ー ズ 303
分 画 遠 心 148
マ行
分 子 バ ー コー ド法 41
免 疫 沈 降 法 152,298
分 泌 経 路 141,160
マ イ トプ ラ ス ト 203
分 泌 小 胞 150
膜 画 分 216 膜 貫 通 型 酵 素 182
ヘ ベ ク ター 31 変 異GFP 68
免 疫 抗 体 法 116
膜 電 位 測 定 法 199
免 疫 電 子 顕 微 鏡 法 106,132 ヨ ヨ ウ 化 プ ロ ピ ジ ウ ム 261,294
マ ト リ ク ス 200 ヨ ウ 素 染 色 340 マ ル トー ス 結 合 タ ンパ ク 質 313 マ ン ナ ン タ ン パ ク 質 54,212
四 分 子 分 析 12 ル ∼
ホ
ロ
ミ エ リ ン 塩 基 性 タ ンパ ク 質 301
胞 子 形 成 培 地 6,7,350
ミ ク ロ トー ム 113
胞 子 形 成 前 培 養 培 地 350
密 度 勾 配 遠 心 194
胞 子 単 離 法 335
ミ ト コ ン ド リ ア 30,60,191
胞 子 発 芽 欠 損 株 339 紡 錘 極 体 66
ル テ ニ ウ ム 酸 102,110
レ ー ザ ー 共 焦 点 顕 微 鏡 86 励 起 フ ィ ル タ ー 90
無 菌 操 作 9
冷 却CCD
90
ホ ス フ ァタ ーゼ 阻害 剤 299 ホ モ ロ ジ ー検 索 30
メ タ ノ ー ル 固 定 73
ポ リン 203
メ チ ル メ タ ン ス ル ホ ン 酸 346
ロ ー ダ ミ ン 73
酵母ラボマニュアル 発 行 編 集 発行者 発行所
印刷所
酵母分子細胞生物学実験法
定価(本体 7,200 円+税)
1998 年 12 月 25 日 山本 正幸・大矢 禎一 平野 皓正 シュプリンガー・フェアラーク東京株式会社 〒 113-0033 東京都文京区本郷 3 丁目 3 番 13 号 TEL (03) 3812-0757(営業直通) 昭和堂印刷所 < 検印省略 > 許可なしに転載, 複製することを禁じます. 落丁, 乱丁はお取り替えします.
ISBN 4-431-70803-0 C 3045 ©Springer-Verlag Tokyo 1998 Printed in Japan