金田一春彦著作集 金田一春彦著作集 第九巻

金田一

春 彦 著 作 集  第 九 巻 

玉川大学出版部

昭和 二十 八年 頃

金 田 一春彦 著作 集  第 九巻  目次

I  9  3 9

補 忘 記 の 研 究  續 貂 移 り ゆく 東 京 アク セ ント

 77

 6 3 1

  91

東 京 語 ア ク セ ント の 再 検 討  ＊ 日本 四声 古 義 日 本 語 の ア ク セ ント か ら 中 国 唐 時 代 の 四 声 値 を 推定 す る

 173

 

平 曲 の音 声

 89 1

Ⅱ

音 韻 史 資 料 と し て の真 言 声 明

契 沖 の 仮 名 遣 書 所 載 の国 語 ア ク セ ント

 267

 224

 ＊

類 聚 名 義 抄 和 訓 に施 さ れた る声 符 に就 て

金 光 明 最 勝 王 経 音義 に 見 え る   一種 の 万 葉 仮 名 遣 に つ い て 平 声 軽 の声点 に ついて

 299

古代 ア ク セ ント から 近 代 アク セ ント ヘ

国 語 ア ク セ ン ト 史 の研 究 が 何 に 役 立 つか

  382

 

 

359

335

324

 

国 語 の ア ク セ ント の 時 代 的 変 遷

 4 09

Ⅲ

去 声点 では じま る語 彙 に つ いて

 42 3

Ⅳ 現 代 諸 方 言 の 比 較 か ら觀 た平 安 朝 ア ク セ ント

 524

  483

463 源氏 物 語

奈 良 ・平 安 ・室 町 時 代 の 日 本 語 を 再 現 す る   朗読

平家 語 釈 僻 案 抄

埼 玉 縣 下 に 分 布 す る 特 殊 ア ク セ ン ト の考 察

  6 53

  650

Ｖ

後記

金 田 一春彦 著作集  第九巻  論文拾遺

編集委員

 秋 永  一枝

 上野 和 昭

 上参郷祐 康

 倉 島 節 尚

 綏

 桜井 茂 治

代表  芳賀

 南  不二男

装釘 清水 良洋

地図 ジェイ・マップ

楽譜 新保 秀 樹

Ｉ

補 忘 記 の研 究 、續 貂

  はし がき

  此 は 服 部 四 郎 先 生 の ﹁補 忘 記 の研 究 ﹂ が未 完 結 の まゝ で終 つて ゐ る の を 惜 し み 、 愚 意 を 以 て 蛇 足 を 副 へた も の

注 意 す べき こ と に つ いて お敎 へ頂 いた の で あ り ま し た が 、 生來 の

で あ り ま す 。 此 の稿 を 草 す る に 當 つて は、 あ の先 、 先 生 がど う 言 ふ こと を お 書 き に 成 る お つも り であ つた か に つ いて お 尋 ね 致 し 、 又論 を 進 め る 上 に、 いろ〓

魯 鈍 の資 、 先 生 の御 意 に添 はな い貧 し いも のし か出 來 ず 、 狗 尾續貂 の譏 を 免 れ ま せ ん 。 此 の度 先 生 の玉 稿 と 共 に

現在諸方 言と の比較 より︱

﹁補 忘 記 ﹂ の ア ク セ ン ト 表 記 法 の 考 察

(一)

 

( 十六 ・四 ・十三)

公 表 さ せ て 頂 き ま す が 、 若 しも 此 の中 に 取 る べき 所 が あ りま し た な ら ば 、 そ れ は 先 生 の 賜 で あ り ま す 。

  一  

  ︱

  服 部 先 生 の御 研 究 によ つて 知 ら れ る 如 く 、 ﹁ 補 忘 記 ﹂ で は 國 語 の單 語 約 七 百 語 に 就 いて 、 一々 一音 節 宛 に 分 解

し 、 各 音 節 に 上 (ヽ) 又 は 平 (︱) の博 士點 を 記 し て居 る の であ る が 、 さ て 此等 の博 士點 は 如 何 な る 音價 を 表 し

て ゐ る も の であ ら う か 。 今 此 の問 題 を 解 決 す る に 先 立 ち 、 此處 に擧 げ ら れ た單 語 が、 現 在 近 畿 系 ア ク セ ント の諸

方 言 で ど のや う に發 音 せ ら れ てゐ る か を 考 察 す る こと とす る 。 便 宜 上 、 以 上 の語 の代 表 と し て 二 ・三 字 の名 詞 ・

動 詞 の中 最 も 普 通 に 用 ひら れ る も の 六〇 語 を採 り 、 諸 方 言 の代 表 と し て、 京 都 市 ・大 阪 市 ・三 重 縣龜 山 町 ・滋 賀

縣 長 濱 町 ・京 都 府 舞 鶴 市 ・兵 庫 縣 赤 穗 町 ・和 歌 山 縣 田 邊 町 ・同 新 宮 市 ・香 川 縣 高 松 市 ・高 知 縣 高 知 市 の方 言 を採 らう。

 ( 註)   な ほ我 國 に於 ける 近畿 系 アク セ ント の分 布區 域 に就 ては ﹁標準 語 と國 語教育 ﹂ 所載 の舊稿 ﹁國 語ア クセ ント の地 方的 分布 ﹂ に於 て觸 れて お いた故、參 照し て頂 けば 幸甚 であ る。

 ︹ 1︺   二字 の名 詞  ) (a   ﹁補 忘 記 ﹂ で上 上型 に表 記 さ れ て ゐ る も の  京 都   大 阪  龜 山  長濱   舞鶴   赤穗   田邊   新 宮   高松   高知

﹁ 口﹂   クチ クチ クチ クチ ク  チ クチ クチ クチ  クチ クチ コ レ  コ レ  コ レ  コ レ ︱

ハナ 

コ レ  コ レ

 

ト リ  ト リ  ト リ  トリ 

  コ レ  コ レ ︱ 

﹁此 ﹂  

ニ ワ  ニ ワ  ニ ワ  ニ ワ  ニ ワ  ニ ワ  ニ ワ  ニ ワ  ニ ワ  ニ ワ

ハナ 

ハナ 

ハナ

トリ  トリ

﹁鳥 ﹂  

ハ シ  ハ シ  ハシ  ハ シ  ハ シ  ハ シ  ハシ  ハ シ  ハ シ  ハシ ハナ 

ト リ  トリ 

﹁庭 ﹂  

ハナ 

ト リ  トリ 

﹁端 ﹂ ハナ 

ハナ  ハナ 

 

ハナ 

﹁鼻 ﹂

 ( 註)   此 等 の 地 方 で は、 此 等 の 語 に ﹁が ﹂ ﹁の﹂ ﹁に ﹂ ﹁を ﹂ な ど の 助 詞 が つ いた 場 合 、 何 れ も ク チ ガ ・コ レ ニな ど の や

う に 成 り 、 但 し 例 外 と し て 新 宮 で は ク チ ガ ・コ レ ニ の や う に成 る 。 (○は○ よ り 低 く○ よ り 高 い音 。 以 後 も 此 に 準

は 調 査 出 來 な か つた 語 を 表 す 符 號 。 以 後 も 同 じ 。

ず る 。) ﹁補 忘 記 ﹂ で は 此 等 の類 の 語 に 助 詞 ﹁に﹂ ﹁ を ﹂ ﹁の﹂ が つ いた 例 が 散 見 し 、 何 れ も 上 上 上 型 に 記 載 さ れ て ゐ る 。 ﹁鳥 ﹂ は 高 知 で は ト リ と も 。 な ほ︱

  (b)   ﹁補 忘 記 ﹂ で 上平 型 に 表 記 さ れ て ゐ る も の

京 都   大 阪 龜 山  長濱   舞鶴   赤穗   田邊   新宮   高松   高 知

  イ ケ  イ ケ   イ ケ   イ ケ  イ ケ   イ ケ  イ ケ   イ ケ   イ ケ  イ ケ

﹁足 ﹂   ア シ  ア シ  ア シ  ア シ  ア シ  ア シ  ア シ   ア シ  ア シ  ア シ ﹁池 ﹂

  カミ  カミ カ ミ カミ  カミ カ ミ カミ  カミ カ ミ カ ミ

﹁石 ﹂   イ シ  イ シ  イ シ  イ シ  イ シ  イ シ  イ シ  イ シ  イ シ  イ シ ﹁紙 ﹂

  ハシ  ハシ  ハシ  ハシ  ハシ  ハシ  ハシ  ハシ  ハシ  ハシ ハナ   ハナ   ハナ  ハナ   ハナ   ハナ   ハナ   ハナ   ハナ   ハナ

﹁橋 ﹂ ﹁花 ﹂  

  ヤ マ   ヤ マ   ヤ マ   ヤ マ   ヤ マ   ヤ マ   ヤ マ   ヤ マ   ヤ マ   ヤ マ 

ヒ ト  ヒ ト  ヒ ト  ヒト  ヒ ト

ヒ ト  ヒ ト  ヒ ト  ヒ ト  ヒト 

﹁山 ﹂

﹁人 ﹂  

 

×は 例 外 的 な ア ク セ ン ト を な す 語 を 示 す 符 號 。 以 後 も 同 じ 。

シ ガ ・イ ケ ニな ど の や う に 成 り 、 ﹁人 ﹂ は ヒ ト ガ の や う に 成 る 。

イ ケ ニな ど のや う に 成 り 、 ﹁の ﹂ が つ いた 場 合 は ア シ ノ な ど のや う に 成 る 。 又 高 松 で は ﹁足 ﹂ ﹁池 ﹂ ﹁花 ﹂ ﹁山 ﹂ は ア

﹁の ﹂ が つ いた 場 合 は ア シ ノ な ど の や う に成 る 。 但 し 例 外 と し て新 宮 で は ﹁が ﹂ ﹁に﹂ ﹁ を ﹂ が つ い た 場 合 、ア シ ガ ・

( 註)   以 上 の 地 方 で は 此 等 の 語 に ﹁が ﹂ ﹁に ﹂ ﹁を ﹂ な ど の助 詞 が つ いた 場 合 、 何 れ も ア シ ガ ・イ ケ ニな ど の や う に 成 り 、

 

  ︵C  )﹁補 忘 記 ﹂ で平 上 型 に 表 記 さ れ て ゐ る も の

京 都   大 阪 龜 山   長 濱   舞鶴   赤穗   田邊   新宮   高 松   高 知

 甲﹁息 ﹂   イ キ   イ キ   イ キ   イ キ   イ キ   イ キ   イ キ   イ キ   イ キ   イ キ

 ナ カ   ナ カ

﹁種 ﹂   タ ネ   タ ネ   タ ネ   タ ネ   タネ   タ ネ   タ ネ   タ ネ   タ ネ   タ ネ   ナ カ   ナ カ ︱

  ハシ   ハシ   ハシ   ハシ   ハシ   ハシ   ハシ   ハシ   ハシ   ハシ

﹁中 ﹂   ナ カ  ナ カ  ナ カ   ナ カ ︱ ﹁箸 ﹂

 

  サ ル   サ ル   サ ル  サ ル   サ ル   サ ル  サ ル   サ ル   サ ル  サ ル

乙蜘﹁蛛 ﹂  ク モ  ク モ  ク モ  ク モ  ク モ  ク モ  ク モ  ク モ  ク モ  ク モ ﹁猿 ﹂

 ハル  ハル  ハ ル  ハル  ハル  ハ ル  ハル   ハル  ハル  ハ ル

ヨ ル  ヨ ル   ヨ ル  ヨ ル  ヨ ル  ヨ ル  ヨル   ヨ ル  ヨ ル   ヨ ル

﹁春 ﹂ ﹁夜 ﹂  

異 る 型 に發 音 さ れ て ゐ る 。 高 知 だ け は單獨 の場 合

一様 であ る が 、 此 と て 助 詞 が つけ ば 二 類 に 別 れ る こ と は 次 のや う で あ る 。 ﹁ 夜 ﹂ は地 方 によ り 或 は甲 類 に或

( 註 )  以 上 の 如 く 此 等 の語 は 各 地 方 と も 、 甲 乙 二 類 に 分 れ 、 そ れ〓 は總て は 乙 類 に屬 し て ゐ る 。

  さ て 此 等 の語 に ﹁が﹂ ﹁に ﹂ ﹁を ﹂ ﹁の﹂ な ど の 助 詞 が つ い た 場 合 、 先 づ 甲 類 は 、 京 都 ・大 阪 ・龜山・高 松 で は イ

キ ガ ・タ ネ ニな ど の や う に、 長 濱 ・舞 鶴 ・赤 穗 で は イ キ ガ ・タ ネ ニな ど のや う に 、 田 邊・高 知 で は イ キ ガ ・タ ネ ニ

な ど の や う に 、新 宮 で は イ キ ガ ・タ ネ ニな ど の や う に 成 る 。 乙 類 は 、 京 都 ・大 阪 ・高 松 で は ク モ ガ ・サ ル ニな ど の

や う に 、龜 山 ・田 邊 ・新 宮 ・高 知 で は クモ ガ ・サル ニな ど のや う に 、 舞 鶴 ・赤 穗 で は ク モ ガ ・サ ル ニな ど の や う に 、

長 濱 で は ク モ ガ ・サ ル ニ等 の や う に 成 る 。 ﹁ 補 忘 記 ﹂ で は 此 等 の 語 に 助 詞 が つ いた 例 が 少 い の で 、 十 分 に は 分 ら な

い が 、 ﹁の﹂ が つ い た 場 合 に は 、平 上 上 型 に 記 載 さ れ て ゐ る 語 と平 上平 型 に 記 載 さ れ て ゐ る 語 と が あ る 。

  な ほ右 の 語 の 中 、 ﹁夜 ﹂ は 京 都 ・大 阪 で は ヨ ル の や う に も 、 赤 穗 で は ヨル の や う にも發 音 さ れ 、 ﹁蜘 蛛 ﹂ は 新 宮 で

  田邊

  新宮 

高松 

高知

は ク モ の や う に も發 音 さ れ る 。 な ほ ﹁夜 ﹂ は 副 詞 的 に 用 ひ ら れ た 時 の ア ク セ ント は 考 慮 に 入 れ て ゐ な い。

︹2  ︺三 字 の 名 詞

 赤穗

  カ タ チ   カ タ チ   カ タ チ   カ タ チ   カ タ チ   カ タ チ   カ タ チ  カ タ チ  カ タ チ   カ タ チ

 ) (d   ﹁補 忘 記 ﹂ で上 上 上型 に表 記 さ れ て ゐ る も の  京都   大阪  龜 山   長濱   舞 鶴 ﹁形 ﹂

  ケムリ  ケムリ

  ケ ム リ  ケ ムリ  ケ ムリ  ケ ム リ   ︱

  ケムリ  ケムリ   ︱

﹁煙 ﹂

 

﹁ 柳﹂

﹁昔 ﹂

  ヤナギ  ヤナ ギ  ヤナ ギ  ヤナ ギ ヤナギ  ヤナギ  ヤナギ  ヤナギ  ヤナギ  ヤナギ

  ム カ シ  ム カ シ   ム カ シ   ム カ シ  ム カ シ  ム カ シ  ム カ シ   ム カ シ  ム カ シ  ム カ シ

  長濱

 舞鶴

 赤穗

  田邊

  新宮

  高松

  高知

(註 )   此 等 の地 方 で 此 等 の 語 に 助 詞 が つ いた 場 合 は カ タ チ ガ ・ケ ム リ ニな ど のや う に 成 る 、 但 し 新 宮 で は カ タ チ ガ ・ム カ シ ニな ど のや う に 成 る 。

 龜山

カ ガ ミ  カ ガ ミ  カ ガ ミ  カ ガ ミ   カ ガ ミ   カ ガ ミ   カ ガ ミ   カ ガ ミ   カ ガ ミ   カ ガ ミ

大阪

﹁鏡 ﹂ 

カ タ ナ  カ タ ナ  カ タ ナ   カ タ ナ   カ タ ナ   カ タ ナ   カ タ ナ   カ タ ナ   カ タ ナ   カ タ ナ

 京都 

(e )  ﹁補 忘 記 ﹂ で 上上平 型 に表 記 さ れ て ゐ る も の

﹁刀﹂ 

コト バ  コ ト バ

コ ト バ  コ ト バ  コ ト バ  コ ト バ︱ 

コト バ  コト バ︱

﹁言 葉 ﹂ 

邊 ・新 宮 ・高 知 で は カ ガ ミ ガ ・カ タ ナ ニ の やう に 、 高 松 で は カ ガ ミ ガ ・カ タ ナ ニな ど の や う に 成 る 。

(註 )   此 等 の 語 に助 詞 が つ いた 場 合 、 京 都 ・龜 山 で は カ ガ ミ ガ ・カ タ ナ ニな ど のや う に、 大 阪 ・長 濱 ・舞 鶴 ・赤 穗 ・田

  高知

な ほ 三 語 と も に京 都 ・龜 山 で は カ ガ ミ ・カ タ ナ の や う に も 、 大 阪 で は カ ガ ミ ・カ タ ナ のや う に も發 音 さ れ る 。

高松

イ ノ チ   イ ノ チ   イ ノ チ   イ ノ チ  イ ノ チ  イ ノ チ  イ ノ チ  イ ノ チ  イ ノ チ  イ ノ チ

  新宮 

﹁命 ﹂ 

コ コ ロ  コ コ ロ  コ コ ロ  コ コ ロ  コ コ ロ  コ コ ロ  コ コ ロ  コ コ ロ  コ コ ロ  コ コ ロ

 田邊

﹁心 ﹂ 

チ カ ラ  チ カ ラ  チ カ ラ  チ カ ラ  チ カ ラ  チ カ ラ  チ カ ラ   チ カ ラ   チ カ ラ   チ カ ラ

  赤穗

﹁力 ﹂ 

ホ タ ル  ホ タ ル  ホ タ ル   ホ タ ル  ホ タ ル  ホ タ ル  ホ タ ル  ホ タ ル  ホ タ ル  ホ タ ル

(f)   ﹁補 忘 記 ﹂ で上平平 型 に表 記 さ れ て ゐ る も の  京 都   大阪  龜 山   長濱   舞 鶴

﹁螢 ﹂ 

( 註 )  此 等 の 地 方 で此 等 の語 に 助 詞 が つ い た 場 合 、 イ ノ チ ガ ・コ コ ロ ニな ど の や う に 成 る 。 但 し 例 外 と し て新 宮 で は イ

   

ノ チガ ・コ コ ロ ニな ど の や う に成 り 、 高 松 で は イ ノ チ ガ ・コ コ ロ ニな ど の や う に 成 る 。

  な ほ ﹁心 ﹂ ﹁ 力 ﹂ は 京 都 ・大 阪 ・龜 山 で は コ コ ロ ・チ カ ラ の や う に も 、 ﹁螢 ﹂ は京 都 で は ホ タ ル のや う に も 、 大 阪

で は ホ タ ル の や う に も發 音 さ れ る 。 又 、 ﹁ 命 ﹂ は 京 都 ・大 阪 ・龜山 で 、 ﹁ 螢 ﹂ は龜 山 で イ ノ チ ・ホ タ ル の や う に發 音

さ れ な いと 言 ふ わ け で は な い が 、 イ ノ チ ・ホ タ ル の 方 が よ いと 言 ふ や う に 感 ぜ ら れ る 。

赤穗   田邊 

高知

舞鶴 

  イヅレ

新宮   高松 

大阪  龜 山   長濱 

︱

 京都 

︱

セナカ

︱

セ ナ カ  セ ナ カ

︱

  セナ カ   セ ナ カ   セ ナ カ   セ ナ カ   セ ナ カ   セ ナ カ   セ ナ カ

( ) g  ﹁補 忘 記 ﹂ で平 上上 型 に 表 記 さ れ てゐ るも の

﹁背 中 ﹂

﹁いづれ﹂  イズ レ イズレ イズレ イズレ︱

( 註 )  此 等 の 語 に 助 詞 が つ いた 場 合 、 京 都 ・大 阪 ・龜山 ・高 松 で は セ ナ カが ・イ ズ レニ な ど の や う に、 長 濱 ・舞 鶴・ 赤

  赤穗 

田邊

  新宮   高松   高知

な ほ ﹁いづ れ ﹂ は ﹁ ど つち ﹂ の意 味 の代 名 詞 で 、 各 地 方 と も 文 語 的 な 響 を も つ。

ど のやう に成 る。

穗 で は セ ナ カ ガ ・イ ズ レ ニな ど のや う に 、 田 邊 ・高 知 で は セ ナ カ ガ ・イ ズ レ ニな ど の や う に 、 新 宮 で はセナカガな

 

  舞鶴

 ( )h   ﹁補 忘 記 ﹂ で 平 上平 型 に 表 記 さ れ てゐ る も の

大阪  龜 山   長濱

ウ シ ロ  ウ シ ロ  ウ シ ロ  ウ シ ロ  ウ シ ロ  ウ シ ロ  ウ シ ロ  ウ シ ロ

 京都  ﹁後 ﹂ 

ク ス リ  ク ス リ  ク ス リ  ク ス リ  ク ス リ  ク ス リ  ク ス リ  ク ス リ  ク ス リ  ク スリ

ウ シ ロ  ウ シ ロ

﹁藥 ﹂ 

う に 成 り 、 但 し 長 濱 ・舞 鶴 ・赤 穗 で は ウ シ ロガ ・ク ス リ ニな ど の や う に成 る 。

( 註 )  此 等 の 語 に 助 詞 が つ い た 場 合 は 、 京 都 ・大 阪 ・龜 山 ・田 邊 ・新 宮 ・高 松 ・高 知 で は ウシ ロガ ・クス リ ニな ど の や  

   

︹3  ︺二字 の動 詞   (i)   ﹁補 忘 記﹂ で終 止 形 を 上 上型 に表 記 さ れ て ゐ る も の

﹁言 ふ﹂ 

オク  オク  オク オク  オク  オク オ ク オク  オク オ ク

ユー   ユー   ユー   ユー   ユー   ユー   ユー   ユー   ユー   ユー

 京 都   大 阪 龜 山  長濱   舞 鶴   赤穗   田邊   新 宮   高 松   高知

﹁置 く ﹂ 

  マク   マク   マク   マク   マク   マク   マク   マク   マク   マク

ユク   ユク   ユク  ユク   ユク   ユク  ユク  ユク   ユク  ユク

﹁巻く ﹂ ﹁行 く ﹂  

  ニ ル  ニル 

ニル  ニ ル  ニ ル  ニル ︱

  ニ ル  ニル ︱

﹁似 る ﹂  

﹁書 く ﹂

  ト ル   ト ル  ト ル  ト ル  ト ル  ト ル  ト ル   ト ル  ト ル  ト ル

  カ ク   カ ク   カ ク   カ ク   カ ク   カ ク  カ ク   カ ク   カ ク  カ ク

 京 都   大 阪  龜 山  長濱   舞 鶴   赤穗   田邊   新宮   高 松   高 知

(j )   ﹁補 忘 記﹂ で終 止 形 を平 上型 に表 記 さ れ て ゐ る も の

﹁取 る ﹂

 龜 山  

長濱

 舞鶴  

赤穗

  田邊

 新宮

﹁見 る ﹂   ミ ル  ミ ル  ミ ル  ミ ル  ミ ル  ミ ル  ミ ル  ミ ル  ミ ル  ミ ル

︹4︺ 三字 の動 詞

  大阪

  (k)   ﹁補 忘 記﹂ で終 止 形 を 上 上上 型 に 表 記 さ れ てゐ る も の  京都

 高松

 高知

﹁當 る ﹂   ア タ ル  ア タ ル  ア タ ル  ア タ ル  ア タ ル  ア タ ル  ア タ ル  ア タ ル  ア タ ル  ア タ ル

  ヒ ロウ  ヒ ロウ  ヒ ロウ  ヒ ロウ  ヒ ロウ  ヒ ロウ  ヒ ロウ  ヒ ロウ  ヒ ロウ  ヒ ロウ

﹁替 る ﹂   カ ワ ル  カ ワ ル  カ ワ ル  カ ワ ル  カ ワ ル  カ ワ ル  カ ワ ル  カ ワ ル  カ ワ ル  カ ワ ル ﹁拾 ふ﹂

﹁渡 る ﹂

 

ワタ ル  ワタ ル ︱

 ウ エル  ウ エル  ︱

 ︱

 ︱

 

ワタ ル

  ウ エル

ア ソ ブ ア ソブ  ア ソブ   ア ソブ  ア ソブ  ア ソブ  ア ソ ブ  ア ソ ブ  ア ソ ブ  ア ソ ブ

  ワタ ル  ワタ ル   ワタ ル   ワタ ル ︱

﹁遊 ぶ﹂  

﹁植うる﹂  ウ エル  ウ エル  ウ エル  ウ エル ︱

山 

長濱 

舞鶴 

赤穗 

田邊  

新宮  

高松

  高知

﹁捨 つる ﹂  ス テ ル  ス テ ル  ス テ ル  ステ ル  ステ ル  ステ ル  ス テ ル  ス テ ル   ス テ ル  ス テ ル

  大阪  龜

 ︱

 オ コス

  ウ ゴ ク  ウ ゴ ク  ウ ゴ ク  ウ ゴ ク  ウ ゴ ク  ウ ゴ ク  ウ ゴ ク  ウ ゴ ク  ウ ゴ ク  ウ ゴ ク

 京 都

  (1 )  ﹁補 忘 記 ﹂ で終 止 形 を 上平平 型 に表 記 さ れ て ゐ る も の

﹁動 く ﹂

  オ コス  オ コス ︱

  オ モウ   オ モウ   オ モウ   オ モウ  オ モウ  オ モ ウ  オ モ ウ  オ モ ウ  オ モ ウ  オ モ ウ

﹁起す ﹂   オ コス  オ コス  オ コス  オ コス ︱ ﹁思 ふ ﹂

  ク モ ル   ク モ ル   ク モ ル   ク モ ル  ク モ ル   ク モ ル  ク モ ル  ク モ ル  ク モ ル  ク モ ル

 ノ コル

﹁曇 る ﹂

 ︱

ツク ル  ツク ル  ツク ル  ツク ル  ツク ル  ツク ル  ツク ル  ツク ル  ツ ク ル  ツ ク ル

 ノ コル  ノ コル  ︱

﹁作 る ﹂ 

﹁殘る﹂   ノ コル  ノ コル  ノ コル  ノ コル  ︱

 ホ メ ル ホ メ ル  ︱

 ︱

 ホ メル

﹁建 つる ﹂  タ テ ル  タ テ ル  タ テ ル  タ テ ル  タ テ ル  タ テ ル タ テ ル  タ テ ル  タ テ ル  タテ ル

﹁ 褒 むる﹂  ホメ ル  ホメ ル  ホメ ル ホ メ ル  ︱

山

  長濱

 舞鶴

  田邊

 新宮

  高松

  高知

ク ・ク モ ル な ど のや う に も發 音 さ れ 、 ﹁思 ふ ﹂ は龜 山 に 於 て オ モ ウ のや う にも發 音 さ れ る 。 ﹁ 建 て る ﹂ は 舞 鶴 ・田 邊

(註)   右 の 語 の 中 、 ﹁動 く ﹂ ﹁ 曇 る ﹂は龜 山 ・舞 鶴 に 於 て 、 ﹁起 す ﹂ ﹁殘る ﹂ は龜 山 に 於 て 、 ﹁ 思 ふ ﹂ は 舞 鶴 に 於 てウ ゴ

大 阪  龜

カ ク ス   カ ク ス   カ ク ス   カ ク ス  カ ク ス  カ ク ス  カ ク ス  カ ク ス  カ ク ス  カ ク ス

  赤穗

に於 て タ テ ル、 ﹁褒 め る ﹂ は 田 邊 に 於 て ホ テ ル な ど のや う に も發 音 さ れ る 。

 

 京 都  

 ) ( m  ﹁補 忘 記 ﹂ で 終 止 形 を平 上 上 型 に 表 記 さ れ て ゐ る も の

﹁隠 す ﹂

の中龜山 町方 言は 全部 を服部 先 生 の御敎 示 に從 ひ、大 阪市 方 言は 一部を 池 田要 氏 の、高 知市方 言 は 一部を 服 部 先生

 ( 註)  以 上︹1︺︱を︹通 4じ ︺て、各 方言 と も 私自 身 そ の土 地出 身 の人 に接 し てそ の發音 を觀 察 し た結 果を 主 と し た が、そ

一部 を生 田早 苗君 の、 それ ぞれ 御 研究 の結果 を借 用さ せ て頂き 、殊 に新 宮 市方 言 ・田邊 町方 言 では生 田君 の御 研究

の、 新宮 市方 言は 一部 を服 部先 生 ・生 田早苗 君 の、高 松市 方言 は 一部を 稻 垣正幸 氏 の、舞 鶴 市方 言 ・田邊 町方 言は によ り舊 稿 の不備を 訂 正し た。

る

﹁補 忘 記 ﹂ で 同 じ 型 に表 記 し てあ る 一群 の 語 は 、 現 在 の 諸 方 言 に於 て 大體 同 じ ア ク セ ント で發 音 さ れ て ゐ

  以上、︹ 1︺︱ ︹ 4︺ を 通覽 す る に 、 次 のや う な 事 實 が觀 取 さ れ る 。 先 づ 第 一に、  ︹ A︺

と 言 ふ事 實 であ る 。(a)(b)(c)(d)( 等eの )そ (れ f〓 )(gの)も(と hに )集 (i め) た(語j群 )は總 て此 の例 で あ る 。 但 し 、(c は)

﹁補 忘 記 ﹂ で は總 て平 上 型 に 表 記 し て あ る にも 拘 ら ず 、 諸 方 言 で は 甲 乙 二類 に 分 れ て發 音 さ れ て ゐ る 故 、 例 外 の

や う で あ る が、 ﹁補 忘 記 ﹂ で 若 し 此 等 の 語 を 助 詞 を つけ た 形 で 記 載 し て ゐ た な ら ば 、 恐 ら く 甲 乙 二 類 に 分 れ て ゐ た の で は な か らう か と 考 へら れ る ので あ る 。( 第 三章 に詳 述す る)  第 二に、

 ︹ B︺   ﹁補 忘 記 ﹂ で 異 る 型 に記 載 し てあ る 語 相 互 は、 現 在 の諸 方 言 に於 て 大體 異 る ア ク セ ント で發 音 さ れ て ゐ る

と 言 ふ事 實 であ る 。 例 へば(a の) 中 の任 意 の語 、(b)中のの任 意 の語 、(cの)中 の 任 意 の語 を 比 較 し て 見 れ ば 容 易 に 氣 付か れよう。

  さ て 現 在 の諸 方 言 の ア ク セ ント 相 互 の間 に は 、 極 め て規 則 的 な ﹁型 の對應 ﹂ が 見 ら れ る 故 、 若 し ﹁近 世 初 期 の

畿 内 方 言 の ア ク セ ント ﹂ と 言 ふ も のを 考 へる な ら ば 、 それ と 現 在 諸 方 言 の ア ク セ ント と の間 に は 、 や は り 規 則 的

な ﹁型 の對應 ﹂ が 見 ら れ る は ず であ る 。 而 し て右 の︹A︺の ︹事 B實 ︺は 、 ﹁補 忘 記 ﹂ に 記 載 さ れ て ゐ る 語 の 型 と 現 在 諸

(︱)

の語 のア ク セ ント を 記 載 し て ゐ るも の であ る こ と を 示 す も のと 見 て よ い

方 言 ア ク セ ント と の間 に規 則 的 な ﹁型 の對應 ﹂ の存 在 を 物 語 る も の で あ る。 即 ち 、 此 の事 實 は ﹁ 補 忘記﹂ に見ら れ る 何 型 、 何 型 と 言 ふ記 載 は 、 そ れ〓 と 考 へら れ る 。

﹁補 忘 記 ﹂ に 上 (ヽ) の博 士點 で表 記 さ れ た 音 節 は 諸 方 言 の大 部 分 で高 く發 音 さ れ 、 ﹁補 忘 記 ﹂ に平

  次 に︹1 ︺︱︹4に︺よ つ て、   ︹C ︺

の博 士點 で 表 記 さ れ た 音 節 は方 言 の大 部 分 で低 く發 音さ れ て ゐ る

と 言 ふ 事 實 が觀 取 さ れ る 。 此 の傾 向 が 最 も 顯 著 な の は 、 高 知 市 方 言 及 び 田 邊 町 方 言 ( 和 歌 山縣 ) であ つて 、 殊 に

高 知 市 方 言 に 於 て は、 ﹁補 忘 記 ﹂ の 上 の 音 節 は殆 ど總 て高 く發 音 さ れ 、 ﹁補 忘 記 ﹂ の 平 の音 節 は 殆 ど總 て低 く發 音

(︱) の博 士點 が 低 い音 を 表 し 得

さ れ て ゐ る、 と斷 言 出 來 る ほど で あ る 。 即 ち 、 若 し ﹁補 忘 記 ﹂ 當 時 の畿 内 ア ク セ ント が 現 在 の高 知 方 言 の アク セ ント のや う な も の であ つた と し た ら 、 そし て 上 (ヽ) の博 士點 が 高 い音 を 、平

る と し た な ら ば 、 そ の表 記 の結 果 は 必 ず や ﹁補 忘 記 ﹂ に 見 ら れ る 如 き も のと 成 る で あ ら う 、 と考 へら れ る の で あ

る。 而 し て高 知 ・田邊 の方 言 は ア ク セ ント 以 外 の點 に 於 ても 古 色 を 湛 へて ゐ る點 が 間 々あ る こと を 考 へに 入れ る

な ら ば 、 ﹁補 忘 記﹂ 當 時 の畿 内 ア ク セ ント が 現在 の此 等 の 地方 の ア ク セ ント に 似 た も の で あ つた と 考 へる こと は

決 し て 不自 然 な 事 で は な いと 考 へら れ る。 而 も 現在 の京 都 ・大 阪 を 初 め龜 山 ・長 濱 ・舞 鶴 ・赤 穗 ・新 宮 な ど の 近

畿系諸方 言 ( 但 し高 松方 言 を 除く) の ア ク セ ント が此 の種 の ア ク セ ン ト か ら變 化 し て出 來 た と 考 へて 、 そ の過 程 は 容 易 に 説 明 出 來 る の であ る。(こ の事 第 三章 で詳述 す る)

  即 ち 、 現 在 諸 方 言 と 比 較 し て の結 果 で は 、 博 士點 ﹁上 ﹂ (ヽ) は 高 い音 節 を 、 博 士點 ﹁平﹂ (︱) は 低 い音 節 を

表 し た も のと 考 へた い の であ る が 、 果 し て 此 等 の 博 士點 は 如 何 な る音價 を擔 つて ゐ る の で あ ら う か。

博 士點 のも つ内容 の研究より︱

 二  ﹁ 補 忘 記 ﹂ の ア ク セ ント 表 記 法 の考 察 (二 )   ︱

  ﹁補 忘 記 ﹂ 三卷 の中 に は 、 此 等 博 士點 の表 す 音價 に就 ては 、 特 に概 括 的 な 説 明を し てゐ る所 は 見 當 ら な い。 そ れ

故 此 の問 題 を 解 決 す る に は 、 暫 く 他 の方 面 か ら 進 ま な け れ ば な ら な い。 此 等 の博 士點 は 、 ﹁補 忘 記 ﹂ 以 外 に、 橋

本 進 吉 先 生 に お 教 へ頂 いた ﹁補 忘 記 ﹂ と 同 類 の書 、 ﹁開 合 名 目 抄 ﹂ そ の 他 に も 見 え て 居 り 、 更 に ﹁四 座 講 式 ﹂ な

ど の講 式 類 、 ﹁御 影 供 祭 文 ﹂ な ど の 祭 文 の類 な ど に も 見 え て 居 る が、 今 、 眞 言 聲 明 界 の權 威 で あ ら れ る 岩 原 諦 信

 三 重 の商

 三 重 の宮

 二重 の羽

 二重 の徴

 二重 の角

 二重 の商

 二重 の宮

 初 重 の羽

 初 重 の徴

相 當 す る こ と と 成 る 。 聲 明 を 集 大 成 し た 書 であ る ﹁魚 山〓 芥 集﹂ ( 正保年間初版刋

の曲 の前後 の關 係 から そ の何れ であ る かが容 易 に判斷 出來 る と言 ふ。

 ( 註)   右 の中 (1)と (9)、 (2)と(10) と、 (( 1 は3 1 全) ) く 同型 であ る が、實 際 に用 ひら れた 場合 には そ

行)な ど に 見 ら れ る 節 博 士 は 全 く 此 の種 類 のも の であ る 。

〓

初 重 の徴 を 6 と す れ ば 、 二 重 の 宮 は 2 に、 二 重 の 徴 は 6 に、 三 重 の 宮 は2 に そ れ

は低 いオ ク タ ア ブ 、 二重 は 中 の オ ク タ ア ブ、 三 重 は 高 いオ ク タ ア ブ の意 で 、 例 へば、

  茲 に 宮 ・商 ・角 ・徴 ・羽 は 西 洋 音 階 の 面d・ore ・mi ・fa に相 當 す る 性 質 のも の、 初 重

れ ぞ れ の示 す 音價 は そ の下 に記 す 通 り であ る と 言 ふ。

上 の十 一種 類 あ り 、 (な ほ名 だ けあ つて實 用 に供 せ られ ぬも の が此 の他 に五 種 類 あ る) そ

正 しく は 上 圖 のや う に棒 の 一方 の端 に白 丸 を つけ て 記す の が本 式 であ つて そ の種 類 は

  抑々 此 の節 博 士 は古 く覺 意 上 人 ( 嘉禎 三年生寂 年不明)の發 案 に よ る も の であ る が 、

先 生 ・水 原堯 榮 先 生 に直 接 お敎 へ頂 いた 所 を 基 と し て 、 そ の性 質 の概 要 を 述 べ れ ば 次 の やう であ る。 (1) (2 )

( 3) ( 4) (5) (6) ( 7) ( 8) (9)

 三 重 の徴

(10  三 重 の角 ) ( 11)

  さ て講 式 ・祭 文 の類 及 び 此 の ﹁補 忘 記 ﹂ の類 に 用 ひら れ た 節 博 士 は 此 の白 丸 を缺 いて ゐ る の で あ る が、 そ の 理

由 は 次 のや う であ ら う 。 即 ち 、 講 式 ・祭 文 の類 は 同 じ 聲 明 の中 でも 、 ﹁魚 山〓 芥 集 ﹂ な ど に 所 収 の聲 明 に 比 し て

そ の曲 節 が簡單 で あ つて、 實 際 に 用 ひ ら れ る節 博 士 は極 め て少數 に 限 ら れ て 居 る 。 例 へば ﹁四座 講 式 ﹂ の如 き は、

聲 明中 の雄 篇 で あ る にも 拘 ら ず 、 そ こ に用 ひ ら れ て ゐ る 節 博 士 は(4)(の 5三 )種 (6 に) 限 ら れ て居 り、(3 以)下 及 び(7 以)

上 は 全 然 顔 を 出 さ な い。 即 ち ﹁四 座 講 式 ﹂ で〓〓〓 が 用 ひら れ れ ば、 常 に(4)(の 5〓 )〓 (〓 6)で あ つ て、(8)(及 9)(3)

び(10)の〓〓 で〓 は な い の であ る 。 そ こ で〓〓〓 と 誌 す た め に單 に〓〓〓 と 誌 し た の であ ら う と 思 は れ る 。 祭 文

の類 に 於 ても 、 用 ひら れ る 節 博 士 は(5)二(種 6に )限 ら れ て ゐ る 故 、 同 様 の 理 由 で白 丸 のな い形 を 用 ひ て ゐ る の であ

ら う 。 さ て ﹁補 忘 記 ﹂ の類 は 論 議 に 用 ひら れ る 語 句 を 集 め た も ので あ る が 、 論 議 の 曲 節 は 、 講 式 ・祭 文 の類 に劣

ら ぬ單 純 な も の であ る 故 此 等 と 同 様 に白 丸 のな い形 を 用 ひ て ゐ る も のと 考 へら れ る の であ る。 即 ち 問 題 の ﹁ヽ﹂ (/に同じ )は(2)(の 6何 )れ (1 か0 で) あ り、﹁︱﹂は(1)(の 5何 )( れ9 か) である。

  今 高 野 山な ど で は昔 乍 ら の論 議 の式 が傳 は つて ゐ る が 、 論 議僧 の間 で は ﹁補 忘 記 ﹂ の類 の節 博 士 ﹁ヽ﹂ は徴 、

﹁︱﹂ は 角 と 呼 ば れ て居 る と の こ と で あ る 。 即 ち ﹁ヽ﹂ は(6 の)二重 の徴 であ つて(2)で(は 1な 0い )、 ﹁︱﹂ は(5 の)二 重

の角 であ つて(1)で(は 5な )か ら う と 考 へら れ る 。 而 し て 徴 と 角 と は 、 そ の 曲 が 呂 旋 法 であ る場 合 と 、 律 旋 法 乃 至 中

曲 旋 法 であ る 場 合 と で 音 の相對 的 な 高 低 關 係 が稍々 異 る が 、 前 者 に 於 て は 徴 は 角 よ り 三 律 高 い音 ( 西洋 音 樂 式 に

言 へば 一音半高 い音。隨 つて徴 を 6とす れば 角 は4) であ り 、 後 者 に 於 て は 徴 は角 よ り 二 律 高 い音 ( 西 洋音 樂 式 に言

へば一 音高 い音。隨 つて徴を6 とす れ ば角 は5 ) であ る 筈 で あ つて 、 何 れ に せ よ 、 徴 は 角 よ りも 一段 高 い音 を 表 す

の であ る 。( 此 の條岩原諦信先 生 ﹁ 聲明 の研究﹂七二頁 ・一四七頁參照)そ し て 實 際 に 論 議僧 の 間 で は 、 ﹁補 忘 記 ﹂ に於 け

る 徴 即 ち ﹁ヽ﹂ で表 さ れ た 音 は 角 即 ち ﹁︱﹂ で表 さ れ た 音 に 比 し て高 く 唱 ふ べ き も のと 言 ふ や う に傳 へら れ て 來 て ゐ る と の こと であ る 。

  尤 も 此處 に 一つ の疑 問 があ る 。 それ は 現 行 の論 議 に於 て は ﹁ヽ﹂ の音 と ﹁︱﹂ の音 と の關 係 は決 し て正 確 に 徴

と角 と の關 係 で は な い。 即 ち ﹁ヽ﹂ は ﹁︱﹂ に 比 し て高 い こと は高 い が そ の高 さ の 開 き は 三 律 で も な け れ ば 二 律

でも な い、 此 等 に 封 し て 何 故 に 一に は 徴 の博 士 が 、 他 に は 角 の博 士 が つ いて ゐ る の か、 と 言 ふ こ と であ る 。 此 の

理由 は 明 確 に は 分 ら な いけ れ ど も 或 は 次 の やう な 事 情 に よ る も ので は な か ら う か 。 即 ち 先 づ 現在 行 は れ て ゐ る 諸

種 の聲 明 を 考 へる の に、 此等 宮 商 角 徴 羽 の高 さ の比 は 可 成 り 出 鱈 目 であ つて 、 例 へば ﹁四座 講 式 ﹂ に於 て は ( 今

眞 言進 流 のも のに就 て言 ふ、 他流 のも のは 此 と異 るも のも あ るら し い、 以下 も此 に準ず る)、 あ る 場 合 に は 徴 は 角 よ り

三律 高 い が、 あ る 場 合 に は 四 律 高 く 成 つて 居 り 、( ﹁ 聲明 の研究﹂六 一五頁)祭 文 の類 に於 て は 徴 と 角 と の 音 の 開 き は

一律 乃 至 二律 で あ る 。( ﹁聲明の研究﹂五九六頁)かゝ る 状 態 故 、 聲 明 界 で は 徴 と 角 と の實 際 に あ る べ き 音 の開 き に 關

す る觀 念 が薄 く 成 つて來 て 、遂 に は單 に ﹁徴 は 角 よ り高 い音 ﹂ と 言 ふ程 の意 味 に成 つて 了 ひ、 そ こ で論 議 に 於 て

二重 の徴 の音 ・角 の音 を單 に 高 い音 ・低 い音 を 表 す 目 安 と し て 用 ひ た も の と 想 像 す る の であ る。 尤 も そ れ な ら ば

何 も 二 重 の徴 角 に 限 ら ず 、 初 重 の 徴 羽 でも 、 三 重 の宮 商 で も 良 い譯 であ る が 、 何 故 特 に 二 重 の 徴 角 を 用 ひ た か と

言 ふ の に、 此 の二 つの音 は 大體 丁 度 中 位 の高 さ で あ つて 人 が最 も 聲 を 出 し よ い高 さ であ る 故 、 聲 明 の各 曲 を 通 じ

て最 も 頻 繁 に 出 て 來 る の であ る ( 丁度 現代 の普 通 の唱歌 では2 35 6あ たり が最も 頻繁 に出 て來る やう に)。 曲 に よ つ

て は 殆 ど 此 の 音 ば か り で 出 來 て ゐ る も のさ へあ る 程 であ る 故 、 一般 の人 は 二 重 の徴 (ヽ) と 二重 の角 (︱) と は

(ヽ) は 、 平 の博 士點

(︱) よ り 高 い音 を 表 し た も の には 異 論 が な いこ と と 思 ふ 。 な ほ

( 即 ちヽ )、 低 い音 を 角 (即 ち︱ ) で 表 記 し た の では な いか と 考 へる の であ る 。

一封 の高 い音 と 低 い音 と を 表 す 最 も 普 通 の 形 と 言 ふ觀 念 が 植 付 け ら れ 、 かく し て論 議 の曲 節 を 示 す の に、 高 い音 を徴

  何 れ に せ よ 上 の博 士點

﹁︱﹂ を 以 て 低 い音 を 表 す た め に用 ひ た證 左 に成 る と 考 へら れ る 。

﹁補 忘 記 ﹂ の中 に は時 に 次 の やう な 記 載 が 見 出 さ れ る の であ つて 、 此 は著 者 が博 士點 ﹁ヽ﹂ を 以 て高 い音 を 表 し 、 博 士點

  御 難  難 ノ 字 言 ヒ 付 ケ ニテ高 ク 言 フ ( 天ノ巻 ﹁ヲ﹂ノ部)   御 答   答 ノ 字 言 ヒ付 ケ ニテ高 ク 言 フ ( 同右)

 山 

山 ノ字 一字 訓 ニ言 フ時 ハ磨 ノ假 名 卑 シ西 シ 山 東 シ 山等 ト 連續 ス ル時 ハ磨 ノ 假 名 高 シ ( 地巻 ﹁ヤ﹂ノ部)

  現 在 諸 方 言 の ア ク セ ント を 比 較 し た 場 合 に 、 ﹁補 忘 記 ﹂ の上 (ヽ)の博 士點 が 高 い音 を 表 し 、 平 (︱) の博 士點

が 低 い音 を 表 し た も の と 考 へる こ と が非 常 に 好 都 合 であ る こ と は 前 章 の最 後 に 述 べ た 通 り で あ る 。 な ほ ﹁補 忘

記 ﹂ と 同 時 代 の畿 内 ア ク セ ント を 記 載 し て ゐ る釋 契 沖 の諸 著 書 、稍々 後 れ た 時 代 の同 じ 地 方 の ア ク セ ント を 記載

し て ゐ る釋 文 雄 の諸 著 書 の 記 述 と 比 較 し た 場 合 にも 、 ﹁補 忘 記 ﹂ の博 士點 音價 が此 のや う であ つた と 考 へ て少 し

も 矛 盾 を起 さ な いし 、又 ﹁補 忘 記 ﹂ よ り遙 か に古 い時 代 、 例 へば 院 政 時 代 の畿 内 アク セ ント を 記 載 し てゐ る と 見

ら れ る ﹁類 聚 名 義 抄 ﹂ ﹁ 色 葉 字 類 抄 ﹂ な ど の 記 述 と 比 較 し た 場 合 に も 、 ﹁補 忘 記﹂ の博 士點 の内 容 が此 のや う で あ つた と考 へて何 等 の支 障 を 來 さ な いの で あ る 。

  以 上 の や う な 理 由 によ つ て ﹁補 忘 記 ﹂ に 見 ら れ る ﹁ヽ﹂ ( 上 ) の符 號 は 當 時 の畿 内 方 言 に 於 け る 高 い 音 を 、

﹁︱﹂ ( 平 ) の符 號 は 當 時 の畿 内 方 言 に 於 け る 低 い音 を 表 し て ゐ る 、 と考 へる こ と と す る。

  三   ﹁補 忘 記 ﹂ の ア ク セ ン ト と 現 在 諸 方 言 の ア ク セ ン ト と の 關 係

 ﹁補 忘 記 ﹂ に於 け る 博 士點 の内 容 が 以 上 のや う な も の であ る と す れ ば 、 ﹁補 忘 記 ﹂ に 見 え る 上 (ヽ) の 音 節 を 高

く 、 平 (︱) の音 節 を 低 く發 音 す れ ば 、 即 ち 近 世 初 期 の畿 内 ア ク セ ント が 出 來 上 る 筈 で あ る 。 例 へば イ サ サ カ

ンヤ マタ の如 く發音 さ れ た も のと 考 へら れ る の で あ る。 即 ち 服 部 先 生 の ﹁補 忘 記 の 研究 ﹂ 第 三 章 ﹁補 忘 記 に 見 え

(﹁聊か ﹂) は 上平平平 型 であ る 故 、 イ サ サ カ の如 く 、 イ ハン ヤ マタ (﹁ 況 や亦 ﹂) は 上上 上上 上 平 型 で あ る 故 、 イ ワ

﹁近 世 初 期 畿 内 方 言 アク セ ント辭 典 ﹂ と 成 るわ け であ る。

の ﹁型 ﹂ に屬 す る 語 に は ど ん

る全單 語 ( 和 語 ) の整 理及 び 再 録 ﹂ の條 に擧 げ ら れ た 語 彙 は 、 上 を ○ に 、 平 を ○ のや う に 書 改 め る こと に よ つ て、 そ のまゝ

  か く て 當 時 の畿 内 ア ク セ ント に は ど のや う な ﹁型 ﹂ の區 別 が あ つた か 、 そ れ〓

な も の が あ つ た か 、 な ど の點 に 就 て は 、 同 章 を 見 て 頂 く こ と に よ つ て 容 易 に 知 ら れ る こ と で あ る か ら 、 此處 に は

此 の 種 の 問 題 に 就 て は 記 述 を 省 略 す る こ と と す る 。 而 し て 最 後 に 、 最 も 主 要 で あ る と 見 ら れ る 語 類 に 就 て 、 ﹁補

忘 記 ﹂ によ つて 知 ら れ る 當 時 の畿 内 ア ク セ ント と 、 現 在 の 近 畿 系 諸 方 言 の ア ク セ ント と の比 較 に よ り 、 各 諸 方 言

は 過 去 に 於 て ど う 言 ふ變 化 を 遂 げ て 現 在 の や う に 成 つた と 考 へら れ る か 、 と 言 ふ こ と に 就 て 考 察 し よ う と 思 ふ 。

て知 ら れる 通り、 近畿 系 諸方 言 ( 但 し高 松 地 方 の方 言及 び これ に準 ず る も のを 除 く ) の ア ク セ ント は 大體

﹁補 忘 記 ﹂ に

  ( 註)   此 以 下に は ﹁ 補 忘 記 ﹂ 時 代 の ア ク セ ント と 言 ふ 語 を 屡々 用 ひ る が 、 此 の語 の意 味 に 就 て 一言 述 べ る 。 以 下 に よ つ

見 ら れ る や う な ア ク セ ント か ら變 化 し て 出 來 た も の と 考 へら れ る 。 即 ち 此 等 の諸 方 言 に 於 て 、 現 在 の ア ク セ ント は

必 ず し も ﹁補 忘 記 ﹂ 所 載 のも のと 異 る點 が あ つて も 、 曾 て は ﹁ 補 忘 記 ﹂ に 見 ら れ る の と 同 様 な ア ク セ ント が 行 は れ

て ゐ た 時 代 が あ つた も の と 考 へら れ る 。 此 の 時 代 の ア ク セ ント が 、 ﹁補 忘 記 ﹂ 時 代 の ア ク セ ン ト と 呼 ば う と す る も のであ る。

  京 都 ・大 阪 地 方 で は 、 ﹁補 忘 記 ﹂ に 見 ら れ る や う な ア ク セ ント が 行 は れ て ゐ た の は 、 ﹁補 忘 記 ﹂ の出 來 た 當 時 、 即

ち 近 世 初 期 の こ と と 考 へら れ る 。 然 し茲 に 注 意 す べき は 他 地 方 で は や は り そ の 當 時 に 、 ﹁ 補 忘 記﹂ に見ら れ る やう

な ア ク セ ント が 行 は れ て ゐ た と は 必 ず し も 限 ら な いと 思 は れ る こ と であ る 。 A 地 方 で は そ れ よ り 以 前 に京 阪 地 方 よ

ント に變 つ て ゐ た か も 知 れ な い。 又 B 地 方 で は 京 阪 地 方 よ り も 一歩 後 れ 、 近 世 初 期 以 後 に 成 つて や つと

﹁ 補 忘 記﹂

り も 一歩 先 ん じ て ﹁補 忘 記 ﹂ 式 の ア ク セ ント に 成 り 、 近 世 初 期 に は 既 に 現 在 そ の地 方 に 行 は れ て ゐ る や う な ア ク セ

式 の ア ク セ ン ト に 成 つた か も 知 れ な い。 即 ち ﹁補 忘 記 ﹂ 時 代 のア ク セ ント と 言 ふ も の は 、 そ の 地 方 地 方 に よ つて 必 ず し も 同 年 代 の ア ク セ ント で は な いか も 知 れ な い こと であ る 。

へら れ る 。 併 しC 地 方 で は a型 の 語 は 近 世 初 期 に は ﹁補 忘 記 ﹂ 式 の ア ク セ ント であ つ た が、 b 型 の 語 は そ れ よ り 以

  又 、 京 都 ・大 阪 地 方 で は 近 世 初 期 に は總 て の 型 の 語 が 、 ﹁ 補 忘 記 ﹂ に 見 え る や う な ア ク セ ン ト で發音 さ れ た と 考

て ゐ た か も 知 れ な い 。 又c 型 の 語 は 近 世 初 期 に は ま だ 一つ前 の 時 代 の ア ク セ ント で 、 も つと 後 世 に 成 つ て 初 め て

前 に ﹁補 忘 記 ﹂ 式 の ア ク セ ント であ つ て 、 近 世 初 期 に は 既 に 現 在 そ の 地 方 に 行 は れ て ゐ る や う な ア ク セ ン ト に變 つ

﹁補 忘 記 ﹂ 式 の ア ク セ ント に變 化 し た か も 知 れ な い。 即 ち ﹁補 忘 記 ﹂ 時 代 の ア ク セ ン ト と 言 ふ も の は 、 一つ の 地 方

に於 ても 一つ 一つの型 に就 て年 代 が異 るかも 知 れな いこと である 。

  ︺ ︹A  ﹁ 補 忘 記﹂ で○ ○ 型 に 記載 され てゐ る語   此 の型 に屬 す る 語 は 二 字 名 詞 の ﹁口﹂ ﹁此 ﹂ ﹁鳥 ﹂ ﹁庭 ﹂ ﹁端 ﹂ ﹁鼻 ﹂ ﹁西 ﹂ ﹁ 膝 ﹂ ﹁布 ﹂ な ど 、 二 字 動 詞 の ﹁言 ふ ﹂

現 代 の間 に

﹁置 く ﹂ ﹁巻 く ﹂ ﹁行 く ﹂ ﹁似 る﹂ な ど であ る が 、 此 等 は 大體 現 在 に於 て も京 都 ・大 阪 初 め 近 畿 系 ア ク セ ント の地 方

各 地 で同樣 に○ ○ 型 に發 音 さ れ て ゐ る。 即 ち 此 の 類 の語 は、 近 畿 系 各 地 を 通 じ て ﹁補 忘 記 ﹂ 時 代︱ 語 を 離 れ て の ﹁型﹂ そ のも の の變 化 は大體行 はれ な か つた も のと 考 へら れ る。

 ( 註)   服部 先生 の御 研究 に從 へば 、三 重 縣度 會 郡柏 原 村 で は、○ ○ 型、 ○○ ○ 型 に發音 され る 語 がな く て、 ﹁補忘 記 ﹂

で○○ 型 の語は大體 ○ ○ 型 に、 ﹁ 補 忘 記﹂ で○ ○○ 型 の語 は大體 ○ ○ ○ 型 に發 音さ れ て ゐる やう であ る。 即ち 此 の

地 方 では、○○ 型∨ ○○ 型、 ○○ ○型∨ ○ ○○ 型 のやう な ﹁型﹂ の變化 が起 つた も のと考 へられ る。 生田 早苗 君 の

御 研究 に從 へば 同様 のアク セ ント は和 歌山 縣 の 一部 にも 行 はれ てゐ るや う である。

  但 し 高 松 地 方 に 於 て は 此 の類 の名 詞 は ﹁補 忘 記 ﹂ 同 様 ク チ 型 に發 音 さ れ る が 、 動 詞 は ユー 型 に發音 さ れ て ゐ る .

此 は 如 何 に 考 へる べき か 。 三 字 の語 に 就 て 見 る と、 ﹁補 忘 記﹂ で○ ○ ○ 型 の語 の中 、 名 詞 は 大體 ケ ム リ 型 に發 音

さ れ て ゐ る が、 動 詞 は總 て ア タ ル 型 に發 音 さ れ て ゐ る。 此 の地 方 で 、 名 詞 の ア ク セ ント は そ の まゝ で動 詞 の アク

セ ント に 、 ○ ○ 型∨ ○ ○ 型 、 ○ ○ ○ 型∨ ○ ○ ○ 型 のや う な變 化 が 起 つた と す る な ら ば 、 何 か 然 る べき 原 因 が あ る

筈 であ る が、 現 在 の所 では何 等 そ の 原 因 と 目 す べき も の が考 へら れ な い。 即 ち 、 此 の 地 方 の ア ク セ ント は 此 の類

の語 に 於 て、 ﹁補 忘 記 ﹂ の ア ク セ ント から變 化 し て 出 來 た と は 俄 に考 へ難 い の で あ る 。

型に、 ﹁當 る﹂ 等 の動詞 の終 止 形は總 て アタ ル の型 に發 音 され た 様 子 が見え る。 アタ ル型∨ ア タ ル型∨ アタ ル型 の

 ( 註)   ﹁類聚 名義 抄 ﹂な ど の資 料 によ れば 、平 安朝 末期 の畿 内 アク セ ント では、 ﹁言 ふ﹂等 の動 詞 の終 止形 は総 て ユー の

やうな變 化 は、 自然 に 起り得 る と考 へら れる 故、 此 の地方 のアク セ ント は平 安末 期 の アク セ ント から直 接變 化し て

出 來た ア クセ ント で、間 に ﹁補忘 記﹂ に 見え るやう な アク セ ントを經 過 しな か つたも のと見 る こと が出來 よう 。

  此 の 類 の名 詞 ﹁口 ﹂ 等 に助 詞 が つ いた 場 合 は 、 ﹁補 忘 記 ﹂ 時 代 に 於 ても 恐 ら く 現 在 の 諸 方 言 同 様 ク チ ガ ・コレ ヲな ど のや う な 形 に發 音 さ れ た も の と 思 は れ る。

 ( 註)   但し 現在 諸方 言 で低く つく 助 詞 ﹁へ﹂ ﹁も ﹂な ど は、當 時 にあ つても ク チ エ ・コレモな ど のやう に發 音 さ れた で あ らう。   ︹B︺   ﹁ 補 忘 記﹂ で○ ○ 型 に記載 さ れ てゐ る語 

( 語 例 )  二字 名 詞 ﹁足 ﹂ ﹁池 ﹂ ﹁石 ﹂ ﹁紙﹂ ﹁橋 ﹂ ﹁花 ﹂ ﹁人 ﹂ ﹁山 ﹂ ﹁家 ﹂ ﹁色 ﹂ ﹁鍵 ﹂ ﹁北 ﹂ ﹁ 雲 ﹂ ﹁倉 ﹂ ﹁事 ﹂ ﹁月﹂ ﹁寺 ﹂

﹁糖 ﹂ ﹁雪 ﹂ ﹁夢 ﹂ な ど 、 そ の他 此 の稿 で は 特 に觸 れ な か つた が 二字 動 詞 ﹁居 る﹂ そ の他 。

  此 の 型 に屬 す る 語 は 、 大體 現 在 に於 て も 、 京 都 ・大 阪初 め 近 畿 系 ア ク セ ント の地 方 各 地 で、 同 様 に○ ○ 型 に發

音 さ れ て ゐ る 。 即ち 此 の類 の語 も 、 此 等 の地 方 を 通 じ て ﹁補 忘 記﹂ 時 代︱ 現代 の間 に ﹁型 ﹂ そ のも の の變 化 は 起 ら な か つた も の と考 へら れ る 。

  但 し 高 松 地 方 に於 ては 、 此 の類 の 語 も ﹁補 忘 記 ﹂ 記 載 のア ク セ ント と は 可 成 異 る ア ク セ ント で發 音 さ れ て 居 り、

右 の名 詞 の約 半數 は 、 ア シ 型 、 他 の半數 は 、 イ シ 型 又 は ヒ ト 型 に發 音 さ れ て ゐ る 。 ﹁補 忘 記 ﹂ 式 の ア ク セ ント か

ら 、 如 何 に し て此 のや う な ア ク セ ント に變 化 し た のか 、 そ の過 程 を説 明 す る のは 無 理 で あ る と 思 は れ る故 、 此 の

類 の 型 に 於 ても 、 此 の地 方 のア ク セ ント は 、 ﹁補 忘 記 ﹂ の ア ク セ ント か ら 分 れ 出 た も の で は な か ら う と 考 へら れ る の であ る 。

  此 と 同 様 な 事 は、 ﹁補 忘 記 ﹂ で○○○ 型 の語 、 ○ ○ ○ 型 の語 に 就 ても 言 へる の で あ つて、 即 ち 、 ﹁補 忘 記 ﹂ で○

○○型 の語 は 、 高 松 地 方 で 一部 分 ( 例 へば 三字 の名 詞) は カ ガ ミ 型 に、 一部 分 ( 例 へば 三 字 の形 容 詞 の終 止 形 ) は

ア カ イ 型 に發 音 さ れ 、 ﹁補 忘 記 ﹂ で ○ ○ ○ 型 の 語 は 、 高 松 地 方 で 一部 分 ( 例 へば 三字 の動 詞 ・形 容 詞 の終 止 形 ) は

ウ ゴ ク 型 に 、 一部 分

( 例 へば 三 字 の 名 詞 ) は イ ノ チ 型 に 、 一部 分

( 例 へば 二 字 名 詞 ＋ 助 詞 の 形 の 一部 ) は イ シ ガ 型 に

發 音 さ れ る の で あ る が 、 ﹁補 忘 記 ﹂ の ア ク セ ント か ら 如 何 に し て 此 の や う な ア ク セ ン ト が 出 來 た か は 、 説 明 が 困

難 で あ る 。 即 ち 此 の 地 方 の ア ク セ ン ト の體 系 は 、 ﹁補 忘 記 ﹂ の ア ク セ ン ト の體 系 か ら 出 た と は 考 へ難 い の で あ つ

て 、 此 の 地 方 に は 、 ﹁補 忘 記 ﹂ に 見 ら れ る や う な體 系 を も つ た ア ク セ ン ト が 行 は れ て ゐ た 時 代 は な か つ た も の と 考 へら れ る 。

﹁鏡 ﹂ の類

( 低 平 )、 ﹁補 忘 記 ﹂ で○ ○ ○ 型 の 語 の 中 、 ﹁動 く ﹂ の 類 は ウ ゴ ク 型 に發 音 さ れ て ゐ た 様 子 が 見 え る の で

  ( 註)   ﹁ 類 聚 名 義 抄 ﹂ な ど の資 料 に よ れ ば 、 平 安 末 期 の畿 内 ア ク セ ント で は 、 ﹁補 忘 記 ﹂ で ○ ○ ○ 型 の 語 の中 は カガ ミ型

あ つて 、 ○ ○ ○ 型∨ ○ ○ ○ 型 、 ○ ○ ○ 型∨ ○ ○ ○ 型 のや う な 型 の變 化 は 自 然 に 起 り 得 る と 考 へら れ る 故 、 此 等 の語

で、 直 接變 化 し て 出 來 た ア ク セ ン ト を 見 る こ と が 出 來 る 。 二 字 名 詞 ﹁足 ﹂ の類 に於 て、 此 の 地 方 の ア ク セ ント が 、

に 於 て は 、 此 の 地 方 の ア ク セ ント は 、 平 安 末 期 の畿 内 ア ク セ ント か ら 途 中 に ﹁補 忘 記 ﹂ の ア ク セ ント を經 過 し な い

同 様 に 平 安 末 期 の 畿 内 ア ク セ ント か ら 直 接 分 れ 出 た と 考 へら れ る こ と は 、舊 稿 に觸 れ た こ と が あ る 故 、 此處 に は 省

略 す る 。 ﹁現 代 諸 方 言 の 比 較 か ら觀 た 平 安 朝 の ア ク セ ント ﹂ ( ﹁方 言 ﹂ 七 の 六)・﹁國 語 ア ク セ ント の 地 方 的 分 布 ﹂ ︹ 三

十 九 ︺參 照 。 即 ち 此 の地 方 の ア ク セ ン ト は 、 直 接 ﹁補 忘 記 ﹂ の ア ク セ ン ト か ら 別 れ て出 來 た も の で な く 、 そ の 一段

古 い形 、 平 安 末 期 の ア ク セ ン ト か ら 別 れ て 出 來 た 近 畿 系 ア ク セ ント の 一分 派 と 見 る こ と が 出 來 る の で あ る 。

  な ほ徳 島 縣 池 田 町 の ア ク セ ント は 高 松 地 方 の ア ク セ ント と は稍々 異 る點 も あ る け れ ど も 、 や は り 平 安 末 期 の ア ク セ ント か ら 直 接 別 れ て 出 來 た 近 畿 系 ア ク セ ント の 一分 派 と 見 ら れ る も の で あ る 。

﹁の ﹂ は 、 當 時 に あ つ て も ア シ

  此 の 類 の 名 詞 に 助 詞 が つ い た 場 合 は 、 ﹁補 忘 記 ﹂ 時 代 に 於 て も 恐 ら く 現 在 の 諸 方 言 同 様 ア シ ガ ・イ ケ ヲ な ど の や う な 形 に發 音 さ れ た も の と 思 は れ る 。 但 し 現 在 諸 方 言 で變 則 的 な つ き 方 を な す

﹁ 補 忘 記 ﹂ 時 代 此 の類 の名 詞 全 部 が ﹁の﹂ が つ いた 時 に 此 の や う な 形 に 成 つ た か ど う か は 精 査 の餘 地 が あ る 。

ノ ・イ ケ ノ な ど の や う に發 音 さ れ た や う で あ る 。   ( 註)   但し

  ︹C︺  ﹁ 補 忘記 ﹂ で○ ○ 型 に 記載 され てゐ る語

(語 例 )   (甲) 二字 名 詞 ﹁息 ﹂ ﹁種 ﹂ ﹁中 ﹂ ﹁箸 ﹂ ﹁奥 ﹂ ﹁何 ﹂等 ・二 字動 詞 ﹁書 く ﹂ ﹁取 る ﹂ ﹁見 る﹂ 等 ・そ の 他 。   (乙) 二字 名 詞 ﹁蜘 蛛 ﹂ ﹁猿 ﹂ ﹁春 ﹂ 等 。

  此 の型 に屬 す る 語 は 、 現 在 各 地 に 於 て (甲 ) 類 と (乙 ) 類 と で 別 々 の ア ク セ ン ト で發 音 さ れ て 居 り 、 偶々單獨

の場 合 同 様 な アク セ ント で 發 音 さ れ て ゐ る 地 方 (例 、 高 知 ) でも 、 助 詞 が つく と ( 甲 ) (乙) 二 類 は 矢 張 り 別 々

のア ク セ ント で發 音 さ れ てゐ る。 同 一の 型 に屬 し て ゐ た 一群 の 語 が 、 二 種 の型 に 分 裂 す る と 言 ふ た め に は 、 何 か

特 別 の事 情 が な け れ ば な ら ぬ と考 へら れ る の であ る が、 右 の (甲 ) (乙 ) 二類 の語 に は 特 に分 裂 し な け れ ば な ら

な か つた 事 情 と 言 ふも の が思 ひ 寄 ら な い。 即 ち (甲 ) (乙 ) 二 類 は ﹁補 忘 記 ﹂ で同 一型 に 記 載 さ れ て ゐ るも の の、

實 際 の ﹁補 忘 記 ﹂ 時 代 の發 音 で は 、 何 か ﹁型 ﹂ の區 別 があ つた か も 知 れ な いと 疑 は れ る 故 、 此處 に は 此等 二類 を 別 々 に考 察 す る こ と と す る。 

( 甲)   二 字 名 詞 ﹁息 ﹂ の類 、 二 字 動 詞 ﹁書 く ﹂ の類

  此 の類 の語 は、 現 在 各 地 のア ク セ ント の比 較 か ら 見 て、 ﹁補 忘 記 ﹂ 時 代 に は 、 ﹁補 忘 記 ﹂ 記 載 の 通 り イ キ 型 ・カ

ク 型 に發 音さ れ て ゐ た と 見 て よ か ら う 。 さ て 現 在 近 畿 ・四 國 の主 な 地方 で はイ キ 型 に發 音 さ れ て 居 り 、 此 等 の地

方 で は ﹁補 忘 記﹂ 時 代 以 後 此 の類 の 語 に 於 て特 に ﹁型 ﹂ の變 化 は起 ら な か つた も のと 考 へら れ る。

  然 る に 、 長 濱 ・舞 鶴 ・赤 穗 ・新 宮 な ど の 地方 で は 、 イ キ 型 に發 音 さ れ る語 は 一語 も な く 、 以 上 の地 方 と 異 り 、

此 の 類 の語 は 殆 ど總 てイ キ 型 に發 音 さ れ る やう で あ る 。 即 ち 此 等 の地 方 で は ﹁補 忘 記 ﹂ 時 代 以 後 、 ○ ○ 型∨ ○ ○

型 の や う な ﹁型﹂ の變 化 が 起 つた も の と考 へら れ る。 此 等 の地 方 で は、 ︹G︺ に述 べ る や う に 、 ﹁補 忘 記 ﹂ で○ ○ ○

型 の語 も 大體 ○ ○ ○ 型 に 成 つて居 る の であ つて 、 ○ ○ ○ 型∨ ○ ○ ○ 型 の變 化 も 起 つた と 考 へら れ る 。

 

  さ て 此處 に注 意 す べき は 此處 にあ げ た 、 長 濱 ・舞 鶴 ・赤 穗 ・新 宮 の四 地 方 は 決 し て 地續 き の 地 方 では な く 、 又

互 に特 別 に 交 通 が あ つた 地方 と も 考 へら れ な い。 と 言 ふ 一事 であ る 。 即 ち 此處 に述 べた ○○ 型∨ ○ ○型 、 ○ ○ ○

︹G︺ ﹁補 忘 記 ﹂ で ○ ○ ○﹁ 型 に 記 載 さ れ て ゐ る語 、の條 で考 察 す る

型∨ ○ ○ ○ 型 な る變 化 は 、 互 に相 隔 つた 四 つの 地 方 で夫 々獨 立 に行 は れ た と考 へら れ る の であ る 。 何 故 かう 言 ふ こと が 起 り 得 た ので あ ら う か 。 此 の問 題 に就 て は こと とす る 。

﹁上 に﹂)、 ナカニ

(﹁中 に﹂)、 トがヲ

(﹁咎

  次 に此 の類 の名 詞 に助 詞 が つ いた 場 合 、 ﹁補 忘 記 ﹂ 時代 に はど ん な ア ク セ ント で 發 音 さ れ た で あ ら う か 。 ﹁補 忘 記 ﹂ に は 此 等 の 語 に、 ﹁に﹂ ﹁を ﹂ ﹁の﹂ が つ い た 例 と し て 、カシニ

を﹂)、 ナ ニヲ ( ﹁何 を﹂) 、 オク ノ ( ﹁奥 の﹂)、 ナ ンノ ( ﹁何 の﹂) のや う な 例 が 見 え 、 大體 ○ ○ ○ 型 に成 つた の で は な

いか 、 と考 へら れ る の であ る が 、 現 代 諸方 言 の ア ク セ ント の比 較 の結 果 か ら も かう 考 へる こ と は 妥 當 と 思 は れ る。

  所 が茲 に 注 意 す べき は 、 ﹁補 忘 記 ﹂ に は 別 に カ ミ ノ (﹁上 の﹂) と 言 ふ 例 が 見 え 、 即 ち ﹁上 ﹂ と 言 ふ 語 は 、 ﹁の﹂

が つ いた 場 合 に は、 ﹁に ﹂ が つ いた 場合 と 異 り 、 現 代 諸 方 言 の所 謂 (乙 ) 類 式 の ア ク セ ント に 發 音 さ れ た か と 思

は れ る。 現代 諸 方 言 に 於 ても 此 のや う な ア ク セ ント で 發 音 さ れ る 語 は時 に 見 出 だ さ れ る ので あ つて、 例 へば 服部

ドオ

ナ ルカ   ワ カ ラ ン

は殆 ど 用 ひら れ ず 、 ○ は全 く 用 ひ られ な いこ とを 表 す )

アト ガ

ドオ

ナ ル カ   ワカ ラ ン 

チゴ テ ( 違 つて)

 (乙) 類式 ム カ シト

 イ マノ   モ ノ ワ

(イ マガ  エ エ  ト キ ヤ) ( 良 い時 だ)

 イ マ ワ   エ エガ

 イ マ ワ

( () は少 く 用 ひら れ 、︱

先 生 の御 教 示 に 從 へば 、 先 生 御 自 身 の ア ク セ ント で は 、 ﹁今 ﹂ と 言 ふ 語 は 次 のや う な 複雜 な 性 質 の ア ク セ ント を も つ て ゐ る と の こと で あ る 。

アトガ

  ( 甲 )類 式

 イ マワ   エ エガ

 イ マガ   エ エ ト キ ヤ  イ マノ   モノ ワ

 

 イ マノ   ウ チ ニ  イ マデ モ

(イ マデ モ)  ○  ○

 イ マカ ラ  ソ ンナ   コト デ ワ  イ マ ニ  エライ

 ○

メ エ ニ  ア ウ ワ

 イ マ ニ モ   フ リ ソ オ ヤ

  此 のや う な 性 質 を も つた 語 は 、 ﹁補 忘 記 ﹂ 時 代 にも 存 在 し て ゐ た と 考 へる こ と は 不 自 然 でな い故 、 ﹁上 ﹂ と 言 ふ

語 は 實 は此 の類 の 即 ち ( 甲 ) (乙 )兩 類 の中 間 の語 であ つた か と考 へら れ る。 一般 に 現 在 諸 方 言 の 下 上 型 の 語 の

ア ク セ ント を 比 較 し て 見 る と 、 ﹁朝 ﹂ ﹁夜 ﹂ な ど の 如 く 甲 方 言 で は (甲 ) 類 に屬 し 、 乙 方 言 で は (乙 ) 類 に屬 し て

ゐ る 語 が 、 可 成 り存 在 す る が 、 さ う 言 ふ 語 の 中 に は 、 ﹁補 忘 記﹂ 時 代 に 、 (甲 ) (乙 )兩 類 の中 間 の語 であ つた も のが あ る の では な いか と 考 へら れ る 。

 ( 註)   此 の類 の語 に ﹁も ﹂﹁へ﹂ が つ いた時 は、 ﹁補 忘記 ﹂時 代 に於 ても 現在同 様○ ○○ 型 に成 つた こと と 思はれ る。 

( 乙)   二字 名 詞 ﹁蜘 蛛 ﹂ の類

  此 の類 の語 は、 現 在 諸 方 言 の中 、 ﹁補 忘 記 ﹂ 記 載 の通 り ク モ 型 に發 音 さ れ て ゐ る の は 、 高 知 地 方 が そ れ であ る

が 、 此處 に 注 意 す べき は 、 此 のや う に 發 音 さ れ て ゐ る 地 方 は 寧 ろ狹 い地 方 に 限 ら れ て居 り 、 京 都 ・大 阪 ・龜山 ・

田 邊 ・新 宮 ・高 松 な ど ク モ 型 に 發 音 さ れ て ゐ る 地方 が 遙 か に 廣 いこ と で あ る。 又 、 舞 鶴 ・赤 穗 ・長 濱 な ど の 地 方

の ア ク セ ント も 、 ク モ型 から變 化 し て 出 來 た 形 と考 へるよ り も 、 ク モ型 か ら 出來 た 形 と 考 へる方 が 無 理 がな いと 思はれ る。

  若 し 、 ○ ○ 型∨ ○ ○ 型 のや う な 型 の變 化 が自 然 に 起 る變 化 であ る と 見 ら れ る な ら ば 、 高 知 式 の ○ ○ 型 を 古 いも

のと し 、 他 の○ ○ 型 を 新 し く變 化 し て 出 來 た 形 と 見 る こ と も 出 來 よ う が 、果 し て 此 の變 化 を 自 然 のも のと 見 る こ

 

と は 許 さ れ る であ ら う か 。 寧 ろ ○ ○ 型∨ ○ ○ 型 のや う な變 化 の方 が 自 然 に起 る の で はな か ら う か。

  元 來○○ 型 と ○ ○ 型 と の相 違 は 、 他 の型 の相 違 に 比 較 す れ ば 、 顯 著 な 相 違 に あ ら ず 、 粗雜 な觀 察 で は此 の兩 者

は 同 型 と 見 ら れ る 可 能 性 があ る も の で あ り 、 ま た茲 に、 若 し 、強 ひ て 高 い音 節 と 低 い音 節 と の 二 種 の音 節 で 、 あ

ら ゆ る 語 の ア ク セ ント を 表 記 し よ う と し た な ら ば 、 ○ ○ 型 は 容 易 に ○ ○ 型 のや う に表 記 さ れ る性 質 を も つて ゐ る 。

此 の や う に考 へる な ら ば 、 ﹁補 忘 記 ﹂ に此 の類 の語 が ○ ○ 型 に記 載 さ れ て ゐ ても 、 實 際 の發 音 に 於 て は 、 ○ ○ 型 であ つた か も 知 れ な いと 疑 つ て見 る價 値 があ る 。

﹁補 忘 記 ﹂ の中 に は 、 生 憎 此 の點 を 明 ら か にす べき 何 等 の記 述 も な い故 、 當 時 此 の 類 の語 が ○ ○ 型 に發 音 さ れ た

の や ら 、 或 は 記 載 通 り○ ○ 型 に發 音 さ れ た の や ら 、 遺 憾 な がら 知 る こと が 出 來 な い。 此 の問 題 の解 決 は 、 今 後 も つと豐 富 な 資 料 を 得 て か ら の こ と と し た い。

  さ て現 代 に 於 ては 、 前 述 の如 く 、 高 知 地 方 では ク モ 型 、 京 都 ・大 阪 を 初 め 近 畿 地方 の主 要 部 では ク モ 型 であ る

が、 以 上 の や う であ る故 、 此 の中 何 れ が他 か ら變 化 し て 出 來 た 形 か 、 俄 か に斷 定 出 來 な い。

  但 し 舞 鶴 ・赤 穗 方 面 で は 、 ○ ○ 型 に發 音 さ れ る 語 は 一語 も な く 、 此 の類 の語 は 殆 ど總 て ク モ型 に發 音 さ れ る や

う で あ る。 即 ち 此 の 地方 では ﹁ 補 忘 記 ﹂ 時 代 以 後 ○ ○ 型∨ ○ ○ 型 の やう な變 化 が 起 つた も のと 考 へら れ る 。

  又 、 長 濱 地 方 で は ○ ○ 型 、 又 は ○ ○ 型 のや う な 型 の語 は な く 、 此 の 類 の語 は 殆 ど總 て ク モ型 に發 音 さ れ て ゐ る

や う であ る 。 即 ち 此 の地 方 で は ﹁補 忘 記﹂ 時 代 以 後 、 舞 鶴 ・赤 穗 に於 け る や う な ○ ○ 型∨ ○ ○ 型 の變 化 が起 り 、 更 に そ の後 ○ ○ 型∨ ○ ○ 型 の やう な變 化 が 起 つた の では な か ら う か。

  な ほ舞 鶴 ・赤 穗 ・長 濱 に於 け る ○ ○ 型∨ ○ ○ 型 の變 化 は (甲 ) の條 で 考 察 し た ○ ○ 型∨ ○ ○ 型 の變 化 と 同 時 期 に同 じ 原 因 で起 つた の で はな いか と 考 へら れ る。

ど 様 々な アク セ ント で發 音さ れ てゐ る。此 は長 濱 地方 で過去 に起 つたと 思は れ る○○ 型∨ ○○ 型∨ ○○ 型 の變 化 が

 ( 註)   此 の稿 に特 には觸 れな か つた が、福 井縣郭 賀 地方 では此 の類 の語 は個 人個 人 によ つて ク モ ・ク モ ・ク モ ・ク モな

現 に行 はれ つゝあ る こと を 示すも のではな か らう か。

  最 後 に ﹁補 忘 記 ﹂ 時 代 に は 此 の類 の名 詞 に助 詞 が つ いた 場 合 、 ど ん な ア ク セ ント で發 音さ れ た で あ ら う か と 言

ふ の に、 ﹁補 忘 記 ﹂ に は 適 當 な 例 が 殆 ど な く 、 此 の點 を 明 ら か に す る こ と は 非 常 に 困 難 で あ る。 現 在 各 地 で此 の

類 に屬 し てゐ る 語 で 、 ﹁補 忘 記﹂ に 助 詞 が つ いた 形 の見 え る のは 、 ﹁窓 ﹂ と 言 ふ 語 に ﹁の﹂ が つ いた 例 が 一ケ 所 見

え て ゐ る だ け であ つ て、 此 は マド ノ のや う に、 即 ち 現 在 (甲 ) 類 に 發 音 さ れ て ゐ る 語 と 同 じ ア ク セ ント に 記 載 さ

れ て ゐ る 。 併 し、 現 在 諸 方 言 の ア ク セ ント の 比 較 の結 果 か ら 考 へる の に、 此 の類 の名 詞 ＋助 詞 の形 が總 て 此 のや

う な ア ク セ ント で あ つた と は 考 へ難 い。 出 來 る な ら ば ○ ○ ○ 型 であ つた と 考 へた いの で あ る 。

  次 に ﹁今 ﹂ と 言 う 語 に ﹁の﹂ が つ いた 例 が 三 ケ 所 に 見 え て 居 り、 此 はイ マノ 型 に 記 載 さ れ て ゐ る。 ﹁今 ﹂ は 地

方 に よ つ ては (乙 ) 類 に屬 し てゐ る が ( 例 、和 歌 山 地方 )、 (甲 )(乙 ) 二 類 の中 間 のや う な 性 質 を も つて ゐ る 地 方

もあ り ( 例 、龜 山 地 方、 前項 にふれ た ) 、 (甲 ) 類 に屬 し て ゐ る 地 方 も あ る ( 例、京 都 地方 )。隨 つ て、 ﹁補 忘 記 ﹂ 時

代 に は、 或 は 前 項 に觸 れ た ﹁上 ﹂ と 言 ふ 語 と 同 類 で、 つく 助 詞 に よ つ て、 又 用 ひら れ る 場 所 に よ つ て、 ○ ○ ○ 型

と も 、 ○ ○ ○ 型 と も 成 つた 語 か も 知 れ な い。 即 ち 此 の例 を 以 て、 此 の (乙) 類 の語 ＋助 詞 の 形 が ○ ○ ○ 型 に 成 つ

た と斷 ず る こ と は妥 當 で は な いと 考 へら れ る 。 以 上 の や う で あ る 故 、 ﹁補 忘 記 ﹂ 時 代 に、 此 の類 の語 に 助 詞 の つ

いた 場合 、 ど んな ア ク セ ント に成 つた か は 、 ﹁補 忘 記 ﹂ だ け か ら は 適 確 な 推 論 を 下 す こと が 出 來 な いと 言 は な け れ ば な ら な い。

  (註)   但し ﹁補 忘 記﹂よ りも も つと古 い時 代、 即 ち 平安末期 のアク セ ントを 傅 へて ゐると 思 はれ る ﹁日本 書紀 ﹂ の古冩

本 の訓點 、 ﹁古今 和歌 集 ﹂ の古冩本 の聲點 の研究 の結果 によ れば 、 現在各 地 で此 の類 に屬 し てゐ る語 の中 に は、 ﹁補

忘 記﹂ 時代 に 一般 に助 詞が ついた場合 に○○ ○型 に成 つた と考 へてもよ ささ うな 語 が確 か にあ るや う であ る。 併 し

何 分、 前 に述 べた やう に ﹁ 窓 ﹂ と言 ふ語 が、 ﹁補忘 記 ﹂ で (甲)類 式 のアク セ ント のやう に記載 し てあ る ことな ど

か ら考 へると、 現在 各 地 で (乙)類 に屬 し てゐ る語 の中 には、 ﹁補 忘 記﹂ 時代 には ( 甲) 類 に屬 し て ゐた 語 が少 く

な か つた のではな いかと 疑は れる。

  ︹D︺   ﹁補忘 記﹂ で○ ○ ○ 型 に記載 さ れて ゐる 語

( 語 例 )  三 字 名 詞 ﹁形 ﹂ ﹁煙 ﹂ ﹁昔 ﹂ ﹁柳 ﹂ 等 、 三 字 動 詞 ﹁ 當 る ﹂ ﹁變る ﹂ ﹁拾 ふ ﹂ ﹁渡 る ﹂ ﹁遊 ぶ﹂ ﹁植 ゑ る ﹂ ﹁捨 て

る﹂ 等 、 そ の他 ︹ A︺ に 述 べた ○ ○型 名 詞＋ 助 詞 の形 も 此 に準 ず る 。   此 の型 に屬 す る 語 は 、 大體 現 在 に於 て も 、 近 畿 系 各 地 で 同 様 に○ ○ ○ 型 に發 音 さ れ て ゐ る 。 即 ち 此 の類 の語 に

於 ても 、 此 等 の 地 方 では ﹁ 補 忘 記 ﹂ 時 代 以 後 ﹁型 ﹂ そ のも の の變 化 は 起 ら な か つた も のと 考 へら れ る 。

  但 し新 宮 地 方 で は 、 ○ ○ ○ 型 の語 は 一語 も な く 、 此 等 の語 は 殆 ど總 て○ ○ ○ 型 に成 つて ゐ る や う であ る 。 即 ち

此 の 地方 で は、 ﹁補 忘 記 ﹂ 時 代 以 後 ○ ○ ○ 型∨○○○ 型 の やう な ﹁型 ﹂ の變 化 が 起 つた も のと 考 へら れ る 。

あ る。 三重 縣木 之本 町 では ○○ ○型 に屬す る 語 は 一語も な く、 此 の類 の語 は殆ど 総 て○○ ○ 型 に發音 され てゐ るや

  (註)  三 重縣 柏原 村 地方 では ﹁補 忘 記﹂ で此 の型 の語 は現 在大體○○○ 型 に發音 さ れ てゐ る こと は︹A に︺ 述 べた 通 り で

う であ る。 此 の地方 では○○○ 型∨○○○ 型 のやう な ﹁型﹂ の變化 が起 つたも のと考 へられ る 。( ﹁國語アクセ ントの 地方的分布﹂ ︹二十九︺參照)

  又 、 高 松 地方 では 此 の類 の語 は 、 一部 が ○ ○ ○ 型 に發 音 さ れ て 居 り 、 此 の點 に於 て 、 此 の 地方 の ア ク セ ント が

﹁補 忘 記﹂ の ア ク セ ント から變 化 し て出 來 た も の と は 考 へ難 い こと︹Aに ︺述 べ た 通 り であ る 。

 ︹ E︺   ﹁補 忘 記﹂ で○○○ 型 に記載 さ れて ゐ る語

(語 例 )  三 字 名 詞 ﹁鏡 ﹂ ﹁刀 ﹂ ﹁言 葉 ﹂ 等 。 他 に 此 の稿 に は 特 に觸 れ な か つた が 、 現 在 高 知 ・田 邊 等 で終 止 形 ○ ○ ○ 型 の形 容 詞 、 ﹁赤 い﹂ ﹁厚 い﹂ 等 も 此 に準 ず る 。

  此 の型 に屬 す る 語 は 、 現 在 近畿 系 の 地方 の大 部 分 で 大體 同 様 に ○ ○ ○ 型 に發 音さ れ て ゐ る 。 即 ち 此 の類 の 語 に

於 て此 等 の地 方 を 通 じ て、 ﹁補 忘 記 ﹂ 時 代 以 後 、 ﹁型 ﹂ そ のも の の變 化 は 起 ら な か つた も のと 考 へら れ る 。

  但 し 京 都 ・大 阪 ・龜山 等 、 大體 京 都 を 中 心 と す る 地 方 で は 、 此 の類 の 語 は ○ ○ ○ 型 に發 音 さ れ る のが 普 通 で、

時 に○ ○ ○ 型 にも發 音さ れ る 、 と 言 ふ 状 態 であ る 。 此 は 此 の地 方 に 於 て、 此 の類 の語 に ○ ○ ○ 型∨ ○ ○ ○ 型 と 言

ふ ﹁型﹂ の變 化 が 、 現 在 進 行 中 で あ る こ と を 示 す も の と 思 は れ る 。( 服部 先生 ﹁ 國語諸方言 のアクセ ント概觀﹂) (及 一び(三) ﹁ 方 言﹂ 一の 一、 一の四參照)

  又 、 高 松 地 方 で は 、 此 の類 の語 のあ る も の は カ ガ ミ 型 に 、 あ る も の は ア カ イ 型 に發 音 さ れ て居 り、 此 の點 に 於

ても 此 の地 方 の ア ク セ ント が 、 ﹁補 忘 記 ﹂ の ア ク セ ント か ら變 化 し て 出 來 た と は 考 へ難 い こと は︹Bに︺述 べた 。

 ︹ F︺   ﹁補忘 記﹂ で○ ○ ○ 型 に記 載 され てゐ る語 

( 語 例 )  三 字 名 詞 ﹁命 ﹂ ﹁心 ﹂ ﹁力 ﹂ ﹁螢 ﹂ 等 、 三 字 動 詞 ﹁動 く ﹂ ﹁起 す ﹂ ﹁思 ふ ﹂ ﹁曇 る ﹂ ﹁ 作 る ﹂ ﹁殘る ﹂ ﹁建 て

る﹂ ﹁ 褒 め る﹂ 等 、 他 に此 の稿 に は 特 に觸 れ な か つた が 、 高 知 ・田邊 地 方 で 現 在 ○ ○ ○ 型 に發 音さ れ る 形 容

詞 ﹁白 い﹂ ﹁熱 い﹂ 等 、 又︹Bに ︺述 べた ○ ○ 型 の名 詞 ＋助 詞 の形 も 此 に 準 ず る。

  此 の類 の語 は 、 現 在 各 地 でも 、 大體 同 様 に ○ ○ ○ 型 に發 音 さ れ て居 る 。 即 ち 、 此 の類 の語 にも 、 此 等 の 地 方 に

は、 ﹁補 忘 記 ﹂ 時 代 以 後 、 ﹁型 ﹂ そ のも の の變 化 は 起 ら な か つた も の と考 へら れ る。

  但 し 、 新 宮 地 方 で は、 此 の類 の語 は 殆 ど總 て○ ○ ○ 型 に成 つ てゐ て、 ○ ○ ○ 型 の語 はな いと 言 つて も よ い程 で

あ る 。 即 ち 此 の地 方 に於 ては ﹁補 忘 記 ﹂ 時 代 以 後 ○ ○ ○ 型∨ ○ ○ ○ 型 のや う な ﹁型 ﹂ の變 化 が起 つた も の と考 へ られ る。

  又 、 京 都 ・大 阪 を 中 心 に近 畿 中 部 の地 方 で は 、 右 に あ げ た 語 の中 で、 三 字 動 詞 に 限 り 、 四 段 活 用 のも のは ウ ゴ

ク 型 に、 一段 活 用 のも のは タ テ ル型 、 タ テ ル型 、 或 は タ テ ル型 に變 化 し て 了 つて ゐ る。 何 故 此 のや う な變 化 が此

の地 方 に起 つた の であ ら う か 。 此 に就 て は 服 部 先 生 が 、 既 に ﹁國 語 諸 方 言 の ア ク セ ント 概觀 日( ﹂三 (﹁ ) 方言﹂ 一の四)

の中 で、 明 快 な斷 案 を 下 し て 居 ら れ る。 な ほ高 知 地 方 で此 等 全 部 が、 赤 穗 ・田邊 の地 方 で は 此 等 の半數 が ウ ゴ ク

型 に發 音 さ れ て ゐ る のは 、 ﹁補 忘 記 ﹂ 時 代 の古 型 を 傳 へて ゐ る も のと 考 へら れ 、龜 山 ・舞 鶴 ・田 邊 の地 方 で は 此

等 の 一部 がウ ゴ ク 型 と ウ ゴ ク 型 な ど の 如 く 、 二 様 の型 で發 音 さ れ て ゐ る の は、 古 い型 か ら 新 し い型 への變 化 が 、 現 在 進 行 中 であ る こと を 示す も のと 考 へら れ る。

  な ほ高 松 地 方 で は 此 の類 の語 のあ る も の は ウ ゴ ク 型 に 、 あ る も の は イ ノ チ 型 に 、 あ る も の はイ シガ 型 に發 音 さ

れ て居 り 、 此 の點 に 於 て、 此 の地 方 のア ク セ ント が ﹁補 忘 記 ﹂ の ア ク セ ント か ら變化 し て 出 來 た と は 考 へ難 い こ と は︹Bに︺述 べ た 。

  ︹G︺   ﹁補忘 記﹂ で○ ○ ○ 型 に記 載さ れ てゐ る語 

( 語 例)   三 字 名 詞 ﹁背 中 ﹂ ﹁何 れ ﹂ 等 、 三 字 動 詞 ﹁隱す ﹂ 等 、 他 に︹C( ︺ 甲) に 述 べ た ○ ○ 型 ( 甲 ) の名 詞 ＋助 詞 の形 も 此 に 準 ず る。

  此 の類 の語 は 、 田 邊 ・高 知兩 地 方 で は 、 現在 ﹁補 忘 記 ﹂ 同 様 セ ナ カ 型 ・カ ク ス 型 に發 音 さ れ て 居 る。 即 ち 此 等

の 地方 では ﹁補 忘 記 ﹂ 時 代 以 後 ﹁型 ﹂ の變 化 は 起 ら ず 、 未 だ に ﹁補 忘 記 ﹂ 時 代 の ア ク セ ント を 傳 へて ゐ る も の と

考 へら れ る。 此 に對 し て 、 京 都 ・大 阪 ・龜山 ・高 松 な ど 近 畿 ・四 國 の主 要 地 方 で は 、 ○ ○ ○ 型 で發 音 さ れ る 語 は

一語 も な く 、 此 の類 の 語 は 大體 ○ ○ ○ 型 で發 音 さ れ て ゐ る 。 即 ち 此 等 の地 方 で は 、 ﹁補 忘 記 ﹂ 時 代 以 後 、 此 の 型 に は 、 ○ ○ ○ 型∨ ○ ○ ○ 型 のや う な ﹁型 ﹂ の變 化 が 起 つた も の と考 へら れ る 。

  次 に、 長 濱 ・舞鶴 ・赤 穗 ・新 宮 な ど の地 方 で は、 ○ ○ ○ 型 で發 音 さ れ る 語 は 一語 も な く 、 此 の類 の 語 は 殆 ど 全

部 ○ ○ ○ 型 に發 音 さ れ て ゐ る やう であ る。 即 ち ﹁補 忘 記 ﹂ 時 代 以 後 、 此 等 の地 方 で は 、 ○ ○ ○ 型∨ ○ ○ ○ 型 と 言 ふ ﹁型 ﹂ の變 化 が起 つた も の と考 へら れ る 。

  さ て先 に︹C︺ 甲( ) の條 で觸 れ た や う に 、 此 等 長 濱 ・舞 鶴 ・赤 穗 の 四 地 方 は 決 し て 地續 き の 地 方 で は な く 、 又 相

互 に特 別 の交 通 のあ つた 地 方 と は考 へら れ な い の であ つ て、 即ち ○ ○ ○ 型∨○○○ 型 と 言 ふ變 化 は 、 相 隔 つた 四

つの 地 方 に夫 々獨 立 に 起 つた と 見 ら れ る の で あ る 。 何 故 か う 言 ふ こ と が 可能 であ つた の であ ら う か 。

  そ の理 由 は 恐 ら く 次 のや う であ ら う か と 思 は れ る 。 元 來 ○ ○ ○ 型 と 言 ふ や う な 、 最 初 の音 が 高 く 次 々 の音 も 高

く發 音 す る と 言 ふ や う な 型 は 、 此 の通 り發 音 し よ う とす る こ と は 多 少 不 自 然 であ つて 、 無 造 作 な發 音 で は 、 兎 角

○ ○ ○ 、 時 に は ○ ○ ○ のや う に成 り が ち であ る (現在京 都 ・大 阪地方 のア ク セ ント で此 のやう な事 實 が觀 察 さ れ る)。

そ の時 、 若 し そ の アク セ ント の體 系 中 に、 ○ ○ ○ 型 と 言 ふ や う な ﹁型 ﹂ がな いな ら ば 、 此 の や う な 臨 時發 音 を 耳

にし て も 、 そ れ ら を ○ ○ ○ 型 と 言 ふ觀 念 の 現 れ と し て 聞 く か ら 、 ○ ○ ○ 型 に ﹁型 ﹂ の變 化 は容 易 には 起 る と 言 ふ

ことはな い ( 現在京 都 ・大 阪 地方 のア ク セ ント では 此 の事實 も觀 取さ れ る)。 所 が此 の 地 方 に は ア ク セ ント體 系 の中

に、 他 に ○ ○ ○ 型 と 言 ふ 型 が あ り、 此 の型 は無 造 作 な發 音 で そ のまゝ ○ ○ ○ 型 のや う に 實 現さ れ た の で、 結 局 ○

○ ○ 型 と ○ ○ ○ 型 と の間 に 混 同 が 起 り 、 ○ ○ ○ 型 の語 も ○ ○ ○ 型 の語 と 聞做 す や う に 成 り 、 此處 に 於 て○ ○ ○ 型 ∨○ ○ ○ 型 と 言 ふ ﹁型 ﹂ の變 化 を 起 し た も の と考 へる の であ る。

○ 型 に發音 され てゐる と のこと であ る。此 は右 と 同様 な 理由 で此 の二 つの型 に混 同を 起し 、結 局 双方を ○ ○ ○型 に

  (註)   生 田早苗 君 の御 研究 によ れば徳 島 縣美 馬 郡東祖 谷村 では、 ﹁補 忘 記﹂ で○ ○ ○ 型 の語、 ○ ○○ 型 の語と も に○ ○ 統 一し て 了 つた も のと考 へられ る。

  即ち ○ ○ ○ 型 と ○ ○ ○ 型 と は 本 來 混 同 さ れ や す い型 で あ つた 、 そ のた め に ○ ○ ○ 型∨ ○ ○ ○ 型 と 言 ふ變 化 は 極

め て 起 り や す い ﹁型 ﹂ の變 化 であ つた と 考 へら れ る の で あ つて、 從 つ て そ の た め に、 此 の變 化 は 全 く 相 隔 る 四 つ

の地 方 に獨 立 に起 り 得 た と考 へる の で あ る 。 な ほ 此 等 の 地 方 に起 つた ○ ○ 型∨ ○ ○ 型 のや う な變 化 の 理由 も 、 全 く 此 に 準 ず る も のと考 へた い。

  (註)  福 井 縣小 濱町 地方 では、此 の類 の語 の中 ﹁ 背 中﹂ ﹁隱す﹂ など 三字 の名 詞 ・動 詞は ○○ ○型 に、 ﹁息 が﹂ な ど 二字

一部 には○○○ 型∨ ○○ ○ 型と言 ふ變 化 が起 つたも のと考 へられ る。( ﹁國語アクセント の地方的 分布﹂ ︹ 二十三︺参照)

名 詞 ＋助詞 の形 は○ ○○ 型 に發音 され てゐ る。 此 の地方 で は○○ ○ 型 の 一部 には ○○ ○型∨ ○ ○○ と言 ふ變化 が、

  ︹H︺   ﹁補忘 記﹂ で○ ○ ○ 型 に記 載 され てゐ る語 

(語例 )   三 字 名 詞 ﹁後 ﹂ ﹁藥 ﹂ 等 、 此 の稿 で は 特 に觸 れ な か つた が 、 高 知 ・田 邊 で 終 止 形 ○ ○ ○ 型 に發 音 さ れ る 三 字 形 容 詞 ﹁白 い﹂ ﹁熱 い﹂ の連 用 形 ﹁白 く ﹂ ﹁熱 く ﹂ 等 。

  此 の類 の 語 は 、 京 都 ・大 阪 を 初 め 、 近 畿 系 地 方 の大 部 分 で は、 同 様 に ○ ○ ○ 型 に發 音 さ れ て 居 り 、 即 ち 此 等 の 地 方 では 、 ﹁補 忘 記 ﹂ 時 代 以後 ﹁型 ﹂ の變 化 は 起 ら な か つた も のと 考 へら れ る。

  但 し 長 濱 ・赤 穗 ・舞 鶴 な ど の 地 方 で は此 の型 で發 音さ れ る 語 は な く て 此 の類 の 語 は 大體 ウ シ ロ型 に發 音 さ れ て

ゐ る や う で あ る 。 即 ち 此 等 の 地 方 で は 、 ﹁補 忘 記 ﹂ 時 代 以 後 、 此 の 類 の語 には ○ ○ ○ 型∨ ○ ○ ○ 型 と 言 ふ ﹁型 ﹂

の變 化 が 起 つた も のと 考 へら れ る 。 な ほ 此 の變 化 は 、 ︹C︺ に述 べた ○ ○型∨ ○ ○ 型 、︹G に︺ 述 べた ○ ○ ○型∨ ○ ○ ○ 型 の變 化 と 同 時 に、 そ し て同 じ 原 因 の 下 に 起 つた の では な いか と 考 へら れ る 。

  さ て 以 上︹A︺︱に ︹於 H︺ て 、﹁補 忘 記 ﹂ 所 載 の ア ク セ ント と 現 在 近 畿 系 諸 方 言 の アク セ ン ト と の 關 係 に 就 て 考 察 し た が、 今 此 を 要 約 す れ ば 次 のや う で あ る 。

  ︹1  ︺ 第 一章 にあ げ た 諸 方 言 の中 で 、 高 知 ・田 邊兩 方 言 の ア ク セ ント は 、 ﹁補 忘 記 ﹂ 所 載 のア ク セ ン ト と 最 も 近

いも の で、 多 少 誇 張 し て言 へば 、 ﹁近 世 初 期 の畿 内 方 言 の ア ク セ ント が そ つく り 此 の地 方 に殘 つ て ゐ る ﹂ と 言 つ ても よ い程 度 であ る 。

  ( 註)  但 し ﹁蜘蛛 ﹂ ﹁ 猿 ﹂ の類 の語 の アク セ ント な ど に つ いては ま だ論 ず べき點あり、 、 又此 等 の二地方 の中 で、 田邊 地 方 は 多少 新し い變化を 遂げ た形 跡 が見 られ る。

 ︹ 2︺  京 都 ・大 阪 ・龜山 ・長 濱 ・舞 鶴 ・赤 穗 ・新 宮 な ど の諸 方 言 の ア ク セ ン ト は、 ﹁補 忘 記﹂ 所 載 の ア ク セ ント と 可 成 り 異 る點 が あ る が 、 ﹁補 忘 記 ﹂ 式 のア ク セ ント か ら變 化 し て出 來 た アク セ ント と 言 ふ こと が 出 來 る も の であ つて 、 此 の中 、 長 濱 ・舞 鶴 ・赤 穗 ・新 宮 の四 つの方 言 は 、過 去 に 於 て ○ ○ ⋮ 型 と 、 ○ ○ ⋮ 型 と の混 同 と 言 ふ 梢々 大 き な變 化 を 遂 げ た も の と 考 へら れ る 。(但し 新 宮 の方言 に於 ては 一部 の語類 に於 て のみ)  ( 註)  三 重 縣 柏原 方 言 ・同 木之 本 方 言 ・福井 縣 小 濱 ク セ ント か ら 出 たも のと考 へら れ る。 又、 上 の

方 言 の ア ク セ ントも 、 同 様 に ﹁補 忘 記﹂ 式 の ア 長濱 方 言 は 舞 鶴 ・赤穗 方 言 に比 べて 更 に 多 く の 變 化 を遂 げた あと が認 めら れ る。︹C乙︺)参 ( 照)  ︹ 3︺   此 等 に對 し て、高 松 方 言 の ア ク セ ント は 、 ﹁補 忘 記 ﹂ 記 載 の ア ク セ ント と 最 も 著 し く 異 る も の で、 ﹁補 忘 記 ﹂ 式 の ア ク セ ント が變 化 し て 出 來 た も のと は考 へら れ な い。 尤 も 此 の ア ク セ ント と て、 ﹁補 忘 記 ﹂ 式 の ア ク セ ン ト と 根 本 的 に 異 る と 言 ふ 種 類 のも の で は な く て 、 先 に 一寸觸 れ

近 畿 ア クセ ン ト分 布略 図

た 通 り 、 平 安 朝 末 期 の畿 内 ア ク セ ント が 二 つ に別 れ て 、 一は ﹁補 忘 記﹂ 式 の ア ク セ ント 、 一は 高 松 式 の ア ク セ ント と 成 つた と 考 へる こと が 出 來 る ので あ る 。  ( 註)  徳島 縣池 田方 言 のアク セ ント は高 松方 言 のア クセ ントと 近縁 のも のであ る。

)

﹁補 忘 記 ﹂ 所 載 の ア ク セ ント ( 近 世 初 期 の畿 内 ア ク セ ント ) 高 知 方 言 の ア ク セ ント 田 邊 方 言 の ア ク セ ント

龜山方 言 の ア ク セ ント

大 阪方 言 の ア ク セ ント

京 都 方 言 の ア ク セ ント

( 柏 原 方 言 の ア ク セ ント )

( 小 濱 方 言 の ア ク セ ント )

新 宮 方 言 の ア ク セ ント

赤 穂方 言 のアク セ ント

舞 鶴方 言 のアク セ ント

 昭和 十 五 年 十 二月︱ 十 六 年 四月

( 木 之 本 方 言 の ア ク セ ント )

長 濱 方 言 の ア ク セ ント

今 以上 ︹ 1︺ ︹ 2︺︹ 3︺ の關 係 を 極 め て 簡単 な 表 に 圖 示 す れ ば 次 の や う であ る 。 ( )内 は此 の稿 では特 に深 く考 察 しな か つた方 言。

(

平安末 期 の畿 内 アク セ ント

( 池 田 方 言 の ア ク セ ント )

高 松 方 言 の ア ク セ ント

移 り ゆく 東 京 ア ク セ ント

  は しが き

 數 年 前 、 東 京 を 中 心 と し て 關 東 地 方 の 町 々 の小 學 校 を 廻 つて 、 生 徒 のア ク セ ント を 調 査 し て歩 いた 時 に、 興味

深 く覺 え た こと の 一つは 、 浦 和 と か 、 田無 ・立 川 と か 、 千 葉 と か 言 ふ、 東 京 近 在 の町 々 の生 徒 の ア ク セ ント の方

が 東 京舊 市 内 の小 學 校 の生 徒 のア ク セ ント よ り も 、神 保 格 先 生 ・佐 久 間 鼎 博 士 等 が 著 書 に 記 載 し て 居 ら れ る 標 準

ア ク セ ント に 近 いの で は な いか と 見 ら れ た こ と であ つた 。 此 の事 實 は、舊 稿 ﹁關 東 地 方 に於 け る ア ク セ ント の分

布 ﹂ の中 に 簡單 に觸 れ て お いた が 、 そ の後舊 市 内 の小 學 生 のア ク セ ント の調 査 を 進 め る に 從 ひ、 語 に よ つて は 彼

等 が神 保 ・佐 久 間兩 先達 の著 書 に あ る 型 で は 殆 ど發 音 せ ず 、 全 く 異 る他 の型 で のみ發 音 し て ゐ る ら し い語 も 少 々

見 出 さ れ 、 此 は 現 在 標 準 ア ク セ ント と 目 さ れ てゐ る 東 京舊 市 内 アク セ ント の自 然 推 移 を 暗 示 し て ゐ る と 見 ら れ る

點 で、 重 要 視 す べき も のと 考 へら れ た 故 、 此處 に私 の調 査 の結 果 の概 略 に 就 いて、 述 べ て 見 た いと 思 ふ 。 調 査 は

極 め て簡單 に 行 つた か ら 、 此 の稿 に ﹁赤 坂 で總 て 露 は ツ ユ﹂ と あ る か ら と 言 つ て、 ﹁赤 坂 に 住 む 子供 は 露 を總 て

ツ ユと發 音 す る ﹂ と 考 へて頂 く こ と は 出 來 な い が、 唯 之 によ つて 、 如 何 な る 語 彙 が 、 子 供 達 に よ つて 、 如 何 な る 型 に發 音 さ れ る 傾 向 があ る か 、 程 度 の參 考 に は し て頂 け る と 思 ふ 。

  調 査 し た 生 徒 は 、總 て その區 で 生 れ 、 そ の區 で育 つた 尋 常 六 年 生 の、 五 六 名 で、 採 訪 し た 小 學 校 又 は 國 民 學 校 の名 と 、 生 徒 の性 別 とを 掲 げ れ ば 次 の やう で あ る 。

 下谷區 西 町小學 校 ( 男 女。本 稿 で は ﹁下 谷1﹂ と 略稱す る)・深 川區 昭 和小學 校 ( 男 ) ︹以上、 昭和 十 四年度 調 査︺

赤 坂區中 之 町小學 校 ( 女 )・日本橋區 東 華 小學 校 ( 男 女 ・略稱 ﹁日本 橋1﹂)・本 所區 外 手町 小 學校 ( 女 ) ︹以 上十 五 年

度 調査︺  麹 町區 東郷 國民 學校 (男女 ︶・芝區 芝 國民 學校 ( 男 女)・四 谷區 四谷第 二國民 學校 ( 男 ).小石 川區 礫 川 國 民

説

( 男 ・略稱 ﹁下 谷2﹂)・足立區 千壽 國民 學校 ( 男女)︹ 以 上十 六年 度調 査︺

學校 ( 女)・神田區 小 川 町 國 民學 校 ( 男 女 ︶・日本 橋區 濱 町 國 民學 校 ( 女 ・略稱 ﹁日本 橋 2﹂)・下 谷區 入谷 國 民 學 校

總

  最 初 に各 學 校 に於 て觀 察 し 得 た 事 實 を 綜 合 し て述 べ れ ば 次 の や う であ る 。

︹A  ︺ 先 づ 如 何 な る種 類 の語 彙 が 少 年 少 女 達 によ つて 、神 保 、 佐 久 間 式 と は 異 る ア ク セ ント で發 音 さ れ る か と 言   ふ の に、

所屬 語 彙 の少 い型 に屬 す る 語 は 、 所屬 語彙 の多 い型 に屬 す る 語 に比 し て 、 異 る ア ク セ ント で發 音 さ れ る

﹁麻 ﹂ 等 が 之 であ る 。

さ れ る こ と が 多 か つ た。 例 へば 一音 節 名 詞 の ﹁卯 ﹂ ﹁亥 ﹂、 二 音 節 名 詞 の ﹁里 ﹂ ﹁裨﹂ ﹁曾 孫 ﹂ ﹁姉 ﹂ ﹁峯 ﹂

 ( 1)   日常 子 供 達 に よ つてあ ま り 用 ひ ら れ な い語 は 日常 頻 繁 に 用 ひら れ る 語 に 比 し て、 異 る ア ク セ ント で發 音

 ( 2)

こ と が 多 か つた 。 例 へば 、 一音 節 名 詞 で は ○ 型 に屬 す る 語 が ○ 型 に發 音 さ れ る 方 が 、 ○ 型 に屬 す る 語 が○

型 に發 音 さ れ る こ と よ り も 多 く 、 三 音 節 名 詞 で は○○○ 型 の 語 、 四 音 節 名 詞 で は○○○○ 型 の語 は、 他 の 型 の語 よ り も 異 る 型 に發 音 さ れ る 傾 向 が 著 し か つた 。

  な ほ 三 宅 武郞 氏 が既 に指 摘 し て居 ら れ る や う に、 二 音 節 以 上 の語 に 於 て 、○○ 型 、○○○ 型 、○○○ ○

型 等 、 最 後 の音 節 に 所 謂 ﹁ア ク セ ント 契 機 ﹂ のあ る 型 に屬 す る 語 は、 そ の型 に屬 す る 語 の多 少 に拘 ら ず 、 他 の型 に發 音 さ れ る 傾 向 が大 き か つた。

  (3)   佐 久 間 ・神保 先 生 の ア ク セ ント で 一般 法 則 に合 は ぬ や う に 發 音 さ れ て ゐ る 語 は 、 兎 角 法 則 に合 ふ や う に

發 音 さ れ る 傾 向 が 見 え た 。 例 へば 二 音 節 名詞 中 、○ ○ 型 に 發 音 さ れ な い地 名 、 ﹁伊 豆 ﹂ ﹁千 葉 ﹂ ﹁土 佐 ﹂ は

○ ○ 型 に 發 音 さ れ 、 三 音 節 の疑 問 代 名 詞 ﹁いづ こ﹂ は、 他 の同 類 の語 同 様 に 、 頭 高 型 ○ ○ ○ 型 に 發 音さ れ た が如き。

  (4)   最 も 注 意 す べき こと は 、 ア ク セ ント を 異 にす る 同 音 語 を も つ語彙 は 、 ア ク セ ント が 不 安 定 に 成 つて ゐ る

こ と が 多 いの で は な いか と 見 受 け ら れ た こ と であ る。 例 へば一 音 節 名 詞 で、 ﹁帆 ﹂ ﹁穗﹂ が互 に 動 いて ゐ る

が 如 き 、又 、二 音 節 名 詞 で 、 ﹁鍬 ﹂ ﹁梅 雨 ﹂ ﹁上 ﹂ (ア ク セ ント を 異 に す る 同 音 語 ﹁桑 ﹂ ﹁露 ﹂ ﹁紙 ﹂ あ り )な ど 。

︹B  ︺ ﹁山 の手 と 下 町 と で 可 成 り ア ク セ ント が 違 つて ゐ る ら し い﹂ と 言 ふ 考 へは 、 相 當 一般 的 の様 で あ る が 、 今

度 の私 の調 査 で は 、 さ う 言 ふ 地 域 に よ る ア ク セ ント の差 異 は殆 ど 見 出 さ れ な か つた 。 唯 ﹁坂 ﹂ と 言 ふ 二 音 節

名 詞 に 於 て は、 山 の手 ・下 町 で 明 瞭 な對 比 が 現 れ 、 又 、 二音 節 名 詞 の○ ○ 型 を めぐ つ て、 多 少對 立 す る 傾 向

が あ る の で は な いか、 と 疑 は れ た 程 度 であ る 。 但 しも つと 精 密 な 調 査 が 必 要 であ る 。   又 、 男 と 女 に よ る ア ク セ ント の相 違 も 、 殆 ど 見 出 だ さ れ な か った 。

︹C  ︺ 最 後 に、 現 在 ま で に 出 て ゐ る 、 数 多 の 語彙 に つ いて 東 京 ア ク セ ント を 記 載 し た 文 献 の そ れ に 、 子供 達 の ア

ク セ ント を 比 較 す れ ば 、 山 田美 妙 齋 の ﹁日 本 大 辭 書 ﹂ の ア ク セ ント は 時 代 が古 いだ け あ つて 、 子供 達 のも の

と 最 も 異 つ てゐ る。 佐 久 間 博 士 の ﹁國 語 の發 音 と ア ク セ ント ﹂ ﹁日 本 音 聲 學 ﹂ と神 保 先 生 の ﹁國 語讀 本 の發

音 と ア ク セ ント ﹂ ﹁國 語發 音 ア ク セ ント 辭 典 ﹂ と は 、 似 た も の であ る が神 保 先 生 の も の の方 が、 幾 分 子 供 の

發 音 に 近 いか も 知 れ な い。 永 田 吉 太郞 氏 の ﹁東 京 方 言 集 ﹂ に は 他 の文 献 と は 全 然 異 つて ゐ る ア ク セ ント で表

記 さ れ て ゐ る語 が 幾 つ かあ る が 、 そ れ ら は 屡 々 子 供 達 の ア ク セ ント と 一致 す る のは 面白 か つた 。 三 宅 武郞 氏

は 常 に 若 い人 達 の發 音 の 觀 察 に 意 を 用 ひ て居 ら れ る だ けあ つ て、 氏 の ﹁音 聲 口 語 法 ﹂ ﹁新 辭海 ﹂ ﹁ヨ ミ カ タ ・

ア ク セ ント 教 本 ﹂ の ア ク セ ント と、 最 も 、 子 供 達 の そ れ に 近 か つ た が、 而 も 氏 の ア ク セ ント にさ へ、 ﹁鍬 ﹂

﹁虹 ﹂ ﹁唾﹂ ﹁情 ﹂ ﹁竹 刀 ﹂ ﹁心 ﹂ 等 今 の子 供 達 が 殆 ど 用 ひ な いも の が 交 つて ゐ る こと は、 印 象 深 か つた 。

  以 下 、 此 の稿 に 於 て は 、 主 と し て 神 保 先 生 の ﹁國 語發 音 ア ク セ ント辭 典 ﹂ (﹁辭典 ﹂と 略稱 す る) に 記 載 さ れ て

説

ゐ る型別に、調 査し得た事 實を述 べよう。

 各  ) (  1一 音節名 詞 ︹  A︺ アク セ ント辭 典 で○型 の語

  一音節 名 詞 に於 て は 、 ○ 型 に屬 す る語 の方 が○ 型 に屬 す る 語 よ り も 、 異 る ア ク セ ント で發 音 さ れ る こ と が 多 い

こ と は 、 前 に 述 べた 通 り であ る が 、 主 な 例 と し て は 、 ホ ﹁帆 ﹂・ス ﹁ 巣 ﹂・ウ ﹁卯 ﹂・イ ﹁亥 ﹂・カ ﹁香 ﹂ 等 を擧 げ る こと が出 來 る 。

  先 づ ﹁帆 ﹂ は 、 今 度 の 調 査 に 於 て、 麹 町 で 子 供 の半 数 が ホ 型 に發 音 し た の が 特 に 注 意 さ れ る だ け で 、 芝 ・四

谷 ・神田 ・日本 橋2 ・下 谷1 ・千 住 では總 て の子 供 が 、 赤 坂 ・小 石 川 ・日本 橋1 ・下 谷 2で は大 部 分 の 子 供 がホ 型

に發 音 し 、 全體 を 平 均 す れ ば○ 型 に 發 音 す る も の 一割餘 、 ○型 に發 音 す るも の約 九 割 と 言 ふ 状況 であ つた 。 此 の

語 は 、 ﹁日本 音 聲 學 ﹂ ﹁新辭 海 ﹂ 等 に て總 て○ 型 に 出 て 居 り 、 ○ 型 が 古 い傅 統 を も つた ア ク セ ント で あ る こ と には

論 は な いが 、 新 し い○ 型 の勢 力 は 一寸 阻 止 出 來 な いや う に 思 は れ る 。 な ほ私 自 身 の 記憶 を た ど る の に、 大 正 九 年

本鄕區 眞 砂 小 學 校 に 入 學 し、 級 友 達 と 聲 を 揃 へて 、 ⋮ ⋮イケ ニフネ 、フ ネ ニホ ⋮ ⋮ と讀 ん だ 記 憶 が あ り 、 此 の語 を ○ 型 に 發 音 す る傾 向 は 可成 り 古 く か ら あ つた も のと 想 像 す る 。

﹁巣 ﹂ は麹 町 ・神 田 ・深 川 で は總 て の 子 供 が 、本 所 では 大 部 分 の 子供 がス と 發 音 し た が、赤 坂 ・日本 橋1 ・下 谷 2

では總 て の子 供 が、 芝 .下 谷 1 ・千 住 で は 大 部 の 子 供 が ス と發 音 し た 故 、 全體 と し て は 、 ス が五 割 強 、 スは 五 割

弱 で ○ 型 に 言 ふ 傾 向 は ﹁帆 ﹂ のや う に顯 著 で は な い。 此 の語 は 佐 久 間 博 士 の本 に既 に ﹁スと も 發 音 さ れ る ﹂ と

も 明 記 さ れ て 居 り 、 東京 近 在 の町 々 で は寧 ろ ス が普 通 であ る所 を 見 る と 、 東 京 で は 古 く か ら 、 ス ・ス兩 型 が並 び 行 は れ て ゐ た の で は な いか と 思 は れ る 。

  子 供 に は あ ま り 用 ひ ら れ な い ﹁卯 ﹂ ﹁亥 ﹂ ﹁香 ﹂ 等 は 之 に 比す れ ば 、 ウ ・イ ・カ の型 に發 音 さ れ る こ と が多 か つ

た 。 例 へば ﹁卯 ﹂ は 芝 ・小 石 川 ・神 田 ・下 谷 2で は總 て の 子 供 達 が ウ 型 に 發音 し 、 全體 と し て は ウ 型 三 割餘 、 ウ

型 約 七割 を 示 し 、 ﹁亥 ﹂ は 芝 ・小 石 川 ・神田 ・日 本 橋 2 ・下 谷 2で總 て の子 供 達 に よ つてイ 型 に發 音 さ れ 、 全體 と

し て はイ 型 一割半 、イ 型 八 割半 であ つた 。 ﹁香 ﹂ も 麹 町 ・芝 ・小 石 川 ・神 田 で總 て カ 型 に發 音 さ れ 、 全體 と し て

は カ 型 二 割 弱 、カ 型 八 割 強を 示 し た。 此 等 の 語 は總 て○ 型 が 傅 統 的 な アク セ ント 、 ○ 型 は 新 ら し い アク セ ント で あ ら う 。 な ほ ﹁新辭 海 ﹂ に は ﹁亥 ﹂ ﹁香 ﹂ は ○ 型 に 記 載 さ れ て ゐ る 。

  以 上 の他 詳 し い調 査 を遂 げ て ゐな いが 、辭 典 に ○ 型 に 出 て ゐ る 語 の中 、 セ ﹁背 ﹂・ネ ﹁巳 ﹂・ガ ﹁蛾 ﹂ ﹁畫﹂・シ

ョ ﹁書 ﹂・マ ﹁魔 ﹂・ヒ ﹁碑 ﹂・リ ﹁理﹂ 等 も 子 供 達 の間 に は ○ 型 に發 音 す る 傾 向 が相 當 廣 ま つて ゐ る の で は な い

か と 推 測 さ れ る 。 此 等 も ○ 型 が本 來 の型 と 思 は れ る が 以 上 此 の 項 に あ げ ら れ た 語 は 多 く 日常餘 り 親 し く は 用 ひら れ な い語 で そ の中 に は漢 語 が相 當 入 つて ゐ る 。

  数 詞 ﹁五 ﹂ ﹁九 ﹂ は ﹁日 本 大辭 書 ﹂ と ﹁辭典 ﹂ に ゴ ・ク 型 に 出 て ゐ る 語 で あ る が 、 子 供 達 は 言 合 し た や う に

ゴ ・ク の 型 に發 音 す る 。 此 の 語 は 諸 方 言 ア ク セ ント の比 較 か ら 觀 て、 ゴ ・ク が從 來 の ア ク セ ント であ る こと 疑な

い が、 ﹁國 語 發 音 と ア ク セ ント ﹂ ﹁新辭 海 ﹂ に は 既 に ○ 型 に 出 て 居 り、 ○ 型 の發 音 も 、 可 成 り 年 配 の 人 の間 に ま で 行はれ てゐる。

︹  B︺ ﹁辭 典﹂ で○ 型 の語

  此 の 型 の 語 は 子 供 達 も 大體 ○ 型 に 發 音 す る が、 子 供 が ○ 型 に も 發 音 す る 語 と し て 先 づ擧 げ る べ き も の に ユ

﹁湯 ﹂・ホ ﹁穗 ﹂・エ ﹁餌 ﹂ が あ る。

  今 度 の調 査 で は、 小 石 川 ・日 本 橋 2 ・深 川 ・千 住 で は總 て ユの 型 に 發 音 さ れ た が 、 赤 坂 ・神田 で は總 て ユ の型

に 、 麹 町 で も半 数 以 上 が ユ の型 に發 音 し 、 全 比 率 は ユが六 割半 、 ユが 三 割半 であ つた 。 此 の語 に於 け る ユの發 音

は 大 人 に は 全 く 聞 か れ ず 、 新 し い ア ク セ ント で あ る こ と 明 ら か で あ る が 、 そ の出 現 は 、 オ ユ ( 以 下神 保 先 生 の○

○型 を本 稿 では斯 く 表 記す る。 同 様 に神 保先 生 の○ ○ ○ 型 は、○ ○○ 型 と表 記 す る) と 言 ふ 形 へ の類 推 の結 果 で あ ら う。

  本 來 ○ 型 の ﹁帆 ﹂ が ○ 型 に發 音 さ れ る のと 反對 に 、辭 典 で ○ 型 の ﹁穂 ﹂ が ○ 型 に も發 音 さ れ てゐ る こ と は 注 意

す べき も の と 思 は れ た が 、 今 度 は 赤 坂 ・四 谷 ・下 谷2 ・千 住 の 一部 で そ の傾 向 が 認 め ら れ た 。 全 比 率 は 、 ホ が約

﹁帆 ﹂ を ○ 型 に 發 音す る こ と であ る 。 此 は此 の子 供 達 の中 に は ﹁帆 ﹂ が○ 型 に變 化 し た た め に 、

九割 で、 ホ は 一割 弱 であ る か ら 、 ○ 型 の勢 力 は 微 々た る も の で あ る が 、 面 白 く 思 つた こ と は、 ﹁穂﹂ を ○ 型 に發 音す る 子 は、 大體

﹁穗 ﹂ を 何 と か し て區 別 し た いと 言 ふ 心 理 が 働 き 窮餘 の策 と し て ○ 型 に 發 音 す る の で は な いか 、 と 推 測 さ れ た 。 ホ は 新 し い發 音 であ る こ と 確 實 で あ る 。

  辭 典 で○ 型 の語 の中 、 最 も 多 く ○ 型 に發 音 さ れ た も のは ﹁餌 ﹂ で、 即 ち 、 芝 ・四 谷 では總 てエ 型 に、 本 所 で は

半数 が エ型 に發 音 し た が 、麹 町 ・神田 ・日本 橋 2 で は總 て が エ型 に發 音 し 、 全體 と し て はエ 型 四 割 強 、 エ型 六 割

弱 で 、 エ型 の方 が 寧 ろ優 勢 であ る。 大 人 の間 で も エ型 の發 音 が 聞 か れ る こ と が あ り ( 例 へば友 人加 藤信 雄 氏 は此 の

やう に發音 す る)、 文 献 に こそ 現 れ て ゐ な いが 、 エ型 の發音 も 可 成 り 以 前 か ら あ つた ので は な いか と 考 へる 。

  同 じ く辭 典 で ○ 型 の語 の中 、 オ ﹁ 緒 ﹂・ヨ ﹁世 ﹂ は 調 査 不 完 全 であ る が 、 ﹁ 緒 ﹂ は 子供 の中 に は オ 型 に發 音 す る

も の も ゐ る や う で あ つた 。 尤 も 此 の 語 は ﹁國 語 の發 音 ア ク セ ント ﹂ に は ○ 型 に 記 載 さ れ て居 り、 方 言 ア ク セ ント

と 比 較 し て 考 へる の に、 オ が 寧 ろ 由 緒 あ る ア ク セ ント と 推 定 さ れ る 語 であ つて 、 子 供 の間 の オ 型 は 古 型 の殘 存 で

は な いか と 思 は れ る 。 ﹁世 ﹂ は ﹁日 本 大辭 書 ﹂ に ヨ型 に 記 載 さ れ 、 同 様 に古 く は ○ 型 で あ つた と 想 像 さ れ る が 、

子供 達 の間 で は總 て ヨ型 に 成 つて ゐ る や う であ つた 。

  (2)  二音 節名 詞 ︹  A︺ ﹁ 辭 典﹂ で○○ 型 ( 但し 私 の表記 法 によれ ば○ ○ 型 の語 )

 ﹁辭 典 ﹂ で ○○ 型 の語 に は 、 子 供達 の間 で 、 ○ ○ 型 に發 音 さ れ る 語 、 ○ ○ 型 に發 音 さ れ る 語 、 ○ ○ ・○ ○兩 型 に

發 音 さ れ る 語 が あ る が 、 此 の中 、 第 一のも のが 最 も 多 く 、 マト ﹁的 ﹂・コヤ ﹁小 屋 ﹂・タ ル ﹁樽 ﹂・スナ ﹁砂 ﹂・シ ワ ﹁皺﹂・ク ニ ﹁國 ﹂ の諸 語 が あ げ ら れ る 。

  先 づ ﹁的 ﹂ は 芝 ・小 石 川 で は ○ ○ 型 の方 が 多 か つた が、 麹 町 ・四 谷 ・日本 橋 2 ・本 所 で は總 て マト の や う に 、

下 谷 2 で は 大 部 分 が マト の や う に 發 音 し 、 全體 と し て は マト 三 割 強 、 マト 七 割 弱 で あ つ た。 ﹁小 屋 ﹂ は 麹 町 ・

芝 ・小 石 川 ・神田 で は總 て コヤ と 發 音 し 、 コヤ と發 音 す る方 が 多 か つた のは 日本 橋 2だ け で 、 結 局 全 比 率 は 、 コ

ヤ 七 割半 、 コヤ 二割半 であ つた 。 此 等 の語 は 諸 文献 何 れ も ○ ○ 型 であ り 、 ○ ○ 型 は 子供 達 の間 に 發 生 し た 新 し い アク セ ント であ る こと 疑 な い。

﹁樽 ﹂ ﹁砂 ﹂ ﹁皺﹂ ﹁謎﹂ も 文 献 で は總 て○○ 型 の語 で あ る が 、 ﹁樽 ﹂ は 赤 坂 で は總 て タ ル型 に、 ﹁砂 ﹂ は 四 谷 ・小

石 川 で半 数 以 上 が スナ と發 音 し 、 ﹁皺﹂ は 四 谷 で半 数 以 上 が シワ と 發 音 し ﹁謎 ﹂ は麹 町 で總 て ナ ゾ 型 に、 本 所 で

半数 以 上 がナゾ 型 に發 音 し た 。 但 し 之 等 は 全 般 的 に見 れ ば ○ ○ 型 の方 が 一般 的 で、總 て ○ ○ 型 に の み發 音 さ れ た

所 も 可 成 り 多 く 、 例 へば ﹁樽 ﹂ は 四 谷 ・日本 橋12 ・下 谷 1 ・本 所 ・深 川 で は總 て タ ル 型 であ つた 。 各 語 の比 率

は ﹁ 樽 ﹂ は タル が 七 割 強 、 タル が 三 割 弱 、 ﹁砂 ﹂ ﹁皺﹂ ﹁謎 ﹂ は 何 れ も ○ ○ 型 が 八 割 弱 、 ○ ○ 型 が 二割 強 で あ る。

此 等 の語 の中 、 ﹁砂 ﹂ ﹁皺﹂ は 東 京 の周圍 の地 で は ス ナ ・シ ワ の發 音 が 可 成 普 通 に 聞 か れ る 語 、 ﹁樽 ﹂ は對應 の 法

則 か ら 言 つて 東京 で タル 型 に言 ひ さ う な 語 故 、 或 は 古 く か ら ○ ○ 型 と 並 び 行 は れ て ゐ た か も 知 れ ず 、 ﹁謎 ﹂ は 現

に相 當 年 配 の人 か ら も ナゾ の ア ク セ ント を 聞 く 語 、 例 へば 東寶 映畫 ﹁西 遊 記 ﹂ の中 で、エノ ケ ン氏 が 、"何 ? ﹁旅

人 よ 、 ナ ゾ オ 解 け ﹂ と ?〃 と 言 つて ゐ た 。

﹁國 ﹂ は ﹁日本 大辭 書 ﹂ に は ク ニと あ り、 ﹁崖 ﹂ は 新辭 海 に ガ ケ と あ り 、 子 供 の間 で は ○ ○ ・○ ○兩 型 が 用 ひ ら

れ て ゐ る 語 で あ る 。 即 ち ﹁國 ﹂ は 麹 町 ・芝 ・四 谷 ・日 本 橋 12 ・下 谷1 ・深 川 ・千 住 で は總 て ク ニで あ つた が、

赤 坂 ・小 石 川 ・神田 ・下 谷 2 ・本 所 で は半 数 以 上 が ク ニと 發 音し 、 ﹁崖 ﹂ は麹 町 ・日本 橋 2 ・千 住 では總 て ガ ケ で

半 、 ﹁崖 ﹂ は ガ ケが 七割 弱 、 ガ ケ が 三 割 強 で あ つた 。

あ つた に對 し 、 芝 ・下 谷 2 ・本 所 で は半 数 以 上 が ガ ケ と發音 し た 。 比 率 は 、 ﹁國 ﹂ は ク ニが 六 割半 、 ク ニが 三 割

  そ の他 、 調 査 は 十 分 でな いが 、辭 典 で○ ○ 型 の語 の中 、 ウ ロ ﹁洞 ﹂・エラ ﹁鰓﹂・ケ ラ ﹁〓蛄﹂・ウ オ ﹁魚 ﹂・サ

あ

ト ﹁里 ﹂・チ リ ﹁塵 ﹂・ニ ラ ﹁ 韮 ﹂・ヘタ ﹁蔕﹂・ヒ エ ﹁稗 ﹂・ヒ ゴ ﹁曾 孫 ﹂・フ カ ﹁鱶﹂・ム ネ ﹁棟 ﹂・リ ク ﹁陸 ﹂・

オ ス ﹁お 酢 ﹂・ケ サ ﹁ 袈 裟 ﹂・マ ス ﹁鱒 ﹂・マ レ ﹁稀 ﹂ な ど の 諸 語 も 、 子 供 達 の 間 に は ○ ○ 型 の 發 音 が そ れ〓

る 程 度 行 は れ て ゐ る の で はな いか と 推 測 す る 。 此 の中 ﹁ 鱒 ﹂ ﹁稀 ﹂ 二 語 を 除 い た 以 外 の語 は 恐 ら く ○ ○ 型 が古 い

型 と 考 へら れ る が、 唯々 ﹁鱒 ﹂ ﹁稀 ﹂ 二 語 は ﹁辭典 ﹂ 以 外 で は ○ ○ 型 に記 載 さ れ て居 り 、 ○ ○ 型 の方 が古 い型 か も 知 れ な い。

  さ て以 上 の語 に 於 て 大 人 の 人 達 が○ ○ 型 に發 音 す る 語 を 、 子 供 が ○ ○ 型 に發 音 す る 理 由 は 何 か 、 と 考 へて 見 る

の に、 私 自 身 ﹁國 ﹂ を ク ニ、 ﹁樽 ﹂ を タ ル と 言 ふ 者 であ る が、 そ の心 理を 内 省 す る のに ﹁國 ﹂ ﹁樽 ﹂ と 言 ふ やう な

具體 的 な 明 瞭 な 意 味 を も つた名 詞 を ○ ○ 型 にク ニガ ・タ ル オ のや う に 言 つて 了 ふ と 、 印象 が 不 鮮 明 で物 足 り な い

や う な 氣 持 が し 、 ク ニガ ・タ ルオ の様 に 言 ふ と 初 め て意 味 が 明 瞭 に 傅 へら れ る や う に 感 じ る 。 子 供 達 が 、 ﹁的 ﹂

﹁小 屋 ﹂ ﹁ 崖 ﹂ ﹁鰓﹂ ﹁ 魚 ﹂ ﹁〓蛄﹂ な ど を ○ ○ 型 に 發 音 す る のは 何 か 斯 う 言 ふ 心 理 が働 い てゐ な いだ ら う か 。 な ほ 、

スナ ﹁砂 ﹂・シ ワ ﹁皺﹂ 等 の ア ク セ ント に は 方 言 の影 響 も 考 へら れ 、 オ ス ﹁お 酢 ﹂ に は ス ﹁酢 ﹂單獨 の發 音 の類 推 が 大 き な 原 因 と 成 つ てゐ る で あ ら う 。

  な ほ以 上 此 の項 に 述 べた 語を 見 る と 、 ﹁樽 ﹂ ﹁砂 ﹂ ﹁皺﹂ ﹁國 ﹂ な ど の語 に於 て麹 町 ・赤 坂 ・四 谷 ・小 石 川 等 所 謂

山 の手 地帶 に○ ○ 型 が多 く 現 れ る やう に見 受 け ら れ る ので あ る が、 果 し て さ う斷 定 し て よ いか ど う か 。

  次 に辭 典 で ○ ○ 型 に 記載 さ れ て ゐ る 語 の中 、子 供 達 の間 で ○ ○ 型 に 發音 さ れ て ゐ る 語 と 言 へば、先 づ ク ワ ﹁鍬 ﹂ を擧 げ な け れ ばな ら な い。

  此 の 語 は ﹁日 本 大辭 書 ﹂ ﹁新辭 海 ﹂ 等 に 於 て も總 て ク ワ と あ る 語 で あ る が、 調 査 の 結 果 で は 、 芝 ・赤 坂 ・四

谷 ・小 石 川 ・神 田 ・日本 橋 2 ・下 谷 ・本 所 の各 地 に於 て 、總 て の子 供 達 に ク ワと發 音 さ れ 、 ク ワと發 音 し た の は

深 川 の總 て の 子 供 と 麹 町 ・日 本 橋 1 ・下 谷 1 ・の 一部 の子 供 に 過 ぎ ず 、 全體 で は ク ワ が九 割 弱 、 ク ワが 一割餘 で、

子 供 達 の間 で は ク ワ が 標準 ア ク セ ント で あ る と 言 つ て よ い程 で あ つた 。 ﹁鍬 ﹂ を ク ワ と 呼 ぶ こと は ﹁桑 ﹂ と の 間

に ア ク セ ント に よ る區 別 を 放 棄 す る こ と で、 淋 し いこ と で あ る が 子 供 達 の發 音 を 果 し て 矯 正 出 來 る で あ ら う か 。 な ほ神 保 先 生 のお 話 に よ る と 、 曾 て 近衞 文 麿 公 も ﹁鍬 ﹂ を ク ワ と發 音 さ れ た 由 。

﹁鍬 ﹂ に次 ぎ 、 ﹁姉 ﹂ も アネ と發 音 さ れ る 語 で、 四 谷 で は總 て ア ネ 、 芝 ・本 所 で は 大 多數 が ア ネ で あ つた 。 但 し

日本 橋 1 ・深 川 で は總 て ア ネ で、 全 比 率 は ア ネ 六 割 、 ア ネ が 四割 。 又 ﹁ 鷺 ﹂ 麹 町 ・芝 ・小 石 川 ・千 住 で は總 て サ

ギ 、 本 所 で は 多 く サギ で 、 全體 と し て は サ ギ が 四 割 弱 、 サ ギ が 六 割 強 であ つた 。 二 語 共 に○ ○ 型 が東 京 本 來 の 型

・ミコ ﹁巫 子﹂・ガ マ

に相 違 な いが 、 ﹁鷺 ﹂ は 曾 て 關 屋 五 十 二 氏 が コド モノ シ ンブ ン で サ ギ と 言 は れ た のを 聞 いた こと が あ る 。

  右 の他 調 査 は 不 完 全 で あ る が、辭 典 で○ ○ 型 の語 中 、 シ バ ﹁ 柴 ﹂・マイ ﹁舞 ﹂・ユキ ﹁裄﹂

﹁蟇 ﹂・ゴ ロ ﹁語 呂 ﹂・シ ュ ロ ﹁棕櫚﹂・ジ ヒ ﹁慈 悲 ﹂・ブ ケ ﹁武 家 ﹂・グ チ ﹁愚 痴 ﹂・サイ ﹁菜﹂・ハイ ﹁肺 ﹂ な ど も

屡々 子 供 達 は ○ ○ 型 に發 音 す る やう であ る 。 以 上 此 の項 にあ げ た 語 は 子 供達 が 日 常餘 り 口 に し な い語 ・文 語 的 な 語 が 多 い。

﹁辭典 ﹂ で○ ○ 型 の 語 の中 、 子供 達 の 間 で ○ ○ 型 ・○ ○ 型 の兩 様 に發 音 さ れ た 語 と し て は 、 ツ ユ ﹁梅 雨 ﹂・ツジ ﹁辻 ﹂・ミネ ﹁峯 ﹂ 等 が擧 げ ら れ る 。

  先 づ ﹁梅 雨 ﹂ は 三 宅 武郞 氏 が屡々 問 題 と さ れ て ゐ る 語 であ る が 、 今 度 の調 査 で は 赤 坂 で は總 て ツ ユ型 に、 麹 町

で 一部 が ツ ユ 型 に 、 小 石 川 ・神 田 ・日 本 橋 2 ・下 谷 2 ・本 所 ・深 川 ・千 住 で總 て ツ ユ型 に 、 麹 町 ・日 本 橋 1 の 半

﹁峯 ﹂ は 日 本 橋1

で大 多 数 が ミ ネ と 發 音 し た の み、 麹

﹁露 ﹂ と 混 同 さ れ る 故 、 望 ま し く な い ア ク セ ン ト で あ る が 、變 化 は 正 に ツ ユ の 方 向 に

數 が 、 ツ ユ 型 に 發 音 し 、 全體 で は ツ ユ が 一割 半 、 ツ ユ が 一割 弱 、 ツ ユ が 八 割餘 で あ る 。 ツ ユ ・ツ ユ共 に 新 し い傾 向 と 見 ら れ 、 此 の中 ツ ユは 向 か つて ゐ る の で はな いか 。 ﹁辻 ﹂ ﹁峯 ﹂ も ツ ジ・ミ ネ が 古 い 型 と 見 ら れ る が 、 例 へば

町 ・神 田 で は總 て ミ ネ の や う に 、 芝 ・小 石 川 ・下 谷 2 で も 大 多數 が ミ ネ 、 四 谷 で は總 て が ミ ネ と 發 音 し 、 全體 と し て は ミ ネ 二 割 、 ミ ネ 六 割 、 ミ ネ 二 割 と 言 ふ 状 況 で あ つた 。

︹B  ︺﹁辭典 ﹂ で ○ ○ 型 の 語

のみ 、 全 比 率 は シ カ が 二割 強 、 シ カ は 八 割 弱 で あ つた 。 此 の語 は ﹁東 京 方 言 集 ﹂ で は シ カ 型 に 出 て居 り 、 諸 方 言

ア ク セ ント と 比 較 す る と 、 東京 で は シ カ と 言 つて も よ さ さ う な 語 の 一つで、 ﹁北 ﹂ も 多 く の文 献 で キ タ であ る が 、

子 供 達 の間 で は キ タ が 盛 ん で、 芝 ・赤 坂 ・下 谷 l2 ・千 住 で は總 て キ タ 、麹 町 ・神田 ・日 本 橋1 ・本 所 も キ タ の

方 が多 か つた 。 四 谷 ・日本 橋 2 で は 全 部 キ タ、 小 石 川 ・深 川 でも キ タ の方 が 多 か つた が 、 全體 では キ タ 四 割 、 キ

タ 六 割 で 、 キ タ の方 が多 い。 此 の 語 は 丁 度 東 京 附 近 を 境 と し て北 方 では キ タ 型 、 南 方 では キ タ 型 で東 京 は 丁 度兩

アク セ ント が交 流 す る 地點 に あ る 面白 い語 であ る 。 な ほ ﹁東 京 方 言 集 ﹂ に は キ タ ・キ タ兩 型 に 出 て ゐ る 。

 ﹁雄 ﹂ は 之 等 に比 較 す る と 、 ○ ○ 型 に發 音 さ れ る こ と は ず つ と 少 か つた が、 而 も 四 谷 ・千 住 で總 て オ ス 型、 下

谷 2 ・本 所 でも オ ス 型 が 多 く 、 全體 で は オ ス ・オ ス兩 型 各 五 割 宛 であ つた 。 ﹁雌 ﹂ も メ スと發 音 す る 者 が あ り 、

本 所 で は メ ス が 多 か つた が 、 全體 と し て は メ スが 八割 強、 メ ス が 二割 弱 で あ つた 。 ﹁麻 ﹂ を ア サ と 發 音す る 者 も

同 様 に 少 く 、 ア サ が 八 割半 、 ア サ が 一割半 であ つた 。 此 等 三 語 は 、 ○ ○ 型 が 古 來 の發 音 、 ○ ○ 型 は 新 し い發 音 と 見 て よ いと 思 ふ 。

  以 上 の他 、 詳 し い調 査 は 試 みな か つた が 、 ﹁辭典 ﹂ ○ ○ 型 の語 の中 、 ツタ ﹁蔦 ﹂・シ モ ﹁下 ﹂・ノ チ ﹁ 後 ﹂・ツト

﹁苞 ﹂・シ ツ ﹁質 ﹂・ジク ﹁軸 ﹂・ミ ャク ﹁脈 ﹂ 等 も 子 供 達 の 間 で ○ ○ 型 に も發 音 さ れ て ゐ る ら し い語 であ る が 、 然 ら ば 此 等 の語 は 何 故 、 ○ ○ 型 に發 音 さ れ る の であ ら う 。

  此 の項 に擧 げ た 語 の中 に は 、 ﹁北 ﹂ ﹁雄 ﹂ ﹁雌 ﹂ ﹁下 ﹂ ﹁後 ﹂ な ど 、 具體 的 な 意 味 を も た ず 、 相對 的 な 意 味 を も つ

に 過 ぎ な い語 が可 成 含 ま れ て ゐ る こと は 注 意 す べ き で、 此 等 の内 容 は ○ ○ 型 よ り も ○ ○ 型 で表 す 方 が ふ さ は し い

やう に 一般 の人 か ら 感 じ ら れ る の で は な か ら う か 。 又 、 ﹁虹 ﹂ が ニジ と發 音 さ れ る こ と に 就 て、 私 の 友 人 の 一人

は 、 ﹁ニジ ガ デ タ ﹂ と 言 ふ 文 部 省 唱 歌 の 旋 律 の影 響 が あ ら う と 言 つた が、 ど ん な も の で あ ら う 。 若 し 、 キ タ ・ニ

ジ ・シ カ が 新 し いア ク セ ント と す るな ら ば 、 近 在 方 言 の影 響 と 言 ふ こと も 考 へた いと 思 ふ。

 ﹁辭 典 ﹂ で○○ 型 の語 の 中 、 子 供 が○○ 型 に發 音 す る 語 は、 ま た 非 常 に 多 く 、 そ の代 表 的 な も のと し て 、 ツ バ

﹁唾 ﹂ ・サ ジ ﹁匙 ﹂・サ カ

﹁坂 ﹂ ・ ハ レ ﹁晴 ﹂ ・フ ロ ﹁風 呂 ﹂ ・ ハギ

﹁ 萩 ﹂ な ど を數

へ る こ と が 出 來 る 。 此 等 は 大體 他

﹁新辭 海 ﹂ で ○ ○ ・○ ○兩 型 も 記 載 し て あ り 、 ﹁萩 ﹂

﹁唾 ﹂ は ○ ○ 型 に發 音 さ れ る こ と が 極 め て 多 く 、 麹 町 ・芝 ・四 谷 ・小 石 川 ・神 田 ・日 本 橋 1 ・下 谷 12 ・

﹁日 本 大辭 書 ﹂ ﹁新辭 海 ﹂ で ○ ○ 型 に 成 つ て ゐ る 。

の 文 献 で も ○ ○ 型 に 成 つ て ゐ る 語 で あ る が 、 ﹁匙 ﹂ ﹁坂 ﹂ は は  先 づ

本 所 ・深 川 で は總 て ツ バ と 發 音 さ れ 、 赤 坂 ・日 本 橋 2 で も 大 多數 は ツ バ と 發 音 し た の で あ つ て 、 ツ バ と發 音 し た

﹁鍔 ﹂ と の區 別 が 撤廢 さ れ る こ と で 、 決 し て歡 迎 す べ き こ と で は な い が 、 恐 ら く 此 の 勢 を 阻 止 す る

の は 、 赤 坂 ・日 本 橋 2 の 一部 に 過 ぎ ず 、 全 比 率 は ツ バ が 六 分 強 、 ツ バ が 九 割餘 と 言 ふ 状 態 で あ つ た 。 ﹁唾 ﹂ を ツ バと 言 ふ こと こと は 不 可 能 で あ ら う 。

 ﹁晴 ﹂ は 小 石 川 ・神 田 で は ハ レ と の み 、 芝 で も 多 く ハ レ と 發 音 さ れ た が 、 麹 町 ・四 谷 ・下 谷 2 ・千 住 で は總 て ハ

レ、 日 本 橋 2 ・本 所 で も 多 く ハ レ で 、 結 局 ハ レ が 四 割 、 ハ レ 六 割 で あ つた 。 ﹁風 呂 ﹂ は 一般 に フ ロ ・フ ロ 二 様 に

發 音 さ れ て ゐ た が 、 中 で 赤 坂 ・深 川 で は フ ロ が 多 く 、 本 所 な ど で は フ ロ が 多 く 、 全體 で は フ ロが 五 割 強 、 フ ロ が

五 割 弱 で あ つ た 。 ﹁萩 ﹂ は 下 谷 2で ハギ と の み 發 音 さ れ た が 、 麹 町 ・芝 ・小 石 川 ・神 田 ・日 本 橋 2 で ハギ と の み發

音 さ れ 、 全體 で は ハギ が 二 割 強 、 ハギ は 八 割 弱 を 占 め た 。 な ほ 此 の 調 査 で は ハギ と 言 ふ ア ク セ ン ト は 全 然 聞 か れ な か つた 。

 ﹁匙 ﹂ は 子 供 達 の 間 で は 、 サ ジ が斷 然壓 倒 し て 居 り 、 サ ジ と の み發 音 し た も の に 麹 町 ・芝 ・赤 坂 ・四 谷 ・小 石

﹁唾 ﹂ よ り ﹁匙 ﹂ に

川 ・神 田 ・日 本 橋 12 ・下 谷 2 ・千 住 が あ る に對 し 、 サ ジ と 發 音 し た も の は 下 谷1 ・本 所 ・深 川 の 一部 の み 、 全體

か ら 見 て サ ジ 九 割 強 、 サ ジ 七 分 弱 で あ つた 。 次 時 代 の 標 準 ア ク セ ン ト は サ ジ で あ ら う 。 以 上 至 る 諸 語 、總 て ○ ○ 型 を 本 來 の 型 と 考 へる 。

 ﹁坂 ﹂ は 今 度 調 査 し た 語 彙 中 、 最 も 興 味 の あ る 結 果 が 現 れ た 故 、 此處 に 具體 的 な數 を あ げ れ ば 次 の や う で あ る 。

町  

  ( 下 町地帯 )   サカ サカ

日本 橋 2   二

︱  二

五

  一   四

谷1

 日本 橋 1

一  下  五

 

三  ︱   ︱

 四人 ︱

 サカ  サカ

  ( 山 の手 地帯 )

 麹  芝  四 谷2

坂  下

 赤  ︱

一   三

 三

 五

川 

︱

谷  ︱

 深 住 

 四  本   所

 ︱   千

︱

 六   一

 五 

田 二五

  小石川  神  

  四   三〇

 六

 計  計

  即 ち 普 通 に 山 の手 と 言 つて ゐ る 地 帯 ( 但 し神 田を 之 に加 へる) で は サ カ が斷 然 優 勢 、 下 町 と 言 は れ て ゐ る 地帶

( 神 田を 除 く) ではサ カ が壓 倒 的 で 、兩 者 の 間 に は 見 事 な對 立 が 見 出 さ れ た の であ る 。 さ う 言 へば 大 人 の人 でも 下

町出 身 の知 人 、 例 へば 私 よ り 六 歳 年 長 の北 澤 孝 一氏 、 一歳 年 長 の上 甲 幹 一氏 は 共 に サ カ と 發 音 し て ゐ る 。 三 宅 氏

が 東京 に サ カ と 言 ふ ア ク セ ント が 行 は れ て ゐ る こと の發 見 者 で あ る のも 、 氏 が從 來 主 と し て 下 町 の ア ク セ ント を

﹁方 ﹂・ト ガ ﹁咎﹂・フ ミ ﹁文 ﹂・

観 察 し て居 ら れ た た め で は な いだ ら う か。 私 は 今 度 ﹁坂 ﹂ と 言 ふ 語 の ア ク セ ント に よ つて そ の人 が 山 の手 出 身 か 下 町 出 身 か の見 當 を つけ てや らう 。   右 の他 、調 査 は 不 完 全 で あ る が、辭 典 に○ ○型 に記 載 さ れ てゐ る 語 の中 、カタ

﹁氣 障 ﹂ の諸 語 も 子 供 達 の 間 で は 可 成 り の程 度 ま で

﹁暖 流 ﹂ の中 で、 水 戸 光 子 が "高 慢 ち き でキ ザ" と 言 ふ ア ク セ ント を

キ メ ﹁木 目 ﹂・ドマ ﹁土 間 ﹂・ノ ラ ﹁野 良 ﹂・バチ ﹁揆 ﹂・キザ ○ ○ 型 に發 音 さ れ て ゐ る ら し い。 松 竹 映畫

使 つ て ゐ る が 、 ﹁氣 障 ﹂ を キ ザ と 言 ふ のは 大 人 の人 達 の間 にも 相 當 行 は れ て ゐ る と 思 ふ 。

  以 上 此 の項 にあ げ た 語 を 概 觀 す れ ば 、 ﹁晴 ﹂ ﹁文﹂ ﹁咎﹂ 等 は 文 語 的 な 語 、 そ の爲 に○ ○ 型 に 發 音 す る の であ ら

う 。 ﹁風 呂 ﹂ ﹁匙 ﹂ を ○ ○ 型 に 言 ふ の は オ フ ロ ・オ サ ジ と 言 ふ 形 へ の類 推 が 、 ﹁方 ﹂ を カ タ と 言 ふ のは 、 ア ノ カ タ と 言 ふや う な 形 へ の類 推 が働 いて ゐ る こ と と 思 ふ。

  な ほ ﹁露 ﹂ を ツ ユと 發 音 す る傾 向 は 赤 坂 そ の他 山 の 手 地帶 に 多 いが 、 こ の發 音 を︹ A︺ の ﹁樽 ﹂ ﹁砂 ﹂ ﹁皺﹂ ﹁國 ﹂

及 び ﹁坂 ﹂ の發 音 と 一緒 に し て 考 へる のに 、 山 の手 地帶 で は 多 少 ○ ○ 型 を 愛 好 し 、 下 町 地帶 では 此 の型 を 忌避 す る 傾 向 が窺 は れ る ので は な か ら う か 。

  次 に辭 典 で ○ ○ 型 に 成 つて ゐ る チ チ ﹁ 乳 ﹂ も 、 子 供 達 は チ チ ・チ チ兩 様 に發 音 し て ゐ る が 、 諸 方 言 の ア ク セ ン

ト と 比 較 し て 考 へる と 、 チ チ は 寧 ろ 一時 代 前 の ア ク セ ント の殘 存 若 し く は 復 活 と 見 ら れ る 。 キ シ ﹁騎 士 ﹂・キ キ ﹁危 機 ﹂ を キ シ ・キ キ と 言 ふ 傾 向 も 同斷 であ る 。

  又 、辭 典 で○ ○ 型 の語 の 中 、 子 供 が ○ ○ ・○ ○兩 型 に發 音 し た 語 と し て は ヤ エ ﹁八 重 ﹂・ヨイ ﹁醉﹂ の 二 語 が

あ り 、 ﹁八重 ﹂ は 小 石 川 で は總 て ヤ エに、 芝 でも 多 く ヤ エに 、 四 谷 ・神 田 ・下 谷 2 で は總 て ヤ エ に、 麹 町 ・日 本

橋 2 でも 多 く ヤ エに 發 音 さ れ、 全體 と し て は ヤ エが 三 割 強、 ヤ エが 六割 強 、 肝 腎 の ヤ エは 三 分 強 であ つた 。 ﹁醉﹂ も 大體 同 様 で ヨイ 三割 、 ヨイ 六 割 強 、 ヨイ が六 分 強 であ つた 。

  辭 典 で ○ ○ 型 の 語 は 、 他 の 二 つ の型 の語 に比 し て 、 異 る 型 に 發 音 さ れ る も のは稍 少 いが 、 而 も そ の中 に は 子 供

等 が ○ ○ 型 に 發 音 す る 語 、 ○ ○ 型 に發 音 す る 語 、 ○ ○ ・○ ○兩 型 に發 音 す る 語 の三 種 があ る 。

  此 の中 で、 ○ ○ 型 に發 音 さ れ る 語 は 最 も 少數 で、 セ ト ﹁瀨戸 ﹂・メ イ ﹁姪 ﹂ が 主 な も の で あ る が、 此 の 中 の

﹁姪 ﹂ は 生 徒 達 は 多 く メイ と 發 音 し、 メイ は 一部 に聞 か れ る に過 ぎ な い。 之 に 比 し て セト ﹁瀨戸﹂ は 可 成 廣 く 行

は れ て ゐ る が 、 調 査 の際 地 名 の瀨 戸 と 混 同 し て失 敗 し た か ら 發 表 は 見合 せ る 。 但 し セト の形 は ﹁新辭 海 ﹂ にも 出

て居 り、 大 人 の間 に も 一般 に 行 は れ て ゐ る 。 メ イ は オ イ ﹁甥 ﹂ への 類 推 、 セ ト は セト モノ と 言 ふ 形 への類 推 であ ら う 。 な ほ セキ ﹁席 ﹂ も セ キ と發 音 さ れ る や う で あ る 。

  之 に 比 し て辭 書 で ○ ○ 型 の語 で 、 子 供 達 が○ ○ 型 に 發 音 し た 語 は 相 當 の數 に 上 り 、 例 へば カ ミ ﹁上 ﹂・ ハダ ﹁肌 ﹂・ツ ユ ﹁露 ﹂・ツ エ ﹁杖 ﹂ 等 の語 を擧 げ る こ と が 出 來 る。

 ﹁上 ﹂ は 、 調 査 の結 果 で は、 芝 で總 て カ ミ、 神 田 で多 く カ ミ であ つた が、 小 石 川 ・本 所 では總 て カ ミ、 麹 町 ・四

谷 ・日本 橋 12 ・下 谷 2 で 多 く カ ミ で 、 全 比率 は カ ミ 四 割 弱 に對 し 、 カ ミ 六 割 強 であ つた 。 ﹁肌 ﹂ は 四 谷 ・小 石

川 ・神 田 ・日本 橋 2 ・本 所 では ハダ が 多 か つた が、 日本 橋 1 ・下 谷 2 で は總 て ハダ 、 麹 町 ・芝 ・小 石 川 ・千 住 で は ハダ が 多 く 、 全體 と し て は ハダ 四割 強 、 ハダ 六 割 弱 で あ つた 。

 ﹁露 ﹂ は 全體 と し て ツ ユが 多 か つた が 、 赤 坂 の全 部 ・四 谷 ・麹 町 の少 数 が ツ ユで、 全體 と し て は ツ ユ八 割 強 、 ツ

ユ二割 弱 、 ﹁杖 ﹂ は 日本 橋 2 の多 數 ・赤 坂 の半 數 が ツ エで あ つた が、 全 比 率 は ツ エ 八 割半 、 ツ エ 一割半 で 、 此 の

二語 は ○ ○ 型 が 振 は な い。 ﹁束 ﹂ ﹁渦 ﹂ ﹁湯 毛 ﹂ に於 け る タ バ ・ウ ズ ・ユゲ の ア ク セ ント も 、 略 之 等 に 準 ず る 状 態

であ る 。 以 上 七 語 は 、 何 れ も ○ ○ 型 が 傅 統 的 のも の で あ ら う 。 但 し ﹁渦 ﹂ は 有 坂秀 世 氏 が之 を ○ ○ 型 に 發 音 し て 居ら れる。

  以 上 の他 、 調 査 不 完 全 であ る が 、辭 典 で ○ ○ 型 の語 の中 、 子 供達 が○ ○ 型 に發 音 し て ゐ る と 思 は れ る も の に 、

ハタ ﹁ 畠 ﹂・コ ロ ﹁頃 ﹂・ダ ダ ﹁駄 々﹂・ツ バ ﹁鍔 ﹂・サ ク ﹁柵 ﹂・タ エ ﹁妙 ﹂・シ ベ ﹁蘂 ﹂ があ る 。 同 音 語 ﹁唾 ﹂ と ﹁鍔 ﹂ は歩 み 寄 つて ア ク セ ント の混 同 を 起 し つ ゝあ る譯 で あ る 。

  さ て 此 等 の 語 が 何 故 ○ ○ 型 に 發 音 さ れ る か と 考 へて 見 る の に 、 先 づ ﹁上 ﹂ は ﹁紙 ﹂ ﹁髪 ﹂ と 同 じ ア ク セ ント に

成 ら う と し 、 ﹁畠 ﹂ は ﹁旗 ﹂ ﹁機 ﹂ と 同 じ ア ク セ ント に 成 ら う と し て ゐ る と 目 さ れ る の であ つ て、 之 を 前 の ﹁鍬 ﹂

﹁桑 ﹂ ﹁帆 ﹂ ﹁穗 ﹂ ﹁唾 ﹂ ﹁鍔 ﹂ な ど の例 と 共 に考 へ て見 る の に 、 此 等 同 音 の語 は 互 に 引 合 つ て 同 じ ア ク セ ント に 成

ら う と す る、 そ の時 日常 あ ま り 用 ひな い方 が 結 局 負 け て相 手 と 同 じ 型 に變 化 す る 、 ﹁上 ﹂ ﹁ 畠 ﹂ は そ の例 な の で は

否單 な る 偶 然 か も 知 れな い。

な か ら う か。 な ほ ﹁渦 ﹂ ﹁束 ﹂ ﹁肌 ﹂ ﹁鍔﹂ ﹁蘂 ﹂ ﹁湯 毛 ﹂ ﹁駄 々﹂ 等 第 二 音節 の子 音 が 濁 音 のも のが イ ヤ に 多 く 、 近 畿 ア ク セ ント で や は り 同 様 な 語 が ○ ○ 型 に 多 い こと が想 起 さ れ る が︱

  右 の他辭 典 で ○ ○ 型 に 記 載 し て ゐ る 語 で、 子 供 達 が 時 に ○ ○ 型 に 發 音 し て ゐ る 語 に ﹁太 刀 ﹂ が あ る が、 之 は

﹁日本 大辭 書 ﹂ に タ チ と あ り 、 タ チ が古 型 のや う で あ る 。 又、 同 じ く辭 典 で○ ○ 型 の語 の中 、 ﹁龜﹂ は ﹁日 本 大辭

書 ﹂ に、 ﹁千 葉 ﹂ ﹁土 佐 ﹂ は ﹁國 語 發 音 と ア ク セ ント ﹂ に 、 ○ ○ 型 に 記 載 さ れ て居 り、 こ れ ま た ○ ○ が古 型 と 見 ら

れ る が 、 今 度 の調 査 で は 、 各 地 で 各 生 徒 が 、 カ メ ・チ バ ・ト サ と 發 音 し て例 外 がな か つた 。 此 等 古 い ア ク セ ント

が 亡 び る の は 、 間 も な い こと であ ら う 。 三 宅 氏 の談 に よ れ ば 、 故 岡 倉 由 三郞 氏 は 、 御 自 身 ﹁龜﹂ を カ メ と 發 音 さ

れ る 一方 、 若 い人 達 が カ メ と 發 音 す る のを 非 常 に 嫌 は れ 、 "カ メ と 言 ふ發 音 を 聞 く と 死 ん で 了 ひ た く 成 り ま す "

と 言 つて居 ら れ た 、 と の こと であ る が 、 現 在 の子 供 達 の發 音 が 此 のや う であ る こ とを 報 告 し た ら 、 何 と 仰 言 ら れ るだらう。

  最 後 に辭 典 で○ ○ 型 の語 の中 、 ○ ○ ・○ ○ の兩 型 に 發 音 さ れ て ゐ る 語 と し て ミ キ ﹁幹 ﹂・ト モ ﹁友 ﹂ が あ り 、

﹁幹 ﹂ は 麹 町 ・神 田 では總 て ミ キ 、 芝 ・本 所 で は 多 く ミ キ 、 日 本 橋 2 では ミ キ が 多 く 、 小 石 川 で は總 て ミ キ 、 下

谷 2 でも 多く は ミキ で 、 結 局 ミキ 五 割 弱 、 ミ キ 一割半 、 ミ キ 三 割 半 であ つた 。 此 の 語 は ﹁日本 大辭 書 ﹂ で ミキ 型

に 記 載 さ れ て 居 り 、 ○ ○ 型 が古 い型 か と 思 は れ る が、 現 在 で は 混 沌 た る 状 態 を 呈 し て ゐ る と 言 へよ う 。 ﹁友 ﹂ は ﹁大辭 書 ﹂ に同 じく ト モ とあ り 、 此 の型 が 古 いら し い。

︹  D︺ ﹁辭典﹂ で 二様 の型 に記 載 され てゐ る語

  二 音 節 名 詞 の中 に は 、 以 上︹ A︺ B︹ ︺ C︹ ︺ に擧 げ た 語 の他 に 、神 保 先 生 の ﹁ア ク セ ン ト辭 典 ﹂ に於 て 既 に 二 様 に 記 載

さ れ て ゐ る 語 が あ る 。 次 に は 此 等 の 語彙 に就 て 調 査 し 得 た 所 を 述 べた いと 思 ふ が、 先 づ 此 等 を(イ) ﹁辭典 ﹂ で ○

○ ・○ ○兩 型 の語 。(ロ)﹁辭典 ﹂ で ○ ○ ・○ ○兩 型 の 語 、(ハ)﹁辭典 ﹂ で○ ○ ・○ ○兩 型 の語 の 三 つ に分 け る 。

( イ) ﹁辭典 ﹂ で○ ○ ・○ ○兩 型 に 記載 さ れ て ゐ る 語 に は ﹁家 ﹂ ( う ち)・﹁餌 ﹂ ( えさ )・﹁梁 ﹂ ( は り ) があ る が、 此

等 は 調 査 し た 小 學 生 の間 で も 、 ○ ○ ・○ ○ 二 様 の型 で發 音 さ れ て ゐ た 。 例 へば ﹁家 ﹂ は 麹 町 ・芝 ・四 谷 ・日

本 橋 2 ・本 所 で總 て の 子 供 が ウナ 型 に 、 小 石 川 で總 て の子 供 が 、 神 田 で 半数 の 子供 が ウ チ 型 に發 音 し 、 全體

と し て は ウチ 七 割 強 、 ウチ 三 割 弱 、 ﹁餌 ﹂ は 小 石 川 ・下 谷 2 ・千 住 で總 て の 子 供 が エ サ 型 に、 麹 町 ・芝 ・

日本 橋 1で總 て の子 供 が 、 本 所 で 大 多 数 の子 供 が エサ 型 に發 音 し 、 全體 で は エサ五 割 強 、 エサ 五 割 弱 で 、 共

に ○ ○ 型 が優 勢 であ つた 。 ﹁ 家 ﹂ は ﹁日 本 大辭 書 ﹂ そ の 他 諸 文 献 に は ウ チ と 出 て 居 り、 ウ チ は 新 し く 發 生 し た ア ク セ ント であ ら う 。

﹁僕 ﹂ ( 代 名詞 ) が あ り 、 此 ま た 子 供 達 の間 で ボク ・ボク の兩 型 が 用 ひ ら れ て ゐ る 。 ﹁日 本 大辭 書 ﹂ の 記 載 ・

) (ロ﹁辭典 ﹂ で ○ ○ ・○ ○兩 型 に 記 載 さ れ て ゐ る 語 に は 、 佐 久 間 博 士 ・三 宅 武郞 氏 が 既 に 問 題 に し て 居 ら れ る

諸 方 言 ア ク セ ント と の比 較 の結 果 な どを 基 と し て考 へて、ボ ク の 型 が舊 來 のも の であ る こ と 明 ら か で、 ボ ク

と 言 ふ 型 は 此 の 語 が 極 め て抽 象 的 な 意 味 し か 持 た な い語 で あ る 所 か ら 新 し く 生 れ た ア ク セ ント であ ら う 。

ハハに統 一し 、 ハハと 發 音 し た 子 供 は 一人 も 居 な か つた 。 ﹁神﹂ も 略 こ れ に 準 じ 、

﹁垣 ﹂ は ﹁神 ﹂ ﹁母 ﹂ 二 語 と 異 り、 子 供 達 の 間 で ○ ○ ・○ ○ ・○ ○ 三 型 に 發 音 さ れ 、 此 の 中 、 ○ ○ 型 は神

前 には 主 に カ ミ と發 音 さ れ て ゐ た こと を 意 味 す る も の であ ら う 。

ふ 語 が 出 て 來 る 場 合 、 常 に カミ と 歌 は れ る や う に 旋 律 が つけ ら れ て ゐ る と 言 は れ た が 、 此 は ﹁神﹂ が 一時 代

﹁髪 ﹂ と 分 化 す る こと に成 る 故 、 此 の變 化 は歡 迎 す べ き か も 知 れ な い。 曾 て浦 山 政 雄 氏 が 長 唄 に ﹁神﹂ と 言

ハ ハが 標 準 ア ク セ ント と 認 め ら れ る 時 代 が來 る こ と で あ ら う 。 ﹁神﹂ は カ ミ と發 音 さ れ る こと に よ り 、 ﹁紙 ﹂

﹁大辭 書 ﹂ の記 載 そ の他 から 考 へて カミ ・ハハ が 從 來 のも のと 推 測 さ れ る が 、 此 の状 態 で は 遠 から ず カ ミ ・

調 査兒 童 四 五 名 中 、 日 本 橋 2 ・本 所 で 一名 づゝ が カミ と 發 音 し た の み 、 他 は總 て カ ミ 型 で あ つた 。 此 等 は

査 し た兒 童 五 九 名 の發 音 が

(ハ﹁辭典 ﹂ で○ ○ ・○ ○兩 型 に 記 載 さ れ て ゐ る 語 に は ﹁母 ﹂ ﹁神﹂ ﹁垣 ﹂ ﹁鮨 ﹂ 等 があ る が、 此 の中 、 ﹁母 ﹂ は 調 )

 

田 ・四 谷 ・小 石 川 に 多 く 全體 か ら 見 て 二 割 強 、○ ○ 型 は 麹 町 に 多 く 全體 で は 二 割 弱 、○ ○ 型 は 芝 ・日 本 橋 2 ・

下 谷 2 に多 く 全體 で は 六 割 弱 であ つた 。 方 言 と の比 較 か ら 見 て舊 來 の ア ク セ ン ト と 見 ら れ る カキ の形 は 、

﹁柿 ﹂ ﹁牡 蠣 ﹂ と區 別 が出 來 る點 で優 れ て ゐ る と 思 は れ る が 、惡 く す る と 滅 び さ う であ る 。 詳 し い調 査 は し な

か つた が、 以 上 の他 ﹁鮨 ﹂ も 子 供 達 は ス シ ・ス シ 二 様 に 發 音 す る や う であ つ た 。 ﹁日 本 大辭 書 ﹂ ﹁日本 音 聲

學 ﹂ ﹁新辭 海 ﹂ に は、 ス シと あ り 、 ス シ が舊 い型 であ ら う 。 但 し ﹁東 京 方 言 集 ﹂ に は ス シ と あ る 。

  以 上 の語 は多 く ○ ○ 型 か ら ○ ○ 型 に 移 つて 行 き つ つあ る と 思 は れ る が、 此 の中﹁神 ﹂ ﹁母 ﹂ ﹁垣 ﹂ が○ ○ 型

に發 音 さ れ る の は 文 語 的 な 響 を も つ語 が あ る こ と が原 因 に 成 つて 居 よ う 。 ﹁神﹂ ﹁母 ﹂ が さ う 成 る のは 人 格 的

な 意 義 を も つこ と に よ る か も 知 れ な い。 ﹁垣 ﹂ が カ キ と も 成 る のは ﹁柿 ﹂ の ア ク セ ント に 引 か れ た の で はな

い か と 思 は れ 、 ﹁鮨 ﹂ が ス シ型 に 成 る の は オ ス シ ﹁御 鮨 ﹂ と 言 ふ 形 への 類 推 によ る で あ ら う 。

  (3 )  三音節 名詞  辭 典 で○○ ○ 型 (但し 私 の表 記法 によれ ば○ ○○ 型 の語)

(イ )

 

﹁柱 ﹂ ・シ ジ ミ

﹁蜆 ﹂ ・キ ッ テ ﹁切 手 ﹂ ・

﹁襷﹂ ・ノ

な ほ 調 査 し た 學 校 生 徒 は 大體 一 ・二 音 節 名 詞 の 場 合 と 同 じ で あ る が、 赤 坂 、 日本 橋 1、 下 谷 1、 深 川 の 四 校 で は

未滿 の 子 供 が さ う 發 音 し た に過 ぎ な いな ら ば 、 特 に斷 ら な い こ と も あ る 。﹂

語 と 一緒 の所 に 分 類 し て お く 。 但 し そ の 中 五 分︱ 一割 の 子 供 が さ う 發 音 し た の な ら ば そ の旨 を 註 記 す る 。 若 し 五 分

  ﹁あ る 語 を あ る 型 に 發 音 し た 子 供 の数 が 全兒 童 の数 の 一割 に滿 た な い場 合 に は 、 一應さ う 發 音 す る こ と のな か つ た

さ う 發 音 し た の で は な い か 、 と も 疑 は れ る 。 そ こ で暫 く 以 下 次 の や う な 方 針 で 記 述 す る こ と と し た 。

  甚 だ 不 便 で あ る 、 又 考 へて 見 れ ば 三 音 節 名 詞 は 筆 者 が 多 少 急 い で 調 査 し た た め 、 タ ワ ラ と 發 音 し た 少 年 は 間 違 へて

  重 要 と 認 め た 少 数 の語 だ け し か 調 査 し な か つた 。

﹁瓦 ﹂ ・ ハ シ ラ

﹁襷﹂ ﹁望 ﹂ は ○ ○ ○ 型 に 發 音 さ れ る 方 が 寧

﹁襷﹂ は 深 川 で總 て の 生 徒 が タ ス キ 型 に 發 音 し た の が 例 外 を な す 位 で 、 四 谷 ・小 石 川 ・日 本

﹁木 樵 ﹂・ホ ト ケ ﹁佛 ﹂ 等 を擧 げ る こ と が 出 來 る 。 此 の 中

﹁望 ﹂ ・ク マ デ ﹁熊 手 ﹂ ・ツ ル ベ ﹁釣 瓶 ﹂ ・カ ワ ラ

﹁辭典 ﹂ で ○ ○ ○ 型 の 語 の 中 、 子 供 達 が ○ ○ ○ 型 に も 發 音 し た 語 は 最 も 数 が 多 く 、 例 ヘば タ ス キ ゾミ キ コリ ろ 多 く 、 例 へば

橋 12 ・下 谷 1 ・千 住 で は總 て の 生 徒 が 、 麹 町 ・神 田 ・下 谷 2 ・本 所 で は 大 多 数 の 生 徒 が タ ス キ 型 に 發 音 し 、

全體 で は タ ス キ 二 割 強 、 タ ス キ 八 割 弱 で あ つ た 。 ﹁望 ﹂ は 全體 で ノ ゾ ミ 四 割 弱 、 ノ ゾ ミ 六 割 強 で あ る 。 こ の

は 別 に出

中 、 ﹁望 ﹂ は 諸 文 献 何 れ も ノ ゾ ミ 型 で 、 ノ ゾ ミ は 新 し い ア ク セ ン ト と 見 ら れ る が 、 ﹁襷﹂ の 方 は 佐 久 間 博 士 の

御 著 書 に タ ス キ と あ り 、 又 諸 方 言 ア ク セ ン ト と の 比 較 か ら 見 て も 、 タ ス キ が 新 し い 型 と 考 へる證據 て 來 な い。

﹁熊 手 ﹂ は 芝 ・日 本 橋 2 で は總 て が 、 神 田 で は 多 数 が ク マ デ 型 で あ つ た が 、 下 谷 2 ・千 住 で は總 て が ク マ デ

で 全體 で は ク マ デ 五 割 強 、 ク マ デ 五 割 弱 、 ﹁釣 瓶 ﹂ は 日 本 橋 2 で總 て が 、 小 石 川 で 多 数 が ツ ル ベ 型 に對 し 、

﹁日 本 大辭 書 ﹂ に ク マ デ と あ り 、成 人 の 間 で も ク マ デ は 相 當 多 く 、 こ れ が 寧 ろ舊 い 發 音 で 、 ﹁辭典 ﹂ の ク

麹 町 で總 て が 、 芝 で 多 数 が ツ ル ベ 型 で 、 全體 で は 同 様 に 、 ツ ル ベ 五 割 強 、 ツ ル ベ 五 割 弱 で あ つ た 。 ﹁ 熊 手﹂ は

マデ は 新 し い發 音 では な いか と 考 へる 。 ﹁釣 瓶 ﹂ も 方 言 の ア ク セ ント と 比 較 す る と 、 ツ ル ベ が古 い ア ク セ ン

ト で は な い かと 考 へら れ る が 、舊 い東 京 人 の中 に も ツ ル ベと 發 音 す る 人 があ る 様 に 思 ふ 。 望 月 世敎 氏 は ク マ デと 發 音 さ れ る。

 ﹁瓦 ﹂ は 芝 ・四 谷 ・下 谷 1 ・本 所 ・深 川 で總 て が 、日本 橋 1 で多 数 が カ ワ ラ 型 、千 住 で總 て が 、神田 ・下 谷 2

で 多数 が カ ワラ 型 で、總 計 、カ ワ ラ 六 割 強 、カ ワ ラ 四 割 弱 、 ﹁柱 ﹂ は 芝 ・赤 坂 ・四 谷 ・小 石 川 ・下 谷 l・深 川

で は總 てが 、 日本 橋 2で は 多 数 が ハシラ 型 、 千 住 で總 て が 、 麹 町 で多 数 が ハシ ラ 型 で、總 計 、 ハシ ラ 七 割 弱 、

ハシ ラ 三 割 強 で あ つた 。 これ ら は 諸 文 献總 て ○ ○ ○ 型 に の み出 て 居 り 、 ○ ○ ○ 型 は 新 し く 東 京 に發 生 し た 型

と 見 た い が、 東 京 近 在 、 例 へば 府 下 田 無 町 ・府 中 町 等 の方 言 で は 、 此 等 の 語 を ○ ○ ○ 型 又 は ○ ○ ○ 型 に 發 音

し て 居り 、 東 京 でも 一時 代 前 に は さ う 發 音 し て ゐ た ので は な いか と 考 へら れ 、 ○ ○ ○ 型 は そ れ ら の古 い型 と

何 か 關 係 を も つ てゐ は し な い か と 疑 は れ る。舊 市 域 内 の子 供 達 に よ つて こ れ ら 二 語 が ○ ○ ○ 型 にも 發 音 さ れ

て ゐ る と 言 ふ事 實 は 、 二 音 節 名 詞 の ﹁束 ﹂ ﹁肌﹂ が 同 様 の人 達 に よ つて ○ ○ 型 に も 發 音 さ れ て ゐ る と 言 ふ 事

實 と 共 に、 大 原 孝 道 氏 の御 教 示 に よ る も の、 な ほ私 見 によ れ ば 、 横 濱 市 方 面 で は ﹁柱 ﹂ を ハシ ラと 言 ふ 風 が、 東 京 以 上 に盛 ん のや う で あ る 。

  ﹁ 蜆 ﹂ ﹁切 手 ﹂ ﹁木 樵 ﹂ ﹁佛 ﹂ の 四 語 も 、 ○ ○ ○ 型 にも 發 音 さ れ る こ と、 以 上 二 語 と 同 程 度 で、 例 へば ﹁蜆 ﹂

は 芝 ・日本 橋 2 ・下 谷 で 多 数 が シ ジ ミ、 小 石 川 で總 て が シ ジ ミ で、 全體 で は シ ジ ミ 六 割 強、 シ ジ ミ 四 割 弱 、

﹁切手 ﹂ は 全體 で キ ッテ 七 割 強 、 キ ッテ 二 割 強 、 ﹁木 樵 ﹂ は キ コリ 七 割 弱 、 キ コリ 三 割 強 、 ﹁佛 ﹂ は ホ ト ケ七

割 半 、ホ ト ケ 二割 半 で あ つた 、他 に ﹁切 手 ﹂ を キ ッテ と 言 つた も の が 一割 未滿 あ る 。此 等 の中 、 ﹁切 手 ﹂ ﹁木

樵 ﹂ ﹁佛 ﹂ は ﹁日本 大辭 典 ﹂ に ○ ○ ○ 型 に 出 て 居 り 、 先 の ﹁熊 手 ﹂ 同 様 ○ ○ ○ 型 の方 が 寧 ろ舊 來 の ア ク セ ン トと思はれ る。

  以 上 の他 特 に 調 査 し た譯 で は な いが 、 ﹁辭典﹂ で ○ ○ ○ 型 の 語 の中 、 ﹁髢﹂ (かも じ)・﹁覆 ﹂ ( お ほ ひ)・﹁ケ

ット ﹂( 毛布 )・﹁薩 摩 ﹂・﹁佝僂﹂ ( せ むし )・﹁豆 腐 ﹂・﹁ほ と り ﹂・﹁ 南 ﹂・﹁翼 ﹂・﹁浦 和 ﹂ な ど も 現 在 子 供 達 に よ

つて○ ○ ○ 型 に ( も )發 音 さ れ て ゐ る の で は な いか と 想 像 す る。 此 の中 ﹁ 薩 摩 ﹂ ﹁豆 腐 ﹂ な ど は ○ ○ ○ 型 の方 が古 さう だ 。

  以 上︹︺A(イ ) に あ げ た 語彙 の中 、○ ○ ○ 型 の方 が古 いと 認 め ら れ る 語 、即 ち ﹁望 ﹂ は 、動 詞 ﹁望 む﹂ が ノ ゾ ム型 か

ら ノゾ ム 型 に變 化 し つゝ あ る、 そ の變 化 に 伴 つて ノ ゾ ミと 言 ふ 新 ア ク セ ント が 生 れ て來 た も のと 推 測 さ れ る。 然

し 此 等 の語彙 の中 に は ﹁熊 手 ﹂ そ の他 寧 ろ ○ ○ ○ 型 の方 が舊 い型 と 認 め ら れ るも の が少 く な い こ と は 注 意 す べき

であ る。 改 め て︹B︺( のイ 條)で考 察 す る つも り であ る が、 現 在 東 京 方 言 に は ○ ○ ○ 型∨ ○ ○ ○ 型 の變 化 が相 當 盛 ん

に行 は れ つゝ あ り 、 此 等 の語 は 丁 度 此 の變 化 の浪 に 載 せ ら れ て ゐ るも の と 考 へら れ 、 ﹁辭典 ﹂ で は 偶々 新 し い方 の型 を 記 載 し たも のと 愚 考 す る 。

典 で ○ ○ ○ 型 の 語中 、 子 供 達 が○ ○ ○ 型 にも 發 音 す る 語 は ( イ) の語 に 比 較 す れ ば 遙 か に少 数 であ る が 而 も

オ ト メ ﹁乙 女 ﹂・ム コオ ﹁向 ﹂・ヒ ゴ イ ﹁緋 鯉 ﹂ な ど の 語 を擧 げ る こ と が 出 來 る。 ﹁乙 女 ﹂ は ○ ○ ○ 型 に發 音

( ) ロ辭

さ れ る傾 向 が 最 も 盛 ん で、 調 査 の結 果 で は 、 神 田 で 一人 の 少 年 が オ ト メ と 發 音 し た の み、 麹 町 ・芝 ・四 谷 ・

小 石 川 ・日 本 橋 2 ・本 所 で總 て オト メ と 發 音 し た のを 初 め と し て他 は 殆 ど 全 部 オ ト メ で 、總 計 オ ト メ 三 分 弱 、

オ ト メ九 割 強 であ る 。 ﹁日 本 大辭 書 ﹂ ﹁新辭 海 ﹂ も 共 に オ ト メ と 出 し て ゐ る が、 次 時 代 に は總 てオ ト メ と 成 つ

て 了 ふ の では な か ら う か、 但 し 他 に オ ト メと 發 音 し た も のが 一割 未滿 あ つた 。 ﹁向 ﹂ は 日 本 橋 2 で總 て が、

神 田 ・本 所 で多 数 が ム コオ と 發 音 し、 此 の方 が僅 か に優 勢 であ つた が 、 麹 町 ・小 石 川 ・下 谷 で は ム コオ と發

音 さ れ る 方 が多 く 、 全體 では ム コオ 五 割 強、 ムコ オ 五 割 弱 であ つた。 ﹁緋 鯉 ﹂ は ヒ ゴ イ 七 割強 、 ヒ ゴ イ 二割

強 で あ る か ら 、 後 者 の数 は ま だ 問 題 と す る に 足 り な い、 な ほヒ ゴイ が 一割 足 ら ず あ つた 。

  以 上 の語 は諸 文 献 で總 て ○ ○ ○ 型 であ る か ら 、 ○ ○ ○ 型 は 新 し い發 音 と 考 へら れ る 。

  以 上 の他 、 未 調 査 で は あ る が、 ﹁辭 典 ﹂ で○ ○ ○ 型 の語 の中 ﹁お 針 ﹂ ( 裁 縫)・﹁糸 屋 ﹂・﹁産 毛 ﹂ ( う ぶげ )・

﹁土 藏 ﹂・﹁彼 岸 ﹂ な ど も 子 供 達 は○ ○ ○ 型 に も發 音 す る 傾 向 が あ る と 思 ふ 。 此 の中 ﹁お 針 ﹂ ﹁糸 屋 ﹂ で は ○

○ ○ 型 が 新 し い發 音 であ ら う が、 ﹁土 藏 ﹂ ﹁彼 岸 ﹂ で は ○ ○ ○ 型 の方 が 寧 ろ新 し い發 音 と 考 へる。

  此 の 項 の語 の中 で 、 ﹁緋 鯉 ﹂ ﹁お 針 ﹂ を ○ ○ ○ 型 に發 音 す る のは ﹁鯉 ﹂ ﹁針 ﹂單獨 の場 合 の ア ク セ ント に 引 か れ

た も の で あ ら う 、 ﹁糸 屋 ﹂ を 同 様 に 言 ふ の は ﹁ 菓 子 屋 ﹂ ﹁味 噌 屋 ﹂ な ど のア ク セ ント への 類推 の結 果 と考 へる 。

(ハ 子 供達 が ○ ○ ○ 型 に ( ) も)發 音 し た 語 の中 では 、 最 も 顯 著 な 例 と し て ホ ノ オ ﹁炎 ﹂ を擧 げ る こと が出 來 る 。

此 の 語 は ﹁日本 大辭 書 ﹂ ﹁新辭 海 ﹂ に も ホ ノ オ 型 に 出 て ゐ る 語 であ る が、 麹 町 ・芝 ・四 谷 ・小 石 川 ・神 田 ・

日本 橋 2 ・下 谷 の七 校 で 三 二 人 に就 て 調 査 し た 所 、 全 生 徒 ホ ノ オ と發 音 し、 ホ ノ オ と發 音し た も の は 一人 も

な か つた 。 今 度 調 査 し た 語彙 中 、 最 も收 穫 のあ つた 語 の 一つ であ る 。 な ほ 子供 達 は 屡々 此 の語 を 、 ホ ノ ホ と

發 音 し た 。 オ チ バ ﹁落 葉 ﹂・ナ ンジ ﹁汝 ﹂ も 此 に次 ぎ 、 ﹁落 葉 ﹂ は 下 谷 2 で 一人 の少 年 が オ チバ と發 音 し た の

み、 麹 町 ・芝 ・四 谷 ・小 石 川 ・神 田 ・日 本 橋 2 ・本 所 で は總 て の子 供 達 がオ チ バと 發 音 し 、總 計 、 オ チ バ 二

分 強 、 オ チ バ九 割 強 を 示 し 、 ﹁汝 ﹂ は 芝 ・神田 で 一人 づゝ が ナ ンジ と 發 音 し た の み で、 他 は總 て がナ ン ジ と

發 音 し 、總 計 、 ナ ン ジ 五 分 強 、 ナ ンジ が殘 の全 部 であ つた。 此 の 中 、 ﹁汝 ﹂ も ﹁炎 ﹂ 同 様 諸 文 献總 て ナ ンジ

﹁岬 ﹂ は 下 谷 2 で 多數 が ミ サ キ と 發 音 し た が 、 四 谷 ・神 田 ・日 本 橋 2 ・本 所 で總 て が 、 麹 町 ・芝 で

型 で、 ○ ○ ○ 型 が新 し い型 で あ ら う が 、 新 ア ク セ ント の勢 力 の前 に は舊 ア ク セ ント は到 底 抵 抗 出 來 さ う にな い 。

 ミサキ

・ミ コ シ ﹁神 輿 ﹂ ・エ ガ オ

﹁笑 顔 ﹂ は 此 等 と 異 り 、 ○ ○ ○ 型 に 發 音 さ れ る 方 が

多數 が ミ サ キ と 發 音 し 、 全體 で は ミ サ キ ・二 割 弱 、 ミ サ キ ・七 割 半 で あ つた 。 な ほ 他 に ミ サ キ と 言 つ た も の ﹁水 母 ﹂

﹁水 母 ﹂ は 四 谷 ・神 田 で總 て が 、 芝 ・本 所 ・千 住 で 多數 が ク ラ ゲ と 發 音 し た の に對 し 、ク ラ ゲ

が 一割 弱 あ る 。 ク ラ ゲ 少 く 、 例 へば

は 日 本 橋 2 の總 て 、 麹 町 の 多數 か ら 聞 か れ た だ け で 、 全體 と し て は 、 ク ラ ゲ 六 割 強 、ク ラ ゲ 四 割 弱 で あ つた 。

﹁神 輿 ﹂ は 更 に 此 の 傾 向 が 強 く 、 ミ コ シ 七 割 強 に對 し 、 ミ コ シ 三 割 弱 、 ﹁笑 顔 ﹂ に 至 つ て は 、 エ ガ オ 八 割 弱 に

對 し て、 エガ オ 一割 強 であ つた 。 更 に エガ オ が 一割 未滿 あ り 。 ﹁岬 ﹂ ﹁神 輿 ﹂ は ﹁日 本 大辭 書 ﹂ にも ○ ○ ○ 型

に 出 て居 り 、 少 く とも ﹁神輿 ﹂ で は ○ ○ ○ 型 が古 いと 見 ら れ る 。 ﹁水 母 ﹂ は 同 書 に ク ラ ゲ と あ る 。

  以 上擧 げ た 語 彙 以 外 に 、未 調 査 の 語 彙 であ る が 、︹ A︺(のハ項)に收 む べき も の と し て ﹁榊 ﹂・﹁淸水 ﹂ ( 固有名

詞 に 非 ず )・﹁手 桶 ﹂ ・﹁何處 ﹂ (いづ こ )・﹁社長 ﹂ ・﹁紅 茶 ﹂ ・﹁將 棋 ﹂ ・﹁牧 師 ﹂ ・﹁ガ ラ ス ﹂ ・﹁ア ジ ヤ ﹂ 等 を擧 げ る

こ と が 出 來 、 漢 語 の 類 を 引 い て 來 れ ば 更 に 多 く の 語 を增 加 さ せ る こ と が 出 來 る 筈 で あ る 。 此 等 の 語 彙 中 、

型 に發 音 す る の は オミ コ シ (御 神 輿 ) と 言 ふ 形 の ア ク セ ン ト に 引 か れ

﹁何處 ﹂ は ○ ○ ○ 型 が 新 ア ク セ ン ト で あ ら う が 、 ﹁社長 ﹂ 以 下 の 諸 語 に 於 て は ○ ○ ○ 型 の 方 が 新 ア ク セ ン ト で あらう。   以 上︹A︺( のハ語 )彙 の 中 、 ﹁神 輿 ﹂ を○○○

た も の であ ら う 。 ﹁岬 ﹂ を ○ ○ ○ 型 に 言 ふ の が 新 し い と す れ ば 、 地 理 の時 間 に 多 く 出 て來 る ﹁何 何 岬 ﹂ と い ふ 形

のア ク セ ント に引 か れ た も の で は な か ら う か。 ﹁何處 ﹂ の 新 ア ク セ ント は 他 の同 類 の 語 、即 ち 疑 問 代 名 詞 が 多 く

○ ○ ⋮ ⋮ 型 に發 音 す る 例 に類 推 し た も の と 思 し く 、 ﹁社長 ﹂ ﹁紅 茶 ﹂ 以 下 の語 は、 佐 久 間 博 士 の所 謂 ﹁平板 化 の法 則 ﹂ によ つて ○ ○ ○ 型 か ら ○ ○ ○ 型 へ移 り つゝあ る も の であ ら う 。

(ニ﹁辭典 ﹂ で○ ○ ○ 型 の 語 の中 で、 子 供 達 の 間 で○ ○ ○ 型 以 外 の二 種 の型 に (も )發音 さ れ た も の は 、 更 に 、 )

(i ) ○ ○ ○ ・○ ○ ○ 二 型 に ( も )發 音 さ れ た も の、 ( )ⅱ○ ○ ○ ・○ ○○ 二 型 に ( も )發音 さ れ た も の、(ⅲ)○ ○ ○ ・○ ○ ○ 二 型 に ( も )發音 さ れ た も の、 の三 種 に 分 れ る 。

  此 の中 、先 づ (i ) ○ ○ ○ ・○ ○○ 二 型 に ( も )發 音 さ れ た 語 と し て は ヒ ト ミ ﹁眸 ﹂・サ シ エ ﹁挿繪 ﹂・ウ マヤ

﹁廐﹂ な ど が あ つた 。 即 ち ﹁眸 ﹂ は ○ ○ ○ 型 は寧 ろ稀 で全體 の 二 割 強 を 占 め る に 過 ぎ ず 、 ○ ○ ○ 型 は 芝 の全

生徒 を 始 め と し て 四割 弱 を 占 め 、 ○ ○ ○ 型 は 神 田 の 全 生 徒 を 始 め と し て こ れ ま た 四 割 弱 を 占 め た。 ﹁挿繪 ﹂

は こ れ に比 す れ ば 、 サ シ エ四 割 強 、 サ シ エ 一割 強 、 サ シ エ四 割 強 で 、 ○ ○ ○ 型 が 比 較 的 優 勢 であ り 、 ﹁廐﹂

で は ウ マヤ 六 割 強 、 ウ マ ヤ 二割 弱 、 ウ マヤ 二 割強 で 、 ○ ○ ○ 型 の勢 力 は 先 づ 安 定 し て ゐ る。

  右 の語 彙 の中 、 ﹁挿繪 ﹂ は ﹁日本 大辭 書 ﹂ に サ シ エと あ り 、 こ れ が 傳 統 あ る ア ク セ ント で は な い か と 思 は

れ 、 ﹁廐﹂ は 諸 方 言 ア ク セ ント と の 比 較 の結 果 で は ウ マヤ が古 い型 では な いか と 疑 は れ る 。

  次 に 子 供 達 に よ つ て 、(ⅱ)○ ○ ○ ・○ ○ ○兩 型 に (も )發 音 さ れ た 語 と し て は イ ズ ミ ﹁泉 ﹂・ク ル ミ ﹁胡

桃 ﹂・エボ シ ﹁ 鳥 帽 子 ﹂ が あ つた 。 中 で ﹁ 泉 ﹂ は 四 谷 ・下 谷 2 で總 て が イ ズ ミ で あ つた が、神 田 ・千 住 で 總

て 又 は 多數 が イ ズ ミ、 小 石 川 ・日 本 橋 2 ・本 所 で は總 て 又 は 多數 が イ ズ ミ で 、 結 局 イ ズ ミ は 二割 弱 に 過 ぎ ず 、

れ ま た○○○ 型 が最 も 優 勢 、 ﹁烏 帽 子﹂ は エボ シ 六 割 弱 、 エボ シ が 一割 強 、 エボ シ が 二割 強 で 、 これ は エボ

イ ズ ミ三 割 強 、 イ ズ ミ が 五 割 弱 で あ つた 。 ﹁胡 桃 ﹂ は ク ルミ 二 割 強 、 ク ル ミ 三 割 強 、 ク ル ミ 四 割 丁度 で、 こ

シ が 最 も 多 く 、 但 し 他 に エボ シ が 一割 足 ら ず あ つた 。

  此 等 の 語彙 中 、 ﹁泉 ﹂ は ﹁日本 大辭 書 ﹂ ﹁新 鮮 海 ﹂ に イ ズ ミ と 出 て 居 り 、 大 人 の人 でイ ズ ミ と發 音 す る人 も

ゐる模 様 で ( 例、 有 坂秀 世 氏・三 省堂 の岸 野 知 雄氏 )、 子 供 の 間 以 外 で も 三 種 の ア ク セ ント が 並 び 行 は れ て ゐ

る や う で あ る 。 ﹁胡 桃 ﹂ は ﹁日本 大辭 書 ﹂ に ク ル ミ と あ り、 此 の 型 が古 いと 思 は れ る 、 但 し 此 の語 を 生 徒 は

最 も 多 く ク ル ミと發 音 し た の は 私 と し て は 意 外 で あ つた 。 調 査 の際 生 徒 達 が 語 の意 味 を よ く 吟 味 し な い で か

う發 音 し た も の が 多 か つた の で は な いか と 疑 は れ る 。 重 ね て 調 査 し て 見 た い。

  次 に 子 供 達 が(ⅲ) ○ ○ ○ ・○ ○ ○ 兩 型 に (も)發 音 し た 語 は 少數 で は あ つ た が 、 オ キ ナ ﹁翁 ﹂ は 此 の類 に

屬 し 、 即 ち 芝 で は總 て オ キ ナ に 統 一し て ゐ た が、 麹 町 ・日本 橋2 で は オ キ ナ ・オ キ ナ ・オ キ ナ が 、 四 谷 で は

オ キ ナ ・オ キ ナ ・オ キ ナ が、 本 所 で は オ キ ナ ・オ キ ナ ・オ キ ナ が 聞 か れ る と 言 ふ 混 沌 た る 状 態 で、 結 局 オ

キ ナ が 四 割 弱 、 オ キ ナ が 二 割 弱 、 オ キ ナ が 三 割 強 、 他 に オ キ ナ が 一割 足 ら ず あ つた 。 此 の 語 は ﹁東 京 方 言 集 ﹂ にはオキナと ある。

(ホ) ﹁辭典 ﹂ で ○ ○ ○ 型 の語 の中 、 最 も 多 種 類 の型 に發 音 さ れ た 語 、 即 ち ○ ○ ○ 以 外 の三 種 の型 にも發 音 さ れ た

  語 と し て 、 イ チ ゴ ﹁苺 ﹂ があ つた 。 即 ち 先 づ下 谷 2 で はイ チ ゴ に統 一し 、 四 谷 ・深 川 で は イ チ ゴ が 多 く 、 小

石 川 ・本 所 で はイ チ ゴ が 多 か つた が、 神 田 ・千 住 で は三 種 の型 が並 び 行 はれ 、麹 町 で は イ チ ゴ ・イ チ ゴ ・イ

チ ゴ ・イ チ ゴ の四 種 の 型 が 行 は れ て いた 。總體 では イ チ ゴ 三 割 強、 イ チ ゴ三 割 弱 、 イ チ ゴ 一割 強 、 イ チ ゴ 三

割 強 で あ る が、 實 にあ ら ゆ る單 語 の中 で最 も 多 様 に發 音 さ れ る 語 の 一つと 言 ふ べき で あ ら う 。 此 の語 諸 文 献

に は イ チ ゴ と 出 て ゐ る が 、 諸 方 言 と 比 較 し た 所 では 、 案 外 イ チ ゴ が 古 い型 で は な いか と 疑 は れ る 。 將 來 は ど の 型 が 榮 え る か 、 現 在 の 所 推 測 出 來 な い状 態 に あ る 。

︹  B辭 ︺ 典 で○ ○○ 型 の語

﹁辭典 ﹂ で○ ○ ○ 型 に記 載 さ れ て ゐ る 語 の中 に は 、 子 供 達 の間 で他 の型 に (も )發 音 さ れ て ゐ る も の が非 常

い が、 此 を 分 類 す れ ば 、(イ)子供 達 が ○ ○ ○ 型 に ( も )發 音 す る も の 、(ロ)子 供 達 が ○ ○ ○ 型 に ( も )發 音 す る

(ハ)子 供 達 が ○ ○ ○ 型 に (も )發 音 す る も の、 の三 種 と 成 る 。 此 の他 に 子 供 達 が ○ ○ ○ 型 以 外 の 二 種 類 以 上 の

(も )發 音 す るも の、 があ つ て よ い筈 であ る が 、 今 度 の調 査 で は さ う 言 ふ 語 は 見 出 だ さ れ な か つた 。

ヒ ガ シ ﹁東 ﹂・ハヤ シ ﹁林 ﹂・ヤ スリ ﹁鑢 ﹂・カ タ テ ﹁片 手 ﹂・ト ッ テ ﹁把 手 ﹂・ト リ コ ﹁捕 虜 ﹂・ナ ノ カ

( イ) 子 供 達 が ○ ○ ○ 型 に ( も ) 發 音 す る 語 は 、 中 に就 き 最 も 多 數 に昇 り、 例 へば イ タ チ ﹁鼬 ﹂・ム ジ ナ ﹁貉

日 ﹂・イ ツカ ﹁五 日 ﹂・マツ リ ﹁祭 ﹂・シ ル コ ﹁ 汁 粉 ﹂・イ ト マ ﹁暇 ﹂・タ ワ ラ ﹁俵 ﹂・ム シ ロ ﹁ 蓆﹂ の諸 語 げ る こと が 出 來 る。

  先 づ ﹁鼬 ﹂ は ○ ○ ○ 型 に發 音 さ れ る こ と が最 も 多 く 、 調 査 生 徒 四 〇 名 中 、 イ タ チ と 發 音 し た も のは 芝

名 の み、 殘 り は總 て イ タ チ で 、 イ タ チ の比 率 は 二 分 半 と 言 ふ 不 振 さ であ つた 。 ﹁貉 ﹂ は 千 住 で總 て の 子

ム ジナ と 言 つた が 、 他 は 總 て ム ジナ で 、 ム ジ ナ の 比 率 は 九 分 弱 で あ つた。 ﹁片 手 ﹂ ﹁ 鑢 ﹂も 此 に劣らず 、

手 ﹂ は カ タ テ 七 分 半 、 ﹁鑢 ﹂ は ヤ スリ 九 分 弱 、孰 れ も 九 割 以 上 が ○ ○ ○ 型 であ つた。 此 等 は 大 部 分 諸 文

も ○ ○ ○ 型 であ る が 、 ﹁鑢 ﹂ は ﹁日 本 大 辭 書 ﹂ ﹁新 辭 海 ﹂ に ヤ ス リ と 出 て ゐ る 。

 ﹁林 ﹂ は 辛 う じ て神 田 で 半 數 以 上 が ハ ヤ シ と 發 音 し た の み 、 四 谷 ・日 本 橋1 2 ・下 谷 12 ・深 川 ・千 住 で は 總

て が 、 麹 町 ・芝 ・本 所 で は 多 數 が ハヤ シ と 發 音 し 、 全 體 で は ハ ヤ シ が 二 割 弱 で ハ ヤ シ が 八 割 強 、 ﹁東 ﹂ は 深

川 で 總 て が 、 神 田 で 半 數 以 上 が ヒ ガ シ と 發 音 し た が 、 芝 ・四 谷 ・日 本 橋 1 ・下 谷 12 ・千 住 で 總 て が 、 麹

町 ・日 本 橋 2 ・本 所 で 多 數 が ヒ ガ シ 型 で 、 全 體 で は ヒ ガ シ 二 割 弱 、 ヒ ガ シ 八 割 弱 、 他 に ヒ ガ シ が 五 分 ば か り

あ つ た 。 ﹁把 手 ﹂ ﹁捕 虜 ﹂ ﹁七 日 ﹂ も 略々 此 等 と 同 程 度 で 、 ﹁把 手 ﹂ は ト ッ テ 二 割 強 、 ト ッ テ 七 割 強 、 他 に ト ッ

テ が 少 數 、 ﹁捕 虜 ﹂ は ト リ コ 二 割 強 、 ト リ コ 八 割 弱 、 ﹁七 日 ﹂ は ナ ノ カ 二 割 弱 、 ナ ノ カ 八 割 強 で あ つ た 。 右 の

諸 語 も 諸 文 献 大 體 ○ ○ ○ 型 で あ る が 、 佐 久 間 博 士 の 著 書 に ﹁東 ﹂ は ヒ ガ シ ・ヒ ガ シ 兩 型 に 、 ﹁七 日 ﹂ は ナ ノ カ 型 に記 載 し てあ る。

 ﹁祭 ﹂ ﹁汁 粉 ﹂ ﹁五 日 ﹂ ﹁暇 ﹂ は 此 等 に 比 し て ○ ○ ○ 型 に 發 音 さ れ る 割 合 が 稍々 多 か つ た が 、 ﹁祭 ﹂ は 本 所 で 總

て が 、 千 住 で 多 數 が マ ツ リ で あ つ た に對 し 、 四 谷 ・小 石 川 ・日 本 橋 2 で 總 て が 、 芝 で 多 數 が マ ツ リ で 、 結 局

割 半 、 シ ル コ六 割 半

マ ツ リ 四 割 弱 、 マ ツ リ 六 割 強 、 ﹁汁 粉 ﹂ は 小 石 川 で 全 部 が 、神 田 で 多 數 が シ ル コ で あ つ た に對 し 、 日 本 橋 2 ・

千 住 で 全 部 が 、 麹 町 ・芝 ・四 谷 ・下 谷 2 ・本 所 で 多 數 が シ ル コ で 、 總 計 す れ ば シ ルコ 三

﹁日 本 大 辭 書 ﹂ 及 び 佐 久 間 博 士 の 著 書

・﹁東 京 方 言 集 ﹂ で マ ツ リ 型 。

で あ つた 。 ﹁五 日 ﹂ は イ ツ カ 三 割 強 、 イ ツ カ 七 割 弱 、 ﹁暇 ﹂ は イ ト マ 四 割 強 、 イ ト マ六 割 弱 。 此 等 も 諸 文 献 多 ﹁祭 ﹂ は

﹁俵 ﹂ ﹁蓆 ﹂ 二 語 は 、 ○ ○ ○ 型 の 方 が 優 勢 で 、 ﹁俵 ﹂ は 神 田 ・日 本 橋 12 ・千 住 で 總 て が 、 麹 町 ・小

く○○○ 型であ るが、中 で   最後 の

石 川 ・本 所 で 多 數 が タ ワ ラ 、 四 谷 ・下 谷 1 で 總 て が 、 芝 ・深 川 で 多 數 が タ ワ ラ で 、 〆 め て タ ワ ラ 六 割 強 、 タ

ワ ラ 四 割 弱 で あ つ た 。 ﹁蓆 ﹂ は 全 體 で ム シ ロ 八 割 強 、 ム シ ロ は 一割 強 で あ つ た か ら 、 ム シ ロ の 勢 力 は ま だ 恐

﹁絣 ﹂ ( か すり) ・﹁叺 ﹂ (か ま す )・﹁毛拔 ﹂・﹁さ さ ら ﹂ ・﹁雫 ﹂ ・﹁飛 沫 ﹂

れ る に 足 り な い 。 但 し ム シ ロ が 一割 未 満 あ つた 。   な ほ茲 に 擧 げ た 以 外 に未 調 査 の語 彙 中

( し ぶ き )・﹁象 牙 ﹂ ・﹁峠 ﹂ ・﹁節 句 ﹂ ・﹁手 下 ﹂ ・﹁名 殘 ﹂・﹁海 鼠 ﹂ ( な ま こ )・﹁寢床 ﹂ ・﹁表 紙 ﹂ ・﹁拍 子 ﹂ ・﹁ 誇 ﹂・

﹁目 盛 ﹂ 等 は 何 れ も ﹁辭 典 ﹂ で ○ ○ ○ 型 の語 であ る が 、 何 れ も 子 供 達 が ○ ○ ○ 型 に (も )發 音 す る だ ら う と 想 像さ れる語 である。

  以 上 の 如 く ﹁辭 典 ﹂ で○ ○ ○型 の語 の中 に は 、 子 供 達 が ○ ○ ○ 型 に も 發 音す る も の が 甚 だ 多 く 見 出 だ さ れ 、 殊

に ﹁鼬 ﹂ ﹁片 手 ﹂ 等 の如 く ○ ○ ○ 型 に は 殆 ど 發 音 さ れ な いと 言 つ ても よ い語 も 散 見 す る の で あ る が、 此 は 如 何 な

る 事 實 を 示 す も ので あ ら う か 。 此 處 に あ げ ら れ た 語 は 、 大 部 分 上 述 の如 く 他 の文 献 に於 ても ○ ○ ○ 型 に 記 載 せ ら

れ て ゐ る 故 、 此 等 は 古 く 東 京 で○○ ○ 型 に の み 發 音 さ れ て ゐ た の で は な いか と 推 測 さ れ る の であ る が、 こ れ を 諸

方 言 のア ク セ ント に 照 ら し て 見 る のに 、 東 京 系 諸 方 言 で は 多 く ○ ○ ○ 型 に成 つ て居 り、 京 阪 系 諸 方 言 で は 多 く ○

○ ○ 型 乃 至 ○ ○ ○ 型 に成 つて 居 て、此 の推 測 を 支 持 す る 如 く であ る 。さ て此 處 にあ げ た 以 外 に︹A︺の (項 イに )も古く

○ ○ ○ 型 で 現在 ○ ○ ○ 型 に 移 り つゝ あ る ら し い語 が少 か ら ず 認 め ら れ た 。 即 ち これ を 綜 合 し て考 へる の に現 在 東

京 方 言 に於 て は 、 可 成 り 大 き な 範 圍 に 亙 つて ○ ○ ○ 型∨ ○ ○ ○ 型 と 言 ふ ア ク セ ント の變 化 が 行 は れ つゝ あ る 、 と 見 ら れ る の で あ る 。 然 ら ば そ の變 化 の原 因 は 如 何 。 變 化 の意 義 は 如 何 。

  此 の項 に あ げ た 語 の中 で 、 何 故 に ○ ○ ○ 型 か ら ○○ ○ 型 へ移 つて 行 く か 推 測 出 來 る も の も 二 三 あ る 。 例 へば

﹁汁 粉 ﹂ ﹁祭 ﹂ の如 き は、 (尢 も 後者 は ○○ ○型 の方 が必 ず古 いと も言 切 れな いが、 若し 古 いとす るな ら ば )よ り 普 通 に

用 ひ ら れ る オ シ ル コ ﹁御 汁 粉 ﹂・オ マ ツリ ﹁御 祭 ﹂ の ア ク セ ント へ類 推 し た も の と 想 像 さ れ る 。 然 し 他 の多 數 の

語 が 變 化 す る こ と は此 のや う に し て説 明す る こと が 出 來 な い。 三 音 節 名 詞 だ け に 就 て考 へて ゐ た の で は そ の原 因

﹁東 京 方 言 で五 ・六 音 節 名 詞 の中 、 ○ ○ ○ ○ ○ 型 、 ○ ○ ○ ○ ○ ○ 型 の語 は 山 田 美 妙 齋 の時 代 に は 決 し て 少 く

を 明 か にす る こと は 不 可 能 の や う であ る。  

な か つた と 見 ら れ る が、 現 在 で は 老 年 層 以 外 では 聞 か れ る こと が 少 く 、 漸 く 衰 滅 し よ う と し て ゐ る 。 四 音 節

名 詞 中 、 ○ ○ ○ ○ 型 の語 は 美 妙 齋 時 代 に は極 め て多 數 存 在 し て ゐ た が、 現 在 壮 年 層 の中 に は 殆 ど 總 てを ○ ○

○ ○ 型 又 は ○ ○ ○ ○ 型 に 變 へて 了 つて ゐ る人 が 居 り、 少 年 層 の間 では ○ ○ ○ ○ 型を 用 ひな い人 が益々 多 い。﹂

  此 の事 態 は 早 く 三 宅 武 郎 氏 に よ つ て警 告 せ ら れ て ゐ る 所 であ る が、 然 ら ば かゝ る 事 態 を 惹 起 し た 原 因 は如 何 と

言 ふ の に、 恐 ら く 、(ⅰ)成 る べく 型 の種 類 を 少 く し て ア ク セ ント 體 系 を 簡 單 化 し よ う と 言 ふ 心 理 が 人 間 に 内 在 す

る こ と 、(ⅱ)○ ○ ○ ○ 型 そ の他 最 後 の音 節 に所 謂 ア ク セ ント の頂點 があ る 型 は 、 他 の型 よ り も 發 音 に 際 し て 多 く

の勞 力 を要 す る 、 そ こ で 出 來 るな ら ば こ れ ら の型 に 屬 す る 語を 他 の型 に 變 へて發 音し た いと 望 む が 、 全 然 異 る 型

に 變 へて 發 音 す る 譯 に も 行 かな い の で比 較 的 に 聽 覺 的 印 象 の似 た 型 、 例 へば 四 音 節 名 詞 で 言 へば ○ ○ ○ ○ ・○ ○ ○ ○ の兩 型 に 發 音 す る と 言 ふ ので あ る ま いか 。

  若 し か く の如 き 原 因 で 四 音 節 以 上 の名 詞 の○ ○ ⋮ ○ 型 が減 少 し つゝあ る と 見 て よ いな ら ば 此 の 現 象 は 三 音 節 名

詞 に は 決 し て 起 り 得 な いと 保 證 す る こと は 出 來 な いと 思 は れ る 。 私 の 知 つ て ゐ る範 圍 で は 静 岡 縣 遠 江 の 一方 言 は

東 京 系 アク セ ント に屬 し てゐ る が 、 三 音 節 以 上 の名 詞 に○ ○ ○ ・○ ○ ○ ○ ⋮ ⋮ のや う な 型 が 全 然 存 在 し な い。 此

の方 言 の存 在 は 四 音 節 以 上 の名 詞 に 於 け る ○ ○ ⋮○ 型 の滅 亡 の餘 波 が 更 に 三 音 節 の名 詞 に も 及 ぶ こ と が 有 る こと

を 物 語 つて ゐ る も の と考 へる。 次 に 考 察 す る や う に 、 ○ ○ ○ 型 の 一部 は ○ ○ ○ 型 に 變 化 し つ ゝあ り 、 これ は ○ ○

○ ○ 型 の 四音 節 名 詞 の 一部 が ○ ○ ○ ○ 型 に 變 化 し つ ゝあ る の に 比 す べ き も のと 思 は れ る 。

  か く て私 は 三 音 節 名 詞 に於 け る ○ ○ ○ 型 に 起 り つ ゝあ る變 化 は 、 三 宅 氏 の注 意 せ ら れ た 四 音 節 以 上 の名 詞 に 於

け る 變 化 と 全 く 性 質 の同 じ も の で 、 そ の原 因 は ○ ○ ○ 型 が ○ ○ ○ 型 又 は ○ ○ ○ 型 に 比 し て 發 音 し 難 い型 であ り 、

多 數 存 在 す る 故 、 日 常 餘 り 用 ひな い語 の中 に は 類 推

一方 ○ ○ ○ 型 と ○ ○ ○ 型 及 び ○ ○ ○ 型 と は 聽 覺 的 印 象 が似 て ゐ る こと に よ る の で は な いか 、 と 考 へた い の で あ る 。 な ほ ○ ○ ○ 型 に 屬 す る 語 は ○ ○ ○ 型 に屬 す る 語 よ り も と〓

の働 き によ つて ○ ○ ○ 型 に變 化 し て 行 く も のも あ る筈 であ る。

  以 上 のや う に 考 へる な ら ば 三 音 節 以 上 の名 詞 の ○ ○ ○ 型 は 危 機 に 際 し て ゐ る と 見 ら れ さ う であ る 。 勿 論 ○ ○ ○

型 の語 の中 に は オ ト コ ﹁男 ﹂ や オ ンナ ﹁女 ﹂ の如 く 頑 と し て ○ ○ ○ 型 を 守 つて ゐ る も の も あ る し 、 後 述 ﹁心 ﹂ や

﹁情 ﹂ のや う に 好 き 好 ん で ○ ○ ○ 型 に歸 し て 行 く も のも あ る 。 だ か ら 東 京 語 に 於 け る ○ ○ ○ 型 が 近 い中 に 前 述 の

静 岡 縣 の方 言 のや う にな つて し ま ふ と 推 論 す る こと は 出 來 な いが、 ○ ○ ○ 型 に屬 し て ゐ る 語 が刻 々と 減 少 し つ ゝ あ る こ と は 見 遁す こと の 出 來 な い事 實 であ る と 思 ふ。

  ア ク セ ント が 同 音 異 義 の語 を 區 別す る こ と に 役 立 つた め に は 型 の種 類 が 多 い程 便 利 で あ り、 又 各 型 に 屬 す る 語

彙 の數 が 平 均 し て ゐ る の が 望 ま し い。 此 の意 味 で標 準 語 に 於 け る 三 音 節 名 詞 の○ ○ ○ 型 の減 少 は 甚 だ 遺 憾 な こ と

で、 若 し も ○ ○ ○ 型 の 語 が 他 の型 に 變 化 す る のを 防 ぎ 得 る も のな ら ば 防 ぎ た く 感 じ る 。 ○ ○ ○ 型 か ら ○ ○ ○ 型 へ

變 化 し つ ゝあ り と 認 め ら れ る 語 で 、 一般 の 人達 がま だ 可 成 り○ ○ ○ 型 に 發 音 し て ゐ る 語 を 、 標 準 ア ク セ ント を 示

す 辭 書 の類 で ○ ○ ○ 型 に 記 載 す る こと に つ いて は 、 再 考 の餘 地 が あ る の で は な か らう か 。

( ロ)﹁辭 典 ﹂ で ○ ○ ○ 型 の語 に は 、 上 に述 べた や う に 子 供 達 が ○ ○ ○ 型 に も 発 音 す る 語 が多 いが 、 ○ ○ ○ 型 にも 発 音 す る 語 も 少 く な い。 そ の例 と し て 今 度 の 調 査 で は カ タ ナ ﹁刀 ﹂・ハカ マ ﹁袴 ﹂・ア タ マ ﹁頭 ﹂・ハサ ミ ﹁鋏 ﹂・イ ト メ ﹁糸 目 ﹂ な ど が 見 出 だ さ れ た 。

  先 づ ﹁刀 ﹂ は芝 ・赤 坂 ・神 田 ・深 川 ・千 住 で は 總 て が カ タ ナ であ つた が、 小 石 川 ・日 本 橋 2 ・本 所 で總 て

が 、 四 谷 ・下 谷 2 で 多 數 が カ タ ナ で 、 全 體 で は カ タ ナ 五 割 強 、 カ タ ナ 四 割 強 、 ﹁頭 ﹂ は 芝 ・赤 坂 ・神 田 ・日

本 橋 2 ・深 川 ・千 住 で總 て が ア タ マ、 日 本 橋 2 ・下 谷 2 ・本 所 で は 總 て が、 四 谷 で は 多 數 が ア タ マ で、 總 體

で は ア タ マ六 割 強 、 ア タ マ四 割 弱 、 ﹁袴 ﹂ は 赤 坂 ・神 田 ・日 本 橋1 ・千 住 で 總 て が 、 麹 町 ・小 石 川 で 多 數 が

ハカ マ、 日本 橋 2で 總 て が、 下 谷 2 ・本 所 で 多 數 が ハカ マで、 總 體 で は ハカ マ六割 半 、 ハカ マ三 割 強 、 ﹁鋏 ﹂

は 赤 坂 ・日本 橋 1 ・深 川 ・千 住 で總 て が 、 麹 町 ・神 田 ・日 本 橋 1で 多 數 が ハサ ミ、 芝 ・小 石 川 ・本 所 で は 總

て が ハサ ミ で、 總 體 で は ハサ ミ六 割 強 、 ハサ ミ 四 割 弱 であ つた 。 但 し ﹁袴 ﹂ に對 し て は ハカ マが 一割 未滿 あ

つた 。 ﹁糸 目 ﹂ だ け は ○ ○ ○ 型 が 非 常 に 少 く 、 イ ト メ 七 割 強 に對 し て イ ト メ 二割 強 、 但 し こ れ にも イ ト メ が 一割 弱 あ つた 。

  な ほ未 調 査 の 語 中 、 ﹁鏡 ﹂・﹁ 蕾 ﹂・﹁汗疣 ﹂ ( あ せも ) の諸 語 も 此 の︹B︺に(收ロむ )べき 語 と 想 像 す る 。

  さ て 此 等 の 語 に 就 て 興味 のあ る こ と は 、 あ る 個 人 は、 ﹁刀 ﹂ ﹁袴 ﹂ ﹁頭 ﹂ ﹁鋏 ﹂ の 四 語 總 てを ○ ○ ○ 型 に 言 ふ に對

し て、 他 の個 人 は 此 等 總 て を ○ ○ ○ 型 に言 ふ と 言 ふ 風 で 、 此 等 四 語 は 同 一の個 人 に 就 い て は 屡々 一致 し て 一方 の

型 に 成 つ て ゐ る こ と であ る が、 此 のこ と は、 各 語 のも と に擧 げ た 區 名 を 比 較 す る こと によ つ て略々 推 察 し て頂 け

る と 思 ふ 。 和 田 實 氏 の 談 に よ れ ば、 同 氏 の 調 査 し た 京 橋 區 出 身 の 一女 性 は そ の時 に 訊 ね た ○ ○ ○ 型 の語 、 總 て を ○ ○ ○ 型 に發 音 し た と のこ と であ る が 、 此 な ど そ の 最 も 極 端 な 例 であ ら う 。

 ﹁袴 ﹂ に就 て は 私 に は 忘 れ 難 い思 ひ 出 あ り 、 私 自 身 は ハカ マと 覺 え て育 つた が、 中 學 時 代 、 一友 人 が ハカ マと 言

ふ のを 聞 いて ハカ マで な け れ ば 變 だ 、 と 攻 撃 し た 所 、 友 人 は ハカ マで い いと 主 張 し て聞 か ず 、 そ こ で 他 の級 友 に

當 つ て見 た 所 、 私 の期 待 に背 いて 總 て ハカ マと 言 ふ の で、 非 常 に意 外 に 感 じ 、 又 大 い に自 尊 心 を 傷 つけ ら れ た こ

と で あ つた。 私 自 身 は 本 郷 に育 ち 、 前 記眞 砂 小 學 校 に入 り、 ヨ ミカ タ卷 一の ﹁ハカ マ  ハオ リ ﹂ の條 を讀 む 時 、

聲 を 揃 へて ド ミ レ ・ド レ レ と讀 ん だ 記 憶 が あ り 、 恐 ら く あ の同 級 生 は總 て ﹁袴 ﹂ を ハカ マと 言 つて ゐ た こ と と 推

測 す る 。 一方 中 學 校 は 四 谷 にあ り 、 友 人 は 多 く 四 谷 ・赤 坂 ・淀 橋 ・中 野 方 面 の少 年 達 であ つた が 、 さ う す る と 同

方 面 で は當 時 本 郷 と ち が つて此 の語 を ハカ マと 言 ふ 傾 向 があ つた の で あ ら う か 。 又 、 私 自 身 は ﹁頭 ﹂ ﹁鋏 ﹂ ﹁鏡 ﹂

は 現 在 ア タ マ ・ ハサ ミ ・カ ガ ミ と 言 ふ が 、 小 學 校 時 代 に は ア タ マ ・ ハサ ミ ・カ ガ ミと 言 つ て ゐた 記 憶 あ り 、 ﹁鋏 ﹂

アタ マ⋮⋮ のや う に言 ふやう に成 り、前 記

な ど 、 讀 本 の ﹁ハサ ミ ガ ア リ マ ス﹂ を 讀 む 時 、 明 ら か に 聲 を 揃 へて ド ミ レ レド ミ ミ レ のや う に 唱 へた も のだ つた . そ れ が 中 學 校 へ入 つ て 他 の 友 人 達 の影 響 を 受 け て か 、 知 ら ず〓

﹁袴 ﹂ と ﹁刀 ﹂ だ け が何 故 か ○ ○ ○ 型 のまゝ に 殘 つた や う に 思 ふ 。 當 時 は ま さ か アク セ ン ト の 地 域 的 な 差 違 を 研

究 し て や ら う な ど と 思 は な か つた から 變 だ ぐ ら ゐ で過 し て し ま つた が 、 今 に 成 つて 思 ふ と 、 どう も あ の頃 本 郷 方

面 と 新 宿 方 面 と で 此 の 一類 の語 の ア ク セ ント が 異 つて ゐ た の で はな いか と 思 は れ る ので あ る 。

  さ て今 度 の調 査 の結 果 を 見 る と 、 赤 坂 ・深 川 で これ ら が 徹 底 的 に ○ ○ ○ 型 であ り、 麹 町 ・芝 ・神田 で も ○ ○ ○

型 が多 い の に 對 し て 、 四 谷 ・本 所 ・下 谷 2 ・日本 橋 2 で は ○ ○ ○ 型 が多 い。 私 が先 年 調 べた 所 で は 江 戸 川 區 小 松

川 ・葛 飾 區本 田 でも ○ ○ ○ 型 が 多 か つた。 或 は 東 京 を 二分 し て 西 南 部 で は ○ ○ ○ 型 が多 く 、 東 北 部 で は ○ ○ ○ 型

が 多 いの で は な いか 、 と 疑 は れ る の であ る 。 然 し 千 住 な ど 東 北 部 に屬 す る 區 域 で ○ ○ ○ 型 のみ の所 も あ り 、 又 最

近 都 竹 通 年 雄 氏 の 調 査 に よ れ ば 淀 橋 ・中 野 方 面 にも 可 成 り○ ○ ○ 型 の發 音 が聞 か れ る と のこ と であ る か ら 、 此 の 推 論 は當 分 お 預 け と し た い。

  最 後 に 此等 の語 の ○ ○ ○ ・○ ○ ○ 兩 型中 、 何 れ が 古 いか と 言 ふ の に、 諸 文 献 に は 總 て ○ ○ ○ 型 で あ る こ と な ど

か ら 推 し て ○ ○ ○ 型 が 古 いこ と 明 ら か で あ る 。 な ほ 此 の語 類 の アク セ ント に就 て 三 宅 氏 に報 告 し た 所 、 皆 第 三 音

節 がナ 行 ・マ行 の も のば か り で す ね 、 と 言 は れ た のに は そ の烱 眼 に 服 し 、 自 分 の迂 濶 を 恥 ぢ た 。 恐 ら く 最 後 の音

節 が かゝ る 音 で出 來 て ゐ る語 は 、 無 造 作 な 發 音 で 多 少 低 く 發 音 さ れ た が る 傾 向 が あ つて、 そ れ が嵩 じ て カ タ ナ ・ ハカ マ のや う な ア ク セ ント が 現 れ る に 至 つた も の で あ ら う 。

チ バ ﹁市 場 ﹂・ツバ キ ﹁唾 液 ﹂・テイ レ ﹁手 入 ﹂ を そ の 例 と し て擧 げ る こ と が 出 來 る 。

(ハ﹁ ) 辭 典 ﹂ で○ ○ ○ 型 の 語 中 、 子供 達 が ○ ○ ○ 型 に ( も )發 音す る も の は(イ)(ロ 語) にの比 し て少 數 で あ る が 、 イ

 ﹁市 場 ﹂ は○ ○ ○ 型 に のみ と 言 つて も よ い程 で、 調 査 生 徒 三 九 名 の中 、 四 谷 で 一名 が イ チ バ と 言 つた のみ 、

他 は 總 てイ チ バ 型 に統 一し て ゐた 。 此 の語 は ﹁新 辭 海 ﹂ に も イ チ バと あ り 、 大 人 と 子 供 と で ア ク セ ント の對 比 が 可 成 り著 し い語 と 推 測 さ れ る 。

 ﹁唾 液 ﹂ は芝 ・四 谷 ・神 田 ・下 谷 2 で總 て ツ バキ 、 ツ バキ が多 か つた の は 小 石 川 ぐ ら ゐ な も の で、 全 體 では

ツバ キ ・六 割 強 、 ツ バキ ・二割 強 であ る か ら 、 新 ア ク セ ント の勢 力 は 大 し た も の で は な い。 但 し ツ バ キ が 一

割 足 ら ず あ つた 。 ﹁手 入 ﹂ は 全體 で テ イ レ八 割 弱 、 テイ レ 一割 強 、 他 に テ イ レ が 少 數 。 これ ら は 何 れ も ○ ○

○ 型 が新 ア ク セ ント と 想 像 す る。 な ほ未 調 査 の語 彙 中 、 此 の(ハ に) 入 る と 想 像 さ れ る 語 と し て ﹁上 總 ﹂ ( かづ

さ )・﹁攝 津 ﹂ 等 の國 名 若 干 、 及 び ﹁婆 や ﹂ ( ば あ や)等 が あ る。 こ れ ら も 總 て○ ○ ○ 型 が 新 ア ク セ ント で あ ら う。

  右 の語 の中 、 ﹁唾 液 ﹂ を ツバ キ と 言 ふ こ と に は ﹁椿 ﹂ と の混 線 が 原 因 に 成 つて ゐ は し な いか と 想 像 す る 。

  ﹁唾 ﹂ (つば) を ツ バ と 發 音 す る 傾 向 にも 引 か れ て ゐ る か も 知 れ な い。 ﹁上 總 ﹂ ﹁攝 津 ﹂ の新 ア ク セ ント は 他 の

固 有 名 詞 への 類 推 、 ﹁婆 や ﹂ のそ れ は ﹁坊 や ﹂ ﹁ね え や ﹂ 等 の 語 への類 推 に よ つて 出 來 た も の であ ら う 。

︹  C︺ 辭典 で○ ○○ 型 の語

  神 保 先 生 の ア ク セ ント 辭 典 所 載 の三 音 節 名 詞 の中 、 ○ ○ ○ 型 に屬 す る も の に つい て 子 供 達 の ア ク セ ント を 調 べ

て 見 た 所 、 子 供 達 は 他 の型 に (も )發 音 す る 語 が 相 當 多 く 、 子 供 達 が 總 て ○ ○ ○ 型 に 發 音 す る、 と 言 ふ や う な 語

は 寧 ろ少 數 であ る と 思 は れ た 。 即 ち 辭 典 で此 の 型 に 表 記 し て ゐ る 語 の中 に は 、 (イ) 子 供 達 が ○ ○ ○ 型 に (も )發 音 す る も の、(ロ子 )供達 が○ ○ ○ 型 に ( も )發 音 す るも の、(ハ子 )供 達 が ○ ○ ○ 型 に (も )發 音 す る も の、 ( ) ニ子供達 が

﹁小 麥 ﹂ は麹 町 ・日本 橋 2 で は 總 て が、 神 田 ・本 所 で は 多 數 が コム ギ で あ つた が 、 四 谷 で は 總 て が、 芝 で は

子 供 達 が○ ○ ○ 型 に ( も )發 音す るも のは 比 較 的 少 數 で 、 ﹁小麥 ﹂ ﹁小 鳩 ﹂ が あ る に 過 ぎ な か つた 。 此 の中 、

○ ○ ○ 型 以 外 の他 の二 型 に ( も )發 音 す る も の、 の 四 種 のも の が 相 當 數 認 め ら れ た 。 (イ)

多 數 が コムギ で 、 總 計 コ ムギ 五 割 強、 コ ム ギ 四 割 弱 であ つた。 但 し 他 に コ ムギ が 一割 弱 。 此 の 語、 ﹁國 語 の

發 音 と ア ク セ ント ﹂ に は コ ム ギ ・コム ギ 兩 型 に言 ふ と 出 て ゐ る 。 ﹁小 鳩 ﹂ は 總 計 で コ バト 二 割 強 、 コ バト 六

割 強 、 他 に コ バト 一割 未滿 で、 コ バト が優 勢 であ る が 、 調 査 す る 寸 前 ま で コバト のや う な ア ク セ ント が あ ら

う と は 思 つて ゐ な か つた 私 は 、 生 徒 が コバ ト と 發 音 す る 度 に、 誤 つて發 音 し て ゐ る の で はな いか と 心 配 し た こ と であ つた 。

  な ほ 現 在 洋 樂 作 曲 家 の中 で、 純粹 の東 京 人 であ り 、 最 も 原 歌 詞 の ア ク セ ント を 重 ん じ た曲 を 作 る こ と で令

名 あ る 山 田 耕筰 氏 は″ 山 は 晴 れ た ぞ 野 に寝 た 小 鳩″ と 言 ふ 野 口 雨 情 氏 の 童謠 の ﹁小 鳩 ﹂ の部 分 に ミ ド レと 言

ふ旋 律 を つけ て 居 ら れ る 。 氏 は 別 の曲 で ﹁小 鳥 ﹂ ﹁小 路 ﹂ に對 し て も 、 コト リ ・コ ミ チ の や う に歌 は れ る 旋

  律 を つけ て 居 ら れ る が 、 此 の種 の語 彙 を 總 て ○ ○ ○ 型 に 發 音 さ れ る の で あ ら う か 。未 調 査 の語 彙 中 、 辭 典 で

○ ○ ○ 型 、 子 供 達 が○ ○ ○ 型 に ( も )發 音 し さ う な 語 と し て は 、 ま だ ﹁フ ラ イ ﹂・﹁帆 舟 ﹂・﹁山路 ﹂ が あ る 。

﹁片 輪 ﹂ を 擧 げ 得 る に過 ぎ な い。 中 で ﹁心 ﹂ は 本 所 で 半 數 が コ コ ロと 發 音 し た 以 外 は 、 各 學 校 と も コ コ ロの

) (ロ 辭 典 で○○○ 型 の 語 の中 、 子 供 達 が○ ○ ○ 型 に ( も )發 音す る語 も 多 く は な く 、 調 査 語彙 中 、 ﹁心﹂ ﹁半ば ﹂

方 が 優 勢 で、 殊 に芝 ・赤 坂 ・四 谷 ・日本 橋 2 ・下 谷 2 で は全 く コ コ ロに 統 一し て 居 り 、總 計 、 コ コ ロ二 割 弱

に 對 し て、 コ コ ロ八割 弱 であ つた 。 ﹁半 ば ﹂ も 、 日 本 橋 2 では 總 て が 、 小 石 川 では 多 數 が ナ カ バ であ つた が 、

芝 ・四 谷 で は 總 て が、 下 谷 2で は 多 數 が ナ カ バ で、 總 計 、ナ カ バ 三 割 強、ナ カ バ六 割 弱 であ つた 。 但 し ﹁心 ﹂

﹁半 ば﹂ 共 に○○○ 型 が 一割 弱 あ つた 。 ﹁片 輪 ﹂ は總 計 で カタ ワ八 割 弱 、 カタワ 二 割強 。

  右 の中 、 ﹁心﹂ は 諸 文 獻總 て コ コ ロ であ る 所 を 見 る と 、 コ コ ロは新 し い發 音 と 考 へら れ る が 、 然 ら ば 大 人

と 子 供 と で 可 成 り 著 し い ア ク セ ント の對 比 が 見 ら れ る 語 と 想 像 さ れ る。 但 し 大 人 でも ﹁心 の﹂ と 言 ふ 場 合 に

コ コ ロノ と 言 ふ 人 があ る や う で あ る 。 又 ﹁半 ば ﹂ は ﹁新 辭 海 ﹂ にナ カ バ ・ナ カ バ の兩 型 に 成 つて ゐ る 。

  未 調 査 の語彙 中 、 辭 典 で○ ○ ○ 型 、 子供 達 が○ ○ ○ 型 に (も ) 發 音 し さ う な 語 と し て、 ﹁葛 粉 ﹂ ﹁斜 ﹂ があ る。

(ハ)   辭 典 で○○○ 型 の語彙 の中 で は 、(イ) の( 語ロ 彙)が割 合 少 い の に 對 し て、子供 達 が ○ ○ ○ 型 に (も )發 音 す る 語 が 、 斷 然 多 い こと は 注 目 す べき 事 實 と 思 は れ る。 即 ち 調 査 語 彙 の 中 で は 、 ﹁朝 日 ﹂・﹁黄 粉 ﹂・﹁近衞 ﹂ ( 姓)・

﹁青 葉 ﹂・﹁若 葉 ﹂・﹁廣 場 ﹂・﹁鹿 の 子﹂ ( 菓 子 の名)・﹁竹 刀 ﹂・﹁住 居 ﹂・﹁旗 日 ﹂・﹁若 布 ﹂ 等 の 語 が こ の例 で、 此 の中 には 子供 達 が全 然 ○ ○ ○ 型 に 發 音 し な か つた 語 も 存 在 す る 。

  先 づ ﹁朝 日 ﹂ は 、 神 保 ・佐 久 間 兩 先 生 が 標 準 ア ク セ ント を 制 定 さ れ る 時 に既 に 問 題 に成 つた と 言 ふ 語 で 、

佐 久 間 博 士等 は 寧 ろ ア サ ヒ を 標 準 アク セ ント と し よ う と 考 へら れ た 由 で あ る が、 私 の 調査 の結 果 も ア サ ヒ が

壓 倒 的 で、 調 査 人 員 五 十 三 名 中 、 アサ ヒ は 日本 橋 1 に 一名 のみ 、 他 は總 て ア サ ヒ であ つた 。 此 の 語 は ﹁大 辭

書 ﹂ に は ア サ ヒ と あ る が 、 佐 久 間 博 士 の著 書 及 び ﹁新 辭 海 ﹂ に は ア サ ヒ ・ア サ ヒ 兩 様 に 記載 さ れ て 居 り 、 神

保 先 生 は 御 自 身 ア サ ヒ と 言 は れ る模 様 で あ る が 、 音 聲 學 協 會 の 晩 餐 會 の席 か 何 か で、″私 の子 供 は ど う も ア

サ ヒ と 言 ふ や う です″ と 苦 笑 交 り に 語 ら れ た のを 覺 え てゐ る。 遠 か らず 此 の 語 は ア サ ヒ に 統 一さ れ る の で は

るま いか 。 ﹁近衞 ﹂ 又 これ に 劣 ら ず 、 調 査 者 三 一名 中 、 神 田 で コノ エ が 一名 あ つた の み 他 は 總 て コノ エ で あ

つた 。 近 衞 家 では 古 く か ら コノ エと 言 傳 へてゐ る と 言 ふ 理由 で 、 放送 局 で は コノ エを 標 準 ア ク セ ント と 定 め

て ゐ る 由 で あ る が、 恐 ら く 世 間 で は コノ エ が益々 殖 え て行 く であ ら う 。 新 村 出 先 生 も コノ エと 發 音 さ れ る 由 、 い つか方 言 學 會 座 談會 の席 で 伺 つた こ と が あ る。

 ﹁黄 粉 ﹂ は 調 査 生 徒 五 五 名 中 、 一人 殘 ら ず キ ナ コ、 ﹁青 葉 ﹂ は 同 じ く 三 七名 の中 、 總 て が ア オ バ で 、 共 に ○

○ ○ 型 の 發 音 は全 然 聞 か れ な か つた 。 ﹁鹿 の 子 ﹂ は 調 査 生 徒 四 六 名 中 、 四 四 名 ま で は カ ノ コと 言 つた 。 カ ノ

コの發 音 が 聞 かれ な か つた 點 は 以 上 二 語 と 同 じ であ る 。 此 の 三 語 は 、 ﹁大 辭 書 ﹂ で は 何 れ も ○ ○ ○ 型 であ る

が 、 新 辭 海 で は ﹁黄 粉 ﹂ はキ ナ コ、 ﹁鹿 の 子 ﹂ は カ ノ コ、 ﹁青 葉 ﹂ は ア オ バ ・ア オ バ兩 様 に記 載 さ れ て ゐ る 。

﹁若 葉 ﹂ は 調 査 生 徒 四 五 名 中 、 ワ カ バ が 二 名 あ つた が 、 ワ カ バ は 四 二 名 に達 し て 九 割 強 を 占 め 、 ﹁廣 場 ﹂ は

三 四 名 中 、 ヒ ロバ 二 名 に對 し 、 ヒ ロバ 二 八 名 で 八 割 強 で あ つた 。 但 し 他 に ヒ ロバ が三 名 。 ﹁竹 刀 ﹂ は 麹 町 ・

芝 ・四 谷 ・神 田 ・日 本 橋 l ・下 谷 2 で 總 て シ ナ イ で、 總 體 では シ ナ イ 九 分 弱 に對 し 、 シ ナ イ 九 割 弱 、 他 に シ ナ イ が 少 數 あ つた 。

 ﹁旗 日 ﹂ ﹁住 居 ﹂ で は ○ ○ ○ 型 が比 較 的 多 く 、 先 づ ﹁旗 日﹂ は 芝 ・小 石 川 ・下 谷 2 ・本 所 ・深 川 ・千 住 で 總

て が ハタ ビ であ つた が、 麹 町 ・神 田 で は ハタ ビ が 多 く 、 四 谷 ・日本 橋 にも ハタ ビ が ゐ て、 總 計 、 ハタ ビ 二 割

強 、 ハタ ビ 七 割 強 で あ つた 。此 の語 は 地 域 的 に見 て 、東 京 西 南 部 に は ハタ ビ が多 く 、東 北 部 に は ハタ ビ が 多 い

の で は な い か と 疑 は れ た が 如 何 。 ﹁住 居 ﹂は 芝 で總 て が ス マイ 、麹 町 ・四 谷 ・神 田 ・日本 橋 2 ・下 谷 12 ・千 住

で は 總 て が ス マイ で總 計 ス マイ 二 割 弱 、 ス マイ 八 割 強 であ つた 。 此 等 の 中 、 ﹁若 葉 ﹂ は ﹁大 辭 書 ﹂ で ワ カ バ 、

 新 辭 海 は ワカ バ ・ワカ バ の二 様 、 ﹁廣 場 ﹂ は ﹁新 辭海 ﹂ でヒ ロバ ・ヒロ バ の 二様 、 ﹁竹 刀 ﹂ は 兩 辭 書 共 に シ ナ

イ 、 ﹁旗 日 ﹂ は ﹁新 辭 海 ﹂ に ハタビ ・ハタ ビ 兩 型 、 ﹁住 居 ﹂ は ﹁大 辭 書 ﹂・ス マイ ・ス マイ 兩 型 、 ﹁新 辭 海 ﹂・ ス マイ であ る 。

 最 後 の ﹁若 布 ﹂ 一語 は ワカ メ九 割 弱 に 對 し 、ワ カ メ 一割強 で 、 ○ ○ ○ 型優 勢 であ つた 。 而 し て未 調 査 の語

彙 の中 、 辭典 で○○○ 型 の語 で、 子 供 達 が ○ ○ ○ 型 に ( も )發 音 す る と 思 は れ る も のを 擧 げ れ ば 、 ﹁胡 椒 ﹂・

﹁五錢 ﹂・﹁躑 躅 ﹂・﹁火 種 ﹂・﹁サ ラ サ ﹂・﹁ト マト ﹂・﹁頭 巾 ﹂・﹁瑪 瑠 ﹂・﹁箕 輪 ﹂ ( 地 名)・﹁覺 悟 ﹂ の諸 語 が あ る 。 若 し ﹁悪 意 ﹂ の類 の漢 語 を 加 へれ ば そ の數 は 更 に 増 加 す る筈 で あ る。

  以 上 によ つて 辭 典 で○○○ 型 の語 の中 に は 、 子 供 達 が ○○ ○ 型 に (も )發 音 す る 語 が非 常 に 多 いこ と が 知 ら れ

る と 思 ふ が、 こ れ は 如何 な る 事 實 を 示 す も の であ ら う か 。 先 づ ﹁朝 日﹂ ﹁近 衞 ﹂ ﹁黄 粉 ﹂ ﹁青 葉 ﹂ ﹁鹿 の子 ﹂ ﹁竹 刀 ﹂

﹁若 葉 ﹂ ﹁旗 日 ﹂ の諸 語 に 於 て は 諸 文 献 に ○ ○○ 型 に 記 載 さ れ て ゐ る 所 か ら 、 ○ ○ ○ 型 が傳 統 的 な 發 音 で あ ら う と

推 測 さ れ る が 、 諸 方 言 の アク セ ント と 比 較 し ても や は り さ う 考 へて よ いや う であ る 。 曾 て筆 者 が 下 宿 し て ゐ た 家

の娘 が 近 傍 の師 匠 の も と へ通 つて 長 唄 ﹁鶴 龜 ﹂ を 習 ひ 、 家 へ戻 つて 復 習す る と て、″石 橋 の雪 桁 、 瑪 璃 の橋″ の

所 を 、″メ ノオ ノ ハシ″ の や う に歌 ふ。 そ の母 が 聞咎 め て″ そ こ は メ ノ オ ノ ハシ ( 此 の節 、謠 曲 式 の節 で譜 に取 れ

な い。具 體 的 に言 ふと、 メ は最 も低 く 、 ノが 非常 に高く 、以 下 オ ・ノ ・ハ ・シと半 音 位 づ ゝ漸 次 降 つて來 る) だ ら う ?

メノ オ の橋 だ も の″ と 言 ふ と 、 娘 は娘 で 、″ア ラ 瑪 璃 は メ ノ オ ぢ や な い の?   だ か ら メ ノ オ ノ ハシ で い いん ぢ や

な い″ と讓 ら な か つた こ と が あ つた が 、 若 し 二 人 と も 師匠 か ら 教 は つた 節 廻 し を 正 確 に 覺 え て ゐ る 、 と 見 て よ い

な ら ば 、 東 京 ア ク セ ント に 於 け る此 の變 化 が 長 唄 の旋 律 に 反 映 し て ゐ る 、 と 見 ら れ て 面 白 い。

  兎 も 角 現 在 東 京 方 言 三 音 節 名 詞 に は 、 先 に考 察 し た ○ ○ ○ 型∨ ○ ○ ○ 型 の動 き と 共 に、 ○ ○ ○ 型∨ ○ ○ ○ 型 と

言 ふ 動 き が 可成 顯 著 に 認 め ら れ る の であ る が 、 然 ら ば 此 の變 化 の原 因 は何 であ ら う か 。 東 京 に 於 け る此 の動 き に

夙 に 氣 附 か れ た 三 宅 武 郎 氏 は 、 東 京 語 に於 け る 直 線 的 な ア ク セ ント を 愛 す る 氣 持 が 働 いたも のと 推 定 さ れ た 。 確

か に傾 聽 す べき 御 意 見 と 考 へる 。 然 し そ れ な ら ば 四 音 節 名 詞 にも ○ ○ ○ ○ 型∨ ○ ○ ○ ○ 型 の變 化 が 働 いて も よ さ

さ う で は な い か、 な ど の疑 問 が 起 こら ぬ でも な い。 筆 者 の友 人 の 一人 は 京 阪 ア ク セ ント の影 響 で は な い か と考 へ

た 。 確 か に これ ら の語 彙 は京 阪 地 方 で ○ ○ ○ 型 に 發 音 さ れ る 。 然 し 東京 ア ク セ ント に於 て 特 に此 の種 の語 に 限 つ て京 阪 語 の影 響 を 受 け る こと に つ いて 説 明 に苦 し む 。

  思 ふ に 、 東 京 の ○ ○ ○ 型∨ ○ ○ ○ 型 の變 化 は 今 に 初 ま つた も の で はな い。 諸 方 言 の ア ク セ ント と 比 較 し て 見 る

と 、 東 京 語 の三 音 節 名 詞 に は 一時 代 前 に 一度 、 可成 規 則 的 な ○ ○ ○ 型∨ ○ ○ ○ 型 と 言 ふ變 化 が 起 つた や う であ る 。

そ の原 因 は當 時 の○ ○ ○ 型 の名 詞 と 、 ○ ○ ○ 型 の名 詞 と が非 常 に近 いア ク セ ン ト に 實 現 さ れ る こ と が あ つた 爲 に

型 の混 同 を 起 し た も ので あ ら う 。 か く て ﹁命 ﹂ ﹁涙 ﹂ ﹁枕 ﹂ ﹁鰊 ﹂ ﹁紅 葉 ﹂ ﹁姿 ﹂ ﹁山 葵 ﹂ ﹁鰈 ﹂ ﹁鮑 ﹂ な ど は 現 在 の○

○ ○ 型 に成 つた も の と考 へる ( 之と 平行 し て四 音節名 詞 には在 來 の○ ○○ ○型 と○ ○○ ○ 型と の間 に混同 が起 つた も の と想像 す る)。

  而 し て右 の變 化 が起 つた 時 に、 ○ ○ ○ 型 に 變 化 せず 、 も と の ○ ○ ○ 型 に殘 つた 語 が 少 々あ つた 。 即 ち 次 の語 は 此 の例 と 考 へる 。

複 合 意 識 の強 い複 合 語 。 例 へば ﹁雨 戸 ﹂ ﹁弓 矢 ﹂ ﹁仔 猫 ﹂ ﹁日 傘 ﹂ 等 。 此 等 は 二 語 の 接 合 點 に ア ク セ ント の

  a  音 韻 の 關 係 で○ ○ ○ 型 に は發 音し 難 いも の。 例 へば 、 ﹁一つ﹂ ﹁一人 ﹂ ﹁嚏 ﹂ ﹁心 ﹂ 等 。  b

折 目 を 置 かう と 言 ふ 心 理 的 原 因 に よ る も の であ ら う 。 或 は ﹁弓矢 ﹂ ﹁仔 猫 ﹂ 等 には ﹁弓 ﹂ ﹁猫 ﹂ を單 獨 の場 合

と 同 じ 型 で發 音 し よ う と す る 、 佐 久 間 博 士 の所 謂 ﹁型 保 存 の法 則 ﹂ も 働 いた こと と 思 ふ。

  c  元 來 ○ ○ ○ 型 か ら 轉 向 し て 來 た 名 詞 。 例 へば ﹁匂 ﹂ ﹁答 ﹂ ﹁昨 日﹂ ﹁砂 糖 ﹂ 等 。 此 等 は ﹁命 ﹂ 等 が ○ ○ ○

型∨ ○ ○ ○ 型 の變 化 を 起 し た 頃 、 ま だ ○ ○ ○型 的 に發音 さ れ て ゐ た た め か と 想 像 さ れ る 。 且 つ ﹁匂 ﹂ は動 詞

﹁匂 ふ﹂ の ア ク セ ント 、 ニオ ウ に 牽 制 さ れ 、 ﹁昨 日﹂ は 副 詞 的 用 語 の ア ク セ ント 、 キ ノ オ に牽 制 さ れ る、 な ど の こ と も あ つた で あ ら う 。

  さ て今 問 題 の語 群 、 即 ち 現 在 ○ ○ ○ 型 か ら ○ ○ ○ 型 へ動 き つ ゝあ る と 認 め ら れ る 語 群 の中 に は 、 早 く ○ ○ ○ 型

へ轉 向 し て 了 つた ﹁命 ﹂ 以 下 の語 と 、 依 然 と し て○ ○ ○ 型 を 固 守 し て ゐ る ab c の語 と の、 中 間 的 な 性 質 を も つ も の が多 いこ と が注 意 さ れ る。

  例 へば ﹁躑 躅 ﹂ はツ ツ ジ の發 音 は 稍 困 難 で あ る 。 ﹁近 衞 ﹂ ﹁鹿 の 子 ﹂ は 元 來 複 合 語 で あ る。 ﹁竹 刀 ﹂ は 元 來 シ ナ

ウ ﹁撓 ふ ﹂ と 言 ふ動 詞 から 出 來 た 名 詞 で、 舊 く は シナ イ 型 で あ つた 語 で あ ら う 。 即 ち 此 等 の語 は 、 ﹁命 ﹂ 等 の語

が○ ○ ○ 型 へ變 化 し た 頃 は 、 一緒 に○ ○ ○ 型 に 變 化 し た いと 言 ふ衝 動 に から れ な がら も 、 ま だ ○ ○ ○ 型 に 踏 止 つ て ゐ た と 考 へら れ る 。

  然 し 、 又、 ﹁躑 躅 ﹂ は ○ ○ ○ 型 の發 音 が非 常 に 困 難 と 言 ふ 譯 で は な い。 ﹁近 衞 ﹂ ﹁鹿 の 子 ﹂ は 複 合 意 識 は 漸 く 弱

く 成 り つゝあ る 。 ﹁竹 刀 ﹂ は も と の○ ○ ○ 型 式 に發 音 さ れ る 機 會 が 全 く な く 、 動 詞 ﹁撓 ふ ﹂ と の關 係 は 殆 ど 絶 縁

状 態 と 成 つた 。 か く て ﹁躑 躅 ﹂ 以 下 の 四 語 は、 ﹁命 ﹂ な ど の語 よ り 一足 後 れ て 、 即 ち 現 代 に至 つ て○ ○ ○ 型 へ の

變 化 を 開 始 し た と 想 像 す る の であ る 。 即 ち 此 等 の 語 が○ ○ ○ 型 に 變 化 し よ う と す る 傾 勢 は久 し い前 か ら 蓄 積 し て ゐ た そ れ が 今 に至 つて 發 現 し た と 考 へた い の であ る 。

  な ほ 現 在 に至 つて 、 此 等 の 語 の○ ○ ○ 型 への變 化 が 活溌 に 行 は れ 初 め た 原 因 と し て は、 三 宅 氏 の所 謂 ア ク セ ン

ト の直 線 化 と 言 ふ こ と も 與 つて力 あ つた こと と 思 は れ 、 上 方 方 言 の 影 響 と 言 ふ こと も 決 し て 無 視 出 來 な いと考 へ

る 。 更 に 東 京 に於 て ○ ○ ○ 型 と ○ ○ ○ 型 と は無 造 作 に發 音 し た 場 合 に は 屡 々非 常 に近 く 聞 え る こ と があ る 故 、 語

によ つて は 、 類 推 に よ り、 多數 の 語 が 所 屬 す る ○ ○ ○ 型 の方 に發 音 す る やう に 成 つたも のも あ る の で はな いか と 考 へる の であ る 。

(ニ 辭 典 で ○ ○ ○ 型 の 語 の中 、 子 供 達 が ○ ○ ○ 型 以 外 の 二 種 の型 に ( ) も )發 音 す る も のと し て は、 先 づ 子 供 達 が○ ○ ○ ・○ ○ ○ 兩 型 に ( も )發 音 す る も のが あ り 、 例 へば ﹁茶 釜 ﹂ ﹁臺 白 ﹂ ﹁垣 根 ﹂ が 此 で あ る 。 此 の中 、

﹁ 茶 釜 ﹂ は ﹁日 本 音 聲 學 ﹂ ﹁ 新 辭 海 ﹂ に も ○ ○ ○ 型 に載 つて ゐ る 語 で あ る が、 芝 ・四 谷 で 總 て が、 下 谷 2で 多

く が チ ャガ マ型 ・麹 町 で 多數 が チ ャガ マで、 總 計 、 チ ャガ マ六 割 弱 、 チ ャガ マ四 割 強 で、 チ ャガ マの發 音は

全 然 聞 か れ な か つた 。 ﹁臺 白 ﹂ 亦 ﹁大 辭 書 ﹂ ﹁新 辭 海 ﹂ でも セ リ フ型 で あ る が 、 調 査 の 結 果 で は 、 セリフ 七 割

強 、 セ リ フ 一割 強 で 、 セ リ フは 一割 に 過 ぎ な か つた 。 ﹁垣 根 ﹂ は 總 體 で カキ ネ 六 割 弱 、 カ キ ネ 二割 弱 、 カ キ

ネ 二割 強 で 、 カ キ ネ 型 が優 勢 で あ つた 。 詳 し い調 査 を し た譯 では な いが 、 横 濱 方 面 で は 東 京 と は 異 り 、 カ キ

ネ 型 が盛 ん な の で は な い か と 想像 す る。 以 上 の 語 の中 、 ﹁茶 釜 ﹂ ﹁垣 根 ﹂ 二語 は チ ャガ マ ・カ キ ネ は 寧 ろ 古 い

型 で最 後 の 音 節 がナ 行 音 ・マ行 音 であ る た め に○ ○ ○ 型 に 變 化 し た も の であ ら う 。

  これ ら の 語 に對 し て 從 兄 弟 は ○ ○ ○ 型 の他 に、 ○ ○ ○ 型 ・○ ○ ○ 型 に 發 音 さ れ た 。 即 ち 神 田 ・日本 橋 1 ・

深 川 で總 て が イ ト コ型 、 千 住 で は 總 て がイ ト コ型 であ つた が、 芝 ・本 所 の如 き は イ ト コ ・イ ト コ ・イ ト コ ・

に イ ト コが 一割 足 ら ず で あ つた 。 此 の語 は有 坂 秀 世 博 士 は イ ト コ型 に發 音 さ れ る由 、 又 ﹁新 辭 海 ﹂ に はイ ト

イ ト コの 四 型 が 並 び 行 は れ る 複雜 な 状 態 を 呈 し 、 結 局 全 體 で は イ ト コ六割 強 、 イ ト コ及 びイ トコ 一割 強 、 他

コと 出 てゐ る。

  ︱

諸 方 言 と の比 較 か ら 觀 た 東 京 語 ア ク セ ント ︱

東 京 語 ア ク セ ント の再 檢 討

 は しが き

 東 京 ア ク セ ント の諸 性 質 に 就 て は、 佐 久 間 鼎 博 士 、 神 保 格 先 生、兩 先 達 の貴 い御 研 究 が あ つて 、 此 の方 面 に 不

滅 の光 を 放 つて 居 り ま す が 、 當 時 は 諸 方 言 ア ク セ ント が ま た 殆 ど 明 ら か に 成 つて 居 な か つた た め に、 東 京 ア ク

セ ント が全 國 の ア ク セ ント の中 で 如 何 な る 地 位 を 占 め る も の か、 そ の比 較 的 特 徴 は 何 か 、 等 の問 題 に就 ては 、

兩 先 生 と も あ まり 觸 れ ら れ ず 、 宿 題 と し て 私 達 後 進 に 遺 さ れ た や う で あ り ま す 。

 小 論 は 、 服 部 四 郎 先 生 に指 導 さ れ 、 平 山 輝 男 氏 そ の他 私 達 同 志 の者 の協 力 によ つて 、 最 近 漸 く そ の 概 略 が 明 ら

か に成 つた 全 國 諸 方 言 の ア ク セ ント と の比 較 によ り 、 東 京 ア ク セ ント の此 等 の諸 問 題 に就 て、 考 察 を 試 み た も

の であ りま す 。 も と よ り 兩 先 生 の御 研究 に負 ふ所 多 く 、 此 の考 察 も そ こか ら 發 足 し た も の であ りま す が、 往 々

例

 ( 十六 ・七 ・十四)

兩 先 生 の御 説 に 對 し 、 妄 り に 私 見 を 加 へま し た 點 は 、 兩 先 生 の御 寛 容 を お 願 ひ 申 上 げ る 次 第 であ り ま す 。

 凡

  ︱ 及 び＝ は共 に 高 い音 を 、 無 記號 は 低 い音 を 表 し 、︱ は そ の次 の音 節 は 低 い こ と を 、＝ は そ の次 の音 節 も 高

いこ と を 表 す 。例 へば 、 ハナ (﹁花 ﹂)・ハナ (﹁鼻 ﹂)は單 獨 では 共 に ハナ (﹁花 ﹂)・ハナ (﹁鼻 ﹂) と 發 音 さ れ 、助

詞 が つ いた 場 合 に は ハナ ガ ( ﹁花 が ﹂)・ ハナ ォ (﹁花 を ﹂)・ハナ ニ (﹁花 に﹂)及 び ハナガ (﹁鼻 が﹂)・ハ ナォ (﹁鼻

概

を ﹂)・ハナ ニ (﹁鼻 に﹂) と 發 音 さ れ る。  梗

  東 京 ア ク セ ント の範 圍︱ 東 京 ア ク セ ント の地 位︱ 東 京 ア ク セ ント の 内 容︱ 東 京 ア ク セ ント の特 徴︱ 東 京 ア ク セ ント の 長 短

  一   東 京 ア ク セ ント の範 圍

  現 在 、 ﹁東 京 方 言 ﹂ 又 は ﹁東 京 語 ﹂ と 言 ふ 時 に は 、 東 京 舊 市 域 を 中 心 と し て、 此 の地 方 と 密 接 な 關 係 に あ る 東

京 新 市 域 の 一部 に行 は れ てゐ る方 言 を 漠 然 と 指 し て 言 つ て ゐ る が 、 ﹁東 京 ア ク セ ント ﹂ と 言 ふ 時 に は ど う 言 ふ範

圍 に 行 は れ て ゐ る ア ク セ ント を 指 す と 見 ら れ る であ ら う か 。 最 初 に先 づ 此 の問 題 に 就 て考 へて見 た い。

  音 韻 の部 面 で は 、舊 市 域 の中 で、所 謂 山 の手 方 面 の言 葉 と 、下 町 方 面 の言 葉 と で は 差 異 が あ つて、 例 へば ﹁人 ﹂

﹁火 鉢 ﹂等 の語 を 、 山 の手 方 面 で は 正 し く ヒ ト ・ヒ バ チ のや う に 發 音 す る の に對 し て 、 下 町 方 面 で は訛 つ て シ

ト ・シ バチ の やう に發 音 す る 傾 向 が あ る こ と は 普 く 知 れ 亙 つた 事 實 であ る 。 そ し て 此 の訛 の有 無 を 耳 に し た だ け

で、 如 何 にも 山 の手 風 の 發 音 だ と か 、 下 町 風 の發 音 だ と か 、 感 ぜ ら れ る 程 で あ る が、 ア ク セ ント の部 面 に は 、 か う 言 つた 山 の手 ・下 町 の 對 立 と 言 ふも のは な い であ ら う か 。

  此 の問 題 に就 て 、 極 め て 簡 單 で はあ る が、 最 初 に觸 ら れ た の は佐 久 間 鼎博 士 であ つて 、 即 ち 四 音 節 名 詞 ﹁龜 の

子 ﹂ ﹁薙 刀 ﹂ ﹁帆 柱 ﹂ 等 の 語 が 、( イ) カ メ ノ コ、 及 び ) ( ロカ メ ノ コ、 ( イ) ナ ギ ナ タ 、 及 び(ロナ)ギナ タ 、(イ) ホ バ シ ラ 、 及 び

( ) ロホ バ シ ラな ど のや う に、 そ れ〓 二 様 に發 音 さ れ て居 り 、 そ の中 (ロ) の○ ○ ○ ○ 型 の發 音 は 山 の手 方 面 に 多 く 聞 か れ る こ と を 指 摘 せ ら れ た ので あ る 。(﹁ 國語音聲學概説﹂ 一〇四頁)そ し て東 條 操 先 生 も こ れ を 支 持 せ ら れ 、( ﹁ 方 言と

方言學﹂二〇七頁三

宅 武 郎 氏 も 多 少 躊 躇 せら れ な がら も 此 の説 に 賛 成 せら れ て ゐ る模 様 であ る 。( ﹁新辭海﹂凡例)

  現 在 東 京 で○ ○ ○ ○ 型 、 ○ ○ ○ ○ 型 の兩 様 に發 音 せ ら れ て ゐ る 四音 節 名 詞 が 可 成 り 澤 山 あ り 、 而 も あ る人 達 は

此 等 を 總 て ○ ○ ○ ○ 型 に發 音 す る に對 し 、 他 の人 達 は 此 等 を 總 て○ ○ ○ ○ 型 に 發 音 す る 傾 向 があ る こと は、 見 逃

す こと が 出 來 な い事 實 であ つて 、 佐 久 間 博 士 の御 發 見 の 一つと 考 へら れ る が、 然 し 此 を 山 の手 ア ク セ ント と 下 町

アク セ ント と の 對立 と 見做 し てよ い か ど う か はま だ 十 分 の調 査 を要す る と 思 は れ る 。 私 が 調 査 し た 所 で は、 山 の

手 出 身 の人 でカ メ ノ コ、 ナ ギ ナ タ の や う に發 音 す る 人 は 可 成 り ゐ る し 、 下 町出 身 の人 で 、 カ メ ノ コ、 ナ ギ ナ タ の

や う に發 音 す る人 も 少 く な い。 殊 に昨 年 か ら 今 年 にか け て 下 谷 區 西 町 ・本 所 區 外 手 町 ・足 立 區 北 千 住 ・江 戸 川 區

小 松 川 の各 國 民 學 校 が尋 六 の少 年 少 女 五 六 名 宛 に 就 て 調 査 し た 結 果 で は 、 此 等 の語 のア ク セ ント 總 て カ メ ノ コ、 ナギ ナタ ( 但 し ﹁帆 柱 ﹂ は ホ バ シ ラ が 普 通 ) のや う に發 音 さ れ た ので あ る。

  又、 ア ク セ ント に 關 す る感 覺 の 非 常 に 鋭 い私 の友 人 の 一人 は 、 佐 久 間 博 士等 と は反 對 に、 カ メ ノ コ型 の發 音 に

山 の 手 の匂 を 感 じ 、 カ メ ノ コ型 の發 音 に 下 町 の匂 を 感 じ る 、 と 言 つて ゐ る。 即 ち 山 の手 方 面 に ○ ○ ○ ○ 型 の發 音

が多 く 、 下 町 方 面 に ○ ○ ○ ○ 型 の發 音 が 多 いと 言 ふ こ と が 事 實 で あ る と し て も 、 そ の傾 向 は 山 の手 方 面 では ヒ と

發 音 し 、 下 町 方 面 で は シ と 發 音 す る 、 と 言 ふ 傾 向 に比 べて は 遙 か に 微 弱 な も の で は な い か と 思 は れ る の であ る。

  私 は 此 と は別 に 、 下 町 方 面 で は 山 の手 方 面 よ り も ○ ○ 型 を 嫌 ふ 傾 向 があ る の で は な い か と の疑 を 懐 く も の であ

る。 例 へば ﹁國 ﹂ ﹁北 ﹂ ﹁虹 ﹂ 等 の 語 は 、現 在 東 京 で、( イ) ク ニ、 及 び(ロク)ニ、 ( イ) キ タ、 及 び ) (ロ キ タ、(イニ )ジ 、 及 び

(ロ ) ニジ の兩 様 に 、 ﹁坂 ﹂ ﹁肌 ﹂ 等 の語 は 、(イ サ)カ 、 及 び ) ( ロサ カ、 (イ) ハダ 、 及 び ( ) ロ ハダ の兩 様 に 發 音 さ れ て 居 る が、 私 が 國 民 學 校 の生 徒 を 調 査 し て廻 つた 結 果 で は 、 ( イ) のク ニ ・キ タ ・ニジ ・サ カ ・ ハダ の やう な 發 音 は 山 の手 方 面

の 兒 童 に多 く 、 (ロ) の ク ニ ・キ タ ・ニジ及 び サ カ ・ ハダ のや う な 發 音は 下 町 方 面 の兒 童 に多 い、 と 見 ら れ た の であ る。

  然 し さう か と 言 つて 、 ﹁犬 ﹂ ﹁馬 ﹂ のや う な 語 は、 下 町 方 面 の兒 童 で も 必 ず イ ヌ ・ウ マ の や う に 發 音 す る し 、

﹁牛 ﹂ ﹁猫 ﹂ の やう な 語 は 、 山 の手 方 面 でも 、 ウ シ・ネ コ のや う に發 音 す るも のが あ る わ け で は決 し てな い。 即 ち

此 の やう な 傾 向 が 假 にあ る と し ても 、 そ れ は極 く 少 數 の語 に就 て のみ 言 は れ る も の と考 へら れ る 。

  此 を 要 す る に、 ア ク セ ント の部 面 で は 、 音 韻 の部 面 に於 け る やう な ハッキ リ し た 山 の手 と 下 町 と の 對立 と 言 ふ

も の がな いや う に 考 へら れ る 。隨 つて ﹁東 京 ア ク セ ント﹂ と 言 ふも のを 考 へる 時 に は 、 東 京 舊 市 域 を 一つも のと 見 て、 そ れ 全 體 のア ク セ ント を 指 す も のと 考 へて よ い、 と 思 は れ る の であ る 。

  次 に 東 京 新 市 域 の ア ク セ ント は 如何 か と 言 ふ の に、 先 づ 舊 豊 多摩 郡 ・舊 荏 原 郡 、 及 び 舊 豊 島 郡 の地 方 は 著 し く

舊 市 域 式 な 地 方 で あ つて、 殊 に淀 橋 ・澁 谷 ・中 野 ・目 黒 ・品 川 ・荏 原 ・大 森 ・豐 島 ・瀧 野 川 等 、 舊 市 域 と 交 渉 が

深 く 、 殆 ど 舊 市 域 の 一部 と も 見 ら れ る 諸 區 の ア ク セ ント は 全 く 舊 市 域 式 の ア ク セ ント と 同 じ で あ る や う であ る。

唯 西 郊 に 近 い杉 並 ・世 田 ヶ谷 ・板 橋 の諸 區 に は 、 ま だ 農 業 に從 事 し て ゐ る 人 達 が殘 つ て居 り 、 此 う 言 ふ 人 達 の 間

に は、舊 市 域 の人 達 が ア カ カ ッタ ・ア カ ケ レ バ な ど の やう に 發 音す る ﹁赤 か つた ﹂ ﹁赤 け れ ば ﹂ 等 を ア カ カ ッタ ・

ア カ ケ レ バな ど のや う に 、 舊 市 域 の人 達 が ハシ ラ ・カ ワラ ( 時 に は 人 に よ り ハシ ラ ・カ ワ ラ と も ) な ど のや う に

發 音 す る ﹁柱 ﹂ ﹁瓦 ﹂等 を ハシ ラ ・カ ワラ な ど の や う に 發 音 す る 風 があ る や う であ る 。 然 し かう 言 ふ 人 達 の ア ク

セ ント と て、 他 の多 く の 語 に於 て は 全 く 舊 市 域 的 であ つ て、 辛 く 見 て次 項 に述 べ る ﹁準 東 京 ア ク セ ント ﹂ と 呼 ぶ

べき ア ク セ ント 、 甘 く 見 れ ば 舊 市 域 のも の と 同 様 、 ﹁東 京 ア ク セ ント ﹂ と 呼 ん で も 差 支 へな い程 度 のも の と 考 へ られる。

  此 に 比 べ れ ば 、 同 じ 新 市 域 の中 でも 、 舊 南 足 立 郡 ・舊 南 葛 飾 郡 地 方 は事 情 が 可成 り 異 つて ゐ る 。 先 づ 荒 川 放 水

路 以 西 は 大 體 舊 市 域 と 同 じ ﹁東 京 ア ク セ ント ﹂ の地 で あ り 、 又 、 以 西 で も 舊 小 松 川 町 (舊南 葛飾 郡 ・現江 戸川 區 の

一部 )・舊 本 田 町 ( 舊南 葛飾 郡 ・現葛 飾 區 の 一部 )等 のア ク セ ント は 、 大 體 舊 市 域 式 で あ り、 舊 西 新 井 町 ( 舊 南 足立

郡 ・現足立 區 の 一部 )・舊 小 岩 町 ( 舊南葛 飾 郡 ・現葛 飾區 の 一部 )等 の少 年 少 女 の ア ク セ ン ト も 大 體 同 じ と 見 て よ い

や う で あ る。 所 が舊 水 元 猿 町 (舊 南 葛 飾 郡 ・現葛 飾區 の 一部 )・舊瑞 江 村 (舊南 葛飾 郡 ・現江 戸 川區 の 一部 )等 の ア

ク セ ント は 、舊 市 域 の アク セ ント と は餘 程 異 る も の であ つて 、 例 へば ﹁秋 ﹂ ﹁朝 ﹂ ﹁雨 ﹂ ﹁板 ﹂ ﹁糸 ﹂ ﹁笠 ﹂﹁肩﹂ 等 、

舊市 域 で○○ 型 に發 音 さ れ る 極 く平 凡 な 二 音 節 名 詞 の殆 ど 全 部 が、 ア キ 及 び ア キ 、 ア サ 及 び アサ な ど の兩 様 に發

音 せ ら れ 、 殊 に助 詞 が つ いた 場 合 に は原 則 と し て アメ ガ ( ﹁雨 が﹂) 、 イタ オ (﹁ 板 を ﹂) な ど のや う に發 音 さ れ る 、

と 言 ふ 調 子 であ る 。 他 にも舊 市 域 と ア ク セ ント が 異 る語 が 多 く 、 若 し 一々 の 語 に 就 て 仔 細 に比 較 を 行 つた ら 、舊

市 域 と 山 口縣 下 關 市 あ た り と の ア ク セ ント の差 異 よ りも舊 市 域 と 此 等 の地 方 と の ア ク セ ント の差 異 の方 が 大 き い

の で は な いか と 思 は れ る 程 で あ る 。 な ほ前 出 の舊 西 新 井 町 ・舊小 岩 町 等 の 土 着 の大 人 の人 達 の ア ク セ ント も 此 の 舊水 元 猿 町 ・舊瑞 江 村 のア ク セ ント に 近 いも の のや う で あ る 。

  而 し て舊 市 域 ア ク セ ン ト に對 し て、 更 に大 き な 差 異 の あ る ア ク セ ント は舊 花 畑 村 (舊南 足 立 郡 ・現 足立區 の 一

部 )・舊葛 西 村 (舊南葛 飾 郡 ・現 江 戸川區 の 一部) 等 の ア ク セ ント で あ る。即 ち 此 等 の地 方 で は 、舊 市 域 で 下 降 型

に發 音 さ れ る ﹁秋 ﹂ ﹁朝 ﹂ ﹁雨 ﹂ ﹁板 ﹂ ﹁糸 ﹂ ﹁笠 ﹂﹁肩﹂ 或 は ﹁書 く ﹂ ﹁立 つ﹂ ﹁飲 む ﹂ ﹁降 る ﹂等 の語 が 、總 て アキ ・

アサ ⋮ ⋮な ど のや う に 上 昇 的 に發 音 さ れ 、舊 市 域 で 上 昇 的 に發 音 さ れ る ﹁飴 ﹂ ﹁蟻 ﹂ ﹁牛 ﹂ ﹁梅 ﹂ ﹁丘﹂ ﹁顔 ﹂ ﹁柿 ﹂

或 は ﹁置 く ﹂ ﹁貸 す ﹂ ﹁踏 む﹂ ﹁振 る ﹂ 等 の語 が 殆 ど 例 外 な く ア メ ・ア リ ⋮ ⋮ な ど のや う に 下 降 的 に發 音 さ れ る の

であ つて 、 此 う 言 ふ點 で は、 彼 の ﹁東 京 ア ク セ ント ﹂ と 最 も對蹠 的 な 性 質 を も つて ゐ る と 言 は れ る ﹁近 畿 ア ク セ ント ﹂ と 一脈 相 通 ず る 所 があ る 、 と 言 ふ こと が 出 來 る と 思 は れ る 。

  同 じ 東 京 市 と呼 ば れ て ゐ る 地 域 の中 に 、 かく も變 つた ア ク セ ント が 行 は れ て ゐ る こ と は 注 目 に 値 す ると 思 は れ

る が、 此 を 要 す る に 、 ﹁東 京 ア ク セ ント ﹂ は 西 郊 ・南 郊 へ進 出 し た 割 に は 、 東 郊 へは 進 出 し な か つた も のと 考 へ られ る。

  次 に 、 東 京 府 下 に 於 て は 、舊 市 域方 面 と 最 も 交 通 の便 利 な 北 多摩 郡 武 藏 野 町 の ア ク セ ント は 全 く舊 市 域 式 のも

の であ る 。 而 し て 同 町 か ら 以 西 、 府 中 町 ・國 分 寺 町 に 至 る あ た り の地 方 は、 ハツキ リ は 知 ら れ て ゐ な いが 、 大體

前 に述 べた 杉 並 ・世 田 ヶ谷等 の農 家 の人 達 の ア ク セ ント と 大體 似 た も の で は な か ら う か 、 と 想 像 さ れ る。 更 に西

型 の 名 詞 ﹁命 ﹂ ﹁涙 ﹂ ﹁火 鉢 ﹂ ﹁眼 鏡 ﹂ 等 が イ ノ

へ行 つて 立 川 市 ・八 王 子 市 等 の ア ク セ ント は 更 に 僅 か 異 る點 が あ つて 、 前 出 ﹁赤 か つた ﹂ ﹁赤 け れ ば ﹂ 等 を ア カ カ ッタ ・アカ ケ レバ な ど のや う に發 音 す る 他 に、舊 市 域 で○○ ○

チ 及 びイ ノ チ 、 ナ ミ ダ 及 び ナ ミ ダ ⋮ ⋮ な ど の兩 様 に發 音 さ れ 、舊 市 域 で○○ 型 の 名 詞 ﹁雲 ﹂ ﹁ 桑 ﹂等 がク モ及 び

ク モ、 ク ワ及 び ク ワな ど の兩 様 に發 音 さ れ 、 更 に 西 方 の西 多 摩 郡 地 方 で は此 等 の語 がイ ノ チ ・ナ ミ ダ ⋮ ⋮ 或 は ク モ ・ク ワと の み發 音 さ れ る や う であ る 。

  然 し此 等 の 地方 で は 他 の大 部 分 の語 の ア ク セ ント は舊 市 域 と 一致 す る の で あ つて、 此 の點 、舊 水 元 猿 町 ・舊瑞

江 村 等 の アク セ ント よ り は遙 か に舊 市 内 ア ク セ ント に 近 いも の であ る 。 次 項 で は 此 の種 の ア ク セ ント を ﹁準 東 京 アク セ ント ﹂ と 呼 ぶ こと と し た い。

  最 後 に 東 京 府 外 に 於 け る 状 況 は 如何 と 言 ふ に 、 先 づ神 奈 川 縣 下 の川 崎 市 ・横 濱 市 のア ク セ ント は 全 く 東 京舊 市

内 の ア ク セ ント と 同 種 類 のも のと 見 て よ いや う で あ る 。 東 京 で 主 と し て カ キ ネ と發 音 さ れ る ﹁垣 根 ﹂、 主 と し て

ハシ ラ と發 音 さ れ る ﹁柱 ﹂ 等 の語 が、 此 等 の 地 方 では 多 く カ キ ネ ・ハシ ラ のや う に發 音 さ れ 、 東 京 で主 と し て ツ

ク ・フク と發 音 さ れ る ﹁附く ﹂ ﹁吹 く ﹂ 等 の語 が 、 此 等 の地 方 で は 多 く ツク ・フク な ど の や う に發 音 さ れ る や う

であ る が 、 此 う 言 ふ發 音 も 東 京舊 市 域 に全 然 聞 か れ な いわ け で はな く て、 此 等 の地 方獨 特 と 言 ふ べき も の では な いと 思 は れ る 。

  同 縣 下 橘 樹 郡 高 津 町 附 近 の アク セ ント は 、 詳 し い こ と は 分 ら な いが 、 東 京 府 北 多 摩 郡 東 部 のや う な ア ク セ ント

と 推 測 さ れ 、 鎌倉 市 ・逗 子 町 あ た り の アク セ ント も 恐 らく 此 に準 ず る も の と 想 像 さ れ る 。 同 縣 平 塚 市 ・横 須 賀 市 等 の ア ク セ ント は 東 京 府 下立 川 市 ・八 王 子 市 のや う な ア ク セ ント で あ る 。

  次 に埼 玉 縣 で は 東京 と 最 も 交 通 の便 利 な 川 口 市 (舊市 域 に就 て) の ア ク セ ント と そ の北 に 隣 る北 足 立 郡 蕨 町 の

ア ク セ ント と は東 京 市舊 水 元 猿 町 等 の や う な ア ク セ ント で あ つて、 即 ち舊 市 域 の アク セ ント と は 可 成 り異 る も の

であ る が 、 蕨 町 の更 に そ の北 に 位 す る 浦 和 市 (舊市 域 に就 て) で は、 若 い人 達 の ア ク セ ン ト は 立 派 な 東 京舊 市 域

式 の ア ク セ ント で あ る 。 但 し 老 人 のア ク セ ント は 寧 ろ 川 口 市 式 の ア ク セ ント のや う で あ る 。

  又 千 葉 縣 で は市 川 市 の 若 い人 達 のア ク セ ント が 東 京舊 市 域 式 のア ク セ ント のや う に觀 察 さ れ た 。 但 し 老 人 の間

に は も つと 異 る 種 類 の ア ク セ ント が 行 は れ て ゐ る の で は な か ら う か と 想 像 さ れ る 。

  以 上 の考 察 を綜 合 す れ ば 、 ﹁東 京 ア ク セ ント ﹂ と 名 付 く べき も の は 、 東 京舊 市 域 の全 部 ・東 京 新 市 域 の 中 で 西

部 ・南 部 の殆 ど 全 部 、 東 部 ・北 部 の 中 で 東 京舊 市 域 と 密 接 な 關 係 を 有 つ地 方 ・東 京 府 下 の武 藏 野 町 ( 大 部).神

奈 川 縣 川 崎 ・横 濱 二市 ・埼 玉 縣 浦 和 市 (一部 )・千 葉 縣 市 川 市 (一部 ) に 行 は れ て ゐ る 、 と考 へら れ る 。 な ほ東 京

近 郊 に於 け る 各 種 の ア ク セ ント の分 布 状 態 に就 て は 、 私 自 身 の實 地 踏 査 を 整 理 し て 、 此 の稿 と 恐 ら く 同 じ 頃 世 に

出 る だ ら う と 思 は れ る 日 本 方 言 學 曾 編 輯 の ﹁日 本 ア ク セ ント 研究 論 文 集 ﹂ ( 第 一輯) に ﹁關 東 地 方 に 於 け る ア ク セ ント の 分 布 ﹂ と 言 ふ 一文 を 寄 せ て置 いた 故 、 参 照 し て頂 け れ ば 幸 甚 で あ る。

  二  東 京 語 ア ク セ ント の 地 位

  現 在 我 が國 の ア ク セ ント は 、地 方 地方 によ り 非 常 に相 違 し てゐ る が 、そ の 種 類 に は ど ん な も の が あ り 、東 京 語 の

ア ク セ ント は其 等 の中 にあ つ てど う 言 ふ地 位 を 占 め る べき も の であ ら う か。 次 に は此 の問 題 に就 て考 へて 見 た い。

  我 が 國 各 地 の 諸 方 言 は 、 ア ク セ ント と 言 ふ も の の本 質 か ら 見 て 、 其 の中 に 大 き く 二 つ の類 型 を 立 て る こ と が出

來 る 。︹ A︺ は ﹁雨 ﹂ もア メ ﹁飴 ﹂ もア メ ( 或 は 共 に アメ で も 可 )、 ﹁ 箸 ﹂ もハ シ 、 橋 もハ シ ( 或 は 共 に ハシ でも 可)、

な ど のや う に 、 同 音 異 義 の 語を總 て同 じ ア ク セ ント で發音 さ れ る 方 言 で 、 例 へば 會 話 中 に 同 音 異 義 語 の 一方 が 出

て 來 た 場 合 に 、 そ れ が ど つち を 指 す か は 唯 、 話 の前 後 の内 容 か ら し か 察 せ ら れず 、 ア ク セ ント が 語 義 の相違 を 表

す の に全 然 役 に立 た な い方 言 であ る 。 此 の類 の方 言 の行 は れ て ゐ る 地 域 は︹1關︺東 東 北 部 よ り 奥 羽 南 部 に 及 ぶ 地

方 ( 茨 城 ・栃木 ・千葉 ・福島 ・宮 城 ・山形 の六縣 に亙 る)・︹2 九︺ 州中 央部 及 び五島 列島 ( 熊本 ・宮 崎 ・福岡 ・佐賀 ・長

崎 ・大 分 ・鹿兒 島 の各 縣 に亙 る)・︹3︺ 井福 縣福 井 市 近 傍 ・︹愛 4︺ 媛 縣 喜 多 郡 地 方 ・︹5︺ 岡靜 縣 大 井 川 上 流 地方 ・︹6 八︺ 丈 島 が 知 ら れ て ゐ る。

あ る が 、 寧 ろ 、 ﹁總て の 語 が 同 一 の ア ク セ ン ト で發 音 さ れ る 方 言 ﹂ と 見 る べ き で あ つ て 、 平 山 輝 男 氏 が 此 の 類 の

  此 の ︹A 類︺ の方 言 は 型 の區 別 が 全 然 な い所 か ら 、 動 も す れ ば ﹁ア ク セ ント を 有 た な い方 言 ﹂ と 見做 さ れ る 傾 向 が

﹁ 箸 ﹂ は ハシ 、 ﹁橋 ﹂ は ハ シ で も 可 )、 な ど の や う に 同 音 異 義 の 語 を ア ク セ ン ト に よ つ て

﹁雨 ﹂ は アメ 、 ﹁ 飴 ﹂ はア メ で も 可 )、 ﹁箸 ﹂ は 、ハ

ア ク セ ン ト を﹁一 型 ア ク セ ン ト ﹂ と 呼 ば れ た の は 適 當 で あ る と 考 へ ら れ る 。

( 或 は

  此 に對 し て︹B類 ︺ の方 言 は 、 ﹁雨 ﹂ はア メ 、 ﹁飴 ﹂ アメ 、 ( 或は シ 、 ﹁橋 ﹂ は ハシ

區 別 す る 習 慣 の あ る 方 言 で 、 即 ち ア ク セ ン ト が 語 義 の區 別 を 表 す の に 役 立 ち 得 る 方 言 で あ る 。 一型 ア ク セ ント に

對 し て 多 型 ア ク セ ン ト と も 呼 ば れ る べ き も の で あ ら う 。 東 京 語 で は 、 ﹁雨 ﹂ は ア メ 、 ﹁ 飴 ﹂ はアメ、 ﹁ 箸 ﹂ は ハシ、

﹁橋 ﹂ は ハ シ と 言 ふ區 別 が あ る 故 、 當 然 多 型 ア ク セ ン ト の 方 に屬 す る こ と と 成 る 。 さ き の 一型 ア ク セ ント の 地 域 以 外 は 、 先 づ 殆 ど總 て 多 型 ア ク セ ン ト の 地 域 で あ る 。

  さ て 多 型 ア ク セ ン ト の方 言 は そ の 中 に 顯 著 な 二 つ の 類 型 を 立 て る こ と が 出 來 る 。 即 ち

(イ ) ﹁赤 ﹂ ﹁雨 ﹂ ﹁粟 ﹂ ﹁海 ﹂ ﹁牡 蠣 ﹂ ﹁笠 ﹂﹁ 肩 ﹂ ﹁鎌 ﹂ ﹁上 ﹂ ﹁錐 ﹂ ﹁琴 ﹂ ﹁白 ﹂ ﹁隅 ﹂ ﹁鶴 ﹂ ﹁鑿﹂ ﹁ 箸 ﹂ ⋮⋮

( ) ロ ﹁垢 ﹂ ﹁飴 ﹂ ﹁泡 ﹂ ﹁膿 ﹂ ﹁柿 ﹂ ﹁容 積 ﹂ ﹁型 ﹂ ﹁釜 ﹂ ﹁紙 ﹂ ﹁桐 ﹂ ﹁事 ﹂ ﹁城 ﹂ ﹁炭 ﹂ ﹁弦 ﹂ ﹁蚤 ﹂ ﹁橋 ﹂ ⋮ ⋮ の や う な(イ)( のロ 語)彙 に 於 て 、

甲  ( イ) の 語 を總て

を 低 く發 音 し 、

アカ

( 或 は ア メ ・ア メ で も 可 )⋮ ⋮ な ど の や う に

( 或 は ア メ ・ア メ で も 可 ) ⋮ ⋮ な ど の や う に そ の 初 め

( 或 は ア カ ・ア カ で も 可 )、 ア メ

( 或 は ア カ ・ア カ で も 可 )、 ア メ

( ) ロの 語 を ア カ

( 或 は ア メ ・ア メ で も 可 )⋮ ⋮ な ど の や う に

(或 は ア メ・ ア メ で も 可 )⋮ ⋮ な ど の や う に そ の 初 め

( 或 は ア カ ・ア カ で も 可 )、 ア メ

(或 は ア カ ・ア カ で も 可 )、ア メ

そ の 初 め を 高 く發 音 す る 方 言 、 と 、 乙   (イ) の 語 を總 てア カ を 高 く發 音 し 、(ロ)の 語 を ア カ そ の 初 め を 低 く發 音 す る 方 言 、 と であ る 。 甲 は 服 部 四 郎 先 生 の甲 種方 言 に當 り 、 乙は 同 じ く 乙種方 言 に 當 る 。

﹁ 事 ﹂ ・シ ロ ﹁城 ﹂・ ス ミ

﹁牡 蠣 ﹂・カ サ

﹁笠 ﹂ ・カ タ﹁ 肩 ﹂ ・カ マ ﹁鎌 ﹂ ・

﹁容 積 ﹂ ・カ タ

﹁型 ﹂ ・カ マ ﹁釜 ﹂ ・

﹁隅 ﹂ ・ツ ル ﹁鶴 ﹂ ・ノ ミ ﹁鑿﹂ ・ ハ シ ﹁箸 ﹂ ⋮ ⋮ ﹁柿 ﹂・カ サ

﹁蚤 ﹂ ・ ハ シ ﹁橋 ﹂⋮⋮

( 大 阪 ・京 都 ・滋 賀 ・奈 良 ・和 歌

﹁炭 ﹂ ・ ツ ル ﹁弦 ﹂ ・ノ ミ

﹁膿 ﹂ ・カ キ

﹁ 琴 ﹂・シ ロ ﹁白 ﹂ ・ ス ミ

﹁雨 ﹂ ・ア ワ ﹁粟 ﹂ ・ウ ミ ﹁海 ﹂・カ キ

﹁桐 ﹂ ・ コト

﹁飴 ﹂ ・ア ワ ﹁泡 ﹂ ・ウ ミ

﹁錐 ﹂ ・ コト

﹁赤 ﹂ ・ア メ

﹁上 ﹂・キ リ

﹁紙 ﹂・キ リ

ア カ ﹁垢 ﹂・ア メ

カミ

アカ

  甲 種 方 言 の 代 表 的 な も の は 、 京 都 ・大 阪 の 方 言 で あ つ て 、 例 へば 京 都 で は 右 の(イ)の (ロ 語) は 次 の や う に發 音 さ れ る。 ( イ)

( ロ︶ カミ

  甲 種 方 言 の 分 布 地 域 は 、 大體︹7︺ 近 畿 地 方 の 大 部 か ら 中 部 ・北 陸 の 西 部 に 及 ぶ 地 方

( 四 縣 に 亙 る ) と で あ る が 、此 に 似 た ア ク セ ン ト の 方 言

(福井 ・石 川 ・

(此 の 中︹13︺地 方 の も の に

( 鹿兒 島 ・長 崎 ・熊 本 ・佐 賀 に 亙 る )・︹1三 0重 ︺ 縣 北 牟 婁 地 方 ・︹1 北1陸 ︺中 部 及 び 佐 渡

山 ・兵 庫 ・三 重 ・福井 ・岐 阜 ・富 山 に 亙 る )と︹8︺四 國 の 大 部 は

︺ ︹9 九 州西南部

新 潟 に 亙 る )・︹12︺ 愛 媛 縣 東 西 宇 和 地 方 ・︹13︺ 埼 玉 縣 東 部 ・︹14︺ 島 根縣 隠岐 にも行 はれ て居 り

つ い て は 前 項 で觸 れ た )、 更 に 薩 南 諸 島 及 び 琉 球 諸 島 に 行 は れ て ゐ る 所 謂 琉 球 語 の ア ク セ ン ト も 、 間 に 九 州 西 南

部 の 方 言 を 仲 介 と し て 、 此 の 方 言 に 近縁 の も の で は な い か と 想 像 さ れ て ゐ る 。( 服 部 先 生 の御 研究 あ り、 又平 山 氏 の

﹁ 琉 球 語 ア ク セ ント の系統 ﹂ ﹁方 言﹂ 七 ノ六 所 載参 照 。) 此 の 種 の 方 言 中 、 近 畿 ・四 國 の 大 部 に 行 は れ て ゐ る 方 言 の 如 き は 、

型 の區 別 の 複雜 な點 か ら 見 て 、 全 國 諸 方 言 の中 で 最 も 進 歩 し た も の と 言 は れ て ゐ る 。

﹁ 箸 ﹂ ⋮⋮

﹁笠 ﹂ ・カ タ﹁ 肩 ﹂・カ マ ﹁鎌 ﹂ ・

  此 に對 し て 東 京 語 で は 前 記(イ)( のロ 語)彙 は 、 次 の や う に發 音 さ れ て 、 即 ち 京 阪 方 言 と は 反對 に 乙 種 方 言 に屬 す る

﹁牡 蠣 ﹂ ・カ サ

﹁鑿﹂ ・ ハ シ

﹁橋 ﹂ ⋮ ⋮

﹁型 ﹂・カ マ ﹁釜 ﹂ ・

﹁蚤 ﹂ ・ ハ シ

﹁容 積 ﹂ ・カ タ

﹁炭 ﹂・ ツ ル ﹁弦 ﹂ ・ノ ミ

﹁ 柿 ﹂ ・カ サ

﹁隅 ﹂ ・ ツ ル ﹁鶴 ﹂ ・ノ ミ

﹁海 ﹂ ・カ キ

﹁事 ﹂ ・シ ロ ﹁城 ﹂ ・ス ミ

﹁膿 ﹂ ・カ キ

﹁琴 ﹂ ・シ ロ ﹁ 白 ﹂ ・ス ミ

﹁雨 ﹂・ア ワ ﹁粟 ﹂ ・ウ ミ

﹁錐 ﹂ ・ コト

ア カ ﹁赤 ﹂ ・ア メ

所 以 であ る。 (イ) ﹁上 ﹂・キ リ

﹁桐 ﹂ ・ コト

ア カ ﹁垢 ﹂ ・ア メ ﹁飴 ﹂・ア ワ ﹁泡 ﹂ ・ウ ミ

カミ ( ) ロ カ ミ ﹁紙 ﹂・キ リ

( 愛 媛・高 知 に 亙 る )・︹ 19︺

( 岡 山 ・廣 島 ・山 口 ・鳥 取 ・島 根 ・兵 庫 ・京 都

( 東 京 ・神 奈 川 ・埼 玉 ・千 葉 ・群 馬 ・栃 木 ・茨 城 ・静 岡 ・山 梨 ・長 野 ・愛 知 ・岐 阜 ・秋

 乙 種 方 言 の 分 布 地 域 は 前 記 一型 ア ク セ ン ト ・甲 種 ア ク セ ン ト 方 言 の 地 域 以 外 の 地 、 即 ち︹ 15︺ 東 中 部 の 大 部 ・北 陸 の 一部 ・奥 羽 の 西 北 部 に 跨 る 地 方

田 ・岩 手 ・山 形 ・新 潟・福 井 に 亙 る ) ・︹ 16︺ 中 國 の大 部 及 び 近 畿 の西 北 隅

に 亙 る )・︹ 17︺ 九 州 東 北 部 ・壹 岐 ・對 島(福 岡 ・大 分 ・宮 崎 ・長 崎 に 亙 る ) ・︹ 18︺四 國 西 南 隅

奈 良 縣 十 津 川 地 方 が即 ち これ であ つて 、 實 に 一型 ・甲種兩 方 言 の地 域 を 合 し た よ り も 更 に廣 い地 域 を 占 め て ゐ る 。

  以 上 の如 く で、 東 京 語 の ア ク セ ント は 多 型 ア ク セ ント に屬 し 、 そ の中 の 乙種 ア ク セ ント に屬 す る 。 此處 ま で は

誰 も 異 論 がな いと 思 は れ る が 、 そ れ では 乙 種 ア ク セ ント の中 で 如 何 な る 地 位 を 占 め る べき も の であ ら う か 、 此 の 點に 關 す る私 考 を 次 に 述 べた い。

  先 づ 、乙種 方 言 に 近 い性 質 を も ち な が ら 、 前 記(イ)﹁赤 ﹂ ﹁雨 ﹂⋮⋮(ロ)﹁垢 ﹂ ﹁飴 ﹂ ⋮ ⋮ の語 彙 が 、 一般 と 異 る ア

ク セ ント で發 音 さ れ る 方 言 が あ る 。 例 へば(a)四國 西 南 部 ( 例 ・宇 和島 ) の方 言 が 此 で、 此 の方 言 で は、 前 記( イ)

の 語 は 一般 と 同 じ く ア カ ﹁赤 ﹂・ア メ ﹁雨 ﹂ ⋮ ⋮ のや う に發 音 さ れ る が 、(ロ の)語 は ア カ ﹁垢 ﹂・ア メ ﹁飴 ﹂⋮ ⋮な

ど の や う に 初 め が 高 く發 音 さ れ る 。 又 、(b)千 葉 縣 上總 長 生 郡 ( 例 ・茂 原 )、(c)新 潟 縣 北 部 (例 ・新 潟)、(d)北

奥 ・出 羽 地 方 ( 例 ・秋 田 ・鶴 岡 ・青森 )、(e)島 根 縣 出雲 地 方 ( 例 ・松 江 ) の諸 方 言 で は(ロの)語 は 一般 と 同 じ く ア カ

﹁垢 ﹂・アメ ﹁飴 ﹂ な ど のや う に發 音 さ れ な が ら 、 ( イ) の語 は半 数 が アカ ﹁赤 ﹂・アメ ﹁雨 ﹂ な ぞ の や う に 初 め が 低

く發 音 さ れ る 。 此 等 は 何 れ も 乙種 方 言 ら し く な い 乙種 方 言 であ る か ら 、 乙種 方 言 の中 で 特 別 な 性 質 を も つ 一變種

と 見 た いと 考 へる 。な ほ、(f) 千 葉 縣 上總 西 部 及 び 安 房 地方 ( 例 ・富 津 ・白濱 )、(g 岩) 手 縣 北 部 ・靑森 縣 東 部 ( 例 ・ 盛 岡 ・八戸 ) の方 言 にも 多 少 此 の傾 向 が 認 め ら れ る 。

型 ・○○型 ・○ ○

型 の三 種 の型 の語 が あ る が、

  次 に 乙種 方 言 の中 に は 、 他 の諸 方 言 に は存 在 し な いや う な 特 別 の型 で發音 さ れ る 語 を も つて ゐ る も の が あ る。 例 へば 一般 諸 方 言 に は 二 音 節 語 に は 東 京 語 に 見 ら れ る や う に○○

(h) 千 葉 縣 上總 大 部 ( 例 ・東 金) の方 言 に は此 の他 に○○型が あ つて 、 諸 方 言 で○ ○ 型 の語 の半 数 ﹁赤 ﹂ ﹁雨 ﹂ 等

が 此 の 型 で發 音 さ れ て ゐ る の で あ る 。 今 、 あ る 地 方 で あ る 語 の アク セ ント が變 化 す る 状 況 を 考 へて 見 る の に、 そ

の語 は そ の地 方 の方 言 に 在 來 あ つた 他 の 型 に變 化 す る こと が原 則 であ つて 、 そ の方 言 にな か つた 新 し い型 に變 化

す る こ と は 容 易 に 起 ら な いと 見 ら れ る 。 例 へば 現 在 東 京 語 で ﹁神﹂﹁母 ﹂ ﹁風 呂 ﹂ ﹁湯 氣 ﹂ な ど の 語 は 何 れ も カ

ミ ・ ハ ハ型 か らカ ミ ・ハ ハ型 に變 化 し つゝ あ る や う に 見受 け ら れ る が 、○○ 型 の語 は前 か ら 他 に も存 在 し て ゐ た

故 、 此 等 の語 が變 化 し た こ と によ つて 新 し く 東 京 語 に○○ 型 が發 生 し た 、 と 言 ふや う な 筋 合 のも の では な い。 此

の様 に考 へて見 る と 、 あ る方 言 が 一般 諸 方 言 の有 つて ゐな い型 を も つ てゐ る と 言 ふ こ と は 、 そ の方 言 と 一般 諸 方

(○○型 を も つ) の方 言 が あ り 、

言 と の間 の差 違 が 相 當 大 き いも の で あ る こと を 示 す も のと 考 へら れ る 。此 の 種 の方 言 と し て は 、上 記(h)千 葉 上總 大 部 の方 言 の他 に 前 記(a)四國 西 南 部 (○○型 ・○○ 型 を も つ)、(d)北 (奥 g) 地方

此 等 は 一般 乙種方 言 に對 し て 特 殊 な 性 質 を も つ 一變種 と 見 た 方 がよ いも のと 思 は れ る。

  な ほ 此 等 と は 反對 に、方 言 の中 に は 一般 諸 方 言 の有 つて ゐ る 型を缺 い て ゐ る も の が あ る 。例 へば(i)福岡 縣 筑 前

地方 ( 例・福 岡) 及 び壹 岐 ・對島 ( 平 山氏 に據 る) の方 言 に 於 て は○○ 型 の語 が 一語 も な く て 、 一般 方 言 で 此 の 型

の ﹁飴 ﹂ ﹁釜 ﹂ ⋮ ⋮ 等 が總 て アメ ・カマ の如 く○ ○ 型 に發 音 さ れ て ゐ る が、 此 の方 言 も 略々 上 記 諸 方 言 に 於 け る

と 同 様 な 理由 で 乙種 方 言 中 の 一變種 と 見做 す のが 適 當 であ ら う 。

し て 他 の 乙種 方 言 に於 て は 、 型 の種 類 は 全 く 東京 語 と 同 じ だ け 具 へて ゐ る の であ つて 、 此 等 は 標 準式 乙種 方 言 と

  以 上(a)︱の (諸 i方 )言 に 於 て は 三 音 節 以 上 の語 に於 て も 、 一般 乙種 方 言 と は 異 る特 色 を 多 々具 へて ゐ る 。 此 に對

でも 言 ひた いも の であ る 。 東 京 語 は 勿 論 此 の中 に 入 る 。

  最 後 に、 標 準式 乙種 方 言 の中 に はど う 言 ふ類 型 が 立 てら れ 、 東 京 語 は そ の中 に ど う 言 ふ 地 位 を 占 め る であ ら う

か。 此 等 諸 方 言 は 、 最 も 根 本 的 な 語彙 に於 て は 、 そ の ア ク セ ント は總 て 一致 し て ゐ る の であ る が 、 今茲 に 、 そ れ

〓 一グ ル ープ を な し 、 方 言 によ つて 異 る ア ク セ ント で發 音 さ れ る こと のあ る 語 彙 の中 で、 比較 的 重 要 と 見 ら れ

るも のを 集 録 す れ ば 次 の や う であ る 。 下 の括 弧 の中 に 掲 げ た の は 此 等 の諸 方 言 に於 て 最 も 普 通 に發 音さ れ る ア ク セ ント であ る。

︹一般 には ケ 型 ︺

二 音節 名 詞 の中 、 ﹁石 ﹂ ﹁歌 ﹂ ﹁音 ﹂ ﹁紙 ﹂ ﹁川﹂ ﹁北 ﹂ ﹁弦 ﹂ ﹁梨 ﹂ ﹁ 夏 ﹂ ﹁橋 ﹂ 

 

 

(ろ)

三 音 節 名 詞 の中 、 ﹁命 ﹂ ﹁姿 ﹂ ﹁涙 ﹂ ﹁火 鉢 ﹂ ﹁枕 ﹂ ﹁眼 鏡 ﹂

  ︹一般 に は ウ サ ギ 型 ︺

(い 一音 節 名 詞 の中 、 ﹁毛 ﹂ ﹁名 ﹂ ﹁値 ﹂ ﹁葉 ﹂ ﹁日 ﹂ )

(は)

三 音 節 名 詞 の中 、 ﹁兎 ﹂ ﹁後 ﹂ ﹁大 人 ﹂ ﹁雀 ﹂ ﹁背 中 ﹂ ﹁鼠 ﹂ ﹁畠 ﹂

︹一般 に は イ シ 型 ︺

(に)

二 音節 四段 活 用 動 詞 の中 、 ﹁置 く ﹂ ﹁買 ふ﹂ ﹁貸 す ﹂ ﹁泣 く ﹂ ﹁振 る﹂＋ ﹁た ﹂ ﹁て ﹂

  ︹一般 に は オ イ タ 型 ︺

︹一般 に は イノ チ 型 ︺

( ) ほ

(へ 三 音 節 一段 活 用 動 詞 の中 、 ﹁掛 け る﹂ ﹁下 げ る ﹂ ﹁立 て る﹂ ﹁晴 れ る ﹂ ﹁見 え る ﹂ の終 止 形 )

三 音 節 一段 活 用 動 詞 の中 、 ﹁上 げ る﹂ ﹁當 て る ﹂ ﹁ 暮 れ る﹂ ﹁捨 て る ﹂ ﹁負 け る ﹂＋ ﹁た ﹂ ﹁て﹂

  ︹一般 に は カ ケ ル 型 ︺ (と )

三 音 節 形 容 詞 の中 、 ﹁赤 い﹂ ﹁薄 い﹂ ﹁堅 い﹂ ﹁輕 い﹂ ﹁遠 い﹂ の終 止 形

  ︹一般 に は ア カ イ 型 ︺

  ︹一般 に は ア ゲ タ 型 ︺ (ち)

( ) り

三 音 節 形 容 詞 の中 、 ﹁熱 い﹂ ﹁黒 い﹂ ﹁白 い﹂ ﹁高 い﹂ ﹁長 い﹂ の 終 止 形

 

︹一般 に は ア ツイ 型 ︺

(ぬ) 三 音 節 形 容 詞 の中 、 ﹁赤 い﹂ ﹁薄 い﹂ ﹁堅 い﹂ ﹁輕 い﹂ ﹁ 遠 い﹂ の連 用 形   ︹一般 に は アカ ク 型 ︺   而 し て次 の地 方 の諸 方 言 に於 て は 右 の(い)︱の (語 ぬ彙 )は 殆 ど 例 外 な く 括 弧 内 の通 り のア ク セ ント で發 音 さ れ る 故 、 此 等 は 標準 式 乙種方 言 の中 で も 最 も 典 型 的 な 標 準式 乙種 方 言 と 見做 さ れ る。

  東 京 府 西 部 及 び 伊 豆 諸 島 の大 部 (但し 東京 市 と交 渉 の多 い地 方を 除 く)・神奈 川 縣 一帯 ( 同 上 )・埼 玉 縣 中 部 以 西

( 同 上)・群 馬 縣 大 部 (同上 )・栃 木 縣 西 南 部 ・山 梨 縣 一帯 ・靜岡 縣 伊 豆 及 駿 河 東 部 ・長 野 縣 大 部 ・愛 知 縣 岡 崎 地

方 ・廣 島 縣 一帯 か ( 以 下大原 孝道 氏 に據 る)・山 口 縣 一帯 か ・鳥 取 縣 一帯 か ・島 根 縣 石 見 。

( 例 ・岡 山 )・奈 良 縣 十 津 川 地 方

( 例 ・十 津 川 ︱

服 部 先 生 ・吉 町 義 雄 氏

山 ・柴 田 武氏 に據 る)・京 都 府 丹 後 地 方 よ り

標準 式 乙種方 言 中 の 一品 種 と 見做 さ れ る べ き も のと 考 へら れ る 。 

  所 が此 に對 し て、 左 に あ げ る 地 方 の方 言 では 此 等 の中 幾 つか が括 弧 内 と は 異 る ア ク セ ント で發 音さ れ る の であ つ て、隨 つ てそ れ〓

(例 ・峰 山 ・城 崎 )・岡 山 縣 地 方

( ) k 愛 知 縣 尾 張 地 方 よ り 岐 阜 縣 一帯 ( 例 ・名古 屋 ・大 垣 ・高 山︱平 兵庫縣 但馬

に從 ふ)

  此 等 の地 方 の諸 方 言 で は、(いの)語を ケ 型 ( 助 詞 が つけ ば ケガ 型 ) に 、(ち の)語 を ア カイ 型 に發 音 し 、 更 に方 言 に 、

よ つて は(ほの )語 を オ イ タ 型 又 は オイ タ 型 に、 (へ の) 語 を ア ゲ タ 型 に 、(ぬの)語 を ア カ ク 型 又 は ア カ ク 型 に發 音 す る 。 即 ち 此等 の諸 方 言 に は 一般 に は○○ 型 、○○ ○ 型 の語 を 、 ○ ○ 型、 ○ ○ ○ 型 (時 に は○ ○ ○ 型) に發 音 す る 傾 向 があ る も のと 考 へら れ る。

  (1 ) 靜岡 縣 遠 江 地 方 より 愛 知 縣 三 河 の大 部 ( 例 ・濱 松 ・豐橋)・福岡 縣豐 前 地 方 よ り大 分 縣 一帯 (平山氏 に據 る)

型 の 語 を 、 ○ ○ 型 、 ○ ○ ○ 型 に發 音す る 、 と 言 ふ 、(k の)地方 と は 反對 の傾 向 が あ るも のと 考 へ

  此 等 の 地 方 の 方 言 で は(ろの )語 を イ シ 型 ( 助 詞 が つけ ば イ シ ガ 型 ) に發 音 す る 。 即 ち 此 等 の方 言 に は 、 一般 に は ○ ○ 型 、○ ○○

ら れ る 。 な ほ此 の傾 向 は 右 の他 に 長 野 縣 北 部 ( 例 ・長 野) 及 び新 潟 縣 中 部 以南 ( 例 ・高 田 ・長 岡) の方 言 にも 幾 分

か認 められる。

  (m千 )葉   縣 下總 の大 部 ( 例 ・佐 原 )・靜岡 縣 駿 河 の中 部 よ り 三 河 の 中 部 ( 例 ・靜岡 ・濱 松 ・豐橋 )・新 潟 縣 中 部 ( 例 ・長 岡)

  此 等 の 地 方 の方 言 で は(はの)語 を イ ノ チ 型 に 、 方 言 に よ つて は(への)語 を カ ケ ル 型 に、(りの)語 を ア ツイ 型 に發 音

す る 。即 ち 此 等 の方 言 で は 一般 に は ○○ ○ 型 の語 を ○ ○ ○ 型 に發 音 す る 傾 向 があ る 。 此 の傾 向 は 右 の他 に東 京

( 西 部)・神奈 川 ・埼 玉 ・群 馬 の東 京 市 と 關 係 の深 い地 方 の方 言 に も 幾 分 づゝ か 認 め ら れ る。  ) ( n 新 潟 縣 中 部 (例 ・長岡 )・福岡 縣豐 前 中 部 よ り 大 分縣 大 部 (平山氏 に據 る)

  此 等 の地 方 の方 言 では(にの)語 を ウ サ ギ 型 に發 音 す る 。 即 ち 一般 に は ○ ○ ○ 型 の語 を ○ ○ ○ 型 に發 音 す る 傾 向 が あ るも のと 認 め ら れ る 。

  さ て 問 題 の 東 京 語 は ど う であ ら う か と 言 ふ の に 、 右 の(い)︱に (於 ぬて )、(い)及 (び ろ( )に以)下 は總 べ て 括 弧 内 通 り で

あ つて 、 唯(はの ) ﹁命 ﹂ ﹁姿 ﹂ のみ が イ ノ チ ・ス ガ タ 型 に發 音 さ れ て ゐ る點 で 一般 と 異 つて ゐ る。 即 ち 東 京 語 は 大

體 標準 式 乙種 方 言 に 近 いが 、(m に)掲 げ た 諸 方 言 同 様 に、 一般 に は○ ○ ○ 型 の 語 を ○○○ 型 に發 音 す る 傾 向 が 多 少 認 め ら れ る 、 と 言 ふ べき も のと 考 へら れ る の で あ る 。

  以 上本 章 で考 察 し た 事 項を 綜 合 す れ ば 、 ア ク セ ント か ら 見 た 東 京 語 は 、 先 づ 多型 方 言 に屬 し 、 乙種 方 言 に屬 し 、

( 未完 )

更 に そ の中 の 標準式 乙 種方 言 に屬 し 、 更 にそ の中 の 一般 には○ ○ ○ 型 の語 を多 少○ ○ ○ 型 に發音 す る傾向 の ある方 言 に屬 す る も の と 推 論 さ れ た の であ る。

 

旨

日本 四声 古 義

 要

 我 が 国 の古 文 献 に見 え る 平 上 去 入 の四 声 は 具 体 的 に は ど のや う な 音 価 を も った も ので あ った ら う か 。 之 を 種 々 の方 面 か ら考 察 し た 結 果 次 の や う な 結 論 を 得 た 。

 平 声 ⋮ ⋮ 低 平 調 。  上 声 ⋮ ⋮ 高 平 調 。  去 声 ⋮ ⋮ 上 昇 調 。  入 声 ⋮ ⋮ 入 破 音 。

はし がき  考 察 の目的

 軽 ⋮ ⋮高 く 初 ま る 声 調 の称 。  重 ⋮ ⋮ 低 く 初 ま る 声 調 の称 。

  一  

  国 語 の アク セ ント を 真 に科 学 的 に研 究 す る為 に は 、 過 去 の永 い時 代 に 於 て、 ど のや う な 変 遷 を 遂 げ て現 在 に 至

った か を 明 ら か に す る こ と が 必 要 であ り 、 此 の為 には 、 過 去 の文 献 に し て、 国 語 の ア ク セ ント に 関 す る 記 述 の見 え る も のは 極 力 之 を 蒐 め 、 比 較 研 究 す る こ と が 必 要 であ る 。

  抑々 国 語 の ア ク セ ント を 記 述 し た 文 献 は 、 可 成 り 古 く ま で遡 り、 そ の数 も 乏 し く はな い が、 我 が 国 で国 語 の ア

ク セ ント に 関 心 を 有 ち 初 め た の は、 古 代 、 隣 国 、 中 国 か ら 、 中 国 語 の ア ク セ ント で あ る と こ ろ の ﹁平 ﹂ ﹁上 ﹂

﹁去 ﹂ ﹁入 ﹂ と いふ 所 謂 四 声 の概 念 を 学 び、 そ の頭 で国 語 の声 調 を 観 察 し た 結 果 であ る 故 、 文 献 の殆 ど 総 て は 、 中

国 語 の四 声 の 一つに宛 て て国 語 の高 低 昇 降 の相 を 説 明 し た も の で あ る。 即 ち 、 国 語 の ア ク セ ント は 具 体 的 様 相 を

考 察 す る 為 には 、 是 非 古 代 の日 本 に於 け る 、 字 音 の四 声 の具 体 的 音 価 を 明 ら か に す る こ と が 必 要 で あ る 。

  所 で、 此 の、 古 代 の字 音 の四 声 が、 如 何 な る具 体 的 音 価 を 有 って ゐ た か を 明 ら か にす る こと は 、 決 し て容 易 で は な い。 そ の 理由 は 次 の やう であ る。 ︹ 1︺︱ ︹ 5︺

 ︺ ︹1  古 代 の文 献 で 四 声 の具 体 的 な 音 価 を 示 し た も の が 少 く 、 又、 或 る 文 献 に 具 体 的 な 音 価 が 示 し てあ って も 、 果 し て 夫 が信 頼 出 来 る か 否 か 疑 は し い こと 。

 上 に 述 べた や う に、 我 が 国 の文 献 に は 、 四 声 を 以 て 国 語 の ア ク セ ント を 説 いた も のは 少 く な い。 又 そ の他

個 々 の字 音 語 に 就 い て そ の語 の 四 声 を 示 し た り 、 単 な る 四 声 と いふ 現 象 に 言 及 し た り し た 文 献 は 相 当 の数 に

騰 る 。( 注1)所 が 四声 の 一つ 一つ に関 し て 、 そ の具 体 的 な 音 価 ( 例 へば平声 は 平らな 曲 節を 有 つ声 調 であ る と か、

さ う でな いと か) に就 い て 記 述 し た 文 献 は甚 だ 少 い の で あ る 。 元 来 、 発 音 と い ふ 現 象 、 特 に 四 声 と い ふ や う

な 音 の高 低 曲 節 の現 象 は 、 一般 の 人 に と って は 何 時 も 正 し い判 断 が 出 来 る と い ふも の では な い故 、 此 処 に 四

声 の音 価 を 述 べた 一つ の文 献 があ って も 、 夫 が 正 し い判 断 を 下 し た も の か 否 か 、 そ の儘 信 頼 出 来 る か否 か は

問 題 で あ って、 夫 に は同 一の対 象 に 就 い て 記 述 し た 多 く の文 献 と 比 較 す る こ と が望 ま し い。 そ れ 故 、 四 声 の

音 価 を 記 述 し た 文 献 の数 が 少 いと いふ こと は 、苟 に残 念 な こと で 、 古 代 字 音 の 四声 を 明 ら か に し が た い第 一 の原 因 が 先 づ此 処 にな け れ ば な ら な い。

  ︹2︺   現 在 漢 学 者 の 間 に 勢 力 あ る 四 声 の 音 価 に関 す る 解 説 は 、 古 代 の 文 献 の 四 声 註 記 の 説 明 に は役 に 立 た な い こ と。

  現代 漢 学 者 の 人達 に 四声 の説 明を 求 め る と 、 平 声＝ 平 ら な 声 調、 上 声＝ 低 か ら 高 へ昇 る 声 調 、 去 声 ＝高 か

ら 低 へ降 る 声 調 、 入 声＝ P ・t ・k の入 破 音 で 終 る も の、 と いふ のが 一般 で あ る 。 例 へば 塩 谷温 博 士 の ﹃ 作

詩 便 覧 ﹄ (一〇頁) の記 述 は そ の 一例 で あ る が、 山 田 孝 雄 博 士 の ﹃ 古 事 記 概 説 ﹄ そ の 他 にも 同 じ や う な 記 述 が

あ り、 此 の見 方 は 、 決 し て漢 学 者 の 間 だ け で はな く て、 国 語 学 者 ・国 文 学 者 の間 にも 相 当 広 く 行 亙 って ゐ る

 

見 方 のや う であ る 。 此 の中 、 入 声 に 就 い て は 問 題 は な い。 問 題 は 平 上 去 の三 声 であ る が 、 今 、 前 代 の文 献 の

例 を 見 る と 、 例 へば 釈 契 沖 は 、 ﹃和 字 正 濫 抄 ﹄ の中 で 、 元 禄 時 代 の京 阪 語 と 覚 し いア ク セ ント を 四 声 に宛 て て 説 明 し て居 り 、 そ の宛 て 方 は次 のや う で あ る 。

下 降 型 の語 を ﹁平 声 ﹂ と 記 載 し て ゐ る 。 例 、 ﹁日﹂ ﹁橋 ﹂ ⋮ ⋮

 上 昇 型 の語 を ﹁去 声 ﹂ と 記 載 し て ゐ る 。 例 、 ﹁火 ﹂ ﹁箸 ﹂ ⋮ ⋮

  現 在 京 阪 語 で全 平 型 の語 を ﹁上 声 ﹂ と 記載 し て ゐ る 。 例 、 ﹁樋 ﹂ ﹁端 ﹂⋮⋮  同じく 同じく  

  之 を 若 し 現代 流 の 見方 で解 釈 し よ う と す る と 、 京 阪 語 は 元 禄 期︱ 現 代 の間 に 目ま ぐ る し いア ク セ ント の変 化

を し た と 考 へな け れ ば な ら ず 、 之 は 方 言 の ア ク セ ント と の 比 較 考 察 の上 か ら 言 って相 当 無 理 であ る。 そ し て

之 は 決 し て 契 沖 の も のだ け が 変 だ と 言 ふ の で は な く 、 中 世 以 前 の諸 文 献 は 先 づ 全 部 と 言 って よ い程 、 契 沖 の

も の と同 じ や う に 記 述 さ れ て ゐ る 。 即 ち 、 漢 学 者 を 中 心 に 現 在 広 く 行 は れ て ゐ る 見 方 は 、 果 し て 、 昔 から あ る 、 権 威 のあ るも のか 否 か 、 疑 って か か ら な け れ ば な ら な い の であ る 。

 ︹3︺   四声 の音 価 の説 明 が、 文 献 によ り様 々 であ る こと 。   釈 契 沖 の ﹃和 字 正 濫 抄 ﹄ で は 、 前 述 の通 り ﹁樋 ﹂ ﹁端 ﹂ ⋮ ⋮ の 類 を 上 声 の 語 と し、 ﹁日﹂ ﹁橋 ﹂ ⋮ ⋮ の類 を

平 声 の語 と し て ゐ る が 、賀 茂 真 淵 ・本 居 宣 長等 も 此 の行 き 方 を 受 け 継 いで ゐ る 。 所 が茲 に、 釈 文 雄 の ﹃和 字

大 観 抄 ﹄ ﹃韻 学 階 梯 ﹄ は 大 体 同 じ 頃 の 同 じ 方 言 を 観 察 し て ゐ る と 見做 さ れ る にも 拘 ら ず 、 契 沖 の 見方 を 誤 り

と し て 、 ﹁樋 ﹂ ﹁端 ﹂ ⋮ ⋮ の類 を 平 声 と し 、 ﹁日﹂ ﹁橋 ﹂ ⋮ ⋮ の類 を 上 声 と し て ゐ る。 更 に 、 伊 勢 貞 丈 は ﹃安 斎

随 筆 ﹄ に於 い て契 沖 一派 の平 声 と し て ゐ る も のを 上 声 と し 、 契 沖 派 の去 声 と し て ゐ る も のを 上 声 と し て ゐ る。

即 ち 、 仮 に ﹁上 声 ﹂ と い ふ声 調 を 例 に 取 る な ら ば 、 上 声 は 、 学 者 によ り 、 或 いは 全 平 調 を 意 味 し 、 或 いは 下

降 調 を 意 味 し 、 或 いは 上 昇 調 を 意 味 し て ゐ た と 考 へざ る を 得 ず 、苟 に そ の正 体 は 捉 へ難 いと 言 は ざ る を 得 な い の であ る 。

  近 世 で も 、 釈 文 雄 の ﹃和 字 大 観 抄 ﹄ 辺 り で は 四 声 の種 類 は 平 上 去 入 の 四声 だ け で、 甚 だ 単 純 で あ る が、 元

  ︹4 ︺   古 代 の 四 声 の内 容 は 、 複 雑 であ った ら し い こ と 。

禄 期 の 釈 観 応 の ﹃補 忘 記 ﹄ 辺 り に 成 る と 、 平 声 と 入 声 と の中 に、 平 声 の ﹁軽 ﹂、 入声 の ﹁軽 ﹂ と 、 普 通 の 平

声 、 普 通 の入 声 と を 区 別 し て 居 り 、 更 に 古 代 の ﹃和 名 類 聚 抄 ﹄ にま で遡 ると 、 上 去 二声 に も 軽 重 の区 別 が 見

え 、 四声 と は 言 ひ 条 、 平 上 去 入 に各々 軽 重 の区 別 が あ って 、 合 計 八 種 の区 別 が あ った や う であ る 。 特 に甚 だ

し い例 を 挙 げ れ ば 、 釈 心 空 の ﹃法 華 経 音 義 ﹄ の中 には 、 普 通 の平 上 去 入 の他 に 、 ﹁重 ﹂ の 平 上 去 入 、 ﹁軽 ﹂ の

平 上 去 入 を 区 別 し て 示 す 四声 点 図 が挙 って居 り 、 流 派 に よ って は、 合 計 十 二 声 を 区 別す る も のも あ った か と

思 は せ る 。 然 ら ば 、 此 の時 代 の四 声 の音 価 を 明 ら か にす る 為 に は、 例 へば 平 声 な ら ば、 唯々 平 声 一般 の 音 価

を 明 ら か に す る だ け では 不 十 分 で、平 声 の ﹁軽 ﹂ は 如 何 、平 声 の ﹁重 ﹂ は 如 何 、と 考 へな け れ ば な らな く な る 。

 ︹ 5︺   日本 に 伝 来 し た 中 国 語 の四 声 に は、 色 々 の種 類 が あ って 、 一様 の内 容 を 有 った も ので は な いら し いこ と 。   後 に 紹 介 す る通 り 、 釈 安 然 の ﹃悉 曇 蔵 ﹄ の中 に 、 日本 に 伝 来 し た 四 声 の内 容 を 説 明 し た 条 があ る が、 そ の

記 述 に拠 る と 、 平 安 朝 初 期 当 時 に 日本 に伝 来 し て ゐ た 四声 には 、 旧 派 が 二 種 、 新 派 が 二 種 あ って 、 そ の 間 に

微 妙 な 相 違 があ り 、 一つ の派 の上 声 の音 価 は、 他 の派 の平 声 に似 た 音 価 を も つと 言 った 風 であ った ら し い。

之 に拠 れ ば 、 同 じ く 平 声 と 言 っても 、 ど の流 派 の平 声 であ る か に よ って、 音 価 を 異 にす る こ と が あ る わ け で 、

若 し こ の中 の或 る流 派 だ け が 残 って他 の流 派 は 後 に伝 は ら な か った と 言 ふな ら ば いざ 知 ら ず 、 さ う でな いと

す れ ば 、 そ の文 献 の四 声 は ど の流 派 の平 声 であ る か を 決 定 し た 上 で そ の音 価 を 推 定 しな け れ ばな ら な い。

  殊 に 面 倒 な の は 、 漢 音 と 呉 音 と の四 声 の相 違 で あ って、 ﹃ 法 華経音義﹄ ﹃ 梵 字 口伝 ﹄ な ど 仏 教 関 連 の文 献 に

は 、 ﹁漢 音 と 呉 音 と で は 平 声 と 上 声 去 声 と が 相 反 す る ﹂ と 言 ふ言 伝 が散 見 す る の であ る 。 此 は ど う 解 す べき

か 。 例 へば ﹁漢 音 で 平 声 と いふ 曲 節 で 発 音 さ れ て ゐ る 文 字 は 、 呉音 では 上 声 又 は 去 声 と いう 曲 節 で発 音 さ れ

てゐ る﹂ と 言 ふ意 味 にも 解 さ れ 、 ﹁漢 音 で 平 声 と い ふ 名 目 の声 調 が も って ゐ る 曲 節 は 、 呉 音 で は 上 声 又 は 去

 声 と 呼 ば れ る 声 調 がも って ゐ る曲 節 と 同 じ で あ る ﹂ と いふ 意 味 に も 解 さ れ る 。

  故 井 上奥 本 翁 は 、 古 代 字 音 の四 声 の音 価 の考 定 を 試 み ら れ た 唯 一人 の先 覚 者 であ って 、 数 多 く の前 代 の 文 献 を

渉 猟 す る 一方 、 現 在 の中 国 語 の 四 声 の音 価 を 参 照 し 、 大 正 の初 年 、 当 時 と し て は 大 変 進 ん だ 労 作 ﹁語 調 原 理 序

論 ﹂( 注2)に 於 いて 、 古 代 字 音 の四 声 の 音 価 を闡 明 し よ う と 努 力 せ ら れ た が 、 上 に挙 げ た や う な 困 難 に災 さ れ て 、

遂 に満 足 な 結 果 を 得 る に 至 ら ず 、 そ の解 決 を 後 進 に委 ね て 世 を 去 ら れ た 。 此 の稿 は、 中 絶 し た 翁 の遺 志 を 継 い で、

此 の難 問 題 の 解 決 に 当 ら ん と す る も の であ る が、( 注3)素 よ り 不 敏 の資 、 さ ぞ や 粗 漏 の点 の多 い こ と と 、 偏 へに 識 者 の叱 正 を 待 望 す るも の であ る。

  二  考 察 の範 囲 と 方 法

  古 代 の字 音 に於 け る 平 上 去 入 の四 声 は如 何 な も ので あ った か 。 此 が 小 稿 の考 察 の目 的 であ る が、 今 、 問 題 の探

究 に 入 る に 先 立 ち 、 論 旨 の多 岐 に 亙 る のを 避 け る為 に 、 前 節 に 挙 げ た諸 問 題 に就 い て私 の解 答 を 与 へ、 以 て考 察 の範 囲 を 限定 し 、 併 せ て 考 察 の方 法 を 説 明 し て置 き た い。

  第 一の 問 題 は 、 ﹁古 代 の文 献 で 四 声 の具 体 的 な 音 価 を 示 し た も の が 少 な く 、 而 も 具 体 的 な 音 価 を 示 し て ゐ る 文

献 でも 、 そ の記 述 が 果 し て信 頼 出 来 る か 否 か 疑 は し い。 之 を ど う 解 決 す る か﹂ と 言 ふ こ と で あ った 。 文 献 の 数 の

少 い こ と は 確 か に大 き な 困 難 であ る 。 そ こ で、 私 は 、 之 に 対 し て 次 のや う な 方 法 、 即 ち 、 ﹁字 音 の四 声 の音 価 を

明 ら か に す る 為 に は 、 徒 ら に 文 献 の記 述 の み に頼 る のを 避 け 、 他 の方 面 にも っと 資 料 を 籍 り る ﹂ と 言 ふ方 法 を 取

ら う と 思 ふ 。 即ち 、 小 稿 で は 、 現 代 語 に 伝 は って ゐ る 字 音 語 の ア ク セ ント 、 現 在 仏 家 に 伝 は って ゐ る 字 音誦 読 の

曲 節 、 及 び 過 去 の文 献 に そ の声 調 が 記 載 さ れ て ゐ る 語 彙 の現 代 諸 方 言 に お け る ア ク セ ント 、 な ど を考 察 し 、夫 等

を 基 と し て、 古 代 の四 声 の音 価 を 推 定 し 、 そ の結 果 を 、 古 代 の文 献 の記 述 を 通 し て推 定 さ れ る結 果 と 対 照 し て、

果 し て そ の推 定 が 正 し い か どう か を 批 判す る と いふ 行 き 方 を と ら う と 思 ふ。 此 は 、 次 節 以 下 の実 演 で見 て頂 け る

で あ ら う 。 猶 、 古 代 の文 献 で、 四 声 の 音 価 を 記 述 し た も の は 、 稀 であ る と 言 って も 全 然 無 い訳 で は な く 、 而 も 夫

等 は 比 較 的 正 確 に 音 価 を 記 述 し て ゐ る と 見 ら れ る や う であ る 。 此 等 の古 代 の 四 声 の音 価 を 記 述 し た 文 献 に 就 い て は 、 第 七 節 に 於 いて 一通 り触 れ る であ ら う 。

  第 二 の 問 題 は、 ﹁現 代 漢 学 者 の 間 に 勢 力 の あ る 四 声 の解 釈 は 、 古 代 の文 献 の 四 声 註 記 を 説 明 す る の に役 に 立 た

な い﹂ と 言 ふ こと で あ った 。 井 上 奥 本 翁 は 、 平 声＝ 平 ら な 声 調 、 上 声＝ 昇 る 声 調 、 去 声＝ 降 る声 調 、 と 言 ふ 、 漢

学 者 流 の見 方 を 、 漢 音 、 呉 音 の中 の漢 音 の 四声 の内 容 で あ る と 考 へ、 之 に よ って説 明 出 来 な い古 代 の 四声 表 記 の

例 は、 呉 音 の四 声 の内 容 によ った も の と 解 釈 さ れ た 。( 注4)此 は 、 一つに は、 現 代 の漢 学 者 が、 古 代 の儒 家 の流

れ を 汲 み 、 古 代 の儒 家 は漢 音 を 重 ん じ た 事 実 か ら 、 二 つに は 、 古 代 文 献 に 上 述 の ﹁漢 音 と 呉 音 と では 平 と 上 去 と

が相 反す る ﹂ と いふ 記 述 が 散 見 す る事 実 か ら、 考 へ つか れ た の であ ら う が、 然 し 色 々調 べ て 見 る と 、 どう も こ の

解 釈 は 正 し く な いや う であ る 。 と 言 ふ のは 、 一つ に は、 近 世 初 期 以 前 の文 献 で現 代 漢 学 者 式 の四 声 解 釈 に よ って

初 め て ア ク セ ント の記 述 が 説 明出 来 る 文 献 と 言 ふも の は 絶 無 であ る し 、 二 つ には 、 近 世 初 期 以前 の文 献 で 漢 学 者

式 の 四 声 の内 容 を 説 いて ゐ る と 見 ら れ る 文 献 も 此 ま た絶 無 だ か ら で あ る 。 即 ち 、 私 の考 へで は 、 現 代 漢 学 者 式 の

四声 解 釈 は 、 近 世 中 期 に 、 古 い伝 統 と は 別 個 に 新 た に発 生 し 、 近 世 後 期 以後 急 激 に勢 力 を 有 ち 初 め て 現 在 に至 っ

た も の で、 此 は 近 世 初 期 以 前 の文 献 を 取 扱 ふ に 当 って は 、 全 く 念 頭 に置 か な い で よ い解 釈 と 考 へる の で あ る。 そ

こ で 、 小 稿 の考 察 に於 いて は 、 平 声＝ 平 ら な 声 調 、 上 声＝ 昇 る 声 調 、 去 声＝ 降 る声 調 、 と 言 ふ 、 現 代 普 通 に行 は

れ て ゐ る 解 釈 は 全 然 棄 て 去 って、 こ の古 代 四 声 の音 価 推 定 と いふ 問 題 に ぶ つ から う と 思 ふ。 猶 、 こ の や う に論 ず

る た め に は、 夫 では 何 故 こ の漢 学 者 式 の 四声 観 が近 世 中 期 に発 生 し 、 急 激 に 盛 ん に 成 った か と い ふ事 実 を 説 明す

べき であ る が 、 こ の 解 答 ( 注5) は 長 く 成 る から 又 別 の機 会 を 有 ち た い。 又、 ﹁漢 音 ・呉 音 で 平 声 と 上 去 が 相 反 す る﹂ と い ふ 口 伝 に就 いて は 、 こ の節 の先 に 至 って考 察 す る 。

  次 に 、 第 三 の問 題 は 、 四 声 の内 容 が 文 献 に よ り 様 々で あ る こ と であ った 。 前 節 に の べた 契 沖 派 と 文 雄 派 と の 対

立 は 井 上 翁 を よ ほ ど 苦 し め た ら し く 、 特 に、 井 上 翁 が ﹁降 る 音 ﹂ と 信 じ て ゐ た 去 声 を 、 契 沖 も 文 雄 も 共 に ﹁昇 る

音 ﹂ と 見 て ゐ た事 に就 いて は 、 全 く 途 方 に暮 れ ら れ た模 様 であ った 。 今 、 此 の点 に 関 す る 私 の考 へを 述 べる と 、

契 沖 式 の見 方 即 ち 、 ﹁樋 ﹂ ﹁端 ﹂ の類 を 上 声 と 見 、 ﹁日 ﹂ ﹁橋 ﹂ の 類 を 平 声 と 見 る 見 方 は 、 伝 統 的 な 見 方 で あ って、

古 代 以 来 の伝 統 を 受 継 ぐ も の、 文 雄 式 の見 方 、 即 ち ﹁樋 ﹂ ﹁端 ﹂ の類 を 平 声 と 見 、 ﹁日﹂ ﹁橋 ﹂ の類 を 上 声 と 見 る

見 方 は 、 文 雄 が 当 時 の中 国 諸 方 言 の中 で特 に 標 準 音 と 見 た 杭 州 地 方 の方 言 で、 ﹁ 樋 ﹂ ﹁端 ﹂ の や う な ア ク セ ント が

平 声 であ り、 ﹁日﹂ ﹁橋 ﹂ のや う な ア ク セ ント が 上 声 で あ る こ と を 知 り、 そ の四 声 観 を 国 語 に 当 て嵌 め た 為 であ ら

う と 思 ふ。 文 雄 が杭 州 音 を 重 ん じ た事 は、 ﹃磨 光 韻 鏡 指 要 録 ﹄ な ど の言 葉 で 明 ら か であ る 。 又、 伊 勢 貞 丈 が、 契

沖 一派 の平 声 と し て ゐ る も のを 去 声 と し 、 契 沖 一派 の去 声 と し て ゐ るも のを 上 声 と し て ゐ る のは 、 平声＝ 平 ら な

声 調 、 上 声＝ 昇 る 声 調 、 去 声＝ 降 る 声 調 、 と 言 ふ、 前 項 に触 れ た 、 近 世 中 期 以 後 に 発 生 し た 解 釈 法 で あ って、 古

代 の四 声 を 考 へる に は 参 考 にす る 必 要 のな いも の、 つま り 、 伊 勢 貞 丈 は 、 現 代 流 行 の四 声 解 釈 の尖 端 を 切 った 人 と 見 ら れ る。( 注6)

  次 に第 四 の問 題 は、 ﹁古 代 の四 声 の内 容 が複 雑 だ った ら し い﹂ と い ふ こ と で あ った 。 ﹃ 法 華 経 音 義 ﹄ 所 載 の点 図

のや う に、 普 通 の平 上 去 入 の他 に 、 そ れ ぞ れ 軽 重 の平 上 去 入 が あ る ので は 、 甚 だ 複 雑 であ って、 そ の音 価 を 推 定

ト の記 述 を 考 へる資 料 と し て の四 声 の 音価 の考 察 と 言 ふ こ と に 限 る な ら ば 、 国 語 の アク セ ント を 表 記 し て ゐ る 四

す る こと は 容 易 でな いと 思 は れ る 。 然 し、茲 に、 問 題 を 、 四声 全 般 と 言 ふ の で は な く 、 唯々 古 代 国 語 の ア ク セ ン

声 の名 目 は 、 平 声 だ け は 、 一般 の平 声 の他 に平 声 の軽 を も 用 ゐ てゐ る が 、 上 声 ・去 声 は軽 と も 重 と も 著 かな いも

のだ け で、 結 局 、 平 声 の軽 重 と 、 上 声 一般 、 去 声 一般 と が 明 ら か に成 れ ば 十 分 で あ る 。 而 し て此 の四 声 の 音 価 の 推 定 だ けな ら ば 、 さ ほ ど 面 倒 な事 は な い。

  又 、 四声 に 於 け る 軽 重 と いふ 概 念 は、 古 く は金 沢 庄 三 郎 博 士 ・岩 橋 小 弥 太 氏 辺 り 、 近 く は 朝 山 信 弥 氏 辺 り が そ

の内 容 の捕 捉 に 苦 し ま れ た が、( 注7)現 在 の仏 家 に 於 け る 使 用 例 、 現 代 中 国 語 に 於 け る 使 用 例 や 、 表 記 さ れ て ゐ

る字 音 の例 等 を考 慮 に 入 れ て、 古 代 文 献 の 記 述 を 検 討 す れ ば、 ﹁軽 ﹂ と は、 同 種 類 の声 調 の中 、 よ り 高 く 初 ま る

声 調 、 ﹁重 ﹂ と は、 よ り 低 く 初 ま る声 調 の称 であ る 、 と 見 て よ い やう であ る。( 注8)

  第 五 の問 題 は 、 ﹁日本 に伝 来 し た 中 国 語 の 四 声 に は 種 々違 ふ も の が あ る と 推 定 さ れ た ﹂ と い ふ こ と で あ る。 確

かに安然 の ﹃ 悉 曇 蔵 ﹄ 辺 り に拠 れ ば、 種 々 の 内 容 を も った 四声 が 日本 に伝 へら れ た や う で あ る。 が 、 今 、 ﹃ 類聚

名 義 抄 ﹄ を 初 め 、 平 安 朝 中 期 以後 、 近 世 初 期 に至 る 文 献 で、 国 語 の ア ク セ ント を 、 四 声 に よ って表 記 し た 文 献 を

通 覧 す る と、 一つの文 献 に平 声 と 表 記 さ れ た 語 は、 大 体 他 の文 献 にも 平 声 と 表 記 さ れ て 居 り 、 或 る 文 献 に上 声 と

表 記 さ れ た 語 は 、 他 の文 献 にも 上 声 と 表 記 さ れ て ゐ る 、 と 言 ふ 風 で、 之 か ら 見 る と 、 平 安 朝 以 後 、 和 語 の ア ク セ

ント を 表 記 説 明す る に 用 ゐ ら れ た も の は 、 平 安 朝 初 期 に伝 へら れ た 各 派 の 四声 観 の中 の、 限 ら れ た 一つ の 派 だ け

と 見 てよ いや う で あ る 。 即ち 、 ﹃ 悉 曇 蔵 ﹄ に 見 え る 各 派 の四 声 観 の中 、 一つを 取 れ ば よ い の であ って、 見 掛 け 程

困 難 で は な い。 但 し 、 近 世 中 期 以 後 に 成 る と 、 前 項 に述 べ た や う な 文 雄 一派 の四 声 観 、 伊 勢 貞 丈 等 を 魁 と し て 現

代 漢 学 者 間 に伝 へら れ て ゐ る 四 声 観 が 起 った が 、 此 は 特 別 な も の と し て 、 除 いて よ いこ と前 述 の 通 り であ る 。

  又、 ﹃法 華経 音 義 ﹄ ﹃悉 曇 口 伝 ﹄ 等 の仏教 関 係 の文 献 に 見 え る 、 ﹁漢 音 と 呉 音 と で は 平 声 と 上 去 声 と が 相 反 す る ﹂

と 言 ふ 詞 に就 いて は 、 井 上 翁 は 、 ﹁漢 音 の去 声 は 、 高 か ら 低 へと 降 る 音 であ り 、 呉 音 の去 声 は、 低 か ら 高 へ昇 る

音 であ る ﹂ と 言 ふ や う に、 個 々 の声 調 に つ いて 高 低 関 係 が 逆 に成 って ゐ る意 味 と 考 へら れ た 。 所 が 、 実 際 に 古 代

の文 献 に 当 って 見 る と 、 ﹁人 ﹂ な ら ば ﹁人 ﹂ と 言 ふ漢 字 は 、 漢 音 では 平 声 、 呉 音 で は 去 声 と 成 って居 り 、 ﹁子 ﹂ と

言 ふ漢 字 は 、 漢 音 で は 上 声 、 呉 音 で は 平 声 に成 ってゐ る と 言 ふ やう に、 同 一の文 字 に就 いて、 漢 音 と 呉 音 と で四

声 の名 目 が違 って ゐ る こ と が 観 察 さ れ る 。 然 ら ば 、 ﹁漢 音 と 呉 音 と で 平声 と 上 去 声 と が逆 だ ﹂ と 言 ふ のは 、 ﹁漢 音

の平 声 の音 価 は、 呉 音 の 上 声 や 去 声 の音 価 と 同 じ だ ﹂ と 言 ふ意 味 で は な く 、 ﹁漢 音 で 平 声 の文 字 は 呉 音 で は 上 声

又 は 去 声 に発 音 さ れ る﹂ と 言 ふ意 味 で あ って 、 例 へば 平 声 な ら 平 声 と 言 ふ 声 調 に就 いて 言 ふ 場合 には 、 漢 音 の平

声 で も 呉 音 の平 声 でも 、 同 じ音 価 を 有 って ゐ る 、 と 見 る べき だ 、 と 考 へら れ る。

  以 上 を 以 て 不 十 分 な がら 、 前 節 に挙 げ た 諸 問 題 に 就 いて の解 答 を 終 へた こ と と し 、 次 節 以 下 に於 い て、 古 代 の

字 音 の平 上 去 入 の 四声 は 具 体 的 に は ど ん な 音 価 を も って ゐ た か と 言 ふ本 題 の論 究 に入 ら う と 思 ふ。

  三   中 国 語 の 四 声 の 音 価 の考 察

  往 時 の 四 声 な る も の の具 体 的 な 内 容 は ど のや う な も の であ った か。 之 を 考 察 す る 手 懸 り と し て、 先 づ有 力 な 候

補 者 と し て念 頭 に 思 ひ浮 ぶも のは 、 四 声 が 中 国 か ら 伝 来 し た 観 念 で あ る 以 上 、 そ の本 家 本 元 であ る 中 国 に 於 い て、

四 声 の内 容 は 古 く ど のや う な も の であ った かを 、 明 ら か にす る こと で あ ら う 。 我 が国 の 字 音 の代 表 的 な も のと し

て、 漢 音 と 呉 音 と が あ る が 、 そ の中 、 呉 音 は、 我 が 国 と 中 国 と の直 接 の交 通 が 開 け な い以 前 の江 南 地 方 の 音 を 、

朝 鮮 を 通 じ て伝 へた も の で あ り 、 漢 音 は 、 平 安 朝 初 期 、 つま り 唐 代 の長 安 地方 の音 を 伝 へた も の と 推 定 さ れ て ゐ

る 故 、 当 時 の そ の地 方 の 四 声 は ど のや う であ った か 、 と 言 ふ こと が 明 ら か に さ れ れ ば 大 変 好 都 合 な わ け で あ り 、

仮 令 そ の地 方 の そ れ でな く て も 、 古 代 の中 国 語 音 の 四声 の正 体 が 明 ら か にさ れ る こと が 望 ま し いわ け であ る 。 然

し 、 こ の、 往 時 の中 国 の 四 声 な る も のが 、 ど のや う であ った か を 推 定 す る こ と は 甚 だ 困 難 な やう であ る。

  抑々 中 国 に 於 け る 古 代 の 四 声 の内 容 を 考 察 す る 上 に、 先 づ 手 懸 り と 成 る と 思 は れ る も の は 、 ﹁平 声 ﹂ ﹁上 声 ﹂

﹁ 去 声 ﹂ ﹁入 声 ﹂ と 言 ふ名 目 の字 面 であ る 。 即 ち 、 誰 でも 平 声 は ﹁平 ら な 声 ﹂ の意 味 で あ ら う し、 上 声 は ﹁高 く 上

る 声 ﹂ の意 味 であ ら う 、 随 って少 く と も そ の術 語 が初 め て 用 ゐ ら れ た 時 代 に は 、 平 声 は 平 ら な 曲 節 を も ち 、 上 声

( 周 捨 の父)等 に よ って 用 ゐ ら れ 初 め た も のと 言 ふ 。

は 低 か ら 高 へ上 昇 す る 曲 節 を も って ゐ た の で は な い か、 と 推 測 し て し ま う の であ る。 而 し て ﹁四 声 ﹂ と いう 術 語 は 、 南 北 朝 の斉 の永 明年 間 ( 四八三︲四九三) に、 沈 約 ・周〓

  然 し 、 こ の推 測 は 当 って ゐ る か どう か 、 疑 問 な き を 得 な い。 と 言 ふ の は、 今 、 ﹁平 ﹂ ﹁上 ﹂ ﹁去 ﹂ ﹁入 ﹂ と い ふ文

字 の四 声 を 調 べ て見 る と 、 ﹁平 ﹂ 字 は 丁 度 平 声 に属 し 、 ﹁上 ﹂ 字 は 丁 度 上 声 に属 し 、 ﹁去 ﹂ 字 は 丁 度 去 声 に 属 し 、

﹁入 ﹂ 字 は 丁 度 入 声 に属 し て 居 り、 之 は 偶 然 で は な い と 思 は れ る。 そ れ 故 ﹁平 声 ﹂ と か ﹁上 声 ﹂ と か 言 ふ 術 語 は 、

王 力 氏 が 疑 を 掛 け た や う に、( 注9) ﹁平 ら な 声 ﹂ ﹁上 る 声 ﹂ と 言 ふ 意 味 で は な く て 、 寧 ろ 、 ﹁﹃ 平 ﹄ と いふ 文 字 の や

う な 声 ﹂、 ﹁﹃上 ﹄ と いふ 文 字 のや う な 声 ﹂ の 意 味 で は な い か と 疑 は れ る か ら であ る。 若 し 平 声 と い ふ 声 調 が 、

﹁平 ﹂ と い ふ文 字 の声 調 で あ り 、 而も 平 ら な 曲 節 を 有 ち 、 上 声 と い ふ声 調 が 、 ﹁上 ﹂ と いふ 文 字 の声 調 であ り 、 同

時 に低 か ら 高 へ上 る 曲 節 を 有 って ゐ た な ら ば 、 問 題 は な い。 然 し 、 仮 令 そ の曲 節 が 実 際 に は 平 ら で な く て も 、

﹁﹃平 ﹄ と いふ 文 字 の曲 節 だ と いふ 理由 か ら 、 そ の曲 節 を 平 声 と 呼 ぶ ﹂ と 言 ふ や う な こ と も あ り得 る の で は な い か。 特 に去 声 の如 き は 、 こ の や う な 方 法 で は 何 と も そ の内 容 を 推 測 し 難 い の であ る 。

  そ し て 又 、 仮 に 、 沈 ・周 時 代 の平 声 が 実 際 に 平 ら な 曲 節 を も った 声 調 であ り 、 上 声 が 上 昇 す る 曲 節 を も った 声

否、

調 であ った と し て も 、 此 が 古 代 中 国 語 の四 声 一般 に通 じ た 事 実 だ と は 見做 し が た い。 と 言 ふ のは 、 沈 ・周 の居 た

の は今 の江 南 地方 であ らう が 、 そ の地 方 の 四 声 は そ の時 代 既 に 長 安 地 方 の四 声 と 違 って ゐ た か も 知 れ な い︱

恐 ら く 違 って ゐ た ら う と 思 は れ る か ら であ る 。( 注1) 0即 ち 、 之 に よ って、 漢 音 の四 声 の音 価 を 推 定 す る こ と は 無

理だ と 言 は な け れ ば な ら な い。 然 ら ば 、 呉 音 の四 声 は ど う か、 呉 音 は 江 南 の地 の 音 と 推 定 さ れ る から 、 呉 音 の 四

声 は 推 定 出 来 る か と 思 は れ る が、 現 在 の呉 音 な る も の は 、 江 南 地方 から 朝 鮮 に 一先 づ 伝 へら れ 、 そ れ が 日 本 に輸

入さ れ た も の であ る か ら 、 ど こま で純 粋 に も と の音 を 伝 へて ゐ る か 甚 だ 疑 は し いも の であ る 。 而 も そ の四 声 は 、

前 に 触 れ た や う に漢 音 や 、 現 中 国 の韻 書 に 於 け る 四 声 と は 全 く 様 相 が 異 って ゐ て 、 一般 に平 声 と 呼 ん でゐ るも の

を 上 声 又 は去 声 と 呼 ん で ゐ る の で あ る 。 而 し て沈 ・周 が 平 上 去 入 と 呼 ん でゐ るも のは 、 漢 音 や 韻 書 のも の と 一致

す る 。 と す れ ば 、 呉 音 の四 声 と い ふも のは 、 中 国 か ら 伝 は った も の で は な く て、 漢 音 の 四声 が 伝 へら れ て か ら 、

そ の音 価 を 基 と し て、 以 前 に伝 は って ゐ た 呉 音 の声 調 を 解 釈 し た も のか と 推 測 さ れ る 。 そ れ な ら ば 、 仮 令 呉 音 そ

のも の が 江 南 の地 の 音 であ る と し ても 、 そ の四 声 は 沈 ・周 の考 へて ゐ た 四 声 と は 全 然 内 容 の違 った も のと 考 へな

け れ ば な ら な い。

  古 代 の中 国 語 の 四声 の音 価 を 推 定 す る手 懸 り と な る と 思 は れ る 第 二 のも のは 、 古 代 文 献 に 見 ら れ る 四 声 の音 価

に 関 す る 記載 であ る。 こ の方 面 で 最 も 著 名 な も の は 、 先 づ唐 の 元 和 年 間 ( 八〇六-八 二〇) に成 立 し た と 見 ら れ る ﹃元 和 韻 譜 ﹄ に出 て ゐ る と いふ 次 の 詞 であ る。   平 声 ハ哀 ニシ テ安 シ   上 声 ハ厲 シク シ テ 挙 ル   去 声 ハ清 ク シ テ遠 シ   入 声 ハ直 ク シ テ促 ル

 こ の詞 は 、 成 立 年 代 が 古 く 、 而 も 確 実 であ る と いふ 点 で尊 重 す べき も の であ る が 、 然 し 一読 し て知 ら れ る や う に 、

そ の表 現 が甚 だ 文 学 的 であっ て 、 高 低 現象 に触 れ た 辞 句 は、 こ の中 で ﹁ 挙 ル﹂ 一語 であ る 。 これ で は 、 之 を 基 と し て 平 上 去 入 の音 価 を 推 測 す る こ と は 、 到 底 不 可能 と 言 は ざ る を 得 な い。

  之 に継 ぐ 古 い四 声 の説 明 と し て は 、 ﹃康 煕 字 典 ﹄ にも 引 か れ て ゐ る の で著 名 な 、 次 の詞 であ る 。   平 声 ハ平 ラ ニ道 ヒ テ低 昂 ナ シ   上 声 ハ高 ク 呼 ビ テ 猛 烈 ニ強 シ   去 声 ハ分 明 哀 遠 ニ道 フ   入 声 ハ短 ク 促 リ急 ニ収 蔵 ス

 此 は 明 の ﹁ 主鑰 匙 歌 訣 ﹂ に出 て ゐ る のを 初 見 と す る 由 で、 劉 復 氏 は そ の文 体 から 、 唐 末 宋 初 の頃 、 文 人 によ って 唱 へ出 さ れ た も の と推 測 さ れ た 。( 注11)

  此 は 成 立 年 代 の 明 ら か でな い点 で ﹃元和 韻 譜 ﹄ のも の に 一籌を 輸 す る が 、 四声 の内 容 を 表 す の に ﹁平 ラ ニ道 ヒ

テ低昂ナ シ﹂ ﹁ 高 ク 呼 ビ テ﹂ のや う に 高 低 現象 を 表 す 辞 句 を 用 ゐ て ゐ る 点 で 韻 譜 のも の よ り遙 か に 勝 れ て ゐ る と

言 ふ べき であ る 。 然 し 、 劉 復 氏 も 言 は れ る や う に、( 注12) ﹁猛 烈 ニ強 シ ﹂ は 音 の強 弱 を 述 べた も の、 ﹁短 ク 促 リ ﹂

特 に去声 に於 いては不可能

は 音 の 長短 を 述 べ たも の、 ﹁分 明哀 遠 ﹂ に至 って は、 物 理 的 範 囲 を 離 脱 し て 心 理的 属 性 であ る 音 色 に就 い て述 べ

た も の で 、 之 を 通 じ て 当 時 の四 声 の音 価 を 想 定 再 構 す る こ と は 甚 だ 困 難 であ り 、︱

と 言 は な け れ ば な ら な い。 そ し て平 声 と 、 之 に次 い で上 声 と は 、 こ の記 述 に よ って そ の曲 節 が 彷 彿 す る け れ ど も 、

然 し 此 も 疑 って 見 れ ば 、 果 し て 作 者 が 音 の高 低 昇 降 を 正 し く 捉 へ得 た か ど う か 、 例 へば ﹁平 声 ﹂ と か ﹁上 声 ﹂ と

か いふ 文 字 面 に引 摺 ら れ た 解 釈 を し な か った か ど う か、 他 に資 料 が 無 い 限 り 何 と も 言 へな い ので あ る 。

  四声 の音 価 を 説 明 し た文 献 は 、 右 二 種 類 以外 にも な い訳 で はな い が、 今 ま で知 ら れ てゐ るも のは 、 ず っと 明末

以 後 に 降 る も ので 、 こ の問 題 の解 決 に は 余 り 重 要 な 働 き を な す と は 考 へら れ な い。

  古 代 中 国 語 の四 声 の 音 価 の推 定 に 、 文 献 が 余 り 役 立 た な いとす れ ば 、 次 には 現在 中 国 語 の 諸 方 言 の 四 声 の音 価

に 頼 る 外 はな い こと と な る 。 即 ち 、 そ れ は カ ル ルグ レ ン が 現代 中 国 語 諸 方 言 の音 韻 状 態 を 比 較 し て、 古 代 中 国 語

︱方 言 に よ って は 五 声 ・六声 或 いは 八 声 ・九 声 で も あ る が

︱声 調 の

の音 韻 体 系 を 再 構 し た 如 き 方 法 を と る わ け であ る。 然 し 、 此 も 、 現 在 の所 は 一寸 手 を 下 し か ね る 状 態 であ る。 と 言 ふ のは 、 現 在 の諸 方 言 に於 いて 、 四 声

音 価 が余 り に も 千 差 万 別 の様 相 を も って ゐ る か ら で あ る 。

  劉 復 氏 の ﹃四 声 実 験 録 ﹄ を繙 け ば 、 四 声 の内 容 が 、 北 京 ・南 京 ・武 昌 ・長 沙 ・成 都 ⋮ ⋮ と 言 った 地 方 で 、 様 々

の変 化 を し て ゐ る こ と が 知 ら れ る が 、(注13)こ のや う な 相 違 は 、 決 し て 遠 隔 な 地 方 の 間 だ け に 見 ら れ る も の で は

な く 、 例 へば 北 京 と 天 津 と 言 った や う な 、 僅 か 二 十 余 里 を 隔 て た 地 方 の間 に も 見 ら れ る や う であ る 。( 注14)特 に

驚 く べき は 、 所 謂 呉 方 言 に 於 け る 複 雑 性 で あ って 、 趙 元 任 氏 の ﹃現 代 呉 音 的 研 究 ﹄ ( 七三頁以 下)を繙 け ば 、 そ こ

には 約 七 八 十 方 里 内 に介 在 す る 三 十許 り の都 邑 に 於 け る 調 査 の結 果 が 掲 げ ら れ てあ る が 、 先 づ 上 平 声 は、 宜 興 ・

武 進 ・呉 江 ・金 華 等 で は大 体 平 調 、 江 陰 ・無 錫 ・上 海 ・松 江 ・嘉 興 等 で は大 体 下 降 調 、 金 壇 ・呉 県 ・余姚 等 で は

大 体 上 昇 調 、 更 に 靖 江 ・黄 厳 ・衢県等 では 初 下 降 後 上 昇 の複 合 調 と 言 った有 様 、 下 平 声 、 上 声 、 去 声 も 之 に準 じ

て 各 地 各 様 と 言 った有 様 で、 そ の間 に は自 ら な る傾 向 さ へ見 出 だ す こ と の出 来 な い状 態 で あ る 。 ま さ か 広 い中 国

全 土 が こ のや う であ る と は 思 へな い が、 少 く と も ﹁中 国 全 土 は ど の やう にな って ゐ る か 一寸 想 像 が つか な い﹂ と 言 は ざ る を 得 な い。

  劉 復 氏 は ﹃四声 実 験 録 ﹄ の巻 尾 に、 各 地 方 の 四声 の音 価 を 比 較 綜 合 し た 結 語 と し て、   平 声 ノ 音 ハ、 最 モ平 実 ニ シ テ、 ソ ノ 曲 折 ハ最 モ少 シ。

  上 声 ノ 音 ハ、 最 モ高 ク 、 大 多 数 ノ 上 声 ノ 全 部 或 イ ハ 一部 ハ、 都 、 高 ク 線 ノ 上 ニ出 デ、 只々 南 京 ノ ﹁上 ﹂、 広 州 ト 福 州 ノ ﹁下 上 ﹂ ト ハ例 外 ナ リ 。

  去 声 ノ 音 ハ、最 モ曲 折 シ、潮 州 ノ ﹁上 去 ﹂ト 広 州 ノ ﹁上 下 ノ 両 去 ﹂ノ 外 ハ、ソ ノ 余 ハ、都 、曲 折 較々 多 キ 線 ナ リ 。

  入声 ノ 音 ハ、 最 モ短 ク 、 短 カ ラ ザ ル ハ、只々 武 昌 ・長 沙 (オ ヨビ北京 ) ノ ミ 。

 と 述 べて ゐ る が、 さ う だ か ら と 言 って 、 古 代 の四 声 も 同 様 の性 格 を も って ゐ た ら う と は 断 定 し が た いわ け で 、 結

局 古 代 の四 声 の音 価 の推 定 に 役 立 た せ る た め に は 、 ま だ ま だ 諸 方 言 の四 声 に 関 す る精 密 な 比 較 研 究 が な さ れ な け れ ば な ら な いわ け であ る。

  古 代 の中 国 語 の四 声 の 音 価 の推 定 に は 、 ま だ こ の外 に 、 音 韻 現象 、 特 に音 韻 変 化 の現 象 に就 いて の音 声 学 的 な 解 釈 も 一役 買 ひ 得 る 筈 であ る 。

  例 へば 、 現 代 北 京 官 話 の去 声 は 、 古 代 の北 方 中 国 語 の去 声 の文 字 全 部 の外 に、 古 代 北 方 中 国 語 の上 声 のう ち 、

韻 書 の所 謂 ﹁全 濁 ﹂ を 声 母 (即ち頭 音) と す る 文 字 を 含 ん で ゐ る が、 此 は 、 古 代 の 上 声 の文 字 が 二 つ に別 れ 、 全

清 ・次 清 ・次 濁 を 声 母 とす る も の は 上 声 に止 ま った が 、 全 濁 を 声 母 (‖頭 音) と す る も のは 、 去 声 の 文 字 へ合 流

し た こと を 意 味 す るも の であ る。 所 で、 元 来 全 濁 ( カ ル ルグ レンに従 へば 、古 代中 国 語 に お いて は有気 有 声 音 と推 定

そ れ は 恐 ら く 日本 の承 和 ( 八三四︱

さ れ てゐ る)を 頭 音 と す る 音 節 は 、 音 声 学 的 に 見 て、 他 の音 を 頭 音 と す る も のよ り も 、 初 ま り が 低 く 発 音 さ れ る 可能 性 を も って ゐ るも の であ る。 さ う す る と 、 こ の声 調 変 化 が 起 った 当 時︱

八四七)以 前 ︱

の北 京 語 の 祖 語 に 於 て は 、 上 声 と 去 声 と は 、 音 節 の初 頭 を 除 い て は 似 た 曲 節 声 調 で あ った 、 而

例 へば 若 し 上 声 を 高 平 調 と す る な ら

こ と が想 像 さ れ る ので あ る 。( 注15)

も 上 声 の方 は よ り 高 く 初 ま り 、 去 声 の方 は よ り 低 く 初 ま る も の であ った︱ ば 、 去 声 は 上 昇 調 と 言 ふ や う な の で は な いか、 と い ふ や う な︱

  此 は 唯 一例 で あ って、 こ のや う な 方 法 は 将 来 各 地 の方 言 の四 声 の変 化 を 考 察 す る上 に 応 用 さ れ る べき だ と 思 は

れ る が 、 ま だ 資 料 が出 揃 は な い現 状 で は 、 未 だ 十 分 威力を 発 揮 出 来 な いと 言 は ざ るを 得 な い。

  以 上 、 こ の 節 に考 察 し た 所 を 綜 合 す れ ば 、 現 在 の所 で は 、 中 国 語 の古 代 の四 声 の 音 価 がど んな であ った か は 明

ら か でな く 、 之 を 基 と し て 古 代 日本 に 伝 は った 四 声 の 内 容 を 明 ら か にす る こ と は ま だ 不 十 分 で あ る 。 但 し 、 不 完

全 で は あ る が 、 以 上 に考 察 し た 結 果 を 綜 合 す れ ば 、 古 代 の 四声 の内 容 は次 のや う であ った と 見 る 時 に、 最 も 妥 当 性 が 大 き いと 言 へる か も 知 れ な い。

  ○ 平 声 ⋮ ⋮ 平 ら な 曲 節 。 も し 上 声 が 高 い平 ら な 曲 調 であ るな ら ば 、 平 声 は 低 い平 ら な 曲 節 。   ○ 上 声 ⋮ ⋮ 高 い曲 節 。 上 昇 す る 曲 節 と いふ よ り は 高 い平 ら な 曲 節 。   ○ 去 声 ⋮ ⋮ 高 低 変 化 のあ る 曲 節 、 強 ひ て 言 へば 下降 調 と いふ よ り は上 昇 調 。   ○ 入 声 ⋮ ⋮ これ は Ptk の 入破 音 で終 る 音 と し て 問 題 は な い。   こ れ を 一層 簡 単 な 形 で 表 は せ ば 次 の やう に な る。

︹結 論 第 一︺ 平声 ⋮ ⋮ 平調 。 殊 に低 平調? 上 声 ⋮ ⋮高 い声調 。 高 平調 か。 去 声 ⋮ ⋮変 化 のあ る声 調。 上昇調 か。 入声 ⋮ ⋮ 入破 音。

右 の想 定 は、 上 に述 べた 、 平 声 ・上 声 ・去 声 ・入 声 と いふ 語 の 語 源 、 古 代 文 献 に見 ら れ る 四 声 音 価 の記 述 、 現 在

諸方 言 を 通 じ て 見 ら れ る 各 声 の 一般 的 性 格 、 音 声 学 を 応 用 し て の音 韻 の変 化 の説 明 、 と い ふ 各 項 目 に 照 ら し て矛 盾 が な いと 思 ふ 。

  四   現 在 の 国 語 諸 方 言 に 伝 へら れ て ゐ る 字 音 語 の ア ク セ ン ト

  古 代 中 国 語 に お け る 四 声 の 音 価 が 明ら か に し が た いと す れ ば 、 我 が国 古 代 の字 音 語 の 四声 を 明 ら か に す る為 に

は 、 矢 張 り 眼 を 内 に向 け て 日本 に 残 って ゐ る 資 料 に頼 ら な け れ ば な ら な い。 日本 に 於 け る、 古 代 の字 音 の四 声 を

考 へる 上 に 、 最 も 手 近 の資 料 と な る べき も のは 、 我 が 国 現 在 諸 方 言 に 伝 は って ゐ る 字 音 語 のア ク セ ント であ る 。

  抑々 我 々が 日 常 用 ゐ て ゐ る 字 音 語 の ア ク セ ント に 、 元 の中 国 語 の四 声 が 伝 は って ゐ る と 言 ふ こと は、 従 来 余 り

注 意 さ れ な か った 所 で あ る 。( 注16)然 し 、 一般 に、 或 る国 語 が、 外 国 語 と し て 他 の国 語 を 話 す 人 々に 学 ば れ 、 そ

の傍 ら そ の単 語 が外 来 語 と し て 帰 化 し て 行 く 時 は、 さ う いふ外 来 語 の 上 に は 、 元 の アク セ ント が、 そ の俤 を 止 め

る こと が 少 く な いや う であ る 。 最 近 の例 で言 へば 、 我 が国 は 英 米 から エ ッセ ン ス ・シ ン フ ォ ニー ・ナ ン セ ン ス ・

ハイ キ ング ・バ ッテ リ ー ・モ ー ニング と 言 った や う な 単 語 を 外 来 語 と し て 受 入 れ た が、 此 等 の語 彙 は 、 標 準 語 に

於 いて○ ○ ○ ○ ○ 型 と 言 ふ 型 で 発 音 さ れ て ゐ る。 ○ ○ ○ ○ ○ と い ふ 型 は 日 本 語 の標 準 語 と し て は極 め て 珍 し い型

で あ る 。 此 等 は 英 語 の時 の ア ク セ ント を 保 存 し て ゐ る も の で あ る こと 疑 な い。 而 し て、 こ の事 情 は 昔 も 今 と 変 り

な か った と 思 は れ る 。 即 ち 、 漢 語 は 、 大 和 時 代 以 来滔 々 と し て 日本 語 の中 に そ の語 彙 が流 入 し 来 り 、 殊 に奈 良 朝

即 ち 四 声 を 何 等 か の形 で伝 へて ゐ る も のが あ って よ いと 思 は れ る 。 平 安 朝 中 期 に 、 時 の 碩 学 源 為 憲 が 、

平 安 朝 初 頭 の頃 に は 喧 し く ( 注17)そ の発 音 を 正 さ れ た 中 国 語 で あ る が 、 此 等 の中 に は 、 当 然 元 の中 国 語 の ア ク セ ント︱

藤 原 為 光 の息 、 松 雄 君 のた め に 書 いた ﹃口 遊 ﹄ は 、 当 時 の貴 族 の 子弟 が 常 識 と し て 心得 て ゐ な けれ ば な ら な か っ

た 事 項 を 書 記 し た も のと 言 は れ る が 、 そ れ を 開 いて 見 る と 、 そ の中 に 出 て来 る ﹁顔 淵 ﹂ ﹁閔子騫 ﹂ と 言 ふ や う な

単 語 に 四 声 を 示す 点 、 即 ち ﹁声 点 ﹂ が 差 し てあ る 。 此 な ど は 当 時 のイ ン テ リ 階 級 の人 達 が漢 語を 口 にす る 場 合 に、

そ の ア ク セ ント ま で喧 し く 詮 議 立 てを し て正 しく 発 音 し よ う と し た こ と の 現 れ であ る と 考 へる。( 注18)

多 く 、 殊 に 新 し い時 代 に我 が 国 で作 ら れ た 漢 語 に お い て は 、 そ の文 字 の四 声 と は 無 関 係 な ア ク セ ント で呼 び 初 め

  勿 論 、 漢 語 の中 に は 、 平 安 朝︱ 現代 と い ふ永 い期 間 のう ち に は、 も と の 四声 の俤 を 全 然 失 って し ま った も のも

ら れ た も のが 多 いこ と であ ら う し 、 そ れ 故 、 現在 我 々 の漢 語 の中 で 、 元 の 四声 を 伝 へて ゐ る も の は苟 に寥 々た る

も の であ ら う 。 然 し 、 兎 に角 少 し でも 四 声 を 伝 へて ゐ るも のが あ れ ば 面 白 いの で あ って 、 偶 々茲 に 次 のや う な 二 つ の事 実 が存 在 す る こと は、 注 目 に値 す る と 考 へら れ る 。

⋮ ⋮ 禾ク

ヱ  ケイ 

 ( 仏上巻三三枚ウ)

( 仏上巻二枚オ)

  第 一は古 代 の漢 字 辞書 の記 載 で あ る が、 例 へば ﹃類 聚 名 義 抄 ﹄ を繙 く と 、 そ の中 に   佳⊥家   起  ⊥豈 ⋮ ⋮ 禾   キ

の如 く 、 解 説 す べき 漢 字 の下 に、 ﹁⊥□ ﹂ の や う な 体 裁 で著 者 の所 謂 正 音 ( 現 代 の所 謂 漢 音 の こ と ) を 挙 げ 、 声

点 を 差 し て そ の四 声 を 註 記 し て ゐ る 他 に 、 ﹁禾 □ ﹂ のや う な 体 裁 で ﹁和 音 ﹂ と い ふ も のを 註 記 し て、 夫 にも 声 点

を 差 し て ゐ る 例 が 見 出 だ さ れ る 。 而 し てそ の和 音 の声 点 を 調 べ て 見 る と 、 例 へば 、 仏 上 巻 か ら仮 名 一文 字 で 表 記

し てあ る 例 を 全部 拾 ひ蒐 め て 見 る と次 に掲 げ る 如 く にな り 、 平 声 の位 置 に差 さ れ て ゐ る 文 字 と 去 声 の位 置 に 差 さ

れ て ゐ る 文 字 と が あ る こ と が 知 ら れ 、 更 に そ の声 点 の位 置 を 漢 音 の四 声 を 示す 一般 韻 書 、 並 び に 、 呉 音 の 四 声 を

示 す ﹃法 華 経 音 義 ﹄ そ の他 の仏 書 に就 い て比 較 し て 見 る と 、 ﹃名 義 抄 ﹄ の和 音 に 於 いて 平 声 の位 置 に差 さ れ て ゐ

る も の は 、 韻 書 で は 上 声 又 は 去 声 の位 置 に、 仏 書 で は 平 声 の位 置 に差 さ れ て居 り 、 ﹃名 義 抄 ﹄ の和 音 に 於 い て 去

声 の位 置 に 差 さ れ て ゐ る も の は 、 韻 書 で は 平 声 の 位 置 に、 仏書 で は 上 声 (又 は 去 声 ) の 位 置 に差 さ れ て ゐ る こ と が 知 ら れ る の であ る。

︹甲 類 ︺ ( 漢 字 ) 

名義 抄 の和 名義 抄 にお ( (. 音 の記載 )  け る所在 ) 

韻書 に見 え る四声) 

(

仏書 に見 ( える 四声

  〃  三 三枚 ウ 

  〃  三 八枚 ウ 

去

上

上

 平

 平

 平

 平

 平

禾 カ (平 )

  〃   四枚 オ 

上

 平

 上 ・去

禾 キ (平 )

  〃  一六枚 オ  

 去

  平

仏上 四 二枚ウ

禾 ク (平 )

 〃  一〇枚 ウ

  去

 平

禾 ウ (平 )  

﹁起 ﹂  

禾 ク (平 )

〃 四 二枚 ウ

  平( 例 外)

 平

﹁右 ﹂  

﹁休 ﹂  

禾 ケ (平 )

〃 四 一枚 オ

 去

平

平

 

〃  一七枚 オ

 上  

 平

上 

  禾 コ (平 )

﹁傴﹂  

﹁可 ﹂

  禾 コ (平 ) 

  〃  四 二枚 ウ

 去

〃 四三 枚 オ 

﹁価 ﹂

禾 サ (平 ) 

〃  三 八枚 オ

禾 ウ (平 ) 

﹁去 ﹂

禾 サ (平 )  

 去  

﹁有 ﹂ 

﹁作 ﹂  

禾 シ (平 )

〃  四 〇枚 ウ

 

﹁左 ﹂  

﹁乎 ﹂

 

 

 

﹁至﹂

禾 シ (平 )

平

 

平

﹁事 ﹂

 去 

平

  〃   二 枚オ

 

  〃  三 五枚 オ

去 

 平

禾 主 (平 )

〃 二八枚 ウ 

 去

﹁趣 ﹂  

〃  一九枚 ウ

 平

禾 ヒ (平 )    禾 フ (平 ) 禾 ヰ (平 )

 去

﹁避 ﹂  ﹁復 ﹂

﹁位 ﹂  

)

禾 イ (去 )  

︹乙類 ︺ ﹁伊 ﹂   禾 ク (去 )

 

﹁丘﹂   ﹁牙 ﹂   禾 フ (去 )

〃  三 八枚 オ  

  〃  三 八枚 ウ 

仏上 一七枚 オ 

平

平

平

 上 ・去

 上 ・去

  上

 上

  ( 未知 )

 去

  平 ・上 上

〃  三九 枚オ

  〃  一七 枚オ  

  平 ・去

 

〃  二六 枚オ

 

禾 ゲ (去 )  

﹁不 ﹂ 禾 ホ (去 )

  禾 ヱ (去 )

﹁保 ﹂   ﹁廻 ﹂

 事 情は 仏 中 巻 以 下 に 於 い ても 同 様 であ り 、 又 仮 名 二 字 で表 記 さ れ て ゐ る 例 を 拾 ひ 出 し て見 る と 、 ﹁卉 ク ヰ ﹂ の如

く 、 二字 共 に 平 声 点 を 差 し た も の ( 甲 ) と 、 ﹁佳 ク ヱ﹂ の如 く 、 上 字 に は 平 声 点 を 差 し 、 下 字 に は 上 声 点 を 差 し

た も の (乙 ) と があ り 、 や は り 、 (甲 ) は 韻 書 類 では 上 声 又 は 去 声 、 仏 書 類 で は 平 声 、 (乙 ) は 韻 書 類 で は 平 声 、 仏 書 類 で は 去 声 (又 は 上 声 ) と 言 ふや う な 対 立 を 示 し てゐ る の であ る。

  此 は いかな る 事 実 を 物 語 る も の であ ら う か 。 ﹁和 音 ﹂ と は 、 呉 音 か ら 脱 化 し た 、 当 時 一般 の人 達 の間 に 広 く 用

ゐ ら れ て ゐ る 日 本 化 し た 字 音 と言 は れ て ゐ る も の であ る 。 声 点 の位 置 が 韻 書 のも のと は 逆 の 関 係 に成 って 居 り、

仏書 のも の と 一致 す る傾 向 を 示 し て ゐ る こ と は 、 確 か に 此 が呉 音 と 深 い関係 に あ る こ と を 物 語 る も の と 思 は れ る 。

と こ ろ で今 そ の和 音 に平 去 と いふ 二 種 類 の ア ク セ ント の別 が あ る の であ る 。 此 は 、 ﹁当 時 我 が国 に 伝 は って ゐ て

一般 に 用 ゐら れ て ゐ る漢 字 音 の ア ク セ ント に 二 種 類 の 型 が あ った﹂ と 見 な け れ ば な ら な いと 思 ふ 。 そ し て そ の 二

種 類 の別 が、 う ま く 漢 音 、 つま り 当 時 新 た に 伝 来 し た 中 国 語 に 於 け る 別 に 対 応 し て ゐ る の であ る 。 此 は 、 ﹁此 の

伝 来 し た そ のま ま か も 知 れ な いし 、 或 い は 型 の姿 に大 き な 変 化 を 遂 げ

当 時 に 一般 に 用 ゐ ら れ て ゐ た 漢 字 音 の アク セ ント は 、 元 の中 国 語 ( それ は 朝鮮を 経 由し て 伝は ったも のであ ら う が) の ア ク セ ント を 兎 に 角 反 映 し てゐ た 、︱

てゐ た か も 知 れ な いが 、 古 い平 と 上 去 と の別 を 守 り 続 け て ゐ た ﹂ と 見 る べき だ と 思 ふ。

滅 多 に 用 ゐな い語 に於 いて は さ う い ふ望 み は 少 な いが 、 日常 頻繁 に用 ゐ ら れ 続 け て 来

  然 り と す れ ば 、 現代 諸 方 言 に 伝 は って ゐ る 漢 字 音 の ア ク セ ント にも 、 や は り こ の様 は 型 の区 別 が 幾 ら か反 映 し て 残 って ゐ は し な いか︱

た 語 に は 、 何 か そ の痕 跡 の や う な も の で も 残 って ゐ な いだ ら う かと 考 へら れ る の であ る。

  現 在 伝 は って ゐ る 字 音 語 の ア ク セ ント に 元 の 四 声 が 伝 は って ゐ は しな いか と 考 へら れ る第 二 の 根 拠 は 、 現 在 諸

方 言 に 用 ゐ ら れ て ゐ る 漢 語 のア ク セ ント にお け る 型 の区 別 の存 在 で あ る 。 今 、 諸 方 言 の 一例 と し て京 都 語 を 取 れ ば 、 京 都 語 に 次 の様 な 事 実 が 指 摘 さ れ る 。

  即 ち 、 京 都 語 で漢 字 で 二字 、 仮 名 で 四 字 の漢 語 の ア ク セ ント は、 一般 和 語 のそ れ と 同 じ や う に、 ○ ○ ○ ○ 型 、

○ ○ ○ ○ 型 、 ○ ○ ○ ○ 型 、 ○ ○ ○ ○ 型 と い ふや う な 種 類 の 型 を も って ゐ る が、 一つ の漢 語 が こ の中 のど の 型 を 取

る か と 言 ふ こと に つ い て、 そ の語 を 構 成 し て ゐ る 漢 字 と 関 係 が あ る こ と が指 摘 さ れ る。 即 ち 、 漢 字 の中 に は 甲 乙

二 類 の文 字 が あ り、 甲 類 の文 字 を 先 部 成素 と す る漢 語 は○ ○ ○ ○ 型 又 は ○ ○ ○ ○ 型 を と り 、 乙 類 の 文 字 を 先 部 成 素 と す る 漢 語 は ○ ○ ○ ○ 型 又 は ○ ○ ○ ○ 型 を と る 傾 向 があ る の であ る 。

  例 へば 、 ﹁新 ﹂ と い ふ 字 は 乙 類 に 属 す る文 字 で、 随 って ﹁新 何 ﹂ と 言 ふ 熟 語 は 、 次 の様 に ○ ○ ○ ○ 型 、 又 は ○ ○○ ○型である。

(新 造 )、 シ ンタ イ ( 新 体 )、

  例 、 シ ンイ ン ( 新 院 )、 シ ン ゲ ツ ( 新 月 )、 シ ン ザ ン ( 新 参 )、 シ ンキ ュ︱ ( 新 旧 )、 シ ン サ ク ( 新 作 )、 シ ン シ

キ (新 式 )、 シ ンシ ュン ( 新 春 )、 シ ン シ ン (新 進 )、 シ ンセ ン ( 新 鮮 )、 シ ンゾー

シ ンチ ク ( 新 築 )、 シ ンド ー (新 道 )、 シ ンネ ン ( 新 年)、 シ ンピ ン ( 新 品 )、 シ ン ペイ ( 新 兵)、 シ ン マイ ( 新 米 )、 シ ン ライ ( 新 来 )、 シ ン ロー ( 新郎) ⋮⋮。

  これ に 対 し て同 じ シ ン でも ﹁神 ﹂ の字 は 甲 種 に 属 し 、 ﹁神 何 ﹂ と 言 ふ漢 語 は原 則 と し て、 ○ ○ ○ ○ 型 又 は ○ ○ ○ ○ 型を と る 。

 例、 シ ンオ ン ( 神 恩 )、 シ ン カ ン ( 神 官 )、 シ ンキ ョー ( 神 鏡 ・神 橋 )、 シ ン コク ( 神 国 )、 シ ンセ ン (神 仙 )、

( 神 体 )、 シ ン タ ク

(神 霊 ) ⋮ ⋮ 。

  シ ン ゼ ン (神 前 )、 シ ン タ イ ( 神 木 )、 シ ン レ イ

  シンデ ン

  シ ン シキ

( 新 米 )︱

( 新 田 )︱

( 新 式 )︱

シ ン マイ

シ ンデ ン

シ ンシ キ

( 神米 )

( 神 田)

( 神 式)

(神 託 )、 シ ン ト︱

﹂

( 神 道)、 シ ン ブ ツ (神 仏 )、 シ ン ボ ク

  随 っ て 同 じ 音 韻 を も つ 語 で も 、 ﹁神 何 ﹂ で あ る か 、 ﹁新 何 ﹂ で あ る か に よ っ て 次 の 様 な 対 立 を 見 る 。

  シ ン マイ

  又 、 ﹁人 ﹂ と 言 ふ 文 字 は 、 ニ ン ・ジ ン と い ふ 二 種 の 音 を も つ が 、 こ の 中 、 ニ ン の 方 は 乙 類 の 音 で 、 ﹁ニ ン︱

﹂ と いふ

(人 相 )、 ニ判 ソ ク

と い ふ 熟 語 は 左 記 の 通 り 、 大 体 ○ ○ ○ ○ 型 又 は ○ ○ ○ ○ 型 を と る 。 ジ ン の 方 は 甲 類 の 音 で 、 ﹁ジ ン︱

( 人 参 )、 ニン ソー

( 人

(人 間 )、 ニ ン ジン

( 人 格 )、 ジ ン ク ン (人 君 )、ジ ン コー

( 人

(人 命 )、 ジ ン リ

( 人 道 )、 ジ ント ク

( 人 民 )、 ジ ン メ イ

( 人 体 )、 ジ ン ド ー (人 望 )、 ジ ン ミ ン

(人 生 )、 ジ ン タ イ

( 人 界 )、 ジ ン カ ク

( 人 形 )、 ニ ン ゲン

熟 語 は 左 記 の 通 り 、 大 体 ○ ○ ○ ○ 型 又 は ○ ○ ○ ○ 型を と る 。   ﹁ニ ン 何 ﹂ の 例 。 ニ ン ギ ョー

( 人 足 )、 ニ ン ベ ン (人 偏 )、 ⋮ ⋮ 。 ( 人 員 )、 ジ ン カ イ (人 臣 ・人 身 ︶、 ジ ン セ イ

  ﹁ジ ン 何 ﹂ の 例 。 ジ ン イ ン 口 ・人 工 )、 ジ ン シ ン

( 人 物 )、 ジ ン ボ ー ( 人 類 )、 ⋮ ⋮ 。

徳 )、 ジ ン ピ ン (人 品 )、 ジ ン ブ ツ ン (人 倫 )、 ジ ン ル イ

  以 上 の 外 、﹁三﹂﹁ 近 ﹂ ﹁ 今 ﹂ ﹁来 ﹂ ﹁論 ﹂ ﹁同 ﹂ ﹁類 ﹂ な ど の 文 字 は孰 れ も 乙 類 の 文 字 で 、 こ れ ら を 先 部 成 素 と す

る 熟 語 は ○ ○ ○ ○ 型 又 は ○ ○ ○ ○ 型 に 成 る の を 原 則 と し 、 之 に 対 し 、 ﹁山 ﹂ ﹁金 ﹂ ﹁天 ﹂ ﹁水 ﹂ ﹁前 ﹂ ﹁小 ﹂ と 言 った

や う な 多 数 の 漢 字 は 甲 類 に 属 し 、 此 等 を 先 部 成 素 と す る 熟 語 は 原 則 と し て ○ ○ ○ ○ 型 又 は○ ○ ○ ○ 型 に 成 る や う であ る。

  こ の事 実 は 何 を 意 味 す る か 。 ﹃名 義 抄 ﹄ の和 音 に 平 声 のも のと 去 声 のも の と 二 種 類 のも の が あ った こと を 思 ひ

合 せ る と 、 こ の甲 乙 二 種 と いふ のは 、 一方 が ﹃名 義 抄 ﹄ の平 声 のも の の系 統 を 引 き 、 他 方 は ﹃名 義 抄 ﹄ の去 声 の

も の の系 統 を 引 く の で は な いか と 疑 は れ て 来 る で は な い か。 而 し て 今 、 ﹃補 忘 記 ﹄ な ど に よ って、 此 等 の漢 字 の

四 声 を 調 べ て 見 る と 、 右 の例 に お い て 乙 種 に属 す る 文 字 は 大 体 呉 音 で 去 声 の文 字 が 多 い こ と を 知 る の で あ る 。

﹁新 ﹂ ﹁三 ﹂ ﹁今 ﹂ ﹁来 ﹂ ﹁論 ﹂ ﹁同 ﹂ 等孰 れ も さ う で あ り、 ﹁人 ﹂ 字 の 如 き も 、 ニ ンと 読 む 時 は矢 張 り 呉 音 で而 も 去

声 であ る 。 さ う す る と 、 こ の、 現 在 京 都 方 言 に お け る ア ク セ ント か ら 見 た 漢 字 の甲 乙 二 類 な るも のは 、 いよ いよ

﹃名 義 抄 ﹄ の甲 乙 二 類 と 関 係 があ る も の であ って、 而 し て、 現 在 京 都 語 で 乙 類 の漢 字 は 、 ﹃名 義 抄 ﹄ の 乙 類 の系 統

を 引 く も の であ り 、 随 って 現 在 京 都 語 で甲 類 の漢 字 は ﹃名 義 抄 ﹄ の甲 類 の漢 字 の系 統 を 引 く も の で はな いか 、 と 想 像 さ れ て来 る の であ る 。

  な ほ 、 こ のや う な 現在 の漢 語 の アク セ ント に古 代 の字 音 の 四 声 が 反 映 し てゐ る の では な いか と 言 ふ 疑 は 、 京 都

語 以 外 の方 言 に も 広 く 掛 け ら れ る が 、 他 の 場 所 で 言 及 し た こ と も あ り、( 注19)長 く 成 る の で此 処 で は 省 略 す る こ と に す る。

  さ て、 現 在 の京 都 語 の ア ク セ ント に 、古 い字 音 の四 声 が 残 り 伝 は って ゐ る こ と を 最 後 的 に 断 定 す る た め に は 、

日 常 よ く 用 ゐ ら れ る 漢 語 に就 い て、 古 代 の文 献 に 記 載 さ れ て ゐ る 四 声 と 、 現在 の京 都 語 のそ の語 の アク セ ント と

の間 に 、 何 か 規 則 的 な 対 応 の法 則 のや う な も の が見 出 だ さ れ な け れ ば な ら な い。 所 で 此 処 に、 釈 観 応 の ﹃ 補忘

記﹄ ( 二巻又は三巻 )は 、 近 世 初 期 に 刊 行 さ れ た 真 言 宗 の 論 議 に 用 ゐ ら れ る 漢 語 和 語 に 就 い て、 声 明  (‖仏 教 音

楽 ) の音 譜 であ る 節 博 士 に よ って 、 同 宗 に伝 は って ゐ る 曲 節 を 示 し た 文 献 で あ る が、 各 漢 語 の 音 調 は大 体 そ の 四

声 (各 漢 字 に は 呉 音 の 四 声 を 註 記 し て あ る) の音 価 に 従 って 示 さ れ て ゐ る 故 、 それ は 古 い 四声 の音 価 と 関 係 を も

った 音 調 であ る こと 疑 な い。 所 が 、 そ こ に 掲 載 さ れ て ゐ る 漢 語 の中 で、 現 在 の京 都 語 に於 いて 日常 用 ゐ ら れ て ゐ

る も の に つ いて 、 現 在 の京 都 語 のア ク セ ント を 探 ね て 見 る と、 現 在 同 一の アク セ ント で発 音 さ れ る 語 に は 同 一の

節 博 士 が施 さ れ てゐ る の であ る。

  (1)  現 在 ○ ○ ○ 型 の漢 字 二 字 の漢 語 は (ヽヽ) と い ふ 節 博 士 が 施 さ れ て ゐ る。ヽヽ に高 く 唱 へる 曲 節 を 表 す 。

補忘 記 にお ( 補忘 記 の出所 )   ( 現在 京都 のアク セ ント) ける 表記 ) 

﹁都 合 ﹂ 徴   々 

  例 、 ﹁威 勢 ﹂  徴   々 

上  上 

上 フ入  

上   上 

﹁シ﹂ の部  

﹁ツ﹂ の部  

﹁イ ﹂ の部  

シ ュギ ョー 

ツゴ ー

イ セイ

( 単 語 ) ( 節 博 士 ) (

﹁修 行 ﹂  徴   々 

) は ﹁徴 々﹂ と 呼 び、 共

(2)   現 在 ○ ○ ○ 型 の漢 字 の熟 語 に は 二 種 類 のも のが あ り 、 一拍 漢 字 プ ラ ス 二拍 漢 字 と いふ 構 成 を も つも の は大

  体 (ヽ︱︱) と いふ 節 博 士を 施 さ れ て 居 り 、 二拍 漢 字 プ ラ ス 一拍 漢 字 と いふ構 成 を も つも の は大 体 (﹁︱ )

  と いふ節 博 士 を 施 さ れ て ゐ る 。 (ヽ︱) は ﹁徴 角 ﹂ と 唱 へ、 (﹁︱ ) は ﹁徴 角 角 ﹂ と 唱 へ、 共 に第 一音 だ け が

﹁儀 式 ﹂  徴   角  

  例 、 ﹁功 徳 ﹂  徴   角  

平 軽 上 

上  入 

上   入 

 ﹁シ﹂ の部  

﹁テ﹂ の部  

﹁キ ﹂ の部  

﹁ク ﹂ の部  

テ ンガ

ギ シキ

クドク

  高 く 他 は 低 い節 を 表 は す 。

﹁天 下 ﹂  徴 角 角  

平  上

シ ョー コ 

﹁証 拠 ﹂  徴 角 角  

平  去 

﹁ホ ﹂ の部

  ホ ッシ ン

と 同 じ で ﹁徴 角 ﹂ と 呼 び 、 上 の文 字 を 高 く 、 下 の 文 字 を 低 く 唱 へる 節 を 表 はす 。

( 3)   現 在 ○ ○ ○ ○ 型 の漢 字 二字 の熟 語 に は 、 多 く 、 (ヽ︱) と いふ 節 博 士 が 施 さ れ て ゐ る 。 (ヽ︱) は(2 の) もの

  例 、 ﹁発 心 ﹂  徴   角  

 

﹁一心 ﹂ 徴

角  

入

去

 ﹁イ ﹂ の部

  イ ッシ ン

 ( 4)   現 在 ○ ○ ○ ○ 型 の漢 字 二字 の熟 語 に は、 (∟ヽ) と 言 ふ 節 博 士 が 施 さ れ て ゐ る 。 (∟ヽ) は ﹁角 徴 々﹂ と 唱

上

  去   上   去

 

﹁ユ﹂ の部 

﹁ク ﹂ の部

ユー ズー

  カ ンノ ン

へ、 最 初 の 一音 だ け 低 く 唱 へ、 他 は 高 く 唱 へる 節 を 表 は す 。   例 、 ﹁観 音 ﹂  角 徴 々 ﹁融 通 ﹂ 角 徴 々

﹁シ﹂ の部   ﹁リ ﹂ の部

 

リ ョー ケ ン

シ ョー ニ ン

  (5)   現 在 ○ ○ ○ ○ 型 の 二字 の漢 語 は 、 (∟︱) と い ふ節 博 士 で表 記 さ れ て ゐ る 。 (∟︱) は ﹁角 徴 角 ﹂ と 呼 び 、

平

 去   平    去

 

第 二 音 だ け 高 く 、 他 は低 い節 を 表 はす 。   例 、 ﹁上 人 ﹂  角 徴 角 ﹁了簡 ﹂ 角 徴 角

﹃補 忘 記 ﹄ に挙 って ゐ る漢 語 の数 が多 く な い為 に、 同 じ 例 を 沢 山 挙 げ る こ と は 出 来 な い の は 残 念 であ る が、 ﹃補

こ れ は 古 代 の 四声 を 伝 へて ゐ る︱

が何等

忘 記 ﹄ に 表 記 さ れ て ゐ る 型 と 、 現 在 京 都 語 に お け る ア ク セ ント の 型 と の間 に 対 応 関 係 の見 ら れ る こと は無 視 出 来 な い事 実 で、 こ の事 実 は 近 世 初 期 に 仏 家 に伝 へら れ た 漢 語 の曲 節︱

か の 形 で現 代 京 都 語 の漢 語 の ア ク セ ント に伝 は って ゐ る こと を 物 語 る 。 即 ち 、 現 在 京 都 語 の漢 語 の ア ク セ ント に

は、 古 代 の 四 声 が 反 映 し てゐ る こ と は 肯 定 し てよ いと 思 ふ の で あ る 。 な ほ ﹃補 忘 記 ﹄ の ﹁兎 角 ﹂ と いう 語 の条 に 、

(徴 々 ) と い ふ節 博 士 を 記載 し 、 ﹁世 話 に は 角 徴 角 に 云 ふ ﹂ と いふ 註 記 が あ る が、 此 は 、 こ の語 が、 仏 家 では 字 音

の四 声 に 適合 し て発 音 さ れ て ゐ る の に 対 し 、 民 間 で は 異 る ア ク セ ント で 発 音 さ れ て ゐ る こ と を 注 意 し た も の と 推

測 さ れ る。 こ の様 な 仏 家 と 民 間 と で異 る ア ク セ ント を も って ゐ る 語 を わ ざ わ ざ 注意 し て ゐ る 所 を 見 る と 、 当 時 、

仏 教 関 係 の漢 語 の ア ク セ ント は 、 仏 家 で も 民 間 で も 一致 す る方 が普 通 で あ った こ と と 思 ふ の であ る 。

  兎 に角 、 以 上 の考 察 によ って 、 現 在 の京 都 語 の漢 語 の ア ク セ ント に は 、 古 代 のそ の語 の四 声 を 反 映 し て ゐ る も

の があ る こと が肯 定 さ れ た 。 か く て、 現 在 京 都 語 の漢 語 の アク セ ント を 通 じ て、 古 代 の字 音 の四 声 の音 価 を 推 測

す る こ と に希 望 が 開 か れ て 来 た と 思 ふ の であ る 。 然 ら ば 、 そ の結 果 は ど のや う であ る か 。 先 づ 音 の各 四 声 が現 在

の京 都 方 言 で具 体 的 にど のや う な 曲 節 で発 音 さ れ て ゐ る か を 明 ら か に し な け れ ば な ら な い。 今 、 ﹃ 法 華経 音義﹄

﹃補 忘 記 ﹄ 等 に よ り漢 字 の呉 音 の四 声 を 究 め 、 各 種 の 四声 を も った 漢 字 の 熟 語 が 現 在 の京 都 語 で ど の 様 な ア ク セ ント を 有 つか、 顕 著 な 例 を 挙 げ れ ば 次 のや う で あ る 。

 ( 1)   漢 字 で 一字 、 読 ん で 一拍 の 語 で 平 声 の も の に は ○ ○ 型 のも の が 多 い。 例 、 ク ー (苦 )、 ニ ー ( 二 )、 シ ー (四 )、 ジ ー ( 字 、 地 )、 ⋮ ⋮ 。

  尤 も こ こ に 注 意 す べき こと が あ る 。 そ れ は 古 い平 声 のも の でも 、 中 に は○○ 型 のも のも あ る こ と であ る 。

然 し これ は 重 要 視 し な い でよ い。 何 と な れ ば 、 現 在 京 都 語 で は 一拍 語 に は ○ ○ 型 のも の が 頗 る多 く 、 耳 馴 れ

な い 一拍 語 に ぶ つか る と 、 京 都 の人 は そ れ を ○ ○ 型 に発 音 し て し ま ふ 。 つま り 寺 川 喜 四 男 氏 の術 語 を 借 り れ

ば 、 ○ ○ 型 が 京 都 語 一拍 語 の ﹁基 本 ア ク セ ント ﹂( 注20)であ る 。 即 ち 、 古 い平 声 の 語 でも 、 耳 遠 いた め に ○

○ 型 に変 化 し てし ま った も のも 多 々あ った と 考 へら れ る か ら であ る 。 これ に 対 し て、 字 音 語 で、 現 在 ○ ○ 型

に成 って ゐ る も の は ﹁茶 ﹂ と いう 例 外 一語 を 除 け ば 、 総 て古 い平 声 の語 であ る 。 これ は 古 い伝 統 を 伝 へた も

のと 考 へる よ り外 に 途 がな い。 そ こ で 少 数 で は あ る が、 こ の ○ ○ 型 に 成 って ゐ る も の に重 き を お いて 、 ﹁平 声 のも のに は ○ ○ 型 のも の が 多 い﹂ と 言 った の で あ る 。

  (2)   漢 字 一字 で 二拍 の語 の中 、 入 声 のも の に は○ ○ 型 のも のが 多 く 、 稀 に○ ○ 型 のも のも あ る 。 ○ ○ 型 は京 都

語 二拍 語 の ﹁基 本 ア ク セ ント ﹂ であ る か ら 、 こ の立 論 に は 一寸 問 題 が あ り さ う であ る が 、 他 の型 、 例 へば ○

○ と い ふ や う な 型 に 属 し て ゐ る 語 は 殆 ど な いや う であ る か ら 、 こ の や う に考 へて よ い で あ ら う 。 例 、 イ チ

(一)、 キ ク ( 菊 )、 シ ャ ク (尺 )、 ヒ チ ( 七 )、 ニ ク ( 肉 )、 ハチ (八 ・鉢 )、 バ チ ( 罰 )、 ド ク ( 毒 )、 マ ク

( 幕 )、 ロー (〓)、 ヤ ク ( 役 )、 ラ ク (楽 )、 ヨク ( 慾 )、 ⋮ ⋮ 、 テ キ ( 敵 )、 ト ク (得 )、 ゾ ク (俗 )、 ⋮ ⋮ 。

(袈 裟 )、ゴマ

(棕櫚)、 シ ャ バ  ( 娑 婆 )、 ジ ャ マ ( 邪 魔 )、 ル リ

(義 理 )、 ニ ド

( 瑠璃 )

(二 度 )、 チ エ ﹁ (智 恵 )、 カ シ

﹁基 本 ア ク セ ン ト ﹂ で あ る か ら 、 右 の や う に 見 て よ い 。

(胡 麻 )、 シ ュ ロ

上 声 ＋上 声 のも の 、 去 声 ＋上 声 のも の に は ○ ○ 型 のも の が 多 い。

(3)  漢 字 二 字 で 二 拍 のも の 。 (イ)   例 、ケサ ○ ○ 型 のも のも あ る が 、 ○ ○ 型 は

(余 所 )、 ⋮ ⋮ 。 

( 餓 鬼 )、ビ ワ (琵 琶 )、 ル ス (留 守 )、 ギ リ

( ロ) 上 声 ＋ 平 声 の も の 、 平 声 ＋ 平 声 の も の は ○ ○ 型 の も の が 多 い 。

( 無 理 )、 ヨ ソ

  例 、ガ キ ムリ

⋮⋮ 。

(菓 子 )、

﹁基 本 ア

( 九 人 )、 タ ニ ン (他 人 )、 ム ゴ ン (無 言 )、

ク セ ン ト ﹂ の 一つ と 見 ら れ る が 、 も う 一 つ の ﹁基 本 ア ク セ ン ト ﹂ ○ ○ ○ 型 に 発 音 さ れ る も の は 殆 ど な い か

上 声 ＋上 声 のも の、 去 声 ＋上 声 のも の に は ○ ○ ○ 型 のも の が多 い。 ○ ○ ○ 型 は 三 拍 語 に お け る

(4)   漢 字 二 字 で 一拍 プ ラ ス 二 拍 の も の 。 ( イ)

( 五 人 )、 ク ニ ン ( 芭 蕉 )、 ⋮ ⋮ 。

(頭 痛 )、 ゴ ニ ン

( 修 行 )、 バ シ ョー

(威 勢 )、 ズ ツー

ら 、 か う 言 って よ い で あ ら う 。   例 、 イ セイ シ ュギ ョ ー

( 地獄

( 九 月︱ 上 入 )、 セ カ

○ ○ ○ 型 の も の が 多 い 。 ○ ○ ○ と い ふ 型 も 三 拍 語 の ﹁基 本 ア ク セ ン ト ﹂ で あ る が 、 も う 一つ の ﹁基 本 ア ク

(ロ 上 声 ＋ 平 声 の も の、 上 声 ＋ 入 声 の も の 、 平 声 ＋ 平 声 の も の 、 平 声 ＋ 去 声 の も の 、 平 声 ＋ 入 声 の も の に は )

( 五 月︱ 上 入 )、 ク ガ ツ

( 未 来︱ 平 去 )、 ジ ゴ ク

(二 十︱ 平 入 )、 :::。 

( 世 間︱ 平 去 )、ミ ラ イ

( 器 量︱ 上 平 )、 ゴ ガ ツ

セ ント ﹂ で あ る ○ ○ ○ 型 にな ってゐ るも のは 少 いか ら 、 かう 言 って よ い であ らう 。 ( 不 断︱ 上 平 )、 キ リ ョー

ケ ン

(四月︱ 平 入 )、 ニ ジ ュー

(瑪瑙︱ 平 平 )セ (二 月︱ 平 入 )、 シ ガ ツ

(世 界︱ 平 平 )、メ ノー

  例 、フ ダ ン イ

︱ 平 入 )、ニ ガ ツ

(5)   漢 字 二 字 で 二 拍 プ ラ ス 一拍 の も の 。

 

( イ)

( 屏 風 )、 ⋮ ⋮ 。

(上 手︱ 平 平 )、

( 覚 悟︱ 入 平 )、 イ チ リ

(浄 土︱ 平 上 )、 ジ ョー ズ

( 蓮 華 )、 ビ ョー ブ

( 道 理︱ 平 平 )、 カ ク ゴ

(珊 瑚︱平 上 )、 ジ ョー ド

平 声 ＋ 上 声 、 平 声 ＋ 平 声 、 入 声 ＋ 平 声 の も の に は ○ ○ ○ 型 の も の が 多 い。

( 大 事︱ 平 平 )、 ドー リ

(八 里︱ 入 平 )、 ⋮ ⋮ 。

( 勝 負︱ 平 平 )、 ダ イ ジ

  例 、 シ ョー コ (証 拠︱ 平 上 )、 サ ン ゴ シ ョー ブ   (一里︱ 入 平 )、 ハチ リ   こ れ も ○ ○ ○ 型 に な って ゐ る も の は 少 い 。

(最 後 )、 サン ゼ

( 三 世 )、 サン ド

( 三 度 )、 サ 図 リ

( 三 里 )、 ヨー イ

(用 意 )、

型 、 ○ ○ ○ 型 に な って ゐ る も の も 可 成 り あ る が 、 そ れ は ﹁基 本 ア ク セ ン ト ﹂ で あ る か ら 無

( 褒 美 )、 サ イ シ ョ ( 最 初 )、 レ ン ゲ

去 声 ＋上 声 のも の に は ○ ○ ○ 型 のも の が多 い。

  例 、 ホー ビ

( ) ロ

  こ の 他○○○ 視 し て よ い。

( 今 度 )、 サイ ゴ

(ハ 去 声 ＋ 平 声 の も の に は ○ ○ ○ 型 の も の が 多 い 。 )   例 、 コン ド ⋮⋮。

  こ の 他 ○ ○ ○ 型 、 ○ ○○ 型 に な って ゐ る も の も な く は な い が 、 ○ ○ ○ と い ふ 型 に 属 す る 漢 語 は 、 元 来 少

く 、 そ の た め に 去 ＋ 平 の も の に こ の 型 に な っ て い る も の が 目 立 つ か ら こ の や う に 言 っ て よ い と 思 ふ 。 

可成 りある。 ( 尤 も ○ ○ ○ ○ 型 のも のも 多 い) (正 面︱ 平 平 )、 シ ョー ジ キ (極 楽︱ 入 入 )、 ロー ソ ク

(〓燭︱ 入 入 )、 ⋮ ⋮ 。

( 正 直︱ 平 入 )、 ニ ッポ ン

﹁基 本 ア ク セ ン ト ﹂ で あ り 、 ○ ○

(日 本︱ 入 平 )、 イ チ ガ ツ (一月︱

平 声 ＋平 声 のも の、 平 声 ＋入 声 のも の、 入 声 ＋平 声 のも の、 入 声 ＋ 入声 のも の に は ○ ○ ○ ○ 型 のも のが

(6)  漢 字 二 字 で 四 拍 の も の 。 ( イ)

  例 、 シ ョー メ ン

入 入 )、 ゴ ク ラ ク

  数 に 於 いて は ○ ○ ○ ○ 型 のも の の方 が多 さ う であ る が 、 ○ ○ ○ ○ 型 は

○ ○ 型 は 珍 し い型 であ る か ら こ のや う に 見 て よ い で あ ら う 。

(ロ 去 声 ＋上 声 、 去 声 ＋ 去 声 のも のに は ○ ○ ○ ○ 型 のも のが 多 い。 )   例 、 ド ー ジ ョー (同 情︱ 去 上 )、 イ ンネン ( 因 縁︱ 去 上 )、 カ ン ノ ン ( 観 音︱ 去 上 )、 ユー ズー 上 )、 ⋮ ⋮ ニ ンギ ョー (人 形︱ 去 去 )、 ニ ン ゲ ン (人 間︱ 去 去 )、 ⋮ ⋮ 。

( 融 通︱ 去

 こ の他 に ○ ○ ○ ○ 型 のも のが 相 当 にあ る が 、 ○ ○ ○ ○ 型 は ﹁基 本 ア ク セ ント ﹂ であ る か ら こ のや う に 言 って よ い であ らう 。

)ハ 去 声 ＋平 声 のも の、 去 声 ＋ 入 声 のも の には ○ ○ ○ ○ 型 のも の が多 い。 (  例 、 サン ボ ン (三 本︱ 去 平 )、 リ ョー ケ ン (了 簡︱ 去 平 )、 オ ンガ ク (音 楽︱ 去 入 )、 サ ン ビ ャ ク (三 百︱ 去 入 )、 ミ ョー ニチ ( 明 日︱去 入 )、 ⋮ ⋮。

 こ の他 に○○○○ 型 のも の が相 当 にあ る が 、 ○ ○ ○ ○ 型 は 元来 珍 し い 型 で あ る か ら こ のや う に 言 って よ い であ ら う 。

  以 上 (l)︱(6 を)通 覧 す る と 、 古 代 の平 上 去 入 各 声 は そ れ ぞ れ ど ん な 音価 を 有 って ゐ た と 想 定 さ れ る だ ら う か。 同

一の声 調 でも そ の組 合 せ に よ って種 々 の音 価 を と って ゐ る の で、 単 独 の場 合 ど のや う な 音 価 を も って ゐ た か は 決

め が た い が、 推 定 の容 易 な も のか ら 順 に考 へて 行 く と 次 のや う に成 ら う かと 思 は れ る。

  ○ 上 声   高 く 平 ら な 拍 で あ った と 見 た い。(3の)(イ) 、( (ロ 4の ) )(イ) 、( (ロ 5の ) )(ロ 、) な ど 総 て こ の推 定 に 合 ふ 。(5の)(イ の)

例 だ け は合 は な いが 、 これ は後 世 アク セ ント が変 化 し た も のと 考 へれ ば よ い。

  ○ 去 声  (3の)(イ 、) (4の)(イ 、) な ど で 上 声 と 同 じ 音 価 に 成 って ゐ る 所 か ら 考 へる と 、 上 声 と 似 た 音 価 を 有 って ゐた

ら し い。(5の)(ハ 、) (6の)(ハ か) ら 判 断 す る と 上 昇 調 の声 調 だ った か と 思 は れ 、(5の)(ロ 、) (6 の) (ロ か) ら判 断すると低 平 調 の声 調 だ った か と 判 断 さ れ る 。 上 昇 調 又 は低 平 調 の孰 れ か であ ら う 。

  ○ 平 声   最 も 推 定 し 難 い声 調 であ る。 (l) では 上 昇 調 か と 推 測 さ れ 、 (3) の) ( ロ、(4の)(ロ で) は低 平 調 、 或 いは 時 に よ

り 高 平 調 に な った こ と も あ る か と 推 測 さ れ 、(4の)(イ で) は 下降 調 かと さ へ疑 は れ る 。 こ の中 、 高 平 調 か と 言 ふ

疑 は、 上 声 と 矛 盾 し 合 ふ か ら 先 づ 消 去 さ れ 、(5の)(ハ 、) (6)のな (ど ハを )考 へ合 は せ る と 低 平 調 か と 見 る 推 測 が 最 も 確 実 性 に富 む。

○ 入 声   多 く の場 合 を 通 じ て 平 声 と 同 一の性 能 を 有 す る 。 恐 ら く 、 末 尾 が P tk の入 破 音 で 終 る と いふ 点 で相 違 す る だ け で、 声 調 は 平 声 と 同 じ も のだ った の で あ ら う 。   こ の推 定 を 一層 簡 単 な 形 に 改 め れ ば次 のや う に な る 。 ︹結 論 第 二 ︺

低 平調?

平声 ⋮ ⋮ 少く とも高 平調 にはあ らず 。 低 平調 か。 上 声 ⋮ ⋮高 平 調か 。 去 声 ⋮ ⋮ 上昇 調?

入 声 ⋮ ⋮ 入破音 で、 声調 は 平声 と同 じ。

 五   仏 家 に 伝 へ ら れ て ゐ る 四 声 の 音 価 の 考 察

 前 節 に於 い ては 、 我 が 国 の 現在 の 口頭 語 に 伝 は って ゐ る 字 音 の ア ク セ ント を 通 じ て 古 代 の 四 声 の音 価 を 推 定 し

よ う と 試 み た が、 現在 の段 階 で は 決 定 的 な 解 答 は与 へら れ な か った 。 然 し 、 此 は 已 む を 得 な い こと で あ った 。 と

言 ふ の は、 我 々 の 祖 先 は 、 漢 字 音 を 輸 入 し た 当 初 に 於 い て こ そ 、 そ の 四 声 の音 価 を 正 し く 発 音 し よ う と し た で あ

ら う が、 時 代 の隔 った 後 世 の人 は 、 一般 に は 何 等 そ のや う な 注 意 を 払 ふ こと な し に 、 一般 の 和 語 と 同 様 に唯々 年

長 者 の発 音 を 模 倣 し、 時 に は 他 の語 へ類 推 す る こ と に よ って自 分 で新 し い発 音 を 創 造 し 、 時 に は 不 注 意 か ら 後 代

に 誤 った 発 音 を 伝 へつ つ今 日 に 至 った か ら であ る 。 所 が 、 我 が 国 の 一部 に は 、 平 安 朝 初 期 、 中 国 か ら 四 声 の発 音

った 。 仏教 界 が之 で あ る 。( 注21)

法 を 学 ぶ や 、 極 力 之 を 忘 れ ま いと 努 め、 代 々特 別 な 教 育 に よ って後 進 に 伝 へて 今 日 に至 った と 言 は れ る 社 会 が あ

  仏 教 界 では 、 中 国 か ら 仏 教 経 典 を 伝 へる や 、 こ れ を 神 聖 視 す る 余 り 、 字 音 ・読 ミ 癖 そ の他 総 て古 式 を 重 ん じ 、

ひた す ら 之 に違 背す ま いと 努 力 し た 。 今 日 仏 典 の誦 読 に 際 し て、 同 じ撥 音 の文 字 の中 を 、 両 唇 間 閉 鎖 のも の と 、

舌 尖 歯 槽 突 起 間 の閉 鎖 のも のと に 使 ひ 分 け 、 ハ行 拍 の 子 音 を P 音 又 は F 音 で 発 音 す る こ と のあ る な ど は 、( 注22)

孰れ も 古 い発 音 法 保 存 の例 で あ る が、 ア ク セ ント の方 面 も 全 く 之 に平 行 し 、 古 い四 声 の発 音 法 を 代 々伝 へ、 今 日

に 至 った と 言 ふ の で あ る 。 而 し て、 こ の傾 向 は、 同 じ 仏 教 界 の中 でも 、 特 に、 他 の方 面 で も 古 式 を 保 存 す る こ と

の多 い、 真 言 ・天 台 二 宗 に 著 し く 、 例 へば 、 高 野 ・比 叡 二 山 では 、 中 国 伝 来 の経 典 の みな ら ず 、 日 本 で新 た に 作

々 の漢 字 に就 き 、 そ の 四声 を 正 し く 読 む

成 し た 経 典 の類 を も 、 一々 そ こ に用 ゐ ら れ て ゐ る 個 々 の漢 字 に就 いて 四 声 を 吟 味 し 、 そ の音 価 に随 って節 附 け を

或 は 他 の宗 派 でも さ う か も 知 れな い が︱

行 って ゐ る と 言 ふ の であ る。   さ て、 真 言 宗 で は 、︱

こ とを 声 読 みと 言 ふ 。 そし て 弘 法 大 師 の撰 であ る ﹃吽字 義 ﹄ と か ﹃三 教 指 帰﹄ と か いふ や う な 聖 典 は 今 で も 声 読

み を す る 風 が 残 って ゐ る 。 私 は そ のや う に 聞 き〓 り、 四 声 の発 音 の実 際 を 直 接 耳 で 聞 かう と、 昭 和 十 四 年 秋 、

﹃三 教 指 帰﹄ 他 二 三 の 文 献 を 携 へ、 勇 ん で高 野 山 に 登 った 。 そ し て、 そ の道 の権 威 であ る と い ふ 二 三 の学 僧 の方 に 、 そ の四 声 の発 音 を 乞 う た の であ る。

  そ れ ら の方 々は快 く 私 の 要 求 を 入 れ ら れ 、 面 談 の機 を 与 へら れ た 。 が、 私 の期 待 は 裏 切 ら れ た 。 と 言 ふ のは 、

A の権 威 の方 と B の権 威 の方 と で は、 同 一の 四声 に 対 す る 唱 へ方 が 全 く 異 って 居 り 、 又、 C の権 威 の方 は、 一寸

口 で 言 って下 さ れ ば そ れ で 済 む も のを と 期 待 し て ゐ た に も 拘 ら ず 、最 後 ま で そ の発 音 を し て下 さ ら な いと いふ 風

であ った 。 而 し て 、 そ れ ら の方 々 は、 い づれ も ﹃補 忘 記 ﹄ と か ﹃開合 名 目 抄 ﹄ と か いふ 論 議 の書 の名 を 挙 げ て 、

そ こ に 示 さ れ て ゐ る 四 声 の 音 価 、 そ れ が 古 く か ら 当 山 に伝 は って ゐ る 音 価 です 、 と いふ こ と を 口 を 揃 へて教 へら

れ た 。 之 に よ って考 へれ ば 現 在 高 野 山 で は 、 こ の古 い歴 史 を も つ四声 の伝 承 は 漸 く 乱 れ 、 師 伝 を 失 ひ つ つあ る の

で あ ら う 。 以 上 の や う であ る 故 、 直 接 口 頭 に 伝 は って ゐ る 四 声 の音 価 を 此 処 に 紹 介 す る こ と は 断 念 し な け れ ば な ら な いわ け であ る。

  然 ら ば いか にす べ き か 。 ﹃開 合 名 目 抄 ﹄ ﹃補 忘 記 ﹄ に 見 え る 記 述 を そ のま ま こ こ に転 載 し よ う か、 と 言 ふ の に 、

此 も 本 意 に 背 く 思 ひ が す る 。 そ こ で、茲 に は 、 現 在 伝 承 さ れ て ゐ る 声 明 の中 で 、 四 声 の発 音 を 最 も よ く 伝 へ て

ゐ る と 考 へら れ る ﹃四座 講 式 ﹄ の曲 節 を 、 岩 原 諦 信 師 ( 注23)か ら 親 し く 教 へら れ た 所 に よ って考 察 し 、 之 を 通 じ

て 、 古 い四 声 の音 価 を 考 察 し よう と 思 ふ。 な ほ、 ﹃四 座 講 式 ﹄ は 明 恵 上 人 ( 貞永元年 六〇歳 で示寂) の作 と 伝 へら れ 、

涅・槃 十 六 羅漢 ・遺 跡 ・舎 利 の 四 講 式 か ら 成 る も ので あ る 。茲 に は 、 特 に そ の中 の ﹃涅槃講 式 ﹄ の曲 節 を 例 に と

る が 、 他 の 三 式 に つ いて も 全 く 同 様 な こ と が 言 へる も の であ る 。 ﹃涅槃講 式 ﹄ は 、 現 在 な ほ、涅槃 会 に は 必 ず 奉 誦せ ら れ るも の で、 他 の三 式 と と も に声 明中 の雄 篇 で あ る 。

  さ て 現 行 の ﹃涅槃講 式 ﹄ の テキ スト は 、 本 文 を 漢 字 で書 下 し 、 字 音 で読 ま れ る漢 字 に は、 一々四 声 点 を 施 し 、

更 に 本 文 の左 に は 、 現在諷誦 さ れ て ゐ る 曲 節 を 節 博 士 に よ って表 記 し て ゐ る の であ る が 、 今 、 字 音 の 四 声 点 の位

置 と 傍 に 施 さ れ た 節 博 士 の種 類 と の関 係 を 調 べて 見 る と 、 次 の やう な 結 果 が 出 て来 る の であ る 。( 注24)

一拍 の 字 音 。 原 則 と し て節 博 士 (ヽ) で 表 記 さ れ て ゐ る 。 (ヽ) は ﹁徴 ﹂ と 呼 ば れ 、 西 洋 音 階 の ソ に 相 当 し 、 高 い平 ら な 曲 節 で唱 へら れ る 。

 ︹ 1︺   上 声 点 を 施 さ れ て ゐ る 文 字 。 (イ)

以下テキ ストとしては岩原諦信師編 の ﹃四座講式並大 師明神両講 式

伝習手引﹄ の本 文を用ゐる。 この本は、寛延三年に理峯が序 を書き、宝暦戊寅 に廉峯が校定したも のと字 配りは全く 一

  例 、 ﹁釈 迦 牟 尼 如 来 ﹂ の ﹁尼 ﹂ (一枚ウ ラの二行︱

致し、ただ節博 士その他 の注意 が詳密に成 ってゐる)

﹁沙 羅 林 中 ﹂ の ﹁羅 ﹂ ( 同 じ紙 の三 行) ﹁微 塵 毛 端 ﹂ の ﹁微 ﹂ ( 同 じく 四 行 ) ﹁不 ﹂ ( 同 じく 四 行 )

﹁如 ﹂ ( 二枚 オ モテ の 一行 )

﹁不 可 説 不 可 説 ﹂ の 上 の ﹁如 来 ハ生 滅 ナ シ ﹂ の

﹁諸 ﹂ ( 二枚 ウ の二 行 )

﹁〓瑟 長 者 ﹂ の﹁瑟 ﹂ ( 同 じく 二行 ) ﹁三 百 五 十 ノ 諸 度 ﹂ の

﹁長 夜 モ 将 ニ 暁 ケ ナ ン ト ス ﹂ の ﹁夜 ﹂ ( 三枚 オ の 一行)

(く ) で 表 記 さ れ て ゐ る 。 (く ) は ﹁徴 の ア タ リ ﹂ と 呼 ば れ 、 西 洋 音

  但 し 例 外 と し て 、 一拍 の 上 声 の 文 字 の 直 前 、 又 は 高 く 唱 へ ら れ る 助 詞 の 直 前 に 来 た り 、 文 頭 、 又 は 低 音 の直 後 に 来 た り し た 場 合 に は 節 博 士

階 の ミ ミ に 相 当 し 、 低 い平 ら な 曲 節 で 唱 へら れ る 。

此処 は直 前 で 節 が 切 れ て居 り、 直 後 の ﹁遇﹂ の

直 前 の ﹁ハ﹂ は 此 処 では 低 く 唱 へら れ、 直 後 の ﹁ニ﹂ は高 く 唱

﹁沙 ﹂ ( 同 じく 三 行 、 や はり 直 前 の ﹁ 教 ﹂ 字 は平 声 で低 く 唱 へら れ 、直 後 の ﹁ 羅 ﹂ は 上 声 一拍 の文 字

例 、 ﹁釈 迦 牟 尼 如 来 ﹂ の ﹁牟 ﹂(一枚 ウ の 二行 、直 前 の ﹁迦﹂ が平 声 で 低く 唱 へら れ、 直 後 の ﹁ 尼 ﹂ は 一拍 の上 声 の文 字 であ る ) ﹁沙 羅 林 中 ﹂ の であ る ) ﹁生 滅 ハ機 ニ約 セ リ ﹂ の ﹁機 ﹂ ( 三 枚 オ の二 行︱ へられ る) ﹁値 遇 ノ 大 願 ヲ 成 ゼ ン ガ タ メ ナ リ ﹂ の ﹁値 ﹂ ( 三 枚 オ の五 行︱ 字 は 上声 で 一拍 に 発音 さ れ る )

) で 表 記 さ れ て ゐ る 。 (ゝ) は

﹁徴 の カ 、リ ﹂ と 呼 ば れ 、 西 洋 音 階 の ラ ミ に

  又 、 一拍 の 上 声 の 文 字 の 直 前 、 又 は 高 く 唱 へ ら れ る 助 詞 の 直 前 に 来 た 場 合 、 若 し 、 一拍 だ け 高 い 音 の 直 後 に あ る な ら ば 、 節 博 士(ゝ

相 当 し 、 高 低 連 結 の 曲 節 に 唱 へら れ る 。   例 、 ﹁般 遮 羅 ト 名 ヅ ク ﹂ の ﹁遮 ﹂ ( 五 枚 オ の 一行︱ の文 字 であ る )   ﹁同 時 ニ声 ヲ 挙 ゲ テ ﹂ の ﹁時 ﹂ ( 同 じ 紙 の二行︱

こ こ は ﹁般 ﹂字 が去 声 で最 後 の 一拍 の み高 く 、 ﹁羅 ﹂ は 一拍 の上 声

こ こ では ﹁同﹂ 字 が や は り去 声 で ﹁ニ﹂ が高 い仮 名 であ る)

(くヽ ) で 表 記 さ れ て ゐ る 。 (く ) は 前 述 の ﹁徴 の ア タ リ ﹂ で 、 (くヽ ) 全 体 は 西 洋

二 拍 の 字 音 。 二 つ の 場 合 が あ り 、 低 く 唱 へら れ て ゐ る 音 の直 後 に 来 た 場 合 、 或 い は 息 の 切 レ 目 の直 後 に 来た場合 には、節博 士

( ) ロ

)

こ こ では そ の前 の語句 ﹁ 常 住 の仏 身 を 見 ﹂ の ﹁見﹂ が ﹁ 徴 角 ﹂ と い ふ下 降

音 階 の ミ ミ ソ に 相 当 し 、 第 一拍 は 低 平 、 第 二 拍 が 高 平 の 曲 節 で 唱 へら れ る 。   例 、 ﹁ 海 雲 比 丘 ﹂ の ﹁海 ﹂ (二枚 オ の三 行︱ 調 の曲 節 で唱 へられ 、 低 く終 ってゐ る )

こ こ では 直前 の ﹁ 海 ﹂ の字 は ﹁角 ﹂ と いふ低 い節 で唱 へら れ てゐ る )

(ゝヽ ) で 表 記 さ れ て ゐ る 。ゝ

こ こ でも ﹁契﹂ の字 は ﹁ 角 ﹂ で唱 へら れ てゐ る )

﹁大 海 水 の 上 ﹂ の ﹁水 ﹂ ( 同 じ 紙 の 四行︱ ﹁普 眼 契 経 ﹂ の ﹁経 ﹂ ( 同 じ場 所︱

こ れ に 対 し て 、 高 く 唱 へら れ て ゐ る 音 の 直 後 に 来 た 場 合 に は 、 節 博 士

﹁林 ﹂ 及 び

﹁端 ﹂ ( 同 じく 四 行︱

﹁中 ﹂ (一枚 ウ の三 行︱

﹁角 ﹂ と 呼

こ こ では ﹁ 微﹂及び ﹁ 毛 ﹂ の末 尾 は高 く 唱 へら れ てゐ る )

こ こ では ﹁ 羅﹂及び ﹁ 林 ﹂ の末 尾 は高 く 唱 へられ てゐ る)

は 前 述 の ﹁徴 の カ丶 リ ﹂ で 、 全 体 は 西 洋 音 階 の ラ ミ ソ に 相 当 し 、 そ の 第 一拍 は 高 低 の 曲 折 、 第 二 拍 は 高 い

  例 、 ﹁沙 羅 林 中 ﹂ の

﹁塵 ﹂ 及 び

曲 節 で 唱 へら れ る 。

﹁微 塵 毛 端 ﹂ の

こ こで は ﹁ 如 ﹂ は 高く 唱 へら れ て ゐる )

(￨) で 表 記 さ れ て ゐ る 。 (￨) は

こ こ では ﹁ 栴 ﹂ の末 尾 は高 く 唱 へられ てゐ る )

﹁如 来 ハ生 滅 ナ シ ﹂ の ﹁来 ﹂ ( 同 じ く 二 枚 オ の 一行︱ ﹁栴 檀 塔 の 中 ﹂ の ﹁檀 ﹂ ( 同 じく 三 行︱

  一拍 の 字 音 、 二 拍 の 字 音 の 区 別 な く 、 原 則 と し て 、 節 博 士

  ︹ 2︺   通 常 の 平 声 点 を 施 さ れ て ゐ る 文 字 。

ば れ 、 西 洋 音 階 の ミ に相 当 し 、 低 い平 ら な 曲 節 で 唱 へら れ る。   例 、 ﹁大 恩 教 主 ﹂ の ﹁大 ﹂ 及 び ﹁主 ﹂ (一ウの二行) ﹁釈迦 牟 尼 如 来 ﹂ の ﹁釈﹂ ﹁迦 ﹂ 及 び ﹁来 ﹂ ( 同上) ﹁涅槃遺 教 ﹂ の ﹁涅﹂ 及 び ﹁教 ﹂ ( 同上) ﹁八 万 聖 教 ﹂ の ﹁万 ﹂ ﹁聖 ﹂ 及 び ﹁教 ﹂ ( 同じ紙 の三行) ﹁五 十 二類 ﹂ の ﹁二﹂ 及 び ﹁類 ﹂ ( 同じ紙の四行)   但 し 例 外 と し て、 高 く 唱 へら れ る 文 字 の直 後 に来 た も の は、 節 博 士

)〓 で( 表 記 さ れ て ゐ る 。 これ は ﹁徴

角 ﹂ と 呼 ば れ 、 西 洋 音 階 の ラ ミ に 相 当 し 、 初 め 高 、 後 低 の曲 節 で 唱 へら れ る 。

 例 ﹁大 恩 教 主 ﹂ の ﹁教 ﹂ (一枚 ウ の 二行 ︱ こ こ では ﹁恩﹂ は 去声 の字 で末 尾 が高 い)

ここでは ﹁尼﹂が上声で高く唱 へられる)

ここでは ﹁ 中﹂ の字は上声 で高く唱 へられる)

﹁槃 ﹂ の字が去声 で末尾が高く唱 へられ てゐる)

﹁釈迦 牟 尼 如 来 ﹂ の ﹁如 ﹂ ( 同じ紙 の二行︱ ﹁涅槃遺 教 ﹂ の ﹁遺 ﹂ ( 同じく三行︱

﹁沙 羅 林 中 五 十 二 類 ﹂ の ﹁五 ﹂ ( 同じく三行︱

  総 て 二 拍 に読 ま れ 、 総 て 節 博 士 (ヽ〓) で 表 記 さ れ て ゐ る 。 (ヽ〓) は ﹁徴 々角 ﹂ と 呼 ば れ 、 西 洋 音 階 の

︹3  ︺ 平 声 軽 の点 を 施 し た 文 字 。 即 ち 、 字 の左 側 中 央 に 声 点 を 施 し た 文 字 。

ソ ラ ミ に相 当 し 、 第 一拍 を 高 く 、 第 二拍 を 初 め 高 く 後 を 低 く 唱 へら れ る。 例 は 多く な いが、 次 のや う な 例 を 見出だす ことが出来 る。 ﹁中 心 ノ悲 歎 ﹂ の ﹁中 ﹂ ( 五ウ の五行) ﹁一切 ノ 天 人 大 衆 ﹂ の ﹁切 ﹂ ( 八オの三行) ︹4  ︺ 去 声 の点 を 施 し た 文 字 。

  総 て 二拍 に 唱 へら れ る 。 場 所 に よ り、 異 る 曲 節 を 有 し 、 先 づ 声 の 切 レ目 の直 後 及 び低 い音 の直 後 に 来 た 場

合 には、原則 とし て

﹁角 徴 ﹂ と 呼 び 、 西 洋 音 階 の ミ ソ に 相 当 し 、 第

こ こは 直 前 が息 の段 落 に 成 ってゐ る)

こ こ でも 直 前 の ﹁涅﹂ 字 が 平声 で低 い)

ここ では 直 前 の ﹁ 大 ﹂ 字 が 平声 で低 く 唱 へら れ て ゐ る)

(￨ヽ ) で 表 記 さ れ て ゐ る 。 (￨ヽ ) は

一拍 を 低 く、 第 二 拍 は 高 く 唱 へる 。   例 、 ﹁大 恩 教 主 ﹂ の ﹁恩 ﹂ (一ウ の二行︱ ﹁涅槃 遺 教 ﹂ の ﹁槃﹂ ( 同 じ く 三行︱ ﹁生 滅 ハ機 ニ 約 セ リ ﹂ の ﹁生 ﹂ (二枚 オ の 二行︱

節博士

﹁身 ﹂ ( 二 枚 オ の三 行︱

直 後 の ﹁ニ﹂ は高 く 唱 へら れる )

直後 の ﹁ヲ﹂ は高 く 唱 へら れ る )

(￨く ) で 表 記 さ れ る 。 (￨く ) は 西 洋 音 階 の ミ ミ ミ に 相 当 し 第 一 ・第 二 拍 と も 低 く 唱 へら れ る 。

  但 し 、 息 の 段 落 の直 後 、 又 は 低 い 音 の 直 後 に 来 て も 、 そ の直 後 に 高 く 初 ま る 助 詞 が 来 る 場 合 は 、 例 外 で 、

  例 、 ﹁常 住 ノ 仏 身 ヲ 見 ﹂ の

﹁藍 園 ノ 誕 生 ニ含 ミ ﹂ の ﹁生 ﹂ ( 同 じ く五 行︱

  又 、 去 声 の 文 字 が 、 高 い音 の直 後 に 来 た 場 合 に は 、 (〓ヽ ) と い ふ 節 博 士 で 表 記 さ れ て ゐ る 。 (〓ヽ ) は 、

﹁ 毛 ﹂ (一枚 ウ の四 行︱

こ こ で は直 前 の 助 詞 ﹁ハ﹂ が 高 い。 ﹁ 生 滅 ﹂ と いふ 同 一の語 が 、直 前

こ こで は直 前 の ﹁ 塵 ﹂ は 末尾 は高 く 唱 へられ る )

﹁徴 角 徴 ﹂ と 呼 ば れ 、 西 洋 音 階 の ラ ミ ソ に 相 当 し 、 第 一拍 は 初 め 高 く 後 低 く 唱 へら れ 、 第 二 拍 は 高 く 唱 へら れる。   例、 ﹁ 微 塵 毛 端 刹海 ﹂ の

﹁如 来 ハ生 滅 ナ シ ﹂ の ﹁生 ﹂ (二枚 オ の二 行︱

の節 によ り 、 異 った 節 で唱 へら れ る こ とは 注 意す べき であ る )

文 字をも含 む。

  ︹5︺   軽 以 外 の 入 声 の 点 を 施 さ れ た 文 字 。 ﹁フ 入 声 ﹂ の 点 を 施 さ れ た 文 字 、 即 ち 、 文 字 の 下 中 央 に 点 を 差 さ れ た

(￨) ( 角 ) で表 記 さ れ 、 低 く 平 ら に 唱

  此 等 の 文 字 は 常 に 二 拍 に 唱 へら れ 、 そ の 曲 節 は 普 通 の 平 声 の 二 拍 に 唱 へら れ る 文 字 に 全 く 準 ず る 。 即 ち 、 文 頭 又 は 低 い 音 の 直 後 に あ って は 、 西 洋 音 階 の ミ に 相 当 す る 節 博 士 へら れ る 。

 

 

﹁徴 角 ﹂ と 呼

こ こ では 直 前 の ﹁ 教 ﹂ 字 は低 く 唱 へら れ て ゐる 。 こ れ は普 通 の入声 の例 )

こ こ では ﹁五﹂ の末 尾 は低 く 唱 へられ てゐ る。 こ れは フ入声 の例 )

こ こ で は ﹁可 ﹂字 は低 い。普 通 入声 の例 )

而 し て 、 直 前 の 拍 が 高 く 終 っ て ゐ る 場 合 に は 、 (〓) と い ふ 節 博 士 で 表 記 さ れ て ゐ る 。 此 は

﹁不 可 説 不 可 説 ﹂ の ﹁説 ﹂ ( 同 じ く 四行 か ら 五行︱

﹁五 十 二 類 ﹂ の ﹁十 ﹂ ( 同 じ 所︱

例 、 ﹁八 万 聖 教 ﹂ の ﹁八 ﹂ (一枚 ウ の三行︱

 

こ こ では 直 前 の ﹁端﹂ の字 の末 尾 は高 く 唱 へら れ る。 な ほ、 こ

ば れ 、 西 洋 音 階 の ラ ミ に 相 当 し 、 第 一拍 が 高 く 、 第 二 拍 が 低 く 唱 へら れ る 。 例 、 ﹁微 塵 毛 端 刹 海 不 可 説 ﹂ の ﹁刹 ﹂(一枚 ウ の 四行︱

こ こで は直 前 の助 詞 ﹁ノ﹂ が 高く 唱 へら れ て ゐる 。 こ れ は フ入 声 の例 )

こ こで は ﹁ 生 ﹂ 字 の末 尾 は 高 い。 こ の ﹁ 滅 ﹂ の字 の第 二 拍 は 舌 端 を 閉 鎖 し て

の ﹁ 刹 ﹂ 字 の第 二拍 は 促 音 で、 本 来 無 音 にな る 筈 であ るが 、 実 際 には セ ー エ ッのや う に唱 へら れ て ゐる ) ﹁生 滅 ナ シ ﹂ の ﹁滅 ﹂ (二枚 オ の 二行︱ 行 は れ る 口蓋 帆 の破 裂 音 で あ る) ﹁双 林 ノ 入 滅 ﹂ の ﹁入 ﹂ ( 二枚 ウ の 一行︱

これ も す べ て 二拍 に 唱 へら れ てゐ る。 例 が 少 い上 に、 そ の曲 節 は 区 々 で法 則 的 な こ と は 言 ひ難 い が、 大 体 上

  ︹6︺   入 声 軽 の 声 点 を 施 さ れ て ゐ る 、 即 ち 、 文 字 の 右 側 中 央 に 声 点 註 記 の あ る 文 字 。

こ こで は直 前 の ﹁遺﹂ 字 の末 尾は高 く 唱 へら れ てゐ る )

(ゝヽ ) で 表 記 さ れ 、 第

こ こ では直 前 の ﹁樹﹂ の末 尾 が 低く 唱 へら れ て ゐる )

(くヽ ) で 表 記 さ れ 、 第 一拍 は 低 く 、 第 二 拍 に 高 く 唱 へら れ る 。

声 の 二 拍 に 唱 へ ら れ る 文 字 に 一致 す る 。 即 ち 、 低 く 唱 へら れ る 音 の 直 後 に あ っ て は 、 西 洋 音 階 の ミ ミ ソ に 相 当す る節博士

 例 、 ﹁花 茎 樹 葉 ヲ銜 ン デ ﹂ の ﹁葉 ﹂ ( 六 枚 ウ の五 行︱

  こ れ に 対 し 、 高 く 唱 へら れ る 音 の 直 後 に あ っ て は 、 西 洋 音 階 の ラ ミ ソ に 相 当 す る

﹁跡 ﹂ ( 三 枚 オ の四 行︱

一拍 は 初 め 高 く 後 低 く 、 第 二 拍 は 高 く 唱 へら れ る 。   例 、 ﹁現 在 遺 跡 ノ 徳 ﹂ の

  以 上︹1︺︱︹に 6述 ︺ べ た 所 を 総 括 す る と 、 同 じ 声 調 も 、 そ の 用 ゐ ら れ る 場 所 に よ り 、 二 種 或 い は 三 種 ・五 種 ・六 種

の曲 節 を 以 て 唱 へら れ 、 之 で は 四 声 そ の も の が 二 種 ・三 種 ・四 種 と い った 多 様 の 音 価 を 有 っ て ゐ た か と 疑 は し め

る 。 所 が、茲 に、 岩原 諦 信 師 の研 究 に従 へば 、 現在 伝 へら れ て ゐ る ﹃涅槃講 式﹄ の曲 節 は 、 明恵 上 人 の創 作 さ れ

た 時 代 以 来 、 種 々 変 化 を 遂 げ て 複 雑 に成 った も の で 、 右 に テ キ スト と し て撰 ん だ 本 文 は 、 こ の複 雑 に 成 った後 世

の曲 節 を 示す も の であ る と の こ と であ る。 そ し て、 例 へば 、 現 在 次 表 の上 段 の節 で 唱 へら れ る 箇 所 は 、 古 く は 下

前 代 の曲節

去 声 入 声 の軽

とし たも の

単 な る 高 音 の連 続 を 嫌 ひ、 節 に 変 化 を 与 へよ う

の連 続 を 嫌 って 節 に 変 化 を 与 へよ う と し た も の

変化 を遂 げた動 機

現在 の曲 節

単 な る徴

声

単 な る角

で が 高 く 唱 へら れ る に 至 った も の

直 前 の高 い音 に 連 れ て 、 こ の音 の初 め の部 分 ま

一 つに は直 前 の低 い音 に連 れ 、 二 つ に は 高 い音

徴 のア タリ ( 即 ち (ヽ))

上

声

( 即 ち (く ))

( 即 ち (ヽ)) 入 声 の 軽

単 な る徴

声

徴角

平 声 の軽 声

平

上

( 即 ち(ゝ) )

徴 の カヽ リ

そ の曲 節 が 現 れる 声調

の段 のや う な 節 で 唱 へら れ た も のと 推 定 さ れ る と 言 ふ 。

( l)

( 2)

( 3)

声

(即 ち (￨ )) 去

入

( 即 ち (〓))

  所 で、 ﹃四 座 講 式 ﹄ の古 い版 本 を 集 め 、 順 次 そ の節 博 士 を 点 検 し て 見 る と、 注 意 す べき 事 実 が 見 出 だ さ れ て 来

る の であ って 、 即 ち 、 寛 延 三 年 の 釈 理 峯 の序 のあ る 版本 に於 いて は 、 先 づ(1の ) ﹁徴 の ア タ リ ﹂ がな く て 、これ が

単 な る ﹁徴 ﹂ に 成 って 居 り 、 元 禄 年 間 に前 島 茂 右 衛 門 が 刊 行 し た 版 本 で は(2の ) ﹁徴 の カヽ リ ﹂ も な く て、そ れ も 総 て 単 な る ﹁徴 ﹂ に成 って ゐ る の で あ る 。

  此 は 何 を 意 味 す る か 、 と 言 ふ の に 、 一つ の考 へ方 と し て は、 ﹁古 い版 本 に は 細 か い譜 の 技 巧 を 表 記 す る こと を

し な か った だ け で、 矢 張 り 古 く か ら 曲 節 は 現 在 のや う であ った のだ ら う ﹂ と も 考 へら れ る が 、 然 し 、 楽 曲 が時 代

と 共 に唱 へや す いや う に 変 化 す る と い ふ こ と は 如 何 に も 自 然 の こ と ゆ ゑ 、 や は り 岩 原 師 の推 定 のや う に ﹁﹃徴 の

ア タ リ ﹄ ﹃徴 の カヽ リ ﹄ は後 世 の発 達 で、 以前 は そ の古 い譜 の示 す や う に 単 な る ﹃ 徴 ﹄ の音 が 唱 へら れ て ゐ た ﹂

と 考 へた いと 思 ふ。 特 に、 (1) の ﹁徴 の ア タ リ ﹂ の如 き 、 前 述 の如 く 、 現 在 ﹁徴 ﹂ では な く て ﹁角 ﹂ に 唱 へら れ て

ゐ る 。 若 し 最 初 か ら ﹁角 ﹂ に 唱 へら れ て ゐ た な ら ば 、 ど う し て 古 い譜 に 於 いて 紛 ら は し い ﹁徴 ﹂ の音 で表 記 す る

であ ら う か 。 古 い譜 に於 いて ﹁徴 ﹂ の 音 で唱 へら れ た か ら こ そ ﹁徴 ﹂ の博 士 で 表 記 し た の であ って 、 後 世 そ れ が

﹁角 ﹂ で 唱 へら れ る やう に成 った か ら こ そ 、 ﹁こ の ﹃徴 ﹄ の譜 は 、 普 通 の ﹃ 徴 ﹄ と は違 ひ ﹃角 ﹄ で 唱 へら れ る ん だ

ぞ ﹂ と 言 ふ こ と を 示 す た め に 、 (ヽ) の 博 士 の頭 へ鍵 を つけ た、 か う し て 現 在 の (く ) と 言 ふ博 士 が 出 来 た と 考

へる 。(3 の)﹁徴 角 ﹂ の 節 だ け は 現 在 の所 で は古 い版 本 か ら 証 拠 を 見 出 だ す こと は 出 来 な いが、 そ の変 化 の 理由 は

自 然 であ る か ら 、 之 も 恐 ら く 古 く は 師 の推 定 通 り単 な る ﹁角 ﹂ で 唱 へら れ た の であ ら う 。

  以 上 の 如く で、 岩 原 師 の推 定 に 従 ふと す る と 、 ﹁古 い ﹃涅槃講 式 ﹄ に於 いて は 、 今 の ﹃徴 の ア タ リ ﹄ ﹃徴 の カヽ

リ ﹄ は 総 て単 な る ﹃徴 ﹄ であ り、 今 の ﹃ 徴 角 ﹄ は 総 て 単 な る ﹃角 ﹄ であ った らう ﹂ と 言 ふ こ と に成 る 。 さ う す る

と 、 ﹃涅槃講 式 ﹄ 成 立 時 代 に 於 け る 平 上 去 入 の各 四 声 は 次 のや う に 唱 へら れ た ら う と 言 ふ こ と に 成 る。

一拍 のも の、 (﹁ 徴 のカヽ リ﹂ が単 なる ﹁徴 ﹂と 成 る結果 )総 て 高 い平 ら な 曲 節 で 唱 へら れ た こと に成 る 。

 ︹1︺  上 声 の文 字 (イ)

二 拍 のも の 、 ( ﹁徴 のカヽ リ﹂ ﹁徴 のアタ リ﹂ が単 な る ﹁徴﹂ と 成 る結 果) 総 て第 一拍 も 高 く 平 ら に、 第 二 拍

も 高 く 平 ら に 、 唱 へら れ た 、 即 ち 全 体 は 高 く 平 ら な 曲 節 で 唱 へら れ た こと に成 る 。

( ) ロ

﹁角 ﹂ の 曲 節 で 、 即 ち 、 総 て 低

  右 の (イ) ( )ロ を綜 合 す れ ば 、 総 て の上 声 の 文 字 は 高 く 平 ら に唱 へら れ た こ と に 成 る 。   ︹2  ︺ 通 常 の平 声 の文 字

  (﹁ 徴 角﹂ が単 な る ﹁ 角 ﹂ に 成 る 結 果 ) 一拍 の も の 、 二 拍 の も の を 問 は ず 、 総 て

く 平 ら に唱 へら れ た こ と に 成 る。

 ︹3︺  平 声 軽 の文 字   (﹁徴角 ﹂ が単 な る ﹁ 角 ﹂ に成 る 結果 )総 て第 一拍 が ﹁徴 ﹂、 第 二 拍 が ﹁角 ﹂ の 曲 節 で、 即 ち 、 総 て 第 一拍 が 高 く 、 第 二 拍 が 低 く 唱 へら れ て ゐた こ と にな る 。

 ︹4︺  去 声 の文 字   (﹁徴 のアタ リ﹂ が総 て単 な る ﹁徴﹂ に成 り、 ﹁徴角 ﹂ が単 な る ﹁角 ﹂ に成 る 結 果 )総 て 第 一拍 が ﹁角 ﹂、 第 二 拍 が

﹁徴 ﹂ の曲 節 で、 即 ち 、 総 て第 一拍 が低 く 、 第 二 拍 が 高 く 唱 へら れ て ゐ た こ と にな る。

 ︹ 5︺  軽 以 外 の 入 声 の文 字 、 及 び フ入 声 の文 字  ( ﹁徴角 ﹂ が単な る ﹁角 ﹂ に成る 結果 )総 て ﹁角 ﹂ の曲 節 で、 即 ち 、 総 て 低 く 平 ら に 唱 へら れ て ゐ た こと に な る。

 ︹6︺ 入 声 軽 の文 字  ( ﹁徴 のカヽ リ﹂ が単な る ﹁徴 ﹂ に成 る結 果 )総 て ﹁徴 ﹂ の曲 節 で、 即 ち 、 総 て 高 く 平 ら に 唱 へら れ て ゐ た こ と にな る 。

  右 の新 し い︹1︺︱が︹、6﹃ ︺涅槃講 式 ﹄ の曲 節 を 通 じ て推 定 さ れ る 古 代 の 四 声 の音 価 であ る 。 各 音 価 を も っと 整 理

し て そ の相 違 を 明 瞭 な ら し め れ ば 次 の ︹結 論 第 三 の一︺ のや う に な る 。 そ の音 価 が互 に 相 補 ひ 、 全 体 が 組 織 的 に

な って ゐ る 所 か ら 判 断 し て、 恐 ら く 此 の推 定 は 当 を 得 たも のと 見 て よ いであ ら う 。

声⋮ ⋮ 低平 調。 即ち、 ○ 又 は○ ○ 。

︹ 結 論 第 三 の 一︺ 平

平声 軽 ⋮ ⋮ 下降 調。 即ち、 ○ ○ 。 上  声 ⋮ ⋮高 平 調。 即ち、 ○ 又 は○ ○ 。

去

声 ⋮ ⋮ 上昇調 。 即 ち、 ○ ○ 。

入   声 ⋮ ⋮ 低 平 調 。 但 し 、 第 二拍 は 促 音 。 即 ち 、 ○ ▽ 。 フ入 声 ⋮ ⋮ 低 平 調 。 但 し 、 第 二拍 は ウ 音 。 即 ち 、 ○ ○ 。 入 声 軽 ⋮ ⋮ 高 平 調 。 但 し 、 第 二拍 は 促 音 。 即 ち 、 ○ ▽ 。

  な ほ前 に ち ょ っと 触 れ た ﹃開 合 名 目 抄 ﹄ ﹃補 忘 記 ﹄ な ど に 見 え る 、 四 声 の内 容 は 、 之 と 全 く 同 じ 内 容 のも の で

あ り、( 注25)大 山 公淳 師 の ﹃声 明 の歴 史 及 び 音 律 ﹄ ﹃真 言 声 明 の梗 概 ﹄ に載 って ゐ る 四 声 の内 容 も 、 之 と 完 全 に符 合 す る こ と も 附 け 加 へて よ い。

  そ し て 、 以 上 は専 ら 真 言宗 に 伝 へら れ た 四 声 の内 容 であ った が、 多 紀 道 忍 師 の ﹃天 台 声 明 の梗 概 ﹄ ( 四八頁) に

拠 れ ば 、 天 台 宗 に 伝 へら れ て ゐ る 四声 の内 容 も 、 次 の やう で、 右 に 推 定 し た 所 と よ く 一致 す る の であ る 。

上声

平声

  上 昇調。

  高 平調。

  低 平調。

︹ 結 論第 三の 二︺

去声

か く て 、 以 上 の推 定 は略々 確 実 か と考 へる の で あ る 。

 六   古 代 文 献 に ア ク セ ン ト の 註 記 さ れ て ゐ る 語 の 現 代 諸 方 言 に 於 け る 音 価 の 考 察

  以 上 、前 々節 と前 節 と に 於 い て は、 現 在 我 が 国 に於 け る 口頭 伝 承 資 料 を 通 じ て、 古 代 の 四声 の音 価 の 推 定 を 試

みた が 、 本 節 と 次 の節 に 於 い て は 、 愈々 現在 我 が 国 に 残 って ゐ る 文 献 資 料 を 通 じ て 古 代 の 四 声 の音 価 を 推 定 し て

見 よ う と 思 ふ。 ﹁文 献 資 料 を 通 じ て﹂ と 言 ふ と、 文 献 資 料 に 見 え る 、 四 声 の 音 価 に 関 す る 具 体 的 な 記 述 説 明 を 通

じ て 推 定 す る方 法 を 考 へ つく が、 夫 は 次 節 に 廻 し 、 本 節 で は古 代 の文 献 に アク セ ント を 註 記 さ れ て ゐ る 一般 和 語

が、 現 在 諸 方 言 で ど のや う な ア ク セ ント を 有 ってゐ る か を 検 討 し 、 そ の結 果 に基 い て各 語 の表 記 に 用 ゐ た 四 声 の

音 価 を 推 定 す る と 言 ふ方 法 を 取 ら う と 思 ふ。 古 代 の文 献 と し て は 、 断 然 多 く の語 彙 に 声 点 を 施 し た 院 政 期 の ﹃類 聚名義 抄﹄をと る。

﹃名 義 抄 ﹄ に見 え る 語 彙 に就 い て、 諸 方 言 に 於 け る ア ク セ ント を 考 察 す る為 に は、 現 在 日本 各 地 に於 け る ア ク セ

ント の 分 布 状 態 に就 い て 一言 す べ き であ る が、 長 く 成 る の で 省 略 す る 。( 注26)此 処 に は 、 先 づ、 ﹃名 義 抄 ﹄ の ア ク

セ ント の直 系 の 子 孫 と 推 定 さ れ る 京 都 語 を と り 、 そ の ア ク セ ント 体 系 の上 か ら 見 て 、 近 い時 代 に 京 都 語 か ら 分離

し た と推 定 せ ら れ る 高 知 市 方 言 、 兵 庫 県 赤 穂 町方 言 、 及 び 高 松 市 方 言 を と って 対 照 さ せ 、 更 に 参 考 方 言 と し て別

に東 京 語 を 掲 げ る。 左 表 に お い て、 ﹃名 義 抄 ﹄ で(イ)(⋮ ロ⋮ )( のハ 如) く 表 記 さ れ て ゐ る 語 は 、 夫 々 下 に 示 す や う に発 音 さ れ て ゐ る の であ る 。

コー  

チ 

コ 

法下 46 ウ。

僧中 8 ウ。

法 下69 オ、他 。

トー

コー  

チー  

ト 

法下 27オ ﹁営 ﹂字 の条 、他 。

  コ (ガ )  

トー 

ミ 

コー

 ト (ガ )  ト ー  

ミー 

﹁子 ﹂ 

ミー 

﹃名 義 抄 ﹄ で平 声 点 を 註 記 さ れ てゐ るも の

チ (ガ )   チ ー   ﹁戸 ﹂ 

  ミ (ガ )  

﹁血 ﹂   チ ー 

﹁実 ﹂   ミー

( 単語)   ( 京 都)   (高知 )   (赤穂 )   ( 高松 )   ( 東京 )   ( 名義 抄 の出 所)

﹃名 義 抄 ﹄ で上 声 点 を 註 記 さ れ て ゐ る も の 

 ︹ 1︺   一拍 語 (イ)

(ロ)

  テー

﹁木 ﹂   キ ー

ナ ( ガ ) 

(ガ ) 

メ ー 

  テ ー 

  キ ー 

ヒー  

ナー  

メ ー 

テー  

キ ー 

( 赤穂 ﹀  

ヤー  

ヒー  

ナー  

メー 

テー  

キ ー 

( 高松 )  

ヤ 

ヒ  

ナ  

メ 

テ 

キ 

( 東京 )  

僧 中 16 ウ 、 他 。

仏 中 43 オ 。

仏 中 29 ウ 、 他 。

仏 中 32 オ 、 他 。

仏 下 本 19 ウ 、 他 。

仏 下 本 41 ウ ﹁樹 ﹂ 字 の 条 、 他 。

( 名 義 抄 の出 所 )

﹁目 ﹂   メ ー  

( 高知 )  

ナー  ヒ ヤー  

( 京都)  

﹁名 ﹂  ヒー   ( ガ )  

( 単語 )  

﹁日 ﹂  ヤ

﹁手 ﹂

﹁矢 ﹂   ヤ ー  

( 高知 )   ( ガ)  

ハ (ガ ) 

  ス

( 京都)  

ハー  

スー

( 東京 )  

( 名 義 抄 の出 所 )

  仏 下 本 60 ウ 、 他 。

﹁風 ﹂ 

( 単語 )  

クチ  

カ ゼ 

( 京都)  

コ レ 

クチ  

カ ゼ 

( 高知 )  

タ ケ 

コ レ 

クチ  

カ ゼ 

( 赤穂 )  

タ ケ 

コレ 

クチ  

カ ゼ 

( 高 松)  

タ ケ 

コ レ 

ク チ 

カ ゼ 

( 東京 )  

僧 上 31 オ。

法 上 50 オ 、 他 。

法 上2 ウ ﹁ 漱 ﹂ 字 の条 、 他 。

僧 下 26 オ 、 他 。

( 名 義 抄 の出 所 )

  法 上 51 ウ 、 他 。

﹁口 ﹂ 

コ レ 

タ ケ 

ハ

  ス

( 高 松)  

ハー  

  スー

( 赤 穂)  

(ハ)﹃ 名 義 抄 ﹄ で 去 声 点 を 註 記 さ れ て ゐ る も の 。 極 め て 稀 で 、 辛 う じ て 次 の 数 語 を 拾 ひ 上 げ ら れ る 。  ( 単 語)  

  ハー  

﹁巣 ﹂   ス ー ﹁歯 ﹂ ︹2︺  二拍語

﹁此 ﹂ 

タ ケ 

(イ) ﹃名 義 抄 ﹄ で 上 ・上 と 表 記 さ れ て ゐ る も の 

﹁竹 ﹂ 

僧 上 44 ウ ﹁〓﹂ 字 の 条 、 他 。 法 上1 オ 。

ハナ   ミ ズ 

ハナ   ミ ズ 

ハナ   ミズ 

ハナ   ミ ヅ 

ハナ     ミズ 

﹁鼻 ﹂  ﹁水 ﹂

 

﹁石 ﹂ 

  カ ワ 

( 単語 )  

カ ミ 

イ シ 

( 京 都 ) 

ハシ 

オト 

カ ワ 

カ ミ 

イ シ 

( 高 知 ) 

ムネ  

ハシ 

オト 

カ ワ 

カ ミ 

イ シ 

( 赤穂 )  

ムネ  

ハシ 

オト 

カ ワ 

カ ミ 

イ シ 

( 高松 )  

ムネ  

ハシ 

オト  

カ ワ 

カ ミ 

イ シ 

( 東京 )  

仏 中 63 ウ 、 他 。

仏 上 26 ウ ﹁ 途 ﹂ 字 の条 、 他 。

仏中 1 オ ﹁ 声 ﹂字 の条、 他。

仏 上 40 ウ 、 他 。

法 中 68 オ 。

法中 1 オ、他 。

( 名 義 抄 の出 所 )

(ロ ﹃ ) 名 義 抄 ﹄ で 上 ・平 と 表 記 さ れ て ゐ る も の 

﹁紙 ﹂ 

オト 

ムネ 

﹁川 ﹂

﹁橋 ﹂   ハ シ 

﹁音 ﹂ 

  ムネ 

﹁胸 ﹂

  カサ

 ソ ラ  

  カサ 

ハシ 

ソラ 

カ サ 

( 東京 )  

僧 上 31 ウ 、 他 。

法 下 35 オ ﹁霄﹂ 字 の 条 、 他 。

僧 上 33 ウ 、 他 。

( 名 義 抄 の出 所 )

 ソ ラ  

( 高松 )  

  カサ

 ソラ

 ハ シ  

アキ

( 赤穂 )  

ソラ

 ハ シ

 ア キ  

仏 下 本 16 ウ 、 他 。

( 高知 )  

ハシ

 アキ

カ ゲ 

仏 下 本 64 オ ﹁〓猴 ﹂ 語 の条 、 他 。

﹃ 名 義 抄 ﹄ で 平 ・上 と 表 記 さ れ て ゐ る も の 

アキ

  カ ゲ 

サ ル 

( 単語 )   ( 京都)  

﹁箸 ﹂   ハ シ 

﹁空 ﹂

  ア キ 

  カゲ

  サ ル 

( ) ハ

﹁秋 ﹂

カゲ

  サ ル

﹁笠 ﹂   カ サ

﹁影 ﹂   カ ゲ  

サ ル

  法 下7 オ。

﹁猿 ﹂   サ ル 

  ア シ 

イ ケ

ア シ

 法 上 1 ウ 、 他 。

  法 上 37 オ 、 他 。

( 名義 抄 の出 所)   アシ

 イ ケ  

( 東京 )   アシ

 イ ケ

( 高松 )     ア シ 

イ ケ

( 赤穂 )  

イ ケ 

(単 語 )   ( 京 都 )   (高 知 )  

( )ニ ﹃名 義 抄 ﹄ で 平 ・平 と 表 記 さ れ て ゐ る も の 

﹁足 ﹂ ﹁池 ﹂ 

(ホ)

﹁花 ﹂   ハナ  

﹁島 ﹂   シ マ 

﹁髪 ﹂   カ ミ 

ハナ  

シ マ 

カ ミ 

ミ ミ  ミ

ハナ  

シ マ 

カ ミ 

ミ

ハナ  

シ マ 

カ ミ 

ハナ  

シ マ 

カ ミ 

僧 上 2ウ ﹁蓮 華﹂ 語 の条、 他。

法 上 61ウ ﹁嶼﹂字 の条、 他。

仏 下本 18 オ、 他。

仏中 1オ ﹁聡 ﹂字 の条 、他 。

ミ ミ 

  ミ ミ 

﹁耳 ﹂   ミ ミ 

﹁先 づ ﹂  マズ 

﹁良 く ﹂  ヨク  

﹁無 く ﹂  ナ ク  

( 単語 )   ( 京都)  

モ シ 

マ ヅ 

ヨク  

ナク 

( 高知 )  

モ シ 

マズ 

ヨク  

ナク 

モ シ 

マズ 

ヨク  

ナ ク 

モ シ 

マズ  

ヨク  

ナク  

僧 上24 オ、 他。

仏中 51 オ ﹁ 早 晩﹂ 語 の条 、他 。

法上 49 オ ﹁ 能 ﹂字 の条、 他。

仏 下末 26オ、 他。

( 赤穂 )   ( 高松 )   ( 東京 )   ( 名義 抄 の出 所)

﹃名 義 抄 ﹄ で去 ・平 と 表 記 さ れ て ゐ るも の。 甚 だ稀 であ る が次 のや う な 例 が挙 げ ら れ る。 

﹁若 し ﹂  モ シ 

カ タチ 

カタチ 

仏下本 16オ、 他。

( 高 知)   ( 赤 穂)   ( 高松)   ( 東京)   ( 名義 抄 の出所 )  カ タチ 

( 単 語)   ( 京 都)  

﹃名 義 抄 ﹄ で 上 ・上 ・上 と 表 記 さ れ て ゐ る も の

 ︹3︺  三 拍 語 (イ)

カ タチ

カ タチ 

﹁形 ﹂ 

仏中 60 オ ﹁肴 ﹂字 の条 。

仏下 末 20オ ﹁烟﹂ 字 の条 に ケブリ とあ り。 サカナ  

ケムリ  サカナ  

ケムリ  サカナ  

  ケ ム リ  サ カナ 

ケムリ

サ カナ 

﹁煙 ﹂   ケ ム リ  ﹁魚 ﹂ 

( )ロ ﹃名 義 抄 ﹄ で上 ・上 ・平 と表 記 さ れ て ゐ る も の

﹁小 豆 ﹂  ア ズ キ

  フタ リ  ︱

  アヅキ 

アズキ

 フタ リ  

 アズキ

フタ リ

 アズキ

 仏上 1オ。

 仏中 66 ウ ﹁ 腐婢 ﹂語 の条 。

( 単語)   ( 京 都)   ( 高知)   ( 赤穂)   ( 高松)   ( 東京 )   ( 名 義抄 の出 所)

﹁二 人 ﹂  フタ リ

﹁夕 ﹂ 

ユー ベ

  ユー ベ

( 名 義 抄 の出所 )

  仏 中 51 オ ﹁昏 ﹂ 字 の 条 。

( 東京 )  

  ユー ベ

( 高松 )  

 チ カラ

僧 下 3オ、 他。

( 赤穂 )    チ カラ

  ア ワ ビ 

僧 上 57 オ 、 他 。

( 単語 )   ( 京 都 )   (高 知 )  

) (ハ ﹃名 義 抄 ﹄ で 上 ・平 ・平 と 表 記 さ れ る も の 

  チカ ラ   ア ワビ

  コガネ  

( 単語 )   カ ラ ス 

( 京都)   カ ラ ス 

( 高知 )  

カ ラ ス 

( 赤穂 )  

カ ラ ス 

( 高 松)  

カ ラ ス 

( 東京 )  

仏 中 62 ウ ﹁背 ﹂ 字 の条 、 他 。

僧 中 59 ウ ﹁鴉 ﹂ 字 の条 、 他 。

( 名義 抄 の出所 )

  僧 上 41 オ 。

﹁力 ﹂   ア ワビ

  コガネ

  チカ ラ

﹁鮑﹂   ア ワ ビ   コガ ネ

  チカラ

﹁黄 金 ﹂  コ ガ ネ

﹁烏﹂  

セナ カ 

仏 下 末10オ 。

セ ナ カ 

イ ズ レ 

( 名義 抄 の出所 )

セ ナ カ 

( 東京 )  

仏 中 59 オ ﹁冑 ﹂ 字 の条 。

セナカ 

( 高 松)  

カブト 

僧 下 1 ウ、 他 。

  イ ズ レ 

カブト 

ク ジラ  

イ ヅ レ  ︱

  カブト 

 ク ジ ラ  

イ ズ レ 

  カブト

 ク ジ ラ

仏 中 50 ウ ﹁早 晩 ﹂ 語 の 条 、 他 。

﹁孰﹂ 

  カブト

 ク ヂ ラ

ハヤ ク 

( 単語 )  

( 京都 )  

( 高知 )  

( 赤穂 )  

﹃ 名 義 抄 ﹄ で 平 ・上 ・平 と 表 記 さ れ て ゐ る も の 

﹁兜 ﹂

 ク ジ ラ

  ハヤ ク 

﹁背 中 ﹂  セ ナ カ  

(ニ )   ﹃ 名 義 抄 ﹄ で 平 ・上 ・上 と 表 記 さ れ て ゐ る も の 

(ホ)

﹁鯨 ﹂

  ハヤ ク

 イ ノ チ

( 高知 )  

 イ ノ チ

  コ コ ロ 

 イ ノ チ  

( 高 松)  

ココロ

法 中 38 ウ ﹁意 ﹂ 字 の条 、 他 。

僧 中 2オ、 他。

( 名義 抄 の出所 )

  ハヤ ク

( 京都 )  

イノチ

  コ コ ロ 

( 東京 )  

﹁早 く ﹂  ハヤ ク

( 単語 )  

イ ノチ  

コ コロ

( 赤穂 )   ﹁命 ﹂ 

コ コ ロ 

(へ ﹃ ) 名 義 抄 ﹄ で 平 ・平 ・上 と 表 記 さ れ て ゐ る も の 

﹁心 ﹂ 

(ト)

﹁白 い﹂シ

ロイ

 シ ロイ

 シ ロイ

 シ ロイ

 シ ロイ

 法 下 15ウ ﹁粉﹂ 字 の条 に シ ロキ〓 とあ り。

﹁鏡 ﹂   カ ガ ミ  オト コ 

カ ガ ミ 

﹁頭 ﹂   ア タ マ   アタ マ 

オ ト コ 

カ ガ ミ 

ア タ マ 

オ ト コ 

カ ガ ミ 

ア タ マ 

オ ト コ 

カ ガ ミ 

ア タ マ 

仏 下末 18オ ﹁夫﹂ 字 の条、 他 。

僧上 69 オ、他 。

法下 30 ウ ﹁天窓﹂ 語 の条。

﹃ 名 義 抄 ﹄ で 平 ・平 ・平 と 表 記 さ れ て ゐ る も の  ( 単 語)   ( 京都 )   ( 高 知)   ( 赤 穂)   ( 高 松)   ( 東 京)   ( 名義 抄 の出所 )

オ ト コ 

﹁男 ﹂ 

  右 の︹1︺︱を︹通 3覧 ︺す る と 、 時 に は 例 外 が あ る が、 大 体 ﹃ 名 義 抄 ﹄ で同 一の様 式 で 表 記 さ れ て ゐ る 一群 の語 は 、

各 諸 方 言 で も 同 一のア ク セ ント で 発 音 さ れ てゐ る こと が 注 意 さ れ、 之 に よ って 、 先 づ、 ﹃名 義 抄 ﹄ 所 載 の ア ク セ

ント 註 記 が 相 当 信 頼 出 来 る も ので あ る こ と が推 定 さ れ る 。 而 し て、 京 都 ・高 知 ・赤 穂 ・高 松 四 方 面 の アク セ ント

﹃名 義 抄 ﹄ で上 声 点 の拍   此 は 、︹1︺︱を ︹通 3じ ︺ 四 方 言 に 殆 ど 総 て高 く 平 ら に 発 音 さ れ て ゐ る 。︹1の︺(イ の) 京 都 ・高 知 ・赤 穂 三 方 言 、︹2︺

を 逐 一 ﹃名 義 抄 ﹄ に 於 け る声 点 の位 置 に 比 較 し て 見 る と 、 そ の間 に次 のや う な 関 係 が注 意 さ れ る。 ︹ A︺︱ ︹ C︺ ︹A︺

の(イ の) 京 都 ・高 知 ・赤 穂 三 方 言 の全 拍 、(ロの)京 都 ・高 知 ・赤 穂 三 方 言 の第 一拍 、︹3の︺(イ の) 京 都 ・高 知 ・赤 穂

三 方 言 の 全 拍 、 高 松 方 言 の第 二 ・第 三 拍 、(ハの)京 都 ・高 知 ・赤 穂 方 言 の第 一拍 、(ニの)京 都 ・高 知 ・赤 穂 ・高

松 四 方 言 の第 三 拍 、(ホ の) 京 都 ・高 知 両 方 言 の第 二拍 な ど は、孰 れ も そ の例 であ る 。 著 し い例 外 と し て 、︹3 の︺

) (へ に於 け る京 都 ・高 知 ・赤 穂 方 言 の第 三 拍 があ る が 、 これ は 此 等 の方 言 に○ ○ ○∨ ○ ○ ○ と いふ 型 の変 化 が 起 った と 考 へれ ば 解 決 さ れ る 。 こ の や う な 変 化 は 自 然 に起 り 得 ると 思 ふ 。︹3の︺(ニ に) 於 け る京 都 ・高 松 方 言 の

第 二拍 も 例 外 を な す が、 こ の方 言 に は ○ ○ ○∨ ○ ○ ○ と いふ 型 の変 化 が起 った と 想 定 す る こ と が 出 来 る し 、

︹ 2︺ の (イ) 、 ︹3︺ の(イ に) 於 け る高 松 方 言 の第 一拍 も 例 外 を な す が 、 こ の方 言 に は ○ ○∨ ○ ○ 、 ○ ○ ○∨ ○ ○ ○ と い ふ 型 の変 化 が 起 った と 想 定 出 来 る。 右 以 外 の 例 外 も 大 体 は これ に 準 じ て考 へる こと が 出 来 、 こ のや う に考 へ

れ ば 、 ﹃名 義 抄 ﹄ に 於 け る 上 声 の拍 は 、 当 時 高 い平 ら な 拍 を 表 記 し た の で は な いか と 言 ふ推 定 が 可 能 と 成 っ て来る。

  唯 此 処 に 問 題 にな る のは 、︹2の︺(ハ の)﹁秋 ﹂ ﹁影 ﹂ ﹁猿 ﹂ の三 語 であ る。 此 等 は 現 在 、 京 都 ・赤 穗 ・高 松 三 方

言 で ○ ○ 型 又 は ○ ○ 型 に 成 って ゐ る 所 を 見 る と、 ﹃ 名 義 抄 ﹄ 時 代 に ○ ○ 型 で あ った か も 知 れ な い。 若 し ﹃ 名

義 抄 ﹄ 時 代 に ○ ○ 型 で あ った ら ﹃名 義 抄 ﹄ の著 者 は こ の語 のア ク セ ント を ど う 表 記 し た で あ ら う か、 と 考 へ

この場

る の に、 若 し 当 時 上 声 以 外 の他 の声 、 即 ち 平 声 又 は 去 声 が 下降 調 であ った と し た な ら ば 、 ○ の拍 に 平 声 点 か

去 声 点 を 施 し た であ ら う 。 こ の場 合 は問 題 は な い。 然 し 平 声 も 去 声 も 下 降 調 で な か った な ら ば 、︱

合 に は、 ○ ○ 型 の第 二 拍 は ど う 表 記 さ れ る であ らう 。 上 声 は 高 平 調 で あ った と し 、 そ し て 、 平 声 も 去 声 も 下

降 調 でな いと す るな ら ば 、 下 降 調 の音 価 を も つ声 調 は な いこ と に成 る。 そ の場 合 、 ○ の拍 を 表 記 す る に は 困

る に相 違 な い。 然 し表 記 出 来 な いと 言 って 表 記 し な い で おく 訳 にも 行 か な いか ら 、 結 局 ○ に 最 も 近 い音 価 を

も つ声 調 を 求 め 、 不本 意 な が ら そ れ を 以 て 表 記 す る であ ら う 。 そ の 場合 選 ば れ る の は、 恐 ら く 高 平 調 の声 調 、

即 ち 上 声 だ と 思 ふ。 即 ち 、 平 声 も 去 声 も 下 降 調 で な い場 合 に は 、 上 声 点 が高 平 の拍 と 下降 の拍 と を 表 記 す る

可 能 性 が あ る 。 現 存 ﹃名 義 抄 ﹄ は 当 時 高 平 だ った ら う と 見做 さ れ る 多 く の拍 と 、 当 時 下降 調 だ った か も 知 れ

な いと 疑 は れ る ﹁秋 ﹂ ﹁猿 ﹂ の類 の第 二 拍 と が 丁 度 上 声 点 を 以 て 表 記 さ れ て ゐ る。 さ う す る と 、 こ の事 実 は 、

当 時 ﹁秋 ﹂ ﹁猿 ﹂ の類 の第 二 拍 が ○ と い ふ拍 であ った と 仮 定 し ても 、 上 声 の音 価 が高 平 調 で あ った と い ふ 推 定を破ら な いのである。

  さ て、 以 上 は、 上 声 が 高 平 調 であ る と 仮 定 し て考 へを 進 め た の で あ った 。 然 し こ の仮 定 は 壊 す こと が出 来

る も の で あ る 。 今 仮 り に平 声 と 去 声 と は 下 降 調 で は な く 、 上 声 が 下降 調 であ った と 仮 定 し た ら ど う 成 る だ ら

う か 。 こ の場 合 に は 問 題 の○ ○ 型 の第 二 拍 は勿 論 上 声 点 で 表 記 し た に 相 違 な い。 而 し て そ の場 合 、 高 い平 ら

な 拍 は ど う し て表 記 す る だ ら う か。 こ の場 合 は 又 更 に 二 つに 別 れ る。 ﹁甲 ﹂ は 、 他 の平 声 か 去 声 か が 高 い平

ら な 声 調 で あ る 場 合 で あ り、 ﹁乙﹂ は 、 他 の平 声 も 去 声 も 平 ら な 声 調 で な い場 合 、 即 ち 、 高 い平 ら な 拍 を 表

は す 声 調 のな い場 合 であ る 。 然 し 実 際 に は 先づ ﹁甲﹂ の場 合 は有 り さ う に は 思 へな い。 何 故 な ら ば 、 先 づ、

平 声 点 は次 に考 察 す る や う に 現 在 諸 方 言 で の ア ク セ ント か ら考 へて、 当 時 高 い平 ら な 拍 を 表 記 し て ゐ る と は

考 へ難 いか ら であ る。 去 声 点 は 現 在 諸 方 言 の アク セ ント か ら考 へて、 当 時 高 い平 ら な 音 調を 表 し た か と も 疑

は れ る が、 こ れ ま た︹Cの ︺条 で考 察 す る や う に 、そ の ﹁数 ﹂ の上 か ら 高 い平 ら な 音 調 を 表 し た と は 考 へ難 いか ら であ る。

  そ こ で ﹁乙 ﹂ の場 合 、 即ち 平 ら な 音 価 を もつ 声 調 が な い場合 を 考 へる こと にす る 。 下 降 調 の声 調 も 、 上 昇

調 の声 調 も あ る 癖 に 高 平 調 の声 調 がな いと い ふ こ と は 一寸 不 自 然 であ る が 、 有 得 な い と は 言 へな いだ ら う 。

こ の場 合 ﹃名 義 抄 ﹄ の著 者 は 高 平 拍 を ど う 表 記 す る か と 考 へて 見 る の に 、 不 本 意 な がら や は り 最 も 近 い声 調

で 表 記 し た に違 ひな い。 さ う す る と 差 当 り 、 下 降 調 の上 声 か 、 或 いは 上 昇 調 の 他 の声 調 か で 表 記 し た であ ら

う 。 即 ち 、 上 声 が 下 降 調 であ って他 に高 平 調 の声 調 がな い場 合 に は、 上 声 点 は 下 降 調 の拍 と 高 平 調 の音 節 と

を 表 記 し 得 る わ け で あ る 。 現 在 、 ﹃名 義 抄 ﹄ で は 、 当 時 高 平 調 だ った ら う と 推 定 さ れ る 多 く の 拍 も 、 当 時 下

降 調 であ った 疑 ひ のあ る ﹁秋 ﹂ ﹁猿 ﹂ の第 二 拍 も 上 声 で 表 記 さ れ て ゐ る 。 さ う す る と 、 こ の事 実 は 他 に 下 降

調 がな いこ と が 明 ら か に さ れ る な ら ば、 上 声 は 下 降 調 の音 価 を も って ゐ た かも 知 れ な いと い ふ こ と も 考 へら れ て来 る 。

  これ は 相 当 重 大 な 事 実 であ る 。 即 ち 、 上 声 は 現 在 の ﹃ 名 義 抄 ﹄ の声 点 の状 況 か ら 高 平 調 と 見 る の が 最 も 好

都 合 であ る が若 し 上 声 以 外 に 下 降 調 の声 調 と 、 高 平 調 の声 調 と がな い、 と 言 ふ こと が 明 ら か にさ れ た 場 合 に は 、 上 声 は 下 降 調 で あ った と 考 へても 現 状 は 解 釈 出 来 る ので あ る 。

  以 上 の考 察 を 要約 す れ ば、 ﹃名 義 抄 ﹄ の 上 声 の音 価 は 、 先 づ 高 平 調 を 意 味 す る の であ ら う が 、 場 合 に よ っ て は下 降 調 か も 知 れ な いと 言 ふ こと に な る 。

︹B︺

﹃ 名 義 抄 ﹄ で 平 声 点 の拍

・高知・高 方松言 三の第 一拍 、︹3︺の(ロ)( にハ 於) け(る ホ京 )都 (ト ・) 高 知 ・赤 穂

  此 は 四方 言 と も 低 い平 ら な 音 節 に発 音 さ れ て ゐ る こ と が比 較 的 多 い。︹2の︺(ロ)(に ニ於 )け (る ホ) 京 都 ・高 知 ・赤 穂 三 方 言 の第 二 拍 、 (ハ に) 於 け る京 都

三方 言 の第 三 拍 、 (ハ () へ の) 京 都 ・高 知 ・赤 穂 三 方 言 の第 二 拍 、(ニ)の (京 ホ都 ) ・高 知 ・高 松 三 方 言 の第 一拍 、 な ど

は孰 れ も そ の例 であ る。 而 し て例 外 の中 で 、︹2 の︺ (ニ 、) ︹3の︺(へ) に(於トけ )る京 都 ・高 知 ・赤 穂 の第 一拍 、 ︹3︺ の(ト) ○ ○ ○ (∨○ ○ ○ )

に 於 け る高 知 ・赤 穂 の第 二拍 は 、 此 等 の方 言 に○ ○∨ ○ ○ 、 ○ ○ ○∨ ○ ○ ○ 、 ○ ○∨

と いふ や う な 変 化 が起 った と 想 定 す る こ と が 出 来 、︹2︺の、 (︹ ハ3 ) の︺(ニ) に(於ホけ )る 赤 穂 方 言 の第 一拍 は、 こ の方

言 に ○ ○∨ ○ ○ 、 ○ ○ ○∨ ○ ○ ○ 、 ○ ○ ○∨ ○ ○ ○ と いふ や う な 型 の変 化 が 起 った と 想 定 す る こと が 出 来 、

︹2︺ の(ニ 、) ︹3 の︺(へ) の( 高ト松)方 言 の第 二 拍 、︹3︺に(於 トけ )る 高 松 方 言 の第 三 拍 は 、 こ の方 言 に ○○∨ ( ○ ○∨ )○ ○ 、 ○ ○ ○∨ (○ ○ ○∨ ) ○ ○ ○ 、 ○ ○ ○∨ ( ○ ○ ○∨ )○ ○ ○ と いふ 型 の 変 化 が起 った と 想 定 す る こと が 出 来 る。

こ の事 実 は ﹃ 名 義 抄 ﹄ の 平 声 の拍 は、 当 時 低 平 と いふ曲 節 を 有 って ゐ た の で は な か った か と 疑 は せ る の に 十

分 である。殊 に、 ﹃ 名 義 抄 ﹄ の和 訓 に施 さ れ た 声 点 の 数 を 算 へる と 、 平 声 の点 は 上 声 の点 と 同 じ や う に多 く

現 れ て 、 全 声 点 を 大 体 上 点 と 平 点 と で 二分 し て ゐ る と いふ こと が出 来 る 。 こ の事 実 は、 上 点 が高 く 平 ら な 音

節 を 表 す ら し いと いふ 予 想 と 相俟 って 、 平 点 は 低 く 平 ら な 拍 を 表 はす の で は な いか と の疑 を 深 く さ せ るも の である 。

 唯茲 に 説 明 の難 し い の は、︹1の︺(ロ の) 平 声 の音 価 であ る。 即 ち ﹁木 ﹂ ﹁手 ﹂ ﹁目 ﹂ の三 語 と 、 ﹁名 ﹂ ﹁日 ﹂ ﹁ 矢﹂

の三 語 と は 、 京 都 ・高知 ・赤 穂・高 松 の各 方 言 で 異 る 型 に 属 し てを り 、 特 に 全 く 異 系 統 の方 言 と も 言 ふ べ き

東 京 方 言 に お い て も 、 こ の 二 群 が 別 の 型 に 属 し て ゐ る 。 こ のこ と か ら 判 断 す れ ば ﹃名 義 抄 ﹄ 時 代 の京 都 方 言

に 於 いて も 、 当 然 こ の二 群 の 語 は 互 に違 った ア ク セ ント を も ってゐ た と 考 へた い。 然 ら ば 具 体 的 に は ど の や

う な ア ク セ ント を も って ゐ た と考 へる べ き だ ら う か 。 ﹁木 ﹂ ﹁手 ﹂ ﹁目 ﹂ も ﹁名 ﹂ ﹁日﹂ ﹁矢 ﹂ も 共 に ○ 型 であ

った が、 ﹁木 ﹂ ﹁手 ﹂ ﹁目 ﹂ の群 は 助 詞 が来 る と キハ ・テハ のや う に 成 った のに 対 し 、 ﹁名 ﹂ ﹁日﹂ ﹁矢 ﹂ の群 は

ナ ハ ・ヒ ハのや う に 成 った 、 と 考 へる こ と も 一案 で あ る 。 然 し 、 ﹁木 ﹂ ﹁手 ﹂ の 一群 と 、 ﹁名 ﹂ ﹁日﹂ の 一群 と

は 単 独 の場 合 既 に ア ク セ ント を 異 に し て ゐ て、 ﹁木 ﹂ ﹁手 ﹂ の 一群 は キ ー 型 だ った が、 ﹁名 ﹂ ﹁日﹂ の 一群 は ナ

ー 型 だ った と も 想 定 出 来 る 。 更 に、 ﹁木 ﹂ ﹁手 ﹂ の 一群 は キ ー 型 だ った が、 ﹁名 ﹂ ﹁日﹂ の 一群 は ナー 型 だ った

と も 想 定 出 来 る 。 こ の 三 つ の中 で ど の見 方 が 正 し いだ ら う か 。茲 に ﹃名 義 抄 ﹄ に 見 え る ﹁名 ﹂ ﹁日﹂ ﹁矢 ﹂ の

連 語 、 或 いは 複 合 語 の声 点 を 吟 味 し て 見 る と 、 ﹁名 ﹂ ﹁日 ﹂ ﹁矢 ﹂ の 一群 は ○ 型 か 、 ○ ○ 型 であ った と 推 定 さ

れ る の であ る 。( 注27)而 し て○ 型 と 推 定 す る こ と は 、 多 く の当 時 高 平 調 で あ った と 推 測 さ れ る 拍 が 上 声 で 表

記 さ れ て ゐ る 事 実 と 矛 盾 し て 好 も し く な い。 で、 結 局 、 ﹁名 ﹂ ﹁日 ﹂ ﹁矢 ﹂ の ア ク セ ン ト は ﹃ 名義 抄﹄ 時代、

○ ○ 型 で あ った と 推 定 す る こ と が 最 も 望 ま し いこ と に 成 る の であ る。 平 声 点 を 施 さ れ て ゐ る 拍 が、 ﹁名 ﹂

﹁日 ﹂ ﹁ 矢 ﹂ の場 合 に 限 り 、○ ○ 調 を 表 し た と 見 る こと は、 出 来 れ ば 避 け た い気 も す る が 、 若 し ○ ○ と い ふ 曲

節 は 上 声 の曲 節 で な く 、 去 声 の曲 節 で も な いと いふ こ と が 明 ら か に な った ら 、 ﹃名 義 抄 ﹄ 時 代 に 、 偶 々さ う

いふ 拍 が あ った ら ば 、 平 声 の 一種 と 見做 さ れ た と 考 へる こと も 出 来 な いわ け では な い。 そ こ で、 こ こ に は 、

﹃ 名 義 抄 ﹄ で 去 声 点 の拍   前 の︹ 1︺︱ ︹3︺ の表 を 通 覧 す る と 、 先 づ第 一に、 去 声 の点 は 平 上 二点 に 比 べ て著 し く 少 い のに 気 附 く 。 此 は茲

やう な 下 降 的 な 曲 節 を も 表 し た か と 推 定 す る こと と し た い。

平 声 点 は 一般 に は 低 い平 ら な 曲 節 を 表 し た 、 但 し ﹁名 ﹂ ﹁日 ﹂ ﹁矢 ﹂ と いふ や う な 特 殊 な 場 合 に は ○ ○ と いふ

︹C ︺

に抄 出 し た 訓 だ け に つ いて 見 ら れ る ので は な く て 、 ﹃名 義 抄 ﹄ の和 訓 全 体 を 通 じ て も 言 は れ る こと であ って 、

そ の 比 は 大 体 、 平 声 点 、 上声 点 各々 一〇 〇 〇 宛 と す れ ば、 去 声 点 は 四 箇 又 は 五 箇 内 外 で あ る 。 此 は 、 去 声 点

の表 記 す る 音 節 が 、 何 か特 殊 の音 価 を も つも の であ る と考 へさ せ る 。 然 ら ば そ れ は 具 体 的 に は ど のや う な 音 価 で あ る か。

 ︹ 1︺  の(ハ の) 語彙 に於 いて は 、 余 り 語彙 が 少 す ぎ 、 か つ、 そ の 現 在 の ア ク セ ント が ば ら ば ら す ぎ て、 推 定 は 先

づ 不 可 能 であ る 。 ﹁歯 ﹂ の例 か ら 見 る と 、 こ の語 は 諸 方 言 の ア ク セ ント か ら 考 へて ﹃ 名 義 抄 ﹄ 時 代ハ ー 型 だ

○○ 型 だ った と 考 へ難 い事 実 が あ る ( 注28)の で、 こ の 推 定 は

った か と 疑 はれ 、 随 って ﹃名 義 抄 ﹄ の去 声 点 は ○ ○ と いふ 音 価 を 表 し た か と 疑 ひた く な る が、 何 分 た った 一 語 で は ど う にも 成 ら ず 、 而 も 別 に ﹁歯 ﹂ は当 時 成 立 し な い。

  次 に︹2 の︺ (ホ に) 於 い ては 、 語彙 が 可成 り あ って、茲 で は去 声 点 の拍 は 、 後 世 の諸 方 言 で は 総 て○ と い ふ高 い

平 ら な 音 に 成 って ゐ る 拍 を 表 は し て ゐ る 。 然 ら ば 之 によ って 去 声 点 は 高 平 調 の拍 を 表 は し た も のか と 疑 は れ

る が、 先 に 立 てた 、 上 声 点 が 高 い平 ら な 拍 を 表 は し た のだ ら う と いふ 推 定 と 矛 盾 し て拙 い。 そ こ で 、 去 声 点

は 何 か、 あ る 拍 、 而 も そ の拍 は 後 世○ と いふ 高 平 の拍 に変 化 し 得 る や う な 種 類 の拍 を 表 は し た も のだ ら う と

推 定 出 来 る に と ど ま る こと と な る 。 然 ら ば 夫 は 如 何 な る拍 で あ る か。 但 し 、 特 殊 な 拍 と 言 っても 、 低 平 の平

声 の拍 、 高 平 の上 声 の拍 に対 立 す る 第 三 の拍 であ る か ら 、 さう 複 雑 な も の で はな い、 精 々上 昇 調 の拍 か 、 下 降 調 の拍 か 、 と いふ こ と にな る。

  か く て、 去 声 点 の拍 の音 価 は、 右 の︹1︺︱の ︹表 3で ︺は そ れ 以 上 は 不 明 と 言 は ざ るを 得 な い。 所 が 、 ﹃名 義 抄 ﹄

に 見 え る 去 声 点 の例 を 多 く 集 め、 そ れ によ ってそ の性 格 を 考 へて 見 る と 、 去 声 点 の音 価 が多 少 推 測 さ れ て来

る の であ って 、 先 づ そ の 一例 は、 去 声 点 の 各 語 の上 に 於 け る 現 れ る 位 置 の 制 限 のあ る こと で あ る 。

  即 ち 、 去 声 点 は 、 それ が 現 れ る単 語 に於 いて 、 ど ん な 場 所 にも 現 れ る の では な く て 、 必 ず 第 一拍 に 現 れ る

の で あ る 。 即 ち 、 去 声 点 を 施 さ れ た 語 は 、 必ず (去 ・平 ) (去 ・上 ) (去 ・平 ・平 ) (去 ・上 ・上 ) (去 ・上 ・

平 ) と い ふ や う な 構 造 を も って ゐ て 、 (平 ・去 ) (上 ・去 ) (平 ・上 ・去 ) と いふ やう な 構 造 を も った も の は な いわ け であ る。( 注29)此 は何 を 意 味 す る か 。

  私 は、 先 に去 声 点 は 上 昇 調 か 下 降 調 を 表 はす のだ ら う と 言 った 。 今 、 去 声 点 が 第 一拍 に の み 現 れ る と す る

と 、 こ れ が 下 降 調 を 表 はす と 見 る こ と は甚 だ 好 も し く な い こと に な る。 何 故 な ら ば 、 (去 上 ) と い ふ や う に

表 記 さ れ てゐ る 語 に 於 いて 、 去 声 点 を 下 降 調 とす る な ら ば 、 こ の 語 全 体 は○ ○ ○ と いふ や う な 曲 節 を も つ こ

と にな る 。 所 が こ のや う に前 後 が高 く 発 音 さ れ る や う な 語 は 、 特 別 な 事 情 が な い限 り 、 存 在 し た と は 想 像 し

難 い。 之 に対 し て (上 去 ) と いふ や う に表 記 さ れ て ゐ る 語 な ら ば 、 これ は 全 体 は ○ ○ ○ と いふ 曲 節 を も つ こ

然 ら ば 去 声 点 が上 昇 調 を 表 は す と 見 る と 、 大 変 好 都 合 であ る 。 即 ち 、 上 昇 調 の 拍 が 第 二拍 以 下 に来 る と 、

去 声 点 が 下 降 調 を 表 は す と いふ こと は 難 色 があ る わ け であ る 。

と に 成 る の で あ る から 、 あ っても 不 自 然 で は な いこ と に な る 。 然 る に去 声 点 は 第 二拍 以 下 に は 現 れ な いと は 、 ︱  

例 へば (上 去 ) と いふ 組 合 せ は ○ ○ ○ を 表 は す こ と に成 って 、 甚 だ 拙 いわ け であ る が 、 去 声 点 の拍 は こ の や

う な 位 置 に は 来 な い の であ る 。 これ に 対 し て 第 一拍 に 来 る 場 合 に は 、 (去 上 ) と い ふ 組 合 せ は ○ ○ ○ 型 を 表

は す こ と に な って 此 な ら ば 少 し も 差 支 へな い。 (去 平 ) と いふ 組合 せ は 、 ○ ○ ○ 型 を 表 は す こ と にな り 、 (去

上 平 ) と い ふ組 合 せ は ○ ○ ○ ○ 型 を 表 は す こと に な って 、 此 も 及 第 であ る。 即 ち 去 声 点 は 必 ず 第 一拍 に のみ

 以 上 に よ って 、 去 声 点 は 上 昇 調 の拍 を 表 記 し た の であ ら う 、 と 疑 ふ の であ る が、 こ の推 定 を 支 持 す る事 実

現 れ る と い ふ こ と は 、 去 声 点 が上 昇 調 を 表 は し た ら う と 言 ふ 推 測 を 支 持 す る の であ る 。

は 他 にも 幾 つか あ る 。( 注30)上 声 点 或 いは 平 声 点 が 下 降 調 を 表 は し た か と 考 へる 上 か ら 言 って も 、 去 声 点 が

下降 調 を 表 は さ ず 上 昇 調 を 表 は す と 考 へる の が 都 合 が 良 い。 斯 く て 、 私 は 、 ﹃ 名 義 抄 ﹄ の和 訓 に 註 記 さ れ て ゐ る 去 声 点 は 上 昇 調 を 表 は し て ゐ る の で は な い か と考 へる 。

 以 上 、 此 の節 で は 、 ﹃名 義 抄 ﹄ に見 え る 和 訓 の声 点 に つ い て、 そ の語 の現 代 諸 方 言 に於 け る ア ク セ ント 、 並 び

に ﹃名 義 抄 ﹄ の和 訓 の表 記 相 互 の 比 較 か ら 、 ﹃名 義 抄 ﹄ 時 代 の (平 ) (上 ) (去 ) の音 価 の 推 定 を 試 み た 。 今 、茲 に導 き 出 し た 結 論 を 要 約 し て掲 げ れ ば 次 の や う であ る 。

  平声   恐 ら く 低 平 調 の曲 節 、 即 ち ○ 又 は ○ ○ と いふ 音 価 を も って ゐ た ら う 。 或 いは 場 合 に よ って は 下 降 調 の曲

節 、 即 ち ○ ○ と い ふ音 価 を も 、 も って ゐ た か も 知 れ な い。

上 声  恐 ら く 高 い平 ら な 曲 節 、 即ち ○ 又 は○ ○ と い ふ 音 価 を も って ゐ た ら う 。 或 いは 場 合 に よ って は 下 降 調 の 曲 節 、 即 ち ○ ○ と いふ 音 価 を も 、 も って ゐ た か も 知 れ な い。

去 声  多 少 確 実 性 を 欠 く が 、 上 昇 的 な 曲 節 、 即 ち 、 ○ ○ と い ふ音 価 を も って ゐ た か と 疑 は れ る 。

こ れを 更 に簡 単 な 形 に表 は せ ば 、 次 の ︹結 論 第 四 ︺ を 得 る 。 入声 の音 価 は 得 ら れ な い。 ︹ 結 論 第 四︺ 平声 ⋮⋮ 低平 調?   時 には下 降調 も ? 上声 ⋮⋮高 平 調?   時 には下降 調 も ? 去 声 ⋮⋮ 上昇 調?

  七  古 代 の諸 文 献 に 見 え る 四 声 の 音 価 に 関 す る 記 述 の考 察

  以 上 の数 節 に於 い て、 諸 種 の方 面 か ら 古 代 字 音 の 四声 の音 価 を 明 ら か にし よ う と 試 み た が 、 最 後 に、 こ の節 で

は 、 古 代 の文 献 で 四 声 の音 価 に就 いて の記 述 のあ る も の に よ り 、 そ の記 述 を 通 し て こ の問 題 に解 答 を 与 へよ う と 思 ふ。

  元 来 、 我 が 国 に は 、 四声 に 関 し て漠 然 と し た 記 述 を し た 文 献 な ら ば 可 成 り 多 く の数 に 騰 る の で あ る が、 特 に 四

声 の音 価 に関 す る 記 述 を も った 文 献 と 成 る と 、 そ の数 は苟 に寥 々た る も の で 、 私 の気 附 いた 所 で は 大 体 左 のも の を挙 げるに止ま る。   1  釈 安 然 の ﹃ 悉 曇蔵﹄ ( 元慶年中 に成る)

  2  釈 明 覚 の ﹃ 悉 曇要訣 ﹄( 堀河朝に成 る)   3  釈 信 範 の ﹃ 悉 曇秘伝 記﹄ ( 鎌倉時代末に成 る)   4  著 者 不 詳 の ﹃文 字 反 ﹄ ( 元弘年中に成 る)   5  釈 心 空 の ﹃法 華 経 音 訓 ﹄ ﹃法 華 経 音 義 ﹄ ( 吉野朝 に成る)   6  著 者 不 詳 の ﹃開 合 名 目 抄 ﹄ ( 室町末期 に成る)   7  釈 宥 朔 の ﹃韻 鏡 開奩 ﹄ ( 寛永 四年に成る)   8  西 村 重 慶 の ﹃韻 鏡 問 答 抄 ﹄ ( 貞享四年 に成る?)   9  釈 観 応 の ﹃補 忘 記 ﹄ ( 貞享四年に初版成る)   10  釈 契 沖 の ﹃和 字 正 濫 抄 ﹄ ( 元禄六年 に叙成る)

元 禄 以 後 に は 文 献 の 数 は 少 く な い が、 資 料 と な し 難 い こと 前 に 述 べた 通 り であ る 。

  さ て、 右 の文 献 の中 、 最 初 の、 1 ﹃悉 曇 蔵 ﹄ に 見 え る 四 声 の音 価 の記 述 に就 いて は 、 既 に 有 坂 秀 世 博 士 に ﹁悉

曇 蔵 所 伝 の四 声 に つ いて ﹂( 注3) 1と い ふ発 表 が あ る 。 即 ち 、 巻 五 の二 九 枚 オ モ テ に初 ま る 次 の記 述 が之 で あ る 。

  日本 国 モト 二 音 ヲ伝 フ。 ﹁表 ﹂ ハ即 チ 平 声 ハ直 チ ニ低 ク 、 軽 ア リ 重 ア リ。 上 声 ハ直 チ ニ昂 リ 、 軽 ア リ重 ナ

シ。 去 声 ハ稍々 引 キ 、 軽 ナ ク 重 ナ シ 。 入 声 ハ径 ニ止 ミ 、 内 ナ ク 外 ナ シ。 ( 中略 ) ﹁金 ﹂ ハ即 チ 声 勢 低 昂 ﹁表 ﹂

ト 殊 ナ ラズ 。 但々 上 声 ノ 、 重 ノ稍々 平 声 ノ 軽 重 ヲ相 合 ス ル ニ似 テ 、 始 メ 重 ク 終 リ軽 ク 之 ヲ呼 ブ ヲ以 テ 異 ナ リ

ト ス。 ( 中 略 )承 和 ノ 末 ﹁正 ﹂ 法 師 来 レ リ 。 ( 中 略) 声 勢 太 ダ 奇 ニシ テ、 四声 ノ ウ チ 各々 軽 重 ア リ 。 平 ニ軽 重

ア リ 、 軽 ニ モ亦 軽 重 ア リ 。 軽 ノ重 ハ ﹁金 ﹂ ノ 怒 声 ナ リ 。 上 ニ軽 重 ア リ、 軽 ハ ﹁金 ﹂ ノ 声 ノ 平 軽 上 軽 ヲ相 合 ス

ル ニ似 テ 、 始 メ 平 ラ ニ終 リ 上 ニ之 ヲ 呼 ブ 。 (こ の辺 り板 本 の点 を 改 め て訓 んだ )重 ハ ﹁金 ﹂ ノ 声 ノ 上 重 ニ似 テ

〓ズ シ テ (? ) 之 ヲ 呼 ブ 。 去 ニ軽 重 ア リ、 重 ハ長 ク 軽 ハ短 シ。 入 ニ軽 重 ア リ 、 重 ハ低 ク 軽 ハ昂 ル。 元 慶 ノ初

﹁聡 ﹂ 法 師 来 レ リ 。 ( 中 略) 四 声 皆 軽 重 著 力 ア リ 。 平 入 軽 重 ハ ﹁正 ﹂ 和 尚 ト 同 ジ。 上 声 ノ 軽 ハ ﹁正 ﹂ 和 尚 ノ上

声 ノ 重 ニ似 、 上 声 ノ重 ハ ﹁正 ﹂ 和 尚 ノ 平 ノ軽 ノ 重 ニ似 タ リ 。 平 軽 ノ 重 ハ ﹁金 ﹂ ノ怒 声 ナ リ 。 但々 力 ヲ 著 シ テ

呼 ブ ヲ今 ノ別 ト 為 スナ リ 。 去 ノ軽 重 ハ自 ラ ノ 上 ノ重 ニ似 タ リ 。 但々 角 引 ヲ以 テ去 声 ト 為 スナ リ 。 音 響 ノ 終 リ、

妙 ニ軽 重 ア リ 。直 チ ニ止 ム ヲ軽 ト シ 、稍々 昂 ル ヲ重 ト為 ス。 此 ノ中 力 ヲ 著 ス ル亦 怒 声 ナ リ。

 我 ガ 国 旧 来 ノ 二 家 、 或 イ ハ上 去 ノ 軽 重 ナ ク 、 或 イ ハ平 去 ノ 軽 重 ナ シ。 新 来 ノ 二家 、 或 イ ハ上 去 ノ軽 重稍々 近

而 し て そ の序 の中 に は 次 の 言 葉 が あ る 。

ク、 或 イ ハ平 上 平 去 相 渉 ル。

  こ の叙 述 に拠 れ ば 、 当 時 日 本 に行 は れ て ゐ た 四 声 に は 、 表 式 ・金 式 ・正 式 ・聡 式 と い ふ四 種 のも の があ り 、 そ

れ ぞ れ 内 容 が 異 ってゐ て、 古 く 伝 へら れ た 表 式 ・金 式 は 五 声 或 いは 六 声 を 区 別 す る に 止 ま る が、 新 し く 伝 へら れ

た 正 式 ・聡 式 は 八 声 或 いは 九 声 を 区 別 す る 複 雑 な も の で あ った こ と が窺 は れ る 。 然 し 、 各 声 の具 体 的 な 音 価 に就 いて は 、 こ の 記 述 だ け で は 一寸 分 り か ね る と 言 は ざ るを 得 な い。

  次 に 、 2釈 明 覚 の ﹃ 悉 曇 要 訣 ﹄ は 、 そ の巻 一の 一四 枚 オ モ テ 以 下 で、 梵 字 の唱 へ方 を 説 く 序 に、 字 音 の 四声 の

声 家 ノ上 声 ノ 重 音 ナ リ 。 何 ト ナ レ バ、 初 メ平 ニシ テ後 チ上 ル音 ヲ、 六 声 家 ニ ハ去 声 ト ナ シ、 八声 家 ニ ハ上 声

六 声 家 ノ 去 声 ハ八 声 家 ノ去 声 ト 同 ジ カ ラズ 。 今 、 去 声 ト 言 フ ハ、 コ レ六 声 家 ノ 去 声 ナ ル ベ シ。 実 ハ コ レ八

解 説 に入 り、 次 のや う な 記 述 を し て ゐ る。 (イ)

○ △字 ハ、 初 メ 平 ニ後 チ 去 ニ之 ヲ 呼 ブ ベ シ。 即 チ コ レ ハ八 声 家 ノ 去 声 ナ リ 。 故 ニ同 ジ ク 去 声 ナ リ ト イ ヘド

ノ 重 音 ト ナ ス。 ( ) ロ

モ、 軽 重 異 ル ア ルカ 。 初 メ 平 ニシ テ後 チ 上 ナ ル字 、 オ ヨビ 初 メ平 ニ シ テ後 チ 去 ナ ル字 ヲ六 声 家 ハ同 ジ ク 去 声 ト ナ ス。(○ △二字 の個 所 には梵 字 が書 いてあ る)

(ハ) 宝 月宗〓 意 ハ八 声 ヲ 用 フ ル故 、 五句 ノ 第 四 字 ヲ皆 上 声 ノ 重 音 ト 云 フ。 □ × ▽ ノ三 字 モ亦 上 声 ト 言 フカ 。 弘 法 家 ハ六 声 ヲ 用 フ ル故 ニ此等 ノ字 ヲ皆 去 声 ト 言 フ カ。 ( □ ×▽三 字も 梵字 )

(ニ)

重 音 ナ ル者 ニ去声 上 声 ノ 軽 重 ア リ。 知 ル人 既 ニ少 シ。 今 私 カ ニ案 ズ ル ニ、 初 メ 昂 リ後〓 ルヽ ヲ 平 声 ノ 軽 ト ナ シ、 初 後 倶 ニ〓 ルヽ ヲ 平声 ノ 重 ト ナ ス。 初 後 倶 ニ昂 ルヲ 入 声 ノ軽 ト ナ シ、 初 後 倶 ニ〓 ルヽ ヲ 入 声 ノ 重 ト ナ

ス。 当 ニ知 ル ベシ 、 重 音 ト ハ初 メ〓 ルヽ 音 ナ リ 。 初 後 倶 ニ昂 ル ヲ 名 ヅ ケ テ 上 声 ト ナ ス。 是 レ 六声 家 ノ義 ナ リ 。 初 メ〓 レ テ後 チ 昂 ル音 ハ上 声 ノ重 ト ナ ス ベ シ 。

(ホ) 故 ニ知 リ ヌ、 去 声 ト ハ即 チ 今 ノ 重 音 ナ リ。 初 メ〓 レテ 後 チ 昂 ル音 ヲ、 六 声 家 ハ以 テ 去 声 ト ナ スナ リ。   之 に拠 る と 、 先 づ(イ)に(よ ロり )、 当 時 八 声 を 伝 へる 流 儀 と 六 声 を 伝 へる 流 儀 と が あ る こ と が 知 ら れ 、(ハ に)よ り、

弘 法 家 で は 六 声 を 伝 へて ゐ る こと が 知 ら れ 、 更 に(ニ)に(よ ホり )、 夫 々 の声 の音 価 は 次 のや う であ った と 想 定 さ れ る。 ﹁弘 法 家 ﹂ と は 真 言 宗 の意 に相 違 な い。

声

 初 め〓 れ 、 後 ち 昂 る

 初 め後 ち 共 に 昂 る

  初 め後 ち 共 に〓 るゝ

 上 声

  平 声 の重

 去

  初 め 後 ち 共 に〓 るゝ

  初 め 昂 り 、 後 ち〓 るゝ

 入声 の重

 初 め 後 ち 共 に 昂 る

  平 声 の軽

  入 声 の軽

茲で、 ﹁昂 る﹂ と か ﹁〓るゝ ﹂ と か 言 ふ 語 は 、 如 何 な る 音 価 を 表 し た も の で あ る か 。 現 在 の術 語 で は ﹁ア ガ る ﹂

と 言 へば 低 か ら 高 への変 化 を 意 味 し 、 ﹁タ れ る ﹂ と 言 へば 高 か ら 低 への 変 化 を 意 味 す る が 、 然 し 、 こ の 記 述 に 於

い ても そ のや う だ と 解 し て は 、 四 声 の孰 れ も が 、 低 か ら高 へ、 或 いは 高 か ら低 へ、 変 化 す る 音 価 のも の ば か り で、

高 に せ よ 低 に せ よ 平 ら な も のは 一つも な い、 と 言 ふ こと に な る。 之 は 可 笑 し い。 又、 ﹁初 め 後 ち 共 に タ れ る ﹂ の

如 き は 、 ﹁初 め も 終 り も 降 る﹂ で 、 つま り 、 ﹁ひ た す ら 降 る ﹂ の意 に な り、 これ で は 理 論 上 唯 ﹁ 降 る ﹂ と 言 っても

よ い。 つま り ﹁初 め 後 ち 共 に ﹂ と 言 ふ 語 が贅 語 に成 って 了 ふ 。 こ れ も 問 題 だ 。 それ 故 、 此 処 の ﹁昂 る﹂ は ﹁低 か

ら 高 へ変 化 す る ﹂ の意 味 で は な くて﹁ 高 い﹂ の 意 味 、 ﹁〓るゝ ﹂ は ﹁高 か ら 低 へ変 化 す る﹂ の意 味 で は な く て

﹁ 低 い﹂ の意 味 だ と 考 へる こ と にす る 。 単 に 高 く 平 ら な 音 勢 を ﹁昇 る ﹂ と表 現 し 、 低 く 平 ら な 音 勢 を ﹁降 る ﹂ と

表 現 す る こ と は 、 今 の人 でも 有 り勝 ち な こ と で あ る か ら 、 昔 の 人 な ら 猶 更 であ る。 そ れ か ら 又 、 ﹁ア ガ る ﹂ ﹁タ

るゝ ﹂ と い ふ 訓 み は 、 版 本 の送 り 仮 名 に 従 った も の であ る が 、 明 覚 自 身 は 、 ﹁昂 ﹂ を ﹁タ カ し ﹂、 ﹁〓﹂ を ﹁ヒ ク

し ﹂ と 訓 む 意 向 で あ った かも 知 れ な い の であ る 。 兎 に 角 、 私 は ﹁昂 ﹂ は ﹁高 い﹂ の意 味 、 ﹁〓﹂ は ﹁低 い﹂ の意

味 と 理 解 し よ う と 思 ふ。 さ う す る と 、 明覚 の 意 図 し た 六 声 の内 容 は 、 次 のや う だ った と 解 釈 さ れ る 。 ︹ 結 論 第 五 の 一︺

声

  初 め は 低 く 終 り は 高 い。 即 ち 上 昇 調 。

 初 め も 終 り も 高 い。 即 ち 高 平 調 。

  初 め も 終 り も 低 い。 即 ち 低 平 調 。

上 声

平 声 の重

去

 初 め も 終 り も 低 い。 即 ち 低 平 調 。

  初 め は 高 く 終 り は 低 い。 即 ち 下 降 調 。

入 声 の重

 初 め も 終 り も 高 い。 即 ち 高 平 調 。

平声 の軽

入 声 の軽

  こ の智 識 を 得 て、 前 の ﹃ 悉 曇 蔵 ﹄ の 記 述 を 読 返 す と 、 最 初 に 出 て ゐ た ﹁表 ﹂ 式 の 四声 は 、 こ の 六 声 家 の 四 声 と

同 一のも のか と 思 は れ る 。 即 ち 、 ﹁平 声 ハ直 チ ニ低 ク ﹂ と い ふ の は、 平 声 の 重 が 低 平 調 であ る こ と を 意 味 し た も

の、 ﹁上 声 ハ直 チ ニ昂 ル﹂ と いふ のは 、 上 声 が高 平 調 で あ る こと を 意 味 し た も の と 解 す る こ と が 出 来 、 更 に ﹁去

声 ハ稍々 引 キ ﹂ と は 去 声 が 上 昇 調 と いふ 変 化 のあ る 音 価 を も って ゐ る こと を 言 表 し た も のと 解 釈 さ れ る か ら であ る。

  な ほ 、 ﹁明 覚 の所 謂 ﹃八 声 家 ノ 四 声 ﹄ と は 如 何 な も の か﹂ と 言 ふ こ と は 、 ﹃悉 曇 要 訣 ﹄ の右 の言 葉 か ら は 、 明瞭

に は窺 へな いが 、 此 は 、 次 に挙 げ る 釈 信 範 の ﹃悉 曇 秘伝 記 ﹄ が代 って答 へて く れ る筈 であ る。

  さ て 、 3 信 範 の ﹃悉 曇 秘 伝 記 ﹄ は 、 飯 田 利 行 氏 に 従 へば 、 ﹁八 声 ノ事 ﹂ と し て次 のや う な 記 述 を 載 せ て ゐ る 由 であ る 。

  先 ヅ四 声 軽 重 ヲ明 ラ カ ニセ バ 、 私頌 ニ曰 ク 、 ﹁平 声 ノ 重 ハ初 後 倶 ニ低 シ。 平 声 ノ軽 ハ初 メ 昂 リ 後 低 シ。 上 声

ノ 重 ハ初 メ 低 ク 後 昂 ル。 上 声 ノ 軽 ハ初 後 倶 ニ昂 ル。 去 声 ノ 重 ハ初 メ低 ク 後 ニ偃 ス。 去 声 ノ 軽 ハ初 メ 昂 リ後偃 ス。 入声 ノ 重 ハ初 後 倶 ニ低 シ 。 入 声 ノ 軽 ハ初 後 倶 ニ昂 ル ﹂。

  之 に よ れ ば、 八 声 と は 、 真 言 宗 の四 声 と は 異 り 、 (平 ) (上 ) (去 ) (入 ) の 四声 が 各 々軽 重 の別 を も ち 、 4 ×2

で 八 声 に成 る こと を 知 る。 こ こ の ﹁低 し ﹂ は 今 の ﹁低 い﹂ と いう 術 語 と 同 じ 意 味 で あ ら う 。 ﹃ 悉 曇 要 訣 ﹄ で ﹁タ

るゝ ﹂ と 述 べ て ゐ た 個 所 に ﹁低 し ﹂ と いう 語 が 用 ゐ て あ る が、 こ の事 実 は 前 の ﹃ 悉 曇 要 訣 ﹄ の ﹁タ るゝ ﹂ を ﹁低

い﹂ と 解 釈 し た こと を 支 持 す る と 思 ふ。 ﹁昂 ル﹂ は ﹁低 シ﹂ に 対 立 す る も の で あ る か ら ﹁高 い﹂ と い ふ意 と 解 さ

れ る。 これ も ﹃悉 曇 要 訣 ﹄ の ﹁昂 ル﹂ を ﹁高 し ﹂ の意 と 解 し た のを 支 持 す る と 思 ふ 。 所 で 理 解 し が た い の は￥、 去

声 の音 価 の 説 明 に 用 ゐ て あ る ﹁偃ス﹂ と いふ 語 であ る 。 此 は 他 に 用 例 も 見 当 ら ず 一寸 途 方 に 暮 れ ざ る を 得 な い。

  然 し、 今 思 ひ を 巡 ら し て 見 る のに、 先 づ、 此 は ﹁昂 ル﹂ 及 び ﹁低 シ ﹂ に 対 立 し て 用 ゐ て あ る 所 か ら 見 て、 単 な

る ﹁高 い﹂ と か ﹁低 い﹂ と か言 ふ 意 味 でな い こ と は 明 ら か で あ る。 然 ら ば 、 差 当 り 思 ひ附 く の は 、 ﹁昇 る ﹂ と か

﹁降 る ﹂ と か 言 ふ概 念 を 表 す 語 で は な いか と 想 像 さ れ る。 今 、 さ う 考 へて、 ﹁昇 る ﹂ ﹁ 降 る ﹂ の中 の孰 れ の概 念 を

表 し た と 見 る 方 がよ さ さ う か、 と 言 ふ の に 、 これ は ﹁昇 る﹂ の意 と 見 た 方 が妥 当 性 が多 い の で はな か ら う か。 さ

う 考 へる 鍵 は 先 の 明覚 の ﹃悉 曇 要 訣 ﹄ の(ロ に) 見 え た 、 ﹁初 め 平 声 に後 ち 去 声 に 呼 ぶ の は 八 声 家 の去 声 であ る﹂ と

い ふ 詞 で あ る 。 恐 ら く こ の ﹁初 め 平 で 後 に 去 ﹂ の発 音 は 八 声 家 の去 声 の重 であ ら う と 察 せ ら れ る 。 即 ち 信 範 の

﹁偃ス﹂ は 明 覚 の ﹁去 ﹂ と 同 一音 調 を さ す こ と に成 る 。 明 覚 の ﹁去 ﹂ は上 昇 調 を 意 味 す る であ ら う 。 随 って 、 こ

こ の ﹁偃ス﹂ も 上 昇 調 を 意 味 す る の で は な い かと 想 定 す る の で あ る 。

  尤 も 、 こ のや う に 考 へる と、 去 声 の軽 の 音 価 は ﹁初 メ 昂 リ ﹂ であ る か ら、 ﹁偃﹂ を ﹁昇 ル﹂ と 見 る と 、 ○ ○ ○

のや う な 中 凹 調 にな って拙 いで は な いか 、 と 考 へら れ る が、 然 し 、 恐 ら く 去 声 の軽 の場 合 の ﹁初 メ 昂 リ ﹂ の ﹁昂

リ ﹂ は 上 声 軽 に お け る ﹁初 後 倶 ニ昂 ル﹂ と い ふ場 合 の ﹁昂 ル﹂ ほ ど は 高く な か った のだ らう と 考 へる 。

  抑々 こ の八 声 家 に 於 け る平 上 去 入 の各 声 の ﹁軽 重 ﹂ と いふ も の は、 こ の文 で 見 る と 、 音 が 高 く 初 ま る か低 く 初

ま る か の別 であ って 初 め 高 いも のを 軽 と 言 ひ、 初 め 低 いも のを 重 と 呼 ぶ と 知 ら れ た が、 こ の軽 重 に お け る高 低 の

差 は 、 平 声 ・上 声 に お け る音 尾 の高 低 等 に 比 べ て 遙 か に小 さ か った の では あ る ま い か。 さ う でな け れ ば 、 低 平 調

と 下 降 調 と い ふや う な 、 可成 り 差 のあ る 音 調 に 対 し て、 一を 平 声 の重 と し 、 他 を 平 声 の 軽 と す る と い ふ やう に 、 一つの声 に 一括 す る のは 不審 だ と 言 へる か ら であ る 。

  即 ち 、 去 声 の軽 の ﹁初 メ昂 リ ﹂ の、 初 め の部 分 は 、 中 程 度 の高 さ で あ った 、 然 し そ れ は 去 声 の重 の初 ま り で あ

る ﹁低 ﹂ の調 に 比 べ て高 か った か ら 、 ﹁初 メ 昂 リ ﹂ と呼 ん だ と 考 へる の で あ る 。 そ し て 、 去 声 の軽 の ﹁後 チ偃 ス﹂

は 中 位 か ら 高 位 へ の上 昇 調 で あ った 、 つま り 全 体 は ○ ○ ○ と い った 曲 節 であ った と 考 へる の であ る 。

  同 様 に 、 平 声 の軽 の ﹁初 メ 昂 リ ﹂ の ﹁昂 リ ﹂ と い ふ のも 中 程 度 の高 さ を 意 味 す る と 想 像 し 、 上 声 の軽 の ﹁初 メ

昂 リ ﹂ の ﹁昂 リ ﹂ は ﹁高 ﹂ の調 でよ いと 思 ふ が、 上 声 の重 の ﹁初 メ低 ク ﹂ は、 中 程 度 の 高 さ であ る と 想 像 す る 。 即 ち 、 此 の八 声 家 の四 声 の内 容 は 、 次 のや う であ った か と考 へる の で あ る 。

平声 の軽

平声 の重

  初 め は 低 く 終 り は 高 い。 即 ち 、 上 昇 調 。 ○ ○ 型 。

  初 め は稍々 高 く 終 り は 低 い。 即 ち 、 低 い 下 降 調 。 ○ ○ 型 。

  初 め も 終 り も 低 い。 即 ち 、 低 平 調 。 ○ ○ 型 。

︹ 結 論 第 五 の 二︺

上声 の重

入声 の軽

入声 の重

去 声 の軽

去 声 の重

上 声 の軽

  初 め も 終 り も 高 い。 即 ち 、 高 平 調 。 ○ ▽ 型 。

  初 め も 終 り も 低 い。 即 ち 、 低 平 調 。 ○ ▽ 型 。

  初 め稍々 高 く 終 り は 上 昇 調 で あ る。 即 ち 、 初 中 平 後 上 昇 調 。 ○ ○ 型 。

  初 めは低 く終 りは 上昇 調 であ る。 即ち、 初 低 平、 後 上昇 調。 ○ ○ 型。

  初 めも終 りも 高 い。 即 ち、 高 平調 。 ○ ○ 型 。

こ の や う に考 へれ ば 、 先 に 挙 げ た ﹃ 悉 曇要訣﹄ の

  六 声 家 ノ 去 声 ハ八 声 家 ノ 去 声 ト 同 ジ カ ラ ズ 。 今 、 去 声 ト 言 フ ハ、 是 レ六 声 家 ノ 去 声 ナ ル ベシ 。 実 ハコ レ八 声

家 ノ 上 声 ノ 重 音 ナ リ 。 何 ト ナ レ バ、 初 メ 平 ニシ テ後 チ 上 ル音 ヲ、 六 声 家 ニ ハ去 声 ト ナ シ 、 八 声 家 ニ ハ上 声 ノ 重 音 ト ナ ス。

  初 メ 平 ニシ テ後 チ 上 ナ ル字 、 オ ヨ ビ 初 メ 平 ニシ テ後 チ去 ナ ル字 ヲ 六 声 家 ハ同 ジク 去 声 ト ナ ス。

と い ふ記 述 も 矛 盾 な く 解 釈 出 来 る し 、

と いう 詞 は 、 ﹁初 低 平 後 上 昇 調 の○○ と いふ や う な 音 価 は 、 八 声 家 で は 単 な る 上 昇 調 の○ ○ と い ふ 音 価 と は 区 別

し 、 去 声 の重 と 見 る が 、 六 声 家 で は こ れ に 該 当 す る 型 がな い の で、 単 な る 上 昇 調 と 区 別 せ ず 、 普 通 の去 声 に 摂 し て聞 く ﹂ と 言 ふ意 味 だ ら う と考 へて と け る 。( 注32)

  さ て次 に、 5 釈 心 空 の ﹃法 華 経 音 訓 ﹄ は 、 法 華 経 の 用 字 を 拾 って そ の音 訓 を 示 し た も の であ る が 、 そ の巻 末 に 四 声 の点 図 が載 せ ら れ 、 之 に 次 の やう な 詞 が 附 せ ら れ て ゐ る の であ る 。

  平 声 ハタ ル。 上 声 ハア ガ ル。 去 声 ハ ハジ メ タ レ テ ノ チ ニア ガ ル。 入声 ハフ ツク チ キ ニトヾ マル。

こ の ﹁タ ル﹂ ﹁ア ガ ル﹂ は ﹃ 悉 曇 要 訣 ﹄ に 於 け る ﹁〓るゝ ﹂ ﹁昂 る ﹂ と 同 じ 意 味 に 解 し てよ いと 思 ふ。 然 す れ ば 、 こ こ に説 か れ て ゐ る 四声 の内 容 は 次 のや う な も のと 成 る 。

平声   高 い音 調 。 即 ち 、 高 平 調 。 ○ 型 又 は ○ ○ 型 。

  低 い音 調 。 即 ち 、 低 平 調 。 ○ 型 又 は ○ ○ 型 。

︹結 論 第 五 の 三︺

上声  初 め 低 く 後 ち 高 い音 調 。 即 ち 、 上 昇 調 。 ○ ○ 型 。 フ ツ ク チ キ で 終 る音 調 。

去声 入声  

此 は、 平 上 去 入 の孰 れ にも 軽 重 を 説 か な い か ら 、 先 の 六 声 家 、 八 声 家 に対 し て ﹁四声 家 ﹂ と 言 ふ べき であ ら う 。

心 空 は ﹁四 声 家 の四 声 ﹂ を 説 いた わ け であ る 。 而 し て 心空 は 、 ﹃法 華 経 音 義 ﹄ の巻 末 に も 、 四 声 点 図 を 載 せ 、 之 と 同 じ 意 味 ら し い、 四 声 の説 明 を 行 ってゐ る。

1︱ 0 の1 も のは 、孰 れも 此 等 三

  さ て 、 以 上 、 ﹃悉 曇 要 訣 ﹄ ﹃悉 曇 秘 伝 記 ﹄ 及 び ﹃法 華 経 音 訓 ﹄ を 通 じ て、 六 声 家 の 四 声 、 八声 家 の四 声 及 び 四 声 家 の 四 声 の内 容 を 考 察 し た が 、 私 が 先 に四 声 の音 価 を 記 述 し た 文 献 と し て挙 げ た

つの孰 れ か と 大 同 小 異 であ る 。 即 ち 、 ﹃開 合 名 目抄 ﹄ ﹃ 補 忘 記 ﹄ ﹃和 字 正 濫 抄 ﹄ は 大 体 六 声 家 の四 声 を 説 き 、 ﹃文 字

反 ﹄ ﹃韻 鏡 開奩 ﹄ ﹃韻 鏡 問 答 抄 ﹄ は大 体 四 声 家 の四 声 を 説 い て居 り 、 記 述 も 大 体 ﹃悉 曇 要 訣 ﹄ 又 は ﹃法 華 経 音 訓 ﹄ と 似 た り 寄 った り だ と 言 ひ 得 る 。 唯 ﹃文 字 反 ﹄ に 於 け る 四 声 の説 明 は

  平 声   タ ヒ ラ カ ナ ル コ ヱ、 上 声   アガ ル コ ヱ、 去 声   サ ル コ ヱ、 入 声   イ リ テ サ ガ ル コ ヱ。

と いふ の で多 少 異 色 があ る が、 之 は 平 上 去 入 と い ふ文 字 面 か ら 思 ひ 附 いて作 った 解 説 で、 特 に 重 ん ず べき も の で はな いと 考 へる。( 注33)

  さ て 、茲 に、 本 節 で考 察 し た 六声 家 ・八 声 家 ・四 声 家 の四 声 の内 容 を 比 較 対 照 す れ ば 次 の表 のや う に 成 る 。

  こ の表 を 通 覧 し て注 意 さ れ る こ と は 、 四 声 家 ・六 声 家 ・八 声 家 と 、 区 別 す る 声 調 の数 は 異な っても 、 こ のや う

に し て 推 定 さ れ た 同 一声 の音 価 は 、 大 体 同 じ や う な 内 容 であ って 、 唯 そ の差 は 精 粗 の差 に 過 ぎ な いと 言 ふ こと で

平声

上声

重 軽

{

重 軽

{

{

重

去声

{

軽

重

軽

入声

○○

○○

( 悉 曇 秘伝 記)

調

 調

八 声家

降

( 悉曇 要 訣)

下

平

六声 家

低

低

( 法華 経音 訓)

○○

四声家

下降 調  

○○

調   ○○

高

低

{

平

平

  調 

調 

○▽

○▽

{

調 

低平調  ○○

低平調  ○○ }

平

○  ▽ ○▽

{

低 平調   高 平 調 

{

昇

○○

高

高 平調  

上

○○

高 平 調 

}

○ ○○ ?

○○

○○ ○ ?

上昇 調  

初低 平 ・後 上昇 調 

○○

初中 平 ・後上 昇 調 

上 昇調  

}

}

あ る 。 こ の事 実 は 、 此 等 文 献 の 記 述 が大 体 信 頼 出 来 る こ と を 物 語 って ゐ る かと 考 へら れ る 。 そ れ と同 時 に、 こ の

度 此等 の文 献 の記 述 を 通 じ て試 み た 四声 の音 価 の 推定 結 果 も 、 大 体 是 認 し てよ い こと にな った か と 考 へる の で あ る。

  即 ち 、茲 に 、 此 の節 に 考 察 し た 所 の 四声 の内 容 を 綜 合 し て 記 述 す れ ば次 のや う に 成 る 。

  平声   単 に ﹁平 声 ﹂ と だ け いふ 時 は、 低 平 調 を さ す 。 若 し 軽 重 に 分 け て 言 ふな ら ば 、 平 声 の軽 は 下 降 調 を 表 し 、 平声 の重は低平 調を表す。

  上声   単 に ﹁上 声 ﹂ と だ け いふ 時 は 、 高 平 調 を さす 。 若 し 軽 重 に分 け て 言 ふな ら ば 、 上 声 の軽 は高 平 調 を 表 し 、 上声 の重は上昇 調を表す。

  去声   単 に ﹁去 声 ﹂ と い ふ時 に は 上 昇 調 を さ す 。 若 し 軽 重 に 分 け て 言 ふ な ら ば 、 去 声 の軽 は 初 め 中 平 ・後 ち 上

昇 の音 調 を 意 味 し 、 去 声 の 重 は 初 め 低 平 ・後 ち 上 昇 の音 調 を 意 味 す る であ ら う 。

︱

入声   フ ツク チ キ の音 で終 る 音 を さ す 。 軽 重 に 分 け て言 ふな ら ば 、 入 声 の軽 は高 平 調 のさ う い ふ拍 を 表 し 、 入   声 の重 は 低 平 調 のさ う いふ拍 を 表 す 。 こ れ を 一層 簡 単 な 形 で 表 せ ば 、

平声 の重 ＝普 通 の平声  下降 調。

 低 平調。

︹結論 第 五 の四︺

平声 の軽  一種 の上昇 調。  高 平調。

上声 の重 上声 の軽 ＝普 通 の上声

 上昇 調。  一種 の上昇 調。

去声 の重 ＝普 通 の去声 去声 の軽

 高 平 調 の入破 拍。

入声 の重 ＝普 通 の入声 ⋮低 平調 の入 破拍 。 入声 の軽

 八   む す び   考 察 の収 穫

  以 上 、 第 三 節︱ 第 七 節 に お い て、 古 代 我 が国 に 伝 へら れ た 四 声 の 内 容 は ど の や う な も の であ った か 、 と いふ こ

と を 五 つ の方 面 か ら考 察 を 試 み 、 ︹結論 第 一︺︱︹ 結 論第 五︺ と い ふ五 つ の結 論 を 得 た が、茲 に そ の結 果 を 綜 合 し て 掲 げ る と 、 次 頁 の表 のや う に な る 。

  さ て こ の表 を 通 覧す る の に 、 第 一段︱ 第 五 段 を 通 じ て、 平 上 去 入各 声 の音 価 は 非 常 に よ く 似 て ゐ る こと が 注 目

さ れ る 。 稀 に は 去 声 が第 二 段 で は ﹁低 平 調 か ? ﹂ と 言 ふ 疑 が か け ら れ て ゐ る や う な 例 も あ る が 、 こ れ は ﹁低 平 調

で な け れ ば な ら な い﹂ と 言 ふ こ と を 主 張 し ては ゐな い。 ﹁若 し 、 上 昇 調 でな い場 合 に は 、 低 平 調 でも 差 支 へな い﹂

と 言 ふ こ と を 表 は し て ゐ る だ け であ る。 つま り、 上 昇 調 であ る こと が 明 ら か にな れ ば 文 句 は な い ので あ る 。 即 ち 、

諸 方 言 の字 音 語

四声 の考察 から

仏家 に伝承 する

上 昇 調?

セ ントを 註 記

古文 献 の四声 の音価 の

古 文 献 にア ク

記述 の考 察 から ＝︹ 結論 第五 の四︺

軽 声 は高平 調 の入破 拍。

入破 拍 。

普 通は重 声 で低 平調 の

軽 声 は 一種 の 上 昇 調 。

普通 は重 声 で上 昇調。

重 声 は 一種 の 上 昇 調 。

普 通 は軽 声 で高平 調。

軽声 は下降 調。

普 通 は重声 で低 平 調。

し て いる語 の 考察 か ら

＝︹結 論 第 四 ︺

低 平調 ? 時 に は下降 調? 高 平 調? 時 には下降 調?

高平 調。

上昇 調 ?

第 二拍 は促 音。

軽 声 は高 平調 で

低 平調 で第 二拍 は促音 又 はウ。

上昇 調。

軽声 は下降 調 。

低平 調。

一︺

＝︹ 結 論第 三 の

の ア ク セ ント の 考 察 から ＝︹ 結 論第 二︺ 低平 調 か。 少く とも 高平 調 にあ らず 。

低 平 調?

高 平調 か。

変 化 のあ る 声 調 。

入破 音 節。

上昇 調 か。

高平 調 か。

高い声 調 。

特 に低 平 調 。

平 調。

＝ ︹結 論 第 一︺

考察 か ら

中国 語 の四声 の

こ の表 の第 一段︱ 第 五 段 はす べて そ の中 に 矛 盾 を 含 ん で ゐ な いと 言 ふ こと が 出 来 る 。

平声

上声

去声

入声

入破 音節 で声 調 は平 調と 同じ 。

  而 し て茲 に注 意 す べき は 、 こ の表 の第 一段︱ 第 五 段 に於 け る 、 四 声 の音 価 の推 定 は、 総 て相 互 に 独 立 に な さ れ

た こと で あ る 。 第 二 段 の ﹁結 論 第 二﹂ は 第 一段 の ﹁結 論 第 一﹂ の結 果 を 全 然 考 慮 に 入 れ ず 、 別 の方 面 から 別 の資

料 によ って 導 き 出 し た も の であ る 。 ﹁結 論 第 三 ﹂ ﹁結 論 第 四 ﹂ ﹁結 論 第 五 ﹂ も 同 様 で あ る。 即 ち 、 第 一段︱ 第 五 段

の結 論 は 、 総 て全 く 独 立 に為 さ れ た も の であ る に 拘 ら ず 、 自 づ か ら 同 じ 内 容 を 有 す る に 至 った の であ る。 此 は 、

茲に 下 さ れ た 結 論 が 正 し か った こ とを 証 す るも のだ と 思 ふ 。 即 ち 、 こ の表 の第 一段︱ 第 五 段 を 比 較 し 、 矛 盾 を 起

さ ぬ や う に 解 釈 し た 四 声 の 音 価 、 之 が古 い時 代 の 四 声 の 正 し い音 価 であ る と 考 へる の で あ る。 こ れ は 大 体 次 の

︹ 結 論 第 六 ︺ の如 き も の であ ら う 。 な ほ、 右 の表 の第 四 段 に 於 い て、 平 声 が あ る 場 合 下 降 調 の音 価 を 発 揮 し て ゐ

る と 見 ら れ た の は 、 古 代 の文 献 で平 声 を 普 通 の平 声 の音 価 を 表 す た め に借 り た 以 外 に、 平 声 軽 の音 価 を も 借 り た こと も あ る こ とを 示 す も ので あ ら う 。 ︹ 結 論第 六︺ 平声 ＝厳密 に は平声 重 ⋮ ⋮ 低 平調。 上 声 (＝ 厳 密 に は 上 声 軽 ) ⋮ ⋮ 高 平 調 。 去 声 (＝ 厳 密 に は 去 声 重 ) ⋮ ⋮ 上 昇 調 。 入声 ＝厳密 に は入声 重 ⋮ ⋮ 低 平調 の入破 拍。

又、 いは ゆ る 軽 と か 重 と か 言 ふも のは 次 の やう に解 釈 さ れ る。

軽 ⋮ ⋮ 同 じ種類 の音 調 のうち 、 よ り高 く初 ま る音調 の称 。

︹ 結 論 第七 ︺

重 ⋮ ⋮ 同 じ種類 の音 調 のうち 、 よ り低 く初 ま る音調 の称 。

こ の ︹結 論 第 六 ︺ ︹ 結 論 第 七 ︺ を 組 合 せ れ ば 、 次 のや う な 結 論 が 出 る 。 こ の他 に ﹁上 声 の重 ﹂ ﹁去 声 の軽 ﹂ も存 在 す る わ け であ る が 、 あ ま り し ば し ば は 用 ゐ ら れ な い故 、 無 視 し てよ い であ ら う 。 ︹ 結 論第 八︺ 平 声 の軽 ⋮ ⋮ 下 降 調 。 入 声 の軽 ⋮ ⋮ 高 平 調 の 入 破 音 節 。

  さ て 、 以 上 ︹結 論 第 六︺ ︹ 結 論 第 七︺ ︹ 結 論 第 八 ︺ は 、 我 々 が こ の稿 の初 め で 考 察 の目 的 と し た 事 実 であ った 。

小 論 は そ れ 故 こ こ で筆 を擱 い ても よ いは ず で あ る が、 我 々は 諸 種 の考 察 を 試 み て ゐ る う ち に、 自 ら 他 の事 実 で 明

ら か にさ れ た も のも 少 く な か った 。 最 後 に そ れ ら を 列 挙 し て こ の稿 を 終 へよ う と 思 ふ 。 中 に は も う 少 し 詳 し い論

考 を 必 要 と す る も のも あ る が 、 既 に 紙 数 は 非 常 に 嵩 ん で ゐ る 故 、 そ れ は 省 筆 す る こ と と す る 。 下 に掲 げ た 括 弧 内 の数 字 は 比 較 的 に詳 しく そ の問 題 を 論 じ た 節 の番 号 で あ る 。

  1  ﹃ 悉 曇 要 訣 ﹄ 以 下 、 第 八 節 に掲 げ た 文 献 に 見 え る 四 声 の音 価 は 大 体 正 し い観 察 を 遂 げ て ゐ る も のと 見 ら れ る 。 但 し ﹃文 字 反 ﹄ を 除 く 。 (二) (七 )

  2  現 代 漢 学 者 の間 に 一般 的 に な って ゐ る 四 声 の観 念 、 ﹁平 声 は た ひ ら な 音 ﹂ ﹁上 声 はあ が る 音 ﹂ ﹁去 声 は さ が

る 音 ﹂ と いふ の は、 江 戸 時 代 の中 期 以 後 発 生 し た 観 念 で、 古 代 の 四声 の内 容 と は直 接 に は 関 聯 のな いも の で あ る。 (二 )

  3  古 代 我 が 国 に は漢 音 の 四声 と 呉 音 の四 声 と 二 種 のも の が 伝 は って ゐ た が 、 こ れ は 全 く 反 対 の内 容 を も つも

の で 、 漢 音 で平 声 の文 字 は 呉 音 で は大 体 上 声 又 は 去 声 で あ り 、 呉 音 で 平 声 の文 字 は 漢 音 では 大 体 上 声 又 は 去

声 であ った 。 な ほ こ の場 合 、 文 字 を 離 れ て ﹁何 声 ﹂ と いふ 場 合 は、 漢 音 、 呉 音 を 通 じ て 同 一の音 価 を も って ゐ た と考 へら れ る。 (二 ) (四 )

4  ﹃ 悉 曇 蔵 ﹄ 以後 、 近 世 初 期 に至 る 諸 文 献 に お け る 四 声 は 大 体 同 一種 類 の内 容 を も った も のと 考 へら れ る 。

而 し て近 世 中 期 以 後 に 至 って、 文 雄 式 のも の、 伊 勢 貞 丈 式 のも のな ど 、 古 代 のも のと は 全 く 関 係 のな い四 声 の観 念 が並 び 起 った 。 (二 ) 

5  中 国 に お け る ﹁平 声 ﹂ ﹁上 声 ﹂ ﹁去 声 ﹂ ﹁入 声 ﹂ と い ふ 各 四 声 の名 称 は、 そ の内 容 に 関 し て 全 く 無 関 係 な も の では な いら し い。 ( 三 ) 

6  ﹃元 和 韻 譜 ﹄ な ど に見 え る 四 声 の 音 価 の説 明 は 、 不 完 全 で は あ る が 、 全 然 見 当 の外 れ た も の で は な いら し い。 (三 ) 

7  劉 復 が 現代 諸 方 言 の四 声 の 音価 を 通 し て 得 た 各 四 声 の 一般 的 性 格 は、 古 代 の 四 声 に関 し て も あ て は ま る も の のや う であ る 。 (三 ) 

8  古 代 我 が国 では 、 漢 語 の発 音 に あ た り、 そ の ア ク セ ント であ る 、 も と の四 声 を や か ま し く 正 し た ら し い。

少 く と も 京 都 語 の漢 語 のア ク セ ント に は 、 古 代 中 国 か ら輸 入 さ れ た 場 合 の 四 声 の区 別 を 反

そ し てそ の風 は 仏 教 界 と い ふ 一部 の社 会 に 於 い て は ず っと 近 世 ま で続 いた や う だ 。 (四 )  9  現 在 諸 方 言︱

映 し てゐ るも のが 少 く な い。 そ れ は 日 常 多 く 用 ゐ ら れ る 呉 音 の漢 語 に著 し い。 (四 ) 

10  ﹃類 聚 名 義 抄 ﹄ に 見 え る ﹁和 音 の 四声 ﹂ と いふ も のは 、 当 時 日本 に 一般 に 行 は れ て ゐ た 字 音 の ア ク セ ント

で、 そ れ は 呉 音 の 四声 と密 接 な 関 係 を も つ。 そ し て そ の種 類 は大 体 平 声 と 去 声 と の 二 種 類 に と ど ま る。 (四 )

 11  現 代 真 言 宗 に 伝 は って ゐ る 四声 と 天 台 宗 に 伝 は って ゐ る 四 声 と は 同 一内 容 のも の で 、 これ は古 代 の 四 声 の 伝 統 を ひく も の であ る。 ( 五 ) 

げ て ゐ る 。 古 版本 ﹃四座 講 式 ﹄ の 譜 は 古 い時 代 の四 座 講 式 の旋 律 を 伝 へるも の で、 そ の曲 節 は字 音 語 のア ク

12  真 言 宗 で 現在 行 は れ て ゐ る ﹃四座 講 式 ﹄ の曲 節 は 、 そ の製 作 時 代 以 後 、 規 則 的 な 或 る ﹁旋 律 の変 化 ﹂ を 遂

セ ント を 甚 だ 忠 実 に伝 へて ゐ る 。 ( 五)

 

  13  ﹃類 聚 名 義 抄 ﹄ の声 点 は 当 時 の京 都 ア ク セ ント を 正 し く 観 察 し 表 記 し た も のと 考 へて 矛 盾 がな い。 (六 )

  14  現代 諸 方 言中 、 高 知 方 言 、 赤 穂 方 言 、 高 松 方 言 の ア ク セ ント 体 系 は 、孰 れ も ﹃ 名 義 抄 ﹄ 式 の アク セ ント 体 系 か ら 転 化 し て 出 来 た も のと 見 る こと が 出 来 る 。 ( 六)

  15  ﹃類 聚 名 義 抄 ﹄ で は 上 声 点 、 去 声 点 は そ れ ぞ れ 一種 類づ つの 音 価 を 表 は す が、 平 声 点 は 普 通 の平 声 の 音 価 と 、 平 声 軽 の音 価 と を 表 し て ゐ る 。 (六 ) (八 )

  16   ﹃悉 曇 蔵 ﹄ に見 え る 我 が国 に 伝 へら れ た 四 種 の四 声 のう ち 、 我 が 国 に 一般 的 に行 は れ た の は ﹁表 ﹂ 式 のも の であ った ら し い。 (七)

 あ と がき

  私 が こ の原 稿 を 一往 完 成 し た の は 、 そ ろ そ ろ 本 土 空 襲 の初 ま った 昭 和 十 九 年 の暮 れ であ った 。 そ れ が こ のた び

寺 川 喜 四 男 氏 の 尽 力 で初 め て 版 にな る の であ る が 、 当 時 を 思 い起 し 、 いさ さ か 感 慨 に た え な い。 終 戦 後 、 こ の方

面 の研 究 は 大 き な 進 歩 を 遂 げ 、 こ と に 小 西 甚 一氏 が大 著 ﹃文 鏡 秘 府 論 考 ﹄ を 出 さ れ た こと は特 筆 す べ き こ と であ

る 。 氏 は こ の著 に お い て、 私 な ど は 見 る こと の でき な か った 、 多 数 の、 四 声 の音 価 に つ い て 記 述 し た 文 献 を あ げ 、

古 代 の四 声 の音 価 を 推 定 さ れ た 。 こ れ で は、 古 代 の 四声 の音 価 の推 定 は、 古 代 の文 献 だ け で 十 分 であ る と も 言 え

そ う で あ る 。 少 く と も 、 ﹁私 が 四 声 の具 体 的 な 音 価 を 示 し た 文 献 は 甚 だ 少 い﹂ と 言 った こ と ば は 、 撤 回 し な け れ

ば な ら な いよ う で あ る 。 私 は 、 こ のた び こ の旧 稿 の 公 開 を よ ほ ど 見 合 わ せ よ う か とも 思 った が 、 ひ と つに は 、 第

四 節 ・第 五 節 ・第 六 節 あ た り は 、 小 西 氏 の全 然 触 れ て お ら れ ぬ と こ ろ であ る し 、 ま た ひと つに は 、 具 体 的 な 音 価

の推 定 にお いて 小 西 氏 と は ち が った 結 論 に到 達 し て いる の で、 お く れ ば せ な がら 、 あ え て 世 に 問 う こ と に し た 。

簡 単 に 小 西 氏 の結 論 と 、 私 の結 論 と のち が いを 表 示 す る な ら ば次 のよ う で あ る 。

 平声軽  高平調 ( 小西氏)

  下降調 ( 春彦)

  上 声 軽   一種 の 上 昇 調 ( 小西氏)   高 平 調 ( 春彦)

あ と が き ・ふ た た び

  ( 昭和二十四年 二月十 一日)

  昭 和 二 十 四 年 夏 、 ﹁中 国 語 学 研 究 会 ﹂ に 入 会 し 、 倉 石 武 四 郎 博 士 、 頼 惟 勤 氏 等 が、 私 が全 く 手 を つけ な か った

﹁天台 声 明 ﹂ を 資 料 と し、 日本 古 代 に お け る 四 声 の音 価 に つ い て、 深 い 研 究 を 進 め て お ら れ る こ と を 知 った 。 そ

の成 果 の 一部 は 、 頼 氏 の手 に よ り 、 ﹃中 国 語 学 ﹄ の第 十 九 号 ・第 二 十 二 号 ・第 三 十 一号 な ど に 発 表 さ れ て いる が 、

﹃言 語 研 究 ﹄ の第 十 七 号 に は 、 そ の研 究 の 全 貌 が 明 ら か に な る よ う な 詳 し い発 表 が載 る はず であ る 。 併 せ 参 照 い た だ き た い。

  な お、 私 も こ こ に 述 べ た よ う な 内 容 を 二十 四 年 夏 の同 研 究 会 の例 会 で 発 表 し 、 そ の梗 概 は 頼 氏 の手 で 、 ﹃中 国 語 学 ﹄ の第 三 十 一号 に の せ て いた だ いた 。

  ( 昭和 二十五年十 一月十三日)

 ( 注 1)   前代 の文献 で四声 に関す る 記述を 含 むも のの名 は、佐 藤 寛 ﹁本朝 四声考 ﹂ ( ﹃ 国文論纂﹄所収) 、 井 上奥 本 ﹁日本

語 調学 小史 ﹂﹁日本 語調 学 年表 ﹂ ( 共 に ﹃音声 の研究﹄ 二所載)、大 西 雅雄 ﹁日本 四 声考 ﹂ (﹃コト バ﹄五ノ三所載 )な ど に挙 が ってゐ る。

 ( 注 2)   ﹃国学 院雑 誌﹄ 二 二ノ 一︲四 ・七︲ 一〇 ( 大正五年)に連載 。 翁 はそ の後前 掲 ( 注 1) ﹁日本 語 調学 小史﹂ を 公 に

さ れ た 。 

載) 、 ﹁ 補 忘 記 の研 究 、續貂 ﹂ (﹃日本 語 のアク セ ント﹄ 二所 収 ) 、 ﹁契 沖 の 仮 名 遣 書 所 載 の国 語 ア ク セ ント ﹂ (﹃ 国 語 と 国文

( 注 3)   現 在 ま で に、 此 の 問 題 に 就 い て は 、 拙 稿 ﹁現 代 諸 方 言 の 比 較 か ら 観 た 平 安 朝 ア ク セ ン ト ﹂ ( ﹃ 方 言﹄ 七 ノ 六 所

学 ﹄ 二 〇 ノ 四所 載 ) 、 ﹁類 聚 名 義 抄 和 訓 に 施 さ れ た る 声 符 に 就 て ﹂ (﹃ 国 語 学 論 集 ﹄ 所 収 )な ど の中 で 少 し づ つ考 察 し て

( 注 4)  前 掲

( 注 3 ) ﹁類 聚 名 義 抄 和 訓 に 施 さ れ た る 声 符 に 就 て ﹂ の中 で 簡 単 に 触 れ た こ と が あ る 。 

( 注 1 ) ﹁日 本 語 調 学 小 史 ﹂ 七 七 頁 八 行 。 

見 た 。 

( 注 5) 前 掲

( 注 6 )  此 は 伊 勢 貞 丈 が 唱 導 し た と いふ 意 味 で は な い。 唱 導 し た の は 河 野 通 清 あ た り の漢 学 者 であ ら う 。 こ の 見 方 を 日

本 語 の ア ク セ ント の例 に 当 て は め て説 いた の は 、 貞 丈 あ た り が 最 初 で あ った か と 思 ふ 。 明 治 以 後 多 く の学 者 ・知 識

人 が こ の伊 勢 貞 丈 式 の 四 声 観 を も って ゐ た が 、 な か で 柳 田 国 男 氏 は 、 ひ と り 契 沖 と 同 一の四 声 観 を も って を ら れ た

べき で あ る が 、 今 日 は 岩 代 の福 島 な どゝ 同 じ にな つ て し ま つ た 。﹂ と 述 べ て 居 ら れ る 。 

か と 疑 は れ 、 興 味 深 い。 同 氏 は ﹁地 名 の 話 ﹂ ( ﹃ 地 名 の研 究 ﹄ 所 収 ) で ﹁ 木 曾 の福 島 は フ ク ジ マと 濁 つ て 上 声 に 云 ふ

﹁四 声 軽 重 考 ﹂ ( ﹃東 洋学 研 究﹄ 創 刊 号 所 載 )、 岩 橋 小 弥 太 ﹁和 名 抄 の 音 註 に 見 ゆ る 某 声 の 軽 又 は 重 と

い ふ事 ﹂ (﹃ 国 学 院 雑 誌 ﹄ 一九 ノ 一 一所 載 )、 朝 山 信 弥 ﹁古 代 漢 音 に お け る 四 声 の 軽 重 に つ い て ﹂ ( ﹃ 国 語 国 文 ﹄一一 ノ 一

( 注 7)   金 沢庄 三郎

一所 載 ) 

﹃ 中 国 音 韻 学 ﹄ 上 巻 九 〇 頁 、 九 二 頁 。 

( 注 8)   第 七 節 一四 八︲ 一四 九 頁 を 見 よ 。  ( 注 9)   王力

シ カ ラ ズ ヤ 。 上 声 ハ去 声 ト ナ リ 、 去 声 ハ上 声 ト ナ ル﹂ と あ る 由 であ り 、 江 南 地 方 の 声 調 は 、 よ ほ ど 古 く か ら 北 方 の

( 注 10 )   山 田 孝 雄 博 士 の ﹃国 語 の中 に 於 け る 漢 語 の研 究 ﹄ に 従 へば 、 唐 の国 子 祭 酒 李〓 の ﹃刊 誤 ﹄ に ﹁呉 音 ハ乖 舛 亦 甚

( 注11 )  劉 復

﹃ 四 声 実 験 録 ﹄ 八 七︲ 八 八 頁 。

﹃四 声 実 験 録 ﹄ 八 七 頁 。 

も の と は 違 ひ が 大 き か った と 推 定 さ れ る 。 

( 注 12) 劉 復

( 注 13 )

こ の書 は 中 国 語 諸 方 言 の 四 声 を 論 ず る資 料 と し て 引 用 さ れ る が 、 最 も 肝 腎 な 北 京 語 の 四 声 が 誤 った 曲 節 に 掲 載

さ れ て ゐ る の は 残 念 で あ る 。 

北 京 と 同 じ く 下 降 調 で あ った 。 

( 注 14 )   私 が 留 日 学 生 に つ い て 調 査 し た 所 で は 、 天津 で は 上 平 は 低 平 調 、 下 平 は 高 平 調 、 上 声 が 上 昇 調 で 、 去 声 だ け は

式 の 四 声 は 官 話 の 先 祖 も し く は そ れ と 極 く 系 統 の近 い方 言 で は な か った か ﹂ と 推 定 し て 居 ら れ る 。 こ の 説 に 従 った 。 

( 注 15 ) 有 坂 秀 世 博 士 は ﹁ 悉 曇 蔵 所 伝 の 四 声 に つ い て ﹂ (﹃ 音 声 学協 会 会報 ﹄ 四 一所 載 ) の中 で 、 ﹁﹃ 悉曇 蔵﹄ に見え る ﹃ 表﹄

い ろ に成 って ゐ る 事 実 に気 附 か れ な が ら 、 そ の原 因 を 古 い 四 声 の 別 に は 求 め ず 、 最 初 は 総 て 起 伏 型 であ り、 日 本 化

( 注 16 ) 例 へば 佐 久 間 鼎 博 士 は 、 ﹃国 語 の発 音 と ア ク セ ント ﹄ ﹃日 本 音 声 学 ﹄ な ど に 於 い て、 漢 字 音 の ア ク セ ント が い ろ

し た も のが 平 板 型 に変 化 し た と 推 定 し て 居 ら れ る 。 こ の 事 実 に 多 少 と も 論 及 さ れ た 学 者 は 、 明 治 以 後 で は 、 本 居 長

世 氏 ・三 宅 武 郎 氏 ぐ ら ゐ の も の で あ ら う 。 私 は ﹁国 語 ア ク セ ント 断 想 ﹂ ( ﹃ロー マ字 世 界﹄ 三 三 ノ 一所 載 ) の第 二 節 の

中 で 佐 久 間 博 士 の 考 へ に 対 す る 反 対 意 見 を 公 け に し た こ と が あ る 。 近 頃 、 和 田 実 氏 が、 こ の問 題 に 就 いて 考 究 を 進

﹃日本 書 紀 ﹄ の古 写 本 や 、 鎌 倉 時 代 以 後 書 写 さ れ た ﹃古 今 集 ﹄ の 写 本 の中 に も 、 漢 語

﹃日 本 漢 字 学 史 ﹄ の ﹁音 博 士 ﹂ の章 、 ﹁支 那 音 の 奨 励 ﹂ の章 を 参 照 。 

め て 居 ら れ る の は 心 強 い。  ( 注 17 )   岡井 慎吾

( 注 18 )   平安 朝 以後 に書写 さ れた

に 対 し て 声 点 を 差 し た も の が 相 当 あ り 、 此 等 はず っと 後 世 ま で 四 声 を 正 し く 発 音 し よ う と 努 力 し た あ と を 伝 へて ゐ

( 注 16 ) ﹁国 語 ア ク セ ント 断 想 ﹂ の 第 二 節 。 

る と考 へる 。  ( 注 19 )  前掲

音 大 辞 典 ﹄ の 解 説 四 八 頁 以 下 を 見 よ 。 

( 注 20   寺 川 喜 四 男 ﹁日本 語 の 基 本 的 音 調 に 就 て ﹂ (﹃コト バ﹄ 再 六ノ 三 所載 ) 及 び 寺 川 喜 四 男 ・日 下 三 好 ﹃標 準 日 本 語 発

な ど は 、孰 れ も こ の や う な 事 実 に 言 及 し て 居 ら れ る 。 

( 注 21 )  大 山 公 淳 師 の ﹃ 声 明 の 歴 史 及 び 音 律 ﹄、 水 原 尭 栄 師 の ﹃ 高 野 山 法 談 論 義攷 ﹄、 多 紀 道 忍 師 の ﹃ 天 台声 明 の梗 概﹄

( 注 22 )   橋 本 進 吉 先 生 に ﹁国 語 史 研 究 資 料 と し て の声 明 ﹂ ( ﹃密教 研 究 ﹄ 三 二 所載 ) と いふ 論 文 が あ る 。

 

へら れ る 。 な ほ ﹃日本 文 学 大 辞 典 ﹄ の ﹁四 声 ﹂ の解 説 の条 に 、 ﹁去 声 の重 は 上 声 に 渉 って ﹂ と あ る の は ﹁去 声 の軽

﹁上 声 ノ 重 ハ去 声 ニ渉 リ 、 去 声 ノ 軽 ハ上 声 ニ渉 リ 、 逓 ニ分 別 シ 難 シ ﹂ と あ る の は 、 こ の 間 の消 息 を 伝 へる も の と 考

は ﹂ の誤 植 で あ ら う 。 

( 注 33 )   ﹃日本 文 学 大 辞 典 ﹄ の ﹁乎 古 止 点 図 ﹂ の条 に 掲 げ ら れ て ゐ る 経 点 の 点 図 の う ち に 、 去 声 に 対 し て ﹁初 低 後 昇 ﹂

と いふ 註 記 の あ る も のが あ る 。 こ れ も 上 に 試 み た 去 声 音 価 の 推 定 を 支 持 す る も の で あ る 。

日本 語 の ア ク セ ント か ら 中 国 唐 時 代 の 四 声 値 を 推 定 す る

  l  はじ め に

  北 京 大 学 の徐 君 が 見 え て 、 羅 常 培 先 生 の ︽漢語音韵 学導論 ︾、 王 力 先 生 の ︽漢語音韵 ︾、邵 栄芬 先 生 の ︽漢語語

音 史講話 ︾ と いう 、 三つ の本 を 賜 わ った 。 私 が中 国 の古 代 の四 声 に つ い て関 心 を も って いる こと を 知 って の こと

であ る。 私 は 三 つ の著 書 を 興 味 深 く 読 ん だ が、 そ う し て そ の中 で、 いず れ も 中 国 の古 代 の四 声 に 触 れ て お ら れ て

有 益 で あ った が、 四 声 の 調 値 例 え ば 平 声 は 平 ら なｔｏｎｅであ った か 、 平 ら で は な か った か、 と いう 問 題 に 触 れ て

お ら れ な いの が意 外 に 思 わ れ た 。 日本 では 、 日本 の古 代 の文 献 、 現 代 に伝 わ って いる 仏 教 歌 曲 の旋 律 、 そ れ を 表

わ し た 譜 面 、 およ び 日本 語 諸 方 言 に遺 って いる 語彙 の ア ク セ ント に よ って少 く と も 唐 代 の四 声 の 調 値 は 明 ら か に

な って いる と 思 わ れ る か ら であ る 。 私 は 、 一九 五 一年 にす で に そ の考 え の大 要 を 発 表 し た が、( 注1) こ こ に そ の

要 旨 を 公 開 し て中 国 の各 位 の御 参 考 に 供 し た い。 も っと も こ の稿 は 旅 先 でき ょう 一夜 のう ち に書 き 上 げな け れ ば

いけ な い の で、 不 備 な 点 が ま じ る かも し れ な い。 そ の こ と に つ いて は あ ら か じ め お詫 び す る 。

  (注 1)   金 田 一春彦 ﹁日本 四声古 義﹂ ( 寺川喜四男ほか編、法政大学出版部刊行 ﹃ 国語アクセント論叢﹄所載)   2  古 代 の文献 に現 れた 四声 の調 値

  日本 で は 奈 良 時 代 か ら 平 安 時 代 に か け て、 唐 の文 化 を 慕 い、 き わ め て 多く のも のを 輸 入 し た が 、 同 時 に 中 国 語

を 勉 強 し 、 当 時 の文 化 人 は 、 そ の音 韻 面 と 中 国 人 と 同 じ よ う な 発 音 を 身 に つけ よ う と 努 力 し た 。 そ の こ と が原 因

で、 幾 つか の文 献 には 、 唐 の時 代 の 中 国 語 の 四 声 の調 値 に 触 れ て いる 。 羅 先 生 が 引 用 さ れ た ︽悉 曇 輪 略 図 抄 八 声

図 ︾、邵 先 生 が 引 用さ れ だ 、 安 然 の ︽悉 曇 蔵 ︾ も 、 そ の例 であ る が 、 これ ら よ り さ ら に 明 快 に述 べ て いる 文 献 と

し て、 釈 明 覚 の ︽悉 曇 要 訣 ︾ と いう も のが あ る 。 彼 は そ のう ち に ﹁弘 法 家 の伝 え る 六 声 ﹂ と いう も のを 引 き 、 次

のよ う に 説 明 し て いる 。 ﹁弘 法 家 の伝 え る ﹂ も の と は 、 唐 の中 期 に渡 唐 し た 空 海 が伝 え る 四 声 と いう 意 味 と 見 ら

 上 声 初 め低れ、 後ち昂 る

声 初 め後ち共 に昂 る

入 声 の軽  初 め 後 ち 共 に 昂 る

  入 声 の重   初 め 後 ち 共 に低 る る

 去

  平 声 の軽  初 め 昂 り、 後 ち 低 る る

  平 声 の重   初 め 後 ち 共 に低 る る

れ る か ら 、 唐 の標 準 的 な 四 声 と 見 て よ いと 思 う 。

 

 こ こ に いう ﹁昂 る ﹂ と は高 く 発 音 す る 意 味 、 ﹁低 る る ﹂ と は 低 く 発 音 す る 意 味 と 解 せ ら れ る。 と す る と 、 こ の 六 声 調 値 は 次 のよ う であ った と 知 ら れ る 。

  平 声 の重   終 始 低 い、 す な わ ち ﹁︱

 上  

声   初 め 低 く 、 後 ち 高 い 。 す な わ ち ﹁＼

声   終 始 高 い、 す な わ ち ﹁︱

  平 声 の軽   初 め 高 く 、 後 ち 低 い 。 す な わ ち ﹁/

 去

入 声 の 重   平 声 の 重 に 同 じ   す な わ ち ﹁︱  入 声 の軽   上 声 に 同 じ   す な わ ち ﹁︱

こ れ は 、 ︽悉 曇 蔵 ︾ の中 に出 て く る ﹁表 式 の 四 声 ﹂ と いう も のと 大 体 一致 す る 内 容 を も って お り 、 信 用 し て よ い も のと 思 わ れ る 。

  3  仏 教 歌曲 の旋 律 に反映 した 四声 の調 値

  こ のよ う に し て 推定 し た 四声 の調 値 は 、 他 の資 料 か ら も 支 持 さ れ る。 例 え ば 、 真 言 宗 に は "四 座 講 式 " と いう 仏 教 歌 曲 が あ る が 、 こ の中 で   上声 の文 字 は 高 く 平 ら に   平 声 の文 字 は 原 則 と し て 低 く 平 ら に   た だ し 、 平 調 の軽 の文 字 (こ れ は 稀 であ る ) は 下降 調 に   去 声 の文 字 は 上 昇 調 に

唱 え ら れ る。 も っと も 現 在 唱 え ら れ て いる と ころ は多 少 食 いち が う 点 も あ る が 、 幸 い こ の歌 曲 には 、 南 北 朝 時 代

に 写 さ れ た 譜 本 が残 って い て、 そ こ に 四声 点 が 注 記 さ れ て いて 、 そ の 四 声 点 と 譜 の関 係 を 見 れ ば 、 上 の関 係 は そ れ に は 一致 し て いる。( 注2)

  仏 教 歌 曲 の中 でも 、 さ ら に "祭 文 " と 呼 ば れ る 一類 のも の で は 、 "四 座 講 式 " 以 上 に 現 行 の旋 律 と 四声 点 と の 関 係 が規 則 的 に 対応 し て いて 、 上 の推 定 は 一層 強 力 な 支 持 を 受 け る。( 注3)   ( 注2)   金 田 一春 彦 ﹃四座講 式 の研究 ﹄ ( 三省堂、 一九六二)   ( 注 3 ) 同 ﹁音 韻史 資料 とし ての真言 声 明﹂ (﹃ 国語学﹄第四三輯所載)

  4  方 言 の アク セ ント と 四声 の調 値

  現 代 諸 方 言 の アク セ ント も 間 接 で は あ る が こ の推 定 を 支 持 す る 。 日本 語 の ア ク セ ント は、 方 言 によ り は な は だ

区 々 であ る ︹ 補1︺ こ と 、 中 国 諸 方 言 の四 声 と 同様 であ る が、 京 都 ・大 阪 な ど 近 畿 地 方 中 部 の 方 言 の ア ク セ ント は 、

さ す が に 高 い文 化 を 背 負 って 来 た だ け に 平 安 朝 時 代 の ア ク セ ント の様 相 を 少 く と も 部 分 的 に は よ く 伝 え て いる 。

例 え ば 、 次 のよ う な 単 語 は、 平 安 朝 時 代 の漢 字 字 書 であ る ︽類 聚 名 義 抄 ︾ で 上 声 点 に よ って ア ク セ ント が 示 さ れ

( ち )" "戸 ( と )" "実 (み)" ⋮ ⋮

て いる、 これ は京 都 ・大 阪方 言 です べて 高 く 平 ら に発 音 さ れ る 。   例 、 "子 (こ)" "血

  一方 次 のよ う な 単 語 は 、 同 じ ︽類 聚 名 義 抄 ︾ で 平 声 点 に よ って ア ク セ ント が 示 さ れ て いる が、 これ は、 京 都 ・

(て)" "目 ( め )" ⋮ ⋮

大 阪 方 言 で、 助 詞 が つ いた 場 合 す べて 低 く 平 ら に 発 音 さ れ て い る。   例 、 "木 (き )" "手

ほか に、 ﹁名 ﹂ ﹁日 ﹂ な ど は、 現 在 京 都 ・大 阪 方 言 で 下 降 調 に 発 音 さ れ て い て、 ︽類 聚 名 義 抄 ︾ で 平 声 の点 が 注 記 さ れ て いる が、 こ れ は 平 声 軽 の音 の つも り であ ろ う 。

  去 声 の点 を 注 記 さ れ た 単 語 は 例 が 少 く 、 ま た 現 在 京 都 ・大 阪 方 言 で必 ず し も 上 昇 調 に 発 音 さ れ て いな いが 、 こ れ は然 る べき 事 情 が あ って 変 化 し て し ま ったも のと 想 定 さ れ る 。   そ れ よ り 二音 節 以 上 の単 語 の四 声 注 記 を 検 討 す る と 、   去上型、去 平型、去上 上型、去 平平型 ⋮⋮ に表 記 さ れ て いる 単 語 は あ る が、   上去型、 上去○型、 ○上去型 ⋮⋮

 と いう よ う な 型 に 表 記 さ れ て いる単 語 は な い。 こ れ は ＼︱ と か、 ＼ /と か ＼〓 と か いう 語 調 は 単 語 の ア ク セ ント

と し て 望 ま し いが 、︱ ＼、︱ ＼○ 、 ○︱ ＼ と いう よ う な 語 調 は 、 高 い部 分 が 二 か所 に 出 来 て単 語 の ア ク セ ント と

し て は 望 ま し く な いか ら で あ ろ う 。 こ の点 か ら 、 去 声 の調 値 が 上 昇 調 であ った こと が 支 持 さ れ る 。

  5 中国語 における四声の変化 と唐代の四声の調値   こ のよ う な こ と か ら、 日本 の資 料 は す べて 2 の〓

内 の 調 値 を 支 持す る と 思 う が、 中 国 の音 韻 史 の事 実 も 、

右 の推 定 を 支 持 す る と 思 う 。 た と え ば 中 国 語 の音 韻 史 の上 で 、 以 前 の 上 声 の単 語 のう ち 、 一部 が 多 く の方 言 で去

声 に 変 化 し て いる こ と は 広 く 認 め ら れ て いる 事 実 で あ る が、 去 声 に転 じ た も の は 、 す べ て有 声 音 で は じ ま る 単 語

で あ る 。 こ れ は 、 の ち に平 声 が 上 平 声 と 下 平 声 と に 別 れ る 時 に 、 語 頭 の有 声 、 無 声 に よ って別 れ た こと を 思 う と 、   上 声 は高 い平 ら な 声 調   去 声 は 低 か ら 高 に 上 る声 調

 と考 え る こ と は き わ め て 好 ま し い こと で あ る 。 す な わ ち 、 上 声 のう ち 、 無 声 音 では じ ま る も の は そ のま ま 声 調 を

保 った が、 有 声 音 で は じ ま る も のは 、 高 く は じま る こ と が 出 来 ず そ の音 調 は次 第 に去 声 と 同 じ よう にな り 、 去 声 に 混 同 し て し ま った と 解 さ れ る か ら であ る 。

  6  唐 の四声 から 現代 北京 語 の 四声 に

  唐 の時 代 の四 声 の調 値 は、 そ の後 変 化 し て 現在 の少 く と も 大 部 分 の諸 方 言 の四 声 にな って いる 。 であ る か ら に

は 、 上 に推 定 し た 四 声 の調 値 か ら ど の よ う に変 化 し て各 方 面 の四 声 が 出 来 上 った か が合 理 的 に説 明 さ れ な け れ ば

な ら な い。 こ の問 題 は 現 在 ま だ 私 は 十 分 な 考 察 を 進 め て いな い。 し か し 、 か り に 一つ北 京 語 を 採 る な ら ば 、 北 京

 第 二声

 第 一声

語 の四 声 は 次 の よう に し て 出 来 上 った も の であ ろ う 。 な お 、 入 声 に つ い て は考 察 を は ぶ く 。︹ 補2︺

 平声  上声  去声

  ← は変 化 し た こと を 示 し 、＝ は 変 化 しな か った こ と を 示 す 、 声 調 と いう も の は勝 手 な 方 向 に変 化 す る も の で は

な く 、 次 のよ う な 方 向 に 変 化 す る も の だ と いう 考 え か ら 、 以 上 のよ う な 変 化 を 考 え た 。

  第 一原 理 、 最 初 の高 さ は あ と の高 さ を 同 化 し よ う と す る 。 す な わ ち ﹁／は ﹁︱に 、﹂＼は﹂︱ に 変 化 す る 。

  第 二原 理 、 高 い平 ら な 声 調 は 最 初 を 低 く は じ め よう と す る。 す な わ ち ﹁︱は﹂ ＼ に変 化 す る 。

 第 三 原 理 、 低 い平 ら な 声 調 は最 初 を 高 く は じ め よう と す る。 す な わ ち﹂︱ は ﹁／ に変 化 し よ う と す る 。

こ の三 つ の原 理 は、 日本 語 の 諸方 言 間 の ア ク セ ント の変 化 を 推 定 し な が ら 到 達 し た 原 理 であ る 。( 注4)

 ( 注 4)   金 田 一春 彦 ﹁東 西両 アク セ ント の違 いが できる ま で﹂ (﹃ 文学﹄ 二二 の八所載)

  7  平仄 とは 何だ った か

  私 は 唐 代 の四 声 の 調 値 を 以 上 のよ う に想 定 す る 。 こ の こ と は 、 平仄 と いう 言 葉 の意 味 を 新 し く 解 釈 し な お す こ とにな る。すなわち   平 と は低 く 終 る声 調 の こ と で あ る  仄 と は 高 く 終 る声 調 の こ と であ る

 こ の こと を 言 う た め に は 入 声 はす な わ ち 軽 入 声 であ って重 入声 では な いと いう こ と を 言 わ な け れ ば な ら な い。 私

一九八〇 ・九 ・二十七 北京友誼賓館 の 一室 で︱

は 唐 代 の 入 声 は す べ て そ う だ った と 言 え る の では な いか と 思 って い る が 、 こ の こ と に つ いて は 多 少 め ん ど う な 議 論 を し な け れ ば な ら な い の で こ こ では 他 日 を 期 す る こ と にす る 。  ︱

  ︹補1︺  日本 語 の方言 のアク セ ント に ついては、 平 山輝男 氏 以下 の諸家 によ ってき わめ て詳 し い研究 が行 われ て いる が、

筆 者 がま と めた も のとし て は ﹁ 方 言 アク セ ント の系 統﹂ ( 岩 波 講 座 ﹃日本 語 ﹄方 言 の巻 所 載 )を 参 照 さ れ た い。 こ の

稿 で は 、 日本 語 諸 方 言 の ア ク セ ン ト が ど の よ う な も と か ら 変 化 し て 現 在 のよ う な 状 態 に 至 った か を 推 考 し た も の で 、

結 論 と し て 現 在 の諸 方 言 の ア ク セ ント の ほ と ん ど す べ て は 平 安 時 代 の京 都 の ア ク セ ント か ら 変 化 し て 出 来 た も の で

あ り 、 現 在 の京 都 ・大 阪 の ア ク セ ント は 古 色 を 存 す る こ と が 比 較 的 多 いも の であ る こ と を 結 論 と し た も の で あ る 。

歴 史 的 に 見 れ ば 、 上 声 は 古 い ﹁︱型 か ら 現 在 の﹂︱ 型 に 変 化 す る 途 中 に﹂ ＼ 型 で あ った こ と が あ った 。 そ の﹂ ＼ が

︹ 補 2 ︺  現 代 北 京 語 で は、 上 声 の 音 節 が 二 つ続 い た 場 合 は じ め の 上 声 が 陽 平 声 に 転 じ る こ と が 注 意 さ れ て い る 。 こ れ は

﹂︱に変 化 し よ う と し た 時 に、 あ と の﹂ ＼ は 簡 単 に﹂︱ 型 に 変 化 し た が 、 前 の﹂ ＼ は 、 あ と の﹂︱ が 前 の 音 節 よ り

低 くは じま ろう とす るた め に、  ﹂︱ 型 に 変 化 す る こ と が で き ず 、﹂＼ 型 に と ど ま り 、 ﹁︱か ら 変 化 し てき た 陽 平 声 と

った の で は な く 、 一時 代 前 の 姿 を 伝 え て いる も の と 想 定 す る 。

混 同 し て し ま った も のと 推 定 す る 。 つま り 歴 史 的 に 言 う と 、 前 に 立 つ上 声 が 現 在﹂ ＼ 型 で あ る の は 変 化 し て そ う な

 ( 翌 日朝 追 記)

Ⅱ

平 曲 の音 声

  一   平曲 と は   一   平曲 の歴 史

 ﹁平 曲 ﹂ と は ﹃平 家 物 語 ﹄ の 詞章 に フ シ を つけ て 、 琵 琶 の伴 奏 で 語 り歌 う 邦 楽 で あ る 。 創 始 に つ いて は 、 ﹃徒 然

草 ﹄ の記 述 に よ り 、 鎌 倉 時 代 の は じ め に生 仏 と いう 盲 人 に よ って は じ め ら れ た と す る の が通 説 で あ る。 代 々盲 人

の間 にう け つが れ 、 南 北 朝 時 代 に 天 才 覚 一の出 現 に よ り 、 最 盛 期 を 迎 え た 。 江 戸 時 代 は 三 味 線 音 楽 に押 さ れ つ つ

も 、 幕 府 の保 護 によ り ど う に か衰 亡 を ま ぬ か れ てき た が 、 明治 維 新 の際 の検 校 制 度 廃 止 が大 き な 打 撃 を 与 え 、 終

戦 時 は 、 仙 台 の館 山 甲 午 氏 と 名 古 屋 の三 人 の検 校 に よ り 辛 う じ て 命 脈 を 保 た れ て いた 。 こ のう ち で名 古 屋 の検 校

の方 は 数 曲 を 伝 え る に す ぎ な いが 、 仙 台 の館 山 氏 の方 は 二 〇 〇 曲 の ほと ん ど 全 部 を 語 る こ と が でき る 。 き ょう は 、 館 山 氏 に お習 いし た と こ ろ を 主 と し て 述 べ る 。( 注1︶

  二  そ の音楽 的性 質

  平 曲 は ﹁平 家 琵 琶 ﹂ と も い わ れ る 。 琵 琶 と は 名 が 付 く が、 聞 いた 感 じ は 、 筑 前 琵 琶 や 薩 摩 琵 琶 と は ち がう 。 琵

琶 の 一種 と いう よ り、 お 経 と 謡 曲 と を 足 し て 二 で割 った よ う な も の であ る 。 現行 の諸 邦 楽 に く ら べ る と 、 き わ め

て単 調 であ る 。 し か し 田 辺 尚 雄 氏 な ど によ る と 、 後 世 の邦 楽 の 大 部 分 が 影 響 を 受 け て い る点 で 、 音 楽 史 上 に は 甚

(一)

だ 重 要 視 す べき も の であ る 。 そ う し て、 聞 い て

み れ ば 、 これ は これ で味 が あ る 。 少 く と も メ ロ

デ ィ ー は 勇 壮 な も の、 哀婉 な も の、 な ど 、 歌 詞

の内 容 に よ って ち が い が あ り 、 謡 曲 よ り 音 楽 的 な 変 化 が あ る。

  譜 本 は 江 戸時 代 以 後 に 何 種 類 か で き た 。 中 で

荻野検 校 の ﹃ 平 家 正 節 ﹄ が 代 表 的 な も の で、 写

本 が相 当 数 伝 わ って い る 。 東 大 の 国 語 学 研 究 室

に は 青 洲 文 庫 本 と いう い い本 が あ る。( 注2) こ

の ﹃ 平 家 正 節 ﹄ は 調 べ て み る と 、 な か な か科 学

的 な 譜 本 で、 あ る 程 度 約 束 事 を 知 れ ば 、 こ れ を

も と に し て、 少 く と も 荻 野検 校 時 代 の平 曲 の曲

節 を 大 体 復 原 で き る よ う で あ る 。 現 在 の平 曲 家

は いず れ も これ を テキ ス ト と し て 用 い て いる 。

  写 真 を 掲 げ た のは 、 青 洲 文 庫 本 ﹃平 家 正 節 ﹄

そ の画 像 の前 で こ の曲 を 演 奏 す るな ら わ し が あ

も 、 名 古 屋 で は 、 荻 野 検 校 の命 日を 迎 え る と 、

詣 し て奇 瑞 にあ った 故 事 を 語 った も のだ 。 今 で

生 島 詣 ﹂ は 平 経 正 が 木 曾 討 伐 の途 次 竹 生 島 に 参

巻 一下 の名 曲 ﹁竹 生 島 詣 ﹂ の 一部 で あ る 。 ﹁竹

(二)

(三) (四)

る 。 こ れ は こ の 曲 が 琵 琶 の 霊 験 を 語 った も の だ

か ら尊 ぶ の であ ろ う 。

﹁中 音 ﹂

  と こ ろ で今 、 写 真 の 譜 を 見 て いた だ き た い。

本 文 の 間 、 と こ ろ ど こ ろ に ﹁口 説 ﹂ と か

と か いう 文 字 が 書 いてあ る 。 こ の文 字 のあ る と

こ ろ が 音 楽 上 の段 落 の 切 れ 目 であ る 。 こ こ で リ

ズ ム や メ ロデ ィー の性 質 が 大 き く 変 化 し 、 ま た

こ こ で 琵 琶 の手 が 入 る 。 ( 琵 琶 は主 に こ の文 字 の

あ る 箇 所 で 弾 き 、 あ と は 語 句 の 切 れ 目 に 一音 入 る

ぐ ら い で あ る 。) こ の 位 置 に 書 か れ る 文 字 を 見 る

と 、 ﹁口 説 ﹂・﹁初 重 ﹂・﹁中 音 ﹂ ・﹁三 重 ﹂・﹁指 声 ﹂・

﹁歌 ﹂ ・﹁拾 ﹂ ・﹁素 声 ﹂ な ど 三〇 種 類 ぐ ら い の ヴ

ァ ラ エ テ ィ ー が あ る 。 こ れ の 一 つ 一 つ は 、 ﹁曲

節 ﹂ と 呼 ば れ、 音 楽 的 に そ の区 別 が 重 要 であ る 。

﹁口 説 ﹂ と あ れ ば 、(一) ﹁次 の 曲 節 の 註

  こ の 曲 節 の 註 記 は 、 二 つ の 意 味 を も つ。 例 え ば 、も し

記 ま で が 口 説 だ ﹂ と い う 意 味 と 、(二) ﹁こ こ で

﹃口 説 ﹄ と い う 琵 琶 の 手 を 入 れ ろ ﹂ と い う 意 味

と で あ る 。 こ こ で 注 意 す べ き こ と は 、 同 一の 名

称 の曲 節 は 、 す べ て の曲 を 通 じ て よ く 類 似 し て

(五) (六)

﹁口 説 ﹂、 ﹁下 ゲ ﹂

﹁下 ゲ ﹂ で 互 に そ っく り で あ る 。 例 え ば 、

い る こ と だ 。 ﹁口 説 ﹂ な ら ば なら

こ の 譜 で 、 ﹁指 声 ﹂ が 二ヵ 所 に 出 て く る が 、 そ

れ が いか に類 似 し て いる か 。 そ れ は 、 詞 章 の右

﹁中 ﹂ と

﹁上 ﹂ の 行 列 だ 。 琵 琶 の 手 も 同

側 の墨 譜 で 明 ら か であ ろ う 。 両 方 と も 最 初 のあ た りは

様 で 、 同 一 の曲 節 に つ い て い る 手 は 、 す べ て の

曲 を 通 じ て 同 一で あ る 。 (こ の 手 に つ い て は 、 平

凡社の ﹃ 音 楽 事 典 ﹄ の 平 家 琵 琶 の条 な ど を 参 照 。)

平 曲 の全 曲 目 の構 成 は 大 体 そ ん な ふ う で あ る 。

﹁口 説 ﹂ ・﹁中 音 ﹂ ・﹁折 声 ﹂

平 曲 が 単 調 だ と 評 さ れ る 理 由 の 一つは そ こ にあ る。

  つま り、 は じ め に

﹁竹 生 島 詣 ﹂ と い う 詞 章 が あ

⋮ ⋮ と い った 旋 律 形 式 を 作 って お く 。 そ う し て

﹁竹 生 島 詣 ﹂ な ら

﹁口 説 ﹂、 こ の 部

﹁中 音 ﹂ ⋮ ⋮ と い う よ う に き め る 。 も ち ろ

ると、 このう ち の この部 分は 分は

ん き め る 場 合 に は、 そ の内 容 に ふさ わ し い曲 節

を え ら ぶ わ け で あ る が 、 三〇 ぐ ら い し か な い か

ら 、 旋 律 は ず いぶ ん 制 限 さ れ る 。 と に か く ど の

曲 節 か に き め てし ま う 。 そう す る と そ の旋 律 の

細 か い部 分 は 、 そ の歌 詞 の長 さ と 歌 詞 のもつ 固

有 の ア ク セ ント か ら 機 械 的 に 定 ま って く る 。 そ

のよ う に し て 出 来 た 曲 が 平 曲 二 〇〇 曲 で あ る 。

伊 庭 孝 氏 が ﹃日本 音 楽 概 論 ﹄ で ﹁平 曲 に お いて

は 作 曲 は 旋 律 の形 式 に お いて の創 作 で は な く て、

固 定 し て いる 旋 律 の組 合 せ に お いて の創 作 であ

る ﹂ と い って いる のは 要 を 得 た 評 言 で あ る 。

音を、 音声学的 に精細を きわめ て観察した結 果

講 演 ﹁謡 曲 の音 声 ﹂ にお いて 、 謡 曲 に 現 れ る発

の発 音 は ど の よう であ る か 。 大 西 雅 雄 博 士 は 、

  さ て こ のよ う な 平 曲 に 用 いら れ て いる 日本 語

  二  平 曲 の発 音

(七)

る語 に は ど ん な も の があ って、 そ の音 価 は ど の

区 別 さ れ て お り 、 現 在 と ち が った 音 で発 音 さ れ

こ こ で は 、 平 曲 で音 韻 論 的 に は ど のよ う な 拍 が

音 声 的 な 観 察 を 遂 げ て いな い のを 残念 に思 う 。

を 報 告 さ れ た 。 私 は 、 平 曲 につ いて そ のよ う な

(八)

よ う で あ る か に つ い て述 べる 。 こ れ は 、 日本 語 の音 韻 史 の資 料 と し て 有 効 な は ず で あ る 。 も っと も 、 そ れ が 何 時

代 の 音 韻 状 態 を 表 わ す か は 、 は っき り し な い。 平 曲 創 立 時 代 の そ れ と 見做 す こと が で き れ ば お も し ろ いが 、 そ う

と は考 え ら れ な い。 せ いぜ い近 世 の中 期 以 前 ご ろ 、 つま り ﹃ 平 家 正 節 ﹄ の成 立 ご ろ か 、 そ れ に 少 し 先 立 つ時 代 の も のであろう。

  一   拍 の種 類

  現代 標 準 語 と 大 体 同 じ であ る。 た だ し 、 いわ ゆ る促 音 の中 に ツメ ル音 のほ か に ノ ム音 があ る 。 ノ ム 音 と は 口蓋

帆 破 裂 音 で、 九 州 方 言 の マ ツ ノキ ( 松 の木 )・キ ツネ ( 狐 ) の ツと 表 記 さ れ る 拍 に 用 いら れ る 音 、 謡 曲 に いう 含 音

と 同 じ も の であ る 。 ツメ ル音 も ノ ム 音 も 、 と も に 、 仮 名 の ツと いう 文 字 で 表 記 さ れ て お り、 ノ ム音 は、 原 則 と し

て ナ 行 音 ・マ行 音 お よ び 濁 音 の拍 の直 前 に 現 れ る に対 し て 、 ツメ ル音 は、 原 則 と し て 一般 の カ 行 音 ・サ 行 音 ・タ

行 音 ・パ行 音 の直 前 に 現 れ る 。 た だ し 、 ﹁三 月 ﹂ ﹁四 月 ﹂ な ど の語 末 の ツは 、 次 に ミ ッカ ・ナ ヌカ の よう な 語 句 が

来 て も 、 ツ メ ル音 で押 通 す 。 つま り 、 ツ メ ル音 と ノ ム 音 と は同 じ 環 境 に立 ち 得 る と いう わ け で 、 いわ ゆ る 音 韻 論 的 解 釈 を 試 み る な ら ば 、 別 の音 素 と す べし と いう こ と に な る。

  そ の他 、 細 か い こと で 、 ﹁慈 心 坊 ﹂ と いう 曲 に ﹁ 尊 恵 ﹂ と いう 僧 が 出 てく る が 、 ﹃平 家 正 節 ﹄ では 、 こ れ に ソ ン

ニ ェと いう 読 み 方 を 示 し た 所 が あ る 。 ま た 、 平 曲 の 語 り 方 の 口 伝 を 書 い た ﹃平 家 物 語 指 南 抄 ﹄ と いう 本 ( 名古屋

国語国文学会編 の ﹃ 国語国文学研究﹄ の第 八輯 に翻刻され ている)を 見 る と 、 ﹁幼 主 ﹂ と いう 語 は 、 ヨウ と も つか ず ユウ と

も つか ぬ 音 で 唱 え ろ と いう よ う な 注 意 が書 いて あ る。 これ ら は 音 韻 史 上 示 唆 的 な 意 味 を も つこ と であ ろ う が、 現 行 の平 曲 で は特 別 な 読 み 方 は し て いな い。

  二  母 音   いわ ゆ る

﹁開 合 ﹂ の 別 、 ア ウ と オ ウ の ち が いは 乱 れ て い て 区 別 は な い 。 た だ し 今 よ り カ ウ ・サ ウ の代 り に 、 コ

ー ・ソ ー と 唱 え る 傾 向 が 強 い。 例 え ば 、 ﹁母 上 ﹂ と いう 語 は 、 ハオ ー エ と 唱 え る 。 ま た キ ウ ・シ ウ の 類 は、ｋi︲ｕ,

﹁白龍 ﹂ は ビ ャ ク リ ウ で あ り 、 ﹁常 住 ﹂ は ジ ョ ー ジ ウ で あ る 。

﹁ 主 従 ﹂ と いう の が 出 て く る が 、 館 山 氏 は シ ウ ジ ウ と 読 む 。 ジ ュー に つ い て は ま だ 問 題

si︲と u割 っ て 読 む の が 普 通 で あ る 。 写 真 に 出 て く る ﹁木 曾 最 期 ﹂ と い う 曲 に

( 例

﹁就 ﹂ の 字 を ジ ウ と 読 め と いう 意 味 で あ る 。

﹃平 家 物 語 ﹄ の 古 写 本 一般 に 、 今 シ ュー ・ジ ュー と 読 む と こ ろ を 短 く シ ュ ・ジ ュと し て い る 例

があ る 。 例 え ば 、 こ の写 真 の中 に 成 就 ウ と いう 箇 所 が あ る 。 こ れ は 譜本 によ ら ず

え ば 、 ﹁大 衆 ﹂) よ り 、 今 シ ュ ・ジ ュと し て い る と こ ろ が 逆 に シ ウ ・ジ ウ と な っ て い る 例 が 多 い 。 今 の 平 曲 で は 、

( 兄

( ﹁二 代 后 ﹂ の条

﹃平 家 物 語 ﹄ の 古 写 本 の う ち 、 覚 一系 と 呼 ば れ る 本 に

シ ウ と シ ュ の 区 別 は は っき り し て い る が 、 こ の こ と か ら 、 一時 代 前 に は 、 シ ュウ ・シ ウ ・シ ュ、 ジ ュウ ・ジ ウ ・ ジ ュ の 間 に 甚 し い混 乱 が あ っ た よ う に 思 わ れ る 。   そ れ か ら 平 曲 か ら 少 し 離 れ る が 、 ﹃平 家 正 節 ﹄ も 含 め て

とあ り

(﹁祇王 ﹂ の 条 に あ る )。 ﹁蠅﹂ を ハヒ と し 、 ﹁お と ど え

は、 連 母 音 アイ と ア エ の混 同 が か な り 拾 わ れ る 。 例 え ば 、 ナ カ ラ ヒ と あ る べき が ナ カ ラ に あ る )、 ﹁和 歌 の マ ヘ ( 前 )﹂ と あ る べ き が マ ヒ と あ る

弟)｣ を オ ト ド ヒ と し た と こ ろ も あ る 。 こ う いう 例 は 、 古 代 や 中 世 の ほ か の 文 献 に は あ ま り 聞 か な い よ う に 思 う 。

﹁生 仏 が 生 ま れ つき の 声 ﹂ す な わ ち 東 国 の 方 言 を 伝 え て い る と い う 言 葉 と

そ う す る と 、 平 曲 の こ う い う 写 本 に は ど こ か の 方 言 の 、 は っき り 言 う と 関 東 の 方 言 の 影 響 が あ る の で は な い か 、 そう し て そ れ は 、 兼 好 が いう 平 曲 に は

関 係 が あ る の で は な い か と 思 う が 、 は っき り は わ か ら な い。

  そ の 他 、 ケ イ ・セ イ の 類 は 常 にｋｅ︲i，ｓｅ︲唱 iえ と 、ｋｅ〓，ｓと ｅ〓 唱 え る こ と は し な い。

  三  子音

  ジ ・ヂ ・ズ ・ヅ の いわ ゆ る 四 つ仮 名 の区 別 は な い。 ハ行 の子 音 は 、 両 唇 音 の Fで は な い。 私 が 館 山 甲 午 氏 に は

じ め て お 目 に か か った こ ろ は 母 堂 ( 漸 之進 翁 の未 亡 人) が 健 在 で、 平 家 琵 琶 の こ と を フ ェー ケ と 言 ってお ら れ た

の が 耳 に 残 って いる 。 が、 あ れ は館 山 家 が津 軽 藩 士 だ った 、 そ の方 言 のく せ か も し れ な い。 ハ← ワ の 例 は 今 よ り 多 い。 例 え ば ﹁母 ﹂ は ハワ であ る。

  清 濁 に は問 題 が 多 い。 古 語 の清 濁 は 近 頃 大 野 晋 氏 の ﹃日 本 書 紀 ﹄・﹃ 万 葉集 ﹄ の研 究 な ど が 刺 激 にな り 、 ま た 山

田孝 雄 博 士 の カ ク ヤ 姫 の考 証 な ど が あ って新 し い発 見 が 続 々報 告 さ れ て いる 。 ﹃平 家 正 節 ﹄ あ た り は 、 橋 本 進 吉

博 士 ・岩 淵 悦 太 郎 氏 ・亀 井 孝 氏 な ど が 早 く 注 意 し て お ら れ るよ う に、 清 濁 を 明 ら か に す る有 力 な 資 料 で お る 。 写

真 を 見 ても 知 ら れ る よ う に 、 濁 点 を 、 時 に は 漢 字 にま で施 し て そ れ が濁 音 であ る こ と を 示す 例 があ る 。 そ う か と

思う と 、 ﹁ス﹂ と いう 表 記 を し て、 そ の文 字 が清 音 で あ る こ と を 積 極 的 に示 す 例 が あ った りす る 。 こ の譜 本 の中

でも 、 ﹁塩 津 ﹂ の ﹁津 ﹂、 ﹁海 津 ﹂ の ﹁津 ﹂、 ﹁海 上 ﹂ の ﹁上 ﹂ な ど いず れ も そ の例 であ る 。

  私 が 中 学 校 の国 語 教 師 を つと め た こ ろ 、 ち ょう ど ﹁聖 戦 ﹂ の最 中 であ った が 、 ﹁皇 太 后 ﹂ の ﹁后 ﹂ が澄 む 音 で

あ る こと を 知 ら ず 、 た い へん 恐 ろ し い 思 いを し た こ と が あ った 。 が、 今 ﹃平 家 正 節 ﹄ を パ ラ パ ラ見 て み る と 、 そ

の程 度 の今 の人 の清 濁 のま ち が いを 指 摘 で き る 例 は いく ら でも 拾 え る。 例 え ば 、 ﹁行 幸 ﹂ ﹁行 啓 ﹂ は ギ ョー コー ・

ギ ョー ケ ー で は いけ ず 、 ギ ョー ゴ ー ・ギ ョー ゲ ー でな け れ ば お そ れ 多 いこ と にな る 。 そ の他 、 ク ハタ テ ・オ ビ タ

タ シ のタ は、 ﹃正節 ﹄ で は いず れ も 澄 ん で お り 、 目 ダ タ キ ・横 ダ ハ ル のダ は いず れ も 濁 って い る。 言 フ ハカ リ ナ

シ の ハは 澄 ん で いて、 ハカ リ がま だ 形 式 名 詞 であ った こと を 示 し 、 行 カ ウ ド 思 フは ド が濁 り 、 行 カ ウ と ト と の緊 密 性 を う か が わ せ る。

  ﹁ 候 フ﹂ は 女 性 の場 合 に は 、 サ ブ ロー で 一貫 し て いる 。 岩 波 文 庫 の ﹃平 家 物 語 ﹄ で熊 谷 直 実 の こ と ば な ど に サ ブ

ロー を 使 わ せ て いる のは 、 当 時 の人 が 見 た ら さ ぞ お か し か ろう 。 こう いう 清 濁 は 今 の平 曲 の語 り手 の間 にも 割合

し っか り 守 ら れ て お り、 ﹁輝 く ﹂ と いう 語 は 、 ﹁那 須 与 市 ﹂ にも ﹁竹 生 島 詣﹂ に も 出 てく る の が、 名 古 屋 の三 検 校 は カ カ ヤ ク と 澄 ん で唱 え ら れ る 。

  いわ ゆ る 連 濁 も 今 と かな り ち が いが 多 いが、 これ は 、(一 当)時 は漢 音 ス ム、 呉 音 ニゴ ルと いう 対 立 が は っき り し

た 文 字 が あ った、 そ れ が今 は 無 差 別 に 濁 る よ う に な った も のが 多 い こと 、(二鼻)音 の直 後 に来 た 場 合 に は 、連 濁 が

かな り 規 則 的 に 行 わ れ た が 、 現 代 で は そ う でな く な って いる こ と、 な ど に よ る よ う だ。(一の)例 に は 、 前 掲 写 真 の

う ち のカ イ シ ョー ( 海 上)・ト ー ナ ン ( 童男 )な ど があ て は ま り 、(二の)例 に は 、 前 掲 写 真 には 出 て いな い が 東 北 ・ 天 下 ・本 懐 な ど があ て は ま る 。

  半 濁 音 も 時 に 見 ら れ る 。 ツ メ ル音 の直 後 のも のは 現 代 と 同 じ だ か ら 問 題 は な い。 取 り 上 げ た い のは 、ハ ネ ル音

の次 のも の で、 御 母 ・御 返事 ・ 一万 八 千 ・新 平 判 官 な ど のよ う な 、 いま か ら 見 る と スム と こ ろ に つ いて いる も の

が目 立 つ。 そ う し て 今 半 濁 音 を 用 いる ﹁関 白 ﹂ ﹁元 服 ﹂ な ど は 反 って ク ワ ン バ ク ・ゲ ンブ ク のよ う に全 濁 音 で あ

る 。 ﹁御 母 ﹂ 以 下 の 語 は 、 例 が 一つ二 つし か 見 付 か ら な い間 は 異 様 な 印 象 を 受 け る が 、 多 く 集 め て み る と 、 これ

ら は 複 合 度 の ゆ る い複 合 語 ば か り であ る よ う だ 。 つま り、 全 体 は 一語 であ る が 、 オ ン＋ ハワと いう よ う な 複 合 意

識 が は っき り し て いる よ う な と き に 半 濁 音 が 用 いら れ た ら し い。 ﹁源 平 ﹂ は 当 時 も ゲ ン ペ イ で半 濁 音 であ る が 、 これ も ゲ ン＋ ヘイ と いう 複 合 意 識 が強 いか ら だ ろう 。

  四  特 殊拍

  ツメ ル音 ・ノ ム音 に つ いて は 第 一項 に ち ょ っと ふ れ た 。 ツ メ ル 音 の方 は 、 入 声 音 の 字 音 語 に 広 く 用 いら れ る ほ

か 、 和 語 に も 促 音便 の結 果 出 来 た 語 や 擬 声 語 ・擬態 語 の類 に 広 く 用 いら れ て いる 。 ノ ム 音 の方 は 、 これ に 対 し て、

主 と し て字 音 語 に 現 れ る 。( 注3) た だ し 和 語 で も ク ツ バ ミ ( 轡)・ク ツ ログ ( 寛 )な ど で は ツ の 部 分 が ノ ム 音 に な る。

  ツ メ ル 音 の 本 質 に つ い て は 浜 田 敦 氏 に ︽押 し 明 け の 過 程 の な い ︹t︺ の 音 だ ︾ と す る説 があ る が、 平 曲 の唱 え

方 に 反 映 し て い る ツ メ ル 音 の 本 質 は 、 ま さ し く 浜 田 氏 の 言 う そ れ ら し い。 ︹t︺ な れ ば こ そ 、 コ ン ニ ッタ と いう よ う な 連 声を 起 す のに ち が いな い。

  ま た 、 ツメ ル音 に つ いて は、 今 ツメ ル音 を 全 然 用 いな いと こ ろ に 平 曲 で 用 い て いる 例 が 見 ら れ る 。 朝 臣 を ア ッ ソ ン と いう と き の 第 二 拍 の ッな ど が そ れ で あ る 。

﹃平 家 物 語 ﹄ の 解 説 に 妙 な こ と が 書

﹁ 前 の 音 を稍 長 く 呼 び て 次 の 音 に う つ り

  ま た 、 平 曲 の ツ メ ル 音 に つ い て は 、 山 田 孝 雄 博 士 の ﹃平 家 物 語 の 語 法 ﹄ や いて あ る 。 す な わ ち 、 平 曲 の ツメ ル音 は、 今 の ツメ ル音 と ち がう も の で

行 き 、 中 間 の音 は 実 は 微 にし て 殆 ど 省 か れ た る 如 き す が た ﹂ ( 前書 ( 下) 一七 六 六 頁 ) を し て い る と い う の で あ る 。

私 は こ れ を 読 ん で 博 士 が 一体 ど う い う 発 音 を さ し て い る の か ち ょ っと 思 い 当 ら な か った 。 が 、 最 近 な る ほ ど そ う

﹃平 家 正 節 ﹄ の 譜 で い え ば 、(六)の 5 行 の ﹁経 正 是 を 取 ッ て ﹂ の ッ が そ う で 、 ト ・オ ッ ・テ と 唱 え る 。

いえ ば そ う いう 例 があ る こ と に気 が つ いた 。   前 に掲 げ た

﹁一体 ﹂ も 、 イ ・イ ッ ・タ ・イ と い う 。 博 士 は 、 こ う い う 例 を 言 わ れ た に ち が い な い 。 し か し 、 こ れ は 実

(四 ) の 4 行 の ﹁法 身 の大 士 な り ﹂ の ﹁法 身 ﹂ と い う 語 も そ う で 、 ホ ・オ ッ ・シ ・ ン と 唱 え る 。(五)の 1 行 の ﹁本 地 一 体﹂ の

際 の 平 曲 と い う も のを ち ょ っ と 注 意 し て 観 察 し て み れ ば 、 実 に タ ワ イ な い こ と で あ る 。 つ ま り 、 こ こ は 、 ﹁法 身 ﹂

を ド ー ド ー シ ー ド ー と う た う よ う に 譜 が つ い て い る 。 ﹁一体 ﹂ は ミ ー ミ ー シ ミ ・シ ー と 歌 う よ う に 譜 が つ い て い

る 。 ッ のと こ ろ に は 声 を 引 いて ド ー あ る いは ミ ー と 歌 う 。 こ のた め に は 、 ど う し て も 声 を 出 さ な けれ ば な ら な い。

ツ メ ル 音 で は 具 合 が 悪 い 。 そ こ で 声 を 前 の ホ や イ の 母 音 か ら 借 り て 来 る た め に 、 オ ッま た は イ ッと な り 、 そ の 結 果 ツ メ ル 音 が 短 く 、 前 の 母 音 が 長 め ら れ る と いう こ と に な る の で あ る 。

﹁こ と ば の 研 究 室 ﹂ の テ ー マ ・

﹁五 十 音 の 歌 ﹂ の 第 四 連 に 、 ﹁ト テ ト テ タ ッ タ と 飛 び 立 っ た ﹂ と い う 箇 所 が あ る が 、 こ こ に は ミ ソ

  こ の よ う な こと は 、 現 代 に も いく ら で も 例 があ る 。 例 え ば N H K ラ ジ オ の番 組 ソ ン グ だ った

ミ ソ ラド ソ ミ ⋮ ⋮と いう 譜 が つ い て いる。 つま り 、 ツ メ ル音 の部 分 に そ こだ け 高 い譜 が つ い て いる が 、 これ を 四

﹁ト テ ト テ タ ッ タ ﹂ と いう 擬 音 語 の ツ メ ル 音 が 、 特 別 の ツ メ

家 文 子 女 史 が 吹 き 込 ん で い る レ コー ド で 聞 く と 、 ﹁ト ・テ ・ト ・テ ・タ ・ア ッ ・タ と 飛 び 立 った ﹂ と 歌 って い る 。 これ は そう と し か歌 え な いか ら そ う 歌 う ので 、 何 も

ル 音 だ か ら そ う 歌 う の で は な い 。 山 田 博 士 が た ま た ま 気 付 か れ た 、 ﹁実 は 微 に し て 殆 ど 省 か れ た る 如 き す が た ﹂

を し て いる 平 曲 の ツメ ル音 は ま さ にそ れ だ 。 か つて 、 博 士 が 平 曲 の こ の発 音 を 通 し て、 当 時 の ツメ ル音 は 今 の ツ

﹁ 前 の音 を 梢 長 く 呼 び て 次

メ ル音 よ り も 短 か った と 考 え ら れ た の は失 考 だ った と 思 わ れ る 。

  ハネ ル音 に つ い て は 、 ツ メ ル 音 ほ ど に は 問 題 は な い。 し か し 、 ツ メ ル 音 に 見 ら れ た

(ヨ) (ヨ セ と 読

﹃平 家 正 節 ﹄ の 譜 で(四の )2

( 感 応 ) の ンな ど が そ れ だ 。 つま り 、 こ の 譜 で

の 音 に う つ り 行 き ⋮ ⋮ ﹂ と いう 発 音 法 は 、 ハネ ル 音 の 場 合 に も 現 れ る 。 例 え ば 、 前 掲 行 のオ ンマ エ ( 御 前 ) の ン 、(七の )3 行 の カ ン ノ ー

﹁寄 セ ﹂ と いう の だ 。 前 の ツ メ ル 音 の 時 で も 、(六の )5 行 の ﹁取 ッて ﹂ に は (ヨ) の 注 記 が

む ) と い う 譜 が つ い て い る す ぐ 下 の部 分 の ン が そ れ だ 。 こ れ ら は 、 オ ・オ ン ・ マ エ 、 カ ・ア ン ・ノ ・オ と 唱 え る 。 (こう いう ふ う に 唱 え る こ と を

あ った 。) こ れ は 、 こ こ が ち ょ う ど そ う いう ふ う に 唱 え ざ る を 得 な い フ シ マ ワ シ に な っ て い る た め に 、 そ う 唱 え

( 等 )な ど の第 二拍 のも の が そ れ だ 。 そ

( 東 )・

る の で 、 け っし てハ ネ ル 音 が 当 時 特 別 だ った た め で は な い 。 ﹁ヨ セ ﹂ と い う 注 記 の な い 位 置 のハ ネ ル 音 の 唱 え 方 に は 、 な ん ら 変 った と こ ろ は 見 ら れ な い。

( 南)・ニ ング ワ ツ ( 二 月) ・シ ン グ ワ ツ ( 四 月 )、 助 詞 の ナ ン ド

  ま た 、 現 代 語 で はハ ネ ル 音 が な い と こ ろ に 、 平 曲 で はハ ネ ル 音 が い つ も 現 れ る 場 合 が あ る 。 ヒ ン ガ シ ミ ンナ ミ

れ か ら 、ま た 、キ リ シ タ ン 資 料 な ど で は 、中 世 の 日 本 語 で は 、ダ 行 音 ・ガ 行 音 の 直 前 に 短 い鼻 音 が 挿 入 さ れ て い た

こ と が 知 ら れ る が 、 平 曲 で は そ の 存 在 は 明 ら か で は な い。 名 古 屋 の 平 曲 に は そ れ は 聞 か れ な い 。 仙 台 の 館 山 氏 の

﹁連 声 ﹂ の 現 象 が 見 ら れ る こ と は 、 謡 曲 の 場 合 と 似 て い る 。 前 掲 の 写

平 曲 で は ダ 行 音 の 前 に 軽 い鼻 音 が 聞 か れ る が 、 そ れ は 館 山 氏 の 郷 里 で あ る 津 軽 地 方 の 方 言 音 の 反 映 と 見 ら れ る 。   ツ メ ル 音 ・ ハネ ル 音 を 通 じ て 、 い わ ゆ る

真 で( 四) の 3 行 の ﹁大 弁 功 徳 天 は ﹂ の ﹁は ﹂ は ナ と 発 音 さ れ る 。 こ こ に は 出 て い な い が 、 ﹁叡 覧 あ り ﹂ は 、 エイ ラ

ン ナ リ と な り 、 ﹁謀 叛 を ﹂ は ム ホ ン ノ と な る 。 ﹁時 日 を ﹂ の よ う な 場 合 に は 、 ジ ジ ット の よ う な ツ メ ル 音 の 連 声 が 現 れ る。 た だ し 、 こ の場 合 に は 、 ッが ノ ム 音 にな る こと も あ る 。

  現 代 語 の 特 殊 拍 に は 、 ハネ ル 音 ・ ツ メ ル 音 の ほ か に ﹁引 ク 音 ﹂ が あ る 。 こ れ は 平 曲 で は ど う な って い る か 。 平

曲 に も 引 ク 音 は 普 通 の ハダ カ の 母 音 だ け の 拍 と は ち が った 特 殊 の 拍 と し て 反 映 し て い る 。 と い う の は 、 ハネ ル

﹁〓﹂ と いう 譜 の

音 ・ツメ ル音 の場 合 に 見 ら れ た ヨ セ の 注 記 が引 ク 音 の場 合 に も 見 ら れ、 特 殊 な 唱 え 方 を し て いる か ら であ る。 例

え ば 、 前 掲 の 写 真 の(二の )3 行 の ﹁蓬 莱 ﹂ の 第 一拍 、(二の )5 行 の ﹁茫 々 ﹂ の 第 一拍 に は いず れ も

下 に ﹁ヨ セ ﹂ と い う 譜 が つ い て い る 。 こ れ は 、 ホ ・オ ・ラ ・イ と か ボ ・オ 、 ボ ・オ と か 読 む の で は な く て 、 ホ ・

﹁ー﹂ と い う 引 ク 音 を 出 そ う と す る 。 こ れ は 、 ﹁蓬 莱 ﹂ ﹁茫 々 ﹂ の 第 二 拍 が オ と いう 正 常 の拍 と

オ ー ・ラ ・イ と か 、 ボ ・オ ー ・ボ ・オ ー と か 読 む こ と を 示 す も の で あ る 。 つま り ホ や ボ の 母 音 を 次 の 拍 ま で 残 し て、 そう し てま で

﹁日 ﹂ と か い う 単 音 節 の 名 詞 を 長 く 引 い て 二 拍 語 と し て 用 い る 習

ち が い、 引 ク 音 と い う 特 殊 な 拍 と し て 把 え ら れ て い た こ と を 示 す も の と 思 わ れ る 。   つ い で に 、 現 在 の 近 畿 方 言 で は 、 ﹁葉 ﹂ と か

﹁日 出 だ い た る

(＝太 陽 ヲ染 メ ヌイ タ )﹂ と い う 語 句 が 二 度 出 て く る が 、 ﹁日 ﹂ に 対

慣 が あ る が 、 こ の 発 音 も 、 平 曲 の 唱 え 方 の 上 に 反 映 し て い る 。 前 掲 の 譜 に は あ い に く 見 え な い が 、 ﹁那 須 与 市 ﹂ と いう 曲 の 口説 と い う 曲 節 に

す る 、 (上 中 上 ) と いう 珍 し い 墨 譜 は 、 用 例 を 集 め て み る と 、 ツ メ ル 音 ・ ハネ ル 音 や 引 ク 音 に し か 用 い ら れ な い 譜 であ る 。 そ う す る と 、 こ れ は ヒ ー と 長 く 引 いて 発 音 さ れ て いた の で あ ろう 。

 三   平 曲 の ア ク セ ント

  ア ク セ ント の資 料 と し て の 平 曲 は 、 音 韻 の 資 料 と し て の 平 曲 よ り 価 値 が は る か に 上 で あ る 。 ﹃平 家 正 節 ﹄ に は 、

前 掲 の写 真 で見 ら れ る よ う に 歌 詞 の右 側 に メ ロデ ィー を 表 わ す 詳 細 な 墨 譜 が つ い て いる 。 今 、 館 山 甲 午 氏 は 大 体

こ の譜 に従 って 平 曲 を 語 ら れ る が 、 一方 に そ の語 ら れ る メ ロデ ィ ー を 参 考 に し 、 他 方 に ﹃ 補 忘 記﹄ の例 や、契

沖 ・文 雄 ・富 士 谷 成 章 の著 書 そ の他 に よ って知 ら れ る 近 世 の京 都 語 の ア ク セ ント を 頭 に お いて こ の 譜 の意 味 を 判 読 す る と 、 次 の よう な 事 実 が 推 定 さ れ る 。

  ︽平 曲 の メ ロデ ィー は前 時 代 の京 都 語 の ア ク セ ント を き わ め て忠 実 に伝 え て い る。 そ う し て こ の荻 野 検 校 の

﹃平 家 正 節 ﹄ の墨 譜 は 、 そ の前 代 の京 都 語 の ア ク セ ント を か な り は っき り 復 原 し て く れ る︾

  こ の ﹃平 家 正 節 ﹄ の墨 譜 は 、 種 類 が 多 く 、 し か も 現 行 の 館 山 氏 の平 曲 に つ いて み ると 、 同 じ 形 の 墨 譜 が、 曲 節

のち が いに 応 じ 、 ま た 、 前 後 の文 脈 の ち が い に応 じ 、 ち がう 音 価 を 表 わ し 、 な か な か複 雑 で あ る。 こ こ には 荻 野

検 校 以 来 伝 承 の間 に か な り の変 化 があ った も のと 考 え ら れ る。 こ こ に お いて 、 ︽荻 野 検 校 が 個 々 の 墨 譜 で 表 記 し

よ う と し た 音 価 に 対 す る 推 定 ︾ と いう 興 味 あ る研 究 テー マが 発 生 す る わ け であ る 。 こ の こ と に つ いて は 、 不完 全

では あ る が 、 ﹁前 田 流 の平 曲 の メ ロデ ィー に つ い て﹂ ( ﹃日本文学研究﹄三 一号)・﹁平 曲 の曲 調 ﹂ ( ﹃平家 物語講座﹄第 二

(ｔｏ) ｎで ｉ唱 ｃ え る こ と を 表 わ す 。 ﹁上 ﹂ の文 字 の次 の ﹁・﹂ も 同 様 。

巻)な ど に触 れ た の で、 こ こ では それ ら の推 定 の過 程 は 省 略 し 、 結 論 だ け 大 ざ っぱ に述 べる と こう な る 。( 注4)   無 記 号   そ の曲 節 の基 音

  (上 )  基 音 に比 し て 、 ヨ リ高 い音 を 表 わす 。

  (中 )  ﹁上 ﹂ よ り は 低 く 、 基 音 よ り は 高 い音 を 表 わ す 。 ﹁上 ﹂ の肩 に ﹁コ﹂ を 書 いた も のも 同 様 。   (ウ )  基 音 よ り わ ず か に 高 い音 を 表 わ す 。

  基 音 よ り 低 い音 を 表 わ す 。 烈 し く 低 い こと も あ る 。

  (〓)  同 右 。 た だ し 、 高 ま り は 次 の無 記 号 の音 に も 及 ぶ。   (︱) の右 に (シ) を 書 いた も の   (＼ )  基 音 よ り 低 い音 を 表 わ す 。

  今 こ の推 定 の結 果 に 従 って、 ﹃平 家 正 節 ﹄ の メ ロデ ィ ーを 再 構 し 、 そ こ に反 映 し て い る 歌 詞 の ア ク セ ント を 考

察 す る と 、 こ こ に は ︽曲 節 に は 、 三 種 類 のも の が あ って、 そ れ ぞ れ ち が った ア ク セ ント 体 系 が 反 映 し て いる ︾ こ と が ま ず 注意 さ れ る 。

ら れ て いる 。

  京 都 方 言 の アク セ ント は 、 ﹃補 忘 記 ﹄ 以 下 の文 献 に よ り 、 近 世 初 以 後 、 次 のよ う な 変 化 を 遂 げ て いる こ と が 知

カ タ ガ∨ ＝ スズ メが

＝ カ タが

  ﹃補忘 記﹄  ﹃ 稿 本あ ゆひ抄﹄  現代   肩 が  スズ メ ガ  ∨ スズ メ ガ  

カ タが  

  雀 が 

  ﹃ 補 忘 記 ﹄ のも のは 、 現 代 高 知 や 和 歌 山県 田 辺 地 方 に行 わ れ て い るも の と 同 種 の ア ク セ ント で あ り 、 ﹃稿 本 あ ゆ

ひ抄 ﹄ のも の は 、 現 代 徳 島 や 和 歌 山 県 龍 神 地方 に 行 わ れ て いるも のと 同 種 のア ク セ ント であ る。

  今 、 平 曲 の 旋 律 を 調 べ て み る と 、 指 声 と いう 部 分 の 初 め の部 分 は ﹃補 忘 記 ﹄ 式 の ア ク セ ント を 反 映 し て お り 、

口説と いう 部 分 は ﹃ 稿 本 あ ゆ ひ 抄 ﹄ の ア ク セ ント を 反 映 し て いる 。 例 は 、 次 の よ う であ る 。

  1  口説 のう ち の ﹃稿 本 あ ゆ ひ 抄 ﹄ 式 ア ク セ ント の例 (×は 以下 無記 譜 のしる し)。 前 掲写真 の) (一 の2行   同

( )五 の3行

 

  中 にも (× ×上 ×)

  同 

(六) の1行

  大 将 軍 (× ×上上 × ×)

  承 れ ば (× ×上上 ×× ×)

  同

  ) (一 の5行

  照 渡 り (× ×上上 ×)

  前 掲 写真 の( 三) の3行

  2   指 声 のう ち の ﹃ 補 忘 記 ﹄ 式 ア ク セ ント の例 。   文 に   (中上 上)

  同 

(三) の4行

 金 輪際 ( 中 上 上上 中中 )

時 に は 、 こ の 二 つは互 に ま じ りあ う こ とも な い で は な い が、 こ れ は 顕 著 な 傾 向 と し て存 在 す る と 見 ら れ る 。

  こ こ には あ が って いな いが 、 拾 ・素 声 と 呼 ば れ る曲 節 の旋 律 は 、 口説 の 旋 律 に近 く 、 こ こ に も あ が って い る が 、

(＼〓 × ×引 ) 

 (＼〓 × ×)   同  (七)

の3行

前 掲写 真 の(七 の) 2行

中音 ・三重 ・初 重 の曲 節 は 指 声 に 近 い。 中 音 の例 を 次 に。   誠に   明神も  

  曲 節 のち が い に応 じ て そ こ に反 映 し て いる ア ク セ ント の体 系 が ち が う こ と は 不 思議 な こと で あ る 。

  こ れ は 何 を 表 わ す か 。 口説 は 、 曲 節 の 中 で 日常 の 言 葉 に 近 い部 分 であ り、 初重 ・中 音 ・三重 な ど は い か にも

﹁歌 う ﹂ と いう 部 分 で あ る 。 指 声 は 初重 の類 に近 い。 拾 は 口説 に 近 い。 と す る と 、 初 重 のよ う な 歌 う 部 分 は 、 旋 律

が前 代 のも のを そ のま ま 受 け 継 いで 変 化 し な か った 。 そ のた め に 一時 代 前 のア ク セ ント を 保 存 し て いる 。 口説 の

よ う な 言 葉 に 近 い部 分 は 、 新 時 代 の日 常 語 の 影 響 を 受 け る こ と が 大 き いた め に、 指声 の類 と は ち が い、 ﹃平 家 正

節 ﹄ 成 立 時 代 の アク セ ント を 反 映 し て い る。 そ のた め に 曲 節 によ り 二種 の ち が った 時代 の ア ク セ ント を 反 映 し て いる の であ ろう 。

  そ う す る と、 平 曲 は、 二 種 の ち が った 時 代 の ア ク セ ント を 比 較 さ せ てく れ る 資 料 と いう わ け で、 そ の資 料 と し て の価 値 は倍 加 す る はず で あ る 。

  然 し こ こ に 更 に驚 く べき こと があ る 。 と いう の は 折声 と 呼 ぶ曲 節 が あ る が 、 こ こ の初 め の 部 分 で は ﹁命 ﹂ ﹁思

う ﹂ ﹁山 は ﹂ と いう よ う な 語 句 が ● ○ ● 型 にな って お り 、 こ れ は 南 北 朝 時 代 の ア ク セ ント を 反 映 し て い る と 見 ら

れ る こ と であ る 。 折 声 は 大 体 歌 詞 に 聖 賢 の言 が 入 って いた り し て尊 敬 す べ き 箇 所 で あ る 。 とす る と 、 こ れ は こう

いう と ころ だ け 明 石 検 校 の曲 を そ のま ま 残 し て い るも のと 見 ら れ 、 ア ク セ ント 資 料 と し て価 値 は こ こ に き わ ま る 。

 ( 追記)   昭和 三十 一年 一月 二十 四 日、音 声学 会第 一三 六回 例会 で、 大 西雅雄 博 士 の謡 曲 、安 田喜代 門 博 士 の浄 瑠璃 、宮

﹃平 曲 考 ﹄ ( 平

良 当 壮 博 士 の 琉 球 民 謡 の演 奏 、 解 説 の お 接 伴 で 、 平 曲 の演 奏 と 、 音 声 学 的 な 解 説 を 行 な った 。 こ れ は そ の時 の 草 稿 に 手 を 入 れ た も の であ る 。 

( 二丁 オ モテ)、(二)︲は (四 八丁 ) ウ ラ︲七 丁 ウ ラ 。 

﹃ 青 洲文 庫本 平家 正節 ﹄ ( 平 成 十年 、 三 省 堂 ) が あ る 。 一七 四︲ 一七 七 頁 に 掲 げ た 写 真 の

( 注 1)   詳 し く は 平 野 健 次 ほ か 監 修 ﹃日 本 音 楽 大 事 典 ﹄ の 平 家 琵 琶 の条 な ど 、 最 も 詳 し く は 金 田 一春 彦 成 九 年 、 三 省堂 ) を 参 照 。  ( 注 2)   複 製 本 に金 田 一春 彦 編 ︵一 は) 巻 一下 ﹁竹 生 島 詣 ﹂ の 冒 頭

( 注 1 ) ﹃平 曲 考 ﹄ を 参 照 。

( 注 3)   ﹁実 名 ﹂ の ツ の よ う な 、 マ行 音 の 前 に も 現 れ る 。  (注 4 )   詳 しく は前 掲

音 韻 史 資 料 と し て の真 言 声 明

  これ は、 昭 和 三 十 四 年 秋 の国 語 学 会 の 東京 の講 演 会 で発 表 し た 内 容 を 整 備 し たも の です 。︹ 補註1︺   一

  橋 本 進 吉 博 士 に ﹁国 語 史 研 究 資 料 と し て の声 明 ﹂ と いう 論 文 があ る 。( 注1)こ れ を 読 む と 、 日 本 に は い ろ い ろ

謡 い物 ・語 り 物 があ る が 、 そ の中 で、 謡 曲 と か 平 曲 と か 、 そ う い った 過 去 か ら 現在 に 伝 わ って いる 謡 い物 ・語 り

物 の中 に は 、 今 、 口 頭 では 失 わ れ てし ま った 古 い発 音 を 残 し て い る例 が いろ い ろ 見 出 だ さ れ る 。 そう し て、 そ う

いう 謡 い物 ・語 り物 の中 で、 一番 多 く 古 い発 音 を 伝 え て いるも のは 、 仏教 界 に伝 わ って いる ︽声 明︾ と いう 音楽 だ 、 と いう こと を 述 べ て お ら れ 、 具 体 的 な 例 を いく つか あ げ て お ら れ る。

  橋 本 博 士 の こ の方 面 の研 究 は、 現 在 の と こ ろ で は 、 岐 阜 大 学 の筧 五 百 里 教 授 が 深 く 進 め ら れ て お ら れ 、( 注2)

ま た 、 同 大 学 の奥 村 三 雄 君 や 早 大 大 学 院 の金 井 英 雄 君 が 字 音 の方 か ら 、 国 際 基 督 教 大 学 の桜 井 茂 治 君 が アク セ ン

ト の方 か ら 、( 注3)そ れ ぞ れ つ つ い て お ら れ る。 こ れ ら の研 究 は 、 いず れ も 尊 重 す べき も の で あ る が、 こ の ︽声

明 ︾ と いう も のは あ ま り 一般 的 な も の で はな い。 そ のた め に、 そ の発 表 に 接 し ても 、 実 感 が 一般 の人 に は 伝 わ ら

な い点 があ る の では な いか と お そ れ る 。 私 な ど も 、 橋 本 博 士 の論 文 で書 か れ て いる こ と が、 な る ほど こ れ か 、 と わ か った の は 、 ナ マの ︽声 明 ︾ を 耳 にし て か ら の こ と であ った 。

  私 は 、 真 言宗 に伝 わ る ︽声 明︾ の レ コー ド を 手 に 入 れ 、 ま た 新 た に数 曲 を テ ープ に 録 音 す る こと が で き た 。 レ

コー ド と いう の は、 N H K の 局 員 であ る 摩 尼 清 之 氏 が 、 神 奈 川 県 大 磯 の宝 積 院 の鈴 木 智 弁 僧 正 の伝 え て いるも の

を 六 枚 の L P 盤 に録 音 し た も の であ る。 テ ー プ は 、 岡 山 県 津 山 在 の 五 穀 寺 の岩 原 諦 信 僧 正 のも の と、 東 京 中 根 岸

と 学 会 の席 で は 述 べ て 、 実 際 に 聞

千 手 院 の中 義 乗 僧 正 のも の であ る 。 き ょう は 、 こ れ を 皆 さ ん に 聞 いて いた だ こう と 思 う 。 そ う し て、 諸 先 輩 が 注 意 し て いる のは こ の 点 な ん だ な 、 と いう こ と を 理解 し て いた だ こう と 思 う︱

い て いた だ いた が、 こ の活 字 に よ る 発 表 で は ど う に も な ら ぬ。 一部 は楽 譜 を 載 せ て みた が、 これ も あ ま り 効 果 は

期 待 でき な い。 あ の 時 出 席 さ れ た 方 は、 あ の 日 の演 奏 を 思 い出 し て読 ん で いた だく こと にす る 。 出 席 さ れ な か っ

た 方 で ぜ ひ 聞 き た いと 言 わ れ る方 に は、 で き る だ け 相 談 に のり ま し ょう か ら 、 そ のむ ね 、 私 あ て お 申 し 越 し く だ さ い。 と に か く 、 こ こに は、 あ の 日し ゃ べ った 順 序 に 一往 解 説 し て お き ま す 。

 二

  は じ め に ︽声 明︾ と は 何 か 。 ︽声 明 ︾ と は、 仏 教 社 会 で仏 教 の儀 式 に 用 いる 音 楽 の総 称 であ る 。( 注4) わ れ わ れ

が 大 き な お 寺 へ行 く と 、 本 堂 で 灯 明 を あ げ て 線 香 の煙 の立 ち こ め る 中 で 坊 さ ん た ち が声 を そ ろ え て何 や ら 唱 え て

いる の に ぶ つか る 。 一般 の人 は 、 坊 さ ん の唱 え て いる も の は み ん な お経 だ と 思 って いる が、 あ のう ち の半 数 ぐ ら

いは 、 実 は お 経 で は な い。 ︽声 明︾ で あ る 。 ︽声 明︾ と ︽お 経 ︾ と は 、 聞 いた 感 じ で は よ く 似 て い る が 、 そ の道 の

人 に 教 え ら れ た と こ ろ に よ る と 、 ︽お 経 ︾ は 釈迦 が遺 し た 教 え の こ と ば であ り 、 ︽声 明 ︾ の方 は 、 釈 迦 よ り 後 の人

が 、 仏 の徳 を 讃 美 し た り 、 仏 教 の精 神 を 高 揚 し た りす る も のだ と いう 点 で ち がう 。 耳 で聞 いた 感 じも 、 馴 れ れ ば

こ の 二 つは ち がう 。 ︽お 経 ︾ の 方 は 、 わ れ わ れ が 聞 く と 、 ナ ン ・ミ ョー ・ホ ー ・レ ン ・ゲ ー ・キ ョー ・ポ ク ・ポ

ク ・ポ ク ⋮ ⋮ と いう よう に リ ズ ミ カ ル であ る 。 こ れ に 対 し て、 ︽声 明 ︾ の方 は 、 音 楽 で いう メ リ ス マ的 手 法 に富

む 唱 え 方 を し て奔 放 に声 を ひ き の ば し 、 あ ま り リ ズ ム に と ら わ れ な い。( 注5) ︹参 考 1 ︺︹ 補註2︺に 、 ︽お 経 ︾ の例

と し て、 新 義 真 言 に 伝 わ る ﹃仏 遺 教 経 ﹄ の 一部 を 掲 げ て お いた 。( 注6)四 拍 子 ま た は 六 拍 子 と いう よ う な き ち ん

と し た 拍 子 で 唱 え ら れ る こと が 知 ら れ よ う 。 純 粋 の ︽声 明 ︾ の例 は 、 あ と に別 に出 す が、 こ のよ う な 拍 節 に 切 る こ と が でき な い。

 ︽声 明 ︾ と いう も の は 、 仏 教 の各 宗 派 に伝 わ って いる 。 し か し、 中 で特 に 豊 富 な のが 真 言 宗 と 天 台 宗 で あ る 。 そ

う し て 、 こ の二 つ の流 派 の ︽声 明︾ は 特 に古 い姿 を 伝 え て いる の で、 音 韻 史 の資 料 と し ても 貴 重 であ る 。 こ こ で

は 、 そ のう ち 真 言 宗 に 伝 わ って いる も の に つ い て 述 べる 。 天 台 宗 の ︽声 明 ︾ の音 韻 史 資 料 と し て の価 値 に つ いて

は 、 頼 惟 勤 氏 や 、 水 谷真 成 氏 が 研 究 を 進 め て お ら れ、 雑 誌 ﹃言 語 研 究 ﹄ そ の他 に り っぱ な 発 表 があ る。( 注7)

  一体 こ の ︽声 明 ︾ は 、 宗 教 の儀 式 に使 う 音 楽 と いう 点 で、 キ リ スト 教 の方 の讃 美 歌 のよ う な も の に相 当 す る も

ので あ る。 た だ し 、 音楽 作 品 と し て 見 る と 、 讃 美 歌 に は ど う も 太 刀 打 ち で き な い。 讃 美 歌 に は オ ル ガ ン の伴 奏 も

は いる が、 ︽声 明︾ に は そう いう 楽 器 が つか な い。 ︽声 明 ︾ は 、 曲 調 そ れ自 体 は 大 体 単 調 であ って、 技 巧 も あ ま り

一般 向 き で は な い。 こ れ は 、 成 立 年 代 が古 いも の で あ った こ と の ほ か に 、 伝 承 が 忠 実 でな か った こ と に も よ る よ

う だ 。 ま た 、 老 人 のも のう さ そう な 声 を た っと ん で、 そ の方 が あ り が た いと さ れ て いる よ う で あ る か ら 、 大 体 が

す こ ぶ る 地 味 であ る 。 そ れ か ら 、 わ た く し ど も が 聞 い て奇 異 に 感 じ る のは 、 セ キ な ど がは い っても か ま わ な いら

し い こと で あ る 。 ﹁南 無 ゴ ホ ン法 界 ⋮ ⋮﹂ と 言 って 、 そ れ です ん で し ま う 。 読 みな お し な ど や ら な い。 か え って

あ り が た いと いう 感 じ が 出 る ら し い。 こ れ は 、 ナ ニ ワブ シ の顔 を ゆ が め て 苦 し そう に や る や り か た 、 義 太 夫 の泣

き 落 し な ど 、 身 も 世 も あ ら ぬ と いう 顔 を し て や る の と 同 じ 傾 向 のも の で 、 日本 の歌 曲 の 一つ の伝 統 の、 お も し ろ い問 題 を 含 ん で い る。

  と に かく ︽声 明 ︾ は 、 仏 教 音 楽 と いう も の の、 あ ま り 音 楽 的 では な く 、 今 の 忙 し い時 代 か ら 見 る と 、 ま った く

脱 俗 的 な も の であ る 。 し か し 、 お そ ら く こ れ が 日本 に は じ め て輸 入 さ れ た ころ 、 あ る いは、 日 本 で ど ん ど ん 新 作

さ れ た こ ろ、 つま り 平 安 朝 には 、 実 に時 代 の先 端 を 行 く ハイ カ ラ な 外 国 風 の音 楽 だ った 。 そ ん な わ け で 、 当 時 の

若 い青 年 た ち の魂 を 強 く ゆ す ぶ った も のと 思 わ れ る。 お そ ら く 当 時 の ︽声 明 ︾ は 、 今 で言 え ば 、 フ ラ ンク 永 井 の

低 音 の魅 力 と か 、 ダ ー ク ・ダ ック ス の四 部 合 唱 のよ う な 人 気 の中 心 に あ った も の で あ ろ う 。 こ れ は 、 千 年前 の 日 本 人 の気 持 にな って味 わ って いた だ か な け れ ば な ら な い。

 三

  元 来 ︽声 明︾ の分 類 は 、 いろ いろ の立 場 か ら 行 な う こと が で き る 。 内 容 か ら 見 れ ば 、 イ ンド 語 のも の、 中 国 語

のも の、 そ れ か ら 日本 語 のも の、 と な る 。 そ れ ら も 、 韻 文 のも のと 散 文 のも の、 と に分 か れ る 。 音 楽 の方 か ら 見

れ ば 、 呂 旋 法 と か 、 律 旋 法 と か、 中 国 旋 法 と か に 分 か れ る 。 岩 原 諦 信 僧 正 は 、 こ れ ら を 、   (1)   歌 う 声 明   (2)   読 む声 明   (3)   語 る 声 明

 の 三 種 に 分 類 を し て お ら れ る。( 注8)岩 原 師 は、 岡 山 県 津 山 の奥 の五 穀 寺 の 坊 さ ん で ﹃ 声 明 の研 究 ﹄ と いう 大 著

を はじめ ﹃ 声 明 教 典 ﹄ ほ か た く さ ん の名 著 を 出 し て お ら れ る声 明 研 究 の権 威 であ る 。 ま たす ぐ れ た 声 明 実 際 家 で

も あ り 、 八 十 歳 と 言 わ れ る が、 今 な お 壮 者 を し の ぐ 元 気 で ﹃四 座 講 式 ﹄ な ど と いう 、 二 オ ク ター ヴ に ま た が る 音

域 の曲 を 、 朗 々と 二時 間 以 上 唱 え ら れ る ノ ド を も って お ら れ る 。 私 がも って いる 声 明 の智 識 の大 部 分 は 、 二 十 年

来 の こ の坊 さ ん の垂 教 に よ るも の であ る が 、 お つき あ いし て いて 、 高 僧 と は こう いう 人 の こ と を いう の かと 思 う ような方 である。

  こ のう ち(1の ) ︿歌 う 声 明 ﹀ は 、大 体 声 を 長 く 引 い て歌 い、 フシ の おも し ろ さ を 味 わ う 傾 向 のも の であ る 。 引 く

と な った ら 、 ﹁妙 ﹂ と いう た った 一つ の漢 字 分 だ け で、 一分 半 ぐ ら い引 いて い る こ と も あ る 。 一分 半 と 言 って も

ピ ンと 来 な いか も し れ な い が、 例 え ば 文 部 省 唱 歌 ﹁春 が 来 た ﹂ は前 奏 を 入 れ て三 番 ま で歌 って も 一分 二 十 秒 ぐ ら

いで す む か ら、 ﹁妙 ﹂ 一声 の方 が 、 ﹁春 が 来 た ﹂ 全 曲 よ り も 長 いと いう こ と に な る。 悠 長 な こ と 知 る べき で あ る。

次 に 述 べ る中 で は じ め の ﹃散 華﹄ や ﹃対 揚 ﹄ な ど は、 これ の代 表 であ る。 キ リ ス ト教 で言 え ば 、 ︽讃 美 歌 ︾ と か 、 ︽聖 歌 ︾ と か 言 わ れ る も の に相 当 す る。

  (2)︿読 む 声 明 ﹀(3)︿語 る 声 明﹀ の方 は 、 こ れ と ち が い、 あ ま り 声 を 引 か な い。 一つ 一つの こ と ば を は っき り言

う 。 つま り、 こ と ば の内 容 を 聞 か せ る こ と に 主 眼 があ る も の で 、 ︿語 る 声 明﹀ に お い て こ と に そう であ る。 ︽讃 美

歌 ︾ に 対 し て、 これ は、 ︽ザ カ リ ヤ の章 ︾ と か、 ︽詩 九 十 五 篇 ︾ と か 言 わ れ る も の に あ た る。

  と こ ろ で、 ︽声 明 ︾ は い つご ろ に 出 来 た か と いう と 、 大 体 平 安 朝 初 期 ご ろ 、 中 国 か ら た く さ ん 輸 入 さ れ た も の

じ

がも と にな って いる 。 ﹃散 華﹄ と か 、 ﹃五 悔 ﹄ と か は、 そ う いう 輸 入 曲 であ る 。 そ れ が 、 一条 天 皇 の こ ろ にな る と 、

日本 で も ︽声 明 ︾ が作 ら れ る よ う に な った。 真 言 宗 で 、日本 声 明 の 元 祖 は 、あ と にあ げ る 系 図 (二 一九 頁) で

る し の付 いて いる 寛 朝 と いう 人 だ と いう 。 宇 多 天 皇 の孫 にあ た り 、 敦 実 親 王 の 子息 であ った 。 ﹃ 中 曲 理趣 経 ﹄ は 、

そ の代 表 作 で、 これ は、 そ れ ま で ︽声 明︾ は 中 国 伝 来 の呂 旋 法 か 律 旋 法 か で 出 来 て いた 時 代 に 、 ︽中 曲 旋 法 ︾ と

いう 日 本 的 旋 法 を は じ め て ︽声 明 ︾ に取 り 入 れ て作 曲 し た 点 で も 、 ︽声 明︾ に 新 風 を 吹 き 込 ん だ 人 だ そ う だ 。( 注9)

︽声 明 ︾ は 、 一条 天 皇 ご ろ か ら 、 院 政 時 代 を 経 て 鎌 倉 時 代 の初 期 に 至 る こ ろ、 多 く の曲 が 出 来 た 。 こ の こ ろ が

︽声 明︾ の黄 金 時 代 であ る 。 し た が って、 も し ︽声 明 ︾ が音 韻 史 の資 料 であ る な ら ば 、 こ の時 代 の 音 韻 史 の資 料 で あ る はず のも の で あ る 。

  一体 、 邦 楽 史 の上 で は 、 平 安 末 期 あ た り は 、 そ れ ま で の ︽催 馬 楽 ︾ ︽朗 詠 ︾ と い った 、 声 を 引 い て 歌 う 声 楽 で

は も の足 り な く な って、 の ち の 語 り 物 が 発 生 し た。 ︽声 明 ︾ で、 ︿読 む 声 明 ﹀ ︿語 る 声 明 ﹀ が 生 ま れ た の は 、 こ の 傾 向 と 歩 調 を そ ろ え た も の であ る 。( 注1) 0

  次 に 、 真 言宗 声 明 の流 派 であ る が 、 こ れ は 今 伝 わ って いるも のは 、 大 き く 二 つに 分 か れ る 。 一つは 、 進 流 の声

明 で、 こ れ は 、 大 和 中 川 の観 験 か ら は じ ま った と いう 。 高 野 山 に 伝 わ って いる の が これ だ と いう 。( 注11)然 し 、

これ は は な は だ 怪 し い説 で、 私 は 後 世 の高 野 山 の ︽声 明︾ は 、 鎌 倉 時 代 の末 に 、 奈 良 の西 大 寺 か ら 伝 わ った も の で、 そ れ が も と に な って いる と 推 断 す る 。( 注12)

  岩 原 諦 信 師 は こ の派 の人 で あ り 、 レ コー ド が 出 来 て いる 鈴 木 智 弁 師 も こ の派 の人 であ る 。 も う 一つは、 新 義 派

の ︽声 明 ︾ で、 根 来 寺 に伝 わ った も の で あ る 。 新 義 派 の元 祖 は 、 覚鑁 と いう こ と に な って い る が 、 ︽声 明 ︾ そ の

も の は、 覚鑁 よ り も っと 何 代 か 末 にな って、 頼瑜 は じ め、 そ の後 の根 来 寺 の人 た ち が、 進 流 と 醍 醐 流 とを ま ぜ て

作 り な し た も のを 伝 え た も のだ と いう 。 醍 醐 流 と は 義 範 を 祖 と す る も の で、 進 流 よ り古 い由 来 を も つ。 日 本 コ ロ

ム ビ ア ・レ コー ド の ﹁日本 音 楽 史 ﹂ の中 に、 ﹃四 座 講 式 ﹄ の 一部 が小 野 塚 与 澄 僧 正 によ って 吹 き 込 ま れ て いる が 、

これ は新 義 派 であ る 。 私 が 録 音 でき た 中 で は、 中 義 乗 僧 正 と いう 方 の ︽声 明 ︾ が新 義 派 であ る 。

  こ の二 つ の派 で は 、 用 いる 譜 本 そ のも の が ち が う 。 が、 ︽声 明︾ そ の も の は、 両 方 と も そ れ ぞ れ 別 の面 で 古 い 面 を 伝 え てお り、 音 韻 史 の資 料 と し て は と も に 貴 重 であ る 。

 四

﹃舎 利讃 嘆﹂

  こ れ か ら 本 論 に は い って 、 いく つか の曲 に つ い て、 音 韻 史 資 料 と し て気 の付 いた こ と を 述 べる 。   曲 ︹1︺

  こ の曲 は 、 常 楽 会 と いう 法 会 で歌 わ れ る ︽声 明 ︾ であ る 。 ︹参 考 2 ︺ に、 歌 詞 と、 そ の 古 い譜 の 一部 を 出 し て

お いた が 、 仏 舎 利 尊 崇 の 心 境 を 述 べた も の であ る 。 作 者 は 、 円 仁 、 つま り慈 覚 大 師 と 言 わ れ る 。 つま り 、 これ は

元 来 天 台 宗 で作 ら れ た も のが 、 真 言宗 にも は い ってき た も のら し い。 作 曲 は 、 伏 見 大 納 言 の息 子 の六 条 中 将 時 平 と いう 人 だ と いう 古 伝 があ る が、 私 は 藤 原 師 長 では な いか と 思 う 。( 注13)

(＼ ) と か い う 記 号

(こ れ を 墨 譜 ま た は フ シ ハカ セ と いう ) が 歌 詞 の 左 側 に つ い て い る の に 、

と いう の は、 ほ か の

 左 の譜 は、 日 本 古 典 全集 の ﹃歌 謡 集 ﹄ の 上巻 に載 って いる 写 真 を 借 り たも の であ る 。 解 説 に よ る と 、 鎌 倉 末 期

(︱) と か

の写 で、 今 金 沢 文 庫 に 伝 わ って いる そ う だ 。 こ の 譜 は 、 ︽声 明 ︾ の譜 と し て 珍 し い譜 で︱ 譜は、多く

こ の 曲 で は 右 側 に つ い て お り 、 そ う し て そ れ に 、 ﹁五 ﹂ ﹁六 ﹂ ﹁七 ﹂ ﹁八 ﹂ ﹁九 ﹂ ﹁十 ﹂ ﹁斗 ﹂ と い っ た 漢 数 字 が 書 い

て あ る こ と で あ る 。 こ の 漢 数 字 は 、 今 で も 中 乃 島 欣 一さ ん あ た り が 使 っ て い る の と 同 じ も の で 、 箏 の 譜 で あ る こ   ︹参 考 2 ︺

と 疑 いな い。 こ れ は 、 今 一般 に行 な わ れ る よう な 墨 譜 が 出 来 る 以前 の譜 であ って、 お そ ら く そ の古 さ を 示 し て い るよ う に 思 わ れ る 。

  こ の ﹃舎 利 讃 嘆 ﹄ は 、 橋 本 先 生 の ﹁国 語 史 研 究 資 料 と し て の声 明 ﹂ の中 に 引 か れ て い て有 名 で あ る 。 つま り 、

歌 詞 の、 ﹁仏 のお ん 舎 利 は ⋮ ⋮ ﹂ と いう と こ ろを 、 オ ン シ ャリ フ ァ⋮ ⋮ と いう 。 つま り 、 語 中 ・語 尾 の ハ行 音 の

子音 が 、 両 唇 音 の F の 音 に 発 音 す る と いう 点 で 珍 重 し て お ら れ る が 、 こ こを 岩 原 師 は 、 た し か に 実 際 に こ う 唱 え られ る。

  ま た 、 こ の ﹃舎 利 讃 嘆 ﹄ に は、 カ カ リ の助 詞 の ゾ が た び た び 出 て 来 る が 、 こ れ が い つも ︹zo︺ で は な く て、 ︹ｓｏ︺ と いう 清 音 で 唱 え ら れ る こと も おも し ろ い。

のと こ ろ が そ れ だ 。

  悪 趣 ヲ ソ 永 ク ハナ ル ルヤ   浄 土 ニソ ハヤ ク ウ マ ル ルヤ の

  な お 、 ︹参 考 3 ︺︹ 補註3︺に は 岩 原 師 が 今 唱 え ら れ る 曲 調 を 採 譜 し て 掲 げ た が 、 これ と 歌 詞 の右 の箏 の譜 と を 比

べ て み る と 、 同 じ 墨 譜 に は 同 じ 曲 調 が よ く 対応 し て いる 。 これ は 、 古 い譜 のと お り の フ シ が今 に 守 ら れ て いる こ

と を 示 す も の と 思 わ れ る。( 注14) こ の 曲 は 、 歌 詞 の ア ク セ ント を よ く 反 映 し て フ シ が 付 け ら れ て い る よ う で あ る か ら 、 これ は、 ア ク セ ント 史 料 と し て も 尊 重 す べき も の であ る。

 曲 ︹ 2︺ ﹃散 華﹂   こ の曲 は、 代 表 的 な 声 明 曲 で、 真 言 宗 の法 会 と い った ら 、 必 ず と 言 っても い いく ら い唱 え ら れ る 重 要 な も の で

あ る 。 天 台 宗 で も 用 いる 。 中 国 か ら古 く は い ってき た も の で、 中 国 語 で出 来 てお り、 そ う し て 、 呉 音 で 唱 え る 。

今 、 新 義 真 言 で 用 い る 譜本 ﹃新 義 声 明 大 典 ﹄ の譜 を ︹参 考 4 ︺︹ 補註4︺に 掲 げ た 。 譜 本 に は ﹁呂 旋 ・ 一越 調 ﹂ の曲

と あ る が 、 今 伝 え て いる と こ ろ で は 、 呂 旋 で も な け れ ば 、 一越 調 で も な い。 五 線 譜 は、 ﹃声 明 教 典 ﹄ に、 岩 原 師

が進 流 の所 伝 を 採 ら れ た も の が の って いる。 最 初 のあ た り は 、 ほ と ん ど 高 低 の変 化 な く 一本 調 子 に唱 え ら れ る。

︹ 参考 4︺

と こ ろ で 、 こ の本 文 は 、

  ンク ワ ン ・ガ ー ・ザ イ ・ド ウ ・ジ ョ ウ ・ン ク ワ ン ・ ニ ー ・シ ー ・ク ー ・ド ッ ・プ ー ・キ ウ ・ ヨ ー ・イ ッ ・サ

︺

︹dou︺ ︹zjouと ︺ いう 音 を 表 わ し た も の で 、 ︹do〓︺︹zjo〓 を︺ 表 わ

イ ・ガ ー ・ト ウ ・ヨ ー ・シ ュー ・ジ ョウ ・カ イ ・ク ー ・ジ ョ ウ ・ブ ッ ・ダ ウ ・コ ウ ・ケ ー ・ク ー ・ヨ ウ ・ブ ッ と よ む 。 こ こ で 注 意 し て いた だ き た い の は 、   (1)   ま ず 、 ド ウ ・ジ ョ ウ と い う 私 の 表 記 は

し た も の で は な い こと で あ る 。 いわ ば 、 こ の仮 名 は 表 音 仮 名 遣 で、 現 代 仮 名 遣 では な い。

︹〓︺ 音 が な か った と い う 証 拠 の 一 つ に な ろ う か 。

の 音 が 出 し に く い の で 、 ン ー と 引 っぱ って ンー ク ワー ン と 出 す そ の ン を

  (2)   次 に 、 最 初 の 部 分 で 、 ﹁願 ﹂ の 字 の 上 に ン と いう 片 カ ナ が 書 い て あ る 。 こ れ は 、 岩 原 師 に よ る と 、 ︹〓 と い う 鼻 音 を 出 す 。 と こ ろ が︹〓︺

表 わ す も の だ と いう 。 当 時 、 日本 語 に 子音 と し て の

  (3)   次 に 、 一行 目 の ﹁道 ﹂ の 字 の と こ ろ に 、 ﹁タ ト ノ 中 音 ﹂ と い う 注 記 が あ る 。 こ れ は 、 岩 原 師 に よ る と 、 ダ

いわ 、い ゆ る 開 合 の発 音 の 指 定 で あ る 。 た だ し 、 岩 原 師 の 先 生 格 で あ った 人 、 真 鍋 戒 善 師 は 、 そ う い う 口

と も つ か ず ド と も つ か ず 、 そ の中 間 の 音 を 出 せ と いう 注 記 だ と 教 え ら れ て 来 た そ う で あ る 。 国 語 史 で や か ま し

伝 を 教 え た だ け で 、 本 人 の 口 構 え は 、 必 ず し も そ う な っ て いな か った そ う で あ る 。 こ の 口 構 え は 、 今 は 亡 び

て 口 伝 だ け が 残 った ら し い 。 た だ し 、 こ こ で 注 意 す べ き は 、 も っと 先 の 仏 道 の ﹁道 ﹂ の 字 で あ る 。 こ れ に も

﹁タ ト ノ 中 音 ﹂ と い う 注 記 が あ る が 、 ﹃魚 山〓 芥 集 ﹄ で は 、 こ こ に 、 ﹁ダ と 取 り 付 き て ア の 響 き に し て す べ し ﹂

︹dau︺ と 言 え と いう 指 定 で あ る 。 新 義 派 の 中 僧 正 は 、 こ こ は 実 際 そ う 唱 え ら れ て い る 。 ず い

と あ る 。 こ れ は 、 ダ と 声 を 出 し は じ め て 、 ア の 声 を 引 け 、 そ う し て 最 後 に ウ と 言 え 、 と いう 口 伝 で あ る 。 つ まり、 これは

︹ni︺ と な る 。 こ れ は 謡 曲 や 平 曲 に も あ る 連 声 だ 。 こ れ は あ ま り 珍 し く な い 。

ぶ ん 古 い発 音 を 残 し て い る も の で 、 声 明 で も こ れ は 珍 し い 。   (4 )   ﹁願 以 ﹂ の ﹁以 ﹂ は

 ( 5)   ﹁功 徳 ﹂ の ﹁徳 ﹂ は 、 ド ッと つま る 。 し た が って 、 そ の 次 の ﹁普 及 ﹂ の ﹁普 ﹂ は p の 音 と な り 、 プ ー と な

っ て い る 。 こ れ は ち ょ っ と 珍 し い 。 こ こ に 限 ら ず 、 一般 に こ う いう 古 風 な 声 明 で は 、 入 声 音 の ク と いう 響 き

は ツ メ ル か 、 あ る い は 、 も し ツ メ な い で︹ku︺ と 言 う な ら ば 、 そ の u の 母 音 は き わ め て 短 く 言 う 。 こ れ は

あ と に 出 て く る。 こ こ の譜 で 、 ﹁ 徳 ﹂ の 字 の 左 の 墨 譜 の 一方 の 端 に 点 が 三 つ 付 い て い る 。 こ れ は 、 ツ メ ル 音

﹁仏 ﹂ の と こ ろ に 注 記 さ れ た 、 点 を 横 に 三 つ 並 べ た し る し は 、 謡 曲 で い う ノ ム 発 音 に な る 。

で 唱 え よ と いう し る し であ る 。   (6)   ﹁仏 道 ﹂ の

  中 義 乗 僧 正 は 、 下 谷 根 岸 の 千 手 院 と いう お 寺 の 住 職 で あ る 。 新 義 派 の 名 手 と 言 わ れ た 、 な く な った瑜 伽 教 如 僧

正 の 高 弟 で あ り 、 発 声 法 ・節 マ ワ シ な ど 巧 緻 を き わ め る 。 純 粋 の 江 戸 っ子 で 、 私 は 数 回 お 寺 を 訪 問 し て 教 え を 受

︽声 明 ︾ で あ る 。 こ れ も ま た 天 台 宗 で

﹁音 譜 篇 ﹂ に の って い る 。 天 台 の も の は 、 多 紀 道 忍 ・吉 田 恒

︿歌 う 声 明 ﹀ で 、 実 に 長 い 。 そ こ で 、 最 初 の ﹁願 我 在 道 場 ﹂ だ け で も 優 に 二 分 か か

け た が 、 江 戸前 の警 句 が 口 を つ いて 出 てく る お も し ろ い風 格 の持 主 であ る 。 明治 二 十 五 年 の生 ま れ と 言 わ れ る 。   こ の ﹃散 華 ﹄ は 、 代 表 的 な

﹃天 台 声 明 大 成 ﹄ の 上 巻 に 見 え る 。

る 。 進 流 で の 唱 え 方 は 、 岩 原 師 編 の ﹃声 明 教 典 ﹄ の 三両 氏編 の  曲 ︺ ︹3 ﹃対 揚 ﹄

  こ の 曲 も 、 ﹃散 華 ﹄ ほ ど で は な い が 、 真 言 宗 の 法 会 に は よ く 唱 え ら れ る

同 様 に 使 う ら し い 。 中 国 語 で 、 そ う し て や は り 呉 音 で 唱 え る 。 ︿歌 う 声 明 ﹀ に 属 し 、 ﹃散 華 ﹄ ほ ど で は な い が 、 声

﹃魚 山〓 芥 集 ﹄ の 譜 を 掲 げ て お い た 。 こ れ は 、 進 流 で 用 い る 声 明 の テ キ ス ト で あ る 。 こ の 本

﹃ 散 華 ﹄ よ り は 曲 調 も 変 化 があ り 、 よ り破 手 であ る。

を 相 当 引 く 。 ︽盤 渉 調 の 律 の 曲 ︾ と い う こ と に な っ て お り 、 必 ず し も 墨 譜 の よ う に は 唱 え な い が 、 ︽呂 ︾ の 曲 で あ る

  ︹ 参 考 5 ︺︹ 補註5︺に 文 は、

ミ ッ ・ケ ウ 、 テ ン ・ジ ュー ・ジー

・ ル イ ・バ イ ・ソ ウ ・ホ ウ ・ラ ク ⋮ ⋮

  ナ ー ・モ ー ・ホ ッ ・カ イ ・ド ウ ・ジョ ウ 、 サ ム ・ミ ッ ・ケ ウ ・シ ュ ー ・シ ャ ー ・ナ ー ・ソ ン ・シ ー ・ホ ウ ・ シ ー ・ブ ッ ・ショ ウ ・ジョ ウ・

と読む。

︹keu︺ と 割 っ て 読 む 。 ︹kjo〓 で︺は な い 。 一般 に ワ ル と いう や り 方 は 、 謡 曲 や 平 曲 に も

 注 意 す べき 点 を 述 べ る と 、  ) (1   ﹁教 ﹂ と い う 字 を

よ く 使 わ れ る 。 が 、 そ れ ら で は イ ウ と いう 連 母 音 に 限 る 。 声 明 で は 、 イ ウ は も ち ろ ん 割 り 、 そ の ほ か に 、 こ

の よ う な エ ウ と い う 連 母 音 も 割 って 唱 え る 。 こ れ は 、 橋 本 先 生 が 早 く 注 意 さ れ た よ う に 、 声 明 独 特 のも の で あ る。

﹁ン﹂ と い う 字 が 書 い て あ る 。 こ れ は ど う ち が う か 、 ち ょ

  (2)   次 に 、 こ ま か い こ と で あ る が 、 ﹁三 ﹂ と い う 字 の 左 の 墨 譜 の 途 中 に ﹁ム ﹂ と い う 仮 名 が 書 い て あ る 。 同 じ ハネ ル し る し で あ る が 、 ﹁尊 ﹂ と い う 字 の 方 に は

っ と 考 え る と 、 古 い mと n の ち が い だ ろ う と 考 え た く な る が 、 現 在 伝 わ っ て い る と こ ろ で は 簡 単 に そ う と は

断 定 で き な いよ う だ 。 こ れ に つ い て は 、筧 五 百 里 教 授 が か つ て 、 ﹁ム と 書 い た の は 、 サ ン と 言 っ て し ま って

か ら 声 を 引 く 。 そ れ に 対 し て 、 ン と 書 い て あ る 方 は 、 ソ ー と 声 を 引 っぱ っ て 最 後 に 短 く ン と ハネ ル と い う 区

別 だ ﹂ と 言 って実 演 さ れ た が 、 そ れ が い いよ う だ 。 こ の原 則 は 、 他 の曲 でも 例 が た く さ ん あ る が 、 ど れ を 見

ても そう な って いる 。 ど う し て こ んな 二 つ の区 別 が でき た のか 、 ま だ わ か ら な い。 昔 の 唇 内 と 舌 内 の区 別 が

残 っ て い る の か と い う と 、 そ う ば か り と も 割 り 切 れ な い。 四 声 で いう と 、 去 声 の 文 字 に ム と 書 か れ て い る の

が 多 い が 、 こ れ も 例 外 が あ る 。 平 安 朝 ご ろ 、 ハネ ル 音 に mと nと 二 つあ り 、 m の方 は り っぱ に 拍 を な し て い

た が 、 nの 方 は 、 直 前 の 母 音 に く っ つ い て 一拍 に な っ て い た 、 そ う いう 一時 期 が あ った こ と を 反 映 し て い る の で は な い か と 思 う が 、 は っき り は わ か ら な い 。

し た の で あ ろ う が 、 今 は 譜 面 に 残 っ て い る だ け で 、 発 音 は 普 通 の ホ ウ と 変 ら な い 。 ﹁証 誠 ﹂ と い う よ う な と

 ( )3   ﹁四 方 四 仏 ﹂ の ﹁方 ﹂ の 右 に 、 ﹁ハと ホ の 中 音 ﹂ と い う 注 記 が あ る 。 こ れ も 、 昔 は ほ ん と う に 中 間 の 音 を 出

こ ろ で は 、 ﹁ウ ﹂ の 音 を 一 々 は っき り 発 す る こ と 、 ﹃散 華 ﹄ の 場 合 と 同 じ で あ る 。

︹ 参 考5 ︺

  (4  ) ﹁倍 増 法 楽 ﹂ の ﹁楽 ﹂ と いう 字 は 、 左 側 の墨 譜 の 一番 下 の先 のと こ ろ に ﹁ク ﹂ の字 が あ る 。 こ れ は 、 ラ を

永く 引 い て、一 番 終 り に 軽 く クを そ え る 意 味 で、つ ま り 、︹ra〓 ︺kと な る。 こ れ は 、 古 い時 代 の ク で終 る 入 声 音 の発 音 を 伝 え る も のと 見 ら れ る 。

  こ の ﹃対 揚 ﹄ は 、 鈴 木 智 弁 僧 正 の レ コー ド に 収 め ら れ て いる 。 鈴 木 僧 正 は、 九 十 歳 に な ん な ん と す る 御 老 体 と

か で、 そ の レ コー ド は 三 年 ぐ ら い前 に 録 音 さ れ た も の であ る。 レ コー ド に と った 人 は、 す で に述 べた よ う に 、 摩

尼 清 之 さ ん と いう 、 N H K の社 会 教 育 部 の局 員 で あ る 。 前 に 、 N H K の ﹁コト バ の研 究 室 ﹂ と いう 番 組 があ った 、

そ れ の 担 当 者 であ った 人 で 、 今 は 、 宗 教 の時 間 の担 当 者 で あ る 。 昼 間 は 背 広 を 着 て N H K の職 員 で あ る が、 家 へ

帰 れ ば、 法 衣 に袈 裟 を か け て 、 歓 成 院 と いう お寺 の住 職 に 早 変 りす る 。 自 分 で ︽声 明︾ が 学 べな いな ら 、 せ め て

レ コー ド に 残 し て お いて後 世 に伝 え よ う と いう わ け で、 鈴 木 師 の ︽声 明 ︾ を 六 枚 のL P 盤 の レ コー ド に 吹 き こん だも のだと言わ れる。  曲 ︹4︺五 ﹃悔﹄

  こ の曲 は 、 ︽金 剛 界 の唱 礼 ︾ と も 言 わ れ る 。 ﹃対 揚 ﹄ と 同 じ よ う に 多 く 用 いら れ る 曲 で 、 天 台 宗 に も 伝 わ って い

る。 こ れ も 中 国 語 で、 中 にイ ンド 語 の引 用 が あ る が、 珍 し い こ と に は 漢 音 の ︽声 明︾ で あ る 。 ち ょう ど 鈴 木 智 弁

師 の 編纂 さ れ た 譜 本 ﹃ 南 山 進 流 声 明集 付仮 譜 ﹄ に 振 仮 名 が 付 い て いる の で、 そ れ を 写 し た も の が ︹ 参 考6 ︺ であ

ッ)・勝 ( シ)・菩 (ホー)・提 (テイ)・浄 (セイ )・頂 (テイ )な ど す べ てお も し ろ い。 キョ ウ ・ショ ウ ・チ ウ ・ポ

る。 こ れ は 大 体 仮 名 のと お り 読 む。( 注1) 5これ ら の中 で、 切 (セイ)・常 (ショ ウ)・住 (チウ )・命 (ベイ )・十 (シ

ウ は いず れ も ウ を ち ゃん と ︹u︺ と いう こ と 、 ﹃散 華 ﹄ や ﹃対 揚 ﹄ の場 合 と 同 じ で あ る。 ﹁最 ﹂ と いう 字 は サ イ と

仮 名 が振 ってあ る が 、 ︹tsaとi発 ︺音 す る。 これ は す ぐ 上 の 文 字 が 舌 内 の入 声 音 であ る た め で あ ろ う 。 フ ハと い

う と こ ろ は ︹F︺ aと 読 む は ず で あ る が 、 鈴 木 師 も 岩 原 師 も 、 残 念 な が ら ハと し か 言 わ れ な い。 開 合 の区 別 も 、 ﹁曩﹂ ﹁法 ﹂ は ノ ウ ・ホ ウ と 読 む と いう 調 子 で 、 残 って いな い。

  こ の ﹃五悔 ﹄ も ︿歌 う 声 明 ﹀ であ る が、 ﹃散 華 ﹄ や ﹃対 揚 ﹄ の よ う に は 長 く 声 を 引 か な い。 そ う し て次 第 に ピ

ッチ が速 く な り 、﹁一切 仏最 勝 妙 法 ﹂ と いう と こ ろ か ら あ と は合 唱 に な り 、 リ ズ ミ カ ル で 耳 に 快 い。 呂 の 曲 と い

レ コー ド が 出 来 て いる 。 私 は 岩原 師 のも のを テ ープ に と っても って いる が 、 ほと ん ど ち が いは 見 ら れ な い。 新 義

う こ と にな って いる か ら 、 こ と に は じ め のあ た り は 高 低 の動 き は ほと ん ど な く 唱 え ら れ る。 これ も 鈴 木 智 弁 師 の

派 のも の は、 律 で、 時 に は ﹁羽﹂ が 半 音 上 る 。  ︹ 参考 6︺ 五 悔   一切 恭 敬 敬 礼 常 住 三 宝   娑 縛 婆 縛〓 駄

迦〓弭

  薩 縛 達麼   娑 縛 婆 縛〓 度 薩 縛怛 他蘖 多   幡 那 満娜曩

恭 敬 礼  帰命 頂 礼大

  帰 命 十 方 一切 仏   最 勝 妙 法 菩 提 衆   以 身 口 意 清 浄 業   慇懃 合 掌  曲︹ 5︺   ﹃中曲 理趣 経﹄

  次 に ︹参考 7︺ に 掲 げ た の は ﹃中 曲 理 趣 経 ﹄ と 言 わ れ る曲 の歌 詞 で あ る が、 こ の ﹃中 曲 理 趣 経 ﹄ と いう 題 に つ

い て は注 釈 が い る 。 ﹃理 趣 経 ﹄ と いう の は 元 来 お 経 の 一種 で、 真 言 宗 で は 一番 た っと ぶ お 経 であ る 。 こ こ に 掲 げ

お そ ら く 寛 朝 が つけ た前 説 であ る 。 そ う し て 、 岩 原 諦 信 師 に よ る と 、 全 体 を ﹁中 曲 旋 法 ﹂ と い

た 歌 詞 の中 で、 ﹁如 是 我 聞 ﹂ と いう と こ ろ か ら あ と が ﹃理趣 経 ﹄ の本 文 で あ る。 そ の前 の部 分 は 何 か と いう と 、 これ は 日 本 人︱

う 旋 法 で 日 本 人 が作 曲 し た 、 つま り、 前 説 があ る た め に こ の作 品 は声 明 のう ち に いれ ら れ て お り、 中 曲 旋 法 で 出

来 て いる た め に ﹃中 曲 理趣 経 ﹄ と 呼 ば れ て い る と いう 。︹ 補註6︺そ れ は と に か く し た が って 、 こ の ﹃中 曲 理 趣 経 ﹄

は 、 一往 ︿歌 う 声 明 ﹀ と いう こと にな って い る が 、 は じ め の と こ ろ は た し か に 声 を 引 く が、 ﹁如 是 我 聞 ﹂ か ら あ と のと こ ろ は 、 スピ ー デ ィ ー に リ ズ ミ カ ル に進 み 、 感 じ は お 経 式 であ る 。

  そ れ か ら 、 こ の曲 は 寛 朝 僧 正 の作 曲 で 、 真 言 声 明 の名 曲 と いう こ と に な って いる 。 中 曲 旋 法 の黄 鐘 調 で作 ら れ

て お り、 ど こ が名 曲 か と いう と 、 ﹁善 哉 善 哉 ﹂ と いう と こ ろ か ら 先 が美 し いこ と に な って いる。 岩 原 師 の ﹃ 声明 教 典 ﹄ の ﹁音 譜 篇 ﹂ には 五 線 譜 にと ら れ た も の が 載 って いる 。

  こ の 曲 で 注 意 さ れ る こ と は、 ま ず 呉 音 と 漢 音 と 両 方 が 使 い分 け ら れ て い る こ と であ る。つ ま り ︹参 考7 ︺ の

﹁弘 法 大 師 増 法 楽 ﹂ お よ び そ の次 の ﹁大 楽 ﹂ と いう 句 ま で が 呉 音 で、 次 の ﹁金 剛 不 空 真 実 ﹂ か ら 先 は ず っと 漢 音

に な る。 これ は 振 仮 名 を たど って知 ら れ た い。 な お 、 こ の本 文 は 、 宮 野 宥 智 師 編 の ﹃南 山 進 流 声 明 類 聚 附伽 陀 ﹄

か ら 採 った が 、 こ の振 仮 名 は、 私 が 鈴 木 師 の唱 え る と こ ろ を 書 きつ け た も の で 、 本 に こ のと お り あ る の で は な い。( 注16こ ︶の本 で は 墨 譜 が つ いて いる が、 そ れ は 省 いた 。

  次 にま た 、 こ の曲 には 、 読 ま な い文 字 や 付 け 加 え て 読 む 文 字 が あ って や や こし い。 例 え ば、 ︹参 考 7 ︺ で ×じ

る し を 付 け た 字 は 不 読 字 であ る 。 す な わ ち 、 第 二 行 は ﹁無 染 無 着 ﹂ と 読 ん で、 ﹁生 々値 遇 ﹂ へと ぶ と いう き ま り、

﹁時 薄 伽 梵 ⋮ ⋮ ﹂ と あ る ﹁時 ﹂ は い つも 読 ま な いと いう き ま り であ る 。 ﹁ 大 楽 ﹂ は タ を 発 せず 、 いき な り イ ラ ー ッ

生値 遇 無相 教

と 言 う のが 口伝 であ る 。 こ の漢 音 のと こ ろ で、 ﹁薄 ﹂ は フ ァと 読 み 、 ﹁梵 ﹂ は フ ァ ンと 読 み 、 唇 の F の音 がは いる 。  ︹ 参考 7︺ 中 曲 理 趣 経  帰 命 毘 盧 舎 那 仏  無 染 無 着 真 理 趣   生

  世 世 持誦 不 忘 念   弘 法 大 師 増 法 楽  大 楽 金 剛 不 空 真 実 三 摩 耶 経 如 是 我 聞

 時 薄 伽 梵 毘 盧 舎 那 如 来  時 調 伏 難 調 釈 迦 牟 尼 如 来  時 薄 伽 梵 得 自 性 清 浄 法 性 如 来  時 薄 伽 梵 一切 三 界 主 如 来  時 薄 伽 梵 得 一切 如 来 智 印 如 来  時 薄 伽 梵 一切 無 戯 論 如 来  時 薄 伽 梵 一切 如 来 入 大 輪 如 来  時 薄 伽 梵 一切 如 来 種 種 供 養 蔵  時 薄 伽 梵 能 調 持 智 拳 如 来  時 薄 伽 梵 一切 平 等 建 立 如 来  時 薄 伽 梵 如 来 復 説 一切有 情 加 持  金 剛 手 言  善 哉 善 哉 大 薩〓  曲 ︹ 6︺ ﹃ 御影供祭文﹄

 こ こで、 ︽ 声 明︾ の性質 はがら っと 一変す る。 この︹か 6ら ︺あと のも のは、 いわ ゆる ︿読む声 明﹀ ︿語る声明﹀ に

は いるも ので、そ のう ち祭文 は ︿読 む声 明﹀ であ る。 元来祭文 は、法会 の時 に神 や仏 にさ さげる ことば で、法会

によ ってちが った曲を 使う。 ﹃ 御影供 祭文﹄ ﹃ 明神講 祭文﹄ ﹃ 施餓鬼 祭文﹄ ﹃ 仏生会 祭文﹄な ど いろ いろあり、文 体

山〓 芥 集 ﹄ から と った。 左 側 の墨 譜 を 見 る と 、 (＼) (︱)

 ︹参 考8 ︺ ︹ 補註7︺は 、 岩 原 諦 信 師 編 の ﹃昭 和 改 板 進 流 魚

は漢 文 訓 読 調 で あ る 。 こ こ に述 べる ﹃御 影 供 祭 文 ﹄ は 、 祭 文 の 中 でも 代 表 的 な も の で、 守 覚 法 親 王 の作 か と 言 わ れ る。 ︹参 考8 ︺

(┛) (┏) と いう 四 種 類 のも の があ る が 、 こ のう ち (┛)

と (┏) と は (＼) と (︱) と の複 合 であ る か ら 、 基 本

的 な も の と し て は (＼) と (︱) の 二 種 類 し か な い。 こ

れ は、 こ の曲 の旋 律 がき わ め て単 純 で あ る こ と を 表 わ す

も のと 推 定 さ れ る が 、 事 実 そ のと お り で、 こ の譜 が つけ

ら れ た 当 時 は 、 高 い 音 (( ＼) が つ い て い る) と 低 い 音

((︱) が つい て いる ) の 二 段 の音 だ け で唱 え ら れ た こ と

と 想 像 さ れ る 。 現 在 鈴 木 師 の レ コー ド 、 岩 原 師 の録 音 テ

ー プ が あ って、 そ れ で は多 少 複 雑 に 唱 え ら れ て いる が、

これ は後 世 の変 化 で あ ろう 。( 注17)

  こ の曲 で 注 意 す べ き は 、 こ の墨 譜 で、 (＼) に 上 声 を

あ て、 (︱) に 平 声 を あ て る と 、 大 体 ﹃日本 書 紀 ﹄ や ﹃ 古

今 集 ﹄ の古 写 本 の 声 点 と よ く あ う か ら 、 大 体 鎌 倉 時 代 の

ア ク セ ント を も と に し て 作 曲 さ れ た も の ( 注18) と見られ

る 。 つま り 、 これ は 特 に ア ク セ ント 史 料 と し て 重 要 な も

のと 思 わ れ る こ と であ る。

  特 に 注 意 す べき も の は 、 字 音 の ア ク セ ント 、 つま り 、 四 声 であ る 。 こ こ で 最 初 の 一行 を 読 む と 、 元 年 ・二 年

⋮ ⋮ と あ る 。 これ は 全 部 呉 音 で 読 む こ と に な って いる 。 次 の月 の名 は 、 ど う いう わ け か漢 音 で読 む こと にな って

いる 。 セ イ ゲ ツ ・ジ ゲ ツと いう のは そ れ であ る。 と こ ろ で 、 漢 音 と 呉 音 と は 四 声 が逆 に な って いる と 言 わ れ る 。

そ の法 則 に し た が って 、 例 え ば 、 ﹁二 ﹂ と いう 字 は、 呉 音 の時 は 平 声 、 漢 音 の時 は 上 声 に読 み 、 ﹁三 ﹂ と いう 字 は、

呉 音 の時 は 去 声 、 漢 音 の時 は 平 声 の軽 と いう よ う な 芸 の 細 か いと こ ろ を 見 せ る の で大 変 であ る。( 注19)

  そ の他 、 音 韻 に つ い て は 特 に問 題 は な いが 、 ﹁三 月 ﹂ の ﹁月 ﹂、 ﹁二 十 一日 ジ シ ウイ ツジ ツ﹂ な ど の 入 声 のと こ

ろ は 、 ノ ム音 、 つま り tと nと い っし ょ にし た 口蓋 帆 破 裂 音 にな って い て、 前 の ﹃ 散 華 ﹄︱﹃ 中 曲 理 趣 経 ﹄ の類 よ り も 下 った 時 代 の発 音 を 反 映 し て いる 。

  こ の曲 は 、 中 曲 の黄 鐘 調 と いう こ と に な って いる そう で あ る が、 こ の よう に高 低 二 種 の音 し か な いと こ ろ か ら 考 え る と 、 呂 と も 律 と も 中 曲 と も つか な い旋 法 であ る は ず であ る。( 注2) 0  曲 ︹ 7︺  ﹃涅槃講 式﹄

  次 に 、 ﹃涅槃講 式 ﹄ は ﹃四 座 講 式 ﹄ の 一部 であ って 、涅槃 会 の時 に 唱 え る 長 大 な ︽声 明︾ で あ る。 こ の 曲 は 、

ア ク セ ント 史 の資 料 と し て 、 橋 本 先 生 ・井 上 奥 本 氏 の こ ろ か ら 注 目 さ れ て い た も の で、( 注2) 1そ ち ら の方 で 第 一

等 の 資 料 であ る 。 こと に ︹参 考 9 ︺ に 掲 げ た 元 禄 版 は、 服 部 四郎 博 士 の 見 付 け ら れ た も の で あ る が、 ほ と ん ど そ

のま ま 何 千 と いう 語 の 節 博 士 が、 そ のま ま で ア ク セ ント 資 料 と な る 点 で尊 重 さ れ る 。( 注22)

  こ の曲 は ︽講 式 ︾ と いう 一ジ ャ ン ル に属 す る 代 表 的 な 名 曲 で あ る が、 後 世 の邦 楽 作 品 は、 謡 曲 ・平 曲 と 言 わ ず

浄 瑠璃 ・長 唄 の類 と 言 わ ず 、 す べ て こ の ︽講 式 ︾ と いう ︽声 明 ︾ にも と を も つと 言 わ れ、 他方 、 こ の ﹃四 座 講 式 ﹄

は、 そ れ ま で の ︽声 明 ︾ にあ った 曲 調 がす べ て こ の中 に取 り 入 れ ら れ 集 大 成 さ れ て いる と 言 わ れ 、 最 も 尊 重 す べ

き曲 であ る。 作 者 は 明 恵 上 人 と いう こと に な って いる が 、 上 人 が 釈 迦 の入 滅 を いた み惜 し む気 持 が、 感 傷 的 な 美

文 で 綴 ら れ て いる 。 音 楽 的 にも 、 初 重 ・二 重 ・三 重 と いう 三 種 のち が った 大 旋 律 型 の組 合 わ せ が整 備 さ れ て お り

︹参 考9 ︺

〔 参 考10‐1〕

涅槃講 式(初

重) 諷 唱 中   義 乗 採譜 金田一春彦

〔参 考10−2〕

浬 槃 講 式(二 重) 諷 唱 ・採 譜 初重 に同じ

見 事 な 出 来 栄 え であ る 。 これ は完 全 な ︿語 る 声 明﹀ の例 であ る 。 こ の曲 に つい て は 、 小 著 ﹃四 座 講 式 の研 究 ﹄ に 詳 しく述 べた。

  ︹ 参 考10 ︺ に 中 僧 正 の唱 え ら れ る 新 義 派 の曲 調 を 私 が 採 譜 し て み た 。( 注23)岩 原 師 の は 、 早 く ﹃声 明 の研 究 ﹄ ﹃声

明教 典 ﹄ の中 に 採 譜 さ れ て い る。 鈴 木 師 の レ コー ド は 、 師 の 唱 え ら れ る 初 重 ・二 重 ・三 重 の 一部 が 採 録 さ れ て い

る。 新 義 派 のも の は こ れ ら よ り単 純 であ る が 、 これ は 古 形 に 近 いも のを よ け い存 し て いる と 思 わ れ る 。( 注24)

  こ の ﹃涅槃講 式 ﹄ は 、 音 韻 史 資 料 と し て も お も し ろ い。 岩 原 師 のを 聞 く と 、 た と え ば こ の テキ スト の 一行 目 の

﹁涅槃遺 教 ﹂ の と こ ろ でネ フ ァ ンと いう 両 唇 摩 擦 音 が 聞 かれ る 。 二 行 目 の ﹁不 可 説 不 可 説 ﹂ と いう と こ ろ で は 、

フカ セ ップ カ セ ツノ と いう よ う な 言 い方 が 聞 か れ る 。 た だ し 、 ケウ のよ う な も のは す べ て キ ョー に な って割 ら ず 、

新 し い面 を 相 当 見 せ て いる 。 ﹁不 可説 不 可 説 ﹂ の ﹁説 ﹂ は 、 前 の方 のは ツメ ル音 、 あ と の方 の は 口 蓋 帆 破 裂 音 で、 ﹃祭 文 ﹄ と 同 じ で あ る 。 ﹁八 方 ﹂ や ﹁生 滅 ﹂ の ツ の拍 も 同 様 であ る 。

  そ れ か ら 、 貞 享 版 の ﹃四 座 講 式 ﹄ を 見 る と 、 ﹁諸 子 之 飛 梯 ﹂ と いう 語 句 の ﹁飛 ﹂ の字 の右 に ﹁火 ﹂ と いう 注 記

が あ る。 こ れ は 現 行 の譜 本 に も あ る 。 こ れ は 、 ﹁火 急 ﹂ の意 味 で、 こ こ は 短 く いう のだ そ う だ 。 つま り これ は 、

いわ ゆ る 母 音 の無 声 化 のし る し に ち が いな い。 同 様 の例 は諸 処 に散 見す る 。 こ の種 の注 記 は 、 ど のく ら い古 く ま

でさ か のぼ れ る か わ か ら な いけ れ ど も 、 他 の文 献 に は 例 の 少 い母 音 の無 声 化 が 早 く から 日 常 普 通 の発 音 に 行 な わ れ て いた こと を 示す 記 載 の例 と し て注 目 さ れ る。  曲︺ ︹8   ﹁伝 法会論 議﹄

 ︽声 明︾ の最 後 に あ げ た い のが ﹃伝 法 会 論 議 ﹄ で あ る 。 一体 、 ア ク セ ント 史 の資 料 と し て ﹃補 忘 記 ﹄ と いう も の

があ る こ と は 国 語 学 界 に広 く 知 ら れ て いる が、 そ う し て ﹃補 忘 記 ﹄ は ﹁論 議 ﹂ の参 考 書 だ と いう こと も 大 体 知 ら

れ て いる が 、 そ の ﹁論 議 ﹂ と は ど んな も の か と いう こ と は あ ま り 知 ら れ て いな い。 ﹁論 議 ﹂ と は 、 仏 法 の哲 理 に

つ いて の デ ィ ス カ ッシ ョ ンを 形 式 的 に 行 な う 儀 式 で、 そ の 一つの例 が こ こ の ﹃伝 法 会 論 議 ﹄ であ る 。

  ︹参 考11︺ ︹ 補註8︺は そ の 一節 で 、 こ れ は 小 野 塚 与 澄 師 編 の ﹃伝 法 会 艸 本 ﹄ か ら と った 。 こ こ に 問 者 と い う の は 詰

問 す る 僧 、 竪 者 と い う の は 答 弁 す る 僧 、 精 義 者 と いう の は 一段 高 い 地 位 に い る 判 者 で あ る 。

 ﹁論 議 ﹂ の 形 式 は 、 室 町 時 代 に 出 来 た と 言 わ れ 、 し た が っ て 全 体 の 感 じ も 近 代 的 で あ る 。 古 い 音 韻 も ほ と ん ど 残

﹁論 議 ﹂ に 出 て 来 る 語 彙 を 正 し い ア

って いな い。 た だ し 、 二 行 目 の シ カ ラ ン バ 、 三 行 目 の イ カ ン ソ、 五 行 目 の ス ベ ン カ ラ ク な ど 、 特 別 の読 ミ ク セ が 随 所 に 出 て 来 る 。 ﹃補 忘 記 ﹄ に 見 え る ア ク セ ン ト の つ い た 語 彙 は 、 こ う い う ク セ ント で 発 音 す る た め の参 考 書 な のだ そう であ る。

  こ の ﹁論 議 ﹂ は 、 新 義 真 言 の 方 に よ く 伝 わ っ て い る 。 ︹ 参 考 12 ︺ ︹ 補註9︺に 、 中 義 乗 僧 正 が 見 本 と し て 唱 え ら れ

た の を 採 譜 し て み た 。( 注25) 上 方 式 の ア ク セ ン ト の 名 残 り は こ こ に 全 然 見 ら れ ず 、 こ れ で は ア ク セ ン ト 資 料 と し

﹃国 語 音 韻 の研 究 ﹄ に収 め ら れ て あ る の に よ った 。

て は 直 接 役 に 立 た な い が 、 も と の本 に あ る 二 重・三 重 と い う き ま り は ち ゃ ん と 守 ら れ て い る よ う で 、 大 体 の 輪 郭 は こ れ でよ く わ か る よう であ る 。

  ( 注1 )   は じ め 、 ﹃密 教 研 究 ﹄ 三 二 に 掲 載 さ れ た と いう 。 論 文 集

  ( 注2 )   昭 和 三 十 三 年 度 岐 阜 大 学 の 紀 要 に 発 表 さ れ た ﹁声 明 の ﹁読 み く せ ﹂﹂ そ の他 一、 二 の 論 文 が あ る 。   ( 注3 )   例 え ば、 あと に述 べる ﹃ 仏 遺 教 経 ﹄ の研 究 な ど 。

  ( 注4 )  仏 教 関 係 の歌 いも の の 中 に は 、 ほ か に ︽御 詠 歌 ︾ と いう も のも あ る 。 こ れ は 儀 式 に 使 う も の で は な い の で、 歌 いも の で は あ る が 、 ︽声 明 ︾ のう ち に は は いら な い。

  ( 注5 )   声 明と言 われ るも のの中 にも ﹃ 中 曲 理 趣 経 ﹄ のよ う に 、 お 経 を 声 明 の 一部 に く り 入 れ て いる も の が あ る 。 そ う いう も の で は 、 お 経 の 部 分 だ け が リ ズ ミ カ ル であ る 。

  ( 注6 )  こ こ に 、 こ の ﹃ 仏 遺 教 経 ﹄ の例 を 出 し た の は 、 ち ょ っと ま ず か った 。 こ れ は 経 文 で は な く 、 釈 迦 が 経 文 を 諸 方

へ行 って 説 いた と いう 伝 記 の文 で 、 経 文 が 紹 介 ・引 用 さ れ て いる 地 の文 であ り 、 そ れ を 節 を 付 け て 歌 う の で あ る か

ら 、 一種 の声 明 で あ る 。 そ う いう 地 の文 ま で リ ズ ミ カ ル に な って い る。 そ う 承 知 し て お つ き あ い頂 き た い。 桜 井 茂

治 氏 が 、 か つ て こ の ﹃仏 遺 教 経 ﹄ の曲 の古 譜 に 反 映 し て いる ア ク セ ン ト の考 察 を 、 ﹃国 語 学 ﹄ 二 七 に 発 表 し た 。 こ

こ の 歌 詞 は 、 ﹁釈 迦 牟 尼 仏 初 メ ニ法 輪 ヲ 転 ジ テ 阿 若〓 陳 如 ヲ 度 シ 、 最 後 ニ法 ヲ 説 イ テ 須跋 陀 羅 ヲ度 ス 。 所 応 度 ノ 者 皆 已 ニ度 シ訖 ッテ娑 羅 双 樹 ノ 間 ニシ テ将 ニ涅槃 ニ入 リ ナ ント ス⋮ ⋮ ﹂。 

( 注7 )   例 えば 頼 氏 の ﹁漢 音 の 声 明 と そ の声 調 ﹂ ( ﹃言語 研 究 ﹄ 一七 ・ 一八 所載 )・﹁天 台 大 師 画 讃 並 び に 類 似 の諸 讃 よ り 見

出だ され る声 調 に ついて﹂ ( ﹃ 中 国 語 学﹄ 二 二所 載)・﹁声 明 の ふ し と 中 国 語 の声 明 ﹂ ( ﹃仏教 音 楽 の研 究 ﹄ 所 収 )・﹁諸 天 漢 語 讃 に つ い て ﹂ (﹃ お茶 の水 女 子大 学 人 文 科 学紀 要 ﹄ 一二所 載 ) な ど 。 

( 注8 )   声 明 の分 類 に つ い て は、 岩 原 諦 信 師 の ﹃ 声 明 の研究 ﹄ ﹃ 声 明 教 典 ﹄ に いろ い ろ の 角 度 に よ る 分 類 が 述 べ ら れ て

﹃ 語 文 ﹄ 八 と に そ の説 を 紹 介 し て い る 。 

お り 、 こ こ に も そ れ に従 って 述 べた 。 天 台 宗 で は 、 ま た 別 の分 類 が あ る よ う で、 榎 克 朗 氏 が ﹃国 語 国 文 ﹄ 二 二 の 一 ○と

簡 単 な も のな ら 、 私 の ﹃新 明 解 古 語 辞 典 ﹄ にも 出 て いる 。 が 、 注 意 す べ き 点 が 二 つあ る 。 現 行 の声 明 が 、 そ のと お

( 注9 )   呂 旋 法 ・律 旋 法 ・中 曲 旋 法 と いう 旋 法 の本 来 の 区 別 に つ いて は 、 ﹃声 明 の 研 究 ﹄ そ の 他 に 詳 し い 解 説 があ る 。

り の旋 法 で 唱 え ら れ て いる と 思 って は い け な い。 岩 原 師 が ﹃ 声 明 の研究 ﹄ で詳し く論 じ ておら れ るよ う に、呂 旋 法

と 呼 ば れ て い る 曲 は 、 こ と に 甚 だ し く デ フ ォ ル メ さ れ て お り 、 今 で は 声 の高 低 変 化 の 甚 だ と ぼ し いノ ッ ペ ラ ボ ウ に

近 い節 で 唱 え ら れ て い る 。 新 義 派 で は ま だ ま し であ る が 、 然 し そ れ は レ ミ ソ ラ ド レと いう 一種 の律 旋 法 に な っ て い

る 。 律 旋 法 や 中 曲 旋 法 の 曲 も 、 譜 本 に 表 記 さ れ て いる 旋 律 か ら は か な り ち が った も の で 、 ラ ド レ ミ ソ ラ と いう 民 謡

い か に そ れ が く ず れ て 来 て い る か に つ い て の克 明 な 考 察 の 著 であ る 。 

旋 法 にな って いる も の が 多 い 。 こ れ は 、 伝 承 の 間 に 変 化 し て し ま った も の で、 岩 原 師 の ﹃声 明 の研 究 ﹄ の 大 著 は 、

( 注10 )  こ の へん の事 情 に つ い て は 、 田 辺 尚 雄 先 生 の ﹃日本 の音 楽 ﹄ の 記 述 か ら 教 え ら れ る と こ ろ が 多 い。 

の い い加 減 の本 を 無 批 判 に 信 頼 し て お り 、 ま ず い 。 進 流 のも の に つ い て は 、 岩 原 諦 信 師 の ﹃声 明 の研 究 ﹄、 中 川 善

( 注11 )  声 明 伝 承 の 系 統 に つ い て は 、 大 山 公 淳 師 の ﹃声 明 の 歴 史 及 び 音 律 ﹄ ﹃仏 教 音 楽 と 声 明 ﹄ な ど に 詳 し い。 が 、 昔

教 師 の ﹁南 山 進 流 声 明 概 説 ﹂ (﹃ 仏 教 音楽 の研 究 ﹄ 所 収) にも 解 説 があ り 、 こ ち ら は 批 判 的 であ り 、 よ ほ ど よ い。 新 義

派 のも の に つ いて は 、 内 山 正 如 師 の ﹃新 義 声 明 大 典 ﹄ の 附 録 が 詳 し い。

︹ 真 言声 明伝 承略 図︺

て ﹂ と いう 論 考 を 発 表 し た 。 

( 注12 )   こ の こと に つ い て は 、 高 野 山 大 学 仏 教 学 研 究 室 編 ﹃仏 教 と 文 化 ﹄ に 、 私 の ﹁ 魚 山〓 芥 集 の 墨 譜 の問 題 点 に つ い

訴 にあ って 鎮 西 に流 さ れ た 人 で、 宿 因 を 感 じ て 仏 門 に 入 って 仏 道 に 勤 め た 人 で、 妙 音 院 を た て て、 琴 の譜 を も っ て

( 注 13 )   ﹃ 魚 山〓 芥 集 ﹄ の巻 末 の 附 録 に 、 ﹁古 記 ニ云 ⋮ ⋮ ﹂ と し て 、 六 条 中 将 と いう 人 は 、 音 楽 の名 手 で 、 仁 平 の 際 に讒

懺 法 伽 陀 の曲 を 作 り 、 三 宝 を 讃 嘆 し た と あ る 。 六 条 中 将 と は 、 歴 史 の 上 に は 出 て 来 な い名 前 であ る が 、 藤 原 師 長 の

伝 記があ やま り伝 えら れ た のだろう と 思う。 東大 寺 の凝念 の ﹃ 声 明源流 記 ﹄ には、 妙音 院 は太 政大 臣師 長だ と 言 っ

て いる 。 こ の曲 の音 階 は レ ミ ソ ラ ド レ で 、 岩 原 師 の 中 曲 音 階 であ る が 、 時 に ミ に〓 が つき 、 箏 曲 の 古今 調 の 旋 法 に な って いる 。

( 注14 )  墨 譜 と 五 線 譜 と を 比 較 し て み る と 、 多 少 の 出 入 り は あ る が、 ﹁斗 ﹂ と ﹁六 ﹂ は (ミ ) に 、 ﹁十 ﹂ と ﹁五 ﹂ は (レ)

 

に 、 ﹁九 ﹂ は (ド ) に 、 ﹁八 ﹂ は (ラ ) に 、 ﹁七 ﹂ は (ソ ) に 対 応 す る と 言 え る 。 な お 、 ﹃ 舎 利讃 嘆﹄ の五線 譜 は、 岩

原 師 がみず から 採譜 さ れた も のが ﹃ 声 明教 典 ﹄ の ﹁ 音 譜 篇 ﹂ に載 っ て い る 。 ︹参 考3 ︺ は そ の 一部 を 私 見 に よ って 改 め た も の であ る が 、 も し 改 悪 に な っ て いた ら 、 つ つ し ん で お わ び す る 。 

キ ョウ ・シ ョウ ・シ ュ ・ギ ャ の類 は 拗 音 で 、 ︹kjou ︹︺ sj︺ ou ︹ sju︺︹gi ︺aの よ う に 詠 む 。

( 注15)   例 外と し て次 の点 に注意 。 (イ)

( )ロ ナ ウ は ノ ウ と 読 む 。 ゲ フ ・ハ フ の よ う な 第 二 拍 の フは ウ と 読 み 、 ︹geu︺︹hou︺と 言 う 。

で は な い。 

そ の他 は 、 仮 名 通 り に 読 む 。 す な わ ち 、 セ イ は ︹sei で︺ あ って、 ︹〓︺ で は な く 、 ボ ウ は ︹bou︺で あ って 、 ︹〓︺ で は な く 、 ベウ は ︹beu︺で あ って、 ︹〓︺

( 注16 )  大 体 こ の振 仮 名 のと お り 読 ん で い た だ い て い いが 、 ミ ョウ ・シ ャ ・ジ ャ ク ・キ ャ ・フ ァ の 類 は 拗 音 で あ る 。 振

仮 名 に 小 字 を 用 い に く い の で、 こ のよ う な 体 裁 に な って し ま った 。 ﹁持 ﹂ ﹁着 ﹂ は 、 古 い発 音 で は ダ 行 の 音 の は ず で

あ る が 、 ザ 行 の音 と 区 別 な く 唱 え ら れ る 。 四 つ仮 名 の区 別 は 、 声 明 の 中 に は 残 って いな い よ う だ 。 開 合 の 別 も 、 こ の声 明 に は 見 ら れ な い。 

も の が 、 同 書 の付 録 九 三 頁 に あ が って いる 。 こ れ ら に 見 え る よ う に 、 (＼ ) の譜 は 、 (︱) の 直 前 で は あ と を 下 げ 、

( 注17 )   現 在 の唱 え 方 に つ い て は 、 岩 原 師 の ﹃ 声 明 の 研 究 ﹄ の五 九 五︲ 六〇〇 頁 に解 説 が あ り 、 ま た 五 線 譜 に 採 録 し た

そ れ 以 外 の場 所 で は 声 を ゆ る が し 、(︱) の 譜 は 、 (＼) の直 前 で は あ と を 上 げ る よ う に な って いる 。 あ と を 上 げ た

り 下 げ た り す る の は 、 音 韻 論 で いう 逆 行 同 化 の例 、 声 を ゆ る が す のは 単 調 を き ら って の 異 化 で、 と も に 後 の 発 生 で あ ろ う 。 

( 注18 )  ﹃ 類 聚 名 義 抄 ﹄ の も の と も そ っく り 同 じ だ と 言 い た い が 、 ﹃舎 利 講 祭 文 ﹄ と いう 曲 に、 ﹁得 て﹂ と い う 語 句 が

﹃舎 利 講 祭 文 ﹄ だ け が 特 別 に お そ く 出 来 た か も し れ な い で は な い か と いう 議 論 も 成 り 立 つ が 、 曲 調 が よ く 似 て いる

徴 々 型 に 表 記 さ れ て い る の で、 ﹃四 座 講 式 ﹄ と 同 じ 時 代 の ア ク セ ン ト を 反 映 す る も の と 見 た 。 も っと も 、 こ れ は

のは 残念 であ る。

し 、 ま た 他 の曲 にも 、 ﹃名 義 抄 ﹄ で去 声 点 の つ い た 語 句 が 全 然 出 て 来 な い の で 、 何 と も そ れ 以 上 の こ と が 言 え な い

( 注 19 )   祭 文 の本 文 の う ち 、 昭 和 何 年 何 月 何 日 と いう と こ ろ は 、 そ の 読 み 上 げ る 日 付 を 入 れ る た め に 、 こ こ だ け い ろ い

ろ 変 る 。 そ の 時 、 ど ん な 時 に で も 正 し い四 声 で唱 え ら れ る よ う に と いう わ け で 、 祭 文 を 集 め た 本 に は 、 読 み 方 一覧

表 があ が って いる 。 呉 音 と 漢 音 と の ち が い が は っき り 出 て い て お も し ろ い。 な お 、 昭 和 と い う よ う な 年 号 は 、 ど ん

な 年 号 で も 低 平 に 読 む の だ そ う で、 こ れ は 四 声 の 伝 承 が失 わ れ た も の と 解 さ れ る 。 

( 注 20 ) 祭 文 は 何 曲 か あ る が 、 す べ て そ の曲 調 は こ の ﹃ 御 影 供 祭 文 ﹄ と 同 じ と いう 。 こ の こ と は 、 譜 面 を 見 て も わ か る 。

た だ 一つ、 岩 原 師 の教 え に 従 う と 、 ﹃明 神 講 祭 文 ﹄ だ け は 、 使 わ れ て いる 墨 譜 の 種 類 も 多 く 、 そ の 現 行 の曲 調 も 著

し く ち が う 。 こ の 曲 だ け は 、 一つ 一つ の 墨 譜 は そ の 墨 譜 の示 す ま ま の 音 で 唱 え ら れ 、 聞 いた と こ ろ で は 、 古 代 の ア

ク セ ント そ の ま ま で 唱 え ら れ て い る 感 じ が 強 い。 こ れ は 高 低 に 関 す る 限 り 、 今 に 古 代 の会 話 の フ シ を そ の ま ま 伝 え

る 最 高 の 資 料 で は な いか と 思 う 。 た だ 、 長 短 緩 急 の 変 化 が 、 会 話 ら し い感 じ を 破 って いる 。 

﹃四座 講 式 ﹄ につ い て は 、 服 部 博

士 が ま だ 学 生 時 代 に 行 わ れ た 、 鎌 倉 ・室 町 ご ろ の 写 と いう 譜 本 に つ い て の未 発 表 の 研 究 が あ る 。 

( 注 21 )  例 え ば 、 井 上 奥 本 氏 の ﹁日本 語 調 学 小史 ﹂ (﹃ 音 声 の研 究 ﹄ 二 所載 ) な ど 。 な お

( 注 22 )   こ の こ と に つ い て は 、 簡 単 に は ﹁日 本 四 声 古 義 ﹂ ( ﹃国 語 アク セ ント 論 叢 ﹄ 所 収、 本 書 に転 載 ) の 中 な ど に 触 れ た 。 

( ただ し 羽 は嬰

(た だ し 羽 は 嬰 羽 )

( 注 23 )   中 師 は 、 実 際 に は これ よ り 半 音 低 い音 程 で唱 え ら れ た が 、 # や b の 類 を 少 く す る た め に 、 こ のよ う に 採 譜 し た 。 

( 注2 4 )  現 在 、 進 流 で は 、 ﹁初 重 ﹂ ﹁三 重 ﹂ は 民 謡 旋 法 を も ち 、 新 義 派 は ﹁初 重 ﹂ ﹁三 重 ﹂ は 律 旋 法

羽 ) ﹁二 重 ﹂ が 民 謡 旋 法 で あ った と 解 さ れ る 。 

を も ち 、 ﹁二 重 ﹂ は 両 派 と も 旋 法 を な さ な いが 、 室 町 時 代 の進 流 の も の は ﹁初 重 ﹂ ﹁三 重 ﹂ が 律 旋 法

( 東京) 第 四 十 回 、 昭 和 三 十 四 年 十 月 十 八 日 (日) 、 立 教 大 学 五 号 館 一五 五 番 教 室 。

え る 部 分 に は 、 こ のあ と ま た 、 次 か ら 次 へと 目 ま ぐ る し い転 調 が 行 な わ れ る 。

( 注 25 )   これ も、 ﹃ 四 座 講 式 ﹄ の場 合 と 同 様 に 、 中 僧 正 が 実 際 に 唱 え ら れ た 音 高 よ り も 半 音 高 く 採 譜 し た 。 精 義 者 の 唱

 ︹補 注 1 ︺  国 語 学 会 公 開 講 演 会

 ︹補 注 2 ︺・︹ 補 注 3︺   本 書 で は割愛 した 。

 ︹補 注 4 ︺・︹ 補 注 5︺   本 書 で は宮 野 宥 智 編 ﹃南 山 進 流 声 明 類 聚 附伽 陀 ﹄ の 譜 を 掲 げ た 。 し た が って 以 下 の本 文 の 記 述 と

 

は小 異 があ る。

の 一部 を 呂 旋 法 で 、 一部 を 律 旋 法 で 歌 う と 言 う の が 正 解 のよ う だ 。 こ の曲 は 勧 請 の 部 分 が 律 曲 、 経 題 と 経 文 の 部 分

  ︹ 補 注 6 ︺  岩 原 師 は 、 中 曲 を 旋 法 の種 類 と 解 さ れ た が 、 そ れ は 間 違 い で 、 柴 田 耕 穎 氏 が 説 を 出 さ れ た が 、 中 曲 と は 、 曲

が 呂 曲 、 ﹁金 剛 手 言 ﹂ か ら あ と の 部 分 が全 部 律 曲 で あ る か ら 、 中 曲 と 呼 ば れ て いる と いう 。

し た が って 以 下 の本 文 の記 述 と は 小 異 が あ る 。

  ︹ 補 注 7 ︺ 本 書 で は 著 者 架 蔵 の 書 名 ・刊 年 不 明 ( 刊記 に ﹁ 高 野 山 八左 衛 門 尉 開板 ﹂ と あ り) の 江 戸 時 代 巻 子 本 に よ った 。

  ︹ 補 注 8 ︺・︹ 補 注 9 ︺  本 書 で は 割 愛 し た 。

  ︹ 補 記︺   (1)   進 流 レ コ ー ド の 収 録 作 品

第 三集  表

第 二集   表 (1) 三 条 錫 杖

第 一集   表 (1) 三 礼 ・(中 2) 唄 ・(如 3) 来 唄 ・(云 4) 何 唄 ・(5 四) 智 梵 語 。 裏(1)散 華 ・(梵 2) 音 ・(3 三) 条 錫杖。

  一九〇 頁 ・二〇 七 頁 に 触 れ た 、 摩 尼 氏 の編 集 さ れ た レ コー ド に 収 め ら れ て い る 声 明 作 品 は 次 の よ う で あ る 。

 

 

 

第 四 集   表 (1 ) 吉 慶 梵 語 ・(四 2) 方 讃 ・(3 仏) 名 ・(教 4) 化 。 裏(1)文 殊 讃 ・(灌 2) 沐 頌 ・(3 駄) 都 讃 ・(光 4) 明 真 言 ・(5 秘) 讃不

(つ づ き )・(対 2) 揚 ・(大 3) 日 讃 ・(不 4) 動 讃 ・(仏 5) 讃 。 裏(1) 金 剛 界 唱 礼 ・(2 四) 智 漢 語。

 

第 五 集   表(1)御 影 供 祭 文 ・(御 2) 影 供 表 白 。裏(1) 御 影 供 神 分 ・(大 2) 般 若 法則 。

動 漢 讃 ・(6 秘) 讃光 明真 言。

) 心 略 漢 語 ・(吉 (1 2) 慶 漢 語 ・(四 3) 波 羅 蜜 。 裏(1)中 曲 理趣 経 。

 

第 六 集   表(1)涅槃講 式 表 白 段 ・(同 2) 二 重 ・(3 同) 第 四 段 三 重 ・(4 同) 第 五 段 三 重 。 裏(1)涅槃講 式 第 五 段 三 重

(つづ

 

き )・(2) 羅 漢 講 式 第 二 段 二 重 ・(同 3) 第 五 段 三 重 ・(4) 跡遺講 式 第 一段 三 重 ・(5 同) 第 三 段 三 重 ・(6 舎) 利講 式第 二段 三 重 ・(同 7) 第 三 段 三 重 。 

 ( 注 20 )  に 、 ﹃明 神 講 祭 文 ﹄ は 古 代 ア ク セ ン ト を そ のま ま 伝 え る 最 高 の 資 料 のよ う に 書 いた が 、 あ の時 は 私 は ま だ 新

( 2)   新 義 派 の祭 文 の 旋 律 に つ い て

に対し て、

義 派 の祭 文 を 知 ら な か った 。 あ の あ と 中 義 乗 師 の ﹃御 影 供 祭 文 ﹄ を 聞 い た と こ ろ が 、 新 義 派 の 祭 文 な る も の は 、 譜 本

  (/ ) の 譜   高 い平 ら な 調 子 で 唱 え る   (︱) の 譜    (/ ) よ り 二 度 低 い平 ら な 調 子 で 唱 え る

残 って いな い、 鎌 倉 初 期 の 人 が 使 った ア ク セ ント が そ のま ま こ の 声 明 と い う 隔 離 さ れ た 世 界 に遺 って 使 わ れ て い る と

 と いう よ う に、 き わ め て 行 儀 よ く 唱 え も の で あ る こと を 知 った 。 こ れ は ま こ と に 珍 し いこ と で、 現 代 ど こ の方 言 にも

言 って よ いわ け で あ る 。 私 は 、 中 僧 正 が 肉 声 で 唱 え ら れ る こ の曲 を 実 際 耳 で 聞 い た 時 に 、 多 少 誇 張 す れ ば 、 モ ザ ンビ

ク 海 峡 の コ モ ロ諸 島 で 、 ス ミ ス 博 士 と いう 人 が 生 き た 奇 魚 シ ー ラ カ ン スを 肉 眼 で 見 た 感 激 は こ ん な も の だ った か と 思

った 。 強 い て 言 う と 、 部 分 的 に は (/ ) と (︱) の 混 同 も あ り 、 終 り の部 分 に 音 楽 的 効 果 を ね ら った 変 化 が つけ ら れ 、

ま た 、 す べ て の 拍 が 声 を 引 いて ゆ る い テ ンポ で 唱 え ら れ る の で、 こ と ば と いう 感 じ が 薄 い恨 み があ る が 、 と に か く 新

義 真 言 の祭 文 の 旋 律 こ そ は 、 一千 年 前 の 日 本 語 の ア ク セ ン ト が ど ん な で あ った か を 直 接 に 教 え て く れ る 最高 の 資 料 の よう だ。

ア ク セ ン ト 資 料 と し て の契 沖 の 仮 名 遣 書

契 沖 の仮 名 遣 書 所 載 の国 語 ア ク セ ント

  一  

  釈 契 沖 の ﹃和 字 正 濫 抄 ﹄ ﹃和 字 正 濫 通 妨 抄 ﹄ ﹃和 字 正 濫 要 略 ﹄ は 現 在 行 は れ て ゐ る 標 準 仮 名 遣 の基 礎 を 定 め た も

ので 、 そ こ に 見 出 だ さ れ る 純 実 証 的 な 学 的 態 度 は 、 我 国 国 語 研 究 に 一時 期 を 劃 し た 名 著 であ る こ と は 広 く 認 め ら

れ て ゐ る 事 実 で あ る が、 此 等 三著 書 に散 見 す る 国 語 ア ク セ ント に関 す る 記 載 は 、 我 が国 語 ア ク セ ント の史 的 研 究 上 に 貴 重 な 資 料 と 成 って ゐ る こ と は 、 苟 に 興 味 あ る こ と と 思 は れ る 。

  抑々 契 沖 が ﹃和 字 正 濫 抄 ﹄ を 著 し た 動 機 は 、 当 時 世 上 に流 布 し て ゐ た 定 家 仮 名 遣 を 排 撃 し 、 古 典 に 於 け る 実 例

か ら 帰 納 し て 確 乎 た る 根 柢 を 有 す る 新 仮 名 遣 を 制 定 せ ん と す る こと であ った が、 偶々 定 家 仮 名 遣 は仮 名 の四 声 、

即 ち 語 の ア ク セ ント に基 い て オ ・ヲ等 の書 分 け を 行 ふ 、 な ど と 言 ふ説 が 伝 へら れ て 居 り 、 そ の頃 出 来 た 仮 名 遣 の

書 に は 、 国 語 ア ク セ ント に言 及 し た も の が 少 く な か った の で 、( 注1)契 沖 も こ れ に 倣 って 、 ﹃正 濫 抄 ﹄ の巻 末 に 国

語 ア ク セ ント に 関 す る 彼 の蘊 蓄 の 一斑 を 書 止 め た ので あ った 。 所 が 橘 成 員 と 言 へる も の、 ﹃和 字 古 今 通 例 全 書 ﹄

に よ って無 謀 に も 古 典 に よ る 仮 名 遣 を 誹謗 し 、 国 語仮 名 遣 は 須 く 語 の ア ク セ ント に よ る べし と の論 を 蒸 返 し た の

で、 此 処 に契 沖 は 憤 然 と し て ﹃ 和 字 正 濫 通 妨 抄 ﹄ を 、 次 いで ﹃和 字 正 濫 要 略 ﹄ を 著 し て、 新 た に 多 数 の語 彙 を 挙

げ て 国 語 ア ク セ ント の性 質 を 再 論 し 、 斯 く て 図 ら ず も 、 彼 の近 世 初 期 近 畿 方 言 に 於 け る ﹁国 語 ア ク セ ント 辞 典 ﹂

の称 あ る ﹃補 忘 記 ﹄( 注2)に 次 ぐ 、 豊 富 な 当 時 の国 語 ア ク セ ント 語彙 を 有 す る 文 献 が 成 立 し た の であ る。

  さ れ ば 国 語 ア ク セ ント 研 究 史 を 公 け に さ れ た 、 橋 本 進 吉 先 生 ( 注3) ・東 条 操 先 生 ( 注4) ・故 井 上 奥 本 氏 ( 注5)・

大 西雅 雄氏 ( 注6) ・服 部 四 郎 先 生 ( 注7)の諸 先 進 は 、 何 れ も 此 等 契 沖 の著 書 を 重 ん ぜ ら れ 、 殊 に 井 上 氏 は 契 沖 の

記載 し た 語 彙 の アク セ ント 価 を 推 定 せ ら れ 、 又 森 正 俊 氏 は 此 等 の 著 書 に見 え る 語 彙 と 、 現 在 の 伊 勢 四 日市 の アク

セ ント の比 較 を 試 み ら れ た の で あ った 。( 注8)然 る に井 上 氏 の研 究 は そ の方 法 論 に 言 及 さ れ た に 止 ま り 、 そ の音

価 の推 定 に 関 し て従 ひ か ね る 点 あ り 、 森 氏 の考 察 は 一拍 名 詞 以 外 に 出 ず 、 こ の豊 富 な ア ク セ ント 史 の資 料 の活 用

は ほ ん の緒 につ いた ば か り と 言 って よ い の で あ る 。 小 稿 は 、 斯 く て 、 契 沖 が ア ク セ ント を 記 載 し て ゐ る 総 て の語

彙 に 就 て 当 時 のア ク セ ント 価 を 推 定 し 、 近 古 初 期 の国 語 ア ク セ ント の闡 明 に些 か の努 力 を な し た いと 思 ふ も の で あ る 。 不 備 の点 は 各 位 の存 分 な 御 叱 正 を 願 って や ま な い。

  な ほ 小 稿 のテ キ スト と し て は、 橋 本 先 生 の 御 校 訂 に 成 る ﹃契 沖 全 集 ﹄ 第 七 巻 所 載 の本 文 を 用 ひ た が、 不 審 あ ゐ

点 は 、 ﹃正 濫 抄 ﹄ に 就 ては 元文 四 年 刊 の版 本 を 、 ﹃要 略 ﹄ に就 て は 東 大 国 語 研 究 室 蔵 の写 本 二部 を 、 ﹃通 妨 抄 ﹄ に

就 て は 橋 本 先 生 の御 好 意 によ って 閲 覧 す る こ と が 出 来 た 、 著 者 自筆 本 の ロオ ト グ ラ フを 、 そ れ ぞ れ 参 照 し た 。 小

稿 を 草 す る に当 って終 始 御 指 導 を 賜 った 橋 本 先 生 に慎 し ん で御 礼 申 上 げ る 次第 であ る 。

  二  契 沖 の仮 名 遣 書 所 載 の ア ク セ ント の性 質

  抑々 私 達 が何 か 過 去 の 文 献 を 通 し て、 そ こ に 記 載 さ れ て ゐ る国 語 ア ク セ ント を 考 察 す る場 合 、 第 一に 考 へな け

れ ば な ら な い こと は 、 そ の ア ク セ ント は 何 地 方 の何 時 代 のも の か、 と 言 ふ こと で あ って、( 注9)こ の稿 に 於 て も 契 沖 の著 書 に 対 し て先 づ こ の問 題 か ら 考 へて 行 き た い。

  先 づ 契 沖 の記 載 し た ア ク セ ント は 何 地 方 のも の であ ら う か 。 ﹃正 濫 抄 ﹄ 以 下 の著 書 に は こ の点 を 明 ら か に す る

何 等 の断 り書 き も 見 え な い。 然 し 、 今 考 へて 見 る のに 、 現 在 例 へば 神 保 格 先 生 ・佐 久 間 鼎 博 士 等 が ﹁国 語 の ア ク

セ ント ﹂ 又 は ﹁日本 語 の アク セ ント ﹂ と言 は れ る時 に は 、 全 国 諸 方 言 の中 で、 標 準 語 た る東 京 語 のア ク セ ント を

指 す の が常 で あ る 。 然 ら ば 契 沖 時 代 に は、 京 都 語 が 標 準 語 と し て全 国 諸 方 言 に 対 し て比 類 な き 地 位 を 占 め て ゐ た

故 、 契 沖 が何 の断 りも な く 、 単 に 国 語 のそ れ と し て 文 献 に 記載 し て ゐ る アク セ ント は 、 京 都 方 言 のそ れ を 写 さ う

と し た も のと 見 て、 何 等 差 支 へな いと 考 へら れ る。 殊 に契 沖 は 終 世 京 都 に近 い 地 方 に住 み、 京 都 方 言 には 非常 に

親 し か った と 想 像 さ れ る か ら 尚 更 であ る。 又 、 契 沖 記 載 の ア ク セ ント を 、 現 在 の京 都 ア ク セ ント と 比 較 し 、 契 沖

と 略々 同 時 代 の京 都 ア ク セ ン トを 記 載 し た と 見 ら れ る ﹃補 忘 記 ﹄ に 見え る そ れ と 比 較 し 、 更 に院 政時 代 の京 都 ア

ク セ ント を 記 載 し た と 見 ら れ る ﹃類 聚 名 義 抄 ﹄ に 見 え る そ れ と 比 較 し て も 、 契 沖 の アク セ ント が京 都 方 言 の そ れ

と 見 て何 等 の支 障 を 来 さ な い ので あ る 。 そ れ 故 、 こ の稿 で は暫 く 京 都 方 言 の ア ク セ ント を 記 載 し た も のと 見 て 論 を 進 め る こ と と し た い。

  唯々 疑 ふ ら く は 契 沖 は 摂 津 尼 崎 に生 れ 、 生 涯 を 摂 津 ・和 泉 ・河 内 及 び 高 野 山 で 送 った 人 (注) 1で 0あ る 。 そ れ 故

契 沖 が実 際 に 口頭 で 用 ひ た ア ク セ ント は、 京 都 方 言 のそ れ で は な く て、 寧 ろ 現在 の大 阪 ・尼 崎 方 言 のそ れ に似 た

も の であ った であ らう 。 而 し て 現 在 京 都 の アク セ ント と 大 阪 ・尼 崎 のア ク セ ント と は 非 常 に 類 似 し 、 契 沖 時 代 に

あ っても 事 情 は 恐 ら く 同 様 と 思 は れ る故 、 語 に よ って は 契 沖 が 京 都 ア ク セ ント を 記 載 し た つも り で 、 実 は 大 阪 ・ 尼 崎 ア ク セ ント を 記載 し て 了 った も の が あ る かも 知 れ な いと 疑 は れ る 。

  然 ら ば 果 し て契 沖 の記 載 し た 語 の中 で ど の語 が大 阪 アク セ ント か と 言 ふ の に、 そ の判 定 は 実 に 難 し い。 而 し て

契 沖 の記 載 し た 語 例 は 前 述 の 如 く 、 大 体京 都 ア ク セ ント と 見 て も 理解 さ れ るも のば か り で あ る 。 斯 く て こ の稿 で

は 、 此 等 著書 の ア ク セ ント は 総 て 京 都 ア ク セ ン ト と 仮 定 し 、 若 し そ れ で 矛 盾 が 起 る 場 合 に の み、 改 め て大 阪 ア ク セ ント で は な い か と の疑 を 起 し て 見 た いと 思 ふ。

  次 に契 沖 の諸 著 書 の ア ク セ ント は 何 時 代 のも の か 。 こ の問 題 は 一見 簡 単 の 如 く 、 即 ち 契 沖 の生 存 時 代 のも のと

見 れ ば よ い、 と も 思 は れ る が、 実 は 前 の問 題 以 上 に 面 倒 な 因 子 を 含 ん で ゐ る や う で あ る 。

  佐 藤 寛 の ﹁本 朝 四 声 考 ﹂ ( 国学院 編 ﹃ 国文論纂﹄所収)に よ れ ば 、 文 久 年 中 に 成 った ﹃真 洲 美 の鏡 ﹄ と いう 本 があ

って 、 そ の中 に 、 著 者 鍋島 誠 は国 語 の ア ク セ ント を 説 き 、 ﹁大 皇圀 に は 平 ・上 ・去 の 三 声 あ り 。 そ のわ か ち は 即

ち 日 は 平 声 、 樋 は 上 声 ⋮ ⋮ ﹂ の如 く 述 べ て ゐ る の であ る が、 今 そ の記 述 を 契 沖 の ﹃正 濫 抄 ﹄ に 比 す る と 、 説 明 の

語 句 に 多 少 の 相 違 を 見 る のみ で、 ア ク セ ント の示 さ れ て ゐ る 語 例 は 両 者 そ っく り同 じ であ る。 これ は 言 ふ ま でも

な く 誠 が契 沖 の説 を 引 用 し た こ と を 示 す も のと 思 は れ る が 、 此 処 で問 題 に 成 る の は 、 契 沖 の時 代 から 、 誠 の時 代

ま で の間 に、 そ れ ら の語 のア ク セ ント が果 し て 変 って ゐ な か った か ど う か と 言 ふ こ と であ る。 少 し も 変 って ゐな

か った ら 別 に差 支 へはな い。 然 し 若 し あ る 語 例 へば ﹁ 樋 ﹂ と言 ふ 語 の ア ク セ ント が 上 声 から 平 声 に と 言 ふ や う に

変 って ゐ た ら? ( 注11変 )って ゐ た ら 誠 は そ の時 代 に は 上 声 の例 と し て 相 応 し く な い ﹁樋 ﹂ を 除 き 、 代 り に 他 の適

当 な 語 、 例 へば ﹁杼﹂ と 言 ふ 語 を 補 ふ 、 と 言 ふ や う な こ と を し た で あ ら う か?   此 は 疑 問 だ と 思 ふ。 第 一に 契 沖

の著 書 は 誠 の時 代 に非 常 に権 威 あ る 書 に成 って いた 。 第 二 に当 時 の人 は ア ク セ ント が 時 代 と 共 に 変 る と 言 ふ こ と

は想 像 し て ゐ な か った と 見 ら れ る。 第 三 に 元 来 ア ク セ ント は 非 常 に 主 観 的 な 面 を 有 す る も の で、 あ る 語を 平 声 と

思 って 聞 け ば 平 声 と 聞 え 、 上 声 と 思 って聞 け ば 上 声 と 聞 え る。 即 ち 、 若 し 契 沖 の時 代 に 上 声 の例 と し て 適 当 であ

った ﹁樋 ﹂ が 、 誠 の時 代 に は 適 当 で は な く な って ゐた と し ても 、 誠 は な ほ ﹁樋 ﹂ を 上 声 と し て 記 載 し た か も 知 れ な い、 と 考 へら れ る の で あ る 。

  こ のや う に考 へて来 る と 、 私 達 は 契 沖 の 著書 に 対 し て も 、 果 し て 契 沖 が 当 時 自 分 の周 囲 に 行 は れ て ゐ た 京 都 ア

と 言 ふ こ と は な いに し ても︱

一部 の単 語 の ア ク セ ント

ク セ ント に就 いて ﹁日﹂ は 確 か に 平 声 だ 、 ﹁樋 ﹂ は 確 か に上 声 だ と 感 じ て 記 載 し た の か ど う か に 関 し て、 疑 な き を 得 な い。 若 し 契 沖 以 前 に 契 沖 が 記 載 し て ゐ る 総 て︱

を 示 し た 文 献 が あ って、 契 沖 は そ の文 献 に従 って 幾 つか の語 の ア ク セ ント を 記 載 し た か も 知 れ な い。

  岩 淵 悦 太 郎 先 生 の御 研 究 に 拠 る と 、 ﹃ 蜆 縮 涼 鼓 集 ﹄ に 見 え る 記 述 か ら 考 へて 、 当 時 の京 都 方 言 の ハ行 音 は 既 に

古 い唇 音 か ら 、 現 在 のや う な 喉 頭 音 に変 って 了 って ゐ た と考 へら れ る。 所 が今 契 沖 の ﹃正 濫 抄 ﹄ 巻 一に載 せ ら れ

た 五 十 音 図 に は こ れま た 岩 淵 先 生 御 指 摘 の如 く ハ行 を 立 派 な 唇 音 と し て 出 し て ゐ る こ と。 此 は 契 沖 が 古 く か ら の

伝 承 を 重 ん じ て、 当 時 実 際 に 行 は れ て ゐ る 発 音 に 対 し て は 十 分 な 注 意 を 払 は な か った こ と を 示 す も の であ って 、

か う 考 へる と 、 契 沖 は アク セ ント に於 て も 、 或 は 当 時 の実 際 の発 音 を 観 察 せず に 、 古 い文 献 の記 載 を そ の ま ま 転 載 し た かも 知 れ な いこ と は、 否 定 出 来 な い こと と考 へら れ る 。

  こ の やう に 考 へて 来 ると 、契 沖 の著 書 の ア ク セ ント は 果 し て契 沖 生存 時 代 のア ク セ ント と 見 て よ い かど う か 、

大 き な 不 安 を 感 ず る も の であ る 。 然 し そ れ な ら ば 契 沖 の ア ク セ ント は 必 ず も っと 古 い時 代 のも の と考 へな け れ ば

な ら な いか 、 と 言 ふ に 、 決 し て さ う で も な いや う であ る 。 私 達 は幸 な こと に 、 契 沖 と 同 時 代 の同 地 方 の ア ク セ ン

トを記載 した ﹃ 補 忘 記 ﹄ 及 び そ れ に準 ず る 二三 の文 献 を 有 って ゐ る 。 室 町 時 代 末 期 の ア ク セ ント を 記 載 し た と 見

ら れ る洞 院 実 煕 の ﹃名 目 抄 ﹄( 注12)を 、 近 世 中 期 の ア ク セ ント を 記 載 し た と 見 ら れ る 釈 文 雄 の ﹃ 和 字 大 観 抄 ﹄( 注13)

﹃ 韻 学 階 梯 ﹄( 注14)そ の他 を 有 って ゐ る 。 又、 契 沖 よ りも う 少 し のち の 時 代 の ア ク セ ント を 反 映 し てゐ る と 見 ら れ

る ﹃ 平 家 正 節 ﹄ の旋 律 を 知 ってゐ る。こ れ ら の文 献 ・資 料 に比 較 し て 見 る の に、契 沖 の著 書 のア ク セ ント は 、略々

彼 の時 代 の ア ク セ ント と し て 理解 出 来 る の であ る 。 又消 極 的 な 理由 では あ る が、 私 達 は 契 沖 以前 に出 来 た 書 で、

契 沖 が 記 載 し た と 同 じ 語 彙 を 同 じ 方 法 で記 載 し た 文 献 を ま だ 知 らな い の であ る 。 そ こ で 私 は 契 沖 の ア ク セ ント に

対 し 、 何 か さ う 考 へて は 工 合 の悪 い時 には 改 め て前 時 代 の アク セ ント か と 疑 ふ こ と と し て、 差 当 って は 先 づ当 時 の ア ク セ ント を 写 し て ゐ る も のと 考 へてか か り た い と 思 ふ 。

  以 上契 沖 の諸 著 書 所 載 のア ク セ ント の方 言 及 び時 代 に つ いて の 一通 り の考 察 を 終 へた が、 次 に 考 察 し た い こ と

は 、 契 沖 が当 時 の発 音 を 実 際 に観 察 し て記 載 し た も の と し て、 果 し て彼 は 実 際 の発 音 の高 低 を 正 確 に 聞 く こと が

出 来 た か ど う か 、 と 言 ふ こ と 、 即 ち 、 彼 が ﹁日 は 平 声 ﹂、 ﹁樋 は 上 声 ﹂ な ど と 記 載 し て ゐ る こ と を 全 部 信 用 し て 、

直 ち に当 時 の ア ク セ ント を 推 定 し て よ いか ど う か と 言 ふ こ と であ る 。前 述 の ハ行 を 唇 音 と し て ゐ る 点 な ど か ら 考

へる と、 彼 は 果 し て 音 の高 低 を 間 違 ひ な く 聞 分 け た か ど う か 、 疑 念 な き を 得 な い の であ る が 、 実 際契 沖 の 記 述 し

て ゐ る 言 葉 の中 に は 、 契 沖 の記 述 通 り考 へて は 、 ど う も 他 の ア ク セ ント 資 料 に 対 し て支 障 を 来 す 場 合 が間 々あ る の であ る 。( 注15)之 に 就 て は 次 節 以 下 に於 て 十 二分 に 吟 味 し て 行 き た いと考 へる 。

  唯々 此 処 に注 意 し てお き た い こ と は 、 契 沖 の個 々 の語 の高 低 の姿 の観 察 に は 従 ひ か ね る も のも あ る け れ ど も 、

契 沖 は同 じ 型 の 語 は 間 違 ひな く 同 じ 型 の語 と 感 じ 、 異 る 型 の語 は誤 り な く 異 る 型 の語 と 、 判 定 す る 耳 は 十 分備 へ

て ゐ た こ と であ る 。 現 在 諸 方 言 を 見 渡 す と 、 幾 つか の語 が 群 を な し て 、 同 一の方 言 で は 同 一の 型 で発 音 さ れ る こ

と が観 察 さ れ 、 例 へば 一拍 名 詞 ﹁蚊 ﹂ ﹁子 ﹂ ﹁血 ﹂ ﹁戸 ﹂ ⋮ ⋮ は 一群 を な し て、 東 京 方 言 ・名 古 屋 方 言 で は○ 型 、

京 都 ・大 阪 方 言 で は ○ ○ 型、 ﹁毛 ﹂ ﹁名 ﹂ ﹁葉 ﹂ ﹁日 ﹂ ⋮ ⋮ は 他 の 一群 を な し て 、 東 京 方 言 では ○ 型 、 名 古 屋 方 言 で

は ○ 型、 京 都 ・大 阪 方 言 で は ○ ○ 型 の如 く に成 って ゐ る の で あ る が 、 今 こ の事 実 か ら 、 過 去 のあ る 時 代 の あ る 方

言 の ア ク セ ント に 於 ても 、 現 在 同 一群 の中 に 収 め ら れ る幾 つか の 語 は 、 や は り 同 一の 型 で発 音 さ れ て ゐ た ら う と

想 像 さ れ る の で あ る 。( 注16)さ て契 沖 の 著 書 に 就 て、 右 の 語彙 を 当 って 見 る の に 、 ﹁蚊 ﹂ ﹁子 ﹂ ⋮ ⋮ の 一群 は 総 て

上 声 、 ﹁毛 ﹂ ﹁名 ﹂ ⋮ ⋮ の 一群 は 総 て平 声 と 表 記 さ れ て ゐ て 、 矛 盾 す る も の は 一語 も な い。 こ の事 実 は 、 契 沖 は ア

ク セ ント の異 同 と 言 ふ こ と に 関 し て は 、 安 心 し て 信 頼 す る こ と が出 来 る 鋭 敏 な 感 覚 の持 主 であ った こと を 証 す る と 考 へる 。

﹃正 濫 抄 ﹄ 以 下 の諸 著 書 に 記 載 さ れ て ゐ る 一つ 一つの 語 に 就 て、 具 体 的 な ア ク セ ント の考 察 に 入 り た

  三   契 沖 の 諸 著 書 所 載 の ア ク セ ン ト 語 彙 一覧   さ て愈々

いと 思 ふ が 、 此 等 諸 著 書 のア ク セ ント は一 ケ 所 に集 ま って ゐ る 訳 で は な く 、 ﹃正濫 抄 ﹄ で 三 ケ 所 、 ﹃通 妨 抄 ﹄ で十

一ケ 所 、 ﹃要 略﹄ で 二 ケ所 、 合 計 十 六 ケ所 に 別 れ て 掲 載 さ れ て ゐ て、 対 照 す る の に不 便 であ る か ら 、茲 に 契 沖 が

そ の語 全 体 の アク セ ント を 表 記 し た 語 総 て を 整 理 し て掲 げ て 見 よ う と 思 ふ。 但 し 、 次 の諸 点 に注 意 。

﹃ 契 沖 全集 ﹄ に

  一、 契 沖 は 語 の ア ク セ ントを 表 記 す る 場 合 、 殆 ど 総 て の 例 を 通 じ て そ の語 を 四 声 の 一つに 宛 て て 、 音 訓 を 示 し

て ゐ る の で あ る が 、 そ の 宛 て 方 は 場 所 に よ っ て 異 っ て ゐ る 。 例 へ ば︹A︺﹃正 濫 抄 ﹄ (一九 八頁 ︱

拠る。 以下頁数を掲げ る場合 は総て同様)で ﹁橋 ﹂ ﹁端 ﹂ ﹁箸 ﹂ を 平 上 去 三 声 に宛 て た のは 第 一種 の表記 法 で 、 各 語

全 体 の音 調 を 四 声 の 一つに 宛 て た も のと 見 ら れ る が、︹B︺﹃通 妨 抄 ﹄ ( 二 一二頁)で ﹁少 男 ﹂ ををとこ 、 ﹁尾 張 ﹂

を を は り と 表 記 し た の は 、 第 二種 の表 記法 で 、 そ の 語 を 一拍 宛々 に 分 解 し 、 各 文 字 の音 調 を 四 声 に 宛 て た も

のと 見 ら れ る 。 此 等 二 種 の ア ク セ ント 表 記 法 は 性 質 の全 く 異 る も の で、 音 価 の推 定 に当 って も 、 別 に考 察 す る のが 便 利 な の で、 此 処 では︹A︺に ︹B 分︺ け て掲 げ る こ と と す る 。

  二、 契 沖 の ア ク セ ント 価 の推 定 に 便 利 な や う に、 各 語 の も と に 、 現 在 京 都 方 言 の ア ク セ ント 、 ﹃ 補 忘 記 ﹄ の記

載 に よ って推 定 さ れ る 契 沖 時 代 の京 都 方 言 の ア ク セ ント 及 び ﹃類 聚 名 義 抄 ﹄ の 記 載 によ って 推 定 さ れ る 平 安

朝 末 期 の京 都 方 言 ア ク セ ント を 対 照 せ し め る 。 こ の中 、 現 在 の京 都 ア ク セ ント は 総 て池 田要 氏 の御 研 究 の結

果 を 拝 借 し た 。 ﹃補 忘 記 ﹄ の  アク セ ント に就 て は 服 部 四郎 先 生 ﹁補 忘 記 の 研究 ﹂・金 田 一春 彦 ﹁補 忘 記 の研 究 、

續貂 ﹂ を 、 ﹃名 義 抄 ﹄ の ア ク セ ント に 就 て は 金 田 一春 彦 ﹁現 代 諸 方 言 の 比 較 か ら 観 た 平 安 朝 ア ク セ ント ﹂ を

参 照 さ れ た い。( 注17)な ほ ﹃補 忘 記 ﹄ に例 の 見 え な い語 は稍々 時 代 が 降 り 、 表 記 法 の 不 完 全 な 憾 が あ る が、

釈 文 雄 の ﹃和 字 大 観 抄 ﹄ ( ﹁大 観﹂ と 略称 したも のが これ)・﹃韻 学 階 梯 ﹄ ( 略 称 ﹁韻 ﹂) か ら 補 ひ 、 ﹃名 義 抄 ﹄ に例

の見 え な いも の は、 ﹃ 金 光 明最 勝 王 経 音 義 ﹄ ( 略称 ﹁ 金 ﹂)( 注18) ・﹃ 色 葉 字類 抄﹄ ( 略 称 ﹁色 ﹂)( 注9 1)か ら 例 を 補 った も の が あ る 。

  三 、 契 沖 が ア ク セ ント を 表 記 し た 語 彙 の中 で、 次 の や う な も のは こ の稿 では 一往考 察 を 控 へる こ と と し た 。 随 って次 の 語彙 表 に は 挙 って ゐ な い。

で ﹁媒 鳥 ﹂ ﹁少 女 ﹂ を ﹁を と り ﹂ ﹁を と め ﹂ と 表 記 し、 ﹁青 葉 ﹂ ﹁青 苔 ﹂ ( あ を のり)を ﹁青 葉 ﹂ ﹁青 苔 ﹂ と 表

  (a) 契  沖 が そ の 語 の 一部 分 を 取 出 し て、 そ の部 分 の み を 四声 に宛 て て ゐ る 語 。 例 へば ﹃通 妨 抄 ﹄ ( 二 一二頁)

記 し た のが これ で あ る 。 こ れ ら の語 彙 は 、 あ る特 殊 の場 合 を 除 いて は そ の語 全 体 の ア ク セ ント を 推 定 す る こと が出 来 な い。( 注20)

  又 ﹃正 濫 抄 ﹄ (八一頁下) の ﹁い る ﹂ (入 )・﹁いる ﹂ (鋳 ) の や う な のは 、 ﹃通 妨 抄 ﹄ (二一二頁上) の ﹁い ろ﹂

の例 と 比 較 す る と 、 そ の語 全 体 の音 調 を 示 し た も のと 解 せ ら れ る が 、 先 づ第 一文 字 だ け の音 調 を 示 し た も のと 見 る 方 が 自 然 と 考 へて、 左 の表 か ら 省 いた 。( 注21)

︱  ウー 

契沖 の著書 名 及頁 数

同

  通 二一三下

ロー ト グ ラ フに よ り 点 の位 置 を 改 め た 

考 

  (b  ) 契 沖 が 四 声 に宛 て る 以 外 の方 法 で 音 調 を 示 し て ゐ る 語 。 例 へば ﹃通 妨 抄 ﹄ ( 三 八五頁上) に ﹁お ろ す と 云 時 は 、 お を 押 てさ く る ﹂ と 言 って ゐ る のは こ の例 と 見 る 。

︱

名義 抄 所載 の アク セ ント  備

  (c  )﹃通 妨 抄 ﹄ (二三五頁上)に 出 て ゐ る 初 め の方 の ﹁いろ は 歌 ﹂。   (d  ) 漢 語 の類 。

 

 ︱ 

補 忘 記所載 の ア ク セ ント 

  ︹契 沖 仮 名 遣 書 所 載 ア ク セ ント 語 彙 一覧 表 ︺( 注22)

  一拍 語

 ウー

  ︱

現在 京都 の ア ク セ ント 

(い) 平声 に表記し てゐるも の

︹A︺ 第 一種 の表記 法を と った 語 例

 i

あ

 語 彙  畔 鵜

江

  エー ︱

 

 ︱

︱

 

 キイ  ︱

え

紀  国名   ケ ー 

荏

毛

︱

 ︱ 

 

 

 

( 韻 )ナ ー ? 

 ︱

 セー

に︱︱

  ネー

(韻 )ハ ー ? 

 ( 大 観 )ハー ?

ハ ー 

  ハー

  (ヒ ノ )

︱

︱ ハ ︱

 ヒー

 

  ︱   

ナ ー 

瀬

丹

ね

名 

子

は 翳は

歯 

葉

羽

日

︱ 

 

エー

︱   ケー

通 二 一二 上 に ﹁え ﹂ と あ る のも こ の 語 であ ら う 

 

一三 下

通 二 一三 下 ( 通 二 一二 上 )

通二

同

正 一九 八 下 通 二 一三 下

 通 二 一四上

通 二 一三 下

 上 声 にも表 記 され て ゐる ナ ー ? 

同

同

同

ー 

同

同

 同

ハー 

 ハー

ハ ー 

︱ 

ニー ?

 ︱

 

正 一九 八 下 通 二 一四 上

  通 二 一三 下

同

 同

 通 二 一四 上

同   モー

  通 二 一三 下

 同右

上 声 にも表 記 され て ゐる

通 二 一四 頁 に は ﹁去 ﹂ の註 記 が   ヒー ?  あ る が 誤 り で あ ら う 

  ︱ 

ミー

︱

マー

︱

ま 

ミー

真 身

  ミー

 ︱

 ヤ ー ?

︱ 

  ︱

 モ ー

 ︱

︱ 

  ヤー

︱ 

 ミー

め 

実

和布 藻 箭  や

藺

柚 ゐ 

ゆ

餌 

色

ⅱ   二拍 語 いろ

弦 橋

居る をる

  同

同

︱ ヰ ー 

︱  ( 韻 )ヰ ー  ?

  ユー  イ ー 

通 二 一二上 要四 九 六下

同

  イ ロ 

ヱー 

  イ ロ

( 韻 )ヱ ー  ?

 イ ロ

正 ー九八 下 通 二四〇 上

  正 一九 八下 ハ シ 

  通 二 一二下

契 沖 の著 書 名及 頁数

  (ヲリ)

  ツル

エー 

考 

︱ 

  同

同

 通二一三下

  ︱

  イー

名義 抄所 載 の 備 アクセ ント 

 正 一九 八 下

 ︱ ハシ 

︱

 ︱

現在京 都 の 補忘 記所 載 の アク セ ント  ア クセ ント 

 ︱

  ︱ 

  ︱

︱

︱

 カ モ

  ツル  ハシ 

  オル

カモ { / カ モ 

平 声 の軽 に表 記 し て ゐ る も の

二拍 語

( ろ)

鴨 

 

(は) 上 声 に表 記 し て ゐ る も の ⅰ   一拍 語

 語 彙  胆 い

射

〓う

柄

榎   エー

  ︱ 

  ︱ カー

得 蚊 

 ︱

  ︱

  エー

︱

  同

 同

 同

︱ 

 ( 韻)エー

同

  同

( 色 )カ ー 

 正 一九 八下

同  ︱

通 二 一三 下

 同

  通 二 一四上

同

  同

同

︱

平 声 にも表 記 され てゐ る 

︱ 

 

  ( 金 )カ ー

 ︱ ︱ 

  ︱ 

カ ー 

  キー  ︱

香 

︱

コー

 ︱

 ︱

 ︱

黄 蹴   け  コー

︱

 ︱

し 

 ︱ スー? {

ス ー 

 ︱ 

 通二一三下

 ︱ 

 スー

 ︱

簀

セー

  スー 

羊蹄

子 

 ︱

洲

瀬 

背

︱

同

 ︱ 

チ ー 

同

  ︱

( チ ヲ ) 

︱ 

そ

︱ 

麻

  ︱ 

同

チ ー 

ち

  ト ー 

血 

茅

︱

︱ 

同

同

同

︱ 

︱ 

ト ー 

︱ 

(韻 )ト ー ? 

  ︱ 

ニー 

  ︱ 

ト ー

と

な

外 戸

汝 煮 

似 

沼

ぬ

ニー 

  ︱ 

  ハー

ネ ー 

は

寝 

端

( 韻 )ニ ー ? 

︱

 

︱ 

( 韻 )ネ ー ?︱ 

  ︱

  ハー 

︱ 

 ( 韻 )ヒ ー ?

︱ 

 ヒー

は

ひ 

半 樋

氷 ︱ 

︱ 

 ︱

同

 同

同

同

︱ 

同

 

同

同

 通 二 一四上

 

 同

同

 同

 通二一三下

同

通 二 一四 上

正 一九 八 下 通 二 一四 上

︱    ヒ ー 

同

  平 声 にも表 記さ れ てゐ る

ヒー? ヒ ー ?  {

︱ 

  ヘー

 ︱

  ︱

ミー

 ︱

  メー

 

  ミー

( 色 )ホ ー 

︱

 ︱

( 韻 )ホ ー ? 

  ( 韻)ヘー?

  ︱   ︱

翳ひ 経 へ

  ︱   ミー

ホ ー 

へ

舳 帆 

身

  ︱ 

 ︱

ミー

女

 モー

実 

喪

通 二 一二 上 通 二 一三 下

通 二 一三下 通 二三 五下  ︱ 

  通 二 一三下

二 三 五 頁 の 例 は ﹁い ろ は 歌 ﹂ の 一節 

  ︱

 ヰー

  ヨー 

イー

 ︱

  ヨー︱

  イー

世

井  猪

  ヲー 

同

  ︱

通 二一三 下 通 三〇 三上

  ︱   ヲー

ⅱ   二拍 語

を ︱

 ︱

苧   オー 

 ︱

緒

 ツ ル

契 沖 の著書 名 及頁 数

正 一九 八下 通 二四〇 上

  正 一九 八 下

釣る

 ハシ

 ハシ

  ハシ

端

ⅰ   一拍 語

( ) に 去 声 に表 記 し てゐ るも の

考 

通 二 一三下

名 義抄 所載 の アク セ ント  備 ウー 

同

現 在京 都 の 補忘 記所載 の アク セ ント  アク セ ント 

キー?

同

語 彙 

︱ 

正 一九 八下 通 二一三 下

食

来 け

く

 ︱    ︱

 ︱ 

ケー?

  通 二一三 下

  ウー

 ︱ 

 コー ?

  通 二 一四上

う

  ︱

  スー?

  通 二一三 下

得

 コー

 ︱

 タ ー?

キ ー︱

粉

  スー

 ︱

木

酢

  ター ち︱

ー

  ︱ 

( 韻 )チ ー ?

︱ 

チ ー?

同

同

︱ 

田 乳

津 ツ

同

ト ー?

テ ー ? 

( 韻 )ト ー ?  

︱

同

(テ ヲ ) 

  トー  

( 韻)ナー ?  ニー?

同

テ ー 

砥

  ナー   (韻 )ニ ー ?

ネ ー?

同

手 

菜 ニー

( 韻 )ネ ー ?

ノ ー?

( 色 ) バー ?

同

荷

ネー (大 観 )(ノ ノ )?

 

根 ノー

  ︱ 

 ︱  

  ヒ ー ? 

︱ 

  ( ヒ ノ)

 フー

同

同

同

 同

正 一九 八 下 通 二 一四 上

  通 二 一三下

同

︱

ヘ ー ? 

同

同 (韻 )ヘ ー ? 

ヘー? 

同

︱ 

︱ 

ホ ー ? 

 

( 韻 )ホ ー ? 

同

 同

  メ ー ?  ﹁ 上 ﹂ と 註 記 あ れ ど 誤 な る べ し 

  ︱  

︱

  ︱

 ︱ 

 同

野

︱

︱ 

︱ 

の 

︱ 

箆

 

 ︱ 

  ︱

︱ バー

 

  ︱

幅 の 用 語 

半  は 、 双 六 場   ヒー

︱

火

経   ふ 

︱

ふ

へ

屁  ヘ ー 

部  鷹 用 語 

綜

 ミ ー

ホ ー 

箕

メー

穂 

目 

芽 屋

湯 夜 

よ

節 竹

 

 ︱

 メー

  ︱ 

︱

 同

  同

同

︱ 

 同

同

  同

同

 同

 ︱

 ﹁平声 軽﹂ と の註 記あ り

 通 二二五 上

契沖 の著書 名 及頁 数

  正 一九 八下

 通 二 一二下

通 二 一三 下 通三〇 三 上

 ︱

  ヲ ー ? 

 ハシ 

 ︱

 ツ ル?

正 一九 八下 通 二四〇 上

 ︱

ワ ー ? 

  ヨー?

ヨ ー ? 

 ︱

 ︱ 

 ︱

 ︱

 ︱

(ヨ ヲ ) 

 ︱

︱

 ユー ヨ ー 

 エー

ワ ー ︱ 

絵  オ ー

輪 

尾

考 

ハシ 

箸

 ア オ

 ︱

ハシ 

青   馬 の毛

  ツル

第 二種 の表 記 法を と った 語 例 現在京 都 の 補 忘記 所載 の ア ク セ ント  アク セ ント 

 ︱

名義 抄 所載 の アク セ ント  備

鶴

ⅱ   二拍語

︹ B︺

 語 彙 

マイ

(い) 平平型 に表記し たも の の中 止 形 

ま ひ  舞 ひ 、 動 詞

 ユ メ  ︱

  ユメ  ︱

  ユメ   同

 同

  同

通 二 三五 下

ゆめ   夢  ミ ジ

 同

﹁い ろ は 歌 ﹂ の 一節 。 ﹁ゆ ﹂ の点 平 声 の 軽 か 

みじ   見じ

 ︱

 通 二三 五 下

通 二三 五 下

 同

﹁い ろ は 歌 ﹂ の 一節 。 ﹁に ﹂ の点 平 声 の軽 か 

  通 二三 五 下

同

﹁い ろ は 歌 ﹂ の 一節

同 。 或 は ﹁お く︲ や ま ﹂ と 二 語 に発 音 す る も の か も 知 れ ず 

 ＊コ エテ   同

＊イ ロ ハ  ﹁い ろ は 歌 ﹂ の 一節

 ︱

チ リ 

 正 一六〇上

︱ 

 ︱ 

 

  セズ

イ ロワ

 ニホ フ

 ( 大 観 )コ エ テ ?

  ＊イ ロ ハ

為ず

せず

 

平 平 平 型 に表 記 し た も の

いろは 色は

(ろ)

エテ

チ リ ヌルオ

 ︱

  通 二 二五上

 

オ ク ヤマ  ( 大観 )オク  ヤ マ 

 ニオ エド

平 平 平 平 型 に表 記 し た も の

こ え て   越 え て  コ

) (は に ほ へど   匂 へど

(お く やま  奥 山) 

散りぬ るを

(に) 平 平 平 平 平 型 に表 記 し た も の ち りぬるを

 ︱

  ︱

  通 二 二五上

(ほ) 上 上 型 に 表 記 し た も の 安房  ア ワ

︱

 ツカヒ つか ひ 

(ヘ) 上上上 型に表記し たも の

マイ  

 ︱

 ︱

舞 名詞

ツカ イ

 ︱

まひ

使 名 詞 

ウタ イ

  同

歌 う た ひ  名 詞 

︱

︱

  ︱

 ヲ ト コ

 ︱

  通 二二 五上

 同

 

  要 四九 六上

 コオ ケ 

  ︱

 ︱

こ を け   小桶

  オ ワリ  ︱

 ︱

を と こ  小男  

を は り  尾 張

オ ト コ 

 ︱

使 、動 詞 つか ひ  の 中 止 形 

 ︱

 ︱ 

 同

 通 二三 五下

 同

 正 一六〇 上

要 四九 六上 通二一 二上

通 二三 五下

  通 二三 五下

 同

  通 二三 五下

﹃ 要 略 ﹄ の 例 は ﹁を ﹂ の 点 が 入 声 で あ る が 、 ﹃通 妨 抄 ﹄ の 例 に よ って 正 し た 

 ﹁いろ は歌﹂ の 一節  同

 ﹁いろ は歌﹂ の 一節

﹁いろ は 歌 ﹂ の 一節  

通 二 一二 下

ツカイ  ︱

 ︱

上 上 平 型 に表 記 し た も の

 タ レゾ  ︱

( と)

た れ ぞ   誰ぞ  アサキ

(ち) 去 平 型 に表 記 し た も の 阿波  アワ

 ︱

 ( 金)エフ

  ツネ︱  

   ﹁いろ は歌﹂ の 一節

あ さ き  浅 き

  オケ

( を け)  桶

︱

ツネ︱

 ケ フ

 ︱

 

( 大 観 )キ ョオ

  ワガ

 ワガ

去 上 型 に表 記 し た も の

わが 我

( り)

  キ ョオ  

 エイ モ 

去 上 平 型 に表 記 し た も の

けふ 今日

(ぬ)

ゑ ひ も   酔 ひも

( る) 去 上 上 平 平 型 に 表 記 し た も の 常な つね な ら む  ら む  ツネ ナ ラ ン

 四   契 沖 の四 声 の音 価 に 関 す る考 察

  契 沖 は ﹃正 濫 抄 ﹄ そ の他 の文 献 に於 て 、 国 語 の ア ク セ ント を 記 載 す る 場 合 、 殆 ど 総 て の例 を 通 じ て 中 国 語 の四

殊 に契 沖 の解 し て ゐ た 四 声 は 、 如 何 な る 音 価 を も つも の で あ る か を 明 ら か に し な け れ ば な ら な い。

声 の何 れ か に 当 て て そ の音 調 を 示 し て ゐ る 。 そ れ 故 私 達 は 契 沖 の記 載 よ り 当 時 の国 語 ア ク セ ント を 推 定 す る た め に は 四声︱

  先 づ此 等 の文 献 に 何 か 契 沖 自 身 の 四声 に 関 す る 記 述 は な い か と 言 ふ の に、 ﹃正 濫 抄 ﹄ 巻 五 (一九八頁) に 於 て 彼

は 四 声 の 音 価 に 関 す る 簡 単 な 説 明 を 試 み て 居 り 、 そ の他 ﹃通 妨 抄 ﹄ の中 に も 、 二 三 そ の音 価 に関 す る 断 片 的 な 補

説 が 見 え る 。 今 ﹃正 濫 抄 ﹄ 前 述 の箇 所 に 於 け る説 明 を 聞 け ば 次 のや う で あ る。 な ほ 入 声 は 国 語 ア ク セ ント を 表 記

 

やう に 声 を ま は す 。 入声 は (以下略)。 平 声 と 入 声 と に 軽 あ り。 当 り て居 ( すう ) る な り 。

平 声 は 声 の本 末 あ か ら す さ か ら す 一文 字 の こ と く し て 長 し 。 上 声 は 短 か く し て す く に のほ る 。 去 声 は な ま る

し た 例 が な く 小 稿 に は 関 係 が な い故 、 以 下 考 察 を 省 く 。

 

  これ は 如 何 な る意 味 を 有 す る も の であ ら う か。

  先 づ右 の中 平 声 の説 明 は最 も 平 明 で あ る。 ﹁上 ら ず 下 ら ず 一文 字 の如 く﹂ であ る か ら 、 つま り 現 在 の 全 平 調 に

相 当 す る も のを 言 った も の と 見 ら れ る。 抑々 契 沖 は 真 言 宗 の僧 侶 であ って 、 若 い頃 高 野 山 に 居 て、 学 業 を 修 め た

人 であ る ( 注23)か ら 、 彼 の解 し てゐ た 四 声 は 当 時 真 言 声 明 道 に 伝 は って ゐ た も のと 想 像 さ れ る が 、 後 出 ・去 声 及

平 声 の軽 を 説 明す る の に真 言 声 明 の術 語 を 用 ひ て ゐ る こと は 、 こ の想 像 を 支 持 す る も の と考 へら れ る 。 さ て 現 在

声 明 道 に 伝 は って ゐ る 所 で は 、 真 言 ・天 台 共 に平 声 の 内 容 は 原 則 と し て 低 平 調 であ る と の こ と ( 注24)で あ り、 契

沖 時 代 に 成 った 文 献 で、 当 時 の真 言 宗 所 伝 の四 声 の音 価 を 説 明 し た も の、 例 へば前 出 ﹃補 忘 記 ﹄ を 見 る と 、 平 声

に対 し て節 博 士 ﹁ 角 ﹂ 即 ち ﹁一﹂ を 用 ひ て 居 り、( 注25)こ れ は 低 平 の音 調 を 表 す も の で あ る。 こ れ ら は 総 て 契 沖

の記 述 と 矛 盾 し な い故 、 こ の稿 では 契 沖 の平 声 は 全 平 調 、 但 し 低 い全 平 調 を 表 す と 言 ふ やう に 一往 考 へて お き た

いと 思 ふ 。

  但 し こ のや う に 推 定 し た 場 合 、 都 合 の悪 い こ と は 、 契 沖 が ﹁平 声 な り ﹂ と 表 記 し て ゐ る 語 の中 に は 、 当 時 全 平

調 であ った と 見 て は 、 諸 方 面 に 矛 盾 を 起 す 語 が 非 常 に多 い こと であ る 。 此 に 対 し て如 何 に考 へる べき か、 に 就 て は 第 五 ・六 節 に考 察 す る こ と に す る。

  次 に上 声 に 就 て考 へる の に 、 契 沖 は ﹁短 く し て直 ぐ に上 る ﹂ と 言 った 。 何 等 捉 は れ た 観 念 を 有 た ず 之 に 対 し た

な ら ば 、 短 い上 昇 調 、 即 ち 一拍 の中 に低 か ら 高 へ昇 る や う な 音 調 を 意 味 し た も のと 想 像 す る 。 然 し契 沖 の解 し て ゐ た 上 声 の音 価 は こ のや う な も の では な か った やう で あ る。

  現 在 声 明 道 に 伝 は って ゐ る 所 で は 、 上 声 の内 容 は 高 い全 平 調 であ り 、( 注26)又 ﹃補 忘 記 ﹄ に 於 ても 、 上 声 に 対

し て 高 い平 調 の音 価 を も つ節 博 士 ﹁徴 ﹂、 即 ち ﹁ヽ﹂ を 用 ひ て そ の音 調 を 表 し て ゐ る 。( 注27)さ て 今 契 沖 が 上 声 と

表 記 し て ゐ る 語 を 見 る の に、 例 へば 前 節 の表︹A︺の (は﹁) 胆﹂ ﹁射 ﹂ 以 下 の 語彙 が之 で あ る が 、 こ れ ら は 殆 ど 全 部 現

在 京 都 方 言 で○○ 型 のも のば か り であ り、 ﹃ 補 忘 記 ﹄ に も 若 し そ の語 が 載 って ゐ れ ば 同 様 高 平 調 と 成 って 居 り 、

﹃名 義 抄 ﹄ に於 ても 同 様 であ る 。 即ち 契 沖 の上 声 は 、 寧 ろ 高 い全 平 調 を 表 し て ゐ る と 見 な け れ ば な ら な いと 思 は れ る の であ る 。

  今 、 ﹁直 ぐ に﹂ と 言 ふ 語 の意 を 考 へる の に 、 ﹃ 補 忘 記 ﹄ の 類 書 ﹃開 合 名 目 抄 ﹄( 注28)の、 四 声 の出 合 を 説 いた 条

に、 例 へば ﹁平 ヨリ 上ニ 移 ニ ハ平 ヲ 下 テ日 ヒ 上 声 ヲ直 ク ニ可曰 ﹂ の語 が 見 え 、 例 と し て ﹁四 。。身 ﹂ ﹁二。。身﹂の

や う な 例 が挙 って ゐ る。 此 は 平 声 の文 字 (但し 仮名 で 一文字 のも の) と 上 声 の文 字 と が 熟 語 を 作 った 場 合 の発 音 を

説 いた も のと 考 へら れ 、 例 語 に何 等 音 調 を 示 す 符 号 が 見 ら れ な い の は 残 念 で あ る が 、 ﹃補 忘 記 ﹄ に偶々 こ の ﹁四

身 ﹂ な る 語 が出 て ゐ て、 之 に ﹁一ヽ﹂ のや う な 節 博 士 が つ い て ゐ る 。 之 に拠 れ ば ﹃開 合 名 目 抄 ﹄ で上 声 の文 字 に

対 し て ﹁直 ぐ に﹂ と 言 って ゐ る の は、 ﹁ヽ﹂ のや う な 音 調 に、 即 ち 高 く 平 ら に 発 音 さ れ る こ と を 意 味 し て ゐ る と

考 へら れ る 。 さ す れ ば 契 沖 が ﹁直 ぐ に 上 る ﹂ と 言 った のは 、 高 く 初 ま る 平 ら な 音 調 を 言 った も のと 見 て、 無 理 で

は な いと 考 へら れ る の であ る 。

  次 に 去 声 に対 し て は 契 沖 は ﹁な ま る や う に廻 す ﹂ と 言 った 。 此 が 如 何 な 音 価 を 表 す か 、 此 だ け か ら は 分 ら な い

が 、 井 上 奥 本 氏 は ﹁高 よ り 低 へ急 降 し てな ま る や う に 呼 ぶ﹂ のだ と 推 定 さ れ た 。( 注29) つま り 下 降 調 で あ る 。 然

る に契 沖 が去 声 に 表 記 し て ゐ る 語 を 検 す る に、 殆 ど 全 部 が 現 在 京 都 で上 昇 型 の語 であ る 。 ﹃名 義 抄 ﹄ ﹃補 忘 記 ﹄ を

参 照 し て も 、苟 く も 記 載 さ れ てゐ るも のは 上 昇 型 に こ そ成 れ 、 下 降 型 に成 って ゐ る も のは 殆 ど な い の であ る 。 即 ち 契 沖 の去 声 は 下降 型 を 意 味 し て ゐた と は 考 へ難 いと 言 は ざ る を 得 な い。

  所 で現 在 声 明 道 で は 去 声 の文 字 は 上 昇 調 に 唱 へる や う に 定 ま って ゐ る。( 注30)又 ﹃補 忘 記﹄ そ の他 では 去 声 に

対 し て﹁∟﹂ の や う な 節 博 士 が記 さ れ て ゐ る が 、 此 は 声 明 道 で ︽角 徴 ︾ と呼び 、 初 め低 く 後 高 い音 を 表 す 符 号 で ある ( 注3 1)から 、 契 沖 の 去 声 は 寧 ろ 上 昇 調 を 意 味 す る と 見 た く 成 る。

  然 ら ば 契 沖 の ﹁な ま る やう に﹂ 云 々は 如 何 に 解 せ ら れ る か と 言 ふ のに 、 前 出 ﹃開 合 名 目 抄 ﹄ の 四 声 の出 合 を 解

いた 条 に 、 ﹁廻 す ﹂ の用 例 があ り ﹁去 ヨリ 平ニ 移 ニ ハ上 ヲ廻 ス﹂ と 述 べ、 ﹁相 対 ﹂ ﹁円満 ﹂ な ど の語 が 出 て 居 り 、

何 れ も 上 字 に対 し て 上 昇 の節 博 士 ﹁∟﹂ が つ いて ゐ る 。 こ れ は 去 声 の文 字 と 平 声 の文 字 と が 熟 語 を 作 った 場 合 に

上 の去 声 の文 字 は ﹁廻 す ﹂ 発 音 を し 、 そ の音 調 は 丁 度 節 博 士 ﹁∟﹂ で 表 さ れ る と 解 す べ き も の と 思 は れ る 。 即 ち ﹁廻 す ﹂ は 上 昇 調 を 表 す と 見 ら れ る こと とな る 。

  次 に ﹁な ま る や う に﹂ に就 ては 、 現 在 の所 他 の用 例 を 知 ら な い の で ハ ッキ リ し た こ と は 言 へな い が、 思 ふ に平

声 ・上 声 の発 音 が 平 調 な のに 対 し て、 去 声 の発 音 の み が平 調 でな い の で、 此 を 説 明 す る の に ﹁な ま る や う に ﹂ と

の修 飾 語 を 加 へた の では な か ら う か 。 即 ち ﹁な ま る や う に ﹂ は 単 に ﹁ま はす ﹂ と 言 ふ こ と と 同 じ意 味 で、 結 局 去 声 は 上 昇 調 を 表 す と 見 た い。

  契 沖 の去 声 は 上 昇 型 と 考 へる と 、 現 在 京 都 のア ク セ ント そ の他 と 対 照 し た 場 合 に好 都 合 な こ と は 前 に触 れ た 通 り であ る。 か く て 私 は 井 上 氏 と は 異 り 契 沖 の去 声 を 上 昇 調 と 見 よ う と 思 ふ。

  最 後 に 平 声 の軽 に 就 て は、 契 沖 は ﹁ 当 り て据 う る ﹂ と 説 明 し た 。 こ れ も ﹃開合 名 目 抄 ﹄ を 参 照す る に、 四 声 の

出 合 の条 に 先 づ ﹁当 る ﹂ の 用 例 があ り、 ﹁上 声 ヨリ 平ニ 移 ニ ハ上 字ニ 至 テ 可 当 ﹂ と あ り 、 ﹁不 二 ﹂ ﹁不 動 ﹂ の如

き 例 が挙 げ てあ る 。 節 博 士 は 生 憎 記 し て な いが 、 ﹁不二 ﹂ は 丁 度 ﹃ 補 忘 記 ﹄ に 例 があ り 、 そ こ で は ﹁不 ﹂ の文 字

に 対 し て は ﹁ヽ︱﹂ のや う な 節 博 士 が 記 さ れ てあ る 。 即 ち ﹁当 り て﹂ 云 々 の語 で 表 さ れ る 上 声 の文 字 は 高 平 調

﹁﹂ヽのや う に 発 音 さ れ る の であ る 。 而 し て 用 例 を 集 め て 考 へる の に、 ﹁当 る ﹂ と は そ れ 自 身 を 高 平 に発 音 し 、 次 の拍 を 低 く 発 音 す る こと を 意 味 す る やう であ る。

  さ て 次 の ﹁据 う る ﹂ は ﹃開 合 名 目 抄 ﹄ に は 例 が な い。 所 が 私 の所 蔵 す る ﹃ 相 承 仮 名 声 雑 集 名 目 ﹄( 注32)は 、 や

は り ﹃開 合 名 目 抄 ﹄ ﹃補 忘 記 ﹄ と 同 類 の書 であ る が 、 こ れ に や は り 四 声 の出 合 に就 て 述 べた 箇 所 が あ り 、 そ こ に

中 ﹂ ﹁即 時 ﹂ のや う な 例 を 挙 げ 、 ﹁ス エ ル﹂ と 言 表 さ れ て ゐ る ﹁鐘 ﹂ ﹁即﹂ の字 に 対 し て 、 ﹁ヽ︱﹂

﹁長 ノ 入 平 声 ノ 字 ヨ リ 上 声 へ移 ルト 又 平 声 ノ 軽 ヨ リ 入 平 声 へ移 ルト 同 也 。 上 ノ字 ヲ ス エテ 可 去 。﹂ のや う な 記 載 が あ って 、 ﹁鐘

のや う な 節 博 士 が 記 さ れ て ゐ る 。 而 し て ﹁ヽ︱﹂ は 初 め 高 く 後 低 く 唱 へる筈 であ る。 即 ち ﹁据 う る ﹂ と は 下 降 的

な 音 調 を 意 味 す る も のと 考 へら れ 、 ﹁当 り て据 う る ﹂ と は 初 め に高 く 声 を 出 し 、 而 し て下 降 調 に 発 音 す る の で、 結 局 契 沖 の平 声 軽 の内 容 は 下 降 調 と 見 ら れ る か と 考 へる 。

  今 、 声 明 道 に伝 は って ゐ る 平 声 軽 の内 容 は 正 に 下 降 調 で あ り 、( 注33)﹃補 忘 記 ﹄ そ の 他 で は ﹁┛﹂ の や う な 節 博

士 で そ の 音 価 を 表 し て ゐ る が 、 こ れ ま た ﹁徴 角 ﹂ と 呼 び 、 初 め 高 く 後 低 い音 調 を 表 す も の で あ る 。( 注34) 又契 沖

が ﹁平 声 軽 ﹂ と 表 記 し て ゐ る 語 は、 現 在 京 都 方 言 で 下 降 調 型 の語 で あ り 、 ﹃ 補 忘 記 ﹄ に は 語 例 が な い のは 残念 で

あ る が 、 当 時 下降 型 に発 音 さ れ て ゐ た と 見 て は 都 合 が悪 いと 言 ふ こ と は な い。 以 上 の如 く あ ら ゆ る 点 か ら 見 て好 都 合 故 、 契 沖 の平 声 の軽 の内 容 は 下降 調 であ る と 考 へる こと と す る 。

平 声＝ 低 平 調   上 声＝ 高 平 調   去 声＝ 上 昇 調   平 声 の軽＝ 下 降 調

  以 上 、 こ の節 で 考 察 し得 た 事 実 を 総 括 す れ ば 契 沖 の解 し て ゐ た 四 声 の内 容 は 次 の如 く であ る と 推 定 さ れ た 。  

︱

第 一種 の表 記法 に従 った語彙 に就 て︱

 五  契 沖 の仮 名遣 書 所載 語彙 のアク セ ント価 の推 定 ( そ の一)  

  契 沖 は ﹃正 濫 抄 ﹄ 以 下 の文 献 に於 て、 四 声 の 一つ 一つが大 体 前 節 で考 察 し た や う な 音 価 を も つも のと 考 へて 、

国 語 の ア ク セ ント を 説 明 し て ゐ る と 考 へる が、 然 ら ば 契 沖 が 記 載 し た 個 々 の語 は 如 何 な る アク セ ント 価 を も って

って音 価 を 示 し た 語 、︹B︺契 沖 が 第 二種表 記法 に よ って 音 価 を 示 し た 語 の二 つに 分 け て 、 先 づ こ の 節 で は︹Aの ︺種

ゐ た と 推 定 出 来 る であ ら う か。 今 契 沖 が 記 載 し て ゐ る 語 を 、 第 三 節 で 試 み た やう に、︹A契 ︺沖 が 第 一種 表記 法 に よ

類 の語 に つ いて の考 察 を 行 ひ た い。 ﹁第 一種 表 記法 に よ った ﹂ と は 、 あ る 語 全 体 の音 調 を 四声 の 一つ に 宛 て て そ の アク セ ント を 示 し た 語 の謂 で あ る 。

  契 沖 が こ の種 の表 記 法 を と った 語 は、 総 て 一拍 又 は 二拍 の語 であ って 、こ の中 に は 、(い契 )沖 が 平 声 に宛 て た も

の、(ろ平 )声 の軽 に 宛 てた も の、(は上 )声 に宛 て た も の、(に去 )声 に 宛 て たも の の 四 種 が あ る こ と 、 こ れ ま た 第 三 節 の表 で 知 ら れ る通 り であ る が 、 便 宜 上(は)(に)( 順ろに)考 (察 いを )進 の める。

  先 づ(は契 )沖 が 上 声 に表 記 し て ゐ る 語 は 、 一拍 語 ﹁胆 ﹂ 他 四 三 語 と 、 二拍 語 ﹁釣 る ﹂ ﹁端 ﹂ の 二 語 と であ る が 、

此 等 に 関 し て は 別 に 難 し い問題 は な いや う であ る。 前 節 に 於 て契 沖 の上 声 は 高 平 調 を 意 味 す る と 推 定 さ れ た が 、

此 等 の語 は、 一拍 語 ・二拍 語 の 区 別 を 問 は ず 、 現 在 京 都 方 言 で 殆 ど 全 部 が 高 平 調 の○○ 型 に 発 音 さ れ て 居 り 、

﹃ 補 忘 記 ﹄ 又 は ﹃名 義 抄 ﹄ そ の他 に 於 ても 、苟 く も 記載 さ れ て ゐ る 語 は、 殆 ど 例 外 な く 高 平 型 で あ る と 見 てよ い。

さ す れ ば契 沖 が上 声 と 記 載 し て ゐ る 語 は 総 て高 平 調 、 即 ち○○ 型 であ った ら う と 推 定 し て 何 等 差 支 へな いと考 へ られる 。

  唯々 此 等 の 語 の中 で、一 拍 語 の、 ﹁半 ﹂ は 現 在 京 都 でハ ー のや う に、 ﹁世 ﹂ は 現 在 京 都 で ヨー のや う に 発 音 さ れ

て ゐ る が 、 此 は契 沖 時 代︱ 現 代 の間 に 、○○ 型∨○○ 型、 又 は○○ 型∨○○ 型 のや う な 型 の変 化 を 遂 げ た も の で

あ ら う 。 以 上 の 如 く で、 契 沖 が 上 声 と 表 記 し て ゐ る(はの )語 彙 は、 当 時 総 て○○ 型 であ つた こ と と 推 定 す る 。

(にの)契 沖 が去 声 に 表 記 し て ゐ る 語 は 、 一拍 語 ﹁得 ﹂ 他 三 五 語 と 、 二 拍 語 ﹁ 箸﹂﹁ 鶴 ﹂ ﹁青 ﹂ の 三 語 と であ る が、

契 沖 の 去 声 は 前 節 で 上 昇 調を 意 味 す る と 推 定 さ れ た 。 先 づ 一拍 語 に就 て考 察 す る の に、 現 在 京 都 方 言 で は 殆 ど 総

て○○ 型 に 成 って ゐ る 故 、 当 時 も 上 昇 型 の○○ 型 で あ った と 見 る と 非 常 に 都 合 が よ い。 ﹃韻 学 階 梯 ﹄ 所 載 の 語 彙

が 総 て○○ 型 と 思 は れ る 型 に 成 って ゐ る こ と も こ の推 定 を 助 け る も の で あ る 。 又 、 ﹃補 忘 記 ﹄ に 記 載 さ れ て ゐ る

語 は 総 て低 平 型 の○ 型 に成 って ゐ る が、 其 等 は何 れ も 助 詞 が つ いた例 であ って 、 助 詞 が つか な い場 合 に○○ 型 で

あ って、 助 詞 が つ いた 場 合 に○ 型 に変 化 す る の は 、 現 在 京 都 そ の他 各 地 の近 畿 系 諸 方 言 に 見 ら れ る 傾 向 であ る 故 、

﹃補 忘 記 ﹄ の此 の記 載 も 、 此 等 の 語 が 当 時 単 独 の場 合 に○○ 型 で あ った ら う と の 推 定 に 対 し て 少 し も 支 障 を 来 す も の で は な い。

 但し ﹃ 名 義 抄 ﹄ に 此 等 の 語 が 、 殆 ど 全 部 が 助 詞 を つけ な い場 合 の ア ク セ ント を 示 し て ゐ る と 思 は れ る が、 低 平

型 又 は 下降 型 の何 れ と も 推 定 出 来 る 型 に 成 って居 り 、 此 の推 定 に 対 し て梢々 不 利 であ る が、 ﹃ 名 義抄﹄ 時代 と、

契 沖 時 代 と の間 に、 此等 の語 に○○ 型∨○○ 型 、 又 は○○ 型∨○○ 型 のや う な 変 化 があ った も のと 考 へ得 る。 而

して ﹃ 名 義 抄 ﹄ 時 代 の○○ 型 の 語 は 、 原 則 と し て近 世 初 期 に は そ の ま ま で あ った と 見 ら れ る か ら 、( 注3 5)此 等 の 語 は ﹃名 義 抄 ﹄ 時 代 に は○○ 型 で あ った も の であ らう 。

  次 に 二拍 語 中 、 去 声 に 表 記 さ れ て ゐ るも の で は 、 ﹁ 箸 ﹂ は 現 在 京 都 で 一拍 語 と 同 様 上 昇 調 の○○ 型 に発 音 さ れ

て 居 り 、 こ れ は ﹃補 忘 記 ﹄ ﹃名 義 抄 ﹄ に も○○ 型 に 記載 さ れ て ゐ る 故 、 契 沖 も○○ 型 の つも り で 記 載 し た も の と 見 て よ いと 思 は れ る 。

  但 し 問 題 に 成 る の は、 同 じ く 二 音 節 語 中 の ﹁鶴 ﹂ ﹁青 ﹂ で あ って 、 こ れ ら は 現 在 京 都 で は 同 じ く 上 昇 調 で は あ

る が 、 第 二拍 の中 途 で 音 が 下 降 し て 、○○ 型 に成 って ゐ る こ と で あ る 。 こ の傾 向 は京 都 方 言 以 外 、 大 阪 ・奈 良 ・

彦 根 ・姫 路 ・和 歌 山 ・徳 島 ・高 松等 他 の多 く の近 畿 系方 言 にも 共 通 で、 此 等 の語 を か う 発 音 す る のは 最 近 に発 生

し た 傾 向 とも 見 ら れ な い こ と であ る 。 然 ら ば ﹁鶴 ﹂ ﹁青 ﹂ の 三 語 は ﹁箸 ﹂ と は 異 り 、 当 時○○ 型 に発 音 さ れ て ゐ

た が 、○○ 型 と○○ 型 と は 外 形 が 可 成 り近 く 、 契 沖 のや う に 、 二 拍 語 を 無 理 に平 上 去 の何 れ か に 宛 て よう と し た

ら 、 去 声 に宛 てな けれ ば な ら な い故 、 契 沖 は そ の差 異 を 軽 く 視 て 、○○ 型 と 同 じ く 去 声 と 表 記 し た の で は な か ら

う か 。 こ の問 題 は 契 沖 時 代 の ア ク セ ント 体 系 に○○ 型 の他 に○○ 型 と 言 ふ 型 があ った か否 か の問 題 と 関 聯 し て 来 る の で、 此 に 就 て は後 に再 び考 察 す る こ と が あ る。( 第 六節 ﹁ち ﹂参 照)

  次 に契 沖 が(ろの )平 声 の軽 と 表 記 し て ゐ る 語 は、 ﹁鴨 ﹂ の 一語 に 過 ぎ な い。 契 沖 の 平 声 の 軽 は 前 節 の考 察 に よ っ

て 下 降 調 を 意 味 す る と 見 ら れ た 。 今 こ の語 は 現 在 京 都 で下 降 調 の○○ 型 に 発 音 さ れ て ゐ る か ら 、 契 沖 の時 代 に ○

○ 型 であ った と 考 へる こと は 誠 に 好 都 合 で あ る 。 唯々 こ の 語 は ﹃補 忘 記 ﹄ に 記 載 な く 、 ﹃名 義 抄 ﹄ に は○○ 型 に

成 って ゐ る か ら 一寸問 題 に 成 得 る が、 然 し 平 安 朝 時 代 に○○ 型 であ った 語 は 、 近 世 初 期 に は 総 て○○ 型 に成 って

ゐた と推定 され る ( 注36)か ら 、 ﹃名 義 抄 ﹄ に於 け る 此 の 記 載 は 、 契 沖 時 代 に 此 の 語 が○○ 型 であ った こ と を 寧 ろ

証 明 す る も のと 考 へら れ る 。 以 上 によ って 契 沖 が平 声 軽 と 表 記 し て ゐた 語 は 当 時○○ 型 に発 音 さ れ た も のと 推 定 す る。

  な ほ ﹁鴨 ﹂ は 現 在 京 都 で○○ 型 にも 発 音 さ れ て ゐ る が 、 之 は 新 し く 出 現 し た ア ク セ ント で、 そ の出 現 の原 因 は

近 畿 系 方 言 では 二拍 の動 物 名 は○○ 型 に発 音 す る こ と が 多 いこ と への類 推 であ ら う 。

  契 沖 が第 一種 の表 記 法 を と った 語 彙 の中 、 最 も 問 題 のあ る のは 、(いの)契 沖 が平 声 と 表 記 し た 語 であ る 。 契 沖 が

平 声 と 表 記 し た 語 は 一拍 語 ﹁畔 ﹂ 他 三 三 語 、 二 拍 語 ﹁色 ﹂ ﹁弦 ﹂ ﹁橋 ﹂ ﹁居 る ﹂ の 四 語 で あ る。 今 便 宜 上 二 拍 語 を 先に考察す る。

  前 節 で契 沖 の平 声 の内 容 は低 平 調 であ る と 推 定 し た 。 所 が 契 沖 が 平 声 と 表 記 し てゐ る 上 記 二拍 語 四 語 の中 に は 、

現 在 京 都 で 低 平 型 に 発 音 さ れ て ゐ る も の が 一語 も な く 、 総 て が 下 降 型 の○○ 型 に 発 音 さ れ て ゐ る 。 ﹃補 忘 記 ﹄ で

も 記 載 さ れ てゐ る ﹁色 ﹂ ﹁橋 ﹂ は 何 れ も○○ 型 に 成 って ゐ る。 更 に ﹁ 色 ﹂ を 除 い て は ﹃名 義 抄 ﹄ で も 総 て○○ 型

に 記 載 さ れ て ゐ る 。 即 ち 此 等 の語 の中 、 ﹁弦 ﹂ ﹁橋 ﹂ ﹁居 る ﹂ 三 語 は 平 安 末 期 以 来 、 京 都 方 言 で○○ 型 で あ り 、

﹁色 ﹂ は 近 世 初 期 以 来○○ 型 であ った と 推 定 さ れ る の であ る が、 か う 言 ふ語 を 契 沖 が低 平 調 の平 声 で表 記 し た の で あ る 。 此 は 如 何 に 見 る べき で あ ら う か 。差 当 り 浮 ぶ 考 へは 次 のや う であ る。 ︵イ) 契 沖 が 此 等 の語 の音 調を 正 し く 観 察 す る こ と が 出 来 な か った か 。 ︵ロ) 契 沖 の此 等 の語 に対 す る 音 調 表 記 法 が 不完 全 であ った か 。 ︵ハ) 契 沖 は 京 都 以 外 の方 言 を 観 察 し た の で はな いか 。

  契 沖 が音 調 を 正 し く 観 察 出 来 な か った と考 へる こ と は 最 も 簡 単 であ る 。 然 し 此 は 他 に適 当 な 方 法 が 見 つか ら な

か った 場 合 の考 へ方 と し て おき た い。 然 ら ば 契 沖 は京 都 以 外 の方 言 を 観 察 し た の であ ら う か 。 契 沖 は 大 阪 ・尼 崎

附 近 の方 言 を 観 察 し た 疑 が十 分 認 め ら れ る こと 、 第 二 節 に考 察 し た 通 り であ る が 、 然 し 現 在 の大 阪 ・尼 崎 地 方 の

ア ク セ ント は京 都 の そ れ に非 常 に 近 く 、 京 都 方 言 で 平 安 朝 以 来○○ 型 で あ った ﹁弦 ﹂ 等 の 諸 語 が、 近 世 初 期 に 大

阪 で京 都 と 異 る ア ク セ ント に発 音 さ れ て ゐ た と は考 へ難 い。 而 し て大 阪 ・尼 崎 以 外 の方 言 を 契 沖 が 観 察 し た と は

考 へら れ な い。 そ こ で 私 は 契 沖 の表 記 法 が 不 完 全 で あ った こ と に 帰 し た いと 考 へる 。

  即 ち 、 ﹃補 忘 記 ﹄ に於 け る 記 載 に よ り 、 此 等 の語 は契 沖 時 代 の京 都 方 言 で○○ 型 に発 音 さ れ た と 推 定 さ れ る 、

所 で契 沖 は○○ 型 の語 を 別 に ︽平 声 の 軽 ︾ と 表 記 し て ゐ る 、 そ れ 故 契 沖 は ﹁色 ﹂ ﹁弦 ﹂ 以 下 の語 を ︽平 声 の軽 ︾

と 表 記 す べ き であ った 、 そ れ を 簡 略 に ﹁平 声 ﹂ と 表 記 し て 了 った 、 と こ のや う に考 へた い の であ る。 而 し て契 沖

が 平 声 軽 と 記す べき も のを 単 に 平 声 と 記 し て 了 った、 と 考 へら れ る 証 拠 と し て、 私 は な ほ次 のや う な 事 実 を 挙 げ た いと 思 ふ 。

  (1) 契 沖 が あ る 語 に対 し て ﹁平 声 軽 ﹂ と も ﹁平 声 ﹂ と も 表 記 し て ゐ る 例 を 挙 げ る こ と が 出 来 る こ と 。 例 へば

﹃正 濫 抄 ﹄(一九八頁) の 二 つ の ﹁天 下 ﹂ と 言 ふ 語 の ﹁天﹂ の音 な ど が そ れ であ る 。

こ れ も ﹁平 声 の軽 に ⋮ ⋮ ﹂ と 言 ふ べき も のを ﹁平 声 に ⋮ ⋮ ﹂ と 言 った も の と考 へら れ る 。

に ﹁平 声 にあ た り てす ゑ 去 声 にま は し て いふ﹂ 云 々 とあ る が 、 ﹁あ た り て す う る ﹂ は 平 声 軽 の音 価 で あ って、

言 ふ﹂ と 言 ふ べき も のを 、 簡 単 に ﹁す ゑ て 平 声 に 言 ふ﹂ と 言 った も のと 考 へら れ る 。 又 ﹃要 略 ﹄ (四九六頁)

価 を 表 す 語 であ る 。 即 ち 此 処 は ﹁親 類 と 言 ふ意 味 で ﹁お や こ﹂ と 言 ふ 語 を 用 ひ る 場 合 に は 、 す ゑ て 平 声 軽 に

す ゑ て 平 声 に いふ ﹂ と 言 ってゐ る。 前 節 で考 察 し た やう に ﹁す ゑ る ﹂ は 下 降 調 を 表 す 語 であ って 平 声 軽 の 音

る例 を 他 に指 摘 す る こ と が出 来 る こ と 。 例 へば 契 沖 は ﹃通 妨 抄 ﹄ ( 三七〇頁上) に ﹁親 類 を お や こと いふ 時 は

  ︵2  ) 契 沖 は ﹁平 声 の軽 ﹂ と 記 す べき 場 合 であ る に も 拘 はら ず 、 単 に ﹁平 声 ﹂ と の み記 し た と 明 ら か に 考 へら れ

 

は 問 題 に成 ら な か った 。 ﹃通 妨 抄 ﹄ で ﹁色 ﹂ ﹁居 る﹂ の音 調 を 示 し た のは ﹁い ろ﹂ と 言 ふ 音 連 語、 ﹁ を ﹂ と 言 ふ音

を 含 ん だ 語 で上 声 でも 去 声 でも な いも の があ る こと を 示 せ ば 事 足 り た の で 、 平 声 か 平 声 の軽 か は 問 ふ所 でな か っ

た 。 そ こ で平 声 の軽 と 長 った ら し く 書 く 代 り に 、 簡 潔 に 平 声 と 書 いて 済 し た と 考 へた い の であ る 。

  以 上 のや う で 私 は ﹁色 ﹂ ﹁居 る ﹂ ﹁橋 ﹂ ﹁弦 ﹂ 四語 と も 、 ﹁平 声 ﹂ と は 表 記 し て あ る け れ ど も 、 実 は ﹁平 声 軽 ﹂ と

表 記 さ れ る べき 語 で、 そ の当 時 の音 調 は そ れ ぞ れ 下 降 調 のイ ロ、 オ ル⋮ ⋮ で あ った らう と 推 定 す る 。

  以 上 で 二拍 語 に つい て の観 察 を 終 へ、 一拍 語 に 就 て の考 察 に移 らう と 思 ふ が 、 所 が 、 こ の一 拍 語 がま た 、 現 在

京 都 方 言 で は契 沖 の表 記 に 反 し て低 平 型 に発 音 さ れ て ゐ る も の は 一語 も な く 、 殆 ど 総 て が 下 降 調 の○○ 型 に 発 音

さ れ て ゐ る こ と 、 二 拍 語 の場 合 と よ く 似 て ゐ る。 又 、 ﹃韻 学 階 梯 ﹄ で も 記載 のあ る も の は 総 て 下 降 型 と 推 定 さ れ

る 型 に 表 記 さ れ て ゐ る。 但 し こ の度 は ﹃補 忘 記 ﹄ のも の は 助 詞 に つ いた 例 で あ る が、 高 平 型 に表 記 さ れ て 居 り 、

﹃名 義 抄 ﹄ に 記 載 さ れ て ゐ る 語 は 、 大 部 分 が 平 声 、 即 ち 低 平 型 と も 下 降 型 と も 推 定 さ れ る 型 に表 記 さ れ て ゐ る。 此 は 如 何 に考 ふ べき であ ら う か 。

  私 は こ の度 も ま た 此 等 の語 は 総 て 契 沖 時 代 に は 平 声 の軽 と 表 記 す べき 下降 調 であ った 、 契 沖 が 此 等 の 語 を ﹁平

声 ﹂ と 表 記 し た のは ﹁平 声 の軽 ﹂ と 表 記 す べ き も のを 略 し た のだ と 見 た い の であ る。 推 定 の根 拠 は 次 の 如 く であ る。

  (  1) 此 等 の 語 は 現 在 京 都 方 言 を は じ め 、 大 阪 ・奈 良 ・彦 根 ・津 ・姫 路 ・和 歌 山 ・徳 島 ・丸 亀 ・松 山 等 、 近 畿 系

諸 方 言 の地 帯 では 、 殆 ど 総 て○○ 型 に成 って ゐ る こ と 。 此 か ら考 へて 現 在 か ら あ ま り 遠 く な い近 世 初 期 に、

此 等 の語 が○○ 型 で な か った と は 一寸 考 へ難 い。 此等 の語 の中 ﹃韻 学 階 梯 ﹄ で 記 載 さ れ て ゐ る も の が 殆 ど 総

て○○ 型 と 思 し き 型 に表 記 さ れ て ゐ る こ と も 、 契 沖 時 代 に○○ 型 であ った ら う と の推 測 を 支 持 す る 筈 であ る。

(2  )﹃ 補 忘 記 ﹄ で は 此等 の語 中 、 一語 ﹁日 ﹂ が見 え て ゐ る だ け で 、 助 詞 と 共 に○ ▽型 に表 記 さ れ て ゐ る 。 (▽ の

部 分 が 助 詞 。 以 下 同 じ 。) ﹁日﹂ 以外 の語 も 恐 ら く 助 詞 が つけ ば○ ▽型 に成 った も ので あ ら う 。 さ て助 詞 が つ

いた 場 合 に○ ▽型 に成 る 語 は 、 単 独 の場 合○○ 型 な ら ん と 推 定 す る のと 単 独 の場 合○○ 型 な ら ん と 推 定 す る

のと で は、 前 者 の方 が 遙 か に優 れ て ゐ る と考 へら れ る。 例 へば 生 田 早 苗 氏 の研 究 の結 果 を 拝 借 す れ ば 、 兵 庫

県 黒 井 町 方 言 で は 、 此 等 の語 は単 独 の場 合○○ 型 で、 助 詞 が つけ ば○ ▽ 型 に 成 り 、 和 歌 山 県 新 宮 市 ・三 重 県

否 、 他 の語 であ って も 、 単 独 の場 合 に○ 型 で助 詞 が

波 切 町 ・滋 賀 県 長 浜 町 ・福 井 県 今 庄 村 の諸 方 言 で は単 独 の場 合○○ 型 で、 助 詞 が つけ ば○○ ▽型 にも 成 る が、 又○ ▽型 にも 成 る と の事 であ る。 一方 此 等 の語 が、︱ つ い て○ ▽ 型 に 成 る方 言 は ま だ 聞 いた 事 が な い。

  (3  ) ﹃ 名 義 抄 ﹄ に 記 載 さ れ て ゐ る こ の種 の語 彙 は 、 大 部 分 低 平 ・下 降 両 型 の何 れ か 一方 で あ ら う と 推 定 さ れ る

の であ る が 、 私 は ﹃ 名 義 抄 ﹄ の著 者 は 下 降 型 の つも り に 表 記 し た も の であ ら う 、 ﹃名 義 抄 ﹄ 時 代 に も 此 等 の

語 彙 の大 部 分 は 現 在 と 同 じ く○○ 型 で あ った ら う 、 と 推 定 し た いの であ る 。 ﹃名 義 抄 ﹄ で此 等 の 語 が 下 降 型

で あ った ら う と 推 定 す る こと は 、 全 く 私 一個 の臆 断 で あ って、 此 に就 て は そ の論 拠 を 掲 げ る べき であ る が 、

こ の問 題 を 論 じ て ゐ て は 非 常 に 長 く 成 る 故 、 そ の論 に就 て は 追 って他 の機 会 に 公 表 し 、 各 位 の御 批 判 を 頂 く

こ と と し、 此 処 に は 根 拠 の 一つを 挙 げ れ ば 、 ﹃名 義 抄 ﹄ に は こ の類 の語 に 助 詞 の つ いた 例 が 一つあ り、 即 ち

﹁日 の出づ る ﹂( 注37)が そ れ で あ る が、 そ こ で ﹁日 の﹂ が上 平 型 に 表 記 さ れ てゐ る こ と であ る 。 此 は こ の 類 の

語 に助 詞 が つ いた 場 合○ ▽ 型 に 発 音 さ れ た こと を 意 味 し 、 さ す れ ば ﹃補 忘 記 ﹄ に 見 え る 記 載 と 完 全 に 同 じ こ

と に成 り、 当 時 名 詞単 独 の場 合 には や は り○○ 型 で あ った と 見 る よ り も 、○○ 型 で あ った と 見 る 方 が 妥 当 と 言 ふ こ と に 成 る で は な いか。

  以 上 (1 () 2 () 3 に) よ って こ の類 の 語 は 平 安 末 期 以 来○○ 型 であ った と 想 像 さ れ る 。 即 ち 契 沖 時 代 に も○○ 型 であ っ

て 、 契 沖 は ﹁平 声 軽 ﹂ と 註 記 す べき 所 を 、 略 し て ﹁平声 ﹂ と 記 し た と 推 定 す る の であ る 。 契 沖 が 此 等 の 語 を 単 に

﹁平 声 ﹂ と 表 記 し た のは 二拍 語 の場 合 と 同 様 に特 に ﹁平 声 の 軽 ﹂ と 断 る 必 要 がな か った か ら であ ら う 。

  契 沖 が平 声 と 表 記 し た 一拍 語 は○○ 型 であ った 、と 推 定 す る こと に よ って、こ の種 の 語 彙 の中 、 ﹁江 ﹂ ﹁真 ﹂ ﹁ 藻﹂

等 は当 時 は 現在 と 異 る 型 で 発 音 さ れ た こと と 成 る が、 此等 は 平 常 あ ま り 用 ひ な い語 故 、 個 別 的 に 型 の変 化 を 遂 げ

た も の であ らう 。 又 、 ﹁鵜 ﹂ ﹁荏 ﹂ ﹁毛 ﹂ ﹁歯 ﹂ ﹁葉 ﹂ ﹁藺 ﹂ ﹁餌 ﹂等 は 平 安末 期 と 異 る 型 で発 音 さ れ る こ と と 成 る が 、

此 等 は 平 安 末 期 以 後 に 型 の変 化 を 遂 げ た も のと 推 測 す る 。 例 へば 平 安 末 期 に○○ 型 で あ った も のが 可成 り 多 い が 、

此 等 の中 に ﹁葉 ﹂ の如 き は 単 独 の場 合 に は○○ 型 で 、 助 詞 が つけ ば○ ▽ 型 に 成 った や う であ る ( 注38)か ら、 単 独

の場 合 類 推 に よ って、○○ 型 に発 音 す る や う に 成 る のは 自 然 であ る と 思 ふ 。 ﹁歯 ﹂ ﹁餌 ﹂ な ど は 平 安 末 期 に○○ 型

であ った と 見 ら れ る が、 此 は 助 詞 が つ いた 場 合○○ ▽ 型 に成 った が 、 こ の ア ク セ ント は 無 造 作 な 発 音 の 場 合 、 無

理を 伴 ふ の で ○ ▽型 に発 音 す る やう に 成 り、 結 局 単 独 の場 合 に○○ 型 に発 音 さ れ る や う に成 った も の で あ ら う 。

  以 上 こ の節 で 契 沖 が 私 の 第一 種 の方 法 で音 価 を 表 記 し た 語 に就 て の考 察 を 終 へた が 此 処 に推 定 の結 果 を 綜 合 す

 

 

 

去 声＝ 総 て 上 昇 調 の語 を 表 す 。 但 し 二拍 語 で は○○ 型 の語 を も 表 し た か も 知 れ な い。

上 声＝ 総 て 高 平 調 の語 を 表 す 。

平 声 の軽＝ 下 降 調 の語 を 表 す 。

平 声＝ 総 て 平 声 軽 の意 。 随 って 下 降 調 の語 を 表 す 。

れ ば 次 のや う で あ る 。

 

  ︹補︺  私 は以 上 の如く 契沖 が ﹁平声 ﹂と 表記 した も のは、 総 て ﹁平声 の軽﹂ の略だ らう と推 定し た。 然し かう 推 定す る

こと に対 し て次 のやう な 疑 問 が起 る かも 知 れな い。 即ち ﹁﹃正濫 抄 ﹄ (一九八頁下)で ﹁橋﹂も ﹁ 毛 ﹂ も平 声 軽な ら

ば契沖 は何 も 次 の ﹁鴨 ﹂だ けを 平声 軽と 断 る必要 はな いではな いか﹂ と。 これ に対 し ては次 の如 く答 え た い。 "契沖 が ﹁橋 ﹂﹁毛 ﹂な どを 単 に平声 と表 記 し た のは 、何 か声 明道 に於 け る 口伝 か、 先行 文 献 の記 載を 踏 襲 した の

では な いであ らう か。 例 へば 伝 三条 西 実隆 著 の ﹃仮名 遣 秘 伝﹄ の最 後 にや は り 四声 に関 す る説 明 があ り、 此 処 に た ﹁鴨 ﹂ の例を 添 へた と見 る ことは出 来な いだらう か 。"

第 二種 の表記法 に従 った 語彙 に就 て︱

(そ の 二 )

橋 平 ・端 上 ・箸 去な ど とあ る。契 沖 は此 はうま い例だ とば かり そ っく り自分 の著 書 に取込 み、次 に自 分 の観察 し 得

︱

  六   契 沖 の仮 名 遣 書 所 載 語 彙 の ア ク セ ント 価 の推 定

 

前 節 では 契 沖 が 第 一種 の表記 法 に よ って ア ク セ ント を 記載 し た 語彙 に 関 す る考 察 を 終 へた 故 、 次 に は 契 沖 が 第

二種 の表記 法 を と った 語 彙 に 関 し て ア ク セ ント 価 の推 定 を 試 みた い。 即 ち 、 そ の語 を 仮 名 一拍 宛々 に 分 解 し 、 各

一文 字 を 四 声 の 何 れ か に宛 て て 音 調 を 示 し た 語 彙 に 就 て であ る が 、 此 に は 既 に第 三 節 に 掲 げ た や う に、(い平)平

型 ・(ろ 平) 平 平 型 ・(は 平) 平 平 平 型 ・(に 平) 平 平 平 平 型 ・(ほ 上) 上 型 ・(へ 上)上 上 型 ・(と 上) 上 平 型 ・(ち 去) 平 型 ・(り 去)上

型 ・(ぬ 去) 上 平 型 ・(る 去) 上 上 平 平 型 の 十 一種 類 の 型 に 表 記 し た 語 があ る 。 便 宜 上 、(ほ () へ) (( いと )) (ろ( )は)(に) の( 順り)(ぬ)(る)( に考 察 を 進 め る 。

︵ほ) 上 上 型 に 表 記 し た 語 に 就 て 。 契 沖 が 上 上 型 に 表 記 し た 語 は ﹁安 房 ﹂ ﹁舞 ﹂ の二 語 で あ る 。 契 沖 の上 声 は 第

四節 で考 察 し た 所 で は高 平 調 であ った 。 そ こ で こ の 二 語 は 第 一拍 ・第 二拍 共 に高 平 調 の型 、 即 ち○○ 型 であ った

らう と推定さ れる。今 ﹁ 舞 ﹂ の方 は 現 在 京 都 方 言 で マイ と 発 音 さ れ る 故 、 こ の推 定 に 好 都 合 で あ る。 ﹃補 忘 記 ﹄

﹃名 義 抄 ﹄ に は 記 載 が な く 残 念 で あ る が 、 諸 方 言 で ﹁舞 ﹂ と 同 型 に 成 っ て ゐ る ﹁端 ﹂ ﹁口﹂ ﹁鼻 ﹂ な ど の 語 彙 は

﹃補 忘 記 ﹄ ﹃ 名 義 抄 ﹄ 共 に○○ 型 に 記 載 さ れ て ゐ る か ら 、 若 し こ の語 が こ れ ら の文 献 に あ った ら 、 恐 ら く○○ 型 に

記載 さ れ て ゐ た こと と 推 測 す る。 一方 の ﹁安 房 ﹂ は 現 在○○ 型 又 は○○ 型 で あ る か ら こ の推 定 に 工 合 が 悪 い が、

日 常 あ ま り 用 ひ な い語 故 、 現 在 に 至 る 間 に 型 の変 化 を 遂 げ た と 考 へ ても 差 支 へな いと 思 は れ る 。 変 化 の原 因 は

﹁阿 波 ﹂ へ の類 推 が働 いた か も 知 れ な い。 以 上 によ って こ の 型 の語 は 当 時○○ 型 で あ った こ と と 推 定 す る 。

(へ) 上 上 上 型 に 表 記 し た 語 に 就 て 。 契 沖 が こ の型 に表 記 し て ゐ る 語 は ﹁使 ひ﹂ ﹁歌 ひ﹂ ﹁小 桶 ﹂ の三 語 で あ る 。

(ほに)準 じ て考 へれ ば こ の 型 の語 は当 時○○○ 型 であ った と 推 定 さ れ る が 、 現 在京 都 方 言 で は三 語 皆○○○ 型 で こ

の推 定 を 支 持 し、 且 つ ﹁使 ひ﹂ が ﹃名 義 抄 ﹄ で○○○ 型 に 記 載 さ れ て ゐ る こ と は 、 こ の推 定 を 一層 強 化 す る も の

と 考 へる 。 か く て 上 上 上 の型 に表 記 し てゐ る 語 は 当 時 も○○○ 型 で あ った ら う と 推 定 す る 。

︵と) 上 上 平 型 に 表 記 し た 語 に就 て 。 契 沖 が こ の型 に表 記 し て ゐ る 語 は ﹁男 ﹂ ﹁尾 張 ﹂ ﹁使 ひ﹂ ( 連 用 形) ﹁誰 ぞ ﹂

 ﹁浅 き ﹂ の五 語 であ る 。(ほ () へ に) 準 じ て考 へれ ば 、 最 初 の二 拍 は○○ であ ら う 。 最 後 の 拍 は 普 通 の平 声 と 見 れ ば 第

四節 で 低 平 調 と 推 定 さ れ た か ら○ 拍 と 成 り、 全 体 は○○○ 型 であ った ら う と 推 定 さ れ る 。

  さ て こ の種 の語 彙 は 現 在 京 都 で は ﹁誰 ぞ ﹂ は そ の通 り○○○ 型 で あ る が 、 ﹁男 ﹂ ﹁使 ひ ﹂ ﹁尾 張 ﹂ は○○○ 型 に

も 言 ふ が○○○ 型 が普 通 で あ り、 ﹁浅 き ﹂ は○○○ 型 であ る 。 今 、 諸 方 言 に つ い て 見 る と 、 ﹁ 尾 張 ﹂ ﹁使 ひ ﹂ に つ

いて は 未 知 であ る が、 ﹁男 ﹂ は 和 歌 山 ・赤 穂 ・高 知 等 で○○○ 型 で 、 京 都 でも 古 く は○○○ 型 であ った ら う と の

推 定 を 誘 発 す る 如 く であ る 。 ﹃補 忘 記 ﹄ に は 此 等 の語 は 残 念 な が ら 一語 も 見 え な いが 、 多 く の諸 方 言 で ﹁男 ﹂ と

同 じ 型 に属 し て ゐ る ﹁刀 ﹂ ﹁表 ﹂ ﹁鏡 ﹂ の類 、 多 く の諸 方 言 で ﹁使 ひ﹂ と 同 じ 型 に 属 し て ゐ る ﹁磨 き ﹂、 多 く の 諸

方 言 で ﹁浅 き ﹂ と 同 じ 型 に 属 し て ゐ る ﹁重 き ﹂ が○○○ 型 に 記 載 さ れ て ゐ る こ と は 、 ﹁男 ﹂ ﹁使 ひ﹂ ﹁浅 き ﹂ が 当

時○○○ 型 で あ った か と 想 定 せ し め る も のと 考 へる 。 ﹃名 義 抄 ﹄ に は ﹁男 ﹂ 一語 が 見 え 、○○○ 型 に 記 載 さ れ て

ゐ る が 、 ﹃名 義 抄 ﹄ で こ の型 の語 は 近 世 初 期 ま で に総 て○○○ 型 に変 化 し て ゐ た ら う と 推 定 さ れ る 故 、( 注3 9) ﹃名

義 抄 ﹄ にあ る 此 の記 載 は 、 契 沖 時 代 に こ の語 が○○○ 型 であ った ら う と の推 定 に 寧 ろ 有 利 で あ る 。 か く て契 沖 の 上 上 平 型 は○○○ 型 のア ク セ ント を 表 記 し よ う と し た も のと 推 定 し た い。

 ﹁男 ﹂ 以 下 の語 は 以 上 に よ って 当 時○○○ 型 であ った も の と 推 定 す る。 随 って ﹁男 ﹂ ﹁尾 張 ﹂ ﹁使 ひ﹂ の諸 語 は 現

在 ま で に○○○ 型∨○○○ 型 の変 化 を 経 過 し つ つあ る も の と考 へる 。( 注40) ﹁浅 き ﹂ は京 都 方 言 で終 止 形 が○○○

型∨ ○○○ 型 の変 化 を 遂 げ て後 、 元 来 終 止 形 が○○○ 型 で あ った 形 容 詞 (﹁白し ﹂ の類) に 類 推 し た も ので あ ら う 。

これら の型 が文 献 に見え な いのは、偶々 こ の型 に属 す る語 が問 題 に成ら な か った から であ らう 。

上上 上上 型 (○○○○型 )。上 上上 平 型 (○○○○型)。 上 上平 平型 ( ○○○○ 型 )。

必要 があ れ ば次 のやう な表 記法 も考 へてゐ た であら う。 而し てそ の音 価 は括弧 内 のやう であ った筈 であ る。

 ︹ 補︺   以上 (( ほへ )) に( よとっ )て契沖 の語彙 の中 、上 声 の音 節 で 初ま るも のに 就 て の考察 を 終 へた 訳 であ る が、 契沖 は 若 し

   

(い) 平 平 型 に 表 記 し た 語 彙 。 契 沖 が 平 平 型 に 表 記 し て ゐ る 語 は 、 ﹁夢 ﹂ ﹁舞 ひ ﹂ ( 連 用 形) ﹁為 ず ﹂ ﹁見 じ ﹂ の四

語 であ る 。 但 し 此 の中 ﹁夢 ﹂ は ﹁ゆ﹂ が 平 声 軽 に 成 って居 り、 ﹁舞 ひ﹂ は平 声 軽 と表 記 し て ゐ る 。 ﹁舞 ひ﹂ の ﹁ま ﹂ が平 声 軽 の意 か、 ﹁ま ﹂ ﹁ひ﹂ 共 に平 声 軽 の意 か 、 同 所 の記 載 か ら は 知 得 な い。

  さ て契 沖 の意 味 す る 平 声 の内 容 は普 通 に は低 平 調 であ る が 、 平 声 軽 な ら ば 下 降 調 であ った 。 契 沖 は 厳 密 に は 平

声 軽 と 言 ふ べき も のを 単 に 平 声 と のみ 記 載 す る こ と があ り 、 そ の声 点 も 普 通 の平 声 と同 じ く 左 下 隅 に差 す こ と が

あ る こ と前 節 に考 察 し た 通 り であ る故 、 こ の例 に 於 ても 上 の拍 下 の拍 を 問 は ず 単 に ﹁平 声 ﹂ とあ る も の は 平 声 ・

平 声 の軽 何 れ を も 意 味 し 得 る 。 随 って此 処 の 語 彙 は 、 ﹁為 ず ﹂ ﹁見 じ ﹂ に つ いて は 可 能 の 型 と し て○○ 型 ・○○

型 ・○○ 型 ・○ ○ 型 四 種 の型 を 、 ﹁舞 ひ﹂ に 対 し て は○○ 型 ・○○ 型 ・○○ 型 三 種 の型 を 、 ﹁夢 ﹂ に 対 し て は ユ

メ ・ユメ 二種 の 型 を 想 定 し 得 る 筈 であ る 。 然 し ﹃補 忘 記 ﹄ の研 究 の結 果 で は 当 時○○ 型 と 言 ふ 型 は 存 在 せ ず 、 又

○○型 ・○○ 型も 存 在 し た と は 考 へ難 い。 果 し て 契 沖 が表 記 し よ う と し た 型 は 如 何 な 型 であ った ら う か 。

  契 沖 が こ の 型 に 表 記 し て ゐ る 語 は 、 現 在 京 都 方 言 で は右 の四 種 の型 の何 れ で も な く 総 て○○ 型 であ り、 詳 し く

は 調 査 し てゐ な いが 、 他 の近 畿 系 諸方 言 でも 、 大 体 同 様 のや う であ る 。 少 く と も ﹁夢 ﹂ は 津 ・和 歌 山 ・高 知 の諸

方 言 で も○○ 型 で あ って 、 此 等 は 近 世 初 期 に こ れ ら の語 が○○ 型 だ った の で は な いか と の推 測 を 懐 か せ る。 ﹃補

忘 記 ﹄ に は こ の 中 ﹁夢 ﹂ が 載 って 居 り 、 や は り○○ 型 であ る 。 ﹁舞 ひ﹂ は 載 って ゐ な い が 、 多 く の諸 方 言 で 同 じ

型 に 成 って ゐ る ﹁入 り ﹂ ﹁散 り﹂ が○○ 型 に記 載 さ れ て居 り 、 若 し 載 ってゐ た ら○○ 型 であ った らう と 想 定 さ れ 、

当 時 此 等 が○○ 型 であ った と の推 定 を 支 持 し て ゐ る 。 ﹃名 義 抄 ﹄ に は ﹁夢 ﹂ が○○ 型 に出 て ゐ る が、 ﹃ 名義 抄﹄ で

○○型 の語 は、 近 世 初 期 ま で に○○ 型 に成 って ゐ た 筈 であ る か ら 、 これ ま た○○ 型 推 定 説 を 援 護 す る 。 ﹁見 じ ﹂

﹁為 ず ﹂ も 近 世 初 期 に○○ 型 だ った ら う と 考 へる に は 別 に障 碍 は な いや う で あ る 。 即 ち 、 此 等 ﹁夢 ﹂ 以 下 四 語 は

契 沖 の表 記 か ら は○○ 型 そ の他 な ら ん と 想 定 さ れ る に も 拘 ら ず 、 他 の資 料 を 基 と す れ ば 当 時 の実 際 の 発 音 は○○

型 で あ った の では な いか と 推 定 さ れ る の で あ る 。 此 は 如 何 に考 ふ べき で あ ら う か 。

  今 契 沖 時 代 に 此 等 が○○ 型 で あ った ら う と の推 測 に 有 利 な 条 件 と し て 、 更 に次 のや う な も の が挙 げ ら れ る。

  (1  ) ﹃補 忘 記 ﹄ の記 載 か ら 見 て当 時○○ 型 の存 在 し た こ と は 確 実 と 見 ら れ る に 拘 ら ず 、 平 平 型 以 外 に契 沖 が○

 ○ 型 を 表 記 し た と 思 は れ る 型 が 見 当 ら な い こ と 。 例 へば 契 沖 は○○ 型 を 表 す た め に は 上 平 型 あ た り を 用 ひ た

ら よ さ さ う に 思 は れ る が、 契 沖 が上 平 型 に表 記 し て ゐ る 語 は 一語 も な いと 言 ってよ い。 唯々 ﹁琵 琶 ﹂ に 対 し

て上 平 の声 点 を つけ て ゐ る 例 があ る ( ﹃ 正濫抄﹄ 一六二頁)が 、 此 は漢 語 故 、 特 例 と 見 て よ い であ ら う 。

  (2  ) 契 沖 の表 記 し た 語 例 の中 に は○○ のや う な 音 調 を も つ語 の上 の拍 、 即 ち○ の拍 に 対 し て平 と 註 記 し て ゐ る

も の が見 え る こ と 。 例 へば ﹃通 妨 抄 ﹄ (二 一二頁 下) で ﹁青 羽 の 山 ﹂ の ﹁青 ﹂ に 対 し て 契 沖 は ﹁平 声 軽 ﹂ と 註

し て ゐ る 故 、 ﹁青 ﹂ は○○ のや う な 音 調 であ ら う 。 所 が同 書 ( 二 一二頁上)で ﹁青 羽 の 山﹂ の ﹁あ ﹂ の部 分 に

平 声 と 註 記 し て ゐ る の で あ る 。 第 二 拍 の ﹁を ﹂ に対 し て 声 の註 記 が な い のは 残 念 で あ る が、 恐 ら く 平 と 註 記 す る 筈 だ った の で はな か ら う か。

  (3  ) 平 平 平 型 そ の他 此 に 準 ず る 型 のア ク セ ント 価 の推 定 に 当 って 、 平 平 型 を○○ 型 と 推 定 す る こと が便 利 であ る こ と 。 此 に 就 て は の ち に述 べ る 。

  以 上 (1 () 2 () 3 の) 如 き 事 実 が あ って、 契 沖 の平 平 型 は○○ 型 な ら ん と 推 定 す る こ と は非 常 に 有 力 な の であ る が 、 此

に対 し て 、 さ う 推 定 す る こ と に対 し て 不 利 な 条 件 は 何 か と 言 ふ に、(4さ )う 推 定 し た ら、 ﹁契 沖 は ○ ○ 型 の第 一拍

○に 対 し て 高 平 調を 表 す 上 声 を 以 て宛 て れ ば よ いも のを 、 わ ざ わ ざ○ 又 は○ を 表 す 平 声 を 以 て宛 て た ﹂ と考 へざ

る を 得 な い こと 、 即 ち ﹁契 沖 は 実 際 の ア ク セ ント 価 に合 は ぬ 表 記 法 を し た ﹂ と 認 め ざ る を 得 な いこ と であ る 。 然

し 以 上 の諸 方 言 の状 態 ・諸 文 献 の 記載 並 び に(1 () 2 () 3)の( 諸4事 )実 を 比 較 し て 見 る と 、 どう も ﹁契 沖 時 代 に は 此 等 の

語 は○○ 型 であ った ら う ﹂、 随 って ﹁契 沖 の表 記 法 は 不 完 全 で あ った ら う ﹂ と 見 る 方 に 分 が あ る と 思 は れ る の で ある。

  斯 く て 私 は 契 沖 の平 平 型 は○○ 型を 表 記 し たも のと 推 定 し よ う と 思 ふ。 但 し 契 沖 の平 平 型 が○○ 型 を 意 味 す る

と 言 ふ こ と は 既 に 井 上 奥 本 氏 も 考 へて 居 ら れ た所 であ る。 井 上 氏 は 自 身 の方 言 の ア ク セ ント と の比 較 か ら 殆 ど 直

覚 的 に さ う 考 へら れ た ら し い。 私 の 論 は 証 拠 を 連 ね て 井 上 氏 の考 へ方 を 証 明 し た や う な も の で あ る 。 但 し 井 上 氏

は 平 安 朝 の諸 文 献 に 於 ても 平 平 型 は○○ 型 を 表 す と 見 ら れ た 。 私 は 平 安 朝 諸 文 献 に於 て は 平 平 型 は○○ 型 を 表 す

と 見 、契 沖 の文 献 に 於 て のみ 平 平 型 は○○ 型 を 表 す と 見 る の であ る 。 各 位 の御 叱 正 を 仰 ぎ た い所 であ る 。

(ろ) 平 平 平 型 に 表 記 し た 語 に就 て。 契 沖 が こ の 型 に表 記 し て ゐ る 語 は ﹁色 は ﹂ ﹁越 え て﹂ の二 語 で あ る。 平 平

平 型 は契 沖 の言 葉 に 対 し 杓 子 定 規 に考 へれ ば 、 平 平 型 同 様○○○ 型 ・○○○ 型 等 六 通 り の型 が想 定 さ れ る 筈 であ

る が 、 平 平 型 の 実 際 の発 音 が○○ 型 と 推 定 さ れ た 事 実 を 基 本 と し て 考 へる と 、 契 沖 の表 す つも り だ った 型 は 右 六

通 り の型 の何 れ で も な か った ら う と 思 は れ る。 先 づ最 初 の平 声 は、 平 平 型 の最 初 の拍 同 様 、 高 平 の○ 拍 で あ った

ら う 。 又 最 後 の 平 声 は低 平 の○ 拍 であ った ら う 。 而し て 中 の平 声 は 高 平 ・低 平 何 れ を 表 す と も 見 得 る が 、(1 契)沖

は他 に○○○ 型 を 上 上 平 型 で表 し て ゐ る こ と 、 (2 契)沖 が 他 に○○○ 型を 表 し て ゐ る ら し い型 が見 ら れ な いこ と 、

から 考 へて、 こ れ は 低 平 調 を 表 す 拍 と 考 へら れ る 。 結 局 平 平 平 型 は○○○ 型 を 表 記 し た も の と 推 定 さ れ る こと と 成 る。

  今 契 沖 が 平 平 平 型 に記 載 し て ゐ る 語、 ﹁色 は ﹂ ﹁越 え て ﹂ は と も に 現 在 京 都 方 言 で○○○ 型 で あ り、 ﹃ 補 忘 記﹄

に は 記 載 こ そな いが 、 当 時 も 現 在 と 同 様 の ア ク セ ント であ った と 想 定 し て 何等 差 支 へな い。 例 へば 諸 方 言 で ﹁越

え て ﹂ と 同 型 に発 音 さ れ てゐ る ﹁植 ゑ て﹂ は○○○ 型 に記 載 さ れ て ゐ る 。 以 上 に よ って契 沖 の平 平 平 型 は○○○ 型 を 表 す も のと 推 定 す る 。

(は) 平 平 平 平 型 に表 記 し た 語 に 就 て。 契 沖 が こ の型 に表 記 し た 語 は、 確 実 のも のと し て ﹁匂 へど ﹂一 語 であ る 。

第 一拍 の 平 声 は 平 声 の軽 かと 見 ら れ る。 (い) に( 準ろじ )て 考 へれ ば 、 最 初 の平 声 は高 平 の○ 拍 で あ ら う 。 最 後 の 二 つ

の平 声 は低 平 の○ 拍 に 相 違 な い。第 二拍 の平 声 は(ろに )準 ず れ ば 低 平 拍 と 見 る 方 が自 然 のや う であ る 。現 代 の京 都

で○○○○ 型 であ る こ と も こ れ を 支 持 す る 。 で、 こ の型 は結 局 全 体 と し ては○○○○ 型 であ った か と 推 定 さ れ る 。

  さ て 現 在京 都 方 言 では ﹁匂 へど ﹂ は普 通 ニオ エド 型 であ ってニ オ エド 型 は 寧 ろ 奇 異 に響 く や う だ 。 然 ら ば こ の

型 は○○○○ 型 を 表 し た も の で あ ら う か 。 然 し 今 、 和 歌 山・高 知 で は ﹁匂 へど﹂ は ニオ エド 型 であ って此 が古 型

を 伝 へて ゐ る と 見 る こと に は差 支 へな いや う であ る 。 ﹃補 忘 記 ﹄ に は 生 憎 記載 がな いが 、 ﹁ 匂 ふ﹂ が 現 在 と 異 り ニ

オ ウ 型 に 成 って ゐ る 所 を 見 る と 、 当 時 ﹁匂 へど ﹂ も 現 在 と 異 り ニオ エド 型 だ った ら う と 考 へる こ と も 無 理 で は な

い の で は な い か。 殊 に 表 記 法 が 不 完 全 故優 れ た 証 拠 と も 言 は れ な いが 、 ﹃和 字 大 観 抄 ﹄ で こ の語 に 対 し ニオ エド

と 推 定 す る の が最 も 自 然 と 見 ら れ る表 記 法 を と って ゐ る こ と は 、 当 時 の語 が ニオ エド と 発 音 さ れ た ら う と の推 定

に対 し て有 力 な 支 持 を な す も のと 考 へる 。 実 際 若 し○○○○ 型 を 表 記す る な ら ば 契 沖 は 上 上 平 平 型 と でも し さ う

であ る。 以 上 に よ って平 平 平 平 型 は当 時 の○○○○ 型 を 表 し た 、 ﹁匂 へど ﹂ は当 時○○○○ 型 であ った と 推 定 す る 。

  契沖 が平平平 平型 ( 但 し これ も第 一拍 は平 声 軽か )と 表 記 し た か と 見 ら れ る 語 に は、 他 に ﹁ 奥 山﹂ ( ﹁いろ は歌 ﹂

の 一節) が あ る 。 而 し て此 は 現 在 京 都 でオ ク ヤ マ型 であ る 。○○○○ 型 か ら○○○○ 型 に 変 化 し た も の であ ら う

か 。 然 る に ﹃和 字 大 観 抄 ﹄ に も こ の 語 が 出 て居 り 、 ﹁オ ク ﹂ ﹁ヤ マ﹂ と 二 語 に 切 って挙 げ て あ る。 然 ら ば 契 沖 も そ

の つも り であ った か も 知 れ ず 、 さ す れ ば ﹁ 奥 ﹂ ﹁山 ﹂ 二 つ の平 平 型 即 ち○○ 型 の語 と 言 ふ こ と に 成 る 。 斯 う 考 へ

れ ば 現在 の京 都 ア ク セ ント に 照 し て 見 て 甚 だ都 合 が よ い。 此 は 未 解 決 と し て お く 。

︵に) 平 平 平 平 平 型 に表 記 し た 語 。 契 沖 が こ の 型 に表 記 し て ゐ る 語 は、 ﹁散 り ぬ る を ﹂一 語 であ る 。 こ の 型 の音

価 は(ろ () は と) 全 く 同 じ様 に 推 定 し て よ いであ ら う か ら 、 第 一拍 の平 声 は高 平 拍 と 見 、 第 二拍 以 下 の平 声 は 低 平 拍 と 見、 結 局 こ の型 全 体 は○○○○○ 型 であ った と 推 定 し た い。

﹂ と 言 ふ 語 が○○○○○○

型に出 てゐる所

  所 で ﹁散 り ぬ るを ﹂ は 現 在 京 都 方 言 でチ リ ヌ ル オ 型 で あ る。 私 の推 定 は 間 違 って ゐ る だ ら う か 。 ﹃補 忘 記﹄ に は こ の語 が 記 載 さ れ て な いが、 ﹁散 り ﹂ だ け は○○ 型 に、 ﹁止 み ね〓

を 見 る と 、 若 し 記 載 さ れ てゐ た ら 、 チ リ ヌ ル ヲ 型 と 出 て ゐ た か も 知 れ な いと 考 へる 。 ﹃大 観 抄 ﹄ に は こ の語 は チ

型 を 表 記 し た も の、 ﹁散 り ぬ る

リ ヌ ル ヲ と 表 記 し た と 見 る の に 最 も ふ さ は し い型 に 表 記 さ れ て ゐ る か ら 、 当 時 こ の語 が○○○○○ 型 であ った と 考 へる こ と は 決 し て無 理 で はな いと 思 は れ る。 斯 く て 平 平 平 平 平 型 は○○○○○ を﹂ は 当 時 チ リ ヌ ルオ 型 だ った と 推 定 す る 。

 ︹ 補︺   以 上(い) (( は (ろ ) に に) ) よ って契 沖 が第 二種 表記 法を と った語 の中 、平 声 で初ま る 型 に つ いて の考 察 を終 へた。此 処 で次

のや うな 疑問 が 起る。 ﹁契沖 は上声 と表 記し た ら最 も 適当 な 第 一拍 を何 故 平 声 で表 記 した のであ らう か。契 沖 は第

一拍 低平 調 のやう に錯覚 を起 した のであら う か﹂と 。私 の考 へは次 のやう であ る。  "契 沖 はあ る語 の語 調を考 へる に当 り ﹁そ の語 の最 初 の 一拍 を 四声 の 一つに宛 てた場合 と 、最 初 の二拍 を 一か たま

或 は錯 覚 ?

を も って ゐ た 。 そ の 証 拠 は 諸 処 に 見 ら れ る が 、 例 へば ﹃通 妨 抄 ﹄ (二一二頁 下) の ﹁居 る ﹂ ﹁女 ﹂ ﹁〓﹂ の 部 分 に

り とし てそ れを 四声 の 一つに宛 てた場合 と で は、常 に同 一の四声 に宛 て る こと に成 る ﹂と 言 ふ考 へ︱ ︱

( 軽 ) と 解 釈 し た 。 (こ れ は 中 って ゐ る 。) そ こ で 更 に 第 一拍 だ け で も 平 声 の 筈 だ と 考 へた の で あ

これ な ど は 契 沖 が 右 のや う な 考 へを も って ゐ た と 考 へな け れ ば 解 釈 出 来 な い と 思 は れ る 。 さ て契 沖 は○○ ⋮ ⋮ 型 の

於 て 、 ﹁女 ﹂ ﹁〓﹂ に は 第 一拍 ﹁を ﹂ に 対 し て 声 点 を 差 し 、 ﹁居 る ﹂ に は ﹁居 る ﹂ 全 体 に 対 し て 声 点 を 指 し て ゐ る 、

最 初 の二拍を 平 声 らう "

 な ほ契 沖 が こ のや う な 考 へを 懐 く に 至 った の は 何 か 先 行 文 献 の影 響 が あ った の で は な い か と 思 は れ る 。 例 へば 洞

院実 煕 の ﹃ 名 目 抄 ﹄ は 契 沖 と 全 く 同 じ 様 式 で 語 の ア ク セ ント を 示 し て ゐ る や う であ る 。

(り) 去 上 型 に表 記 し た 語 。 契 沖 が こ の 型 に 表 記 し て ゐ る 語 は ﹁吾 が﹂ ﹁今 日 ﹂ の 二 語 であ る 。 契 沖 の 去 声 は 上

昇 調 であ り 、 上 声 は 高 平 調 であ る か ら 、 こ の型 は契 沖 の表 記 法 に忠 実 に 従 へば 、 第 一拍 の途 中 で声 が 上 り 、 第 二

拍 が高 平 に 発 音 さ れ る 型 、 即 ち○○ と表 記 す べ き 型 で でも あ った ら う か と 想 定 さ れ る 。 然 し 此 等 二 語 は 、 随 って 契 沖 の 去 上 型 は こ のや う な 型 で あ った と 考 へる こ と は 出 来 な いや う で あ る 。

  先 づ○○ 型 と 言 ふ や う な 型 は 現 在 京 都 を 初 め ど の方 言 にも 存 在 しな い。 又 ﹃補 忘 記 ﹄ そ の他 に よ っても 契 沖 当

時 こ の やう な 型 があ った と は 推 測 さ れ な い。 今 、 ﹁今 日 ﹂ ﹁吾 が﹂ 二 語 は 現 在 京 都 方 言 で は 共 に○○ 型 であ る 。 而

し て ﹁我 が ﹂ は ﹃補 忘 記 ﹄ に○○ 型 に 出 て ゐ て、 契 沖 時 代 も○○ 型 であ った と し か 思 は れ な い。 ﹁今 日 ﹂ は他 方

言 中 和 歌 山 ・高 松 ・高 知 の各 方 言 で も○○ 型 であ り 、 ﹃名 義 抄 ﹄ に も○○ 型 に 出 て 居 る 。 こ れ ま た 契 沖 時 代 に○

○型 だ った ら う と 推 測 さ せ る に十 分 で あ る と 考 へる 。 即 ち 契 沖 の 去 上 型 は○○ 型 に非 ず し て寧 ろ○○ 型 で あ った ら う と 推 定 し た い の であ る 。   さ て 次 のや う な 事 実 も 去 上 型 は○○ 型 な ら ん と の推 定 に 有 利 で あ る 。

  (1  ) 去 上 型 以外 には 契 沖 が○○ 型 を 表 記 し た ら う と 思 は せ る 型 が 見 当 ら な い こと 。 例 へば 契 沖 は 平 上 型 あ た り

で○○ 型 を 表 記 し た ら よ さ さ う に 思 は れ る が 、 平 上 型 に表 記 さ れ て ゐ る 語 は 一語 も な い。

  (2  ) 契 沖 が 去 上 平 型 と表 記 し て ゐ る 語 な ど の音 価 を 推 定 す る場 合 、 去 上 型 を○○ 型 と 推 定 し て お いた方 が都 合 が よ い。

  こ れ に 対 し て 去 上 型 が○○ 型 を 表 す と 見 て は 不 利 な 事 実 は 唯 一つ、 ﹁契 沖 が 低 平 な 拍 に 対 し て 低 平 調 を 表 す 平

声 を 宛 て な いで 、 わ ざ わ ざ 上 昇 調を 表 す 去 声 を 宛 て た ﹂ と 見 な け れ ば な ら な いこ と 、 即 ち ﹁ 契 沖 の表 記 法 は 不 完

全 で あ った ﹂ と 見 な け れ ば な ら な い こと で あ る 。 併 し 以 上 の事 実 を 綜 合 し て 考 へる の に、 ど う や ら 去 上 型 は○○

型 を 表 す と 見 る 方 に 分 が あ るや う であ る。 契 沖 が○○ 型 の最 初 の拍 を 去 声 と 認 め た のは 、 (に の) 次 の ︹補 ︺ に述 べ た や う な 考 へが 頭 にあ った から で あ ら う 。

｣一語 で あ る 。 契 沖 自 身 の説 明 に従 へ

  以 上 に よ って契 沖 の去 上 型 は ○ ○ 型 を 表 記 し た も の と 見 る 。 即 ち ﹁吾 が﹂ ﹁今 日 ﹂ 二 語 は 現在 と 同 じ く ○ ○ 型 だ った こ と と 成 る 。 ︵ぬ) 去 上 平 型 に表 記 し た 語 。 契 沖 が こ の型 に表 記 し てゐ る 語 は ﹁酔 ひ も

ば 、 最 初 の拍 は 上 昇 調 と 成 る 筈 で あ る が、 (り に) 準 じ て 考 へれ ば 低 平 調 の○ 拍 と 考 へる 方 が よ いと 思 は れ る 。 第 二

拍 の○ は 動 か な い所 、 第 三 拍 は (と に) 準 じ て考 へれ ば 低 平 の○ 拍 と 見 ら れ 、 結 局 全 体 は ○ ○ ○ 型 であ った か と 想 定 さ れ る。

  さ て ﹁酔 ひ も ﹂ は 現在 京 都 で ○ ○ ○ 型 であ って 誠 に 都 合 よ く 、 ﹃ 補 忘 記﹄ そ の 他 に は 見 え な いが 、 ○ ○ ○ 型 で

あ った と 想 定 し て何 の支 障 も な い。 即 ち 去 上 平 型 は ○ ○ ○ 型 、 随 って ﹁酔 ひも ﹂ は 現 在 同 様 ○ ○ ○ 型 で あ った と 推 定 す る。

︵る) 去 上 上 平 平 型 に 表 記 し た 語 。 契 沖 が こ の型 に表 記 し て ゐ る 語 は ﹁常 な ら む﹂ 一語 であ る 。 こ の型 の第 一拍

は (り) に(準ぬじ )て考 へれ ば 低 平 調 の○ で あ ら う 。 第 二 ・第 三 拍 は ○ ○ と 見 ら れ る。 第 四 拍 の平 声 は 一寸 議 論 も あ ら

う が 、 低 平 調 と 見 る のが 穏 当 であ ら う 。 第 五 拍 は 低 平 調 に相 違 な い。 然 ら ば こ の型 は ○○○ ○ ○ 型 で あ った らう かと推定 される。

  さ て ﹁常 な ら む﹂ は 現 在 京 都 で丁 度 ツネ ナ ラ ム 型 で あ る。 ﹃補 忘 記 ﹄ に は 記 載 がな いが 、 ﹃和 字 大 観 抄 ﹄ にあ り 、

そ の記 載 は や は り ツネ ナ ラ ム と考 へる の が 最 も 自 然 な 形 に成 ってゐ る故 、 右 の推 定 には 誠 に 都 合 が よ い。 以 上 に

よ って契 沖 の去 上 上 平 平 型 は ○○○○○ 型 であ った ら う 、 ﹁常 な ら む ﹂ は ツネ ナ ラ ム と 発 音 さ れ た ら う と 推 定 す る。

︵ち) 去 平 型 に表 記 し た 語 。 契 沖 が こ の型 に表 記 し た 語 は確 実 な も の と し て は ﹁阿 波 ﹂ 一語 であ る 。 他 の 型 に お

い て は、 第 一拍 が去 声 な ら ば 第 二 拍 は 必 ず 上 声 で あ る の に、 こ の型 の み は 第 二拍 が 平 声 で あ る 。 最 後 に 残 った こ

の型 は如 何 な る 音 価 を 表 す も のだ ら う か と 迷 って ゐ た 矢 先 、 畏 友 和 田実 氏 が ﹁○ ○ のや う な 型 を 表 す の で はあ り

ま せ ん か﹂ と 助 言 を 与 へてく れ た 。 最 初 の去 声 は (り () ぬ () る に) 準 じ て考 へれ ば 低 平 調 の○ 拍 で あ る 。 次 の平 声 は 平 声

の軽 と 見 れ ば 確 か に○○ 型 と 成 る。 抑々 契 沖 が 私 の 所 謂 第 二種 の方 法 で 二拍 語 を 表 記 し た 例 は 、 上 上 型 ・平 平

型 ・去 上 型 及 去 平 型 の四 種 があ る が、 契 沖 当 時 のア ク セ ント 体 系 が 現 在 と 同 様 で あ った と 考 へる こ と は 少 し も 差

支 へな い故 、 現 在 通 り○○ ・○ ○ ・○ ○ 及 ○ ○ の四 種 の 型 が あ った と考 へれ ば 、 而 し て 上 上 型 が ○ ○ 型 を 、 平 平

私 は こ の考 へに承

型 が ○ ○ 型 を 、 去 上 型 が○ ○ 型 を 表 す とす れ ば 、 残 る 去 平 型 は 残 る ○○ 型 を 表 し た と 見 て 、 至 極 自 然 で は な い か。

而 も ﹁阿 波 ﹂ は 現 在 ○ ○ 型 に も 発 音 さ れ る が、 同 時 に○ ○ 型 に も 発 音 さ れ て ゐ る 。 う ま い!

服 す る。 即 ち 去 平 型 は ○ ○ 型 を 表 す と 見 よ う と 思 ふ 。 随 って ﹁阿波 ﹂ は 当 時 ア ワと 発 音 さ れ た と 推 定 さ れ る 。

  今 、 こ の推 定 が 当 って ゐ る と す る と 、 近 世 初 期京 都 方 言 のア ク セ ント 体 系 が 今 ま で よ り 一層 明 ら か に成 った こ

と に成 る 。 ﹃補 忘 記 ﹄ は 夥 し い語彙 に就 て 当 時 の ア ク セ ント を 教 へて く れ た が 、 現 在 あ る や う な ○ ○ 型 と ○ ○ 型

と の区 別 に就 て は あ った と も 無 か った と も 語 ら な か った 。 今 去 平 型 が○ ○ 型 を 表 す も のと す れ ば 、 当 時 の○○ 型

の存 在 が 確 定 さ れ た こと と 成 り 、 さ す れ ば 前 節 で○○ 型 か ○○ 型 か に 迷 った ﹁鶴 ﹂ ﹁青 ﹂ 二語 は 、 現 在 同 様○ ○ 型 であ った ら う と 見 る こ と が 出 来 る や う に成 った 訳 であ る 。

  な ほ契 沖 の著 書 で ﹁阿波 ﹂ の他 ﹁桶 ﹂ が去 平 型 に表 記 さ れ て ゐ る か と 見 ら れ た が、 こ の語 も 現 在 京 都 で ○ ○ 型

に成 って ゐ る 。 此 は 、 こ の語 も 去 平 型 に記 載 す る つも り だ った ので あ ら う 、 而 し て当 時 も 同 じ く ○ ○ 型 で あ った ら う と 推 定 し て よ いも の と考 へら れ る 。

去上 上 型 ( ○○○ 型)。去 上平 平 型 ( ○ ○○ ○ 型)。 去上 上平 型 ( ○○ ○○ 型 )。去 上上 上 型 ( ○ ○ ○ ○型 ) ⋮⋮。

な 型を も考 へてゐた らう 。 そし てそ の音価 は括弧内 のやう であ った らう と推 定す る。

 ︹ 補 ︺  以上 の(ぬ () るち ( ) で) 契 沖 が去 で初ま る 型 に表 記 した 語彙 に ついて の考 察を 終 へた が、な ほ契 沖 は此等 の他 に次 のや う

 

  以 上 こ の節 で は 契 沖 が 私 の 第 二種 の方 法 で 音 価 を 表 記 し た 語 に 就 て の考 察 を 終 へた 。 此 処 に 私 の試 み た 推 定 の

 

 

 

去 平 型‖ ○ ○ 型  

去 上 型‖ ○ ○ 型  

上 上 型‖ ○ ○ 型  

平 平 型‖ ○○ 型  

( 去 上 上 型‖ ○ ○ ○ 型 ) 

上 上 平 型‖○○ ○ 型  

上 上 上 型‖○ ○ ○ 型  

平 平 平 型‖ ○ ○○ 型  

(上 上 平 平 型‖ ○○○○ 型 )

(上 上 上 平 型 ‖○ ○ ○ ○ 型 )

(上 上 上 上 型 ‖○ ○ ○ ○ 型 )

平 平 平 平 型 ‖○ ○○○ 型

結 果 を 纏 め て 掲 げ れ ば次 のや う で あ る 。 五 拍 以 上 の語 に就 て は 省 略 す る 。 ( ) は 例 の な か った も の。

 

(去 上 上 上 型‖ ○○○ ○ 型 ) (去 上 上 平 型 ‖○ ○ ○○ 型 )

去 上 平 型‖○ ○ ○ 型  

 

( 去 上 平 平 型 ‖ ○○ ○ ○ 型 )

 

 

 

 

平 声‖ 位 置 によ り 異 る音 価 を 表 し 、 (1第 ) 一拍 に来 た 場 合 に は 高 平 の拍 ○ を 表 す 。 (2第 )二 拍 以 下 に 来 た 場 合

去 声‖ 常 に第 一拍 に現 れ 、 常 に低 平 の拍 ○ を 表 す 。

上 声‖ 常 に 高 平 の拍 ○ を 表 す 。

 即 ち 第 二 種 の方 法 に よ って音 価 を 表 記 し た 場 合 の各 四 声 の内 容 は 次 の や う であ った と 推 定 す る 。

 

には 普 通 には 低 平 の拍 を 表 す が 、 二拍 語 に於 て 去 声 の次 に 来 た 場 合 のみ は 下 降 調 の拍 ○ を 表 す 。

 ( 注 1)   木枝 増 一氏 ﹃ 仮 名遣 研究 史﹄ に見え る ﹃ 仮 名遣 近道 ﹄ はそ の 一例 。著 者 の架蔵 す る伝 三条 西実 隆著 ﹃ 仮名遣秘 伝 ﹄ にも 四声 の記載 があ る。  ( 注 2)   服部 四郎 先 生 ﹁補忘 記 の研究 ﹂ ( ﹃日本 語のアクセ ント﹄所収)  ( 注 3)   ﹃日本文 学大 辞典 ﹄ の中 ﹁アクセ ント﹂ の条 。  ( 注 4)   ﹁日本 のア ク セ ント研 究 史﹂ (﹃ 国語教育﹄三ノ七所載)

( 注 5)   ﹁日 本 語 調 学 小 史 ﹂ (﹃ 音声 の研 究 ﹄ 二所 載 ) 

( 注 2 ) ﹁補 忘 記 の研 究 ﹂ 

( 注 6)   ﹁日 本 四 声 考 ﹂ (﹃コト バ﹄ 五 ノ 三所 載 )  ( 注 7 )  前 掲 ( 注 8)   ﹃ 音 声 学 協 会 会 報 ﹄ 四 ・五 所 載 。  ( 注 9 )  服 部 先 生 前 掲 (注 2 ) ﹁補 忘 記 の研 究 ﹂ ( ﹁研究 方 法 ﹂ の条 ) 参 照 。  ( 注 10 )   ﹃ 国 学 者 伝 記 集 成 ﹄ に 拠 る 。 

( 注 11 )   之 は 全 く 仮 説 で あ る 。 実 際 は 誠 の時 代 に も ﹁樋 ﹂ は 上 声 であ った と 見 ら れ る 。  ( 注 12 )  著 者 は 長 禄 元 年 歿 。  ( 注 13 )   宝 暦 三 年 の 叙 あ り 。  ( 注 14 )   天 保 年 間 刊 行 。 但 し 著 者 は 宝 暦 十 三 年 歿 。  ( 注 15 )   例 へば 第 五 節 平 声 の 条 、 第 六 節 (い () り の) 条 等 。 

( 注 16 )   金 田 一春 彦 ﹁国 語 ア ク セ ント の史 的 研 究｣ ( ﹃ 国 語 アク セ ント の話 ﹄所 収 ) 第 一篇 第 一章 参 照 。 

﹃ 国 語 学 論 集 ﹄ に 投 稿 し た ﹁類 聚

( 注 17 )  金 田 一 ﹁補 忘 記 の研 究 、 績 貂 ﹂ ( ﹃日本 語 の ア ク セ ント ﹄ 所 収 ) 。 金 田 一 ﹁現 代 諸 方 言 の 比 較 か ら 観 た 平 安 朝 ア ク

セ ント ﹂ ( ﹃方言 ﹄ 七 ノ 六所 載 )。 そ の後 こ の 問 題 に就 て は 、 橋 本 博 士 還 暦 記 念 会 編 名 義 抄 和 訓 に 施 さ れ た る 声 符 に 就 て ﹂ な る 一文 の中 で論 考 し た 。  ( 注 18 )  写 本 。 一巻 。 著 者 未 詳 。 承 暦 三 年 に 成 る 由 の識 語 あ り 。  ( 注 19 )  橘 忠 兼 撰 。 治 承 年 間 成 。 

あ らう と推測 さ れる 。 ﹁ 媒 鳥 ﹂ ﹁少 女 ﹂ 二 語 は 第 一 ・二 文 字 は 共 に オ ト だ ら う と 推 測 さ れ る が 、 第 三 文 字 の 音 価 は 他

( 注 20 )   例 へば 此 等 の語 彙 の 中 、 ﹁青 葉 ﹂ ﹁青 苔 ﹂ は 第 一 ・二 文 字 共 に ﹁ア オ ﹂ で 、 全 体 は そ れ ぞ れ ア オ バ ・ア オ ノ リ で

の資 料 を 参 照 し な い 限 り 不 明 で あ る 。 

( 注 21 )   然 し こ の種 の語 彙 は 、 他 の例 を 多 く 集 め て 見 る と 、 第 一文 字 だ け に差 し た 点 と 見 て も 、 第 一 ・第 二 両 文 字 に差

し た点 と見 ても 、結 果は 同じ こ とに成 る やう であ る。と 言 ふ のは契沖 は後 に述 べるや う に、あ る語 の四声 を註 記す

 

る 場 合 、 第 一文 字 だ け の四 声 を 註 記 し て も 、 第 一 ・第 二 両 文 字 を 一体 と 見 て そ れ の 四 声 を 註 記 し て も 、 結 局 同 じ で あ る と 考 え て ゐ た や う で あ る か ら 。 

上 型 。 わ が ‖ 去 上 型 。 そ の 他 こ れ に 準 ず る 。 ロ、 語 彙 に つ い て 。 ( ) を 施 し た も の は 疑 問 の あ る も の。 ﹃通 妨 抄 ﹄

( 注 22 )   イ 、 術 語 に つ い て 。 第 二 種 の表 記 法 を と った 語 例 に於 け る 呼 び 方 は 次 の や う で あ る 。 ま ひ ‖ 平 平 型 。 安 房 ‖ 上

( 二三 五 頁 下) の後 の方 に 載 って ゐ る ﹁い ろ は 歌 ﹂ は 、 仮 に橋 本 先 生 の 御 唱 導 の文 節 ・文 節 で 区 切 っ て、 然 る べき 個

所 に 分 け 掲 げ た 。 例 へば 、 い ろ は ︱に ほ へど −ち り ぬ る を −等 。 切 り 方 に悪 い所 が あ れ ば 、 音 価 の推 定 は 失 敗 の 恐

ニ、 ﹃補 忘 記 ﹄ 所 載 の ア ク セ ン ト に つ い て 。 ( ) は 全 く 同 じ 形 が ﹃補 忘 記 ﹄ に 見 え ず 、 他 の 形 の ア ク セ ント で 補 っ

れ が あ る が 、 こ れ で 大 過 な いと 思 ふ 。 ハ、 現 代 京 都 ア ク セ ント に つ いて 。 ○ は 音 節 の 途 中 で 声 が 下 降 す る 符 号 。

た も の。 * は 推 定 形 。 一拍 語 は 当 時 も 現 在 同 様 長 く 引 い て 発 音 さ れ た も の と 考 へた 。 服 部 先 生 の お 考 へで あ る 。

﹃和 字 大 観 抄 ﹄ ﹃ 韻 学 階 梯 ﹄ か ら 引 いた も の は 音 価 を ま だ 論 証 し て ゐ な い故 、 暫 く ? を 附 し て 掲 げ た 。 ホ 、 ﹃ 名 義 抄﹄

所 載 の ア ク セ ント に つ い て 。 ( ) * 及 一拍 名 詞 に − を つ け た こ と に つ い て は ニ、 に 同 じ 。 ﹃ 名 義 抄 ﹄ で 平 声 に表 記

﹃天 台 声 明 の梗 概 ﹄ に 従 ふ 。 

さ れ て ゐ る も の の 音 価 は 、 ○○ ・○○ 両 型 に 推 定 さ れ る が 、 今 は 方 言 の比 較 か ら 適 当 に 推 定 し た 結 果 に ? を つ け て 掲 げ て お いた 。 第 五 節 の平 声 の 条 参 照 。  ( 注 23 )   久 松 潜 一先 生 ﹁契 沖 伝 ﹂ (﹃ 契沖 全集 ﹄ 九 所 収) に 拠 る 。 

( 注 24 )  総 て真 言 宗 の も の は 水 原 尭 栄 先 生 の 御 教 示 に よ る 。 天 台 宗 の も の は 多 紀 道 忍 氏 ( 注 25 )   総 て 岩 原 諦 信 先 生 の御 教 示 に よ る 。  ( 注 26 )   ( 注 24 ) 参 照 。  ( 注 27 )   ( 注 25 ) 参 照 。 

( 注 5 ) ﹁日 本 語 調 学 小 史 ﹂ 七 七 頁 。 

( 注 28 )   著 者 未 詳 。 一巻 。 根 来 寺 刊 行 。 室 町 時 代 のも のと 推 定 さ れ る 。  ( 注 29 )  前掲

( 注 30 )   ( 注 24 ) 参 照 。  ( 注 31 )   ( 注 25 ) 参 照 。

(注 3 2)   写 本 。 一巻 。 文 化 十 三 年 写 と あ る が原 本 は も っと 古 か った 見 込 。  (注 33 )   (注 2 4 ) 参 照 。  (注 3 4)   (注 25 ) 参 照 。 

( 注 17) ﹁現 代 諸 方 言 の 比 較 か ら 観 た 平 安 朝 ア ク セ ン ト ﹂ 第 九 章 ・( 注 16 ) ﹁ 国 語 ア ク セ ント の史 的

(注 3 5)   例 へば 二 拍 名 詞 中 の ﹁ 石 ﹂ ﹁音 ﹂ の類 そ の 他 。  (注 36 )   金 田 一前 掲 研 究 ﹂ 第 二篇 第 一章 第 三 節 参 照 。  (注 37 )   ﹃ 類 聚 名 義 抄 ﹄ 仏 中 巻 四 六 枚 ウ ラ ﹁晧 ﹂ 字 の条 。 

(注 39 )   金 田 一前 掲

( 注 17 ) ﹁補 忘 記 の研 究 、 績 貂 ﹂ 一八 六 頁 参 照 。

( 注 16 ) ﹁国 語 ア ク セ ント の史 的 研 究 ﹂ 第 二 篇 第 一章 第 三 節 参 照 。 

(注 38 )   ﹃ 古 今 訓 点 抄 ﹄ に 見 え る 。 大 原 孝 道 氏 の発 見 。 

( 注 40 )  金 田 一前 掲

 

類 聚名 義 抄和 訓 に施 さ れ たる 声符 に就 て

二︱ 五

一

内 容 目録

 

六︱ 二十 一   声符 の音価 に関す る考 察

 

 

 結 論

は し がき

  二十二  補 遺

 

  二十三

 声符 の種類 に関す る考 察

 

  一

 ﹃類 聚 名 義 抄 ﹄ ( 全十 一巻)は 、 後 一条 朝 ︱ 堀河 朝 ( 注1)の頃 、 恐 ら く 真 言 宗 の僧 侶 に よ り 撰 定 さ れ た ( 注2)と 推 定

さ れ て ゐ る 漢 字 の字 書 であ って 、 本 書 記載 の豊 富 な 和 訓 は 、古 代 国 語 の語 彙 ・語 法 ・音 韻 の研 究 に 非 常 な 貢 献 を

な す も ので あ る こ と は 言 ふま で も な いこ と であ る 。 同 時 に 此等 和 訓 に施 さ れ て ゐ る 夥 し い声 点 は、 同 時 代 国 語 の

語 調 を 明 か にす る 上 に 絶 大 な 価 値 を 有 す る こ と も 、 夙 に 諸 先 輩 の注 目 す る 所 であ って 、 こ の方 面 の 研 究 と し て、

先 に は 江 戸 末 期 の伴 信 友 翁 ( 注3)の、 後 に は 大 正 期 の 井 上 奥 本 氏 ( 注4)の発 表 があ る が 、 声 点 の種 類 及 び 音 価 の

推 定 に 関す る 説 の中 には 、 そ の儘 従 ひ か ね る 個 所 が あ る や う に思 は れ る 故 、 茲 に愚 考 を 開 陳 し て大 方 の御 叱 正 を

仰 ぎ た い。 な ほ こ の 研究 は 橋 本 進 吉 先 生 に 初 め に お勧 め 頂 いた も の で、 本 稿 を 草 す る に当 ってそ の御 指 導 に負 ふ

所 が 多 か った の であ る が 、 不 敏 の質 、 折 角 発 表 の機 を 与 へて頂 き な が ら未 熟 な も のし か 出 来 な か った こ と を 深 く お 詫 び申 上 げ る 次 第 であ る 。

 二

  抑 々声 点 は 、 そ の文 字 の 四 声 を 表 す 為 に 文 字 の四 隅 そ の他 に施 す 星 点 (又 は圏点 ・短線 ) で あ って 、 我 国 で は

漢 土 よ り の輸 入 によ り 大 体 平 安 朝 初 期 以 後 用 ひ ら れ て ゐ る ( 注5)も の で あ る 。 而 し て ﹃中 右 記 ﹄ ﹃法 華 経 音 ﹄ 乃

例 ヒ ト 

(一枚オ ﹁人﹂ 字 の条 )  

ゴ ヂ ック の文字 がそ れ ぞれ の ( )  種類 の点 が ついてゐ る仮 名

一〇 三 二

頻出 数

多 いと 言 ふ 状 態 で あ る が、 こ の傾 向 は 同本 の他 の巻 々 にも 略 々同 様 に 現 れ て ゐ る 所 であ る 。

如 く であ る 。 即ち 、 (1 () 5 が) 著 し く 多 数 で全 体 の約 半 数 宛 々 を 占 め 、残 余 では (2 () 3 () 4 () 7 が) 稍々

仏上巻 ( 注7)に 現 れ た 声 点 を 位 置 に よ り 分 類 し 、 そ の頻 出 数 を 掲 げ れ ば 、 次 の ︹第 一表 ︺ の

  今 、 ﹃名 義 抄 ﹄ 和 訓 に 於 け る 声 点 の状 態 は 如 何 と 言 ふ に、 現 在 唯 一の 古 写 本 た る 観 智 院 本

を 表 す こ と だ け は 総 て の 式 を 通 じ て 一貫 し て ゐ る や う で あ る 。

も の等 、 幾 多 の種 類 があ る ( 注6)や う で あ る が 、︹ 甲︺ 図 の如 く 四 隅 の点 が 夫 々平 上 去 入 の 各 声

拠 れ ば 、 そ の様 式 には 、 四 隅 の み に点 を 差 す も の、 四 隅 以 外 に 二点 を 差 し て 六 声 を 区 別 す る

至 ﹃諸 家 点 図 ﹄ ( ﹃群書 類従﹄所輯) ﹃古 点 図 ﹄ ( ﹃ 続 々群書類従﹄所輯)及 び 印 融 著 ﹃真 俗 二点 集 ﹄ 等 所 載 の四 声 点 図 に

  ︹ 第 一表 ︺

 声点 の位 置  (  1) 左側 下位  

 三

(9  ) 右側 下位 に近 きも の 

(8) 右側 中位  

(7  ) 右側 上位  

(  6) 上 辺但 し右 に近き も の 

(  5) 左側 上位  

(  4) 左側 上位 に近 きも の 

(3  ) 左側 中位  

(  2) 左側 下位 に近 きも の 

ル カ リ 

オ ホ フ 

イ ソク  

イ ソク  

ナ ソ 

ヨシ 

ヒト  

(一枚 ウ ﹁ 任 ﹂ 字 の条 )  

(一七 枚 オ ﹁仮 ﹂ 字 の 条 )  

(一四 枚 ウ ﹁佩 ﹂ 字 の 条 ) 

( 五枚 オ ﹁侚﹂字 の条 )  

(二四枚 ウ ﹁退﹂ 字 の条) 

(四枚 ウ ﹁何 ﹂字 の条 )  

(四枚オ ﹁休 ｣字 の条 )  

(一枚 オ ﹁人 ﹂字 の条 )  

タヽ スム  (二枚 オ ﹁徒倚 ﹂ 字 の条) 

ワラ ハヘ  ( 九枚 ウ ﹁〓 ﹂ 字 の条 ) 

イ キホ ト ケ ( 四 枚オ ﹁神 仙﹂ 字 の条)  

二

三

三

一

三

一

一一二二

七八

三九

九八

( 1 1)

 2 右字 の点 な らば左 側 下位   (1 )

二四 〇 一

一三

左字 の点 な らば右 側 下位  

フ タ ヘ 

 上字 の点 な らば左 側 下位 下字 の点 な らば左 側上 位 

 右字 の点 な らば左 側上 位   左字 の点 なら ば右 側上 位  

( 13 )

 計  

  さ て こ こ に声 点 な る も のは 、 元 来 誤 写 さ れ 易 い性 質 のも の であ る 上 に、 観 智 院 本 と 雖 も 原 本 以 来 間 に 二 回 の転

写を経 たも の ( 注8)であ り 、 而 し て第 三 回 目 の転 写 者 、 即 ち 観 智 院 本 自 体 の筆 者 は 余 り 厳 密 な 態 度 で書 写 し な か

 

った 疑 が あ る ( 注9)故 、 こ の本 の点 の位 置 は そ っく り 原 著 者 の意 向 を 伝 へて ゐ る と は 想 定 で

き ず 、 随 って 右 の表 の( 1) (− 1 の3 中)には 、 元 来 他 の位 置 に施 さ れ た も の で誤 って そ の位 置 に 施 さ れ て ゐ る も の が当 然 含 ま れ て ゐ る と 考 へら れ る。

  然 ら ば 何 れ の点 が 正 し いも のか と 言 ふ の に、 伴 信 友 が先 づ 説 を 立 て 、 自 身 で 行 は れ た校 本

﹃類 聚 名 義 抄 ﹄ の ﹁附 言 ﹂ の中 、 及 び ﹃ 仮 字 本 末 ﹄ の ﹁仮 字 に点 を 施 し て 音 を 示 し た 例 ﹂ の

中 に 、︹ 乙︺ 図 のや う な 点 図 を 掲 げ 、 ︽左 側 下 位 のも の、 左 側 中 位 の も の、 左 側 上 位 のも の が 、 夫 々去 平 上 の三 声 を 表 す ︾ と 推 定 さ れ た の であ る。

 四

  右 の信 友 の考 へは 現 在 そ の儘 広 く 行 は れ て ゐ る も の で あ る が、( 注10)然 し 左 の ︹1 ︹︺ 2 ︹︺ 3の︺や う な 難 点 を も つ。

って ゐ る こ と は 考 へ難 い。 殊 に 字 音 の 点 は ﹃名 義 抄 ﹄ に お い て も︹ 甲︺ 式 に 拠 って ゐ る と 見 ざ る を 得 ず 、( 注11)

  ︹1︺ 第 二節 に 述 べた やう に 一般 の文 献 に お け る 点 が︹ 甲︺ 式 に 拠 って ゐ る の に、 ﹃ 名 義 抄 ﹄ の和 訓 だ け が︹ 乙︺ 式 に拠  

 同 一の著 書 の中 に、 字 音 と 和 訓 と で異 る 式 に従 って 点 を 差 し て ゐ る と は 更 に考 へ難 い。

  ︹2  ︺ 現 在 の本 に お い て、 明 瞭 な 意 識 で原 著 者 が 左 側 中 位 に差 し た と 見 ら れ る 点 は、 見 出 し 難 く 、 現 在 の中 位 の

(イ  ) 現 在 の本 で、 あ る 語 のあ る仮 名 の左 側 中 位 に加 点 が あ る場 合 、 そ の 語 が 他 の 場 所 に 現れ た 場 合 の点 を 検

   点 は 総 て原 著 者 の誤 記 か 、 転 写 者 の誤 写 で は な いか と 見 ら れ る こと 、 即 ち 、  

す る と 、 必 ず そ の仮 名 の点 は 左 側 下 位 か 左 側 上 位 に施 さ れ て ゐ る こと 。 例 へば 仏 上 43 オ の ﹁〓 ト シ﹂ の

﹁ト ﹂ の点 は 如 何 に も 左 側 中 位 に 見 え る が 、 ﹁迅 ﹂ ( 仏上 23オ)・﹁〓 ﹂ ( 仏上 26オ)・﹁肆 ﹂ ( 仏 下本 17オ)・﹁略 ﹂

( 仏中54オ).﹁湍 ﹂ ( 法上2ウ).﹁〓﹂ ( 僧中 50オ)に 見 え る ﹁ト シ﹂ の ﹁ト ﹂ の点 は 何 れ も 左 側 下位 であ る。

(ロ) 現 在 の本 で こ の位 置 に 点 が 見 出 さ れ る のは 、 小 さ い場 所 に無 理 に 多 く の仮 名 を 書 込 ん だ 例 に多 い。 例 へ

ば 仏 上 17 オ の ﹁儀 ヨソ ヲヒ ﹂ の ﹁ヲ﹂ の点 は 正 し く 左 側 中 位 で あ る が、 こ の訓 は 一糎 ば か り の余 白 に 四 文 字 を 詰 め 込 ん だ 例 であ る 。

﹁嘉 す ﹂ 等 の語 は 四度 以 上 現 れ る が、 そ の第 一文 字 の点 は何 れ も 右 側 上 位 にあ る 。

は れ る 点 が 見 出 さ れ る こ と 。 例 へば 第 十 六 節 の ︹ 第 五 表 ︺ にあ げ た 語 彙 を 見 よ 。 殊 に ﹁巣 ﹂ ﹁若 し ﹂ ﹁稍 々﹂

  ︹３︺   信 友 のや う に 考 へる と 、 右 側 上 位 の点 は 解 釈 でき な いが 、 ﹃名 義 抄 ﹄ に は 確 か に そ の位 置 に 施 さ れ た と 思

 五

  以 上 ︹ 1︺ ︹︱ 3 の︺や う に考 へる 時 は 、 信 友 の︹ 乙︺ 式 点 図 に 拠 る 解 釈 法 に は 賛 成 し が た く 、 茲 に 井 上 奥 本 氏 は 、 ︽﹃名

義 抄 ﹄ の和 訓 の声 点 も 他 の 文 献 のも のと 同 様 に︹ 甲︺ 式 の点 図 によ る︾ 即 ち ︽左 側 下 位 のも の は平 声 、 左 側 上 位 のも

の は 上 声 、 右 側 上 位 の も の は 去 声 を 表 す ︾ のや う に 解 釈 す べき こと を 提 唱 さ れ た の で あ る が、( 注12) こ の考 へに 拠 れ ば 、 右 ︹1︺ ︹︱ 3 に︺ お いて 、 何 等 矛 盾 を 生 ぜ ぬ 故 、 従 ふ べき 説 と 思 は れ る 。

  さ て 今 、 井 上 氏 に よ る新 説 に基 い て 、 観 智 院 本 の声 点 に 再 検 討 を 加 へれ ば 、 原 著 者 が 施 し た ( 厳密 に言 へば 施

し た つも り の)声 点 の 種 類 及 び そ の使 用 数 は、 次 の ︹ 第 二 表 ︺ の 如 く で あ った 、 と 推 定 さ れ る。( 注13)︽平 上 二 声

同 百分 率

の点 が 断 然 多 く 、 去 声 の点 が 極 め て稀 で あ る︾ こ と が 注意 さ れ る。 又 入 声 点 は 全 然 な いや う で あ る 。( 注14)  ︹ 第 二表︺

 

使 用数

 

四八 ・九

容

内

一一七五  

五 〇 ・四

 

平  声  

一二 一〇  

置

︹1  ︺ 左側 下 位 

上  声  

位

 

︹2  ︺ 左側 上 位  

 

 

 

︹3  ︺ 右 側上 位     ︹  著 者 が何 れ の位 置 に施 した か不 明  4 ︺ 然 し 恐らく は ︹1 ︹︺ 2 の︺ 孰 れ かなら ん 

計 

去  声   平  声 ? 上  声 ?

五 

〇

〇 ・二

一〇〇 ・〇

・五

一一  

二四〇 一 

  然 ら ば 次 に 、 此 等 平 上 去 三点 は 、 夫 々如 何 な る 音 価 を 表 し て ゐ る ので あ ら う か 。

 六

  抑 々 四声 と は 、 中 国 語 の語 調 の 一種 であ って、 中 国 語 の渡 来 と 共 に 我 国 へ輸 入 さ れ た 観 念 であ る。 而 し て 現 在

彼 の国 語 で は 方 言 間 で 四 声 の 音 価 は 極 め て多 種 多 様 にな ってを り 、( 注15)随 って 時 代 的 に も 恐 ら く 音 価 の 変 遷 が

あ った こ と と 推 定 さ れ る にも 拘 ら ず 、 そ の変 遷 のあ と は 未 だ 分 明 な ら ず 、( 注16) 一方 我 国 に 伝 へら れ た 彼 の国 語 は 、

何 れ の地 方 の方 言 で あ る か 、 明 ら か でな い故 、 彼 の国 語 の 現在 諸 方 言 の四 声 を 通 し て ﹃ 名 義 抄 ﹄ 所 載 の四 声 の内 容 を 考 へる こ と は 、 無 意 味 に 近 い こと と考 へら れ る 。

  然 ら ば 我 国 に現 在 伝 は って ゐ る 四 声 の内 容 如 何 と 言 ふ の に、 此 に は 甲 乙 二 式 の解 釈 法 が 行 は れ て ゐ る 。 即 ち 甲

平 声 ‖全 平 調  

上声 ‖上昇調 

去 声 ‖ 下降 調

式は漢学者漢 詩人 ( 注17)を 初 め と し て、 一般 人 の 間 に 広 く 普 及 し て ゐ る も の で 、( 注18)  

平 声 ‖低 平 調 ( 但 し変 種 ・﹁平声 の軽 ﹂ は下降 調) 

上 声 ‖高 平 調    去 声 ‖ 上 昇 調

と 解 釈 し 、 乙 式 は真 言 ・天 台 宗 の仏 家 に 伝 承 さ れ て ゐ る も ので 、  

 と 解 釈 す る。( 注1) 9而 し て 漢 学 者 側 で は 特 に 甲 式 解 釈 法 に 拠 って 漢 籍 を 音 読 し 、 漢 詩 を 吟 詠 す る と 言 ふ こ と は な

いや う で あ る が、 仏家 で は経 文 を 誦 し 、 声 明 を 唱 へる 際 に、 実 際 に 一々 の漢 字 に 対 し て 乙 式 の解 釈 法 に従 って 節

を つけ る 習 慣 が 現 在 行 は れ て ゐ る 。( 注20)

 七

  さ て ﹃名 義 抄 ﹄ の声 点 の音 価 は 甲 乙 孰 れ の 式 に よ り 解 釈 す べき か 、 と 言 ふ の に、 信 友 は 総 て 甲 式 に拠 らう と し

た も の の 如 く で あ る。( 注21)井 上 氏 は 総 て甲 式 に拠 り た く 思 は れ た ら し いが 、( 注22)結 局 便 宜 の為 に平 上 二 声 は 乙

式 に、 去 声 は 甲 式 に 拠 ら れ、 即 ち 、 ︽平 声 点 は そ の 仮 名 が 低 平 調 に、( 注23)上 声 点 は そ の仮 名 が高 平 調 に 、 去 声 は

そ の仮 名 が 下 降 調 に 発 音 さ れ る こ と を 表 す ︾ と 解 釈 さ れ た ( 注24)の で あ る。 又 最 近 ﹃名 義 抄 ﹄ の 三 拍 名 詞 の 語 調

に就 いて の詳 密 な 考 察 ( 注25)を 発 表 さ れ た 大 原 孝 道 氏 は 、 平 上 二 声 は 乙 式 に 拠 る 方 が有 利 で あ る こと を 認 め な が ら 、 な ほ 平 上 去 三 声 と も 甲 式 に拠 る べき も の のや う に考 へら れ た 。( 注26)

  然 し 今 つら つら 思 ふ に 甲 乙 二式 の 解 釈 は 全 然 異 る 種 類 のも の であ る 以 上 、 余 程 特 別 の事 情 で も な い限 り 、 井 上

氏 の如 く 両 式 を 混 用 す る のは 望 ま しく な いと 考 へる 。 然 ら ば 甲 乙 二 式 中 、 何 れ を 撰 ぶ か と 言 ふ に 、 私 は伴 ・大 原

氏 と は 反 対 に寧 ろ 乙 式 に従 ひ、 即 ち 、 ︽平 点 の仮 名 ‖原 則 と し て は 低 平 調 ( 注27)   上 点 の仮 名 ‖高 平 調   去 点 の 仮 名 ‖ 上 昇 調   と 見 る べ き で は な いか ︾ と 思 ふ。

 八

 ︽﹃名 義 抄 ﹄ 和 訓 の声 点 は 乙 式 に 解 釈 す べ き で はな い か︾ そ の第 一の 根 拠 は 、 ︽﹃名 義 抄 ﹄ は 岡 田 希 雄 氏 ( 注28)以

来 真 言宗 僧 侶 の 撰 と 見 ら れ て ゐ る が、 真 言 宗 で は 前 述 のや う に 現在 四 声 を 乙 式 に解 釈 し てゐ る︾ こと 、 し か も 、 ︽こ の解 釈 法 は ﹃名 義 抄 ﹄ 時 代 か ら 同 宗 派 で 行 は れ て ゐ た ら し い︾ こ と で あ る 。

  即 ち 今 、 ﹃名 義 抄 ﹄ と 大 体 同 時 代 に 著 さ れ た 釈 明 覚 の ﹃ 悉 曇 要 訣 ﹄ (一四オ- 一五 ウ)( 注29)の 記 述 に 拠 れ ば 、 ︽当

時 我 国 に伝 へら れ て ゐ た 四 声 の解 釈 法 に は 六 声 式 と 八 声 式 と の 二 種 が あ り ︾ ︽弘 法 流 で は そ の 中 六 声 式 解 釈 法 を 伝 へて ゐ た ︾ と の こと で あ り 、 し か も そ の 内 容 と し て 次 のや う に 述 べ て ゐ る 。   (一  ) 初 平 後 上 之 音 。 六 声 家 為 去 声。   (二  ) 初 昂 後 〓 為 平 声 之 軽。 初 後 倶〓 為 平 声 之 重。   (三  ) 初 後 倶 昂 名 為 上 声。

  之 に 拠 れ ば ﹃名 義 抄 ﹄ 時 代 弘 法 家 即 ち 真 言 宗 に伝 は って ゐた 四 声 の解 釈 法 は、 平 声 ‖軽 重 の別 あ り 、 軽 は 下 降

調 ・重 は 低 平 調   上 声 ‖ 高 平 調   去 声 ‖上 昇 調 であ った と 見 ら れ る 。 之 は 現 在 仏 家 に 伝 は って ゐ る 乙 式 解 釈 法 と 全 く 同 一のも の で はな いか 。

 九

  ﹃ 名 義 抄 ﹄ 和 訓 の声 点 を 乙式 に解 釈 し た い第 二 の 根 拠 は 、 ︽﹃ 名 義 抄 ﹄ 成 立 時 代 に は 、 現 在 漢 学 者 の間 に盛 ん な 甲

式 解 釈 法 は全 然 我 国 に 行 は れ て ゐ な か った の では な いか ︾ と 疑 は れ る こ と であ る 。

  抑 々、 元 禄 期 以 前 の文 献 で 、 四 声 の具 体 的 な 音 価 に 就 て の 記 述 のあ る も のと し て は 、 釈 安 然 の ﹃ 悉 曇 蔵﹄ ( 元

慶年中成)・釈 信 範 の ﹃ 悉 曇 秘 伝 記﹄ ( 鎌倉時代末期成)・著 者 不 明 の ﹃文 字 反 ﹄ ( 元弘年中成)・釈 心 空 の ﹃法 華 経 音 訓 ﹄

﹃法 華 経 音 義 ﹄ ( 吉 野朝期成)・著 者 不 明 の ﹃開 合 名 目 抄 ﹄ ( 室 町末期成?)・釈 宥 朔 の ﹃韻 鏡 開 奩 ﹄ ( 寛永四年成)・西 村

重 慶 の ﹃韻 鏡 問 答 抄 ﹄ ( 貞享四年成?)・釈 観 応 の ﹃補 忘 記 ﹄ ( 貞享四年成)・釈 契 沖 の ﹃和 字 正 濫 抄 ﹄ (元禄 六年叙)等

を 挙 げ る こと が でき る が 、 此 等 に お け る 記 述 は 、 ﹃文 字 反 ﹄ を 除 く 以 外 は 、 何 れ も 乙 式 又 は 乙 式 に近 い解 釈 と 見

ら れ 、 偶 々前 記 ﹃悉 曇 要 訣 ﹄ の如 く 、 六 声 流 以 外 に 八 声 流 の解 釈 を 載 せ て ゐ るも のも あ る が 、 之 と て 乙式 解 釈 法

に極 め て 近 いも の であ って 、 少 く と も 甲式 解 釈 法 と は 全 然 異 る も の であ る と 断 言 で き る 。 唯 々 ﹃文 字 反 ﹄ だ け は

具 体 的 な 四 声 の音 価 の説 明 は 甲 式 の解 釈 に 近 いや う に も 思 は れ る が、 其 処 に挙 げ て あ る 語 例 を 見 れ ば 、 ど う も 乙 式 の解 釈 法 と 見 る 方 が よ い の で は な い か と 思 は れ る。( 注30)

  而 し て 我 国 文 献 中 、 明 ら か に 甲 式 の解 釈 を 試 み て ゐ る 最 古 の も の は、 管 見 に 入 った 所 で は 、 釈 円 義 の ﹃韻 学 発

蒙﹄ ( 宝暦七年成)・藤 啓 明 の ﹃韻 学 秘 訣 ﹄ ( 同八年成)等 であ って、 そ の 記 述 の 状 況 か ら 推 測 す る の に 、 こ の解 釈 は

﹃元 和 韻 譜 ﹄ ﹃康 煕 字 典 ﹄ 等 に 見 え る 近 代 中 国 の四 声 解 釈 に 導 か れ た も の の如 く 、 こ れ が そ の後 現 代 ま で 漢 学 者 の

間 に 伝 へら れ 一般 にも 広 ま ったも の であ って 、 ﹃名 義 抄 ﹄ 時 代 に は 我 国 に は 未 だ 行 は れ て ゐ な か った の で な いか

と 思 は れ る。 な ほ 現 在 我 が 国 に お い て、 甲式 の解 釈 法 が 乙式 の解 釈 法 を 圧 倒 し て栄 え て ゐ る 形 にな って ゐ る のは 、

一つは 、 甲式 解 釈 法 の方 が 乙式 解 釈 法 よ り も ﹁平 ﹂ ﹁上 ﹂ ﹁去 ﹂ と言 ふ 文 字 に 対 し て ( 殊 に去声 字 に対 し て)合 理的 だ と考 へら れ る こと に原 因 す る で あ ら う 。

 十

  以 上 三 つ の根 拠 か ら、 ︽﹃名 義 抄 ﹄ の著 者 は 乙式 四声 解 釈 法 に 従 って 平 上 去 の点 を 和 訓 に施 し た と考 へた 方 が よ

い の では な いか ︾ と 思 ふ が、 然 ら ば 次 に ︽﹃名 義 抄﹄ の声 点 を 甲 式 に 解 釈 し た 場 合 と 、 乙 式 に 解 釈 し た 場 合 と で

は 、 孰 れ が ﹃名 義 抄 ﹄ 成 立 当 時 の語 調 と し て 恰 好 な 内 容 を も つも の が再 構 さ れ る ︾ であ ら う か。

  今 ﹃名 義 抄 ﹄ 記 載 の語 調 は 如 何 な る 内 容 を 有 す べき か と 想 定 す る の に 、 先 づ ﹃名 義 抄 ﹄ 記 載 の 語 調 は 古 い時 代

の語 調 であ る と は 言 へ、 や は り 日 本 語 の 語 調 に は 違 ひ な い故 、 先 づ第 一に、 ︽現 在 の我 国 諸 方 言 の語 調 と 根 本 的

に 異 る性 質 のも の で はな い で あ ら う ︾ と 想 像 さ れ る 。 而 し て そ れ は 当 時 の京 都 方 言 の語 調 であ った ら う と推 測 さ

れ る 故 、 ︽後 世 の京 都 方 言 の語 調 、 及 び そ れ と 形 態 が よ く 似 て ゐ て同 一の起 源 か ら 別 れ 出 た と 推 測 さ れ る 所 の、

服 部 四 郎 博 士 の所 謂 甲 種方 言 ( 注31)の語 調 に 共 通 に 見 ら れ る や う な 諸 性 質 は 、 や は り ﹃名 義 抄 ﹄ の 語 調 に も 存 し て ゐ た の で はな いか ︾ と 想 像 さ れ る 。

  そ こ で先 づ ﹃名 義 抄 ﹄ の語 調 の大 凡 の輪 郭 を 窺 ふ よす がと し て 、 試 み に 現 在 諸 方 言 の語 調 の構 造 を 考 察 す る の

に、 先 づ 京 都 方 言 の語 調 の体 系 は次 の ︹ 第 三表 ︺ の やう な 型 の 種 類 か ら 構 成 さ れ て ゐ る 。 な ほ こ の稿 で は 以 下 次 の やう な 記 号 を 用 ひ る。

の如 き 右 側 の 小 黒 円

次 の助 詞 が 一般 に高 く 発 音 さ れ る 語 。

  ○ 高く 平らな拍 。   ○ 低く 平らな拍 。   ○ 下降 調 の拍 。  ○ 上 昇 調 の拍 。  ︱

  ○。の如 き左 側 の 小白 円   次 の助 詞 が低 く 発 音 さ れ る 語 。  ︹ 第 三表 ︺

︵13 ○) ○  ○○ 型 ( 例 ﹁友達 ﹂)

四拍 語 (8  ) ○ ○○ 型 ( 例 ﹁形﹂)  

︵  14 ○) ○ ○○ 型 ( 例 ﹁炭 取﹂)

三 拍語  

(4  ) ○○型 ( 例 ﹁ 鳥 ﹂) 

︵9  ) ○ ○○ 型 ( 例 ﹁一つ﹂)  

二拍 語 

(1  ) ◎型 ( 例 ﹁蚊﹂)  

(5  ) ○○型 ( 例 ﹁花﹂)  

︵  15 ○) ○ ○○ ○ ( 例 ﹁山路 ﹂)

一拍 語 

  (2) ◎  型 ( 例 ﹁葉﹂)  

︵1  0 ○) ○○ 型 ( 例 ﹁命﹂)  

 

 

(6  ) ○○型 ( 例 ﹁ 箸 ﹂) 

(16)  ○○ ○○ ○ ( 例 ﹁蝙蝠 ﹂)

(3  ) ◎型 ( 例 ﹁木﹂)  

(1  1 ○) ○○ 型 ( 例 ﹁烏﹂)  

( 例 ﹁蟷 螂 ﹂)

(7  ) ○○型 ( 例 ﹁猿﹂)   

   

( 例 ﹁撫 子 ﹂)

(  17 ○) ○ ○○ ○ ( 例 ﹁麻繩 ﹂)

(1  8 ○)○ ○ ○ ○

(1  2 ○) ○○ 型 ( 例 ﹁兜﹂)  

(1  9 ○)○ ○ ○ 型

   

( 例 ﹁木 も ﹂)・◎ ○ ○ 型 ( 例

﹁ 葉 に は ﹂)・○ ○ ○ ○

( 例 ﹁猿

な ほ右 の中 ◎ で 表 し た 一拍 語 の 三 つ の 型 は 何 れ も 二拍 に も 発 音 さ れ る 。 又 名 詞 に 助 詞 の つ いた 形 の 語 調 を も 考 慮 に 入

   

( 例 ﹁葉 が ﹂)・◎ ○ 型

( 例 ﹁木 ま で﹂) な ど の や う な 例 を 補 ふ こ と が で き る 。 四 拍 の 型 の例 は 省 略 。

れ れ ば 、右 の 他 に な ほ ◎ ○ 型 が ﹂) ・◎ ○ ○ 型

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(3  0 ○)○ ○ ○ 型

(2  7 ○)○ ○ ○ 型

(2  6 ○)○ ○ ○  

(2  3 ○)○ ○ 型  

(2  2 ○)○ 型  

(2  1 ○)○ 型  

(20○ )  型 

( 例 、 高 知 方 言 の ﹁絹 糸 ﹂ 等 )。

( 例 、 舞 鶴 方 言 の ﹁山 猿 ﹂ 等 )。

( 例 、 高 松 方 言 の ﹁心 ﹂ 等 )。

(2  5 ○)○ ○ 型   ( 例 、 亀 山 方 言 の ﹁近 目 ﹂、 和 歌 山 方 言 の ﹁ぎ っち ょ﹂ 等 )。

(2  4 ○)○ ○ 型  

( 例 、 亀 山 方 言 の ﹁黒 ん 坊 ﹂ 等 )。

(2  9 ○)○ ○ ○ 型 ( 例 、高 知方 言 の ﹁ 味 噌 汁 ﹂ 等 )。

(2  8 ○)○ ○ ○ 型

( 例 、 高 松 方 言 の ﹁親 指 ﹂ 等 )。

( 例 、 田 辺 方 言 ・高 知 方 言 の ﹁烏 ﹂ ﹁ 兎 ﹂ 等 )。

( 例 、赤 穂方 言 の ﹁ 聾 ﹂、 舞 鶴 方 言 の ﹁昔 ﹂ 等 )。

( 例 、 松 山 方 言 ・高 知 方 言 等 の ﹁猿 ﹂ ﹁雨 ﹂ 等 )。

( 例 、 赤 穂 方 言 ・舞 鶴 方 言 等 の ﹁猿 ﹂ ﹁雨 ﹂ 等 )。

( 例 、高 知方 言 ・池 田方 言等 の ﹁ 葉 ﹂ ﹁日﹂ 等 )。

( 例 、 田 辺 方 言 の ﹁木 に は ﹂)・◎ ○○

  而 し て京 都 方 言 以 外 の甲 種 諸 方 言 の語 調 の体 系 も 大 体 これ に類 似 す るも の であ る が 、 京 都 方 言 に な く て 他 の方

  (3  1 ○)○ ○ ○ 型

言 に存 す る 型 の例 を あ げ れ ば 次 の 如 き も の が あ る 。

 

な ほ 助 詞 の つ いた 形 に は こ の 他 、 ◎ ○ 型

( 例 、 田 辺 方 言 の ﹁木 に も ﹂) 等 が あ る 。 四 拍 の 型 は 省 略 。

( 例 、 田 辺 方 言 の ﹁木 が ﹂)・◎ ○ ○ 型

  型

  又 甲 種 以 外 の 方 言 の 語 調 の 型 の 種 類 も 大 体 右 の範 囲 を 出 な い の で あ る が 、 以 上 に 洩 れ て ゐ る も の で 、 比 較 的 広

 

(3  3 ○)型  

(3  2 ○)型  

( 例 、 秋 田 方 言 の ﹁蚊 ﹂ 等 )。

( 例 、 東 京 ・広 島 方 言 の ﹁蚊 ｣ 等 ) 。

く 用 ひら れ て ゐ るも の に次 のや う な 型 が あ る 。

 

 

 

 

 

 

(3  8 ○) ○○ 型  ( 例 、秋 田方 言 の ﹁形 ﹂等 )。

(3  7 ○) ○○ 型  ( 例 、秋 田方 言 の ﹁男 ﹂等 )。

(  36 ○) ○○ 型  ( 例 、東京 方 言 の ﹁男 ﹂等 )。

(3  5 ○) ○型  

(3  4 ○) ○型  ( 例 、秋 田方 言 の ﹁鳥 ﹂等 )。

( 例 、宇 和島 方言 の ﹁花﹂ 等)。

  四 拍 語 の型 、 助 詞 の ついた 形 の型 は省 略 。

 十 一

( 高 平 )・○

( 低 平 )・○

( 下 降 )・○

( 上 昇 ) の 四 種 の 拍 の 組 合 せ か ら 成 る 。( 注32)

 右の ︹ 第 三 表 ︺ 以 下 に 拠 れ ば 、 現 在 の 国 語 諸 方 言 の語 調 に は 略 々次 のや う な 性 質 があ る こ と が窺 は れ る 。   ︹1 ︺ 総 て の型 は ○

  ︹2  ︺こ の 中 、 ○ と ○ と は 極 め て 多 数 で 、 し か も 互 に 同 数 ぐ ら い 現 れ る 。 そ の 位 置 も 全 く 自 由 で あ る が 、 唯 々 、 ○ ○ ○ と 言 ふ 形 に は 並 ば な い 。( 注33)

詞 ＋助 詞 の形 に お い ても 最 初 の拍 以 外 に は 現 れ な い︾ の 如 く そ の位 置 は 限 ら れ てゐ る。

  ︹3  ︺ ○ と ○ と は 遙 か に 少 数 で、 し か も ︽○ は 語 尾 又 は ○ の 拍 の前 のみ に 現 れ ︾ ︽○ は 一拍 語 の み に 現 れ 、 名  

  さ て ﹃名 義 抄 ﹄ の点 は 仮 名 一字 毎 に附 いて ゐ る 故 、 平 上 去 各 点 は 各 拍 の性 質 差 異 を 表 す は ず であ る が 、 先 に考

察 し た 所 で は、 此 等 三 点 の中 、 平 上 二 点 が 無 闇 に 多 く て 、 去 点 は 実 に 寥 々た る も の であ った 。( 注34)今 、 ﹃名 義

抄 ﹄ の語 調 が 現 在 諸 方 言 か ら 帰 納 し た 右 の ︹1 ︱︺ ︹3の︺如 き 性 質 を も って ゐ た と 考 へら れ る な ら ば 、 著 者 は 平 上 二

点 で ○ と ○ と の孰 れ か 一方 宛 々を 、 去 点 で ○ か ○ か の 一方 を 表 し た も の で は な いか と 疑 はれ て 来 る で は な い か。

  而 し て今 、 去 点 に就 て は 後 に考 察 す る ( 注35)こと と し 、 平 上 二 点 に つ いて 先 づ考 へて見 る の に、 若 し 著 者 が

平 声‖ 全 平 調   上 声‖ 上 昇 調   のや う な 甲 式 解 釈を と って ゐ た な ら ば 、 平 上 二点 で○ ・○ 両 音 節 を 表 す の に多 少

の無 理を 伴 ふ 理窟 であ る が 、 若 し 著 者 が  平 声‖ 低 平 調   上 声‖ 高 平 調   と 言 ふ 乙式 解 釈 法 を と って ゐ た な ら ば 、 上 点 で ○ 拍 を 、 平 点 で○ 拍 を 、 何 の無 理 も な く 表 し 得 る はず だ と 思 ふ 。

 十 二

  以 上 ﹃名 義 抄 ﹄ 記 載 の語 調 の内 容 に 就 い て第 一に 想 定 さ れ た こ と は、 ︽後 世 諸 方 言 の語 調 と 根 本 的 に 性 質 の異

る も ので は な いで あ ら う ︾ と 言 ふ こ と で あ った が、 第 二 に 想 定 さ れ る こ と は 、 ︽そ れ は 古 い時 代 の語 調 で あ る と

は 言 へ、 や は り京 都 方 言 の 語 調 であ る 以 上 、 後 世 の京 都 方 言 と 比 較 し た 場 合 に 、 総 て の語 にお いて 全 く 同 一で あ

る か、 或 いは 語 に よ って 現 在 と 語 調 が 異 る も の が あ っても 、 さ う 言 ふ 語 にお い ては 、 如何 にし て ﹃名 義 抄 ﹄ の語

調 か ら 後 世 の京 都 方 言 の語 調 に 変 化 し た か 、 そ の変 化 のあ と が説 明 でき る や う な も の であ り た い︾ と 言 ふ こと で

あ る。 又 ︽﹃名 義 抄 ﹄ 記 載 の語 調 と 後 世 の京 都 以 外 の甲 種 諸 方 言 と の 間 に も 同 様 な 関 係 が成 立 つ こと が 明 ら か と な れ ば 一層 好 都 合 であ る︾ と 考 へら れ る 。

  さ て 今 ﹃名 義 抄 ﹄ に お いて 上 点 が ○ 拍 を 、 平 点 の仮 名 が ○ 拍 を 表 し て ゐ る と考 へた 場 合 、 果 し て 右 の や う な 条

件 を 満 足 さ せ る 語 調 が 再 構 さ れ る か ど う か 。 今 試 み に 、 ﹃名 義 抄 ﹄ に お い て 上 点 の 仮 名 を ○ 、 平 点 の仮 名 を ○ と

し て、 例 へば ヒ ト のや う な 語 は ヒ ト 型 、 ヒト リ のや う な 語 は ヒト リ 型 と 表 記 し 、 所 載 の二 ・三 拍 名 詞 の 一部 を 型

の相 違 に よ って 分 類 し 、 之 に後 世 甲 種 諸 方 言 の語 調 を 対 照 さ せれ ば 次 の ︹ 第 四 表 ︺ の如 く であ る 。 な ほ後 世 諸 方

言 の代 表 と し て、 (1﹃ ︶ 補 忘 記 ﹄ に よ って窺 は れ る 近 世 初 期 京 都 市 方 言 、( 注36)(2同 ︶方 言 の俤 を よ く 伝 へて ゐ る と

言 ふ定 評 のあ る 現 在 高 知 市 方 言 、( 注3 7)(3同 )じ く 甲 種 系 と は 見 ら れ な が ら 、 近 世 初 期 に は 既 に 別 の方 向 に 変 化 し

て ゐ た と 見 ら れ る 現 在 高 松 市 方 言を 撰 び 、 (4更 )に近 世 初 期 京 都 方 言 の不 明 の部 分 を 推 定 す る 資 料 と し て 、 同 方

言 の系 統 を 引 く 現在 京 都 市 方 言 、( 注38)及 び (5兵 )庫 県 赤 穂 町 方 言 ( 注39)を と る こと と す る。 な ほ︱ 符 号 、 ( ) 内 は 推 定 さ れ た 形 であ る 。  ︹ 第 四表 ︺ ︹A︺ 二拍名 詞

ニ ワ 

ト リ 

コ レ 

現・ 高 松 

ハシ 

ニ ワ 

ト リ 

コレ 

現 ・京都  

ハシ 

ニ ワ 

ト リ 

コレ 

現 ・赤穂  

法 上 45ウ他

( 場 )法 中 26 ウ 他

僧 中 55 ウ 他

法 上 50オ他

名 義抄 に於 け る出所

は未 調 査 の

ハシ 

法 中 1オ他

(イ) 上上型

ニワ 

イ シ 

法 中 68 オ

近初 、京都   現 ・ 高 知 

ハシ 

イ シ 

カ ミ 

僧 中 14 ウ 他

名義 抄 

ニワ 

イ シ 

カ ミ 

ハタ  

仏 上 1オ他

 

ハシ 

イ シ 

カ ミ 

ハタ  

ヒ ト 

法 下 10オ

(ロ) 上平型

(ハ) 平上型

ト リ 

{

ト リ

コレ 

ニ ハ  ﹁ 庭 ﹂ 

イ シ 

カ ミ 

ハタ  

ヒト  

タ ネ 

僧 上 31 ウ 他

コレ 

ハシ  ﹁ 端 ﹂ 

カ ミ 

ハタ  

ヒト  

タネ  

ハシ  

コレ  ﹁ 此 ﹂ 

イ シ  ﹁石﹂ 

ハタ  

ヒト  

タネ  

ハシ  

クモ

 

 カ ミ  ﹁紙 ﹂    ハタ   ﹁ 旗 ﹂ 

ヒト  

タ ネ 

ハシ  

ク モ 

  トリ

 ヒ ト   ﹁ 人 ﹂ 

タ ネ 

ハシ 

ク モ 

﹁ 鳥﹂  

タネ   ﹁種 ﹂ 

ハシ 

ク モ 

  トリ

ハシ  ﹁箸 ﹂ 

ク モ 

僧 下 10 オ 他

( 〓 蛸   アシタ カノ ク モ) ク モ ﹁蜘 蛛 ﹂ 

 

  ヤ マ  ﹁山 ﹂ 

  ハナ  ﹁花﹂ 

  イ ケ  ﹁池﹂ 

  アシ  ﹁足﹂ 

ハナ

イケ

アシ。

サル

カタ チ 

近初・ 京都  現・ 高 知 

ヤマ

ケ ムリ 

ヤ マ。

ハナ 。

イ ケ。

アシ。

サ ル。

サカ ナ 

ケ ムリ 

カ タチ 。

現・ 高 松 

ヤ マ 

ハナ  

イ ケ 

ア シ 

サ ル。

サカ ナ 

ケ ムリ 

カ タチ  

現・ 京都 

ヤ マ。

ハナ 。

イ ケ。

ア シ。

サ ル。

サ カナ 

ケムリ  

カ タチ  

現・ 赤穂 

ヤ マ。

ハナ 。

イ ケ。

ア シ。

サ ル。

( 肴 )仏中 60 オ

仏 下 末 20 オ 他

仏 下本 16オ他

名義 抄 に於 ける 出所

法 上 53 ウ

僧上 3 オ他

法上1 ウ他

法上 3 7オ 他

( 〓猴 )仏 下本 64 オ他

  サ ル ﹁猿﹂ 

  名義 抄   カ タチ 

サカ ナ 

(イ) 上 上上 型

︹B︺ 三拍 名 詞

(ニ) 平平 型

  カタチ   ﹁形﹂  ケ ムリ 

ア ズ キ。 

︷

フタリ {

。フ タ リ。 

。 ミ ド リ。  

 ア ワ ビ。 

僧 下 3才他

︵ 碧 )法 中 6 ウ

仏上1 オ他

仏中 6 6ウ

( 腐 婢   ア ヅ キ ノ ハナ )

(サカ ナ)  

ア ワ ビ。

ア ズ キ。 

  ケ ムリ   ﹁烟 ﹂ 

ミド リ 。  ミド リ

{

ア ワ ビ｡ 

アズ キ

  サ カナ   ﹁ 魚 ﹂  (ロ) 上 上平 型

ミド リ ミド

︵ア ワ ビ ︶。 

フタリ

アズキ。

﹁ 小豆﹂  

﹁二 人 ﹂  

 

{

( フタ リ︶。 フタリ。

( アズキ)。 ァヅキ

アヅキ フ アタリ

ミドリ ﹁緑｣  

ア ハ ビ   ﹁鮑｣

(ハ) 上 平平 型

リ

カ ラ ス  ﹁ 鳥﹂  

チ カ ラ  ﹁ 力 ﹂ 

コガネ ﹁ 黄

セナ カ 

︱

セナ カ 

(カ ラ ス )   カ ラ ス 

チ カ ラ 

イ ヅ レ 

チ カ ラ 

コガネ 

イ ノ チ 

セナ カ 

カ ラ ス 

チ カ ラ 

コガネ

ナミ ダ  

イ ノ チ 

セナ カ 

カ ラ ス 

{

ハシ ラ  

ナ ミダ  

イ ノチ 

セナ カ 

カ ラ ス 

( 冑 )仏 中 59 オ 他

仏 下 本 55 オ 他

( 泗 )法 上 1 ウ

僧中 2 オ他

( 背 )仏中 62 ウ他

僧 中 66 ウ 他

(ホ) 平平 上型

(ヘ) 平上 平 型

チカ ラ チカ ラ

イ ズ レ 

 

僧 上 41 オ

仏下 末 10オ他

僧下 1 ウ他

僧 上 69 オ 他

 ( 天 窓 )法 下 30 ウ

      ( 疾 )法 下57 オ他

 カ ガ ミ  

  ア タ マ 

   ︱

  僧 上 57 オ 他

セナカ  ﹁ 背 中﹂  イ ズ レ 

イ ノ チ 

ナ ミ ダ 

ハシ ラ  

カブ ト 

コガ ネ

イ ヅ レ  ﹁ 孰 ﹂ 

イ ノ チ 

ナ ミダ  

ハシ ラ  

カブ ト 

{  コガ ネ

イ ノチ  ﹁ 命 ﹂  ナ ミダ  

ハシ ラ  

カ ブ ト 

︱

 

ナ ミ ダ   ﹁涙 ﹂  (ハ シ ラ )  

カブト 

ク ジラ 

金﹂

ハシ ラ   ﹁ 柱 ﹂ 

(カ ブ ト )  

ク ジラ 

     

ヤ マイ

アタ マ アタ マ

{

カガ ミ {

カガ ミ

 チカ ラ 

カ ブト  ﹁ 兜 ﹂ 

(ク ジ ラ ? )   クジ ラ 

(ニ) 平上 上型

ク ヂ ラ  ﹁ 鯨 ﹂ 

ヤ マイ

ヤマ イ 。

アタ マ・

﹁ 頭﹂  

{ヤ マ エ

ヤマ イ 。

ア タ マ 

カガ ミ

。﹁ 病﹂  

( ア タ マ)

カガ ミ  

ヤマヒ

アタ マ

カ ガ ミ 

︵ﾄ) 平平 平 型

カガ ミ  ﹁ 鏡 ﹂ 

カ タナ  

カ タナ  

カ タ ナ 

カタナ カ タ ナ 

{

カ タ ナ  (

小 刀 )僧 上 43 オ

近 初 ・京都 の ﹁蜘蛛 ﹂ ﹁猿﹂ は ク モ ・サ ルやも 知 れず 。 ﹁ 名 義抄 に於 け る出 所﹂ の条 の、例 へば ( 〓蛸

カ タ ナ   ﹁刀 ﹂ 

  備考

ア シタ カ

ノク モ) の如き 記載 は、 ﹁ク モ﹂な る訓 が ﹁蜘蛛﹂ 字 の条 には なく 、 ﹁ア シタ カ ノク モ﹂ と 言 ふ訓 と し て、 ﹁〓蛸 ﹂ な る文 字 の条 に見え る ことを 表す 。

  十三

  右 の表 に お いて 、 再 構 さ れ た ﹃名 義 抄 ﹄ の語 調 と 後 世 諸方 言 の 語 調 と を 比 較 す る に 、 近 世 初 期 京 都 方 言 及 び 高

知 方 言 の語 調 は、 ﹃名 義 抄 ﹄ の語 調 に よ く 類 似 し 、 即 ち ︹A( ︺イ () ロ)(ハ) ︹B︺(と イ言 )( ふロ 多)数(の ハ語 )類 (ニ に) お(い ヘて )は

見 事 な 一致 を 示 し 、 唯々 ︹A(︺ニ  ) ︹B︺(ホ) 語( 彙トに )お の いて 不 一致 を 見 る に過 ぎ な い。 然 し 此 等 の 語彙 と ても 、 全 然

不 規 則 だ と 言 ふ の では な く て 、﹃ 名 義 抄 ﹄ の 語 調 と 近 初 京 都 及 現高 知 方 言 の 語 調 と の 間 に は ︹A︺(ニ) 型○ ︱○ ○○ 型 、

︹B(︺ホ)○○○型︱○○○ 型 、 ︹B︺(ト)○ 型○ ︱○ ○○○ 型 の やう な 、 或 いは 若 し 助 詞 の つ いた 形 を 考 へる な ら ば 、 ︹A︺

∨○○○型 、 ︹B︺(ホ)○○

(ニ)○○○型︱○○○ 型 、 ︹B︺(ホ)○○型 ○︱ ○○○○○ 型 、 ︹B︺(ト)○○型 ○︱ ○○○○○ 型 ( 何 れも 上 が ﹃名義 抄﹄、

下 が近 初京 都 及 現 高知 方 言 の語 調) のや う な 規 則 的 な 対 応 が 見 ら れ 、 若 し ︹A(︺ニ)○○○型

○○ ∨型 ○○○○ 型 、 ︹B︺(ト)○○型○∨ ○○○○○ 型 のや う な 語 調 変 化 の起 った こ と が説 明 で き れ ば 、 こ の再 構

さ れ た ﹃名 義 抄 ﹄ の語 調 が 、 即 ち 当 時 の京 都 方 言 であ る と 考 へる こ と は 極 め て 適 当 で あ る と 考 へる 。

  さ て ︹A (︺ ニ の) 変 化 に つ い て見 る の に、 ﹃名 義 抄 ﹄ で こ の類 の語 と 同 じ く 平 平 上 型 ( 推 定 によ れ ば○○○ 型 ) の語

を 集 め て 見 る と 、 ﹁思 ふ﹂ ﹁動 く ﹂ 等 、 私 の所 謂 第 二 類 動 詞 ( 注40)の終 止 ・連 体 形 、 ﹁白 し ﹂ ﹁白 き ﹂ 等 、 同 じ く 第

二類 形容詞 ( 注41)の終 止 ・連 体 形 な ど がそ れ で あ る が 、 此 等 の 語 は 近 世 初 期 京 都 方 言 ・現 在 高 知 方 言 で は 、 何 れ

も︹A︺の (語 ニ) に 助 詞 が つ いた 場 合 と 同 様 に○○○ 型 に なっ てを り 、 ﹃名 義 抄 ﹄ の如 く○○○ 型 にな って ゐ る 語 は 一

語 も な い故 、 ︽﹃名 義 抄 ﹄ 時 代 以 後 、 此 等 両 方 言 で は○○○ 型 ∨○○○ 型な る 変 化 が 起 った ︾ と 見 る こ と は 極 め て

自 然 で あ る と考 へら れ、︹A( ︺ニの )語 は偶 々 こ の浪 に 乗 って同 じ 方 向 に 変 化 を 遂 げ た も の と 想 像 さ れ る 。

  然 ら ば○○○ 型 ∨○○○ 型 の変 化 は 如 何 に し て起 った か と 言 ふ の に、 此 は○○○ のや う な 語 調 で発 音 し て ゐ る

間 に 、 い つか リ ズ ム の 関 係 で○○○ のや う に 第一 拍 も 高 く 発 音 さ れ る や う に な り、 こ の第 一拍 に出 来 た 山 が、 高

さ を 増 し て 固定 的 な も の と な り 、 同 時 に三 拍 の古 い 山 が 次 第 に低 く な って○○○ の や う な 形 に な り 、 在 来 あ る○

型 ∨○○○○ 型 の変 化 に就 て は 、 長 く な る 故 証 明 を

○○型 に混 同 し て果 て は 全 く も と の山 が 消 滅 し てし ま った の で は な い か、 と 想 像 す る 。( 注42)  ︹B( ︺ニ の) ○○○○ 型 ∨○○○○ 型 の変 化 、︹B︺の (○ ホ○ )○

略 す る が 、 同 様 に し て起 り 得 た こ と が 説 明 で き る の で は な か ら う か 。 な ほ 高 知 方 言 の ﹁鯨 ﹂ ﹁柱 ﹂ の語 調 の如 く 、

﹃名 義 抄 ﹄ の語 調 か ら 変 化 し た 経 路 が説 明 でき な い 語 が 二 三 散 見す る が 、 此 等 は 類 推 そ の他 の 原 因 で 夫 々個 別 的

な 変 化 を 遂 げ た も のと 考 へら れ 、 結 局 、 近 世 初 期 京 都 方 言 ・現 在 高 知 方 言 と の比 較 の結 果 で は 、 ﹃名 義 抄 ﹄ の語 調は ︹ 第 四 表 ︺ に 再 構 し た 通 り で略 々差 支 へな いや う に考 へら れ る 。

 十 四

  次 に再 構 さ れ た ﹃名 義 抄 ﹄ の語 調 と 現 在 高 松 方 言 と を 比 較 す る のに 、こ の 関係 は 稍 々 複 雑 で、︹A (︺ イ () ハ) (︹ イB )及 ︺ 及

び ︹A(︺ロ) ︹B(︺ヘ の)一部 の 語彙 で は 一致を 見 る が、 他 の約 半 数 の語 彙 で は 一致 を 見 な い。 然 し そ の不 一致 の語 を 考

察 す る のに 、 大 体 次 の 二類 型 に 要 約 で き る や う で あ る 。( 注43)総 て助 詞 の ついた 形 を 取 る。

  ︹1  ︺︹A︺﹃ (ニ 名 義) 抄 ﹄ の○○○ 型︱ 高 松 の○○○ 型 。︹B︺(﹃ 名 ト) 義 抄 ﹄ の○○○○ 型︱ 高 松 の○○○○ 型 。

︹2︺︹A︺﹃ (ロ 名 義) 抄 ﹄ の○○○ 型 の 一部︱ 高 松 の○○○ 型 。︹B(︺ハ)﹃名 義 抄 ﹄ の○○○○ 型 の 一部︱ 高 松 の○○

 ○○

型 。 ︹B(︺ヘ﹃ ) 名 義 抄 ﹄ の○○○○ 型 の 一部︱○○○○

型。

  さ て ︹1 に︺ お いて は 高 松 方 言 で ︹A(︺ニ)○○○型 ∨○○○ 型 、︹B︺(ト)○○型 ○∨ ○○○○○ 型 のや う な 変 化 が起 っ

た こと が 説 明 でき れ ば 良 いわ け で あ る が、 今 ︹A(︺ニ に)つ いて考 へる の に ﹃名 義 抄 ﹄ で 平 平 上 型 (即 ち 推 定 に よ れ

ば○○○ 型 ) の語 、 前 出 ﹁思 ふ﹂ ﹁白 き ﹂ 等 の類 は 現 在 高 松 方 言 で 総 て○○○ 型 に発 音 さ れ て ゐ て、○○○ 型 に

残 って ゐ る 語 は な いや う であ る 故 、○○○ 型 ∨○○○ 型 の 変 化 が起 った と 見 る こと は自 然 であ る と考 へら れ 、 さ

う し てそ の起 った 動 機 如 何 と 言 ふ に、 恐 ら く こ の方 言 で は○○○ 型 に お け る拍 の高 低 の差 が 次 第 に 小 さ く な り 、

つ ひ に○○○ 型 を 在 来 の○○○ 型 に 混 同 し て し ま った の では な い か と 想 像 す る 。 ︹B︺の (○ ト○ )○○ 型 ∨○○○○ 型 の変 化 も 略 々同 様 に し て起 った こと が 説 明 で き る と 考 へる 。

  次 に ︹2 に︺つ いて考 察 す る の に、かく の如 き 対 応 を な す 語 彙 は 総 て ﹃名 義 抄 ﹄ で○ の次 の拍 が ハタ ・ヒト ・ア ワ

ビ等 広 い母 音 で出 来 て ゐ る 語 で あ って、○ の次 の拍 が イ シ ・カ ミ ・ヤ マイ 等 狭 い母 音 で 出 来 て ゐ る 語 で は 語 調 は

﹃名 義 抄 ﹄ と同 形 にな って ゐ る。 即 ち ︽こ の方 言 で は 頂 点 の次 に 広 い母 音 を も つ拍 が 来 た 場 合○○○ 型 、○○○

○型 、○○○○ 型 の語 に、○○○ 型 ∨○○○ 型 、○○○○ 型 ∨○○○○ 型 、○○○○ 型 ∨○○○○ 型 の や う な 型

の変 化 が 、︹1 に︺ 述 べ た 変 化 と は 別 に起 った ︾ と 推定 す れ ば よ いわ け で あ る が、 語 調 の頂 点 が 次 の 拍 に滑 り 易 い こ

と は 、 佐 久 間 鼎 博 士 も 認 め て を ら れ る 所 であ り 、( 注44)狭 い母 音 の拍 は 高 い母 音 の拍 よ り も 高 く 発 音 す る こ と が

面 倒 であ る こと も 、 首 肯 で き る こと と 思 は れ る故 、 結 局 現 在 高 松 方 言 の語 調 も 、 前 に再 構 さ れ た ﹃名 義 抄 ﹄ の語 調 か ら 変 化 し て出 来 た も の と 見 て よ い の では な いか と 考 へる 。

  以 上 前 節 ・本 節 に は ﹃名 義 抄 ﹄ 所 載 の二 ・三 拍 名 詞 の極 一部 し か考 察 を 遂 げ な か った け れ ど も 、 他 の多 く の語

彙 に お いて も 、 全 く 此 と 同 様 に上 点 を○ 、 平 点 を○ に発 音 し て再 構 し た ﹃ 名 義 抄 ﹄ の 語 調 は 、 近 世 初 期 京 都 ・現

在 高 知 及 び 現 在 高 松 の三 方 言 の語 調 と 一致 す る か 、 或 いは 歴 史 的 な つな が り を も つこ と が 説 明 で き る 。

十五

  以 上 三 節 に亙 って考 察 し た こと を こ こ に綜 合 す れ ば 、 ︽﹃名 義 抄 ﹄ 所 載 の声 点 は 、 上 点 に 対 し て は○ 調 に 、 平 点

例 へば 何 でも い いわ け で あ る が、 か り に 上点 に対 し

に対 し て は○ 調 に 発 音 す る 時 に、 ﹃名 義 抄 ﹄ 時 代 の京 都 方 言 の語 調 と し て誠 に適 当 な も のが 再 構 さ れ る ︾。 さ う し て今 若 し 上 ・平 二 点 を 右 以 外 の方 法 で 発 音 す る 時 に は、 ︱

て○ 調 に 、 平 点 に 対 し て○ 調 又 は○ 調 に発 音 す る 時 に は 、 決 し て こ のや う な 適 当 な 語 調 は 再 構 さ れ ず 、 か う 考 へ

る 時 は 、 ︽﹃ 名 義 抄 ﹄ の上 点 は ○ 、 即 ち 高 平 の拍 を 、 平 点 は○ 、 即 ち 低 平 の拍 を 表 し た ︾( 注45)と 考 へ て よ い こ と

が 略 々 明 ら か と な った と 思 は れ る。 な ほ ﹃ 名 義 抄 ﹄ 所 載 の三 拍 語 に お いて 、 上 平 二拍 の各 種 の組 合 せ の型 が現 れ

な が ら 、 上 平 上 型 の語 だ け が見 出 さ れ な い ( 注46)こ と も 、 現在 諸 方 言 に○○○ のや う な 型 の語 が存 在 し な い ( 注47) こ と を 思 ひ合 せ る と 、 右 の考 へを 支 持 す るも のと 考 へら れ る。

  私 は 以 上 の 如 く 平 上 二 点 の音 価 を 推 定 し た い の であ る が、 こ れ は 結 局 こ の 二点 に つい て は 井 上 氏 の推 定 と 全 く

一致 し た ( 注48)わ け であ って、 即 ち 、 甲 乙 二 種 の 四声 解 釈 法 の中 何 れ の式 に 従 った こ と に な る か と 言 ふ の に、 平

上 二 声 に就 いて は 乙式 解 釈 法 に 従 った と 言 ふ べき だ と 思 ふ。 さう し て次 の去 声 の点 に つ いて は 、 井 上 氏 は 甲 式 解

釈 法 に従 って○ 、 即ち 下 降 調 の拍 と 見 ら れ た の であ る が 、 果 し て さ う 推 定 し て良 いか ど う か 。

 十 六

﹃名 義 抄 ﹄ に お い て去 声 点 を 施 し た 語 彙 は 、 先 に考 察 し た 通 り 、 非 常 に 稀 であ る が 、 し か も そ の中 に は 誤 って こ

の位 置 に施 さ れ た と 目 さ れ る例 が 少 く な い故 、 こ こ には 確 実 を 期 す る た め に、 こ の位 置 に 加 点 し た 例 が 二 ケ 所 以

上 に 見 え る 語彙 の みを 撰 び 、 そ の代 り 二 ケ 所 以 上 に 見 え る 語彙 は 総 て 収 録 す れ ば 次 の ︹ 第 五 表 ︺ の如 く であ る 。

な ほ 漢 字 の下 の ( ) 内 は

 

 

 

ウ   ﹁得 ﹂ (去 ) ︹ 仏 上 19 オ ︺ ︹( 服 ) 仏 中 67 オ ︺ 

メ  ﹁妻 ﹂ (去 ) ︹(女   メ ア ハス ) 仏 中 3 ウ ︺ ︹( 婚   メ マク ) 同 8 オ ︺  

ハ  ﹁歯 ﹂ (去 ) ︹ 法 上 51 ウ ︺ ︹( 齬   ハキ カ ヘル ) 同 53 ウ ︺ 

ス  ﹁巣 ﹂ (去 ) ︹( 棲 ) 仏 下 本 39 オ ︺ ︹( 栖 ) 同 ︺ ︹( 〓   ス ク フ) 同 32 オ ︺

(同  

(同  

(同  

(同  

(現 在 京 都  

ハギ )

ふ)

う)

め)

は)

す)

﹃名 義 抄 ﹄ に 見 え る 点 の 位 置 を 表 し 、 後 世 方 言 と し て は 現 代 京 都 市 方 言 だ け を 掲 げ る 。

 

フ  ﹁経 ﹂ (去 ) ︹(逕 ) 仏 上 27 ウ ︺ ︹ 法 中 56 ウ ︺ ︹( 歴 ) 法 下 55 オ ︺  

(同  

  ︹ 第 五表 ︺

 

ハギ   ﹁ 脛 ﹂ (去 平 ) ︹仏 中 57 オ ︺ ︹(〓 ) 同 6 5 オ ︺ ︹(〓) 仏 下 本 3 ウ ︺  

(ス ク フ) 同 60 ウ ︺ 

 

 

 

ホ ボ  ﹁ 略 ﹂ (去 平 ) ︹仏 中 54 オ ︺ (去 上 ) ︹( 粗 ) 法 下 16 オ ︺  

ナゾ  ﹁ 何 ぞ ﹂ (去 平 ) ︹ 仏 上 4 ウ ︺ ︹( 奚 ) 仏 下 末 18 オ ︺  

ヨク   ﹁ 良 く ﹂ (去 平 ) ︹( 能 ) 法 上 49 オ ︺ ︹( 剋 ) 僧 上 47 オ ︺ ︹(祥   ヨク ス) 法 下 5 オ ︺  

ナ ク  ﹁ 無 く ﹂ (去 平 ) ︹( 无   ナ ク モ ガ ) 仏 下 末 8 ウ ︺ ︹(ナ ク モガ ) 同 26 オ ︺ 

(同  

(同  

(同  

(同  

(同  

(同  

モシ)

ホ ボ)

ナゾ )

ヨク )

ナ ク)

トク )

  ︹( 敏   ト ク ス) 僧 中 28 オ ︺  

 

モ シ  ﹁若 し ﹂ ( 去 平 ) ︹( 頗 ) 仏 下 本 11 ウ ︺ ︹僧 上 24 オ ︺ ︹( 或 ) 僧 中 20 オ ︺ ︹( 即 ) 僧 下 55 ウ ︺  

ヤ ヤ)

 ト ク  ﹁ 利 く ﹂ ﹁疾 く ﹂ (去 平 ) ︹( 〓   ト ク ス 法 上 43 ウ ︺ ︹( 稷   ト ク ス) 法 下 7 オ ︺ ︹( 利   ト ク ス ) 僧 上 47 ウ ︺

 

(同  

ヨミ ス )

ヤ 、  ﹁ 稍 ﹂ (去 上 ) ︹( 校 ) 仏 下 本 25 ウ ︺ ︹ 法 下 7 ウ ︺ ︹( 良 ) 同 20 ウ ︺ 

(同  

メ ガ ワラ)

 

同 

モシク ワ)

ヨ ミ ス  ﹁嘉 す ﹂ (去 平 平 ) ︹(好 ) 仏 中 7 ウ ︺ ︹( 善 ) 同 28 ウ ︺ ︹( 鑠 ) 僧 上 60 オ ︺ ︹( 臧 ) 僧 中 21 オ︺ 他 二例

メ ガ ハラ   ﹁牝 瓦 ﹂ ( 去 平平 平 ) ︹ 僧 中 9 オ ︺ ︹(〓 ) 同 10 ウ ︺  (

(同  

 

 

モ シ ク ハ  ﹁若 者 ﹂ (去 平 平 上 ) ︹(脱 ) 仏 中 67 ウ ︺ ︹ 僧 上 24 オ ︺ ︹( 或 者 ) 僧 中 20 オ ︺  

 

 

ヨ カ ラ ズ  ﹁不 善 ﹂ (去 平 ︱

(同  オ モバ カ ル)

( 同 

ヨカ ラズ)

 

オ モ ハカ ル  ﹁ 慮 る﹂ (平 去平 平上 ?) ︹( 恕 )法 中 43ウ︺ ︹ 法 下 47ウ︺ 

) ︹( 不 穀) 僧 中 34 オ ︺ ︹(不 〓 ) 同 41 オ ︺  

 

十七

  右 の表 を 通 覧 す る に、 此 等 の 語彙 の中 に は 、 日常 余 り 用 ひな いも の が 少 か ら ず 存 し 、 そ れ ら は ﹃ 名義 抄﹄時代

︱ 現代 の間 に夫 々個 別 的 な 語 調 変 化 を 遂 げ た か と 疑 は れ る 故 、 そ れ ら の 語 が 後 世 の方 言 で ど ん な 語 調 に な って ゐ

る か と 言 ふ こ と を 基 と し て ﹃名 義 抄 ﹄ 当 時 の 去 点 の拍 の 音 調 を 推 測 す る こ と は 危 険 で あ る と 考 へら れ る 。 但 し

﹁無 く ﹂ ﹁良 く ﹂ ﹁若 し ﹂ 等 日 常 頻 繁 に 用 ひら れ る 語 が、 ﹃名 義 抄 ﹄ で は去 平 型 、 現 代 京 都 で は○○ 型 の如 く 対 応 し

て ゐ る こ と は 注 意 す べき も の と 思 は れ 、 ﹃名 義 抄 ﹄ の去 点 拍 は 、 ︹1︺︽去 平 型 が 即 ち ○○ 型 であ る ︾ か 、 然 ら ざ れ

ば ︹2︺︽去 平 型 か ら○○ 型 へ の 変 化 が 可 能 で あ る︾ と 言 ふ や う な 音 価 を も った も の で あ り た い。 さ う し て ﹃名 義

抄 ﹄ にお いて は 既 に 上 平 型 が○○ 型 を 表 し てゐ る こ と が 明 か で あ る 以 上 、︹1の︺や う に去 平 型 も○○ 型 を 表 す と は

考 へ難 い。 ︹2 の︺ や う に 考 へよう と す る のに 、 先 に 現 在 諸 方 言 の語 調 の構 造 を 考 察 し た 折 に 、 ︽﹃ 名義 抄﹄ の去点を

言 の○ ・○ 両 拍 の性 質 と を 比 較 す る 時 は 、 ︽去 点 は 井 上 氏 の考 え ら れ た や う に○ 拍 を 表 す の で は な く て、 寧 ろ○

拍 を 表 す の で は あ る ま いか ︾ と 言 ふ 疑 念 が浮 ん で来 る で は な いか 。 殊 に ︽去 点 が○ 拍 を 表 す ︾ と 見 る こ と は 、 去

声 に 対 し て も 平 上 二 声 に 対 し た 時 と 同 様 に 乙式 四 声 解 釈 法 を 適 用 す る ( 注5 1)こ と と な り 、 ︽去 声 が○ 拍 を 表 す ︾ と 見 る よ り も 、 遙 か に合 理 的 と 見 ら れ る に お い てを や 。

 十 八

 ︽去 声 点 は ○拍 を 表 さず 、○ 拍 を 表 す の で は な いか︾ と 言 ふ私 の推 測 に 対 し て、 上 述 の事 実 だ け で は、 ま だ 根拠

薄 弱 と 思 は れ る が 、 こ こ に ﹃名 義 抄 ﹄ の中 か ら 次 の や う な 事 実 を 拾 ひ集 め る こ と が でき 、 此 等 は 何 れも こ の推 定 を 支 持 す る か と 思 ふ。

︹一︺ 広 く 現 在 諸 方 言 を 見 渡 す と 、 例 へば 京 都 ・大 阪 方 言 等 に お け る は ( 葉 )・ひ ( 日 ) の 如 き 拍 は 、 ゆ っく り

二拍 程 度 に発 音 す る 場 合 があ り 、( 注52)此 の場 合 に は ハア ・ヒ イ の如 き 音 調 と な り 、 同 じ く き ( 木 )・て ( 手) の

如 き 拍 は ゆ っく り 発 音 し た 場 合 に ( 注53)キ イ ・テ エ の如 き 音 調 と な る 。 こ の事 実 を 頭 に お い て今 ﹃名 義 抄 ﹄ に お

 

ナゾ (去平 ) ( 前 出 ) に対し て  ナ ニカ ハス ル ( 平 上︱

ハギ (去平 ) ( 前 出 ) に対し て  ハアギ (平上 平) ︹( 脛 ) 仏中 57オ ︺

け る 去 点 の拍 が 二拍 的 に 発 音 さ れ た 例 を 探 ね る と 次 のや う な 例 ( 注54)を 拾 ふ こ と が でき る 。

 

オ モ ハカ ル (平去︱)

( 前 出) に 対し て  オ モヒ テ (平 平上 上) ︹( 以 為) 僧 下40 オ︺

) ︹( 遮 莫 )僧 上1 ウ︺

 

  此 等 の例 を 見 る と 去点 の拍 は 、 長 く 発 音 さ れ た 場 合 に は、 常 に (平 上 ) の拍 に な って ゐ る の であ って 、 平 が ○

拍 、 上 が○ 拍 、 と 見 ら れ る 以 上、 ︽去点 の拍 は○ 拍 では な く 、○ 拍 で あ った︾ と 考 へた い。

十九

︹二 ︺ 次 に ﹃名 義 抄 ﹄ に お い て ﹁得 ﹂ ﹁経 ﹂ 二語 の終 止 形 が 去 型 で あ る が 、 現 在 諸 方 言 を 見 渡 す と 、 此 の 二 語 は

一類 ( 注55)を な し、 同 じ く 二 段 活 用動 詞 中 ﹁晴 る ﹂ ﹁見 ゆ﹂ の類 、( 注56) ﹁流 る ﹂ ﹁乱 る ﹂ の類 、( 注57) ﹁改 む﹂ ﹁現 る ﹂

 

 

流 る ・乱 る  

晴 る ・見 ゆ 

得 ・経  

ア ラ タ メ ル 

ナ ガ レ ル 

ハレ ル 

エル  

東京 ・名 古屋 ・広 島 

ア ラ タ メ ル 

ナ ガ レ ル 

ハ レ ル 

エル  

浜松  

ア ラ タ メ ル 

ナ ガ レ ル 

ハレ ル 

エル  

秋 田 

ア ラタ メ ル 

ナ ガ レ ル 

ハレ ル 

エル  

高 松 

アラタ メル

ナ ガ レル

ハレル

エル

長 崎 ・鹿 児島

の類 ( 注58)等 と 密 接 な 関 係 を も ち 、 同 類 の語 調 で 発 音 さ れ る こ と次 のや う で あ る 。

  改 る ・現 る  

 

 

  こ の傾 向 は 現在 の京 都 ・大 阪 を 中 心 と す る近 畿 諸 方 言 に は 生 憎 見 当 ら な いが 、 元来 同 一の 祖 語 か ら 分 れ 出 た 右

の諸 方 言 に こ の や う な 性 質 が あ る 以 上 、 現 在 こ そ 消 失 せ て し ま って ゐ る が、 古 い時 代 の京 都 ・大 阪 方 言 に は こ の

性 質 はあ った と 想 像 し て よ い か と 思 は れ る。 さ て 今 ﹃名 義 抄 ﹄ に お いて は ﹁晴 る ﹂ 類 は 平 上 型 に ( 例 ﹁晏 ﹂字 の

条他 )、 ﹁ 流 る ﹂ の類 は 平 平 上 型 に ( 例 ﹁行﹂ 字 の条 他)、 ﹁改 む﹂ の類 は 平 平 上 平 型 に ( 例 ﹁悛﹂ 字 の条 他 )、 夫 々表

記 さ れ て を り 、 何 れ も 初 低 く 、 後 高 い語 調 で 発 音 さ れ て ゐ た と 推 定 さ れ る 。 然 ら ば 、 同 一族 の ﹁得 ﹂ ﹁経 ﹂ 二 語 も○ 型 ・○型 の中 敦 れ か と 言 った ら○ 型 な ら ん と 推 定 し た いと 考 へる 。

  又、 ﹃名 義 抄 ﹄ で (去 ) 点 の ﹁見 る ﹂ の連 用 形 ﹁見 ﹂ ( 後 出 )は 、 諸 方 言 に お い て ﹁攻 む ﹂ ﹁閉 づ ﹂ の類 ( 注59)の

連 用 形 ﹁攻 め ﹂ ﹁閉 ぢ ﹂ と、 同 じ く ﹃ 名 義 抄 ﹄ で (去 ) 点 の ﹁良 く ﹂ ﹁無 く ﹂ の第 一拍 は 、 諸 方 言 に お い て ﹁長

く﹂ ﹁ 早 く﹂ の類 ( 注60)の ﹁ナ ガ ﹂ ﹁ハヤ ﹂ の拍 と 同 様 な 関 係 を も つこ と が 、 観 察 さ れ る が、 ﹁セ メ ﹂ ( ﹁促﹂字 の条)・

﹁ト ヂ ﹂ (﹁〓閉﹂ 二字 の条)・﹁ナ ガ ﹂ (﹁永﹂字 の条)・﹁ハヤ ﹂ (﹁早﹂ 字 の条 他) は ﹃ 名 義 抄 ﹄ に お い て何 れ も 平 上 型

に記載さ れ てゐる。

 二十

  ︹ 三 ︺ 最 後 に、 ﹃名 義 抄 ﹄ 所 載 の語 彙 に お い ては 、 あ る 語 の語 調 と そ の 語 を 先 部 と す る 複 合 語 の語 調 と の 間 に は

極 め て規 則 的 な 関 係 があ る も の の如 く 、 例 へば 、 そ の 語 が (平 ) 点 の仮 名 を 以 て初 ま ってを れ ば、 複合 語 も (平 )

点 の仮 名 を 以 て を り ( 随 って 共 に低 く 初 ま って ゐ る と 思 は れ る )、 そ の語 が (上 ) 点 の仮 名 を 以 て初 ま って を れ

ば 、 複 合 語 も (上 ) 点 の仮 名 を 以 て 初 ま って ゐ る (随 って 共 に 高 く 初 ま って ゐ る と 思 は れ る )。 以 上 は 旧 稿 に考

察 し た 通 り で あ る が 、( 注61)同 様 な 事 実 は あ る 語 と そ の語 の活 用 形 、 或 いは そ の語 と 同 根 の派 生 語 の間 に も 観 察

さ れ る 所 で、 例 へば ﹁白 し ﹂ ( 例 ﹁ 皚 ﹂ 字 の条 他 ) ﹁白 き ﹂ ( 例 ﹁ 粉 ﹂字 の条 他 ︶ の第 一文 字 に は 共 に (平 ) 点 が 差

さ れ て を り 、 ﹁消 ゆ ﹂ ﹁消 す ﹂ ( 共 に ﹁消﹂ 字 の条 に見 ゆ) の第 一文 字 に は 共 に (上 ) 点 が差 さ れ て ゐ る が如 き で あ る。

  今 こ の事 実 を 念 頭 に 置 いて 、 (去 ) 点 の仮 名 で 初 ま って ゐ る 語 の他 の活 用 形 、 派 生 語、 或 いは そ の語 を 先 部 と

す る 複合 語 を 採 録 す れ ば次 のや う で 、 そ れ ら は 総 て (去 ) 点 の仮 名 か 、 若 し く は (平 ) 点 の 仮 名 で初 ま ってを り 、

ス 

﹁ 檜 ﹂(去) ︹仏 下本 46オ︺ に対 し て  ヒグ レ ﹁ 檜 榑 ﹂(平 平上 ) ︹仏下 本 57オ︺

﹁巣﹂ (去 ) ( 前 出 ) に対し て  スモリ ﹁巣守 ﹂ (平上 平) ︹(

(上 ) 点 で 初 ま って ゐ る 語 は 一語 も 発 見 さ れ な い。   ヒ 

〓) 下僧 37オ︺

 

) ︹( 无)

) ︹( 直 下) 仏 上 3 7ウ ︺ に対 し て  ミ ル

ミ ョ  ﹁見よ ﹂ (去 平) ︹( 省 )仏 中 38 ウ︺・ミオ ロセ バ ﹁見 下 せば ﹂(去 平︱

ナク  ﹁無 く﹂ (去 平) ( 前 出 ) に対し て  ナ シ ﹁ 無 し﹂ (平上) ︹仏下末 26 オ他 ︺・ナ ケ ン ﹁無 け ん﹂ (平平︱

﹁見 る﹂ (平 上) ︹( 覩 )仏中 41オ他︺・ミ ユ ﹁見 ゆ﹂ (平上 ) ︹仏中 41 オ︺

 

 

 

 

メ 

) ︹( 忽 ) 法 中 42 オ ︺

メ ガ ハラ ﹁牝 瓦 ﹂ (去 平 平 平 ) ( 前 出 )・メ ケ モ ノ ﹁牝 獣 ﹂ (去 平 平 平 ) ︹( 牝)仏

仏 下 末 8 ウ ︺ ・ナ イ ガ シ ロ ﹁ 蔑 ﹂ (平 上 ︱ ﹁妻 ﹂ (去 ) ( 前 出) に対 し て

下 末 1 ウ ︺・メ カ ツ ラ ﹁ 雌 桂 ﹂ (去 上 上 上 ) ︹( 桂 ) 仏 下 本 48 オ ︺・メ タ マシ ヒ ﹁ 牝 魂﹂ ( 去 平 平 平 平 ) ︹( 魄) 僧 下

24 ウ ︺ 及 び メ ド リ ﹁雌 ﹂ (平 上 平 ) ︹ 僧 中 67 オ ︺・メ ム マ ﹁ 牝 馬 ﹂ (平 平 平 ) ︹僧 中 49 ウ ︺

)︹ 僧 中 21 オ︺

ヨ ク  ﹁ 良 く ﹂ (去 平 ) ( 前 出 ) に 対 し て  ヨ ミ ス ﹁嘉 す ﹂ (去 平 平 ) ( 前 出 ) 及 び ヨ シ ﹁良 し ﹂ (平 上 ) ︹ 法 下 20 ウ 他 ︺ ・ ヨ キ カ ナ ヤ ﹁善 哉 や ﹂ (平 上 ︱

(平 ) 点 は○ 拍 を 、 (上 ) 点 は○ 拍 を 表 す な ら ば 、 こ の事 実 も ま た ︽(去 ) 点 は 高 く 初 ま る 拍○ を 表 す ︾ と 見 る よ

り も ︽低 く 初 ま る 拍○ を 表 す ︾ と 見 る方 が 妥 当 で あ る こ と を 示 し て ゐ な いだ ら う か。

 二十 一

  以 上 第 十 八 節︱ 第 二 十節 に述 べ た 事 実 の中 に は 、 私 の推 定 に 対 し て極 く 微 力 な 根拠 でし かな いも のも あ る かも

知 れな い が、 併 し そ れ で は 逆 に ︽(去 ) 点 が○ 拍 を 表 し た ︾ と 見 な け れ ば な ら な いや う な事 実 が あ る かと 言 ふ と 、

そ の や う な も のは 何 も 見 出 さ れ な いや う であ り 、 先 に (平 上 ) 二 点 を 乙式 四 声 解 釈 法 に拠 った ( 注62)以 上 、 (去 )

点 も 乙 式 解 釈 法 に よ り た いと 考 へる 故 、 私 は 井 上 氏 等 と は 異 り 、 ︽﹃名 義 抄 ﹄ の去 声 点 は 上 昇 拍○ を 表 し た ら う ︾ と 考 へた い。

  さ て 去 声 点 が○ 拍 を 表 し た と 見 る 時 、 後 世 方 言 の語 調 と の関 係 如 何 と 言 ふ の に 、 例 へば ﹃名 義 抄 ﹄ の (去 平 )

型 は 、 現 代 京 都 方 言 の○○ 型 に 対 応 す る と 見 ら れ た 故 、( 注63)○○ 型 ∨○○ 型 の音 調 変 化 を 想 定 す れ ば よ い こ と

と な る 。 今 こ のや う な 変 化 は如 何 し て起 り 得 た か と 言 ふ の に 、 思 ふ に ﹃名 義 抄 ﹄ 当 時 (去 ) 点 の拍 は 一般 拍 よ り

も 稍 々長 く 発 音 さ れ て ゐ た の で は な か らう か 。 そ し てそ れ が 一般 の拍 と 同 長 に 変 化 し た時 に 、○○ 型 ∨○○ 型 の

変 化 が 起 った の では な か ら う か 。 現 在 近 畿 諸 方 言 で は 一拍 語 を 多 く 稍 々 長 く 発 音 す る こ と 、 ﹃名 義 抄 ﹄ で前 出 の

ハギ＝ハ アギ 等 のや う な 例 が 見 え る こ と から 考 へる と 、 当 時 (去 ) 点 の拍 が 稍 々長 か った と 想 像 す る こ と は 決 し

て無 理 では な いと 思 は れ 、 現 在 京 都 ・大 阪 方 言等 でき モ ( 木 も)・ひ エ ( 火 へ)等 の 語 の第 一拍 を 他 の拍 と 同 長 に

発 音 し よ う とす る と 、 屡 々 キ モ ・ヒ エの様 な 語 調 に な る こ と が あ る ( 注64︶こ と か ら 考 へて 、 ◎○ 型 ∨○○ 型 の変 化 を 推 定 す る こ と は 自 然 だ と 考 へる 。

 二十 二   こ こ に小 論 が考 察 し 来 った こ とを 要 約 し て 掲 げ れ ば 次 のや う で あ る 。

 ︹1  ︺﹃ 名 義 抄 ﹄ 原 著 者 は 和 訓 に 声 点 を 施 す 場 合 、 文 字 の左 下 隅 ・左 上 隅 ・右 上 隅 の三 ケ 所 を 撰 ん だ も の と 推 測 される。

  ︹2  ︺ そ の中 左 下 隅 の点 は 、 そ の仮 名 が平 声 的 な 音 調 、 即 ち 原 則 と し て は 低 平 調 に 発 音 さ れ る こと を 表 し た も の であらう。

  ︹3  ︺ 左 上 隅 の点 は 、 そ の仮 名 が 上 声 的 な 音 調 、 即ち 総 て高 平 調 に 発 音 さ れ る こ と を 表 し た も の であ ら う 。

  ︹4  ︺ 右 上 隅 の点 は 、 そ の仮 名 が 去 声 的 な 音 調 、 即ち 総 て上 昇 調 に発 音 さ れ る こ と を 表 し たも の であ ら う 。

 二十 三

  最 後 に書 遺 し た 二 三 の事 項 に つ いて 簡 単 に 結 論 だ け を 述 べさ せ て 頂 く 。 詳 細 は他 日 の発 表 を 期 す る。

  (1  ) 井 上 奥 本 氏等 が、 去 点 は 下 降 拍 と 考 へて ゐ ら れ る 理 由 の 一つは 、 漢 音 の去 声 は 呉 音 の去 声 と 異 な り 、 下降

調 で あ る と解 さ れ た た め と 思 ふ が 、 こ れ は ﹃法 華 経 音 義 ﹄ な ど に見 え る ﹁漢 呉 両 音 では 平 声 と 上 去 二 声 が相

反す る ﹂ と 言 ふ 句 を 誤 解 さ れ た も のと 考 へる。 蓋 し こ の句 は 、 ﹁漢 音 で 去 声 調 の字 は 呉 音 で は 平 声 調 に 発 音

す る ﹂ な ど の意 と 解 す べき も ので 、 去 声 は 呉 音 でも 漢 音 でも 上 昇 調 であ った と 私 は 考 へる 。

(2  )﹃ 名 義 抄 ﹄ に お け る (平 ) 点 は 大 体 低 平 拍 を 表 す と 見 た が 、 稀 に 平 声 軽 の音 価 を 発 揮 し て 、 下 降 調 の拍 を

も 表 し て ゐ る も のが あ る と 考 へる。 例 へば ﹁名 ﹂ ﹁日﹂ ﹁藻 ﹂ ﹁矢 ﹂ 等 、 一拍 名 詞 中 現 在 甲 種 諸 方 言 で 下 降 型 のも のな ど。

(3  ) 和 語 を 表 す 仮 名 に 声 点 が 施 さ れ て ゐ る 文 献 は 、 ﹃名 義 抄 ﹄ 以 外 に ま だ 豊 富 に 存 在 す る が 、 ﹃色 葉 字 類 抄 ﹄

﹃字 鏡 ﹄ 或 いは ﹃日 本 書 紀 ﹄ ﹃ 古 今 集 ﹄ のあ る 写 本 等 、 鎌 倉 時 代 以 前 の 文 献 の声 点 は 大 体 ﹃名 義 抄 ﹄ の声 点 と

同 様 の音 価 を も つも のと し て解 し てよ いと 考 へる 。 但 し ﹃仙 源 抄 ﹄ ﹃名 目 抄 ﹄ ﹃和 字 正 濫 抄 ﹄ 等 吉 野 朝 以 後 に 成 った 文 献 の中 に は、 全 然 別 個 の性 質 を も つも の が存 在 す る や う であ る 。 

( 注 1)   山田孝 雄博 士 ﹃観智 院本 類 聚名義 抄 解説 ﹄ に従 ふ。 

( 注 2)   岡田希 雄氏 ﹁ 類 聚名 義抄 に就 いて﹂ ( ﹃ 芸文﹄ 一三ノ二 ・四-七 ・九-一二、 一四ノ 一三所載) に従 ふ。  ( 注 3)   校 本 ﹃類聚 名義 抄﹄ の ﹁附 言﹂ に見 える 。 

る。 

( 注 4)   ﹁語調 原 理序 論 ﹂ (﹃ 国学院雑誌﹄二二ノ 一-四 ・七- 一○所載)・﹁日本 語 調学 小史 ﹂ (﹃ 音声の研究﹄二所載) に見え

( 注 5)   橋本 先生 ・東大 文学 部 昭和 九年 度御 講義 ﹁国 語学 史概 説﹂ のノート に従 ふ。 

てゐ る。 

( 注6 ) 橋本 先生 の御執 筆 にな る ﹃日本 文 学 大辞 典﹄ 中 の ﹁乎古 止 点﹂ ﹁四声﹂ の条 の挿 絵 に そ の主 な 種 類 が掲 げ られ

( 注 7)   岡田 氏 ﹁観智 院 本類 聚 名義 抄 攷﹂ ( ﹃芸文﹄ 一四 ノ六 ・七所載︶・山 田博 士 ﹃ 観 智院 本 類 聚名 義 抄解 説﹄共 に 鎌倉

中 期 以 前 の 写 と 見 て を ら れ る 。 な ほ 拙 稿 は 田 山 信 郎 ・七 条 憲 三 両 氏 の 御 好 意 に よ り 見 る こ と が で き た 同 本 の写 真 原 版 を テ キ ス ト と し た 。  ( 注 7) ﹁観 智 院 本 類 聚 名 義 抄 攷 ﹂ に 従 ふ 。 

﹃類 聚 名 義 抄 ﹄ の ﹁附 言 ﹂ の中 に こ の事 実 は 認 め て ゐ る 。 

( 注 10 )   赤 堀 又 次 郎 氏 ﹃国 語 学 書 目 解 題 ﹄ ・山 田 博 士 ﹃観 智 院 本 類 聚 名 義 抄 解 説 ﹄ 参 照 。 

( 注 8 )・(注 9 )   岡 田氏前 掲

( 注11 )  信 友 自 身 も 校 本

( 注 12 )   井 上 氏 前 掲 (注 4 ) ﹁日 本 語 調 学 小 史 ﹂ ( 八 一頁 )参 照 。 

た も の があ れ ば 、 そ れ だ け 使 用 数 に は 狂 ひ が 出 て 来 る わ け であ る 。 但 し さ う 言 ふ こ と が あ って も 百 分 率 の 方 は 殆 ど

( 注 13 )   尤 も 原 著 者 が 記 し た 点 を 後 の転 写 者 が 記 し 落 し た り 、 原 著 者 が 記 さ な か った 点 を 転 写 者 が 新 た に 記 入 し た り し

変 り な い で あ ら う 。 

﹃ 四 声 実 験 録 ﹄・趙 元 任 ﹃現 代 呉 音 的 研 究 ﹄ ( 七三 頁 以 下 )参 照 。 

( 注 14 )   随 って 以 後 入 声 に 関 す る 考 察 は 省 略 す る 。 

﹃ 中 国 音 韻 学 ﹄ 参 照 。 

﹃天 台 声 明 の 梗 概 ﹄ ( 第 七 章) 参 照 。 

﹃ 名 義 抄 ﹄ の点 の解 釈 に あ た り 、 甲 式 の解 釈 法 に恋 々 と さ れ て ゐ る こ

( 注 15 )  劉復

﹃ 作 詩 便 覧 ﹄ 一〇 頁 。 

( 注 16 )   王力 ( 注 17 )   例 へば 塩 谷 温 博 士

( 注 18 )   次 に 述 べ る や う に 伴 氏 ・井 上 氏 等 何 れ も と な ど 、 こ の 例 と 見 た 。 

( 注 19 )  大 山 公 淳 氏 ﹃声 明 の歴 史 及 び 音 律 ﹄ ( 第 十一 章 )・多紀 道 忍 氏 ( 注 20 )  水 原 尭 栄 ・大 山 公 淳 両 先 生 の 御 教 示 に従 ふ。 

( 注 4 ) ﹁語 調 原 理序 論 ﹂ (﹃ 国 学 院雑 誌 ﹄二二 ノ二 所 載 ) の 記 述 に よ って 窺 は れ る 。 

( 注 21 )   ﹃仮 字 本 末 ﹄ 中 前 掲 の 章 に 見 え る 。  ( 注 22 )   井 上氏前 掲

( 注 4 ) ﹁日本 語 調 学 小 史 ﹂ ( 八 八頁 ・九 一頁 等 )。 

( 注 23 )   但 し 場 合 に よ って は 高 平 の 音 価 を も 表 す と 見 ら れ た 。 第 十 三 節 注 参 照 。  ( 注 24 )  井 上 氏 前 掲

( 注 25 )   ﹁類 聚 名 義 抄 の ア ク セ ント と 諸 方 言 ア ク セ ント と の 対 応 関 係 ﹂ ( ﹃日本 語 の アク セ ント ﹄ 所 収)。

( 注 26 )  大 原 氏 前 掲

( 注 25 ) 論 文 五 一-五 二頁 。 

( 注 27 )   但 し 第 二 十 三 節 (2 参) 照 。  ( 注 28 )   第 一節 に 前 述 。  ( 注 29 )   堀 河 朝 の著 述 。 

然 る に そ の 語 例 を 見 る と 、 上 声 の 所 に は 当 時 高 平 調 に発 音 さ れ て ゐ た ら し い 語 を 、 去 声 の所 に は 当 時 上 昇 調 に 発 音

(注 30 )   ﹃ 文 字 反 ﹄ に お け る 音 価 の説 明 は 、 ﹁平 声 は 平 ら かな る 声 、 上 声 は の ぼ る 声 、 去 声 は 去 る 声 ﹂ と 言 ふ の で あ る 。

さ れ て ゐ た と 推 測 さ れ る 語 を 挙 げ て あ る の で あ っ て、 こ の点 か ら 考 へる と 、 ﹃文 字 反 ﹄ の 著 者 は 四 声 の 具 体 的 な 音

価 に つ い て 正 し い智 識 に 欠 け てを り 、 ﹁平 声 は 平 ら か な る 声 ﹂ 以 下 の 説 明 は 、 文 字 の 上 か ら 思 ひ つ い た イ イ 加 減 の も の で あ った の で は な か ら う か 。 

(注 3 1)   服 部 博 士 ﹁国 語 諸 方 言 の ア ク セ ント 概 観 (一) 四︱ ) ﹂ (( ﹃ 方 言 ﹄一 ノ 一 ・三 ・四、二 ノ二 所載 )・﹃ア ク セ ント と 方 言 ﹄・

﹁ 原 始 日本 語 の 二 音 節 名 詞 の ア ク セ ント ﹂ (﹃ 方 言 ﹄ 七 ノ 六所 載 )参 照 。 又 同 方 言 の 分 布 範 囲 に つ い て は 金 田 一春 彦 ﹁国 語 ア ク セ ン ト の 地 方 的 分 布 ﹂ ( ﹃標準 語 と国 語教 育 ﹄ 所 収) 参 照 。 

○ 又 は○ の拍 に 摂 し 得 る や う で あ る 。 例 へば 佐 久 間 鼎 博 士 ・三 宅 武 郎 氏 は 東 京 語 の ﹁鳥 ﹂ ﹁鼻 ﹂ 等 を 下 中 型 と 見 て

(注 32 )   方 言 の 中 に は 、 こ の 他 に 中 位 の 高 さ の平 ら な 拍 を 有 って ゐ る と 見 な け れ ば な ら な さ う な も の が あ る が 、 多 く は

を ら れ る が 、 こ の第 二拍 は 高 平 に 発 音 し て も 全 く 差 支 へな いも の で 、○○ 型 と 見 て何 等 差 支 へな く 、 寧 ろ さ う 見 る

べ き も の の や う だ 。 有 坂 秀 世 氏 ﹁ア ク セ ン ト の 型 の 本 質 に つ い て ﹂ (﹃ 言 語 研 究 ﹄ 七 ・八 所 載 ) 参 照 。 新 宮 方 言 の

﹁形 ﹂ ﹁雀 ﹂ な ど の 語 を 上 中 中 型 と す る の は 梢 々 根 拠 が あ る け れ ど も 、 此 は 上 上 上 の や う に な って み た り 、 上 上 中 或

いは 上 中 下 の や う に な って み た り で 甚 だ 安 定 を 欠 き 、 し か も 同 地 方 に お い て も こ の 語 調 の分 布 範 囲 は 極 め て 限 ら れ

て を り 、 結 局 語 調 変 化 の過 渡 期 に 現 れ た 特 殊 の 形 と 見 る べ き も の の や う で あ る 。 

型 で発 音さ れ

る が 、 此 は 二 分 節 的 な 語 で あ る (﹁五 ﹂ が 鼻 音 に な ら ぬ こ と な ど 比 較 )。 又 、 埼 玉 県 吉 川 町 の ﹁心 ﹂ ﹁動 く ﹂ 等 も○

( 注 33 )   こ の 形 は 全 然 な い と 言 ふ わ け で は な く 、 例 へば 京 都 方 言 の ﹁十 五 ﹂ ﹁十 九 ﹂ 等 は 如 何 に も○○○

○○の や う に発 音 さ れ る が、 高 低 の差 が 僅 か で 、 安 定 を 欠 き 、 且 つ分 布 範 囲 が 狭 小 で あ る こ と か ら 判 断 す る の に 、

 

や は り 過 渡 期 に 現 れ た 特 殊 の 型 と 見 る べき も の のや う だ 。  ( 注 34 )   第 五 節 参 照 。  ( 注 35 )  第 十 六 節 以 下 。 

﹁補 忘 記 の研 究 、 續 貂 ﹂ ( 共に ﹃ 日本 語 の アク セ ント ﹄ 所 収 )参 照 。 

( 注 36 ) ﹁補 忘 記 の 研 究 、 續 貂 ﹂(一九○ 頁 以 下 ) 参 照 。 高 松 市 方 言 は 稲 垣 正 幸 氏 の 御 指 示

( 注 36 )   服部 博 士 ﹁ 補 忘 記 の 研 究 ﹂・金 田 一春 彦 ( 注 37 )︱( 注 39 )   金 田 一前 掲 に 従 った 。 

ど の 用 語 に つ い て は 金 田 一春 彦 ﹁国 語 ア ク セ ント の史 的 研 究 ﹂ (﹃ 国 語 ア ク セ ント の話﹄ 所 収 ) を 参 照 頂 き た い。 

( 注 40 )・( 注 41 )  共 に 東 京 語 で 終 止 形 の○○○ 型 の 動 詞 ・形 容 詞 と み て頂 け ば 大 体 差 支 へな い。 な ほ 第 一類 ・第 二 類 な

( 注 42 )  服 部 博 士 ﹃ア ク セ ント と 方 言 ﹄ ( 六一 頁) 参 照 。 

( 注 43 )  こ の他 に ︹B (︺ ニ に) お いて ﹃ 名 義 抄 ﹄ の○○○ 型︱ 高 松 の○○○ 型 と 言 ふ 対 応 も あ る 。 こ れ は 近 世 初 期 以 後 京 都

の 研 究 、續貂 ﹂ (一八 八 頁 )参 照 。 

方 言 そ の他 に 起 った○○○ 型 ∨○○○ 型 の 変 化 が こ の 方 言 に も 起 った と 見 れ ば よ い。 金 田 一前 掲 ( 注 36 ) ﹁補 忘 記

( 注 45 )   第 二 十 三 節 (2 参) 照 。 

( 注4 4)   ﹃日 本 音 声 学 ﹄ 中 ﹁ア ク セ ント の す べ り お よ び 平 板 化 ﹂ の条 参 照 。 

( 注 46 )  稀 に ﹁倍 羅 麼 ﹂ ( ホ ロ ハ) の や う な 語 に お い て 見 出 さ れ る が、 特 殊 な 語 と 見 て よ い であ ら う 。  ( 注 47)   第 十 一節 ︹2 参︺照 。 

( ﹃ 方 言 ﹄ 七 ノ 六所 載 ) に 述 べ た 通 り であ る 。 な ほ 井 上 氏 の や う に 考 へる と 、 高 松 方 言 が 変 化 し て 出 来 た

同 一音 調 を 表 す も の と 考 へら れ た 。 然 し 之 は 無 理 と 思 は れ る こ と 旧 稿 ﹁現 代 諸 方 言 の 比 較 か ら 観 た 平 安 朝 ア ク セ ン

( 注 48)  唯 々井 上 氏 は 平 平 型 等 の場 合 の 上 方 の平 の音 価 は 高 平 調 で あ った と 見 、 即 ち 上 平 型 と 平 平 型 と は 名 目 は 異 る が、

ト ﹂三 四頁

過 程 が 説 明 でき な い こ と も 無 理 だ と 思 ふ 理 由 の 一つ に 挙 げ た か った 。  ( 注 49 )・( 注 50 )   第 十 一節 参 照 。  ( 注 51 )   第 七節 参照 。

( 注 52 )・( 注 53 )   此 等 が寧 ろ 普 通 の発 音 で あ る 。  ( 注 54 )  ﹁ハア ギ ﹂ の 例 は 天 沼 寧 氏 の解 読 に 従 ふ 。 

( 注 40 )・( 注 41 ) ﹁国 語 ア ク セ ン ト の 史 的 研 究 ﹂

( 注 40 )・( 注 41 ) ﹁国 語 ア ク セ ント の 史 的 研 究 ﹂ 参 照 。 

( 注 55 )︱ ( 注 59 )   何 れ も 私 の 所 謂 第 二 類 動 詞 に 相 当 す る 。 金 田 一前 掲 を 参 照 さ れ た い。 

( 注 48 ) ﹁現 代 諸 方 言 の 比 較 か ら 観 た 平 安 朝 ア ク セ ン ト ﹂ ( 第 十 節 )参 照 。 

( 注 60 )   私 の 所 謂 第 二 類 三 拍 形 容 詞 の連 用 形 。 金 田 一前 掲 ( 注 61 )   金 田 一前 掲 ( 注 62 )   第 十 五 節 参 照 。  ( 注 63 )   第 十 七 節 参 照 。 

( 注 64 )   和 田 実 氏 に 従 ふ 。 尤 も キ モ ・ヒ エ の や う にも 発 音 さ れ る と の こ と 。

 

旨

金 光 明 最 勝 王 経 音 義 に 見 え る 一種 の 万 葉 仮 名 遣 に つ い て

 要

  小 稿 は 、 ﹃金 光 明最 勝 王 経 音 義 ﹄ の和 訓 に 見 え る 例 を あ げ、 万 葉 仮 名 で 綴 ら れ た 古 代 の 文 献 の中 に は 、 語 句 の

ア ク セ ント に よ る 仮 名 遣 の行 わ れ て いる も の が あ る こ と を 論 考 し た も の で あ る 。

  一

  ﹃ 金 光 明最 勝 王 経 音 義 ﹄ (一巻) は 、 金 光 明最 勝 王 経 に 見 え る 漢 字 を 抽 出 し て、 こ れ に 音 と 訓 と を 註 記 し た も の

で、 巻 末 の識 語 に よ れ ば 、 承 暦 三 年 の成 立 と 見 ら れ る文 献 であ る が 、 こ の稿 は 、 こ の音 義 の和 訓 に 見 え る 、 特 殊

な 万 葉 仮 名 の仮 名 遣 に 関 し て考 察 し 得 た 事 実 を 報 告 し よ う と す る も の であ る 。 こ の音 義 の由 来 、 体 裁 、 内 容 の概

略 、 及 び 一般 国 語 研 究 の資 料 と し て の価 値 な ど に つ いて は 既 に平 井 秀 文 氏 に よ る 穏 健 着 実 な 労 作 ( 注1)が 世 に出

て いる ゆえ 、 こ こ では そ れ ら の点 に 関 す る 記 述 は 一切 省 略 し 、 直 ち に本 題 目 に突 入 す る こ と と し た い。 な お こ の

論 考 に 用 いた テ キ スト は 、 東 大 国 語 研 究 室 所 蔵 の写 本 であ る が 、 こ の本 は 、 そ の奥 書 によ れ ば 、 故 木村 正 辞 博 士

の所 蔵 の本 を 影 写 し た も の であ り 、 そ の 木村 博 士 の本 と いう のは 横 山 由 清 が 原 本 を 摸 写 し た も のを 、 博 士 が自 身 で 影 写 さ れ た も の の由 で あ る。

 二

  抑 々 ﹃金 光 明最 勝 王 経 音 義 ﹄ ( 以 下 ﹁こ の音義 ﹂と 略称 す る) の 和 訓 は 、 総 て 万 葉 仮 名 で記 載 さ れ て いる が、 今 、

そ の仮 名 の使 用 状 況 を 検 討す る の に、 拍 によ って 二 種 の万 葉 仮 名 が 用 いら れ て お り 、 そ の場 合 、 同 じ 種 類 の語 に

対 し て 常 に そ の 一方 だ け が 用 いら れ て いる 例 が屡 々見 出 だ さ れ る。 即 ち 、 そ の顕 著 な 例 を あ げ れ ば 、

こ れ に 対 し て、 名 詞 の最 後 に 現れ た ﹁し ﹂ に 対 し て は ﹁万 保 呂 志 ﹂ (幻 ) ﹁久 智 婆 志 ﹂ ( 嘴 ) の如 く 、 ﹁志 ﹂ の

二)・﹁暴 ﹂ ( 巻六 )。 ⋮⋮

﹁ 憊﹂ ( 巻 一)。○ ツ 与 之 ﹁牢﹂ ( 巻 二)。○ 伊 也 之 ﹁鄙﹂ ( 巻 六 )。○ 阿 万 之 ﹁甜﹂ ( 巻九) 。○ 太 介 之 ﹁猛﹂ ( 巻

例 、○ 止 之 ﹁駛﹂ ( 巻一 )。( 注2)○ 須 之 ﹁醋﹂ ( 巻 九 )。○ 与 之 ﹁嘉 ﹂ ( 巻 三)。○ 八 也 之 ﹁駛﹂ ( 巻 一)。○ 与 八 之

が 十 箇 あ る が、 形 容 詞 の語 尾 の ﹁し ﹂ に は常 に ﹁之 ﹂ が 用 いら れ 、 ﹁志 ﹂ が 用 いら れ た例 は 一つも な い。

 ︹1  ︺﹁し ﹂ の拍 に 対 し て 、 ﹁之 ﹂ ﹁志 ﹂ 二種 類 の仮 名 が 用 いら れ て お り 、 ﹁之 ﹂ の 用 例 が 三 十 三 箇 、 ﹁志 ﹂ の 用 例

 

 

字 も 用 い てあ り 、 又 、 ﹁惜 し む ﹂ の ﹁し ﹂ の如 き は 、 二 例 と も ﹁志 ﹂ の字 を 用 いて あ る。

例 、○ 古 之 良 布 ﹁誘﹂ ( 巻 一)。○ 太 々加 布 ﹁戦 ﹂ ( 巻 六 )。○ 多太 与 布 ﹁漂﹂ ( 巻 一)。 ⋮ ⋮

箇 を 数 え る が、 四 拍 動 詞 の語 尾 の ﹁ふ ﹂ に は 、 次 の如 く 常 に ﹁布 ﹂ が 用 いら れ て いて 例 外 が な い。

  ︹2  ︺ ﹁ふ ﹂ の拍 に 対 し て、 ﹁布 ﹂ ﹁不﹂ 二 種 類 の仮 名 が 用 い ら れ て お り 、 ﹁布 ﹂ の用 例 十 六 箇 、 ﹁不 ﹂ の 用 例 十 六

 

こ れ に 対 し て、 三 拍 動 詞 に お い て は 、 ﹁牟 婆 不 ﹂ ( 奪 ) ﹁宇 礼 不 ﹂ ( 憂) の 如 く 、 ﹁不﹂ 字 を 用 いた 例 が 少 く な

い。 又 、 ﹁振 ふ﹂ は 二 例 あ る が 、 二 例 と も ﹁不 流 布 ﹂ の如 く 、 上 の ﹁ふ ﹂ は ﹁不 ﹂ で表 記 さ れ 、 下 の ﹁ふ ﹂ は ﹁布 ﹂ で表 記 さ れ て いる 。

  尤 も 以 上 の例 と は 反 対 に、 同 じ 語 の同 じ 拍 が 二 種 類 の文 字 で 表 記 さ れ て いる例 も な いで は な いが、 全 体 か ら 見

れ ば 、 そ れ ら は 少 数 の例 外 と 言う べく 、 こ の音 義 の和 訓 に お い て同 一の拍 に対 し て 二種 類 の万 葉 仮 名 が 、 語 の種

類 に よっ て使 い分 け ら れ て い る の は 顕 著 な 事 実 であ って 、 これ か ら 考 え る と 、 こ の文 献 に用 いら れ て いる 万 葉 仮 名 に は あ る 種 類 の仮 名 遣 が 行 わ れ て いる の で は な いか、 と 疑 わ れ る 。

  万 葉 仮 名 の仮 名 遣 と いえ ば 、 直 ち に 聯 想 さ れ る のは 、 橋 本 進 吉 先 生 が ﹃万葉 集 ﹄ そ の他 の上 代 の諸 文 献 に 発 見

さ れ た 、 例 の ﹁き ﹂ ﹁け ﹂ ﹁こ﹂ な ど の十 三 種 類 の拍 の仮 名 遣 であ る が 、 こ の文 献 に 見 ら れ る仮 名 遣 は 、 次 のよ う な 事 実 か ら 考 え て 同 一種 類 のも の で は な いこ と 明 ら か であ る 。

  (1  ) 橋 本 先 生 の仮 名 遣 で使 い 分 け のな か った ﹁し ﹂ ﹁ふ﹂ な ど の拍 に 使 い 分 け が 見 え る こ と 。

  (2  ) 橋 本 先 生 の仮 名 遣 で使 い 分 け のあ った ﹁き ﹂ の拍 な ど に は 使 い 分 け が 見 え な い こ と。

然 ら ば 、 こ の音 義 に 万葉 仮 名 の仮 名 遣 が行 わ れ て いる の が事 実 で あ る な ら ば 、 そ の仮 名 遣 は 、 如 何 な る 性 格 のも の で あ ろ う か。

 三

  今 、 こ の音 義 に窺 わ れ る 万 葉 仮 名 の使 い分 け の原 理 が 何 であ る か 、 と いう こ とを 推 測 す る 上 に、 第 一に手 掛 か

り と 成 る も のは そ の仮 名 に施 さ れ て いる 星 点 であ る。 即 ち 、 こ の音 義 に 記 載 さ れ た 万 葉 仮 名 の和 訓 に は 、 そ の 半

数 近 く に つ いて 、 文 字 の左 肩 又 は 左 裾 に朱 の星 点 が差 さ れ て いる が 、 万 葉 仮 名 の 二 種 類 と 星 点 の位 置 と の間 に、 次 のよ う な 極 め て規 則 的 な 関 係 が 見 出 だ さ れ る の であ る 。

  即 ち 、 先 ず 、 拍 ﹁か﹂ を 表 わ す の に ﹁加 ﹂ ﹁可 ﹂ 二 種 の文 字 が 用 いら れ て いる が 、 そ の中 星 点 の施 さ れ た 例 を

拾 う と 次 の と お り で、(甲)﹁加 ﹂ 字 を 用 いた例 は 十 三 あ る が、 そ のう ち 、 十 二 ま で は 文 字 の左 肩 に点 が差 さ れ て お り、(乙)﹁可 ﹂ 字 を 用 いた 例 は 十 箇 あ る が、 十 例 総 て左 裾 に点 が差 さ れ て いる 。

  ︵甲﹁ ) 加  ﹂ の 例 。 ○ 加 阿 (上 上 ) ﹁蚊 ﹂ ( 巻 一)。( 注3)○加 保 留 (上 上 平 )﹁馥﹂ ( 巻一)。 ○ 加 宇 婆 之 (上 上 上 平 )

﹁芬 ﹂ ( 巻 一)。 ○ 加 古 牟 (上 上 平 ) ﹁擁﹂ ( 巻 一)。 ○ ツ加 留 (平 上 平 ) ﹁羸﹂ ( 巻 一)。 ○ 乎 加 須 (上 上 平 ) ﹁侵﹂ ( 巻 一)。 ⋮ ⋮

  (乙 ) ﹁可 ﹂ の例 。○ 佐 八 可 之 (平 平 平 上 ) ﹁鬧﹂ ( 巻 一)。 ○ 伎 奴 可佐 (平 平 平 上 ) ﹁傘﹂ ( 巻 一)。○ 阿 坐 耶 可 仁 (平

平 上 平 □ ) ﹁鮮﹂ ( 巻 一)。 ○ 可 須 (平 上) ﹁滓﹂ ( 巻 二 )。 ○ 可 久 須 (平 上 平 ) ﹁屏 ﹂ ( 巻二) 。 ⋮⋮

  次 に 、 拍 ﹁る ﹂ を 表 わす の に、 ﹁流 ﹂ ﹁留 ﹂ 二 種 の 文 字 が 用 いら れ て いる が 、 そ の中 星 点 の 施 さ れ た 例 を 拾 う と

次 の と お り で、(甲)﹁流 ﹂ 字 を 用 いた 例 は 十 二あ る 中 、 十 例 ま で は 文 字 の肩 に点 が付 け られ 、(乙 こ)れ に 対 し て ﹁留 ﹂ 字 を 用 いた 例 は 十 箇 総 て 裾 に 点 が付 け ら れ て いる 。

  (甲) ﹁流 ﹂ の例 。 ○ 不 流 布 (上 上 平 ) ﹁ 揺﹂ ( 巻 一)。 ○ 万 毛 流 (平 平 上 ) ﹁ 衛﹂ ( 巻 一)。 ○ 之 流 須 (上 上 平 ) ﹁注﹂

( 巻 一)。 ○ 伎 流 (平 上 ) ﹁戮﹂ ( 巻 二) ﹁截﹂ ( 巻 三) ﹁〓﹂ ( 巻 五)。 ○ 天 流 (平 上 ) ﹁赫﹂ ( 巻 五)。○ 可 流 (平 上 ) ﹁ 馳 ﹂ (巻六 )。 ⋮⋮

( 巻 三 )。 ○ 於 留 (上 平 ) ﹁織﹂ ( 巻 一)。 ○ 久 知 比 留 (上 上 上 平 ) ﹁脣﹂ ( 巻 一)。 ○ ツ々 末 留 (平 □ 上 平 ) ﹁促 ﹂

  (乙) ﹁留 ﹂ の例 。 ○ 由 ツ留 (上 上 平 ) ﹁譲 ﹂ ( 巻 六)。 ○ 可 九 留 (平 上 平 ) ﹁翳﹂ ( 巻 四)。 ○ 佐 具 留 (上 上 平 ) ﹁撝﹂

( 巻 一)。 ○ ツ加 留 (平 上 平 ) ﹁羸﹂ ( 巻 一︶°⋮ ⋮⋮

  以 上 の他 、 ﹁は ﹂ の拍 を 表 わ す の に 、 ﹁波 ﹂ ﹁八 ﹂ 二 種 の文 字 が 用 いら れ て いる が、 ﹁波 ﹂ の字 を 用 いた 例 で は 四

箇 総 て 左 肩 に点 が あ り 、 ﹁八 ﹂ 字 を 用 いた 例 で は 十 箇 総 て 左 裾 に点 が あ って例 外 が な い事 実 、 ﹁ふ﹂ の音 節 を 表 わ

す の に ﹁不 ﹂ ﹁布 ﹂ 二 種 の文 字 が 用 いら れ て いる が、 ﹁不 ﹂ 字 を 用 いた 例 で は 十 一箇 総 て 左 肩 に 点 が あ り 、 ﹁布 ﹂

字 を 用 いた 例 で は 九 箇 総 て 左 裾 に点 が あ って 例 外 がな い事 実 を 指 摘 す る こ と が出 来 、 これ ら の事 実 を 綜 合 す れ ば

︽こ の音 義 に お い て 二 種 の万 葉 仮 名 が 用 いら れ て いる 場 合 、 若 し 星 点 が 註 記 さ れ て いれ ば 、(甲の)文 字 に 対 し て は

常 に そ の左 肩 に差 さ れ て お り 、(乙 の)文 字 に対 し ては 常 に そ の左 裾 に 差 さ れ て いる ︾ と いう 傾 向 が 見 ら れ る 。

  尤 も 右 の ﹁か﹂ ﹁る ﹂ ﹁は ﹂ ﹁ふ ﹂ の拍 に 見 出 だ さ れ た よ う な 、 二 種 の 万 葉 仮 名 と 星 点 の位 置 と の 関 係 は 、 他 の

総 て の 音 節 に亙 って 見 ら れ る と いう わ け で は な く 、 例 え ば、 ﹁む ﹂ の拍 に対 し て は 、 左 肩 に 点 のあ る 例 は 七 つ、

左 裾 に点 のあ る 例 は 四 つあ る が、 万 葉 仮 名 は 常 に ﹁牟 ﹂ の字 を 用 い て 他 の字 を 用 いず 、 ﹁す ﹂ の拍 に 対 し て は、

﹁須 ﹂ ﹁寸 ﹂ 二 字 を 用 い て いる が 、 こ の 中 ﹁寸 ﹂ 字 は 一例 だ け で、 他 は 悉 く ﹁須 ﹂ 字 を 用 い て お り 、 そ の 間 に は星

点 の位 置 に 対 応 す る 違 いが 見 出 だ さ れ な い。 然 し こ のよ う な 例 が あ る か ら と 言 って、 さ き に あ げ た ﹁か﹂ ﹁る﹂

﹁は﹂ ﹁ふ ﹂ に見 ら れ た 二種 の仮 名 と星 点 の位 置 と の関 係 を 偶 然 と 言 う こと は 出 来 な いと 思 わ れ る 。 そ し て 、 今 、

﹁い﹂ ﹁ろ ﹂ ﹁は ﹂ ⋮ ⋮総 て の拍 に つ い て、 こ の音 義 に用 いら れ て いる 万 葉 仮 名 の種 類 と 、 そ こ に 差 さ れ て いる 星

点 の位 置 と の関 係 を 検 討 し て 見 る と 、 上 記 の ﹁か ﹂ ﹁る ﹂ ﹁は ﹂ ﹁ふ﹂ の拍 の ほ か に 、 ﹁し ﹂ ﹁ま ﹂ ﹁た ﹂ ﹁ち ﹂ ﹁こ﹂

な ど の拍 に も 、 あ る 程 度 、 星 点 の位 置 に 関 聯 を も つ万 葉 仮 名 の使 い分 け が窺 わ れ る の であ る 。

 四

  以 上前 節 に考 察 し た と こ ろ を 綜 合 す れ ば 、 こ の音 義 に お い て は 、 あ る幾 つか の拍 、 少 く と も ﹁か ﹂ ﹁る﹂ ﹁は﹂

﹁ふ ﹂ の拍 に 対 し て 用 いら れ て いる 二種 の万 葉 仮 名 は 、 そ の万 葉 仮 名 に施 さ れ て い る 星 点 の位 置 に よ く 対 応 し て

い る と 言 う こと に な る が 、然 ら ば こ の事 実 は 如 何 な る こと を 物 語 る も の で あ ろ う か 。 抑々 漢 字 の左 肩ま た は 左 裾

に差 さ れ て いる星 点 は 、 声 点 と 呼 ば れ 、 元 来 漢 字 の四 隅 に 施 さ れ て そ の 字 音 の四 声 を 示 す 符 号 であ る が、 ﹃和 名

類 聚 抄 ﹄ ﹃類 聚 名 義 抄 ﹄ ﹃字 鏡 ﹄ ﹃色 葉 字 類 抄 ﹄ 等 、 平 安 末 期 に 著 さ れ た 漢 字 辞 書 類 にお い て は 、 和 訓 に 対 し て そ

の ア ク セ ント を 示 す た め に 施 さ れ て いる も の で、 二 種 の 点 は そ れ ぞ れ 次 のよ う な 内 容 を 表 わ す と 考 え ら れ て い る。( 注4)   (1 )  左 肩 にあ る も の ⋮ ⋮ 上 声 点 ⋮ ⋮ 常 に高 い平 ら な 拍 を 表 わ す 。  ( 2)   左 裾 にあ る も の ⋮ ⋮ 平 声 点 ⋮ ⋮ 原 則 と し て 低 い平 ら な 拍 を 表 わ す 。

  然 ら ば 、 こ の音 義 の和 訓 に施 さ れ た 星 点 も 和 訓 のア ク セ ント を 示す も の で あ ろ う と 推 定 さ れ 、 こ の音 義 に お い

て 万 葉 仮 名 と 声 点 の位 置 と の 間 に 規 則 的 な 対 応 関 係 が 認 め ら れ る と ころ を 見 る と 、 こ の音 義 の万 葉 仮 名 の使 い分 け は 次 の よ う な 標 準 に 基 いた も の で はな い かと 推 測 さ れ て 来 る 。 即 ち 、

  A の推定 ︽こ の 音義 の著 者 は 、 和 訓 を 註 記 す る 際 に、 ﹁は ﹂ ﹁か﹂ ﹁る﹂ ﹁ふ ﹂等 の拍 の表 記 に当 って 二種 の万 葉

仮 名 を 用 意 し 、 そ の和 訓 の アク セ ント を 考 え て 、 若 し そ の拍 が 高 く 平 ら に ( 即 ち 単 に ﹁高 く ﹂ と 言 う のに 同

じ ) 発 音 さ れ る 時 に は 甲 の文 字 を 用 い、 併 せ て、 上 声 の位 置 (即 ち 字 の左 肩 ) に点 を 差 し た 。 又若 し そ の拍

が低 く 平 ら に (即 ち 単 に ﹁低 く ﹂ と 言 う の に同 じ ) 発 音 さ れ る 時 に は 乙 の文 字 を 用 い、 併 せ て 平 声 の 位 置 ( 即 ち 字 の左 裾 ) に 点 を 差 し た の であ ろ う ︾

尤 も 此 に 対 し て は 、 理 論 的 に は 、 次 のよ う な 想 像 を 立 て る こと も 不 可 能 で は な い。

  B  の推定 ︽こ の音 義 の著 者 は 、 此 等 の和 訓 を 註 記 す る 際 に、 ﹁か ﹂ ﹁は ﹂ ﹁る ﹂ ﹁ふ﹂ 等 の拍 に つ い て は 二 種 の万

葉 仮 名 を 用意 し 、 和 訓 の アク セ ント を 考 え る と いう こ と は な く 、 何 か 他 の標 準 に従 って、 あ る 語 に お い て は

甲 の文 字 を 用 い、 他 の語 にお いて は 乙 の文 字 を 用 いた 。 そ の後 、 甲 の 文 字 を 用 いた 箇 所 に は 機 械 的 に そ の左

肩 に 星 点 を 差 し 、 乙 の文 字 を 用 いた 箇 所 に は 機 械 的 に そ の左 裾 に点 を 差 し た の か も し れ な い︾

こ の A B 二 つの推 定 のう ち 、孰 れ が 正 し い か と いう こ と は 次 の よう な 事 情 に よ って 明 ら か にな る は ず で あ る 。

  ︽若 し 、 こ の音 義 に差 さ れ て いる 星 点 が当 時 の国 語 ア ク セ ント を 示 し て い る こ と が 、 他 の方 面 か ら 証 明 さ れ れ ばA の推 定 が 正 し いこ と にな ろ う ︾

  ︽若 し 、 こ の音 義 に差 さ れ て いる 星 点 が ア ク セ ント 以 外 の他 の標 準 に よ って差 さ れ た も ので あ る こ と が 証 明 さ れ れ ば B の推 定 が 正 し いこ と に な ろ う ︾

  と こ ろ が、 こ の音 義 の和 訓 の仮 名 の使 い分 け に 関 し て は 、 ア ク セ ント 以 外 の適 当 な 標 準 が 思 い寄 ら れ な い に対

し て、 こ の音 義 に 差 さ れ て いる 星 点 は 、 正 し く 当 時 の 国 語 の ア ク セ ント を 示 し て いる こと が 証 明 出 来 る 。

  即 ち 、 こ こ に 、 ﹃類 聚 名 義 抄 ﹄ ( 十 一巻 ) は 、 こ の音 義 と 同 じ 頃 出 来 た と 推 定 さ れ て いる 文 献 であ る が 、 そ の和

訓 に 施 さ れ て い る夥 し い声 点 は 当 時 の国 語 の ア ク セ ント を 伝 え て いる も の と 認 め ら れ る 故 、( 注5)こ の 音 義 の星

点 が 正 し く 当 時 の国 語 のア ク セ ント を 示 し て いる か 否 か を 知 る た め に は 、 同 じ 和 訓 に つ い て 、 ﹃ 名 義 抄 ﹄ の例 と

比 較 す る の が 捷 径 の はず であ る 。 と ころ が 、 今 、 一例 と し て、 前 節 の 語 彙 のう ち 、 ﹁か ﹂ の条 に 掲 げ た も の に つ

いて ﹃名 義 抄 ﹄ のも の と 比 較 す れ ば 、 そ の結 果 は 次 のよ う であ って、苟 く も こ の音 義 と ﹃ 名 義 抄 ﹄ と の両 方 に出 て いる 語 に 関 す る限 り 、 そ の星 点 の位 置 は 完 全 に 一致 す る。   (甲﹁ ) 加  ﹂ 字 を 用 いた 例 。

乎 加 須 (上 上 平 ) ﹁侵﹂

ツ加 留 (平 上 平 ) ﹁ 羸﹂

  セナ カ (平 上 上 )﹁脊 ﹂ ( 仏中 五 八ウ)

  ヲカ ス (上 上 平 ) ﹁侵﹂ ( 仏 上一 五 オ)

  ツカ ル (平 上 平 ) ﹁羸﹂ ( 僧 下四 七ウ )

 ︹ 名 義抄 の記載 ︺

勢 那加 (平 上 上 ) ﹁背﹂

  ア ラ カ ネ (上 上 上 上 ) ﹁鉱 ﹂ ( 僧 上 六三 オ)

︹ 音義 の例 ︺

阿 良 加 禰 (上 上 上 上 ) ﹁礦﹂

  (乙﹁ ) 可  ﹂ 字 を 用 いた 例 。

  サ ハガ シ (平 平 平 上 ) ﹁〓﹂ (仏下本 二八 ウ)

  ︹名義 抄 の記載 ︺

 佐 八 可 之 (平 平 平 上 ) ﹁鬧﹂

  キ ヌ ガ サ (平 平 平 上 ) ﹁盖﹂ (僧中 八オ )

  ︹ 音義 の例︺

 伎 奴 可 佐 (平 平 平 上 ) ﹁ 傘﹂

ザ ヤ カ (平 平 上 平 ) ﹁鮮 ﹂ ( 僧 下 一ウ )   カ ス (平 上 ) ﹁糟 ﹂ ( 法 下一 五ウ)

 阿 坐 耶 可 仁 (平 平 上 平 □ ) ﹁鮮﹂ ア  可 須 (平 上 ) ﹁滓﹂

  こ の事 実 は 、 こ の音 義 の和 訓 に お け る星 点 が 、 全 く 当 時 の国 語 の ア ク セ ント に従 って施 さ れ た も ので あ る こ と 、

即 ち 声 点 であ る こと を 遺 憾 な く 証 明 し て いる も の と考 え ら れ る 。 即 ち 、 上 に掲 げ た A B 二 つ の推 定 の中 、 A の方

が 正 し か った こ と が 知 ら れ た こと と 成 り、 随 って こ の音 義 の万 葉 仮 名 の 使 い分 け は 、 実 に ア ク セ ント に 基 いたも の で あ る こ と が 明 ら か と 成 った わ け であ る。

と い った 拍 に 関 し て は確 か に 声 点 の位 置 に対 応 す る 仮 名 の使 い分 け が 見 ら れ た が 、 ﹁む ﹂ と か ﹁す ﹂ と か 言 う 拍

  尤 も 、 こ の 音義 に お け る 仮 名 の使 い分 け を ア ク セ ント に よ るも のと 推 定 し た 場 合 、︽﹁か ﹂ ﹁る ﹂ ﹁は ﹂ ﹁ふ﹂⋮ ⋮

に関 し て は そ の よ う な 使 い分 け は 見 ら れ な か った 。 こ れ は ど う 考 え る べ き か ︾ と 言 う 問 題 が 持 上 って 来 る が 、 こ れ に 関 し ては 次 節 に 考 え る こ と と す る 。

 五

  以 上 の如 く 、 我 々 は前 節 に お いて ︽こ の音 義 の和 訓 に は ア ク セ ント に よ る 万 葉 仮 名 の 使 い分 け が 行 わ れ て い

る ︾ と いう 推 定 を 試 み た の で あ る が、 さ て 、 こ の推 定 は、 専 ら ︽こ の音 義 の 和 訓 に見 ら れ る 万 葉 仮 名 の使 い分 け

の実 例 と 、 そ れ に差 さ れ た 声 点 の位 置 の関 係 ︾ と いう 面 か ら 論 じ 立 て た も の であ った 。 所 で、 そ れ と は 全 く 別 に、

こ の音 義 の内 部 に次 のよ う な 事 実 が存 在 す る の であ って、 こ れ は 右 の推 定 を 他 方 か ら 強 く 支 持 す る も のと 考 え ら れ る の であ る 。

  即 ち 、 こ の音 義 の巻 頭 を 開 く と 、 そ こ に 次 のよ う な 万 葉 仮 名 で書 か れ た ﹁いろ は 歌 ﹂ が 掲 げ ら れ て あ り 、 そ の 右 肩 にあ た って ﹁先 可ﾚ知 所ﾚ付 借 字 ﹂ と いう 語 が 見 え る 。( 注6)

  以 (平 ) 伊 ( 上)  呂 (平 ) 路 ( 上)  波 (上 ) 八 ( 平)   耳 (平 ) 爾 (上)   本 (平 ) 保 ( 上)  へ (上) 反 (平)   止 (平 ) 都 ( 上)

金 光 明最勝 王経 音義(巻 頭の 「いろは歌」) (大東急記念文庫所蔵)

 千 (平 ) 知 ( 上)   利 (平 ) 理 ( 上)   奴 (平 ) 沼 ( 上)   流 (上 ) 留 ( 平)  乎 (上 ) 遠 ( 平)  和 ( ) 王 ( 平 )  加 (上 ) 可 ( 平 ) 餘

(上 ) 与 ( 平 )  多 (上 ) 太 ( 平 )  連 (平 ) 礼 ( 上)  曾 (上 ) 祖 ( 平)   津 (平 ) ツ ( 上)  禰 (上 ) 年 ( 平 )  那 (上 ) 奈 (平)

  久 (平 ) 九 (上)

天

(上 )弖

麻

(平 )

(上 

気

( 上 ) 

計 (平 ) 介 (平 )

布 ( 平) 不 (上 ) 符  

己

面

(平 ) 古

( 平)

( 上)

 良 (平 ) 羅 ( 上)   牟 (平 )无 ( 上)   有 (平 ) 宇 ( 上)   為 (上 ) 謂 ( 平)  能 (上 ) 乃 ( 平)  於 (平 )

(上 ) 延 ( 平 ) 

 耶 (上 ) 也 ( 平 )  万 (平 ) 末 (平 )  衣

志

( 上 ) 

(平 )

非

比 (平 ) 皮 (平 )

文 (上 ) 平)   須 (上 ) 寸 ( 平) 毛 (上 ) 裳 (平 )  勢 (上 ) 世 (

 阿 (上 ) 安 ( 平 )  佐 (上 ) 作 (平)  伎 (平 ) 幾 ( 上)   喩 (平 ) 由 ( 上 )  女 (上 ) 馬 (平 )

( 上 ) 

  美 (平 ) 弥 ( 上)   之 (  ) 七 ○廻

 恵 (平 ) ○ 会 (平 )

  こ れ は ﹁い﹂ ﹁ろ ﹂ ﹁は ﹂ ⋮ ⋮ の 各 拍 を 表 わ す 万 葉 仮 名 を 大 体 二 字 ( 稀 に三字 )ず つ並 べ、 上 の文 字 に上 声 の 点

を 差 せ ば 下 の 文 字 に平 声 の点 を 差 し 、 上 の文 字 に平 声 の点 を 差 せ ば 下 の 文 字 に上 声 の点 を 差 す 、 と い った 体 裁 に

し た も の であ る 。 な お 下 の文 字 は 上 の文 字 よ り も 一段 小 さ い大 き さ で記 さ れ て いる 。

  今 、前 節 ま で に考 察 を 試 み た 、 和 訓 の ﹁か ﹂ ﹁る ﹂ ﹁は ﹂ ﹁ふ﹂ ⋮⋮ の拍 を 表 わ す た め に 用 いら れ て いた 各 組 の

文 字 を 、 こ の ﹁いろ は歌 ﹂ に 対 照 し て 見 る と 、 ﹁加 ﹂ ﹁波 ﹂ ﹁流 ﹂ ﹁不﹂ 等 、 さ き に上 声 の点 が差 さ れ 、 ︽和 訓 の 高

い拍 を 表 記 し て い る︾ と 推 定 さ れ た 文 字 は 此 処 でも 上 声 の点 が差 し てあ り 、 ﹁可 ﹂ ﹁留 ﹂ ﹁八 ﹂ ﹁布 ﹂ 等 、 さ き に 平

声 の点 が差 さ れ 、 ︽和 訓 の低 い拍 を 表 記 し て いる ︾ と 推 定 さ れ た 文 字 は 、 此 処 でも 平 声 の点 が 差 し て あ る こと を

知 る 。 そ し て ﹁いろ は 歌 ﹂ の右 上 にあ た って 、 上 述 の ﹁先 可レ知 ⋮ ⋮﹂ の文 字 が あ る の で あ る。 然 ら ば こ の ﹁い

ろ は 歌 ﹂ な る も の は 、 こ の音 義 の和 訓 に 用 いら れ て いる 万 葉 仮 名 の使 い方 の 凡 例 のよ う な も の であ って、 ︽こ の

音 義 で は 同 じ 拍 を 表 記 す る に 当 り、 常 に同 じ 文 字 を 用 い る と は 限 ら な い。 例 え ば 、 ﹁か ﹂ を 表 記 す る 場 合 に 、 若

し そ れ が 上 声 調 の拍 、 即 ち 高 い拍 な ら ば ﹁加 ﹂ の 字 を 用 いる 。 若 し そ れ が 平 声 調 の拍 、 即 ち 低 い拍 な ら ば ﹁可 ﹂

の字 を 用 いる ︾ と言 う 意 味 の こと を 示 し て い る と 解 釈 出 来 る 。 然 り と す れ ば 、 前 節 に試 み た ︽こ の音 義 の和 訓 に

お い て は 語 の ア ク セ ント に拠 る 万 葉 仮 名 の使 い分 け が 行 わ れ て いる ︾ と いう 推 定 は 更 に確 実 さ を 加 え た と 見 て よ いと 思う の であ る。

  そ う し て 、 ﹃法 華 経 音 ﹄・﹃法 華 経 単 字 ﹄ な ど の文 献 を 参 照 す る と 、 こ の音 義 の本 文 の 中 で 上 声 の点 が差 さ れ 、

且 つこ の ﹁いろ は歌 ﹂ でも 上 声 の点 が差 さ れ て いる 文 字 は 、 大 体 呉 音 で上 声 又 は 去 声 の 文 字 であ り 、 こ の音 義 の

本 文 並 び に こ の ﹁いろ は 歌 ﹂ に お い て 平 声 の点 が差 さ れ て いる 文 字 は、 大 体 呉 音 で平 声 又 は 入 声 の 文 字 であ る こ

と が 知 ら れ る 。( 注7) 上 声 と し て 用 いら れ た ﹁加 ﹂ ﹁流 ﹂ ﹁波 ﹂ ﹁不 ﹂、 平 声 の点 のあ る ﹁可 ﹂ ﹁留 ﹂ ﹁八 ﹂ ﹁布 ﹂ 等 い

ず れ も 然 り であ る。 然 ら ば 前 節 に 掲 げ たA の推 定 は 一先 ず こ れ を 解 消 さ せ 、 代 り に 次 の A の推 定 を 試 み てよ いと 考えら れる。

  A の推定 ︽こ の音 義 の著 者 は 和 訓 を 万 葉 仮 名 で表 記 す る に 際 し 、 ﹁か﹂ ﹁る ﹂ ﹁は﹂ ﹁ふ﹂ 等 の拍 に 対 し て は 、 呉

音 で 上 声 (又 は 去 声 ) の文 字 ﹁加 ﹂ ﹁流 ﹂ ⋮ ⋮と 、 呉 音 で平 声 (又 は 入 声 ) の 文 字 ﹁可﹂ ﹁留 ﹂ ⋮ ⋮ と 二 種 の

万葉 仮 名 を 用意 し てお き 、 高 い拍 に 対 し て は そ の中 の上 声 (又 は 去 声 ) の文 字 で表 記 し 、 低 い拍 に対 し ては そ の中 の平 声 (又 は 入声 ) の文 字 で 表 記 し た も の であ ろ う ︾

  又、 前 節 の最 後 に お い て、 我 々 は、 ︽こ の音 義 に お い て 万 葉 仮 名 に 使 い 分 け が 行 わ れ て いる 拍 と 行 わ れ て いな

い拍 と が あ る ︾ と いう 事 実 を 問 題 と し て 残 し て お いた が、 今 、 こ の ﹁いろ は歌 ﹂ を 見 る と 、 先 に 本 文 で 一種 類 の

文 字 し か 用 い て いな か った ﹁む ﹂ と いう よ う な 拍 に対 し て も 、 此 処 で は 上 声 の拍 に 対 し ては ﹁无﹂ を 用 い、 平 声

﹁寸 ﹂ と い う 文 字 を 用

﹁す ﹂ の 拍 に つ い て も 書

﹁須 ﹂ を 用 い 、 平 声 の 拍 に は

﹁牟 ﹂ の 文 字 を 用 い る よ う に チ ャ ン と 規 定 し て あ る 。 又 、 本 文 で ハ ッキ リ し た 使 い 分 け が 見 ら れ な か っ

﹁す ﹂ と い う よ う な 拍 に 対 し て も 、 此 処 で は 上 声 の 拍 に は

の拍 に は た

い る よ う に チ ャ ン と 規 定 し て あ る の で あ る 。 そ う し て 見 る と 、 原 著 者 の意 図 は ﹁む ﹂ や

き 分 け を し よ う と し た も の と 考 え ら れ る 。 思 う に 、 著 者 自 身 は 本 文 の 和 訓 を 書 く 場 合 に ﹁い ﹂ ﹁ろ ﹂ ﹁は ﹂ ⋮ ⋮ 総

﹁か ﹂ ﹁る ﹂ ﹁は ﹂ ﹁ふ ﹂ ⋮ ⋮ と い っ た 、

﹁牟 ﹂ に 書 き 換 え 、

﹁无﹂ も 同 じ ム

て の 拍 に 関 し て 、 高 く 発 音 さ れ る か 、 低 く 発 音 さ れ る か に よ っ て ﹁い ろ は 歌 ﹂ に 見 ら れ る 通 り の 使 い 分 け を し た

﹁須 ﹂ に 書 き 換 え て し ま い 、 た だ

﹁寸 ﹂ も 同 じ ス で あ る と 軽 く 考 え て 、 ﹁无﹂ と あ っ た と こ ろ を 全 部 見 慣 れ た

の で は な か ろ う か 。 そ し て 後 世 そ れ を 転 写 す る 人 が 、 著 者 の 志 の あ る と こ ろ を 無 視 し 、 ﹁牟 ﹂ も で あ る 、 ﹁須 ﹂ も ﹁寸 ﹂ と あ る と こ ろ を 大 部 分 書 き な れ た

幾 つ か の 拍 に お い て の み 、 原 著 者 の 用 法 を 大 体 遵 奉 し 、 巻 頭 の ﹁い ろ は 歌 ﹂ を そ の ま ま 転 載 し た 、 そ れ を 伝 え て

いる の が 現 在 の写 本 な の で は な か ろ う か。 但 し 、 こ の想 像 の正 否 は 他 日 こ の音 義 のも っと古 い写 本 が 発 見 さ れ た 場 合 に 明 ら か に成 る であ ろう 。

置 い て いる か と 思 う と 、 ﹁は ﹂ の 如 き は 上 声 の文 字 を 上 に 置 い て い る 。 若 し 、 唯 凡 例 と し て 掲 げ る だ け な ら ば 、 凡

  附 記   ﹁い ろ は 歌 ﹂ に つ いて は な お 考 察 す べ き こ と が 多 い。 例 え ば 文 字 に よ り 、 ﹁い﹂ ﹁ろ ﹂ の 如 き は 平 声 の 文 字 を 上 に

て 上 声 な ら ば 上 声 の 文 字 を 上 に 置 く と いう よ う な 一貫 し た 態 度 で 押 通 し た ら よ さ そ う な も の で あ る 。 そ れ ゆ え 、 何

故 こ の よ う に 成 って いる のか 、 と 疑 わ れ る が 、 これ は 著 者 が 当 時 の京 都 方 言 に お い て ﹁いろ は 歌 ﹂ を 唱 え る 場 合 の

ア ク セ ント を 考 慮 に お いた の で あ ろ う と 思 う 。 但 し こ の 事 実 に つ い て は 東 大 国 文 学 科 在 学 の西 尾 寅 弥 君 が 考 究 中 で

あ る の で 、 そ の 成 果 を 俟 つ こ と と す る 。 な お 、 ﹁いろ は 歌 ﹂ に お い て 同 一の拍 に 対 し て 時 に 三 箇 の文 字 を あ げ て い

る こ と 、 星 点 の 代 り に 時 に 圏 点 を さ し て いる こ と の 理 由 は ま だ わ か ら な い。 又 こ の音 義 に は ﹁い ろ は 歌 ﹂ の次 に 濁 音 の仮 名 の 用 法 を 示 し た 表 も 挙 が って い る が 、 考 察 を 控 え た 。

 六

  以 上 前 節 ま で に お い て、 我 々は 、 こ の音 義 の著 者 は 和 訓 を 表 記 す る に 当 り、 ﹁か﹂ ﹁る﹂ ﹁は ﹂ ﹁ふ ﹂ の拍 に お い

て は 一々そ の語 のア ク セ ント を 考 え 、 ア ク セ ント によ る万 葉 仮 名 の使 い分 けを 実 行 し た こ と を 推 定 し 、 更 に 、 現

在 の本 で は 使 い分 け が 乱 れ て いる 他 の 多 く の拍 に お い ても 、 著 者 は同 様 な ア ク セ ント に よ る 万 葉 仮 名 の仮 名 遣 を

意 図 し た の では な いか 、 と想 像 し た 。 今 、 我 々は 、 こ の推 定 か ら 一歩 を 進 め て 、 更 に次 のよ う な 三つ の こ と を 考 える ことが出来 ると思う。

  第 一に 我 々は こ の意 義 の和 訓 の星 点 は 当 時 のア ク セ ン ト を 表 わ し た も の で あ る こ とを 重 ね て 証拠 立 て た こと と

成 り、 こ こ に差 さ れ て いる 星 点 を 基 と し て、 安 心 し て当 時 の国 語 のア ク セ ント を 推 定 す る こと が 出 来 る はず だ と

いえ る と 思 う 。 例 え ば 、 次 に あ げ る よう な 語 は 、 ﹃類 聚 名 義 抄 ﹄ ﹃色 葉 字 類 抄 ﹄ ﹃ 字 鏡 ﹄ 等 に は、 声 点 の つ いた 例

が見 え ず 、 こ の 音 義 によ り 初 め て当 時 の ア ク セ ント を 推 定 し 得 る 語 であ る 。 ︹ ︺ 内 は 推 定 さ れ る そ の語 の ア ク セ ント を 表 わ す 。

  ○ 加 阿 (上 上 ) ﹁蚊﹂ ( 巻 一) ︹カ ー︺。○ 安 父 (平 平 ) ﹁〓﹂ ( 巻 一) ︹ア ブ︺。○ 禰 □ (平 上 ) ﹁鼠﹂ ( 巻 一 ︹ ネ

□ ︺。○ 八 伎 (平 上 ) ﹁彗 ﹂ ( 巻 六 ) ︹ハキ ︺。 ○ 波 へ (上 上 ) ﹁蠅﹂ ( 巻 一) ︹ハヘ︺。○ 婆 智 (平 平 ) ﹁桴﹂ ( 巻 二)

︹バチ ︺。○ 久 知 比 留 (上 上 上 平 ) ﹁脣﹂ ( 巻 一) ︹ ク チ ヒ ル︺。○ 宇 差 伎 馬 (平 上 上 上 ) ﹁驢﹂ ( 巻一 ) ︹ウ サキ マ︺ ⋮⋮ 。

  第 二 に 、 若 し あ る 語 に つ い て、 現 在 の本 の星 点 が誤 った 位 置 に差 さ れ て いる 疑 の あ る 場 合 、 そ こ に 用 いら れ た

万 葉 仮 名 の 種 類 を 考 え る こ と に よ り 、 正 し い位 置 に復 す る こ と が 出 来 る だ ろ う と 考 え ら れ る 。 例 え ば 、 ﹁蛭 ﹂ と

いう 語 は 、 現在 諸 方 言 のア ク セ ント を 調 べ て 見 る と、 京 都 方 言 そ の他 服 部 四 郎 博 士 の 所 謂 甲 種 諸 方 言 ( 注8)に お

いて は 一般 に ヒ ル型 に発 音 さ れ 、 東 京 方 言 そ の他 服 部 博 士 の 乙 種方 言 に お い て は 一般 にヒ ル型 に 発 音 さ れ て いる 。

そ れ ゆ え 、 他 の語 の 例 か ら 考 え て 、 こ の音 義 成 立 当 時 の 近 畿 方 言 で は ヒ ル型 に 発 音 さ れ て い た ろ う 、( 注9)随 っ

て 若 し こ の音 義 に記 載 さ れ て いる な ら ば 平 上 型 に 記 載 さ れ て いる だ ろう 、 と 言 う 可 能 性 の大 き い語 で あ る が、 こ

第 三 節 に あ げ た 如 く 、 他 の語 にあ って

の音 義 の 現在 の本 で は 、 巻 一の ﹁蛭 ﹂ 字 の条 に ヒ ル (平 平 ) と 記 載 さ れ てお り、 こ の予 想 を 裏 切 る。 所 が そ の万 葉 仮 名 を 見 る と ﹁比 流 ﹂ と 成 って お り 、 ﹁る ﹂ に 対 し て、 ﹁流 ﹂ の字 が︱

は 常 に上 声 の点 と 共 に 用 いら れ て いる ﹁流 ﹂ の字 が 用 いら れ て いる 。 此 は 当 然 声 点 の位 置 に 疑 を か け てよ いと 思

わ れ る 。 即 ち 、 現 在 の本 にお いて こそ ﹁比 流 ﹂ は平 平 型 に表 記 さ れ て いる が、 原 本 にあ って は 平 上 型 に表 記 さ れ

て いた も ので あ って、 随 って当 時 の京 都 方 言 の ﹁蛭 ﹂ の ア ク セ ント は ヒ ル で はな く てヒ ルで あ り 、 現 在 諸 方 言 の

ア ク セ ント に 対 し て 規 則 的 な 対応 を 示 し て いた の で あ ろ う 、 と 考 え る こ と が出 来 る と 思 う 。

  さ て以 上第 一 ・第 二 の考 察 は 専 ら 声 点 の差 し てあ る 和 訓 に つ い て の考 察 であ った 。 所 で第 二節 に 述 べた 如 く に 、

現 在 の こ の音 義 の和 訓 の半 数 に は 声 点 が差 さ れ て いな い の であ る 。 そ こ で第 三 と し て、 声 点 の有 る 万 葉 仮 名 に ア

ク セ ント に よ る 仮 名 遣 が 行 わ れ て い る 以 上 は 、 声 点 の無 い万葉 仮 名 にも アク セ ント によ る仮 名 遣 が 行 わ れ て いは

し な いか、 と 推 測 さ れ て 来 る 。 若 し 、 こ の推 測 があ た って いる な ら ば、 こ の音 義 は 声 点 のな い和 訓 に つ いても 、

そ の万 葉 仮 名 の用 い方 を 考 察 す る こと に よ り 、 そ のア ク セ ント を 推 定 す る こ と が 可 能 に成 って来 る わ け であ り 、

ア ク セ ント 資 料 と し て の こ の 音義 の価 値 は 一段 と高 め ら れ る は ず であ る 。 こ の推 測 は 正 し いも の か ど う か 。 次 節 及 び 次 々節 に は 暫 く こ の点 に 関す る 考 察 を 進 め よ う と 思 う 。

 七

  さ て こ の音 義 に お いて 、 声 点 の無 い和 訓 に つ いて も ア ク セ ント に よ る 万 葉 仮 名 の使 い分 け が行 わ れ て いる か 否

か 。 こ の事 実 を 考 察 す る に当 り 、 ﹁む ﹂ のよ う な 常 に 一種 の仮 名 ば か り が 用 いら れ て いる 拍 、 或 いは 、 ﹁す ﹂ のよ

う な 一方 の仮 名 ば か り が多 く 用 いら れ て いる 拍 に 関 し て は 、 調 査 し て も ムダ と 考 え ら れ る ゆ え 、 こ こに は、 第 三

節 に お いて 、 声 点 の施 さ れ た 和 訓 に 関 し て 規 則 正 し い使 い分 け の見 ら れ た ﹁か ﹂ ﹁る ﹂ の音 節 に つ いて 、 果 し て

ア ク セ ント によ る使 い分 け が 守 ら れ て いる か 否 か を検 討 し て 見 た い。 声 点 の差 さ れ て いな い場 合 、 そ の万 葉 仮 名

が アク セ ント を 反 映 し て いる か 否 か は 、 各々 の 用 例 に つ いて 、 他 の資 料 を 基 と し て推 定 さ れ る そ の語 の ア ク セ ン ト と比 較 す る の が 適 当 と 考 え ら れ る。

  先 ず 、 ﹁か ﹂ の拍 に つ い て試 み る と 、 こ の拍 に つ いて は 声 点 のな い和 訓 に お いても ﹁加 ﹂ を 用 いた 例 と 、 ﹁可 ﹂

を 用 いた 例 と が存 在 す る。 今 、 ﹁加 ﹂ 字 を 用 いた 例 を 全 部 掲 げ れ ば 次 の よ う であ る。

  ○ ツ加 留 ﹁疲﹂ ( 巻 六)。 ○ 乎 加 ﹁ 岳﹂ ( 巻 二)。 ○ 加 須 美 ﹁ 霧﹂ ( 巻 二)。 ○ 加々 也 久 ﹁暎﹂ ( 巻 二)。 ○ 同 ﹁〓﹂ ( 巻

五 )。 ○ 佐 加 由 ﹁ 稔﹂ ( 巻五 )。 ○ 同 ﹁昌 ﹂ ( 巻 六 )。 ○ 佐 加 利奈 り ﹁ 盛﹂ ( 巻 六)。 ○ 以 奈 比 加 理 ﹁霹靂﹂ ( 巻 七)。

  今 、 右 の語 の中 、 ﹁ツ加 留 ﹂ は こ の音 義 の中 に 声 点 を 差 し た 例 が あ り 、 そ れ に は 第 三 節 に 掲 げ た よ う に、 語 と

し て は 平 上 平 型 、 即 ち ﹁加 ﹂ の 拍 に 対 し て は 上 声 の点 が つ いて いた か ら 他 の 文 献 を 参 照 す る ま で も な い。 他 の

﹁乎 加 ﹂ 以 下 の語 は 総 て ﹃類 聚 名 義 抄 ﹄ に 声 点 を 差 し た 例 が 見 え 、 次 の 如 く であ る。

  ○ ヲカ (上 上 ) ﹁阜 ﹂ ( 法 中巻 一九オ )他。 ○ カ ス ミ (上 上 上 ) ﹁霞﹂ ( 法 下巻 三 四オ ) 。 ○ カ、 ヤク (上 上 上 平 )

﹁玲瓏 ﹂ (法中 巻九 ウ)。 ○ サ カ ユ (上 上 平 ) ﹁〓﹂ ( 僧上 巻 一九 ウ)。 ○ サ カ リ ナ リ (上 上 上 □ □ ) ﹁ 阜﹂ ( 法中 巻 一 九 オ )。 ○ イ ナ ビ カ リ (平 平 平 上 平 ) ﹁電﹂ ( 法 下巻 三三 ウ)。

  即 ち 此 等 を 見 る と 、 こ の音 義 で ﹁加 ﹂ の字 を 用 い て いる 拍 は ﹃名 義 抄 ﹄ では 総 て 上 声 の点 が差 さ れ て いる 拍 ば

か り で あ って、 此 に よ れ ば こ の音 義 の著 者 が ﹁か ﹂ の拍 に対 し て ﹁加 ﹂ 字 を 用 い た のは 、 総 て 当 時 上 声 調 に、 即

ち 高 く 発 音 さ れ て いた拍 で あ ろ う と 考 え ら れ る 。 そ し て 、 当 時 此 等 の語 に お け る ﹁か ﹂ の拍 が 高 く 発 音 さ れ た ろ

う 、 と 言 う こ と は 、 現在 諸 方 言 に お け る そ れ ら の語 の ア ク セ ント を 基 と し て考 え て も 首 肯 出 来 る と こ ろ で あ る。

  次 に ﹁か﹂ の拍 を ﹁可 ﹂ 字 で表 記 し た う ち 、 声 点 の差 し てな い例 は 、 総 て 之 を あ げ れ ば 次 の よ う であ る 。

  ○ 佐 八 可 之 ﹁〓﹂ ( 巻三 )。 ○ 可 久 須 ﹁潜 ﹂ ( 巻 六 ︶。 ○ 可 万 美 寸 之 ﹁諠﹂ ( 巻 一)。 ○ 阿 太々 可 奈 り ﹁暑﹂ ( 巻 六)。 ○ 可太 伎 ﹁ 敵﹂ ( 巻 六 )。 ○ 曾 比 也 可 仁 ﹁繊﹂ ( 巻 五)。

此等 の語 の中 、 ﹁ 佐 八 可 之 ﹂ ﹁可久 須 ﹂ の 二 語 は 、 こ の音 義 の中 に 声 点 を 差 し た 例 が あ り 、 第 三 節 に 掲 げ た 如 く い

ず れ も ﹁可﹂ 字 に平 声 の点 が差 し て あ った か ら 問 題 は な い。 次 に ﹁可 万 美 寸 之 ﹂ ﹁阿 太々 可 奈 り﹂ ﹁可太 伎 ﹂ の三

語 は ﹃名 義 抄 ﹄ に声 点 を 差 し た 例 が あ る が、 そ れ は次 のよ う で いず れ も ﹁か ﹂ の拍 に 対 し て 平 点 が差 さ れ てあ る 。

﹁可 万 美 寸 之 ﹂ は カ マビ ス シ と 出 て いる が 、 ア ク セ ント に は 変 り な か った であ ろ う 。

  ○ カ マビ ス シ (平 平 平 平 上 ) ﹁喧 ﹂ (仏中 巻 二三 ウ)。 ○ ア タ 、カ (平 平 上 平 ) ﹁暖 ﹂ (仏中 巻 四 六オ )。 ○ カ タ キ (平 平 平 ) ﹁敵 ﹂ ( 僧 中巻 二八オ )。

 現在 諸 方 言 の ア ク セ ント と 比 較 し て も 、 以 上 の語 の ア ク セ ント が 当 時 こ の よ う であ った と 考 え て 何 等 差 支 え な い。

  唯々 一語 、 ﹁曾 比 也 可 仁 ﹂ の み は 、 こ の音 義 の中 に も 他 に例 が な く 、 ﹃名 義 抄 ﹄ そ の他 の文 献 の中 にも 声 点 の差

さ れ た 例 が ま だ 見 出 だ さ れず 、 且 つ、 現 在 諸 方 言 では 日常 用 いて いな い語 ゆ え 、 当 時 の こ の 語 が ど ん な ア ク セ ン

や か﹂ ﹁︱

ら か﹂と言う 形

ト であ った か を 推定 す る こ と は 困 難 で あ り 、 随 ってそ の ﹁可 ﹂ の文 字 が 果 し て 高 い拍 を 表 わ し た か 低 い拍 を 表 わ

し た か決 定 す る こ と も 難 し い、 と 言 わ な け れ ば な ら な い。 と こ ろ が 今 、 広 く ﹁ ︱

を も った 四 拍 の 形容 動 詞 の 語 幹 の ア ク セ ント と言 う も のを 考 え て 見 る と 、 先 ず 現 在 京 都 方 言 で はニギ ヤ カ ( 賑)・

アザヤカ ( 鮮)・ホ ガ ラ カ ( 朗 )・ア キ ラ カ (明) の 如 く 、 総 て同 一の 型 を も って いる の を 初 め と し て、 大 原 孝 道

ア ザ ヤ カ (平 平

氏 に従 え ば 、 各 地 の諸 方 言 を 通 じ て同 じ 型 を も って発 音 さ れ て いる 傾 向 があ る 由 であ る 。( 注1︶ 0そ し て ﹃ 名 義抄﹄

に お け る こ の種 の語 の 用 例 を 調 べて 見 る と 、 ア キ ラ カ (平 平 上 平 ) ﹁顕﹂ ( 仏 下本 巻 一五 ウ)  ○

上 平 ) ﹁鮮 ﹂ ( 僧 下巻 一ウ) ⋮ ⋮ の如 く 、 これ ま た 総 て同 一の型 に表 記 さ れ て いる 。 然 ら ば 当 時 の 国 語 に お いて も 、

此等 ﹁︱ ら か ﹂ ﹁︱ や か ﹂ の形 の語 の ア ク セ ント は 平 平 上 平 型 に 一定 し て いた の で は な いか と考 え ら れ る 。

然 り と す れ ば 、 ﹁曾 比 也 可﹂ な る 語 も 当 時 平 平 上 平 型 であ った ろ う と 推 定 さ れ 、 即 ち 、 こ の語 に お け る ﹁可 ﹂ の

字 で表 わ さ れ て いる 拍 は 、 他 の語 の ﹁可 ﹂ 字 で表 わ さ れ て いる 拍 と 同 様 に平 声 調 に、 即ち 低 く 発 音 さ れ て いた ろ う 、 と 推 定 さ れ る。

  か く て こ の節 に考 察 し 得 た と ころ を 要 約 す れ ば 、 ︽こ の音 義 に お い て は、 ﹁加 ﹂ 字 は 声 点 のな い場 合 に も 上 声 調

の拍 を 表 記 し て お り 、 ﹁可 ﹂ 字 は声 点 のな い場 合 にも 平 声 調 の拍 を 表 記 し て い る と 推 定 さ れ る ︾ と いう こ と に 成 る。

 八

  次 に ﹁る ﹂ の拍 に つ いて試 み る と 、 声 点 の差 さ れ て いな い場 合 にも 、 ﹁ 流 ﹂ の字 を 用 い た例 と 、 ﹁留 ﹂ の 字 を 用

いた 例 と が 見 出 だ さ れ る が 、 先 ず ﹁流 ﹂ の字 で表 記 し た 例 を 総 て挙 げ れ ば 次 のよ う で あ る 。

  ○ 末 毛 流 ﹁衛 ﹂ ( 巻 六)。 ○ 不 流 布 ﹁篩﹂ ( 巻 七)。○ 止 保 流 ﹁徹﹂ ( 巻 四 )。 ○ 八 之 流 ﹁走﹂ ( 巻 五)。 ○ 佐 流 ﹁〓 猴﹂ ( 巻九 )。 ○ 宇 美 志 流 ﹁膿﹂ ( 巻 五)。

此 等 の 語 の中 、 ﹁末 毛 流 ﹂ ﹁不 流 布 ﹂ の 二 語 は、 こ の 音 義 の 中 に 声 点 を 差 し た 例 が あ り 、 第 三 節 に 述 べ た よ う に

﹁流 ﹂ 字 に対 し 上 声 の 点 が差 さ れ て いる ゆ え 、 問 題 は な い。 ﹁止 保 流 ﹂ ﹁佐 流 ﹂ は ﹃名 義 抄 ﹄ に 声 点 を 差 し た 例 が

あ り、 ﹁通 ﹂ 字 の条 、 ﹁〓猴 ﹂ 字 の条 に いず れ も 上 声 の点 が差 さ れ て いる 。 こ れ ら は 現在 諸 方 言 と の比 較 か ら 見 て

も 、 いず れ も 当 時 ﹁る ﹂ の拍 が 上 声 調 に 高 く 発 音 さ れ て いた ろう と 見 て差 支 え な い語 であ る。

  唯々 ﹁八 之 流 ﹂ は ﹃名 義 抄 ﹄ に声 点 を 差 し た 例 が 二箇 所 に見 え る が 、 ﹁る ﹂ の拍 に対 し て 、 ﹁〓﹂ 字 の条 では 上

こ の類 の動 詞 は 平 安 末 期 に は○ ○ ○ 型 で あ った と推 定 さ れ る こと 、

﹁走 る ﹂ と 言 う 語 は 、現 在 諸 方 言 のア ク セ ント か ら 考 え る と 、三 拍 動 詞 の中 で 私 の 所 謂 第 二 類 に 属 し 、( 注11)

声 の点 が差 し て あ り 、 ﹁奔 ﹂ 字 の条 で は平 声 の点 が差 し てあ る 。 此 は ち ょ っと困 る が 、 (イ)

 ) ( ロ  こ の音 義 と 略々 同 時 代 に 出 来 た と 見 ら れ る 同 類 の文 献 ﹃法 華 経 単 字 ﹄( 注12)の 中 に偶々 ハシ ル と 言 う 訓 に 声 点 を差 し た 例 が み え 、 そ の点 は (平 平 上 ) と な って いる こと 、

の二 つの 理 由 か ら 、 ﹃名 義 抄 ﹄ で こ の語 に差 さ れ て い る 二 種 の声 点 の中 、 (平 平 平 ) の方 はあ や ま り で 、 (平 平 上 )

の方 が正 し いも のと 考 え てよ いと 思 わ れ る 。 然 ら ば ﹁八 之 流 ﹂ の ﹁流 ﹂ の拍 は 、 他 の ﹁流 ﹂ の拍 同 様 に 、 上 声 調 の拍 であ った と 見 ら れ る こと と 成 る 。

  又 、 ﹁宇 美 志 流 ﹂ は や は り ﹃法 華 経 単 字 ﹄ の中 に例 が あ り 、 即 ち (平 平 平 上 ) と 表 記 さ れ て いる 。 此 を そ のま

ま と って よ いと す る な ら ば 、 こ の語 の ﹁流 ﹂ の拍 も 当 時 や は り 上 声 調 の拍 であ った と 見 ら れ る こと と 成 り 、 結 局 、

こ の音 義 で ﹁流 ﹂ 字 を 用 い て いる 拍 は 、 総 て 上 声 調 、 即 ち 高 い拍 であ った ろ う と 推 定 出 来 た こ と と 成 る 。

れ ば 次 のよ う で あ る 。

  以 上 で、 ﹁る ﹂ の拍 を ﹁流 ﹂ 字 で表 記 し た 例 を 終 り 、 最 後 に 、 ﹁る ﹂ の 拍 を ﹁留 ﹂ 字 で表 記 し た 例 を 、 総 て掲 げ

  ○ ツ加 留 ﹁疲 ﹂ ( 巻 六)。 ○ 末 何 留 ﹁枉﹂ ( 巻 一) 。○ 伊 太 留 ﹁臻﹂ ( 巻 六)。○ 宇 留 不 ﹁沃﹂ ( 巻六 ) 。 ○ 佐 止 留 ﹁寤﹂

( 巻 五)。 ○ 牟 末 留 ﹁誕﹂ ( 巻五 )。 ○ ツ留 伎 ﹁ 剣﹂ ( 巻 三)。 ○ 以 ツ波 留 ﹁ 偽﹂ ( 巻 三)。 ○ 久 留 保 之 ﹁狂﹂ ( 巻 二)。

○ 止 、己 保 留 ﹁ 停﹂ ( 巻 二)。○ 同 ﹁滞 ﹂ ( 巻三) 。 ○伊太 八留 ﹁ 労 ﹂ (巻六 )。 ○ 多々 留 ﹁爛﹂ ( 巻五 )。

  此 等 の語 の中 、 ﹁ツ加 留 ﹂ は こ の音 義 の中 に例 があ り 、 ﹁留 ﹂ の字 に対 し て 平 声 の点 が 差 し てあ る こ と 、 第 三 節

に述 べた と お り であ る 。 次 に ﹁末 何 留 ﹂ ﹁伊 多 留 ﹂ ﹁宇 留 不﹂ ﹁佐 止 留 ﹂ ﹁牟 末 留 ﹂ ﹁ツ留 伎 ﹂ ﹁以 ツ波 留 ﹂ ﹁伊 太 八

留 ﹂ は ﹃名 義 抄 ﹄ に 声 点 を 差 し た 例 が 見 え 、 総 て ﹁る ﹂ に 対 し て 平 声 点 が差 さ れ て いる 。 そ し て 此 等 の 語 は 、 総

て、 現 在 諸 方 言 のア ク セ ント か ら 考 え ても 、 当 時 ﹃名 義 抄 ﹄ に 見 え る よ う な ア ク セ ント を も って いた と考 え てよ い語 で あ る 。

  但 し 、 ﹁久 留 保 之 ﹂ ﹁止 、己 保 留 ﹂ の二 語 は ﹃名 義 抄 ﹄ に 例 がな く 、 他 の文 献 にも 声 点 の つ いた 例 を 見出 だ し 得

な い。 又 現 在 諸 方 言 でも こ の語 は 日常 普 通 に 用 いら れ な い語 ゆえ 、 当 時 の ア ク セ ント 価 の推 定 は稍々 困 難 と 言 わ

に お いて動 詞 ク ルウ ・サ ワグ ・タ ノ ム ⋮ ⋮ な ど が 同 型 であ る と 同 時 に 、 ク ルオ シイ ・サ ワガ シ イ ・タ ノ モ シ

現 在 諸方 言 に お い て動 詞 と 動 詞 か ら 派 生 し た 形 容 詞 と の間 に は 規 則 的 な 型 の照 応 が 見 ら れ 、 例 え ば 東 京 語

な け れ ば な ら な い。 然 し 先 ず ﹁久 留 保 之 ﹂ の方 か ら考 え て 見 る の に、 (イ )

イ ⋮ ⋮ な ど も 総 て 同 型 で あ る 。 こ の性 格 は 平 安 末 期 の ア ク セ ント に も 存 し て いた ろ う 、 と 考 え ら れ 即ち 、 こ

＝⋮⋮

の音 義 の成 立 時 代 の ア ク セ ント に 関 し て、 次 のよ う な 比 例 式 が成 立 し たも のと 想 像 さ れ る 。   クルウ︰ク ＝ル タオ ノシ ム：タノモシ＝サワグ：サワガシ

﹁く る ふ﹂ と 言 う 動 詞 は ﹃名 義 抄 ﹄ に 出 て お り 、 (平 平 上 ) と 表 記 さ れ て いる 。 ﹁お そ る ﹂ と 言 う 動 詞 も ﹃名 義 抄 ﹄ に 出 て お り 、 や は り (平 平 上 ) と 表 記 さ れ て いる 。 ﹁さ わ ぐ ﹂ と 言 う 語 は ﹃名 義 抄 ﹄ に見 え な い が、

( ) ロ

現 在 各 地 で普 通 に 用 いら れ る 語 ゆえ 、 諸 方 言 の アク セ ント を 基 と し て考 え る と 、 私 の所 謂 第 二 類 に属 す る 動

詞 であ って若 し 当 時 の 文 献 に 載 って いた ら や は り (平 平 上 ) と表 記 さ れ て いた ろう と 思 わ れ る 。

(ハ) 次 に(ロ の) 動 詞 か ら 派 生 し た 形 容 詞 の 中 、 ﹁お そ ろ し ﹂ は ﹃名 義 抄 ﹄ に 出 て お り (平 平 平 上 ) と 表 記 さ れ て

いる。 ﹁さ わ がし ﹂ は こ の 音 義 に も ﹃名 義 抄 ﹄ に も 例 が あ り 、 第 四 節 に 掲 げ た 如 く (平 平 平 上 ) の型 に 表 記 さ れ て いる 。

  今 、 求 め る ﹁く る ほ し ﹂ のア ク セ ント をx と し 、(ロ で) 知 ら れ た 動 詞 の ア ク セ ント と、(ハで)知 ら れ た 形 容 詞 の ア

(平 平上?) ： (平 平 平上 )＝ ⋮ ⋮

ク セ ント を 、 (イ の) 比 例 式 に代 入 す れ ば次 のよ う に 成 る 。   (平 平上 ) ：x＝ (平 平上 ) ： (平 平平上 )＝

こ の式 か らx の値 を 求 め れ ば (平 平 平 上 ) と 成 る 。 此 が 推 測 さ れ る 平 安 末 期 の ﹁く る ほ し ﹂ の ア ク セ ント であ る。

か く て、 ﹁久 留 保 之 ﹂ の ﹁留 ﹂ の拍 は 、 平 声 調 の拍 であ った ろう 、 と 推 定 さ れ る。

  次 に ﹁止 、己 保 留 ﹂ に つ いて 考 え る の に、 ﹃ 名 義 抄 ﹄ か ら 五 拍 動 詞 の 例 を 集 め て 見 る と、 明 ら か に複 合 し て出

来 た こ と が 認 め ら れ る 動 詞を 除 いた 、 一般 の動 詞 は 、 大 体 上 上 上 上 平 型 ( 例、 オ ビヤ カ ス、 ヒ コヅ ラ フ)又 は 平 平

平上平 型 ( 例 、 ウ ツク シム、 ソ コナ ハル) の二 つの 型 の いず れ か に表 記 さ れ て いる 。 さ て広 く 現 在 諸 方 言 の ア ク セ

ント を 通 観 し て 見 る と 、 五 拍 動 詞 は 明 瞭 な 複 合 意 識 を も つも のを 除 け ば 、 一種 の型 か 、 又 は 精 々 二種 の 型 に 発 音

さ れ て お り 、 三 種 以 上 の 型 に 発 音 さ れ て い るも のは な いと い って よ い。 し か も 二種 の型 で発 音 さ れ て いる 方 言 に

つ い て調 べ て見 る と 、 大 体 ﹃名 義 抄 ﹄ に 見 え る 二 種 の 型 と 規 則 的 な 対 応 関 係 を も って いる よ う で あ る 。 然 ら ば 、

当 時 の五 拍 動 詞 も 二 種 の型 即 ち 上 にあ げ た 第 一の上 上 上 上 平 型 か、 第 二 の平 平 平 上 平 型 か 、 いず れ か に属 し て い

た と 考 え て よ い と 思 う 。 然 ら ば 、 問 題 の ﹁とゝ こ ほ る ﹂ も 、 ︽第 一 ・第 二 いず れ の 型 に属 し て いた か ︾ と 言 う こ

と は 、 現 在 口 頭 で 多く 用 いな い語 ゆえ 、 決 定 困 難 で あ る が ︽第 一 ・第 二 の いず れ か の 型 に 属 し て いた ろう ︾ と 考

え る こと は 差 支 え な い と 思 う 。 然 ら ば 、 第 一 ・第 二 いず れ の型 に 属 し て いた に せ よ 、 ﹁留 ﹂ で 表 記 さ れ て いる ﹁る ﹂ の拍 は 、 当 時 平 声 調 で あ った と 推 定 さ れ る こと にな る 。

﹁爛﹂ 字 の条 ( 仏下末 巻 二 一オ) に (上 上 上 ) と 表 記 さ れ て いる 。 即ち 、 ﹁る ﹂ に 対 し て 上 声 の点 が 差 さ れ て い る 。

  か く て最 後 に ﹁多々 留 ﹂ と 言 う 一語 が残 った 。 こ の語 は 実 は ﹃名 義 抄 ﹄ に声 点 を 差 し た 例 が 一箇 あ り 、 即 ち 、

そう す る と 、 ﹁留 ﹂ 字 で表 記 さ れ た 拍 の中 で、 こ の語 の最 後 の拍 のみ は 上 声 調 に発 音 さ れ た も ので あ ろ う か 。

  然 し 、 今 、 ﹃名 義 抄 ﹄ に お け る こ の 語 の表 記 に は 疑 を 挿 む 余 地 が あ る の であ る 。 先 ず 、 ﹁爛れ る ﹂ は 現 在 諸 方 言

で 日 常 親 し く 用 い て いる 語 ゆ え 、 こ の音 義 成 立 時 代 の ア ク セ ント を 考 え る に 当 り 、 現 在 諸 方 言 の ア ク セ ント に 対

秋田 

広島  

高松

  高知

 長崎 

京都

し て 十 分 注 意 を 払 わ な け れ ば な ら な いが 、 そ の ア ク セ ント は次 のよ う で、 諸 方 言 に お い て ﹁産 れ る ﹂ ﹁較 べ る ﹂

松本 

そ れ か ら 此 処 に は 掲 げ な か った が ﹁ 与 へる ﹂ ﹁震 へる ﹂ 等 の語 と 同 じ 型 に 属 し て いる 。  東 京 

爛 れ る   タ ダ レ ル  タ ダ レ ル  タ ダ レ ル  タ ダ レ ル  タ ダ レ ル  タ ダ レ ル  タ ダ レ ル  タ ダ レ ル

産 れ る   ウ マ レ ル  ウ マ レ ル  ウ マレ ル  ウ マレ ル  ウ マ レ ル  ウ マ レ ル  ゥ マ レ ル  ウ マ レ ル

較 べ る  ク ラ ベ ル  ク ラ ベ ル  ク ラ ベ ル   ク ラ ベ ル   ク ラ ベ ル  ク ラ ベ ル  ク ラ ベ ル  ク ラ ベ ル

  と ころ が ﹁爛れ る ﹂ と 同 類 の 語 の中 、 ﹁産 れ る ﹂ ﹁較 べ る﹂ 及 び ﹁与 へる ﹂ は ﹃ 名 義 抄 ﹄ の中 に声 点 を 差 し た 例

が 見 え る が 、 そ れ ら は 総 て上 上 平 型 に 表 記 さ れ て い る。 又 、 ﹁震 へる ﹂ は こ の音 義 に声 点 を 差 し た 例 が 見 え 、 其

処 に は 第 三 節 に 掲 げ た よ う に、 上 上 平 型 に 表 記 さ れ て い る。 し か し て (上 上 上 ) と いう 型 に 表 記 さ れ て いる 語 は 、

﹃名 義 抄 ﹄ 全 巻 を 通 じ て ﹁爛る ﹂ 以 外 に は な いと 言 って よ い状 態 で、 平 安 末 期 に は 上 上 平 型 の動 詞 の外 に 上 上 上 型 と いう よ う な ア ク セ ント を も つ動 詞 は 存 在 し な か った と 考 え ら れ る 。

  以 上 の よ う に考 え る な ら ば 、 ﹁爛る﹂ を 現在 の ﹃名 義 抄﹄ の写 本 で (上 上 上 ) と 表 記 し て いる こと に つ い て は、

誤 写 の疑 が濃 厚 に成 って 来 る の で あ って 、 こ の語 は 実 は (上 上 平 ) と 表 記 さ れ る べき 語 で あ った ろ う と 推 測 さ れ

て 来 る 。 若 し こ の推 測 が 正 し いも のと す れ ば 、 ﹁多々 留 ﹂ の ﹁留 ﹂ の拍 も 他 の ﹁留 ﹂ で 表 記 さ れ た 拍 と 同 様 に 平

声 調 の拍 であ った ろう と 推 測 さ れ た こと と 成 る 。 因 み に ﹃ 名 義 抄 ﹄ 十 巻 の中 で、 こ の ﹁タヾ ル﹂ の 訓 の載 って い

る 仏 下 末 巻 の声 点 に は 、 先 に も ﹁ハシ ル﹂ の例 が あ った が 、 他 の巻 々 の声 点 に 比 較 し て 誤 写 ら し いも の が 際 立 っ て 多 く 見 受 け ら れ る よ う であ る 。

  と ま れ 、 こ の音 義 で ﹁留 ﹂ の 字 を 宛 て た ﹁る﹂ の拍 は 、 総 て 平 声 調 の拍 であ った と 見 て よ い か と 思 わ れ る が 、 以 上 本 節 に考 察 し 得 た 所 を 総 括す れ ば 、 次 のよ う で あ る 。

合 にも 平 声 調 の拍 を 表 記 し て い る と 推 定 さ れ る ︾

  ︽こ の 音 義 にお い ては 、 ﹁流 ﹂ 字 は 声 点 のな い場 合 に も 上 声 調 の拍 を 表 記 し て お り 、 ﹁留 ﹂ 字 は 声 点 のな い場

 九

  前 々節 及 び前 節 に お い て、 我 々は ︽こ の音 義 の著 者 は和 訓 を 記 す 場 合 、 ﹁か ﹂ ﹁る ﹂ 二 つ の拍 に 関 し て は、 声 点

を 差 さ な か った 場 合 に も 、 声 点 を 差 し た 場 合 と 同 様 に、 そ の語 の ア ク セ ント を 考 え て、 そ れ に基 く 仮 名 の使 い分

け を 試 み 、 上 声 調 の拍 に 対 し ては ﹁ 加﹂﹁ 流 ﹂ の字 を 用 い、 平 声 調 の拍 に 対 し て は ﹁可 ﹂ ﹁留 ﹂ の字 を 用 いた ︾ と

言 う こ と を 推 定 し た 。 此 処 に 詳 述 す る こと は 避 け る が、 ﹁は ﹂ ﹁ふ ﹂ の 二拍 に 関 し て も 、 ﹁か ﹂ ﹁る ﹂ の拍 に つ いて

と 全 く 同 様 な 事 実 が 観 察 さ れ る の で あ って 、 先 に ﹁い ろ は 歌 ﹂ に お い て上 声 点 の差 さ れ て いた ﹁波 ﹂ ﹁不 ﹂ 二字

は、 声 点 の註 記 のな い和 訓 に お いて も 上 声 調 の拍 の表 記 に 用 いら れ 、 先 に ﹁い ろ は 歌 ﹂ に お い て平 声 点 が 差 さ れ

て いた ﹁八 ﹂ ﹁布 ﹂ 二 字 は 、 声 点 の註 記 のな い和 訓 に お いて も 平 声 調 の 拍 の 表 記 に 用 いら れ て いる、 と 断 定 出 来 る。

  尤 も 、 ﹁む ﹂ と か ﹁す ﹂ と か のよ う に 、 先 に声 点 のあ る 例 に お いて 声 点 の位 置 に 拘 ら ず 常 に 一種 の仮 名 の み が

用 いら れ た 拍 に お い て は 、 声 点 のな い例 に お い ても 現 在 の本 で は 一方 の 仮 名 の みを 用 い て い て、 ア ク セ ント に よ

る使 い分 け は 行 わ れ て いな い と断 ぜ ざ るを 得 な いが、 一般 に ﹁か ﹂ ﹁る ﹂ ﹁は ﹂ ﹁ふ ﹂ の他 、 ﹁い﹂ ﹁た ﹂ ﹁こ﹂ ﹁ひ﹂

﹁ま ﹂ ﹁け ﹂ ﹁や ﹂ ﹁り ﹂ ﹁つ﹂ 等 、苟 く も 二 種 の 万 葉 仮 名 を 用 いて い る 拍 にあ って は 、 高 く 発 音 さ れ る 拍 に 対 し て

は、 ﹁いろ は 歌 ﹂ で 上 声 の点 が 差 し てあ った ﹁伊 ﹂ ﹁多 ﹂ ﹁古 ﹂ ⋮ ⋮ の文 字 を 用 い、 低 く 発 音 さ れ る 拍 に 対 し ては 、

同 じ く ﹁いろ は 歌 ﹂ で 平 声 の点 が 差 し てあ った ﹁以﹂ ﹁太 ﹂ ﹁己 ﹂ ⋮ ⋮ の文 字 を 用 い て いる と いう こ と は 、 見 遁 し

得 な い事 実 と 考 え ら れ る 。 た だ し 、 ﹁し ﹂ だ け は ﹁之 ﹂ を 上 声 と 形 容 詞 の 語尾 に使 って いる 。 ﹁志 ﹂ を 低 い音 に 使

来 る こと と な る 。

う 予 定 だ った ろ う 。 こ れ を 要 す れ ば 、 こ の音 義 の 万 葉 仮 名 の使 い方 に 関 し て次 のよ う な こ と を 言 明す る こ と が 出

  ︽金 光 明 最 勝 王 経 音 義 の和 訓 にお け る 万 葉 仮 名 は 語 の ア ク セ ント に よ って使 い分 け ら れ て いる ︾

  な お 、 小 さ い こと であ る が 、 ﹁ま ﹂ の拍 に 対 し て、 こ の音 義 の ﹁い ろ は歌 ﹂ の中 で は 、 ﹁万 ﹂ 字 を 上 声 の文 字 、

﹁末 ﹂ 字 を 平 声 の文 字 と し て 用 いる よ う に規 定 し て いる が 、 本 文 の中 で は、 逆 に、 ﹁万 ﹂ 字 を 平 声 の文 字 と し て 用 い、 ﹁ 末 ﹂ 字 を 上 声 の文 字 と し て 用 いて いる よ う であ る 。

 十

  以 上 、 私 は ﹃金 光 明最 勝 王 経 音 義 ﹄ を 例 に と って、 そ こ に見 ら れ る 万 葉 仮 名 に は ア ク セ ント に よ る 仮 名 の使 い

分 け が 行 わ れ て いる も の が あ る こ と を 実 証 し 得 た と 思 う 。 そ う し て こ の事 実 か ら 更 に 次 のよ う な 推 測 を 試 み て よ いと 思 う 。 即 ち 、

  ︽こ の音 義 に ア ク セ ント によ る 仮 名 の使 い分 け が 見 え る か ら に は 、 他 に も や は り ア ク セ ント によ る 仮 名 の使 い分 け が 行 わ れ て いる 文 献 は な いだ ろう か ︾

  私 は 、 実 は、 こ の音 義 以 外 に は こ のよ う な 性 質 を も った 文 献 を 見 出 だ し て いな い、 と 言 わ ざ る を 得 な い。 た っ

た 一つ の文 献 の例 を 以 て、 ︽古 代 の文 献 の中 に ア ク セ ント に よ る 仮 名 遣 が 行 わ れ て いた も の が あ る︾ と 断 ず る こ

と は 、 専 断 で あ る 、 と言 わ れ る か も 知 れ な い、 が ﹁然 し ﹂ であ る 。 然 し 、 岡 井 慎 吾 博 士 は 、 ﹃日本 漢 字 学 史 ﹄ ( 三

三頁) に お い て、 愛 媛 県 の 旧名 ﹁イ ヨ﹂ を 漢 字 で書 く 場 合 普 通 に は ﹁伊 豫 ﹂ と いう 文 字 を 当 て る に 対 し 、 ﹁イ ヨ

温 泉 碑 文 ﹂ で は ﹁夷餘 ﹂ と いう 文 字 を 当 て て いる 事 実 に注 意 さ れ 、 ﹁イ ﹂ ﹁ヨ﹂ 共 に ど ん な 漢 字 を 当 て よ う と 自 由

であ る に も 拘 ら ず 、 ﹁伊 ﹂ ﹁夷 ﹂ が 共 に 漢 音 で 平 声 の文 字 であ り 、 ﹁豫 ﹂ ﹁餘﹂ が とも に漢 音 で 上 声 の文 字 であ る こ

と を 指 摘 さ れ て 、 い みじ く も ︽偶 然 であ ろう か ︾ と 言う 疑 を 提 出 し て お ら れ る 。 然 り 。 若 し 偶 然 でな いと す る な

ら ば 。 此 処 にも ま た ア ク セ ント に よ る 万 葉 仮 名 の使 い分 け の例 が 見 出 だ さ れ た こと と 成 るわ け であ る 。

  彼 の ﹃古 事 記 ﹄ の中 の 万 葉 仮 名 で 書 か れ た 部 分 に は ﹁阿夜 上訶 志 古 泥 神 ﹂ のよ う に 、 ﹁上 ﹂ 又 は ﹁去 ﹂ と いう

文 字 を 註 記 し た 例 が 散 見 す る が、 そ の意 図 を 想 像 す る の に、 ︽ア ヤ カ シ コネ の ヤ は 、 元来 上 声 の文 字 で表 記 さ る

べき 拍 であ る が 、 適 当 な 文 字 がな い の で、 上 声 でな い ﹁夜 ﹂ と いう 文 字 を 借 り 用 いる ︾ と いう よ う な 意 であ ろう

と 考 え ら れ る。 然 り と す れ ば 、 こ の ﹃古 事 記 ﹄ の著 者 に も ア ク セ ント に よ って 万 葉 仮 名 を 使 い分 け た いと いう 意 向 が あ った と 見 て よ いの で は な か ろ う か。

  降 って 、 歌 僧 釈 顕 昭 は そ の 著

﹃ 袖 中 抄 ﹄ 巻 三 の ﹁さ ほ ひ め ﹂ の 条 で 、 ﹁さ ほ ひ め ﹂ の ア ク セ ン ト を 問 題 に し て 、

(即 ち ア ク セ ン ト ) に よ る 仮 名 遣 で あ る ︾ と の 言 い 伝 え が 流 布 さ れ た よ う な

︽﹁さ を ﹂ と 上 声 に 詠 む べ き か 、 ﹁さ ほ ﹂ と 平 声 に 詠 む べ き か ︾ 云 々 と 言 っ て い る 。 又 、 中 世 大 い に 栄 え た 例 の 定 家 仮 名 遣 に 対 し て は 、 一時 、 ︽四 声

こ と も あ る 。 こ の よ う に 考 え て 来 る と ︽ア ク セ ン ト に よ る 万 葉 仮 名 の 仮 名 遣 が こ の 音 義 以 外 に も 行 わ れ て い た の では な いか ︾ と 考 え る こと は 決 し て無 稽 な こと では な いと考 え る の であ る。

﹃音 図 及 手 習 詞 歌 考 ﹄ ( 六 一頁 ) を繙

  後 記   ﹃金 光 明 最 勝 王 経 音 義 ﹄ の万 葉 仮 名 に こ のよ う な 使 い 分 け が 行 わ れ て い る こ と に つ い て は 、 昭 和 十 二 年 七 月 、 東

い て 見 る と 、 大 矢 透 博 士 が 既 に こ の 事 実 に気 附 い て お ら れ た こ と が 分 った の で 、 私 自 身 活 字 に す る こ と を 見 合 わ

大 国 語 研 究 室 で 行 わ れ た 研 究 会 で 発 表 し た こ と が あ った 。 と こ ろ が、 そ の後

せ て いた も の で あ る 。 然 る に そ の 後 、 こ の 音 義 に 関 し て 論 述 せ ら れ た 諸 家 の 論 文 は 、 いず れ も こ の 点 に 関 す る 記

述 を 欠 い て お り 、 大 矢 博 士 の 記 述 と いう の も 、 ﹁こ の音 義 の 伊 呂 波 歌 に お い て 毎 字 平 上 の 点 を 施 せ る も の は 、 此 の

音 義 に 用 ゐ た る 仮 名 に は 皆 平 上 の 別 に よ り て 訓 を 施 せ る こ と を 示 せ る な り ﹂ と いう 二 三 行 に 過 ぎ な い の で 、 私 自

身 、 古 代 の ア ク セ ン ト 資 料 と し て本 書 を 援 用 す る 場 合 の こと を 考 え 、 こ の 度 原 稿 に ま と め て 見 た の であ る 。

﹁金 光 明 最 勝 王 経 音 義 ﹂ に就 い て ﹂ (﹃ 国 語 国 文﹄ 一〇 ノ 一 一所 載 )。

乙 二 類 の 別 の 残 存 と 見 る 方 が 適 当 で は あ り ま せ ん か 、 と の御 注 意 を 受 け た 。

  な お 、 こ の原 稿 作 成 後 、 大 野 晋 氏 よ り 、 こ の音 義 の 仮 名 遣 の 中 で ﹁こ ﹂ の仮 名 遣 だ け は 、 橋 本 先 生 の例 の コ の 甲

 ( 注1 )  平 井 秀 文 ﹁承 暦 本

に出 て いた こ と を 示 し 、 そ の 下 の巻 幾 つと いう 記 載 は 、 そ の 漢 字 の載 って い る ﹃金 光 明 最 勝 王 経 ﹄ の巻 数 を 示 す 。

 ( 注 2)   こ の原 稿 に お け る こ のよ う な 表 に お い て は 、 万 葉 仮 名 の 下 の ﹁   ﹂ で 包 ん だ 漢 字 は 、 そ の和 訓 が そ の漢 字 の 条

 ( 注 3)   原 本 に は 万 葉 仮 名 の 肩 又 は 裾 に 星 点 が差 さ れ て あ る が 、 印 刷 の都 合 で こ のよ う な 表 記 法 を 取 った 。 こ の表 記 で、

(上 ) と あ る の は 、 原 本 で仮 名 の左 肩 にあ る 星 点 を 意味 し 、 (平 ) は 原 本 で 仮 名 の左 裾 に あ る 星 点 を 意 味 す る 。 例 え

ば○ 加 阿 (上 上 ) は 加 阿 の よ う な 体 裁 で ﹁ 蚊 ﹂ 字 の 訓 と し て 見 え て いる も の、○ 佐 八 可 之 (平 平 平 上 ) は 佐 八 可 之

﹁類 聚 名 義 抄 和 訓 に 施 さ れ た る 声 符 に 就 て ﹂ ( ﹃ 国 語 学 論集 ﹄ 所 収 ) 参 照 。 

のよ う な 体 裁 で ﹁鬧﹂字 の 訓 と し て 見 え て いる 。  ( 注 4 )・( 注 5)   金 田一 春 彦

った も の で あ る 。 又 文 字 の 横 に○ を つ け た も の は 星 点 の 代 り に 圏 点 が差 さ れ て い た も の で あ る 。 ﹁和 ﹂ ﹁符 ﹂ 二 字 に

( 注 6 )  此 処 で も 星 点 の代 り に (上 ) (平 ) の 文 字 で そ の位 置 を 示 し た 。 原 本 で は 例 へば 以 伊   呂 路   波 八 ⋮ の 如 く あ

は 点 の註 記 が な か った 。 

( 注 7)   但 し 総 て が 総 て 呉 音 の 四 声 に合 って い る わ け で は な い。 そ れ ら は 呉 音 か ら 転 じ た 和 音 の 四 声 に よ った も の か と

﹁ア ク セ ント と 方 言 ﹂ ( ﹃国 語科 学 講 座﹄ 中 の一 部 ) そ の 他 。 

思う 。 ﹁ 津 ﹂ ﹁女 ﹂ な ど は 和 訓 の ア ク セ ント に よ った も の で あ ろ う 。  ( 注 8)   服部 四郎

( 注 9 ) ﹁国 語 ア ク セ ント の 史 的 研 究 ﹂。 

﹁ 類 聚 名 義 抄 の ア ク セ ン ト と 諸 方 言 ア ク セ ント と の 対 応 関 係 ﹂ (﹃日本 語 の ア ク セ ント﹄ 所 収 ) に よ る 。 

( 注9 )  金 田 一春 彦 ﹁国 語 ア ク セ ント の史 的 研 究 ﹂ ( ﹃ 国 語 ア ク セ ント の話 ﹄ 所 収)。  ( 注10 )   大原 孝道 ( 注1 1)   金 田 一前 掲

( 注1 2 )  声 点 の差 さ れ た 語 例 は ﹃名 義 抄 ﹄ に比 べ れ ば 比 較 に な ら ぬ ほ ど 少 いが 、 声 点 の位 置 の 正 確 さ か ら 言 った ら 、 断 然、 ﹃ 名義 抄 ﹄ の上 にあ ると見 られ る。

 ア ク セ ント に よ る 仮 名 遣 の例 は 、 こ の 私 の 報 告 と 大 野 晋 氏 の定 家 仮 名 遣 の発 表 以 後 久 し く 報 告 が な か った が 、 昭 和

  ︹ 補 記︺

五 十 二 年 ・五 十 八 年 に 至 り 、 森 博 達 氏 ・高 山 倫 明 氏 が ﹃日 本 書 紀 ﹄ の岩 崎 家 本 の 中 に こ の 趣 旨 の 万 葉 仮 名 の書 き 分

け を 見 付 け て 、 ア ク セ ント 史 の研 究 の 範 囲 を 奈 良 時 代 に ま で 延 長 し た の は す ば ら し か った 。

平 声 軽 の声 点 に つ い て

  一

  本 誌 (﹃ 国 語学 ﹄) の 二九 輯 、 そ れ か ら 今 度 の三 九 輯 ・四〇 輯 に の った 、 小 松 英 雄 氏 の平 声 軽 を め ぐ る 論 考 は 、

す ば ら し い発 表 で あ る。( 注1)そ れ は 、 今 ま で私 ど も が 粗 略 に見 逃 が し て いた 盲 点 に 照 明 を あ て た も の で、 こ れ

によ り、 平 安 朝 末 期 の 日本 語 の ア ク セ ント 体 系 が 、 これ ま で考 え ら れ て いたも のと はぐ っと 変 わ り 、 き わ め て華

麗 ・複 雑 な も の であ る こと が 明 ら か に な った 。 そ の ア ク セ ント 体 系 の全 容 はま だ す っか り は あ ら わ にな って いな

い が、 今 後 研 究 の進 む に つれ て、 そ れ が 今 か ぶ って い る ヴ ェー ル は 漸 次 取 払 わ れ て いく であ ろう 。 楽 し み な こと であ る。

 二

  小 松 氏 の研 究 は、 図 書 寮 本 ﹃類 聚 名 義 抄 ﹄ に 平 声 軽 の点 の存 在 を つき と め た こと に は じ ま り、 そ れ が ﹃金 光 明

最 勝 王経 音 義 ﹄ にも 発 見 さ れ た こと に よ ってさ ら に 進 展 し た 。 私 た ち は 、 当 時 の 日本 語 に下 降 調 の拍 があ る こと

には 気 付 い て いた が 、 そ の声 点 は 低 平 調 の拍 と 全 く 同 じ に 左 裾 の位 置 に差 さ れ て いるも のと ば か り き め こ ん で い

た 。( 注2)ス コー シ 上 ニズ レ テ サ サ レ テ イ タ ト ワ ツイ 気 ガ 付 カ ナ カ ッタ。 そ のた め に、 小 松 氏 の 列 挙 さ れ た よ う

な 、 あ ん な に多 く の語 彙 に 下 降 調 の拍 が 隠 れ て いよ う と は 、 全 く 青 天 の ヘキ レキ だ った 。 小 松 氏 は 、 こ の種 の声

点 に つ いて は 、 私 ど も 先 に や った も のに 傷 が つか ぬ よ う に と の配 慮 か ら 、 極 力 限 ら れ た 一部 の文 献 だ け に 見 ら れ

る も の だ と 言 お う と し て お ら れ る 。 し か し 、 実 際 は 、 ︿平 安 朝 に 成 立 し た 声 点 を 記載 し た 文 献 の大 部 分 に こ の 種

の声 点 が 行 き 亙 って いる ﹀ と いう の が真 相 で は な い のだ ろ う か 。 少 く と も ﹁平 声 軽 が 施 さ れ た 痕 跡 ﹂ と 限 定 し て

いう な ら ば 、 そ う いう 痕 跡 の 認 め ら れ る文 献 は 、 相 当 の数 に昇 る よ う に 思 わ れ る 。

  例 え ば ﹃日本 書 紀 ﹄ の古 写 本 は、 今 ま で 声 点 の位 置 が特 異 の 文 献 と し て注 意 さ れ て いた 。( 注3)し か し 、 こ れ

は 、 そ の原 型 と し て は 平 声 軽 を も って いた 。 そ れ を 転 写 者 が 私 のよ う な 大 ざ っぱ な 人 間 であ った た め に 、 普 通 の

平 声 の位 置 に 写 し ち が え てし ま った 。 そ の結 果 、 現 在 見 る よう な 体 裁 に な った 、 と 考 え る のが い い ので は な いか 。

ツカ ハス ラ シ キ (上 上 上 平 平 平〓 ) ( 遣 はす らし き) ︹岩崎家 本 ﹃ 推 古紀 ﹄ の ﹁真 蘇 我よ ⋮⋮﹂ の歌 ︺

今 、 小 松 氏 の発 見 に導 か れ て、 書 紀 古 写本 の声 点 を 見 直 し て み る と 、 次 のよ う な 例 を 拾 う こ と が で き る 。   (1 )

  (2)  イ ヒ ニヱ テ (上 上 上〓 上 ) ( 飯 に飢 て) ︹同じ本 の ﹁ し な てる片 岡 に⋮ ⋮﹂ の歌 ︺   (3 )  キ ミ ハヤ ナ キ (上 上 上 上 平〓 ) (君は や無 き) ︹同 じ本 の同 じ歌︺

  (4)   タ ゲ テト ホ ラ セ (平 上 上 平 平 平〓 ) ( 喫 げ て通ら せ) ︹岩崎 家本 ﹃ 皇 極紀 ﹄ の ﹁岩 の上 に⋮⋮ ﹂ の歌 ︺

  (5)   ワ ガ テ ヲト ラ メ (平 上 平 上 平 平〓 ) ( 我 が手を 執 らめ ) ︹ 同 じ本 の ﹁む か つを に⋮⋮ ﹂ の歌 ︺

  (6)   ソ ノ フネ ト ラ セ (上 上 平 上 平 平〓 ) ( そ の船 取ら せ) ︹ 前 田家 本 ﹃ 仁 徳紀 ﹄ の ﹁ な にはび と⋮ ⋮﹂ の歌︺

 ) (7   ナ ミ ダ グ マシ モ (平 平 平 平 平 平〓 ) ( 涙ぐ ま しも) ︹ 同 じ本 の ﹁山城 の筒 城 の宮 に⋮ ⋮﹂ の歌︺

  (8)  キ イ リ マヰ ク レ (去 上 平 平 上 平〓 ) ( 来 入 り参 来 れ) ︹ 同 じ本 の ﹁つぎ ね ふ山 城女 の⋮ ⋮さ わさ わ に 汝 が言 へせ こそ ⋮⋮﹂ の歌 ︺

  これ ら は 小 松 氏 の 発 表 に照 ら し て、 いず れ も 最 後 の拍 は 平 声 軽 の点 を も って いて 適 当 な 語彙 であ る 。( 注4)

  観 智 院 本 ﹃類 聚 名 義 抄 ﹄ のご と き も 、 現 存 の本 に お け る 形 容 詞 の 語 尾 に 施 さ れ た 声 点 に 見 ら れ る 不 統 一ぶ り

や 、( 注5)仏 上 末 巻 あ た り を 中 心 と し て 見 ら れ る 平 声 で は じ ま る 動 詞 の 表 記 に 見 ら れ る 変 異 ( 注6)は 、 そ の原 本

に お け る 平 声 軽 の点 の存 在 を 示唆 す る 有 力 な 徴 証 の よ う に 思 わ れ る 。 ﹃色 葉 字 類 抄 ﹄ の原 本 に 平 声 軽 の点 が あ っ

た ら し い こと は 桜 井 茂 治 君 に よ り 指 摘 さ れ た 。( 注7)高山 寺 本 ﹃ 和 名 抄 ﹄ や ﹃世 尊 寺 字 鏡 ﹄ な ど も 、 今 の写 本 の

声 点 に こ そ 平 声 軽 の点 は は っき り 見 当 た ら な い が、 以 前 の 本 に は 、 あ った の で はな い だ ろ う か 。 ﹃和 名 抄 ﹄ の マ

ド ( 注8)と いう 和 訓 の点 、 ﹃ 字 鏡 ﹄ の サ ガ シ(注9)と いう 和 訓 の点 な ど ど う も そ う ら し く 思 わ れ る 。

 三

  小 松 氏 の発 表 は 、 平 安 末 に お け る 予 想 外 に 多 く の和 語 に お いて 下 降 調 の拍 が 見 ら れ る こと を 教 え てく れ た 。 こ

の下 降 調 の拍 を も った 語 彙 の数 は 、 今 後 の研 究 によ って も っと も っと 増 加 す る であ ろ う 。

  動 詞 や 形 容 詞 の語 尾 に そ う いう 拍 が 存 在 し た こと は、 小 松 氏 に よ って 明 ら か にさ れ た が、 一拍 の助 詞 の類 にも

当 時 下降 調 だ った ろ う と 推 定 さ れ るも の が か な り あ る よ う だ 。 ﹃日 本 書 紀 ﹄ の古 写 本 の声 点 を あ た って み る と 、

次 の よう な 例 が 見 出 だ さ れ る 。 これ で み る と 、 今 の京 都 ・大 阪 語 で 低 く 発 音 さ れ る助 詞 と いう の が多 く そ う いう 語 調 を も って いた の で はな いだ ろ う か 。

 ( 1)  カ ク シ モ ガ モ (上 平 平〓 平〓 ) ( 斯く しも がも ) ︹岩崎 家本 ﹃ 推 古紀 ﹄ の ﹁やす みし 我 が大 君 の⋮⋮﹂ の歌 ︺   (2)   マ ソガ ヨ (上 上 上〓 ) ( 真蘇 我よ ) ︹同じ 本 の ﹁真 蘇 我よ ⋮⋮﹂ の歌 ︺

  (3 )  カ ミ ト モ カ ミ ト (平 平 平〓 平 平 □ ) ( 神 とも 神と ) ︹岩崎 家本 ﹃ 皇 極紀 ﹄ の ﹁ う づま さ は⋮ ⋮﹂ の歌 ︺

  (4)   コト ゾ キ コ ユ ル (平 平〓 上 上 上 上 ) ( 言 ぞ聞 ゆ る) ︹同じ本 の ﹁はるば ると ⋮ ⋮﹂ の歌 ︺

  (5)   ヒ ト ゾ ト ヨ モ ス (上 平〓 平 平 平 上 ) ( 人 ぞ響 もす ) ︹同じ本 の ﹁を ち かた の⋮ ⋮﹂ の歌 ︺

  (6)   オ モ テ モ シ ラ ズ イ ヘモ シ ラ ズ モ (平 平 平〓 上 上 平 平 平〓 上 上 平〓 ) ( 面 も 知 らず 家 も 知 ら ず も) ︹ 同じ本 の ﹁ を ば やし に⋮ ⋮﹂ の歌 ︺

  (7)   ハヤ ケ ム ヒ ト シ (平 平 上 平 上 平〓 ) ( 速 けむ 人 し) ︹前 田家 本 ﹃仁 徳紀 ﹄ の ﹁ち はや び と⋮ ⋮さ を と り に⋮ ⋮﹂ の歌︺

  (8) タ レカ コノ コト ⋮ ⋮ (上 上〓 上 上 平 平 ) (誰か こ のこと ⋮ ⋮) ︹ 前 田家 本 ﹃ 雄 略紀 ﹄ の ﹁やま と の⋮⋮﹂ の歌 ︺

  こ の よ う な こと が 確 か め ら れ て く る と 、 こ の方 面 の研 究 の先 覚 者 と し て、 二 人 の学 者 の名 を あ げ な け れ ば な ら

な い。 一人 は 、 ﹁原 始 日本 語 の ア ク セ ント ﹂ を 書 か れ た 服 部 四 郎 博 士 であ る 。 博 士 は 、 観 智 院 本 ﹃名 義 抄 ﹄ の乱

れ た 声 点 を 通 し て 、 原 本 に は 平 声 軽 の点 があ った 可 能 性 を ち ゃん と 見 通 し て お ら れ る。( 注1) 0そ れ か ら ま た 、 ﹃名

義 抄 ﹄ 時 代 に ﹁も ﹂ と いう 助 詞 は 、 下 降 型 の ア ク セ ント を も って いた か も し れ な いと いう こ とも 見 事 に予 言 し て お ら れ る 。( 注11) こ の 眼 識 には 今 さ ら 恐 れ 入 る ば か り で あ る 。

  も う 一人 は 、 本 誌 の 二 七輯 に ﹁名 義 抄 時 代 の京 都 方 言 に 於 け る 云 々﹂ と いう 論 文 を 書 いた 南 不 二男 君 だ 。 同 君

は 、 ﹃名 義 抄 ﹄ の ア ク セ ント と 現 在 の高 知方 言 の ア ク セ ント と の 対応 関 係 を 考 察 す る こ と に よ り 、 当 時 の動 詞 の

活 用 形 のう ち 、 次 のも の は そ の最 終 音 節 が 下降 調 であ った こと を 推 定 し た。( 注12︶

  第 二 類 二拍 四段 活 用 動 詞 の連 用 形 、( 注13)終 止 形 、 命 令 形 。 あ る いは已 然 形も 。( 注14)例 、 ﹁書 き﹂ ﹁書 く ﹂ ﹁書 け ﹂。

こ れ は さ ら に 、 次 の動 詞 の活 用 形 の最 終 拍 も 下 降 調 で あ った ので は な いか と いう 推定 を 導 く も の であ る 。 第 二 類 二拍 一段 活 用動 詞 の終 止 形 、 已 然 形 。 例 、 ﹁見 る﹂ ﹁見 れ ﹂。 第 二 類 二拍 二 段 活 用動 詞 の連 用 形 、 終 止 形 。 例 、 ﹁晴 れ ﹂ ﹁晴 る ﹂。

第 二 類 三 拍 四 段 活 用動 詞 の連 用 形 、 終 止 形 、 已 然 形 、 命 令 形 。 例 、 ﹁動 き ﹂ ﹁動 く ﹂ ﹁ 動 け ﹂。 第 二 類 三 拍 二 段 活 用動 詞 の連 用 形 、 終 止 形 。 例 、 ﹁流 れ ﹂ ﹁流 る ﹂。

  小 松 氏 の今 度 の研 究 は、 右 のよ う な 南 君 の 推 定 が当 って いた こ と を 逐 次 証 明 し て ゆ く よ う で 、 同 君 の着 想 も ま た 凡 俗 で はな か った 。

 四

  と ころ で、 小 松 氏 が 平 声 軽 の問 題 を 取 扱 う 上 に 苦 心 し てお ら れ る の は 、 一方 で 平 声 軽 に表 記 さ れ て いる 同 じ 種

類 の拍 が 、 他 方 で 上 声 に 注 記 さ れ て いる 事 実 で あ る 。 そ し て こ れ は 、 我 々先 に歩 いた 者 が 平声 軽 の存 在 を 見 逃 が

し た原 因 の 一つで も あ った 。 こ の事 実 は 、 小 松 氏 の説 か れ る よう に 、 院 政 時 代 ご ろ に 、 そ れ ま で下 降 調 に 発 音 さ

れ て いた 拍 が ど ん ど ん 高 平 調 に発 音 さ れ る よう にな った 、 そ の情 況 を 伝 え る も の に 相 違 な い。 そ う だ と す ると 、

一つ前 の平 安 朝 中 期 に はも っと 下降 調 の拍 が 多 か った のか も し れ な い。 南 君 は 、 前 節 にあ げ た 論 文 の中 で、 次 の

よ う な 語 彙 の最 後 の拍 が 、 これ ま た 下 降 調 にも 発 音 さ れ た 可 能 性 が あ る こ と に つ いて 触 れ て いる 。( 注15)  第 一類 二拍 四 段 活 用動 詞 の連 用 形 、 終 止 形 、 已 然 形 、 命 令 形 。

  こ れ ら は 、 文 献 の上 か ら は ま だ 実 証 でき な いよ う で あ る 。 図書 寮 本 ﹃名 義 抄 ﹄ で も 、 観 智 院 本 ﹃ 名義 抄﹄ でも、

こ れ ら の拍 に は ふ つう の 平 声 の点 が差 さ れ て いる 。( 注16) し か し 、 平 安 朝 中 期 の資 料 が 見 つか れ ば 、 あ る いは 平 声 軽 の符 号 が つけ ら れ て いる かも し れ な い。

い や 、 し か し 、 今 の ﹃名 義 抄 ﹄

  思 え ば 、 ﹃名 義 抄 ﹄ のよ う な 文 献 が 、 も う 少 し 早 く 、 平 安 中 期 に出 来 た ら よ か った 。 そ う し た ら 、 下 降 調 は も っと 安 定 し て お り 、 常 に 同 じ 形 で 表 記 さ れ て い た か も し れ な い 。 そ う し た ら ︱

で も ず い ぶ ん あ り がた い。 も し 、 これ が、 下降 調 が完 全 に霞 ん で し ま った 鎌 倉 時 代 に 入 って は じ め て 出 来 た と す

る と 、 そ こ に は 平 声 軽 の注 記 はな か った ろう し 、 そう いう 場 合 、 私 な ど は 、 院 政 時 代 に お け る 下 降 調 の存 在 、 少

く と も 形 容 詞 の語 尾 な ど に お け る 下 降 調 の存 在 な ど に は 、 恐 ら く 気 付 か な い でし ま った で あ ろ う と 思 わ れ る。

  私 は 、 以 前 に 、 東 西 両 ア ク セ ント のち が い の成 因 に つい て の考 察 を 試 み た 時 に 、 院 政 時 代 か ら 鎌倉 時 代 に移 る

こ ろ に 、 それ ま であ った 上 昇 調 の拍 が 高 平 調 に 変 化 し た こと を 解 釈 し て 、 拍 の短 縮 が 行 わ れ た の だ ろ う と 想 定 し

た 。( 注17)今 に し て 思 う と 、 こ の拍 短 縮 と いう 変 化 は 、 当 時 の 日 本 語 のも っと も っと 多 く の拍 の上 に起 こ った も の で 、 下 降 調 の高 平 調 化 と いう こ と も 、 こ れ と 同 じ 線 に そ った 変 化 と 見 ら れ る。

  思 う に、 院 政 時 代 の 一時 代 前 、 す な わ ち 平 安 初 期 ・中 期 に は 、 日 本 語 が も っと悠 長 で各 拍 が 十 分 長 く 引 いて 発

音 さ れ た 。 少 く と も 長 く 引 く こ と が 今 よ り 自 由 だ った 。 そ こ で 多 数 の 下 降 調 の拍 、 上 昇 調 の拍 が存 在 でき た が 、

院 政 時 代 ご ろ にな る と 、 日本 語 があ わ た だ し く な って、 下 降 調 や 上 昇 調 が十 分 発 音 さ れ ず 、 高 平 調 に発 音 さ れ る

こと が 多 く な った 。 平 声 軽 の点 が 上 声 点 に変 化 し て行 った のは そ のた め であ ろ う 。

  こ ん な ふう に考 え て み る と 、 平 安 時 代 後 期 は 、 日本 語 のす べ て の拍 が 一様 に 短 く 変 化 し た 時 代 と いう わ け で、

日本 語 の音 韻 史 の上 に画 期 的 な 時 代 と 言 え る か も し れ な い。 平 安 朝 に起 こ った と 言 わ れ る いわ ゆ る ﹁音 便 ﹂ と 呼

ば れ る 現 象 は 、 こ の拍 の 短縮 化 と 関係 が あ る か も し れ な い。 時 期 的 には 、 音 便 のは じま った の は も う 少 し 早 いよ

う で あ る が、 あ あ いう 現象 は 、 拍 が 短 く 発 音 さ れ るよ う に な って か ら 一層 活 溌 にな った であ ろう 。 あ る いは 、 音

便 の起 こ った 平 安 朝 の は じ め に拍 短 縮 化 は き ざ し て いて 、 そ れ が 院 政 時 代 に 一般 的 に な った と考 え る べ き であ ろ う か。

  そ れ か ら 、 鎌倉 時 代 以 後 、 いわ ゆ る 助 動 詞 ・助 詞 の 類 が 、 上 の自 立 語 の 類 に く っ つ い て 一語 のよ う に発 音 さ れ

る よ う に な った と 見 ら れ る が、( 注18)こ れ も 拍 の 短 縮 化 と 関 係 が あ り そう な 事 柄 だ 。 も し 関 係 が あ る と す る と 、 こ れ は 文 法 史 と も 関 係 を も つ。

 五

も っと や かま し く 言 え ば 、 事 情 に よ って長 く も 発 音 さ れ た と 見 る わ け で あ る 。 こ れ に対 立 し

  最 後 に 一つ。 私 が 平安 中 期 に は 拍 が 長 か った ろ う と いう の はあ く ま でも 音 声 学 的 な 問 題 であ る 。 す べ て の拍 が 長 く 発 音 さ れ た︱

て 短 い拍 が 別 に あ った わ け で はな いか ら 、 音 韻 論 的 に は 今 と同 じ よ う な も の であ る 。 ち が った と こ ろ は 、 私 流 に 言 え ば 、 いわ ゆ る ﹁引 く 拍 ﹂ がな か った と いう 点 だ け であ る。

  こ こ で 連 想 さ れ る の は本 輯 (﹃ 国語学﹄四 一輯) が そ の特 輯 であ る 琉 球 語 の諸 方 言 であ る 。 琉 球 語 に は 、 日 本 語

の現 代 諸 方 言 で短 く 発 音 さ れ て い る 語 の第 一拍 が 長 く 引 か れ る 例 が 多 い こ と は あ ま ね く 知 ら れ て いる 。( 注19)私

は ほ か の場 所 で そ の 成 因 を 考 え て 、 ア ク セ ント がも と にな って 、 も と短 か った も の が長 く 引 き のば さ れ た も のだ

ろ う と 論 じ た 。( 注20) こ れ は 少 し 言 葉 が 足 り な か っ た よ う だ 。 以 前 に は 、 す べ て の 拍 が 音 声 学 的 に は 長 く も 短 く

も 発 音 さ れ て い た 、 そ の う ち の 一部 、 つま り 、 ﹁特 に 一般 の 拍 に 比 べ て 長 か っ た わ け で は な か っ た ﹂ も の が 長 く

引 き の ば さ れ た 形 のま ま で 固 定 し た 、 こ れ も 私 流 に 言 う と 、 次 に ﹁引 く 拍 ﹂ が 割 り 込 ん だ 、 と 言 う 意 味 で あ る 。

  こ れ は 、 結 局 、 日本 語 と 言 わ ず 、 琉 球 語 と 言 わ ず 、 古 い時 代 の拍 は 長 く 発 音 さ れ た り短 く 発 音 さ れ た り が は る

︿拍 ﹀ と し て は 、 こ う い う の が む し ろ 普 通 な あ り 方 で あ

︽A register︲tone language︾  w とi しtて hの  再 co 構n とt分 o析 u( r一  ) o ﹂ ( v( 二 e ﹃国 ) r語 l学 ap ﹄

平 安 末 期 京 都 方 言 に お け る 下 降 調 音 節 の確 認 ﹂ ( ﹃国 語 学﹄ 二九 所 載 )。 ﹁平 安

か に 自 由 な 性 質 を も って い た と 考 え る わ け で あ る 。 実 際 ろう。

末 期 畿 内 方 言 の音 調 体 系︱

  ( 注1 )   ﹁和 訓 に 施 さ れ た 平 声 軽 の 声 点︱

三九 ・四 〇 所載 )。

﹁ 類 聚 名 義 抄 和 訓 に 施 さ れ た る 声 符 に 就 て ﹂ (﹃ 国 語 学 論 集 ﹄ 所 収) の 二 一七 頁 の(2 。)同 ﹁日 本 四 声

古義﹂( ﹃国 語 アク セ ント 論 叢 ﹄ 所 収) の 六 八 二-六 八 三 頁 。 南 不 二 男 ﹁名 義 抄 時 代 の 京 都 方 言 に 於 け る 二 字 四 段 活 用

  ( 注 2)   金 田 一春 彦

動 詞 の ア ク セ ント ﹂ ( ﹃国 語学 ﹄ 二 七 所載 ) の 七 五 頁 上 段 の(二 な)ど 。

  ( 注 3)   大 原 孝 道 ﹁近 畿 ア ク セ ント に お け る 下 上 型 名 詞 の 甲 ・乙 類 の 別 の 発 生 に 関 す る 一考 察 ﹂ ( ﹃ 国 語 アク セ ント 論 叢 ﹄ 所収) の四二 〇頁。 前 掲 ( 注 2) 南 不 二 男 氏 の論 文 の 同 じ 箇 所 。

  ( 注 4)   こ れ ら の例 のう ち 、(1)(は 3形 )( 容7詞 )の 語 尾 で 、 ﹃国 語 学 ﹄ 二 九 の 小 松 氏 の 考 証 に よ り 下 降 調 と 見 ら れ る 。(2は )

型 に 表 記 さ れ て い る 例 か ら 見 て ヱ の拍 は 下 降 調 と 見 ら れ る 。(4)は (低 6起 ) 式 動 詞 の命 令 形 の語 尾 で 、 こ れ は 小 松 氏 の

連 用 形 が 一拍 で あ る 高 起 式 動 詞 で、 小 松 氏 は 例 に あ げ ら れ な か った が 、 ﹁着 て ﹂ が 図 書 寮 本 の 三 二 七 頁 に (〓上 )

あ げ ら れ た サ マ ラ バ レ の 第 五 拍 が 平 声 軽 に な って い る と こ ろ か ら 見 て、 や は り 下 降 調 であ った と 考 え て 不 自 然 で は

な い。(5)は (、 8) 低 起 式 動 詞 の已 然 形 の語 尾 で、 図 書 寮 本 に も ﹃金 光 明 最 勝 王 経 音 義 ﹄ にも 下 降 調 だ った 証 徴 は な い

った と 見 ら れ る ゆ え 、 こ れ も 下 降 調 だ った 可 能 性 は 大 い に あ る 。 

が 、 後 述 のよ う に 、 当 時 低 起 式 動 詞 が 単 独 で 文 節 を 構 成 す る 語 形 は 、 連 体 形 を 除 い て 、 す べ て そ の語 尾 は 下 降 調 だ

語 音 調 の 研 究 ﹄ の ﹁音 調 比 較 対 照 表 ﹂ (一八一- 二 五 九 頁) を 見 る と 、 名 詞 ・動 詞 で は 比 較 的 類 を 同 じ く す る も の は

( 注 5)   形 容 詞 の 語 尾 の シ ・キ に は 、 上 声 点 のあ る も の と 平 声 点 の あ る も の と が 相 当 数 ま じ って い る 。 平 山 輝 男 ﹃日 本

同 じ 型 に 表 記 さ れ て い る の に 対 し て 、 形 容 詞 に は 異 同 が 多 い事 実 を 見 よ 。 

形 容 詞 ・サ 変 動 詞 に つ い て ﹂ (﹃ 国 学 院雑 誌﹄ 六〇 の四 所

( 注6 )   こ の巻 に 限 り 、 低 起 式 の動 詞 の 終 止 形 に 平 平 型 ・平 平 平 型 で表 記 さ れ て いる も の が や や め だ つ。 

﹃ 和 名 類 聚 抄 ﹄ の 中 に ﹁〓﹂ と いう 文 字 の条 に マド と いう 訓 が あ り 、 これ に声 点 が 施 さ れ て いる 例 が

( 注 7)   桜 井 茂 治 ﹁三 巻 本 ﹁色 葉 字 類 抄 ﹂ 所 載 の ア ク セ ント︱ 載 )。  ( 注 8)   高山 寺本

あ る 。 第 五 類 二拍 名 詞 は こ れ 一つ し か 見 当 た ら な いが 、 そ の 声 点 は (平 平 ) 型 にな って いて (平 上 ) 型 に な って い な い。 こ れ は (平〓 ) 型 の写 し ち が え と 見 ら れ る 。 

いな い。 (平 平 平 ) 型 は (平 平〓 ) 型 を 写 し ち が え た も の と 見 ら れ る 。 ほ か に ヤ ハシ ・イ タ イ

( カ ナ ) と いう 形 容

( 注 9)   サ ガ シ と いう 訓 に 声 点 を 施 し た も の が 四 例 あ る が 、 (平 平 上 ) 型 が 二 例 、 (平 平 平 ) 型 が 二 例 あ り 、 統 一さ れ て

詞 の 最 後 の拍 も 平 声 に 施 点 し た 例 が あ る 。 

( 注 10 )  寺 川 喜 四 男 ほ か 編 ﹃国 語 ア ク セ ン ト 論 叢 ﹄ 五 六 頁 の 終 り か ら 二 行 、 お よ び 五 七 頁 一二 行 。 

( 注 11 )  前 掲 ( 注 10 ) と 同 じ 論 文 の六 二 頁 六 行 に ア シ モ の モ の右 側 、 六 四 頁 八 行 に カ ガ ミ モ の モ の 右 側 に 、 下 降 調 の ア

( 注 2) に あ げ た 論 文 が そ れ で あ る 。 こ こ に述 べた こ と が 言 及 さ れ て い る の は 、 七 五 頁 、 七 七 頁 。 

ク セ ント 符 号 が疑 問 符 と と も に つ い て い る 。  ( 注 12 )   前掲

名 詞 と し て 用 いら れ た 場 合 を 除 く と いう わ け で あ る が、 名 詞 と し て 用 いら れ た 連 用 形 は 名 詞 に 転 成 し て し ま った も

( 注13 )  南 君 の論 文 に は 、 ﹁連 用 形 のう ち 、 中 止 法 に 用 いら れ た も の と 助 詞 ﹃も ﹄ ﹃は﹄ に つ づ く 形 ﹂ と あ る 。 つま り 、

の で 、 す で に 連 用 形 で は な いと 考 え ら れ る か ら 、 こ こ は 単 に 連 用 形 と 言 って し ま って よ い。 

( 注1 4)  連 用 形 ・終 止 形 ・命 令 形 の語 尾 が 下 降 調 だ った と す る と 、 こ の 種 の 動 詞 に あ って は 、 単 独 で文 節 を 構 成 す る 語

形 の 語 尾 は 、 す べ て 下 降 調 だ った ろ う と 推 定 さ せ る 。 た だ 、 連 体 形 の 語 尾 だ け が 高 平 調 で あ る が 、 元 来 、 連 体 形 と

いう も の は 、 他 の活 用 形 に 比 べ て、 次 の文 節 と の つな が り が 緊 密 で あ る ゆ え 、 こ の 形 だ け は 、 語 尾 が 高 平 調 と いう 、

次 の 語 と 一体 にな ろ う と す る特 別 の ア ク セ ント を も って い た と 見 る こ と は 自 然 で あ る 。 南 君 は 、 已 然 形 の例 は 見 付

か ら な いと 言 わ れ た が 、 已 然 形 は ﹁こ そ ﹂ の結 び と し て 一種 の 終 止 法 に 用 い ら れ る な ど 、 独 立 性 の 強 い点 で 連 体 形

と は ち が い 、 連 用 形 ・終 止 形 ・命 令 形 と 同 種 類 のも の と 見 て よ いと 思 わ れ る 。 三 二 五 頁 に あ げ た(5)の (例 8) は、 已 然

形 の 語 尾 の 下 降 調 だ ろ う と い う 推 定 の 正 し か った こ と を 証 明 す る 。 な お 、 連 体 的 な 文 節 の ア ク セ ン ト が し ば し ば 特

別 で あ る こ と は 、 現 代 諸 方 言 に も し ば し ば 見 る こ と で、 現 代 東 京 語 で 普 通 の 一拍 の 助 詞 は 、 いわ ゆ る 下 上 型 名 詞 に

低 く つく の に 対 し 、 連 体 的 文 節 を 作 る ﹁の﹂ だ け は 高 く つく のも そ の 例 で あ る 。 な お 、 市 河 三 喜 ・服 部 四 郎 共 編 ﹃ 世 界言 語概 説﹄ ( 下巻 ) の 一九 五 頁 一五 行 な ど 参 照 。  ( 注 15 ) ﹃ 国 語 学 ﹄ 二 七 の 七 七 頁 下 段 三 行 。 

(上〓 ) 型 だ った こ と を 示 唆 す る も の か

一頁 の ﹁結 髪 ﹂ の 条 。 ﹁上 げ ﹂ は 下 二 段 活 用 動 詞 であ る が 、 同 じ く 第 一類 に 属 す る も の で あ る 。 こ れ は 、 四 段 活

( 注 16 ) た だ 一つ ﹁上 ぐ ﹂ と いう 動 詞 の連 用 形 ﹁上 げ ﹂ が (上〓) 型 に 表 記 さ れ て いる 例 が 見 出 だ さ れ る 。 図 書 寮 本 三〇

用 の 第 一類 二 拍 動 詞 のう ち の 連 用 形 ・終 止 形 ・已 然 形 ・命 令 形 も 、 ひ ろ く も し れ な い 。 

( 注 17 )   金 田 一春 彦 ﹁東 西 両 ア ク セ ント の 違 いが で き る ま で ﹂ (﹃ 文 学 ﹄ 二 二 の八 所載 ) の 八 四 頁 。 

( 注 18 )   金 田 一春 彦 ﹁古 代 ア ク セ ント か ら 近 代 ア ク セ ント ヘ﹂ ( ﹃国 語 学﹄ 二 二所 載 ) の 二 一頁 下 段 。 桜 井 茂 治 ﹁近 畿 ア

ク セ ント 下 上 型 名 詞 甲 ・乙 類 の別 発 生 の再 検 討 ﹂ (﹃ 国 語 研究 ﹄ 五 所載 ) の 四 五 頁 上 段 。 

( 注 19 )   例 え ば 、 奥 村 三 雄 ﹁音 韻 と ア ク セ ン ト ﹂ ( ﹃国 語 国 文﹄ 二 七 の 九 所 載 ) の 六 頁 。 上 村 幸 雄 ﹁琉 球 方 言 に お け る

﹁・ 一 二 音 節 名 詞 ﹂ の ア ク セ ント の 概 観 ﹂ (﹃こと ば の研 究 ﹄ 所 収) の 一三 七 頁 な ど 。 

( 注 20 )   金 田 一春 彦 ﹁ア ク セ ント か ら 見 た 琉 球 語 諸 方 言 の 系 統 ﹂ ( ﹃ 東 京 外 国 語 大学 論 集 ﹄ 七 所載 )。

Ⅲ

国 語 ア ク セ ント 史 の 研 究 が何 に 役 立 つか

  一   お こし

  同 じ 国 語 史 の研 究 と い って も 、 ︽ア ク セ ント の歴 史 の研 究 ︾ と いう と 、 国 語 史 の ほ か の 部 面 の研 究 と は 全 然 か

け はな れ た 、 特 殊 の研 究 のよ う に 聞 え る かも し れ な い。 し か し、 一度 、 過 去 の ア ク セ ント の研 究 に首 を つ っこ ん

で み る と 、 それ は け っし て 他 の部 面 の研 究 と 無 関 係 な も の で はな い こと が 知 ら れ 、 国 語 の ア ク セ ン ト の歴 史 のあ

と を 明 ら か にす る こと に よ って、 国 語 の他 の部 面 の史 的 研 究 に、 意 想 外 に 多 く の 示 唆 を 与 え る こと が で き る の で

は な いか と 思わ れ る 。 こ こ に、 幾 つか 具 体 的 な 例 を あ げ て、 そ れ ぞ れ の部 面 を 専 攻 し てお ら れ る 方 々 の批 判 を 受 け た いと 思 う 。

  二  音 韻 史 の 研 究 へ の発 言

  元 来 ア ク セ ント は 、 いわ ゆ る ︽語 音 ︾ と ご く 密 接 な 関 係 にあ る も の ゆ え 、 ア ク セ ント 史 の研 究 が 、 語 音 の歴 史

の研 究 と 深 い関 係 を も つ のは 当 然 で あ る 。 ま ず 著 し い例 と し て、 いわ ゆ る 長 音 の 問 題 を と り あ げ て み よ う 。

  現 在 の近 畿 方 言 には 、 ﹁歯 ﹂ と か、 ﹁日﹂ と か いう よ う な 一拍 の語 を 、 ハー ・ヒー のよ う に 長 く 引 く 傾 向 があ る

こ と は 周 知 の事 実 であ る が 、 こ れ に つ いて、 こ の傾 向 は 古 く か ら あ る も のか ど う か と いう 問 題 があ る 。 吉 沢 義 則

博 士 ・春 日 政 治 博 士 は、 か つ て こ れ に つ いて 意 見 を 出 さ れ 、( 注1)平 安 朝 の文 献 に、 ﹁蚊 ﹂ を ﹁加 阿 ﹂ と 表 記 し 、

﹁杼﹂ を ﹁比 伊 ﹂ と 表 記 し た 例 が 見 え る こと を 指 摘 し て、 大 体 、 平 安 朝 の京 都 語 に 、 す で に そう いう 傾 向 が あ っ た と 推 定 さ れ た 。 こ の事 実 が ア ク セ ント 史 の研 究 か ら も 支 持 さ れ る の であ る 。

  即 ち 、 今 、 ﹁歯 ﹂ と いう 語、 ﹁日 ﹂ と いう 語 の ア ク セ ント を 、 平 安 末 期 第 一の ア ク セ ン ト資 料 であ る ﹃類 聚 名 義

抄 ﹄ に つ いて 調 べ て み る と 、 ﹁歯 ﹂ の訓 ハに対 し て は ︽去 声 ︾ の声 点 が施 さ れ て お り、 ﹁日﹂ の訓 ヒ に 対 し て は 、

︽平 声 ︾ の声 点 が 施 さ れ て いる 。 こ れ は、 ﹁歯 ﹂ は 当 時 ︽去 声 ︾ の よ う な ア ク セ ント を も って お り 、 ﹁日 ﹂ は ︽平

声 ︾ のよ う な ア ク セ ント を も って いた こ と を 示 す も のと 見 ら れ る 。 と ころ で ︽去 声 ︾ は 、 他 の資 料 か ら 、 拍 の途

中 で低 から 高 に 上 昇 す る ア ク セ ント で あ る と 推 定 せ ら れ 、( 注2)︽平 声 ︾ は 、 他 の資 料 か ら こ こ は ︽平 声 の軽 ︾ の

意 であ って、 高 か ら 低 に 下 降 す る ア ク セ ント であ る と 推 定 さ れ る ( 注3)ゆ え 、 ﹁歯 ﹂ も ﹁日﹂ も 、 と も に 拍 の途

中 で高 さ が 変 化 す る 語 であ った ろ う と いう こと に な る 。 こ の場 合 、 も し こ の 語 が 、 現在 の東 京 語 に お け る よ う な

普 通 の拍 な み の長 さ の語 であ る な ら ば 、 そ のよ う な ア ク セ ント で は、 発 音 さ れ にく いに ち が いな い。 す な わ ち 拍

の途 中 で高 さ が変 化 す る 以 上 は 、 ﹁歯 ﹂ も ﹁日 ﹂ も 、 現 在 の京 都 語 に お け る よ う に普 通 の拍 よ り も 長 く 引 い て発 音 さ れ た ろ う と 推 定 さ れ る ので あ る。

  と こ ろ で、 こ の長 音 の問 題 は 、 一拍 語 だ け に は 限 ら な い。 服 部 四 郎 博 士 は 、 か つて 、 琉 球 語 の首 里 方 言 に お い

て 、 ﹁息 ﹂ ﹁桶 ﹂ ﹁中 ﹂ ﹁針 ﹂ な ど 、 か な り の数 の二 拍 名 詞 の第 一拍 が 長 く 発 音 さ れ る こ と を 指 摘 し て、 日本 語 ・琉

球 語 の 系 統 論 に 一つ の問 題 を 提 起 さ れ た ( 注4)が、 そ の後 、 諸 家 によ り 、 日本 内 地 の諸 方 言 の 中 に も 、 鹿 児 島 県

屋 久 島 方 言 ・同 甑 島 方 言 ・島 根 県 隠 岐 島 方 言 ・石 川 県 の加 賀 ・能 登 方 言 な ど 、 こ のよ う な 傾 向 を も つも の があ る

ことが明ら かにされた ( 注5)こ と は 注 目 す べき こと と考 え ら れ る 。 す な わ ち 、 今 日中 央 の方 言 に は こ のよ う な 傾

向 は 見 ら れ な いが 、 古 い時 代 の国 語 に は 、 そ う し た 傾 向 があ った の で はな いか と 疑 わ れ てく る の であ る が、 こ の 問 題 に 対 し て、 アク セ ント 史 の 研究 は 、 次 のよ う な 事 実 を 教 え て く れ る。( 注6)

 即ち

﹃ 類 聚 名 義 抄 ﹄ の 声 点 を 調 べ て み る と 、 ︽去 声 ︾ の 点 が 施 さ れ て い る 語 彙 は 、 け っし て 一拍 語 に は 限 ら ず 、

二 拍 以 上 の 語 彙 に も 見 ら れ 、 例 え ば 次 の よ う な 語 は 、 い ず れ も 第 一拍 に 去 声 点 が 施 さ れ て い る の で あ る 。 従 って 、

( 蛇) ⋮ ⋮ ( 経 て) ⋮ ⋮

こ れ ら の 第 一拍 は 、 そ れ ぞ れ 一般 の 拍 よ り も 長 く 引 い て 発 音 さ れ た で あ ろ う と 推 定 さ れ る こ と に な る 。 ( 脛 )、 ヘ ビ ( 見 て )、 ミ ヨ ( 見 よ )、 ミ オ ロ ス ( 見 下 す )、 ヘ テ

 ハギ  ミ テ

( 若 し) ⋮ ⋮

( 先 づ )、 ホ ボ

( 巣食 ふ) ⋮ ⋮

( 無 く )⋮ ⋮

(稍)、 モ シ

 マ ヅ ( 良 )、 ヨ ミ ス ( 嘉 す )、 ナ ク

( 略 )、 ヤ ヤ

 ヨ ク  メ ガ ハ ラ (雌 瓦 )、 メ ア ハ ス ( 妻 す )、 ス ク フ

  こ の う ち 、 ハギ は 、 ﹃ 名 義 抄 ﹄ に 、 ほ か の箇 所 に、 ハア ギ と も 表 記 さ れ て いる 例 ( 注7)が あ る の で 、 第 一拍 が

長 か った こ と は 確 実 で あ る 。 ヘビ は 、 長 野 ・新 潟 県 下 の 諸 方 言 で 、 現 在 第 一拍 を 長 く 発 音 す る ( 注8)そ う で あ り 、

メ ガ ハラ は 、 琉 球 語 で ミ ー ガ ー ラ と いう よ し ( 注9)で あ る 。 こ れ ら は 古 い時 代 の 発 音 傾 向 を 伝 え て い る も の と 私

は 思 う 。 ミ テ の ミ が 古 く 長 く 引 い て 発 音 さ れ た と す る と 、 東 京 語 な ど で 、 ﹁こ っち を 見 な が ら ﹂ の 意 味 で 、 ﹁こ っ

ち を 見 い 見 い﹂ と い う ミ イ ミ イ は 、 ミ ミ が 延 び た も の と い う 説 が 一般 の よ う で あ る が 、 そ う で は な く て 、 む し ろ 、 ミ イ ミ イ の方 が古 い形 かも 知 れ な いと 思 う 。

﹃日 本 書 紀 私 記 ﹄ や

﹃古 今 和 歌 集 ﹄ の 古 写 本 な ど で は 、 ﹃名

  そ れ で は 次 に 、 こ れ ら の 語 の 第 一拍 の 長 さ が 、 ふ つう の 拍 と 同 じ 長 さ に ち ぢ ま っ た の は 、 い つ ご ろ か と 考 察 す る と 、 鎌倉 時 代 以後 に声 点 を 施 さ れ た と 推 定 さ れ る

義 抄 ﹄ と 同 じ 語 彙 が 掲 げ ら れ て い る 場 合 、 ﹃名 義 抄 ﹄ で 去 声 点 を 施 さ れ て い る 拍 に は 、 常 に 上 声 点 が 施 さ れ て い

る 。 上 声 な ら ば 、 高 い平 ら な 声 調 で あ る 。 す な わ ち 、 上 昇 型 に発 音 さ れ て いた 拍 が 、 規 則 的 に 高 平 調 に 変 化 し た

も の と 見 ら れ る 。 こ れ は 、 そ の 拍 が 短 縮 し た た め に 上 昇 調 の 声 調 が 保 持 で き な く な って 高 平 調 に な った と み る と 、

甚 だ 合 理 的 で あ る 。 即 ち 、 平 安 末 期 以 後 、 鎌 倉 時 代 に 移 る こ ろ 、 京 都 方 言 で は 第 一拍 の短 縮 が あ った も の と 推 定

さ れ る。

  ア ク セ ント 史 の 研 究 が 音 韻 史 の研 究 に役 立 ち 得 る の は、 こ のよ う な 音 量 の 問 題 だ け で は な い。 音 質 の問 題 にお

い ても 、 当 然 役 立 ち 得 る と 考 え ら れ る が 、 ま だ は っき り し た 成 果 を 得 て いな い のは 残 念 であ る。 今 の と こ ろ 有 望

な の は、 例 の連 濁 の現 象 で、 日 本 語 の 祖 語 の中 に は 、 連 濁 を 起 こし そ う であ る の に連 濁 を 起 こ し て いな い語彙 と

いう も のが あ り、 そ れ は な ぜ そ う であ る か 説 明 が つか な い場 合 が少 く な い。 現 在 の諸 方 言 に つ い て み る と 、 アク

セ ント の 型 と 連 濁 と の間 に、 か な り 規 則 的 な 関 係 が 見 ら れ る ゆ え 、( 注10)こ の よう な こ と は 、 過 去 の 日 本 語 に も

あ った に 相 違 な く 、 過 去 のア ク セ ント の研 究 は 、 こ の方 面 の解 決 に役 立 つこ と が多 か ろ う と 考 え る 。 現在 、 大 野

晋 氏 が こ の方 面 の研 究 を 進 め て お ら れ 、( 注11) いず れ 発 表 があ ろ う か ら 、 こ こ で は 触 れ な い でお く 。

 三   文 法 史 の研 究 への 発 言

  以 上 は 、 ア ク セ ント 史 研 究 の、 一般 音 韻 史 の研 究 への発 言 の例 で あ った が 、 次 に は、 文 法 史 の研 究 へ の発 言 の 例 を 述 べ て み た いと 思 う 。

  現 在 、 我 々 が、 ︽複 合 動 詞 ︾ と 呼 ん で いる 一群 の動 詞 が あ る 。 ﹁率 いる ﹂ ﹁攻 め 取 る ﹂ な ど は こ れ で あ って 、 こ

れ ら は、 今 で こ そ 全 く 一つ の単 語 と 見 る べき も の であ る が 、 語 源 的 に 見 れ ば 二 つの動 詞 の集 合 で あ って、 いず れ 、

古 い時 代 には 、 二 語 の連 続 と し て 用 いら れ 、 ま た 使 う 人 も 、 二語 の連 続 と し て 意 識 し て いた ろう こと は確 実 であ

る 。 然 ら ば 、 い つご ろ ま で 二 語 の連 続 だ った のだ ろ う と いう こと を アク セ ント の上 か ら 考 え て み た いと 思 う 。

  現 在 で は 、 こ れ ら の語 は、 例 え ば 、 東 京 語 で は 、 ヒ キ イ ル ・セ メ ト ル であ っても 、 つま り 、 ア ツ マル と か シ タ

ガ ウ と か いう 一般 の動 詞 と 区 別 がな い。 ﹁攻 め﹂ は 、 単 独 で は 、 セ メ と いう ア ク セ ント を も って い る の であ る か

ら 、 ﹁攻 め 取 る ﹂ の場 合 にそ の部 分 が セ メ と な って い る のは 、 一語 の 一部 と 成 り 終 って いる こと を 示 す も の と 見

(上 平 上 平 ) 型 で あ り 、

﹁集 ま る ﹂ が (平 平 上 平 ) 型 、 ﹁従

﹃ 名 義 抄 ﹄ で ど う な っ て い る か と い う と 、 ﹁率 い る ﹂ は

(平 上 平 上 ) 型 に 表 記 さ れ て い る 。 こ れ は 、 一般 の 動 詞 で あ る

ら れ る 。 と ころ で、 これ ら の語 が ﹁攻 め 取 る ﹂ は

( 上 平 型 )、 ヰ ル

( 上 平 型 )、 セ メ

( 平

う ﹂ が (上 上 上 平 ) 型 に 表 記 さ れ て い る の と 比 較 し て み る と 、 全 く ち が った 特 別 の 形 に な っ て い る 。 し か も 、 ﹁引 き ﹂ ﹁率 る ﹂ ﹁攻 め ﹂ ﹁取 る ﹂ の 当 時 の ア ク セ ン ト は 、 ほ か の 例 か ら 、 ヒ キ

上 型)、 ト ル ( 平 上 型) で あ った と 推 測 さ れ る 。( 注12) つ ま り 、 ﹁率 い る ﹂ の ア ク セ ン ト は 、 ﹁引 き ﹂ の ア ク セ ン ト

と 、 ﹁ゐ る ﹂ の ア ク セ ン ト と を そ の ま ま 接 続 さ せ た も の で あ り 、 ﹁攻 め 取 る ﹂ の ア ク セ ン ト は 、 ﹁攻 め ﹂ の ア ク セ

ン ト と 、 ﹁取 る ﹂ の ア ク セ ン ト と を そ の ま ま 接 続 さ せ た も の で あ る 。 そ し て 、 具 体 的 な 調 価 を 考 え て み る と 、 上

(セ メ ト ル ) と な る 。 つま り 、 両 方 と も 二 か 所 に 高 い部 分 が

声 の 点 は 、 高 平 調 の 音 調 、 平 声 の 点 は 、 低 平 調 の 音 調 を 示 し て い る と 推 定 さ れ る ゆ え 、( 注13) ﹁率 い る ﹂ の 当 時 の ア ク セ ント は 、 (ヒ キ イ ル ) と な り 、 ﹁攻 め 取 る ﹂ は

あ る 。 こ れ は 、 ﹁率 い る ﹂ ﹁攻 め 取 る ﹂ と も に 、 当 時 ま だ 二 語 と し て 意 識 さ れ て い た こ と を 物 語 る も の と 考 え ら れ る。

  こ こ に 、 考 え 合 わ せ ら れ る の は 、 ﹁咲 き 初 む ﹂ と か 、 ﹁降 り ま さ る ﹂ と か いう よ う な 語 で あ る 。 こ れ ら は 現 代 で

は い つも 続 け て 用 い ら れ る が 、 古 い時 代 に は 、 ﹁咲 き か 初 む ら ん ﹂ と か 、 ﹁降 り ぞ ま さ れ る ﹂ と か い う よ う に 、 時

に 、 中 間 に 助 詞 の 類 を 入 れ て 用 い ら れ る 。 こ れ も 二 つ の 動 詞 の 結 合 が ゆ る か った こ と を 表 わ す に ち が いな い 。 こ

れ ら を 総 合 す る と 、 い わ ゆ る 複 合 動 詞 と い う も の は 、 古 代 に は 明 ら か に 二 語 の 連 続 で あ った と 考 え ら れ 、( 注14)

﹃補 忘 記 ﹄ な ど で は 、 こ れ ら の 語 は 高 く 発 音 さ れ る

古 代 語 の文 典 を 編 む 場 合 に は 、 二 語 と し て 取 扱 う べ き も の と 考 え ら れ る 。   な お 、 こ の 種 の動 詞 は 、 近 世 初 期 の ア ク セ ン ト 資 料 で あ る

音 節 が 一か 所 に 限 ら れ て お り 、( 注15) こ れ に よ れ ば 、 こ の こ ろ に は 、 す で に 、 現 代 と 同 じ よ う に 、 融 合 し て 一語 と な って いた と 推 定 さ れ る。

  複 合 動 詞 に つ い て 述 べ た と 同 じ よ う な 事 情 は 、 い わ ゆ る 助 詞 ・助 動 詞 が 名 詞 ・動 詞 な ど に つ い た 場 合 に も 見 ら

れ る 。 現 在 、 助 詞 ・助 動 詞 は 、 単 独 で は 文 節︱ 語 節 を 構 成 し 得 ず 、 ま た 、 意 義 ・用 法 か ら 言 っ て も 、 普 通 の 単 語

よ り も 、 一歩 接 辞 に 近 い も の と 見 ら れ 、 学 者 に よ って は 、 そ の う ち の 大 部 分 ま た は 一部 分 を 単 語 と 見 な い 人 も あ

る わ け で あ る 。 私 も そ の 点 は 大 い に 賛 成 で あ る が 、 語 源 的 に は 、 こ れ ら は 、 多 く 感 動 詞 ・名 詞 ・動 詞 な ど か ら 転

来 し た も の で 、 古 く は 、 現 在 よ り も 、 も っと 独 立 性 の 強 い 語 で あ り 、 ま た 、 そ う 意 識 さ れ て い た ろ う と い う こ と

﹁は ﹂ な ら

﹁は ﹂ と い う 助 詞 は 、 ﹁花 は ﹂ の 時 は

(ハナ ワ ) で 下 型 、 ﹁ 鼻 は ﹂ の時 は

(ハナ

は 明 ら か で あ る 。 さ て 、 今 、 助 詞 ・助 動 詞 の ア ク セ ン ト に つ い て 、 現 代 と 古 代 と を 比 較 し て み る と 、 ま ず 、 現 代 の東 京 語 で は 、 例 え ば

ワ) で 上 型 と い う よ う で 、 一定 の ア ク セ ン ト を も って い な い と 言 え る 。 ま た 、 助 詞 ・助 動 詞 が 自 立 語 に つ い た 場

合 、 二 つ の 山 が 来 る こ と が な く 、 例 え ば 、 ﹁書 き ま す ﹂ と い う 語 は 、 カ キ マ ス で あ っ て カ キ マ ス で は な い 、 と い

にあ た って

名義抄 ﹄

う 点 で 、 一般 の 単 語 と は か な り ち が った も の で あ る 。 と こ ろ が 、 古 代 の も の に あ っ て は 、 助 詞 ・助 動 詞 は 一定 の

ア ク セ ン ト を も っ て い る 傾 向 が あ り 、 例 え ば 、 ﹁は ﹂ と いう 助 詞 は 、 ﹃日 本 書 紀 ﹄ の 古 写 本 ( 注16)︱﹃

を ひ き た いと ころ であ る が 、 ﹃名 義 抄 ﹄ に は 助 詞 ・助 動 詞 の例 が 少 い の で ﹃日本 書 紀 ﹄ か ら ひ く ︱

(平 上 ) と い う 声 点 が 施 さ れ て い る 。

の ア ク セ ント を も って いた も の と 推 定 さ れ る 。 か つ、

み る と 、 常 に 上 声 の 声 点 が 施 さ れ て お り 、 ﹁た り ﹂ と い う 助 動 詞 は 、 常 に つ ま り 、 こ れ ら の 助 詞 ・助 動 詞 は 、 当 時 は 、 い つ も一定

(上 上 平

大 体平

(平 上 平 上 ) 型 に 、 記 載 さ れ て い る 。 こ れ は 、 (ナ ラ ベ テ )・(タ グ ヒ テ ) の よ う に 、 高 く

﹁並 べ て ﹂ ﹁類 ひ て ﹂ の よ う な 、 動 詞 の 連 用 形 ＋ ﹁て ﹂ の 形 の ア ク セ ン ト を 調 べ て み る と 、 ﹁並 べ て ﹂ は 上 ) 型 に 、 ﹁類 ひ て ﹂ は

発 音 さ れ る部 分 が 二 か 所 に存 在 し て いた こ と を 意 味 す る も ので あ る 。 こ れ ら の点 か ら 考 え る と 、 古 代 ︱

安 末 期 の助 詞 ・助 動 詞 は 、 現 在 のも の と は ち が い、 も っと 独 立 性 が高 い、 自 立 語 的 な も ので あ った と 推 定 さ れ る 。

  か つて橘 純 一氏 は、 ﹃徒 然 草 ﹄ の中 に ﹁蜻 蛉 の夕 を 待 ち 、 夏 の蝉 の 春 秋 を 知 ら ぬ も のも あ る ぞ か し ﹂ のよ う な

例 、 つま り、 打 消 の助 動 詞 ﹁ぬ﹂ が 、 意 義 上 、 は る か 上 の ﹁待 ち ﹂ を も 打 消 し て いる と いう よ う な 例 の多 いこ と

を 注意 され た ( 注17)が 、 これ な ど 、 ﹃徒 然 草 ﹄ 成 立 時 代 に は 助 動 詞 が今 よ り も 独 立 性 が 高 か った こ と を 意 味 す る

と 思 う 。 そ う す る と 、 例 え ば 山 田孝 雄 博 士 な ど 、 助 動 詞 の大 部 分 を 動 詞 の ﹁複 語 尾 ﹂ と 呼 ん で お ら れ る が 、 そ し

て、 こ れ は 、 現代 語 に関 す る か ぎ り、 ま こ と に妥 当 と 考 え ら れ る が 、 ﹃平 安 朝 文 法 史 ﹄ な ど に お い て も そ のよ う に取 扱 う こと に は 、 再 考 の余 地 があ る よ う に考 え ら れ る 。

  な お 、 ﹃補 忘 記 ﹄ そ の他 を 参 照 す る と 、 助 詞 ・助 動 詞 の ア ク セ ント は 、 室 町 時 代 ・近 世 初 期 にな る と 、 も う 現

在 と 同 じ よ う に な って いて 、 完 全 に いわ ゆ る 助 辞 の 一種 に 変 化 し て し ま って い る。

  さ て 、 ア ク セ ント 史 の研 究 が、 文 法 史 の研 究 に 役 立 ち 得 る のは 、 以 上 のよ う な 、 単 語 の独 立 性 の問 題 ば か り で

はな い。 橋 本 進 吉 博 士 は 、 か つて 上代 の特 殊 仮 名 遣 を 研 究 さ れ た 結 果 、 そ れ ま で同 じ 音 価 を も つと 見 て お ら れ た 、

上 代 の四 段 活 用 動 詞 の已 然 形 と 命 令 形 と は、 異 る 音 価 を も つも の であ る こ と を 明 ら か に さ れ 、 例 え ば 、 いわ ゆ る

完 了 の助 動 詞 ﹁り ﹂ は 已 然 形 に つく と 見 る こ と は あ や ま り で、 命 令 形 と同 じ 形 に つく と 見 る べき こ とを 論 ぜ ら れ

た。 ア ク セ ント 史 の研 究 も 、 これ と 同 じ よ う な 事 実 を 明 ら か にす る こと が でき る と 思 わ れ る 節 が あ る。

  即 ち 、 古 代 に お いて 、 上 二段 活 用 の動 詞 や 、 下 二段 活 用 の動 詞 は 、 いわ ゆる 終 止 形 と 、 連 体 形 と が 異 る 形 を も

って いる が、 四 段 活 用 の動 詞 や 上 下 一段 活 用 動 詞 は、 終 止 形 と 連 体 形 と が 仮 名 で書 く と 同 じ に な って し ま う ので 、

こ の二 つの活 用 形 は 全 く 同 じ 形 で あ る と 見 な さ れ て いた 。 そ こ で 、 ﹁泣 く ﹂ な ら ﹁泣 く ﹂ と いう 形 に、 助 詞 や 助

動 詞 が つ いた 場 合 、 終 止 形 に つ いた も の か、 連 体 形 に つ いたも のか は 、 他 の 二段 活 用 の例 に 比 較 し 、 類 推 に よ っ

て決 定 し て いた 有 様 であ った 。 と こ ろ が 、 ﹃名 義 抄 ﹄、 ﹃日 本 書 紀 ﹄ の古 写 本 な ど 、 声 点 の施 さ れ た 古 代 文 献 を 見

て いる と 、 当 時 の 四段 活 用 の動 詞 ( 上 下 一段 活 用 動 詞 も ) は 、 終 止 形 と 連 体 形 と では 、 異 る 種 類 の声 点 が施 さ れ

て お り 、 つま り 、 異 る ア ク セ ント を も って いた も のと 推 定 さ れ る の であ る 。 例 え ば 、 ﹁ 泣 く ﹂ と いう 動 詞な ら ば 、

次 のよ う に 、 終 止 形 に は 上 平 型 (つま り (ナ ク ) と 発 音 さ れ て いた ろう ) の声 点 が 施 さ れ て お り、 連 体 形 に は 上

終 止形

上 型 (つま り (ナ ク ) と 発 音 さ れ て いた ろう ) の声 点 が、 施 さ れ て いる 。   は さ の 山 の鳩 の 下泣 き に泣 く (上 平) ( 図書寮本 ・允恭紀)︱

  下 泣 き に 我 が 泣 く (上 上) 妻 ( 右 に同じ)︱

連体 形

こ れ は 、 調 べ て み る と 、 ﹁泣 く ﹂ に 限 ら ず 、 ﹁行 く ﹂ で も ﹁聞 く ﹂ でも 、 私 が ︽第 一類 動 詞 ︾ と 呼 ん で いる ( 注18)

動 詞す べ て に 通 じ て言 え る こと が 知 ら れ る。 そ こ で、 こう いう こ と が考 え ら れ る。

が 終 止 形 であ る か、 連 体 形 であ る か 知 ら れ る は ず であ る ︾

  ︽これ ら の動 詞 の こ の形 が実 際 に 用 い ら れ た 場 合 、 も し 声 点 が 施 さ れ て いる な ら ば 、 そ の声 点 に よ り 、 そ れ

  具 体 的 な 例 と し て 、 毘 沙 門 堂 本 ﹃古 今 集 註 ﹄( 注19)は 、 ﹃古 今 集 ﹄ の 和 歌 を あ げ 、 所 々 に 声 点 を 施 し て いる が、 中 に、   あ た に は な ら ぬ 田 の実 と ぞ 聞 く (上上 )

と いう 例 が 見 ら れ る 。 ﹁聞 く ﹂ の 声 点 は 連 体 形 にな って いる 。 こ れ は、 係 助 詞 ﹁ぞ ﹂ の結 び と し て 用 いら れ る 形

は 、 四段 活 用 の動 詞 で も 、 終 止 形 で はな く て、 連 体 形 であ る と いう こ と を 実 証 し て いるも のと 考 え ら れ る。 こ れ は 、 ﹃古 今 集 ﹄ の歌 詞 に声 点 を 施 し た 文 献 ﹃ 古 今 訓 点 抄 ﹄( 注20)に 見え る   鶯 の鳴 く な る声 は 朝 な 朝 な 聞 く (上平 ) の例 と 比 較 す べき であ る 。 ま た 、 ﹃ 古 今 訓 点 抄 ﹄ には 、   誰 に お ほ せ て こ こ ら 鳴 く (上平 ) ら ん

と いう 例 があ る が 、 こ れ は 、 助 動 詞 ﹁ら ん ﹂ が つく のは 、 連 体 形 で はな く て 、 終 止 形 であ る こと を 示 し て い る と 思う 。 ま た 、 寂 恵 本 ﹃ 古 今集﹄ には、  鶯 の鳴 く な る 声 は 朝 な 朝 な 聞 く

の ﹁ 鳴 く ﹂ の条 に (上 平 ) の点 が さ し てあ る が 、 こ れ は 、 こ の ﹁ 鳴 く ﹂ が 終 止 形 であ る こと を 示 し て お り 、 あ わ

せ て ﹁な る ﹂ は指 定 の助 動 詞 では な く 、 伝 聞 の助 動 詞 で あ る こ とを 示 し て いる と 考 え ら れ る 。

  こ れ ら は 、 在 来 の通 説 を 支 持 し て いる と いう べき であ る が 、 一方 、 ﹃武 烈 紀 ﹄ に 見 え る

  石 の上 布 留 を 過 ぎ て ⋮ ⋮ 泣 き そ ぼ ち 行 く も 影 姫 あ は れ

の ﹁そ ぼち 行 く ﹂ は 、 一般 にそ こ で 文 が 切れ る 、 つま り ﹁行 く ﹂ は 終 止 形 のよ う に 見 ら れ て いる が 、 図 書 寮 本 に

は こ の箇 所 に (上 上 ) の声 点 がさ さ れ てあ り 、 これ に よ れ ば 、 連 体 形 であ る こと を 表 わ し て いる 。 そう だ と す る

と 、 ﹁そ ぼ ち 行 く ﹂ は こ こ で 文 が 切 れ る の で は な く 、 ﹁行 く ﹂ の次 の ﹁も ﹂ は 、 ﹁打 つや 太 鼓 の 音 も 澄 み渡 り ﹂ の ﹁や ﹂ の よう な 、 間投 助 詞 の 一種 と 見 る べき こ と に な る 。

  ま た 名 詞 ﹁向 う ﹂ は 、出 自 の や か ま し い単 語 であ る が 、 ア ク セ ント の 面 か ら 見 て、 現 在 の形 は 、 終 止 形 ・連 体

形 の いず れ か ら 出 た と し た 方 が よ いか と いう な ら ば 、 ﹁ 向 ふ﹂ と いう 動 詞 は 、 終 止 形 (上 上 平 ) 型 、 連 体 形 (上

上 上 ) 型 であ る ゆ え 、 現在 の形 は 、 ﹁連 体 形 ﹂ か ら と 見 た 方 が 妥 当 と いう こと に な る 。 も っと も 、 ﹁向 ふ ﹂ は 名 詞

的 連 用 形 も (上 上 上 ) 型 で あ る か ら 、 今 の ム コウ の 形 は 連 用 形 ﹁む か ひ﹂ の音 便 形 か ら 出 た と いう こ と も でき る

わ け では あ る 。 つま り 、 ﹁連 用 形 から ﹂ か 、 ﹁連 体 形 か ら ﹂ か と いう こ と は 決 定 で き な い が、 た だ 、 ﹁終 止 形 か ら ﹂ と いう 推 定 は無 理 だ と いう こと は太 鼓 判 を 押 し てよ い。

  な お 、 上 に あ げ た ﹁泣 く ﹂ ﹁咲 く ﹂ ﹁聞 く ﹂ ⋮ ⋮な ど 一群 の動 詞 は 、 現在 京 都 語 そ の他 で は 、 終 止 形 ・連 体 形 と

も (ナ ク) (サ ク ) ⋮ ⋮ と な って いて、 古 代 の連 体 形 と 一致 し て お り 、 終 止 形 と は ち が った 形 にな って い る。 近

世 初 期 の ﹃補 忘 記 ﹄ で は ど う な って い る か と いう と 、 これ も 、 現 代 と 同 じ よ う に な って いる 。 服 部 四 郎 博 士 は 、

か つ て、 こ の事 実 に注 目 さ れ 、 ︽これ ら動 詞 の 現 在 の 終 止 形 と いう も のは 、 古 い時 代 の 連 体 形 の系 統 の も の で あ

ろ う ︾、 つま り ︽こ れ ら 四段 活 用 動 詞 に お いて も 、 二段 活 用 動 詞 と 同 じ よ う に 古 い終 止 形 は 亡 び、 古 い連 体 形 が

終 止 ・連 体 の両 方 に 用 いら れ る に 至 った も の であ る こ と を 示 し て い る︾ と 述 べ ら れ た ( 注21 が)、 ま こ と に 興 味 あ

る事 実 と 考 え る 。 ま た 、 禁 止 の 助 詞 ﹁な ﹂ が つく 形 は 、 現 在 各 地 の近 畿 系 諸 方 言 で 、 (ナ ク ナ ) (サ ク ナ ) と な っ

て いて 、 (ナ クナ ) (サ ク ナ ) と な って いな い が、 こ れ は、 ﹁な ﹂ が 古 く 終 止 形 に つ いた 形 の名 残 り であ って、 つ

ま り 、 古 い時 代 の終 止 形 は 、 近 畿 諸 方 言 に お い て、 こ の ﹁な ﹂ へ つづく 時 だ け に 残 って いる と 言 え る か と 思う 。

  四   文 献 の解 読 への 発 言

  ア ク セ ン ト 史 研 究 の 、 文 法 史 の 研 究 へ の 発 言 に つ づ き 、 ア ク セ ント 史 の 研 究 は 、 文 献 に 載 っ て い る 単 語 の 意 義

の 解 釈 に役 立 ち 、 ひ いて は 文 献 の解 読 に役 立 ち 得 る と 思 う 。 即 ち 、 あ る 文 献 に 出 て い る 言 葉 の意 味 が 不 明 の場 合

に 、 も し 、 そ の 語 に ア ク セ ン ト が 表 記 さ れ て い れ ば 、 そ の ア ク セ ント を 基 と し て 、 そ の 語 の 意 義 を 明 ら か に す る

こ と が で き 、 ま た 、 場 合 に よ っ て は 、 現 在 ふ つう に 行 わ れ て い る 解 釈 の あ や ま って い る の を 正 し 得 る こ と が あ る と思う。

か い う よ う な 文 字 に 付 け ら れ て い る 場合 に は 、 そ の意 味 は す ぐ わ か る が 、 ﹁〓﹂ と いう 文 字 や 、 ﹁栗 ﹂ と いう よ う

  例 え ば 、 ﹃名 義 抄 ﹄ の 和 訓 を 見 て い る と 、 ﹁さ く ﹂ と い う 訓 が た く さ ん 出 て く る 。 こ れ が 、 ﹁裂 ﹂ と か 、 ﹁咲 ﹂ と

﹁避 く ﹂ も

(平 上 ) と い う 声 点 を 施 し て

な 文 字 の 条 に 、 サ ク と 出 て い る と 、 そ の 意 味 は 急 に は 判 定 で き な い。 前 の ﹁裂 く ﹂ ﹁咲 く ﹂ の ほ か に

﹁〓﹂ 字 の サ ク に は 、 (上 平 )、 ﹁栗 ﹂ 字 の サ ク に は

あ る 。 こ のよ う な 場 合 に 、 声 点 が 大 い に物 を 言 う と いう わ け で あ る 。   今 、 そ の声 点 を 調 べ て み る と

﹁咲 く ﹂ で は な い と 推 定 さ れ る こ と に な る 。 も っと も 、 だ か

﹁避 く ﹂ で

(平 上 ) 型 だ っ た ろ う 、 と 推 定 さ れ 、 ﹁咲 く ﹂ は 、 終 止 形 は

い る 。 そ こ で 、 こ の 点 を 手 掛 り に し て 考 察 を 進 め る と 、 ﹁裂 く ﹂ ﹁避 く ﹂ は 、 現 在 諸 方 言 の ア ク セ ン ト か ら は 、

﹁ 栗 ﹂ のサクは、少く とも

(上 平 ) 型 だ った ろ う と 推 定 さ れ る 。 そ こ で 、 ﹁〓﹂ の サ ク は 、 少 く と も 、 ﹁裂 く ﹂ や

﹃名 義 抄 ﹄ 時 代 に は 、 (サ ク ) だ っ た ろ う 、 つ ま り (サ ク )、 つま り

は な い と 推 定 さ れ 、 一方

﹁咲 く ﹂ だ ろ う と も 考 え が た い ゆ え 、 し ば ら く 他 の 例 を さ が し て み る と 、 ﹃ 古 今集﹄

﹁古 今 集

﹁放 す ﹂ の 意 味 の 動 詞 の 連 体 形 で あ る 。 と こ ろ で 、

﹁思 ふ 仲 を も さ く る も の か は ﹂ と いう 歌 が あ る が 、 こ こ の ﹁さ く る ﹂ に 対 し て 、 毘 沙 門 堂 本

ら と 言 って 、 ﹁〓﹂ の サ ク は の恋 の部 に

註 ﹂ に (上 上 上 ) と い う 点 を 施 し て い る 。 こ の ﹁さ く る ﹂ は

他 の多 く の 用 例 に つ いて 比 較 検 討 し て み る と 、 当 時 の ア ク セ ント に は 、 ︽連 体 形 が (上 上 上 ) 型 の 二 段 活 用 動 詞

は 、 終 止 形 は (上 平 ) 型 であ る ︾ と いう 法 則 が あ る こ と が 明 ら か にな る 。 つま り 、 ﹁放 す ﹂ の意 味 の ﹁さ く ﹂ は

(上 平) 型 であ る に ち が いな い。 そ こ で 、 ﹁〓﹂ 字 の条 の サ ク は 、 こ の ﹁放 す ﹂ の意 の ﹁さ く﹂ か 、 あ る いは 、 こ

れ と 関 係 のあ る ﹁さ く ﹂ であ ろ う と 見 当 が つく 。 一方 、 ﹁〓﹂ の字 の他 の 訓 を 参 照 す る と、 こ の字 に は 、 ト ホ シ

と いう 訓 も あ る ゆえ 、 恐 ら く ﹁放 す ﹂ の意 の 訓 も あ って も い いだ ろ う と いう こ と に な り 、 こ こ で 、 ﹁さ く ﹂ の意

義 が は じ め て 明 瞭 にな る の であ る 。 な お 、 他 方 、 も う 一つの ﹁栗 ﹂ 字 の条 のサ ク は 、 他 の辞 典 な ど を 参 照 す る と 、 ﹁裂 ﹂ の意 の ﹁さ く ﹂ のよ う であ る。

  さ て、 こ のよ う な 、 アク セ ント によ る 単 語 の解 釈 は 、 古 典 作 品 な ど に あ て は め る 場 合 に 、 い っそ う 興 味 の あ る

結 果 が出 て く る 。 例 え ば 、 ﹃皇 極 紀 ﹄ に出 てく る 謡 歌 に 、 ﹁は ろ は う に こ と ぞ 聞 ゆ る 島 の藪 原 ﹂ と いう の があ る が 、

こ の ﹁こ と ﹂ と いう 部 分 に つ い て、 これ は ﹁琴 ﹂ だ と いう 、 契 沖 ・橘 守 部 等 の説 と 、 こ れ は ﹁詞﹂ だ と いう 、 荒

木 田 久 老等 の説 と が あ り 、 現 在 多 く の研 究 書 は ﹁琴 ﹂ 説 に従 って いる あ り さ ま であ る 。 元 来 、 ﹁こ と﹂ と いう よ

う な 音 価 の語 に つ いて は 、 橋 本 博 士 以 来 、 上 代 仮 名 遣 の 甲 乙 二 類 の いず れ で表 記 さ れ て いる か に よ って、 そ の意

味 の判 定 が 下 さ れ る は ず であ る 。 た ま た ま ﹁琴 ﹂ も ﹁言 ﹂ も 、 乙 類 の仮 名 で表 記 さ れ る 語 であ って 、 こ の場 合 に

は 、 上 代 仮 名 遣 は 、 語 義 の決 定 に対 し て 、 積 極 的 な 指 示 を 与 え な い の であ る。 と こ ろ で 、 今 、 そ の アク セ ント を

調 べ て み る と 、 ﹃書 紀 ﹄ の古 写 本 のう ち 、 岩 崎 家 本 で は 、 こ の歌 の部 分 に ち ょう ど声 点 が施 さ れ てお り、 ﹁こ と ﹂

の箇 所 は (平 平 ) と な って いる 。 こ れ は 、 いず れ の ﹁こ と ﹂ を 表 わ し て い る の か と いう と 、 ﹁琴 ﹂ の方 は、 現 在

東 京 式 の ア ク セ ント 諸 方 言 では 大 体 (コト ) 型 、 京 阪 式 ア ク セ ン ト 諸 方 言 で は 大 体 (コト ォ) 型 であ って 、 こ の

よ う な 語 は 、 他 の多 く の例 か ら 推 し て 、 平 安 朝 時 代 に は (コト ) と 発 音 さ れ て いた ろう と 推 定 さ れ 、 し た が って、

も し 、 ﹃書 紀 ﹄ の写 本 に 声 点 が つ いて いる な ら ば 、 (平 上 ) と な って いる は ず だ と 考 え ら れ る。 他 方 、 ﹁言 ﹂ の方

は 、 ﹁事 ﹂ と 同 じ と 見 て、 東 京 式 諸 方 言 で は大 体 (コト (ガ))、 京 阪 式 諸 方 言 では 大 体 (コト ) であ って 、 こ の

よ う な 語 は 、 他 の語 例 か ら 推 す と 、 平 安 朝 時 代 に は 低 平 調 に(コ ト ) と 発 音 さ れ て いた ろ う 、 し た が って、 も し 、

﹃ 書 紀 ﹄ の写 本 にあ が って いる な ら ば 、 (平 平 ) と 表 記 さ れ て い る は ず だ と 推 定 さ れ る。 そ う す る と 、 今 の岩 崎 家

本 ﹃書 紀 ﹄ の声 点 は 、 正 し く ﹁言 ﹂ の方 だ と 解 釈 でき る の であ って 、 こ の写 本 の筆 者 、 少 く と も 声 点 を 施 し た 人

は 、 こ の歌 を ﹁言 ぞ 聞 ゆ る﹂ と 解 釈 し て いた と 見 ら れ る わ け であ る 。 今 、 ﹃皇 極 紀 ﹄ の こ の歌 の前 後 を 読 み 返 し

て み る と 、 こ の 二行 ば か り前 の条 に、 ﹁争 ひ て神 語 の入 微 な る 説 を 陳 べき ﹂ と あ る。 も し 、 こ の文 を 受 け て いる

と す るな ら ば 、 ﹁こと ﹂ は 正 に ﹁琴 ﹂ と 解 す る よ り も ﹁言 ﹂ と 解 す る 方 が 適 当 と な って く る 。( 注22)

  た だ こ こ に 注 意 す べき は 、 岩 崎 家 本 の 声 点 は 、 ﹃日 本 書 紀 ﹄ 編 纂 当 時 に施 さ れ た も の を 伝 え た も の で は な く 、

平 安 朝 に、 朝 廷 で ﹃ 書 紀 ﹄ の講筵 が行 わ れ る よ う に な って後 、 は じ め て 施 さ れ る に 至 った も の で、 そ れ を 伝 え た

も の であ る こ と であ る 。 だ か ら、 岩 崎 家 本 の声 点 に よ って ﹁こ と ﹂ が ﹁言 ﹂ と 理解 さ れ ても 、 こ の歌 が ﹃書 紀 ﹄

に 採 録 さ れ た 時 に、 す で にそ う だ った と は 必 ず し も 断 定 す る こ と が でき な い のは 残 念 であ る 。 が、 ﹃ 書 紀﹄編纂

か ら あ ま り時 代 のた って いな い平 安 朝 時 代 に 、 こ の歌 は ﹁言 ぞ 聞 ゆ る﹂ と 理解 さ れ て いた と いう こ と は でき る と

思う 。 そ れ か ら 推 定 し て 、 ﹃書 紀 ﹄ 成 立 の時 代 に も 、 あ る いは そ う だ った か も し れ な い、 と いう こ と も で き る と 思う 。

て し を り け れ ば ⋮ ⋮﹂ と いう の が あ る が、 こ の ﹁を り﹂ の部 分 に 対 し て 、 多 く の ﹃古 今 集 ﹄ の古 写 本 、( 注23)あ

  こ れ と 似 た よ う な こ と は 、 ﹃古 今 集 ﹄ な ど にも あ って、 例 え ば 、 春 歌 上 の部 に 出 て いる 歌 に、 ﹁心 ざ し 深 く 染 め

る いは ﹃下官 抄 ﹄、 ﹃為 家 聞 書 ﹄、 毘 沙 門 堂本 ﹃古 今 集 註 ﹄ と い った 類 の文 献 に、 (平 上 ) の形 に 声 点 が施 し てあ る 。

と 言 っても 、 ﹃古 今 集 ﹄ の撰 者 では な いが 、 少 く と も 、 顕 昭 と か定 家 と か、 ﹃古 今

今 、 こ の声 点 の形 か ら 考 え る と 、 現 在 で は、 こ の ﹁を り ﹂ を 金 子 元 臣 氏 は じ め 多 く の学 者 た ち は ﹁居 り け れ ば ﹂ と 解 釈 し て いる が 、 古 く は︱

集 ﹄ に 声 を さ す こ と を は じ め た 人 た ち は 、 こ の部 分 を ﹁折 り け れ ば ﹂ と 解 釈 し て いた ろ う 、 と 推 定 さ れ る 。

 五   語 源 の研 究 へ の発 言

  ア ク セ ント 史 の研 究 は 、 以 上 のよ う な 古 典 に 出 てく る 語 句 の解 釈 か ら 進 ん で 、 そ う いう 語 句 の語 源 を 考 え る に 至 った 場合 、 い っそ う 大 きな 発 言 権 を も つに至 る も の で は な いか と 思 わ れ る。

  現 代 語 に お いて、 新 し く 出 来 る 複 合 語 ・派 生 語 の ア ク セ ント が、 も と にな る 語 の ア ク セ ント に 対 し て、 き わ め

て規 則 的 な 関 係 で 結 ば れ て いる こ と は、 諸 先 輩 の注 意 し て い る と お り であ って、 例 え ば 、 東 京 語 で、 ﹁買 う ﹂ と

﹁飼 う ﹂ と いう 二つ の動 詞 は 、 ア ク セ ント によ って (カ ウ ) ( 買う )、 (カ ウ ) ( 飼う ) と 対 立 し て いる が 、 ﹁︱ す

る 人 ﹂ の意 味 で ﹁か い て ﹂ と いう 場 合 に は 、 ﹁買 い手 ﹂ は (カイ テ ( ガ ))、 ﹁飼 い手 ﹂ は (カ イ テ (ガ )) で 、 や は

り ち が った ア ク セ ント を も つ。 物 を 買 う こと を ﹁買 い物 ﹂ と いう が、 こ の場 合 アク セ ント は 、 (カ イ モノ (ガ ))

であ って、 も し 、 犬 や 猫 を 飼 う こ と に 対 し て 、 か り に ﹁飼 い物 ﹂ と いう 単 語 を 作 る な ら ば 、 そ れ は 、 (カ イ モ ノ

(ガ )) と は な ら ず 、 (カ イ モ ノ (ガ )) と な る に ち が いな い。 これ は 東京 の人 な ら ば き っと 認 め る と 思 う 。 こ のよ

う な 事 実 か ら 、 東京 語 に お い て、 複 合 語 ・派 生 語 の類 は 、 そ の ア ク セ ント を検 討 す る こと に よ って、 も と にな っ

た 語 が ど の語 で あ る かを 明 ら か にす る こと が で き る わ け であ る が 、 こ のよ う な こと は 、 東 京 ア ク セ ント よ り 、 型

の体 系 が も っと 複 雑 な 京 阪 アク セ ント にお いて 、 い っそう 顕 著 で あ る 。 と こ ろ で、 古 代 の京 都 アク セ ント は 、 現

代 の京 阪 ア ク セ ント よ り 、 さ ら に複 雑 な 体 系 を 具 え て いる ゆえ 、 複 合 語 ・派 生 語 のア ク セ ント と 、 も と の語 の ア

ク セ ント の 間 に は 、 い っそ う 顕 著 な 法 則 性 が 見 出 だ さ れ る は ず で あ って、 も し 、 そ の法 則 を 明 ら か にす る な ら ば 、 そ れ に よ って そ の語 の 語 源 が 明 ら か にな る 語 が 少 く な いだ ろ う と 思 わ れ る 。

  さ て 、 今 、 ﹃名 義 抄 ﹄、 ﹃日本 書 紀 ﹄ の古 写 本 、 そ の他 古 代 の 文 献 の声 点 を 見 る と 、 複 合 語 ・派 生 語 に 関 し て 、

いく つか 法 則 が 見 出 だ さ れ る が、 特 に 二 つ の基 本 的 な 法 則 が厳 存 し て いる こと が知 ら れ る。 こ れ は 以前 にも 報 告

し た こと であ る が、 そ の 一つは ︽あ る 語 の第 一拍 に 上 声 の点 が つ いて いる な ら ば、 そ の語 の派 生 語 お よ び 、 そ の

語 を 先 部 と す る 複 合 語 は 、 す べ て同 様 に第 一拍 に 上 声 の点 が つ い て いる ︾ と いう 法 則 で あ る 。 例 え ば 、 ﹁ 歌 ﹂は

(上 平 ) であ る の に対 し て 、 ﹁歌 ふ ﹂ は (上 上 平 )、 ﹁酒 ﹂ は (上 上 ) で ﹁肴 ﹂ は (上 上 上 )、 ﹁上 ぐ ﹂ は (上 平 ) で

﹁上 る ﹂ は (上 上 平 )、 ﹁口﹂ は (上 上 ) で ﹁唇﹂ は (上 上 上 平 ) の ご と く で あ る 。 同 一の動 詞 の各 活 用 形 、 同 一

の形 容 詞 の 各 活 用 形 も こ の 法 則 に あ て は ま り、 ﹁型﹂ と ﹁形 ﹂、 ﹁水 ﹂ と ﹁港 ﹂、 ﹁煮 る﹂ と ﹁膠﹂、 ﹁文 ﹂ と ﹁筆 ﹂

( 又 は 去 声 ) の点 が つ いて い る な ら ば 、 そ の語 の派 生 語 、 お よ び

﹁札 ﹂、 ﹁戸 ﹂ と﹁扉﹂ な ど 、 同 語 源 と 見 ら れ る ほ と ん ど す べ て の 語 は こ の法 則 に従 って い る。   も う 一つ の法 則 は 、 ︽あ る 語 の第 一拍 に 平 声

そ の語 を 先 部 と す る 複 合 語 は 、 す べ て 同 様 に 第 一拍 に 平 声 (又 は 去 声 ) の点 が つ い て いる ︾ と いう 法 則 であ る 。

例 え ば 、 ﹁夜 ﹂ は (平 ) で あ る の に 対 し て ﹁よ る ﹂ は (平 上 )、 ﹁飼 ふ ﹂ は (平 上) で ﹁蚕 ﹂ は (平 上 平 )、 ﹁高 し ﹂

は (平 平 上 ) で ﹁高 さ ﹂ は (平 上 上 )、 ﹁ 腹 ﹂ は (平 平 ) で ﹁ 腹 這 ふ﹂ は (平 平 上 平 ) で あ る が、 こ の法 則 も 同 一

の動 詞 の 各 活 用 形 、 同 一の形 容 詞 の各 活 用 形 の間 に も あ て は ま り 、 例 え ば 、 ﹁手 ﹂ と ﹁た す き ﹂ ﹁た ら ひ﹂、 ﹁眼 ﹂

と ﹁ま な こ ﹂、 ﹁足 ﹂ と ﹁脚 結 ﹂ な ど 、 す べて こ の 法 則 に従 って いな いも のは な い。

  こ の 二 つ の法 則 は、 平 安 朝 の文 献 に 関す る か ぎ り 、 す こ ぶ る 厳 正 に 行 わ れ て いて 、 ほ と ん ど 鉄 則 と いう べき で

あ り 、 例 外 は例 外 と し て、 そ の大 部 分 は 、 さ ら に下 位 の 法 則 で 説 明 が つく も の で あ る 。( 注24)し か ら ば 、 こ の 法

則 は 、 ど う いう 事 実 を 示 す の か と いう と 、 当 時 の 国 語 に お い て 、 ︽あ る 語 が 高 く 始 ま る な ら ば 、 そ の 派 生 語 ・複

合 語 も す べ て 高 く 始 ま り 、 あ る 語 が 低 く 始 ま る な ら ば 、 そ の派 生 語 ・複 合 語 も す べ て低 く 始 ま る ︾ と いう よ う に

言 い換 え ら れ る 。 こう いう 法 則 な ら ば 、 属 す る 語 彙 こ そ ち がう が 、 現在 の近 畿 系 諸 方 言 の大 部 分 や、 西 南 九 州 方

言 の大 部 分 に お いて も は っき り 存 在 し て いる も の で あ る ゆ え 、( 注25)当 時 の京 都 方 言 に あ った と 考 え る こ と は、

極 め て自 然 な こ と と 考 え ら れ る。 そ し て、 こ のよ う な 法 則 が古 代京 都 の ア ク セ ント にあ った と す るな ら ば 、 我 々

は こ れ によ って 当 時 の単 語 の ア ク セ ント を 手 が か り と し て、 そ の語 源 に つき 、 現行 の学 説 に 対 し て、 或 は 肯 定 的

に、 或 は 否 定 的 に 、 そ の適 否 を 判 断 す る こ と が でき る と 思 う 。 こ れ は、 ち ょう ど 橋 本 博 士 が 上 代 仮 名 遣 の内 容 を

明 ら か にす る こ と に よ って 、 ﹁日﹂ と ﹁火 ﹂、 ﹁神 ﹂ と ﹁上 ﹂ のよ う な 語 に対 し て、 従 来 の語 源 説 を 再 検 討 さ れ た の と 全 く 同 じ法 式 であ る 。

 今 、例をあ げるな らば、 ﹃ 枕 草 子 ﹄ の ﹁にく き も の﹂ の条 に 、 ﹁物 語 な ど す る に、 差 出 で て 、 我 一人 さ いま ぐ る

も の﹂ と あ る。 こ の ﹁さ いま ぐ る ﹂ の語 源 に つ いて 、 古 来 多 く の 説 が出 て お り 、 ﹁さ い﹂ だ け に つ いて も ﹁先 ﹂

であ る と す るも の、 ﹁差 し ﹂ の音 便 形 であ る と す る も の、 漢 字 音 の ﹁才 ﹂ で あ る と す る も の な ど が あ る。 と こ ろ

が、 こ の ﹁さ いま ぐ る﹂ と いう 語 は ﹃名 義 抄 ﹄ に そ の アク セ ント が 示 さ れ てお り 、 そ こ に (上 上 上 上 平 ) と 表 記

さ れ て いる。 第 一拍 は 上 声 で あ る 。 そ う す る と 、 ﹁さ い﹂ の部 分 は 、 第 一拍 が上 声 の 語 でな け れ ば な ら ぬ 。 と こ

ろ が 、 ﹁先 ﹂ は (上 上 ) 型 で、 こ の条 件 に 適 う 。 ﹁差 し﹂ の方 は 、 ﹁さ し お く ﹂ と いう 語 が ﹃名 義 抄 ﹄ に 別 に 出 て

お り 、 (平 上 上 平 ) と 表 記 さ れ て いる 。 そう す る と ﹁さ し ﹂ の第 一拍 は 平 声 と 見 な け れ ば な ら な い。 そ れ で は 、

今 の条 件 に 適 わ な い。 す な わ ち 、 ﹁さ いま ぐ る ﹂ の ﹁さ い﹂ は 、 そ の ア ク セ ント か ら 考 え て ﹁差 し ﹂ と 見 る こ と は 不 適 当 であ り 、 ﹁先 ﹂ と す る の は 適 当 であ る と 考 え ら れ る 。

  こ のや り方 を 応 用 す れ ば 、 例 え ば 、 枕 言葉 の ﹁あ し び き の﹂ の ﹁あ し ﹂ の部 分 は 、 ﹁足 ﹂ と 見 る よ り も 、 ﹁葦 ﹂

と 見 る 方 に 分 が あ り 、動 詞 ﹁思 ふ ﹂ は 、 ﹁重 し ﹂ と 関 係 あ り と 見 る よ り も 、 ﹁面 ﹂ と 関 係 あ り と 見 る 方 が 妥 当 であ る。

  な お 、 複 合 語 ・派 生 語 に関 す る 法 則 は、 右 に述 べた 二 つ以 外 に も ま だ 多 く の も の があ り 、 これ ら を 応 用 す れ ば 、

﹃古 今 集 ﹄ な ど の ﹁こと な ら ば ﹂ の ﹁こ と ﹂ を ﹁如 し ﹂ の ﹁ご と ﹂ と 同 じ も のと 見 る 説 、 ﹁ 度 ﹂ は ﹁旅 ﹂ か ら 出 た

と 見 る 説 な ど 、 いず れ も 支 持 す べき 説 と いう こ と に な る が、 ﹁貝 ﹂ と ﹁買 う ﹂ と を 関 係 あ る語 と す る説 、 ﹁読 む ﹂

と ﹁呼 ぶ ﹂ と を 関 係 あ る 語 と す る 説 な ど は 再 考 を 要 す る と 考 え ら れ る 。 ま た ﹁来 る ﹂ の語 源 は ﹁来 ﹂＋助 動 詞 ﹁た り ﹂ と す る の は ま ず く 、 ﹁来 ﹂＋ ﹁至 る﹂ と 考 え る方 に軍 配 が 上 る 。

  六  国 語 史 の時 代 区 分 へ の発 言

  ア ク セ ント 史 の研 究 は、 以 上 の よう な 、 音 韻 史 の研 究 、 文 法 史 の研 究 、 文 献 の解 読 の研 究 、 語 源 の 研究 に 役 立

つ以 外 に 、 古 代 の文 献 の文 字 の訓 じ方 の研 究 、( 注26)あ る いは 文 字 の用 い方 の研 究 ( 注27)に も 役 立 つと 見 ら れ る 点

が あ る が 、 長 く な る ゆえ 、 そ れ ら は他 の機 会 に ゆ ず り 、 最 後 に国 語 史 全 般 の研 究 に 関与 す る 点 を 述 べ て み た いと

思 う 。 そ れ は 、 ア ク セ ント 史 の研 究 は 、 国 語史 の時 代 区 分 に関 し て 、 一つ の説 を 立 て 得 る と 思 わ れ る こ と であ る。

  今 、 暫 く 、 ︽時 代 区 分 ︾ と いう こ と を 離 れ 、 時 代 区 分 を 平 面 的 に し た も の と も いう べ き ︽方 言 区 劃 ︾ に つ い て

考 え て み る と 、 現 在 、 日本 の方 言 区 劃 に つい て は 、 標 準 の立 て方 に よ り 、 語彙 の相 違 に 標 準 を お く も の、 語 法 の

相 違 に標 準 を おく も の、 広 義 の音 韻 の相 違 に標 準 を お く も のな ど 、 種 々 のも のが あ る。 と こ ろ で 、 そ れ ら のう ち 、

ど う いう 区 劃 が いち ば ん 良 いか と いう と 、 ど こ か に 一つの線 を 引 く こ と によ って 、 そ の両 側 の 地 域 が 最 も 顕 著 な

対 比 を な す よ う な 、 そ う いう 区 劃 がす ぐ れ た も の であ ると 言 え ると 思 う 。 いま 、 こ の観 点 に 立 つと 、 語 彙 の相 違

に よ って線 を 引 く こ と は 最 も 困 難 で、 ﹁め だ か ﹂ の俚 言 の相 違 に 関 す る 線 、 ﹁じ ゃが いも ﹂ の俚 言 の相 違 に 関 す る

線 は 、 け っし て 一線 に 重 な ら ず 、 結 局 ソ シ ュー ル ら の いう よ う に 、 ︽方 言 境 界 線 は 存 在 せ ず ︾ と いう よう な こ と

に な って し ま う 。( 注28) つま り 語 彙 に よ って方 言 区 劃 を 試 み る こ と は 、 労 多 く し て 、 成 績 は は な は だ 上 ら な いわ

け で あ る。 語 法 の相 違 を 標 準 に と る 時 は、 これ よ り 多 少 は っき り し た境 界 線 を 引 く こと が で き 、 狭 義 の ﹁音 韻 ﹂

の相 違 を 標 準 と す る場 合 には 、 さ ら に有 力 な 境 界 線 を 引 く こ と が でき 、 か な り 見 事 な 方 言 区 劃 を 行 う こと が 可 能

であ る 。 が、 最 も 見 事 な 境 界 線 が 引 か れ る のは 、 広 義 の ﹁音 韻 ﹂ の中 に 含 ま れ る ア ク セ ント 、 我 々が 今 問 題 に し

て いる ア ク セ ント であ って、 例 え ば 、 服 部 博 士 の発 見 と し て有 名 な 、 三 重 県 東 北 隅 にあ る 二 つの 町、 西 の桑 名 市

と 東 の長 島 町 と で は、 名 詞 と 言 わ ず 、 動 詞 と 言 わ ず 、 あ ら ゆ る 語彙 を 通 じ て ア ク セ ント の 対 立 が 見 ら れ 、 も し 、

ア ク セ ント のち が いを も と にし て 、 こ の 二 つ の町 の 間 に 方 言 境 界 線 を ひ く な ら ば 、 そ れ は、 方 言 の、 他 の如 何 な

る 部 面 の相 違 を 標 準 と し て 境 界 線 を 引 く よ り も 、 決 定 的 な も の が 出 来 上 る の であ る 。 こ のよ う な ア ク セ ント 境 界

線 は 、 服 部 先 生 に 続 く 諸 家 に よ り、 そ の後 、 各 地 で 続 々発 見 さ れ た が 、( 注29)ま た 、 翻 って 、 個 人 が 一つ の 方 言

を 習 得 す る 場 合 を考 え る と 、 最 も 早 く 習 得 で き る の は 語彙 であ り 、 語 法 ・ 一般 音 韻 の順 に 改ま り が た く 、 最 後 ま

で 改 ま ら ず に、 根 強 く 残 る のは ア ク セ ント で あ る か ら 、 アク セ ント の相 達 を 、 語 彙 ・語 法 な ど の相 違 よ り 重 大 視

す る こ と は 、 そ う いう 点 か ら も 意 味 が あ る と 考 え ら れ る 。 す な わ ち 、 方 言 区 劃 に お い て、 ア ク セ ント の相 違 を 最 も 重 要 と 考 え る のは 、 決 し て不 当 と は 言 え な い の であ る 。

  さ て 以 上 は、 専 ら 、 方 言 区 劃 に つ い て考 え た の であ る が 、 こ の方 言 区 劃 を 縦 に し た と も いう べき 日本 語 の時 代 区 分 の場 合 、 こ れ に似 た こ と は な いだ ろ う か 。

  今 、 我 々 が 現代 語 の ア ク セ ント を 観 察 す る と 、 個 々 の語 の ア ク セ ント が 老 人 と 子 供 と で はち が う と いう よ う な

例 を か な り 見 出 す こ と が でき る。 東 京 で、 老 人 は ﹁神 ﹂ を カ ミ (ガ )、 ﹁赤 と ん ぼ ﹂ を ア カ ト ンボ と いう が、 子 供

は カ ミ 、 ア カ ト ンボ と いう 、 と いう よ う な のは 、 こ れ で あ る 。 こ れ ら を 見 る と 、 ア ク セ ント な ど と いう も の は、

実 に 変 り や す いも の で、 こ ん な も の によ って 時 代 区 分 を 立 て る こ と は 非 常 に危 険 だ と 考 え る 人 があ る か も し れな い。 が 、 これ に は 再 考 の余 地 があ る 。

 ﹁神 ﹂ がカ ミ (ガ ) か ら カ ミ (ガ ) に変 り 、 ﹁赤 と ん ぼ ﹂ が ア カト ンボ から ア カ ト ンボ に変 る と いう よう な の は 、

こ れ は 、 ︽個 々 の 語 の アク セ ント 変 化 ︾ であ る 。 ︽ア ク セ ント 変 化 ︾ の中 に は こ れ に 対 し て 、 ︽ア ク セ ン ト 体 系 そ

のも の の変 化 ︾ と いう べき も の が あ る 。 例 え ば 、 も し 、 現 在 の東 京 語 で 、 (○ ○ ( ガ )) 型 の 語 と (○ ○ (ガ )) 型

の 語 と がす べて 同 一の 型 に な って し ま う と か 、 (○ ○ ( ガ )) 型 に 属 す る 語 が ひ と つも 無 く な って し ま う 、 と か い

う よう な 変 化 が 起 った と し た ら 、 そ れ は ア ク セ ント 体 系 そ のも のが 変 化 し た こ と に な る 。 こう いう 変 化 は 簡 単 に

起 る だ ろ う か と考 え て み る と 、 例 え ば 、 現在 の東 京 語 な ど に は、 誰 が見 て も ち ょ っと 起 り そう も な いと 言 わ ざ る

を 得 な いと 思う 。 つま り 、 め った に 起 ら な いが 、 も し 起 った ら、 そ れ は 非 常 に重 大 な 事 が ら で あ る と考 え ら れ る 。

そ し て、 先 に例 に あ げ た 、 三 重 県 東 北 隅 の 二 つ の町 の ア ク セ ント に大 き な 相 違 が 見 ら れ た の は、 そ の 一方 、 あ る

いは 両 方 に 、 いず れ か の時 代 に 、 こ の 種 の ア ク セ ント 変 化 、 つま り、 ︽ア ク セ ント 体 系 そ のも の の変 化 ︾ が 起 っ

た た め に 、 こ のよ う な こと に な った と 考 え ら れ る 。 つま り 、 ア ク セ ント の変 化 の中 に は 、 ︽個 々 の語 のア ク セ ン

ト の変 化 ︾ の ほ か に 、 ︽ア ク セ ント 体 系 そ のも の の変 化 ︾ と いう べき も の があ る 、 そ う いう 変 化 が 起 った 時 は 、

そ の国 語 は 非 常 に 重 大 な 変 革 に 際 会 し た と 見 て よ いと 思 う の であ る 。 そ こ で 、 国 語 史 の時 代 区 分 を な す に あ た り 、

こ の事 実 に 着 目 し 、 ︽ア ク セ ント 体 系 そ のも の の変 化 ︾ が起 こ った 時 期 を も って、 区 分 の 標 準 と し 、 そ う し て 時

代 区 分を 試 み る と いう こ と は 、 新 し い提 案 と し て 許 さ れ る と 思 う 。 し か ら ば 、 こ のよ う に し て時 代 区 分を し た な ら ば 、 そ れ は ど ん な 結 果 を 生 む であ ろう か 。

  今 、 こ の問 題 に つ い て詳 細 に 論 じ る こと は わ ず ら わ し い ゆえ 、 ご く 簡 単 に 結 論 ( 注30)だ け 述 べ るな ら ば 、 第一

に、 ﹃補 忘 記﹄ な ど によ って知 ら れ る 近 世 初 期 の京 都 語 の ア ク セ ント 、 こ れ は 、 現 在 の京 都 語 の ア ク セ ント と は 、

明 ら か に ち が った ア ク セ ント 体 系 を も った も ので あ る 。 な ん と な れ ば 、 現在 京 都 方 言 に あ る (○ ○ ○ ) 型 と か 、

(○ ○ ○ ○ ) 型 と か 、 あ る い は (○ ○ ○ ○ ) 型 と か いう よ う な 、 ︽は じ め の 二 拍 以 上 が連 続 し て低 い型 ︾ の語 は 、

当 時 の京 都 方 言 に は 全 然 存 在 せ ず 、 代 り に、 現 在京 都 方 言 に は 全 然 存 在 し な い、 (○ ○ ○ ) 型 と か 、 (○ ○ ○ ○ )

型 と か、 (○ ○ ○ ○ ) 型 と か いう よ う な 、 ︽第 一拍 だ け 低 く 、 第 二拍 以 下 が連 続 し て高 い型 ︾ の語 が 存 在 し て い る

か ら であ る 。 こ れ は 、 そ の所 属 を 比 較 し て み る と 、 近 世 初 期 に (○ ○ ○ ) と いう 型 の 語 、 例 え ば 、 ﹁背 中 ﹂ と か

﹁隠 す ﹂ と か が 、 これ で あ る が、 そ れ ら が 現 在 に 至 る 間 に 、 い つ か 分 ら ぬ が 、 一斉 に (○ ○ ○ ) と いう 型 に 変 化

し 、 同 時 に (○ ○ ○ ○ ) 型 の 語 は (○ ○ ○ ○ ) 型 に 、 (○ ○ ○ ○ ) 型 の語 は (○ ○ ○ ○ ) 型 に変 化 し た と いう 、

アク セ ント 体 系 の 変 革 があ った こと が 明 ら か に な る 。 そ こ で、 近 世 初 期 と 現代 と は 、 そ の間 に 一線 を 劃 す べき 、

異 る 時 代 に 属 さ せ る べき も の であ って 、 そ の よ う な 変 革 が 起 った 、 そ の時 期 を そ の境 と す べき だ と 考 え ら れ る 。

た だ 、 現 在 は 資 料 の関 係 で、 そ の時 期 を は っき り 推 定 で き な い の は 遺 憾 であ る 。

  次 に 、 ﹃名 義 抄 ﹄ な ど によ って 知 ら れ る 平 安 朝 末 期 の ア ク セ ント 体 系 は 、 こ れ ま た 近 世 初 期 の ア ク セ ント 体 系

と 大 き く ち がう も の で、 例 え ば 、 近 世 初 期 に は 、 先 に述 べた よ う に 、 (○ ○ ○ ) 型 、 (○ ○ ○ ○ ) 型 と いう よ う な

型 は 全 く 存 在 し な か った が 、 平 安 末 期 に は 、 こう いう 型 も ち ゃん と 存 在 し て いた こ と が 知 ら れ る 。 こ の点 平 安 末

期 の ア ク セ ント は 現 代 と む し ろ似 て いる が、 そ の所 属 語彙 は 全 く 異 って お り 、 他 方 、 平 安 末 期 に は 、 現 在京 都 に

存 在 し な い、 (○ ○ ○ ) 型 、 (○ ○ ○ ○ ) 型 、 (○ ○ ○ ○ ) 型 、 (○ ○ ○ ○ ) 型 と いう よう な 型 も 存 在 し て お り 、 そ

った (○ ○ ○ ) 型 の語 は、 例 え ば 、 ﹁命 ﹂ のよ う な 、 私 の いわ ゆ る ﹁命 ﹂ 類 名 詞 、 ﹁思 ふ ﹂ の よ う な 、 私 の いわ ゆ

の点 は 近 世 初 期 と似 て いる と い った 状 況 であ る 。 そ し て 、 そ の各 型 の所 属 語彙 を 検 討 し て み る と 、 平 安 末 期 にあ

る第 二 類 動 詞 、 な ど が、 こ れ であ る が、 こ れ は 近 世 初 期 ま で の間 にす べ て (○ ○ ○ ) 型 に 合 流 し て、 (○ ○ ○ )

型 は消 滅 し た 、 同 時 に、 (○ ○ ○ ○ ) 型 や (○ ○ ○ ○ ) 型 は (○ ○ ○ ○ ) 型 に合 流 し 、 (○ ○ ○ ○ ) 型 は (○ ○ ○

○ ) 型 に 合 流 し た 、 と いう 変 化 が 起 った こ と が 推 定 さ れ る の であ る 。 こ の 変 化 が起 った こと は 、 非 常 に 大 が か り

な 国 語 の変 革 と考 え ら れ る か ら 、 平 安 末 期 の 国 語 と 、 近 世 初 期 の 国 語 と は 、 そ の間 に 一線 を 劃 す べき 別 の時 代 に

属 す べ き も のと 考 え ら れ 、 そ し て、 そ の境 は、 そ の変 革 が 起 った時 期 に設 け ら れ る べき だ と 考 え ら れ る 。

  然 ら ば 、 そ の 平 安 末 期 の アク セ ント と 、 近 世 初 期 の ア ク セ ント と の境 界 は 、 いず れ の時 期 に 定 む べき か と いう

と 、 ま ず 、 後 小 松 帝 の御 代 に 生 ま れ 、 後 花 園 帝 の御 代 に 死 ん だ 、 洞 院 実 煕 が 作 った と いう 、 ﹃名 目 抄 ﹄ の声 点 を

見 る と 、 そ れ か ら 推 定 さ れ る 当 時 の ア ク セ ント 体 系 は、 ﹃補 忘 記 ﹄ のも のと よ く 似 て お り 、 ﹃名義 抄 ﹄ のも のと は

全 く 異 る も の であ る ゆえ 、 室 町 時 代 は 、 大 体 近 世 初 期 と 同 じ 区 劃 の中 に 入 れ て よ いか と 思 わ れ る 。 一方 高 倉 帝 の

仏 教 讃 美 歌 であ る が、 こ の旋 律 の 上 に反 映 し て いる ア ク セ ント は 、 ﹃名 義 抄 ﹄ の も の と よ く

御 代 に 生 ま れ 、 後 堀 河 帝 の御 代 に 世 を 去 った 、 明 恵 上 人 が 作 った と いう ﹃四 座 講 式 ﹄ は 、夥 し い和 語 を そ の頌 詞 に含 ん だ 声 明︱

似 て い る と 見 ら れ る か ら 、( 注31平 )安 末 期 の ア ク セ ント は 、 大 体 源 平 時 代 ご ろ ま で は 続 いた と 見 ら れ る 。 即 ち 、

平 安 末 期 アク セ ント か ら 、室 町 近 世 初 期 アク セ ント ヘ の変 動 の 時期 は 、 鎌 倉 時 代 の 中 期 か 、 後 期 ご ろ か と 推 定 さ

れ る の で あ る 。( 注32)な お 、 ま た、 平 安 朝 以 前 は ア ク セ ント か ら 見 て ど う 区 劃 さ れ る か と いう 問 題 も あ る が、 こ

れ は 資 料 の 関 係 で残 念 な が ら 未 解 決 と 言 う ほ か はな い。 た だ、 平 安 中 期 は 、 大 体 平 安 末 期 と 同 じ 区 劃 の中 に 入 れ て よ さ そ う で あ る 。( 注33)

  七   むす び

  以 上 、 国 語 史 の時 代 区 劃 に 対す る 私 案 の提 出 を 以 て 、 国 語 ア ク セ ント 史 研 究 の、 国 語 諸 部 面 の史 的 研 究 へ の発

言 に つ いて の私 見 を 終 る が、 な お 、 ア ク セ ント 史 の研 究 は 、 こ の ほ か に 、 書 誌学 的 研 究 ・国 文 学 史 の研 究 、 お よ

び 日 本 音 楽 史 の研 究 に も 役 立 ち 得 る と 考 え ら れ る 。 が 、 こ れ ら に つ い て は 、 一部 は す で に 発 表 し た ( 注3 4)こ と も

あ り 、 ま た 、 他 の部 分 に つ いて は 、 ま た の機 会 も あ ろ う か ら 、 こ こ で は 以 上 の ﹁国 語 史 の研 究 へ の寄 与 ﹂ だ け に と ど め て お こ う と 思う 。

  あと がき

  これ は、 昭和 二十 一年 六月 一日、東 大 で開 かれ た第 一回 国語 学会 講演 会 の時 に発表 し たも の の原 稿 を整 理し たも ので

あ る。 そ の後 、 遠藤 嘉基 博士 ・大 野晋 ・大 原孝 道 ・都 竹通 年雄 ・築島 裕 ・吉 沢典 男 ・和 田実等 の諸家 によ って、 こ の方

面 の研究 は 非常 に進 んだ が、 時間 の都合 上 、 訂正 は最 小限 にと どめ 、注 によ って不備 を補 う と いう 手 段を と った こと を お 許し 願 いた い。

(注 1 )   吉 沢義 則博 士 の ﹁ 濁 点 源 流 考 ﹂ (﹃ 国 語 国 文 の研 究﹄ 六 ・七 所 載 、 の ち、 ﹃ 国 語 説 鈴 ﹄ に 収 録)、 春 日 政 治 博 士 の ﹁古

﹁類 聚 名 義 抄 和 訓 に 施 さ れ た る 声 符 に就 て ﹂ (﹃ 国 語 学 論集 ﹄所 収) ・

訓漫 談﹂ ( ﹃文学 研 究 ﹄ 二 所載 、 のち、 ﹃ 国 語 叢 考﹄ に収 録 ) 。  (注 2 )   去 声 ・平 声 の音 価 に つ い て は 、 金 田 一春 彦

﹁日 本 四 声 古 義 ﹂ ( ﹃国語 アク セ ント 論 叢 ﹄ 所収 ) を 参 照 さ れ た い。 

( 注 3)   平 声 点 は 、 こ の 場 合 だ け を 問 題 と し て 考 え れ ば 、 普 通 の平 声 の意 で低 平 調 を 表 わ す と も 考 え ら れ る が、 他 に

( 注 2 ) ﹁日 本 四 声 古 義 ﹂

﹁ 木 ﹂ ﹁火 ﹂ の類 の 語 に も 平 声 点 が 施 さ れ て い る こ と か ら 、 ﹁木 ﹂ ﹁火 ﹂ の 類 の 平 声 点 は 普 通 の 平 声 で 、 低 平 調 を 表 わ

し 、 ﹁日 ﹂ の平 声 点 は ︽平 声 の軽 ︾ の 意 で 下 降 調 を 表 わ す も の と 推 定 さ れ る 。 金 田 一前 掲 六 八 二 頁 な ど を 参 照 さ れ た い。 

(注 4 )   服 部 四 郎 博 士 ﹁﹁琉 球 語 ﹂ と ﹁国 語 ﹂ と の音 韻 法 則(二 ﹂)( ﹃方言 ﹄ 二ノ 八 所載 ) を 見 ら れ よ 。 

﹃ 隠 岐 島 方 言 の 研 究 ﹄ な ど を 参 照 。 石 川 県 下 のも の に つ い て は さ き に 長 岡 博 男 氏 の

﹁屋 久 島 方 言 ﹂(﹃ 方 言 ﹄ 四 ノ四 所 載 ) 、上 村 孝 二 氏 ﹁甑島 方 言 の ア ク セ ン ト ﹂ ( ﹃ 音 声 学協 会 会 報 ﹄六 五 ・

六六 所 載 ︶、 島 根 女 子 師 範 学 校

(注 5 )   井 上 一男 氏

報 告 が あ り 、 今 は 岩 井 隆 盛 ・吉 沢 典 男 両 氏 が 研 究 を 進 め て お ら れ る 。 

(注 6 )   こ こ に 述 べ た こ と に つ い て は 、 遠 藤 嘉 基 博 士 が 全 面 的 に 認 め て く だ さ り 、 新 た な 例 を 追 加 さ れ て 、 ﹃訓 点 資 料 と 訓 点 語 の研 究 ﹄ の 一四 九− 一五 〇 頁 に 発 表 さ れ た 。 

(注 7 )   金 田 一前 掲 ( 注 2) ﹁類 聚 名 義 抄 和 訓 に 施 さ れ た る 声 符 に 就 て ﹂ 二 一 一−二 一二 頁 を 見 ら れ よ 。  ( 注 8)   都 竹 通 年 雄 氏 の教 示 に 従 う 。 

( 注 10 )   こ の傾 向 は 字 音 の 語 彙 な ど に 特 に顕 著 で あ る 。 こ の こ と に つ い て は 最 近 奥 村 三 雄 氏 が ﹁字 音 の連 濁 に つ いて ﹂

(注 9 )   比 嘉 春 潮 氏 の教 示 に 従 う 。 

(﹃ 国 語 国文 ﹄ 二 一ノ 五 所載 ) の中 に具 体 的 な 例 を 報 告 し て お ら れ る 。 

( 注 11 )   大 野 晋 氏 は 、 昭 和 二 十 六 年 十 一月 、 日 本 言 語 学 会 研 究 会 で 発 表 さ れ た ﹁日 本 語 の 母 音 調 和 ﹂ と いう 講 演 の 中 で 、

いわ ゆ る 上 代 特 殊 仮 名 遣 と 古 代 語 の ア ク セ ン ト と の関 係 に 言 及 し 、 上 代 仮 名 遣 に お い て イ 列 音 ・エ 列 音 の う ち 、 い

わ ゆ る 乙 類 に 属 す る 拍 は 、 ﹃名 義 抄 ﹄ の ア ク セ ント に お い て 多 く 上 声 点 が 施 さ れ て い る 事 実 を 報 告 さ れ た 。 氏 は タ

 

ケ← タ カ 、 ア メ ← ア マ の よ う な 、 音 韻 変 化 を 起 す 拍 は 多 く 上 声 の 拍 で あ る こ と にも 言 及 さ れ た が 、 卓 見 で あ る 。 こ

の よ う に ア ク セ ント と 上 代 仮 名 遣 と の 間 の 関 係 が 明 ら か に さ れ て く る と 、 ア ク セ ント 史 の 研 究 は いよ いよ 重 要 な 意 味 を お び てく る と 言 う べ き で あ る 。 

れ る 。 

( 注 2 ) ﹁類 聚 名 義 抄 和 訓 に 施 さ れ た る 声 符 に 就 て ﹂ ・﹁日 本 四 声 古 義 ﹂ を 参 照 さ れ た い。

( 注 12 )   終 止 形 と 連 用 中 止 形 と で は 、 動 詞 の ア ク セ ント は 常 に 変 ら な い、 と いう 法 則 が 、 当 時 の国 語 ア ク セ ン ト に 見 ら

( 注 13 )  金 田 一前 掲

( 注 14 ) こ の事 実 に つ い て は 、 そ の後 、 吉 沢 典 男 氏 が 種 々 の方 面 か ら 考 察 を 進 め 、 そ の 成 果 を 最 近 ﹁複 合 動 詞 に つ い て ﹂ と いう 題 で ﹃日 本 文 学 論 究 ﹄  一〇 に投 稿 さ れ た 。 

( 注 15 )   た ま た ま ﹁率 ゐ る ﹂ と 言 う 語 、 ﹁攻 め 取 る ﹂ と いう 語 は あ が って いな いが 、 ﹁思 ひ や る ﹂ は (オ モ イ ヤ ル)、 ﹁さ

シ カ ク ス) と な る は ず で あ る 。 

し か く す ﹂ は (サ シ カ ク ス ) の よ う に 表 記 さ れ て い る 。 も し 、 二 語 の連 続 と し て発 音 し た ら 、 (オ モ イ ヤ ル)、 (サ

究 を 進 め て お ら れ 、 歌 の部 分 の 声 点 と 、 和 訓 の声 点 と の 間 に 、 内 容 上 か な り の 相 違 が あ る こ と を 明 ら か に さ れ た が 、

( 注 16 )   岩 崎 家 本 ・前 田 家 本 ・図 書 寮 本 な ど に は 、 歌 の部 分 や 和 訓 に声 点 が 施 さ れ て いる 。 大 原 孝 道 氏 が こ の 方 面 の研

そ れ に よ る と 、 歌 の部 分 の 声 点 は ﹃名 義 抄 ﹄ よ り 多 少 前 の 時 代 の ア ク セ ン ト を 、 和 訓 の 部 分 の声 点 は 、 大 体 ﹃ 名義

抄 ﹄ と 同 じ 時 代 の ア ク セ ント を 伝 え る も の か と 推 測 さ れ る 。 大 原 孝 道 氏 ﹁近 畿 ア ク セ ント に お け る 下 上 型 名 詞 の 甲 類 ・乙 類 の別 の発 生 に 関 す る 一考 察 ﹂ (﹃ 国 語 ア ク セ ント論 叢 ﹄ 所 収 ) を 見 ら れ よ 。 

草 通 釈 ﹄ 巻 上 の 四 三 頁 、 巻 中 の三 二 二 頁 、 三 四 七 頁 な ど を 見 ら れ よ 。 

﹁国 語 ア ク セ ント の 史 的 研 究 ﹂ (﹃ 国 語 ア ク セ ント の話﹄ 所 収 ) 一二 一−一二 二頁 を 見 ら れ よ 。

( 注 17 )   橘 純 一氏 の ﹃つれ〓 ( 注 18 )   金 田 一春 彦

れ て お り 、 声 点 は 、 橋 本 博 士 が 毘 沙 門 堂 の本 か ら 直 接 転 写 さ れ た も の が 、 東 大 国 語 学 研 究 室 に あ り 、 そ れ に 従 った 。 

( 注 19 )   京 都 の 山 科 毘 沙 門 堂 門 跡 に 襲 蔵 。 著 書 未 詳 。 鎌 倉 時 代 の 末 に でき た 。 本 文 は ﹃未 刊 国 文 古 註 釈 大 系 ﹄ に 収 め ら

( 注 20 )   度 会 延 明 の述 作 。 佐 佐 木 信 綱 博 士 の竹 柏 園 に 写 本 が 伝 わ って お り 、 ﹁古 典 保 存 会 ﹂ か ら 複 製 本 が 出 て い る 。 

( 注 21 )  文 字 に は 書 か れ て いな いが 、 昭 和 十 二 年 ご ろ 口 頭 で 発 表 さ れ た お 考 え で あ る 。

図書 寮本

﹁さ さ が ね のく も の 行 ひ 今 宵 し る し も ﹂ に つ い て も 言 わ れ る 。 即 ち 、

( 注 16 ) ﹁近 畿 ア ク セ ン ト に お け る 下 上 型 名 詞 の 甲 類 ・乙 類 の 別 の

﹃ 書 紀 ﹄ に 、 こ の 歌 の 部 分 に 点 が さ さ れ て いる が 、 そ の 声 点 に よ れ ば 、 こ こ の ﹁ く も ﹂ は ﹁蜘 蛛 ﹂ で は な

( 注 22 )   同様な ことは 、 ﹃ 允 恭紀 ﹄ にあ る著名 な歌

﹃ 古 今 和 歌 集 ﹄ な ど 。 

発 生 に 関 す る 一考 察 ﹂ 四 三 四−四 三 五 頁 を 見 ら れ よ 。 

く て ﹁雲 ﹂ を 意 味 す る と 見 ら れ る 。 大 原 氏 前 掲

( 注 23 )   例 え ば寂 恵本

( 注 24 )  例 え ば ﹁日 ﹂ ﹁矢 ﹂ は 平 声 で あ る の に 対 し て 、 ﹁ひ さ し ﹂ ﹁ひ じ り ﹂ ﹁や じ り ﹂ ﹁や す り ﹂ な ど 第 一拍 は 上 声 で あ

って 例 外 を な す が 、 ﹁日 ﹂ ﹁矢 ﹂ の 平 声 点 は 、 同 じ 平 声 で も ︽平 声 の 軽 ︾ を 意 味 す る と 考 え ら れ る 。 平 声 の う ち 、

︽軽 ︾ は 高 く 初 ま る 声 で あ る ゆ え 、一 般 の平 声 と は 異 な り 、 上 声 と 同 じ 類 に 属 す る も の であ る こ と は き わ め て 自 然 で あ る 。 

部 成 素 と し て 見 た る 二 音 節 名 詞 ﹂ (﹃ 方 言 研究 ﹄ 七 所載 )、 平 山 輝 男 氏 の ﹁北 九 州 に 於 け る 二 型 ア ク セ ント の研 究( 四) ﹂

( 注 25 )   和 田 実 氏 の ﹁近 畿 ア ク セ ン ト に 於 け る 名 詞 の複 合 形 態 ﹂ ( ﹃ 音 声 学 協会 会 報 ﹄ 七 一所 載)・﹁複 合 語 ア ク セ ント の後

( ﹃コト バ﹄ 七 ノ 八所 載)・﹃ 九 州 方 言 音 調 の 研 究 ﹄ 一五 二 頁 以 下 な ど を 参 照 さ れ た い。 

( 注 26 )   ﹃古 事 記 ﹄ に 見 え る 四 声 の 註 の考 察 か ら 、 和 田 実 氏 が ﹃ 古 事 記 ﹄ の神 名 ﹁菅 竈 由 良 度 美 ﹂ の 訓 の 改 訂 を 提 唱 さ

れ た の は そ の 一例 であ る 。 ﹃ 国 語 と 国 文 学 ﹄ 二 九 ノ 六 所 載 ﹁古 事 記 の 声 の 註 ﹂ を 見 ら れ よ 。 

( 注 27 )  金 田 一春 彦 ﹁金 光 明 最 勝 王 経 音 義 に 見 え る 一種 の万 葉 仮 名 遣 に つ いて ﹂ ( ﹃ 国 語 と国 文 学﹄ 二 四ノ 一 一所 載 ) を 見

ら れ た い。 そ の後 、 大 野 晋 氏 が 、 いわ ゆ る 定 家 仮 名 遣 の ﹁お ﹂ ﹁を ﹂ の 使 い 分 け は 、 ア ク セ ン ト に よ る も の で あ る

こ と を 発 見 さ れ て 、 そ の応 用 範 囲 は い っそ う 広 く な った 。 氏 の ﹁仮 名 遣 の 起 源 に つ い て ﹂ (﹃ 国 語 と国 文学 ﹄ 二七 ノ 一 二 所載 ) を 参 照 。 

( 注 28 )   服 部 四 郎 博 士 の ﹁方 言 境 界 線 の問 題 に つ い て ﹂ (﹃ 土 の香﹄ 創 刊 第 五 周年 記 念 号 所載) を 参 照 さ れ た い。 

( 注 18 ) ﹁国 語 ア ク セ ント の 史 的 研 究 ﹂ の 一九 六− 二 〇 〇 頁 あ た り を 参 照 さ れ た い 。 

( 注 29 )   稲 垣 正 幸 氏 の ﹁国 語 ア ク セ ン ト の 研 究 概 観 ﹂ ( ﹃国 語 アク セ ント論 叢 ﹄ 所 収 ) の 四 八 頁 を 見 ら れ よ 。  ( 注 30 )   詳 し く は 金 田 一前 掲

( 注 31 )   金 田 一春 彦 ﹁邦 楽 の旋 律 と 歌 詞 の ア ク セ ン ト ﹂ (﹃ 田 辺 先 生 還暦 記 念 東 亜音 楽 論 叢 ﹄ 所収) の 二 七 一−二 七 三 頁 を 参

 

照 さ れ た い。  (注 32 )   大 野晋 氏 がこ の間 の状況 を 詳しく 考察 さ れ、 そ の成果 を前 掲

( 注 27 ) ﹁仮 名 遣 の 起 源 に つ い て ﹂ に 発 表 さ れ た 。

そ れ に よ れ ば 、 こ の 変 化 は 、 行 阿 の時 代 の少 し 以 前 に は じ ま り 、 少 し 以 後 に 完 了 し た と 見 ら れ る 。 な お 、 第 二 節 の

中 で触 れた よう に、 ﹃ 古 今和 歌集 ﹄ の古 写本 そ の他、 鎌倉 時 代 に声 点 が施 さ れ た と見 ら れ る文 献 の アク セ ント は、

去 声 拍 を 欠 く と いう よ う な 点 で 、 ﹃ 名 義 抄 ﹄ のも の と 多 少 ち が う か ら 、 厳 密 に は 鎌 倉 時 代 の ア ク セ ント は 、 平 安 朝

( 延喜 二 十年 ︱ 正暦 四 年) が 譜 を 作 った と い う も の が 残 っ て お り 、 そ の 譜 に よ

末 期 の も のと 多 少 ち が って いた と 言 う べ き で あ る 。 (注 16 ) で触 れ た ﹃日 本 書 紀 ﹄ の 古 写 本 の 歌 謡 の部 分 の声 点 も 、 同 様 に 問 題 を 蔵 し て い る 。  ( 注 33 )   ﹃朗 詠 集 ﹄ の譜 本 の 中 に 、 源 雅 信

( 注 31 ) ﹁ 邦 楽 の 旋 律 と 歌 詞 の ア ク セ ント ﹂ 二 七 五− 二 七 七 頁 を 参 照 さ れ た い。

って そ の曲 節 を 考 察 す る と 、 そ こ に 反 映 し て い る ア ク セ ント は 、 ﹃名 義 抄 ﹄ のも の と よ く 似 て い る 。  ( 注 34 )   金 田 一前 掲

古 代 ア ク セ ント か ら 近 代 ア ク セ ント ヘ

  これ は 、 今 年 春 の京 都 で の 研 究 発 表 会 で報 告 し た 内 容 を 整 理 し た も の です 。︹ 補註︺増 訂 し てあ り ま す が 、 趣 旨

ア ク セ ント か ら 見 た 京 都 語 の 時 代 区 分

は 変 って いま せ ん 。 全 文 の大 意 は 、 三 七 六 頁 に 要 約 し てあ り ま す 。

  一  

  谷 崎 潤 一郎 の戯 曲 ﹁鶯 姫 ﹂ の中 に、 国 語 の 一教 師 が平 安 時 代 の人 に 生 ま れ 変 る と こ ろ が あ る が、 今 、 現代 の人

が そ の よう に ひ と り だ け 平 安 時 代 に生 ま れ 変 った と す る 。 と 、 当 然 、 平 安 時 代 の こと ば を 使 わ な け れ ば な ら な い。

そ の場 合 、 そ の人 は 何 に いち ば ん 苦 労 す る だ ろう か 。 そ れ は 、 現 代 の我 々 がち が う 方 言を し ゃ べろう と す る 時 と

同 じ こ と だ と 思 う 。 す な わ ち、 語 彙 よ り も 語 法 が 、 語 法 よ り も 音 韻 が 、 音 韻 の中 でも ア ク セ ント が 、 こ と に マ ス タ ー し に く いだ ろう と 思 う 。

読から)( 注1)

  イ ハノ ニ ヘニ ・コザ ル コメ ヤ ク ・コメダ ニ モ ・タゲ テト ホ ラ セ ・カ マシ シ ノ オ ヂ ( 岩崎家本 ﹃ 皇 極紀﹄ の声点 の解

  ヤ マト ウ タ ハ ・ヒト ノ コ コ ロヲ ・タ ネ ト シ テ ・ヨ ロヅ コト ノ ハト ゾ ・ナ レ リ ケ ル ( ﹃ 古今集﹄古写本 の声点 の解読 そ の他から)( 注2)

  右 は 、 平 安 末 期 のア ク セ ント を 復 原 推 定 し た も の であ る が 、 これ は京 都 以 外 に 育 った 私 ど も に は も ち ろ ん の こ

と 、 京 都 出 身 の 皆 さ ん にも 覚 え にく く 、 ま た 、 使 い にく い こと と 思 う 。

  な ぜ ア ク セ ント は マス タ ー し にく いか 。 そ の原 因 は 、 一つは ア ク セ ント は 語彙 ・語 法 と ち が い、 当 時 の文 学 作

品 類 を 読 む と いう よ う な こ と では 、 覚 え ら れ な い こと にあ る 。 が、 そ れ だ け で は な い。 例 え ば、 ﹁米 ﹂ と いう 語 、

﹁岩 ﹂ と いう 語 は 、 現 在 京 都 で は 、 コ メ ・イ ワと いう 同 一の ア ク セ ントを も って いる が、 右 の例 に 見 え る よ う に 、

平 安 朝 時 代 に は ﹁米 ﹂ は 低 低 型 、 ﹁岩 ﹂ の方 は 高 低 型 で あ った。 こ こ に は 出 て いな い が、 同 じ ク ラ で も 、 ﹁庫 ﹂ は

平 安 朝 時 代 、 低 低 型 、 ﹁鞍 ﹂ は 平 安 朝 時 代 、 高低 型 で あ る。 こ ん な 例 は イ ヤ と いう ほ ど あ る 。 こ う いう のを 一つ

一つ覚 え て いく こ と は、 ず い ぶん 難 し い こと だ ろ う と 思 う 。 現 代 の人 は 、 ア ク セ ント を 標 識 に し て 、 よ く そ の人

の出 身 地 を 言 い当 て る こ と が あ る が 、 あ れ と 同 様 に、 他 の点 で いく ら 平 安 人 に 化 け て も 、 平 安 朝 の人 は 、 他 の時

代 か ら ま ぎ れ こ ん で来 た 人 を 、 そ のア ク セ ント に よ って 、 見 事 に 言 い当 て る だ ろう と 思 う 。

  そ う だ と す る と 、 国 語 史 の上 で ア ク セ ント の時 代 的 変 化 と いう こと は 大 いに 重 要 視 す べき こ と に な る 。 す な わ

ち 、 ︽ア ク セ ント のち が い︾ と いう こ と を 標 準 と し て 、 国 語 史 の時 代 区 分 を す る こと は大 き な 意 義 が あ る と 思 う 。

  そ う す る と、 次 の問 題 は 、 ︽ア ク セ ント に よ る時 代 区 分 が実 際 に可 能 か どう か︾ と いう こと であ る 。 私 は、 それ

は かな り 見事 に で き る は ず だ と 思 う 。 そ れ は 、 アク セ ント が 変化 す る 場合 に は 、 多 く の語 が い っぺん に同 じ方 向 に

変 化 し、 短 い期 間 に そ の変 化 が 終 る と 思 わ れ る から であ る。 も ち ろ ん 、 一つの語 、 あ る いは 少数 の語 だ け が 個 別的

に変 る こと も あ る 。( 注3) が 、 同 一の 型 に 属 す る 語 が全 部 他 の型 に 移 ってし ま う こ と も あ る こ と は 明 ら か であ る 。

  ど う し て そ れ が わ か る か 。 それ は 、 ま ず 、 過 去 の ア ク セ ント を 記 載 し た 文 献 が、 そ う いう 事 実 を 証 明 す る 。 現

在 のと こ ろ 、 過 去 の ア ク セ ント を 記 載 し た 文 献 は 、 京 都 ア ク セ ント が 主 な も の で あ る が、 個 々 の文 献 を 見 る と

︽現 在 同 一の型 で発 音 さ れ る 語 句 は 同 じ 型 に 表 記 さ れ て い る︾ と いう 傾 向 が き わ め て 強 い。 例 え ば 、 三 六 五 頁 の

語彙 表 でK と し てあ げ た 語 ﹁命 ﹂ ﹁白 い﹂ ﹁足 は ﹂ と いう よ う な 語 は 、 ﹃類 聚 名 義 抄 ﹄ ﹃日本 書 紀 私 記 ﹄ な ど 、 平安 安

末 期 ︱ 鎌 倉 初 期 の ア ク セ ント を 伝 え て いる と 見 ら れ る 文 献 に は 、 も し 出 て 来 れ ば 、 す べ て平 平 上型 に表 記 さ れ て

いる 。 こ れ は 、 当 時 、 す べ て低 低 高 型 だ った こと を 示す 。 それ が ﹃開 合 名 目 抄 ﹄ ﹃補 忘 記 ﹄ 等 、 室 町 時 代︱ 江 戸

初 期 の ア ク セ ント を 伝 え て いる と 見 ら れ る 文 献 で は す べ て 徴 角 角 型 に 表 記 さ れ て いる。 これ は (高 低 低 ) と いう

か であ る と 言 って よ い。 す な わ ち 同 じ 類 の語 は 、 同 じ

型 だ 。 そ し て これ ら両 時 代 の中 間 の時 代 の 文 献 は、 す べ て ﹃名 義 抄 ﹄ 式 か 、 ﹃補 忘 記 ﹄ 式 か 、 あ る い は第 三 の式 ︱そ の 式 でも 右 の語彙 は 同 一の型 で表 記 さ れ て いる︱

意 義 も 職 能 も 関 係 の な い語

時 代 に は 同 じ 型 で あ ろ う と し 、 も し 、 そ のう ち の 一つの 語 の ア ク セ ント が変 る 時 に は、 他 の語 も そ ろ って 変 る と いう こ と が 知 ら れ る 。( 注4)

  これ に つ い て は 不 思 議 に 思 う 人 があ る か も し れ な い。 どう し て こ れ ら の語 句 が︱

句 が、 同 じ 型 に属 し て いる と いう だ け で 、 一斉 に 同 一の方 向 に む か って 変 化 す る の か、 と 。 し か し 、 これ は 不 思 議 でも な ん でも な い。

  例 え ば 、 私 はき のう 汽 車 へ乗 って 東京 か ら 京 都 ま で来 た 。 東 京 駅 でた ま た ま 共 立 女 子 大 の 山本 信 道 さ ん と い っ

し ょ に な った 。 そ う し た と ころ が、 私 が 静 岡 ま で来 る と 、 山 本 さ ん も 静 岡 ま で来 る。 私 が 名 古 屋 ま で来 る と 、 山

本 さ ん も 名 古 屋 ま で来 る。 私 が 京 都 へ着 いた ら 山 本 さ ん も京 都 へ着 いた ⋮ ⋮ 。 が、 こ れ は 同 じ 汽 車 へ乗 った 以 上

は ア タ リ マ エの こ と であ る 。 も し 、 こ れ に つ いて 誰 か が 、 よ く 別 々 の人 が同 じ 時 刻 に着 いた も のだ と 感 心 し た ら 、

そ れ は よ ほ ど 頭 が ど う かし て い る。 同 じ 汽 車 に乗 って いれ ば 、 同 じ に 着 く の は 当 然 で あ る 。 ア ク セ ント も 正 し く

これ と 同 じ も の で 、 ﹁命 ﹂ と いう こ と ば が 、 イ ノ チ と いう 型 か ら イ ノ チ と いう 次 の 型 に 変 化 し た のは 、 ﹁命 ﹂ ﹁白

い﹂ ﹁足 は﹂ と いう 語 が 、 め いめ い新 し いア ク セ ント の型 に乗 り換 え た の で は な い。 そ れ ら の単 語 が 乗 って い た

ア ク セ ント の 型 そ れ 自 身 が 動 いた ので あ る 。 ア ク セ ント の型 そ のも の が変 化 す る 以 上 は 、 そ の型 に属 し て いる 単

語 は、 よ ほど 特 別 の事 情 のな いか ぎ り 、 み んな 一斉 に同 じ 型 に変 る の に 不 思 議 は な い。

  と に か く 、 ア ク セ ント に お い て は 、 多 数 の 語 の ア ク セ ント が い っぺん に変 化 す る と いう こ と が あ る 。 そ う す る

と ア ク セ ント の変 化 は 、 国 語 の変 遷 の途 中 で、 非 常 に重 要 視 す べき 事 実 だ と いう こ と にな る。 こ れ は 、 か の方 言

の区 画 の原 理 を 思 わ し め るも の であ る。

  す な わち 、 一つ の言 語 の方 言 区 画 を し よ う と す る 場 合 、 語彙 に つ いて そ の 分 布 状 態 を 調 べる と 、 一つ 一つ の語

は そ れ ぞ れ ち が った 分 布 領 域 を も って いて 、 等 語 線 は メ チ ャメ チ ャに 乱 れ あ う 。 方 言 区 画 と いう よ う な こ と は な

か な か でき な い。 そ こ で、 結 局 フ ラ ンス の言 語 地 理 学 が逢 着 し た よ う に 、 方 言 区 画 不 可能 論 が 生 ま れ た りす る 。

こ れ に反 し て 語 法 を 基 準 と し て お こな う と 、 も う 少 し は っき り し た 区 画 を 立 て る こと が で き る 。 も し 、 音 韻 を 基

準 と す れ ば 、 い っそ う は っき り し た 区 画 を 立 てる こ と がで き る 。 そ う し て アク セ ント で や る と 、 東 西 両 アク セ ン

ト の境 界 線 は 、 誰 が や っても 、 愛 知 県 と 三 重 県 の 県 境 付 近 の、 ︽服 部 線 ︾ の上 に 引 か れ る 。 そ ん な わ け だ か ら ア

ク セ ント の ち が いを 目 安 と し て方 言 を 区 画 す る こ と が 、 方 言 研 究 の方 で 重 ん じ ら れ て い る こ と は 当 然 で あ る。 こ れ は 、 国 語 史 の場 合 にも あ て は め て 考 え て よ いは ず だ と 思 う 。

  二  平 安 朝 以 来 の京 都 ア ク セ ント の 変 化

  そ こ で問 題 は 、 ア ク セ ント によ って 国 語 の時 代 区 分 を や った ら ど のよ う に な る か と いう こ と に な る。 過 去 の ア

ク セ ント の研 究 は 現 在 の と こ ろ 、 あ ま り 資 料 が そ ろ って お ら ず 、 資 料 があ って も 、 は た し て そ れ が 何 時 代 の ア ク

セ ント を 記 載 し て いる も のか 、 な かな か 判 断 し に く い。 な ぜ な ら ば 、 人 は 、 し ば し ば 自 分 の ア ク セ ント を 観 察 せ ず 、 先 行 文 献 の ア ク セ ント 表 記 を そ のま ま 転 載 し てお く か ら であ る 。( 注5)

  そ こ で 、 こ こ で は 、 文 献 に 記 載 さ れ て いる 京 都 アク セ ント と お ぼ し いも のを 体 系 の 異 同 によ って 分 け 、 古 いと

思 わ れ る も のか ら 逐 次 新 し いと 思 わ れ る も の へと 順 に並 べる と いう 手 順 を と った 。 こう し て出 来 た も の が次 頁 の

︹ 京 都 語 ア ク セ ント 変 化 一覧 表 ︺ で あ る 。 す な わ ち ① の文 献 で代 表 さ れ る 平 安 末 期 か ら 、 現 在 ま で、 京 都 ア ク セ

ント は、 八 つの時 期 に 区 画 さ れ る わ け で あ る 。 な お こ の表 に つ い て、 次 の 一︱五 の条 項 に 注 意 。

京都 語 ア クセ ン ト変化 一覧 表

一、 こ の表 を 作 る に当 た り 、 ア ク セ ント の新 旧 の判 定 は 、 も っぱ ら ア ク セ ント の内 容 そ のも の によ った 。 つま

り 、 記 載 さ れ て い る 文 献 の成 立 の時 代 に 対 す る考 慮 は 二 の次 に し た 。 例 え ば 、 ⑤ の ﹃仏遺 教 経 ﹄ は 、 私 の 見

た 版 本 は江 戸 時 代 の も の であ り 、 本 文 の 成 立 時 代 に つい て は 全 然 考 証 し て いな い が、 ア ク セ ント の内 容 か ら 、 ④ の次 、 ⑥ の前 に置 か る べき も のと 推 定 し た ご と き であ る。

二、 こ の表 で 、ABC ⋮ ⋮ は 、 そ れ ぞ れ 、 ア ク セ ント か ら 見 て 同 じ 類 の 語彙 を 表 わ す 。 各 類 の内 容 は 、 簡 単 に

は次 の ︹ 語 彙 表 ︺ に 示 し た と お り であ る 。 詳 し く は 、 小 稿 ﹁国 語 ア ク セ ント の 史 的 研 究 ﹂ (﹃ 国語アクセ ント の

話﹄所収) 、 ﹁東 西 両 ア ク セ ント の違 いが で き る ま で﹂ ( ﹃文学﹄ 二二ノ八所載) 、 あ る い は 近 刊 の ﹃国 語 学 事 典 ﹄ の 付 録 、 ﹁国 語 ア ク セ ント 類 別 語 彙 表 ﹂ 等 を 見 ら れ た い。

三 、 ×印 のB の語 彙 は 、 現 代 で は 一部 が 、 第 二拍 の途 中 で 高 か ら 低 へ降 る 型 に属 す る 。 こ のよ う な 性 格 は 、 ど

つま り 二 拍 的 に 、 そ う し て 、 上 昇 的 に発 音 さ れ た も

の 時 期 から あ った か 不 明 ゆ え 、 こ こ で は こ の問 題 は 論 じ な い。 四、E の語 彙 は 、 ※印 の① の時 期 に は 、 第 一拍 が長 く︱

の と 推 定 さ れ る 。 詳 し く は 、 小 稿 ﹁類 聚 名 義 抄 和 訓 に 施 さ れ た る 声 符 に就 て﹂ ( ﹃国語学論集﹄所収) の 一覧 を 乞う 。

五 、 *を 付 し た① ② の時 期 のJ の 語彙 、 現 代 のG の 語彙 は 、 原 則 と し て、 自 立 語 ＋ 付 属 語 の 形 で あ る。

︹時 期 別 文 献 表 ︺ ① ﹃類 聚 名 義 抄 ﹄・﹃日本 書 紀 ﹄ の古 写 本 の歌 謡 の声 点 等 。 ② 御 巫 本 ﹃日本 書 紀 私 記 ﹄・浄 弁 本 ﹃拾 遺 集 ﹄ の声 点 等 。 ③ ﹃四 座 講 式 ﹄ の節 博 士 ・﹃ 古 今 訓 点 抄 ﹄ の声 点 等 。 ④ ﹃行 阿 仮 名 遣 ﹄ の オ ヲ の仮 名 遣 。

⑤ ﹃仏 遺 教 経 ﹄ の節 博 士 。 ⑥ ﹃名 目 抄 ﹄ の 声 点 ・﹃補 忘 記 ﹄ の節 博 士等 。 ⑦ ﹃平家 正 節 ﹄ の素 声 の 譜等 。 ︹ 語彙 表︺

A風 ｢﹂ ﹁水 ﹂ そ の 他 、 第 一類 二 拍 名 詞 。 ﹁置 く ﹂ ﹁買 う ﹂ そ の他 、 第 一類 二拍 動 詞 の連 体 形 。 ﹁蚊 は ﹂ ﹁子 が ﹂ そ の他 、 第 一類 一拍 名 詞 ＋ 一般 一拍 助 詞 。

B ﹁笠 ﹂ ﹁秋 ﹂ そ の 他 、 第 四類 ・第 五 類 二 拍 名 詞 。 ﹁取 る ﹂ ﹁見 る ﹂ そ の他 、 第 二 類 二拍 動 詞 。 形容 詞 ﹁な い﹂ ﹁よ い﹂。 ﹁木 は﹂ ﹁目 が ﹂ そ の他 、 第 三 類 一拍 名 詞 ＋ 一般 一拍 助 詞 。 C ﹁足 ﹂ ﹁山 ﹂ そ の他 、 第 三類 二拍 名 詞 。

D ﹁石 ﹂ ﹁川 ﹂ そ の他 、 第 二類 二拍 名 詞 。 ﹁日 は ﹂ ﹁葉 が﹂ そ の他 、 第 二 類 一拍 名 詞 ＋ 一拍 助 詞 。 E 形 容 詞 の連 用 形 ﹁な く ﹂ ﹁よく ﹂。 副 詞 ﹁ま ず ﹂ ﹁も し ﹂ 等 。

F ﹁形 ﹂ ﹁車 ﹂ そ の他 、 ﹁形 ﹂ 類 三 拍 名 詞 。 ﹁上 る ﹂ ﹁明 け る ﹂ そ の他 、 第 一類 三 拍 動 詞 の連 体 形 。 ﹁風 は ﹂ ﹁水 が ﹂ そ の 他 、 第 一類 二 拍 名 詞 ＋ 一般 一拍 助 詞 。

G ﹁あ ず き ﹂ ﹁二 人 ﹂ そ の 他 、 ﹁あ ず き ﹂ 類 三 拍 名 詞。 ﹁赤 い﹂ ﹁甘 い﹂ そ の他 、 第 二 類 三 拍 形 容 詞 の連 体 形 。 H ﹁頭 ﹂ ﹁鏡 ﹂ そ の他 、 ﹁頭 ﹂ 類 三 拍 名 詞 。 I ﹁力 ﹂ ﹁黄 金 ﹂ そ の他 、 ﹁は た ち ﹂ 類 三 拍 名 詞 。

J ﹁石 は ﹂ ﹁川 が ﹂ そ の他 、 第 二類 二拍 名 詞 ＋ 一般 一拍 助 詞 。 ﹁置 い て﹂ ﹁飛 ん で﹂ そ の他 、 第 一類 二拍 動 詞 ＋ ﹁て﹂ の形 。

K ﹁命 ﹂ ﹁心 ﹂ そ の他 、 ﹁命 ﹂ 類 三 拍 名 詞 。 ﹁白 い﹂ ﹁高 い﹂ そ の他 、 第 二 類 三 拍 形容 詞 。 ﹁足 は ﹂ ﹁山 が ﹂ そ の 他 、 第 三 類 二 拍 名 詞 ＋ 一般 一拍 助 詞 。

M

L

﹁背 中 ﹂ ﹁鼠 ﹂ そ の 他 、 ﹁う さ ぎ ﹂ 類 三 拍 名 詞 。 ﹁歩 く ﹂ ﹁隠 す ﹂ そ の 他 、 ﹁歩 く ﹂ 類 三 拍 動 詞 の 連 体 形 。 ﹁笠

﹁か ぶ と ﹂ ﹁た ら い ﹂ そ の 他 、 ﹁か ぶ と ﹂ 類 三 拍 名 詞 。 ﹁白 く ﹂ ﹁高 く ﹂ そ の 他 、 第 二 類 三 拍 形 容 詞 の 連 用 形 。

は ﹂ ﹁空 が ﹂ そ の 他 、 第 四 類 二 拍 名 詞 ＋ 一般 一拍 助 詞 。

( 三 七 二頁 ま で︶ 。

﹃類 聚 名 義 抄 ﹄ は 、 漢 字 字 書 で 、 著 名 な ア ク セ ン ト 資 料 。 平 安 末 期 、 十 二 世 紀 の 成 立 と 推 定 さ れ て い る 。 ア

  次 に 、 ①︱ ⑦ の 順 に 、 各 時 期 を 代 表 す る 文 献 に つ い て 註 記 を 加 え て お く  ①

同 じ 体 系 の ア ク セ ント を う つし た も の と 見 て

ク セ ン ト も 大 体 そ の こ ろ の も の で あ ろ う 。 図 書 寮 本 と 観 智 院 本 そ の 他 と で は 体 裁 ・内 容 大 い に 異 な る が 、 ア ク セ ント は 、 いず れ も 声 点 に よ っ て 記 載 さ れ 、 し か も 同 種 類 の も の︱

よ さ そ う 。 ︹語 彙 表 ︺ に 掲 げ たA ︱ M の 語 彙 は 、 そ れ ぞ れ 次 の よ う に 注 記 さ れ て い る 。( 注6)

C

B

イ 上 シ 平 (石 )・カ 上 ハ平 ( 川 )。

ア 平 シ 平 (足 )・ヤ 平 マ 平 (山 )。

ア 平キ 上 ( 秋 )・カ 平サ 上 ( 笠 )・ト 平 ル 上 (取 る )・ミ 平 ル上 ( 見 る )。

上 ゼ 上 (風 )・ﾐ 上ヅ 上 ( 水 )。

D

ヨ去ク 平 ( 良 く ) ・ナ 去ク 平 ( 無 く )・ マ去 ヅ 平 (先 ず )・モ 去 シ 平 ( 若 し )。

Aカ

E

I

H

G

( 適 当な 例見 当ら ず)

チ 上カ 平 ラ 平 ( 力 )・ コ上 ガ 平ネ 平 ( 黄 金 )。

ア 平 タ 平 マ 平 (頭 )・カ 平ガ 平 ミ 平 ( 鏡 )。

ア上ヅ上キ 平 ( 小 豆 )・フ 上 タ 上 ツ 平 (二 つ)。

上タ上チ 上 ( 形 )・ク 上 ル 上 マ上 ( 車 )。

J

イ 平ノ平チ 上 ( 命 )・ コ平 コ 平 ロ上 (心 )・シ 平 ロ平キ 上 ( 白 き )・ウ 平ゴ 平ク 上 ( 動 く )。

Fカ

K

  Lカ

平ブ 上ト 平 ( 兜)・タ 平ラ上ヒ平 (盥)。

  M セ 平ナ 上カ上(背中)・ネ 平ズ 上ミ 上 ( 鼠)。

  右 のよ う に (平 ) (上 )、 稀 に (去 ) の声 点 で ア ク セ ント を 示 し て い る が 、 こ のう ち 、 平 声 は原 則 と し て 低 い拍 、

時 に 下 降 的 な 拍 を 、 上 声 は 高 い拍 を 、 去 声 は 低 か ら 高 に のぼ る 拍 を 表 記 し たも のと 推 定 さ れ る 。(注7) ﹃類 聚 名 義

抄 ﹄ のほ か に、 ﹃世 尊 寺 字 鏡 ﹄ ﹃伊 呂 波 字 類 抄 ﹄ ﹃法 華 経 単 字 ﹄ ﹃金 光 明 最 勝 王 経 音 義 ﹄ な ど のよ う な 、 同 類 の文 献

で ア ク セ ント の註 記 のあ る も のも 、 大 体 、 同 じ 体 系 の ア ク セ ント を 表 記 し た も の と 見 る こと が でき る。 や や 種 類

がち が う が、 岩 崎 家 本 以 下 の ﹃日本 書 紀 ﹄ の古 写 本 の歌 謡 や 傍 訓 に つ いて いる 声 点 も 、 これ と 同 じ 種 類 の ア ク セ

ント と 見 る こ と が でき そ う であ る 。( 注8)次 にあ げ る② の 文 献 と の対 照 上 、 E の例 を あ げ 、 ﹃名 義 抄 ﹄ の補 充 の意 味 で 、 J の例 を あ げ れ ば 、 次 の と お り 。 。 。が そ の 語 であ る。

  E 阿 平珥平予 去区 平望 平阿 平羅 上儒 平 (豈 よく も 非ず )。 企 去以上利 平摩 平韋 上区 平例 平 ( 来 入り参 来 れ)。( 以上、前田 家本 ﹃ 仁徳紀﹄)   J 等 平枳 上舎 上気 平帝 上 ( 解き 放け て)。( 図書寮本 ﹃ 允恭紀﹄)   伊 平褒 平甫 上流 平柯上枳 平底 上 ( 五百 ふ るかき て)。( 前田家本 ﹃ 雄略紀﹄)

  ﹃類 聚 名 義 抄 ﹄ と ち がう 点 は 、 E の類 、 K の類 の動 詞 の終 止 形 ・命 令 形 等 が (平 上 ) 型 ・(平 平 上 ) 型 で はな く て 、

(平 平 ) 型 ・(平 平 平 ) 型 に な って いる 点 で あ る 。 南 不 二 男 君 は 、 こ の (平 平 ) 型 ・(平 平 平 ) 型 の最 後 の ﹁平 ﹂

は ﹁平 声 の軽 ﹂ の意 味 で 、 す な わ ち 全 体 は 低 高 低型 を 表 わ し た のだ ろ う と 推 定 し た 。( 注9)こ の 見 方 に 従 え ば 、 ﹃名 義 抄 ﹄ と 同 じ 体 系 の ア ク セ ント を 表 記 し たも のと 解 釈 で き る。

  ② ﹃日本 書 紀 私 記 ﹄。 古 写本 には いず れ も 声 点 が 施 さ れ て いる が、 御 巫 本 のも の が 一番 正 確 ら し い。 こ れ ら に つ いて は 、 大 原 孝 道 氏 そ の他 の 研 究 が あ る 。(注10斑 )を 一あ げ れ ば 、 次 のと お り 。

  E 油 上岐 平弖上美 上与 平 ( 行き て 見よ)。 女 上乃 上古 平爾 上之 上弖 平 ( 女 の子 にし て) 。

J

宇 上倍 平爾 上太 平知 上万 上志 平点 上 ( 上 に 立 ち ま し て )。 安 平女 上乃 平志 上太 平爾 上 ( 天 の下 に )。

よ 上く 平 み 上 て 上き 平 (よ く 見 て き )。 )。

﹃拾 遺 集 ﹄ は 鎌 倉 ・室 町 両 期 の 境 の こ ろ の 写 本 。 声 点 に つ い て は 築 島 裕 君 の 研 究 ( 注11)が あ り 、 そ の 例

  古 上礼 上爾 上 与 上利 平弖 上 ( 之 に よ り て )。 油 上 岐 平弖 上美 上与 平 ( 行 き て み よ )。  浄弁本

E

い 上り 平 て 上も 平 つ 上く 上 し 平て 上も 平 ( 入 り ても︱

は 次 のと お り。

J

  こ れ ら の 文 献 の 声 点 は 、 ﹃名 義 抄 ﹄ ﹃日 本 書 紀 ﹄ 歌 謡 の そ れ と よ く 似 て い る が 、 去 声 の 点 の な い 点 が 異 な る 。

﹃古 今 集 ﹄ の

﹃名 義 抄 ﹄ で 去 声 の 拍 は 、 こ の 二 つ の 文 献 で は 上 声 に な っ て い る 。 表 のE の 例 は 、 こ れ を 反 映 す る 。 こ れ は 表 記

法 が ち が った か ら と も と れ る が、 ア ク セ ント そ のも のが 時 代 的 に 変 った か ら と 解 釈 す る 。 右 の ほ か

( 貞 永 元 年、 六十 歳 で示寂 ) の 作 と 伝 え る 講 式 で 、 真 言 宗 で は 、 今 で も 、涅槃 会 の 時

古 写 本 の 中 に 、 声 点 を さ し た も の が た く さ ん あ る が 、( 注12)大 体 こ れ ら と 同 じ 時 期 の ア ク セ ン ト を 表 記 し た も の

﹃四 座 講 式 ﹄ は 、 明 恵 上 人

と 見 ら れ る。  ③

(徴 ) (角 ) と

な ど に 朗 唱 す る 。 各 種 の 譜 本 が 現 存 し 、 最 も 古 い も の は 正 平 年 間 の 奥 書 が あ る 。( 注13) 若 き 日 の 服 部 四 郎 博 士 が

高 野 山 に こ も っ て 写 さ れ た ノ ー ト か ら 引 用 す れ ば 、 次 の と お り で 、 ヤ マト コ ト バ の 部 分 に は 多 く

( 色 を 含 み )。 ミ 徴 ヅ 徴カ 徴角 ラ 角カ 角 ミ 角 ヲ 徴 ヌ 徴 ク 徴 モ 徴角 ノ 角 ア 角 リ 角 ( 自

致す

最 去後 平 ノ オ 角 モ 角 ヒ 角 ヲ 徴ナ 徴角 ジ 角 キ 角 (思 い を な し き )。 苦 平悩 平ノ コ角 ト 角 バ 角 ヲ 徴ト 徴 角ナ 角 フ 角 ( 言葉

ら 髪 を 抜 く も の あ り )。

哀 上恋 平 ノ 角イ 角 ロ角 ヲ 徴 フ ク ミ

いう 譜 で メ ロ デ ィ ー が つ け ら れ て い る 。( 注14) C

H

徴 ハ徴角 ヲ角 ワ 角 タ 角 ツ 角 テ 徴角 ( 川 を 渡 っ て)。 ツ 徴 ギ 徴角 ニ 角啓 上 白 ヲ 角イ 角 タ 角 ス 角 ニ徴 角 ( 次 に︱

を 唱 う )。 Jカ

に )。 ツ 徴ゲ 徴角 テ 角 ノ 徴玉 徴角 ハ角 ク 角 (告 げ て 宣 わ く )。 テ 徴角 ヲ 徴 ア 徴 ゲ 徴角 テ 角 ( 手 を 挙 げ て )。

  元 来 、 ﹁徴 ﹂ は 、 西 洋 音 楽 で いうsolの よ う な も の 、 ﹁角 ﹂ はmi の よ う な も の で あ る 。 そ う す る と

( 髪 )。H

オ モヒ

( 思 ひ )、 コ ト バ

( 言 葉 )。J

カハ

﹁徴 ﹂ は 、

ヲ (川 を )、 ツ ギ ニ ( 次 に )、 ツ ゲ テ

こ の 譜 を つけ た 当 時 高 く 、 ﹁角 ﹂ は 低 く 唱 え る べ き 音 だ った と 推 定 さ れ る 。( 注15) だ と す る と 、 こ の 旋 律 に 反 映 し

イ ロ ( 色 )、 カ ミ ( 挙 げ て)

て ア ク セ ント は 、 C ( 告 げ て )、 ア ゲ テ のよ う に な る。

  右 の う ち 、J の 条 の 語 に 関 し て は 、 ② の 文 献 と は 異 り 、 次 の ④ の 文 献 と 一致 す る 。 す な わ ち こ こ に 反 映 し て い

る ア ク セ ント は ② の 時 期 か ら 一 つ 進 ん だ 時 期 の ア ク セ ン ト と 推 定 さ れ る 。 た だ し 、C の 語 、H の 語 に お い て は 、 ④ の 文 献 と は 異 り 、 ② の 文 献 に 一致 す る 。

  次 に 、 ﹃古 今 訓 点 抄 ﹄ ( 嘉 元三 年 の奥 書 あ り ) は 、 ﹃古 今 集 ﹄ か ら 語 句 を 抄 出 し て 声 点 を 施 し た 文 献 で あ る が 、 そ の

シ 平 モ 平 ハ上 ヲ 上カ 上ナ 平 ム 上 ( 霜 は置 かな ん ) 。 コ 平 ヒ 平 ヲ 上 シ 上 コ平 ヒ 上 ハ ( 恋 を し 恋 いば )。

﹃四 座 講 式 ﹄ の も の と 一致 す る 。 用 例 は 、 次 に 示 す と お り 。

C

チ 上リ 上 ノ 上 マ 平ガ 平 ヒ 平 ニ 平 ( 塵 の紛 い に )。 ワ 平 ラ 平ビ 平 ( 蕨 )。

声 点 に よ っ て 示 さ れ る ア ク セ ント は 、 大 体

H

上ヂ 平 ニ 平ア 上タ 上 ル 上 (〓に 当 る )。 ト 上 バ 平 ニ平 ア ヒ ミ ム

( 永 久 に 相 見 ん )。 コ ヱ ヲ ホ ニ ア 上 ゲ 平 テ 平 ( 声

Jカ

を ほ に挙 げ て )。 イ 上キ 上ウ 上 シ 上ト 平イ 上 ヒ 平テ 平 (生 き 憂 し と 言 い て ) 。

  右 の C の ﹁霜 ﹂ ﹁恋 ﹂、H の ﹁紛 い ﹂ ﹁ 蕨 ﹂、J の ﹁〓 に ﹂ ﹁永 久 に ﹂ ﹁挙 げ て ﹂ ﹁言 ひ て ﹂ の ア ク セ ン ト 、 い ず れ

﹃名 語 記 ﹄ ( 文 永 五 年 に 一部 出 来 、 建治 元 年 に完 成) に 記 載 さ れ て い る ア

も 、 ﹃四 座 講 式 ﹄ の 曲 節 に 反 映 し た ア ク セ ン ト と 同 時 期 の も の に 相 違 な い 。   ま た 、 北 野 克 氏 の教 示 に従 え ば 、 国 語 辞 書

ク セ ン ト も 、 ④ の 文 献 と 一致 せ ず ③ の 文 献 と 一致 す る ら し い 。

  ④ ﹃行 阿 仮 名 遣 ﹄。 いわ ゆ る 定 家 仮 名 遣 の キ ャノ ン。 大 野 晋 氏 の 研 究 が 出 て いる 。( 注16)貞 治 元 年 ( 行阿はこの

時 お そらく 七 〇歳 以上 だ ったら し い)以 後 の成 立 だ ろ う と いう 。 大 野 氏 は 、 こ の 文 献 で、 そ の語 の そ の拍 が 高 く 発

音 さ れ る か低 く 発 音 さ れ る か に よ って 、 ﹁お ﹂ と ﹁を ﹂ の仮 名 が 使 い 分 け ら れ て いる こ と を 指 摘 さ れ た。 そ れ に

よ る と 、 次 の よ う に、 以前 の文 献 で 、 低 く 発 音 さ れ て いた 拍 のう ち 、C の語 の第 一拍 、H の 語 の第 一拍 は 、 高 い

発 音を 表 わ す べき ﹁を ﹂ で 表 記 さ れ て お り 、K の語 の第 一拍 は低 い発 音 を 表 わ す べき ﹁お ﹂ で 表 記 さ れ て いる 。

C をに ( 鬼 )。 を や ( 親 )。H を こ り ( 発 り)。 を よ び ( 及 び)。K お し む ( 惜 し む)。 お さ む ( 治 む)。 お も ふ ( 思 ふ)。 お ほ し (多し ) 。

が中 国語 に

  す な わ ち 、 行 阿 の時 代 に は 、CH の語 の第 一拍 は 、 ③ の時 代 と ち が って 高 く な って いた 。 こ れ に対 し てK の 語

の第 一拍 は ま だ 、 ③ の時 代 と 同 様 に低 か った 、 ⑤ の時 期 のよ う に高 く はな か った と 推 定 さ れ る 。

  ⑤ ﹃仏 遺 教 経 ﹄。 今 禅宗 で 用 いら れ る経 文 で 、 いく つか の版 本 が あ る ら し い。 元 来 、 高 僧鳩摩羅什

訳 し た も の で、 今 訓 読 し て誦 す る 。 訓 は 、 誰 が つけ た か わ か ら ぬ が 、 明 恵 上 人 が これ を 読 ん だ と いう か ら 、 鎌 倉

時 代 に は 訓 読 さ れ て いた も のと 思 わ れ る 。 刊 行 の譜 本 (刊記 はな いが江 戸時 代 ら し いも の) を 見 る と 、 そ こ に 出 て

く る ヤ マト コト バ に、 次 のよ う に ﹁徴 ﹂ と 、 ﹁角 ﹂ の譜 が つ いて いる 。 ﹃四 座 講 式 ﹄ と 同 じ よ う に、 ﹁徴 ﹂ は 高 い

)。 悪 徴病 徴角ヲ 徴ノ 徴ゾ 角ク 徴ガ 徴ゴ徴ト 角シ 商 ( 除く が如 し)。

ハ徴チ 徴ノ徴 ハ徴ナ 角ヲ徴ト 角 ル 徴 ニ徴 ( 蜂 の花 を 取 る に)。 ナ ン 徴角ヂ 徴ガ 徴 コ徴 コ角 ロ徴 ヲ徴折 徴伏 徴角 ス徴

拍 、  ﹁角 ﹂ は 低 い拍 を 表 わ す も の と と れ る 。 K

( 汝 が 心を︱

  こ こ に反 映 し て いる ア ク セ ント に つ いて は 、 桜 井 茂 治 君 が 研 究 を 進 め て いる が、K の ﹁花 を ﹂ ﹁心﹂ と いう 語

に 、 (徴 角 徴) と いう 譜 が つ い て いて 、 これ は当 時 、 こ れ ら の 語 が (高 低 高 ) と いう ア ク セ ント を も って いた こ

と を 反 映 し て いる かを 思 わ せ る。 そ う す る と 、 これ に 反 映 し て いる ア ク セ ント は 、④ の文 献 と ⑥ の 文 献 と の中 間 の時 期 のも の と 推 定 さ れ る 。

 ⑥

﹃名 目 抄 ﹄。 ﹃新 校 群 書 類 従 ﹄ の 雑 の 部 に 出 て い る 。 洞 院 実 煕

﹃ 補 忘記﹄ と同じ体系 と推定さ れる アクセ ン

( 応 永十 六 年 の生 まれ ) の 著 。 (平 上 去 ) の 声 点 を

差 し て 、 ア ク セ ン ト を 示 し て い る が 、 そ の声 点 を 解 読 す る と 、 次 の ト を 表 記 し て いる 。

上 ン 上 ガ 平ヘ 平ク 上 ダ 平 ス 平 ( 考 え く だ す )。 オ 上ホ 平ク 平 チ 平 ( 大 口袴 )。 ヲ 上 ニ上ノ 平 マ 平 ( 鬼 の間 )。 ノ 去ザ 上キ 上 ( 荷 前 )。 ア 去 コ上 メ 上 (袙) 。

Kカ M

右 の う ち 平 声 ・去 声 の点 は 低 い拍 を 、 上 声 は 高 い 拍 を 表 わ し た も の と 推 定 さ れ る 。( 注1 7) だ と す る と 、K の 語 の 第

三 拍 が 低 に な っ て い る の は 、 ⑤ の 文 献 か ら 変 化 し た あ と を 示 し て お り 、 次 の ﹁大 口 ﹂ の第 三 ・第 四 拍 、 ﹁鬼 の 間 ﹂

の 第 四 拍 が 低 に な って い る の も 、 こ れ に 準 じ る 。M の 語 が (低 高 高 ) 型 に な っ て い る の は 、 次 の⑦ の 文 献 と の ち が いを 表 わ す 。

(徴 ) と

(角 ) と で ア ク セ ン ト を 表 記 し て あ り 、 実 例

 ﹃補 忘 記 ﹄ は 、 よ く 知 ら れ た ア ク セ ン ト 資 料 で 、 貞 享 版 と 元 禄 版 の 二 種 が あ る 。 観 応 の 著 で 、 元 禄 版 の 凡 例 に よ り 、 京 都 ア ク セ ント を 表 記 し た も のと 見 ら れ る。 節 博 士 の

ト 角ガ 徴 ヲ 徴 (咎を )。 ナ 角 ニ徴 ヲ 徴 ( 何 を )。 セ 角ナ 徴カ 徴 ( 背 中 )。カ 角ク 徴 ス 徴 ( 隠 す )。

ツ徴 ヨ 角キ 角 ( 強 き )。

ア徴シ 角ヲ角 ( 足を) 。 ク 徴ラ 角ヲ角 ( 庫 を )。 イ 徴 ノ 角チ 角 ( 命 )。 コ 徴 コ 角 ロ 角 (心 )。 セ 徴 バ 角キ 角 (狭 き )。

は 次 の ご と く で 、 (徴 ) は 高 い 拍 を 、 角 は 低 い拍 を 表 わ し た も の で あ る 。 K

M

こ れ ら の例 に よ れ ば 、K の 語 は 、 ⑤ の 文 献 と 異 り 、 (高 低 低 ) 型 に な っ て い る 。 一方 、M の 語 は 、 次 の ⑦ の 文 献 と は 異 り 、 ⑤ 以 前 と 同 じ く 、 (低 高 高 ) 型 で あ る 。

﹃開 合 名 目 抄 ﹄ ( 刊 行 年代 不 明) が あ り 、 同 じ 体 系 と 見 ら れ る ア ク セ ン ト を 表 記 し て い る 。

歌劇

﹃ 平 家 正 節 ﹄ の素 声 の段 。 ﹃ 平 家 正 節 ﹄ は 、 前 田 流 平 曲 の 譜 本 。 荻 野 検 校 の 著 で 、 安 永 五 年(一 七 七 六 ) の 序

 ﹃補 忘 記 ﹄ と 似 た 文 献 に   ⑦

と跋 が あ る 。 各 種 類 の 大 旋 律 型 を 通 じ て 精 密 な 節 譜 が つ い て い る が 、 中 で 注 意 す べ き は 、 語 ら れ る 部 分︱

な らば レシタテ ィーヴ に当る部 分

︱ す な わ ち ﹁素 声 ﹂ と 呼 ば れ る部 分 の譜 であ る 。( 注18)こ の 部 分 に は 、 次 に

示 す よ う に、 無 譜 の文 字 に ま じ って 、 ま ま (上) と いう 譜 を 記 し た 文 字 があ る。 M け ふ は 上う づ 上き ひ上と ひ ( 今 日 は卯 月 一日)。( 厳島還幸)

よ い か上た 上き にあ ふ て こ上そ ( よ い敵 に逢う てこ そ)。( 木曾最期)

く 上び上が み には りを 上さ し ( 首 がみ に針を 挿 し)。( 緒環) GH

お 上の上れ上は 上を 上ん 上な な れ ば ( 己 は女 な れば)。( 木曾最期)

館 山 漸 之 進 翁 の ﹃平 家 音楽 史 ﹄ に従 え ば 、 (上 ) の譜 は そ の文 字 を 高 く 唱 え る と いう し る し で 、 そ れ は 京 都 の 言 葉 の ア ク セ ント に よ った と 伝 え て いる と いう 。( 注19)

  今 、 そ れ を た ど って み る と 、M の語 は 第 三拍 だ け に 上 の譜 があ る 。 第 二 拍 に 上 の譜 がな い。 これ は 当 時 の京 都

ア ク セ ント は (低 低 高 ) 型 だ った か ら だ と 見 ら れ る 。( 注20)だ と す る と 、 こ れ は ﹃名 義 抄 ﹄ か ら ﹃補 忘 記 ﹄ に 至 る

す べ て の文 献 か ら 推 定 さ れ る アク セ ント と は 異 り 、 今 の京 都 の ア ク セ ント と 同 じ で あ る こ と が 知 ら れ る 。 た だ し 、

今 の京 都 と ち がう 点 も あ る 。 G H の語 がそ れ で 、 ﹁ 敵 ﹂ ﹁女 ﹂ の第 一拍 ・第 二 拍 両 方 に 上 の譜 が つ いて いる 。 現代

では こ れ ら は カ タ キ ・オ ンナ の型 に属 す る 。 こ の語 は、 ﹃正節 ﹄ の出 来 た 安 永 年 間 に は 、 近 世 初 期 と 同 じ よ う に、 ま だ 、 (高高 低 ) 型 だ った こ と を 表 わ す も のと 思 う 。

 三  京 都 ア ク セ ント の 変 遷 の時 期

  京 都 ア ク セ ント は 、 大 体 、 平 安 末 期 以 後 、 三 六 三 頁 の ︹京 都 語 ア ク セ ント 変 化 一覧 表 ︺ の よ う な 変 化 を 遂 げ て 、

現 在 に 至 った も のと考 え ら れ る 。 次 の問 題 は、 これ ら の各 時 期 の間 で、 ど の時 期 か ら 、 ど の 時 期 に移 る 変 化 が 、 大 き な ア ク セ ント 変 化 であ った か と いう こと で あ る 。

  右 の表 を 見 て、 す ぐ に知 ら れ る こ と は 、 時 代 が後 にな れ ば な る ほど 、 型 の種 類 が 少 く な って いる こと であ る 。

これ は① の時 期 と 現 代 と を 見 比 べ て み れ ば 明 ら か であ る。 即 ち 、 京 都 アク セ ント は ま ず 型 の量 に お い て変 化 を 遂

げ た と 考 え ら れ る。 が 、 京 都 ア ク セ ント の変 化 は 、 こ のよ う な ﹁量 ﹂ の問 題 だ け でな い。 型 の質 に お いても 変 化 を し て いる 。 これ に つ い て述 べよ う 。

  今 、 ① ② の時 期 の アク セ ント の型 を 見 て み る と 、 高 い拍 と 低 い拍 と のあ ら ゆ る 組 合 せ が 可 能 で あ る 。 例 え ば 三

拍 語 の 型 に は 、23＝8種類 の型 が あ る 。 と こ ろ が 現 代 で は 、 高 い拍 と 低 い拍 と の組 合 せ に 制 限 が あ る。 現 代 の型

のう ち 、 *を つけ た 高高 低 の 型 は 、 ハナ モ ( 鼻 も )・ウ シ エ (牛 へ) と いう よ う な 連 語 に だ け 現 れ る 型 であ る。

だ か ら これ は特 別 の型 と し て 除 く 。 そ う す る と 残 る の は 、 高高 高 型 ・高 低 低 型 、 低 高 低 型 、 低 低 高 型 で あ る 。 こ

れ ら の型 は 、そ の高 低 の配 置 か ら み る と 、 (1す )べ て 高 い拍 ば か り か ら 出 来 て いる か 、そ れ と も 、 (2一)つ の拍 だ け

高 いか 、 の いず れ か であ る 。 ① ② の時 期 の ア ク セ ント は 、 も し 、 ト ネ ー ム と いう 術 語 を 使 う な ら ば 、 ︽各 モー ラ

Langに uよ aれ ge ば" 、 メ キ シ コ の ア メ リ カ イ ン デ ィ ア ン の言 語 に は 、 こ う いう ア ク セ ン

が高 ま た は低 のト ネ ー ム を 有 す る ア ク セ ント ︾ であ る 。( 注21)   K.L.Piの k" eTone

逆 にど こを 低 く 発 音 す る か で も 悪 く な い︱

が、 特 に 重 要 な 意 味 を も つア ク セ ント ︾( 注23)

ト 体 系 を も った も の が、 た く さ んあ る ら し い。( 注22) これ に 対 し て 、 現 代 京 都 の アク セ ント は 、 ︽ど こ を 高 く 発 音 す る と いう こ と︱

であ る 。 これ は 古 代 のギ リ シ ャ語 や ラ テ ン語 のア ク セ ント と し て 知 ら れ て いる も のに む し ろ似 て い る。 そ う す る

と 、 京 都 の ア ク セ ント は 、 平 安 末 期 以 後 、 現 代 に 至 る間 に ︽メ キ シ コ型 か ら ギ リ シ ャ型 へ︾ と いう 変 化 の道 を た ど って 来 た も のと 言 え る 。

  今 、 か り に メ キ シ コ型 と ギ リ シ ャ型 と 呼 ん だ が 、 こ れ は 、 世 界 の高 低 ア ク セ ント に お け る 二 つの対 立 す る タイ

プ であ る 。( 注2)4こ のち が いは 、 た だ 外 形 の 上 の ち が い だ け で は な い。 も っと 大 き く 、 そ の 機 能 の 上 に も ち が い

が 見 ら れ る。 す な わ ち 、 メ キ シ コ型 の ア ク セ ント の方 は 、 型 の区 別 が豊 富 であ る と ころ か ら 、 アク セ ント が 語 の

意 義 の 区 別 に 役 立 つ こ と が 大 き い 。( 注25) が 、 他 方 、 ア ク セ ン ト が 語 と し て ま と ま り を 示 す 力 は 、 弱 い と 言 わ ざ

る を 得 な い 。 ギ リ シ ャ型 の方 は 、 ア ク セ ン ト が 語 の 意 義 の 区 別 に 役 立 つ こ と は 少 い。 が 、 そ れ に 対 し て 、 一語 に

つ い て 高 い と こ ろ は 一か 所 だ け と いう と こ ろ か ら 、 一語 と し て の ま と ま り を 示 す 働 き は 、 大 き い と 言 え る 。 そ う

す る と 、 京 都 の ア ク セ ント が 、 メ キ シ コ 型 か ら ギ リ シ ャ 型 に 移 った と い う こ と は 、 ア ク セ ン ト の 機 能 の う ち 、 語

の 意 義 の 区 別 を 表 わ す と いう 方 は 、 こ れ は 段 々 語 音 の 方 に ゆ ず り 、 一語 ・ 一語 に ま と ま り を 与 え る と いう 機 能 、

それ を 発 揮 す る方 向 に進 ん で 来 た も のと 言 え る 。 これ が、 京 都 ア ク セ ント の変 遷 に お け る 大 き な 傾 向 であ る 。

  さ て 、 ア ク セ ント の変 遷 は 大 体 そ の方 向 に進 ん で いる と す る 。 次 の問 題 は 、 で は メ キ シ コ型 か ら ギ リ シ ャ型 へ

こ の 時 に は、

の 移 行 は 、 い つ 、 ど の よ う に し て 、 行 わ れ た か と い う こ と で あ る 。 も う 一度 、 ︹京 都 語 ア ク セ ン ト 変 化 一覧 表 ︺

を 見 て いた だ く と︱

  ま ず 、 ① ② ③ の時 期 、 こ の時 に は あ ま り大 き な 変 化 は し な か った 。 ① の時 期 から ② の時 期 へ︱

こ こ で は 、J

E の語彙 の第 一拍 が 短 く な った 。 そ のた め に 多 少 ア ク セ ント にも 変 化 が 起 った 。 が 、 た いし た こと はな い。 これ

は 語 音 史 の上 の変 化 が ア ク セ ント に 影 響 を 与 え た も の であ る 。( 注26)② の時 期 か ら ③ の時 期 へ︱

のア ク セ ント が 変 化 し た 。 が、 こ れ は これ ま で の自 立 的 な 性 格 を も って いた 助 辞 の類 が 、 完 全 に附 属 語 的 な 性 格

にな った た め に 、 ア ク セ ント の上 に も ち ょ っと し た 変 化 が 起 った にす ぎ な い。 こ れ は 、 文 法 史 上 の変 化 が 、 ア ク セ ント に影 響 を 与 え た も の であ る 。( 注27)

  次 に④ の時 期 は 、 ③ の時 期 に比 べ て、CH と いう 二 つの 型 が 消 滅 し て いる 。 こ れ は 、 かな り の変 化 で あ る 。 す

な わ ち 、 こ の時 期 に は、 (低 ) ば か り の型 と いう の が な く な った 。 つま り 、 高 低 の 組 合 せ に 制 限 が出 来 た わ け で

あ る 。 これ は 、 ︽メ キ シ コ型 ア ク セ ント の崩 壊 が 始 ま った 時 期 ︾ と 言 わ な け れ ば な ら な い。 次 の⑤ の時 期 に はK

そ の つづ き だ と 言 え る 。 次 の⑤ の時 期 か ら ⑥ の時 期 への変 化 は 、 発 話 にお いて 同 じ よ う な

の語 に変 化 が 起 って いる 。 これ は 最 初 の低 い音 節 が 高 い音 節 に 変 った ので あ って、 これ は④ の時 期 に 起 った 変 化 と 同 じ 種 類 の変 化 ︱

音 調 に実 現 す る 型 を 整 理 し た も の で 、( 注28) こ こ で京 都 ア ク セ ン ト は 一往 安 定 し た 体 系 に な った 。 つま り 、 ③ の

時 期 の ア ク セ ント 体 系 は 、 ④ ⑤ と いう 過 渡 期 を 経 て 、⑥ と いう 新 し い時 期 に 入 った 観 が あ る 。

  今 、 こ の⑥ の時 期 の ア ク セ ント 体 系 を 検 討 し て み る と 、 高 い拍 の来 る 位 置 、 低 い拍 の来 る 位 置 に制 限 が あ る 点

で 、 メ キ シ コ型 で はな い。 そ れ で は 、 現代 京 都 のよ う な 、 ど こ か 高 いと ころ が特 に 重 要 な 意 味 を も つ アク セ ント

体 系 か と いう と 、 そう で も な い。 今 、I の型 は 、 第 一拍 の高 い型 であ る 。 そ こ で こ れ を ︽第 一拍 の高 い型 ︾ と 呼

ぶ こ と にす る 。 と 、G の型 を 呼 ぶ の に困 る 。 これ を ︽第 二拍 の高 い 型︾ と 呼 ぶ と 、L の 型 の呼 び名 が な く な る 。

つま り 、 こ の⑥ の時 期 の アク セ ント 体 系 の各 型 を 呼 ぶ には 、 ど こ が高 いか だ け で は いけ な い。 す な わ ち 和 田 実 氏

が試 みら れ た よ う に 、 (1は ︶じ ま り が 高 いか 低 いか と いう こと 、 と 、 (2ど ︶こ で 高 か ら 低 へ下 る か と いう こ と 、 と 、

二 元 的 に 呼 ば な け れ ば いけ な い。 す な わ ち 、 和 田 氏 に な ら え ば 、G の語彙 は 、 ︽高 く 始 ま って第 三 拍 が 降 る 型 ︾、 L の語 彙 は ︽低 く 始 ま って第 三拍 が降 る 型 ︾ と いう よ う な わ け であ る 。( 注29)

  ⑥ の時 期 の アク セ ント 体 系 は 、 こ の よう な 二 元的 な 方 法 では じ め て解 釈 でき 、 そ う いう アク セ ント であ る 。 こ

れ は 、 ① ② のよ う な メ キ シ コ型 と も ち がう 。 現 代 のよ う な ギ リ シ ャ型 でも な い。 そ の中 間 のも の であ る。 即 ち 、

⑥ の時 期 は、 ① ② の時 期 か ら ⑧ の現 代 に 至 る 、 ち ょう ど 中 間 の段 階 にあ る ア ク セ ント 、 いわ ば ︽メ キ シ コ型 ・ギ リ シ ャ型 中 間 型 の ア ク セ ント ︾ と いう こ と にな る 。

  次 の⑦ の時 期 にな る と 、M の語 彙 が高 いと こ ろ が 一か 所 だ け にな って いる 。 こ れ はも う 一歩 ギリ シ ャ型 に 近 づ

いた こと に な る 。 た だ し 、 G の語 彙 が、 ま だ 、 二拍 高 いと こ ろ のあ る 型 であ って以 前 の 姿 を と ど め て い る 。 そ う す る と 、 ⑦ の時 期 は、 ⑥ の時 期 か ら 現代 に 移 る 過渡 期 だ と 言 え る 。

  以 上 述 べた こと を 要 約 す れ ば 、 ① ② ③ の時 期 か ら ④ ⑤ の時 期 を 経 て⑥ の時 期 に 移 る 間 に 、 京 都 ア ク セ ント は 大

き な 変 化 を 遂 げ 、 次 に ⑥ の時 期 か ら ⑦ の時 期 を 経 て 現 代 に 至 る 間 に 、 ま た 顕 著 な 変 化 を 遂 げ た と 言 う べき で あ る 。

  四   京 都 ア ク セ ント の 変 化 の動 向

  以 上 は 、 も っぱ ら 、 ︹ 京 都 語 ア ク セ ント 変 化 一覧 表 ︺ の 上 で、 京 都 ア ク セ ント の 変 遷 を 考 え た の で あ る が 、 こ

れ を 実 際 の時 代 にあ て は め て み る と どう な る か。 表 に は、 ①︱ ⑦ の 文 献 が表 わ す と 推 定 さ れ る 時代 を 最 下欄 にあ

げ てお いた 。 こ の時 代 の名 は、 も っと 研 究 が進 め ば 訂 正 さ れ る か も し れ な い。 が 、 今 は 右 の程 度 に 考 え て お く 。

  こ のよ う に 考 え て お い て、 ま ず 、 平 安 末 期 か ら 鎌 倉 期 に 至 る 時 期 は 、 前 節 に 述 べた メ キ シ コ型 ア ク セ ント の時

代 であ る。 こ れ は ︽古 代 ア ク セ ント 時 代 ︾ と 呼 ん で よ か ろう 。 そ れ が 、 南 北 朝 時 代 と いう 過 渡 期 を 経 て室 町 時 代

に 入 り 、 古 代 ・近 代 中 間 の、 いわ ば ︽中 世 アク セ ント 時 代 ︾ に な った 。 これ が 江 戸 初 期 ま で続 く 。 そ う し て 、 そ

の後 江 戸 後 期 に ま た 新 た な 変 化 が 起 って 、 現 代 のギ リ シ ャ型 ア ク セ ント に な り 、 ︽近 代 ア ク セ ント の 誕 生 ︾ と い う こと にな った 。

  た だ し 、 こう は 言 う も の の、 現代 の京 都 ア ク セ ント は 、 ギ リ シ ャ語 のア ク セ ント に そ っく り な ので は な い。 現

在 の諸 方 言 の う ち で は 、 鹿 児 島 方 言 や 、 青 森 方 言 のよ う な の こ そ 、 ほ ん と う の ギ リ シ ャ 型 と いう べき も の で あ

る 。( 注30)現 代 の京 都 語 に は (高 高 ) 型 、 (高高 高 ) 型 と いう よ う な 、 古 代 ギ リ シ ャ語 に は な い型 が 存 在 す る。 ま

た 、 三 拍 語 に こ そ 、 (高高 低 ) 型 と いう よ う な 型 は な いが 、 四 拍 語 に は (高 高 低 低 ) 型 、 (高高 高 低 ) 型 と いう よ

う な 型 も あ る。 現 代 の京 都 アク セ ント を 目 し て ギ リ シ ャ型 にな った と いう のは 、 そ の点 で 言 い過 ぎ であ る 。 が 、

平 安 末 期 以 来 、 ギ リ シ ャ型 へ向 って 変 化 を 続 け て来 た と は 言 え る と 思 う 。 そ う し て、 こ の傾 向 は 、 今 後 も 引 き 続 い て進 ん で行 く だ ろ う と 推 測 す る。   いず れ に せよ 、 以 上 を 総 括 す れ ば 、 こう な る 。

  平安末 期 以後、 京 都語 の アクセ ント には 、大 きな 転機 が 二度 あ った。一 つは、 南北 朝時 代、 もう 一つは 江戸後 期 であ

る。そ う して、 アクセ ント の性格 そ のも のは 、語義 の区 別に役 立 つメキシ コ型 アク セ ントか ら、 一語 の まと まりを 示

す 、 ギ リ シ ャ 型 ア ク セ ン トヘ の 脱 皮 を 遂 げ て 来 た と 考 え ら れ る。

  も し 、 ︽ア ク セ ン ト の 変 遷 を 国 語 史 の 上 に 非 常 に 重 要 視 せ よ ︾ と い う 私 の 主 張 が 正 し い な ら ば 、 こ れ が 日 本 語 の 変 遷 の大 き な 姿 であ る 。

﹃ 古 今 集 ﹄ の声 点 か ら の推 定 、 他 は ﹃類 聚 名 義 抄 ﹄ の声 点 そ の他 か ら の推 定 。

﹁通 ら せ ﹂ の ﹁せ ﹂ は 、 実 は 平 声 の 軽 で 、 ト ホ ラ セ ェ型 で は な か った か と いう 。 こ れ は お も し ろ い見 方 で あ る 。

  ( 注 1)   ﹃皇 極 紀 ﹄ の声 点 の う ち 、 上 声 のも のを 高 く 、 平 声 の も の を 低 く 読 む と こう な る 。 名 古 屋 大 学 の 南 不 二 男 君 は 、

  ( 注 2)   ﹁や ま と う た ﹂ は 、 寂 恵 本

  ( 注 3)   例 え ば 、 次 に 述 べ るK の類 の 語 の中 で、 ﹁思 う ﹂ ﹁動 く ﹂ 等 四 段 活 用 動 詞 の 一群 は 、 近 世 初 期 以 後 、 現 在 ま で の

間 に 、 オ モ ウ 型 か ら オ モウ 型 に 変 化 し て い る 。 こ れ は 、 こ の 種 の 語 は 、 他 の活 用 形 への 類 推 作 用 が原 因 と な り 、 一

般 の 語 と は ち が って 、 個 別 的 な 変 化 を し た も の と 考 え ら れ る 。 服 部 四 郎 博 士 の ﹁国 語 諸 方 言 の ア ク セ ント 概 観(三﹂ ) ( ﹃ 方 言 ﹄ 一ノ 四所 載 ) 一四− 一七 頁 を 見 よ 。

  ( 注 4)   後 出 の ﹃仏 遺 教 経 ﹄ で は 、 こ の類 の語 は 、 高 低 高 型 に 発 音 さ れ た ろ う と 、 推 定 さ れ る よ う に 表 記 さ れ て い る 。

六−三 〇 七 頁 を 参 照 。

  ( 注 5)   具 体 的 な 例 に つ い て は 、 小 稿 ﹁契 沖 の仮 名 遣 書 所 載 の国 語 ア ク セ ント ﹂ (﹃ 国 語 と 国 文 学﹄ 二 〇 ノ 四所 載 ) の 三 〇

声 点 を さ し た 文 献 の引 用 は す べ て こ れ に 準 じ る 。

  ( 注 6)   印 刷 の都 合 上 、 例 え ば 、 本 文 に ア キ と あ る のは ア平 キ 上と 転 写 し 、 ヨ ク と あ る の は ヨ 去ク 平と 転 写 し た 。 以 後

( 例 、 ﹁日 ﹂ ﹁矢 ﹂

( 例 、 ﹁し て﹂ の ﹁し ﹂) であ る 。 そ れ 以 外 は 、 低 平 調 の拍 を 表 わ し た と 推 定 さ れ る 。

  ( 注 7)   ﹃ 類 聚 名 義 抄 ﹄ で 平 声 が 確 実 に 下 降 調 の 拍 を 表 わ し た ろ う と 推 定 さ れ る の は 一拍 の語 の 一部 等 ) と、 それ に準 じ る語

  ( 注 8)   大 原 孝 道 氏 は 、 昭 和 十 九 年 の 日 本 音 声 学 協 会 の 例 会 で 、 ﹁日 本 書 紀 の 古 写 本 に 見 え る ア ク セ ン ト ﹂ と いう 題 の

も と に 、 ﹃日 本 書 紀 ﹄ の傍 訓 の 声 点 と 、 歌 謡 の 声 点 と で 、 多 少 性 格 が ち が う こ と を 指 摘 報 告 さ れ た こ と が あ る 。 注

意 す べき 警 告 であ る が 、 後 述 の南 君 の考 え に 従 え ば 、 同 一の ア ク セ ント 体 系 を 記 述 し た も のと 見 る こ と が で き る の で、 こ こ に は そ のち が い は 問 題 に し な か った 。 

( 注 9)   ﹁名 義 抄 時 代 の京 都 方 言 に 於 け る 二 字 四 段 活 用 動 詞 の ア ク セ ント ﹂ (﹃ 国 語 学﹄ 二七 所載 )。 

発 生 に 関 す る 一考 察 ﹂ ( ﹃国 語 ア クセ ント論 叢 ﹄ 所 収) が あ る 。 そ の他 、 浜 田 啓 介 君 は 昭 和 二 十 五 年 度 の京 大 文 学 部 の

( 注 10 )  大 原 氏 のも のは 、 ( 注 8 ) に 紹 介 し た 発 表 の ほ か に、 ﹁近 畿 ア ク セ ン ト に お け る 下 上 型 名 詞 の 甲 類 ・乙 類 の 別 の

国 語 学 の単 位 レポ ー ト で ﹃日 本 書 紀 私 記 ﹄ の声 点 に つ い て の 考 察 を 行 い 、 水 田 紀 久 君 は 最 近 ﹁国 史 大 系 ﹂ 本 の ﹃日 本 書 紀 私 記 ﹄ の声 句 を 集 め て 謄 写 版 で 出 版 さ れ た 。 

( 注 11 )   ﹃ 国 語 ア ク セ ント 論 叢 ﹄ 所 載 の ﹁浄 弁 本 拾 遺 和 歌 集 所 載 の ア ク セ ント に 就 い て ﹂ が そ れ であ る 。

け て い る 。 

( 注 12 )   例 えば、 ﹁ 寂 恵本 ﹂な ど。 ﹃ 古 今 集 ﹄ の 古 写 本 の声 点 に つ い て は 早 大 国 文 科 出 身 の 秋 永 一枝 君 が 克 明 に 研 究 を 続

版 本 に 元 禄 本 が あ る 。 こ れ ら は 、 そ の 譜 を 比 較 す る と 、 少 し ず つ異 な り 、 か な ら ず し も 正 平 本 が 最 も 古 い メ ロ デ ィ

( 注 13 )   私 の所 持 す る 版 本 だ け で も 、 明 暦 本 ・貞 享 本 ・宝 暦 本 ・大 正 本 ・昭 和 本 二 種 、 計 六 種 が あ り 、 服 部 博 士 所 持 の

いも の ほ ど 簡 単 な メ ロデ ィ ー を も って い る と は 言 え る 。 

ー を 伝 え て い る と は 判 定 し に く い点 が あ る 。 が 、 一般 に 後 世 のも の ほ ど 、 新 た に 修 飾 さ れ た 小 旋 律 型 を 多 く 有 し 古

いる 。 印 刷 の都 合 上 本 文 のよ う な 体 裁 に 改 め た 。 

( 注 14 )  原 文 で は 、 平 上 去 入 は 、 漢 字 の 四 隅 に 声 点 に よ って 示 さ れ 、 角 徴 の 譜 は 和 訓 の右 側 に 節 博 士 に よ って 示 さ れ て

の 中 に 、 き わ め て 具 体 的 に 解 説 さ れ て い る 。 現 行 の曲 節 で は 、 正 平 本 の 徴 の 一部 は 徴 の カヽ リ と いう 小 旋 律 型 に 変

( 注 15 )   こ の講 式 の 現 行 の メ ロデ ィ ー は 、 岩 原 諦 信 師 の ﹃ 声 明 の研 究 ﹄ お よ び ﹃四 座 講 式 並大 師 明 神 両 講 式 伝 習 手 引 ﹄

り 、 後 世 の変 化 を 示 し て い る。C の ﹁か は ﹂ の ﹁は ﹂ や 、 ﹁つぎ ﹂ の ﹁ぎ ﹂ な ど に 付 せ ら れ て い る (徴 角 ) と い う

小 旋 律 型 は 、 恐 ら く 古 く は 単 純 な (角 ) と いう 小 旋 律 型 を も って いた も の で あ ろ う 。 声 楽 が 語 り 伝 え ら れ る 時 に は 、

︽高 音 の す ぐ 次 の低 音 は 、 そ の音 の全 体 、 あ る い は前 半 の み が 高 音 に 変 化 す る ︾ と い う こ と が 、 し ば し ば み ら れ る 。

逆 に ︽低 音 のす ぐ 次 の高 音 は 、 変 化 し て そ の 音 の 全 体 、 あ る い は 前 半 の み が 低 音 に 変 化 す る︾。 こ れ ら は ︽旋 律 変

た だ け れ ば 幸 甚 で あ る 。 

化 の 法 則 ︾ と も いう べ き も の で あ ろう 。 な お 小 稿

﹁日 本 四 声 古 義 ﹂ ( ﹃国 語 アク セ ント 論 叢 ﹄ 所 収) の 第 五 節 を 参 照 い

( 注 16 )   ﹃国 語 と 国 文 学 ﹄ 二 七 ノ 一二 所 載 の ﹁仮 名 遣 の起 源 に つ いて ﹂ が そ れ で あ る 。

( 注 17 )   平 上 去 の声 点 で 語 句 の ア ク セ ント を 示 し て いる が 、 そ の 示 し 方 は ﹃類 聚 名 義 抄 ﹄ な ど と は 少 し ち が う 。 去 声 の

点 は 第 一拍 に の み 現 れ 、 し か も そ の 場 合 は 第 二 拍 は 必 ず 上 声 で あ る 。 一方 平 声 の点 は 第 一拍 には 決 し て 現 れ ぬ。 思

う に 、 著 者 は 、 低 い拍 のう ち 第 一拍 のも のを 去 声 で 示 し 、 第 二 拍 以 下 のも のを 平 声 で 示 し た の に ち が いな い。 

﹃ 音 楽 事 典 ﹄ の ﹁平 曲 ﹂ の条 に 述 べた 。 曲 節 の 種 類 によ り 、 ア ク セ ント の 反 映 の 仕 方 は ま ち ま

( 注 18 )   平 曲 の 大 旋 律 型 の種 類 と そ の 特 色 に つ い て は 、 小 稿 ﹁ 前 田流 のメ ロデ ィー に つ いて﹂ ( ﹃日本 文 学 研 究 ﹄ 三 一所 載)およ び平 凡社刊

ち で 、 素 声 お よ び 口 説 と 称 せ ら れ る 曲 節 は 、 大 体 ⑦ の時 期 の ア ク セ ン ト を 忠 実 に 反 映 し て お り 、 指 声 ・折 声 と 称 せ

ら れ る 曲 節 は 、 む し ろ⑥ の 時 期 の ア ク セ ン ト を 反 映 し て いる 。 こ れ は 指 声 ・折 声 は 、 素 声 ・口説 に比 し て 、 よ り 音

楽 的 な 部 分 で あ る た め に、 前 代 か ら の伝 統 を 、 よ り 忠 実 に 守 って いる た め と 思 わ れ る 。 な お 、 現 在 の 館 山 甲 午 氏 の

平 曲 に お い て 、 口 説 ・指 声 ・折 声 の 部 分 の旋 律 は 、 ﹃正 節 ﹄ の 譜 に 対 し てき わ め て 忠 実 で あ る 。 

( 注 19 )   ﹃平 家 音 楽 史 ﹄ の 八 二 四 頁 を 参 照 。 た だ し 、 現 在 の館 山 氏 は 、 素 声 の部 分 に 限 り 、 ﹃正 節 ﹄ の譜 か ら 離 れ た 自 由 な 旋 律 で誦 し て お ら れ る 。 

( 注 20 )  こ れ は 現 代 の 京 都 語 と 同 様 で あ る 。 た だ し 、 平 曲 の 素 声 の旋 律 に よ れ ば 、 四 拍 語 で 現 在 (低 低 低 高 ) 型 の 語

( 例 、 ﹁雀 が ﹂ ﹁空 色 ﹂) 等 は 、 当 時 (低 低 高 高 ) 型 だ った ら し い。 三 拍 語 の 低 起 式 平 板 型 が (低 低 高 ) 型 で あ り 、 四

拍 語 の そ れ が (低 低 高 高 ) だ と いう こ と は 、 現 在 、 和 歌 山 県 日 高 郡 龍 神 村 の ア ク セ ント に 見 ら れ る 性 格 であ る 。 す

な わ ち 、 元 禄 期 の 京 都 ア ク セ ント が 高 知 ・田 辺 式 だ と 言 え る と 同 様 、 安 永 期 の 京 都 ア ク セ ント は ﹁ 龍 神 式﹂ だ と 言

( ﹃国 語学 ﹄) 二 一に 富 士 谷 成 章 が ﹃ 稿 本 あ ゆ ひ抄﹄ ( 明和 四年︱ 安永 二年 の間 に成 立 )

の中 で お こな った ア ク セ ント に 関 す る 考 察 を 紹 介 さ れ た が 、 そ れ に よ る と 、 成 章 は 、 ﹁ す す き ﹂ と いう 語 を (低 低

え る。最 近、 竹岡 正夫 氏 が本誌

高 ) 型 に 、 ﹁か り が ね ﹂ と いう 語 を (低 低 高 高 ) 型 に 表 記 し て い る 。 平 曲 の旋 律 と 成 章 の 記 述 の 両 方 か ら 考 え て、

明 和 ・安 永 ご ろ の 京 都 ア ク セ ント が ﹁龍 神 式 ﹂ の体 系 を も って いた こ と は 、 ほ ぼ 確 実 で あ る 。

( 注 21 )   ﹃ 国 語 ア ク セ ント 論 叢 ﹄ 所 収 の ﹁ 原 始 日 本 語 の ア ク セ ント ﹂ の 二 三 頁 を 見 よ 。 

( 注 22 )“Tone Language”によると、メキシコのインディアン語のうちでMixti語 cは o 、 各 モ ー ラ が 高 中 低 の大 体 い ず

れ に も 成 り 立 ち 得 る と いう 。 五 頁 の註 8 に よ れ ば 、Matlazi 語n とcい oう のは 、 高 低 二 個 の ト ネ ー ム か ら 出 来 て お り 、

各 モ ー ラ に そ の いず れ を も 取 り 得 る ア ク セ ント を 有 す る ら し い。 平 安 末 期 の京 都 ア ク セ ント は 、 大 体 こ のあ た り の も のに よ く 似 て いそ う で あ る 。 

( 注 23 )   現 代 京 都 語 に は 、 全 平 型 も あ る し 、 ま た 四拍 以 上 の 語 に は 、 (高 高 低 低 ) 型 、 (高 高 高 低 ) 型 も あ る か ら 、 ど の

拍 が 高 く な る か だ け で は 型 は 決 定 し な い。 が 、 平 安 末 期 の ア ク セ ン ト に 比 べ れ ば 、 ど の拍 を 高 め る か と いう こ と は 、

重 要 な 意 味 を 持 つと 言 って よ い。 服 部 博 士 の術 語 で 表 現 す れ ば 、 ︽﹁音 節 ア ク セ ン ト ﹂ で は な く 、 ﹁ 単 語 ア ク セ ント ﹂ で あ る ︾ と いう こ と に な る 。 

( 注 24 ) ﹁メキ シ コ型 ﹂ ﹁ギ リ シ ャ 型 ﹂ と も に 、 名 称 と し て 不 適 当 だ と いう そ し り を 受 け そ う であ る が 、 こ の 席 だ け と い

( だ ろ う )﹂ ﹁彼 は つむ ぐ ﹂ ﹁彼 は

メ キ シ コ ・イ ン デ ア ン 語 の 一種Mazate語 cは o、 四段 階 の高低 ト ネ ー ムか ら成 立 す る アク セ ン

う こ と に し て お 許 し を 乞 う 。 こ の発 表 の中 で 、 何 か 短 い名 称 が な い と ど う も 不 便 で あ る 。  ( 注 25 )  P にi よk れe ば、

ト を 有 し 、 例 え ば 、sit とeいう 音 韻 は 、 ア ク セ ン ト の ち が い に よ り 、 ﹁私 は つむ ぐ

つ む ぐ だ ろ う ﹂ ﹁我 々 は み な つむ ぐ だ ろう ﹂ な ど 十 二 種 類 の ち が った 意 味 を 表 わ し 分 け る と いう 。(“Tone Language” の 二三 頁 ) 

考 察 し た 。 

( 注 26 )   こ の 問 題 に つ い て は 、 か つて ﹃言 語 民 俗 論 叢 ﹄ 所 収 の ﹁国 語 ア ク セ ント 史 の研 究 が 何 に 役 立 つか ﹂ の第 二 節 で

( 注 27 )   これ に ついては、 ( 注 26 ) と 同 じ 論 文 の第 三 節 で 言 及 し た 。 

( 注 28 )   (高 低 高 ) 型 は 、 断 定 を 表 わ す イ ント ネ ー シ ョ ン を 伴 って 用 いら れ る と 、 (高 低 低 ) 調 に 近 く 発 音 さ れ た で あ ろ

う 。 他 方 、 (高 低 低 ) 型 は 、 問 掛 け の イ ント ネ ー シ ョ ンを 伴 う よ う な 場 合 な ど に は 、 (高 低 高 ) 調 に も 発 音 さ れ た で あ ろ う 。 

( 注 29 )   こ の考 えは ﹃ 季 刊 国 語 ﹄ 二所 載 の、 氏 の ﹁ア ク セ ント 観 ・型 ・表 記 法 ﹂ に 見 え る 。 服 部 四 郎 博 士 が ﹃ 音 声 学﹄

 

の 一九三︲一 九 四 頁 に 提 出 し て お ら れ る 見 方 も 、 こ れ と 似 て 見 え る 。 

平山 輝男 氏 の ﹃ 九 州 方言 音 調 の 研 究 ﹄ を 参 照 。 青 森 方 言 は 芳 賀綏 君 の 研 究 によ る 。

( 注 30 )   こ の両 方 言 は 、 一語 の う ち のど こ か 一拍 が 必 ず 高 く 、 し か も そ の 高 い拍 は 一拍 に 限 る 。 鹿 児 島 方 言 に つ い て は

 ︹補 註 ︺   国語 学会 研究 発表 会 ( 京 都 )第 八 回 、 昭 和 三 十 年 五 月 二 十 九 日 (日 )、 京 都 大 学 文 学 部 第 七 講 義 室 。

国 語 の ア ク セ ント の時 代 的 変 遷

  一   お こし

  ︹一・一︺   私 は 二 度 ほ ど 日本 語 のア ク セ ント の歴 史 に つ いて 書 いた 。 一度 は 、 日 本 方 言 学 会 編 ﹃国 語 ア ク セ ン

ト の話 ﹄ の中 で ﹁国 語 ア ク セ ント の史 的 研 究 ﹂ と いう 題 のも と に、 も う 一度 は、 雑 誌 ﹃ 国 語 学 ﹄ 第 二 二輯 に ﹁古

代 ア ク セ ント か ら 近 代 ア ク セ ント ヘ﹂ と いう 題 で。 こ の 二 つ のも の は、 書 き 方 を か な り 変 え て み た が 、 結 局 、 あ

と のも の は前 のも のよ り 語 彙 の 数 を 減 ら し 、 時 代 の区 画 を こ ま か く し た と こ ろ に ち が いが あ る だ け で、 根 本 的 な

見方 のち が いは な い。 と こ ろ で 今 度 、 第 三 回 目 の ﹁日 本 語 のア ク セ ント の歴 史 ﹂ を 執 筆 す る に際 し て は、 内 容 に

多 少 大 き な 変 更 を 加 え な け れ ば な ら な く な った 。 そ れ は 、 あ のあ と 、 二 人 の学 者 によ って こ の方 面 の研 究 が 進 ん だ た め であ る 。

 ︹一 ・二︺  二 人 の学 者 と いう 、 そ の 一人 は、 馬 淵 和 夫 氏 であ る 。 氏 は 、 従 来 江 戸 初 期 の ア ク セ ント を 示 す 文 献

と し て私 な ど が 認 め て いた ﹃ 補 忘 記 ﹄ に つ い て、 一つ前 の時 代 の ア ク セ ント を 示 す 文 献 では な いか と いう 疑 いを

提 出 さ れ た 。( 注1)氏 の 説 か れ る と こ ろ は 、 ご く 簡 単 で は あ る が、 い いと こ ろ を つ い て い る 。 そ の論 証 の し 方 は

と も か く 、 結 論 は 従 うべ き も の のよ う に 思 う 。 私 は 従 来 の 見 方 を 変 え る 。 す な わ ち 、 今 ま で ﹃ 補 忘記﹄を もと に

し て 構 成 さ れ て いた ア ク セ ント 体 系 は、 一時 代 く り 上 が り 、 室 町 時 代 のも のと な る。

  こう な る と 、 江 戸 時 代 の ア ク セ ント 体 系 に つ い て は 、 そ れ を 表 わ す 文 献 を 我 々は 改 め て 探 さ な け れ ば な ら な

い。 私 は そ の 候 補 と し て、 平 曲 の譜 本 、 例 え ば 、 東 京 教 育 大 本 ﹃平 家 物 語 ﹄( 注2)お よ び 荻 野 検 校 著 の ﹃平 家 正

節 ﹄( 注3)を あ げ た い。 も っと も 、 これ ら は ︿アク セ ント そ のも のを 示 し た 文 献 ﹀ で は な い。 ︿ア ク セ ント を 反 映

し て いる と 推 定 さ れ る 語 り物 の旋 律 を 表 わ し た 文 献 ﹀ であ る 。 つま り 、 ア ク セ ント 資 料 と し て は 、 いわ ば 間 接 的

な 資 料 であ って、 そ の取 扱 いに は 特 別 の注 意 を し な け れ ば な ら な い。 そ れ か ら ま た 、 ど う し て こ れ が 江 戸 時 代 の

ア ク セ ント を 反 映 し て いる と 見 ら れ る か に つ いても 、 立 ち 入 った 考 証 を し な け れ ば な ら な い が、 そ れ に つ い ては

ま た 別 の機 会 を 得 る こ と にす る 。 現 在 のと こ ろ で は 、 こ れ ら の譜 本 の中 で、 ク ド キ あ る いは シ ラ ゴ エと 呼 ば れ て

いる 曲 節 ( 注4)の部 分 は 、 江 戸 時 代 のア ク セ ント を 伝 え る 箇 所 と し て 適 当 のよ う に 思 わ れ る。

  ︹一・三︺  馬 淵 氏 と 並 ん で、 ア ク セ ント 史 の研 究 を 進 め た も う 一人 の学 者 は 、 二松 学 舎 の小 松 英 雄 氏 で あ る 。

氏 は 、 ﹃国 語 学 ﹄ に 二篇 の論 文 を 送 り 、 平 安 朝末 期 の ア ク セ ント 体 系 が 従 来 考 え ら れ て い た よ り も は る か に 複 雑

な 体 系 であ る こ と を 明 ら か に さ れ た 。( 注5)氏 の 取 扱 った 文 献 は ﹃類 聚 名 義 抄 ﹄ と ﹃ 金 光 明最 勝 王経 音義﹄ と で

あ って、 これ は従 来 も ア ク セ ント 史 の資 料 と し て 利 用 さ れ て いた も の で は あ る が、 氏 は 、 ﹃名 義 抄 ﹄ は 特 に 図 書

寮 本 を 精 密 に再 検 討 す る こ と に よ り、 ﹃金 光 明 最 勝 王 経 音 義 ﹄ は 承 暦 三 年 書 写 の原 本 を 見 る こ と に よ り 、 従 来 考

え ら れ て いた も の のほ か に、 も う 一つ、 ﹁平 声 軽 ﹂ を 表 わ す 点 のあ る こ と を 発 見 さ れ 、 こ れ に よ り 、 当 時 の か な

り 多 く の 語彙 にわ た って 下降 調 の拍 が 見 ら れ る こ と を 明ら か に さ れ た の であ る 。 そ の考 証 は あ く ま でも 緻 密 で、

そ の推 論 に は 少 し の疑 惑 も 許 さ な いも の が あ る 。 残 念 な こ と に は 、 ﹃名 義 抄 ﹄ の 時 代 は た ま た ま ア ク セ ン ト 変 化

の過 渡 期 で 、 そ ろ そ ろ そ う いう 下 降 調 の拍 が消 失 し か け て いる こ と が そ の声 点 の分 布 の上 に 現 わ れ て お り 、 し た

が って当 時 の ア ク セ ント 体 系 を が っち り と と ら え る ま で に は 、 も う 少 し 同 時 代 の他 の文 献 の調 査 が 必 要 で あ る 。

が 、 と に かく これ に よ り 平 安 末 の アク セ ント の ほ ん と う の 姿 が 、 今 ま で と は 格 段 に は っき り と 見 き わ め ら れ た の は 結 構 な こ と だ った 。

  ︹一・四︺  こん な わ け で、 今 ま で の、 観 智 院 本 ﹃類 聚 名 義 抄 ﹄ で平 安 期 の ア ク セ ント を 、 ﹃ 補 忘記﹄ で近 世初期

のア ク セ ント を 示 し 、 そ れ を 現代 語 の そ れ と 対 比 す る と いう や り 方 は 捨 てな け れ ば いけな い。 こ れ か ら は 、 ま ず

図 書 寮 本 ﹃名 義 抄 ﹄ そ の他 の平 声 軽 点 の あ る 文 献 で 平 安 末 期 の ア ク セ ント を 推 定 し 、 一方 には そ れ 以 前 の 姿を 想

像 す る と 共 に 、 他 方 そ れ か ら あ と 新 た な 文 献 によ って 次 々と 各 時 代 のア ク セ ント の姿 を 推 定 し て行 く と いう 方 法

を と ら な け れ ば い けな い。 こ こ では 次 のよ う な 文 献 を 主 に 用 い、 語 類 別 に各 時 代 の ア ク セ ント の大 勢 を う か が お う と思う。

  平 安 末 期   ﹃図 書 寮 本 類 聚 名 義 抄 ﹄ ﹃ 金 光 明 最 勝 王 経 音 義 ﹄、 や や 不 精 密 で は あ る が 、 ﹃日本 書 紀 ﹄ の古 写 本 ( 注6) ﹃世 尊 寺 字 鏡 ﹄ ﹃観 智 院 本 類 聚 名 義 抄 ﹄ ﹃ 高 山 寺 本 類 聚 名 義 抄 ﹄ 等 の声 点 。

  鎌 倉 時 代   ﹃四 座 講 式﹄ そ の他 講 式 類 の 墨 譜 ( 注7) ﹃古 今 集 ﹄ の古 写 本 や 注 釈 書 ・聞 き 書 き の類 の声 点 ( 注8)

  築 島 裕 氏 の扱 わ れ た ﹃浄弁 本 拾 遺 集 ﹄ の声 点 ( 注9) ﹃日 本 書 紀 私 記 ﹄ の声 点 。 こ の時 代 の も の か 、 前 の時 代

のも のか 迷 う も の に、 ﹃法 華 讃 嘆 ﹄ や 祭 文 の 類 の 墨 譜 が あ る。 ま た 、 大 野 晋 氏 の 研 究 で 明 ら か に さ れ た と こ ろ に よ り 、 定 家 仮 名 遣 で書 か れ た諸 文 献 ( 注10 も) 役 立 つは ず で あ る 。

  室 町 時 代   ﹃名 目 抄 ﹄ の声 点 、 ﹃補 忘 記 ﹄ ﹃開 合 名 目 抄 ﹄ そ の他 論 議 の参 考 書 の記 述 。 こ の時 代 に 属 さ せ る か 次

の時 代 に属 さ せ る か 不 明 のも の と し て 、 平 曲 の譜 本 のう ち 指 声 と 呼 ば れ る 曲 節 のは じ め の部 分 、 等 。

  江 戸 時 代   平 曲 の譜 本 、 例 え ば 東 京 教 育 大 本 ﹃平 家 物 語 ﹄ 荻 野 検 校 の ﹃ 平 家 正 節 ﹄ 等 の ク ド キ ・シ ラ ゴ エと 呼

ば れ る 曲 節 の 墨 譜 、 文 雄 の ﹃和 字大 観 抄 ﹄ 富 士 谷 成 章 の ﹃あ ゆ ひ 抄 稿 本 ﹄ そ の他 に 見 え る 記 述 、 方 言 が ち が う か も し れ な いが 、 契 沖 の ﹃和 字 正 濫 通 妨 抄 ﹄ そ の 他 仮 名 遣 書 の記 述 等 。

  二   一拍 名 詞

 ︹二 ・ 一︺  院 政 時 代 に 一拍 名 詞 は 、 単 独 に用 いた 場 合 、 四 つ の 型 のど れ か に 属 し た と 考 え ら れ る 。 四 つ の 型 と

は、 ●型

(＝高 く 平 ら な 型 )・〓 型

(＝高か ら 低 へ移 る 型 )・〓 型

(＝低 か ら 高 へ移 る 型 )・○ 型

(＝低 い平 ら な 型 ) で

あ る 。 こ れ ら は そ れ ぞ れ 長 く 二 拍 程 度 に も 発 音 さ れ た 。 つ ま り 、 ● 型 は ● ● 型 に も 、〓 型 は ● ○ 型 に も 、〓 型 は

○ ● 型 に も 、 ○ 型 は ○ ○ 型 に も 発 音 さ れ て い た ろ う 。 そ し て こ れ ら に 属 す る 語 彙 は 次 の と お り だ った と 見 ら れ る 。

  ︹1︺   ● 型 ∼ ● ● 型 。 例 、 ﹁鵜﹂ ﹁柄 ﹂ ﹁蚊 ﹂ ﹁子 ﹂ ﹁背 ﹂ ﹁血 ﹂ ﹁戸 ﹂ ﹁帆 ﹂ ﹁身 ﹂ ﹁実 ﹂ ﹁世 ﹂ ﹁緒 ﹂ (こ れ ら を 第 一類 一 拍 名 詞 と 呼 ぶ 。)

  ︹2︺  〓 型 ∼ ● ○ 型 。 例 、 ﹁江 ﹂ ﹁毛 ﹂ ﹁名 ﹂ ﹁葉 ﹂ ﹁日 ﹂ ﹁藻 ﹂ ﹁矢 ﹂ (こ れ ら を 第 二 類 一拍 名 詞 と 呼 ぶ 。 も っと も こ こ に あ げ た も の の中 に は 、 声 点 の 位 置 か ら 見 て 疑 点 の あ る も の も あ る 。)

  ︹3︺  ○ 型 ∼ ○ ○ 型 。 例 、 ﹁鹿 ﹂ ﹁木 ﹂ ﹁粉 ﹂ ﹁田 ﹂ ﹁手 ﹂ ﹁菜﹂ ﹁荷 ﹂ ﹁根 ﹂ ﹁野 ﹂ ﹁火 ﹂ ﹁穂 ﹂ ﹁目 ﹂ ﹁湯 ﹂ ﹁夜 ﹂ ﹁ 輪 ﹂ ﹁画 ﹂ ﹁尾 ﹂ (こ れ ら を 第 三 類 一拍 名 詞 と 呼 ぶ 。)  ︺ ︹4  〓 型 ∼ ○ ● 型 。 例 、 ﹁巣 ﹂ ﹁歯 ﹂ ﹁杼﹂ ﹁女 ﹂ ﹁屋 ﹂

 ︹二 ・一 ・一︺  右 の う ち 、 多 少 問 題 が あ る の は 、 ま ず︹3︺の ○ 型 で あ る 。 こ れ ら の 語 彙 は 現 在 の 京 都 方 言 で○ ●

型 で あ り 、 こ れ を 文 献 に よ っ て さ か の ぼ る と 、 近 世 初 期 に は 契 沖 の ﹃和 字 正 濫 通 妨 抄 ﹄ そ の 他 に よ り す で に○ ●

型 に な っ て い た こ と が 証 明 さ れ る 。 そ う す る と 、 平 安 朝 時 代 に も 、 あ る い は〓 ∼ ○ ● 型 で は な か っ た か と も 疑 わ

れ る 。 が 、〓 ∼ ○ ● 型 を 表 記 す る た め に は 別 に 去 声 の 点 が あ り 、 去 声 点 が 施 さ れ た 別 の 語 が 厳 存 す る の で あ る か ら 、 や は り 一往 右 の よ う な 低 平 型 と 見 て よ い だ ろ う 。

 ︹二 ・ 一 ・二 ︺︹3︺ の 語 彙 と 並 ん で も う 一 つ 問 題 な の は 、︹4︺の〓 型 ∼○ ● 型 の 語 彙 で あ る 。 こ の 型 は 、 何 よ り 所

﹁歯 ﹂ と が え ら

属 す る 語 例 が 少 数 な の で音 価 が推 定 し に く い が、 し か も 日常 用 いな く な って いる 語彙 が多 い の では な は だ 心 細 い

こ と で あ る 。 こ れ ら の 中 で 、 わ ず か に 今 ま で 日 常 語 と し て 用 い ら れ て い る 語 を 探 す と 、 ﹁巣 ﹂ と

ば れ る が 、 こ の 語 は 、 現 在 京 都 で 、 ﹁巣 ﹂ は︹1︺の 語 彙 と 同 じ く ● 型 で あ り 、 ﹁歯 ﹂ は︹2︺の 語 彙 と 同 じ く〓 型 で あ

る 。 こ う な る と 、 一体〓 型 と いう よ う な 型 が あ っ た ろ う か と いう 疑 いも か か っ て く る が 、 そ こ ま で は 疑 わ な い こ

と に し て、 右 のよ う な 第 四 番 目 の型 と し て 認 め て お く こ と に す る 。 現 代 語 に お け る ﹁巣 ﹂ と ﹁歯 ﹂ の型 のち が い の 由 来 に つ いて は 、 次 の ︹二 ・三 ︺ 項 で 述 べ る。

  ︹二 ・二︺  こ れ ら の語 彙 のう ち 、 ︺ ︹1 ︹2 の︺ も の は、 院 政 時 代 以 後 、 現 在 の京 都 方 言 に 至 るま で大 き な 変 化 は な か った と 見 ら れ る 。 変 化 が あ った のは︹3︺の ︹型 4︺ である。

  ︹二 ・二 ・ 一︺︹3︺ ○ ∼ ○ ○ 型 の語 彙 は 、 さ っき 述 べ た よ う に 現 在 の○ ● 型 に な って いる が 、 こ の 変 化 は い つ行

わ れ た か と 考 え る のに 、 鎌 倉 期︱ 室 町 期 の間 に ︿高 い部 分 のな い型 の消 滅 ﹀ と いう 大 き な 変 化 が あ った こ と は 明

ら か であ る か ら 、 室 町 時 代 に は も う ○∼ ○ ○ 型 で は な く な って いた に 相 違 な い。 と こ ろ で問 題 は 、 鎌 倉 期︱ 室 町

期 の間 の変 化 に 際 し て は 、 も と の○ ○ 型 は 原 則 と し て は ● ○ 型 に 変 化 し た と 見 ら れ る か ら 、 一拍 語 の こ れ ら の 語

に 限 って○ ● 型 に変 化 し た と いう 以 上 は 、 そ れ は 変 則 的 な 変 化 を 遂 げ た と し な け れ ば な ら な いこ と であ る 。 ど う し てそ のよ う な 変 化 が 起 こ った か 。

  思 う に、 これ ら第 三 類 の 一拍 名 詞 の語 は 、 室 町 時 代 に移 る 途 中 、 ○ ○ 型∨ ● ○ 型 の変 化 の浪 に も ま れ て 、 現 実

に は ● ○ 調 にも 発 音 さ れ た 。 そ う し て ● ○ 型 と いう ア ク セ ント も 獲 得 し か け た であ ろ う 。 と こ ろ が、 こ れ ら は 助

詞 が つ いた 場 合 に は ○ ● 型 に な る が 、 こ の形 は 厳 と し て 守 ら れ た 。 単 独 の場 合 は ● ○ 型 で、 助 詞 が つ いた 場 合 は

○ ● 型 と いう の は そ も そ も 変 則 であ る。 と こ ろ が 、 一拍 名 詞 な ど と いう も の は 、 百 個 用 例 があ れ ば 九 十 九 例 ま で

助 詞 の つ いた 用 例 で 、 単 独 で 用 いら れ る と いう こと は零 に 近 い。 そ ん な こ と か ら 助 詞 の つ いた 形 の ア ク セ ント で

あ る ○ ● 型 に圧 倒 さ れ て、 単 独 の場 合 の● ○ 型 と いう 型 は 誕 生 し な か った も のと 思 わ れ る 。 つま り 、 こ れ ら の 語

は 室 町 時 代 へ移 る 時 に ○ ○ 型 か ら ○ ● 型 へ変 化 を 起 こし た が 、 そ れ は ○ ○ 型∨ ○ ● 型 と いう 、 型 そ のも の の規 則

的 変 化 が あ った わ け で はな く 、 助 詞 の つい た 形 への類 推 と いう 、 いわ ば 一種 の ︿形態 変 化 ﹀ に よ って 新 し い型 に 変化し たと考え られる。

  な お 、 現 代 の 諸方 言 で は 、 琉 球 諸 方 言 を 除 く す べ て の方 言 を 通 じ て 一拍 名 詞 の第 三 類 は 二 拍 名 詞 の第 四 類 と い

っし ょ にな って いて、 二 拍 名 詞 の第 三 類 と は ち がう 型 にな って いる が、 琉 球 諸 方 言 では 第 四 類 と い っし ょ にな ら

ず 、 第 三 類 と い っし ょに な って いる 。 こ れ は 、 こ の類 の語 が、 以 前 、 単 独 の場 合 、 ○ ○ 型∨ ● ○ 型 と いう 、 規 格

に あ った 変 化 を 遂 げ た 形 跡 を 示す も の であ ろ う 。 こ の こと に つ い て は 別 の稿 で触 れ た が、 内 地 諸 方 言 で ○ ● 型 が

変 化 し な か った の に琉 球 諸 方 言 で ● ○ ▽ 型 に 変 化 し た のは 、 琉 球 諸 方 言 で は 他 の諸 方 言 と ち が って 一拍 名 詞 は 助

詞 が つ いた 場 合 にも 長 く 引 いて 発 音 さ れ る の が 立 て前 だ った こ と を 物 語 る も の と 思 わ れ る 。( 注11) こ れ は 逆 に 、

他 の諸 方 言 で は 、 一拍 名 詞 第 三 類 は 助 詞 が つ いた 場合 に主 と し て短 く 発 音 さ れ た ろ う と いう こと を 推 測 さ せ る事

実 で あ る。 こ の こと は第 三 類 の名 詞 に は 限 ら な か った ろ う 。 そ う す る と 、 こ こ で 次 のよ う な こと が 言 え る 。

  ︽鎌倉 時 代 の 日 本 語 で、 一拍 名 詞 は 助 詞 が つ いた 場 合 に は 、 声 を 引 か な いで 発 音 さ れ る 方 が 一般 的 な 発 音 傾 向 だ った ろ う ︾

  ︹二 ・二 ・二︺ 次 に︹4︺〓型 は ど う な った か 。 前 に も ふ れ た と お り 、 院 政 時 代 に〓 型 に 属 し て いた 語彙 は 、 そ

の数 も 少 く 、 し かも 現 在 ば ら ば ら に分 属 し て いる の でそ の 変 遷 のあ と は た ど り に く い。 し か し 、 こ う いう こ と は

言 え る。 二 拍 以 上 の語 で〓 と いう 拍 は、 鎌 倉 時 代 に 移 る 時 にす べ て 規 則 的 に● 調 に 変 化 し た 、 そう だ と す る と 、

こ の類 の語 は 一様 に ● 型 にな った も の に ち が いな い。 た だ し 、 ﹁巣 ﹂ と ﹁ 歯 ﹂ と いう 二 つの 代 表 的 な 語彙 が 現 在

別 々 の 型 に 別 れ て し ま って いる 事 情 は こ れ で は説 明 でき な い。 これ に つ い て は 、 次 項 で 述 べ る。

  ︹二 ・三︺  院 政 時 代 こ れ ら 各 型 の 語 彙 に 助 詞 が つ いた 場 合 は ど う な った か 。 助 詞 に も い ろ いろ あ る が 一拍 の代

表 的 な 助 詞 と し て 、 ﹁が ﹂ ﹁に ﹂ ﹁は ﹂ ﹁を ﹂ の 四 つ のも の を え ら ぶ と す れ ば 、︹1︺︹は 2︺ 次︹ の3よ︺う に な った も のと

  例 、 ﹁日 は ﹂

  例 、 ﹁子 は ﹂(仁 徳 紀 ・歌 謡 )

想 像 さ れ る 。︹2 は︺ま だ し っか り し た 例 を 見 出 だ し て いな い。 た だ し 、 次 の鎌 倉 時 代 に は︹1︺︱を ︹通 3︺ じ てす べて 用例 がある。 ︹ l︺ ︹2︺

︹ 3︺ 

例 、 ﹁木 は ﹂ ( 仁徳 紀 ・歌 謡)

 こ のう ち 、︹1︺の ︹場 3合 ︺ は 、 現 代 の京 都 語 でも そ う で あ る か ら 問 題 は な い。 現 代 ま で こ れ ら の語 の ア ク セ ント は

変 ら な か った わ け であ る 。︹2の︺場 合 の← の下 の 二 つ の形 は、 括 弧 の外 のも の の方 は 、 助 詞 の接 合 のゆ る か った 場

合 の形 、 括 弧 の中 の方 は 助 詞 の接 合 がき つく 行 わ れ た 場 合 の形 であ る。 院 政 時 代 には 、 括 弧 の外 の形 の方 が 多 く 行 わ れ た であ ろ う 。 こ れ に つ いて は 、 二拍 名 詞 の条 で再 説 す る 。

  問 題 は ︹二 ・ 一︺ に あ げ た︹4の ︺語 彙 であ る。 こ れ は 、 院 政 時 代 に 助 詞 を 伴 った 例 を 見 な い上 に 、日 常 使 わ れ な

い語 彙 が 多 く 、 た ま た ま 日常 使 わ れ る ﹁ 巣 ﹂と ﹁ 歯 ﹂ と は、 現 在 京 都 語 で別 のア ク セ ント を も って いる の で 、 は な は だ 想 定 が 難 し い。

﹁歯 ﹂ は、 契 沖 の ﹃通 妨 抄 ﹄ で 見 る と 、 ﹁葉 ﹂ と 同 じ 型 に な って お り 、 江 戸 時 代 に ● ▽型 だ った ろ う か と 推 定 さ

れ る 。 恐 ら く 鎌 倉 時 代 以 後 そ う だ った のだ ろ う 。 ﹁巣 ﹂ の方 は、 ど う し た こ と か、 契 沖 の ﹃通 妨 抄 ﹄ に も れ て い

る 。 契 沖 は 百 以 上 の 一拍 名 詞 を 集 め て ア ク セ ント を 示 し な が ら 、 ど う し て こ の 一番 大 切 な 語 を 記 載 し 忘 れ た の で

あ ろ う か 。 止 むを え ず ﹃平 家 正 節 ﹄ の中 か ら こ の語 を 探 す と 、 ﹁物 怪 ﹂ の章 の クド キ の条 に 、 ﹁巣 を ﹂ と いう 語 句

に 対 し て (上 上) と いう 墨 譜 を し る し た 例 が 一つだ け 見 つか る 。 つま り 近 世 中 期 に も 、 現 在 と 同 じ く ● ∼● ▼型

だ った こ と が 推 定 さ れ る 。 そ う す る と 、 鎌 倉 時 代 も そ う であ った ろ う 。 つま り、 ﹁歯 ﹂ と ﹁巣 ﹂ と は 鎌 倉 時 代 に す で に別 々 の型 に 属 し て いた ろ う と 考 え ら れ る 。

  これ は ど う 解 釈 し た ら よ いか 。 私 は 、 一番 い い方 法 は こ ん な も のだ と 思 う 。 院 政 時 代 に も 助 詞 の つき 方 が す で

にち が って いた と す る の で あ る 。 ﹁歯 が﹂ の方 は〓 ▽ 型 、 ﹁ 巣 が ﹂ の方 は〓 ▼ 型 と いう よ う に。 二 拍 名 詞 の○ ● 型

が 、 助 詞 の つく 時 に 二 つに 分 れ る こ と を 考 え る と 、 一拍 名 詞 の〓 ∼ ○ ● 型 に も 二 つ のち が った 型 が あ った と 考 え

る こ と は 不 自 然 では な い で あ ろう 。(注12) こ こ で は そ う 解 す る こと に す る 。 鎌 倉 時 代 に 移 る 時 に、〓 の拍 は ● の 拍 に変 化 し た はず であ る。

 ︹二 ・四︺以 上 のよ う に 見 る 時 は、 院 政 時 代 の 一拍 名 詞 は 、 助 詞 が つ いた 場 合 、 次 の五 種 類 の 型 があ った こ と に

 

( 鎌倉 )

 

( 現代)

な り 、 後 世 、 下 のよ う に 変 化 し た こ と にな る 。 ( 院 政)

 三   二 拍 名 詞

 ︹三 ・ 一︺ 院 政 時 代 二 拍 名 詞 は 、 単 独 の 場 合 次 の 五 つ の 型 が あ り 、 そ れ ぞ れ 下 に か か げ る よ う な 語 彙 が 属 し た と 見られる。

﹁桐 ﹂ ﹁霧 ﹂ ﹁釘 ﹂ ﹁口 ﹂ ﹁国 ﹂ ﹁首 ﹂ ﹁腰 ﹂ ﹁此 ﹂ ⋮ ⋮

( 第一 類 二 拍 名 詞 )

︹ l︺   ● ● 型 。 例 、 ﹁飴 ﹂ ﹁牛 ﹂ ﹁梅 ﹂ ﹁魚 ﹂ ﹁枝 ﹂ ﹁海 老 ﹂ ﹁柿 ﹂ ﹁瘡 ﹂ ﹁風 ﹂ ﹁金 ﹂ ﹁壁 ﹂ ﹁顔 ﹂ ﹁粥 ﹂ ﹁雉﹂ ﹁疵 ﹂ ﹁君 ﹂

﹁弦 ﹂ ﹁夏 ﹂ ﹁橋 ﹂ ﹁旗 ﹂ ﹁肘 ﹂ ﹁人 ﹂ ﹁町 ﹂ ﹁胸 ﹂ ﹁ 村 ﹂ ﹁雪 ﹂ ⋮ ⋮

( 第 二類 二 拍 名 詞 )

︹ 2︺   ● ○ 型 。 例 、 ﹁痣﹂ ﹁彼 ﹂ ﹁石 ﹂ ﹁岩 ﹂ ﹁歌 ﹂ ﹁上 ﹂ ﹁音 ﹂ ﹁垣 ﹂ ﹁川 ﹂ ﹁紙 ﹂ ﹁北 ﹂ ﹁鞍 ﹂ ﹁杭 ﹂ ﹁下 ﹂ ﹁〓﹂ ﹁旅 ﹂

( 第 三類 二拍名 詞)

﹁鴨 ﹂ ﹁岸 ﹂ ﹁草 ﹂ ﹁櫛 ﹂ ﹁靴 ﹂ ﹁雲 ﹂ ﹁倉 ﹂ ﹁栗 ﹂ ﹁苔 ﹂ ﹁事 ﹂ ﹁坂 ﹂ ﹁竿 ﹂ ﹁島 ﹂ ﹁尻 ﹂ ﹁谷 ﹂ ﹁鯛 ﹂ ﹁玉 ﹂ ﹁土 ﹂ ﹁綱 ﹂

︹ 3︺   ○ ○ 型 。 例 、 ﹁足 ﹂ ﹁孔 ﹂ ﹁網 ﹂ ﹁泡 ﹂ ﹁池 ﹂ ﹁家 ﹂ ﹁色 ﹂ ﹁腕 ﹂ ﹁馬 ﹂ ﹁裏 ﹂ ﹁ 鬼 ﹂ ﹁鍵 ﹂ ﹁皮 ﹂ ﹁貝 ﹂ ﹁髪 ﹂ ﹁瓶 ﹂

﹁時 ﹂ ﹁年 ﹂ ⋮ ⋮

  ︹4︺   ○ ● 型 。 例 、 ﹁跡 ﹂ ﹁粟 ﹂ ﹁息 ﹂ ﹁糸 ﹂ ﹁稲 ﹂ ﹁帯 ﹂ ﹁笠 ﹂ ﹁粕 ﹂ ﹁数 ﹂﹁肩﹂ ﹁鎌 ﹂ ﹁上 ﹂ ﹁絹 ﹂ ﹁ 屑 ﹂ ﹁今 朝 ﹂ ﹁今 日 ﹂

﹁鞘 ﹂ ﹁汁 ﹂ ﹁筋 ﹂ ﹁隅 ﹂ ﹁空 ﹂ ﹁種 ﹂ ﹁罪 ﹂ ﹁中 ﹂ ﹁箸 ﹂ ﹁針 ﹂ ﹁舟 ﹂ ﹁他 ﹂ ﹁松 ﹂ ﹁麦 ﹂ ﹁我 ﹂ (第 四類 二拍名 詞)

  ︹5︺  ○〓 型 。 例 、 ﹁秋 ﹂ ﹁虻 ﹂ ﹁影 ﹂ ﹁蜘 蛛 ﹂ ﹁琴 ﹂ ﹁鯉 ﹂ ﹁声 ﹂ ﹁猿 ﹂ ﹁霧 ﹂ ﹁ 鶴 ﹂ ﹁鍋 ﹂ ﹁窓 ﹂ ﹁前 ﹂ ( 第 五類 二拍 名 詞)

こ のう ち 、 ︹ 5︺ の○〓 型 は 、 小 松 氏 の研 究 によ って 存 在 が 確 認 さ れ た も の で あ る 。 ︹三 ・一 ・一︺  と こ ろ で、 こ れ ら は 大 部 分 の 語 彙 が 属 し た 型 で、 こ の ほ か に ごく 少 数 の 語 彙 が 属 す る 型 が あ っ た ら し い。 す な わ ち 次 のも の であ る。   ︹6︺   ●〓 型 。 例 、 ﹁ 溝﹂( 図書寮本名義抄)  ︹ 7︺   〓 ○ 型 。 例 、 ﹁虹 ﹂ ( 金光 明最勝王経音義)   ︹8︺   〓 ● 型 。 例 、 ﹁象 ﹂ ( 観智院本名義抄)   ﹁〓﹂(字鏡)  ﹁ 蛇﹂( 観智院本名義 抄)  ︹ 9︺   〓 ○ 型 。 例 、 ﹁腓 ﹂ ( 観智院本名義抄)   ﹁百合 ﹂ ( 色葉字類抄)

  ︹8︺ ︹9︺ は 以前 か ら 存 在 が 認 め ら れ て いた が 、︹6︺は︹小 7松 ︺氏 の発 見 に よ る も の であ る 。︹6 に︺ 属 す る ミゾ は 、 ほ か に

● ● 型 に 表 記 さ れ て いる 例 も あ り 、 や や 危 ぶ ま れ る 。 が 、 ○〓 型 が存 在 し 、 他 型 三 拍 以 上 の 語 (名 詞 で は な い

が ) に● ●〓 型 の存 在 が 認 め ら れ る か ら に は 、 や は り あ った と 見 て差 支 え な いで あ ろ う 。︹7の︺〓 ○ 型 も 妙 な 形 の

ア ク セ ント で あ る が、 ニ ジと いう 語 が 現在 諸 方 言 に ニー ジ のよ う に第 一拍 が 長く 引 かれ る 例 がし ば し ば 見 え 、 院

政 時 代 に こ のよ う な ア ク セ ント を も って い た と す る こ と は 、 そ う いう 事 実 を 説 明 す る の に 好 都 合 であ る 。(注13)

こ う いう 型 だ った の で あ ろ う 。︹9で︺は ハギ と いう 語 例 は ﹃ 観 智 院 本 名 義 抄 ﹄ の中 に 別 に ハア ギ と し て (平 上 平 )

型 の声 点 を 施 し て いる 例 があ る と こ ろ か ら 、 ハギ が〓○ 型 だ った こ と は 、 し た が って〓 ○ 型 と いう 型 が存 在 し て

いた こと は 、 確 実 で あ る 。〓 ○ 型 があ った 以 上 は〓 ● 型 も あ った こ と と 思 わ れ る 。 た だ し 、︹6︺︱の ︹型 9は ︺、そ の 所 属 語 彙 が 少 か った ろ う 。

  ︹三 ・二︺  さ て、 こ れ ら の 型 は 後 世 ど の よ う に 変 化 し た か 。 こ のう ち︹1︺︹2 の︺ 語︹ 彙4は ︺、 現 在 も そ の ま ま ● ●

型 ・● ○ 型 ・○ ● 型 であ る か ら 問 題 は な い。︹5の︺語 彙 も 、 現 在 そ のま ま ○ 〓 型 であ って 、 これ も 変 化 し な か った

も の と 見 て よ か ろ う 。 た だ 、 こ の型 に属 す る 語 彙 は 、 中 世 の文 献 、 た と え ば ﹃四 座 講 式 ﹄ の旋 律 や ﹃古 今 集 ﹄

﹃日 本 書 紀 私 記 ﹄ な ど の声 点 や ﹃補 忘 記 ﹄ で は、 ○ ● 型 のよ う に 表 記 さ れ て いる こ と が 問 題 に な る。 し か し 、 こ

れ は 大 ま か な 表 記 を し た も の で、 こ の型 に属 す る 語 は ○ ● 型 の よう に も 発 音 さ れ た と いう こ と を 示 す も の で、 正

式 に は 終 始 ○ 〓 型 であ った も の であ ろ う 。 江 戸 時 代 にな る と 、 富 士 谷 成 章 は は っき り ○ 〓 型 で あ る こ と を 認 め て いる し 、( 注14)契 沖 の 記 載 も ○ 〓 型 を 意 図 し て いる よ う に解 せ ら れ る 。(注15)

 ︹三 ・二 ・一︺ 次 に︹3の︺語 彙 は 、 現 在 ● ○ 型 にな って いる 。 こ れ は 鎌 倉 ・室 町 期 の 交 に ● ○ 型 に 変 化 し 、︹2の︺

語 彙 と 合 流 し て し ま った こ と は 、 早 く か ら 明 ら か に さ れ て いる 。(注16)そ の時 期 に つ い て は 大 野 晋 氏 の 研 究 が あ

り、 ﹁仮 名 遣 の起 源 に つい て ﹂ と いう 論 文 の 中 で、 いわ ゆ る 定 家 仮 名 遣 で は 、 オ ニと か オ ヤ と か いう 、 こ の型 に

属 し て い る語 が ﹁お ﹂ で 表 記 さ れ て いる の に 、 行 阿 の仮 名 遣 の中 では こ れ ら が ﹁を ﹂ で表 記 す る よ う に 規 定 さ れ

て いる のを 根 拠 と し て、 行 阿 の時 代 に はも う す で に高 く 変 化 し て いた も のと 推 定 さ れ た のは 、 見 事 な 手 際 であ っ

た 。 た だ 問 題 は 、 行 阿 は 、 後 醍 醐 ・後 村 上 両 朝 の代 の 人 で あ る の に、 そ れ よ り あ と の人 で あ る 長 慶 院 が、 ﹃仙 源

抄 ﹄ の中 で こ の︹3 の︺ 語彙 と︹2 の︺語彙 の ア ク セ ント の ち が い に つ い て述 べて い て、 あ た か も 院 御 自 身 が そ の区 別 を

あ や つ って お ら れ る か のよ う な 印 象 を 与 え る こと であ る 。 し か し 、 こ れ は 、 そ の時 代 に はも う す で に な く な って いた 音 の 区 別 を 、 知 識 と し て だ け 知 って いた も の か も し れ な い。

  服 部 四 郎 博 士 によ る と 、 正 平 年 間 の写 で あ る ﹃四座 講 式 ﹄ の譜 で は、 こ の類 の語 が︹2の︺語 と 同 じ く ● ○ 型 のよ

う に 表 記 さ れ て いる のが 多 いよう であ る。 と す る と 、 こ の 変 化 は 、 南 北 朝 の か な り 早 い時 代 に、 も う ず いぶ ん 進

ん で いた も のと 思 わ れ る 。 そ の後 現 代 ま で ひ き つづ き ● ○ 型 で あ る こ と は 言 う ま で も な い。 な お 、 こ の類 の 語 に

は 現 在 ● ○ 型 に な って いな いで ○ ● 型 に な って いる も の、 ○ 〓 型 に な って い る も の が比 較 的 多 く ま じ って いる 。

これ ら は ﹃四 座 講 式 ﹄ の江 戸 時 代 の版 本 のあ る も のや ﹃平 家 正 節 ﹄ の譜 本 で は ち ゃ ん と ● ○ 型 に な って いる と こ

ろ を 見 る と 、 一往 他 の語 と と も に ●○ 型 に 変 化 し 、 そ のあ と であ る いは ○ ● 型 に 、 あ る いは ○ 〓 型 に 変 化 し た も のと 見 え る 。

  ︹三 ・二 ・二︺  な お 、 ︹三 ・ 一︺ にあ げ た う ち 、 稀 少 型 の︹8 の︺ 〓 ● 型 が ● ● 型 に 、︹9の︺〓 ○ 型 が ●○ 型 に変 化 し

た の は、 鎌 倉 時 代 に は い る時 に起 こ った 〓 拍 の ● 拍 化 に よ る も の で 、 当 然 で あ ろ う 。︹7の︺〓 ○ 型 も こ の時 に ● ○

型 に変 化 し て か げ を ひ そ め た も の と想 定 さ れ る 。︹6 の︺ ● 〓 型 は 、○ 〓 型 が残 り 得 た こ と か ら 考 え る と 、 多 少 あ と

ま で残 り 得 た か と 思 わ れ る が 、 〓 拍 と 関 係 の深 い拍 はな く な った よ う であ る し 、 ● 〓 型 と いう ア ク セ ント は 元 来 発 音 し に く い型 で あ る か ら 、 早 く な く な って ● ● 型 にな った かも し れ な い。

 ︹三 ・三︺ 次 に、 こ れ ら の名 詞 に助 詞 が つく 場 合 は ど う な る か 。 院 政 時 代 、 これ ら に ﹁が ﹂ ﹁に ﹂ ﹁は ﹂ ﹁を ﹂ が

つく と 、 一往 そ れ ら が そ のま ま つき 、← の下 のよ う に な った も のと 推 定 さ れ る 。︹2︺︹5︺︹は6、 ︺一 ︹往 7括 ︺弧 ︹9 の︺ 外の よ う な 形 にな った であ ろう 。

問 題 は︹2︺︹7 で︺ あ︹る9。 ︺︹2 は︺現代 助 詞 が つく と 普 通 ● ○ ▽ 型 で あ る。 つま り 括 弧 の中 の形 だ 。 ﹃補 忘 記 ﹄や ﹃平 家

正 節 ﹄ の譜 に よ る と 、 室 町 時 代 ・江 戸 時 代 も そ う だ った と 見 ら れ る 。 鎌 倉 時 代 には 二 種 類 の文 献 があ り 、 ﹃四 座

講 式 ﹄ は ● ○ ▽ 型 を 反 映 し て いる が 、 ﹃日 本 書 紀 私 記 ﹄ の声 点 は ● ○ ▼ 型 に注 記 さ れ て いる 。 そ し て 平 安 朝 の文

献 で は 、 今 見 ら れ る と こ ろ では ● ○ ▼型 のも のば か り で あ る 。 こ れ は ど う 解 釈 す べ き か 。 注 意 す べき は 、 現 代 京

都 語 で ● ○ ▽ 型 で あ る と は 言 う も の の、 も し 助 詞 に重 み を 加 え て 発 音 す れ ば ● ○ ▼ 型 にも な る こと であ る 。 と す る と、 こん な こ と も 考 え ら れ る 。

  ︽平 安 朝 の文 献 や 鎌倉 時 代 の文 献 で● ○ ▼ 型 にな って いる のは 、 た ま た ま 助 詞 に 重 みを 加 え て発 音 し た 形 を

表 記 し た のだ 。 鎌 倉 時 代 の ﹃四 座 講 式 ﹄ や 、 室 町 時 代 や 江 戸 時 代 の 文 献 で● ○ ▽型 にな って い る のは 、 み な

助 詞 に 重 み を お か な い場 合 の形 を 表 記 し た のだ 。 だ か ら 実 際 は 、 院 政 時 代︱ 現代 を 通 じ て ア ク セ ント は 変 ら ず 、 ず っと ●○ ▼ ・● ○ ▽ の両 型 を も って いた のだ 。︾

こ う いう こ と は 蓋 然 性 が な いと は 言 え な いと 思 う 。 し か し 実 際 の例 に合 わ せ て考 え る と 、 少 し 極 端 に す ぎ る と 思

わ れ る 。 日本 語 の助 詞 は 、 上 代 に は 今 よ り名 詞 への 接合 が ゆ る か った ろう と いう 亀 井 孝 氏 の説 も あ る。 そ こ で 私 は こう 解 し た い。

  ︽平 安 朝 ︱ 現 代 を 通 じ て こ の語 彙 に助 詞 が つ いた 場 合 に は 、 ● ○ ▼ 型 ・● ○ ▽型 両 様 の発 音 があ った 。 た だ

し 、 平 安 朝 時 代 は 比 較 的 助 詞 が 独 立 性 を も って発 音 さ れ る 傾 向 が 強 か った の で 、 ● ○ ▼ 型 の方 が よ り 普 通 に

用 いら れ る 形 であ った 。 鎌 倉 時 代 に 入 る と 、 助 詞 が 上 の名 詞 に付 属 す る 傾 向 が 生 じ て 来 て 、 ● ○ ▼型 ・● ○

▽型 と も 同 じ 程 度 に 用 いら れ 、 室 町 時 代 以 後 は そ の傾 向 が ま す ま す 強 く な って 、 ● ○ ▽型 の方 が よ り 普 通 に な った 。︾

  こ れ は 文 献 の実 例 に て ら し ても あ て はま る と 思 う 。ま た 、こ の こと は︹2の︺語 彙 の ほ か に︹7︺の ︹語 9彙 ︺ にもあ ては

ま る だ ろ う 。 た と え ば 、 院 政 時 代 に は 、︹7の︺語 彙 は 、 〓 ○ ▽ 型 に 発 音 さ れ る こと も あ った が 、 〓○ ▼ 型 の方 が普

通 だ った ろう 。 同 様 の こ と は 、 一拍 名 詞 の 〓 型＋ 助 詞 の場 合 にも あ て はま る だ ろう 。

  ︹三・ 四︺  助 詞 が つ いた 場 合 の 現代 ま で の変 化 のあ と は、 今 述 べた 単 独 の 場 合 に 準 じ て い い。 例 え ば 、 ● 〓 ▼

型・ 〓○ ▼ 型・ 〓 ● ▼型 ・〓○ ▼型 な ど は 、 鎌 倉 時 代 に 入 る こ ろ、 〓 や 〓 の拍 が ● の拍 に 変 化 し て な く な ってし

ま った と 見 ら れ る。 た だ 、 ○ ○ ▼型 が ● ○ ▽型 に 変 化 し て 消 滅 し た 時 期 は 、 単 独 の○ ○ 型 が ● ○ 型 に変 化 し た 時

期 と 少 し ず れ る かも し れ な い。 大 野 氏 は ○ ○ ● 型 が ● ○ ○ 型 に 変 化 し た のは 、 ○ ○ 型 が ● ○ 型 に 変 化 し た よ り も

後 であ る こ と を 明 ら か に さ れ た 。( 注17) そ う す る と 、 ○ ○ ▼ 型 は 名 詞 単 独 の 場 合 よ り も 少 し 後 ま で ○ ○ ▼ 型 で が ん ば って いた か も し れ な いと 思 わ れ る 。

 四  三 拍名 詞

 ︹四・ 一︺   三 拍 名 詞 の ア ク セ ント に は 、 院 政 時 代 に は次 のよ う な 型 があ った ら し い。 ま ず 主 な も の と そ の 所 属 語彙 を あ げ る 。

 ︹ l︺   ● ● ● 型。 例 、 ﹁いか だ ﹂ ﹁錨 ﹂ ﹁いわ し ﹂ ﹁飾 ﹂ ﹁霞 ﹂ ﹁形 ﹂ ﹁着 物 ﹂ ﹁鎖 ﹂ ﹁ く つわ ﹂ ﹁子 牛 ﹂ ﹁氷 ﹂ ﹁小 山﹂ ﹁衣 ﹂ ﹁し う と ﹂ ﹁印 ﹂ ⋮ ⋮ ( ﹁形﹂類 名 詞)

 ︹ 2︺   ● ● ○ 型。 例 、 ﹁あ づ き﹂ ﹁間﹂ ﹁毛 抜 き ﹂ ﹁つる べ﹂ ﹁と か げ ﹂ ﹁二 つ﹂ ﹁二 人 ﹂ ﹁夕 ﹂ ⋮ ⋮ (﹁小豆﹂ 類名 詞 )

 ︹ 3︺   ● ○ ○ 型。 例 、 ﹁黄 金 ﹂ ﹁小 麦 ﹂ ﹁さ ざ え ﹂ ﹁力 ﹂ ﹁岬 ﹂ ⋮ ⋮( ﹁二十 歳﹂ 類名 詞)

  ︹4︺   ○ ○ ○ 型。 例 、 ﹁朝 ﹂ ﹁頭 ﹂﹁扇﹂ ﹁軍 ﹂ ﹁いた ち ﹂ ﹁う な じ ﹂ ﹁う づら ﹂ ﹁恨 ﹂ ﹁表 ﹂ ﹁思 ﹂ ﹁鏡 ﹂ ﹁ 敵 ﹂ ﹁刀 ﹂ ﹁言 葉 ﹂ ﹁こ ぶ し ﹂ ﹁暦 ﹂ ﹁境 ﹂ ⋮ ⋮ ( ﹁頭﹂類 名 詞)

 ︹ 5︺   ○ ○ ● 型。 例 、 ﹁朝 日﹂ ﹁油 ﹂ ﹁命 ﹂ ﹁かれ い﹂ ﹁き う り﹂ ﹁心 ﹂ ﹁た す き ﹂ ﹁涙 ﹂ ﹁錦 ﹂ ﹁柱 ﹂ ⋮ ⋮ (﹁ 命 ﹂ 類名 詞)

  ︹6︺   ○ ● ● 型 。 例 、 ﹁いづ れ ﹂ ﹁う な ぎ ﹂ ﹁ 翁 ﹂ ﹁か ら す ﹂ ﹁き つね ﹂ ﹁ す す き ﹂ ﹁す ず め ﹂ ﹁背 中 ﹂ ﹁高 さ ﹂ ﹁鼠 ﹂ ﹁ひば り﹂ ﹁誠 ﹂ ﹁み み ず ﹂ ⋮ ⋮ (﹁ 兎 ﹂類 名 詞)

  ︹7︺   ○ ● ○ 型 。 例 、 ﹁いち ご ﹂ ﹁後 ﹂ ﹁蚕 ﹂ ﹁か ぶ と ﹂ ﹁か ら し ﹂ ﹁薬 ﹂ ﹁鯨 ﹂ ﹁た ら ひ ﹂ ﹁一人 ﹂ ﹁ほ と り ﹂ ﹁病 ﹂ ⋮ ⋮( ﹁ 兜 ﹂ 類名 詞)

  こ のう ち 、 ● ○ ○ 型 の 語彙 は ず いぶ ん 少 か った ら し い。 現 在 の と こ ろ、 文 献 に は っき り ● ○ ○ 型 に 見 え る も の

で、 し か も 現在 ま で 用 いら れ て い る 語彙 は ﹁力 ﹂ が あ る に す ぎ な い。 ﹁鮑﹂ は ﹃名 義 抄 ﹄ に (上 平 平 ) 型 と 出 て

いる が 、 現 代 諸 方 言 と の比 較 か ら み て、 は た し て そう 見 て よ いか 疑 問 が残 る 。 ﹁二 十 歳 ﹂ と いう 単 語 は、 院 政 時

代 に ● ○ ○ 型 で あ った ろ う と 推 定 さ れ る が、 文 献 の 上 で 実 証 で き な い のが 惜 し い。 現 在 京 都 語 で●○○ 型 が最 も

優 勢 な 型 であ る のを 思 い合 わ せ る と 、 著 し いち が い であ る 。 し か し 、 ﹁力 ﹂ と いう 語 が こ の類 だ った ろ う こと は

あ ら ゆ る 点 か ら 見 て矛 盾 が な いし、 こ の 型 が 存 在 し な か った と いう 疑 い のか か るす き は な い。

 ︹四 ・一 ・一︺   と こ ろ で、︹ l︺︱ は︹、7主 ︺要 な 型 であ って 、 こ の ほ か に 少 数 の語 彙 の属 す る 型 が あ った と 見 ら れ

る 。 そ れ を こ こ に全 部 あ げ つく す 自 信 は な いが 、 少 く と も 次 のよ う な 型 は あ った こと が確 認 さ れ る 。

 ︺ ︹8  ○ ○ 〓 型 。 例 、 ﹁た ま き ﹂ ﹁ひ ろ め ﹂ ﹁ひ と へ﹂ ( 以上 ﹃図書寮本名義抄﹄) ﹁あ き づ﹂ (﹃ 図書寮本雄略紀﹄ の歌謡 の声 点)  ︹ 9︺   〓 ○ ○ 型 。 例 、 ﹁え や み ﹂ ﹁め び る ﹂ ( 以上 ﹃観智院本名義 抄﹄)

  こ の他 、 〓 ● ● 型 ・〓 ● ○ 型 ・● ● 〓 型 ・○● 〓 型 な ど も 、 ま だ 実 例 を 見 出 だ し て いな いが 存 在 が 期 待 さ れ る 。

● 〓○ 型 ・○ 〓 ○ 型 ・〓 ○ ○ 型 に な る と ち ょ っと あり・そ う も な い。 〓 〓 ○ 型 ・〓 ● 〓 型 と な れ ば な お さ ら で あ る 。

  ︹四 ・二︺  こ れ ら の 型 は 後 世 ど のよ う に変 化 し た か 。 こ のう ち︹1︺︹3 の︺ 三︹型7は ︺後 世 ま で 変 化 し な か った 。 こ れ に 対 し 、 残 り の︹2︺︹4︺ の︹四5型 ︺は ︹、 6︺ 一度 ま た は 二 度 他 の型 に 変 化 し て いる 。

  ︹四 ・二 ・ 一︺ ま ず︹2の ︺● ● ○ 型 と いう 型 は 、 大 体 江 戸 時 代 末 頃 ま で 存 続 し て いた と 見 ら れ る。 そ し て、 明 治 時 代 に 入 る 時 に そ れ が 消 滅 し た と 見 ら れ る 。 こ の 場 合 、 問 題 が いく つか あ る。

  た と え ば 、 そ れ が 消 滅 し た と 言 っても 全 滅 し た と いう わ け では な い こと であ る 。 す な わ ち 、 現在 京 都 語 で も ●

● ○ 型 で発 音 さ れ る 少 数 の 語 があ る こ と であ る 。 例 え ば 、﹁一つ ﹂ ﹁ひ と り ﹂﹁一羽 ﹂ ﹁一度 ﹂ ﹁一里 ﹂ な ど が そ れ

で あ る。 ﹁旗 日﹂ ﹁浜 辺 ﹂ な ども ● ○ ○ 型 にも 発 音 さ れ る ほ か に、 ● ●○ 型 にも 発 音 さ れ る と いう 。 こ の意 味 で、

あ と に 述 べる 平 安 ・鎌 倉 時 代 の○ ○ ● 型 が、 室 町 時 代 に 入 る 時 に完 全 に消 滅 し た のと は ち がう 。 た だ 、 現 在 ● ●

○ 型 に属 す る語 彙 は 、 いず れ も 特 殊 な 意 味 を も った 又 は 構 成 を も った 語 であ る 。 二拍 プ ラ ス 一拍 と いう 構 成 のも

の が ほ と ん ど す べ て で あ る。 そ の意 味 で 、 現 在 京 都 語 の ● ● ○ 型 は 、 院 政 時 代 で言 った ら 三 拍 語 の〓 ○ ○ 型 や ○ ○ 〓 型 のよ う な 稀 少 型 であ る と 言 って よ い。

室 町 ご ろ にな

  ま た 、 所 属 語 彙 を 見 ると 、 現 在 京 都 語 で● ● ○ 型 のも のは 、 院 政 期 以 来 ● ● ○ 型 だ った も のは ま ず な いと 言 っ

○ ○ ○ 型 だ った も のが 比 較 的 多 いが︱

って● ● ○ 型 にな り 、 以 後 そ の多 く が 他 の型 へ転 向 し た が 、 少 数 のも の が ● ●○ 型 で が ん ば って い ると いう も の

て い いこ と も 注 意 さ れ る 。 も と は 他 の型 だ ったも の が︱

と いう のを 見 る よ う な 感 じ であ る 。

が 多 い。 昔 懐 し い名 前 のし に せ があ った の で 入 って み る と 、 主 人 一族 はも う そ の家 に は お ら ず 、 よ そ か ら 入 って き た 番 頭 や 小 僧 が わ ず か に 店 を 守 って 細 々と や って いた︱

  次 に 、 問 題 は、 ● ● ○ 型 が 消 滅 し た と いう の は 、 現 在 に 至 る ま で に そ の 所 属 語 彙 が ど の型 に 移 った と いう こ と

にな る か と いう こ と であ る 。 統 計 的 に と って み れ ば 、 ● ○ ○ 型 に 移 った も のが 最 も 多 い こと は た し か で あ る 。 院

政 時 代 に ● ● ○ 型 であ った 語 の中 で 、 ﹁あ づ き ﹂ ﹁え のき ﹂ ﹁か し ら ﹂ ﹁と び ら ﹂ な ど は いず れ も 現 在 ● ○ ○ 型 であ

る 。 ﹁東 ﹂ ﹁娘 ﹂ ﹁女 ﹂ も 現 在 ●○○ 型 であ る が 、 院 政 期 に は ● ● ○ 型 だ った で あ ろ う 。 た だ し 、 現 在○ ●○ 型 に

な って いる も の が 多 い こと も 注 目 さ れ る 。 ﹁二 つ﹂ ﹁二 人 ﹂ ﹁み ど り ﹂ ﹁と か げ ﹂ ﹁む か で ﹂ な ど が そ の例 で あ る 。

ほ か に 、 ﹁あ た り ﹂ ﹁え く ぼ ﹂ ﹁け ぬ き ﹂ ﹁つば さ ﹂ な ど は 、 現 在 ● ○ ○ 型 ・○ ● ○ 型 と 両 様 のア ク セ ン ト を も って

い る。 これ で は 昔 の● ● ○ 型 が現 在 に 至 る 間 に ● ○ ○ 型 と ○ ● ○ 型 と の 二 つ の型 に 分 れ た と 言 わ ざ るを え な い。

  これ は ち ょ っと 注 意 す べ き こと で あ る 。 と いう の は、 ア ク セ ント の型 が 変 化 す る場 合 に は、 そ の 型 に 属 し て い

た 語彙 は 特 別 の事 情 が な いか ぎ り他 の同 じ 型 に ひき う つる と いう のが 鉄 則 で あ った か ら 。

  な ぜ ● ● ○ 型 に 限 って 二 つの 型 に 分 れ た の か 。 これ に は い ろ いろ な 考 え 方 が でき る。 た と え ば 、 ● ● ○ 型 の消

滅 と いう の は、 鎌 倉 期 以前 にあ った○○ ● 型 の消 滅 と ち が い、 ︿型 そ のも の の変 化 ﹀ で は な い の であ ろ う 。 上 に

述 べ た よ う な ● ● ○ 型 の 語 が 、 少 し で は あ る が 、 と も か く も 今 で も あ る と いう のは そ の証 拠 と 見 ら れ る。 ● ● ○

型 と いう の があ る 理 由 で 人気 がな く な り 、 そ れ に 属 す る 語 彙 が 少 し ず つ他 の類 似 の 型 に 移 り は じ め た 。 ア ク セ ン

ト の 変 化 に は そ う いう も のも あ る と 見 え る 。 そ こ で● ● ○ 型 に属 し て いた 語彙 は 、 ● ○ ○ 型 へと ○ ● ○ 型 へと い

う 二 つ の方 向 に む か って進 ん だ が、 な ぜ 方 向 が 二 つで き た か と いう に 、 ○ ● ○ 型 は 起 伏 が烈 し く 、 ( 私流 に言わ せ

る と、 二 つのタ キを も つのはこ の型 だ け であ る)( 注18)印 象 が 強 烈 な の で、 強 烈 な 効 果 を も って 使 わ れ る よ う な 語 彙

は こ の型 に移 ろう と し 、 そ れ ほど の 必 要 のな い語 彙 は ● ○ ○ 型 に 変 化 し た も の であ ろう と 思 わ れ る 。 楳 垣 実 氏 が

﹃近 畿 方 言 双 書 ﹄ ( 第 六 冊) に 発 表 さ れ た ﹁大 阪 方 言 ア ク セ ント 変 化 の傾 向 ﹂ のB 篇 を 読 む と 、 も と ● ● ○ 型 だ っ た 語 が 二 つ の型 に 分 れ る 時 の事 情 が 手 に と る よ う によ く わ か る 。

  そ う す る と、 問 題 は ﹁な ぜ ● ●○ 型 がき ら わ れ た か ﹂ と いう こ と にな る が 、 これ は 、 私 は 、京 都 方 言 では 高 低

二種 の拍 が併 存 し な が ら 高 い拍 が 二 つあ る 型 が き ら わ れ た のだ と 解 す る。 室 町 ご ろ な ら ば ○ ● ● 型 と いう よ う な

型も 許 さ れ た。 江 戸 時 代 に は 三 拍 語 に○ ● ● 型 は な く な った が、 そ れ でも 四 拍 語 な ら ば○○ ● ● 型 があ った 。 そ

れ も 末 頃 に は 恐 ら く な く な った で あ ろ う 。 そ う な って み る と 、 三 拍 語 の● ● ○ 型 は中 途 は ん ぱ な 型 にな った 。 こ

の 型 は ●○○ 型 と も○ ● ○ 型 と も つか ぬ 存 在 で あ る。 こ の こと か ら 、 こ の 型 の かげ が 薄 いも のと な り、 そ の型 に

属 す る 語 彙 が ど ん ど ん● ○ ○ 型 と○ ● ○ 型 と に 移 籍 さ れ る と いう こと にな った も の と 思 わ れ る 。

  さ て 、 問 題 は も う 一つあ る 。 私 は 、 院 政 時 代 の● ● ○ 型 は江 戸 時 代 ま で 健 全 だ った よ う に 述 べ てき た 。 ほ ん と

う に そ う だ った ろ う か。 こ の こと を 少 し つ つ い て みた い。 ● ● ○ 型 は 、 室 町 時 代 に 以 前 の○ ○ ○ 型 の語彙 を 収容

し た の で、 一躍 大 勢 力 に のし あ が った 。 し か し 、 他 の型 、 特 に ○ ● ○ 型 への転 向 は ず い ぶ ん 早 く か ら 起 こ って い

た よ う で あ る。 ﹁二 つ﹂ ﹁二 人 ﹂ は 、 す で に ﹃ 補 忘 記 ﹄ や ﹃平 家 正 節 ﹄ で ○ ● ○ 型 にな って いる 。 ﹁緑 ﹂ は ﹃補 忘

記 ﹄ で ● ● ○ 型 ・○ ● ○ 型 の両 型 に 記 載 さ れ て い て、 ○ ● ○ 型 に 移 る 過 渡 期 の状 態 を 示 し て いる 。 ﹁と か げ ﹂ ﹁む

か で﹂ は 現 在 ○ ● ○ 型 であ る が、 こ れ ら が 江 戸 時 代 に ● ● ○ 型 で は な か った と いう 証 拠 はな い。 文 献 に これ ら の

語 がま だ 発 見 さ れ て いな いだ け であ る 。 そ う す る と 、 江 戸 時 代 のは じ め に は ● ● ○ 型 の語 彙 は か な り ○ ● ○ 型 に

移 って いた の で は な いか。 楳 垣 実 氏 に よ る と 、 同 じ 近 畿 方 言 でも 、 大 阪 府 泉 北 ・泉 南 地 方 は 、 現 在 ● ●○ 型∨ ○

● ○ 型 の 変 化 が き わ め て盛 ん だ と いう 。(注19)そ う す る と ど こ か 京 都 方 言 の 近 く の方 言 で ● ● ○ 型 が 早 く ○ ● ○

型 に変 化 し た も のが あ って 、 そ れ が 江 戸 時 代 の末 ま で た え ず 京 都 方 言 に 影響 を 与 え つ つあ った の で は な いか 。

  一方 ● ● ○ 型 か ら ● ○ ○ 型 への変 化 、 こ れ は 明 治 時 代 に 移 る こ ろ に京 都方 言 の上 に 起 こ った 変 化 で あ ろ う 。 そ う す る と こう な る 。

  ︽正 式 の変 化 と し て は ● ● ○ 型 は ● ○ ○ 型 に 変 化 し た 。 そ の時 期 は 近 世 末 期 で あ る 。︾

 ︹四 ・二 ・二︺  ● ● ○ 型 の こ と が 長 く な った が、 次 に ○ ○ ○ 型 に 移 る。 こ の 型 は 、 鎌 倉 時 代 で も ○ ○ ○ 型 であ

った が、 室 町 時 代 に ● ● ○ 型 に 合 流 し た 。 ﹃補 忘 記 ﹄ で も ﹃平 家 正 節 ﹄ でも 、 こ の類 の 語 は ● ● ○ 型 で あ る 。 そ

の後 、 明 治 時 代 ま で にそ の主 要 メ ン バー が● ○ ○ 型 に 変 化 し た 。 こ れ は 上 の● ● ○ 型 の条 にす で に述 べた と お り

であ る。 ○ ○ ○ 型 が ● ● ○ 型 に変 化 し た の は、 二 拍 名 詞 の○ ○ 型 が ● ○ 型 に 移 った のと 同 じ 時 期 だ ろ う 。 大 野氏

の仮 名 遣 史 の研 究 か ら 見 て も そ う 解 し て差 支 え な いよ う で あ る。 そ の原 因 も 、 ○ ○ 型∨ ● ○ 型 の変 化 と 同 じ も の で、 低 い拍 が は じ め に 二 つ以 上 つづく 型 を 嫌 った こと であ ろ う 。

  ま た、 ● ● ○ 型 に な って か ら ● ○ ○ 型 に変 化 し た と い っても 、 一部 は ○ ● ○ 型 に 移 った よ う であ る 。 す な わ ち 、

次 の 語 は 、 ﹃平 家 正 節 ﹄ によ って いず れ も 江 戸 時 代 に ● ● ○ で あ った こ と が 証 明 さ れ る 語 であ る が、 こ の う ち (イ) は 現 在 京 都 語 で ● ○ ○ 型 であ り 、(ロ は)現 在 京 都 語 で○ ● ○ 型 であ る 。 (イ) ﹁敵 ﹂ ﹁言 葉 ﹂ ﹁表 ﹂﹁扇﹂ ﹁刀 ﹂ ﹁た も と ﹂ ﹁境 ﹂ ﹁思 ひ﹂ ﹁や し き ﹂ (ロ ﹁軍 ﹂ ﹁あ ま り ﹂ ⋮ ⋮ )

これ を 院 政 時 代 以 来 ● ● ○ 型 の語 の場 合 と 比 較 す る と 、 ● ○ ○ 型 にな った も のが 多 く 、 ○ ● ○ 型 に な ったも の が

著 し く 少 い こと が 知 ら れ る。 こ れ は 、 在 来 の● ● ○ 型 の 語 が ○ ● ○ 型 に 移 った のは 比 較 的 早 い時 期 に行 わ れ て し

ま い、 明 治 期 に移 る 時 に は大 体 ● ● ○ 型∨ ●○○ 型 の みを た ど った こ と を 示す も の であ ろ う 。

  ︹四 ・二 ・三︺  次 に 、 院 政 時 代 の○ ○ ● 型 の 語 は ど う な った か 。 こ れ は 鎌 倉 時 代 か ら室 町 時 代 に 移 る こ ろ に ● ○

○ 型 に合 流 し た 。 そ の時 期 に つ いて は大 野 氏 に 説 が あ り、 ○ ○ ○ 型∨ ● ● ○ 型 の変 化 は 行 阿 の時 代 には す で に完

了 し て いた が、 ○ ○ ● 型 はま だ ● ○ ○ 型 への変 化 を 起 こ し て いな か った ろう と す る。 そ れ は 、 鎌倉 時 代 に ○ ○ ○

型 であ った ﹁お こ じ ﹂ ( 魚 の名 ) ﹁お こ り ﹂ な ど の語 は、 行 阿 仮 名 遣 で ﹁を ﹂ と 表 記 し て い る が 、 そ れ に対 し 、 鎌

倉 時 代 に ○ ○ ● 型 だ った と 見 ら れ る 語 は 行 阿 仮 名 遣 で は従 来 ど お り ﹁お ﹂ と書 い て いる 事 実 にも と づ いた も の で、

き わ め て 明 快 な 論 証 であ る。 ○ ○ ● 型 の方 が○ ○ ○ 型 よ り お く れ て 変 化 を 起 こ し た ろう こ と は ま ち が いな い。 も

っとも 、 変 化 の原 因 は 同 一で 、 語 頭 に 低 い音 節 が 二 つ続 く 型 を 嫌 った も の で あ ろ う 。 ま た 、 お く れ た と 言 っても 、

洞 院 実 煕(一四〇九年 の生まれ) の ﹃名 目 抄 ﹄ で は 、 す で に ○ ○ ● 型 で な く ● ○ ○ 型 に表 記 さ れ て い る と こ ろ を 見

る と 、 室 町 時 代 の中 期 ま で に は こ の 変 化 も 完 成 し て いたも のと 見 ら れ る 。 ● ○ ○ 型 に な って か ら は 特 に 言 う べき こと は な い。

  ︹四 ・二 ・四︺ 院 政 時 代 に ○ ● ● 型 だ った 語 は 、 室 町 時 代 ま で は変 化 を 起 こ さ な か った が 、 江 戸 時 代 に 入 る こ

ろ 、 あ る い は 入 って から 、 今 の○ ○ ● 型 に 変 化 し た 。 こ れ は 、 従 来 の、 ︿江 戸 時 代 に 入 って も ○ ● ● 型 だ った 、 そ れ が中 期 にな って ○ ○ ● 型 に な った ﹀ と す る考 え を 訂 正 す る も ので あ る 。

  従 来 江 戸 時 代 に 入 って も ○ ● ● 型 だ った と 考 え た の は ﹃補 忘 記 ﹄ の表 記 に よ った も の であ る が、 ﹃補 忘 記 ﹄ の

ア ク セ ント は、 は じ め に ち ょ っと 触 れ た よ う に 、 むし ろ室 町 時 代 のも のを 写 す と 見 た方 が よ いら し く 、 江 戸 時 代

の ア ク セ ント 資 料 と し て は 、 む し ろ 平 曲 の譜 本 を 見 る べ き であ る と 思 わ れ る 。 そ の 一番 古 い本 と さ れ る 東京 教 育

大 本 ﹃平 家 物 語 ﹄ の譜 を 見 る と 、 こ れ は ○ ○ ● 型 の ア ク セ ント を 示 し て いる 。 こ の教 育 大 本 ﹃平 家 物 語 ﹄ は い つ

の成 立 か は っき り わ か ら な い の が 残 念 で あ る が 、 渥 美 か を る 氏 は こ れ を 江 戸 時 代 の ご く 初 期 で あ ろ う と 見 ら れ

た 。(注20)私 も こ れ に 異 存 は な い。 と す る と 、 江 戸 時 代 に 入 る か 入 ら な い か の こ ろ 、 こ の 類 は ○ ○ ● 型 に な って いた と 見 ら れ る。

  こ こ で 問 題 と な る のは 、 契 沖 の著 書 の中 で こ の類 の 語 は○ ● ● 型 に発 音 さ れ て いた ら し い形 跡 のあ る こと であ

る 。( 注21が )、 こ れ は 馬 淵 和 夫 氏 の 説 か れ る よ う に、 契 沖 の観 察 し た のは 大 阪 方 言 で、 そ の ア ク セ ント は 京 都 方

言 と は 少 し ち が って いた と考 え る こ と にす る 。( 注22)富 士 谷 成 章 の も の で は 、 ﹁芒 ﹂ が ○ ○ ● 型 と 思 わ れ る 形 に表

記 さ れ て い て、 当 時 こ の類 の語 が ○ ○ ● 型 で あ った こ と は ま ち が いな い。( 注23)○ ● ● 型 が ○ ○ ● 型 に な った の

は 、 第 二 拍 の (高 ) が第 一拍 の低 に 同 化 し た こと 、 そ れ か ら ● ● ● 型 と のち が いを は っき り 際 立 た せ よ う と し た 意 図 が 働 いた こ と と 解 す る 。

 ︹四 ・二 ・五︺  以 上 で、 院 政 時 代 の 三 拍 名 詞 に 見 ら れ た 主 要 な 型 に つ い て の後 世 の 変 化 の様 子 を 述 べ終 った 。

これ 以 外 にも 院 政 時 代 の 三 拍 名 詞 に は 稀 少 型 が あ った 。 これ は 後 世 ど う な った か。

  ま ず 、 〓 ○ ○ 型 のよ う な 、 第 一拍 に〓 調 の拍 を も った も の で あ る が、 こ れ は 鎌倉 時 代 に 入 る 時 に そ の第 一拍 が

● 調 に な った も のと 推 定 さ れ る。 文 献 の上 に そ の証 拠 は な いが 、 二拍 名 詞 の〓 ● 型 ・〓 ○ 型 にそ れ と 平 行 的 な 変 化 が 起 こ って いる 。 そ れ と 行 動 を 共 にし な いと いう こ と は な いだ ろ う 。

  次 に 、 ○ ○ 〓 型 は 、 鎌 倉 時 代 に も こ のま ま であ った ろ う と 思 わ れ る 。 ﹃四 座 講 式 ﹄ の中 に ﹁炎 ﹂ と いう 語 に 、

﹁に ﹂ と いう 助 詞 の つ いた 形 が 一箇 所 (○ ○ ● ○ ) と いう ア ク セ ント を 示 し て いる と こ ろ が あ り 、 こ の 型 に 属 し

て いた か を 思 わ せ る 。 そ の後 、 こ の 型 に 属 し て いた 語 は 、 室 町 時 代 に う つる 時 に 、 (○ ○ ● ) 型 が (● ○ ○ ) 型

に 変 化 す る のと い っし ょ に (● ○ ○ ) 型 に 変 化 し てし ま った と 推 定 さ れ る 。 ﹁ひ と え ﹂ は ﹃補 忘 記 ﹄ に ヒ ト ヘ ニ

(徴 角 角 角 ) と し て 出 て いる 。 ﹁ほ の ほ﹂ は ﹃平 家 正 節 ﹄ で は室 町 ご ろ ● ○ ○ 型 だ った ろう と 見 ら れ る 墨 譜 が つ い

て い る (﹁ 奈 良 炎上 ﹂ の折 声 の条 に (上中 上上 ) の表 記あ り)。 こん な わ け で、 ○ ○ 〓 型 は京 都 方 言 の上 か ら 一度 そ

の影 を 消 し て し ま った と考 え ら れ る 。

︹四 ・三︺  三 拍 名 詞 に 一拍 の助 詞 が つ いた 場 合 に は ど ん な 形 にな る か 。 院 政 時 代 の三 拍 名 詞 の 八 つの 型 に 助 詞

﹁が ﹂ ﹁に ﹂ ﹁は ﹂ ﹁を ﹂ が つ いた 場 合 に は 、 次 のよ う にな った も の と 推 定 さ れ る 。 下段 の括 弧 の外 のも のは 二 語 と

し て 発 音 さ れ た 場 合 、 括 弧 の中 は 一語 の よう に ま と ま った 形 と し て 発 音 さ れ た 場 合 の形 を 示す 。 院 政 時 代 には 二

拍 語 の場 合 と 同 じ よ う で 、 括 弧 の中 のよ う に ま と ま る こ と は 少 く 、 括 弧 の外 の形 を と る 方 が多 か った で あ ろ う 。

︹四 ・三 ・ 一︺  こ のう ち、 問題 が あ る の は︹5 の︺型 であ る 。 服 部 四 郎 博 士 は ﹁原 始 日本 語 の ア ク セ ント ﹂ と いう

論 考 の中 で 、 平 安 朝 時 代 に こ の 型 の語 は 助 詞 を と も な った 場 合 に は ○ ○ ● ▽型 に な った も のが 多 いと 推 定 し て お

ら れ る よ う に 見 う け ら れ る 。( 注24)こ れ は ﹃名 義 抄 ﹄ に 多 い助 詞 ﹁の﹂ が つ いた 形 を も と に し て 判 定 さ れ た も の

か と 思 わ れ る が 、 ど う も 一般 の助 詞 が つ いた 場 合 に は ○ ○ ● ▼ 型 にな る のが 一般 だ った と 見 る 方 が よ いよ う に 思

う 。 例 は少 し し か な いが 、 ﹃日 本 書 紀 ﹄ 古 写 本 の歌 謡 に 見 え る 次 の 声 点 がそ れ で あ る。

(平 平 上上)  心 は  

( 仁徳紀)

  阿 娯 羅 ニ立 タ シ  (平 平 上上)  呉 床 に  ( 雄略紀)   虚 々呂 ハ 

  望 菩 弊 ハ    夜莽 苔 ヲ 過 ギ   烏苔咩 ヲ 

  (平 平 上 上)  大 和 を  ( 仁徳紀)

 ( 仁徳紀︶

(平 平 上 上)  本 辺 は   ( 仁徳紀)

(平 平 上 上)  少 女 を

そう し て、 ﹁が﹂ ﹁に﹂ ﹁は ﹂ ﹁を ﹂ が つ いて ○ ○ ● ▽ 型 に 表 記 さ れ て いる例 は 、 今 のと こ ろ 見 当 た ら な い。

  時 代 が く だ って 鎌倉 時 代 の例 で は ﹃四 座 講 式 ﹄ に 次 の よ う な 例 を 見 る 。 例 は いず れ も 山 田 忠 雄 氏 蔵 ﹃涅槃講 式 ﹄( 注25)か ら と る 。

  イ ノチ ヲ (十 十 斗斗 ) 命 。 コ コ ロヲ (十 十 斗 斗 ) 心 。 ナ サ ケ ヲ (十 十 斗 斗) 情 。 ナ ム ダ ニ ・ナ ム ダ ハ ・ナ ム ダ ヲ (十 十 斗斗 ) 涙 。

右 の (  ) の中 で (斗 ) は 十 よ り 高 い音 を 示 す と 思 わ れ る。 た った 一つ の例 外 と し て先 に 述 べた ホ ノ ホ ニが あ る

が、 こ れ は 、 ホ ノ ホ が単 独 の場 合 ○ ○ 〓 型 と いう よ う な 型 に属 し て いた も の で、 こ れ は 特 例 と 見 る 方 が い いの で は な か ろ う か。

︹四 ・四︺  次 に、 これ ら 三 拍 名 詞 に 助 詞 が つ いた 形 は、 後 世 ど の よ う に変 化 し て 現在 に 至 った か 。

︹四 ・四 ・ 一︺   鎌 倉 時 代 は 、 右 の院 政 時 代 と 大 差 な か った と 見 ら れ る。 た だ し 、 名 詞 と 助 詞 と の 間 の 結 び つき

が固 く な って、 右 の ︹四 ・三 ︺ に か か げ た 表 で、 ← の 下 の 二種 の表 記 のう ち 、 括 弧 の中 の形 の方 がよ り 一般 的 に な った も のと 考 え ら れ る。

  ( 室 町)

︹四 ・四 ・二︺ 室 町 時 代 に 移 る時 、︹4︺︹の 5︺ 上︹ に8 変︺化 が 起 こ り 、 ﹃ 補 忘 記 ﹄ で は そ れ ぞ れ︹2︺の ︹型 3︺ へ統 合 し た 。 そ の変 化 し た 形 を 下 段 に 示す 。 ( 鎌倉 )

︹四 ・四 ・三︺   こ れ が江 戸 時 代 に は ど う な った か 。 以 前 ﹃補 忘 記 ﹄ を 江 戸 初 期 の文 献 と 見 て いた こ ろ は、 こ の

ア ク セ ント 体 系 が 江 戸前 半 ま で続 い て いた と 見 た 。 し か し 、 今 ﹃補 忘 記 ﹄ が 室 町 時 代 の資 料 と な り 、 江 戸 初 期 の

資 料 と し て は新 た に ﹃ 平 家 物 語 ﹄ の譜 本 を 知 る よ う に な って み る と 、 これ で は ま ず い。 こ のう ち の︹6 に︺ は、江 戸

←○ ○ ● ▼ 型

初 期 に 入 る 前 に 次 のよ う な 変 化 が 起 こ った と 見 ら れ る 。  ○●● ▼型

  こ の原 因 は、 第 二拍 の (高 ) が第 一拍 の (低 ) に ひ か れ た こ と 、 ほ か に 、 ● ● ● ▼型 と の ち が いを は っき りさ

せ た いと いう 欲 求 と であ ろ う 。 東 京 教 育 大 本 ﹃平 家 物 語 ﹄ に次 のよ う な 例 が 見 え 、 こ の類 の 語 に 助 詞 の つ いた 形

﹁清水炎上﹂ の章

常 盤 ガ 腹 ニ  □ □中 上中 □ □   ﹁我身 の栄花﹂の章

が当 時 ○ ○ ● ▼ 型 であ った こ とを う か がわ せ る 。     内 裏 ニ 

﹁妓王﹂ の章

□ □中 上 

  妓 王 ヲ コ ソ  □ □中 上中 □  

江 戸 中 期 の ﹃平 家 正 節 ﹄ と な れ ば い っそ う 例 が豊 富 で あ る 。

  竹 岡 正 夫 氏 に よ る と、 富 士 谷成 章 の ﹃ 稿 本 あ ゆ ひ抄 ﹄ の中 に ﹁か り が ね ﹂ と いう 語 を (低 低 高 高) 型 に表 記 し

た 例 が あ る が、(注26) これ は 前 代 に○ ● ● ● 型 だ った 語 が こ の時 代 に は こう いう 型 に な って いた こ と を 証 す る 重

要 な き め て であ る 。 そ の後 、 こ の 類 の語 は ○ ○ ○ ▼ 型 に 変 化 し て 現 在 に 至 った 。 現 在 近 畿 系 諸 方 言 で ○ ○ ● ▼ 型

の 地方 は き わ め て 少 いと こ ろ を 見 る と 、 そ の時 期 は 明治 に は いる よ り も か な り 早 いこ ろ であ ろ う か。

五   むす び

︹五 ・ 一︺  以 上 が、 一拍 ︱ 三 拍 の名 詞 の京 都 方 言 に お け る ア ク セ ント の変 遷 の大 体 であ った。 動 詞 ・形 容 詞 に

はま た 多 少 ち が った 点 も あ る が、 大 綱 は こ れ と 似 た も のだ と 見 て よ い。 こ の稿 で考 察 し た変 遷 を 表 に す れ ば 後 に か か げ る ︹付 表 ︺ 1 2 3 のよ う な も の にな る 。

︹五 ・二︺  問 題 は、 一般 に 国 語 史 と いう 場 合 に は、 奈 良 時 代 に は 奈 良 方 言 の 形 を あ げ 、 平 安 時 代 ︱ 江 戸 初 期 に

は京 都 方 言 の形 を あ げ 、 江 戸 後 期 には 京 都 と 江 戸 の両 方 言 の形 を あ げ 、 明 治 以 後 に は 東 京 方 言 の 形を あ げ て 対 照

さ せ る と いう の が従 来 の慣 例 であ った 。 小 稿 の場 合 は 、 た だ 平 安 末 期 以 後 の京 都 方 言 の 形を 並 べ た に と ど ま って

いる 。 こ れ は 、 平 安 中 期 以 前 の日 本 語 のア ク セ ント と 、 も う 一つ、 江 戸 時 代 の 江 戸 方 言 のア ク セ ント と が未 詳 で

あ る た め に、 と った方 法 であ る。 た だ こ のう ち 、 江 戸 後 期 の江 戸 方 言 の アク セ ント は 、 ほ ぼ 現 代 の東 京 語 の ア ク

セ ント と 似 て いた と 言 え そ う であ る 。 そう だ と す る と 、 た と え ば 二拍 語 は 、 江 戸 時 代 以 後 は 次 の よう に書 き 改 め

江 戸後 期 

現

代

た方 が、 国 語 史 の他 の分 野 の 研究 に対 し て 協 調 的 に な る かも し れ な い。 江戸前 期 

︹ 付 表 2︺  二拍名 詞

一拍 名 詞 ・三 拍 名 詞 の 場 合 も 、 ほ ぼ 同 様 に し て 記 載 す る こと が で き る 。 ︹ 付 表 1 ︺  一拍 名 詞

︹ 付 表 3︺   三拍 名詞

︹五 ・三︺ 次 に 、 小 稿 で、 京 都 方 言 に お け

る ア ク セ ント の変 遷 を 通 じ て 、 日 本 語 のア ク

セ ント の大 き な 変 化 の方 向 は ど う かと いう 問

題 が あ る わ け であ る が 、 これ は 、 私 が前 に 試

み た 二 つ の発 表 ﹁国 語 ア ク セ ント の 史 的 研

究 ﹂ ﹁古 代 アク セ ント か ら 近 代 ア ク セ ント へ﹂

の中 に述 べ た と こ ろを 特 に変 え る こと も な い

ので こ こ に は く り 返 さ な か った。 一言 に し て

言 う な ら ば 、 (1)日 本 語 の ア ク セ ント は 複 雑

な 体 系 か ら 単 純 な 体 系 に 向 か い つ つあ る。 (2)

意 義 の区 別 に役 立 つ機 能 よ り も 語 のま とま り

を 示す 機 能 を 強 め つ つあ る 、 と 言 ってよ い。

こ の こ と は 、 京 都 ア ク セ ント の変 遷 を 言 う 場

合 に ば か り でな く 、 江 戸 時 代 後 期 に 、 共 通 語

の バ ト ン が京 都 方 言 から 東京 方 言 の手 に渡 さ

れ た と いう 事 実 を 考 慮 に 入 れ て論 じ る 場 合 に

も 、 な お か つ主 張 でき る と こ ろ であ る 。

( 注1 )   ﹃国 語 教 育 の た め の国 語 講 座 ﹄ 二 所 収 の ﹁ 国 語 の音 韻 の 変 遷 ﹂。

﹃ 平 家 音 楽 史 ﹄、 ﹃国 語 国 文 学 研 究 史 大 成 ﹄ 九 の 三

( 注 2)   渥 美 かを る 氏 に よ れ ば 、 現 存 平 曲 の諸 本 の う ち で最 古 の も の で、 江 戸 時 代 の 初 期 の成 立 だ ろ う と いう 。 ( 注 3)   安 永 五 年 の序 文 が あ る 。 前 田 流 平 曲 の テ キ スト 。 館 山 漸 之 進 八頁 。

( 注 4)   平 曲 の曲 節 と そ の種 類 に つ い て は ﹃ 平 家 物 語 講 座 ﹄ 二所 収 の ﹁平 曲 の曲 調 ﹂ を 見 よ 。

( 注 5)   ﹁和 訓 に 施 さ れ た 平 声 軽 の 声 点 ﹂ ﹃ 国 語 学﹄ 二九 所 載 ) 、 ﹁平 安 末 期 畿 内 方 言 の 音 調 体 系(一)﹂ (( 二 同) 三 九 ・四 〇所 載)。

( 注 6)   岡 田 尚 子 ﹁日 本 書 紀 古 写 本 の ア ク セ ント と 古 今 訓 点 抄 の ア ク セ ント に つ い て(上)﹂ (( 下 ﹃ 女 )子 大 文 学 ﹄ 国 文 篇 八 ・九 所 載 )と いう 論 文 が あ る 。 ( 注 7)   ﹁日本 四 声 古 義 ﹂ ( ﹃ 国 語 アク セ ント 論 叢 ﹄ 所収 ) の 六 六 一頁 以 下 。 ( 注 8)   ﹃ 国 語 国 文 学 研 究 史 大 成 ﹄ 七 、 四 六 頁 以 下 に 秋 永 一枝 氏 の記 述 が あ る 。

一 所二 載 )。

( 注 9)   ﹁浄 弁 本 拾 遺 和 歌 集 所 載 の ア ク セ ント に 就 い て﹂ ( ﹃国語 アク セ ント論 叢 ﹄ 所 収)。 ( 注 10 )   ﹁仮 名 遣 の起 源 に っい て﹂ ( ﹃ 国 語と 国 文学 ﹄ 二七 の

( 注11 )   ﹁ア ク セ ント か ら 見 た 琉 球 語 諸 方 言 の 系 統 ﹂ ( ﹃東京 外 国 語 大 学論 集 ﹄ 七 所載 )。

( 注 12 )   現 代 の 乙 種 諸 方 言 で 、 ﹁歯 が ﹂ は 大 体 ● ▽ 型 であ る が 、 ﹁巣 が ﹂ は 東 京 そ の他 で ○ ▼ 型 に な って い る 。 こ の こ と

も 、 院 政 時 代 に、 こ の 両 者 に 助 詞 の つ いた 場 合 の ア ク セ ント が ち が って いた と す る 見 方 を 支 持 す る 事 実 だ と 考 え る 。

﹁ 稿 本 あ ゆ ひ 抄 と 刊 本 あ ゆ ひ 抄 の 成 立 ﹂ (﹃ 国 語学 ﹄ 二 一所 載 ) の 九 四︲九 五 頁 。

( 注 13 )  柳 田 国 男 ﹁虹 の 語 音 変 化 な ど ﹂ (﹃ 西 は何 方 ﹄ 所 収 ) 。 ( 注 14 )   竹 岡正夫

( 注 15 )   金 田 一春 彦 ﹁契 沖 の 仮 名 遣 書 所 載 の国 語 ア ク セ ント ﹂ (﹃ 国 語 と国 文 学 ﹄ 二 〇 の四 所 載 ) の八 八 頁 。

は (中 低 ) 調 に (し た が って 助 詞 が つけ ば

( 中 低 高 ) 調 に ) 発 音 さ れ た ろ う と いう 考 え を 発 表 し て お ら れ る 。( ﹁ 原

( 注 16 )︹3︺ の語 彙 に つ い て 、 服 部 四 郎 博 士 は 、 後 世︹2︺の語 彙 と 混 同 さ れ る こ と を 考 慮 し て 、 そ の混 同 が 行 わ れ る 直 前 に

( 低 低 ) 型 、(低 低 高 ) 型 だ

始 日本 語 のア ク セ ント ﹂ 四 六︲ 四七 頁 )室 町 時 代 に は い る 間 に 混 同 が 行 わ れ た と し た ら 、 そ の時 期 は 鎌 倉 時 代 で あ ろ

う。 私も これ に異存 はな いが、 それ は 音声 学 的な も ので、 音 韻論 的 に は鎌倉 時 代 にも

った と 見 た い と 思 う の で 、 こ こ で は 特 に 言 及 し な か った 。

( 資 料 篇 )﹂ ( ﹃ 帝 塚山 学 院短 期 大 学 研 究 年報 ﹄ 六 所載 ) の 二 四 頁 を 見 よ 。

﹁ 京 阪 ア ク セ ント の 新 し い 見 方 ﹂(﹃近畿 方 言 ﹄ 三所 載 )。

( 注 17 )   ﹁仮 名 遣 の 起 源 に つ い て ﹂ の第 八 章 。 ( 注 18 )   金 田 一春 彦 ( 注 19 )   楳 垣 実 ﹁ア ク セ ント 変 化 過 程 の 実 態

( 注 20 )   渥 美 か を る ﹁語 り物 の 研 究 ﹂ (﹃ 文 学﹄ 二 一ノ 二 所載) の 三 七 頁 。

( 注 21 )  ち ょう ど こ の 類 の 語 彙 の 例 が あ が って い る わ け で は な い が、 ﹃ 通 妨 抄 ﹄ 所 載 の ﹁いろ は 歌 ﹂ に 、 ﹁わ が 世 ﹂ ﹁ う

ゐ の ﹂ と いう 語 句 を (去 上 上 ) 型 に 注 記 し て お り 、 こ れ は ○ ● ● 型 を う つし た も の と 見 ら れ る 。( 金 田 一春彦 ﹁ 契沖

の仮 名 遣書 所載 の国 語 ア ク セ ント ﹂前 出 、 八 六頁 以下 ) つま り 、 ○ ● ● 型 と いう 型 が 当 時 あ った こ と に な り 、 そ う な る と 、 こ の 類 の 語 は こ の 型 に 発 音 さ れ て いた か と 思 わ れ る 。 ( 注 22 )   馬 淵 和 夫 ﹁国 語 の 音 韻 の変 遷 ﹂ ( 前 出 ) の 一六 七 頁 。

﹃涅槃講 式 ﹄ の珍 し い古 写 本 。 墨 譜 が古 風 で 、 鎌 倉 末 期 のも の か と 思 わ せ る 。

﹃ 国 語 ア ク セ ント 論 叢 ﹄ 所 収 。

( 注 23 )   竹 岡 正 夫 ﹁稿 本 あ ゆ ひ 抄 と 刊 本 あ ゆ ひ 抄 の 成 立 ﹂ ( 前 出) の 九 五 頁 。 ( 注 24 )   寺川 喜四 男 ほか編

﹃四 座 講 式 ﹄ 最 古 の譜 本 であ る 。

( 注 25 )   新 た に 山 田 氏 に よ って 発 見 さ れ た

( 注 26 )   竹 岡 正 夫 ﹁稿 本 あ ゆ ひ 抄 と 刊 本 あ ゆ ひ 抄 の 成 立 ﹂(前 出) の 九 五 頁 。

 ︱

本 誌 第 九〇 集 所 載 の望 月 郁 子 氏 の論 文 を 読 ん で︱

去 声 点 で は じ ま る 語 彙 に つ いて

 ︱

  本 誌 (﹃国語 学﹄) の第 九 〇集 に発 表 さ れ た 、 望 月 郁 子 氏 の ﹁第 一音 節 の音 調 一致 の法 則 に 対 す る 一つ の 疑 い﹂ と いう 巻 頭 の論 文 を 読 み 、 名 状 し が た い複 雑 な 気 持 に な った 。

  こ の論 文 は 、 そ の表 題 か ら 判 断 す る と 、 私 が 以 前 に 発 表 し た 、 平 安 朝 時 代 の 日本 語 の ア ク セ ント 交 替 の法 則 に

つ い て疑 義 を 出 さ れ た も の で、 氏 は そ れ に代 る 法 則 を 幾 つか提 唱 し て お ら れ る 。 詳 密 な 論 文 で 、 こ こ に 至 る ま で

に 費 さ れ た 労 力 と 時 間 は 莫 大 な も の であ った ろ う と 想 像 す る。 が 、 私 の発 表 し た法 則 は 、 誤 解 さ れ た の であ ろう

が 、 こ こ で は 内 容 がす り 変 え ら れ た も の に な って お り 、 氏 が代 り に提 唱す る 法 則 は 、 特 に発 表 す る 意 味 も な いも

の、 ま た は 全 然 のま ち が い のも の のよ う に 思 う 。 そう し て そう いう 法 則 を 導 き 出 す 推 論 の 過 程 には 、 至 る と こ ろ 首 を か し げ さ せ ら れ る と ころ があ る 。

  こ れ があ ま り 人 目 に触 れ な い場 所 に発 表 さ れ た も のな ら ば 、 ど う と いう こと も な い が、 本 誌 のよ う な 学 界 の権

威 あ る 雑 誌 に掲 載 さ れ た も の で あ る 以 上 、 私 と し て は 黙 って いて は いけ な いよ う に 思 う 。 以 下 思 う 所 を 言 わ せ て いた だ く が 、 失 礼 に わ た る と こ ろ は 、 お 許 し いた だ き た い。

  二   ま ず 、 法 則 の内 容 が す り変 わ って いる と いう こ と に つ いて 。

  望 月 氏 は 、 私 の 法 則 を 、 旧稿 ﹁国 語 ア ク セ ント 史 の研 究 は 何 に役 立 つか ﹂ か ら 、 次 の よう に引 いて お ら れ る 。

 (1 )

  ︽あ る 語 の第 一音 節 に上 声 の点 が つ いて い るな ら ば 、 そ の語 の派 生 語 お よ び 、 そ の 語を 先 部 とす る 複 合 語 は 、

(1) (2) の番 号 は 今 新 た に 私 が付 け る 。(3)以(下 4も )同 様 。

す べ て同 様 に第 一音 節 に上 声 の点 が つ い て い る ︾

  ︽あ る 語 の第 一音 節 に 平 声( 又 は 去 声 ) の点 が つ い て いる な ら ば 、 そ の語 の 派 生 語 、 お よ び そ の 語 を 先 部 と

す る 複 合 語 は 、 す べて 同 様 に第 一音 節 は 平 声 (又 は 去 声 ) の点 が つ いて い る︾   (2 ) こ の 引 用 は ま ち が い で は な い。 こ のう ち の (1 は) 望 月 氏 も 正 解 さ れ た 。 問 題 は (2 の) 方 で あ る 。 私 の意 図 で は 、 こ れ

は 括 弧 を 外 し て書 く な ら ば 、 次 の (3) に( な4る )。 去 声 の方 を 括 弧 に 入 れ た のは 、 去 声 の例 は 著 しく 少 いか ら であ る。

 ( 3)

  ︽あ る 語 の第 一音 節 に 平 声 の点 が つい て いる な ら ば 、 そ の 語 の⋮ ⋮ す べ て の第 一音 節 は 平 声 又 は 去 声 の点 が つ い て い る︾

 ( 4 )

  ︽あ る 語 の第 一音 節 に 去 声 の点 が つ い て いる な ら ば 、 そ の語 の ⋮ ⋮ す べ て 同 様 に第 一音 節 は 平 声 又 は 去 声 の 点 が つ い て いる︾

だ か ら 、 (1) を( 総2括 )し て、 私 は 右 の論 文 の次 の ペー ジ に次 のよ う に 言 い換 え て いる 。

 ( 5)

  ︽あ る 語 が高 く 始 ま る な ら ば 、 そ の派 生 語 ・複 合 語 も す べ て高 く 始 ま り 、 あ る 語 が低 く 始 ま るな ら ば 、 そ の 派 生 語 ・複 合 語も す べ て低 く 始 ま る︾

﹁低 く 始 ま る ﹂ は ﹁平 声 又 は去 声 で始 ま る ﹂ の意 だ った 。 が 、 望 月 氏 は(5 を) 無 視 さ れ 、 (2 を) 次 の(6 () 7 の) 意味 に解 さ れた。

  ︽あ る語 の第 一音 節 に 平 声 の点 が つ いて いる な ら ば 、 そ の 語 の ⋮ ⋮す べ て同 様 に 第 一音 節 に 平 声 の点 が つ い

て いる ︾ 

 

(6)

(7)

  ︽あ る 語 の第 一音 節 に去 声 の点 が つ い て いる な ら ば 、 そ の語 の ⋮ ⋮ す べ て 同 様 に第 一音 節 に 去 声 の点 が つ い て いる ︾ つま り、 私 が) (1 (6) (7) のよ う な 法 則 を 提 唱 し た と解 さ れ た の であ る。

  私 は、 氏 も 読 ま れ た ﹁類 聚 名 義 抄 和 訓 に施 さ れ た る 声 符 に つ いて ﹂ の二 一四 ペー ジ に 、(4 の)こ と を 明 記 し て い

る 。 だ か ら 改 め て(3) を(別 4行 )に立 てな か った の で あ る 。 も し 、 私 が 望 月 氏 が介 さ れ た よ う に(1)(を6提 )唱 (す 7) ると し た な ら ば 、 私 だ った ら こ う 言 う 。

  (8)

  ︽あ る 語 の第 一音 節 と 、 そ の語 の派 生 語 お よ び そ の語 を 先 部 と す る 複 合 語 の 第 一音 節 と は 、 い つも 一致 す る︾

そう し て、 そ の説 明 と し て (1)(を6補 )う 7か (も し れ な い。 し かし 、 私 は そう は 言 わ な か った 。 私 は 、 (1 () 2 の) 文 のう

ち (1 の) 方 で上 声 の こと だ け を 言 い、 (2 の) 方 で は 平 声 と 去 声 を 一緒 に ま と め て 言 って いる 。 こ の点 を 望 月 氏 は ど う 解 さ れ た の であ ろ う か。

  昭 和 三 十 三年 の六 月 、 本 誌 の第 三 三 輯 に 、 桜 井 茂 治 氏 は、 私 の法 則 を 私 の意 図 し た と お り に 解 し て、 ﹁平 安 ・

院 政 時 代 に お け る 複 合 名 詞 の ア ク セ ント 法 則 ﹂ と いう 論 文 を 発 表 し て いる 。 そ こ に は 、 字 句 は ち がう が 、 ち ゃん

と 法 則(5 が) 引 用 さ れ て いる 。 そ れ か ら 十 余 年 た った 今 日、 望 月 氏 によ って 私 の想 像 も し な い意 味 に解 さ れ 、 そ の 論 文 が 同 じ 本 誌 に発 表 さ れ る と は ど う いう こ と であ ろ う 。

  も っと も 望 月 氏 自 身 は 、 誤 解 で あ った こ と を 認 め ち れ た よう で 、 そ の論 文 の巻 末 の補 記 で わ び てく だ さ った 。

こ れ は 了承 し た 。 そ う す る と 、 本 文 の方 で 私 の法 則 に 対 し て 非 を 鳴 ら さ れ た こ と は 、 す べ て 取 り 消 さ れ た も のと

判 断 す る。 た だ し そ こ の文 面 で は 、 氏 は 私 の法 則 を ま だ ﹁第 一音 節 の 音 調 一致 に 関 す る 法 則 ﹂ と 考 え て お ら れ る

か と 思 う が 、 私 に言 わ せ れ ば 私 が 提 唱 し た のは 、 平 安 朝 時 代 の日 本 語 のア ク セ ント に つ いて の、 高 く 始 ま る か 、

低 く 始 ま る か の対 立 の法 則 で あ った 。 佐 久 間 鼎 博 士 と 和 田 実 氏 の 用 語 を 借 り れ ば 、 高 起 ・低 起 に 関 す る式 保 存 の 法 則 であ る 。

 三

  望 月 氏 は 、 こ の 論 文 で私 の法 則 の代り に 次 のよ う な 法 則 を 立 て ら れ た。 ま ず 、 ﹃ 類 聚 名 義 抄 ﹄ そ の他 の諸 文 献 に現 わ れ て い る声 点 を 調 査 し た ら 次 の よ う にな って いた と 言 う 。

  ︽和 語 にお いて 上 昇 調 の 音 節 がま だ存 在 し て いる 時 期 (院 政 期 ま で) に お い て、 あ る 語 の第 一音 節 に 去 声 の

点 が つ い て いる 場 合 に は 、 そ の同 一の語 、 そ の語 の派 生 語 、 お よ び そ の 語 を 先 部 と す る 複 合 語 は 、 第 一音 節

に必 ず 去 声 の点 が つ いて いる と は 限 ら ず 、 平 声 の点 が つ い て いる こと が屡 々あ り、 稀 に は上 声 の点 が つ い て

いる こと があ る ︾ (A) こ こま で は 、 事 実 を そ のま ま 述 べた も の で私 と し て も 異 論 は な い。 と ころ が、 望 月 氏 は 、 こ の こ と は 次 の よ う に 言 い換 え ら れ ると 言 わ れ る。

  ︽あ る 単 語 の第 一音 節 に 、 去 声 点 が さ さ れ て いな がら 、 そ の同 一の語 、 そ の語 の派 生 語 、 お よ び そ の 語 を 先

(B )

部 とす る 複 合 語 の第 一音 節 に平 声 点( 稀 に 上 声 点 ) が さ さ れ て いる と いう 場 合 に は 、 そ の平 声 点 ( 稀 に上声 点 ) のさ さ れ て いる 音 節 の、 よ り古 い声 調 は 去 声 であ る 蓋 然 性 が 高 い︾ そ う し て これ から さ ら に 次 の 仮 説 が導 き 出 さ れ る と 言 う 。

  ︽諸 資 料 に お いて 、 あ る 単 語 の第 一音 節 に、 き ま って 平 声 点 が さ さ れ て いて も 、 そ の音 節 は古 く から 平 声 で

あ る と 直 ち に 断定 す る こ と は でき な い。 ま た 、 き ま って 上 声 点 が さ さ れ て いて も 、 そ の音 節 は 元 来 上 声 であ

(C )

ると 即 座 に決 定 す る こと は でき な い。 そ れ に 先 立 って、 そ れ ら の音 節 が古 く 去 声 で な いか ど う か を 確 か め る 必 要 が あ る︾

  こ のう ち 、(C は)望 月氏 自 身 ﹁仮 説 ﹂ だ と 断 って お ら れ る か ら 追 求 は し な い。 仮 説 な ら ば 、 ど ん な こ と を 述 べて

も 一往 は 自 由 で あ る 。 問 題 は そ の前 の(B で) 、 私 に言 わ せ れ ば こ れ は 決 し て(A か)ら自 然 に は出 て 来 な い。(A を)言 い 変 え て(B と) す る と こ ろ に 問 題 があ る 。   今 、 こ の(B を) 読 ん で 思 う こ と︱

  ま ず 、 氏 は ﹁同 一の語 ﹂ と 言 わ れ る 。 こ れ は、 ﹁そ の語 の他 の 活 用 形 ﹂ の意 味 で あ ろ う 。 ま た 、 括 弧 の中 に 、

﹁稀 に 上 声 点 ﹂ と いう 文 字 が あ る 。 こ れ は 鎌 倉 時 代 以後 の声 点 が 紛 れ こ ん だ 例 か 、 あ る いは 誰 か の つけ 誤 り の 例

で あ ろ う 。 と す る と 、 こ の括 弧 の中 は削 った 方 が い い。 と 言 う こと で 、(B は) 次 のよ う に 改 め た 方 が よ いと 思 う が、 望 月 氏 は承 認 さ れ る で あ ろう か。

  ︽単 語 の第 一音 節 に 、 去 声 点 が さ さ れ て いな が ち 、 そ の 語 の他 の活 用 形 ・派 生 語 、 お よ び そ の 語 を 先 部 と す

) (D

る 複 合 語 の第 一音 節 に平 声 点 が さ さ れ て いる と いう 場 合 に は 、 そ の平 声 点 のさ さ れ て いる 音 節 の、 よ り 古 い 声 調 は 去 声 であ る 蓋 然 性 が 高 い︾

氏 は こ こ で ﹁蓋 然 性 が 高 い﹂ と いう 言 葉 を 使 って お ら れ る が 、 これ は ﹁可 能 性 が 大 き い﹂ と いう のと 同 じ意 味 と

見 て よ いで あ ろ う か 。 私 の 解 釈 で は 、 ﹁蓋 然 性 が高 い﹂ と か ﹁可 能 性 が 大 き い﹂ と か 言 え ば 、 一〇 〇 のう ち 、 七

〇 % か 八 〇 % ぐ ら い の可 能 性 が あ る 場 合 の こ と で あ る が、 そ う 解 し て よ いであ ろ う か。

  私 は 、 そ の語 が単 語 と し て 去 声 であ っても 、 複 合 語 の 一部 と し て 用 いら れ た 場 合 、 最 初 は 去 声 で あ った と は 限

ら な い、 最 初 か ら 平 声 であ った か も し れ な い、 つま り 、 複 合 語 のう ち の先 部 成 素 の音 調 の古 い 形を 推 定 す る こと は 意 味 が な いと 思 う 。

  今 の 日本 語 に、 ﹁雨 靴 ﹂ と か ﹁雨 ゴ ー ト ﹂ と か いう 単 語 があ る が、 こ れ は 大 正 か 昭 和 の は じ め ご ろ に 出 来 た 言

葉 だ と 思う 。 と こ ろ で、 こ の言 葉 が最 初 に出 来 た と き は、 ア メ ク ツと か ア メ コー ト と か 言 って いた 、 の ち に 熟 合

度 が進 ん で ア マグ ツと か ア マゴ ー ト の形 に な った のか と いう と 、 そ ん な こ と は な い。 出 来 た と き す で に ア マグ ツ

と か ア マゴ ー ト と か 言う 形 であ った こ と 明 ら か であ る 。

  ア ク セ ント も 同 様 で 、 ﹁雨 靴 ﹂ の ア ク セ ント は は じ め は ア マグ ツ で あ った 、 そ れ が 熟 合 度 が 進 ん で ア マグ ツに

な った と いう の では な い。 は じ め か ら 今 のア マグ ツで あ った ろう と 推 定 さ れ る。 ﹁雨 靴 ﹂ の ア ク セ ント が 最 初 か

ら ○ ● ○ ○ 型 だ と いう のは 、 ﹁雨 何 々﹂ と いう そ れ ま で に 出 来 て いる 語 に類 推 し て そう な った も の であ る。 ﹃ 名義

抄 ﹄ では ﹁牝 馬 ﹂ が平 平 平 型 であ り 、 ﹁巣 守 ﹂ が 平 上 平 型 で あ る が 、 ﹁雌 ﹂ ﹁巣 ﹂ 単 独 の ア ク セ ント が 去 声 調 だ か

ら と 言 って、 最 初 ﹁牝 馬 ﹂ の ﹁め ﹂ の部 分 、 ﹁巣 守 ﹂ の ﹁す ﹂ の部 分 が 去 声 調 であ った と 言 う こ と は で きな い。

  一つ の語 と 派 生 語 の場 合 も そう であ る 。 こ のあ た り 、 望 月 氏 は 、 言 語 学 で や か ま し い、 ﹁共 時 論 と 通 時 論 の 混 同 ﹂ と いう 、 基 本 的 な あ や ま りを 犯 し て お ら れ る 。

  氏 が こ の論 文 で言 及 さ れ た 、 一音 節 の 形 容 詞 の終 止 形 ・連 体 形 の語 幹 の部 分 は、 古 く は 去 声 調 だ った か も し れ

な いと 推 定 さ せ る 特 殊 な 例 であ る 。 が 、 動 詞 と な る と 、 も う そ う いう こ と は 言 え な い。 そ の特 殊 な 例 を も と に し

て全 体 を 推 し 量 って、 蓋 然 性 が高 いと いう こ と は 危 険 であ る 。 ︽二 音 節 の形 容 詞 の終 止 形 ・連 体 形 の語 幹 の部 分

は、 古 く は去 声 調 だ った ろ う ︾ と 言 え ば 、 そ れ です む こ と だ った 。 も っと も そ の こと は 、 小 松 英 雄 氏 が、 ﹃日本

声 調 史 考 ﹄ の 六 三 四 ペー ジ の注 の中 で言 わ れ た こと で 、 今 さ ら 言 う こ と も な か った 。 小 松 氏 の表 現 と ち が う 点 は 、

小 松 氏 が 仮 説 に 仮 説 を 積 み 重 ね た 上 で の推 定 であ ると 遠慮 し な が ら 言 わ れ た こと を 、 望 月 氏 は 断 定 的 な 口調 で言 わ れ た こと であ る 。

  望 月 氏 は な ぜ これ を 断 定 的 な 口 調 で 言 わ れ た か 。 他 に有 力 な 根 拠 を 発 見 し た と 考 え ら れ た か ら であ る 。 す な わ

ち 氏 は 、 ヨ シ ・ナ シ ・ト シ と いう 終 止 形 の ヨ ・ナ ・ト の部 分 が古 く は 去 声 調 だ った 証 と し て 、 次 のよ う な 例 を あ げら れる。

  ︽﹃観 智 院 本 ・名 義 抄 ﹄ の ﹁克 ﹂ の 字 のも と に、 ヨ シ と いう 形 が 去 東 型 に表 記 さ れ て いる ︾

  ︽﹃観 智 院 本 ・名 義 抄 ﹄ の ﹁利 ﹂ の字 のも と に、 ト シ が 去 平 型 に 表 記 さ れ て いる 。 こ の平 は 東 の 誤 り と 推 定

さ れ て いる ︾ 私 は こ の例 は 二 つと も 証 拠 と し て は 使 え な いと 見 る 。

  ま ず 、 ヨシ に つ いて 述 べ る と 、 ﹃観 智 院 本 ・名 義 抄 ﹄ に は 、 形 容 詞 の ﹁よ し ﹂ の終 止 形 に 声 点 が つ いて い る 例

を 数 え て み る と 、 平 上 型 に表 記 さ れ て いる も の は 三〇 例 も あ る 。 ほ か に 平 平 型 ま た は 平 東 型 のも のが 三 例 あ り 、

平 去 型 のも のが 一例 、 そ の ほ か に 一つだ け こ の ﹁克 ﹂ 字 の条 に 去 平 型 の例 があ る の であ る 。 第 一音 節 に去 声 点 の

つ い て いる も の は 三 五 例 のう ち 一例 であ る 。 こ れ は 誤 写 の疑 い が濃 厚 では な いか 。 こ れを も し も 誤 写 でな いと す

る な ら ば 、 平 去 型 の表 記 の例 も 勝 手 に抹 殺 す る こ と は でき な い であ ろ う 。 それ に ﹁克 ﹂ 字 の条 の ヨ シ の シ の点 は 、

氏 の言 わ れ る よ う な 東 声 点 で は な い。 私 の目 に は 明 瞭 な 平 声 点 と 見 え る が いか が であ ろう 。

  そ れ で は な ぜ ﹁克 ﹂ 字 の条 の ヨ シ は 去 平 型 に 注 記 さ れ た の か。 と いう と 、 私 の想 像 で は 、 ﹁ 克 ﹂ の字 の訓 は 、

ヨ シと いう よ り むし ろ ヨク であ る 。 私 は 、 こ こ で は 観 智 院 本 の書 写 者 あ た り が ヨク と 書 く べき も のを 誤 って ヨ シ

と 書 いて し ま った、 そ う し て声 点 だ け は ヨク の声 点 であ る 去 平 点 を 付 け た 、 そ の結 果 、 ヨ シ が去 平 型 と いう 異 例

が 出 来 て し ま った のだ と 解 す る 。 す な わ ち 誤 写 と 見 る 。 そ れ が 正 し いか ど う か は 別 と し て 、 少 く と も そ う いう 疑

い の十 分 に あ る 例 を も って き て 、 ヨ シ の ヨは 古 く は 去 声 調 で あ った ろ う と 推 定 す る こ と は よ く な いと 思 う 。

  次 にト シ の例 に移 る 。 ト シ の例 は ﹁利 ﹂ の字 の条 で、 こ れ を 氏 は一一 ペ ー ジ 下 段 でト の仮 名 の下 に、 シ と ク と

が 同 格 の資 格 で並 ん で いる よ う に 解 さ れ た 。 し か し 、 原 本 に つ い て 見 てみ る と 、 これ は 、 書 写 者 は 、 ま ず ト ク ス

と 書 き 、 ク の右 横 に あ と か ら シ と 書 き 添 え た も ので あ る 。 こ の場 合 、 ト に は 去 声 の点 が 付 い て お り 、 シ に は 平 声

の点 が つ いて いる か ら 、 そ れを 続 け て読 め ば 、 た し か に去 平 型 と な る 。 が、 ト の去 声 点 は 、 ト ク ス の場 合 に つけ

た も の で あ る 。 私 は 、 こ の 観智 院 本 の書 写 者 はあ と か ら シを ク の横 に 加 え た、 そ の場 合 、 ト の部 分 の音 調 が 変 化

す る こ とを や か ま し く 詮 議 立 て せ ず 、 そ のま ま に し てお き 、 シ の点 を 付 け 添 え た も の と 解 す る 。

  一体 、 ﹁と し﹂ と いう 訓 に 声 点 を 付 け た 例 に は 、 平 上 型 のも の、 平 平 型 のも のが 、 合 わ せ て 少 く と も 一五 例 は

あ る 。 と す る と 、 こ の去 平 型 の例 は 大 いに 怪 し く な る で は な いか 。 少 く と も 、 こ れ を も って、 ﹁と し ﹂ の ﹁と ﹂

の部 分 が古 く は 去 声 調 だ った 証 と す る のは 、 よ く な いと 思う 。 ﹁と し ﹂ に は、 ほ か に ﹁走 ﹂ 字 の条 な ど に は ト に

東 声 点 を つけ た 例 があ り 、 ﹁〓俊 ﹂ と いう 語 の条 に は 、 ト に 上 声 の点 をつ け た 例 も あ る 。 こう いう 例 に は 触 れ な いで 、 ﹁利 ﹂ 字 の点 だ け を 正 し いも のと さ れ る のは 、 恣 意 に 過 ぎ る と 考 え る。

  氏 には 、 資 料 に対 す る 場 合 、 論 の展 開 に 都 合 の よ い例 は無 批 判 に 取 り 入 れ 、 都 合 のよ く な い例 は 無 視 す る 傾 向

が あ り は し な い か。 こ れ は 、 資 料 によ って 論 を 展 開 す る 場 合 、 何 よ り警 戒 す べ き こと で は な い か 。

  私 がも し 、 氏 のよ う に形 容 詞 ﹁よ し ﹂ ﹁な し ﹂ ﹁と し ﹂ の 終 止 形 の 語 幹 の部 分 が 去 声 調 だ った こ と を 論 証 し た い

と 思 った ら 、 氏 のよ う な 方 法 は と ら な い。 ま ず 形 容 詞 の終 止 形 の 語 幹 と 語 尾 と が ゆ る か った ろう と いう 桜 井 茂 治

氏 の上 代 の形 容 詞 の考 察 を 引 用 す る。 次 に ﹁よ し ﹂ ﹁な し ﹂ ﹁と し ﹂ の語 幹 だ け の用 法 が 去 声 調 だ った ろう と いう

こと に つ い て、 時 代 は ず れ る が、 浄 弁 本 ﹃拾 遺 集 ﹄ の 声 点 と 、 ﹃毘 沙 門 堂 ・古 今 集 注 ﹄ の声 点 を 援 用 し て間 接 に

推 定 す る 。 ﹃拾 遺 集 ﹄ の方 は 早 く 築 島 裕 氏 の研 究 があ り 、 毘 沙 門 堂 本 の方 は 、 最 近 秋 永 一枝 氏 の ﹃古 今 和 歌 集 声

点 本 の研 究 ﹄ に よ って広 く 利 用 で き る よ う にな った 。 そ れ と も う 一つ図 書 寮 本 ﹃ 允 恭 紀 ﹄ の 歌 謡 の ﹁いた 泣 け ば ﹂ の声 点 を 参 照す る であ ろ う 。

  と こ ろ で望 月 氏 は 、 右 の(B の) 推 論 のほ か に、 上 昇 調 の音 節 が低 平 調 の音 節 に 転 じ る 条 件 の 一つと し て 、

( )E

  ︽単 語 結 合 に 際 し て、 型 によ る 規 制 と﹁一つ の単 語 単 位 の中 で 核 が 一つ以 上 表 わ れ な い﹂ と いう 規 則 と が働 いて 、 上 昇 調 の第 一音 節 が低 平 調 の音 節 に 転 成 す る 場 合 が あ る ︾ と いう 法 則 を 提 唱 し て お ら れ る。 こ れ も よ ろ し く な い。

  も し 、 望 月 氏 の言 わ れ る こと が原 因 で、 ﹁よ く す ﹂ が 去 平 東 型 か ら 他 の型 に 変 化 す る な ら ば 、 そ の語 は 上 上 平

型 に な っても 差 支 え な いは ず だ った 。 そ れ が 平 平 東 型 に な った と す る な ら ば 、 そ れ は 、 そ の語 が ︽低 起 式 と いう

範 囲 の中 で変 化 し よ う と し た ︾ と いう 、 私 の法 則 が大 き く 働 いて いた と 見 ざ る を え な い

  氏 が そ こ にあ げ て お ら れ る ﹁醜 し ﹂ は 、 通 時 的 に は 最 初 か ら 平 平 平 東 型 で あ った か も し れ な い。 も し こ れ を し

も 例 にあ げ ら れ るな ら ば 、 ﹁牝 馬 ﹂ が 平 平 平 型 であ り、 ﹁巣 守 ﹂ が 平 上 平 型 で あ る よ う な こと を も 、(E の)法 則 で説

( F)

明 す べ き で あ ろ う が 、 これ は で き な いで は な いか 。(E を) も し 法 則 と し て言 いた け れ ば 、 次 のよ う に 改 め る べき で ある。   ︽単 語 結 合 に 際 し て  ( イ) 高 い部 分 は 一語 のう ち に 一箇 所 以 上 に 置 く こ と は でき な い。  ) (  ロ低 起 式 と いう 性 格 は 、 変 更 す る こ と が でき な い。  ) (  ハ品 詞 に よ って は 、 ま た 複 合 語 にお い ては 、 許 さ れ る 型 に 制 限 が あ る 。   と いう 理由 か ら 、 上 昇 調 の音 節 が 低 平 調 に な る 場 合 が あ る︾   も っと も そ う 言 っても 大 し た 意 味 は な い。   そ の次 に 、 望 月 氏 の立 て ら れ た 法 則 は 、

(G)

  ︽上 昇 調 の第 一音 節 が 低 平 調 の 音 節 に転 じ る と 、 単 語 連 結 か 単 語 結 合 か 区 別 の つか な い形 にな る時 に 、 単 語

連 結 で あ る こ と を 主 張 し よ う と し て 、 上 昇 調 の第 一音 節 が高 平 調 の音 節 に転 じ る こと があ る ︾

と いう も の であ る。 平 安 朝 のア ク セ ント に関 す る 限 り、 これ は ま った く 当 た ら な い。 氏 は 、 そ の証 拠 と し て ﹁親

な し ﹂ と ﹁耳 と し ﹂ の例 を あ げ ら れ た が 、 ﹁親 な し ﹂ は 単 語 結合 の例 で あ ろ う 。 文 脈 か ら 見 て、 ﹁な し ﹂ は す で に

形 容 詞 で は な く な って いる で は な い か 。 ﹁耳 と し ﹂ の方 は 、 単 語 連 続 であ ろ う が 、 観 智 院 本 と 比 較 す る と 、 こ の

高 山 寺 本 は 誤 写 の 疑 い が十 分 であ る 。 こ の例 一つを も と に し て、 平 安 朝 に お け る ア ク セ ン ト 変 化 の法 則 を 提 唱 す

る と いう のは 、 無 謀 であ る 。 こう いう や り方 を し た ら、 ど ん な 法 則 でも 自 由 に立 て る こと が でき る で あ ろ う 。

  最 後 に 、 氏 は 、 第 三 節 に お いて、 鎌 倉 時 代 以 後 に○ ○ 型 と ● ● 型 と が統 合 し た 原 因 と し て ﹁曲 調 の付 属 語 が そ

の固 有 の音 調 を 崩 し て平 調 化 す る よ う にな る と 、 そ れま で付 属 語 が果 た し て き た 機 能 が低 下 し て、 自 立 語 の語 調

の型 の区 別 が 曖 昧 に な る ﹂ と いう 趣 旨 の こと を 言 わ れ る。 が 、 こ れ は も っと も いけ な い。 助 詞 ﹁も ﹂ は ● 調 の音

節 に 終 る 名 詞 に つく 時 は 、 た し か に〓 型 か ら ○ 型 に変 化 し た が、 ○ ○ 型 や ○ ○ ○ 型 のよ う な 低 平 型 の名 詞 に つく

場 合 は、 鎌倉 時 代 に 入 っても 〓 型 であ った 。 私 は ﹃四 座 講 式 の研 究 ﹄ に そ の こと を 論 じ た が、 氏 は 異 論 を お も ち

な の であ ろ う か 。 氏 が 、 ﹁● ● 型 と ○ ○ 型 の識 別 は 、 付 属 語 の語 調 に よ って な さ れ る ﹂ と 言 わ れ る のも 、 狭 す ぎ

る 見 方 で 、 ● ● 型 と ○ ○ 型 の区 別 は 、 そ の前 に つく 連 体 修 飾 語 と の 関 係 か ら も な さ れ る 。 助 詞 ﹁に﹂ ﹁を ﹂ が古

式 保 存 の法 則 に 欠 陥 を 見 付 け る こ と に こ れ努 め て いる よ う に

く 上 昇 調 の ア ク セ ント だ った ろ う と いう 考 え は、 根 拠 薄 弱 で、 そ のよ う な こ と を 理由 と し て、 論 を 構 成 す る こ と は 不 可 であ る 。

 四   望 月 氏 の こ の論 文 を 読 ん で いる と 、 私 の法 則︱

見受 け ら れ る 。 私 の法 則 は 万 能 な も の で は な い。 ﹃名 義 抄 ﹄ に は 次 のよ う な 例 が 見 付 か る が 、 こ れ ら は す べ て私 の法 則 を 破 る 例 外 的 な 事 実 であ る 。

 ( a)  形 容 詞 ﹁広 し ﹂ は 平 平 東 型 と 推 定 さ れ る の に 、 動 詞 ﹁ひろ ぐ ﹂ は 上 上 平 型 であ る のは 変 で は な いか。

  (b)   動 詞 ﹁明 く ﹂ が 上 平 型 であ る の に、 いわ ゆ る 形 容 動 詞 の ﹁明 ら か ﹂ は平 平 上 平 型 であ る の は 変 で はな いか 。

東 型 と 推 定 さ れ 、 形 容 詞 の方 が 上 上 東 型 と 推 定 さ れ る のは 変 で はな い か。

 ) (c   色 名 ﹁赤 ﹂ ﹁白 ﹂ ﹁黒 ﹂ が そ れ ぞ れ 形 容 詞 の ﹁明 か し ﹂ ﹁し ろ し ﹂ ﹁暗 し ﹂ と 同 語 源 と す ると 、 色 名 の方 が 平

 ( d)   事 物 を 表 わ す 指 示 語 ﹁こ れ ﹂ ﹁そ れ ﹂ が 上 上 型 であ る の に 対 し 、 場 所 を 表 わ す ﹁こ こ﹂ ﹁そ こ ﹂ が 平 上 型 で あ る の は 変 では な いか 。

  そ の他 探 せ ば ま た いく ら も あ る であ ろう 。 否 定 的 ・破 壊 的 な こと ば か り 書 く のは 気 が 引 け る の で 、 右 の事 実 に つ いて の私 の 解 釈 を 書 き 付 け て お き た い。

型 を も って いる 。 そ れ が 三 音 節 形 容 詞 に は 、 平 平 東 型 のも の が 多 いの で 、 類 推 の原 理 に よ り 、 そ の 型 に変 化

( ) a   ﹁広 し ﹂ は 以 前 上 上 東 型 の語 であ った ろう 。 新 潟 県 以 北 の方 言 の ア ク セ ン ト では 、 そ れ を 支 持 す る よ う な

し た も の であ ろ う 。 こ の際 ﹁広 し ﹂ と いう 語 の意 味 が 積 極 的 な 意 味 であ る こと が 、 上 上 東 型 よ り 平 平 東 型 の 方 が ふ さ わ し いと 考 え ら れ た こ と も あ った か も し れ な い。

と いう 形 の 形 容 動 詞 の語 幹 が、 原 則 と し て 平 平 上 平 型 であ る の で、 そ の型 に類 推 し て そ う な ったも の であ ろ

(b )    ﹁明 ら か ﹂ は 上 上 上 平 型 であ る はず の語 で あ った 。 そ れ が 平 平 上 平 型 で あ る の は、 ﹁○○ら か ﹂ ﹁○ ○ や か ﹂

う 。 な お 、 こ の語 は、 後 世 の諸 方 言 で は 、 す べ て 平 平 上 平 型 に 対 応 す る 型 にな って い る の で、 上 上 上 平 型 で あ った 時 代 が あ った と は 立 証 し に く い。

﹁黒 ﹂ ﹁赤 ﹂ の ア ク セ ント は 変 だ と 言 う ほ か は な い。 二音 節 名 詞 の色 の名 は 、 対 比 の意 味 に 用 い ら れ る こ と が

( )c    色 の 名 が 、 果 し て そ れ ら の 形 容 詞 と 同 根 で あ る か ど う か 疑 問 であ る が 、 か り に 同 根 だ と す る と 、 ﹁白 ﹂

多 いた め に 型 と し て ふ さ わ し い平 東 型 に な った ので はな か ろ う か。 ﹁赤 ﹂ は 複 合 語 に 関 し て は 北 奥 方 言 や 出

雲 方 言 な ど で上 上 型 のよ う な 高 起 式 の 語 であ った ろ う と推 定 す る のに ふ さ わ し い性 質 を も って いる 。 し か し 、

﹁白 ﹂ ﹁黒﹂ に は そ のよ う な こ と がな い。 ﹁知 る ﹂ や ﹁暗 い﹂ と 同 根 で は な い の か も し れ な いと 言 う ほ か はな い。

手 上 げ で あ る。 た だ し 言 え る こ と は 、 ﹁こ こ﹂ ﹁そ こ﹂ の アク セ ント は 、 東 京 で は ﹁こ れ﹂ ﹁そ れ ﹂ あ る いは

( d)    ﹁こ れ ﹂ 対 ﹁こ こ﹂、 ﹁そ れ ﹂ 対 ﹁そ こ ﹂ の矛 盾 に 対 し て は 、 た だ 不 思 議 と 言 う ほ か は な い。 ま った く の お

﹁こ の﹂ ﹁そ の﹂ と同 型 であ る が 、 こ のよ う な こ と は む し ろ 例 外 で、 全 国 の諸 方 言 を 見 る と 、 平 安 朝 時 代 に 平

上 型 だ った ろ う と言 う の に ふ さ わ し い型 にな って い る こ と で あ る 。 これ は 何 か 然 る べき 原 因 が あ って 、 ﹁こ こ ﹂ ﹁そ こ﹂ のア ク セ ント に変 化 が 起 こ った と 見 る ほ か は な い。

望 月 氏 は 、 右 のよ う な 事 実 を 取 り 上 げ て論 ず べき で あ った 。 こ の意 味 で 、 今 度 の論 文 の中 で 、 最 後 の ペー ジ の

上 段 の後 か ら 六行 以 後 の と こ ろ に、

  ﹁ま た ﹃来 る ﹄ の 語 源 は ﹃来 ﹄＋助 動 詞 ﹃た り﹄ と す る のは ま ず く 、 ﹃来 ﹄ と ﹃至 る ﹄ と 考 え る方 に 軍 配 が 上 る。﹂

  と 記 し て お ら れ る 。 こ れ は ﹁〓 (来 )＋ ● ● ○ (至 る ) ← ● ● ○ (来 る )﹂ であ る が 、 こ の場 合 の 上 昇 調 の 高 平 調 への転 成 に つ いて の氏 の お考 え は 、 そ こ に 示 さ れ て いな い。

と あ る。 こ こ は よ い点 を 衝 か れ た 。 正 に私 の法 則 の例 外 で あ った。 今 、 説 明 を 加 え る な ら ば 、 こう な る 。

  ﹁来 ﹂ は 〓 型 、 ﹁至 る ﹂ は ● ● ○ 型 で 、 '﹁来 至 る ﹂ は 〓 ● ● ○ 型 であ る。 そ の 〓 と ● と が 一音 節 に 詰 ま る と ● にな る 。 だ か ら ﹁来 る ﹂ は ● ● ○ 型 な のだ 。

も っとも これ は説 明 し た だ け で、 私 の法 則 の例 外 であ る こと に は 変 り は な い。 こ の 論 文 で氏 が 新 し く 提 唱 さ れ た

中 で い いと 思 った のは こ こ だ け であ る 。 氏 は、 こ こ の前 に 四 行 ぐ ら い前 置 き を 書 いて 、 こ の 条 を 書 き 、 全 体 を 一

〇 行 ぐ ら い の レポ ー ト にさ れ れ ば 、 私 も こ んな も のを 書 か な いです む と こ ろ だ った 。

  ( 昭和四十七年九月 二十五日投稿、編集部 の要請に応じ て書き改め、同年十 一月十五日再度投稿)

Ⅳ

特 に 二 音 節 名 詞 に 就 て︱

現 代 諸 方 言 の比 較 か ら觀 た 平 安 朝 ア ク セ ント  ︱

序説   一、 比 較 方 言 の範圍

( 中 國 ) の ア ク セ ント と 東 京 ア ク セ ン ト

  二 、 甲 乙兩 種 方 言 ア ク セ ント と そ の 分 布

( 北奧 ) 及 び 廣 島

前 篇( 方 言 篇 )   三、 盛岡

  四 、 廣 島 ア ク セ ント は 東 京 ア ク セ ント の 一時 代 前 の 形

( 出 雲 ) ア ク セ ント 盛 岡 ア ク セ ント と の 符 合

  五 、 盛 岡 ア ク セ ント 東 京 ア ク セ ン ト の相 違 に は 何 か 意 味 が あ る か   六、 松江

( 奥 九 州 ) ア ク セ ント と 盛 岡 及 び 松 江 ア ク セ ント と の 符 合

(歴史 篇 )

  七 、 鹿兒 島 後篇

  九 、 名 義 抄 の ア ク セ ント と 外 輪 ア ク セ ント と の 符 合點

( 其 二)

( 其 一)

  八 、 類 聚 名 義 抄 に 見 え た 院 政 時 代 の京 都 ア ク セ ント

  十 、 名 義 抄 の ア ク セ ント と 外 輪 ア ク セ ント と の 符 合點

特 に私 の開 眼 の師橋本 先 生 ・服部 先生 へ篤 く御 禮を 申上 ます 。

  この小篇 は今 年 五月 十 日 の國 學院 大學 方言 學會 に於 け る 口演 のノー トを 整 理した も の であ りま す。 此を 公表 す る に際し 、

  一

  現 在 我 が 國 に 行 は れ て ゐ る 諸 方 言 の中 に、 一方 には 東 京 方 言 ・京 都 方 言 のや う に 、 所 謂 ﹁型 の區 別 ﹂ が あ つて 、

﹁ 箸 ﹂ と ﹁橋 ﹂、 ﹁雨 ﹂ と ﹁飴﹂ な ど の同 音 異 義 の語 を ア ク セ ント に よ つ て區 別 す る 方 言 があ る が 、 他 方 に は 、 服

部 四郞 先 生 が夙 に發 見 さ れ た 仙臺 方 言 の や う に、 ﹁型 の區 別 ﹂ が 全 然 な く 、隨 つ て同 音 異 義 の 語 を ア ク セ ント に

よ つて區 別 す る 習 慣 の全 然 な い方 言 が あ る 。即 ち 、 仙臺 方 言 で は 、 自 然 の發 音 の場 合 、 ﹁ 箸 ﹂ も ハシ 、 ﹁橋 ﹂ も ハ

シ、 ﹁雨﹂ も ア メ 、 ﹁飴 ﹂ も ア メ な ど 、 二 音 節 の語 は 悉 く 下降 的 に發 音 さ れ る 。 今 、 山 形 市 ・米 澤 市 ( 以上 山形縣)・

若 松 市 ・郡 山 市 ・白 河 町 (以上福島 縣)・水 戸 市 ・土 浦 町 ・古 河 町 ( 以 上茨城 縣)・宇 都 宮 市 ・栃 木 町 ( 以上栃 木縣 )・

野 田 町 (千葉 縣)・粕 壁 町 ( 埼 玉 縣)な ど のア ク セ ント は 皆 仙臺 方 言 と 同 種 のも のと 見 ら れ る 故 、 ﹁型 の區 別 ﹂ の

な い方 言 は 、 大體奧 羽 地 方 の 南 部 か ら 、 關 東 地 方 の 東 北 部 に か け て 分 布 し て ゐ る や う であ る 。(附 圖 の︹1 )︺ 又最

近 平 山 輝 男 氏 の御 調 査 によ つ て、 九 州 の長 崎 ・佐 賀 ・福岡 ・熊 本 ・宮 崎 の諸 縣 に亙 つて帶 状 に 同 種 の ア ク セ ント が 行 は れ て ゐ る こ と が 明 か に 成 つた 。(附 圖 の︹2 )︺

 ( 註)   仙臺 のア ク セ ント は 服部 先 生 ﹁國 語諸 方 言 のア ク セ ント 概觀 四﹂ ( ﹃ 方 言﹄第 二巻第 二號所載) に據 る。 茨 城 ・栃

木 ・千葉 ・埼 玉諸 縣 の町 々は 主 に實 地調査 に、福 島 ・山形 二縣 の町 々は 在京 の知 人 の發言に據 る。 九州 方 言 は平 山

輝 男氏 ﹁九州 に於 け る アク セ ント の境 界線 ﹂ (﹃ 音聲 の研究﹄第六輯所載)及同 氏 ﹁九州 方言 に於 ける ア ク セ ント の諸 相﹂ ( ﹃ 音聲學協會會報﹄第四五號所載)に據 る。

氏 、太 田武 夫 氏、 平山 輝男 氏、 山脇 甚 兵衞 君等 の御 研究 に負 ふ所 が多 い。

  左 のアク セ ント分 布圖作 成 に ついては 服部 四郎 先生、 大 原孝 道氏 、藤 原 與 一

今 はこれら

﹁型 の區 別 ﹂ の な い 方 言 に つ い て は 暫 く觸 れ な い こ と に す る 。 前 記 ︹1︺︹ 以2 外︺の 地 方 に は 大體

の區 別 ﹂ の あ る 方 言 が 分 布 し て ゐ る や う で あ る 。

る のであらう か。

﹁型

氏 に據 れ ば 石 川 縣 の 一村 に も 同樣 な 事 實 が 認 め ら れ た と 言 ふ 。 北 陸 地 方 に も ﹁型 の區 別 ﹂ のな い方 言 が 弘 ま つ て ゐ

  (註 ) 福井 縣 今 立 郡 味 眞 村 出 身 の 人 に つ いて 調 査 し た 所 、 型 の區 別 を も つ て ゐ な い の で は な い か と 疑 は れ た 。 平 山 輝 男

二 ﹁型 の區 別 ﹂ の あ る 方 言 の 中 で 、

( 出 雲 を 除 く ) に 弘 ま つ て ゐ る 方 言 ︹5 と︺が 同 種 の ア ク セ ン ト で あ り 、

  (イ  )東 京 ・横 濱 な ど を 中 心 と し て 、 東 海 道 地 方 に 弘 ま つ て ゐ る 方 言︹3︺と 、 岡 山 ・廣 島 な ど を 中 心 と し て 中 國 地 方

( 周 縁 を 除 く ) に 弘 ま つ て ゐ る 方 言︹4︺と 、 高 知 ・松 山 な ど を 中 心 と

(西 南 部 を 除 く ) に 弘 ま つ て ゐ る 方 言︹6︺と は 、 同 種 の ア ク セ ン ト で あ る

  (ロ  )京 都 ・大 阪 な ど を 中 心 と し て 近 畿 地 方 して四國 地方

京都方言 ( 池 田 要 氏 の御 研 究 に據 る )を 、 中 國 方 言 の 代 表 と し て 廣 島 縣豐 田 郡 獺 戸 田 町 の方 言 ( 島 田 勇 雄 君 に據 る 。

即 ち 今 、 東 海 道 方 言 の代 表 と し て 東 京 方 言 ( 神保格先生 の ﹃ ア ク セ ント辭 典﹄ に據 る︶ を 、 近 畿 方 言 の代 表 と し て

こ と は 、 服 部 先 生 の有 名 な 御 研究 で明 か に 成 つ て ゐ る 。  

廣 島 市方 言 は 此 の方 言 と 殆 ど攣 りな いやう であ る )を 、 四 國 方 言 の代 表 と し て 高 知 方 言 ( 北村 ト ヨ氏 に據 る) を 撰 ん で 、

(a  ) 東 京 ・京 都 ・廣 島 ・高 知 四 方 言 と も平 板 、 下 降 、 上 昇 三 種 の 型 が あ る 。 但 し 京 都 ・高 知兩 方 言 で は 、 助 詞

二 音 節 名 詞 の ア ク セ ント を 比 較 す れ ば 、  

(b)   東 京 方 言 で は 次 の 語 は 平 板 型   ウ シ 、 ウ メ 、 カ キ 、 カ ゼ ⋮ ⋮ で あ る 。

へ續 く 場 合 、 上 昇 型 の語 は 甲 乙 二樣 の 姿 を 取 る が 、 東 京 ・廣 島兩 方 言 で は 皆 一樣な 姿 であ る 。  

  ﹁牛﹂ ﹁梅 ﹂ ﹁ 柿 ﹂ ﹁風 ﹂ ﹁顔 ﹂ ﹁口 ﹂ ﹁ 首 ﹂ ﹁酒 ﹂ ﹁竹 ﹂ ﹁爪 ﹂ ﹁鳥 ﹂ ﹁箱 ﹂ ﹁ 鼻 ﹂ ﹁道 ﹂ ﹁水 ﹂

  京 都 ・廣 島 ・高 知 方 言 で も こ れ ら は す べ て平 板 型   ウ シ 、 ウ メ 、カ キ 、 カ ゼ ⋮ ⋮ に發 音 さ れ る 。   (c  ) 東 京 方 言 で は 次 の語 は 上 昇 型  ア シ   イ ケ  イ シ  イ ヌ⋮ ⋮ であ る。

﹁足 ﹂ ﹁池 ﹂ ﹁石 ﹂ ﹁犬 ﹂ ﹁ 馬 ﹂ ﹁腕 ﹂ ﹁音 ﹂ ﹁川 ﹂ ﹁髪 ﹂ ﹁紙 ﹂ ﹁ 草 ﹂ ﹁島 ﹂ ﹁炭 ﹂ ﹁弦 ﹂ ﹁繩﹂ ﹁旗﹂ ﹁花 ﹂ ﹁腹 ﹂ ﹁骨 ﹂

 

 

(甲 ) ﹁跡 ﹂ ﹁息 ﹂ ﹁臼 ﹂ ﹁笠 ﹂ ﹁肩 ﹂ ﹁空 ﹂ ﹁種 ﹂ ﹁箸 ﹂ ﹁針 ﹂ ﹁ 松 ﹂  ( 乙 ) ﹁秋 ﹂ ﹁雨 ﹂ ﹁猿 ﹂ ﹁ 鶴﹂﹁ 前 ﹂ ﹁窓 ﹂

(d  ) 東 京 方 言 で は 次 の語 は 下 降 型  ア ト   イ キ   ウ ス ⋮ ⋮ ア キ   ア メ ⋮ ⋮ で あ る 。

廣 島 方 言 は 東 京 方 言 に準 じ 高 知 方 言 は 京 都 方 言 に準 ず る 。

京 都 方 言 で は こ れ ら は す べ て 下 降 型   ア シ   イ ケ  イ シ   イ ヌ ⋮ ⋮ に發 音 さ れ る 。

﹁町 ﹂ ﹁耳 ﹂ ﹁ 胸 ﹂ ﹁山 ﹂ ﹁指 ﹂

 

 

 

但し

京 都 方 言 で は こ れ ら は す べ て 上 昇 型   ア ト   イ キ   ウ ス ⋮ ⋮ ア キ   ア メ ⋮ ⋮ に發 音 さ れ る 。 ( 乙 ) と は 助 詞 へ接續 す る 場 合 異 つた 姿 を と る 。

 

廣 島 方 言 は 東 京 方 言 に準 じ 、 高 知 方 言 は 京 都 方 言 に 準 ず る 。

( 甲) と

   

即 ち 右 (a) (︱ d の)中 、 (c 及)(d で) は 東 京 ・廣 島 方 言 と 、 京 都 ・高 知 方 言 と は 全 く對蹠 的 な 性 質 を も つ。一音 節 或 は

三 音 節 以 上 の 名 詞 乃 至 は 動 詞 形 容 詞 の ア ク セ ント を 比 較 し て も 、 大體 同樣 な 傾 向 が 見 ら れ る 。 こ れ ら の點 に 關 し

 

て は な ほ 服 部 先 生 ﹁國 語 諸 方 言 の ア ク セ ン ト 概觀 (一 ﹂)( ﹃方 言﹄ 第 一巻第一 號 所 載 ) ﹁同 (二 ﹂)( ﹃ 方 言 ﹄ 第 一巻 第 三 號 所 載 ) ﹁同 (三 ﹂)( ﹃ 方 言 ﹄ 第 一巻 第 四 號 所載 ) に 詳 し い。

京 都 ・高 知 方 言 は 服 部 先 生 の 甲 種 方 言 で あ り 、 東 京 ・廣 島 方 言 は 先 生 の 乙 種 方 言 で あ る 。

乙 類 と も 全 く 同 じ で は な い。 然 し 此處 に は 型 の 姿 の 細 か い論 議 は 省 略 す る 。

  ( 註)   東 京 方 言 の平 板 型 と 京 都 方 言 の平 板 型 と は 嚴 密 に は 可 成 り ち が ふ 。 京 都 方 言 の上 昇 型 乙 類 と 、 高 知 方 言 の 上 昇 型

  又 、 服 部 先 生 、 大 原 孝 道 氏 そ の 他 諸 氏 の 御 研 究 に據 れ ば 、九 州 東 北 部︹7︺、 四 國 西 南 部 ︹8 、︺近 畿 地 方 の 大 和 十 津

川 地 方 ︹9 に︺は 乙 種 方 言 が 行 は れ て 居 り 、 美 濃 の 西 端 越 前 敦 賀 附 近 ︹1 に0は ︺ 甲 種 方 言 系 統 の も の 、 越 中 富 山 附 近 ︹11︺

にも 可成 り變 つて ゐ る が少 く と も 二 音 節 名 詞 のア ク セ ント では 甲 種 方 言 の系 統 と 認 め ら れ る 方 言 が 弘 ま つて ゐ る や う であ る 。

 

 

(c  ) 京 都 方 言 で 上 昇 型 の中 、 ﹁秋 ﹂ ﹁雨 ﹂ ⋮ ⋮ 等 乙 類 のも の は 敦 賀 でも 上 昇 型 で あ る が 、 ﹁跡 ﹂ ﹁ 息 ﹂ ⋮ ⋮等 甲 類 の

(b  ) 京 都 方 言 で平 板 型 の ﹁牛 ﹂ ﹁梅 ﹂ ﹁ 柿 ﹂ ⋮ ⋮等 は敦 賀 で も 平 板 型 、

(a二 ) 音 節 名 詞 に は 平 板 、 上 昇 、 下 降 の三 つ の 型 があ り 、

  (註)   敦 賀 町 のア クセ ント に就 ては、 橋本 進吉 先 生 に從 へば

 

(d  ) 京 都 方 言 で 下 降 型 の ﹁足 ﹂ ﹁ 池 ﹂ ﹁石 ﹂ ⋮ ⋮等 は敦 賀 で も 下 降 型

の や う で あ つた 。 (c で) 京 都 の 甲 乙兩 型 に對應 す る 型 の區 別 が 認 め ら れ る こ と 、 及 (d に) よ つて 甲 種 方 言 の 系 統 と 見

も の は 敦 賀 で は 平 板 型 で(d の)語 と區 別 が な く 、  

 

 

(b  ) 京 都 方 言 で 平 板 型 の ﹁牛 ﹂ ﹁ 梅 ﹂ ﹁柿 ﹂ ⋮ ⋮ 等 は 富 山 でも 平 板 型 、

(a  )二 音 節 名 詞 に は 平 板 、 上 昇 、 下 降 の三 つ の 型 が あ り 、

富 山 方 言 に つ い て は、 杉 村 俊 男 氏 そ の 他 の 知 人 に據 れ ば

て よ いや う であ る。

 

( 東 京 に 同 じ ) の や う で あ り 、 甲 類 の ﹁跡 ﹂ ﹁息 ﹂ ⋮ ⋮ 等 は す べ て敦 賀 方 言 同樣平 板 型 で(d と) 區 別が

(c  ) 京 都 方 言 で 上 昇 型 の中 、 乙 類 のも の は 二 つ に 分 れ 、 (イ)﹁雨 ﹂ ﹁ 前 ﹂ ﹁窓 ﹂ 等 は 上 昇 型 、 (ロ)﹁ 秋 ﹂ ﹁猿 ﹂ ﹁ 鶴 ﹂等

以 上 の 中 (cの )乙 及(d)の中 に は 、 京 都 方 言 と 高 低 が 逆 に 成 り 、 東 京 方 言 と 同 じ ア ク セ ント の語 が 可 成 り 見 え る が 、

降 型 であ つた 。

﹁胸 ﹂ ﹁山 ﹂ 等 は 上 昇 型 ( 東 京 に 同 じ ) (ロ)﹁足 ﹂ ﹁犬 ﹂ ﹁石 ﹂ ﹁紙 ﹂ ﹁髪 ﹂ ﹁弦 ﹂ ﹁炭 ﹂ ﹁橋 ﹂ ﹁ 町 ﹂ ﹁耳 ﹂ ﹁指 ﹂ 等 は 下

(d )   京 都 方 言 の 下 降 型 は 又 二 つ に 分 れ 、 (イ)﹁ 池 ﹂ ﹁馬 ﹂﹁音﹂ ﹁ 腕 ﹂ ﹁川 ﹂ ﹁草 ﹂ ﹁島 ﹂ ﹁繩﹂ ﹁花 ﹂ ﹁旗 ﹂ ﹁ 腹 ﹂ ﹁骨 ﹂

なく 、

は下降 型

 

 

 

今 細 か く 見 る と 、 (c の)乙 及(d を)通 し て (イ上 )昇 型 のも の は す べ て 最 後 が︹a︺︹o 等︺廣 ︹い e︺ 母 音 で 終 つ て 居 り 、 (ロ下 )降

型 の も の は︹i︺︹ 等u 狹︺ い母 音 で 終 つ て ゐ る 。 こ れ は 恐 ら く 過 去 に お いて は 、 (c の)乙 及(dの )語 全 部 が 上 昇 型 で あ つ た

か 、 下 降 型 であ つ た か、 或 は 現 在 と 異 る 具 合 に 上 昇 下 降 の 二 群 に別 れ て ゐ た が 、 現 在 に 至 る 間 に 型 の變 化 が 起 つ て

﹁雨 ﹂ ﹁池 ﹂ 等 廣 い母 音 で 終 る も の は 上 昇 型 に、 ﹁ 秋 ﹂ ﹁足 ﹂ 等狹 い母音 で終 る も のは 下 降 型 に變 化 し た と 考 へら れ る

故 、 こ れ だ け で は 甲 種 乙 種 の ど ち ら の方 言 に 近 い と も 云 難 い。 唯々 (c に) お い て京 都 方 言 の上 昇 型 甲 乙兩 類 に 封應 す

  な ほ敦 賀 方 言 は 橋 本 先 生 の お 忙 し い最 中 に お 答 へ頂 いた の で あ り 、 又 上 に 掲 げ た 語 全 部 に 亙 つて 教 へて 頂 い た わ

る 型 の區 別 が 認 め ら れ る 故 、 甲 種 方 言 の 系 統 と 見 た 方 が妥 當 の や う であ る 。

け で は な い の で 、 若 し 誤 があ つて 先 生 に 御 迷 惑 を お 掛 け し は し な いか と 心 配 で す 。

﹁ 中 國 近 畿兩 ア ク セ ント の境 界 線 、 出 雲 ア ク セ ン ト の領

﹁ 九 州 方 言 に 於 け る ア ク セ ン ト の諸 相﹂ ( 前 出 )、 四 國 西 南 部 方 言 に つ

 九州 東北 部方 言 に つ いては、 東京 文理 科大 學方 言 研究會 域 ﹂ (﹃ 方 言 ﹄第 二巻 第 三 號所 載 )、平 山 輝 男 氏

いては、 小林 英 夫 氏 ﹁ 方 言採 訪 の 旅 、 南 豫 と 土 佐 ﹂(﹃ ド ル メ ン﹄ 第 三 巻 第 一號 ・第 二 號 所 載 )、 高 知 縣 女 子 師 範 學 校

﹃土 佐 方 言 の 研究 ﹄ (單行 )、 十 津 川 方 言 に つ い て は 、 服 部 先 生 の お 話 、 吉 町 義 雄 氏 ﹁十 津 川 ア ク セ ント の 一例﹂ (﹃ 方 言 ﹄ 第 二巻 第 八號 所載 ) に據 る 。

  即 ち 關 東 中 部 よ り 九 州 北 部 に 至 る 廣 い 地 方 に 行 は れ て ゐ る 方 言 は 、 甲 種 系 統 のも の と 、 乙 種 系 統 の も の と に 、 大き く二分出來 るわけ である。

 三

( 岩 手 縣 )・弘 前 市

(靑森 縣 ) ・秋 田 市

( 秋 田 縣 )・鶴 岡 市

(山 形 縣 )・津 川 町

( 新 潟 縣) な

  以 上 明 か に 甲 種 又 は 乙 種 方 言 と 認 め ら れ る 方 言 の 外 に 、 ﹁型 の區 別 ﹂ を も つ方 言 と し て は な ほ 次 の 三 つ の 方 言 が擧 げ ら れ る 。   ︹1  2北 ︺奥 方 言 。 盛 岡 市 どに分布す る。   ︹1  3出 ︺雲 方 言 。 島 根 縣 出 雲 國 の 殆 ど 全 部 に 分 布 す る 。

  ︹1  4 西︺ 南 九 州 方 言 。 長 崎 市 ・鹿兒 島 市 を 中 心 に 、 長 崎 ・佐 賀 ・熊 本 ・鹿兒 島 の諸 縣 に 分 布 す る 。

 ( 註)   北奥 方 言中 、盛 岡 ・遠 野方 言と、 弘 前 ・秋田 ・鶴 岡方 言 と の間 には後 に の べるやう に小 差 があ る。 青森 方言 は又

弘前 な どゝ 少 し 異 つた點 があ るや う であ る。 新 潟 縣中 、 西南 の直 江 津 町 ・鹽澤町 など の方 言 ︹1 は5 全︺ 體 的 には 東 海

道方 言 に近く 、 新潟市 方 言も 北奧 式と は言 難 いが、 以 下述 べる點 に關し て はこれ ら の方言 はす べて盛 岡式 であ つて、

 西 南九 州も 長崎 縣内 のも の、 佐賀 縣 内 のも の、熊 本 縣内 のも の、 鹿兒島 縣内 のも の、 それ〓

全く 同じ ではな い

東京 式 ではな い。 ( 以 上 の町 々の中 新潟 市 は佐 藤久 雄氏 の御 教 示に據 り、 他 は在京 の知人 の發音觀 察 に據 る。)

 出 雲方 言 に つ いては大 原 孝 道氏 ﹁中國 近畿兩 アク セ ント 境界 線 、出 雲 ア クセ ント の領 域﹂ ( 前出)西南 九 州 方 言

が、 同じ 方 言か ら分 れた と見 られ るや う であ る。

は平 山 輝男 氏 ﹁九州 に於 け るア クセ ント の境界 線﹂ ﹁九 州方 言 に於 ける アク セ ント の諸相 ﹂ ( 何れも前出) に據る。

こ れ ら 三 方 言 の中 、 北奧 方 言 は 乙 種 方 言 と 可 成 り 近 い ア ク セ ント を も つて ゐ る や う で あ つて、 今 北奧 方 言 の代 表

と し て盛 岡方 言 を 撰 び 、 盛 岡 生 れ の父 の發 音 に 從 つ て 二 音 節 名 詞 のア ク セ ント を 概 述 す れ ば 次 のや う で あ る 。

  (a  ) 盛 岡方 言 に は 平 板 、 上 昇 、 下 降 三 種 の 型 が あ る。 上 昇 型 に京 都 方 言 のや う な 甲 乙 二類 のな いこ と は 東 京 に 同じ。   (b  ) 平 板 型 に屬 す る 語 は左 の如 し 。

イ  シ ﹁石 ﹂  ウ シ ﹁牛 ﹂  ウ メ ﹁梅 ﹂  オ ト﹁ 音﹂  カ キ ﹁柿 ﹂  カ ゼ ﹁風 ﹂  カ ワ ﹁川 ﹂  カ ホ ﹁ 顔﹂

カ  ミ ﹁紙 ﹂  ク チ ﹁口 ﹂  ク ビ ﹁頸 ﹂  サ ケ ﹁酒 ﹂  タ ケ ﹁竹 ﹂  ツ ル ﹁弦 ﹂  ツ メ ﹁爪 ﹂  ト リ ﹁ 鳥﹂

ハ  コ ﹁箱 ﹂  ハシ ﹁橋 ﹂  ハタ ﹁旗 ﹂  ハナ ﹁鼻 ﹂  マチ ﹁町 ﹂  ミ チ ﹁道 ﹂  ムネ ﹁胸 ﹂

  以 上 の語 の中無 記 號 のも のは東京 ・京 都 で共 に 平板 型、 圏點あ るも のは東 京 で上昇 型、 京 都 で下降 型 であ つた。   (c  ) 上 昇 型 に屬 す る 語 は左 の如 し 。

ア シ ﹁足 ﹂ イ ケ ﹁池 ﹂ イ ヌ ﹁犬﹂  ウ マ ﹁馬 ﹂  ウ デ ﹁腕 ﹂  カ ミ ﹁髪 ﹂ ク サ ﹁草 ﹂  シ マ ﹁ 島﹂

 

ス  ミ ﹁炭 ﹂  ナ ワ ﹁繩﹂  ハナ ﹁花 ﹂ ハ ラ ﹁腹 ﹂  ホ ネ ﹁骨 ﹂  ミ ミ ﹁耳﹂  ヤ マ ﹁山 ﹂  ユビ ﹁指 ﹂ 以上 の語はす べて東京 で上昇 型、京 都 で下降 型 であ つた 。

以上 の語はす べて東京 で下降 型、京 都 で は上昇 型 甲又 は乙 であ つた 。

ソ  ラ ﹁空 ﹂ タネ ﹁種 ﹂  ツ ル ﹁鶴 ﹂  ハシ ﹁箸 ﹂ ハ リ ﹁針 ﹂  マ ツ ﹁松 ﹂  マド ﹁窓 ﹂  マ エ ﹁前 ﹂

ア  キ ﹁秋 ﹂  ア ト ﹁跡 ﹂  ア メ ﹁雨 ﹂  イ キ ﹁息 ﹂  ウ ス ﹁臼 ﹂  カ サ ﹁笠 ﹂  カ タ ﹁肩 ﹂  サ ル ﹁猿 ﹂

  (d  ) 下 降 型 に屬 す る 語 は 左 の如 し 。

 

以 上 (a) (︱ d を) 通覽 す る に 、 (a () c () d に) 於 て は 全 然 東 京 方 言 と 一致 し 、 唯々 (b に) 於 て 東 京 で 上 昇 型 であ つた 語 の 一部

﹁石 ﹂﹁音﹂ ﹁川 ﹂ ﹁紙 ﹂ ﹁弦 ﹂ ﹁橋 ﹂ ﹁旗 ﹂ ﹁町 ﹂ ﹁胸 ﹂ の 一群 が盛 岡 で は 平 板 型 に 成 つて ゐ る點 が 違 つて ゐ る に過 ぎ

な い。 そ し て 一方 の京 都 方 言 で此 等 ﹁石 ﹂﹁音﹂ ﹁川﹂ ⋮ ⋮ の 一群 が平 板 型 であ る と 云 ふ わ け で はな いか ら 、 京 都

方 言 に 似 て ゐ る と 云 ふわ け で はな く 、 結 局 盛 岡 方 言 は 非 常 に 乙 種 方 言 に 近 いと 考 へら れ る。一 音節又 は 三 音 節 以

上 の名 詞 、 或 は 動 詞 ・形 容 詞 の ア ク セ ント を 比 較 し て 見 ても 略々 同樣 の傾 向 が 見 え る や う で あ る。

﹁窓﹂ など は上 昇 型であ る。 此 の點鶴 岡方 言 は京 都方 言 に近 いの ではな いか とも 思 は れる が、 今 (イ () ロ を) 對 照し て 見

(d に) お いて(イ﹁ ) 秋 ﹂ ﹁白﹂ ﹁猿﹂ ﹁鶴 ﹂ ﹁箸 ﹂ ﹁針 ﹂ な ど は下降 型 で同樣 であ るが 、 (ロ﹁ ) 跡 ﹂ ﹁雨 ﹂ ﹁笠 ﹂ ﹁肩 ﹂ ﹁空 ﹂ 

 ( 註)  鶴 岡市 ( 小 山孫 次郎 君 の發音觀 察 に據 る) の方 言 では、 右 (︱ a) (d の中 ) (a () bc ( ) に) お いては盛 岡市 と 全く 同樣 であ り、  

る のに、 (イ の) 語はす べて狹 い母 音︹i︺で ︹終 uつ ︺て居 り、(ロ の) 語 はす べて廣 い母 音︹a︺︹で e終 ︺︹ つo て︺ 居 る。 そ し て盛 岡

方 言 で上 昇型 の(c は) 鶴 岡方 言 でも終 り の母音 の廣狹 に拘 らずす べて上昇 型 であ る。 即ち 鶴 岡方 言も 過去 に お い ては

した と考 へら れる 故、鶴 岡方 言 は盛 岡方 言と 同 系と 云 つてよ いと 思 はれ る。秋 田 ・新潟 縣津 川 町な ど の方 言は 鶴 岡

盛 岡方 言 とそ つく り のア クセ ント であ つた が、後 に下降 型 の中 に變化 が起 つて、廣 い母 音 で終 る語 が上 昇 型 に轉向

方 言 によく 似 てゐ るやう であ る。

  若 し 東 京 方 言 と 盛 岡 方 言 と の相 違 が 、單 に 以 上 のや う な も の であ るな ら ば 、 此 の程 度 の相違 は 、 等 し く 乙 種 方

言 と 見 ら れ て ゐ る 東 京 ・廣 島兩 方 言 の間 にも 存 す る やう に見 え る 。 即 ち 東 京 ・廣 島兩 方 言 も 、 實 は す べて の單 語

を 通 じ て ア ク セ ント が同 じ だ と 言 ふ わ け で は な く て、 ﹁雲 ﹂ ﹁龜﹂ ﹁鳩 ﹂ ﹁蛸 ﹂ ﹁ 桑 ﹂ ﹁牙 ﹂ な ど のや う に 、 東 京 で 下

降 型ク モ 、カ メ、ハ ト ⋮ ⋮ 、 廣 島 で上 昇 型 クモ 、 カメ 、 ハト ⋮ ⋮、 の單 語 が 可 成 り 見 出 だ さ れ る 。 今 上 圖 は 東

京 ・廣 島 方 言 間 の型 の 封應 關 係 、 下 圖 は東 京 ・盛 岡 方 言 間 の 型 の對應 關 係 を 表 は す 。

平板 型 平 上昇型 

板 型 

上昇 型

平板 型

( 東京 方 言)  ( 盛 岡方 言 )

平板 型  上昇型 

下降 型

( 東 京方 言)   (廣島方 言 )  

上昇 型  下降 型 

 

下降 型 

下降 型

即 ち 上 圖 のや う な對應 關 係 のあ る 東 京 ・廣 島兩 方 言 を 同 一系 統 と 見 る な ら ば 、 下 圖 の や う な對應 關 係 のあ る 東

京 ・盛 岡 方 言 を も 同 一系 統 の方 言 と 見 て も 差 支 へな いや う に思 は れ る か も 知 れ な い。   (註)   ﹁雲 ﹂ ﹁龜﹂ ﹁ 鳩 ﹂ ﹁蛸﹂ は盛 岡方 言 でもす べて上昇 型 ク モ  カメ ⋮⋮ であ る。

 四

  所 が今 、 ﹁雲 ﹂ ﹁龜﹂ ﹁鳩 ﹂ ﹁蛸 ﹂ 等 の語 が 東 京 と 地續 き の 乙 種 方 言 (即ち 東 海道 方 言 ) で ど う發 音 さ れ て ゐ る か

を 見 る の に、 次 の やう な 事 實 があ る 。 現在 の所 確 實 に 東 海 道 方 言 と 見做 し て よ いと 思 は れ る 地 方 は 、 東 京 府 (屬

島 は 未 詳)、 埼 玉 縣 ( 東部 を 除 く ) 、 千葉 縣 ( 西 北部 を 除 く )、 栃 木 縣 足 利 市 近 傍 、 群 馬 縣 (東南 隅 を 除 く ) 、 神奈 川

縣 ・山 梨 縣 ・靜岡 縣 ・愛 知 縣 ( 以 上恐 らく 全縣 )、 岐 阜 縣 ( 岐 阜 ・大 垣兩市 以 東以南 ) で あ る。

  (イ  ) ﹁鳩 ﹂ は神 奈 川 ・埼 玉 ・群 馬 ・千 葉 の 諸 縣 で は 大體 東 京 と 同 じ く 下 降 型 ハト のや う で あ る 。靜 岡 縣 で も ハ

ト が普 通 の や う であ る。 所 が 愛 知 縣 ・岐 阜 縣 の中 に は 廣 島 の や う に上 昇 型 ハト と發 音 す る 地 方 が 可 成 り 多 い

やう である。 ( 例 。 名古 屋市。 南 知多 郡河 和町 。岐 阜市 。岐 阜縣 東南 部 地方。)

  (ロ  ) ﹁蛸 ﹂ も神 奈 川 、 埼 玉 、 群 馬 、 千 葉 の 諸 縣 で は 東 京 と 同 じ く 下 降 型 タ コが 普 通 で あ る 。靜 岡 縣 も これ に 準

ず る。 然 し 愛 知 縣 ・岐 阜 縣 の中 に は 廣 島 縣 同樣 上 昇 型 タ コに發 音す る 地方 が あ る やう であ る。 ( 例。 愛知 縣 河 和 町。 岐阜縣 東 南部 。)

  (ハ  ) ﹁龜﹂ も神 奈 川 縣 ・埼 玉 縣 で は 東 京 と 同 じ く 下 降 型 カ メ のや う で あ る が 、 群 馬 縣 で は 前 橋 市 、 桐 生 市 、 太

田 町な ど で は 下 降 型 カ メ と 、 上 昇 型 カ メ と が 共 に行 は れ てゐ る や う であ り 、 千 葉 縣 では 松 戸 町 ・成 田 町 な ど

は カ メ が 普 通 のや う であ る が、 千 葉 市 近 傍 に は カ メ と發 音 さ れ る 地 方 があ る 。 そ し て靜 岡 縣 で は 下 田 町 、 榛

原 郡 、 志 太 郡 、 山 梨 縣 東 八 代 郡 等 何 れ も 上 昇 型 カ メ に發 音さ れ る 。 即 ち 東 京 を 中 心 と し て 中央 に近 い部 分 に

は東 京 式 の ア ク セ ント が 行 は れ て ゐ る が、 そ の四 周 に は 廣 島 式 の ア ク セ ント が 行 は れ て ゐ る わ け で あ る 。

  (ニ  ) 最 後 に ﹁雲 ﹂ は 、 神 奈 川 縣 横 濱 で は 東 京 同樣 下 降 型 ク モ であ る が、 鎌 倉 郡 腰 越 村 ・南 足 柄 郡 宮 城 野 村 で は

廣 島 同樣 上 昇 型 ク モ に發 音 さ れ 、 更 に西 の靜 岡 縣 御 殿 場 町 ・三 島 町 ・下 田 町 、 山 梨 縣 甲府 市 な ど す べ て ク モ

の や う であ る 。 北 に 進 め ば 、 埼 玉 縣 浦 和 市 で已 に ク モ の型 と ク モ の型 と が 並 び 行 は れ 、 熊 谷 市 ・本 庄 町 、 群

馬 縣前 橋 市 ・桐 生 市 、 栃 木 縣 足 柄 市 な ど す べ て ク モが 普 通 で あ る 。 千 葉 縣 でも 千 葉 市 近 在 ・勝 浦 町 な ど ク モ

で あ り 、 同 じ 東 京 府 で も 八 王 子 市 ・村 山 貯 水 池 附 近 では ク モ に發 音 さ れ る 。 現 在 私 が住 ん でゐ る 東 京 市 杉 並

東區 田 町 は 、舊 市 内 か ら 移 住 し て 來 た 人 が 多 く 、 此等 の人 は 勿 論 ク モ と發 音 す る が、 先 日 土 地 ッ子 の植 木 屋 に 尋 ね て 見 た ら ク モ と發 音 し て ゐ た 。

  以 上 の例 、 殊 に最 後 の ﹁雲 ﹂ の例 よ り 見 る と 、 政 治 文 化 の中 心 地 の言 葉 は 、 周圍 の地 方 に 先 ん じ て變 化 す る こ

と が屡々 見 當 る のを 考 へ合 せ て、 東 京 でも 最 近 ま で は 、 ﹁雲 ﹂ は廣 島 同樣 ク モだ つた の で はな いか と 思 は れ る 。

  山 田 美 妙 齋 の 日本 大辭 書 ( 明治 二十五年刊) で は ﹁龜﹂ は 第 二 上 、 即 ち カ メ の 型 に 記 載 さ れ て ゐ る 故 、 此 の 語 は 明 治 中 葉 に はま だ 廣 島 式 の アク セ ント が行 は れ て ゐ た こ と が知 ら れ る 。

﹁鳩 ﹂ 及 ﹁蛸 ﹂ は 東 京 式 の ア ク セ ント が 可 成 り 廣 く 行 は れ て ゐ る 故 急 に は斷 じ 難 いけ れ ど も 、 此 は若 し や 東 京 で

ハト 、 タ コの 型 か ら 現在 の ハト 、 タ コ の 型 へ の變 化 が ﹁雲 ﹂ ﹁龜﹂ に 比 べ て古 く 行 は れ た せ い で はな い か と 考 へ られ る。

た。 但 し靜 岡 ・愛知 ・岐阜 三 縣 は山脇 甚兵衞 ・小 田寛 次郎 二君 の御 調査 、 又は方 言集 に據 つたも のも 多 い。 又東 海道

 ( 註)   以 上 の町村 の中、 埼 玉、群 馬 、千 葉 の諸縣 は主 と し て實 地 調査 に、 他 の諸縣 は主 とし て在 京 の知 人 の發音 に據 つ

方言 の範圍 の中 、西 の境 界線 は服 部先 生 ﹁近畿 アクセ ント と東方 アク セ ント の境 界線 ﹂ (﹃ 音聲 の研究﹄第 三輯 所載、第 六巻 一二〇頁以下所牧)に據 る。   又 現 在 の東 京 方 言 に は 次 の やう な 事 實 が觀 察 さ れ る 。

  (イ  ) ﹁坂 ﹂ ﹁唾 ﹂ ﹁風 呂 ﹂ ﹁孫 ﹂ な ど は 、 美 妙 齋 の辭 書 でも 、神 保 先 生 の ﹁ア ク セ ント辭 典 ﹂ でも 、 共 に上 昇 型 サ

カ 、 ツバ 、 フ ロ、 マゴ に 記載 さ れ て ゐ る 。 所 が 東 京 生 れ の若 い人達 の中 に は サ カ、 ツ バ、 フ ロ、 マゴ、 のや う に 下降 型 に發 音す る 人 が 可 成 りあ る 。魚

  (ロ  ) ﹁牙 ﹂ ﹁杖 ﹂ ﹁柵 ﹂ ﹁湯 毛 ﹂ ﹁〓﹂ 等 は兩辭 典 共 に 下 降 型 キ バ 、 ツ エ、 サ ク、 ユゲ、 ワ ニに 記 載 さ れ て ゐ る 。

所 が東 京 生 れ の 老 人 達 の中 に は 、 キ バ、 ツ エ、 サ ク、 ユゲ 、 ワ ニ、 の やう な 上 昇 型 の發 音 を 聞 く こ と が あ る 。

  (ハ  ) 又、 美 妙 齋 の辭 書 で は 上 昇 型 に 、神 保 先 生 の辭 典 で は 下 降 型 に 記 載 さ れ て ゐ る 語 が 可 成 り あ る や う で あ り

(例 。 ﹁ 太 刀 ﹂ ﹁伴 ﹂ ﹁艫﹂ ﹁字 ﹂ 等 )、 前 者 で上 昇 型 に、 後 者 で は 上 昇 ・下降兩 型 に 記 載 さ れ て ゐ る 語 も 二 三 あ るや う であ る (例 。 ﹁神﹂ ﹁母 ﹂)。

見 か け る。 そ れ な ら ば 過 去 に お い ても 、 東 京 方 言 二 音 節 名 詞 の中 に か う 云 ふ 型 の變 化を し た も のが あ つ

即 ち 、 現 在 東 京 方 言二 音節 名 詞 の中 に は 、 上 昇 型 か ら 下降 型 に攣化 し つゝあ る の で はな いか と 思 は れ るも のを チ ョイ〓

た 、 そ し て ﹁雲 ﹂ ﹁龜﹂ ﹁鳩 ﹂ ﹁蛸 ﹂ な ど が此 の例 であ つた と 考 へる の は左 程 無 理 で は な いやう に思 は れ る 。

 ( 註)   東 京 に育 ち、 小さ い時 から ア クセ ント に關 心をも つてゐ るや うな 人な らば 、 ﹁坂﹂ ﹁唾﹂ ﹁杖 ﹂ ﹁神﹂な ど の語 に於

て、 サ カ  ツバ⋮⋮ のやう な發 音 は子 供 ツぽ いやう に感 じ、 サ カ  ツバ⋮⋮ のやう な發 音 は大 人 ツぽ いやう に感 じ

る ので はな からう か。 な ほ ﹁坂﹂ が新 生層 で サカと 云 ふ型 に變 り つゝあ る ことは 三宅 武郞 先生 よ り御注 意頂 いた。

此 の項 に つ いては、 三宅先 生 ﹃音聲口 語法﹄ ( 國語科學講座中 の一冊)五 一頁以 下 から教 は つた 所 が多 い。

  最 後 に此 等 ﹁雲 ﹂ 以 下 の語 が 別 系 統 の方 言 でど う發音 さ れ る か を 調 べ て見 る と 、 東 京 方 言 で古 く か ら 比 等 が ク

モ、 カ メ、 ハト 、 タ コ のや う な 型 だ つた と考 へて は 都 合 が悪 いや う で あ る 。 例 へば 高 知 方 言 で は、 東 京 で 下 降 型

の名 詞 アキ ﹁秋 ﹂  イ キ ﹁息 ﹂  ア メ ﹁雨 ﹂  ア ト ﹁跡﹂ 等 は 何 れ も 上 昇 型   ア キ   イ キ   ア メ  アト で あ つて 、

東 京 で 上 昇 型 の名 詞 ア シ ﹁足 ﹂  イ ケ ﹁池 ﹂  イ シ ﹁石 ﹂  イ ヌ ﹁犬 ﹂ 等 は 何 れ も 下 降 型   ア シ  イ ケ  イ シ  イ

ヌ  で あ つた 。 所 が 、 ﹁雲 ﹂ ﹁龜﹂ ﹁鳩 ﹂ ﹁蛸 ﹂ は 東 京 で 下 降 型 で あ り な が ら 、 高 知 方 言 で も 下 降 型   ク モ  カ メ

タ コ  に發 音 さ れ て ゐ た と 考 へる と 大變 都 合 が よ い。

ハト   タ コ  であ つて 、 此 の法 則 を 破 る 。 即 ち ﹁雲 ﹂ 以 下 の語 は 東 京 方 言 でも 以 前 は 廣 島 方 言 上 昇 型   ク モ  カ メ   ハト

 ( 註)   後 出高 松方 言 で ﹁ 雲 ﹂ ﹁龜﹂ ﹁鳩 ﹂﹁蛸 ﹂ が全部 平板 型 に發音 さ れ てゐ る こと も此 の推 測を 支持 し よう。

  以 上 のや う に考 へて 來 る と 、 東 京 方 言 で 下降 型 の 一部 ﹁雲 ﹂ ﹁龜﹂ ﹁鳩 ﹂ ﹁蛸 ﹂ な ど が 廣 島 方 言 で 上 昇 型 の 一部

に 編 入 さ れ てゐ る と 言 ふ の は、 實 は 廣 島 方 言 で は 此 等 の單 語 に關 し て 一時 代 前 の東 京 ア ク セ ント を 傳 へて ゐ る 故

と 見 て よ いや う であ る 。 即 ち 、 ﹁雲 ﹂ 以 下 の單 語 の不 規 則 があ る か ら と 言 つて 、 東 京 ・廣 島兩 方 言 が別 系 統 の方 言 であ る と は 見做 さ れ な いと 思 は れ る。

 五

  却説 、 盛 岡 方 言 で は 、 東 京 方 言 で上 昇 型 の語 の 一部 、 ﹁石 ﹂﹁音﹂ ﹁川 ﹂ ﹁紙 ﹂ ﹁弦 ﹂ ﹁橋 ﹂ ﹁旗 ﹂ ﹁町 ﹂ ﹁胸 ﹂ 等 が

平 板 型 に成 つて ゐ た 。 然 し 此 の場 合 に は、 盛 岡 方 言 が 東 京 方 言 の古 いア ク セ ントを 保 存 し て ゐ る た め 、 な ど と 俄 か に斷 じ る こ と は 難 し いや う であ る 。 即 ち 、

  (  イ) 東 京 で 下 降 、 廣 島 で 上 昇 型 であ つた單 語 ﹁雲 ﹂ ﹁龜﹂ ﹁鳩 ﹂ ﹁蛸 ﹂ な ど の數 よ り 、 東 京 で上 昇 、 盛 岡 で平 板

型 の單 語 ﹁石﹂﹁音﹂ ﹁川 ﹂ ﹁紙 ﹂ な ど の數 の方 が 遙 か に 多 い こ と 。 前 記 ﹁石 ﹂ ⋮ ⋮ ﹁胸 ﹂ 以 外 に ま だ ﹁ 夏﹂

﹁冬 ﹂ ﹁雪 ﹂ ﹁梨 ﹂ ﹁北 ﹂ ﹁肘 ﹂ ﹁岩 ﹂ ﹁型 ﹂ ﹁殻 ﹂ ﹁唄 ﹂ ﹁瘤 ﹂ ﹁痣﹂ ﹁鞍 ﹂ ﹁串 ﹂ 等 が擧 げ ら れ る 。

  (ロ  ) 現 在 東 京 で平 板 型 か ら 上 昇 型 へ移 り つゝ あ る と 思 は れ る 語 が餘 り 見 當 ら な い。 (但 し 美 妙 齋 の辭 書 で 平 板

型 、神 保 先 生 の辭 書 で上 昇 型 の語 に ﹁鰭 ﹂ があ り 、 前 者 で 平 板 型、 後 者 で 平板 上 昇 二 型 の語 に ﹁う ち ﹂ が あ る が、 か う い ふ例 は 稀 の やう だ 。)

  (ハ  ) 前 記 ﹁石 ﹂﹁音﹂ ﹁川 ﹂ ﹁紙 ﹂ ﹁弦 ﹂ ﹁橋 ﹂ ﹁旗 ﹂ ﹁町﹂ ﹁胸 ﹂ は 山 陽方 言 、 十 津 川 方 言 で も 東 京 と 同 じ く 上 昇 型

であ る。 お 互 に 隔 つ てゐ る此 等 三 方 言 で 、 揆 を 一にし て こ れ ら の 言 葉 が平 板 型 よ り 上 昇 型 へ變 化 し た と は考 へ難 いや う に見 え る 。

そ し て盛 岡 ・東 京 中 間 の地 方 で、 此 等 ﹁石 ﹂﹁音 ﹂ 以 下 の語 が ど ん な に發 音 さ れ て ゐ る か を 見 る のに 次 のや う で あ る 。 栃 木 ・福島兩 縣 地 方 は 全 然 性 質 の 異 つた 方 言故 除 外 す る 。   (イ  ) 新 潟 縣 東 蒲 原 郡津 川 町 方 言 ( 同 地出 身 の渡邊 綱也 君 に據 る) で は 、

}＝平板型

﹁牛 ﹂ ﹁梅 ﹂ ﹁ 柿 ﹂ ﹁風 ﹂ ﹁顔 ﹂ ﹁口 ﹂ ﹁首 ﹂ ﹁酒 ﹂ ﹁竹 ﹂ ﹁爪 ﹂ ﹁鳥 ﹂ ﹁箱 ﹂

﹁石 ﹂﹁音 ﹂ ﹁川 ﹂ ﹁紙 ﹂ ﹁弦 ﹂ ﹁橋 ﹂ ﹁旗 ﹂ ﹁町 ﹂ ﹁胸 ﹂(﹁夏 ﹂ ﹁冬﹂ ﹁雪 ﹂)

﹁足 ﹂ ﹁池 ﹂ ﹁犬 ﹂ ﹁馬 ﹂ ﹁腕 ﹂ ﹁髮﹂ ﹁草 ﹂ ﹁島 ﹂ ﹁炭 ﹂ ﹁繩﹂ ﹁花 ﹂ ﹁腹 ﹂＝ 上 昇 型

であ つ て、 此 の點 に 關す る 限 り 全 く 盛 岡 式 で あ る。 同 縣 南 魚 沼 郡鹽 澤 町 附 近 、 中 頸 城 郡 保 倉 村 ( 直 江 津 町 附近 )

も 此 の點 に 關 し て は津 川 町 と よ く 似 て ゐ る や う であ る 。 以 北 の新 潟 市 ・山 形 縣 酒 田 市 は 勿 論 盛 岡 式 であ る。   (ロ  ) 此 に 封 し て群 馬 縣 利 根 郡 沼 田 町 方 言 では 、

﹁牛 ﹂ ﹁梅 ﹂ ﹁柿 ﹂ ﹁風 ﹂ ﹁顔 ﹂ ﹁口﹂ ﹁首 ﹂ ﹁酒 ﹂ ﹁竹 ﹂ ﹁爪 ﹂ ﹁鳥 ﹂ ﹁箱 ﹂ ＝平 板 型

}＝ 上昇型

﹁石 ﹂﹁音 ﹂ ﹁川 ﹂ ﹁紙 ﹂ ﹁弦 ﹂ ﹁橋 ﹂ ﹁旗 ﹂ ﹁町 ﹂ ﹁胸 ﹂(﹁ 夏 ﹂ ﹁冬 ﹂ ﹁雪 ﹂)

﹁足 ﹂ ﹁池 ﹂ ﹁犬 ﹂ ﹁馬 ﹂ ﹁腕 ﹂ ﹁髮﹂ ﹁草 ﹂ ﹁ 鳥 ﹂ ﹁炭 ﹂ ﹁繩﹂ ﹁花 ﹂ ﹁腹 ﹂

  で あ つて全 然 東 京 式 であ る 。 以 南 の同 縣 澁 川 町 、 前 橋 市 、 桐 生 市 、 栃 木 縣 足 利 市 な ど は 勿 論 沼 田 町 に 準 ず る。

  即 ち ﹁石 ﹂﹁音﹂ ﹁川﹂ ﹁紙 ﹂ ⋮ ⋮ の ア ク セ ント は 三 國 山脈 以 北 では 全 然 盛 岡 式 に 平 板 型 で あ り 、 以 南 で は 全 然

東 京 式 に上 昇 型 のや う で あ る 。 北 信 地 方 は稍々 疑 問 が あ る が、 新 潟 ・群 馬 縣 境 附 近 に は 盛 岡 式 ア ク セ ント と 東 京

式 ア ク セ ント と の間 に は 可 成 り ハツキ リ し た 境 界 線 が 認 め ら れ る 。 こ れ は 前 節 に考 察 し た東 京 ・廣 島兩 方 言 の場 合 に 境 界 線 が 認 め ら れ な か つた の と 可 成 り 著 し い對 比 を 爲 す 。

 ( 註)  長 野市 出身 の友 人 の發音 に據 れば 、前 表 の中 、﹁石 ﹂ ﹁川﹂ ﹁紙﹂ ﹁橋 ﹂ は明 か に平 板 型 で盛 岡 式 である こ と が認 め

られ た が ﹁町 ﹂﹁夏 ﹂ ﹁冬﹂ など の型 には疑問 があ つた。南 信 地方 のアク セ ント は未 知 であ る。

  即 ち 東 京 ・盛 岡兩 ア ク セ ント の相 異 は 、 東 京 ・廣 島兩 ア ク セ ント の 相 異 以 上 に 何 かあ る の で は な いか と 疑 は れ

る 。 そ し て 系 統 の異 る 他 の方 言 で これ ら が ど ん な 型 で發 音 さ れ てゐ る か を 比 較 し て 見 る と、 此 の 疑問 は益々 濃 く 成るやう である。   先 づ、 松 江 方 言 で代 表 さ れ る 出 雲 方 言 ︹1 を3取︺上 げ て見 よ う 。

 六

  松 江 方 言 の ア ク セ ント に つ い ては 、 大 原 孝 道 氏 に 詳 し い御 研 究 が あ る 。 服 部 先 生 が そ れ を 御 自 身 の ノ ー ト に寫

さ れ た のを 見 せ て頂 く こと が 出 來 た の で 、 今 そ れ に從 つて 松 江 方 言 二 音 節 名 詞 の ア ク セ ント を 概 述 す れ ば 、 次 の や う であ る 。

 (a  ) 松 江 方 言 に は 平 板 ・上 昇 ・下降 三 種 の型 が あ る。 京 都 方 言 の上 昇 型 甲 乙 二類 に對應 す る や う な 型 の區 別 の な い こと は東 京 方 言 同樣 であ る。

以上 の語 の中 無記 號 のも のは東 京京 都 で共 に平 板型 、圈點 であ るも のは東 京 で上昇 型、 京 都 で下降 型 であ つた。

  ハコ ﹁箱 ﹂  ハシ ﹁橋 ﹂  ハタ ﹁旗 ﹂  ハナ ﹁鼻 ﹂  マチ ﹁町 ﹂ ミ チ ﹁道 ﹂ ム ネ ﹁胸 ﹂

  カ ミ ﹁紙 ﹂  ク チ ﹁口﹂  ク ビ ﹁ 首 ﹂  サ ケ ﹁酒 ﹂  タ ケ ﹁竹 ﹂  ツ ル ﹁弦 ﹂  ツメ ﹁爪 ﹂  ト リ ﹁ 鳥﹂

イ  シ ﹁石 ﹂  ウ シ ﹁牛 ﹂  ウ メ ﹁梅 ﹂  オ ト﹁ 音﹂  カ キ ﹁柿 ﹂  カ ゼ ﹁風 ﹂  カ ワ ﹁川 ﹂  カ オ ﹁ 顔﹂

 (b  ) 平 板 型 に屬 す る 語 は 左 の如 し。

 

 

 

タ ネ ﹁種 ﹂ ナ ワ ﹁繩﹂  ハナ ﹁花 ﹂  ハラ ﹁ 腹 ﹂  ホ ネ ﹁骨 ﹂  マ ツ ﹁松 ﹂  マド ﹁窓 ﹂  マ エ ﹁前 ﹂

ウ デ ﹁腕 ﹂  カ サ ﹁笠 ﹂  カ タ ﹁肩 ﹂  カ ミ ﹁髮﹂  ク サ ﹁草 ﹂  シ マ ﹁島 ﹂  ス ミ ﹁炭 ﹂  ソ ラ ﹁空 ﹂

ア シ ﹁足 ﹂  ア ト ﹁跡 ﹂  ア メ ﹁雨 ﹂  イ キ ﹁ 息 ﹂  イ ケ ﹁池 ﹂  イ ヌ ﹁犬 ﹂  ウ ス ﹁臼 ﹂  ウ マ ﹁馬 ﹂

 (c  ) 上 昇 型 に屬 す る 語 は 左 の如 し 。

 

ミ ミ ﹁耳 ﹂  ヤ マ ﹁山﹂  ユビ ﹁指 ﹂

以 上 の語 の中 、黑點 あ るも のは東 京 で上 昇 型、京 都 で下降 型、無 記 號 のも のは東 京 で 下降 型、 京 都 で 上昇 型 ( 甲

   

類 又 は乙類 ) であ つた。

以 上 の語 はす べて東京 で下降 型、京 都 で は上昇 型 甲又 は乙 であ つた。

アキ ﹁秋 ﹂  サ ル ﹁猿 ﹂  ツ ル ﹁鶴 ﹂  ハシ ﹁箸 ﹂  ハリ ﹁針 ﹂

  (d  ) 下 降 型 に屬 す る 語 は 左 の如 し 。    

以 上 (a) (︱ d を) 通覽 す る に 、 (b () c で) は 何 れ に 近 いと も 言 は れ な いが 、 (a () d で) は 東 京 方 言 と 一致 し 、 京 都 方 言 と は 異

る故 、 結 局 出 雲 方 言 は盛 岡 方 言 同樣 乙 種 方 言 の方 に 近 いと 言 へよ う 。一 音節又 は 三 音 節 以 上 の名 詞、 或 は 動 詞 ・ 形容 詞 の ア ク セ ント を 比 較 し て 見 ても 略々 同樣 な 傾 向 が 見 え る や う であ る 。

 ( 註)   松 江方言 の上昇 型は 助詞に續 く 場合 、 甲 乙二樣 の續き方 をす る が、 これ は母音 の廣狹の 差 に據 る のであ つて、 近

に悉 し い。

畿 四 國方言 に見え るも のと は根本 的な 相 違 がある 。加 藤義 成氏 ﹁中 央出 雲方 言音 韻考 ﹂(﹃ 方言﹄第六巻第六號所載 )

  然 し 此處 に 注 意 す べ き は 、 遠 く 海 を 隔 てた 北奧 方 言 と の類 似 で あ る 。 即 ち 、 東 京 ・廣 島兩 方 言 で 上 昇 型 の名 詞

は 、 盛 岡 方 言 で は 一部 は 上 昇 型 、 一部 は 平 板 型 に 成 つて ゐ て、 そ の分 れ 方 は 次 のや う であ つた 。

  (イ  ) ﹁足 ﹂ ﹁池 ﹂ ﹁犬 ﹂ ﹁腕 ﹂ ﹁馬 ﹂﹁髮﹂ ﹁草 ﹂ ﹁島 ﹂ ﹁炭 ﹂ ﹁繩﹂ ﹁花 ﹂ ﹁腹 ﹂ ﹁骨 ﹂ ﹁耳 ﹂ ﹁山﹂ ﹁指 ﹂ ( 以 上東京 ・廣 島 ・盛岡 とも に上 昇 型)

  (ロ  ) ﹁石 ﹂ ﹁音﹂ ﹁川 ﹂ ﹁紙 ﹂ ﹁弦 ﹂ ﹁橋 ﹂ ﹁旗 ﹂ ﹁町 ﹂ ﹁胸 ﹂ (﹁夏 ﹂ ﹁冬﹂ ﹁雪 ﹂ ﹁梨 ﹂ ⋮ ⋮ ) ( 以 上 東 京 ・廣 島 上 昇 型、 盛 岡 で は平板 型)

所 が 此處 に 松 江 方 言 でも 東 京 ・廣 島 の上 昇 型 の名 詞 は 、 一部 が上 昇 型 、 一部 が平 板 型 に成 つて ゐ る の で あ つて、 そ の分 れ 方 は 次 のや う であ る 。

  (い  ) ﹁足﹂ ﹁池 ﹂ ﹁犬 ﹂ ﹁腕 ﹂ ﹁馬 ﹂ ﹁髮﹂ ﹁草 ﹂ ﹁島 ﹂ ﹁炭 ﹂ ﹁繩﹂ ﹁花 ﹂ ﹁腹 ﹂ ﹁骨 ﹂ ﹁耳 ﹂ ﹁山 ﹂ ﹁指 ﹂ ( 以 上東 京 ・廣 島 ・松 江とも に上昇 型)

  (ろ  ) ﹁石 ﹂﹁音﹂ ﹁川 ﹂ ﹁紙 ﹂ ﹁弦 ﹂ ﹁橋 ﹂ ﹁旗 ﹂ ﹁町 ﹂ ﹁胸 ﹂ (﹁夏 ﹂ ﹁冬﹂ ﹁雪 ﹂ ﹁梨 ﹂ ⋮ ⋮ ) (以上 東 京 ・廣 島 上 昇 型、 松 江 では平板 型 )

上 昇型

盛岡 方言 松江

︷

}＝平板型

右 (イ)(ロ)於 (て い、 )( (ろ イ の) ) 語に彙 と(い の)語彙 と は そ つく り 一致 し 、(ロ の) 語 彙 と (ろ の) 語 彙 と は そ つく り 一致 す る 。即 ち

﹁牛 ﹂ ﹁梅 ﹂ ﹁柿 ﹂ ﹁風 ﹂ ﹁顔 ﹂ ﹁口 ﹂ ﹁首 ﹂ ﹁酒 ﹂ ﹁竹 ﹂ ﹁爪 ﹂ ﹁鳥 ﹂ ﹁ 箱 ﹂ ﹁鼻 ﹂

﹁足 ﹂ ﹁池 ﹂ ﹁犬 ﹂ ﹁腕 ﹂ ﹁ 馬 ﹂ ﹁髮﹂ ﹁草 ﹂ ﹁島 ﹂ ﹁炭 ﹂ ﹁繩﹂ ﹁花 ﹂ ﹁ 腹 ﹂ ﹁骨 ﹂＝

﹁石 ﹂﹁音 ﹂ ﹁川 ﹂ ﹁紙 ﹂ ﹁ 弦 ﹂ ﹁橋 ﹂ ﹁旗 ﹂ ﹁町 ﹂ ﹁胸 ﹂ ( ﹁夏 ﹂ ﹁ 冬 ﹂ ﹁雪 ﹂ ﹁梨 ﹂)

上昇型＝{

平 {板 型＝

此 の關 係 は 次 のや う な 表 に纏 め 上 げ る こ と が 出 來 る の であ る 。 東京  方 言 廣島

  今 京 都 方 言 、 敦 賀 方 言 、 富 山方 言 も 、 ﹁石 ﹂ ﹁音﹂ ﹁川 ﹂ ⋮ ⋮ の 一群 は 、 ﹁足 ﹂ ﹁池 ﹂ ﹁犬 ﹂ ⋮ ⋮ の 一群 と 同 型 であ

つて 、 ﹁牛 ﹂ ﹁梅 ﹂ ﹁柿 ﹂ ⋮ ⋮ の 一群 と は 異 る 型 に屬 し て ゐ る こ と 、 東 京 ・廣 島 方 言 と 全 く 同樣 であ る 。 即 ち 北 奥

方 言 と 出 雲 方 言 と は 遠 く 隔 絶 し て ゐ な が ら 此 の點 で奇 蹟 的 な 照應 を 示 し て ゐ る と 云 ふ べき で あ る 。

の活用 形、 複合 語 のアク セ ント に於 て殊 に著 し い。

一般 に出雲 方 言 がア クセ ント にお いて 山陽方 言及 東海 道方 言 と異 り北奧 方 言 と似 てゐ る點 はお どろ く 程 で､ 用言

部 は上 昇 型であ つた 故、 此 の點出 雲方 言 は盛 岡方 言 に似 てゐる より一層 日本 海沿 岸 の北奧 方 言 に似 てゐる 。

又前 述 のやう に北奧 方 言中 、鶴 岡市 等 日本海 沿岸 地方 の方 言 で は東京 ・廣 島 で下降 型 の語 の中 一部 は 下降 型 、 一

であ る。

﹁音﹂等 と ﹁足﹂ ﹁ 池 ﹂等 のアク セ ント にお いて こ の二方 言 に對應 す る 型 の區別 をも つてゐな いことを 言 へば よ いの

( 富 山方 言 に ついては第 二節 の註 参照 )要 す る に北奥 方 言 ( 新潟 縣 以北 )と 出雲 方言 と の間 の地方 の方 言 では ﹁石﹂

  (註)   富 山方 言 では嚴密 な意 味 で、 ﹁石﹂﹁音﹂等 と ﹁足﹂ ﹁池﹂ 等 と が同 型 と云 へるわけ ではな いが、 便宜 上 斯く 云 ふ。

   

  尤 も 出 雲 方 言 と北奧 方 言 と は 音 韻 そ の他 の點 に 於 ても 相 通 じ る點 が 可 成 あ る や う であ る 故 、 ア ク セ ント に 關 す

る 此 の 一致 も 、 或 は さ ほど 驚 く べき こ と と 感 じ ら れ な いか も 知 れ な い。 今 、 最 後 に殘 つた ﹁型 の區 別 ﹂ のあ る 方 言 、 西 南 九 州 方 言 に つ い て此 の關 係 を 照 し 合 せ て 見 よ う 。

 七

  西 南 九 州 方 言 は平 山 輝 男 氏 が 鹿兒 島 方 言 に つ いて 詳 し い御 研 究 を發 表 さ れ て ゐ る 故 ､ 鹿兒 島 方 言 を 以 て代 表 と

す る 。 此 の方 言 で は ﹁松 ﹂ ﹁町 ﹂ の や う な 語 は 入 聲 音 の やう に マ ッ マ ッと發 音 す る 方 が 普 通 のや う で あ る が 、 此

處 で は 他 の方 言 と 比 較 す る 關 係 上 語 尾 の 母 音 ま で 丁寧 に發 音 さ れ た 場 合 の アク セ ント を 考 へる 。 氏 に 從 つて 鹿兒

島 方 言 二 音節 名 詞 の ア ク セ ント を 概 述 す れ ば 次 のや う で あ る 。

  (  a) 鹿兒島 方 言 に は 下降 ・上 昇 の 二 種 の 型 が あ る 。 東京 ・京 都 方 言 に共 通 の平 板 型 が な い。

 

カ ミ ﹁紙 ﹂  ク チ ﹁口﹂  ク ビ ﹁首 ﹂  サ ケ ﹁酒 ﹂  タ ケ ﹁竹 ﹂  ツメ ﹁爪 ﹂  ツ ル ﹁弦 ﹂  ト リ ﹁鳥 ﹂

イ シ ﹁石﹂  ウ シ ﹁牛 ﹂  ウ メ ﹁梅 ﹂  オ ト ﹁音 ﹂  カ キ ﹁柿 ﹂  カ ゼ ﹁風 ﹂  カ ワ ﹁川 ﹂  カ オ ﹁顏﹂

  (b  ) 下 降 型 に屬 す る語 は 左 の如 し 。

 

ハ コ ﹁箱 ﹂  ハシ ﹁橋 ﹂  ハタ ﹁旗 ﹂  ハナ ﹁鼻 ﹂ マチ ﹁町 ﹂ ム ネ ﹁胸 ﹂

あ つた。

以 上 の語 の中、 (イ無)記 號 のも のは東 京 ・京 都 でと も に平板 型、 (ロ圏 )點 あ るも のは東 京 で上昇 型、 京 都 で下降 型 で

   

 

 

ス ミ ﹁炭 ﹂  ソ ラ ﹁空 ﹂  タ ネ ﹁種 ﹂  ツ ル ﹁鶴 ﹂  ナ ワ ﹁繩﹂  ハシ ﹁箸 ﹂  ハナ ﹁花 ﹂  バラ ﹁腹 ﹂

ウ デ ﹁腕 ﹂  ウ マ ﹁馬 ﹂  カ サ ﹁笠 ﹂  カ タ ﹁肩 ﹂  カ ミ ﹁髮﹂  ク サ ﹁草 ﹂  サ ル ﹁猿 ﹂  シ マ ﹁島 ﹂

アキ ﹁秋 ﹂  ア シ ﹁足 ﹂  ア ト ﹁跡 ﹂  ア メ ﹁雨 ﹂  イ ケ ﹁池 ﹂  イ キ ﹁息 ﹂  イ ヌ ﹁犬 ﹂  ウ ス ﹁臼 ﹂

  (  c) 上 昇 型 に屬 す る 語 は 左 の 如 し 。

 

ハリ ﹁針 ﹂  ホ ネ ﹁骨 ﹂  マ ツ ﹁松 ﹂  マド ﹁窓 ﹂  マ エ ﹁前 ﹂  ミ ミ ﹁耳 ﹂  ヤ マ ﹁山 ﹂  ユビ ﹁指 ﹂

以 上 の語 の中 黒點あ るも のは東京 で上 昇型 、京 都 で下降 型、 無 記號 のも のは 東京 で下 降型 、京 都 で上昇 型 であ つた 。

   

以 上 (a) (︱ c を) 通 覧 す る に 、 (a 又) は (b の) (イ で) は 東 京 ・京 都 の何 れ と も 異 り、 (c で) も 東 京 ・京 都 の何 れ に 近 いと も 言

ひ 難 く 、 結 局 西 南 九 州 は 甲 種 方 言 乙 種 方 言 の兩 方 か ら 可 成 り 離 れ た 特 別 の方 言 の や う に見 え る 。 そ し て 強 ひ て 甲

乙 方 言 のど ち ら に近 いか と 言 ふ の に、 先 の北奧 方 言 、 松 江 方 言 と は 逆 に 、 服 部 先 生 、平 山 輝 男 氏 も 指 摘 さ れ た 如

く 、 甲 種 方 言 に近 い の では な いか と 思 は せ る點 があ る 。 これ は一 音節 名 詞 又 は 動 詞 形 容 詞 のア ク セ ント を 比 較 し て も 略々 同 様 な 傾 向 が 見 え る。

 ( 註)   鹿兒 島 アク セ ント に つ いて は、平 山 輝男 氏 ﹁南 九 州 アク セ ント の 研究 (﹂ 一) ( ﹃ 方 言﹄第 六卷第 四號 所載)﹁同 (﹂ 二)

( ﹃ 方 五言 )﹄ ﹂第 (二卷第四號所載) に見え る。 但し ﹃アク セ ント と 方 言﹄ (﹁ 國語科學講座﹂中 の 一冊)七〇 頁を

( ﹃ 方 言 ﹄ 第 六卷 第 五 號 所載 ) に 詳 し い。 服 部 先 生 の鹿兒 島 ア ク セ ント に つ い て のお 考 へは 既 に ﹁國 語 諸 方 言 の ア ク セ 442

ント 概觀 も参 照 の こと 。

 

第 二群 名 詞＝ ﹁石﹂ ﹁音 ﹂ ﹁川 ﹂ ﹁紙 ﹂ ﹁弦 ﹂ ﹁橋 ﹂ ﹁旗 ﹂ ﹁町 ﹂ ﹁胸 ﹂ (﹁夏 ﹂ ﹁冬 ﹂ ﹁雪 ﹂ ﹁梨 ﹂)

第 一群 名 詞＝ ﹁牛 ﹂ ﹁梅 ﹂ ﹁柿 ﹂ ﹁風 ﹂ ﹁顔 ﹂ ﹁口﹂ ﹁首 ﹂ ﹁酒 ﹂ ﹁竹 ﹂ ﹁爪 ﹂ ﹁鳥 ﹂ ﹁箱 ﹂ ﹁鼻 ﹂ ﹁道 ﹂

  所 が此 の や う な 性 質 を も つ鹿兒 島 方 言 に 、 出 雲 方 言 、 北 奥 方 言 に通 ふ 貼 が見 出 だ さ れ る の であ つて 、 即 ち

 

第 三 群 名 詞＝ ﹁足﹂ ﹁池 ﹂ ﹁犬 ﹂ ﹁腕 ﹂ ﹁馬 ﹂ ﹁髮﹂ ﹁草 ﹂ ﹁島 ﹂ ﹁炭 ﹂ ﹁繩﹂ ﹁花 ﹂ ﹁腹 ﹂ ﹁骨 ﹂ ﹁耳 ﹂ ﹁山 ﹂ ﹁指 ﹂

第 一群名詞  第 二群 名詞 第 三群 名詞  

異型

}同型

  に 於 て先 に

}同型 

異型  

 (A  ) 東 京・ 京 都・ 廣 島・ 高 知 (及 そ の同 系 ) 方 言 で は  (B)  盛 岡・ 松 江 方 言 で は

第 一群名詞   第 二群名 詞  第 三群名 詞

な る 關 係 があ つた。 所 で 今 鹿兒 島 方 言 に つ い て見 る と 、

  (イ  ) 第一 群 名 詞 ﹁牛 ﹂ ﹁梅 ﹂ ﹁柿 ﹂ ﹁風 ﹂ ﹁顔 ﹂ ﹁口﹂ ﹁首 ﹂ ﹁酒 ﹂ ﹁竹 ﹂ ﹁爪 ﹂ ﹁鳥 ﹂ ﹁箱 ﹂ ﹁ 鼻 ﹂ ﹁道 ﹂ はす べ て 下降 型 、

  (ロ  ) 第 二群 名 詞 ﹁石﹂ ﹁音 ﹂ ﹁川 ﹂ ﹁紙 ﹂ ﹁弦 ﹂ ﹁橋 ﹂ ﹁旗 ﹂ ﹁町 ﹂ ﹁胸 ﹂ ( ﹁夏 ﹂ ﹁冬 ﹂ ﹁雪 ﹂ ﹁梨 ﹂) は す べて 下 降 型、

}同型

  (ハ  ) 第 三 群 名 詞 ﹁足﹂ ﹁池 ﹂ ﹁犬 ﹂ ﹁腕 ﹂ ﹁馬 ﹂ ﹁髮﹂ ﹁草 ﹂ ﹁島 ﹂ ﹁炭 ﹂ ﹁繩﹂ ﹁花 ﹂ ﹁腹 ﹂ ﹁耳﹂ ﹁山﹂ ﹁指 ﹂ は す べて 上昇 型 であ る 故 、 第 一群名 詞  第 二群名 詞

 

第 三群名 詞 

異型

と 成 り 、 計 ら ず も 盛 岡 ・松 江 方 言 と 揆 を 一にす る 。

  此處 に 以 上 諸 方 言 の比 較 を 表 示 す れ ば 次 の やう に成 らう 。( 括弧内は十分調査 のす んでゐな い方言。又第 四群以下は此處

第 四群 名 詞

﹁ 秋 ﹂﹁雨 ﹂﹁猿 ﹂

第 三 群名 詞

第 五群名 詞

第 二群名 詞

第 一群 名 詞

(3  ) 東 海道 方 言 ( 代 表東 京 ) 板平 型

板平 型

上昇 型

下降 型

上昇 型

板型 平

下 降型

上 昇型

下 降型

上昇 型乙

上昇 型

上昇 型

下降 型

( 上 昇型 )

下降 型

上昇 型 甲

平 板型

上 昇型

上 昇 型乙

﹁鶴 ﹂﹁ 窓﹂

(4  ) 近 畿方 言 ( 代表 京都 ) 板平 型

下降 型

下 降型

﹁ 箸 ﹂﹁針 ﹂

(5  ) 中 國方 言 ( 代表 廣島 )

板平 型

上昇 型

下降 型

﹁草 ﹂﹁花 ﹂

(6  ) 中 央 四國 方言 ( 代 表高 知)

平板型

上昇 型

下降 型

﹁橋 ﹂﹁胸 ﹂

﹁牛 ﹂﹁梅 ﹂﹁風 ﹂ ﹁石 ﹂﹁川 ﹂﹁紙 ﹂ ﹁足 ﹂﹁犬 ﹂﹁馬 ﹂ ﹁跡 ﹂﹁息 ﹂﹁空 ﹂

(  7) ( 九州 東北 部方 言)

板平 型

上昇 型

﹁顔 ﹂﹁口﹂

(  8) ( 四國 東南 部方 言)

板平 型

下降 型

下降 型

(  9) 十津 川方 言

板平 型

上昇 型 甲

(1  0 ( 敦 )賀 方言)

板平 型

上昇 型 上昇 型

(  1富 1) 山方 言

板平 型

下降型

板平 型

上昇 型 下降 型

(  1北 2奧 )方言 ( 代 表盛 岡) (1  3 出) 雲方 言 ( 代表 松 江) (1  4 西) 南 九州方 言 ( 代表 鹿兒 島 )

には 直 接 の關 係 は な いが、 第 四群 は第 二節 細字 の條 の (d甲 )) (の語 全部 を 含 み 、第 五 群 は 同條 の(d( )) の語 全 部 を 含 む。) 乙

 ︹A  ︺ 太線 ︱

よ り 外 側 の諸 方 言 ︹12 ︹︺ 1 で ︱ 5 は︺、 第 二 群 と 第 三 群 と が 異 る 型 に發 音 さ れ て ゐ る ( 但 し ﹁型 の區 別﹂

よ り 内 側 の諸 方 言︹3︺︹ ︱1 で1 は︺、 第 一群 と 第 二 群 と が 異 る 型 に發 音 さ れ 、

 即 ち 今 四 二 五 頁 の 分布 圖 に照 し合 せ て見 れ ば 、

 ︹B  ︺ 太 線︱ のな い(1 () 2 の方 ) 言 を除 く)

屋﹂ と 云 ふ形 に ついて比 べて見 る と、 上昇 型 ﹁ 花 ﹂ ﹁紙 ﹂ な ど に つ け ば

ヤ マ マ ワ リ 、 シ モ バ シ ラ な ど 、 下 降 型 ﹁鯉 ﹂ ﹁黍 ﹂ 等 第 四 群 第 五 群 を 先 部 に も つ 複 合 語 は コヒ ノボ リ 、 キ ビ タ ンゴ

こ れ に對 し て 一方 盛 岡 方 言 ・松 江 方 言 で は 上 昇 型 ﹁花 ﹂ ﹁山 ﹂ ﹁霜 ﹂ 等 第 三 群 を 先 部 にも つ複 合 語 は ハナ ザカ リ 、

群 以 下 と に 二 大 別 さ れ て ゐ な い。

方 言 と 一致 す る 。 高 知 方 言 も 同樣 か と 思 は れ る 。 敦 賀 方 言 、 富 山 方 言 は 未 詳 であ る が 、 少 く と も 第 二 群 以 上 と 第 三

る と は 云 へな いや う であ る 。 但 し 第 二 群 以 上 と 第 三 群 以 下 と に 二 大 別 さ れ て ゐ な い こ と だ け は 確 實 故 、 こ の點 東 京

味 が な い と の こ と で あ る 。 即二 音 節 名 詞 は 東 京 方 言 に 於 る や う に必 ず し も 第 一群 と 第 二 群 以 下 と に 二 大 別 さ れ て ゐ

 京 都 方 言 は 池 田要 氏 の 御 研 究 に據 れ ば 、 あ ら ゆ る 型 を平 板 ・起 伏 二 式 に 分 け る こ と は 他 の方 言 と は 異 り 、餘 り 意

國 方 言 、 九 州 東 北 部 方 言 、 四 國 西 南 部 方 言 、 十 津 川 方 言 も 同樣 か と 思 は れ る 。

る 故 、 東 京 方 言 二音 節 名 詞 は ア ク セ ント か ら 見 て 、 第 一群 名 詞 と 第 二群 名 詞 以 下 と に 二 大 別 さ れ る わ け で あ る 。 中

の條 そ の他 に は澤 山 の例 が擧 つて ゐ る) 今 東 京 方 言 で は 、 第 一群 が 雫 板 型 、 第 二 群︱ 第 五 群 が 上 昇 型 又 は 下 降 型 で あ

つけ ば タ ケ ヤ   ア メ ヤ と 成 つ て ハツ キ リ 異 る 類 で あ る 。( 佐 久 間博 士 ﹃ 日本 音 聲 學 ﹄第 十 七章 ﹁ア ク セ ント の保存 及轉 化 ﹂

ハナ ヤ  カ ミ ヤ 、 下 降 型 ﹁ 傘 ﹂ ﹁屋 根 ﹂ な ど に つ け ば カ サ ヤ   ヤ ネ ヤ で 同 じ 型 に 成 る が 、 平 板 型 ﹁竹 ﹂ ﹁ 飴﹂などに

と を 明 か に さ れ た 。 一例 を あ げ れ ば ﹁ ︱

三 型 の中 、上 昇型 と下降 型 とは 性質 が似 て居 て ( 起 伏 式)、 平板 型 は これ ら 二 つに對 立 の立 場 にあ る (平 板式)こ

 ( 註)   佐 久間 鼎博 士は東 京 方 言 にお いて ﹁ 式 保存 の法 則﹂ を發 見 さ れ、 ( 例 へば 二音節 語 の中 では )平 板、 上昇 、 下降

 

な ど で 同 じ に 成 る が 、平 板 型 ﹁牛 ﹂ ﹁ 梅 ﹂ ﹁町 ﹂ ﹁夏 ﹂ 等 第 二群 第 二 群 を 先 部 に も つ複 合 語 は ウ シ グ ル マ、 ウ メ バ ヤ

シ、 マチ ハヅ レ、ナ ツミカ ンなど で ハツキ リ 異る。 (これら の語 はす べて盛 岡 ・松江 で 一致し て ゐる。) 即 ち此 の方

言 では 二音節 名 詞 は第 二群以 上と 第三 群 以下 と に 二大 別 さ れ るわ け であ る。 ( 序 に 東京 方 言 で は佐 久間 博 士も 云 は

れ たや う に、 ﹁式保存 の法 則﹂ には隨 分例 外 が あ る。京 都 方言 も 同 様ら し い。 一方 盛 岡 松江 雨 方言 では ﹁式保 存 の

法 則﹂ は非 常 に嚴然 とし て ゐるや う であ る。 これ は東京 ・京 都 のや うな 方言 は最 近 型 の大 攣化 を した こと を 暗示 す

 即ち 以上 を綜 合す れば 、太 線以 外 の諸方 言 では第 二群 以 上と第 三 群と が 明暸 に型 の對立 をな し て ゐる が、太 線 以

る のではあ るま いか。)鹿兒 島 方 言 が第 二群 以 上と第 三群 以 下と に二大別 さ れる こと は云 ふま でも な い。

内 の諸方 言 で は第二 群と 第三 群と が合 同 し てゐ て此 のやう な對 立 は 認 めら れな い。 ( あ る方 言 では 第一 群 以 下と の 間 に封立 が見ら れ る)と 言 ふ こと が出 來 る。

  そ し て 服 部 先 生 か ら敎 へて 頂 いた 所 に據 れ ば 、 沖繩 縣 首 里 方 言 那 覇 方 言 、 國 頭 郡 今歸 仁 村 字 與 那 峯 の方 言 でも 、

第 一群 ﹁牛 ﹂ ﹁梅 ﹂ ⋮ ⋮ に當 る 語 と 、 第 二 群 ﹁石 ﹂﹁音﹂ ⋮ ⋮ に當 る 語 と は 同 じ 型 に發 音 さ れ 、 第 二 群 に 當 る 語 と 、

第 三 群 ﹁足 ﹂ ﹁池 ﹂ ⋮ ⋮ に 當 る 語 と は 異 る 型 で發 音 さ れ て ゐ る と の お 話 で あ つた 。

  以 上 の事 實 は 、 彼 の柳 田 國 男 先 生 の ﹁方 言 周 圏説 ﹂ を 思 ひ起 さ せ る 。 即 ち盛 岡 ・松 江 ・鹿兒 島 ( 及琉 球)等周 縁 の諸 方 言 に共 通 の性 質 は 、 實 は古 い國 語 の 姿 を 反 映 し て ゐ る の で あ って 、

  ︹A  ︺ 東京 ・京 都 ・廣 島 ・高 知 方 言 で は 今 で こ そ 第 二群 と 第 三 群 と を 同 じ 型 で發 音 し て ゐ る が 、 古 く は 或 は 周 縁 の方 言 のや う に これ ら を 異 る 型 で發 音 し て ゐ た の で は な か ら う か 。

  ︹B  ︺ 東 京 ・京 都 ・廣 島 ・高 知 諸 方 言 で は今 で こそ 第 一群 と 第 二 群 と は 可 成 り か け は な れ た 性 質 を も つて ゐ る が 、

古 く は 或 は 周 縁 の方 言 のや う に 、 これ ら は 全 然 同 じ 型 であつ た と 言 は れ な いま で も 、 少 く と も 可成 り 性 質 の 似 た 型 であ つた の で は な か ら う か 。 と思 はれる のである。

( 唯 類 似 し て ゐ る と 云 ふ の で は な く て ) 全 然 同 じ 型 だ つた ら う と 考 へ て も よ さ さ

( 註)   現 在奧 羽 ・出 雲 ・西 南 九 州 ・琉 球 方 言 と も 、 第 一群 と 第 二 群 と を 全 然 同 じ 型 で發音 し て ゐ る 。 そ れ 故 、 中 央 諸 方 言 で も 、 も と 、 第 一群 と 二 群 と は

う に 思 は れ る 。 然 る に 一般 にも と 同 型 で あ つた 一群 の語 が 二 つの 型 に 別 れ る に は音 韻 の相 異 そ の他 の條 件 が な け れ

ば な ら な い と 思 は れ る の に 、 現 在 の所 第 一群 と 第 二 群 の 間 に は 何 等 さ う 云 ふ も の が 見 當 ら な い。 即 ち 第 一群 と 第 二

群 と は も と よ く 似 た 型 で あ つた 、 そ れ 故 、 北奧 ・出 雲 、 西 南 九 州 の方 言 で 此 の間 に 型 の混 同 が 起 つた と 見 る 方 が穩

當 であ る。 ( 以 上 は 全 く 服 部 先 生 の 御敎 示 に よ る 。 實 は 私 は 第 一群 と 第 二 群 と を 全 然 同 じ 型 に發 音 し て ゐ る 邊 境 三

方 言 は そ つく り 古 い時 代 の ア ク セ ント を 反 映 し て ゐ る と 考 へ て ゐ た の であ つた 。)

此 の點 に 關 し て は 此處 に 注 意 す べ き 方 言 が あ る の で あ つ て、 服 部 先 生 が 甲 種 方 言 中 で 異 色 あ り と し て注 目 さ れ て ゐ

た 四 國 の 香 川 縣 の方 言︹1が 6即 ︺ ち そ れ であ る 。( ﹁國 語 諸 方 言 のア ク セ ント 概觀 (﹂ 三) 前 出 ) 今 高 松 方 言 に つ い て、 同 地 出

(b  ) 平 板 型 の名 詞 は 左 の如 し 。

(a  ) 高 松 方 言 に は平 板 、 上 昇 、 下 降 三 種 の型 が あ り 、 上 昇 型 に は 京 都 方 言 同樣 の甲 乙 二 類 の 別 が あ る 。

身 の 稻 垣 正 幸 氏 よ り 詳 細 な 御 研 究 を 見 せ て 頂 いた の で、 氏 に 從 つ て高 松 方 言 の 二 音 節 名 詞 ア ク セ ント を 概 述 す れ ば 、  

﹁秋 ﹂ ﹁雨 ﹂ ﹁音 ﹂ ﹁川 ﹂ ﹁猿 ﹂ ﹁ 鶴 ﹂ ﹁旗 ﹂ ﹁前 ﹂ ﹁窓 ﹂ ﹁胸 ﹂ ( 以 上 の 中 圏點 あ る も の は 第 二 群 、 無 記 載 の も の は 第

(e  ) 上 昇 型 乙 類 の名 詞 は 左 の 如 し 。

﹁跡 ﹂ ﹁息 ﹂ ﹁臼 ﹂ ﹁笠 ﹂ ﹁肩 ﹂ ﹁ 空 ﹂ ﹁種 ﹂ ﹁箸 ﹂ ﹁ 針﹂ ( 以 上 は す べ て 第 四 群 で あ つた )

(d  ) 上 昇 型 甲 類 の名 詞 は 左 の如 し 。

﹁石 ﹂ ﹁紙 ﹂ ﹁弦 ﹂ ﹁橋 ﹂ ﹁町 ﹂ (以 上 は す べ て 第 二 群 で あ つた )

(c  ) 下 降 型 の名 詞 は 左 の如 し 。

あ つた )

﹁箱 ﹂ ﹁鼻 ﹂ ﹁花 ﹂ ﹁腹 ﹂ ﹁骨 ﹂ ﹁道 ﹂ ﹁耳 ﹂ ﹁山 ﹂ ﹁ 指﹂ ( 以 上 の中 無 記 號 のも のは 第 一群 、黑點 あ る も の は 第 三 群 で

﹁足 ﹂ ﹁ 池 ﹂ ﹁犬 ﹂ ﹁牛 ﹂ ﹁馬 ﹂ ﹁ 腕 ﹂ ﹁梅 ﹂ ﹁柿 ﹂ ﹁風 ﹂ ﹁髮﹂ ﹁草 ﹂ ﹁口 ﹂ ﹁ 首 ﹂ ﹁酒 ﹂ ﹁ 島﹂﹁ 炭﹂﹁ 竹 ﹂ ﹁爪 ﹂ ﹁鳥 ﹂ ﹁繩﹂

   

         

 

五 群 で あ つた )

右 の中 (( ac ) () d に) よ つて京 都方 言 に近 いこと疑 な い。 (又後 に述 べるや う に他 の點 に おけ る アク セ ント の相 違 も院 政 時 代以 後 に出來 た らし いことが推 測さ れ る。)

  今此 の方 言 で第 二群 は 一部 は 下降 型 に一部 は乙 類 に入 つてゐ る の であ る。 ( 徳島 縣 池 田町 の田原 力 氏 より の御敎

に分屬 し てゐる のに對し 、池 田方 言 では全 部 が下降 型 に成 つてゐ るやう であ る。 今高 松方 言 で分屬 の状態を 見 る の

示 によ れば 、同 地方 言 は非常 に高 松方 言 と似 てゐ るやう であ つて、 唯々 異 る點 は、第 二群 名 詞 が高松 で は二 つの型

い母音 で終 つてゐ る故、 これら はも と池 田町方 言 のやう に全部 下降 型 であ つた の ではな いか と思 はれ る。 な ほ第二

に、 下降 型 の ﹁石﹂ ﹁紙﹂ ⋮⋮ ﹁町 ﹂ は語 尾 が狹 い母 音︹i︺で ︹終 uつ ︺て居 り、 上 昇 型 の ﹁音﹂ ﹁川﹂ ﹁旗 ﹂ ﹁ 胸 ﹂ は廣

ゐる こと京 都方 言 とは 異り、 邊境 方言 と 一致 し てゐる 。 ( 京 都 方言 によ く似 てゐ る高 松方 言 に斯樣 な 性質 のあ る の

節 の富 山方 言、第 三節 の鶴 岡 方 言 の條 比較 。) 一方 第 三群 の名 詞は平 板 型 に 成 つて ゐ て、第二 群 が別 の型 に屬 し て

は京 都 方言 も古 く は第 二群 と第三 群 と が別 の型 であ つたら う と の推 測を 助 け る。) 所 が 一方 北奧 、出 雲、 西 南九 州

で同 じ型 に成 つて ゐた第 一群 と第 二群 と は此 の方 言 では異 る 型に屬 し てゐ て、第 一群 は平 板 型、第 二群 は下降 、上

昇 乙 の兩型 であ る こと上 述 の通 り であ る。 ( 池 田方 言 でも 第 一群 は平板 型、第 二群 は下 降 型 で、異 る 型 に屬 し て ゐ る 。)

  此 のや う な 方 言 も 見出 だ さ れ る故 、 北奧 、 出 雲 、 西 南 九 州 のや う な 第 一群 と 第 二 群 と が同 じ 型 であ る の が古 い 形 で あ る と は 俄 か に 言 ひ き れ な い譯 であ る。

 八

  さ て 現 在 の所 、 過 去 のア ク セ ント を 記 載 し た 文獻 は 極 め て稀 で あ つて 、 右 東 京 ・京 都 ・廣 島 ・高 知 四 方 言 の中 、

廣 島 ・高 知 の二 方 言 に つ い ては ま だ 一つも 見 付 か らな いや う で あ る 。 東 京 方 言 に つ い ては 江 戸 時 代 の中 頃 ま で は

チ ラ ホ ラ ア ク セ ント の 記 載 があ る け れ ど も 、 何 れ も斷 片 的 な 資 料 ば か り であ つて 、 當 時 東 京 方 言 の二 音節 名 詞 に

は 幾 種 類 の 型 が あ つた か さ へも 分 ら な い 状 態 であ る。 ま し て 問 題 の 第 二 群 ﹁石 ﹂ ﹁音﹂ ⋮ ⋮ と 、 第 三 群 ﹁足﹂

﹁池 ﹂ ⋮ ⋮ と が 、 同 じ 型 あ つた か 、違 ふ 型 であ つた か に つ い て、 或 は 第 一群 ﹁牛 ﹂ ﹁梅 ﹂ ⋮ ⋮ と 、 第 二 群 ﹁石 ﹂ ﹁音 ﹂ と は ど ん な 關 係 に あ つた か 、 に つ いて は、 全 然 見 定 め る こと が 出 來 な い。

  唯々 京 都 方 言 だ け は平 安 時 代 の中 期 以 後 、 江 戸 時 代 の末 期 に 至 る ま で 、 可 成 り のア ク セ ント 資 料 が あ る や う で

あ つて 、 殊 に 院 政 時 代 前 後 と 江 戸 時代 初 期 と には 可成 り優 れ た 資 料 が殘 つ てゐ る や う であ る 。

  此處 に ﹃類 聚 名 義 抄 ﹄ ( 十卷 ) は 、 山 田 孝 雄 博 士 に據 れ ば 後 一條 天 皇︱ 堀 川 天 皇 の 頃 に 出 來 た と 推 定 さ れ る 漢

字 の字 書 であ る が、 今觀 智 院 本 に つ いて 見 る と 、 漢 字 又 は 漢 語 の 下 に注 記 し た 和 訓 の中 に 次 のや う に 假 名 の左

牛  ウシ ﹁ 佛下末卷 一枚ノ表)  

石  イ シ ( 法中卷 一枚 ノ表)

上 ・左 下 稀 に は 右 肩 に朱 で星點 を 施 し た も のが 可 成 多 く 見 え る の であ る 。( 二音 節名 詞 だけ で約 六百 語見 える。)   足

アシ ( 法上卷三七枚ノ表)   秋  アキ ( 法下卷七枚 ノ表)

 

  伴 信 友 の ﹁類 聚 名 義 抄 叙 並附 言 ﹂ に據 れ ば 、 屋 代 弘 賢 が所 藏 し て ゐ た ﹃類 聚 名 義 抄 ﹄ の 一異 本 に は、卷 首 に序

あ り 、 ﹁爪 は 假 名 ス の異體 ﹂ と か ﹁＼は 假 名 キ の省 劃 ﹂ と か 、 ﹃名 義 抄 ﹄ に 見 え る 假 名 字體 な ど に つ い て の 凡 例 を 掲 げ た 後 に、次 のや う な 圖 が出 て ゐ た と のこ と であ る 。

こ れ は 假 名 の三 隅 に差 し てあ る 星點 の表 は す 音價 を 示 し た も のと 見 ら れ る 。 即 ち

  (a  ) 左 下 隅 に點 を 差 し た 假 名 ( 例 、 前 圖 に 於 け る  イ シ ﹁石 ﹂ の シ 、 ア シ ﹁足 ﹂ の ア 及 び シ、 ア キ ﹁秋 ﹂ の ア

等 ) は 支 那 語 の平 聲 のや う な ア ク セ ント に、

  (b  ) 左 上 隅 に點 を 差 し た 假 名 (例 、 前 圖 に 於 け る  ウ シ ﹁牛 ﹂ のウ 及 び シ、 イ シ ﹁石 ﹂ のイ 、 ア キ ﹁秋 ﹂ の キ 等 ) は支 那 語 の上 聲 のや う な ア ク セ ント に 、

す べき こ と を 示し た も のと 思 は れ る。

  (c  ) 右 上 隅 の點 を 差 し た 假 名 ( 前 圖 に は 例 な し ) は 支 那 語 の去 聲 の やう な ア ク セ ント に 、 そ れ〓發音

 ( 註)   現存 の ﹃名義 抄 ﹄を 見 ると同 じ 語が 二度出 て來 る場 合、 大體 同 じ位 置 に點 が つ いてあ り、 又 現在諸 方 言 で同 一の

型 に發音 され てゐ る語 はや は り同 じやう に點 が差 し てあ る故 、此 の書 に見 え る アクセ ント表 記 は大體 信 用し てよ い も のと思 はれ る。

  そ れ では 二 音 節 名 詞 は 、 ど ん な 風 に點 が差 さ れ て あ る かと 云 ふ の に 、大體 次 の 四 通 り に 成 る や う で あ る 。   (a  ) 前 圖 の ウ シ のや う に 二字 と も 上 聲 の 位 置 に差 し てあ るも の。   (b  ) 前 圖 のイ シ のや う に 上 字 は 上 聲 に 下 字 は平 聲 に 差 し てあ る も の 。   (c  ) 前 圖 の アシ のや う に 二字 と も平 聲 の 位 置 に差 し てあ る も の。   (d  ) 前 圖 の ア キ の やう に 上 字 は平 聲 に 下 字 は 上 聲 に 差 し て あ る も の 。

 ( 註)  ハギ ﹁腓﹂ は ハの字 は去 聲 の位置 に、 キ の字 は平聲 の位 置 に點 があ る。 そ の例 が四 ケ所 に見え る が、 ハギ二 字 と れど も、 何れ も疑 問 があ り、 又極 め て稀 な存 在 であ る故、 此處 には擧 げな い。

の型に記載 され てゐる語

も平 聲 に點を差 し た例 もあ り、 疑問 が ある 。此 のやう に上 の字 に封し て去 聲 の位 置に點 を差 し た語も な く はな いけ

今 假 に (a)(bの )や (う c) な( のd を)各   上 上 型 、 上平 型 、 平平 型 、平 上 型 、 と 呼 び 、 そ れ〓 を擧 げ れ ば 次 のや う で あ る 。   (a  ) 上 上 型 に 記 載 さ れ て ゐ るも の。

カ キ ﹁柿 ﹂ ( 佛 下本卷

﹁顏﹂ ( 佛 下 本卷 一 一枚 ノ 裏

﹁竹 ﹂ (僧卷 三 一枚 ノ表 ﹁竹 ﹂ 字

﹁首 ﹂ ﹁ 佛 下本卷 ・﹁頸 ﹂字 の條 、 他

カホ

ウ メ ﹁梅 ﹂ ( 佛 下 本卷 四二 枚 ノ 裏 ﹁ 梅 ﹂ 字 の條 ) 

﹁風 ﹂(僧下卷 二 六 枚 ノ 表 ﹁風 ﹂字 の條 三 他 三 ケ 所 )  

クビ

タケ

ト リ ﹁鳥 ﹂ (僧中卷 五 五枚 ノ 裏 ﹁ 鳥 ﹂ 字 の條 、他 一ケ所 )

﹁酒 ﹂ ﹁ 法 上卷 二 二枚 ノ裏 ﹁ 酒 ﹂ 字 ノ條 、 他 四 ケ 所)  

﹁口 ﹂ ﹁ 法上卷 二 枚 ノ 裏 ﹁ 漱 ﹂ 字 の條 、 他 四 ケ所 ) 

カゼ

ウ  シ ﹁牛 ﹂ ( 佛 下末卷 一枚 ノ表 ﹁ 牛 ﹂ 字 の條 )   五 枚 ノ 表 ﹁柿 ﹂字 の條 )   ﹁ 顔 ﹂字 の條 他 三 ケ 所)  ク チ サケ

ツ メ ﹁爪 ﹂(僧中卷 三枚 ノ裏 ﹁爪﹂ 字 の條、 他 四 ケ所 )  

三 ケ 所 、但 し 疑 例 二)   の條 )  

ミヅ

﹁水 ﹂ ( 法 上卷 一枚 ノ表 ﹁水 ﹂ 字 の條 )

ハコ ﹁ 箱 ﹂ (僧上卷 三 八 枚 ノ裏 ﹁ 箱 ﹂ 字 の條、 他 五 ケ 所)  ハ ナ ﹁鼻 ﹂ ﹁ 佛 中卷 一九 枚 ノ 裏 ﹁嚔﹂ 字 の條 、他二 ケ所 )  ミ チ ﹁道 ﹂ ﹁ 佛 上卷 二二 枚 ノ 裏 ﹁ 道 ﹂ 字 の條 、 他 二 十 二 ケ所 )  

﹁旗 ﹂

﹁胸 ﹂ ( 佛 中卷 六三

ハタ

ツ ル ﹁弦 ﹂(僧中卷

イ シ ﹁石 ﹂ ( 法 中卷 一枚 ノ 表 ﹁石﹂ 字 の 條 、 他二 ケ所 )  オ ト ﹁音﹂ ﹁ 佛 中卷 一枚 ノ 表 ﹁ 聲 ﹂ 字 の 條、 他 一ケ 所 )  カ ハ

(b)    上平 型 に 記 載 さ れ て ゐ る も の 。

カ ミ ﹁紙 ﹂ ﹁ 法 中卷 六 八 枚 ノ 表 ﹁ 紙 ﹂ 字 の條 )  

ムネ

﹁池 ﹂ ( 法 上卷一 枚 ノ 裏 ﹁ 池 ﹂ 字 の條 、他

マ チ ﹁町 ﹂ ( 佛 下 本卷 二 二 枚 ノ 裏 ﹁樞﹂ 字 の條 ) 

ハシ ﹁橋 ﹂ ( 佛 上卷 二 六 枚 ノ 裏 ﹁途﹂ 字 の條 、 他 四 ケ 所 、 但 し 異 例 二あ り) 

﹁川 ﹂ ( 佛 上卷 四 〇 枚 ノ 裏 ﹁ 川 ﹂ 字 の條、 他 一ケ所 )  一三 枚 ノ表 、 ﹁弦﹂ 字 の條 二)  

(僧中卷 一四枚 ノ 裏 ﹁ 旗 ﹂ 字 の條 、他 一ケ 所)  枚ノ裏 ﹁ 胸 ﹂ 字 の條 、 他 五 ケ 所)

イケ

ウ デ ﹁腕 ﹂ ( 佛 中卷 五 七枚 ノ表 ﹁腕﹂ 字 の條)  ウ マ ﹁馬﹂ ﹂

ス

ク サ ﹁草 ﹂

シ マ ﹁島 ﹂ ( 法 上卷 二 一枚 ノ 裏 ﹁ 洲 ﹂ 字 の條 他二 ケ所 )  

カ ミ ﹁髮﹂ ( 佛 下本卷 一七 枚 ノ表 ﹁ 髪 ﹂ 字 の條 、 他 一ケ所 )  

イ ヌ ﹁犬 ﹂ ︵ 佛 下本卷 六 四 枚 ノ裏 ﹁狗 ﹂字 の條) 

ア  シ ﹁足 ﹂ ( 法 上 谷 三 七枚 ノ表 ﹁足﹂ 字 の條 、他 一ケ所 、 但し 異 例 一あ り)  

( ) c 平   平 型 に 記 載 さ れ て ゐ る も の。

二ケ 所) 

(僧中卷 四 八 枚 ノ 裏 ﹁ 馬 ﹂ 字 の條 、 他 三 ケ 所 )  

(僧上卷 一枚 ノ 表 ﹁ 草 ﹂ 字 の條 、 他 三 ケ 所、 但 し 異 例 一あ り)  

ミ ﹁炭 ﹂ ( 法 中卷 三 四 枚 ノ 裏 ﹁墨﹂ 字 の條 、 他 一ケ 所 )  ナ ハ ﹁繩﹂ ( 法 中卷 六 六 枚 ノ 裏 ﹁繩﹂ 字 の條 、 他 四 ケ 所 ) ハ ナ

﹁花 ﹂ (僧 上卷 三 枚 ノ表 ﹁花 ﹂ 字 の條 、 他 七 ケ所 ) ハラ ﹁腹 ﹂ ( 佛 中卷 五九 枚 ノ裏 ﹁腹﹂ 字 の條 、 他 一ケ所 、 但 し 異 例 一あ り)

ホ ネ ﹁骨 ﹂ ( 佛 下本卷 三 枚 ノ 表 ﹁ 骨 ﹂ 字 の條)  

ミミ

﹁ 指 ﹂ ﹁ 佛 下本卷 二 〇 枚 ノ表 ﹁指 ﹂字 の條 )

﹁耳 ﹂ ( 佛中卷 一枚 ノ 表 ﹁聽﹂ の字 の條 、 他 一ケ 所 、但 し 異例 二あ り)

ア メ ﹁雨 ﹂ ( 法

ウ ス ﹁臼 ﹂ ( 法中

﹁跡 ﹂ ( 佛 上卷 二九 枚 ノ 表 ﹁迹﹂ 字 の條 、 他 六 ケ 所) 

ユビ

アト

ヤ マ ﹁山 ﹂ ( 法 上卷 五 三 枚 ノ 裏 ﹁山﹂ 字 の條 ) 

ア キ ﹁秋 ﹂ ( 法 下卷 七枚 ノ表 ﹁秋 ﹂字 の條 )  

  (d)  平 上 型 に 記 載 さ れ て ゐ る も の 。  

イ キ ﹁息 ﹂ ( 法 中卷 三 六 枚 ノ表 ﹁ 息 ﹂字 の條 、 他 二 ケ所 )  

ソ ラ ﹁空 ﹂ ( 佛 中卷 四六 枚 ノ 裏 ﹁ 晴﹂

﹁笠 ﹂ (僧上卷 三 三 枚 ノ 裏 ﹁笠 ﹂ 字 の條 、 他 三 ケ 所 )  カ タ ﹁肩 ﹂ ( 佛 中卷 六 三 枚 ノ 表

下卷 三三 枚 ノ表 ﹁ 雨 ﹂ 字 の條 、 但 し 疑あ り)   三卷 枚 ノ 裏 ﹁碓 ﹂ 字 の條 )  カ サ

サ ル ﹁猿 ﹂ ( 佛 上卷 四 〇枚 ノ 裏 ﹁ 申 ﹂ 字 の條、 他二 ケ所) 

  (b  )上平 型 に 記 載 さ れ て ゐ る 語

  (a  )上 上 型 に 記 載 さ れ て ゐ る 語

﹁足 ﹂ ﹁池 ﹂ ﹁犬 ﹂ ⋮ ⋮ は 全 部 第 三 群 名 詞 で あ つた 。

﹁石 ﹂ ﹁音﹂ ﹁川 ﹂ ⋮ ⋮ は 全 部 第 二 群 名 詞 で あ つた 。

﹁牛 ﹂ ﹁梅 ﹂ ﹁柿 ﹂ ⋮ ⋮ は 全 部 第 一群 名 詞 で あ つた 。

マヘ

型 に 記載 さ れ て ゐ る 語

第一 群 名 詞 ⋮ ⋮ 上 上 型

﹁前 ﹂ (僧下

マツ

ツ ル ﹁鶴 ﹂(僧中卷 五 七 枚 ノ表 ﹁ 鶴﹂字の

﹁窓 ﹂ ( 法 下卷 三 〇 枚 ノ 裏 ﹁窓﹂ 字 の條 、 他 三 ケ 所 ) 

リ ﹁針 ﹂ (僧上卷 六一 枚 ノ 裏 ﹁ 鍼﹂字 の條)  

﹁種 ﹂ ﹁ 法 下卷 一〇 枚 ノ表 ﹁種 ﹂ 字 の條 、 他二 ケ 所) 

マド

﹁ 箸 ﹂ (僧上卷三 一枚 ノ 裏 ﹁ 箸 ﹂字 の條 、 他 一ケ 所 )  ハ

タネ

﹁肩 ﹂字 の條 、他二 ケ所 )  

ハシ

字 の條 、 他一 ケ所)  條)  

﹁松 ﹂ ( 佛 下本卷 四 三枚 ノ裏 ﹁ 松 ﹂ 字 の條) 

四卷 六 枚 ノ表 ﹁生前 ﹂ の語 の條、 他 一ケ 所、 但し 異 例 一あ り)

  (c  ) 平平

﹁秋 ﹂ ﹁跡 ﹂ ﹁雨 ﹂ ⋮ ⋮ は 全 部 第 四 群 及 び 第 五 群 の 名 詞 で あ つ た 。

以 上 (a)( ︱d を)前 節 の 表 に 比 較 す れ ば 、

  (d  ) 平 上 型 に 記載 さ れ て ゐ る 語

 

第 二 群 名 詞 ⋮ ⋮ 上平 型

即ち 逆に

 

︷⋮平上型

第 三 群 名 詞 ⋮ ⋮ 平平 型

第 四群名詞 第五 群名詞

であ つて 、 先 に盛 岡 ・松 江 ・鹿兒 島 で は 異 る 型 であ つた が 、 京 都 (及 東 京 ) では 同 じ 型 に屬 し て ゐ た 第 二 群 と 第 三 群 と が 此處 で は 異 る 型 に 記 載 さ れ て ゐ る 事 が 注 目 さ れ る 。

れ て ゐる。

ど ん な 音 であ つた か と 想 像 す る のに 、 現 在 佛

  (註)   盛 岡 ・松 江 ・鹿兒 島 で同 じ型、 東京 ・京 都 で異 る型 に發 音さ れ てゐ た第 一群 と第 二群 と はや はり異 る型 に記載 さ

 九   そ れ で は 此 等 四 通 り に表 記 さ れ て ゐ る 語 は、 具體 的 に は そ れ〓

家 の方 で は經 文 な ど を讀 む の に漢 字 を も と の四 聲 のまゝ に發 音 す る こと が 古 く か ら 行 は れ て ゐ る や う であ つて 、 さう 言ふ場合   (a  ) 平 聲 の字 は 普 通 低 く平 ら に、   (b  ) 上 聲 の 字 は 高 く平 ら に 、   (c  ) 去 聲 の字 は 初 め 低 く 後 高 く 讀 む や う であ る 。 例 へば 、   (イ  ) ﹁釋迦 ﹂ (﹁釋﹂ ﹁迦﹂ 二字 とも に平 聲) は 全體 を 低 く平 ら か に、   (ロ  ) ﹁四 身 ﹂ (﹁四﹂ は平 聲、 ﹁身﹂ は上 聲 )は ﹁四 ﹂ を 低 く ﹁身 ﹂ を 高 く 、   (ハ  ) ﹁不 二 ﹂ (﹁不﹂ は上 聲、 ﹁二﹂ は平 聲) は ﹁不 ﹂ を 高 く ﹁二 ﹂ を 低 く 、

  (二  )﹁如 來 ﹂ ( ﹁如 ﹂ ﹁來 ﹂ 二 字 と も に 上 聲 ) は 全體 を 高 く平 ら か に 、 讀 む や う で あ る 。( 以 上大 山 公 淳 氏著 ﹃ 聲 明 の歴 史 及 音 律﹄ 三 六 七 頁 以下 に據 る )

  ( 註)   尤 も す べ て の 語 を 通 じ て 、 右 の や う に 規 則 正 し く發 音 さ れ る と は 限 ら ず 可 成 例 外 的 な 讀 み 方 を す る も のも あ る ら

し い。 同 じ 大 山 氏 の 著 書 か ら 例 を 引 け ば ﹁下 及 六 道﹂ ( 四 字 共 に平 聲 ) は 全體 を 通 じ て 低 く 平 ら に發 音 し さ う で あ

る の に、 全體 を 高 く平 ら に發 音 す る が 如 き であ る 。 又 一般 に平 聲 の 中 に は平 聲 の 輕 と平 聲 の重 と が あ つ て それ〓 具體 的 な 音 を 異 に す る 等 、 實 際 は 可 成 複雜 さ う で あ る 。

  (a  )ウ シ

﹁石 ﹂ の や う な 上平 型 は 初 め 高 く 後 低 い 、即 ち 現 在 の 下 降 型

﹁牛 ﹂ の や う な 上 上 型 は 高 く 平 ら な 型

今 假 に 右 の や う な 讀 み 方 に 倣 つ て 、 ﹃名 義 抄 ﹄ に 見 え た 四 通 り の 型 を發 音 し て 見 れ ば 次 の や う に 成 ら う 。

  (b  )イ シ

型 は 低 く平 ら な 型

﹁秋 ﹂ の や う な 平 上 型 は 初 め 低 く 後 高 い 、即 ち 現 在 の 上 昇 型

  (c  )ア シ ﹁足 ﹂ の や う な平平   (d  )ア キ

(a  ) 上 上 型＝ 高 く平 ら な 型  

う に 考 へて ゐ ら れ た や う で あ る 。 (b  ) 上 平 型＝ 下 降 型  

(c  ) 平平 型＝ 下 降 型  

(d  ) 平 上 型＝ 上 昇 型

  ( 註)   故 井 上奧 本 氏 は 早 く か ら ア ク セ ント の 歴 史 的 研 究 を 初 め て 居 ら れ た が 、 ﹁名 義 抄 ﹂ に 見 え る 型 につ い て は 次 の や

 

﹃ 名 義 抄 ﹄ を 通 覧 す る と 、 一ケ 所 で 上平 型 に 表 記

り 同 じ 下 降 型 ア ク セ ント を 表 は す の に 、 上平 ・平平 二 種 類 の 表 記 法 が あ つた と 考 へら れ た や う で あ る 。( 井 上奧 本 氏

即 ち 上平 型 に 記 載 さ れ て あ る のも 、平平 型 に 記 載 さ れ て あ る のも 、 客觀 的 に 同 じ 下 降 型 の ア ク セ ント だ つた 、 つま

﹁日 本 語 調 學 小 史﹂、 ﹃ 音 聲 の 研究 ﹄ 第 二 輯 所 載、 八〇 頁 参 照 ) 然 し 今

に 表 記 さ れ た 語 は 、 常 に平 平 型 に 表 記 さ れ て ゐ て 、 上平 型 に 表 記 さ れ る こ と は な い。 ( 例 へば 、 現 在 東 京 ・京 都 で

さ れ て ゐ る 語 は 、 何 度 出 て 來 ても 上平 型 に 記 載 さ れ て ゐ て 、平平 型 に 表 記 さ れ る こ と が な く 、 他 方 一ヶ所 で平平 型

平 板 型 の 二 字 の動 詞 ﹁行 く ﹂ ﹁置 く ﹂ な ど の終 止 形 は 常 に 上平 型 に表 記 さ れ て ゐ る 。) こ れ は 上平 型 に表 記 さ れ て ゐ

る語 と、平平 型 に表 記さ れて ゐる 語と は實 際 に異 つた アク セ ントを も つて ゐた と考 へた い。 ( 第 十節 で述 べる複合

語 のアク セ ントを 比較 し ても、 上平 型を平平 型 と は 異 つた 型を 表 はし てゐ ると 見 た方 がよ い。) 井上 氏 が 上平 型を

も平平 型 をも 下降 型を 表は したと考 へられ た 一番 主な根據 は 上平型 に表 はされ てゐる 語も平平 型 に表 はさ れ てゐる語

も現 在京 都方 言 で ( 氏 が在 住さ れ てゐ た舞鶴 町 の方 言 でも) とも に 下降 型 に發 音され てゐ る のによ る かと 思 はれ る。

即 ち 院 政 時 代 の京 都 方 言 の二音 節 名 詞 のア ク セ ント の大樣 は大體 次 のや う であ つた かと 推 定 さ れ る 。   (a  ) 主 な 型 と し て は 、 高 平 、 下 降 、 低平 、 上 昇 の四 種 の 型 が あ つた。   (b  ) 高平 型 に屬 す る 語 は 左 の如 く であ つた 。

ハナ ﹁鼻 ﹂  ミチ ﹁道 ﹂

ウ シ ﹁牛 ﹂  ウ メ ﹁梅 ﹂  カ キ ﹁柿 ﹂  カ ゼ ﹁風 ﹂  カ ホ ﹁顏﹂   ク チ ﹁口﹂  ク ビ ﹁首 ﹂  サ ケ ﹁酒 ﹂ ハ コ ﹁箱 ﹂ 

  ツメ ﹁爪 ﹂  ト リ ﹁鳥 ﹂ 

マチ ﹁町 ﹂

タ ケ ﹁竹 ﹂  ( 助 詞は 高く平 ら に ついた らし い。)

イ シ ﹁石 ﹂  オ ト ﹁音﹂  カ ワ ﹁川﹂  カ ミ ﹁紙 ﹂  ツ ル ﹁弦 ﹂  ハシ ﹁橋 ﹂ 

ハタ ﹁旗 ﹂ 

   

 

ムネ ﹁胸 ﹂ ( 助 詞 は低 く つ いたら し い。)

  (c  ) 下 降 型 に屬 す る 語 は 次 の如 く であ つた 。

 

  (b  ) 低平 型 に屬 す る 語 は 次 の如 く であ つた 。

ア シ ﹁足 ﹂  イ ケ ﹁池 ﹂  イ ヌ ﹁犬 ﹂  ウ デ ﹁腕 ﹂  ウ マ ﹁馬 ﹂  カ ミ ﹁髮﹂  ク サ ﹁草 ﹂  シ マ ﹁島 ﹂

ユビ ﹁指 ﹂

 

ミ ミ ﹁耳 ﹂  ヤ マ ﹁山 ﹂ 

ス ミ ﹁炭 ﹂  ナ ワ ﹁繩﹂ 

ハラ ﹁腹 ﹂  ホ ネ ﹁骨 ﹂ 

 

( 助 詞 は高く つ いた のではな いかと思 はれ る。 但 し ﹁の﹂を 除く 。)

ハナ ﹁花 ﹂ 

 

  (e  ) 上 昇 型 に屬 す る 語 は 次 の如 く であ つた 。

マド ﹁窓 ﹂ 

マヘ ﹁前 ﹂

アキ ﹁秋 ﹂  ア ト ﹁跡 ﹂  ア メ ﹁雨 ﹂  イ キ ﹁息 ﹂  ウ ス ﹁臼 ﹂  カ サ ﹁笠 ﹂  カ タ ﹁肩 ﹂  サ ル ﹁猿 ﹂

マ ツ ﹁松 ﹂ 

 

ハリ ﹁針 ﹂ 

ソラ ﹁ 空 ﹂  タ ネ ﹁種 ﹂  ツ ル ﹁鶴 ﹂ 

ハシ ﹁箸 ﹂ 

 

 

( 助 詞 が つ いた例 が稀 であ る故 、助 詞 が高く つ いた か、 低く つ いた か、或 は 現在京 都方 言 のやう に語 によ つて高 くも

低くも つ いた か全く 不 明 であ る。但 し ﹁の﹂ だ けはす べて の語 へ低く つ いたや う だ。) 又、 現 在 京 都 方 言 に比 較 す れ ば 、   (a  ) 現 在平 板 型 ( 正 し く 言 へば 高 く平 ら な 型 ) の名 詞 は 大體 當 時 も 高平 型 に、   (b  ) 現 在 上 昇 型 甲 乙兩 類 の名 詞 は 大體 當 時 も 共 に上 昇 型 に、

群 は 當 時 は 低 平 型 に發 音 さ れ てゐ た も のと 思 は れ る 。

  (  c) 現 在 下降 型 の名 詞 は 、 そ の 一部 ﹁石 ﹂ ﹁音 ﹂ ⋮ ⋮ の 一群 は 當 時 も 下 降 型 に 、 他 の 一部 ﹁足﹂ ﹁池 ﹂ ⋮ ⋮ の 一  

即 ち 第 二群 名 詞 と 第 三 群 名 詞 と は 、 今 で こ そ京 都 方 言 で同 じ 型 に發 音 さ れ てゐ る け れ ど も 、 院 政 時 代 に は ま だ盛 岡 ・松 江 ・鹿 児 島 方 言 同 様 に、 異 る 型 に發 音 さ れ て ゐ た と 言 ふ こと が 出 來 よ う 。

 ( 註)  逆 に考 へれ ば平 安朝 末 の京 都方言 の四 つの型 の中 、高平 型 、 下降 型、上 昇 型、 三 つの型 はそ のまゝ變 化 しな いで

現在 に及 び、 唯々平 板 型だ け は何 か の事 情 で 一齋 に 下降 型 に變 化 し て 了 つた わ け であ る が、 ( 此 の期 間 に おけ る京

都方 言 にお ける アク セ ント の變化 は可 成小 さ か つた こと が知 ら れる )そ れ では京 都方 言 では 一體何 時頃 此 のやう な

化變 が起 つた か、 即ち 第 二群 と第三 群 と が混 同し た か と言 ふ のに、 ﹃ 補 忘 記﹄ ( 橋本 進吉 先生 の御發見にかゝるアクセ

ント資料、貞亨 四年刊行) では名 義 抄 で低平 型 の語 ﹁足 ﹂﹁池 ﹂ ﹁花﹂ ﹁山﹂ な ど は、す べ て下降 型 に 記載 さ れ て ゐる

﹁犬﹂ ( 名 義抄 で低平 型) を 下降 型 に 記載 し た例 あ り、 南北 朝 時代 に出 來た ﹁文 字 反﹂ ( 以上二 つの文獻 も橋本 先生よ

故 、 江 戸時 代 初頭 にはも う 現在 のやう な 歌態 であ つた かと 思は れ る。 そ し て室 町時 代 に出 來 た ﹃ 毛 端 私 珍 抄﹄ に

りの御敎示)では ﹁島 ﹂ ( 名 義抄 で低 平 型)を 下 降型 に記 載し た らし い例 が見 え る。 即 ち大體 鎌 倉時 代 に院 政時 代 は

低平 型 であ つた第 二群 の語は、 下降 型 に變化 し て第 三群 の語と 混同 し初 めた のではな いかと 思は れる。

  京 都 方 言 に つ いて 以 上 の やう な 事 が言 へるな ら ば 、 現 在 京 都 方 言 と よ く 似 て ゐ る 大 阪 そ の 他 の近 畿 方 言 、 高

知 ・松 山等 の中 央 四 國 方 言 でも 、 或 は敦 賀 方 言 ・富 山 方 言 でも 、 同 様 に第 二 群 名 詞 と第 三 群 名 詞 と は 別 の型 に屬

し て ゐ た と 考 へて 差 支 へな か ら う 。

名 義抄   ﹁牛﹂ ﹁ 梅 ﹂⋮⋮高平 型  平

﹁足 ﹂ ﹁ 池 ﹂⋮ ⋮ 低平 型  平

池 田町 

高 松市  

下降 型

(︹i︺ で︹終 uる ︺も の )

( 高平 型 ) 

上昇 型 ( ︹a︺︹で e終 ︺る ︹も oの ︺) 

{

板型

上昇型   上昇型

﹁ 高 平型 )  平

 

板型 ( 高平 型 )  平 板 型 ( 高平 型)  

板型

 

( 京 都市 )

(平 板 型)

( 下降 型 )

( 下 降 型)

( 上昇型)

ち 池 田町 、高 松市 でも 、古 く は京 都 同樣 名義 抄 に見 られ るやう な ア クセ ント が行 はれ てゐ た、 そし て第 一群 第 四

第 五群 名 詞

} ﹁ 秋﹂﹁ 跡﹂ 上昇型

第 四群 名 詞

第 三群 名 詞 

第二群名詞  ﹁ 石﹂﹁ 音﹂⋮ 下降型  下降型

第一 群 名 詞 

照す れば 次 のやう にな る。

 ( 註) 序 に甲 種方 言中 、異 色 のあ つた徳 島縣 池 田町方 言及 高松 方 言 ( 第七節 の最後 の註參照)を 名義 抄 のア クセ ント に封

   

 即

群第 五群 は京 都方 言 同樣變 化 しな か つた が、第 三群 は ( 京 都方 言 で下降 型 に變化 した のに封し て)高平 型 に變化 し

て第 一群 と合 流 し て了 つた、 又第 二群 は池 田町 では京 都方 言同樣變 化 が起ら な か つた が、 高松 方 言 では廣 い母音 で

終 るも のは 上昇 型 に轉向 し、狹 い母音 で終 るも のはそ のまゝ 踏 留 つて 現在 のやう に成 つたと考 へられ る。

  唯 一つ東 京 ・廣 島 で代 表 さ れ る 乙 種 方 言 が後 に殘 つて ゐ る け れ ど も 、 他 のす べ て の方 言 が、 第 二群 と第 三 群 の

型 の區 別 を 、 現在 も つて ゐ る か 、 或 は 現 在 も つて ゐ な く て も 古 く は も つて ゐ た の に、 こ の方 言 だ け が獨 り も た な

か つた と は 、 一寸考 へ難 い故 、 や は り 此 等 乙 種 方 言 でも 古 く は 第 二 群 と 第 三 群 と は 別 の型 に發 音 さ れ て ゐ た 、 そ

し て そ れ が後 に何 か の事 情 で 混 同 さ れ た と 見 る の がよ い の では な いか と 思 は れ る 。

 十

  最 後 に、 北奧 ・出 雲 ・西 南 九 州 等 、 周邊 方 言 の共 通點 は 、 第 二群 名 詞 と 第 三 群 名 詞 と が 異 る 型 で あ る こ と と 、

も う 一つ第 一群 名 詞 と第 二群 名 詞 と が同 じ 型 で發 音 さ れ て ゐ る こ と で あ つた 。 そ れ 故 、 東 京 ・京 都 ・廣 島 ・高 知

等 現 在 第 二 群 と 第 三 群 と が同 じ 型 であ り 、 第 一群 と 第 二群 と が全 然 異 る 型 で發音 さ れ て ゐ る方 言 でも 、 古 く は第

二 群 と 第 三 群 と が 異 つ て ゐ た と 同 時 に、 第 一群 と第 二 群 と は 極 く 性 質 の似 た 型 では な か つた か と 推 測 さ れ た の で あ つた 。

  此 に つ いて も 先 づ京 都 方 言 を考 へる の に、 ﹃類 聚 名 義 抄 ﹄ に據 れ ば 前 節 の やう に 院 政 時 代 京 都 方 言 で は、二 音 節 名 詞 の ア ク セ ント は 次 のや う に 推 定 さ れ た 。 第 一群 名 詞 ⋮ ⋮ 高平 型 (上 上 型 ) ﹁牛 ﹂ ﹁梅 ﹂ ﹁柿 ﹂ ⋮ ⋮ 第 二群 名 詞 ⋮ ⋮ 下 降 型 (上平 型 ) ﹁石 ﹂ ﹁音﹂ ﹁川 ﹂ ⋮ ⋮ 第 三群 名 詞 ⋮ ⋮ 低平 型 (平平型 ) ﹁足﹂ ﹁池 ﹂ ﹁犬﹂ ⋮ ⋮

異 る 型 で發 音 さ れ て ゐ た こ と だ け は 推 測 出 來 る け れ ど も 、 こ

{⋮上 昇 型 (平上 型 ) ﹁秋 ﹂ ﹁跡 ﹂ ﹁雨﹂ ⋮⋮

第 四群 名詞  第五群 名詞

こ れ に據 れ ば 、 第 一群 、 第 二群 、 第 三 群 は そ れ〓

れ だ け で は 果 し て第 一群 と 第 二 群 が 近 か つた のか 、 そ れ と も 第 二 群 と 第 三 群 が 近 か つた の か 決 め 難 い。 (現 在 各

地 の方 言 で す べ て の型 が平 板 式 と 起 伏 式 と に 二大 別 さ れ て ゐ る こ と を 考 へ合 せ る と 、第 一群 と第 三 群 が 近 か つた の で はな いか と も 疑 は れ る。)

  所 が 現在 諸 方 言 の二 三 のも の では 、 名 詞 の 型 の親 疎 は複 合 語 の ア ク セ ント に 顯 著 に 現 れ た こ と が 思 ひ 起 さ れ る。

( 第 七節 の方 言比較 表直 後 の註参 照 ) そ こ で今 此 等 四 つ の型 に屬 す る 語 を 先 部 と す る 複 合 語 を ﹃名 義 抄 ﹄ よ り 拾 ひ 、

そ の 型を 比 較 す れ ば 次 の やう であ る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ミヅ カ キ  ﹁蹼﹂ 

ハナヅ ラ  ﹁牛縻 ﹂  上 上 上平 型   ( 法中卷五七枚 ノ表 ﹁〓 ﹂字 の條、他 一ケ所)

ト リク ビ  ﹁鳥 首 ﹂  上 上 上 上 型   ( 法 下卷一三枚 ノ表 ﹁耒轅 ﹂ の語 の條 )

ト リ アミ  ﹁鳥 網 ﹂  上 上 上 上 型   (僧 中卷六枚ノ表 ﹁羅﹂字の條)

タ カ ハラ  ﹁竹 原 ﹂  上 上 上平 型   (僧 上卷三 一枚 ノ表 ﹁篁﹂字 の條)

サカヅ キ   ﹁盃 ﹂ 

ク ビ カシ  ﹁首 枷 ﹂  上 上 上平 型   (佛下本巻五二枚 ノ表 ﹁盤枷﹂ の語 の條)

ク ツ ハミ   ﹁轡 ﹂ 

ク チ ハシ  ﹁嘴﹂ 

上 上 上平 型   ( 佛下本卷五枚ノ裏 ﹁觜﹂字の條)

ク チト リ   ﹁口 取 ﹂  上 上 上平 型   (僧 中巻四九枚ノ裏 ﹁馬人﹂の語 の條)

カホ バセ  ﹁顏﹂ 

上 上上上型   ( 法 上卷四九枚 ノ表 ﹁轡﹂字の條、他 一ケ所)

カザキ リ   ﹁風 切 ﹂  上 上 上 上 型   (僧 下巻四九枚ノ裏 ﹁鴨﹂字の條)

  (a  ) 高 平 型 の 語 を 先 部 とす る 複 合 名 詞 左 の 如 し 。

 

ミヅ カ ネ  ﹁水 銀 ﹂  上 上平平 型   (僧 上巻五七枚ノ表 ﹁ 水銀﹂ の語 の條)

上 上上上型   ( 法上卷四〇枚 ノ表 ﹁蹼 ﹂字 の條)

上 上 上 平 型   ︵僧 中巻卷七枚ノ裏 ﹁盞 ﹂字の條、他四ケ所)

上 上 上平 型   ( 法上巻卷五 一枚ノ裏 ﹁ 面子﹂の語 の條)

 

 

 

イ シズ エ  ﹁礎 ﹂ 

イ シガ メ  ﹁石龜 ﹂  上 上 平平 型   (僧 下卷 一四枚ノ表﹁〓〓﹂ の語 の條)

イ シガ ニ  ﹁石 蟹 ﹂  上 上平平 型   (僧 下卷 一三枚 ノ裏 ﹁石蟹﹂ の語 の條)

  (b  ) 下 降 型 の語 を 先 部 と す る 複 合 名 詞左 の如 し。

 

イ シ モチ  ﹁石 持 ﹂  上 上 上 上 型   ︵僧 下巻三枚ノ表 ﹁魚﹂字 の條)

上上 上上型   ( 法中卷二枚ノ裏 ﹁〓 ﹂字 の條)  

(僧中卷 一四 枚 ノ 裏 ﹁旒﹂ 字 の條 )

  カ ミ ゼ ニ  ﹁紙錢 ﹂  上 上 上平 型   (僧上卷 六五 枚 ノ 裏 ﹁ 紙錢 ﹂ の語 の條 )   ハタ ア シ   ﹁旗 足 ﹂  上 上 上 上 型  

  イ ハグ ミ   ﹁岩 茱 萸 ﹂  上 上 上平 型   (僧上卷 六 枚 ノ裏 ﹁石韋 ﹂ の語 の條、、 他二 ケ所、 但 ﹁ 岩 ﹂ は 法 中卷 二 枚 ノ 裏 ﹁ 磐﹂字

  イ ハゴ ケ   ﹁岩 苔 ﹂  上 上 上 上 型  

(僧中 巻 二九 枚 ノ 裏 ﹁ 窟 ﹂ 字 の條)

( 法 下卷 二九 枚 ノ 裏 ﹁卷柏 ﹂ の語 の條 )

の條 に 上平 型 に出 づ )

  イ ハ ム ロ  ﹁岩 室 ﹂  上 上 上 上 型  

(僧中巻 三六 枚 裏 ﹁ 鞍 橋﹂ の語 の條 、 但 し ﹁ 鞍 ﹂ は僧 中 巻 三 六 枚 ノ 裏 ﹁鞍﹂ 字 の條 に上

ケ所 に上平 型 に出 づ )

︵僧上 巻 六二 枚 ノ表 ﹁釧 ﹂字 の條 、 但 し ﹁肘 ﹂ は佛 中 巻 六 四枚 ノ表 ﹁肘﹂字の條、他二

平 型 に出 づ)

  ク ラ ボ ネ   ﹁鞍 骨 ﹂  上 上 上 上 型  

  ヒ ヂ マ キ   ﹁肘 巻 ﹂  上 上 上 上 型

上型 

( 法 上 巻 三九 枚 ノ表 ﹁趾 ﹂字 の條 )

( c)    低平 型 の 語 を 先 部 と す る 複 合 名 詞 左 の 如 し 。   ア シ ア ト   ﹁足 跡 ﹂ 平平平

型 

( 法 上卷 三 七枚 ノ表 ﹁蹇﹂ 字 の條 、他一 ケ所)

  ア シ カ シ   ﹁足 枷 ﹂  平平 平平 型   ( 佛 下 本 巻 四 七枚 ノ 裏 ﹁械﹂ 字 の條 )   ア シナヘ   ﹁足蹇 ﹂平平平平

(僧 上卷 五 八 枚 ノ裏 ﹁鐺﹂字 の條 )

上上 型 

  ア シ ナ ベ  ﹁足 鍋 ﹂ 平平

︵僧 上卷 三 一枚 ノ裏 ﹁簪﹂字 の條 、 他二 ケ所 )

(僧 上卷 四 七 枚 ノ表 ﹁剃 刀﹂ の語 の條) 型  

  カ ミ ソ リ   ﹁剃 刀 ﹂  平平 平平 型     カ ム ザ シ   ﹁簪﹂   平平平平

(僧 中卷 九 枚 ノ表 ﹁ 花 瓶 ﹂ の 語 の條 )

上 型 

  ハナ ガ メ   ﹁花 瓶 ﹂ 平平平

(僧 中巻 四 九 枚 ノ裏 ﹁馬 子﹂ の語 の條 、他 一ケ所 )

(僧 中卷 三 八 枚 ノ表 ﹁〓﹂字 の條 、 他 一ケ所 ) 型 

  ハラ オ ビ   ﹁腹 帯 ﹂ 平 平平 上 型     ム マ カ ヒ  ﹁馬 飼 ﹂ 平 平平平

  ム マ ゼ ミ   ﹁馬蝉 ﹂ 平平 平 上 型 

上平 型  

( 佛 下本卷 五 五 枚 ノ表 ﹁鹿 心樹 ﹂ の語 の條 )

︵僧下卷 一四 枚 ノ裏 ﹁ 馬蝉 ﹂ の 語 の條 、 他 一ケ所 )

( 佛 下本卷 六 九 枚 ノ表 ﹁狼 毒﹂ の語 の條 )

  ヤ マ カ キ   ﹁山 柿 ﹂  平平 型 

平平平型   ( 佛 下本卷 五 六 枚 ノ表 ﹁〓﹂字 の條 )

  ヤ マグ サ   ﹁山 草 ﹂ 平平上平   ヤ マグ ハ  ﹁山 桑 ﹂ 平

( 佛 下本卷 五 八 枚 ノ裏 ﹁〓﹂字 の條 )

(僧中卷 六 四 枚 ノ裏 ﹁〓﹂ 字 の條 )

上平 型  上 型 

  ヤ マ ド リ   ﹁山 鳥 ﹂ 平平   ヤ マ ナ シ   ﹁山 梨 ﹂ 平平平

( 佛 下本卷 四 二 枚 ノ裏 ﹁黑櫻 子﹂ の語 の條)

上平 型  

  ヤ マ モ、  ﹁楊 梅 ﹂ 平平

(僧上卷 六 六 枚 ノ表 ﹁鐶﹂ 字 の條 )

(僧上卷 六 五 枚 ノ裏 ﹁ 金錢 ﹂ の 語 の條 、 他 一ケ所 )

上 型 

  ヤ マブ キ   ﹁山 吹 ﹂  平平 上 平 型     ユビ マキ   ﹁指卷 ﹂ 平平平

(d)    上 昇 型 の 語 を 先 部 とす る 複 合 名 詞 左 の 如 し 。

  ア マゴ ヒ   ﹁雨 乞 ﹂ 平平

上平 型  

上平 型 

( 佛 下本卷 四 枚 ノ表 ﹁〓﹂ 字 の條 )

( 法 下卷 三 四 枚 ノ表 ﹁〓﹂ 字 の條 )

  ア マギ ヌ   ﹁雨 衣 ﹂  平平平 上 型   ( 法 中卷 六 八 枚 ノ裏 ﹁ 雨 衣 ﹂ の字 の條 )

  カ タ サ キ   ﹁肩 先 ﹂ 平平

(僧上卷 六 五 枚 ノ裏 ﹁ 紙錢 ﹂ の語 の條 、 但 し ﹁ゼ ニ﹂ は僧 上巻 六 五 枚 ノ裏 ﹁錢﹂ 字 の條

型 に 出 づ)

(僧中卷 八枚 ノ表 ﹁盖﹂ 字 の條、 但 し ﹁キ ヌ﹂ は法 中卷 六 八 枚 ノ 裏 ﹁ 衣 ﹂ 字 の條 に 上 昇

型 に 出 づ)

( 法 上卷 二 一枚 ノ裏 ﹁ 汗 溝 ﹂ の條 、但 し ﹁ア セ ﹂ は 法 上卷 一枚 ノ表 ﹁ 汗 ﹂ 字 の條 に 上 昇

( 法 中巻 六 九 枚 ノ裏 ﹁襪﹂ 字 の條 、 他 一ケ所 )

上 型 

上 型 

型 

  マ ヘダ レ  ﹁前 垂 ﹂ 平 平平 上 型     アサ ミ ゾ   ﹁汗 溝 ﹂ 平平平平

  キ ヌ ガ サ   ﹁衣 笠 ﹂ 平平平

  ゼ ニ ガ タ   ﹁錢形 ﹂ 平平平

に 上 昇 型 に出 づ)

  右(a)︱を (通 d覽 )す れ ば 、 (a 高)平 型 (b 下)降 型 を 先 部 とす る 複 合 語 は す べ て上 上 ⋮ ⋮ 型 に 表 記 さ れ 、 ( 即ち 高く

ら平 に 初 まつ た も の と 思 は れ る ) (c低 )平 型 (d上)昇 型 を 先 部 と す る 複 合 語 は す べ て平 平 ⋮ ⋮ 型 に表 記 さ れ ( 即

ち 低 く 平 ら に初 ま つた も の と 思 は れ る ) てゐ て例 外 がな い。 複 合 語 の型 の比 較 だ け か ら も と の 型 の性 質 を 云 々す

る の は 、 危險 か と も 思 は れ る が 、 こ れ は 偶 然 と は 思 は れ ぬ 故 、 結 局 (a 高)平 型 ( 即 ち 第 一群 名 詞 ) と (b 下)降 型

( 即 ち 第 二 群 名 詞 ) と は 親 し い關 係 に あ り 、 (c 低) 平型 ( 即 ち 第 三 群 名 詞 ) と (d 上)昇 型 (即 ち 第 四 群 名 詞 ) と は 又 親 し い關 係 にあ つた の で は な い か と 思 は れ る。

 即 ち 、 現 在 京 都 方 言 で は 、 第 一群 名 詞 と 第 二 群 名 詞 と は 全 然 異つ て居 り 、第 二群 名 詞 と 第 三 群 名 詞 と が 全 く 同

じ 姿 に 成 つ て は ゐ る け れ ど 、 院 政 時 代 に ま で 遡 つた な ら ば 、 周 縁 の方 言 同 様 に 、 第 一群 名 詞 と第 二 群 名 詞 と が似

た 性 質 で あ り 、 第 二 群 名 詞 と 第 三 群 名 詞 と は 反 つ て異 つた 性 質 であ つた と 云 つ てよ さ さ う であ る 。 現 在 京 都 方 言

に似 て ゐ る 大 阪 そ の他 の 近畿 方 言 、 高 知 そ の他 の中 央 四 國 方 言 乃 至 は 敦 賀 方 言 ・富 山方 言 も 全 く 同 様 で あ つた で あらう 。

  此處 で も 最 後 に 東 海 道 方 言 ・山 陽方 言 だ け が 取 殘 さ れ る け れ ど も 、 他 のす べ て の方 言 で、 如 上 の事 實 が 現 在 見

ら れ 、又 現 在 見 ら れ な い方 言 でも 過 去 に お いて 見 ら れ る 以 上 、 此 の方 言 だ け が ひと り 異 つ て ゐ た と は 考 へら れ ぬ

故 、 こ れ ら 東 海 道 方 言 ・山 陽 方 言 でも 、 過 去 に お いて は第 一群 名 詞 第 二群 名 詞 と が 親 し い關 係 に あ り 、 (現 在 全

く 同 型 に 成 つて ゐ る ) 第 二群 名 詞 と第 三 群 名 詞 と は 反 つて 遠 い關 係 にあつ た の で は な い か と考 へら れ る 。

 茲 に第 九 節 及 第 十 節 で推 定 さ れ た事 實 を 綜 合 す れ ば 次 の如 く 成 る 。

  ︹A  ︺ 我 國 各 地 の方 言 を 通 じ て 、 過 去 に お い て は 第 二 群 名 詞 ﹁石 ﹂ ﹁音 ﹂ ﹁川 ﹂ ⋮ ⋮ と 、 第 三 群 名 詞 ﹁足 ﹂ ﹁池 ﹂ ﹁犬 ﹂ ⋮ ⋮ と は 全 然 異 る 型 で發 音 さ れ て ゐ た 。

  ︹B  ︺ そ し て 一方 第 一群 名 詞 ﹁牛 ﹂ ﹁梅 ﹂ ﹁柿 ﹂ ⋮ ⋮ と 、 第 二群 名 詞 ﹁石 ﹂ ﹁音 ﹂ ﹁川 ﹂ ⋮ ⋮と は 極 く 近 い型 で發 音

さ れ て ゐ た。

  ︹C  ︺ 此 等 の 型 の親 疎 關 係 に つ いて は 、 東 海 道 ・近 畿 ・北 陸 ・山 陽 ・四 國 ・九 州 の東 北 部 な ど 、 中 央 の諸 方 言 で

は 、 可 成 り の變 化 が 行 は れ た 。 即 ち 第 一群 名 詞 と第 二 群 名 詞 と の性 質 の差 が 著 し く 成 り 、 更 に第 二 群 名 詞 は

第 三 群 名 詞 と 接 近 し て 、 つひ に 同 じ 型 に 混 同 さ れ て 了 つた 。 ( 但 し 一部 の四 國方 言 で は 第 一群 と 第 三 群 が 混 同 し た 。)

  ︹D  ︺ 此 に對 し て 北 奥 ・出 雲 ・西 南 九 州 ・琉 球 な ど 周 邊 の諸 方 言 で は︹A に︺ お いて は 古 い型 の親 疎 關 係 は 可 成 り よ

く 保 存 さ れ て 、 第 二 群 名 詞 と第 三 群 名 詞 と は區別 さ れ た ま ゝで現 在 に及 ん だ。 ( 但 し 第 一群 名 詞 と第 二群 名 詞 と は差 が 小 さ く な つて つひ に混 同 し て 了 つた 。)

  過 去 の ア ク セ ント の史 料 は 、 何 と 云 つて も寥 々 た る も の であ つて、 こ れ が歴 史 的 研究 の希 望 は 全 く 暗 澹 た る も

ので は あ る が 、 た だ 諸 方 言 の存 在 す る 現 下 に於 て、 これ ら の克 明 な 比較 の 一途 は 、 希 く は こ の方 面 に有 望 な 光 を

投 掛 け てく れ る であ ら う と 思 ひ、 聊 か こ の様 な る考 察 を 進 め て 見 た ので あ る。 未 熟 の考 で 、 ま だ 公 表 す る こ と を

躊 躇 し た ので あ つた が 、 こ の 二音 節 語 の考 察 の 一端 を 公 に し た の は大 方 の垂 教 を 希 ふ素 志 に ほ か な ら ぬ も の であ る。

奈 良 ・平 安 ・室 町 時 代 の 日本 語 を 再 現 す る

  一

  今 日 の私 の お 話 は 、 室 町 ・平 安 朝 ・奈 良 朝 の 日 本 語 を 耳 で 実 際 に 聞 い て いた だ こ う と いう テ ー マ です 。︹ 補注︺

私 は 前 に 平 安 朝 の女 性 、 例 の紫 式 部 が ﹃源 氏 物 語 ﹄ を 読 ん だ ら ば 、 い った いど う いう ふ う に な った だ ろ う か と 私

な り に想 像 いた しま し て、 レ コー ド を 作 った こ と があ り ま す 。 こ れ は 関 弘 子 さ ん と いう 女 優 さ ん 、 こ の人 は 他 に

類 のな い女 優 さ ん であ り ま し て、 私 が 平 安 朝 の言 葉 を 推 定 し て発 音 記 号 で 書 き ま す と 、 ぴ った り に そ の通 り 読 ん で下 さ る ん です 。

  今 日 は 、 中 世 の代 表 と し て ﹃天草 本 平 家 物 語﹄、 そ れ と 平 安 朝 の代 表 と し ま し て ﹃枕 草 子 ﹄ の 一番 有 名 な と こ

ろ ﹁春 は あ け ぼ の﹂、 そ れ か ら 最 後 に 飛鳥 時 代 の例 と し ま し て 、 ﹃万 葉 集 ﹄ の 持 統 天皇 の ﹁ 春 過 ぎ て夏 来た る ら

し ﹂、 これ を 読 ま せ て み よ う と 思 いま す 。 そ れ か ら 余 興 に、 現代 の歌 謡 曲 を 万 葉 調 に 読 ん だ ら ど う な った で あ ろ う か 、 私 の想 像 す る と こ ろ を や って いた だ こう と 思 いま す 。   関 さ ん を ご紹 介 いた し ま し ょう 。  関 さん、どう ぞ。 ( 拍 手)

  皆 さ ん テ レ ビ の画 面 で ご 覧 にな って ご 存 じ か と 思 いま す が、 ご 覧 の通 り き れ いな 人 で、 お 母 様 が 関 種 子 さ ん、

伯 母 様 が 関 鑑 子 さ ん と お っし ゃ いま し て、 関 さ ん は声 楽 の方 も な さ る ん で す 。 関 さ ん は 本 名 を 観 世 さ ん と お っし

や って 、 観 世 三 人 兄 弟 の 長 男 、 亡 く な ら れ た 観 世 寿 夫 さ ん の奥 さ ま で いら し た ん です 。 そ う いう わ け で 、 謡 曲 も な さ る ん です 。 今 日も マイ ク な し で 朗 々と な さ いま す が 。

 二

  そ の前 に、 な ぜ 私 が そ う い った 妙 な こ と を や った か と か、 こ う い った 点 に苦 心 し た と いう お 話 を 少 し さ せ て い た だ き た いと 思 いま す 。

  ま ず 、 私 が な ぜ 平 安 朝 の言 葉 の発 音 を 再 現 す る 、 あ る いは 奈 良 朝 ま でさ か のぼ る と いう こと を や り だ し た か と

申 し ま す と 、 実 は こう いう こ と は 外 国 に は あ る ん です 。 例 え ば 、 イ ギ リ ス で は 一番 古 い古 典 作 品 は チ ョー サ ー の

﹃カ ンタ ベ リ ー 物 語 ﹄ で 、 十 四世 紀 の作 品 と き い て いま す け れ ど も 、 イ ギ リ ス の 言 語 学 者 は そ の こ ろ の英 語 の発

音 な ど を 考 証 し て 、 チ ョー サ ー は こう いう ふう に し ゃ べ って いた に 違 いな い、 と いう のを レ コー ド に 出 し て いる

ん です 。 し か も ヨー ロ ッパ で は ロー マと か 紀 元前 のギ リ シ ャと か 、 例 え ば ホ ー マー の詩 な ど の発 音 を 考 証 し ま し

て、 ホ ー マー にな った よ う な 気 持 ち で 朗 詠 し て いる 人 も いる ん で す 。 中 国 でも 、 唐 の時 代 の李 白 と か杜 甫 と か の

詩 は、 こん な ふう に 当 時 詠 ん だ ん だ ろ う と いう 人 が いま す 。 も っと も 中 国 は 、 私 か ら 見 ま す と 研 究 が よ く でき て

お りま せ ん で、 日 本 で最 近 、 平 山 久 雄 さ ん と いう 方 が 出 し て お ら れ る本 のほ う が 見 事 だ と 思 いま す が 、 そ う いう

ふう に 各 国 で 、 昔 の芸 術 作 品 を そ の時 代 の発 音 で読 ん で みよ う と いう 試 み があ る ん です 。 で 、 日本 だ け これ が な

か った ん です 。 ど う し て 日本 だ け そ れ がな か った か と 言 いま す と 、 日本 の言 語 学 者 と いう のは よ く いえ ば 慎 重 な

ん で す ね 。 う っか り 間 違 った こ と を や って 学 界 に害 毒 を 流 し て は いけな いと いう 良 心 的 な と こ ろ が あ る 。 も う 一

つ私 に言 わ せ ま す と 、 臆 病 な ん で す ね 。 恥 を か き た く な いと いう 気 持 ち が あ った ら し い。 そ こ へ いき ま す と 私 は

心 臓 が強 いで す から 、 し から ば 私 が そ の 試 験 台 に な ってや って みよ う と いう こ と か ら 始 ま った ん で す が、 心 臓 だ

︹図 1 ︺ ﹃ 類 聚名 義抄 ﹄ ( 天 理大 学 附 属 天 理 図書 館 所蔵 )

け で は でき ま せ ん の で、 そ こ に こ の関 さ ん と いう 無 類 の名 女 優 を 見 つけ た ん です 。 平 安 朝 の 言 葉 の発 音 を 長 々と

お で き に な る の は 関 さ ん 一人 でし て 、 これ は や って み よ う と 思 いま し て 始 め た わ け でし た 。

  も う 一つ、 私 が な ぜや った か と 言 いま す と 、 言 葉 の 発 音 に は 二 つ の面 が あ る ん です ね 。 一つは 、 例 え ば 人 間 の

﹁ 鼻 ﹂ と いう のを 一般 に は ﹁ハナ ﹂ と 言 いま す が 、 方 言 によ り ま す と 、 沖 縄 の方 で は ﹁フ ァナ ﹂ と 言 った り 、 あ

る いは ﹁バナ ﹂ と 言 う 地 方 が あ り ま す 。 これ は ﹁語 音 ﹂ の 問 題 で す ね 。 そ れ だ け で は あ り ま せ ん で、 ﹁ア ク セ ン

ト ﹂ の問 題 があ る わ け です 。 例 え ば 、 降 る ﹁雨 ﹂ と 、 な め る ﹁飴﹂ でも い い です け れ ど 、 こ れ が 地 方 に よ って違

う 。 ﹁山﹂ な ん て いう の も 、 東 京 、 こち ら の 長 崎 ・福 岡 ・北 九 州 は 、 全 部 ︹ヤ マ︺ と い いま す け れ ど も 、 京 都 や

高 知 あ た り へ いき ま す と 、 ︹ヤ マ︺ と 後 を 下 げ て 言 いま す 。 ﹁海 ﹂ です と 、 東 京 や 北 九 州 は ︹ウ ミ ︺ で す け れ ど も 、

長 崎 は 今 度 は京 都 と 一緒 に な り ま し て ︹ ウ ミ ︺ と 申 し ま す ね 。 こう い った古 い時 代 の言 い方 は ど う で あ った かを

調 べな け れ ば 、 昔 の発 音 が復 元 で きな いわ け で す 。 語 音 の方 は 橋本 進 吉 と か 有 坂 秀 世 と か 、 最 近 で は森 博 達 さ ん

と いう よ う な 立 派 な 人 が お ら れ て、 奈 良 朝 の こ と を 非 常 に 詳 し く 調 べら れ た が 、 ア ク セ ント の方 は 実 は 私 が始 め た ん です 。

  ア ク セ ント と いう 言 葉 は外 来 語 であ り ま し て 、 明 治 以後 入 って き た 言 葉 で す か ら 、 日 本 語 のア ク セ ント と いう

よ う な こ と は 、 昔 の人 は だ れ も 考 え て いな か った ろ う と 私 は は じ め は 考 え て いま し た が 、 と こ ろ が そう じ ゃな い

ん です ね 。 平 安 朝 あ る いは 奈 良 朝 あ た り ま で、 今 の人 が 英 語 の発 音 を ば か に や か ま し く 言 う のと 同 じ で し て、 中

国 語 の発 音 を 勉 強 し た ん で す ね 。 中 国 語 に は ﹁四 声 (スー シ ャン)﹂ と いう の が あ り ま し て 、 う っか り 四 声 を 間 違

え ま す と 、 意 味 が 通 じ な い。 だ も ん で す か ら、 日 本 人 は そ の こ とを 平 安 朝 時 代 か ら ほ ん と う に や か ま し く 勉 強 い

た し ま し て、 例 え ば 図 1 に 出 し て お り ま す の は、 ﹃類 聚 名 義 抄 ﹄ と いう 漢 字 の辞 書 な ん で す け れ ど も 、 一つ 一つ

の漢 字 の下 に仮 名 が つ いて お り ま し て 、 そ の仮 名 に ハナ ク ソ み た いな 点 が つ い てお りま す ね 。 そ れ が どう も ア ク

セ ント ら し い。 例 え ば 、 三 行 目 に ﹁今 ﹂ と いう 字 が書 いて あ り ま す が 、 こ れ に 対 し てイ マと いう 仮 名 が つ い て い

る 。 ﹁イ ﹂ のと こ ろ には 左 の下 に点 がつ い て いる 。 そ の次 の妙 な 字 が ﹁マ﹂ と いう 字 であ り ま し て、 左 の 上 に 点

が つ いて いる ん です ね 。 で、 こ れ は ︹ イ マ︺ と 読 む ん です 。京 都 で は 実 際 に ︹イ マ︺ と 言 いま す し 、 長 崎 で も 鹿

児島 でも ︹イ マ︺ と 申 し ま し て 、 これ が 古 い ア ク セ ント か と 思 わ れ ま す 。 そ の左 下 の方 には ﹁ケ フ﹂ とあ り ま す

が 、 今 の キ ョーと いう 言 葉 で ︹ケ フ︺ と こう 言 う 。 今 、 東 京 で は ︹キ ョー ︺ と 言 いま す が 、 京 都 ・長 崎 ・鹿 児 島

では ︹ キ ョー ︺ と 言 いま す 。 これ が古 い ア ク セ ント か と 疑 わ れ ま す 。 つま り 、 そ う い った よ う な こと が わ か るわ

け であ り ま し て、 こ の こ ろ の人 は 中 国 語 の ア ク セ ント を 勉 強 し た も の です か ら 、 日本 語 の ア ク セ ント に 対 す る 反 省 も で き て いま し て 、 ア ク セ ント の資 料 と いう のは 実 は 豊 富 にあ る ん です 。

  こ の他 にも 歌 を 歌 う 時 にも ア ク セ ント 通 り に 日 本 人 は節 を つけ る 。 現 在 の歌 謡 曲 は 、 そ の点 滅 茶 苦 茶 で 自 由 奔

 

ひら いた ひら いた   れ ん げ のは な が   ひら いた

が観 察 さ れ ま す 。 例 え ば 、 東 京 で は 、

放 です け れ ど も 、 これ が素 朴 な わ ち べ歌 な ん か に な りま す と 、 そ の地 方 地方 で ア ク セ ント に よ って節 が 違 う こ と ︹図 2 ︺ ﹃四 座 講 式 ﹄

ひら いた ひら いた   れ んげ のは な が   ひら いた

と 歌 う ん です 。 これ が京 都 へ いき ま す と 、  

と い いま し て 、 向 こう のア ク セ ント の通 り に歌 う ん です 。 そ

う いう 傾 向 が あ りま し て、 昔 の歌 う 歌 も そ う いう ふ う に歌 っ

て い る。 簡 単 に 申 し ま す と 、 例 え ば 図 2 は 、 ﹃四 座 講 式 ﹄ と

いう も の で 、 仏 教 の賛 美 歌 のよ う な も の であ り ま す 。 そ れ か

ら 図 3 は 、 ﹃平 家 正 節 ﹄ と 読 み ま す け れ ど も 、 平 家 琵 琶 の 譜

な ん です 。 こ の譜 の終 り か ら 三 行 め に ﹁指 声 ﹂ と あ り ま す が 、

﹁さ し ご え ﹂ と 読 む ん です ね 。 こう いう 本 が あ り ま す と 、 ﹁或

︹ 図 3︺ ﹃ 平 家正 節﹄

経 ﹂ と いう 言 葉 に (中 上 中 中 ) と いう 譜 が つ いて い る。

そ の道 の 人 に ど う や って読 む ん だ と 言 いま す と 、 そ の

通 り に唱 え る ん です 。 つま り 、 こ の ﹁中 ﹂ と か ﹁上 ﹂

と か いう と こ ろを 他 の文 献 と 付 き 合 せ て みま す と 、 当

時 の ア ク セ ント だ と いう こ と が わ か る わ け であ り ま す 。

も っと も これ は平 家 琵 琶 の譜 本 で、 鎌 倉 時 代 のオ ト で

は な いで す ね 。 南 北 朝 時 代 に 、 明 石検 校 と いう 人 が出

ま し て、 あ の こ ろ 一回 平 家 琵 琶 の節 が 変 り ま す け れ ど

も 、 こう い った資 料 が残 って お り ま し て、 平 曲 によ る

アク セ ント の研 究 は 相 当 明 ら か にな り ま し た 。

  も っと も ア ク セ ント の わ か る の は 、 ごく 一部 の言 葉

だ ろ う と お 思 いに な る かも し れ ま せ ん が、 ア ク セ ント

と いう も のは 不 思 議 な 面 が あ り ま し て 、 一つ の言 葉 の

アク セ ント がわ か り ま す と 、 数 珠 つな ぎ に た く さ ん の

言 葉 のア ク セ ント がわ か る よ う にな って いる 。 例 え ば

﹁山 ﹂ と いう 言 葉 を ︹ヤ マ︺ と マ の方 を 上 げ て 言 い ま

す と 、 そ の地 方 で は ﹁花 ﹂ も ︹ハナ ︺ と 言 う ん です 。

つま り 一つの 言 葉 がわ か り ま す と た く さ ん の言 葉 のア

ク セ ント がわ か る と いう こと が、 今 の方 言 では あ り ま

す が、 昔 も そ う だ った ら し い。 と 申 し ま す のは 、 ヤ マ

と ハナ 、 両 方 と も 平 安 朝 で は 低 い平 ら な 音 だ った よ う であ り ま す が 、 全 部 そ の仲 間 の言 葉 は 低 い平 ら な 音 だ った 。

そ う いう 法 則 があ る も ん です か ら 、 そ の時 代 の少 し の言 葉 が わ か って いる だ け で、 他 のた く さ ん の言 葉 も わ か る

よ う に な ってく る ん です 。 私 は 平 安 朝 ま でさ か の ぼり ま し た が、 最 近 、 九 州 大 学 の大 学 院 の学 生 だ った 高 山 倫 明

さ ん 、 こ の人 が ﹃日 本 書 紀 ﹄ の前 田家 本 と いう 写 本 の ア ク セ ント ま で 詳 し く 調 べた ん で す ね 。 こ れ は ど う も 、 歌

謡 の部 分 の万 葉 仮 名 は 、 中 国 の漢 字 の四 声 に合 わ せ て つけ て いる ら し いと いう こと か ら 、 そ の 時 代 の ア ク セ ント

ま で は っき りわ か り ま し た の で、 今 日 は 自 信 を も って、 関 さ ん に 万 葉 時 代 の歌 ま で や ら せ て み よ う と 思 って お り ます 。

 三

  前 置 き が長 く な り ま し た が、 最 初 は ﹃天草 本 平 家 物 語 ﹄ の ﹁重 衡 の東 下 り の こ と ﹂ か ら ま いり ま し ょう 。 平 重

衡 は 平 清 盛 の五 番 目 の息 子 でし て、 こ の人 が 一の谷 で虜 に な って 鎌 倉 へ連 れ て 行 か れ た 。 で、 当 然 殺 さ れ る は ず

であ り ま す け れ ど も 、 見 た と こ ろ な か な か優 秀 であ る 。 頼 朝 は ち ょ っと か わ い そう にな りま し て千 手 の前 と いう

美 女 を 、 サ ー ビ スさ せ る た め に 一晩 重 衡 のも と へさ し む け ま し た 。 千 手 の前 は す っか り 重 衡 に惚 れ ま し て、 重 衡

も 千 手 の前 を か わ い いと 思 った ん で し ょう ね 、 一晩 を す ご す 。 そ の所 の お 話 です が 、 私 が講 釈 を す る前 に関 さ ん

に 唱 え て いた だ き ま し ょう 。 ﹁ 宗 茂 ﹂ と いう の は 、 狩 野 宗 茂 と い い、 頼 朝 の家 来 の武 士 で す 。

 

︹ 千 手 の前 酌 を 取 って参 った れ ど も 、 重 衡 いと 興 も な げ に ご ざ った れ ば 、︺ 宗 茂 そ こ で、 ﹁何 事 で も あ れ 、 一

﹁重 衡 の東 下 り のこ と 、 同 じ く 千 手 の前 が 沙 汰 ﹂ ( ﹃ 天草本平家物語﹄から)

  初 め に今 の活 字 本 を 読 ん で いた だ き ま す 。 今 、 高 校 で国 語 の先 生 が お読 み にな る あ の読 み 方 です 。

 

声 申 し て 御 酒 お 申 し あ れ か し 。﹂ と 申 せ ば 、 千 手 酌 を 差 し 置 い て、 今 様 を 歌 へば 、 重 衡 そ の 時 、 杯 を 傾 け ら

れ て 千 手 に 下 さ る る 。 千 手 飲 う で 宗 茂 に 差 す 。 宗 茂 が 飲 む と き 、 千 手 琴 を 弾 き す ま せ ば 、 重 衡 笑 う て 、 ﹁こ

の 楽 は 普 通 に は 五 常 楽 と 申 せ ど も 、 重 衡 が た め に は 後 生 楽 と こ そ 観 ぜ う ず れ 。﹂ と 仰 せ ら れ 、 重 衡 も 琵 琶 を

取 っ て 転 手 を ね ぢ て 琵 琶 を 弾 ぜ ら れ た 。 小 夜 も や う や う 更 け 行 け ば、 世 間 も う ち 静 ま って 、 い と も の 哀 れ な

灯火暗う し ては、数行虞 氏が涙、夜 更け て四面に楚歌 の声

に 、 重 衡 心 を 澄 ま い て おぢ ゃ る 折 節 、 灯 火 消 え た れ ば 、 こ れ を 御 覧 ぜ ら れ て 、 重 衡 、   と い ふ朗 詠 を 泣 く 泣 く 口ず さ ま れ た 。

こ れ を 関 さ ん に 戦 国 時 代 の 発 音 で 読 ん で いた だ く と こ う な り ま す 。(﹃ 天 草本 平家 物 語 ﹄ 朗読 )

ト マ ォ ー シ ェ バ   シ ェ ン ジ ュ  シ ャ ク ヲ

サ シオイ テ

イ マヤ ォ ー ヲ

ウ タ イ ェバ   シ ンゲ フ ィ ラ

  ム ネ モ チ   ソ コ ンデ   ナ ニ ンゴ ト デ モ   ア レ ェ  フ ィ ト コ イ ェ  マ ォ ー シ テ   ゴ シ ュ  オ マ ォ ー シ   ア レ カ シ

ソ ノ ト キ   サ カ ン ヅ キ ヲ   カ タ ム ケ ラ レ テ   シ ェ ン ジ ュ ニ  ク ン ダ サ ル 。 シ ェ ン ジ ュ  ノ ー デ   ム ネ モ チ ニ

サ ス 。 ム ネ モ チ ン ガ   ノ ム ト キ   シ ェ ン ジ ュ  コ ト ヲ   ヒ キ ス マ シ ェ バ  シ ンゲ フ ィ ラ   ワ ラ ォ ー テ   コ ノ

ガ ク ワ   フ ツ ー ニ ワ   ゴ シ ャ ォ ー ラ ク ト   マ ォ ー シ ェ ンド モ  シ ン ゲ フ ィ ラ ンガ   タ メ ニ ワ   ゴ シ ヤ ォ ー ラ

ク ト コ ソ   ク ワ ン ジ ョー ズ レ 。 ト オ オ シ ェ ラ レ  シ ン ゲ フ ィ ラ   ビ ワ ヲ   ト ッ テ   テ ン ジ ュヲ   ネ ン ヂ テ

ビ ワ ヲ   タ ン ジ ェ ラ レ タ 。 サ ヨ モ   ヤ ォ ー ヤ ォ ー   フ ケ ユケ バ  シ ェ ケ ン モ  ウ チ シ ンヅ マ ッ テ   イ ト   モ

レ ヲ  ゴ ラ ォー ジ ェラ レテ   シ ンゲ フ ィ ラ

ノ ア ワ レ ナ ニ  シ ンゲ フ ィ ラ   コ コ ロ ヲ   ス マイ テ   オ ンヂ ャ ル   オ リ フ シ   ト モ シ ビ   キ イ ェタ レ バ  コ

  ト モ シ ビ   ク ラ ォ ー シ テ ワ   ス カ ォ ー   グ シ ンガ   ナ ミ ンダ   ヨ ー フ ケ テ   シ メ ン ニ  ソ カ ノ   コイ ェー

﹁天 草 本 ﹂ と 言 いま す け れ ど も 、 ち ょ う ど こ の 頃 は 室 町 の 末 で 、

ト イ ウ   ラ ォ ー イ ェイ ヲ   ナ ク ナ ク   ク チ ズ サ マ レ タ 。

  ど う し て こ のよ う な 復 元 を し た か 。 こ の原 本 は

ポ ルト ガ ルや ス ペイ ン の 神 父 さ ん が 来 ま し て 、 日 本 に キ リ スト 教 を 広 め よ う と し た 。 そ の た め に は 日本 語 を マ ス

タ ー し な け れ ば な ら な いと いう わ け で 、 日本 語 の文 法 書 を 作 り、 文 典 を 作 った ん です 。 これ は 当 時 の 日 本 語 を 明

ら か に す る の に 非 常 に貴 重 な も の で あ り ま し て 、 ポ ル ト ガ ル語 で 書 い てあ り ま す の で 非 常 に難 し い ん で す が、 土

井 忠 生 博 士 と お っし ゃ る 方 が 、 わ ざ わ ざ ポ ルト ガ ル に 行 って昔 のポ ルト ガ ル語 を 勉 強 な さ って これ を 解 釈 し て 下

さ った の で、 今 、 我 々 は 当 時 の文 法 の方 も わ か る わ け で す が、 発 音 に つ いて も 、 詳 し く そ の本 に出 てく る ん です 。

ロー マ字 で書 いて あ りま す か ち 、 当 時 の 日本 語 の発 音 が 非 常 に よ く わ か る 。 お そ ら く 、 奈 良 朝 か ら 現代 ま で、 一 番 よく 日本 語 の発 音 がわ か る の は 、室 町 時 代 の こ の頃 な ん です ね 。

  お 聞 き にな って いた だ い てわ か る と 思 いま す が、 母 音 は 今 のア イ ウ エオ の ほ か に オ の広 い の があ った ん です 。

昔 の歴 史 的 仮 名 遣 い で ﹁あ う ﹂ ﹁か う ﹂ と 書 いた の は 、 今 の ﹁お う ﹂ ﹁こう ﹂ と 違 いま し て、 も う 少 し 幅 の広 い

と いうc 発〓音 ,で kあ c〓 った と いう こ と 、 そ の他 に今 と 同 じo〓と いう 狭 いも のも あ る ん です 。 歴 史 的 仮 名 遣 い で

﹁おう ﹂ ﹁お ほ﹂ と いう のは 狭 い音 であ った 。 こ ん な 発 音 が当 時 でき た ろ う か と 不 思 議 に 思 いま す が 、 こ れ が 地 方

に よ る と 残 って お りま し て 、 新 潟 県 の長 岡 で は、 長 岡 の こ と も ナ ガ ォ ー カ と オ の 広 い音 で言 う ん で す ね 。 ﹁今 度

の 冬 至 に は湯 治 に行 こう ﹂ と いう 時 は ﹁今 度 のト ー ジ には タ ォー ジ に 行 カ ォー ﹂ って言 う ん だ そう です 。 九 州 で

は お も し ろ いこ と に は 、 昔 の ﹁あ う ﹂ は ﹁オ ー ﹂ と 言 い ま す が 、 ﹁おう ﹂ と いう のは ウ ー と な って い る 地 方 が あ

り ま す ね 、 ﹁灯 籠 ﹂ な ん て のは ツ ー ルー と 言 う 地 方 があ り ま す 。 こ れ が島 根 県 の方 へいき ま す と 、 ﹁お う ﹂ は オ ー

と い いま す が 、 例 え ば ﹁坊 主 ﹂ な ん て いう の は バ ー ズ と 言 いま し て、 ﹁あ う ﹂ が ア ー と な る 地 方 が あ り ま す が 、

こ の時 代 の京 都 で は広 い ア ォー と 狭 いオ ー の違 いに な って いた 。 そ れ か ら アイ ウ エオ の ﹁エ﹂ は 、 今 の共 通 語 の

﹁エ﹂ と 違 いま し て、je と な って いる 。 こ れ は 今 九 州 に広 く 行 わ れ て いま す ね 。 これ は 卑 し い言 葉 で は あ り ま せ

ん で、 こ の時 代 の正 し い発 音 が 九 州 に 残 って い る も の で あ り ま す 。 当 時 は 京 都 でもjeと いう のが 標 準 だ った よ う です 。

  次 に 子 音 です が 、 ガ 行 の鼻 音 、 こ れ は 九 州 な ど では 言 葉 の初 め の ガ行 と 同 じ にな って いま す が 、 こ の時 代 に は

例 え ば ﹁宗 茂 が ﹂ と 言 う 時 、 関 さ ん は ム ネ モチ ンガ と 言 いま し た け れ ど 、 ﹁ 宗 茂 ﹂ と 言 って か ら ﹁が ﹂ の前 で鼻

音 を ち ょ っと 入 れ る 。 こ れ が ど う も 当 時 の発 音 だ った ら し い。 こ れ は 今 で は 高 知 県 に 残 って いま す 。 そ れ か ら 近

畿 地 方 の南 の方 の熊 野 地 方 に も 残 って いま す し 、 九 州 で は 鹿 児 島 県 の薩 摩 の南 の方 で ﹁ンガ ﹂ と 言 って いる 。 当

時 、 ダ 行 の前 に も 鼻 音 が ち ょ っと 入 って、 ﹁参 った れ ど も ﹂ と いう と こ ろ 、 ﹁参 った れ ンど も ﹂ と な る 。 こ れ が

﹁天 草 本 ﹂ と いう ロー マ字 資 料 か ら わ か り ま す し 、 先 に 言 った 地 方 に や は り 残 って お り ま す 。 そ れ よ り も 問 題 な

の が ﹁ジ ﹂ と ﹁ヂ ﹂、 ﹁ズ ﹂ と ﹁ヅ﹂ で し て、 こ れ は 今 で は 日本 中 ほ と ん ど 区 別 がな く な って お り ま す が 、 有 名 な

のは 筑 後 地 方 、 宮 崎 県 と 大 分 県 、 こ れ ら の 地方 は ﹁シ﹂ と 濁 音 ﹁ジ ﹂ と ﹁チ ﹂ の濁 り ﹁ヂ ﹂ が 区 別 が あ る 。 ﹁チ ﹂

の濁 り の方 は 当 時 や は り 前 に 鼻 音 が 入 る も の で す か ら ﹁ンヂ ﹂ と な って いる 。 そ れ か ら ﹁ス﹂ の 濁 り と ﹁ツ﹂ の

濁 り 、 ﹁ズ ﹂ と 鼻 音 のち ょ っと 入 った ﹁ンヅ ﹂ と こ の 二 つが当 時 あ った ら し い。 今 で は 、 九 州 の ほ か に は 高 知 県 、

和 歌 山 県 南 部 の 一部 、 飛 ん で 山 梨 県 の 一部 、 富 山 県 の 一部 にし か 残 って いま せ ん が 、 九 州 は こ う いう 点 で い ろ い

ろ 古 い発 音 が残 って いる 。 そ れ か ら サ 行 の ﹁セ﹂、 こ れ も 九 州 一般 に ﹁シ ェ﹂ と いう 地 方 が 広 い です け れ ど も 、

当 時 のキ リ スト 教 の神 父 さ ん は 、 み ん な ﹁x﹂ eと 書 い てあ りま す の で、 ど う も 当 時 の標 準 は ﹁シ ェ﹂ であ った ら

し い。 次 に ハ行 の 子 音 で す ね 。 これ は 当 時 、 今 のよ う なh の音 で は あ り ま せ ん で 、 一種 のf の音 でfaと かfiと

か 言 った ら し い。 こ れ は 今 で は 新 潟 県 か ら 山 形 ・秋 田 県 に か け て処 々 に残 って いま す 。 これ は 平 安 朝 へ いき ま す と 、 ま す ま す は っき り し ま す 。

  次 は ア ク セ ント で す が、 図 4 に ﹃ 補 忘 記 ﹄ と いう も のを 出 し ま し た が、 こ れ は ﹁論 義 ﹂ の参 考 書 な ん です 。 論

義 と いう のは 、 例 え ば 仏 教 の真 理 に つ い て 二人 の坊 さ ん が お 互 いに 議 論 す る こ と があ り ま し て 、 鎌 倉 時 代 ま で は

真 面 目 に や って いた ん です 。 と こ ろ が室 町 にな る と 堕 落 いた し ま し て、 初 め か ら 八 百 長 みた いに な って 、 相 手 を

本 当 に言 い負 かす と いう よ り 、 正 し い発 音 で や る こと が い い こと に な った 。 そ こ で中 国 か ら 来 た 漢 字 は中 国 の 四

︹図 4︺ ﹃ 補 忘 記﹄

声 で 読 み ま す け れ ど も 、 和 語 の方 も 当 時 は 京 都 の人 が、 いば って いた も の で す か ら 、 関 西 の ア ク セ ン ト で や ら な

いと 負 け にな る ん です ね 。 そ こ で こ れ を 編 集 し た 観 応 と いう 坊 さ ん です が、 栃 木 県 の人 で、 こ れ は 当 時 日 本 で 一

番 発 音 の悪 い地方 で 有 名 だ った ん です 。 で、 笑 わ れ て ば か り いた ら し い。 そ れ で残 念 だ と 思 って 、 全 部 の必 要 な

言 葉 に ア ク セ ント を つけ た 。 こ れ が 日 本 で 一番 古 い ア ク セ ント 辞 典 な ん です 。 ﹁端 ﹂ と ﹁ 箸 ﹂ と ﹁橋 ﹂ の 区 別 な

ど 、 よ く わ か りま す ね 。 こう い ったも のか ら室 町 時 代 か ら 江 戸 時 代 のは じ め の頃 ま で の アク セ ント が わ か る わ け

であ り ま す 。 そ の結 果 が、 今 の関 さ ん のお 唱え に な ったも の です 。 では も う 一度 、 今 申 し た こ と を 頭 に お い て今

( ﹃天草 本 平家物 語﹄ 朗 読)

の関 さ ん の発 音 を お 読 み 下 さ い。  

  今 ち ょ っと 説 明 不 足 でし た が 、 例 え ば ﹁観 ぜう ず れ﹂、 つま りkaとkwaの区 別 で す ね 、 これ も あ った は ず で あ り ま す 。 今 、 九 州 では 普 通 です 。

 四

  そ の次 は 平 安 朝 へさ か の ぼ り ま す 。 平 安 朝 は ﹃枕 草 子﹄ を 読 ん で も ら う わ け であ りま す が、 平 安 朝 の発 音 は あ

ま り 資 料 が な いん で す 。 た だ 、 そ の前 の奈 良 朝 に す ば ら し い資 料 が あ り ま し て 、 室 町 が 今 の よう に 詳 しく わ か り

ま す か ら 、 そ の中 間 と し て大 体 こう で あ った ろう と いう 見 当 が つき ま す 。 た だ し 、 平 安 朝 の発 音 を 知 る のに 非 常

にあ り が た い こ と は 、 例 の ﹁歴 史 的 仮 名 遣 い﹂ で す ね 。 あ れ は 平 安 朝 の発 音 を そ のま ま 示 し て いる と 見 て よ さ そ

う です 。 例 え ば 仮 名 に は ア 行 の ﹁い﹂ と ワ行 の ﹁ゐ ﹂、 ア行 の ﹁お﹂ と ワ 行 の ﹁を ﹂ があ り ま す が、 平 安 朝 は ち

ょう ど そ れ を 区 別 し て 、 糸 の ﹁い﹂ ︹i︺と 井 戸 の ﹁ゐ ﹂ ︹wi︺と は は っき り 違 って いた は ず であ り ま す 。 そ れ か

ら 言 葉 の初 め の ハ行 と 中 につ く ハ行 と は 当 時 は 発 音 が 同 じ であ った 。 例 え ば ﹁粟 ﹂ は ﹁あ は ﹂ で 、 ﹁泡 ﹂ は ﹁あ

わ ﹂ と 書 き ま し た が 、 発 音 は ﹁泡 ﹂ の方 は ︹awaで ︺今 と 同 じ で し た が 、 ﹁粟 ﹂ の方 は ︹afa で︺ あ った わ け です 。

こ れ が 院 政 時 代 に、 今 と 同 じ よう に ︹awaと ︺な って し ま った わ け です 。 です か ら ﹁蝶 ﹂ と いう 言葉 な ど は 歴 史

的 仮 名 遣 い で ﹁て ふ ﹂ と 書 き ま す が 、 平 安 時 代 は ま さ し く ︹te ︺fとuい った は ず であ り ま す 。

  だ いた いそ のよ う な 歴 史 的 仮 名 遣 いに書 いた も のを そ のま ま 発 音 し た。 た だ 一つ 一つの 字 の発 音 は 多 少 後 世 と

は 違 って いた も の があ り ま す 。 例 え ば タ チ ツテ ト の チ と ツ。 今 、chi,t とs発u音 し て いま す け れ ど も 、 平 安 朝 の

時 代 には 、ti,t とu 言 った ら し い。 ど う し て そ れ が わ か る か と 申 し ま す と 、 漢 字 が も し ﹁ち ﹂ と いう の が 今 のよ

う にchi だ った ら ば 、 中 国 でchi と いう 字 を あ て る はず です け れ ど 、 中 国 で はtiと いう 字 、 天 地 の ﹁地 ﹂ な ん か

が あ た って いる ん です ね 。 そ れ で ど う もti,t とu言 った ら し い。 こ れ は 今 、 そ う 言 う 地 方 が 実 際 に あ り ま し て 、

九 州 で は大 分 県 の一 部 に ︹hito︹ tF uu ︺taと t言 u︺ う 地 方 が あ る こと を 観 察 し た こ と が あ りま す 。 東 日 本 では 山 梨

県 の 一番 山 奥 の南 巨 摩 郡 早 川 町 の奈 良 田 と いう と ころ と 伊 豆 の新 島 に あ り ま す 。 です か ら ﹁チ ﹂ の濁 り と ﹁シ﹂

の濁 り は 、 室 町 時 代 よ り い っそ う 激 し く 違 って いた 。 ﹁チ ﹂ の濁 り の方 はdi, ﹁シ ﹂ の濁 り の方 は〓 のよ う な 発 音 であ った 。

  そ れ か ら ﹁エ﹂ がjeであ った と いう こと 。 こ れ に は おも し ろ い例 が あ り ま し て 、 筑 波 大 学 に いら っし ゃ いま

し た 中 田 祝 夫 さ ん の説 な ん で す が 、 短 歌 と いう のは 五 七五 七 七 です が 、 時 々字 余 り と いう の があ って許 さ れ る ん

で す ね 。 例 え ば ﹁田 子 の浦 に ﹂ と いう のは 六 音 であ って も 許 さ れ る。 ﹁心 あ て に ﹂ も 六 音 で あ る け れ ど も 許 さ れ

る 。 こ の許 さ れ るも のを 調 べま す と 、 ア イ ウ エオ のう ち の ア ・イ ・ウ ・オ の 四 つ に限 ら れ る ん です 。 そ の四 つ に

入 ら な い エ があ って 字 余 り が 許 さ れ る と いう こ と は 決 し て な いん だ そ う です 。 これ はな ぜ か と 考 え ま し て、 アと

イ と ウ と オ は 単 純 な 母 音 だ け だ った 、 と こ ろ が エ の方 はjeと いう 音 だ った も の で 子 音 が つ い て い る ん です ね 。

そ の こ と か ら 、 エだ け は 字 余 り が 許 さ れ な か った のだ ろう と 中 田 さ ん は 考 え ら れ た の で す が、 私 も 確 か に そ う だ

﹁あ ら む ﹂ と い う よ う な 言 葉 は

﹁死 に て ﹂ な ん て の は

﹁む ﹂ で 書 い て あ り ま す 。 こ れ は は ね る 音 で あ り

ろ う と 思 い ま す 。 そ れ か ら は ね る 音 と つ め る 音 、 こ れ が 今 と 同 じ よ う に あ った よ う で す が 、 は ね る 音 、 こ れ が 当 時 二 種 類 あ った ら し い。 例 え ば

ま す が 、m の 発 音 で 、 こ れ は ゆ っく り 伸 ば し て ﹁あらm ﹂ と 言 った ら し い 。 と こ ろ が

じ ゃなく

﹁サ ー ン﹂ と 言 っ て、n に な った と た

の 発 音 で 来 た も の は 、 あ の ﹁三 ﹂ と いう 字 な ど で 、

﹁死 ンで ﹂ と 言 った ら し い 。 こ れ は 他 の 仏 教 の 方 か ら 実 は わ か る ん で す が 、 仏 教 の 声 明 、 ま あ 仏 教

﹁死 ん で ﹂ と な り ま す が 、 こ う い う も の は は ね る 音 が 字 で 書 い て な い ん で す 。 ﹁死 で ﹂ と 書 い て あ り ま し て 、 こ の の n方 は 短 く

の 讃 美 歌 で あ り ま す が 、 あ れ を 唱 え る 場 合 に 、 中 国 か らm

﹁ 散 ﹂ と いう 字 な ん か で す と

﹁あ ん な り ﹂ と か い う 言 葉 が あ り ま す が 、 あ れ はm

﹁あ な り ﹂ と か 書 い て あ り ま し て 、 ﹁ぬ ﹂ が は っ き り 書 い て な い の が あ り ま

﹁あ ん め り ﹂ と か

﹁サ ー ンー ﹂ と 伸 ば す ん で す が 、n の 発 音 の ん 止 め て し ま う ん です ね 。 よ く てn の 方 な ん で す 。 ﹁あ め り ﹂ と か す が 、n の 発 音 だ った ん で す 。

 

春 は あ け ぼ の。 や う や う し ろく な り ゆく 山 ぎ は、 す こし あ か り て、 紫 だ ち た る 雲 の ほ そ く た な び き た る。

﹁春 は あ け ぼ の ﹂ ( ﹃ 枕 草 子﹄ の第 一段 、 小 学館 ﹃日本 古典 文 学 全 集 ﹄第 十 一巻 よ り)

﹃枕 草 子 ﹄ を 一回 読 ん で も ら い ま し ょ う 。 初 め は や は り 今 の 活 字 本 の 読 み 方 か ら 。

 

夏 は 夜 。 月 の こ ろ は さ ら な り、 や みも な ほ 蛍 飛 び ち が ひ た る 。 雨 な ど の降 る も を かし 。

  では関さん に

 

秋 は 夕 暮 。 夕 日 花 や か に さ し て 山 ぎ は い と 近 く な り た る に 、 烏 の ね ど こ ろ に 行 く と て 、 三 つ 四 つ 二 つ三 つ

冬 は つ と め て 。 雪 の降 り た る は 言 ふ べ き に も あ ら ず 。 霜 な ど の い と 白 く 、 ま た さ ら で も い と 寒 き に 、 火 な

てて、風 の音、虫 の音など。

な ど 、 飛 び 行 く さ へあ は れ な り 。 ま し て 雁 な ど の つ ら ね た る が 、 い と 小 さ く 見 ゆ る 、 い と を か し 。 日 入 り 果

 

 

ど いそ ぎ お こし て、 炭 持 てわ た る も 、 いと つき づ き し 。 昼 に な り て、 ゆ る く ゆ る び も て 行 け ば 、 炭 櫃 、 火 桶

の 火 も 、白 き 灰 が ち に な り ぬ る は わろ し 。

こ れ を 平 安 時 代 の 発 音 で 、 同 じ く 関 さ ん に や っ て い た だ き ま し ょ う 。 ア ク セ ン ト は さ っき の ﹃類 聚 名 義 抄 ﹄ に

ト ビ イ ソ ング サ フ ェ

フ ユ フ ァ   ト ゥ ト メ ェ テ 。 ユキ ノ   フ リ ィ タ ル フ ァ   イ フ ベ キ イ ニ モ ォ   ア ラ ズ 。 シ モ ナ ン ド ノ   イ ト

ウ ォ カ シ イ 。 フ ィ イ   イ リ   フ ァ テ ェテ ェ  カ ジ ェ ノ   オ ト   ム シ ノ   オ ト   ナ ン ド 。

ア フ ァ レ ェナ リ ィ 。 マ シ テ   カ リ ィ ナ ンド ノ   ト ゥ ラ ネ   タ ル ン ガ   イ ト   テ ィ フ ィ サ ク   ミ ユ ル   イ ト

ィ タ ル ニ  カ ラ ス ノ   ネ ンド コ ロ フ ェ  ユ ク ト テ ェ  ミ ト ゥ ヨ ト ゥ フ タ ト ゥ ナ ン ド

ア キ ィ フ ァ   ユ フ ング レ。 ユ フ フ ィ   フ ァ ナ ヤ カ ニ  サ シ ィ テ ェ  ヤ マ ンギ フ ァ  イ ト   テ ィ カ ク   ナ リ

フ ィ タ ル 。 ア メ ェノ   フ ル サ フ ェ  ウ ォ カ シ イ 。

ナ ト ゥ フ ァ  ヨ ル 。 ト ゥ キ ノ   コ ロ フ ァ  サ ラ ァ ナ リ ィ 。 ヤ ミ モ ォ  ナ フ ォ オ   フ ォ タ ル   ト ビ   テ ィ ガ

ダ テ ィ タ ル  ク モノ   ホ ソ ク   タ ナ ビ キ タ ル。

フ ァ ル ゥ フ ァ   ア ケ ボ ノ 。 ヤ ウ ヤ ウ   シ ロ ク   ナ リ ィ ユ ク   ヤ マ ギ フ ァ   ス コ シ   ア カ リ テ ェ  ム ラ サ キ

よ り ま す 。(﹃枕草 子﹄ の第 一段 朗 読 )  

 

 

 

シ ロ ク   マ タ   サ ラ デ モ ォ   イ ト   サ ム キ イ ニ  フ ィ イ ナ ンド   イ ソ ギ ィ   オ コ シ ィ テ   ス ミ   モ ッ テ ェ

ワ タ ル モ ォ  イ ト   ト ゥ キ ド ゥ キ シ イ 。 フ ィ ル ニ  ナ リ ィ テ ェ  ヌ ル ク   ユ ル ビ イ モ ッ テ   ユ ケ バ  ス ンビ

ト ゥ   フ ィ ウ ォ ケ ノ   フ ィイ モ ォ   シ ロキ ィ   フ ァ フ ィ ガ テ ィ ニ  ナ リ ィ タ ル フ ァ  ワ ロ シ イ 。

  関 さ ん が 今 お 読 み に な った の は 非 常 に 遅 い 。 私 は ス ピ ー ド の 方 も 、 当 時 は 遅 か った ん じ ゃ な い か と 思 いま す 。

例 え ば 中 世 の 狂 言 と い う の は 今 の 漫 才 の よ う な も の だ と 思 い ま す け れ ど も 、 非 常 に ゆ っく り し て い ま す ね 。 平 安

朝 は も っ と 遅 か った の で は な い か 。 と 申 し ま す の は 、 例 え ば ア ク セ ン ト の 資 料 に よ る の で す が 、 ﹁飛 び い そ ぐ ﹂

な ど と いう 言 葉 は 、 今 だ った ら ト ビ イ ソ グ と 一語 の よ う に 言 う 。 と こ ろ が 当 時 の ア ク セ ン ト で は 、 ト ビ イ ソ グ と

二 つ の言 葉 に つ いて いる ん です 。 助 詞 も 例 え ば フ ァ ル フ ァと 二 つの 単 語 のよ う に つ いて いる 。 助 詞 な ど と いう の

は 、 当 時 は今 よ り 独立 性 が 強 か った 。 複 合 動 詞 も 二 つ の動 詞 だ った のだ ろ う と 思 う ん です 。 です か ら こ の 頃 は 、

例 え ば ﹁咲 き も や ら ず ﹂ と か ﹁咲 き こ そ 散 ら め ﹂ と か 、 ﹁も ﹂ と か ﹁こ そ ﹂ と か が 間 に 入 り ま す ね 。 あ れ は当 時

二 語 であ った 。 今 、 連 濁 と いう のが あ り ま し て、 複 合 動 詞 に 限 って 連 濁 が な いん です ね 。 ﹁咲 き か か る ﹂ と か

﹁咲 き そ む ﹂ と か 連 濁 があ っても い いは ず な ん で す が 、 複 合 動 詞 に は な い。 と いう のは 、 連 濁 と いう のは 平 安 朝

ご ろ 盛 ん に お こ った ん です が 、 そ の頃 ま だ これ が 二 語 であ って 、 一語 のよ う に く っ つ いて いな か った と いう のを 示 す も の だ と 思 いま す 。

 五

  飛 鳥 時 代 にさ か のぼ りま し ょう 。 ﹃万 葉 集 ﹄ の 歌 一首 、 持 統 天 皇 の有 名 な 御 製 です が、 短 い で す か ら 関 さ ん に 最 初 に読 ん で いた だ き ま し て 、 後 で講 釈 を いた し ま す 。

春 過 ぎ て  夏 来 た るら し   白 妙 の  衣 乾 し た り   天 の香 具 山

  初 め に 、 歌 を 現在 の活 字 本 で見 た ま ま を 。  

関 さ ん に 飛 鳥 時 代 の発 音 で 読 ん でも ら いま す 。(﹃ 万葉集﹄から ﹁ 春過ぎ て﹂朗読)

  随 分 現 代 と 違 って い る と お 思 い で し ょう 。

  ま ず 、 母 音 が今 と 違 って 八 種 類 あ り ま し た 。 これ は例 の、 橋 本 進 吉 博 士 の ﹁万 葉 仮 名 遣 い﹂ に よ るも の であ り

ま し て、 ﹁イ ﹂ は 甲 類 と 乙 類 と で 、 母 音 が 違 って いた ら し い。 こ の 母 音 の正 体 が ど う であ った か と いう こ と は 難

し いん で す ね 。 八 つな ど と そ ん な に 多 く は な か った と いう 学 説 を 出 す 人 も いる ん です け れ ど も 。 私 が 一番 尊 重 し

てま す のは 、 十 年 ほ ど 前 、 同 志 社 大 学 にお り ま し た 森 博 達 君 と いう 、 今 大 阪 外 語大 に お りま す 若 い学 者 の説 で 、

す ば ら し い研 究 を ﹃ 文 学 ﹄ と いう 雑 誌 に 発 表 いた し ま し た 。 そ れ に よ り ま す と 、 ﹃日本 書 紀 ﹄ の万 葉 仮 名 で 書 い

てあ る 歌 謡 と いう も の、 あ れ は巻 によ って 中 国 の字 音 を 非 常 に 正 確 に使 ってあ る と いう こ と を 発 見 し た ん です 。

巻 に よ る ん で す 。 つま り 、 そ れ 以 外 の巻 では 、 例 え ば ﹁カ ﹂ と いう 音 を 表 す の に 、 中 国 のkaの字 も 使 って いる

し、haの字 も 使 って いる 。 と こ ろ が、 そ の巻 で はkaの字 し か使 って いな い。 ﹁シ﹂ を 表 す と き に 、 他 の 巻 です

これは今 と同

とchi の字 を 使 った りshi の字 を 使 って いる け れ ど も 、 そ の巻 に 限 って 一つし か 使 って いな いと いう こ と を 明 ら

か に し た の で あ り ま す 。 そ の人 の研 究 に よ り ま す と、 母 音 に は 甲 類 の ﹁ア 、 イ 、 ウ 、 エ、 オ ﹂︱

じ で あ り ま す が、 そ の 他 の 乙 類 と いう 方 は 、 ﹁イ ﹂ はi で は な く 、 今 東 北 地 方 に 残 って いま す 中 舌 母 音 に 近 いよ

う な 母 音 だ った 。 そ れ か ら ﹁オ ﹂ の 乙 類 の方 は ﹁エ﹂ ﹁オ ﹂ の中間 の、 少 し間 の抜 け た よ う な 母 音 だ った 。 そ の

他 に ﹁エ﹂ の乙 類 は ﹁雨 ﹂ の メな ん か そう で あ り ま す が、 これ は ︹maiと︺い った 二 重 母 音 で あ った ろう と 言 っ て いま す 。 私 も そ れ に 承 服 いた し ま し て、 そ の説 に 従 う こ と に いた し ま し た 。

  母 音 の次 に 子 音 で あ り ま す が 、 ハ行 の 子 音 は 当 時 はp の 音 であ った 。 これ は 上 田 万 年 の ﹁P 音 考 ﹂ 以 来 有 名

で あ り ま す が 、 従 って ﹁白 妙 の﹂ の ﹁ヘ﹂ の音 がpe, た だ し 乙 類 です か らpai になるわ けですね。 それ から サ行

が 難 し いの で あ り ま し て 、 こ れ は いろ いろ な 説 が今 ま であ りま し た 。 例 え ば 、中 央 大 学 の馬 淵 和 夫 さ んは〓 行 だ

った ん で はな いか 、 そ れ か ら 金 田 一京 助 と いう 学 者 が お りま し て、( 笑 い)cha 行 だ った ん じ ゃな いか 、 ﹁スズ メ ﹂

な ん て いう のは ︹ チ ュヂ ュメ︺ と 言 った ん で は な いか と いう よ う に いろ ん な 説 が あ り ま し た が、 有 坂 秀 世 博 士 が

こ れ はtsa 行 であ った の で はな いか と お っし ゃ いま し て、 今 こ の森 さ ん も そ れ に 賛 成 し て お り ま す の で 、 私 も そ れ に 従 う こ と に いた し ま し た 。

  ア ク セ ント の方 は 、 九 州 大 学 の大 学 院 生 だ った 高 山 倫 明 君 の説 に従 って考 証 し ま し た わ け で、 十 年 ぐ ら い前 に

関 さ ん に や って いた だ いた 頃 は ま だ 自 信 が な か った ん です が 、 今 度 は 自 信 を 持 って、 関 さ ん に お 願 いす る こ と が

( ﹃万葉 集﹄ から ﹁春過 ぎ て﹂朗 読)

でき る よ う にな った つも り で あ りま す 。 で はも う 一度 お 願 いし ま す 。  

  母 音 の発 音 は な か な か 苦 心 さ れ て いる と 思 いま す が 、 例 え ば ﹁春 過 ぎ て ﹂ の ﹁ぎ ﹂ は カ行 上 二 段 活 用 で、 そ の

連 用 形 と いう のは ギ の 乙 類 の方 で あ る 。 こ れ が も し 四 段 活 用 で す と 甲類 です が、 乙 類 な も の です か ら 、 ︹Paru〓tsu

の よ う に な って し ま った 。

と いう よ〓うgに 〓中 t舌 e〓 母︺ 音 を わ ざ と 苦 心 し て お出 し にな って いる わ け です 。 そ れ か ら オ 段 の方 は 、 乙 類 の方 が 数 は 多 いん です ね 。 ﹁衣 乾 し た り﹂ の ﹁衣 ﹂ も そ う です が︹〓︺

乙 類 な も ので す か ら、 オ と も エと も つかな いよ う な 発 音 を な さ いま し た が、 関 さ ん が別 に 変 な 託 り が あ る わ け で は決 し てあ り ま せ ん で 、 私 が そ のよ う に お 願 いし た わ け であ り ま す 。

東 の 野 に   か ぎ ろ ひ の  立 つ見 え て  か へり み す れ ば   月 傾 け り

  次 は 、 柿 本 人 麿 の 名 歌 を 一首 。 初 め に 活 字 本 の歌 詞 で。  

関 さ ん に 飛 鳥 時 代 の発 音 で。(﹃ 万葉集﹄より ﹁ 東 の野に﹂朗読)

  二 ヵ所 注 意 いた し ま す 。 ﹁東 ﹂ は 今 ﹁ひ む が し ﹂ と 読 む の が 普 通 です が、 ﹁か ﹂ を ガ と 濁 る の は ﹁か ﹂ の前 の

がmmu にな った せ いで 、 ﹁東 ﹂ の ﹁む ﹂ が は っき りmu だ った と き は ﹁か ﹂ はkaだ った と 思 いま す 。

  ま た 最 後 の ﹁月 傾 け り ﹂ は 今 ﹁月 傾 き ぬ ﹂ と 読 む の が 一般 です が 、 そう 言 う と 、 中 天 に か か って いた 月 が、 作

者 が 西 を 向 いた 途 端 に地 平 線 の方 に 落 ち か か る 意 味 に な ってし ま いま す 。 こ こ は、 賀 茂 真 淵 が ﹁月 西 渡 ﹂ の三 字

に 訓 を つけ た と ころ です が 、 ど う し て も 、 ﹁傾 け り ﹂ のよ う な ﹁あ り ﹂ の意 を 含 む助 動 詞 を も って来 た いと こ ろ です 。

 

熟 田津 に⋮ ⋮ 月 待 てば   潮 も か な ひ ぬ

  冬 ご も り  春 さ り 来 れ ば   鳴 か ざ り し   鳥 も 来 鳴 き ぬ

とか、

な ど 、 いず れ も ﹁月 待 つ﹂ ﹁春 さ り 来 る﹂ が 先 で、 そ の結 果 と し て ﹁潮 ﹂ が ﹁か な ﹂ った り 、 ﹁鳥 も 来 鳴 い﹂ た り

す る の でし ょう 。 ﹁⋮ ⋮ ば ﹂ と 言 って、 そ れ 以 前 の状 態 を 言 う た め に は 次 のよ う な 言 い方 が 必 要 です 。   田 子 の浦 に   打 出 で て 見 れ ば  真 白 に ぞ   富 士 の高 嶺 に  雪 は 降 り け る   鵲 の  渡 せ る 階 に  置 く 霜 の  白 き を 見 れ ば   夜 ぞ 更 け に け る

 六

  これ か ら 最 後 の余 興 です が、 昨 日 で き ま し て、 今 朝 一回 だ け 関 さ ん に お で き に な る か ど う か試 し て みた だ け な

ん です が 、 私 の思 った 通 り に で き て お り ま す の で 、 皆 さ ん の前 で ご 紹 介 いた し ま す 。 現 在 、 いろ ん な 歌 謡 曲 が あ

り ま す 。 そ れ を 万 葉 調 で や った ら ど う な る か 、 ひ と つや って いた だ き ま す が 、 一番 初 め は ﹁雨 の慕 情 ﹂ で す 。

﹁雨 々 ふ れ ふ れ も っと ふ れ   私 の い い人   つれ て来 い﹂。 私 は これ を 、 ﹃万 葉 集 ﹄ の歌 人 だ った ら ど う や った ろ う か と考 え ま し て、 こう 訳 し て み た ん で す 。   久 か た の  雨 は 降 ら な む   我 が 思 ふ  君 来 ま す が に   降 り ま さ ら な む

  ピ ツ ァカ タ の  アマ イパ プ ラ ナム   ワ ンガ オ モプ   キ ミ キ イ マ ツ ンガ ニ  プ リ マツ ァラ ナ ム

関 さ ん に万 葉 調 でや って いた だ き ま し ょう 。

  次 は ﹁星 影 の ワ ル ツ﹂ です 。 ﹁別 れ る こ と は   つら いけ ど   仕 方 が な いん だ   君 のた め ﹂。 これ を や って いた だ き ま し ょう 。

  キ ミ ンガ タ マ イ  シ ェム ツ ベ ェヲナ ァミ   ク ツ ァ マク ラ   タ ビ ユク ワ レ パ  こ こ ろ ク ル シ イも お   (君 がた め  せ む す べを な み  草 枕  旅 ゆ く わ れ は   心苦 し も )

次 は ﹁矢 切 の渡 し ﹂ を し ま し ょう 。 ﹁親 の こ こ ろ に  そ む い てま で も   恋 に 生 き た い  二 人 です ﹂ です 。

  タ ラ テ ィ ネ の  オ ヤ の こ こ ろ ニ  タ ンガ ピ ィ テ も お  コピ ニイ キ イナ ム  イ モ シ ェナ リ ィ ケ リ ィ   (た ら ち ね の  親 の心 に  た が ひ ても  恋 に 生 き な む   妹 背 な り け り )

  最 後 に ﹁三 年 目 の浮 気 ﹂ です が 。 ﹁馬 鹿 い って ん じ ゃな いよ   お前 と 俺 は ︹ケ ン カ も し た け ど ︺ ひ と つ屋 根 の 下暮 ら し て来 た ん だ ぜ ﹂。 こ れ を や り ま し ょう 。

( 愚 し き   言 な 言 ひそ ね   一つ家 に  汝 し も 我 も   暮 ら し 来 し も のを )

  オ ろ カ シ キ イ  こ と ナ イ ピ つ おネ ェ  ピ と ト ゥ ヤ ァ ニ  イ マシも お ワ レも お  ク ラ チ コチも の ヲ  

 ︹ 補 註︺  昭和 六 十 一年十 月 二十三 日 ( 木)、 長崎 県 総合 福 祉 セ ンタ ー で行 われ た第 三 十 回 九州 地 区高 等 学校 国 語教 育 研 究大 会 にお ける 講演を も と にした 。

朗 読

源 氏 物 語

源 氏 物 語 原 音 復 元 の 再 生 にあ た り

  関 弘 子 さ ん によ る ﹃源 氏 物 語 ﹄ 原 音復 元 朗 読 の レ コー ド が ふた た び 世 に出 る こと に な った 。 嬉 し い こ と であ る。

  こ の前 のも の は 、 池 田 弥 三 郎 君 か ら 話 が あ って 、 紫 式 部 が も し 当 時 の発 音 で ﹃源 氏 物 語 ﹄ を 読 ん だ ら ど ん な 風

にな る か 、 そ れ を 実 際 に 耳 で聞 く よ う に作 って み な いか 、 と いう 勧 め を 受 け て作 った 試 作 品 だ った 。 池 田 君 に よ

る と、 ヨー ロ ッパ あ た り で は 、 チ ョー サ ー の ﹃カ ンタ ベリ ー 物 語 ﹄ を 、 学 者 が当 時 の言 語 の 発 音 を 考 証 し て、 そ

の発 音 で読 む と いう レ コー ド が作 ら れ て いる と いう 。 古 代 ギ リ シ ャ の ホ ー マー の 叙事 詩 な ど を 、 そ の時 代 のギ リ

シ ャ語 の発 音 で 読 むと いう レ コー ド も あ る そ う だ 。 文 化 国 家 を 以 って任 じ て いる 日 本 で、 そ う いう も の が作 れ な

いと いう 法 が あ る か、 作 ら な い のは 国 語 学 者 の怠 慢 だ ぞ 、 と は 池 田 君 の弁 であ った 。

  日 本 語 の音 韻 の歴 史 に つ いて は 、 上 田 万 年 ・橋 本 進 吉 ・有 坂 秀 世 と い った 方 々以 来 、 多 く の学 者 に よ って か な

り 詳 し く 研 究 さ れ て いる 。 こ と に 平 安 朝 の 日本 語 に つ いて は 、 亀 井 孝 ・浜 田 敦 ・大 野 晋 ・中 田 祝 夫 ・馬 淵 和夫 ・

築 島 裕 ⋮ ⋮ と い った 多 く の 研 究 家 があ る 。 ア ク セ ント に 関 し て は、 小 生 が相 当 のと こ ろ ま でや った つも り であ り、

そ れ を 受 け 継 いで 下 さ った 方 と し て は 大 野 ・馬 淵 両 氏 を は じ め と し て築 島 裕 ・小 松 英 雄 ・桜 井 茂 治 ・奧村 三 雄 ・

秋 永 一枝 と い った 各 位 が あ り 、 多 士 済 々 であ る 。 そ う いう 方 々 の 研 究 を 利 用す るな ら ば 、 ﹃源 氏 物 語 ﹄ の時 代 の ア ク セ ント も 大 体 復 元 は で き そ う で あ る 。

  こう いう 朗 読 に 関 し て は、 関 弘 子 さ ん と いう 、 他 の追 随 を 許 さ な い名 人 が いる 。 私 が 発 音 記 号 で 書 き 、 ア ク セ

ント 符 号 を つけ さ え す れ ば 、 そ のと お り ペ ラ ペラ と 間 違 えず に読 み 上 げ てく れ る 人 であ る 。 前 回 コ ロム ビ ア か ら

レ コー ド と し て 出 し た も のは こ の人 が 朗 読 を し て く れ た お か げ で 、 小 生 と し て は 望 み 得 る 最 高 の出 来 と な った 。

  小 生 の音 韻 考 証 は 、 いろ いろ 不 完 全 な と こ ろ が あ った 。 こと に 漢 字 音 に 関 し て は自 信 のな いと こ ろ ば か り だ っ

た 。 ア ク セ ント に 関 し ても 、 自 信 を も って引 き 受 け て は み た が、 至 る と こ ろ わ か ら な い こと が い っぱ いで 、 こ と

に 固有 名 詞 な ど 随 分 危 険 を 冒 し た 。 し か し 、 幸 い に玄 人 す じ か ら も 、 大 し た お 小 言を 頂 戴 す る こと な く 、 日本 で 最 初 に 出 来 た、 古 代 発 音 復 元 に よ る レ コー ド と いう 栄 誉 を 得 た のは 有 難 か った 。

  前 回 の レ コー ド は そ のよ う に し て 世 に出 た も の で あ った が、 何 分 にも 、 音 楽 や 歌 曲 の レ コー ド と は ち が う 。 き

わ め て 特 殊 な 内 容 を も つ レ コー ド であ る。発 売 し て 六 、七 年 も た った 頃 に は 、コ ロム ビ ア で は廃 盤 と し て し ま った 。

  と こ ろ が 、 そ の後 、 ど う いう ブ ー ム か 、 あ の関 弘 子 さ ん の ﹃源 氏 物 語 ﹄ の レ コー ド を 入 手 し た いが と いう 声 が

し き り に か か ってく る 。 何 と か も う 一度 世 に出 せな いも の か と 思 って いた と こ ろ 、 た ま た ま コ ロム ビ アを 退 社 し

て フリ ー に な った 村 上 雅 也 君 が 私 を たず ね てき た。 村 上 君 は 、 か つて コ ロム ビ ア 在 社 中 に こ の企 画 を た て、 そ の

実 現 に熱 意 を も や し て く れ た 人 であ る。 そ こ で 彼 に 相 談 し た と こ ろ、 大 修 館 で 発 行 す る こ と に 話を ま と め て き て く れ た の は 嬉 し か った 。

  関 さ ん の ﹃源 氏 物 語 ﹄ の 朗 読 は 、 前 回 の時 に 比 べ、 内 容 に ぴ った り の、 さ ら に こな れ た も の に な った 。 私 も 少

し ば か り勉 強 を し た 。 そ こ で 、 こ の前 の レ コー ド を 原 盤 と す る こ と を せ ず 、 新 し く し て 作 った のが 、 こ のテ ー プ であ る 。

  朗 読 の章 段 も 、 以 前 は 、 ﹁夕 顔 ﹂ と ﹁須 磨 ﹂ だ け だ った 。 今 度 は ﹁桐 壺 ﹂ と ﹁若 紫 ﹂ を 加 え た 。 現在 の高 校 で

の古 典 の取 扱 いを 考 え て の配 慮 であ る 。 も っと も 、 ﹁夕 顔 ﹂ と ﹁須 磨 ﹂ は 、 こ の前 の時 よ り 多 少 分量 を 削 った 。

  こ の前 の 吹 込 み の時 は 、 私 の 同 学 で 莫 逆 の友 、 池 田 弥 三 郎 君 が私 と 心を 一つ に し て 、 仕 事 に当 って く れ た 。

﹁夕 顔 ﹂ と ﹁須磨 ﹂ な ら ば こ の部 分を 採 れ と い って、 恰 好 の部 分 を 教 え て く れ た 。 そ の池 田 君 が 今 は な い。 幸 い

に 池 田 君 の愛 弟 子 で 、 私 と も 親 し い西 村 亨 氏 が、 池 田 君 に代 って作 品 の解 説 を 書 き お ろ さ れ るな ど 、 細 か いと こ ろ に 面 倒 を 見 て 下 さ った 。 こ こ に 一言 申 し そえ て 御 礼 申 し 上 げ る。

  な お、 朗 読 の本 文 は 、 玉 上 琢 彌 氏 の ﹃源 氏 物 語 評 釈 ﹄ ( 角川書店刊)を 使 用 さ せ て い た だ いた 。 本 文 の 理 解 ・鑑

賞 の た め には 、 玉 上 氏 の ほ か 秋 山虔 氏 ・円 地文 子 氏 な ど 多 く の方 の著 書 から 教 え を 受 け た 。 あ わ せ て感 謝 申 し 上 げ る。

  今 度 の テー プ も な る べく 多 く の 人 に 聞 いて いたゞ き、 いろ いろ 御 批 判 を 受 け た い。 これ が たゝ き 台 に な って、

御 批 判 ・御 教 示 を いた だ いた

若 い方 によ って も っと 完 全 な も の が 出 来 れ ば 幸 せ な こ と であ る 。 ま た 、 こ の ﹃源 氏 物 語 ﹄ 以 外 の文 学 作 品 に つ い て、 有 志 の方 によ る同 じ よ う な 古 語 復 元 のテ ー プ の作 ら れ る こ と も 期 待 す る 。   こ の テ ープ は ま ず 、 池 田 弥 三郎 君 の霊 前 に 捧 げ た い。

  再版 に際し て   こ の ﹃朗 読 源 氏 物 語 ﹄ を 公 に し た と こ ろ 、 読 ん で 下 さ った 各 位 か ら 、 い ろ〓

のは 有 難 か った 。 こ と に私 の尊 敬 す る 森博 達 氏 か ら 、 漢 字 音 の読 み方 に つ いて夥 し い御 斧 正 を いた だ いた の には

恐 縮 し た 。 これ ら は 是 非 関 弘 子 さ ん に も 伝 え て 、 録 音 の や り 直 し を し た いと こ ろ であ る が 、 ち ょ っと時 間 が な い

の で、 こ こ に は森 氏 のお 手 紙 のそ の部 分 だ けを 公 表 し て、 ま ち が いを お わ び す る 。 五 二 三 ペ ー ジ に掲 げ る も の が これ で あ る 。

  な お 、 こ の 録 音 ・解 説 が 日 の目 を 見 る ま で に は 、 大 修 館 の池 沢 正 晃 君 の 尽 力 の大 き か った こ と を 銘 記 し 、 御 礼 申 し 上 げ た い。

源 氏 物 語 の発 音 に つ い て

  平 安 朝 時 代 の日 本 語 の音 韻 体 系 は ど のよ う で あ った か 。 そ の音 韻 体 系 で︱

 音韻の部

つま り 、 今 は直 接 耳 にす る こと の

で きな い、 紫 式部 がし ゃ べ って いた と お り の発 音 で、 源 氏 物 語を 読 ん で み よ う と いう の が、 こ の テー プ のね ら い であ る 。

  日 本 語 の歴 史 の上 で、 一番 詳 し く 、 具 体 的 な 発 音 が 明 ら か に で き そ う な のは 、 キ リ スト 教 の宣 教 師 が ロー マ字

で 日 本 語 を 表 記 し 残 し て く れ て い った 戦 国 時 代 であ る 。 平 安 朝 時 代 は、 そ れ ほど 研 究 資 料 に 恵 ま れ て いる 時 代 で

は な い。 た だ 、 幸 いな こと に は 、 当 時 は仮 名 と いう 文 字 を 、 発 音 す る と お り に 用 いた と 想 定 さ れ 、 後 世 の よう な 、

違 った 仮 名 が 同 じ 音 を 表 わ す と いう こ と は な か った と 見 ら れ る 。 そ れ か ら 、 そ の前 の時 代 で あ る ﹃万 葉 集 ﹄ の時

代 は 、 ﹃万 葉 集 ﹄ が 漢 字 で表 記 さ れ て い る と いう こと か ら 、 漢 字 の音 を 調 べ る こ と に よ って、 か な り 個 々 の 語 の

音 価 が 明 ら か にな る 。 橋 本 進 吉 博 士 は、 奈 良 時 代 と 戦 国 時 代 と を も って 、 日本 語 の音 韻 を 明 ら か に す る 上 に 最 も

当 時 の発 音 は こう だ った ろ う と 私 が 推 定 す る も のを 作 って、

平 安 朝 の音 韻 史 の資 料 と し て は 、 仮 名 、 特 に 万 葉 仮 名 で書 か れ た 和 訓 、 有 坂 秀 世 博 士 以 来 注 目 さ れ て

恵 ま れ た 時 代 と し た 。 そ う い った 前 後 の時 代 の 音 価 を 手 が か り と し 、 ま た 平 安 朝 のも のと 見 ら れ る 資 料 の助 け を 借 り て︱

いる悉 曇 資 料 、 五 十 音 図 のよ う な 音 図 な ど があ る︱

そ れ を 関 弘 子 さ ん に実 演 さ せ る 次 第 で あ る 。 学 者 が違 え ば 、 ま た違 った 発 表 にな る で あ ろ う 。 こ の仕 事 を 引 き 受

け て 以 来 一番 困 った の は漢 語 で、 こ の前 の時 も そ う であ った が、 今 度 も 自 信 のな いと こ ろ だ ら け であ る。 これ は ど う に も 仕 方 が な く 、 不徹 底 な も のに な って 申 し わ け な い。

 平 安 朝 時 代 の日 本 語 の 音 韻 を 最 も端 的 に 示す も の は 、 ﹁井 戸 ﹂ を ﹁ゐ ど ﹂ と 書 き 、 ﹁蝶 蝶 ﹂ を ﹁て ふ て ふ ﹂ と 書

いた 、 例 の歴 史 的 仮 名 遣 い であ る 。 平 安 朝 時 代 の発 音 は 、 根 本 的 に は歴 史 的 な 仮 名 遣 いを 、 あ のと お り 読 む発 音

﹁い﹂ ﹁え ﹂ と 異 な り 、 ︹wi︺ ・︹we︺ で あ った 。 ﹁お ﹂ と

だ った と 言 って よ い 。 具 体 的 に は 、 次 の よ う で あ る 。 1  ﹁ゐ ﹂ ﹁ゑ ﹂ の 文 字 は

﹁か ﹂ ﹁が ﹂ と 違 い 、 ︹kwa︺・︹〓wa︺ で あ った 。

﹁を ﹂ ︹wo ︺ の区 別 も 残 って

﹁づ ﹂ と も 発 音 が 違 っ て い た 。 従 っ て 、 ﹁じ ゃ ﹂ ﹁じ ゅ ﹂

﹁ぢ ゃ ﹂ ﹁ぢ ゅ ﹂ ﹁ぢ ょ ﹂ と も 違 っ て い た 。

﹁ぢ ﹂ と は 発 音 が 違 っ て お り 、 ﹁ず ﹂ と

い た 。 ﹁く わ﹂ ﹁ぐ わ﹂ は 2  ﹁じ ﹂ と ﹁じ ょ ﹂ と

﹁わ ﹂ ﹁い﹂ ﹁う ﹂ ﹁え ﹂ ﹁お ﹂

﹁は ﹂ ﹁ひ ﹂ ﹁ふ ﹂ ﹁へ﹂ ﹁ほ ﹂ と 発 音 さ れ た 。 こ の 当 時 教 養 あ る 人 は 、

3  ﹁は ﹂ ﹁ひ ﹂ ﹁ふ ﹂ ﹁へ ﹂ ﹁ほ ﹂ は 、 大 体 こ の 時 代 ご ろ ま で 、 語 中 ・語 尾 に 来 て も と 同 じ にな ら ず 、 語 頭 に あ る時 と 同 じ に そ う いう 発 音 を し た で あ ろ う 。

﹁た

﹁蝶 々 ﹂ の 発 音 は 、

﹁カ ﹂＋﹁ウ ﹂、 ﹁コ ﹂＋﹁ウ ﹂、 ﹁ケ ﹂＋ ﹁ウ ﹂、 ﹁キ ﹂＋﹁ウ ﹂ の 音 だ った 。 同 様 に 、 ﹁さ う ﹂ ﹁そ う ﹂ ⋮ ⋮

4  ﹁か う ﹂ ﹁こ う ﹂ は 、 今 の よ う な コー で は な く 、 ﹁け う ﹂ は キ ョー で は な く 、 ﹁き う ﹂ は キ ュー で は な く 、 そ れぞれ

う ﹂ ﹁と う ﹂ な ど も す べ て 同 様 だ った 。 ﹁か ふ ﹂ ﹁さ ふ ﹂ ⋮ ⋮ の 類 も 同 様 で あ り 、 従 って 文 字 ど お り 、 テ フ テ フ だ った 。

と こ ろ で 、 歴 史 的 仮 名 遣 い を そ の 通 り 読 ん だ ら 、 そ の ま ま 平 安 朝 時 代 の 日 本 語 に な る と いう わ け で は な い 。 そ

れ 以 外 に も 相 違 点 が あ る。 た だ し 、 平 安 朝 時 代 の言 葉 と 言 っても 、 日 本 語 で あ る以 上 、 現 代 語 と 変 ら な い点 も 多

か った 。 こ こ で は 漢 語 を 除 き 、 違 っ て い た に 相 違 な い と 考 え ら れ る 以 外 の 部 分 は 、 な る べ く 現 代 語 と 同 じ だ っ た

と 見 る 立 場 を と る 。 ナ 行 音 ・ マ行 音 ・ラ 行 音 は そ の 例 だ 。 違 って い た と こ ろ を 五 十 音 順 に 述 べ る と 次 の よ う で あ る。

︹e ︺ だ った か も し れ な い 。

﹁え ﹂ が︹je︺ の よ う な 、 子 音＋ 母 音 だ った た

1  母 音 だ け の 音 節 の う ち 、 ﹁え ﹂ は︹je︺ だ った ら し い 。 平 安 朝 の 和 歌 に 、 ﹁あ ﹂ ﹁い ﹂ ﹁う ﹂ は 字 余 り が 許 さ れ て も 、 ﹁え ﹂ は 許 さ れ な か った が 、 中 田 祝 夫 氏 は 、 こ れ を

め で あ ろ う と 言 わ れ る 。 た だ し 、 そ れ は 語 中 ・語 尾 の 場 合 で 、 語 頭 で は

2  馬 淵 和 夫 氏 に よ る と 、 ﹁お ﹂ は こ の こ ろ そ ろ そ ろ ﹁を ﹂ と 紛 れ は じ め て いた 。 教 養 のな い 階層 の 人 た ち の

間 で は 語 頭 で は す べ て ︹o︺、 語 中 ・語 尾 で は す べ て ︹wo︺ に な って い た か も し れ な い。 こ の テ ー プ で は 、 ﹁夕 顔 ﹂ に 出 て く る右 近 の言 葉 に は 、 混 同 し た 形 を 使 わ せ て み た 。

3  ﹁ う ﹂ は ﹁う め ﹂ ﹁う ま ﹂ のよ う な 場 合 は ︹m︺で あ った 。 音 韻 論 的 に は撥 ね る 音 だ った 。

4  ﹁東 ﹂ は ﹁と う ﹂ と 仮 名 を 振 り 、 ﹁行 ﹂ は ﹁か う ﹂ と 仮 名 を 振 る が、 こ の ﹁う ﹂ は 当 時 ︹〓︺ に 近 い音 だ っ

た と 推 定 さ れ る 。 中 国 か ら ︹〓 ︺ の音 で輸 入 さ れ た。 ﹃類 聚 名 義 抄 ﹄ の 字 音 の 表 記 に は 、 そ のよ う な ﹁う ﹂

に 対 し て は わ ざ わ ざ 特 殊 な 記 号 を 付 け て いる 。 し か し 、 今 の人 が フ ィ ル ム を ヒ ル ム と も 言 う よ う に、 こ の

﹁う ﹂ を ︹u︺ で発 音 す る 人 も 多 か った か も し れ な い。 こ こ で は 便 宜 上 、 俗 語 的 な も の は ︹u︺ と し 、 ﹁東 宮 ﹂ の ﹁東 ﹂ の よう な 堅 い感 じ の漢 語 で は ︹〓︺ を 使 って み た 。

5  同 様 に ﹁令 ﹂ の ﹁い﹂ の音 も 元 来 は ︹〓 ︺ で あ った は ず であ る が、 こ れ は ﹁れ い﹂ の ︹e︺ の母 音 に 引 か れ

て 早 く ︹ⅰ︺にな って いた か も し れ な い。 こ と に 日本 語 化 し た 単 語 では︹i︺の音 にな って い た ろ う 。

6  カ 行 の音 節 で は ﹁き ﹂ ﹁け ﹂ と 書 か れ る 字 音 語 のう ち 、 ﹁鬼 ﹂ ﹁貴 ﹂ な ど は ︹kw ︺iで あ り 、 ﹁華 ﹂ ﹁化 ﹂ な

ど は ︹kwaま ︺た は ︹kw︺eだ った 。 つま り 、 字 音 仮 名 遣 い で は これ ら は 正 し く ﹁く ゐ ﹂ ﹁く ゑ ﹂ と 書 く べ き も の であ った 。

7  カ 行 の音 節 が 語 中 ・語 尾 に来 る 時 、 今 の東 北 方 言 のよ う に 、 子 音 は 有 声 音 の ︹〓︺ に な った ろ う と いう 説

が あ り 、 説 得 力 を も つ。 し か し 、 き れ いな 感 じ を 与 え な いの で 採 用 し な か った 。 同 様 に 語 中 ・語 尾 のタ 行 子 音 も 、 現 在 と 同 じ く 無 声 音 の ︹t︺だ った と考 え た 。

8  ガ 行 子 音 は 、 語 中 ・語 尾 の場 合 、 鼻 音 を 伴 った 有 声 破 裂 音 、 つま り ︹〓 ︺ と 表 記 す べき 音 で あ った ろ う

と 推 定 す る 。 これ は 、 現 在 高 知 県 か ら 四 国 の中 部 に か け て や 、 近 畿 南 部 の熊 野 地 方 な ど の方 言 に 見 ら れ る 音

で あ る 。 九 州 方 言 な ど の ︹〓︺ 音 は 、 そ の鼻 音 要 素 を 振 い落 し た も の、 今 の標 準 語 の ︹〓 ︺ は 鼻 音 の要 素 が

︹〓 ︺ と 合 体 し た も のと 想 定 す る 。

︹〓 ︺ で あ った ろ う と い う 論 は か な り 有 力 で あ る が 、 ﹃名 義

﹁サ ﹂ と

︹ｓ︺ 音 で

9  サ 行 子 音 の 音 価 は 難 し い。 馬 淵 和 夫 氏 に よ る 抄﹄な どには ︹ts︺で あ り 、 鎌 倉 時 代 は

﹁シ ャ﹂ の 使 い 分 け あ り と 見 ら れ る 。 有 坂 秀 世 博 士 ・森 博 達 氏 の 説 に よ っ て 平 安 朝 の

初期 のころは

︹ｐ︺音 が

︹ｓ︺ 音 に な っ て い た で あ ろ う 。 し た が

︹s︺ で あ った と い う 考 え を も と に す る と 、 現 在 と 同 じ く

あ っ た と 見 る 方 が よ い と 思 う 。 ︹ts︺で あ っ た 可 能 性 も あ る が 、 の ち に 述べ る よ う に こ の こ ろ は ︹ｔ ︺ｓ音 は

︹頃〓 ︺ で あ っ た ろ う 。 こ れ は 、 ず っと 江 戸 時 代 ま で 続 い て いた し 、 現 代 の 諸 方 言 の う

﹁さ ﹂ ﹁ す ﹂ ﹁そ ﹂ と は 違 い 、 ︹〓︺ ・︹〓︺ ・︹〓︺ で あ った と 考 え ら

︹〓 ︺ 音 に な って し ま って いた と す る と 、 そ れ に平 行 し て

﹁せ ﹂ は

っ て 、 ﹁し ゃ﹂ ﹁し ゅ ﹂ ﹁し ょ ﹂ は そ れ ぞ れ れ る。 た だ し

︹〓 ︺ と い う 地 方 が 多 い。

︹ts音 ︺ の語 と し て輸 入 さ れ た も の が あ り 、 堅

ち に も 、 九 州 方 言 や 、 近 畿 ・四 国 の 周 辺 部 、 北 睦 ・北 奥 方 言 の よ う に な  お、 字 音 語 の中 に は 、 今 サ 行 音 にな って いる も の の中 に

︹ts︺の 音 を 使 って い た も の も あ っ た か と 考 え た 。 こ れ に 平 行

︹z ︺ で あ った と 考 え ち れ る 。 つ ま り 、 現 在 の 標 準 語 の ザ 行 音

︹ti

︹〓︺ で あ る の に 応 じ て

︹〓︺・

︹〓︺ で あ っ た と 見

︹tiと ︺い

︹t︺ uと 言 う の は 、 高 知 県 全 般 を は じ め 、 大 分

︺︹ でt、 u﹁ ︺た ﹂ ﹁て ﹂ ﹁と ﹂ と 子 音 を 同 じ く し て い た 。 ﹁ち ﹂ を

﹁せ ﹂ が

(こ れ は

︹〓︺音の 語 と し て 輸 入 さ れ て い た も の が あ っ た と 考 え 、 専 門 語 の 中 に そ の よ う な も

い専 門 的 な 語 の中 に は 、 こ の当 時 も 正 し く は し て シ ャ行 音 の中 に は の が あ った と 想 定 し た 。 10  ザ 行 音 は サ 行 音 に 平 行 し て 子 音 は

﹁ぜ ﹂ は

︹dz︺ で あ る) と は ち ょ っ と 違 っ て い た こ と に な る 。 ﹁じ ﹂ ﹁じ ゃ ﹂ ﹁じ ゅ ﹂ ﹁じ ょ ﹂ も そ れ に 応 じ て ︹〓︺ ・︹〓︺・︹〓︺ で あ った で あ ろ う 。 ま た

﹁ち ﹂ ﹁つ﹂ が

る 。 こ れ も 今 、 九 州 方 言 そ の 他 に 残 って い る 。 11  タ 行 音 で は

う 習 慣 は 、 雅 楽 の ヒ チ リ キ の 譜 な ど に 残 っ て い る 。 ﹁つ﹂ を

県 や 山 梨 県 の 山 間 部 、 東 京 都 下 の伊 豆 新 島 の方 言 な ど に 残 って いる。

・︹t︺ j・ u︹ ︹d tj j・ a o︹ ︺ ︺dju ・︹ ︺d︺ jo

  ダ 行 音 の ﹁ぢ ﹂ ﹁づ﹂ も 、 し た が って ︹d︺i ・︹du︺で、 そ の た め ﹁じ ﹂ ﹁ず ﹂ と の 違 い は 明 瞭 で あ った。 ﹁ち ゃ﹂ ﹁ち ゅ﹂ ﹁ち ょ ﹂ ﹁ぢ ゃ﹂ ﹁ぢ ゅ﹂ ﹁ぢ ょ﹂ も そ れ に応 じ て︹tja︺

で あ った と 推 定 す る。 も っと も ﹁ち ゅ﹂ ﹁ぢ ゅ﹂ を 除 いて は 早 く 今 のよ う な 音 にな って いた か も し れ な い。

12  ダ 行 音 が 語 中 ・語 尾 に 来 た 時 、 前 に鼻 音 の ︹n︺ が 短 く は い った こ と を 示 す 例 が 幾 つか あ る 。 ﹁ふ み て ( 文

手)﹂ か ら 変 化 し た ﹁ふ で ( 筆)﹂、 ﹁あ ら ず て ﹂ ( あ る いは ﹁あら に て﹂) か ら 変 化 し た ﹁あ ら で﹂ の よ う な 場 合

な ど は 特 に そ う だ った こと を 想 像 さ せ る。 こ れ は、 現 在 高 知 県 そ の他 四 国 中 央 部 の方 言 、 熊 野 地 方 の方 言 、

北 越 ・北 奥 か ら 北 海 道 西 南 部 の方 言 に見 ら れ る の と 同 じ も の で 、 これ ら の方 言 で は 、 語 中 ・語 尾 の ダ 行 音 の

場 合 に は 、 例 外 な く 鼻 音 が挿 入 さ れ て いる 。 中 央 の方 言 でも 室 町 時 代 末 期 で は そ う であ った こと を 見 る と 、

平 安 朝 の当 時 の言 語 も そ う であ った 可 能 性 が 大 いにあ る 。 前 回 は 少 し で も 現 代 語 か ら 離 れ な いよ う に と の意

図 か ら ︹n︺ の挿 入 は 必 要 限 度 に と ど め た が 、 今 回 は 思 い 切 って、 語 中 ・語 尾 の ダ 行 音 の前 に は 規 則 的 に鼻 音 が 入 った と解 し た 。 改 悪 にな って いた ら お わ びす る 。

たも の であ る が 、 現 在 で は 平 安 朝 の ころ の ハ行 子 音 は 、 無 声 両 唇 摩 擦 音 ︹〓 ︺ だ った ろ う と いう の が定 説 で

13  ハ行 音 は 、 上 田 万 年 博 士 の ﹁Ｐ音 考 ﹂ な ど 、 明 治 以 後 の学 者 に よ って そ の変 遷 が 最 も 詳 し く 研 究 さ れ てき

あ る 。 ち ょう ど 、 こ の時 期 に、 語 中 ・語 尾 の ハ行 の 子 音 が ︹Ｗ︺の音 に変 り つ つあ る の で、 そ れ か ら 見 ても 、

︹〓 ︺ 音 だ った と す る の は 穏 当 であ る 。 こ の テ ー プ で は ﹁夕 顔 ﹂ に出 て く る 院 の預 り の子 な ど 教 養 のな い階

層 の人 た ち に は 語 中 ・語 尾 のも の に は ︹Ｗ ︺ の音 を 使 わ せ て み た 。 な お ハ行 子 音 は 奈 良 朝 ご ろ ま で は 、 ︹ｐ ︺

あ る いは ︹ｐ〓︺ の音 だ った ろう と 言 わ れ て いる 。 こ の時 代 に も 、 詰 め る 音 や撥 ね る 音 の直 後 な ど のも の は 、 ︹ｐ︺ 音 であ った と 推 定 さ れ る 。

︹ｎ︺ であ る 。 こ れ は 鎌 倉 時 代

に は 区 別 が 失 な わ れ た が、 平 安 時 代 中 期 に はま だ 区 別 が あ った と 見 ら れ る 。( 中田祝夫氏 ﹃ 古点本 の国 語学的 研究﹄

14 撥 ね る 音 に は 、 こ の こ ろ 二 種 類 の も の があ った と 推 定 さ れ て いる 。 ︹ｍ︺

総論編 ・九八七 ページ以下) ︹m ︺ は ﹁む﹂ と 表 記 さ れ て いる も の が そ れ で 、 助 動 詞 ﹁む ﹂ ﹁ら む﹂ ﹁け む ﹂ な ど

も そ れ であ り、 ﹁神 嘗 ﹂ ﹁飲 み て ﹂ な ど が 音 便 形 を と る と き に も 用 いら れ た 。 ま た 漢 字 音 に も ﹁三 ﹂ ﹁心 ﹂ な

ど に 見 ら れ た 。 これ は 一つ の音 節 を 形 成 し て いた こ と 、 現代 の撥 ね る 音 と 同 様 で あ る 。 そ れ に 応 じ て ︹n

の方 は ﹁往 に し ﹂ ﹁死 に て﹂ な ど の ﹁に ﹂ や ﹁あ る め り ﹂ ﹁あ るな り ﹂ の ﹁る ﹂ の 音 便 形 な ど に 用 いら れ た が、

こ れ は 一つ の音 節 を 構 成 し ては お ら ず 、 前 の音 節 の末 尾 を な し て いた こ と 、 今 の英 語 や 中 国 語 な ど 多く の外

︹n︺ の撥 ね る 音 の方 は 、 無 表 記 の ま ま で 表 わ し て いる こ と を 注 意 さ れ た が、 こ の 事 実 と 関 係 あ ろ う 。

国 語 の ︹〓︺ や ︹n︺ の よ う な も ので あ った と 見 ら れ る 。 中 田 氏 は ︹m ︺ の撥 ね る 音 は 仮 名 で表 記 さ れ て いる が

真 言 宗 の声 明 で、 ﹁ム﹂ ﹁ン﹂ 二つ の漢 字 音 の韻 尾 を と も に ︹〓 ︺ の 音 に 唱 え る が 、 ﹁ム ﹂ の方 は 母 音 か ら 早

く ︹〓︺ に 移 り 、 そ のあ と で 声 を 引 く に 対 し て 、 ﹁ン﹂ の方 は、 母 音 の ま ま で声 を 引 き 、 声 を 切 る 直 前 に

︹〓 ︺ の音 に 言 いか え る 習 慣 が あ る のも 、 こ の事 実 を 反 映 し て いる も の であ ろ う 。 小 稿 ﹁音 韻 史 資 料 と し て の真 言 声 明 ﹂ ( ﹃ 国語学﹄四三所載 の八-九 ページ)を 参 照 。

15  詰 め る音 は 音 便 形 や 漢 字 音 の中 に現 わ れ る が、 こ れ も 一音 節 を な し て いな か った と 思 わ れ る 。

16  引 く 音 も 当 時 は ま だ 一つの音 節 を な し て は お ら ず 、 一個 の 音素 と し て も 確 立 し て いな か った 。 が 、 口頭 で

は 今 よ り 多 く 用 いら れ て いた と 見 ら れ る 。 一音 節 の名 詞 や動 詞 ・形容 詞 の語 幹 や 、 そ う で な く ても 、 ア ク セ

ント の 面 で 平 軽 声 や 、 去 声 の調 価 を も つ音 節 は、 長 目 に発 音 さ れ たも のと 見 ら れ る 。

  アク セ ント の部

﹃源 氏 物 語 ﹄ を 当 時 の 発 音 で読 む た め に は 、 個 々 の 音 節 の母 音 ・子 音 の音 価 を 明 ら か にし た だ け で は だ め で、 そ

れ ら の音 節 を ど のよ う な 抑 揚 を 付 け て当 時 し ゃ べ って いた か、 いわ ゆ る当 時 の ア ク セ ント を 明 ら か に す る こ と が

望 ま れ る。 こう 言 う と、 当 時 の ア ク セ ント のよ う な も の がわ か る か と 疑問 に思 う 方 が あ る かも し れ な い。 し か し 、

平 安 朝 の末 ごろ の京 都 語 に つ い て は 、夥 し い数 のア ク セ ント 資 料 が あ り 、 ﹃源 氏 物 語 ﹄ の時 代 も 、 そ れ と た いし

て 変 わ って いな か った ろ う と いう 証 拠 が あ る 。 平 安 末 期 のア ク セ ント 資 料 と は 、 ﹃類 聚 名 義 抄 ﹄ ﹃ 金 光 明最 勝 王 経

音 義 ﹄ と い った 各 種 辞 書 の和 訓 や 、 ﹃日本 書 紀 ﹄ のよ う な 漢 文 書 籍 の和 訓 に 施 さ れ た ア ク セ ント 記 号 が そ れ であ

り 、 さ ら に 、 平 安 朝 末 期 以 後 で き た 仏 教 声 明 の類 で 現 在 ま で そ の抑 揚 が 伝 え ら れ て いる も の が そ れ であ る。 ま た

﹃源 氏 物 語 ﹄ の 時 代 と 平 安 末 期 と が 同 じ よ う だ った ろう と いう の は 、 ﹃源 氏 物 語 ﹄ よ り少 し前 の時 代 に でき た ﹃和

名 抄 ﹄ と いう 百 科 事 典 に あ る 字 音 語 の説 明 が 、 そ れ を 示 し て いる ほ か に 、 最 近 に な って島 根 大 学 講 師 の高 山 倫 明

氏 に よ って 、 奈 良 朝 時 代 の 日本 語 の ア ク セ ント も 平 安 末 期 の そ れ と あ ま り 変 わ って いな いこ と が証 明 さ れ た ( ﹃ 金

田 一春彦古稀記念論交集﹄第 一巻所載 の高山倫 明 ﹁日本書紀 の音仮名とその原音声調 について﹂)か ら 、 一層 確 実 にな った 。 し

か も ア ク セ ント には 次 の 1 2 3 のよ う な 性 格 があ る の で、 以 上 のよ う な 資 料 を も と にし て、 か な り大 胆 に当 時 の ア ク セ ント を 再 構 でき る は ず であ る 。

  1  型 の有 限 性 の原理

  ア ク セ ント の型 と いう も の は、 ご く 少 数 に 限 ら れ て いる 。 上 に あ げ た 資 料 によ る と 、 平 安 朝 の ア ク セ ント は、

現代 のど こ の方 言 よ り も 複雜 だ った と 推 定 さ れ る が、 し か し ほ と ん ど す べ て の単 語 は ● ( 高 い音節 ) と○ ( 低い

音節 ) と の組 み合 せ であ る 。 稀 に●○( 下降 調 の音 節 )と○ ● ( 上 昇 調 の音節 )と があ った と 見 ら れ る が 、 そ れ は ご

く 限 れ ら れ た 位 置 に し か 来ず 、 ま た そ れ が現 れ る 語 彙 は 少 い。 た と え ば 、 二 音 節 語 に あ った 音 調 の種 類 は 次 のよ う であ り 、 そ れ に 属 す る 語彙 は 次 の よ う であ った と 見 ら れ る 。

  ● ● 型   ﹁風﹂ ﹁顔 ﹂ ﹁粥 ﹂ ﹁霧 ﹂ ﹁こ れ ﹂ ﹁袖 ﹂ ﹁鳥 ﹂ ﹁西 ﹂ ﹁端 ﹂ ﹁道 ﹂ ﹁宵 ﹂ ﹁言 ふ ( 動 詞連 体 形)﹂ ﹁聞 く ( 同)﹂

﹁泣 く ( 同)﹂ ﹁行 く ( 同 )﹂ ﹁せ む﹂ ﹁こ は﹂ ﹁戸 を ﹂ ﹁身 の﹂ ﹁世 に﹂ ﹁こ の﹂ ﹁そ の﹂。

  ● ○ 型  ﹁か ど( 門 )﹂ ﹁人 ﹂ ﹁昼 ﹂ ﹁胸 ﹂ ﹁わ ざ ( 業 )﹂ ﹁言 ふ(動 詞終 止 形)﹂ ﹁行 く( 同 )﹂ ﹁上 げ ( 動 詞連 用 形)﹂

﹁荒 れ ( 同 )﹂ ﹁濡 れ ( 同)﹂ ﹁引 き ( 同 )﹂ ﹁言 へ ( 動 詞命令 形 )﹂ ﹁聞 け ( 動 詞已 然 形)﹂ ﹁せ ず ﹂ ﹁か く ﹂ ﹁い と﹂ ﹁か の﹂。   ● ● ○型   (稀 ) ﹁溝 ﹂ ﹁往 ぬ ﹂。   ○ ○ 型   ﹁池 ﹂ ﹁鬼 ﹂ ﹁こ と ﹂ ﹁さ ま ﹂ ﹁月 ﹂ ﹁殿 ﹂ ﹁花 ﹂ ﹁山﹂ ﹁夜 の﹂。

  ○ ● 型   ﹁息 ﹂ ﹁今 ﹂ ﹁か み (上 )﹂ ﹁此 処 ﹂ ﹁筋 ﹂ ﹁空 ﹂ ﹁ほ か ﹂ ﹁我 ﹂ ﹁見 る( 動 詞 連 体 形)﹂ ﹁来 ( き )し ﹂ ﹁見 し ﹂ ﹁火 は ﹂ ﹁た だ ﹂ ﹁ま だ ﹂ ﹁わ が ﹂。

  ○ ● ○型   ﹁秋 ﹂ ﹁影 ﹂ ﹁汗 ﹂ ﹁声 ﹂ ﹁露 ﹂ ﹁あ り ( 動 詞 終 止 形 ・連 用 形 )﹂ ﹁さ り ( 同 )﹂ ﹁な し ( 形 容 詞終 止 形)﹂

﹁起 き ( 動 詞連 用形 )﹂ ﹁立 ち ( 同)﹂ ﹁召 し ( 同)﹂ ﹁見 え ( 同)﹂ ﹁な き (形容 詞連 体 形)﹂ ﹁な ほ ﹂ ﹁火 も ﹂ ﹁さ も ﹂。   ● ○○ 型   (稀 ) ﹁居 て﹂ ﹁率 (ゐ ) て﹂。   ○ ●● 型  (稀 ) ﹁見 て﹂。

  ○ ●○ 型   ﹁よ く ( 形容 詞連 用 形)﹂ ﹁な く ( 同)﹂ ﹁とく ( 同 )﹂ ﹁ま つ﹂ ﹁や や﹂ ﹁何 ぞ ﹂。

  そ う し て名 詞 な ど は各 型 に 所属 語彙 があ る が、 動 詞 や 形 容 詞 にな る と 変 異 が 少 な く 、 音節 の数 が ふ え ても 、 原

則 と し て 二 種 類 の型 のど れ か に 属 す る傾 向 が あ る。 た と え ば 、 二音 節 語 の動 詞 は 終 止 形 で いう と 、 ● ○ 型 か○ ●

○型 か の いず れ か に属 す る が ご と く であ る 。 ﹁往 ぬ ﹂ が ● ● ○型 にな って いる が、 こ れ は ナ 行 変 格 活 用 と いう こ と

が原 因 で、 特 殊 な 型 に な って いる も の であ る 。 そ のた め に第 一音 節 が ● で あ る か ○ であ る か がわ か れ ば 、 第 二 音

節 の声 調 は 推 定 でき る ご と く で あ る 。 こ の こと は 現 在 の標 準 語 の ア ク セ ント を 考 え ても 思 い当 た る であ ろう 。

  2  型 の照応 の原 理

  一つの 語 に 、 語 源 の上 で関 係 あ る 語 は 、 規 則 的 に 型 が類 推 でき る よ う にな って い る。 た と え ば 、 平 安 朝 の語 で、

終 止 形 が ● ○ 型 の動 詞 は 、 連 体 形 は ● ● 型 と いう ご と く であ る ( 前 にあ げた ﹁行 く ﹂﹁言 ふ﹂を 参 照)。 こ のよ う な

関係 は 活 用 形 相 互 の 間 だ け で は な く 、 一つ の語 と そ れ から 派 生 し た 他動 詞 あ る いは 自 動 詞 の間 、 動 詞 と そ れ か ら

転 成 し た 名 詞 の間 、 と いう よ う な 場 合 にも 見 ら れ 、 法 則 で律 す る こ と が でき る 。 複 合 語 に 関 し て も 、 そ の先 部 成

素 の型 と 後 部 成 素 の 型 の組 み合 せ によ って 、 出 来 あ が った 語 の型 が き ま ると いう 傾 向 が あ る 。 一般 に 一つ の語 の

第 一音 節 が ● ( ま た は ● ○) の場 合( こ れを高 起 式 の語と いう ) は、 こ の語 と 同 源 の 語 の第 一音 節 も ●( ま た は ●

○) であ り 、 一つ の語 の第 一音 節 が○( ま た は ○ ●) の場 合 ︵これを 低 起 式 の語 と いう ) に は 、 そ の語 と 同 源 の第 一音 節 も○( ま た は ○ ●) であ る と いう 、 大 き な 法 則 があ る 。

  3  型 の対応 の法 則

  前 々項 1 に あ げ た ● ● 型 の条 の語 を 見 て いく と 、 今 の標 準 語 で○ ● 型 ( 助 詞 が 付 く と ○ ● ▼型 ) の語 が 多 い こ

と に 気 付 く で あ ろ う 。 ﹁風 ﹂ ﹁顔 ﹂ ⋮ ⋮ ﹁言 う ﹂ ﹁聞 く ﹂ な ど 、軒 並 み そ う だ 。こ の 場 合 、品 詞 の 区 別 、意 味 の 区 別

を 問 わ な い。ま た 、● ○ 型 の条 の 語を 見 て いく と 、こ れま た 標 準 語 で ○ ● 型 ( 助 詞 が 付 け ば ○ ● ▽型 ) の語 が 多 い。

  ア ク セ ント に は こ の よ う に、 あ る 時 代 のあ る 方 言 で 同 一の型 の語 は、 他 の時 代 の他 の方 言 でも 同 一であ る と い

に由 来 す る性 格 であ る が 、 これ は 平 安 朝 時 代 の ア ク セ ント を 推 定 す る場 合 にも 、 き わ め て有 力 な 法 則 と いう べき

う 性 格 が あ る 。 これ は ア ク セ ント と いう も のが 、 変 化 を す る と き に規 則 的 な 変 化 を 遂 げ る と いう 性 質 があ る こ と

であ る 。

  こ と に 平 安 朝 時 代 の 日本 語 の直 接 の 子孫 と 称 す べ き 、 今 の京 都 方 言 のア ク セ ント な ど は当 時 の ア ク セ ント を 考

え る 最 も 有 力 な 資 料 であ る 。 ま た 京 都 ア ク セ ント よ り 、 も っと 古 い時 代 の ア ク セ ント の姿 を 伝 え て いる 方 言 が あ

れ ば 、 そ れ はさ ら に有 力 な 資 料 の は ず であ る 。 方 言 のア ク セ ント の研 究 は 、 今 す こ ぶ る 進 ん だ 段 階 にな って いる

が、 現 在 のと こ ろ 、 平 安 朝 時 代 の京 都 語 の ア ク セ ント に 最 も 近 い性 質 を も って いる方 言 は 、 数 年 前 、 鳴 門 教 育 大

学 教 授 の和 田 実 氏 に よ って報 告 さ れ た 、 香 川 県 観 音 寺 市 の沖 合 にう か ぶ伊 吹 島 の方 言 であ る 。

  平 安 朝 の ア ク セ ント に つ い て は 、 そ の他 注 意 す べき こと と し て 、 助 詞 ・助 動 詞 の独 立 性 が 今 よ り 強く 、 比 較 的

独 立 し た 一語 の よ う な ア ク セ ント を も って いた ら し いと いう こ と が 言 え そ う であ る 。

﹃源 氏 物 語 ﹄ の ア ク セ ント に つ いて は 、 以 上 のよ う な 種 々 の性 質 を 考 慮 に 入 れ て再 構 を し て いく わ け で あ る が、

小 学 館 刊 行 の ﹃日 本 国 語 大 辞 典 ﹄ に は 、 個 々 の語 に知 ら れ る限 り に お いて 過 去 の時 代 の ア ク セ ント が 注 記 し て あ

る。 そ の他 、 型 の対 応 の条 な ど に つ い て は、 国 語 学 会 編 ﹃国 語 学 大 辞 典 ﹄ の八︲ 九 ペ ー ジ の ﹁ア ク セ ン ト に よ る

類 別 語彙 表 ﹂、 金 田 一春 彦 著 ﹃国 語 ア ク セ ント の史 的 研 究 ﹄ あ た りを 御 一覧 願 う 。

  こ こ に以 下本 文 の注 に 引 用 す る 文 献 に つ い て 一通 り 簡 単 に 紹 介 し て お こ う 。

つ い て いる か ら 、 (高 ) の 型 、 ク ミ は 平 声 点 が 二 つ つ い て いる

じ ア ク セ ント で あ った こ と が 知 ら れ る 。 次 の行 の ヲは 上 声 点 が

りイ ト と いう 語 は 、 (低 高 ) 型 、 イ ト と いう 、 現 在 の京 都 と 同

に つ い て い る も のは 、 上声 点 と 呼 ば れ て高 い音 を 表 わ す 。つ ま

いる も の は 平声点 と 呼 ば れ て低 い音 を 表 わ し 、 ト のよ う に左 肩

と 呼 ば れ 、 ア ク セ ント を 示 す 符 号 で、 イ のよ う に左 裾 に つ いて

﹁イ ト ﹂ と いう ﹁訓 ﹂ の左 側 に 小 点 が つ い て い る 。 こ れ が 声点

と 訓 が 示 さ れ て いる が 、 ﹁イ ト ﹂ ﹁ヨ ル﹂ ﹁ミ チ ﹂ は そ の 訓 で、

  図 一に掲 げ た のは ﹃ 類 聚 名 義 抄 ﹄ と いう 平 安 末 期 に 出 来 た 漢 字 辞 典 であ る 。 第 二 行 に は ﹁絲﹂ と いう 漢 字 の音

図一  類 聚名 義抄(観 智院本)

集 ﹄ の写 本 、 ﹃古 今 訓 点 抄 ﹄ ﹃名 目 抄 ﹄ な ど が あ る 。 こ のう ち 、 ﹃和 名 抄 ﹄ か ら ﹃日 本 書 紀 ﹄ ま で の声 点 は 、 平 安

抄 ﹄ ﹃色 葉 字 類 抄 ﹄ ﹃法 華 経 単 字 ﹄、 そ れ か ら ﹃日本 書 紀 ﹄ の写 本 、 ﹃同   私 記 ﹄ の 写本 、 ﹃ 古 今 集 ﹄ の写 本 、 ﹃拾 遺

  こ の よ う な 、 声 点 によ って 古 代 のア ク セ ント を 伺 う こ と の で き る 文 献 と し ては ﹃類 聚 名 義 抄 ﹄ の ほ か に ﹃ 和名

よ う な 例 で、 イ ト のよ う な 例 は 平 上型 、 ヲ のよ う な 例 は 上 型 、 ク ミ は 平 平 型 、 フは 去 型 と 呼 ぶ こ と に す る 。

﹃図 書 寮 本 ・名 義 抄 ﹄ のよ う に 呼 ぶ 。 た だ 、 ﹃ 名 義 抄 ﹄ と いう 時 は こ の ﹃観 智 院 本 ・名 義 抄 ﹄ を さ す 。 な お 、 右 の

し な い。 本 文 の中 では 、 声 点 の正 確 な 位 置 を 知 る た め に こ の本 以外 の ﹃名 義 抄 ﹄ を 使 う こと が あ り 、 そ の場 合 は

あ り 、 徳 声 点 と 呼 ば れ て、 (高 ) か ら (低 ) へ降 る 音 調 を 表 わ す も のも あ る は ず で あ る が 、 こ の本 で は は っき り

あ る が、 時 々書 き ち が いが あ る の は残 念 であ る 。 声 点 に は こ の ほ か に右 裾 か ら 少 し 高 い位 置 に 点 を つけ た も の が

と 呼 ば れ て い る本 で、 全 十 巻 完 備 し、 夥 し い声 点 の例 が 見 ら れ る の で、 古 代 アク セ ント 資 料 と し て有 難 いも の で

の ア ク セ ント を も って いた こ と が知 ら れ る 。 こ の写 真 に 出 し た 本 は 、 ﹃類 聚 名 義 抄 ﹄ の 写 本 の中 で 、 ﹁観智 院 本 ﹂

点 が つ いて い る。 これ は 去 声点 と 呼 ば れ 、 (低 ) か ら (高 ) へ移 る 音 調 を 表 わ す も の で 、 フ は フ ウ と いう 上 昇 調

か ら 、 (低 低 ) と いう 低 い平 ら な 型 で あ った 。 次 の 行 に は ﹁経 ﹂ と いう 漢 字 に 対 し て フと いう 訓 が あ り、 右 肩 に

図二   日本書紀(前 田家本)

図三  古 今集(寂 恵本)

朝 末 期 の ア ク セ ント を 表 わ す が、 ﹃ 古 今 集 ﹄ ﹃拾 遺 集 ﹄ ﹃ 古 今 訓 点 抄 ﹄ ﹃日本 書 紀 私 記 ﹄ の声 点 は 鎌 倉 時 代 の ア ク セ

ント を 、 ﹃名 目 抄 ﹄ の声 点 は 室 町 時 代 の ア ク セ ント を 表 わ す 。 図 二 に は ﹃ 前 田 家 本 ・日 本 書 紀 ﹄ を 、 図 三 に は

﹃寂 恵 本 ・古 今 集 ﹄ を 掲 げ た 。 ﹃類 聚 名 義 抄 ﹄ な ど の辞 書 に載 って いる、 平 安 朝 時 代 の ア ク セ ント を 知 る に は 、 望

月 郁 子 氏 編 の ﹃類 聚 名 義 抄 四 種 声 符 付 和 訓 集 成 ﹄ と いう 便 利 な も の があ る。 ﹃古 今 集 ﹄ の写 本 、 お よ び ﹃古 今 訓

点 抄 ﹄ の声 点 に つ い て は、 秋 永 一枝 氏 の ﹃古 今 和 歌 集 声 点 本 の 研 究 ﹄ の ﹁索 引 篇 ﹂ が あ る。 ﹃日 本 書 紀 私 記 ﹄ の

声 点 に つ いて は 、 上 野 和 昭 氏 編 の ﹃御 巫 本 ・日本 書 紀 私 記 ・声 点 付 和 訓 索 引 ﹄ が あ る 。

  次 に図 四 に 掲 げ た ﹃補 忘 記 ﹄ は 、 江 戸 時 代 初 期 に 観 応 と いう 真 言 宗 の学 僧 が 著 し た 論 議 の参 考 書 であ る。 文 字

の左 側 に付 け た (ヽ) (︱) 二 種 類 の譜 で、 単 語 の ア ク セ ン ト を 示 し て お り 、 そ れ は 馬 淵 和 夫 氏 以 来 、 室 町 時 代

の アク セ ント であ る と 推 定 さ れ て い る。 平 安 朝 と は か な り ち が った ア ク セ ント に な って いる が、 ﹁型 の 対 応 の原

理 ﹂ を 使 って 利 用す る こと が で き る 。 こ こ で、 (ヽ) は ﹁徴 ﹂ と 呼 ば れ て 高 い音 調 を 、 (︱) は ﹁角 ﹂ と 呼 ば れ て

低 い音 調を 表 わ す 。 し た が って ﹁聊か﹂ は イ サ サ カ 、 ﹁如 何 ﹂ は イ カ ンと いう アク セ ント を も って いた こ と が知

図五   四座 講式

ら れ る 。 以 後 、 ﹁聊 か ﹂ のよ う な のは (徴 角 々 々) 型 と 呼 び 、 ﹁如 何 ﹂ のよ う な のは 、 (徴 角 々) 型 と呼 ぶ 。 ﹃補 忘

図 四  補 忘記

雄 氏 の ﹃平 家 正 節 語 彙 索 引︱

記 ﹄ と 同 じ よ う な 性 質 の 文 献 と し て 、 著 者 不 明 の ﹃開 合 名 目 抄 ﹄ が あ る。

  図 五 に 掲 げ た のは ﹃四 座 講 式 ﹄ と いう 、 真 言 宗 に伝 わ る

声 明 曲 の譜 本 で 、 や は り (徴 )、 (角 ) の譜 で そ の旋 律 を 表

わ し て い る。 こ の旋 律 は 鎌 倉 時 代 の ア ク セ ント を 忠 実 に反

映 し て い る と 見 ら れ 、 同 時 代 の ア ク セ ント と し て 扱 わ れ る 。

こ の文 献 の 語 彙 も 、 (徴 ) (角 ) の組 合 せ で 表 記 す る。 ﹃補

忘 記 ﹄ 所 載 のア ク セ ント を 付 し た 語 彙 は、 小 稿 ﹁ 補 忘記 の

節 博 士 つき 語 彙 ﹄ と いう も の が あ る 。

部 分 は 、 (× ×上 々 コ × ×) 型 と 表 記 す る 。 ﹃平 家 正 節 ﹄ によ って ア ク セ ント の伺 わ れ る 語 彙 に つ いて は 、 奥 村 三

そ の ﹁型 の対 応 の原 理﹂ を 活 用 す る こ と によ って 参 考 に な る 。 こ れ を 引 用す る時 は 、 ﹁佐 々木 の 四 郎 ﹂ の よ う な

た と 考 え ら れ る。 江 戸 時 代 であ る か ら 、 ﹃源 氏 物 語 ﹄ の時 代 と は 大 分 隔 た る が、 何 分 、 分 量 が 厖 大 な 資 料 で あ り 、

キ ノ シ が 高 く 、 ロー がま た 低 く 唱 え ら れ た と 見 ら れ る が 、 こ の高 低 の姿 は 、 江 戸 時 代 中 期 の ア ク セ ント を 反 映 し

と を 、 無 譜 の部 分 と 黒 丸 は低 く 唱 え る こと を 表 わ す と 認 め ら れ る 。 し た が って ﹁佐 々木 の 四郎 ﹂ は 、 サ サ が 低 く 、

一部 で、 こ のよ う な と こ ろ で は 、 上 ・コ上 ・黒 丸 ・無 譜 で 歌 詞 の 旋 律 を 表 わ し て いる 。 上 と コ上 は 高 く 唱 え る こ

こ の譜 は 曲 の内 容 に よ って 複 雑 な 様 相 を 呈 す る が 、 写 真 の個 所 は 、 ﹁宇 治 川 ﹂ の 曲 の ﹁口 説 ﹂ と 呼 ば れ る曲 節 の

  図 六 に 掲 げ た のは 、 ﹃平 家 正 節 ﹄ の 一写 本 で、 こ れ は 江 戸 中 期 に著 述 さ れ た 古 典 邦 楽 、 平家 琵 琶 の譜 本 であ る 。

﹃四座 講 式 の研 究 ﹄ 巻 末 の索 引 を 参 照 さ れ た い。

研 究 、 續貂  ﹂ ( 日本方言学会 編 ﹃日本語のアク セント﹄所収)を 、 ﹃四 座 講 式 ﹄ 所 載 のア ク セ ン ト を 付 し た 語 彙 は、 小 著

図六  平 家正節

﹁お ほ む ﹂ と 読 ま れ た と いう 榊 原 邦 彦 氏 の ﹁ 平安朝時代

お ほ ん 時   接 頭 語 ﹁御 ﹂ は 、 平 安 朝 時 代 に は 、 原 則 と し て

した。

え 、 ま た 形 容 詞 の 性 格 を 考 え 、 ● ● ● ● ○ ●○ 型 と 推 定

と見 た。 こ の語、 アク を 示し た文献 はな いが、 語源 を考

や む ご と な き  第 二 音 節 は ﹁み ﹂ の 音 便 と 解 し 、m の撥 音

桐壼 之巻

の ﹃ 御 ﹄ に つ いて﹂ ( もと ﹁ 名古 屋大 学国語 国文学﹂第 二

●● ●● ○型 とし た。

こと が 多 い。 ﹁ 宮 ﹂ は 高 起 型 の 語 であ る こ と を 考 え て 、

宮 づ か へ  五 音 節 の 複 合 名 詞 は 、 最 後 の 一音 節 が○ に な る

下﨟   ﹃古 今 集 ﹄ の 写 本 に (平 々 ) 型 の注 記 あ り 。

(徴 角 ) を そ の ま ま 採 用 す る 。

ほ ど  平安 朝 に アク の用例 な し。 ﹃ 開 合 名 目 抄 ﹄ の表 記 、

一般 の 形 容 詞 の語 尾 と 同 じ と 見 て 、 ● ○と し た 。

﹃四 座 講 式 ﹄ に (角 々徴 ) 型 の 注 記 が あ る 。 第 三 音 節 は

おなじ  ﹃ 図 書 寮 本 ・名 義 抄 ﹄ に (平 々上 ) 型 の注 記 あ り 、

々平 ) 型 の 声 点 があ る 。

そ ね み   終 止 形 ﹁そ ね む ﹂ の 形 に 対 し 、 ﹃ 名 義 抄 ﹄ に (上

る と 、 ○ ○ ● ○ 型 以 外 のも の は考 え ら れ な い。

時 め き   ﹁時 ﹂ と いう 語 を 先 部 成 素 と し て も つ動 詞 を 考 え

と 見 る。

声 点 が 多 く 出 て い る。 ﹁て ﹂ は 高 く も 低 く も 発 音 さ れ た

す ぐ れ て   ﹁す ぐ れ ﹂ に 対 し 、 ﹃ 名 義 抄 ﹄ に (上 々平 ) 型 の

四 に 発 表 、 のち 、 論 文 集 ﹃ 平 安語彙 論考﹄に収録) に従 っ た 。あ と に出 てく る例も す べてこれ に従 う。 なお 例外 は ﹁お ま へ渡 り ﹂ の条 に 述 べ る 。

に 平 声 。 こ れ に 従 って 低 平 型 と 見 る 。 ﹃ 名 目 抄 ﹄ に (上

女 御   ﹃古 今 集 ﹄ の写 本 の 声 点 に よ れ ば 、 ﹁女 ﹂ ﹁御 ﹂ と も

平 ) 型 に表 記 さ れ て い る の は 、 後 世 の変 化 し た 形 と 解 す る。

ｋa 発〓 音とし た と 解 し た 。 ア ク セ ン ト (以 下 ﹁ア ク ﹂ と

更 衣   ﹁更 ﹂ は 、 正 し い漢 音 が ま だ 守 ら れ て い た と 見 て 、

﹃ 類 聚 名義

略 称) は 、 ﹃ 名 目抄 ﹄ に ( 上 平) 型 とあ る のに従う 。

抄 ﹄ は簡 単 に ﹃ 名 義 抄 ﹄ と 呼 ぶ。

あ また  ﹃ 名 義 抄 ﹄ の ア ク 、 (平 々上 ) 型 。 以 後

さ ぶ ら ひ   ﹃名 義 抄 ﹄ の ア ク 、 (上 々 々平 ) 型 。 た ま ひ け る  助 動 詞 ﹁け り ﹂ は 当 時 れ っき と し た 一語 と し て 、 そ れ 自 身 の ア ク を も って いた 。 こ れ は 多 く の 助 動 詞 にあ ては まる 。 い と   ﹃古 今 集 ﹄ の 写 本 の声 点 、 (上 平 ) 型 。

い よ い よ  ﹃図 書 寮 本 ・名 義 抄 ﹄ に (上 々平 々 ) 型 。 ﹃四 座 講 式 ﹄ も (徴 々角 々) 型 。 あ は れ   ﹃四 座 講 式 ﹄ に よ り 、 ○ ○ ● 型 。 そ し り   ﹃図 書 寮 本 ・名 義 抄 ﹄ に動 詞 の ソ シ ル は( 上 々 平 ) 型 。 そ れ よ り (上 々 々 ) 型 と 見 る 。

去声点 を 注し てあ る。

え ﹃ 名 義 抄 ﹄ の ﹁敢 ﹂ の 字 の 条 の 訓 を こ の 語 と 解 す る 。

はゞ か ら せ  ﹁憚る ﹂ は ﹃名 義 抄 ﹄ に( 上 々 々 平) 型 。 ﹁せ ﹂ と いう モ ル フ ェー ム は 、 一般 の助 動 詞 と ち が い、 当 時 は 直 前 の 動 詞 の 語 幹 と 一語 のよ う に 融 合 し 、 動 詞 の 部分 を高 平型 に変 え た。 型を 思わ せ

去平 )型 と いう こ と にな る。 ﹁ 貴 ﹂ は 当 時 は ク ヰと い う

発 音 で、去 声 であ るか ら長 く引 いて発音 され た。

は し た な き   ﹃名 義 抄 ﹄ に ﹁は し た な り ﹂ の ﹁は し た ﹂ の

部分を、( 平 々 上 ) 型 に 注 記 し て い る 。 こ の ﹁な し ﹂ は

﹁無 ﹂ の意 味 で は な く 、 ﹁な り ﹂ の意 味 と 見 ら れ る の で 、

○○ ○型 ○ ●と ○ 推定 され る。

か た じ け な き   ﹁か た じ け ﹂ の部 分 、 ﹃名 義 抄 ﹄ に (上 々 々 々) 型 と あ る 。

る 。 平 安 朝 に は ○ ○ ○ ● ○ 型 だ った と 解 す る 。

大 納 言   ﹃平 家 正 節 ﹄ の 譜 に、 ( 上 々 × × ×) 型 と つ いて い

母  ﹃ 名 義 抄 ﹄ で (平 上 ) 型 ら し い の で 、 そ れ によ る 。

(平 々) 型 で は な か った ら し い。

いに し へ  ア ク 、 語 源 的 に 分 類 し て、 イ ニ シ ヘと 解 す る 。

( 上 達 部 ) ﹃名 目 抄 ﹄ に ● ●○○○

う ち 具 し   ﹃補 忘 記 ﹄ に ﹁ 具 ﹂ は呉 音 では 平 声 であ る。 こ

かん だ ちめ

る 声 点 が あ り 、 平 安 朝 に は ○ ○ ○ ● ○ 型 で あ った と 推 定

  ﹁方 々 ﹂ は 文 献 に ア ク の注 記 がな い。 ﹁ 方 ﹂だ

も て な し   語 源 を 考 え て、 ﹁も ﹂ と ﹁て ﹂ の 間 に 促 音 が あ

の発 音 が 呉 音 な の で 、 呉 音 の 入 声 な ら ば 低 平 調 。

儀 式  ﹃ 色 葉 字 類 抄 ﹄ に (平 入 ) 型 に 注 記 し て いる 。 ﹁式 ﹂

れ を も と に し て 、 ナ ニゴ ト と か り に き め る 。

な に ご と   ﹃名 義 抄 ﹄ に ﹁ナ ニ人 ﹂ が (平 上 × ×) 型 。 こ

けな ら ば ( 上 平 )型 。暫 く● ●○ ○ 型と した。

御 か た〓

れ によ り、グ シィと 解す る。

す る。 も ろ こし   ﹃ 古 今 集 ﹄ の 写 本 に (平 々 々 々) 型 。 かゝ る   ﹁か く ﹂ は ● ○ 型 、 そ れ か ら 語 源 的 に 推 定 し て ●

﹃ 名 義 抄 ﹄ に ﹁や う や く ﹂ を (平 上 平 々 ) 型 に

○○ 型 と解す る 。 やう やう

注 記す る。 あ ぢ き な う   ﹃図 書 寮 本 ・名 義 抄 ﹄ に 、 終 止 形 、 (平 々 々 々 東 )型。 楊 貴 妃   漢 音 の 四 声 で 言 わ れ た で あ ろ う 。 と す る と 、 (平

し き   ﹃平 家 正 節 ﹄ の 譜 に ︵上 々 々 コ ○ ○ ) と あ

った と 見 た 。 は か〓 る 。 平 安 朝 に は ハカ バ カ シ イ型 と 見 た 。

にな ら い、 ウ シ ロミ 型 と す る 。

う し ろ み   ﹁試 み ﹂ は ﹃名 義 抄 ﹄ で (平 々 々 々) 型 。 そ れ

なほ  ﹃ 名 義 抄 ﹄ に は (平 上 ) 型 、 ( 平 々 ) 型 の両 様 の 表 記 があ る 。 ナ フ ォ 型 と 解 し た 。

見 て 、 キ ヨラ 型 と 見 る 。

き よ ら   ﹃名 義 抄 ﹄ で ﹁ 稀 ら ﹂ の ﹁ら ﹂ が 低 い。 そ れ か ら

生 ま れ   第 一音 節 は ︹m︺。

す る 。 ﹁御 ﹂ の 子 音 は あ る い は

︹η ︺ の 長 音 だ った か と

御 覧 ず る  ﹁ 覧 ﹂ は 、 ︹la ︺m 。m が 正 し く 発 音 さ れ た と 解

も思 う。 ち ご  ﹃ 名義 抄 ﹄ でアク 、 ( 平 々) 型 。 右 大 臣   ﹁右 ﹂ は ﹃名 義 抄 ﹄ で 和 音 ウ の時 は 平 声 、 ﹁大 ﹂ も 平 声 。 ﹁臣 ﹂ は 、 和 音 ジ ン と あ り 、 声 点 は な い が 、 ﹃法 華

●型 か

経 音 義 ﹄ に、 去 声 の点 が あ り 、 全 体 を ウ ダ イ ジ ンと 見 る 。 ﹃ 平 家 正 節 ﹄ に は (上 々 々 × ×) 型 で 、 ○○○○ ら 変 化 し た と 見 て 都 合 が よ い。 も て か し づ き   語 源 を 考 え て、 モ と テ の間 に 促 音 を 入 れ た 。 ﹃ 名 義 抄﹄ に和 音 シ ャウ と あ り 、 シ と ウ に鼻 音 の 符 号 が つく 。 奥 村 三 雄 氏 に

じ や うず め かし   ﹁ 上 手 ﹂ の ﹁上 ﹂ は

よ り 、 シ の 符 号 は 有 声 音 を 表 わ す と 見 、 ウ の符 号 は 鼻 音

の ウ と 見 る 。 ア ク セ ン ト は 現 代 語 方 言 と の対 応 か ら 考 え て全低 型 と考え る。

わ り な く   ﹁わ り な し ﹂ は ﹃日本 書 紀 ﹄ の写 本 の声 点 に (上

々 々 平 ) 型 の例 があ る 。

  ﹃ 平 家 正 節 ﹄ の ﹁老 馬 ﹂ の 章 に ○ ● ○ ○ と 推 定

さ せ る 譜 が あ り 。 現 代 京 都 方 言 も 考 慮 し て当 時 も ○ ● ○

を り〓

○ 型 だ った と 見 る 。 ﹁い ろ い ろ ﹂ ﹁さ ま ざ ま ﹂ と ち が う ア

クを 想定 し た点 、気 懸り であ る。

た こ と か ら 、 ○ ● 型 だ った と 推 定 す る 。

ま う の ぼ ら せ   ﹁ま う ﹂ は ﹁参 る ﹂ が 当 時 ○ ● ○ 型 で あ っ

やが て  ア ク、 ﹃ 名 義 抄 ﹄ に (上 々 平 ) 型 。

あ なが ち  アク、 ﹃ 名 義 抄 ﹄ に (上 々平 々 ) 型 。

坊  ﹃ 名義 抄﹄ の ﹁ 房 ﹂ 字 の 条 に、 俗 音 バ ウ と し て 、 (平 上 )

の 声 点 が つけ ら れ て い る 。 宮 中 用 語 な の で︹η︺ が ま だ 残 って い る と 見 た 。

お は し   ﹁お は す ﹂、 ﹃ 名 義 抄 ﹄ で (平 上 平 ) 型 。 前 回 の レ

コ ー ド で (上 平 上 ) 型 に考 え た の は 、 疎 漏 で あ った の で 訂 正す る。

型。

御 いさめ  ﹁ 諫 む ﹂ は ﹃名 義 抄 ﹄ に よ り 、 ア ク 、 (平 々上 )

か よ わ く   平 安 朝 に ア ク の 例 が な い。 四 音 節 の 形 容 詞 に、

低 起 型 のも の が 多 いと こ ろ か ら 、 ○ ○● ○ 型 と し た 。

な る  ﹃ 古 今 訓 点 抄 ﹄ に 、 ﹁な か〓

いう 部 分 は 、 二 つと も (平 々 々) の声 点 が 付 い て いる 。

さ は 神 と も 神 と 聞 え く る ⋮ ⋮ ﹂ と いう 歌 謡 の ﹁神 と ﹂ と

ま た、 こ のあた り は高山 倫 明氏 によ り、万 葉仮 名 の仮 名

見 ら れ て い る が 、 ﹁と ﹂ に 対 し て ﹁騰 ﹂ と いう 平 声 の 文

( 平 々々

つ ぼ ね   平 安 朝 に ア ク を 示 す 文 献 な し 。 奥 村 三 雄 氏 の ﹃平

字 を 使 って いる 。 こ れ に よ れ ば ﹁と ﹂ は ど のよ う な 型 の

﹂を

あ り さ ま  ﹃図 書 寮 本 ・名 義 抄 ﹄ に (平 々 々 々) 型 。 な か〓

曲 譜 本 の研究 ﹄ に よれ ば 、 ﹃ 平 家 正 節 ﹄ に は (上 々 × )

語 に 対 し て も 低 く つく 助 詞 で 、 全 平 型 は 次 の助 詞 を 押 し

遣 い で高 い 音 節 と 低 い音 節 と を 使 い 分 け て い る と こ ろ と

型 の 譜 の 例 が 二 つあ り 、 (上 々 々) 型 の 譜 の 例 が 一つ あ

上 ) 型 に 注 記 し て いる の に よ る 。

る と いう 。 し ば ら く 平 安 朝 時 代 に は ●● ○ 型 だ った と 見

こ は 、 ﹁こ と わ り と ﹂ は ○ ○ ○ ○ ○ 型 と 見 る の が 至 当 で

上 げ る 性 格 は 奈 良 朝 以 来 な か った と 見 ら れ る 。 随 って こ

は 高 起 型 の 語 、 し ば ら く ワタ ド ノ 型 と す る 。

アクを並 べた。

こゝ か し こ   十 分 複 合 し て いな か った と 見 て 、 一 つ〓

あ や し き   ﹁あ や し ﹂ は 今 の方 言 の ア ク か ら の 予 想 を 裏 切

の

わ た ど の   平 安 朝 の ア ク を 注 記 し た 文 例 が な い。 ﹁渡 る ﹂

こ れ に倣 う 。

う ち は し   ﹁か け は し ﹂ が ﹃ 名 義 抄 ﹄ で( 平 々 々上 ) 型 。

あ る。

ておく 。 き り つ ぼ  桐 は ●● 型 、 複 合 語 の性 格 を 与 え て、 ● ●● ○ 型と見 て おく。 御 ま へわ た り   接 頭 語 ﹁御 ﹂ の 読 み 方 は 難 し い。 ﹁お ほ み ﹂ が 多 く 、 ﹁お ﹂ は 少 い。 前 述 の榊 原 邦 彦 氏 の ﹁平 安 朝 時 代 の ﹃御 ﹄ に つ い て ﹂ と いう す ぐ れ た 研 究 に従 った が、 そ の中 に 、 マ行 音 が 現 れ る 単 語 に 限 って ﹁お ﹂ と 読 ま れ る こ と が あ る と いう 指 摘 が あ る 。 げ に  ﹃ 古 今 集 ﹄ の声 点 に (平 上 ) 型 の 例 があ る 。

り、 ﹃ 名 義 抄 ﹄ な ど で (平 々東 ) 型 。

き ぬ の  平 安 朝 時 代 、 ﹁の﹂ は 第 四 類 名 詞 に低 く つ い た 。

こ と わ り と   ﹁こ と わ り ﹂ の よ う な 全 低 型 の 語 は 、 次 に 来 る 助 詞 を 高 に 押 し 上 げ る 性 格 が あ る と いう 説 が 服 部 四 郎

見 て 、 去 声 調 と 見 た 。 ﹁さ ら ぬ ﹂ の ﹁さ る ﹂ は 、 ﹁避 け る ﹂

え さ ら ぬ   ﹁え ﹂ の ア ク 、 形 容 詞 ﹁よ し ﹂ の 語 幹 と 同 じ と ○ ○ ○ ○ ● 型 と 考 え る の であ ろう か 。 し か し 、 ﹃日 本 書

の意 の 語 で 、 ﹃ 名 義 抄 ﹄ で (上 平 ) 型 。

博 士 ・川 上蓁 氏 に よ って 唱 え ら れ て いる 。 これ によ る と 、

紀 ﹄ の 図 書 寮 本 ・北 野 神 社 本 の ﹁皇 極 紀 ﹂ で は ﹁ う づま

め だ う   ﹃名 義 抄 ﹄ に こ の 語 メ ダ ウ で (平 々 々) 型 と あ る 。

た が 、 あ る い は 最 後 の音 節 も ● だ った か 。

々 々) 型 、 現 代 京 都 語 で も 高 平 型 。 し か し 、 ﹁心 ﹂ を 先

こゝ ち   平 安 朝 、 ア ク の 用 例 な し 。 ﹃ 平 家 正 節 ﹄ で は (上

い とゞ  ﹃ 古 今 集 ﹄ の 写 本 の声 点 、 (上 々 々 ) 型 で あ る 。 こ

部 成 素 と す る こ の語 が 平 安 時 代 に 高 起 型 のは ず は な い。

こ れ を 用 いる 。

の 語 は 神 奈 川 県 や 山 梨 県 の方 言 な ど に 生 き て使 わ れ て お

語 も 、 ○ ● ○ 型 か と 見 た 。 た だ し 、 ﹁罷 で む ﹂ に 対 し て 、

ま か で  ﹁罷 る ﹂ が ﹃ 名 義 抄 ﹄ に (平 上 平 ) 型 な の で こ の

暫 く低 平 型と して おく。

と あ って 、 ﹁ 後﹂

り 、 平 板 型 であ る 。 こ れ か ら 見 て も 平 安 朝 の ア ク は 全 高 型 だ った と 解 す る 。

(平 々 々上 ) 型 と 表 記 し た 例 が あり 、 ○ ○ ● 型 と す べ き

後 涼 殿   ﹃色 葉 字 類 抄 ﹄ に 、 コウ リ ヤ ウ￨

に 去 声 、 ﹁涼 ﹂ に 平 声 の 声 点 が つけ ら れ て お り 、 こ れ は

だ った か も し れ な い。

が。

そ れ か ら 、 ﹁試 み ﹂ の 部 分 、 ○ ○ ○ ○ ●型 と し た が い か

こゝ う み よ   ﹁試 み る ﹂ は ﹃ 名 義 抄 ﹄ で (平 々 々 々 上 ) 型 。

しば し  ﹃ 古 今 集 ﹄ の 声 点 に (平 上 々) 型 。 そ れ に 従 う 。

型 。 それ に倣う 。

と し ご ろ   ﹁月 頃 ﹂ と いう 語 が ﹃名 義 抄 ﹄ で (平 々 々 々)

漢 音 と 見 ら れ る 。 ﹁後 ﹂ は 当 時 の 中 国 音 でhou， ﹁涼 ﹂ は ﹁殿 l﹂ iは aη 漢， 音 でテ ンと澄 む。 こ こは、 連濁 がま だ 生 じ て いな か った と 解 す る 。

った 。 ﹃ 名 義 抄 ﹄ では 、 ﹁ 曹 ﹂ は 漢 音 で は 去 声 、 ﹁司 ﹂ は

曹 司   ﹁曹 ﹂ は 漢 音 サ ウ であ る が 、 当 時 の中 国 音 はtsauだ

平 声 、 暫 く ツ ァウ シ と 読 む。 お よ ず け   ﹃名 義 抄 ﹄ の ﹁耆﹂ 字 の条 のオ ヨ ス と い う 訓 に 、

こ と を 考 え て 、 ノ と タ の間 に 促 音 を 挿 入 し た 。 平 家 琵 琶

宣 た ま は す る に   ﹁宣 ふ ﹂ は ノ リ タ マ フ の 音 便 か ら 起 った

で は 、 実 際 に ノ ッタ モ ー と 発 音 す る 。

(平 々 上 ) の声 点 が あ る 。 こ れ に 関 連 が あ る と 見 、 ま た 、 ﹁老 ゆ ﹂ (平 東 型 ) と い う 語 と 関 連 が あ る と 見 て、 ○ ○ ●

一往 ● ○ 型 と し た 。 ま た 、 ﹁日﹂ の よ う な 一音 節 名 詞 は 、

複 合 語 は ○ ● 型 と な る と の こ と 。 前 者 に 近 いも のと 見 て 、

の 声 点 で は ● 型十 ● 型 の複 合 語 は ● ○ 型 、 ○ 型 と ○ 型 の

日 々 に  ア ク 推 定 困 難 。 秋 永 一枝 氏 に よ れ ば 、 ﹃古 今 集 ﹄

○ 型を 与 える。 心 ば へ  ﹁心 ば せ ﹂ は ﹃名 義 抄 ﹄ で (平 々 々 上 平 ) 型 。 こ れ に類推す る。 み や す 所   ﹁み ﹂ で は じ ま る 語 は 、 例 外 な く 高 起 形 。 ﹁︱ ど こ ろ ﹂ と いう 形 の例 に 類 推 し て 、 ● ● ● ● ● ○ 型 と し

複 合 語 に な って も 、 長 さ を 保 つと 考 え た 。

よ うづ  ﹃ 名 義 抄 ﹄ の声 点 、 (平 々上 ) 型 。

気 色   平 安 朝 の ア ク の 資 料 は な い。 ﹃ 平 家 正 節 ﹄ で (上 々

ち ぎり  ﹃ 名 義 抄 ﹄ の声 点 、 (上 々平 ) 型 。

﹃名 義 抄 ﹄ に ﹁い つ つ﹂ は (平 々 々 ) 型 、 ﹁む ゆ ﹂ は (上

×) 型 の 譜 を 付 す る 。 こ れ を も と に し て 、 平 安 朝 は ○ ○

五 六 日   玉 上 琢 彌 氏 に 従 い、 ﹁い つ か む ゆ か ﹂ と 読 ん だ 。

々) 型 。 そ れ に 諸 方 言 の ア ク と を 考 慮 し て 、 ﹁い つ か ﹂

○ 型 であ った と 推 定 し た 。 字 音 の 四 声 か ら 考 え て も 、 妥 当と 想う 。

は ○ ○ ○ 型 、 ﹁む ゆ か ﹂ は ● ● ● 型 と 推 定 し た 。

いか さ ま   ﹁如 何 ﹂ は ﹃名 義 抄 ﹄ で (上 平 ) 型 。 ﹁い か に﹂

  このよう な場 合、 動 詞は終 止 形 ではな く、 連体

形 が 重 な った も の と 解 し 、 ● ● ● ● 型 と き め た 。 現 在 東

は (上 平 々 ) 型 。 ﹁い か さ ま ﹂ も こ れ に 倣 った が 、 あ る

な く〓

京 語 で平 板 型 に な って い る のも 、 そ れ を 証 す る と 思 った

い は ち が って い た か も 。

て ぐ る ま   ア ク ﹃名 義 抄 ﹄ に ち ょう ど (平 々上 平 ) の注 記

が、 問題 はあ ろう 。 奏 し て   ﹃名 義 抄 ﹄ そ の 他 に 発 音 の注 記 が な い。 ソ ウ シ テ

があ る。

漢 音 は 平 声 で 古 い 中 国 音 は 、 ︹siu ︺。 an ﹁旨 ﹂ は 、 漢 音 で

上 声 の点 があ る が 、 こ れ は 和 音 。 藤 堂 明 保 氏 に よ れ ば 、

宣 旨   読 み 方 が 難 し い。 ﹁ 宣 ﹂ は ﹃名 義 抄 ﹄ に セ ム と あ り 、

と し た が 、 藤 堂 明 保 氏 に よ る と 当 時 の中 国 語 は 、 ︹ts〓 。u︺ あ る い は ﹁ツ ァ ウ シ テ ﹂ と す べき だ った か と 思 う 。 あ るま じき  ﹁ ま じ ﹂ は 、 前 の動 詞 に つ い て 一つ の 形 容 詞 の よ う に 用 いら れ た と 解 し た 。

こ の 語 、 ﹃平 家 正 節 ﹄ にあ り 、 ア ク は 、 単 独 で は ● ● ○

は 平 声 で 中 国 音 は ︹t∫ 。i当 ︺時 、 セ ン チ と 言 った と 見 る 。

し ﹂ を (平 々 々 々 々 上 ) と 表 記 し て いる 。 ○ ○ ○ ○ ○ ●

型 、 助 詞 ﹁の﹂ が 付 け ば 全 高 型 と な り 、 平 安 朝 に は 全 低

お ぼ つか な さ   ﹃ 古 今 集 ﹄ の 写 本 の 声 点 に 、 ﹁お ぼ つ か な

型 と 解 し た が 、 あ る いは 、 全 低 型 と 見 た 方 が よ か った か 。

型 で あ った と 推 定 さ れ る 。 そ う 考 え て 、 テ ー プ に は 、 関

と 、 こ の本 に は ﹁ 宣 旨 ﹂ の 二 字 に (平 上 ) 型 と いう 声 点

和歌 集  声点 注 記資 料な ら びに声 点 付語彙 索 引﹄を 見 る

にな って 刊 行 さ れ た 、 秋 永 一枝 氏 編 の ﹃永 治 二 年 本 古 今

弘 子 さ ん に 全 低 型 に 吹 き 込 ん でも ら った が 、 昨 年 十 二 月

う つ く し げ   現 代 諸 方 言 の 例 か ら 考 え て 、 接 尾 語 ﹁げ ﹂ は 、 低 起 式 の語 に つけ ば 全 低 型 に な る と 推 定 し た 。 し み な が ら   ﹁し み ﹂ は ﹁ 染 み﹂ と 解 し 、 ● ○ 型 と し た 。 お ぼ し め さ れ ず   ﹁思 し ﹂ は ﹃日 本 書 紀 ﹄ の 写 本 に (平 上 平 ) 型に注 記。

がささ れ て いるとあ る。 次 回に録 音 しな おす機 会 があ っ た ら 改 め て 考 慮 し た い。 ﹃ 古 今集 ﹄ の声 点 では 常 に● 型 で、

そ の 前 の 部 分 を 全 高 型 ま た は 全 低 型 に す る 。 ﹁先 ﹂ は 高

さ き だ た じ   ﹁じ ﹂ は

起型 であ るか ら、 こ こは全 体 が全高 型と な る。 と も かくも   ﹃ 古 今 集 ﹄ の声 点 に、 ﹁と か く ﹂ が (平 上 平 ) 型 に な って いる 。 ﹁と ﹂ は 低 い○ 型 の 語 だ った と 見 ら れ る 。 引 用 の助 詞 ﹁と ﹂ が 常 に低 か った の も 、 こ れ と 関 連

( 平 々上

せ ﹂ で、 ﹁さ せ ﹂ と 複 合 し た た め に 変 化 を 起 こ し た 形 。

﹃ 古 今 集 ﹄ に 、 形 容 詞 ﹁い ぶ せ く ﹂ を

平 ) 型 に 注 記 。 そ れ を も と に し て 、 ﹁い ぶ せ さ ﹂ は (平

いぶ せ さ

々 上 々) 型 と 解 し た 。

音 節 に つ く と 、 (平 々 ) 型 、 低 い音 節 に つ く と ( 上平)

ほ ど に な む   秋 永 一枝 氏 に よ れ ば 、 助 詞 ﹁な む ﹂ は 、 高 い

さ わ げ ば   ﹁騒 ぐ ﹂ と い う 語 、 奈 良 時 代 は サ ワ ク と 澄 ん だ

﹁て ﹂ の 間 に 促 音 が 残 っ

型 ら し い。 こ こ は ● 型 に つ いた と し て○ ○ 型 と し た 。

と て   ﹁と 言 ひ て ﹂ の略 。 ﹁と ﹂ と

が 、 平 安 朝 時 代 に は 、 今 のよ う に 濁 った と いう 説 に 従 っ

て いた と 見 た 。

祈 り ども   ﹁ ど も﹂ は、 ﹃ 名 義 抄 ﹄ で ﹁人 ﹂ に つ け ば ヒ ト ド

があ ろう 。

  モ と あ り 、 ﹁神 ﹂ に つけ ば カ ミ ド モ と あ る 。 全 高 型 の接

た。

な って いる の を も と と し た 。

ト に は 声 点 が な い。 ア ク 、 ﹃平 家 正 節 ﹄ に ● ● ○ ○ 型 に

人 々  ﹃名 義 抄 ﹄ は 、 先 の ヒ ト は (上 々 ) 型 で、 あ と の ビ

な し。 漢 音 では去 声 であ ると ころ から、 ○● 型 と考 えた 。

︹i︺ にな って い る と 見 た 。 平 安 朝 に ア ク を 示 す 適 当 な 例

例   こ こ の ﹁い﹂ は 本 来 ︹η︺の 音 で あ る が 、 日 本 化 し て

見 て、 低起 型 の語 と考え た。

あ へな く   ﹁あ へ﹂ の部 分 、 動 詞 ﹁ あ ふ﹂ と関 連 す る 語 と

  尾 語 で 、 全 低 型 の名 詞 に つ け ば 、 名 詞 の部 分 は 全 低 型 を

さ る べ き   自 信 な し 。 ﹁さ る ﹂ は 低 起 型 の 語 。 全 体 が 一つ

  保 た せた と見 られ る ので、 これ はイ ノリ ド モとし た。

の形 容 詞 のよ う に 発 音 さ れ た と 見 た 。 つと   促 音 が 入 った も の と 見 た 。

ゥ ユゥとし た。

つゆ   ﹁露 ﹂ か ら 由 来 し た 語 と 見 て 、 そ の ア ク を 借 り て ト

明 か し か ね さ せ  ﹁か ね ﹂ の ア ク 、 ﹃ 古 今 集 ﹄ の 声 点 に、 ﹁ 寝 か ね つ る ﹂ の ﹁か ね ﹂ の部 分 が (上 平 ) 型 のも のあ り 。 し ば ら く ● ○ 型 の 語 と し て お く 。 こ こ は ﹁か ね さ

夕顔 之巻 わ た り   ア ク 、 ﹃名 義 抄 ﹄ そ の 他 に (上 々 平 ) 型 。

﹃名 義 抄 ﹄ に 俗 音 と し て (平 々 ) 型 に 表 記 し て い る 。

の を 伝 え て い る と 解 し 、 ナ ニガ シ と す る 。

な に が し   ア ク 、 ﹃平 家 正 節 ﹄ の表 記 は 、 平 安 朝 以 来 のも

院 ア ク は (低 平 ) 型 の ヰ ン だ った と 見 る 。

し の ぶ 草   ﹃図 書 寮 本 ・名 義 抄 ﹄ の声 点 に よ り 、 ﹁く ﹂ を 清 む 。 ア ク は、 同 じ 本 に (平 上 々 々 平 ) 型 と あ る の に 従 う 。 木 暗 し   ﹁木 ﹂ は 低 起 式 の 名 詞 。 そ れ を 先 部 と す る 複 合 形 容 詞 と いう わ け で 、 終 止 形 は コ グ ラ シィ と な る は ず 。 すだ れ  アク、 ﹃ 名 義 抄 ﹄ の 声 点 に (平 々上 ) 型 。 さへ   ア ク 、 ﹃日 本 書 紀 ﹄ の 写 本 の声 点 に よ れ ば 、 ● ● 。 か や う   ﹁や う ﹂ の 部 分 は 日 本 語 化 し て いる と 見 て 、 ﹁う ﹂ を ︹u︺ と す る 。 ア ク は ﹃平 家 正 節 ﹄ の ﹁三 日 平 氏 ﹂ の 章 、 ﹁大 坂 越 ﹂ の 章 に 、 (上 々 ×) 型 。 こ れ は 古 い発 音 を 保 っ て いる と 見 て 、 カ ヤ ウ と し た 。 心 づ く し   こ の 時 代 の低 起 式 の 語 を 先 部 と す る 六 音 節 の複 合 名 詞 は 、 原 則 と し て ○ ○ ○ ○ ● ○ 型 に な った 。 し のゝ め  ア ク 、 鎌 倉 時 代 の ﹃ 古 今 訓 点 抄 ﹄ に (平 々 上 々) 型 と あ る のを 採 用 。 女   ﹁を み な ﹂ の 転 で あ った か ら 、 ﹁ ん ﹂ は ︹m ︺ であ る と

解 した 。

﹁ 男 ﹂ と 同 類 の語 と 解 し た 。

す ごげ に  現代 諸 方 言 と の 対 応 か ら 、 語 幹 の部 分 の ア ク は 三 音節 名詞

さ れ 、 当 時 は 、 高 起 式 の 語 と 知 ら れ る 。 従 って そ の連 用

を か しく   ﹃ 名義抄﹄に ﹁ を か し ﹂ は (上 々 々) 型 に 表 記

形な ら ば、 ヲカシク とな る。

● ● 型 ⋮ ⋮ に な る 。 し た が って 、 ミ ク ル マと いう 型 。

御 車   接 頭 語 ﹁み ﹂ が つ い た 名 詞 は 、 規 則 的 に ● ● 型 、 ●

お ま し な ど  マ行 音 の前 に 来 た ﹁御 ﹂ な の で 、 榊 原 邦 彦 氏

の研 究 に よ り ﹁お ﹂ と 読 む 。

と読 む。

高 欄  アク、 二字 とも 平声 と解 し、暫 く 低平 型 にカ ウ ラ ン

右近 ﹃ 色 葉 字 類 抄 ﹄ の 声 点 に よ り ﹁近 ﹂ を 濁 る 。 ア ク は

︹m︺音 。

同 書 に (平 々 ) 型 に 記 載 し てあ る の に よ った 。

艶   中 国 の 字 音 で ﹁ん ﹂ は

け い め い  音 韻 ・ア ク と も 未 勘 。 暫 く ケ イ メ イ と 高 平 型 に

読 ん だ が 、 ﹁け い め い﹂ は ﹁経 営 ﹂ の転 と いう 。 ﹁経 ﹂ は

﹃名 義 抄 ﹄ に ﹁ 古 霊 反 ﹂ と あ り 、 ﹁霊 ﹂ は 平 声 と あ る 。

﹁ 営 ﹂ は漢 音 で平声 。あ る いは低 平 型 とし た方 がよ か っ たかも 。

ほ の〓

  ア ク 、 ﹃古 今 訓 点 抄 ﹄ に (上 々 々平 ) 型 と 注 記

さ れ てお り、 これ によ る。 さ ぶ ら は ざ り   ﹁さ ぶ ら ふ ﹂ の ア ク 、 ﹃ 名 義抄 ﹄ にサブ ラ フ と あ り 、 高 起 式 の語 で あ った こと を 知 る 。 ふび ん  ア ク、平 曲 に フビ ンと言う のに従 っておく。

平 曲 な ど で 口 蓋 帆 の破 裂 音 、 いわ ゆ る ノ ム 音 に な る 。 あ

れ が 、 母 音 のあ と で チ と 表 記 さ れ た も の と 解 し た 。

ひ も と く   独 立 の 二 語 だ った と 見 た 。

玉ぼ こ  ア ク 、 ﹃拾 遺 集 ﹄ の 声 点 に タ マ ボ コと あ る の に よ った 。

た そ が れ 時   ﹁た ﹂ の ア ク は ﹁た れ ﹂ と 同 じ で 高 起 式 。 ﹁と

解 した 。

え にこそ   ﹁ え﹂は ﹁ 縁 ﹂。 ︹n︺ が 表 記 さ れ な か った も の と

き ﹂ は 後 部 成 素 と な る 時 、 ⋮ ⋮ ● ● と いう 型 を 作 る 語 と

に つ い て森 田 武 氏 に 研 究 が あ り 、 清 濁 両 様 あ る と いう 。

む つま じ き   こ の ﹁じ ﹂ の 清 濁 は 難 し い。 室 町 時 代 の も の

日 本 人 の資 料 に は 濁 音 の 方 が 多 く 、 平 曲 で も 濁 る 。 そ う

見 た。

所 が ら   ﹁か ら ﹂ は ⋮ ⋮ ● ● 型 を 作 る 語 。

いう 考 え か ら 、 前 回 の レ コ ー ド で は ﹁じ ﹂ と 濁 った が 、

朝 時 代 に は ﹁し ﹂ の 清 音 であ った こ と を 教 え ら れ た 。 こ

つき せず   ﹁尽 き ﹂ の ア ク は ● ● 型 か 、 ● ○ 型 か 。 動 詞 の

亀 井孝 氏 の ﹃ 概 説 文 語 文 法 ﹄ 九 五 ペ ー ジ に よ って 、 平 安

こ に訂正す る。 し も げ いし   ﹁い ﹂ の仮 名 、 暫 く イ と 読 む 。 ア ク未 勘 。

て いるも のと 見て● ● 型と した。

連 用 形 な ら ば ● ○ 型 、 名 詞 な ら ば ● ● 型 。 名 詞 に転 向 し

あま  ﹃ 名 義抄 ﹄ で低 平 の型。

こ と さ ら  ア ク 、 ﹃ 名義 抄 ﹄ に コトサ ラとあ る。 ロが た め さ せ   ﹁口 ﹂ と ﹁固 め さ せ ﹂ は 独 立 の文 節 と 見 た 。

な め り  ﹁ な ﹂ と ﹁め り ﹂ の 間 に ン が 無 表 記 で 挿 入 さ れ て

で 、 古 今 集 の声 点 を も と に し た 平 安 朝 の 人 名 の ア ク を 推

秋 永 一枝 氏 が 、 ﹃ 古 今 和歌 集 声点 本 の研究 ﹄ ( 研究 篇上)

惟 光   前 回 は ア ク は ま った く 探 る に 由 な か った が 、 そ の 後

ト ゥ ハと す る 。 ツ は 長 か った か も し れ な い。

か つは   ア ク 、 ﹃日 本 書 紀 私 記 ﹄ と ﹃四 座 講 式 ﹄ に よ りカ

いる と 見 た 。

格 子   呉 音 で (平 々) 型 。 ア ク 、 暫 く カ ウ シ と 見 る 。 手づ か ら   ﹃ 名 義 抄 ﹄ で ﹁て づ ﹂ の部 分 の 声 調 低 平 型 。 ほ か に ﹁自 ら ﹂ が ● ● ○ ○ 型 で あ る の を 参 照 し て 、 テ ド ゥ カ ラと認定 す る。 ﹃ 名 義 抄 ﹄ で高 起 式 の 語 。

そ れ を も と と し て 、 終 止 形 ウ ト マ シ イと 見 た 。

う と ま し く   形 容 詞 ﹁う と し ﹂ は

べち な ふ  ﹁ち ﹂は 入 声 音 が 鼻 音 の後 に立 つ時 、声 明 ・謡 曲 ・

いう べ き か 。

定 し て い る 。 そ れ に よ る と 、 こ の ﹁惟 光 ﹂ は ● ● ●〇 型

は シ シ ョク と 言 う こ と を 意 味 す る と 考 え て 、 わ ざ わ ざ シ

﹁紙 燭 ﹂ に 附 し て ﹁ 俗 言 シ ソク﹂ とあ る。 これ は正 し く

し そ く   ﹃名 義 抄 ﹄ に ﹁燭 ﹂ の 字 に 付 し て ﹁音 属 ﹂ と あ り 、

シ ョク と 読 む よ う に し た が 、 ま ず か った か 。 ア ク は 、 ﹃名

と 推 定 さ れ る そ う で 、 前 回 の小 生 の 推 定 と あ う 。 天 佑 と

御 く だ も の  ﹁く だ も の﹂ の ア ク 、 ﹃ 和 名 抄 ﹄ の 写 本 の声 点

山 び こ  ア ク 、 ﹃ 古 今 訓 点 抄 ﹄ に よ り 、 ヤ マビ コと す る 。

義 抄 ﹄ に (平 々 ) 型 と あ る 。 そ れ を そ の ま ま 採 った 。

わ な な き   ア ク 、 ﹃名 義 抄 ﹄ に 、 終 止 形 ワ ナ ナ ク と あ り 、

によ り、低 平 型とす る。

の 形 は 、 全 体 が 一語 と な って い る と 解 し 、 ﹁び ﹂ に 連 濁

高 起式 動 詞と見 られ る。

心 ひ ろ さ  こ の よ う な 、 名 詞 ＋ 形 容 詞 の語 幹 ＋接 尾 語 ﹁さ ﹂

が 起 こ って い る と 考 え た 。 ア ク は 一般 的 な 法 則 に よ った 。

の ﹁う ﹂ は 本 来 は︹η ︺ で あ る が 、 日 本 語 化 し て ︹u︺

本性   ﹁ 性 ﹂ は 鼻 音 の直 後 と し て 連 濁 を 考 え た 。 ﹁じ や う ﹂

恵 上 人 遺 訓 ﹄ に ﹁六 借 ﹂ と 漢 字 を 当 て て いる 個 所 が あ り 、

に な って いる も のと 見 た 。

も の む つか し  ﹁む つか し ﹂ と いう 語 ﹃今 昔 物 語 ﹄ ﹃ 栂尾明

そ れ に よ っ て ﹁つ﹂ は 当 時 清 ん で い た も のと 解 し た 。

随 身   ﹁随 ﹂ の歴 史 仮 名 遣 い は 、 以 前 ﹁ず ゐ ﹂ と さ れ て い

て い る の に従 った 。 ﹁身 ﹂ は ﹃日 ポ 辞 書 ﹄ そ の 他 に よ っ

た が 、 早 く 満 田 新 造 氏 に よ っ て ﹁ず い﹂ が 正 し い と さ れ

ら う た し  ﹃平 家 正 節 ﹄ の 語 に よ り 、 ラ ウ タ シ イと 解 し た 。 か たは ら  アク、 ﹃ 名義 抄 ﹄ で低平 型。

て 連 濁 し て い る も のと 考 え た 。 ﹁ん ﹂ は 中 国 語 で ︹m︺。

お ほ と な ぶ ら   ﹁お ほ と の﹂ の ア ク は ﹃鎮 国 守 国 神 社 本 ・ 名 義抄 ﹄ で ( 平 々 々 々) 型 、 全 体 は 複 合 語 の 法 則 で オ ホ

そ れ が残 って いる と 考 え た 。 ア ク は 、 ﹃ 平家 正節 ﹄ の ﹁ 差

声 ﹂ と いう 曲 節 に (中 上 上 上 ) 型 に 注 記 さ れ て い る と こ

ト ナ ブ ラ と な る も のと 解 し た 。 た ま ふ ら む   助 動 詞 ﹁ら む ﹂ は 当 時 常 に 低 平 型 だ った 。

ろ から ○● ●● 型と 定め た。

朝 臣   ﹃日 ポ 辞 書 ﹄、 ロ ド リ ゲ ス の ﹃日 本 大 文 典 ﹄ に よ り

六 条   ア ク 、 平 曲 で ロク ジ ョ ー で あ る 。 ﹁六 ﹂ が 入 声 であ る こ と を 考 え 、 平 安 朝 時 代 に は 低 平 型 だ った と 解 す る。

﹁あ ﹂ と ﹁そ ﹂ の間 に 促 音 を 挿 入 し た 。 平 曲 の 譜 本 に も

し た。

そ う あ る 。 ﹁ん ﹂ は ﹁み ﹂ の 転 と し て ︹ ｍ︺ だ った と 解

ゐ て   ﹁居 て ﹂ ﹁ 率 て ﹂ 二 つと も 動 詞 の部 分 は ヰ ィと 見 ら れ る 。 従 って ヰ ィテ と な る 。 う た て  ﹃ 拾 遺 集 ﹄ の 写 本 の声 点 に ウ タ テ と あ る 。

ま か で は べ り ぬ る   ﹁侍 り ﹂ は ﹃図 書 寮 本 ・名 義 抄 ﹄ に よ り 、 ﹁は ﹂ と ﹁べ﹂ の 間 に 鼻 音 を 入 れ 、 ア ク は ハム ベ リ とし た。

︹m ︺ と な った で

滝 ロ  ﹃ 平 家 正 節 ﹄ のタ キ グ チ を 、 古 い ア ク を 伝 え て い る も のと 考 え た 。 ゆ づ る   ﹁ゆ み づ る ﹂ の転 、 ﹁み ﹂ は ま ず あ ろ う が 、 表 記 さ れ て いな いと こ ろ を 見 る と 、 ダ 行 音 の

﹂ の条を 参 照。

  こ のような 場合 アクは イ フイ フにな る と見 た。

前 の軽 い鼻 音 に な って いる も の と 解 し た 。 い ふ〓 ﹁泣 く〓

い ぬ な り   ﹁往 ぬ ﹂ は 終 止 形 が ● ●○ 型 の 珍 し い動 詞 で あ る。 名 対 面   こ のよ う な 語 の ア ク は 探 り に く い。 ﹁ 名﹂はこの

︹n。 ︺

よ う な 場 合 も 、 長 音 化 し て い た と 考 え た 。 ﹁面 ﹂ の ﹁ん ﹂ は

なぞ   ﹁ な に ぞ ﹂ の転 で あ る か ら 、 ﹁ぞ ﹂ の前 に 鼻 音 の ︹n︺

︹d︺ zに な った か 。

が は い って い る と 見 た 。 こ の よ う な 場 合 に ﹁ぞ ﹂ の 子 音 は

む。

ま ろ   ア ク 不 明 。 手 が か り ま っ た く な し 。 暫 く マ ロと よ

お ま へ  マ行 音 の前 の ﹁お ん ﹂ は ﹁お ﹂ と な った と いう 法 則 に 従 う 。 も っと も 先 に ﹁お 前 渡 り ﹂ と いう 例 が あ った 。

音 が蔵さ れ て いるも のと 見た。

も て ま ゐ れ り   ﹁も て﹂ は ﹁も ち て ﹂ の 転 で 、 無 表 記 の 促

御 几 帳   ﹁帳 ﹂ の ﹁ う ﹂ の音 は 日 本 化 し て ︹η︺が ︹u ︺に

な って い た と 解 し た 。 ﹁み ﹂ は あ と に つく 語 を 高 平 型 に

す る と いう 法 則 を 適 用 し て 、 ア ク は 全 形 を ● ● ● ● 型 と し た。

上 平) 型 の動 詞。

え 参 ら ぬ   ﹁え ﹂ の ア ク 、 ﹁桐壺 ﹂ に 前 出 。 ﹁参 る ﹂ は (平

む か し も の が た り   ア ク、 複 合 語 の法 則 を 考 え て ム カ シ モ ノガ タリ とし た。

用 す る動 詞 に な って い た と い う の が 定 説 で あ る が 、 ﹃ 名

心 さ わぎ   ﹁ 騒 ぐ ﹂ は こ の こ ろ は ﹁さ わ ぐ ﹂ と ガ 行 音 に 活

義抄 ﹄ に は ﹁ さ わ く ﹂ ﹁さ わ か し ﹂ の よ う に カ 行 音 に 活

用 し た 例 も あ り 、 両 様 あ った も の の よ う だ 。 こ こ で は 、

複 合 語 に は 古 い形 が 残 る こと が 多 い こ と を 考 え て ﹁き ﹂ と 澄ん だ。

な い。 長 く 引 いて 言 った と 解 し た 。

や や  ア ク 、 不 明 。 定 ま った ア ク を も た な か った か も し れ

たゞ ひ え に ひ え い り て   普 通 ﹁た だ ﹂ と 切 り 、 ﹁冷 え に 冷

え 入 り て ﹂ と 続 け る が 、 関 谷 浩 氏 の 研 究 で ﹁た だ ﹂ は 接

頭 語 で 、 全 体 は ﹁た だ 冷 え に ﹂十﹁ 冷 え 入 り て ﹂ のよ う に

切 れ る こ と が 明 ら か に な った 。( ﹃国 語 研 究﹄ 昭和 四 十 六 年

三 月 号参 照 ) そ れ に 従 い、 ﹁冷 え ﹂ は 連 濁 を 起 こ し て い る も のと解 し た。

(平 々 上 平 ) 型

か ら ご ゑ   ﹁か ら ﹂ は ﹁ 枯 る﹂ と同 源 の語 と 見 て、 ア クを 高起 式 とし た。

ふ く ろ ふ  ア ク 、 ﹃ 和 名 抄﹄ の写 本 の声点

々)型 は捨 てた 。

を 採 り 、 ア ク を フ ク ロ フ と 決 定 。 ﹃名 義 抄 ﹄ の ( 平 々々

法 師   ア ク 、 前 回 は 、 ﹃平 家 正 節 ﹄ し か 資 料 を 知 ら な か っ た が 、 ﹃古 今 集 ﹄ の写 本 の 声 点 が (平 上 ) 型 。 こ れ を も

し く   名 詞 ﹁く ま ﹂ の ア ク は

﹃ 名 義 抄 ﹄ で ク マな

﹃ 名 義 抄﹄ で低 起 式 の 語。 ア ク、 チ ヨ ォと

キ ャウ と な って い た と 見 た 方 が よ か った か も し れ な い。

(平 々 ) 型 であ った と 推 定 す る。 語 音 は キ ャ ンと 見 た が 、

﹃平 家 正 節 ﹄ で は (上 ×) 型 であ る の で 、 平 安 朝 に は

京   こ の 語 、 平 安 朝 の辞 書 に 見 当 ら ず 。 キ ャ ウ は 呉 音 で 、

解 し た。

ち よ   ﹁ち ﹂ は

ので、 高起 式 の形容 詞 と見 た。

く ま〓

平 安 朝 以 来 変 化 が な か った も の と し て 採 った 。

き だ った か 。 ア ク は ﹃ 平 家 正 節 ﹄ で ビ ョー ブ と あ る の を 、

採 った が 、 これ は 日 本 語 化 し て いる と 見 て ビ ャ ウ と す べ

屏 風   ﹁屏 ﹂ は 中 国 語 で ビ ャ ン で あ る と 解 し て、 そ の ま ま

出 て いる。

さ か し き   ア ク 、 ﹃日 本 書 紀 ﹄ の声 点 に 低 起 式 の 語 と し て

と と し て 、 平 安 朝 時 代 は フ ォ フ シ だ った と 解 し た 。 な で ん   ﹁な ん で ん ﹂ の 転 と 見 て 、 ﹁な ﹂ のあ と に 鼻 音 を 入 れ た 。 ア ク は 、 ﹁南 ﹂ は 漢 音 で 平 声 、 ﹁殿 ﹂ は 漢 語 で 去 声 で 、 ナ デ ン だ った ろ う と 考 え た 。 あ わ たゞ し き に   ﹃日ポ 辞 書 ﹄ に よ り 、 ﹁あ わ た た し き ﹂ と 清 む。

と 見 る。

ま か り て   ア ク 、 ﹃高 山 寺 本 ・名 義 抄 ﹄ に よ り、 マカ リ テ

阿闍 利   ﹃ 平 家 正節 ﹄ で無 記 号。 江 戸時 代 に は ア ジ ャリ で あ った か 。 と す る と 、 平 安 朝 時 代 は ア ジ ャリ で あ った ろ う と いう 推 定 。

若紫 之 巻 や よ ひ   ア ク 、 ﹃古 今 集 ﹄ の 写 本 に (上 々 々) 型 と あ る の を と る。 つ ご も り   ア ク 、 ﹃名 義 抄 ﹄ に (平 々 々 々) 型 と あ る 。 そ れ に従う 。

﹁て ﹂ の 間 に 促 音 が 入 って い た と 見 た 。

入 り も て  ﹁ も て ﹂ は ﹁も ち て ﹂ の転 であ る か ら 、 ﹁も ﹂ と

まゝ に   ア ク 、 ﹃図 書 寮 本 ・名 義 抄 ﹄ に マ マ ニ の例 が あ り 、 そ れ に従う。 平 々上 平 )

型 。 そ れ か ら 類 推 し た が 、 あ る いは( 平 々 々 々 々 ) 型 だ

たゝ ず ま ひ   動 詞 ﹁た た ず む ﹂ は ﹃ 名義 抄﹄ で

号 を つ け 、 声 点 は 平 声 。 低 平 型 で ソ ンと 言 って いた と 見

僧房 ﹁ 僧﹂は ﹃ 名 義 抄 ﹄ で 和 音 ソ ウ と あ って 、 鼻 音 の符

る 。﹁房 ﹂ は 、 俗 音 バ ウ と あ り 、 鼻 音 符 号 が な く 、 去 声

だ った 。 全 体 を ソ ン バウ と 見 る 。

あ ら は   ﹃日 本 書 紀 私 記 ﹄ に (平 上 々) の声 点 が あ る 。 ﹁ あ

ら は る ﹂ の ア ク か ら 考 え て (平 々上 ) 型 で あ った の で は な いかと考 えた が。

あ る。 ( 中 ) と は (上 ) と (平 ) と の中 間 に 声 点 が あ る

つゞ ら を り   ﹃観 智 院 本 ・名 義 抄 ﹄ に (中 上 々 × ×) 型 で

った か 。 ひ じり  ﹃ 高 山 寺 本 ・名 義 抄 ﹄ に よ れ ば 、 ア ク は (平 上 平 )

と いう 意 味 であ る が 、 こ れ は (上 ) の写 し ち が え と 見 、

型 、 こ の ア ク で は 、 ﹁聖 ﹂ の 語 源 は ﹁日 知 り ﹂ と い う の は あ や ま り で、 ﹁火 知 り ﹂ だ と いう の が よ さ そ う に な る 。

小 柴   適 当 な ア ク 資 料 は な い が 、 ﹁小 島 ﹂ の ア ク が (上 々

● 型 と判定 す る。

﹁つ づ ら ﹂ は ﹁折 り ﹂ の修 飾 語 と 見 て 、 全 体 を ● ● ● ●

れ に従う 。 ﹃ 名 義 抄 ﹄ で ゲ ム と あ り 、 平 声 で ﹁ゲ ﹂

あ な   ﹃拾 遺 集 ﹄ の 写 本 の 声 点 で は (平 々 ) 型 で あ る 。 こ

験 が た   ﹁験 ﹂ は

屋 ﹃ 名 義抄 ﹄ で去 声点 。

々) 型 に 表 記 さ れ て いる こ と に 類 推 し て ● ● ● 型 と し た 。

廊 ﹃ 色 葉 字 類 抄 ﹄ で平 声 点 。

の 字 に 鼻 音 の 符 号 が あ る 。ηemか も 知 れ ぬ が 、 鼻 音 が

全 平 型 に な った も の と 見 た 。

住 む な る   ﹁な る ﹂ は 伝 聞 推 定 の 助 動 詞 と 見 ら れ る か ら

ふ た と せ   ア ク 、 ﹃名 義 抄 ﹄ に 、 (上 々 々 々 ) の声 点 が あ る 。

を 反 映 し て いる と 解 し 、 ○ ● ● 型 と 見 る 。

節 ﹄ に (× 上 々 ) の 譜 が あ る 。 こ れ は 平 安 朝 以 来 の ア ク

僧 都   ﹁僧 ﹂ は 前 述 のよ う に ソ ンと 読 む 。 ア ク は 、 ﹃ 平家正

よ し   ﹃名 義 抄 ﹄ で (上 上 ) の声 点 が あ る 。

前 に 付 いた 一種 のgeと し た 。 ア ク は 、 ﹁か た ﹂ が つ い て

ゑ み   ア ク 、 ﹃名 義 抄 ﹄ ﹃ 色 葉 字 類 抄 ﹄ で (上 平 ) 型 。 これ に従 う 。 た ふ と き   ア ク 、 ﹃名 義 抄 ﹄ に (上 々 々 東 ) 型 。 大 徳   ア ク 、 ﹁大 ﹂ は 呉 音 で 平 声 、 ﹁徳 ﹂ は 入 声 。 合 せ て○ ○ ○ ○ 型 だ った と 見 る 。 加 持   ア ク 、 ﹃色 葉 字 類 抄 ﹄ に (去 上 ) 型 。 こ れ を 採 る 。

﹁住 む ﹂ は 終 止 形 と な り 、 ア ク は ス ム ゥ。 あ な れ   ﹁あ る な れ ﹂ の 転 で 、 ﹁あ ﹂ と ﹁な ﹂ の間 に撥 音 が あ った と 解 す る 。

型と 見た が、 いかが。

海 山   こ の 二 語 は ま だ 熟 合 し て いな い と 見 て 、 一語 ず つの

ア ク を 並 べ た 。 こ の よ う な 場 合 、 ﹁あ め つち ﹂ ﹁ よ るひ

詞( 東 京 語 で は 頭 高 型 の 語 ) の方 が 先 に立 つ こ と 、 日 下

る﹂ ﹁ た て よ こ ﹂ のよ う に 、 い つも 第 四 類 ・第 五 類 の名

を 注記。

わ ら は   ア ク、 ﹃図 書 寮 本 ・名 義 抄 ﹄ に (平 々 々 ) の 声 点

部文 夫 氏 の発見 であ る が、興 味あ る こと であ る。

たけ ( 嶽)   ﹃平 家 物 語 ﹄ に は ﹁緒 環 ﹂ の章 に こ の語 あ り 、

の 例 が あ る と いう 。 こ れ に従 う 。

富 士   秋 永 一枝 氏 に よ れ ば 、 ﹃ 古 今 集 ﹄ の 声 点 に (平 々 )

伽閼   平 安 朝 の 文 献 に ア ク の 資 料 が な い。 ﹃平 家 正 節 ﹄ で は 平 ら な 旋 律 。 こ れ を 伝 統 的 な も の と し 、 ● ● 型 だ った と 解す る。 と かう   ﹃ 古 今 集 ﹄ の 写 本 の 声 点 に (平 上 平 ) と あ る 。 そ

環 ﹂ の 章 で (×上 ) の 譜 を つ け て お り 、 これ が 古 い 形 と

音 で、 京 都 語 で は 清 音 で始 ま った と 解 す る 。 ア ク は、 ﹁緒

﹃平 家 正 節 ﹄ で は ダ ケ と 濁 る 。 た だ し 、 こ れ は 方 言 の 語

と 、 (× × 上 ) の声 点 を も つ も の と あ り 、 さ ら に ﹃図 書

し り へ  ア ク 、 ﹃ 名 義 抄 ﹄ に (平 上 々) の声 点 を も つも の

見 て、 ○ ● 型 と 考 え る。 ﹃永 治 二 年 本 古 今 集 ﹄ に ﹁た け ﹂

れ に従 い、 ○ ● ○ 型 と 見 る 。

寮 本 ﹄ に は ﹁し り へで ﹂ を (平 々 々 々) と 注 記 し た も の

  平 安 朝 に 、 ア ク の資 料 は な い 。 ﹃平 家 正 節 ﹄ の

と あ り 、 (平 上 ) 型 に な って い る の は よ く 合 う 。

ズ ミ と いう (低 ) を 表 わ す 譜 、 ﹁徒 然 ﹂ に 全 高 の 譜 あ り 、

﹁大 原 入 ﹂ の章 に 、 ﹁御 徒 然 ﹂ と いう 語 あ り 、 ﹁御 ﹂ に シ

つ れ〓

があ り、 対語 の ﹁ 前 ﹂ の ア ク を も 参 照 し 、 総 合 し て 、○ 0 ○●○ 型 だ った と 判 定 す る 。

の注 記 が あ る のを 唯 一の た よ り に 、 平 安 朝 で も ● ○ 型 だ

こ れ を 暫 く 借 り て 高 平 型 の語 と す る 。

よ も   平 安 朝 に 適 当 な 資 料 は な い。 ﹃補 忘 記 ﹄ に ( 徴角)

った と 解 す る 。

い。 ﹁は ﹂ を 助 詞 と 見 る 説 を し り ぞ け 、 ﹁そ こ ば く ﹂ と い

最 後 の音 節 を 低 く す る も のが 多 い こ と か ら 、 ● ● ● ● ○

柴 ﹂ は 高 起 型 の語 、 三 音 節 語 十 二 音 節 語 の 複 合 名 詞 に は 、

小柴 垣   こ れ も 自 信 は な い。 ﹁小 柴 ﹂ の ﹁垣こ と 解 し 、 ﹁小

う語が ﹃ 名 義 抄 ﹄ に あ り 、 (平 上 平 々 ) の 声 点 が つ い て

型 と推定 す る。

そ こ は か と な う   ﹁そ こ は か と ﹂ の部 分 の ア ク は 定 め が た

い る 。 そ れ か ら 類 推 し て ﹁そ こ は か ﹂ の部 分 を ○ ● ○ ○

とも

︵ 伴)   ア ク 、 ﹃名 義 抄 ﹄ で (上 々) の 声 点 が あ る 。

﹁友 ﹂ と 同 じ ア ク だ った と 見 え る 。 持 仏   ﹁持 ﹂ 字 は 漢 音 は 平 声 の語 。 ﹃ 補 忘 記 ﹄ に は 上 声 の例 が あ る 。 こ の こ ろ の 呉 音 は 去 声 で あ ろ う 。 ﹁仏 ﹂ はbut の 入 声 音 。 デ ィ ー ブ ッだ った と 解 す る。

だ った 。

あ て   ﹃名 義 抄 ﹄ で (上 々) 型 に表 記 。

つら つき   ﹁つら ﹂ は ﹃名 義 抄 ﹄ で (平 々) 型 。 ﹁つき ﹂ は

●○ 型を と る接尾 語 と児 て、 ○○ ●○ 型と 推定 す る。

ま み   語 源 を ﹁目 見 ﹂ と 考 え 、 ○ ○ 型 を 与 え る 。

ち のよ り 多 く の 語 彙 が 所 属 す る○○○

● ○型 と し て お く 。

こ よ な う   然 る べ き ア ク 、 資 料 が な い。 四 音 節 形 容 詞 のう

そ の連 用 形 は 、 コ ヨナ ク 型 。

尼   ﹃色 葉 字 類 抄 ﹄ に (平 々) 型 か (平 上 ) 型 か 紛 ら わ し い声 点 が 注 記 さ れ て い る 。 あ る いは (平 東 ) の表 記 であ

ら れ る か ら 、 全 体 は サ テ フ ァだ った と 解 す る 。

さ て は   案 外 き め に く い。 ﹁ さ ﹂ が ○ 型 。 ﹁て﹂ は ● 型 と 見

平 安 朝 時 代 は○ ● ● 型 だ った と 解 す る 。

お とな  ﹃ 平 家 正 節 ﹄ で は (× ×上 ) の 譜 を つ け て い る 。

る か。 ﹃ 平 家 正 節 ﹄ で は ○ ● ○型 。 現 代 京 都 語 で は ○ ● 型 、 一往 ○ ● 型 だ った と 見 る 。 脇 息   二 字 と も に 入 声 音 で、 ﹁脇 ﹂ は 漢 音 。 と す る と 、 全 高 型 だ った と 見 ら れ る 。

( とを )   ﹃ 平 家 正 節 ﹄ で は (上 ×) の譜 が あ り 、 現 代 北

奥 方 言 で は 低 平 型 、 沖 縄 語 で は 仲 曾 根 政 善 氏 の方 言 で は

十

いる 。 あ る いは 両 様 だ った か 。 現 代 東 京 語 で は 単 独 で は

安 朝 京 都 語 で は ト ヲ だ った と 推 定 す る 。

高 平 型 。 こ れ に よ り 、 第 二 類 の名 詞 と 解 さ れ る の で 、 平

義 抄 ﹄ な ど で は 声 点 、 (上 平 ) と も (上 々) と も つ い て

う へ に  こ の 語 は 、 ち ょ っと 難 し い。 ﹁上 ﹂ と いう 語 は ﹃ 名

ウ エガ の 型 、 修 飾 語 が つ け ば ヤ マ ノ ウ エガ の 型 。 こ れ が

ゆ ら ゆ ら   こ う いう 形 の擬 態 語 の ア ク と し て 、 ユ ラ ユ ラ と

全 体を ○○ ●● 型 と仮 りに 見 ておく。

お ひ さ き   ﹁生 ふ ﹂ の ア ク は ﹃ 名 義 抄 ﹄ で (平 上 ) に 表 記 。

ら ば全低 型 にな ると こ ろであ る が。

○ ○ ● ○ 型 だ った と 見 る 。 も し 語 源 が ﹁山 を 吹 く ﹂ 意 な

山 ぶ き   ﹁山 ﹂ は 低 起 型 。 全 体 は 複 合 語 の法 則 に 従 って 、

古 い姿 を 伝 え て いる と 見 て 、 こ こ のよ う な 修 飾 語 の つ い た 場 合 の 当 時 の京 都 語 は ウ へだ った と 見 る。

﹃ 名 義 抄 ﹄ で (平 々) と 表 記 。 ○ ○ ○

経   呉音。 ﹃ 色 葉 字類 抄 ﹄ で上声 。 現代 語 の発 音 も こ の伝 統 を 守 って いる 。 たゞ 人  ﹁た だ ﹂ は ○ 型と し ておく。 四 十   ﹁四 ﹂ は 呉 音 で 平 声 、 ﹁ 十 ﹂ は 入 声 で、 全 体 は 低 平 型

き める。 いぬ き   こ れ こ そ ア ク が 定 め が た い。 現 在 京 阪 系 諸 方 言 で 、 三 音 節 の人 名 の 略 称 は 、 ○ ● ○ 型 が 多 い。 こ の時 代 に も そ のよ う な 傾 向 が あ った と 見 て お く 。 ふ せ ご  ﹁伏 す ﹂ は ﹃名 義 抄 ﹄ で は ( 平 上 ) に表 記。 複合 語 の例 と し て 、 ○ ● ○ 型 にな った も の と 解 す る 。

﹁大 納 言 ﹂ に 倣 って 、 平 安 朝 時 代 は ○ ○ ○ ● ○ 型 だ った と 見た 。

す る が 、 は た し て よ い か 。 ﹃平 家 正 節 ﹄ の 譜 に (上 々 ×)

め の と   ア ク 、 ﹃高 山 寺 本 ・名 義 抄 ﹄ に (上 々 々) と 表 記

(﹁ 女﹂ の ﹁ 弟 ﹂ か) を 考 え て 、 あ え て 全 低

と あ る の を も と に す る と (平 々 々 ) 型 と し た い。 ﹁め の と ﹂ の語 源

う し ろ み   ﹁試 み ﹂ が 全 低 型 。 そ れ に倣 う 。

型 の方 を 採 る 。

イ 型 に な り そ う であ る が 、 こ れ は 口 頭 語 の伝 統 を 失 った

くち をし  現在 の方言 のアク から判 断す る と、 ク テ ィヲシ

こ ち   ア ク の 文 献 資 料 を 知 ら ず 。 現 代 の京 阪 語 の ア ク は コ

( ガ ) であ る と こ ろ 、 ﹁こ﹂

は 高 起 式 の原 辞 で あ る と こ ろ か ら 考 え て 、 ● ○ 型 と す る 。

チ 、 東 京 式 の 方 言 で は コ ッチ

も の で あ ろ う 。 ﹁口﹂＋ ﹁惜 し ﹂ と い う 複 合 意 識 が 強 か っ た と 見 て、 (ク テ ィ ヲ シ イ) 型 だ った と 見 る 。

資 料 が な く 、 五 音 節 形 容 詞 の代 表 的 な 型 の 連 用 形 は 、 ○

疑 いも あ る が 、 旧 来 の 読 み 方 に 従 って お く 。 ア ク の 文 献

い は け な く   こ の語 当 時 ﹁いわ け な く ﹂ で あ った か と いう

さ いな ま るゝ  ﹁さ いな む ﹂ は ﹁さ き な む﹂ の 変 化 で、 ﹁さ

○ ○ ● ○ 型 だ った 、 そ の 型 だ った と 見 て お く 。

○ ○ ○ 型 に な った も の と 解 す る 。

心 な し   ﹁心 ﹂ は 低 起 型 の 語 。 法 則 に よ って 、 全 体 は ○ ○

型 の 語 、 ﹁さ い な む ﹂ は ○ ● ● ○ 型 の動 詞 と な り 、 そ の

ゆ か し き   ﹁行 く ﹂ と いう 動 詞 と 縁 のあ る 語 と し て 高 起 式

く。

ねび  多く の二音節 動 詞 の属す る型 、○ ● 型に属 さ せ てお

ク は 、 ﹃名 義 抄 ﹄ に (平 々 々 々 ) 型 に 注 記 し て い る 。

か ん ざ し   ﹁む ﹂ は ﹁み ﹂ の 転 と 見 て 、m の 音 と す る 、 ア

●● ●● ○ 型と 見 ておく 。

額 つき   ﹁ひ た ひ ﹂ は 高 起 型 の語 。 ﹁つら つき ﹂ に 合 わ せ て

き ﹂ は ﹁裂 き ﹂ で あ った と 解 す る 。 と 、 ﹁さ き ﹂ は 低 起

  ﹃名 義 抄 ﹄ な ど に ヤ ウ ヤ ク を (平 上 平 々 ) と 表

受 動 形 と いう こと にな る 。 や う〓

少納 言  ﹁ 大 納 言﹂ を○ ○○ ●○ 型 とし た。 ﹃ 色 葉 字類 抄﹄

  記 し て いる 。 そ れ に従 う 。

に は セ ウ ナ ウ コ ンと あ る が 、 今 は ﹁大 納 言 ﹂ の方 に そ ろ え て 、 セ ウ ナ ゴ ン と 読 む 。 ア ク は 、 ﹃平 家 正 節 ﹄ の ﹁ 鹿 谷 ﹂ の 章 な ど に (上 々 × × ×) 型 の 譜 が つ い て い る 。

の 形 容 詞 と 見 る 。 と す る と 、 ● ● ● ● ○型 と な る 。 つく し   ﹃ 名 義 抄 ﹄ で 、 こ の動 詞 は (上 々 平 ) 型 に 表 記 。 御 ぐ し  ﹁ 御 ぐ し あ げ ﹂ ﹁御 ぐ し お ろ し ﹂ の 例 に 倣 っ て 、

い た か も し れ な い。 ﹁み く し ﹂ ﹁み ぐ し ﹂ い ず れ に せ よ

﹁御 ﹂ を ﹁み ﹂ と 読 む 。 ﹁く し ﹂ の部 分 は あ る い は 清 ん で

﹁み ﹂ が つ い た 以 上 は ア ク は 全 高 型 。 は か な う   ﹁は か な し ﹂ は ﹃名 義 抄 ﹄ に (平 々 × ×) 型 。 低 起 型 の 形 容 詞 で あ った こ と を 知 る 。 故 ひ め 君   ﹁故 ﹂ を コと 読 む の は 漢 音 、 漢 音 で は 去 声 で 、 コ オ と いう ア ク だ った と 見 る 。 十 二  ﹁十 ﹂ は 呉 音 で 入 声 、 ﹁二 ﹂ は 呉 音 で 平 声 、 全 体 は 、 低 平 型 だ った 。

﹃ 名 義 抄 ﹄ に (平 上 々 ) 型 。 ス ズ

殿 (と の)  ﹃ 高 山 寺 本 ・和 名 抄 ﹄ に (平 々) に 表 記 、 ○ ○ 型 だ った 。

ロ ニだ った と す る 。

すゞ ろ に   ﹁す ず ろ ﹂ は

さすがに ﹃ 拾 遺 集 ﹄ の 写 本 の 声 点 に 、 ﹁し か す が に ﹂ は (平 々 上 々 々) 型 、 現 在 京 都 方 言 、 サ ス ガ ニ の 型 。 両 方 か ら 考 え て サ ス ガ ニ型 だ った と す る 。 つ や つや   あ ま り 自 信 は な い が 、 ﹃ 平 家 正 節 ﹄ の ﹁殿 上 乗 合 ﹂ の 章 、 ﹁鹿 谷 ﹂ の 章 に (×上 × × ) の 譜 の 例 あ り 、 こ れ を も と に し て ○ ● ○ ○ 型 だ った と 考 え る 。

い、 (平 々 上 平 ) 型 と 見 る 。

若 草   ﹁山 草 ﹂ は ﹃ 名義抄﹄で ( 平 々上 平 ) 型 。 そ れ に 倣

こ な た   ﹃古 今 集 ﹄ の 写 本 に 多 く (上 々平 ) 型 。 そ れ に 従 いコナタ とす る。

し も   ﹃古 今 集 ﹄ の 写 本 で (平 々 ) 型 の語 に つけ ば (平 上 )

型 、 他 の 型 に つ け ば (平 々) 型 。 (平 東 ) 型 と 見 た 。

を グ ェ ン と い う の は 呉 音 で あ り 、 ﹃平 家 正 節 ﹄ に は 、 全

源 氏   ﹁源 ﹂ は 当 時 語 音 はgwenだ った は ず 。 ア ク は 、 ﹁源 ﹂

体 が 高 平 型 の 譜 を つ け て いる 。 漢 音 が 平 声 で あ る と こ ろ

を 見 る と 、 呉 音 で は 去 声 は グ ヱ ン だ った ろ う と 見 ら れ る 。 全体 は グ ヱ ンジ。

中将 ﹁ 中﹂は ﹃ 金 光 明最 勝 王 経音 義 ﹄ にチ と 鼻 音 符 と で

表 記さ れ ており 、 これは チ ンと読 むも のと見 られ る。 た

い。 漢 音 で は 平 声 で あ り 、 ア ク は 低 平 型 だ った であ った

だ し 、 漢 音 は チ ュウ でチ は チ ュの 不 完 全 表 記 か も し れ な

ろ う 。 ﹁将 ﹂ は 中 国 語 は チ ャ ン で 去 声 、 前 の 鼻 音 の た め

に 連 濁 を 起 し た と 見 ら れ る か ら チ ュ ンヂ ャ ン と な る 。

いう こ と に な る 。

わ ら は や み   ﹃名 義 抄 ﹄ に あ り 、 全 平 型 。 ア ク は 全 低 型 と

のゝ し り   現 在 東 京 語 な ど の ア ク か ら の期 待 に 反 し て ﹃名

義 抄 ﹄ で は (上 々 々平 ) 型。 ノ ノ シ ル 型 だ った 。

い で  ﹃ 名 義 抄 ﹄ に ﹁い で や ﹂ を (平 々上 ) 型 に 注 記 。 こ

れ に よ り ○ ○ 型 だ った と す る 。 消 息  ﹃ 古 今 訓 点 抄 ﹄ に (平 上 平 々 ) 型 。 こ れ を 採 る 。 あ り き   ﹁あ り く ﹂ は (平 上 平 ) 型 の 動 詞 。 そ の 名 詞 形 と し て (平 々 上 ) 型 と 考 え た 。

須磨 之巻

と い う 。 これ に 従 い● ○ 型 と 判 定 す る 。

須 磨  ﹃ 古 今 集 ﹄ の 写 本 の声 点 に (上 平 ) 型 のも の が あ る

(上 ) だ った と 見 て、 ● ● ● ● 型

た ま さ か   こ の 語 ﹃名 義 抄 ﹄ に あ り 。 (上 上 × ×) 型 と 表 記、 ﹁ さ か ﹂ の部 分 も

  ア ク の資 料 が な い。 ○ ● ○ ○ 型 と 見 た 。

見る。

よ る〓

人 ず くな   ﹁ 人 ﹂ は高 起 型。 高 起型 を 先部 と す る 五音 節 複

合 語 の多 く が 所 属 す る ● ● ● ● ○ 型 と し た 。

んだ 。 アク は ﹃ 名 義 抄 ﹄ の ﹁そ ば た つ﹂ を (平 々上 平 )

そ ば だ て て   ﹃図 書 寮 本 ・名 義 抄 ﹄ に よ り 、 ﹁だ ﹂ の音 を 清

秋 風   ア ク 、 よ る べ き 資 料 が な い。 現 在 の 京 都 ア ク の ア キ カ ゼ を 借 り る 。 昨 年 十 二 月 に 刊 行 さ れ た 秋 永 一枝 氏 編

型と ある のによ る。

は ら か ら   ア ク 、 ﹃日 本 書 紀 ﹄ の 写本 の声 点 に、 (平 々 々 々 )

る のに従う 。

見 た 。 ア ク は ﹃色 葉 字 類 抄 ﹄ に キ ム を 平 声 と 注 記 し て い

琴   中 国 語 音 で ﹁ん ﹂ は ︹m ︺。 そ れ が 保 存 さ れ て い る と

を ウ クとし た。

う く ば か り   ﹁ば か り ﹂ は 終 止 形 に つく と 考 え て 、 ﹁ 浮 く﹂

って い る 。

あ ら し   ﹃名 義 抄 ﹄ ﹃ 和 名抄 ﹄ の写本 に、 ア クは低 平 型とな

型 に表 記し て いる のに従う 。

﹁﹃ 顕 昭散 木集 注﹄ 声点 注記 資 料 な ら び に 声 点 付 語 彙 索 引 ﹂ に よ る と 、 ア キ の部 分 に (平 々) の注 記 が あ る と い う 。 改 め る べき か 。

と し か定 め 得 ず 。 ユキ ヒ ラ と か り に 見 た 。 秋 永 一枝 氏 に

行 平   前 回 は ﹁ゆ き ﹂ は 高 起 式 の 語 を 作 る か 、 ぐ ら い の こ

よ れ ば 、 こ のよ う な 人 名 は ユキ ヒ ラ 型 だ った ろ う と いう 。 こ れ に よ り 改 め る 。 ﹃古 今 和 歌 集 声 点 本 の 研 究 ﹄ ( 研究篇 上 ) 三 三 七 ペー ジ を 参 照 。 関   ア ク 、 ﹃名 義 抄 ﹄ に よ り 低 平 型 と し た 。 浦 波   ア ク の資 料 が な い 。 ○ ○ ○ ○ 型 と 解 し た 。 あ る いは ○ ○ ● ○ 型 と す べ き だ った か 。

た ち は な れ が た く   当 時 、 ﹁立 ち ﹂ と ﹁離 れ ﹂ は は っき り 二 つ の動 詞 で あ った 。 随 って ﹁が た し ﹂ は 語 の意 識 と は 離 れ て ﹁離 れ ﹂ だ け に つ い て いた も の と 考 え た 。 手 習 ひ   ア ク の 文 献 が な い。 ﹁手 ﹂ は 低 起 型 。 一往 テ ナ ラ

ア ク を 決 定 す る 然 る べ き 文 献 が な い。 ﹁か ら

ヒ 型と 見 ておく 。 から ( 唐)  

が ﹁の り ﹂ の 場 合 は そ の部 分 が ● ○ 型 に な る ら し い 。 そ

う 考 え て 、 全 体 は ト ゥネ ノ リ だ った と 見 る 。

作 り 絵   ﹃名 義 抄 ﹄ に ﹁ 作 り革﹂ のア ク が ツク リ カ ハとあ

る 。 そ れ にな ら って ト ゥ ク リ ヱと し た 。

四 五 人   ﹁四 ﹂ は 去 声 で 平 声 、 ﹁五 ﹂ は 上 声 、 ﹁人 ﹂ は も と

去 声 で あ る が 、 こ の よ う な 場 合 は 上 声 に変 化 し た と 見 て 、

全 体 シゴ ニ ンと 解 し た 。

前 栽   ハイ カ ラ な 言 葉 と し て ﹁ 前 ﹂ の字 に中 国 音 の ︹t∫en︺

を、 ﹁ 栽 ﹂ の 字 に 、 中 国 音 の ︹tsai使 ︺を って み た 。 た だ

型であ ると ころから 、○ ○ 型と 見て おく。

う た ﹂ ﹁か ら こ と ﹂ ﹁か ら も の﹂ い ず れ も 、 (平 平 ⋮ ⋮ )

し 、撥 ね る 音 の あ と な の で ︹tsaは i連 ︺ 濁 し て ︹dz︺ ai

﹃ 名 義 抄 ﹄ に ﹁俗 に シ イ ヲ ニ﹂

と あ る の に よ り 、 シ イ ヲ ン と 解 す る 。 ﹁い ろ ﹂ は 接 尾 語

紫 苑 色   ﹁紫 苑 ﹂ の ア ク は

の で全 体 は 低 平 型 と 解 し た 。

清 ら   ﹁ら ﹂ は 多 く 低 く 発 音 さ れ る 。 ﹁清 ﹂ は 低 起 型 であ る

表 記 し て お り 、 低 起 式 の語 と 見 た 。

ゆゝ し う   ﹃拾 遺 集 ﹄ の 声 点 に 、 連 体 形 を (平 々 上 平 ) と

﹁ 前 ﹂ が 漢 音 で 平 声 な の に と 思 い 、 チ ェ ンザ イ と す る 。

と な る。 アク は ﹃ 色 葉 字 類 抄 ﹄ に (去 上 々 々 ) 型 と あ り 、

絵 ど も   ﹁ど も ﹂ の ア ク は 原 則 と し て 高 平 型 と 見 た 。

は ミ ド コ ロだ った と 推 定 す る 。

見 所   現 在 京 都 語 で ミ ド コ ロ の型 。 そ れ を も と と し て 当 時

こ の 頃  ﹁こ ろ ﹂ に は 連 濁 は 生 じ て いな い と 見 た 。 す め る  ﹁す ﹂ は 終 止 形 で 、 ス ゥ の 型 と 見 た 。 千 枝   秋 永 一枝 氏 に よ れ ば 、 鎌 倉 時 代 、 三 音 節 の人 名 は 、 比 較 的 原 語 の ア ク に 近 い ア ク を も って いた ら し い。 ﹃古 今 和 歌 集 声 点 本 の研 究 ﹄ ( 研 究 篇 上 ) の 三 一二 ペ ー ジ を 参 照 。 ﹁千 枝 ﹂ の ﹁千 ﹂ は ○ 型 で あ り 、 ﹁枝 ﹂ は ● ● 型 で

と し て 用 いら れ れ ば 、 ⋮ ⋮ ● ● 型 の 語 を 作 る の で 、 全 体

あ る 。 と す る と 、 全 体 と し て ○ ● ● 型 で あ った か と 思 う 。 ﹁千 里 ﹂ は ( 平 上 々) の 表 記 一例 、(平 上 平 ) の表 記 二 例

直 衣   ア ク の 文 献 資 料 が な く 、 そ の 推 定 は 難 し い。 ﹁ 直﹂

と し て 、 シ イ ヲ ン イ ロだ った と 解 す る 。

常則 ﹃ 古 今 集 ﹄ の 写 本 の声 点 で は 、 四 音 節 の 男 子 名 は 先

は 本 来 低 起 型 の 語 。 そ れ を 発 揮 さ せ て 、 一往 あ り そ う な

と す る と 、 あ る いは ○ ● ○ 型 だ った か も し れ な いが 。

  部成 素 が低起 型 の時 は、全 体 が低起 型 とな り、後 部 成素

型 とし て低 平型を 考え た。

々)。 全 体 を ● ● ● ● 型 と 推 定 し た 。

る と 、 平 安 朝 で は ジ フゴ ヤ で あ った ろ う 。 四 声 か ら 言 っ

十 五夜   ﹃ 平 家 正節 ﹄ で ジウ ゴ ヤと 節付 け し て いる。 とす

つら   ﹃ 名 義 抄 ﹄ で ア ク 、 (上 々 ) 型 。

に は 、 終 止 ・連 体 形 は ○ ○ ○ ○ ● ○型 で 、 連 用 形 は ○ ○

と 思 わ せ る 型 の 譜 が つ いて いる 。 と す れ ば 、 平 安 朝 時 代

て も そ のは ず 。

し ど け な く   ﹃平 家 正 節 ﹄ に は こ の 形 容 詞 は ● ● ● ○ ○ 型

○ ● ○ 型 で あ った か と 見 ら れ る 。

見 て 、 ﹁う ﹂ を︹η ︺ と 読 ん だ 。 ア ク は ﹃ 名 目 抄 ﹄ に (去

殿 上   専 門 語 と し て、 ﹁ 上 ﹂ は 中 国 音 に 忠 実 だ った ろ う と

平 ) 型 に出 て おり 、 そ れ が 平 安 朝 の ア ク を 伝 え て い る も

迦 牟 尼 ﹂ の ア ク は ﹃四 座 講 式 ﹄ に よ り 、 ○ ○ ● ● 型 。 ﹁弟 子 ﹂ は 中 国 音 に 忠 実 な 発 音 を 用 いた と 見 て ︹de︺ t∫i

のと し た 。 ○ ● ○ ○ 型 と な る 。

う と 考 え て ﹁千 ﹂ は︹t∫enと ︺読 ん だ 。 ア ク は ﹁二 千 ﹂

二 千 里   こ のよ う な 文 脈 で は 、 中 国 の 原 音 に 近 く 読 ん だ ろ

型。

﹃名 義 抄 ﹄ の ﹁鴻 ﹂ の 条 の 訓 を こ の 語 と 見 れ ば 、 ○ ●

と し た 。 ア ク は 、 ﹃色 葉 字 類 抄 ﹄ に よ って 低 平 型 。

釈 迦 牟 尼 仏 弟 子   ﹁仏 ﹂ は ツを 口蓋 帆 の 破 裂 音 と 見 た 。 ﹁釈

雁

が ﹃四 座 講 式 ﹄ に (平 上 ) 型 で あ る と こ ろ か ら ニセ ン と

し誦 た ま へ る  ﹃四 座 講 式 ﹄ に 、 ﹁じ ゅす ﹂ を ジ ュス と あ る 。

た ろう 。

で、 ○ ○ ○ 型 と 見 ら れ る 。 ﹁コ﹂ は 長 く 引 い て 発 音 さ れ

故 人   ﹁コ﹂ ﹁ジ ン ﹂ と も に 漢 音 。 と す る と と も に 平 声 な の

見 、 ﹁里 ﹂ は 今 の 諸 方 言 の比 較 か ら 見 て 低 平 型 と し た 。

 楫 ﹃名 義 抄 ﹄ に (上 平 ) 型 。

﹁ 手 ﹂ は 低 起 型 を 作 る 。 こ の よ う な も のは 、 原 則 と し て 、

手 つき  現代京 都 語 でテ ツキ。 東京 語 でも同 じ。 そう し た

当時 は○○ ●型 。 御 数 珠   ﹁数 ﹂ は ﹃ 名 義 抄 ﹄ に 和 音 シ ュと あ る 。 濁 点 を 付

一音 節 の漢 字 音 と し て ジ ュウ と 延 ば し て 言 った も の と 見

け な か った も の と 見 て 、 ジ ュと 読 む 。 ﹁ 珠 ﹂ は 同 じ く ﹃名 義 抄 ﹄ に ﹁音 朱 ﹂ と あ る 。 ジ ュジ ュと 読 む 。 ア ク は 現 在

た 。 ア ク は 、 ﹃四 座 講 式 ﹄ で ( 角 徴 ) の 譜 を つ け て いる 。

平声 であ るか ら低 平 型 と 見た。 ﹃ 平 家 正節 ﹄ で ニ ュー ド

入 道   ニ フ ダ ウ 。 ア ク は ﹁入 ﹂ は 入 声 音 、 ﹁ 道 ﹂ は 呉音 で

○ ● 型 と 見 ら れ る。

の諸 方 言 か ら み て低 平 型 と 定 め た 。 ふるさ と  ア ク、 ﹃ 平 家 正 節 ﹄ に フ ル サ ト と いう 譜 が あ る 。

﹃ 名 義 抄 ﹄ の 諸 訓 (上

平 安 朝 時 代 は フ ル サ ト で あ った と 見 る 。 は つ か り   原 辞 ﹁は つ﹂ の ア ク は

ー と な って いる の も 、 こ の 推 測 を 助 け る 。 よゝ   定 ま った ア ク は も た な か った か と 思 う 。 二 つ の ﹁よ ﹂

﹃日 本 書 紀 私 記 ﹄ で (平 上 々)

は と も に 長 く 引 いて 発 音 さ れ た ろ う 。 し ばし  ﹃ 古 今 集 ﹄ の写 本 と 型 。 当 時 ○ ● ● 型 だ った と 見 る 。 上 の  ﹃ 名 義 抄 ﹄ に (上 平 々) の 声 点 が あ り 、 そ れ は 連 体 修 飾 語 の 場 合 であ る が 、 こ のよ う な 主 語 を 表 わ す 場 合 は

折節   ﹃ 名 義 抄 ﹄ に (平 上 平 々 ) 型 。

東 宮  ﹁東 ﹂ の 字 ﹁宮 ﹂ の 字 と も に ﹃名 義 抄 ﹄ に よ る と 、

﹁う ﹂ は ︹η︺で あ った と 見 た 。 ア ク は 、 現 在 京 都 語 で

和 音 で も ウ が鼻 音 で あ った 表 記 が あ る 。 ﹁東 宮 ﹂ と も に

ト ー グ ー 、 ﹃平 家 正 節 ﹄ で ト ー グ ー で あ る と こ ろ か ら 、

平 安 朝 時 代 は ト ン グ ン であ った と 想 定 す る 。

か 。 ﹁婦 ﹂ は 鼻 音 の 次 に 来 た の で 連 濁 を 起 こ し た で あ ろ

と を 示 す 記 号 が つ い て い る 。 ︹η ︺ で あ った の で あ ろ う

命 婦  ﹃ 名 義 抄 ﹄ に 和 ミ ヤ ウ と あ り 、 ウ が 鼻 音 で あ った こ

恩 賜   ﹁賜 ﹂ は 中 国 語 に 忠 実 に チ と し た 。 ア ク は 扱 い困 難

う。 呉 音 で ﹁ 命 ﹂ は 平 声 、 ﹁婦 ﹂ は 上 声 、 し た が っ て ア

さ ら に そ う で あ った ろ う 。

で あ る が 、 漢 音 で ﹁恩 ﹂ は 去 声 で 、 ﹁賜 ﹂ は 平 声 で あ る

﹃日ポ 辞 書 ﹄ ﹃落 葉 集 ﹄ な ど に よ って ダ イ と

ク は ミ ャ ンブ と な る 。

濁 る 。 ﹁将 ﹂ は 専 門 語 で あ る と こ ろ か ら 、 原 語 に 近 い と

大 将   ﹁大 ﹂ は

と こ ろ か ら 、 ア ク は オ ン チ イ と な った と 見 る 。 漢 字 音 の

御 衣   ﹁ギ ョ﹂ ﹁イ ﹂ と も に 長 く 引 いて 発 音 さ れ た ろ う 。 共

ン で は 、 漫 画 の 田 舎 っぺ大 将 と 同 じ に な っ てし ま った 。

考 え て 、 チ ャ ン︹t∫a︺ nη を と った 。 ﹁ 大 将 ﹂ がダ イ チ ャ

○ ○ ○ ● 型 の語 に 対 し て ﹁の ﹂ は 高 く つ いた 。

に漢 音 で 、 ギ ョは 去 声 、 イ は 平 声 と 見 る か ら 、 ギ ョオ イ

后 の 宮   ﹁き さ き ﹂、 ﹃四 座 講 式 ﹄ に ( 角 徴 角 ) の 譜 を つけ

文   ﹃名 義 抄 ﹄ の 声 点 、 (上 平 )。

と ぶ ら ひ  ﹃ 名 義 抄 ﹄ の声 点 は (上 上 上 平 )。

し て は ふ さ わ し く な い と 考 え て 採 用 し な か った 。

を P残 し 、 パ ラ カ ラ と 唱 え る が 、 平 安 朝 の 貴 族 の言 葉 と

御 は ら か ら   ﹁は ら か ら ﹂ は 平 曲 で は 鼻 音 の直 後 で 子 音 の

さ す ら へ  ﹃ 名 義抄 ﹄ で ( 上 々 々平 ) 型 。

ーとな る。 御 ぞ   ﹁そ ﹂ は ﹁袖 ﹂ (＝ ﹁衣 の 手 ﹂) が ● ● 型 であ る と こ ろ か ら 見 て ● 型 であ った と 定 め る 。 ひ と へ に   ﹁ひ と へ﹂ は 珍 し い ○ ○ ● ○型 の 名 詞 で あ った よ う で 、 ﹃四 座 講 式 ﹄ で は 、 ﹁ひ と へに ﹂ を ○ ○ ● ○ 型 に 扱 って い る 。 お も ほ え で   ﹃日本 書 紀 ﹄ の 写 本 の声 点 に ﹁思 ほ え ず ﹂ に 対 し て (平 々 々上 平 ) と あ る 。 これ に 従 う 。

て いる。

み﹂を

( 平 々 ×平 ) 型 に 表 記 し て い る と いう 。

み づ か ら   ﹃日 本 書 紀 私 記 ﹄ に (上 々 平 々 ) 型 の声 点 あ り 、

﹃四 座 講 式 ﹄ に ( 徴 々角 々 ) の 譜 が あ る 。 ● ● ○ ○ 型 と

お ほ や け   ﹃名 義 抄 ﹄ に ﹁お ほ や け ご と ﹂ を (平 々 上 々 々 平 ) と 表 記 し て いる 。 ﹁お ほ や け ﹂ だ け で は (平 々上 々)

知 ら れ る。

  ﹃四 座 講 式 ﹄ に 高 平 の譜 が つ い て い る の に 従 う 。

も ろ ご ゑ   原 辞 ﹁も ろ ﹂ は す べ て (上 々) 型 。 そ れ に よ り

雲 路   ﹁雲 ﹂ は 低 起 型 の 語 。 暫 く ○ ○ ● 型 と 見 る 。

いう 法 則 に従 って 、 オ マシ ド コ ロと 読 む 。

御 座 所   マ行 音 の前 の ﹁御 ﹂ は ﹁お ﹂ と 読 む こ と が あ る と

たろ うと 思う 。

胡   コと よ む の は 漢 音 。 と す れ ば これ は 平 声 。 長 く 引 か れ

横 笛  ﹃名 義 抄 ﹄ の ア ク 、 (上 々平 々) 型 。

う 。 小 生 が 前 回 推 定 し た の が 正 し か った と は 幸 運 だ った 。

の三 三 七 ペー ジ に よ る と 、 ○ ○ ●○ 型 と 推 定 さ れ る と い

良 清   秋 永 一枝 氏 の ﹃ 古 今 集 声 点 本 の 研 究 ﹄(研 究 篇 上 )

しば 〓

は低 起 型 、 暫 く 、 ○ ○ ○ ○ 型 と 見 て お く 。

山 が つ  ア ク 資 料 は な い。 現 在 京 都 語 で は 高 平 型 。 ﹁山 ﹂

ク は フ ス ブ ルと な る 。 フ スブ ル で は な い。

ふ す ぶ る な り け り   ﹁ふ す ぶ る ﹂ は 連 体 形 と 見 た 。 と 、 ア

で、 ア ク 、 定 め が た い。 暫 く ○ ● 型 と 見 て お く 。

柴   ﹃名 義 抄 ﹄ に (平 々 ) 型 、 ﹃ 色 葉 字 類 抄 ﹄ に (平 上 ) 型

海 人  ﹃ 名 義 抄 ﹄ な ど に (平 々) 型 に 注 記 。

型 だ った と 解 す る 。

た 。 ア ク は ﹁勘 ﹂ は 平 声 、 ﹁事 ﹂ は 去 声 、 いず れ も 漢 音

勘 事   ﹁う ﹂ は ︹η︺ を 表 わ す も のと 見 て、 カ ンジ と 考 え

と 見た 。 もど き て  ﹃ 名 義 抄﹄ に ﹁ も ど く ﹂ の ア ク 、 (平 々 上 ) 型 。

て 、 第 二 類 名 詞 で平 安 朝 に は シ カ だ った と 推 定 し た 。

鹿   ア ク 、 文 献 に 記 載 が な い。 現 在 諸 方 言 の ア ク か ら 考 え

馬   当 時 の漢 音 は 第 一音 節 ︹ｍ︺ だ った 。

は 当 時 の 中 国 語 で は︹t∫oηだ ︺ った 。 四 声 は (平 去 ) 型 。

追 従   ﹁従 ﹂ を シ ョウ と 読 む と こ ろ か ら 漢 音 と 見 る 。 ﹁従 ﹂

念 じ す ぐ す ま じ う   ﹁念 ﹂ の ﹁ん ﹂ は 中 国 音 で ︹ m ︺。 ﹁ 念﹂ は呉 音 で平声 で ﹁ 念 じ ﹂ のア クはネ m ジ ィと見 る。

● ○型 と 見 ら れ る 。

を (上 々 × × ×) の譜 を つけ て い る 。 低 起 型 の 語 であ っ

あ さ ま し き   ﹃平 家 正 節 ﹄ の ﹁藤 戸 ﹂ の章 に ﹁あ さ ま し き ﹂

た ら し い。 と す る と○○○○

と 見た。

宿 世   ア ク 、 ﹁宿 ﹂ は 入 声 、 ﹁世 ﹂ は 呉 音 で 平 声 で 、 低 平 型

つ き な か ら む   ﹁つき な し ﹂ は 語 源 を 考 え て ○ ○ ○ ● ○型 か と 推 定 し た 。 ﹃永 治 二 年 本 古 今 集 ﹄ の 写 本 に ﹁つ き な

●● ●● 型と 推定 し た。

黄 が ち  ﹃ 名 義 抄 ﹄ に ﹁黄 ﹂ を キ ナ リ (上 平 上 ) と 訓 じ て

狩 衣   アク、 ﹃ 名 義 抄 ﹄ に ﹁か り ﹂ の 部 分 だ け (平 々) 型

い る 。 ア ク 、 キ ガ テ ィ だ った と 見 る 。

に 注 記 。 ほ か に ﹁雨 衣 ﹂ を ア マギ ヌと 表 記 し て い る 例 が

  ﹃名 義 抄 ﹄ の声 点 不 完 全 で 定 め が た し 。 は じ

め の ﹁か へ﹂ に 平 声 点 を 施 す の み 。 ﹃ 平 家 正 節 ﹄ の ﹁少

あ る ので、カ リギ ヌと定 める。

か へす〓

将 乞 請 ﹂ の章 に 、 (上 × × ×× ×) の 譜 を 付 す る 。 ○ ○

﹁ゐ ﹂ の つ いた 形 は 自 信 が な い が、 し ば ら く ア ス カ ヰ と

あす か井  ﹁ 飛 鳥 ﹂ を ﹃古 今 訓 点 抄 ﹄ に (平 々上 ) と 表 記 。

わ れ る の で、 こ こ は ﹁か つげ さ せ ﹂ と し た 。

の後 を ﹁か づ く ﹂ と 読 ん で い る の は 後 世 の 読 み 方 か と 思

﹁か つ げ も の﹂ と 言 う の が あ る 。 そ う す る と 、 普 通 に こ

か づ け さ せ  ﹃ 名 義 抄 ﹄ の ﹁纏 頭 ﹂ と いう 語 句 の 声 点 に、

朝 時 代 は ○ ○ 型 で あ った か 。

に ﹁興 な げ ﹂ を (上 々 々 ×) 型 に 表 記 。 と す る と 、 平 安

興   日 本 語 化 し て いた と 見 て 、 キ ョウ と 読 む 。 ﹃平 家 正 節 ﹄

は ︹n︺で 無 表 記 。

す る 。 と す る と 、 ア ク は タ ン ギ だ った こ と に な る 。 ﹁ん ﹂

弾 棊   字 音 か ら見 て 漢 音 の語 と 判 定 し 、 (去 平 ) 型 と 判 定

見 て 低 平 の ス グ ロク だ った と 見 る 。

ろ く ﹂ と 言 った と 考 え る 。 ア ク は 現 在 諸 方 言 の ア ク か ら

双 六   仮 名 表 記 か ら 日 本 語 化 し て いた も の と 見 て 、 ﹁ すぐ

碁 ﹃ 色 葉字 類 抄﹄ で平 声 に表 記。

調 度   ﹃色 葉 字 類 抄 ﹄ に (平 々 ) 型 に 記 載 す る 。

● ○ ○ ○ 型 か と 暫 く 見 て お く 。 ﹃古 今 集 ﹄ の 写 本 に は (平 々上 々 々 々) の声 点 あ り 、 い か が 。 手水  ﹃ 平 家 正 節 ﹄ の ﹁先 帝 入 水 ﹂ の 章 に 、 (上 × ×) の譜 あ り 。 平 安 朝 時 代 は ○ ○ ● 型 だ った と 推 定 す る 。 念誦   ﹁念 ﹂ は ﹃ 補 忘 記 ﹄ で 平 声 、 ﹁誦﹂ は ﹃四 座 講 式 ﹄ で 平 声 。 (平 々) 型 と み た 。

の を そ のま ま 採 った 。

あ か ら さ ま に も   ア ク 、 ﹃平 家 正 節 ﹄ に ア カ ラ サ マ と あ る

三 位 中 将   ﹁三 位 ﹂ の ﹁三 ﹂ の ﹁ン﹂ は ︹m ︺、 ﹁位 ﹂ に 連 声 が 起 こ った と 見 た 。 ﹁中 将 ﹂ は 前 出 。 宰 相  これも中 国音 に忠実 に発 音さ れた と見 た。 と、 ツ ァ イ シ ャ ンと な る。 ア ク は ﹃ 平 家 正 節 ﹄ の ﹁公 卿 揃 ﹂ の章 に 多 く 現 れ 、 (上 々 々 ×) の譜 が あ る 。 こ れ は ○ ○ ○ ○ 型 だ った ろ う 。 あ ぢ き な く   ﹃四 座 講 式 ﹄ に ア ヂ キ ナ シ に 対 し て ( 角 々々 々 徴 ) の譜 を つけ て い る 。 ま う で  ﹁ま う づ ﹂ は 二 段 活 用 の動 詞 に は 珍 し い、 終 止 形 が ○ ● ○ 型 の動 詞 。

見 る。 な か な か  ア ク 、 ﹃ 古 今 訓点 抄 ﹄ にナ カナ カ とあ る の に従 う。

﹁も ﹂ は 、 正 確 に は モ ォ調 で あっ た ろ う 。

よ も す が ら   ア ク 、 ﹃名 義 抄 ﹄ に ヨ モ ス ガ ラ と あ る 。 こ の

御 土 器   ﹁か は ら け ﹂ の ア ク 、 文 献 に 求 め が た い。 ﹁瓦 ﹂ は ○ ○ ○ 型 。 ﹁か は ら け ﹂ も ○ ○ ○ ○ 型 か と 考 え た 。

﹁と こ ﹂ は (上 々 ) な る こ と 確 実 。 暫 く ● ● ○ 型 と 見 る 。

つと   ﹃ 名 義 抄 ﹄ に ﹁と ﹂ の点 、 平 声 。 ﹁つ つむ ﹂ と 関 係 あ

り と す れ ば ﹁つ﹂ の ア ク は 低 か 。 全 体 を 低 平 型 と 推 定 す る。

﹃ 名義 抄 ﹄ に

黒 駒   ﹁駒 ﹂ に 連 濁 が 行 わ れ た か ど う か 未 詳 。 多 数 の 類 例

をも と にし て連濁 した も のと 見る。 アクは

﹁く ろ が ね ﹂ な ど が 、 低 平 型 で あ る の に な ら い、 こ れ も 低平 型と 見る 。

嘶 え ぬ   ﹁い ば ゆ ﹂ の アク は ﹃ 名義 抄﹄ に ( 上 々平 ) と あ る 。

そゝ ぐ   ﹃ 名 義 抄 ﹄ そ の 他 、 平 安 朝 時 代 の文 献 に は 、 ク に 関 し て 清 音 で あ った と 表 記 し て いる 。 ﹃ 国 語 と 国 文学 ﹄

か た み   ﹁か た み ﹂ の ア ク 、 ﹃拾 遺 集 ﹄ に (上 々 々 ) と あ る の に従う。

の第 二 七 九 号 に 亀 井 孝 氏 の ﹁ソ ソ ク  ソ ソ グ ﹂ と いう 論 考 が あ った 。 盃   ア ク 、 ﹃図 書 寮 本 ・名 義 抄 ﹄ に (上 々 々平 ) 型 。

とす る。

対 面   ﹃平 家 正 節 ﹄ で タ イ メ ン と あ る 。 こ れ か ら タ イ メ ン

た づ   ア ク 、 ﹃名 義 抄 ﹄ に 平 上 と あ る 。 語 の意 味 か ら 考 え

お の が じ し   築 島 裕 氏 が ﹃拾 遺 集 ﹄ の 写 本 の 声 点 に ﹁じ し ﹂ の上 を 清 み 、 下 を 濁 る 例 が あ る のを 発 見 さ れ た 。 そ

て 、 ○ ● 型 で は な く 、 ○ ● ○型 であ った ろ う と 解 す る 。

ゥ バ サ だ った と 見 ら れ る 。

つ ば さ   ﹃四 座 講 式 ﹄ に ( 徴 々角) の譜を 付 し て いる。 ト

の 形 容 詞 と な り 、 ○ ○ ○ ○ ● ○型 と な る 。

た づ か な き   ﹁た ﹂ は ﹁手 ﹂ で あ ろ う 。 と す る と 、 低 起 型

る。

春 日   ア ク 、 ﹃日本 書 紀 ﹄ の 写 本 の 声 点 に (平 々 々 ) と あ

れ に よ り 、 通 説 の ﹁お の が じ し ﹂ を ﹁お の が し じ ﹂ に 改 め る 。 ア ク は ﹃拾 遺 集 ﹄ の 声 点 に (上 々 々平 々) と あ る 。 あ るじ  ﹃ 名 義 抄 ﹄、 ﹁あ る ﹂ に 声 点 な く 、 ﹁じ ﹂ の み に 上 声 の 点 あ り 。 (平 々上 ) 型 か と 推 定 し た 。 か り が ね   ﹁雁 ﹂ は ○ ● 型 。 ﹁ね ﹂ は ● 型 。 と す る と 、 ○ ● ● ● 型 の 可 能 性 が大 き い。 常 世   ﹃名 義 抄 ﹄ に ﹁と こ な つ﹂ を (上 々 × ×) 型 に 表 記 。

べ き だ った か ﹂ と あ り ま す が 、 ﹁屏 ﹂ ︹-ηを ︺ビ ャ ンと す

ま 採 った が 、 こ れ は 日本 語 化 し て い る と 見 て ビ ャウ と す

﹃ 朗 読 源 氏 物 語 ﹄ に 見 え る 漢 語 の字 音 及 び ア ク セ ント に つ いて の疑 義 ( 森博 達氏 から の教 示)  桐 壺之 巻

る の で あ れ ば 、 ﹁風 ﹂ ︹︲︺ ηも フ ンと せ ね ば な ら な い の で

① 曹 司   ﹁﹃名 義 抄 ﹄ で は 、 ﹃曹 ﹄ は 漢 音 で は 去 声 ⋮ ⋮ ﹂ と あ りま す が、 ﹃ 広 韻 ﹄ で は 平 声 な の で 、 ﹃名 義 抄 ﹄ と は齟

は な い か と 思 いま す 。 や は り 、 早 く 和 化 し た 呉 音 と 見 て 、

﹃広 韻 ﹄ で は 上 声 で す 。 秋 永 氏 編 ﹃永 治 二 年 本 古 今 和 歌

① 故 人   ﹁﹃コ﹄ ﹃ジ ン﹄ と も に 漢 音 。 と す る と と も に 平 声

 須 磨之 巻

ビ ャ ウ ブ と さ れ る 方 が い いの で は な い で し ょ う か 。

齬 す る ことにな りま す。

集   声 点 注 記 資 料 な ら び に 声 点 付 語 彙 索 引 ﹄ で は 、 ﹁宣

の で、 漢 音 でも 去 声 にな る の で は な い で し ょ う か 。

な の で ⋮ ⋮ ﹂ と あ り ま す が 、 ﹁故 ﹂ は ﹃ 広 韻 ﹄ で去 声 な

②宣 旨   ﹁﹃旨 ﹄ は 、 漢 音 で は 平 声 で ⋮ ⋮ ﹂ と あ り ま す が 、

旨 ﹂ の 二 字 に (平 上 ) 型 の声 点 が 差 さ れ て いる と の由 。

と あ り ま す が 、 ま ず 、 ﹁賜 ﹂ は 心 母 な の で 声 母

( 中古 音 )

難 であ る が 、 漢 音 で ﹃恩 ﹄ は 去 声 で 、 ﹃賜 ﹄ は 平 声 ⋮ ⋮ ﹂

② 恩 賜   ﹁﹃賜 ﹄ は 中 国 語 に 忠 実 に チ と し た 。 ア ク は 扱 い困

漢 音 と し て は 、 こ の (平 上 ) 型 が 正 し いも の と 思 わ れ ま す。 ︹η︺の 音 で あ る が ⋮ ⋮ ﹂ と

あ り ま す が 、 ﹁例 ﹂ は 祭 韻 な の で 、 韻 尾 は_iで あ り 、︲η

③ 例   ﹁こ こ の ﹃い﹄ は 本 来

はs︲で あ り 、 日 本 語 の チ で 表 わす こと は 平 安 朝 であ って

も 無 理 と 思 い ま す 。 ま た 、 漢 音 で は ﹁恩 ﹂ は 平 声 、 ﹁賜 ﹂

では あり ま せん。   夕顔 之巻

③ 弾 棊   ﹁字 音 か ら 見 て 漢 音 の 語 と 判 定 し 、(去 平 ) 型 ﹂ と

ので、誤植 かも知 れま せ ん。

は 去 声 と な る は ず で す 。 ﹁ア ク は オ ン チ イ ﹂ と あ り ま す

② 法 師   ﹁平 安 朝 時 代 は フ ォ フ シ ⋮ ⋮ ﹂ と あ り ま す が 、

あ り ま す が 、 ﹁弾 棊 ﹂ の場 合 の ﹁弾 ﹂ は 動 詞 な の で、 ﹃ 広

真 韻 な の で韻 尾 は-m で は な く︲nで す 。

① 随 身   ﹁﹃ん ﹄ は 中 国 語 で ︹m︺﹂ と あ り ま す が、 ﹁身 ﹂ は

﹁法 ﹂ 字 は 乏 韻 な の で 、 フ ォ フよ り も フ ァ フ に 近 か った

韻 ﹄ で は 去 声 でな く 平 声 寒 韻 に な り ま す 。 し た が って、

漢 音 であ れ ば 、 ﹁弾 棊 ﹂ は( 平 平 ) 型 に な る と 思 い ま す 。

と 思わ れます 。 ③ 屏 風   ﹁﹃屏 ﹄ は 中 国 語 で ビ ャ ン であ る と 解 し て 、 そ のま

平家 語 釈僻 案 抄

  名 古 屋 大 学 に奉 職 し た の が縁 で 、 高 木 先 生 の平 家 物 語 校 注 のお 仕 事 を 手 伝 う こ と にな つた 。 訳 注 の仕 事 は、 小

見 て いる う ち に わ か つて 来 た こ と は 、 今 ま で の平 家 の注 釈 と いう

沢 正 夫 さ ん に よ つて き れ いな 原 稿 が す で に 出 来 上 つて いた が、 専 門 の 語 学 的 な 観 点 に立 つて お 前 も 何 か 手 伝 え と 言 わ れ る 。 岡 目 八 目 の気 楽 な 立 場 か ら いろ〓

も のは 、 そ の場 そ の場 に 即 し た 注 釈 が 多 く て 、 語 と し て の意 味 を 考 え た 注 釈 は、 あ ま り ま だ な さ れ て いな いよ う

だ と いう こ と だ つた 。 と 言 つ て ﹁大 日 本 国 語 辞 典 ﹂ ﹁大 言 海 ﹂ や ﹁広 辞 苑 ﹂ と い つた 辞 書 も 、 ち よ う ど こ の平 家

ひ ね り 出 し た 思 い付 き が 、 岩 波 版 ・日本 古 典 文 学 大 系 ﹁平 家 物 語 ﹂ 上 の

物 語 のと こ ろ は 、 盲 点 に な つて、 そ こ に上 つて い る 語 釈 は 必 ず し も 平 家 に は 適 合 し な いも のが あ れ こ れ 見 受 け ら れ る 。 つ いお も し ろく な つ て、 いろ〓 巻 末 の補 注 に あ げ た も の であ る。

  あ れ は す で に 何 人 か の方 の目 に触 れ て いる よ う で、 いく つか 教 示 も いた だ い て いる 。 批 評 の中 には 、 ど の条 項、

ど の条 項 は 、 も う ほ か の人 が 同 趣 旨 の こ と を 言 つて いる と いう の が 多 か つた 。 例 え ば 、 福 島 邦 道 氏 に よ る と 、

﹁は だ れ ﹂ の語 義 に つ い ては ﹁ 解 釈 ﹂ と いう 雑 誌 で 藤 森 朋 夫 氏 が も つと し つ か り し た考 証 を し て お ら れ る と の こ

と であ る 。 松 村 博 司 氏 に よ る と 、 ﹁さ す が ﹂ に つ い て は、 石 川 徹 氏 が 同 じ 趣 旨 の こと を ど こ か へ発 表 し て お ら れ

ると の こと だ つた 。 東 大 の国 文 学 科 の時 枝 博 士 の国 語 学 の演 習 で は 、 数 年 連 続 で ﹁平 家 物 語 ﹂ を や つて お ら れ る

が、 そ の演 習 の世 話 係 の 西 田 直 敏 氏 に よ る と 、 そ の席 で は ﹁さ す が ﹂ と いう 副 詞 が私 が 述 べた よ う な 意 味 のも の

であ る こ と は あ た り ま え の話 で、 何 も 事 新 し く 言 う こ と も な い じ や な い か と いう 話 が 出 た そ う で あ る 。 私 は 語 釈

に つ い てあ ま り ほ か の人 の説 を 読 ん で いな い の で、 こ う いう 意 見 が出 る こ と は はな は だ 自 然 で あ つて 、 申 し 訳 な いと 思 う 。 他 に も 多 く の非 礼 を 犯 し て いる こ と と 恐縮 す る 。

  と こ ろ で、 あ の補 注 に 書 いた こ と は 、 私 の思 い付 き の 一部 だ つた 。 残 り がま だ いく ら かあ る 。 こ こ に 発 表 の機

会 を も つた ので ま た そ の 一部 を 公 け にす る こ と に し た 。 これ は 主 と し て 副 詞 ・接 続 詞 ・感 動 詞 ・連 語 の類 であ る 。

こ のほ か名 詞 ・動 詞 ・形 容 詞 の 類 に 関 す る も の があ る が、 分量 の加 減 で 他 の機 会 に ゆず る。 これ ら に つ いて も ぜ

ひ 先 輩 諸 氏 の御 指 示 を 得 た い。 と く に私 は 平 家 の前 後 に出 た 作 品 を 詳 しく 読 ん で いな いの で 、 そ れ ら に 詳 し い方

か ら 見 た ら 、 ず いぶ ん 妙 な こ とを 言 つて いる 場 合 があ る か も し れ な い。 こ こ に 掲 げ た の は 、 現 代 の 辞 書 の中 か ら 、

﹁現 代 国 語 辞 典 ﹂ ﹁大 言 海 ﹂ ﹁ 広 辞 苑 ﹂ を え ら び 、 そ れ ら に載 つ て いな いも の であ る 。 他 の学 者 が 他 の箇 所 で詳 し

﹂ 等 が そ れ で あ る 。 たゞ し 、 大 系 の 補 注 の時 のよ

く 論 考 し て いる よ う な も のも 、 目 に ふ れ た 限 り 省 いた 。 山 田 孝 雄 博 士 の ﹁た り ふ し ﹂、 橘 純 一氏 の ﹁お の づ か ら ﹂、 石 川 徹 氏 の ﹁い づら ﹂、 浜 田 敦 氏 の ﹁せ め て﹂ ﹁な か〓 う に 見 逃 が し て 再 録 し た も の が あ る こと で あ ろう 。

  例 文 のあ と に ﹁大 系 の何 ペー ジ 何 行 ﹂ とあ る の は 、 日本 古 典 文 学 大 系 ﹁平 家 物 語 ﹂ 上 の ペー ジ数 と 行 数 であ る 。

大 系 は ま だ 巻 六 ま で し か 出 て いな い の で 、 巻 七 以 下 は 、 宝 文 舘 発 行 の 山 田 孝 雄 博 士 が校 訂 さ れ た 平 家 物 語 に よ つ

た 。 ﹁宝 文 何 ペー ジ 何 行 ﹂ と あ る のは そ れ であ る 。 こ の本 を 用 いた の は 、 大 系 文 が 本 文 に 近 い こと 、 ま た 、 か な り 詳 し い索 引 が つ いて い て便 利 な こと 、 二 つ の 理 由 に よ る。

も のが多 く、 それ は かな らずし も、 歎美 の場合 だけ に限 ら

に半 濁点を 施 し、 促音 を そえ て ﹁ あ つぱ れ ﹂ と 読 ん で い る

て、普 通 ﹁ あ は れ ﹂ と 読 ん で いる 語 を 当 た つ て み る と ﹁は ﹂

﹁国 語 辞 典 ﹂ ﹁ 広 辞 苑﹂ とも に、歎 美 す ると き に発 す る 語

︹一︺ あ つぱ れ ＝ ア ア

とあ る。 し かし、 ﹁ 平 家 正 節﹂ ( 東大国 語研究室 本)に つ い

な い。 大 系 二 八 九 ペー ジ 五 行 、 二 九 二 ペ ー ジ 一行 のも の は

六 ペ ー ジ九 行 のも のな ど は そ れ であ る 。

る 。 大 系 一六 七 ペ ー ジ 一〇 行 、 一八 五 ペ ー ジ 一二 行 、 二 六

いる 。 ﹁あ な か し こ ﹂ の 前 に 来 る 語 句 は 、 ﹁ あ な かし こ﹂ の

﹁あ な か し こ﹂ は 、 平 家 で は 次 のよ う な 文 脈 に 用 い ら れ て

︹二︺  あ な か し こ＝ 決 シテ テ

た し か に歎 美 の語 で あ る が 、 次 のよ う な も の は む し ろ嗟 歎 で あ る 。 そ う す る と 、 ﹁あ つぱ れ ﹂ は たゞ 、 ﹁あ は れ ﹂ を 強 め た 形 、 つま り 、 強 い詠 歎 の気 持 を 表 わ す 語 と いう こ と に

(＝誰 ソ レ ) の 滅 び た ら ば 、 そ の

ノ 国 ) は 空 き な ん 。 そ の人 失 せ た ら ば 、

あ と に 来 る 語 句 に か か つ て ゆ き 、 そ し て あ と の方 は いず れ

(＝ド コ〓

あ つぱ れ 、 そ の 人 国

も 禁 止 の 語 句 で と め て い る 。 こ の場 合 、 ﹁あ な か し こ ﹂ は 、

な る。  ( イ)

そ の 官 に は な り な ん 。 巻 一 ﹁殿 下 乗 合﹂ 大 系 一 一六 ペー

いる と 見 て よ い で あ ろ う 。 パ ジ エ ス の 日 仏 辞 書 に も 、 ﹁ 決

﹁ア ア 恐 シイ ﹂ と いう 意 か ら 転 じ て 、 一 つ の副 詞 に な つ て (＝競 ガ 盗 マレ タ コト ヲ 言 ツ テ断

ジ 一〇 行  ) ( ロ  あ つぱ れ 、 そ の 馬

シ テ﹂ の意 味 の副 詞 と し て あ が つ て い る 。

︵タ シ カ ニ) 候 ひ し も のを 。

ツタ 馬 ) は お とゝ ひ ま では

︵＝殺 サ レ

 ( イ)   ︵ 荊 軻 ノ コト バ ニ) こ の こ と 、 あ な か し こ 人 に 披 露露

 ) ( ロ  (六 代 ノ コト バ ニ) ﹁我 いか に も 成 り な ん

す な 。 巻 五 ﹁咸陽 宮 ﹂ 大 系 三 四九 ペー ジ 七行

き の ふ も 候 ひ し 、 け さ も 庭 乗 り し 候 つ る ︵ダ カ ラ ソ レ ハウ ソ デ ス)。 巻 四 ﹁ 競 ﹂ 大 系 二九 一ペー ジ九 行

タ ) 後 、 汝 ら 都 に 帰 つて 、 あ な か し こ、 道 に て斬 ら れ

 ) (ハ   あ つぱ れ 、 こ の 世 の 中 は たゞ 今 乱 れ 、 君 も 臣 も 皆 滅 び 失 せ ん ず る も の を 。 巻 五 ﹁文覚 被流 ﹂ 大 系 三 六 一ペー

意 を 表 わ す 副 詞 と し て 、 ソ ノ 上 ニと か オ マケ ニと か 訳 す こ

﹁あ ま つさ へ﹂ と いう と 、 普 通 、 ﹁あ る が 上 に 添 ひ加 は る ﹂

ザ ワ ザ。

︹三︺  あ ま つさ へ＝ ア キ レ タ コト ニ ハ ・事 モ ア ロウ ニ ・ワ

九 七 ペー ジ 一行

た り と は 申 す べ か ら ず 。 ⋮ ⋮ ﹂ 巻 十 二 ﹁六 代 ﹂ 宝 文 四 (＝文 覚 ) は 、 な ま じ ひ に

ジ 三行  ) (ニ  あ つぱ れ 、 こ の 聖 御 ン坊

(＝ 院 宣 ヲ モ ラ ツ テ 来 ル ナ ド ト イ ウ ) よ し な き こ と 申 し 出 だ し て 、 頼 朝 ま た いか な る 憂 き 目 に か 逢 は ん ず ら ん 。 巻 五 ﹁福 原 院宣 ﹂ 大 系 三 六五 ペー ジ 一〇 行   な お 、 平 家 正 節 で は 、 ﹁あ は れ ﹂ が す べ て ﹁ あ つぱ れ ﹂ に な つて いる わ け で は な い。 ﹁ あ は れ ﹂ の まゝ の も の も あ

意 を 表 わ す も のと と れ る 。 用 例 は 次 の と お り 。

て い る 事 実 が、 単 に 、 極 端 す ぎ て 賛 成 で き な い と 思 わ れ る

重 職 何 事 か こ れ に し か ん 。 然 り と い へど も 、 愁 へ深 く

ワ ラ ズ ) あ ま つさ へ義 経 五 位 の尉 に 補 任 の 条 、 当 家 の

他事 な し。 ( 私 ナ ド ハ高 位ニ 連 ナ ル柄 デ モ ナ イ ニカ カ

り、 年来 の ( 源氏 再興 ノ) 宿望 を 遂げ んと 欲す る ほか

し か し な が ら(＝ マ ツタ ク 父 ノ ) 亡 魂 の憤 り を 息 め 奉

 ( イ)   ( 大 納 言 時 忠 ハ、 義 経 ニ押 領 サ レ タ 文 書 ノ ウ チ ニ頼

歎き 切 なり。 巻十 一 ﹁ 腰 越 ﹂ 宝 文 四六 九 ペー ジ 一二行

(  ) ハ  (私 ・義 経 ハ) 甲 冑 を 枕 と し 、 弓 箭 を 業 と す る本 意 、

朝 ニ見 ラ レ テ ハ困 ル モ ノ ガ ア ル、 何 ト カ シ テ ソ レ ヲ 取

と に な つ て い る 。 し か し ﹁平 家 ﹂ に は 、 そ う いう 意 を 表 わ

返 シ タ イ ト イ ウ 意 向 カ ラ、 不 本 意 デ ハア ツ タ ガ 自 分 ノ

 ) ( ニ  ( 私 ・文 覚 ガ 六 代 御 前 ノ 命 乞 イ ヲ シ タ ト コ ロ) ﹁こ の

す と は 見 ら れ な いも の が あ る 。 そ れ ら は 、 そ こ に 述 べ ら れ

愛 娘 ノ ヒ ト リ ヲ義 経 ノ モ ト ニ遣 ワ シ タ ト コ ロ、 計 画 ハ

(＝維 盛 ) は 、 初 度 の 軍 の 大 将

(ガ 命 乞 イ ヲ) 申 す と も 、 叶 ふ ま

若 君 の父三 位 の中将 殿

な り 。 ︵ダ カ ラ ) 誰

見 事 成 功 シ テ 、 義 経 ハ ソ ノ 娘 ニ夢 中 ニ ナ ツ テ シ マ ツ

( 頼 朝 ハ) 宣 ひ つれ ば 、(私 ハ) ﹁文 覚 が 心 を 破

じ﹂と

つて は ︵＝希 望 ヲ フ ミ ニ ジ ツ テ ハ) い か で は 冥 加 も お

( 返

タ )。 さ て女 房

はす べ き ﹂ な ど 悪 口申 し つれ ど も 、(頼 朝 ハ) な ほ ﹁叶

︵＝時 忠 ノ 娘 ガ )、 件 の 文 の こ と を

シ テ ホ シ イ ト 義 経ニ ) 宣 ひ出 だ さ れ た り け れ ば 、 判 官 あ ま つさ へ封 を も 解 か ず

ふ ま じ ﹂ と て、 那 須 野 の狩 に 下 り 給 ひ し 間 、 (ワザ〓

(＝封 グ ライ 解 イ タ ラ ヨサ ソ

一 ﹁文 之 沙汰 ﹂ 宝 文 四 六三 ペー ジ 六行

ウ ナ モ ノ ヲ )、 急 ぎ 時 忠 卿 の も と へ送 ら れ け り 。 巻 十

  思 う に 、 ﹁あ ま つさ へ﹂ と いう 語 は 、 平 家 に お け る よ う

出 向 カ ナ ク テ モイ イ ト コ ロダ ツタ ガ ) あ ま つさ へ文 覚

な 、 程 度 が ス ギ ル と いう の が 原 義 で あ ろ う 。 ﹁あ ま り ﹂＋

  ) ( ロ  ( 私 ・義 経 ガ コ ノ ヨ ウ ニ平 氏 討 伐ニ 死 力 ヲ 尽 シ タ カ

め と も な さ れ ん ず る と こ そ 思 ひ つ る に 、(私 ノ 予 想 ハ

﹁さ へ﹂ と いう 語 の構 成 か ら 考 え て も 、 そ の 方 が す じ が 通

も 狩 場 の 供 し て 、 様 々に 申 し て、 乞 ひ 請 け た り 。 巻 十

全 ク ハズ レ) わ づ か に 伊 豫 の国 ば か り を 知 行 す べき よ

るし ﹁ 剰 ﹂ と いう 当 て ら れ る 漢 字 の意 味 を 考 え ても 理窟 が

二 ﹁ 長 谷 六代 ﹂宝 文 四 九 八 ペー ジ 一〇 行

し 仰 せ ら れ て 、(鎌 倉 ヘグ ラ イ オ 入 レ ク ダ サ ツ テ モ イ

あ う 。 ま た パ ジ エ ス の 辞 書 に も 、 ﹁極 端 だ ﹂ と いう 訳 が 見

ラ ニ ハ) お よ そ は 九 国 の惣 追 捕 使 に も な さ れ 、 山 陰 ・

イ ノ ニ) あ ま つさ へ鎌 倉 へだ に も 入 れ ら れ ぬ こ そ 本 意

山 陽 ・南 海 道 、 い づ れ に て も 預 け( ラ レ)、 一方 の 固

な けれ。 巻十 一 ﹁ 腰 越 ﹂ 宝 文 四六 八 ペー ジ 一〇 行

え る 。 そ れ が 、 前 に 述 べら れ た 趣 旨 と 同 様 な こ と を 重 ね て

あ ろ う 。 平 家 に も 、 ソ ノ 上 ニと 訳 出 で き る も の も 多 い が 、

ニ ・オ マケ ニと いう 現 今 通 用 の 意 味 を 生 ず る に 至 つた の で

が 次 の例 は ち よ つと ち がう 。

にな つ て い る よ う だ 。 平 家 の も そう 訳 し て 、 大 部 分 は す む

  普 通 ﹁あ ま り の﹂ と 言 え ば 、 過 度 ノ 、 法 外 ノ と 訳 す こ と

︹四 ︺  あ ま り の＝ セ メ テ モ ノ

ペー ジ 五 行 、 三 八〇 ペー ジ 七 行 そ の 他 に 例 が あ る 。

そ れら も 調 べ てみ ると、 ﹁ さ ら に ﹂ と いう よ う な 副 詞 と は

  (イ)  さ る ほ ど に 、 六 代 御 前 は や う〓

述 べ る と こ ろ に 用 いら れ る こと が 多 い の で 、 漸 次 、 ソ ノ 上

ち が い、 い つも 、 ソ レ ハ過 度 ダ 。 ⋮ ⋮ スギ ル ・ソ ン ナ コト

へば 、 み め か た ち いよ〓

美 しく 、あ た りも 照 り輝く

ソ ノ 上 ニと いう 意 味 は 、 ま だ 派 生 し て いな い の で は な いだ

ば か り な り 。 母 上 こ れ を 御 覧 じ て 、 ﹁あ は れ 世 の ︵＝

十 四 五 にも 成 り 給

ハシ ナ イ デ モ イ イ と い つた 意 味 を こ め て 用 いら れ て い る 。

ろう か。 次 のよ うな 例 がそれ だ。

と いう のと 同 じ で、 非 運 ノ 中 ニア ツ テ ソ レ ガ 望 メ ル最 小 限

 この ﹁ あ ま り の こ と ﹂ は 、 平 家 に 多 い ﹁せ め て の こ と ﹂

な れ 。 巻 十 二 ﹁六 代 被斬 ﹂ 宝 文 五 〇 三 ペー ジ 一 一行

に て あ ら ん ず る も の を ﹂ と 宣 ひ け る こ そあ ま り の こ と

( ＝今 ) は、近 衛 司

世 ガ) 世 にてあ らま し かば、 当時

衛府 の督、検 非 違使 の別当、 中納 言、 大納 言 に経 上 つ

  (ホ)   ︵ 清 盛 ハ) 次 の 年 正 三 位 に 叙 せ ら れ 、 打 ち 続 き 宰 相 、

て、 あ ま つ さ へ丞 相 の 位 に 至 る。 巻 一 ﹁鱸﹂ 大 系 八 九 ペー ジ 九行

度 ダ と いう 意 を 表 わ す も の と 解 せ ら れ る 。 平 家 に は 、 井 出

︵ヲ) 流 罪 に 申 し 行

ひ 天 下 の大 事 引 き 出 だ い て、 あ ま つ さ へこ の 一門 滅 ぼ

 ( )ヘ   ( 貴 様 ハ) あ や ま た ぬ 天 台 座 主

る 。 と 、 同 時 に 右 の よ う に 、 ﹁せ め て の ﹂ が 使 わ れ る よ う

至 氏 ︵﹃ 人 文 研 究 ﹄ 六 ノ 五 ) の考 察 さ れ た よ う に 、 ﹁過 度 ノ ﹂

 ) (ト   ( 漢 王 の 軍 弱 く 、 胡 国 の軍 強 く し て )、 官 軍 皆 討 ち 滅

な と ころ に ﹁ あ ま り の ﹂ が 使 わ れ て い る 場 合 も あ る 。 ﹁あ

す べ き 謀 反 に 組 み し て ん げ る や つな り 。 巻 二 ﹁西 光 被

さ る 。 あ ま つ さ へ大 将 軍 李 少 卿 、 胡 王 の た め に 生 捕 ら

ま り ﹂ ﹁せ め て﹂ と も に 同 じ よ う な 語 源 の 語 詞 で あ る ゆ え

﹁法 外 ノ ﹂ の意 味 に 、 ﹁せ め て の ﹂ を 用 い て いる と こ ろ も あ

る ︵＝ 大 将 軍 マデ 生 捕 リ ニサ レ タ ノ ダ カ ラ 散 々 ダ ツ

通じ 用 いられ たも のであ ろう。

斬 ﹂ 大 系 一五 五 ペー ジ二 行

タ )。 巻 二 ﹁ 蘇 武 ﹂大 系 二〇 五 ペー ジ 一〇 行   以 上 の ほ か 、 古 典 大 系 本 の 二 五 一ペ ー ジ 一四 行 、 三三一

︹五 ︺  あ れ は い か に＝ コ レ ワ コ レ ワ ー ジ五 行

に と 見 る ほ ど に ⋮ ⋮ 。 巻 十 一 ﹁那 須 与一﹂ 宝 文 四 三 五 ペ

﹁国 語 辞 典 ﹂ ﹁広 辞 苑 ﹂ と も に 、 こ の 語 を 釈 し て 、一 い な 、

︹六 ︺  いさ と よ ＝ サ ア ネ エ

  平 家 に 用 例 は 多 い。 す べ て 思 い が け な い事 態 に ぶ つ か つ て 間 投 詞 的 に 用 いら れ て いる 。 こ のよ う な 場 合 の ﹁ あれ﹂ は 、 平 家 で は 話 の相 手 の勢 力 範 囲 に あ る も のを さ す 場 合 が 多 いが 、 話 者 ・相 手 の両 方 か ら 遠 いも のを さ す こ と も あ る 。

(い や に な り た る 意 を 含 む ) と あ る が、 平 家 に

出 て く る 場 合 、 そ う で は な い。 永 野 賢 氏 が か つ て ﹁急 に 答

二 いや も う

え か ね る こ と を 問 わ れ て 発 す る 語 ﹂ だ ろ う と 言 つた が 、 そ

( 祇 王 が ) 開 け た れ ば 、 (編 戸 ヲ 叩 イ タ

ノ ハ) 魔 縁 に て は な か り け り 。 仏 御 前 ぞ 出 で 来 る 。 祇

れ が い い。 用 例 は 次 の と お り 。

  (イ)  竹 の 編 戸 を

は 。 夢 か う つゝ か ﹂ と 言 ひ け れ ば ⋮ ⋮ 。 巻 一 ﹁祇 王 ﹂

王 ﹁あ れ は いか に (＝ア ラ 、 マ ア )、 仏 御 前 と 見 奉 る

  (イ)   ︵ 聟 デ ア ル藤 原 成 経 ハ) ﹁誠 に 御 恩 を 以 て し ば し の命

う 候も 、 父

生 き 候 は ん ず る こ と は 、 然 る べ う 候 へど も 、 命 の惜 し

大 系 一〇 五 ペー ジ 一行

が 、 御 前 に 候 ひ け る 瓶 子 を 狩 衣 の袖 に 掛 け て 引 き 倒 さ

大納言

(＝成 親 ) を 今 一度 見 ば や と 思 ふ た め な り 。

れ た り け る を 、 法 皇 ﹁あ れ は いか に ﹂ (＝大 変 、 大 変 )

い か に も な る ︵＝命 ヲ 終 エ ル ) 様 に 申 し て た ば せ 給 ふ

も か ひ な き 命 を 生 き て 何 に か は し 候 べ き 。 た ゞ 一所 で

  (ロ )  新 大 納 言 (＝成 親 ) 気 色 変 り て 、 さ つと 立 た れ け る

と 仰 せ け れ ば ⋮ ⋮ 。 巻 一 ﹁鹿 谷﹂ 大 系 一二 四 ペー ジ 六 行

(＝父 ) が 斬 ら れ 候 は ん に お い て は 、 成 経 と て

 ) ( ハ  文 覚 重 ね て 申 し け る は 、 ﹁⋮ ⋮ か う 申 せ ば 、 御 辺 の

べう や 候 ら ん ﹂ と 申 さ れ け れ ば 、 宰 相

(＝ シ ユウ ト ノ

心 を 見 ん と て 申 す な ん ど 思 ひ 給 ふ か 。 御 辺 に 志 深 い色

平 教 盛 ) よ に も 心 苦 し げ に て 、 ﹁い さ と よ 、 御 辺 の 事

を こ そ と か う 申 し つれ 。 そ れ ま で は 思 ひも 寄 ら ね ど も 、

を 見 給 へか し ﹂ と て 、 懐 よ り 白 い布 に 包 ん だ る 髑 髏 を

今 朝、 内 の大臣

  ) (ロ  ( 有 王 ガ ) ﹁こ れ

(＝ コ コ) に 都 よ り 流 さ れ 給 ひ し 、

巻 二 ﹁少 将乞 請 ﹂ 大 系 一六八 ペー ジ 七行

も し ば し は 心 安 い や う に こ そ 承 は れ ﹂ と 宣 へば ⋮ ⋮ 。

(＝重 盛 ) 様 々 に 申 さ れ け れ ば 、 そ れ

一つ取 り 出 だ す 。 兵 衛 の 佐

︵＝頼 朝 ) ﹁あ れ は いか に ﹂

と 宣 へば ⋮ ⋮ 。 巻 五 ﹁ 福 原 院宣 ﹂ 大 系 三 六 四 ペー ジ 四 行   ) (ニ   沖 の 方 よ り 尋 常 に (＝リ ツパ ニ) 飾 つた る 小 船 一艘 、 汀 へ向 ひ て 漕 ぎ 寄 せ け り 。 磯 へ七 八段 ば か り に 成 り し かば 、船 を横 さ ま にな す。 ( 源 氏 方 一同 ) あ れ は い か

ふ に、 ⋮ ⋮ ( 島 ノ 者 タ チ ハ) 首 を 振 つ て 知 ら ず と 言 ふ 。

法 勝 寺 の執 行 御 房 と 申 す 人 の御 行 方 や 知 り た る ﹂ と 問

り。 ⋮⋮﹂ 巻六 ﹁ 葵 前 ﹂ 大 系 三九 三 ペー ジ 一行

人 これ にあ り し が 、 二 人 は 召 返 さ れ て 都 へ上 り ぬ 。 今

と いう 意 味 の 形 容 動 詞 のよ う に 用 いて いる 例 が あ る 。

か( 早 く ) と し て い る 。 平 家 で は 、 こ の ほ か に、 ﹁尚 早 ﹂

﹁国 語 辞 典 ﹂ ﹁広 辞 苑 ﹂ と も に 、一 い つ の 間 に か 、二 い つ

︹七 ︺  い つし か ＝ 早 ス ギ ル

一人 は 残 さ れ て 、 あ そ こ こ ゝにま ど ひ 歩 け ど も 、 行 方

そ の 中 に あ る 者 が 心 得 て 、 ﹁い さ と よ 、 さ 様 の人 は 三

も 知 らず﹂ と ぞ言 ひけ る。巻 三 ﹁ 有 王 ﹂大 系 二三 三 ペー

 ( イ)   鳥 羽 院( ハ) 五 歳 、 近 衛 院

(ハ) 三 歳 に て 、 践 祚 あ

ジ 一〇 行

ペー ジ 一二行

( 今 度 ノ 六条 帝 ) は、 ( ヤ ツト ) 二 歳 に な ら せ 給

これ

り 。 か れ(＝ ソ ノ 例 ) を こ そ い つ し か な り と 申 し し に 、

こ そ 、 勅 勘 を 許 さ れ て 院 宣 を だ に も 給 は ら ば 、 八 ケ国

( ) ハ  ( 文 覚 曰 ク ) ﹁伊 豆 の 国 の流 人 、 前 の右 兵 衛 の佐 頼 朝

ふ。 先例な し 。巻 一 ﹁ 額 打論 ﹂ 大 系一 一一

な る譲 位 か な ﹂ と 時 の 人 は 申 し 合 は れ け り 。(シ カ シ )

 ) (ロ   新 帝(＝ 安 徳 帝 ハ) 今 年 三 歳 、 ﹁あ は れ 、 い つ し か

の家人 ども 催 し集 め て、平家 を ほ ろぼ し、 天下を 鎮 め (＝藤 原 光 能 ) ﹁いさ と よ 、 わ

(＝ 今 ) は 、 三 官 共 に 停 め ら れ て 、 心 苦 し

ん と 申 し 候 へ﹂。 兵 衛 督

平 大 納 言 時 忠 の卿 は 、 内

が身も 当時

い折 節 な り 。 法 皇 も 押 籠 め ら れ て 渡 ら せ 候 へば いか が

の夫 た る に よ つ て 、 ﹁今 度 の 譲 位 い つし か な り ﹂ と 誰

(＝新 帝 ) の 御 乳 母 、 帥 の 佐

に あ ら ん ず ら ん 。 ⋮ ⋮ ﹂ 巻 五 ﹁福原 院 宣﹂ 大 系 三 六 五 ペ

か傾 け

  ま た 、 イ ツノ マ ニカ と 訳 せ る よ う に 見 え て 、 早 ク モと 訳

二 七 一ペー ジ 一行 と 三 行

(＝ 非 難 シ) 申 す べ き 。 巻 四 ﹁ 厳島 御幸﹂大系

ー ジ六 行

事 、何 条 事 か候 べき。 ( 遠 慮 ナ ク ) 件 の 女 房(＝ 葵 の

し た 方 が ぴ つた り す る も の が 多 い。 例 え ば 、 大 系 の 一六 六

(  ) ニ  ( 関 白 基 房 曰 ク ) ﹁さ 様 に 叡 慮 に か ゝら せ ま し ま さ ん

召 さ る べし と 覚 え 候 。 品 (＝身 分 ヲ)

前 ヲ) と く〓

四 九 二 ペ ー ジ 一〇 行 の も の は そ れ だ 。

ペー ジ 一行 のも の 、 宝 文 舘 本 の 四 一四 ペー ジ 九 行 のも の、 (＝高 倉 帝 )

(ソ ノ 女 ヲ) や が て猶 子 に

尋 ね らる る に及ば ず。 基房

仕 り 候 は ん ﹂ と 奏 せ さ せ 給 へば 、 主 上

﹁い さ と よ 。 そ こ に( ＝ ア ナ タ ガ ) 申 す 事 は さ る こ と な れ ど も 、 位 を 退 い て のち は ま ゝさ る た め し も あ ん な

は

﹁ 国 語 辞 典 ﹂ は ﹁ひ と た び ・ひ と ま ず ・ち よ つと ﹂ と 訳 し

︹八 ︺  一旦 ＝ ヒ ト ト キ

て いる が 、 簡 単 す ぎ る 。 ﹁一旦 緩 急 ア レ バ﹂ の﹁一旦﹂

いて成句 をな し て いた ことが知 ら れる。 前後 から考 える と

⋮ ⋮ ナ イ ト イ ウ ダ ケ デ 、 ア ト ハ何 デ モ の意 と 取 れ る 。

  (イ )  ( 妹 尾 兼 康 ハ倉 光 成 澄 ニ捕 エ ラ レ、 弟 ノ 成 氏 ニ預 ケ

  平 家 の ﹁一旦 ﹂ は ﹁ち よ つと ﹂ に 近 い が 、 少 し ち が う 。

しく

も し て 、 敵 を 窺 ひ 討 つ て 、 今 一度 旧 主 を 見 奉 ら ん と 思

ソ シ ナ イ ガ 、 アト ハド ン ナ 雑 用 ニ モ 従 事 シ )、 い か に

(＝ 木 ヲ伐 ツ タ リ 、 草 ヲ 刈 ツ タ リ ト イ ウ ヨ ウ ナ コト コ

仕 へ、 木 を 伐 り 、 草 を 刈 ら ず と 言 ふ ば か り に 従 ひ つ ゝ

ラ レ テ カ ラ ハ) 夜 は 寝 ぬ る こ と な く 、 昼 は ひ ね も す に

﹁ひ と と き ﹂ と いう の が あ た る 。

ひ け る ⋮ ⋮。 巻 八 ﹁ 瀬 尾 最 後 ﹂ 宝文 三 一五 ペー ジ三 行

﹁ひ と ま づ﹂ で あ ろ う 。

  (イ)   一旦 の楽 し み に 誇 つ て 、 後 生 を 知 ら ざ ら ん の 悲 し さ

﹁ひ と た び ﹂、﹁一 旦 家 へ 帰 つ て 出 直 す ﹂ の﹁一 旦 ﹂ は 、 正

    に 、 今 朝 ま ぎ れ 出 て ⋮ ⋮ 。 巻 一 ﹁祇 王﹂ 大 系 一〇 六 ペー

こ ろ 、 一つ子 ・二 つ子 を 残 さ ず 、 腹 のう ち 開 け て み ず

 ) (ロ   ( 鎌 倉 方 デ ハ) 平 家 の 子 孫 は 、 去 ぬ る 文 治 元 年 冬 の

と 言 ふ ば か り に(＝ 胎 中 ノ 子 供 ダ ケ ハサ スガ ニ セ ン サ

    ジ 一行

蹂 を 逃 れ ん と 思 つ て ⋮ ⋮ 。 巻 四 ﹁南 都牒 状 ﹂ 大 系 三 〇 一

 ( )ロ   或 いは 一旦 の 身 命 を 延 べ ん が た め 、 或 いは 片 時 の凌

ク シ ナ カ ツタ ガ ソ レ以 外 ハ徹 底 的 ニ) 尋 ね 取 り て 失 ひ

︹十 ︺  い や し く も＝ お ほ け な く も

てき。 巻十二 ﹁ 六 代 被斬 ﹂ 宝 文 五 〇 六 ペー ジ 一五行

ペー ジ 一〇行  ) (ハ   彼 の 湖 は 往 古 の淵 にあ ら ず 。 一旦 山 川 を 塞 き 上 げ て 候 。 巻 七 ﹁火打 合 戦 ﹂ 宝 文 二五 八 ペー ジ 四行

  平 家 時 代 の ﹁い や し く も ﹂ に は 、 後 世 のよ う な カ リ ソ メ

 ) ( ニ  い か に いは ん や 、 汝 ら は 一旦 従 ひ 付 く 門 客 に あ ら ず 。 累 祖 相 伝 の家 人 な り 。 巻 七 ﹁ 福 原 落﹂ 宝 文 二九 三 ペー ジ

ニ モと い う よ う な 意 味 は な く 、 分 際 ヲ越 エ テ と いう 意 味 だ

  平 家 に は 次 の よ う な 例 が あ る 。 いず れ も 、 ﹁⋮ ⋮ ず と ﹂

︹九 ︺  い ふ ば か り に＝ 言 ウ ダ ケ デ ア ト ハ何 デ モ

  (イ )  義 仲 ・行 家 以 下 党 を 結 ん で ⋮ ⋮ 土 宜 ・土 貢 万 物 を 押

次 のも の を 補 う 。

六 ペ ー ジ の下 段 に 述 べ た 。 用 例 と し て そ こ に あ げ た ほ か 、

つた よ う に 思 う 。 こ の こ と に つ い て は 、 大 系 本 の 補 注 四 四

一二行

と いう 語 句 を 受 け て いる と こ ろ を 見 る と 、 そ れ ら と 結 び 付

領 す 。 こ れ に よ つて 、 (ワ レ ラ 平 氏 一族 ハ) 或 い は 累

や か に 賊 徒 を 追 討 し 、 凶 党 を 降 伏 す べき よ し 、 いや し

平 家 の用 例 は 、 す べ て 、 か げ に 、 不 完 全 ナ ガ ラ 、 申 シ訳 ノ

て いる 。 ﹁ 広 辞 苑﹂ も大 体 同様 であ る。 そ れ で も通 る が、

﹁国 語 辞 典 ﹂ は 、 ﹁形 式 に従 ひ て ﹂ ﹁慣 例 ど ほ り ﹂ と 解 釈 し

︹十 二 ︺  か た のご と く＝ 恰 好 ダ ケ ハ ・粗 末 ナ ガ ラ

く も 勅 命 を 含 ん で 頻 り に 征 伐 を 企 つ。 巻 七 ﹁平 家 山 門

代 勲 功 の 跡 を 逐 ひ 、 或 い は 当 時 弓 馬 の芸 に 任 せ て 、 速

連署 ﹂ 宝 文 二 七五 ペー ジ 一二行

 用 例 は次 のと おり。

ヨ ウ ニ の よ う な 意 味 を も つ て 用 い ら れ て いる 。 ︹十 一︺  か し こう ぞ＝ 自 分 ナ ガ ラ 上 出 来 ダ ツタ ・ヨ ク

  (イ)   ( 成 親 大納 言 ガ 非業 ノ死 ヲ遂 ゲ タ ノ デ、北 山 雲 林 院

へ、 か た の ご と く 、 仏 事 を い と な み 、 後 世 を ぞ 弔 ひ 給

か は せ ん ﹂ と て、 菩 提 院 と い ふ 寺 に お は し 、 さ ま を 変

ノ 辺ニ 不 自 由 ナ 生 活 ヲ シ テ イ タ 北 ノ 方 モ) ﹁今 は 何 に

  平 家 に 二 例 あ る 。 いず れ も 自 分 の 思 い が け な い成 功 を 喜

 ( イ)  (重 衡 ガ 囚 ワ レ ノ 身 ニナ ツ テ カ ラ ノ 述 懐ニ ) か し こ

ひけ る。 巻二 ﹁ 大 納 言 死 去﹂ 大 系 一九 ○ ペー ジ四行

ぶ と こ ろ に 用 いら れ て い る 。

う ぞ 無 か り け る(＝ 子 ヲ 持 タ ナ イ デ ヨ カ ツ タ )。 子 だ

 ) ( ロ (鳥 羽 殿ニ 幽 閉 サ レ タ 法 皇 ハ行 水 ヲ シ タ イ ト 言 ワ レ

にあ らま し かば、 いか に心苦 し からん。 巻十 ﹁ 海 道 下﹂ 宝文 三 九 六 ペー ジ 一七 行

(ヲ) 割

玉襷 あ げ 、 小 柴 垣 (ヲ) こ ぼ ち 、 大 床 の束 柱

ル。 大 膳 大 夫 信 成 ハ) こ の仰 せ 承 る忝 な さ に 、 狩 衣 に

シ ヤ 赦 免 ガ ア ル カ ト 日 延 ベ ヲ シ テイ タ ト キ ノ 言 葉ニ )

 ) (ロ  (北 条 時 政 ガ 六 代 ヲ 殺 ス コト ヲ 命 ジ ラ レ テ イ タ ガ モ

り な ど し て、 水 汲 み 入 れ 、 か た の ご と く 御 湯 し 出 だ い

  (ハ  ) (都 ガ 福 原 ヘ遷 ツ タ ノ デ 清 盛 ガ 強 引ニ ) 去 ん ぬ る 六

二 十 日と 仰 せ ら れ 候 ひ し 御 約 束 の 日 数 も 過 ぎ 候 ひ ぬ 。

つ て 下 る ほ ど に、 か し こう ぞ 、 こ こ に て 過 ち 仕 り 候 ら

月 よ り( 一同 イ ヤ イ ヤ ナ ガ ラ 新 都ニ 移 転 ス ベ ク 京 都

て 参 ら せ た り 。 巻 三 ﹁法皇 被流 ﹂ 大 系 二 六三 ペー ジ 二行

ん に (＝ 殺 シ テ シ マウ ト コ ロダ ツ タ ガ、 殺 サ ナ イ デ ヨ

ノ) 屋ど も こ ぼち寄 せ、 資財 雑具 運 びくだ し、 かた の

鎌 倉 殿 の 御 許 さ れ な き よ と 存 じ て 、(六 代 ヲ) 具 し 奉

カ ツタ) ⋮⋮。 巻十二 ﹁ 長 谷 六代 ﹂ 宝 文 四 九 八 ペー ジ 一

ご と く 取 り 立 て た り つる に 、 ま た 物 ぐ る は し う 都 帰 り

あ りけれ ば ⋮⋮ 。巻五 ﹁ 都 帰﹂ 大 系 三 七九 ペー ジ九 行

二行   自 分 な がら 頭 が よ か った と 自 讃 す る こ と ば で あ ろ う か 。

の沙 汰 あ り し に ⋮ ⋮ 。 巻 六 ﹁新 院 崩 御﹂ 大 系 三 八 七 ペー

斎 会 は あ る べ き に て 、 僧 名(＝ 僧 侶 ノ 顔 ブ レノ 選 定 )

炎 上 シ タ )。 たゞ し

(＝シ カ シ )、 か た の や う に て も 御

 ) (ニ  ( 平 重 衡 ノ 暴 挙 ニ ヨ リ 興 福 寺 モ 東 大 寺 モ 一朝 ニ シ テ

に 、 スグ ニ と 訳 す べき で あ つた よ う だ 。 こ こ で 訂 正 す る 。

す る と 、 右 の ﹁き つと ﹂ は す べ て 、 小 沢 氏 の解 さ れ た よ う

スは ま た ﹁キ ツト ﹂ を 注 し て 、 速 ク 、 急 イ デ と 言 つ て い る 。

こ の字 は 、 名 義 抄 を 見 る と ス ミ ヤ カ と 訓 じ て い る 。 パ ジ エ

いう 字 の 下 に ﹁心 ﹂ と いう 字 を 書 い た 漢 字 が 当 て て あ る 。

巻二 ﹁ 西 光 被 斬 ﹂大 系 一五 二 ペー ジ一一 行

所 へ参 れ 。 信 業 を 招 い て 申 さ う ず る や う は よ な ⋮ ⋮ ﹂

(ニ ) ( ホ) のも あ る い は 、 ス グ ニ の意 であ ろ う か 。   (イ)   入 道 、 検 非 違 使 安 倍 資 成 を 召 し て 、 ﹁き つ と 院 の 御

ジ 七行   (ホ)   三 諭 宗 の学 生 成 宝 已 講 が 勧 修 寺 に 忍 び つ ゝ隠 れ ゐ た り け る を 召 し 出 だ さ れ て、 御 斎 会 か た の ご と く 行 は る 。 巻六 ﹁ 新 院 崩 御 ﹂大 系 三 八 七 ペ ー ジ十 行

  ) (  ロ(清 盛 ハ成 親 ノ モ トヘ ) ﹁申 し 合 は す べき こ と あ り 。

二 ﹁西 光 被斬 ﹂ 大 系 一五三 ペー ジ 七行

き つと 立 ち 寄 り 給 へ﹂ と 宣 ひ 遣 は さ れ た り け れ ば 。 巻

︹十 三 ︺ き つと＝ ス グ ニ   平 家 に こ の 語 は ﹁き つと 参 れ ﹂ の よ う な 形 で 多 く 用 いら

  ) ( ハ  平 家 の 侍 ど も 道 に て ( 西 光 ニ) 馳 せ 向 か ひ 、 ﹁西 八

れ て いる 。 次 の(イ)( ︱ハ が) そ れ で あ り 、 さ ら に 、 大 系 本 一六

条 へ召 さ る ゝぞ

四 ペ ー ジ 一行 、 二 六 〇 ペー ジ 五 行 、 三 九 〇 ペ ー ジ 一四 行 に も 類 例 が あ る 前 後 の文 脈 か ら 、 ゼ ヒ ・ス グ ・チ ヨ ツト な ど

ペー ジ八 行

参 れ ﹂ と 言 ひ け れ ば ⋮ ⋮ 。 巻 二 ﹁西 光 被斬 ﹂ 大 系 一五 四

(＝オ 前 ハ呼 バ レ テ イ ル ゾ )。 き つ と

いろ いろ に 解 さ れ る が 、 私 は 、 現 代 用 いら れ て いる キ ツト

  ) ( ニ  御 悩 の 刻 限 に 及 ん で 、 東 三 条 の森 の方 よ り 、 黒雲一

の意 味 や 、 あ と の(ニ)の (よ ホ) う な 例 が あ る こと を 考 え て、

(＝目 ヲ ス エ テ ) 見 上 げ た れ ば 、 雲 の中 に あ や し き 物

叢 立 ち 来 て 、 御 殿 の 上 に た な び いた り 、 頼 政 き つ と

﹁き つと ﹂ は 、 動 作 が 確 実 に 行 わ れ る こ と を 表 わ す 語 と 見 、 つま り(イ)( ︱ハ 以)下 の例 は ゼ ヒ と か タ シ カ ニと 訳 し て い い も

に童 形 に て 候 は れ し か ば 、 か か る (一族 都 落 チ ノ ヨ ウ

  (ホ)   皇 后 宮 の亮 経 正 、 幼 少 に て は 、 仁 和 寺 の 御 室 の御 所

の姿 あ り 。 巻 四 ﹁〓﹂大 系 三 二 六 ペー ジ四 行

詳し く書 け

の と 見 た 。 古 典 大 系 の頭 注 に は そ う 付 け た︱

タ シ カ ニ﹂ ﹁是 非 ﹂ と 書 き 改 め た 。 し か し 、 そ の

ば 、 小 沢 正 夫 氏 が ス グ ニと 訳 し て お か れ た のを 、 愚 案 で わ ざ〓﹁

後 調 べ て み る と 、 熱 田 真 名 本 に は 、 こ の と こ ろ に ﹁及 ﹂ と

ナ ) 怱 劇 の中 に も 、 そ の名 残 き つと (＝チ ヤ ン ト ) 思 ひ 出 で て ⋮ ⋮ 。 巻 七 ﹁経 正都 落 ﹂ 宝文 二八 六 ペー ジ九 行

落﹂ 宝 文 二 六 四 ペー ジ 一行

︹十 五 ︺  ⋮ ⋮ こ そ な か ら め ＝ ⋮ ⋮ ナ イ ノ ハ マダ 領 承 デ キ ル

 古 典大 系 の補注 四 四八 ペー ジ上段 に出し たよう に、巻 二

ガ

  平 家 に は し ば〓

ま で に 三 度 出 て く る 。 ﹁め ﹂ は 、 許 容 の 意 を 表 わ す の で あ

見 え 、 九 死 に 一生 を 得 て 危 地 を 脱 す る

所 に 用 いら れ て いる 。

ろ う 。 巻 七 以 後 か ら も う 一例 補 え ば 、 次 の よ う で あ る 。

︹十 四 ︺  希 有 に し て＝ 危 ク ・命 カ ラ ガ ラ

  大 き な 国 語 辞 書 に は 載 せ る べき 語 で あ る 。 ﹁徒 然 草 ﹂ に

井 ヘ流 サ レ タ 。 サテ曰 ク ) ﹁ 勧 賞 蒙 ら ん と こそ 思 ひ つ

  (イ)   ( 常 陸 坊 正 明は、 行家 追 捕 ノ功 績 ヲ立 テナ ガ ラ、 笠

れ。 さ こそな から め

(＝能 遠 ) 敵 は じ と や 思 ひ け ん 。 家 の 子郎

も見 え る。

諦 メ ル ト シ テ モ )、 あ ま つさ へ流 罪 に 処 せ ら る ゝ条 存

  (イ )  桜 間 の 介

党 に 防 き 矢 射 さ せ 、 わ が身 は 究 竟 の 馬 を 持 つた り け れ

外 の 次 第 な り 。 ⋮ ⋮ ﹂ 巻 十 二 ﹁長 谷 六代 ﹂ 宝文 五 〇三 ペ

(＝御 褒 美 ヲ モ ラ エナ イ ノ ハ マア

ば、 打 ち乗 つて希 有 にし て落 ち に け り。巻十 一 ﹁ 勝浦

ー ジ三 行

付 大坂 越 ﹂ 宝 文 四 二九 ペー ジ 一 一行  ) ( ロ  土 佐 房(＝ 昌 俊 ) 猛 く 寄 せ た り け れ ど も 、 戦 ふ に 及

命 に関し て使 われ る。

  次 のよ う な 用 例 も あ り 、 平 家 で は ﹁希 有 ﹂ は い つも 人 の

  こ の文 で 、 文 覚 が 六 代 を 訪 れ た の は 夜 で は な い。 こ の前

た く ぞ 覚 え け る 。 巻 十 二 ﹁六 代 ﹂宝 文 四 九 四 ペー ジ四 行

師 ハ コ ン ナ 人 ガ 殺 サ レ ル コト ヲ ) いと ど 心 苦 し う ら う

て 、 少 し 面 痩 せ 給 へる に つけ て 、 (コ レ ヲ 見 タ 文 覚 法

︹十 六 ︺  こ よ ひ＝ 前 夜

ば ず 、 散 々 に 懸 け 散 ら さ れ て、 助 か る 者 は 少 う 、 討 た

 ) (ハ   平 家 に は 宗 と 憑 ま れ た り け る 上 総 の 大 夫 の判 官 忠

日 、 六 代 は 北 条 時 政 の 手 下 のた め に 、 大 覚 寺 の か く れ 家 か

る ゝも の ぞ 多 か り け る 。 昌 俊 希 有 に し て そ こ を ば 逃 れ

綱 ・飛 騨 の大 夫 の 判 官 景 高 、 河 内 の 判 官 秀 国 も 、 こ の

ら 六 波 羅 へ拉 致 さ れ て 行 つた 。 多 分 殺 さ れ る こ と にな る だ

  (イ )  (六 代 御 前 ハ) 今 宵 打 ち 解 け て 寝 給 は ぬ と お ぼ し く

谷 に 埋 も れ て 失 せ に け り 。 ⋮ ⋮ 平 氏 の大 将 維 盛 通 盛 、

て ⋮⋮。 巻十二 ﹁ 土 佐房 被斬 ﹂ 宝 文 四八 五 ペー ジ 一四 行

希 有 の 命 生 き て 加 賀 の国 へ引 き 退 く 。 巻 七 ﹁倶 利 迦 羅

戸 外 へさ ま よ い 出 た と き に 思 い が け な く ﹁高 雄 に いる 文 覚

と も し な か つた 。 六 代 の 乳 母 は 大 覚 寺 の家 に 居 た た ま れ ず

ろ う 。 そ う 思 つた 六 代 の 母 は 心 痛 のあ ま り 一晩 中 ま ん じ り

る ﹁ゆ ふ さ り ﹂ ﹁よ さ り ﹂ が そ れ で あ る 。

に何 と 言 つ た ろ う か。 そ れ は 別 に 語 が あ つた 。 の ち に の べ

  そ れ で は 、 平 家 時 代 に昼 間 に 、 今 の ﹁今 晩 ﹂ を さ す 場 合

︹十 七 ︺  相 違 な く ＝ 事 故 ナ ク ・無 事 ニ

上 人 に た よ れ ば 、 あ る いは 命 乞 いを し ても ら え る か も し れ な い﹂ と いう 情 報 を 耳 に し た 。 乳 母 は 飛 び 立 つ思 い で 、 文

  (イ)   い か さ ま に も (＝キ ツト ) 今 度 の 軍 に は 相 違 な く 勝

こ の例 だ け か ら 見 る と 、 平 家 の ﹁相 違 な く ﹂ も 今 のも の と

ち ぬ と 覚 ゆ る ぞ 。 巻 七 ﹁願 書 ﹂ 宝文 二六 〇 ペー ジ八 行

覚 を 訪 ね て 、 拝 み た お し た 。 文 覚 も 乳 母 の言 葉 に 同 情 し て 、

同 じ 意 味 のよ う に と れ る 。 し か し 、 次 のよ う な 例 を 見 る と

六 波 羅 ま で 行 つ て 時 政 に か け あ い、 顔 を き か し て 、 六 代 御

が 六 代 に 逢 つた の は ど ん な に早 く て も 昼 頃 で あ り 、 六 代 が

前 に 面 会 し た 。 そ こ の 場 面 が 右 の(イ の) 文 であ る か ら 、 文 覚

ニの 意 味 であ る こ と が わ か る。

平 家 の ﹁相 違 な く ﹂ は マチ ガ イ ナ ク の 意 味 で は な く て 無 事

  (ロ)   ( 義 仲 等 ノ 軍 勢 ハ) 鞍 爪 浸 る ほ ど に て 、 相 違 な く 向

眠 れ な か つ た の は そ の 前 夜 と いう こ と に な る 。 つま り こ こ

であ る 。 こ の時 代 、 昼 間 ﹁こ よ ひ ﹂ と か ﹁今 晩 ﹂ と か 言 え

う の岸 に着 き にけ り。 巻七 ﹁ 倶利迦羅落﹂宝文二六四 ペ

の ﹁こ よ ひ﹂ は 現 代 のよ う に ﹁今 晩 ﹂ で は な く し て 、 前 晩

ば 、 そ れ は こ れ か ら 来 る夜 を さ さ ず 、 前 の 晩 を さ す 。 こ の

ー ジ七 行

  ) (ハ   ( 義 経 ハ鵯 越 ノ 上 カ ラ ) 鞍 置 馬 を 追 ひ 落 す 。 (ス ル

な ぞ を 解 く き つか け を 作 った の は 南 方 熊 楠 博 士 で あ つた 。

ト ) 或 は 足 を 打 折 つ て 、 転 ん で 落 つ。 或 い は 相 違 な く

  博 士 に よ れ ば 、 昔 は 今 と 日 の 切 り 方 がち が つ て いた 。 今 は 一日 は 朝 か ら 始 ま る が 、 昔 は 夕 方 か ら 始 ま つた 。 だ か ら 、

﹁事 故 ナ ク ﹂ の 意 味 であ ろ う 。

落 ち て 行 く も あ り 。 巻 九 ﹁坂落 ﹂ 宝 文 三 六三 ペー ジ 四 行

サ二 ホ ド ・コ レ ホ ド と 解 し て い る。 ち よ つと ち が う 。 平 家

﹁国 語 辞 典 ﹂ ﹁ 広 辞 苑 ﹂ で は 、一 ソ ノ ヨ ウ ニ モ ・ソ ウ モ 、

︹十 八 ︺  さ し も ＝ ア ノ ヨ ウ ニ

(イ の)﹁相 違 な く ﹂ も

今 で は 昼 間 に ﹁今 晩 ﹂ と 言 え ば 、 そ れ は こ れ か ら 来 る 晩 を さ す が 、 昔 は 、 昼 間 ﹁今 晩 ﹂ と 言 え ば 、 そ の前 の 晩 を さ す と いう の で あ る 。 た し か に 平 家 を 調 べ て も 、 ﹁こ よ ひ ﹂ と いう 語 は 、 も し 、 夕 方 や 夜 使 わ れ れ ば 、 今 晩 を さ す が 、 昼 間 使 わ れ れ ば 、 前 の晩 の意 味 で あ る 。 こ こ の六 代 の 例 は そ れだ 。

  そ う し て ご く 一部 が 単 に ﹁ 非 常 ニ﹂ の意 味 で あ る 。 こ の

の に 用 いら れ る 。

の知 つ て い る こ と を 思 い起 さ せ 、 そ れ を さ し て ア ノ と 言 う

に は こ の 語 は き わ め て 多 い が、 ほ と ん ど す べ て は 、一 相 手

﹁一行 阿闍 梨 之 沙汰 ﹂ 大 系 一四 八 ペー ジ 二 行

さ しも さが しき 東坂 、平 地を 行く がご とく な り。 巻二

輿舁 い て 、 長 刀 の柄 も 腰 の轅 も く だ け よ と と る ま ゝに 、

り け る に、 人 は 変 れ ど も祐 慶 は 変 ら ず 、 ( イ ツ モ)先

﹁非 常 ニ﹂ の 意 味 の も の は 、 否 定 の 語 句 と い つし よ に 用 い

の、 一九 七 ペー ジ 一行 のも の、 一九 八 ペ ー ジ 八 行 の も のな

  大 系 の 一五 〇 ペー ジ 一行 の も の 、 一八 二 ペ ー ジ 二 行 のも

ど 、 いず れ も 同 様 の例 であ る。

ら れ れ ば 、 ソ レ ホ ド 、 ま た は ア マリ の意 味 に な る 。 ︵一  )ア ノ ヨ ウ ニ の例 。

﹁ 非 常 ニ﹂ ﹁ソ レ ホ ド ﹂ の 意 に な る も の

は 、 大 系 本 の 一八 一ペー ジ 一四 行 、 一八 三 ペ ー ジ 一二 行 、

 二 の、今 な らば

重 臣 な り し か ど も 、 山 門 の 訴 訟 に よ つて 流 罪 せ ら れ に

  (イ)   大 蔵 の 卿 為 房 ・太 宰 の権 の 帥 季 仲 は 、 さ し も 朝 家 の

四 一七 ペ ー ジ 九 行 にあ る。

け れ ど も 、 ま め や か に事

(＝

ウ ニ シ テ 、二 ソ ウ シ テ ソ レ カ ラ 、 の意 の ほ か に 、三 ソ ウ ナ

﹁ 平 家 ﹂ の ﹁さ て ﹂ に は、 普 通 の 辞 書 に見 え る 、一 ソ ノ ヨ

︹十 九 ︺  さ て ＝ ソ レ デ ハ ・ソ ウ ナ ツ タ カ ラ ニ ハ

き。 巻 一 ﹁ 願 立 ﹂大 系 一二 九 ペー ジ五 行

ゆ ゝし き 人 に て ま し〓

 ) (ロ  ( 後 二 条 関 白 殿 ハ) 御 心 の 猛 さ 、 理 の 強 さ 、 さ し も

病 気 ) の急 に な り し か ば ⋮ ⋮ 。 巻 一 ﹁ 願 立 ﹂大 系 一三 三 ペー ジ九 行

ツ タ 以 上 ハ の意 と と れ る も の が あ る 。 用 例 次 の と お り 。

づ な 解 い て押 し 出 だ せ ば 、 僧 都

 ( イ)   (丹 左 衛 門 の尉 基 康 ハ俊 寛 一人 ヲ 島 ニ 残 シ テ ) と も

田 ・矢 走 の 湖 上 に 舟 を し 出 だ す 衆 徒 も あ り 。 是 を 見 て 、

付 き 、 腰 にな り 、 脇 に な り 、 丈 け の立 つま で は 引 か れ

志 賀 ・辛 崎 の 浜 路 に歩 み続 け る 大 衆 も あ り 、 或 い は 山

 ) (ハ   (比 叡 山 悪 僧 タ チ ハ) 雲 霞 の 如 く に 発 向 す 。 或 い は

さ し も き び し げ な り つる 追 立 の鬱 使 ・令 送 使 、 四 方 へ

て出 で、 丈 けも 及 ば ず な り け れ ば 、船 に取 り付 き、

  (ロ )   (三 ノ 宮 ハ法 皇 ニ抱 カ レ テ イ ヤ ガ ラ レ タ ノ ニ引 キ カ

ふ か 。 ⋮ ⋮ ﹂ 巻 三 ﹁足摺 ﹂ 大 系 二 一五 ペー ジ 一五 行

、 俊寛 を ば つひ に 捨 て果 て給

(＝俊 寛 ハ) 綱 に 取 り

皆 逃 げ 去 り ぬ 。 巻 二﹁一 行 阿闍 梨 之 沙 汰 ﹂大 系 一四 六 ペ

﹁さ て、 い か に お の〓 ( 奪 イ 返 シタ天 台座主 ヲ載

ー ジ 一〇 行  ) (ニ   やん ごとな き修 学者 ども

セ タ カ ゴ ヲ)舁 き 捧 げ 奉 り 、 を め き 叫 ん で (山 ヲ) 登

エ、 四 ノ 宮 ハ法 皇 ニナ ツキ 奉 ツ タ ノ デ 、 法 皇 ハス ツカ   (イ)

高 く 見 積 つた 場 合 に 用 いて いる 。

る

私 ノ ヨウ ナ ) 老 い 法 師 を 見 て 、 何 と て か 懐 し げ に は 思

一四三 ペー ジ 一行

光 を並 べて、 下 に雲 あ り 、⋮ ⋮。巻 二 ﹁ 座 主流﹂大系

と 名 乗 り 給 ふ こ そ 心 得 ね 。(ナ ゼ ナ ラ バ ) 上 に 日 月 の

さ ば か り の (＝ア ン ナ ニ スグ レ タ ) 智 者 の 、 ﹁明 雲 ﹂

リ 喜 バ レ) ﹁げ に も す ぞ ろ な ら ん も の は 、 か 様 の (＝

ふ べ き 。 こ れ ぞ わ が ま こ と の御 孫 に て ぞ ま し〓け

先 に 蹴 立 て さ せ 、 今 日 を 限 り に 都 を 出 で て 、 関 の東 へ

 ) ( ロ  さ ば か ん の 法 務 の大 僧 正 ほ ど の 人 を 、 追 立 の鬱 使 が

⋮ ⋮ ﹂ と て 、 御 涙 塞 き あ へさ せ 給 はず 。 浄 土 寺 の 二位

( 法 皇 ニ対 シ ) ﹁ さ て、 御 譲 り は こ の宮 に て こ そ 渡 ら せ

殿 、 そ の時 は いま だ 丹 後 殿 と て 、 御 前 に 候 は せ 給 ふ が 、

赴 か れ ん 心 のう ち ⋮ ⋮ 。 巻 二 ﹁ 座 主 流 ﹂ 大 系 一四 四 ペー

  ) (ハ   さ ば か り 暑 き 六 月 に 、 装 束 だ に も く つろ げ ず 、 暑 さ

ジ二 行

﹁山 門

お は し ま し 候 は め ﹂ と 申 さ せ 給 へば ⋮ ⋮ 。 巻八

 ) (ハ   武 蔵 坊 弁 慶( 近 ク ニ住 ム ) 老 翁 を 一人 具 し て ( 義経

ジ 一三 行

も 堪 へが た け れ ば ⋮ ⋮ 。 巻 二 ﹁ 小 教 訓﹂ 大 系 一五 八 ペー

御 幸﹂ 宝 文 二 九 八 ペー ジ八 行

(＝オ

(＝義 経 ) ﹁ あれ

の 御 前 ニ) 参 り た り 。 御 曹 司

  ) ( ニ  さ ば か り の (＝ア ン ナ ニ厳 粛 ナ )砌 り に、 束 帯 正 し

マ エ) は 何 者 ぞ ﹂ と 問 ひ 給 へば 、 ﹁こ の 山 の猟 師 で 候 ﹂

き 老 者 が、 も と ど り 放 つ て 練 り 出 で た り け れ ば 、 若 き

と 申 す 。 ﹁さ て 案 内 は 知 つた る ら ん 。 あ り のまゝ に 申 せ ﹂ と こ そ 宣 ひ け れ 。 巻 九 ﹁老馬 ﹂ 宝 文 三 五 四 ペー ジ 一

け れ ど も 、 異 国 の 相 人 を 都 のう ち へ入 れ さ

延 喜 の 帝 は さ ば か ん の (＝ア ン ナ ニ偉 大 ナ ) 賢 王 に

巻三 ﹁ 公 卿揃 ﹂ 大 系 二 二 一ペ ー ジ 一一行

公卿 ・殿 上 人 こ ら へず し て 、 一同 に は つと 笑 ひ あ へり 。

  (ホ)

三行

︹二 十 ︺ さ ば かり＝ ア ンナ ニ (エラ イ )

てま し〓

の恥と こそ 見え け れ。 巻三 ﹁ 医 師 問 答 ﹂ 大 系 二 四 二 ペー

せ 給 ひ た り け る を ば 、 末 代 ま でも 賢 王 の御 誤 り 、 本 朝

﹁ 国 語 辞典 ﹂ ﹁ 広 辞 苑 ﹂ と も に ソ レ ホ ド ・サ ホ ド と 訳 し て い る 。 ア レ ホ ド ・ア ンナ ニ が い い。 と こ ろ で、 ア レ ホ ド ・

  ) (ヘ  馬や 人 に堰 かれ て、 さば かり 早き 宇治 川 の水 は、 か

ジ 一六 行

ア ンナ ニと 言 う 語 は 高 く 見 積 つ た 場 合 に も 、 低 く 見 積 つた 場 合 に も 使 え る 。 ﹁徒 然 草 ﹂ な ど で は、 ﹁ さ ば かり﹂ を 低く 見 積 つた 時 に 使 つ て い る 例 の 方 が 多 いが 、 平 家 で は 、 常 に

み に ぞ たゝ へた る 。 巻 四 ﹁ 宮 御 最 期 ﹂ 大 系 三 一四 ペー ジ

ル ノ ガ 当 然 ダ ツ タ ノ ニ)、 さ は な く し て 、 ま た ( 性懲

かりし が

(＝ド コカ ヘ行 ツ テ オ ト ナ シ ク 仏 事 ヲ ツト メ

九行

こ の世 の中 は たゞ 今 乱 れ 、 ⋮ ⋮ ﹂ な ん ど 、 怖 ろ し き こ

な く し て (＝マト モ ナ 勧 進 デ ハナ ク テ )、 ﹁ あ つぱ れ 、

リ モナ ク ) 勧 進 帳 を 捧 げ て勧 め け る が 、 さ ら ば たゞ も ︹二十 一︺  さ も さ う ず＝ イ エ ・チ ガ イ マ ス

と のみ申し あ りく 間⋮ ⋮。巻 五 ﹁ 文 覚 被流 ﹂ 大 系 三 六 一

  従 来 、 ﹁さ も さ う ず ﹂ と あ れ ば 、 ソ レ ハ ソ ウ デ ス と 肯 定 の意 味 に 解 さ れ て いた が 、 チ ガ イ マ スと 否 定 の意 味 に 解 す

ペー ジ 二 行

ひ け り 。 さ ら ば 然 る べ き 武 士 にも 仰 せ 付 け ら れ ず し て

  (ロ)   法 皇 や が て( 義 仲 ヲ追 討 ノ 儀 ヲ) 思 し 召 し 立 た せ 給

べ き も のと 思 う 。

はそ こにあ げた 以外 に、 次 のよう なも のがあ る。

  理 由 は 、 大 系 ・補 注 の 四 四 一ペー ジ 上 段 に述 べ た 。 用 例

山 の座 主 ・寺 の 長 吏 に 仰 せ ら れ て 、 山 ・三 井 寺 の 悪 僧

四行

ど もを 召 さ れけ り。 巻八 ﹁ 鼓 判官 ﹂ 宝 文 三 二〇 ペー ジ 一

  (イ)   ( ﹁出 家 シ タ 皇 子 ヲ 位 ニ即 ケ 奉 ル コト ハ マズ イ ノ デ ハ ナ イ カ ﹂ ト イ ウ 意 見 ニ対 ス ル時 忠 ノ コト バ ニ) さ も さ

 ) (ハ   ( 義 仲 ノ 乱 ノ 時 、 刑 部 卿 三 位 頼 資 ハ御 所 ヲ 逃 ゲ 出 シ

う ず 、 還 俗 の国 王 の 例 、 異 国 に も 先〓 あ ら ん 。 わ が 朝 にはま づ ⋮⋮。 巻八 ﹁ 名 虎 ﹂ 宝文 三 〇 三 ペー ジ 一行

(ヲ ) 供 に 具 し て お は

タ ノ ハヨ カ ツ タ ガ 、 下 級 武 士 ニ衣 類 ヲ ハギ ト ラ レ テ珍

妙 ナ 姿 ニナ リ )、 白 衣 な る 法 師

し け る が 、 さ ら ば 急 ぎ も 歩 み 給 は で、 あ そ こ こゝ に立

︹二十 二 ︺  さ ら ば ＝ ト コ ロガ ・ソ レ ヲ   平 家 に は 、 ト コ ロガ と か ソ レ ヲ と か 訳 す べき

止 ま り 、 ﹁あ れ は 誰 が家 ぞ 。 こ れ は何 物 が宿 所 ぞ 。こゝ

﹁さ ら ば ﹂

があ る 、 と 言 つた ら 、 そ ん な ば か な 、 と 言 わ れ る か も し れ

は 何 処 ぞ ﹂ と 道 す が ら 問 は れ け れ ば 、 ⋮ ⋮ 。 巻 八 ﹁鼓

  ど う し て 、 こ のよ う な ﹁さ ら ば ﹂ の 用 例 が 発 生 し た の か 、

な い。 し か し た し か に あ る 。 用 例 は 次 のと お り 。 いず れ も

る か ら 、 ﹁さ ら ば ⋮ ⋮ ず し て ﹂ が 、 ト コ ロガ ⋮ ⋮ ソ ウ シ ソ

これを 解く カギ とし て次 のような 例 があ る。

判 官﹂ 宝 文 三 二 四 ペー ジ 一行

ウ ナ モノ ヲ  ソウ シナイ デ の意 だと見 る べき であ る。

 ) (ニ   こ の (＝(ハ ノ) 例 ニ出 タ 頼 資 ノ コ ジ ユウ ト ノ ) 法 師 は

あ と の方 に 、 シ ナ イ デ と いう 意 味 の こ と ば を と も な つ て い

  (イ)   文 覚 程 な く 許 さ れ け り 。 し ば ら く は 何 処 にも 行 ふ べ

白 き 小 袖 二 つに 衣 (＝着 セ レ バ 文 句 ハナ カ ツ タ )。

(ヲ ) 着 た り け る が 、 さ ら ば 小 袖 を

も 脱 いで着 せ奉れ かし

は 辞 書 に の つて いな い。 次 のよ う な 例 は 、三 の例 だ 。

  (イ )  (平 時 忠 ガ ﹁ 今 度 ノ 譲 位 ニ対 シ テ 特 ニ皇 太 子 ガ 幼 ス

ギ ル ト 気 ニ止 ム ニ モ 当 ラ ナ イ ﹂ ト 論 ジ) ﹁⋮ ⋮ 異 国 に

て、 衣 帯 を 正 し う せ ざ つし か ど も 、 或 い は 摂 政 負 う て

は 、 周 の 成 王 三 歳 、 晋 の穆 帝 二 歳 、 わ が 朝 に は 、 近 衛

位 に即け、 或 いは母后抱 いて朝に臨 むと見 えた り⋮⋮﹂

(＝ト コ ロガ 小 袖 ハ脱 ガ ズ ) 衣( ダ ケ ) を

  こ のよう な 例 なら ば、 ﹁ さ ら ば﹂ は普 通 ど お り ソ レナ ラ

と 申 さ れ け れ ば 、 そ の 時 有 職 の 人 々 、 ﹁あ な 、 お そ ろ

さ はなく て

の意 と し て 通 る 。 恐 ら く これ が 本 来 の 形 で 、 こ う いう 言 い

し 、物 な申 され そ。 さ れば それ はよ き例 ども かや ﹂と

の院 三 歳 、 六 条 の院 二 歳 、 こ れ み な襁褓 の 中 に 包 ま れ

方 を は し よ つ て ﹁さ ら ば 小 袖 を も 脱 い で着 せ 奉 ら ず し て ﹂

ぞ つぶやき あ はれ ける 。巻四 ﹁ 厳 島 御 幸 ﹂ 大 系 二 七 一ペ

脱 い で( 頼 資 ニ) 投 げ か け た り 。 巻 八 ﹁鼓 判 官 ﹂ 宝 文

と 言 う よ う に な つ た 。 そ こ で 、 ﹁さ ら ば ﹂ が ト コ ロガ ・ソ

ー ジ八 行

三 二 三 ペー ジ 一六行

レ ヲ と いう 意 味 に該 当 す る よ う に な つた も の に ち が いな い。

 ) ( ロ  さ れ ば こ は 何 事 ぞ 。 巻 十 一 ﹁腰 越﹂ 宝 文 四六 八 ペー ジ

し か し 、 起 源 は ど う で あ ろ う と 、(イ)(の ロよ )( うハ な)言 い方 が 多 く 見 え る か ら に は 、 ﹁ト コ ロ ガ ﹂・﹁ソ レ ヲ﹂ の 意 に 用 い

  右 の例 は いず れ も 、 ﹁さ れ ば ﹂ が 下 に ﹁こ は ﹂ ﹁そ れ は ﹂

八行

のよ う な 語 を 伴 つて 用 い ら れ て い る 点 が 共 通 で あ る 。 平 家

ら れ る ﹁さ ら ば ﹂ が あ る と いう こと は 否 定 で き な い。

な ぜ であ ろ う か 。

  な お 、 右 の 用 例 が 、 ﹁鼓 判 官 ﹂ の 条 に 集 中 し て い る の は

に 多 い ﹁こ は さ れ ば ﹂ ﹁こ れ は さ れ ば ﹂ も 右 の ﹁さ れ ば ﹂

と 同 様 に、 ﹁一体 全 体 ﹂ の 意 であ る こ と 言 う ま で も な い。

﹁こ は さ れ ば ﹂ の 用 例 は 、 大 系 本 の 九 七 ペ ー ジ 一七 行 、 一

の意 味 の も の が あ つ て 難

  平 家 の ﹁さ れ ば ﹂ に は い ろ〓

〇 一ペー ジ 九 行 、 二 六 一ペー ジ 一〇 行 な ど に あ る 。 ﹁こ れ

︹二 十 三 ︺  さ れ ば＝ 一体 全 体 ・ダ カ ラ

し い が、一 ソ ウ ナ ル ト ・ソ ウ ダ カ ラ と いう 普 通 の意 味 の も

﹁さ れ ば ﹂ のう ち に は二 の 一種 で あ る が 、 相 手 の 言 を 受 け

ージ 二行な ど にあ る。

は さ ら ば ﹂ の例 は 、 大 系 本 の 一八 二 ペー ジ 六 行 、 二 六 一ペ と

の 、二 相 手 の言 を 受 け て 、 イ カ ニ モ ・ナ ルホ ド ・ソ ウ 言 エ バ と 同 ず る も の 、三 文 頭 に 用 い て 、 一体 全 体 ・ソ モ〓

話 を 説 き 起 こす も の 、 の 三 つ の 種 類 が あ る 。 こ のう ちの三

て 自 分 の 言 い た いこ と を 長 々と 述 べ る 、 そ の前 置 き に 用 い 行

さゝ か の 所 で も ⋮ ⋮ ﹂ 巻 七 ﹁実盛 ﹂ 宝 文 二六 八 ペ ー ジ七

て 候 こ そ 、 不 思 議 に 覚 え 候 へ﹂ と 申 せ ば 、 ﹁さ れ ば こ

 ) (ハ  有 王 ﹁こ の 御 有 様 に て、 今 ま で 御 命 の延 び さ せ 給 ひ

は な し 。 生〓 を 申 さ ば や

宇 治 瀬 田 の橋 を ば 引 い て候 ら ん 。 乗 つて 川 渡 す べき 馬

し て、 ﹁さ 候 へば こ そ 、 こ の御 大 事 に 上 り 候 が 、 定 め て

仁 も 内 々 所 望 す る と 聞 き し も の を ﹂ と き つと 思 ひ 出 だ

ひ て さ う な ﹂ と 言 ひ け れ ば 、 佐 々 木 、 ﹁あ は れ 、 こ の

 ) (ヘ   ( 梶 原 景 季 ガ ) ﹁い か に佐 々木 殿 、 生〓 を 給 は ら せ 給

る も のも あ る 。 例 え ば 、 次 のよ う な も の が そ れ だ 。 現 代 語 で は 、 こ う い う 場 合 ダ カ ラ と 言 う よ う だ 。 こ の時 の ﹁さ れ

(＝康 頼 ) に 捨 て

ば ﹂ は ﹁さ れ ば こ そ ﹂ ﹁さ れ ば と よ ﹂ と な つて いる 。

そ。 去年 少将

巻九 ﹁ 生 食 之 沙汰 ﹂ 宝 文 三 三 二 ペー ジ 一〇 行

ま し て 高 綱 が 申 す に も よ も 給 は ら じ と 思 ひ つゝ ⋮ ⋮ ﹂

(＝オ 願 イ シ タ イ ) と 思 へど

ら れ て後 の た よ り な さ 、 心 のう ち を ば たゞ 推 し 量 る べ

も 、 梶 原 殿 の申 さ れ け る に も 御 許 さ れ な い と 承 は る 間 、

(＝成 経 ) や 判 官 入 道

し 。 ⋮ ⋮ ﹂ 巻 三 ﹁有 王﹂ 大 系 二 三 五 ペー ジ 六行 (＝維 盛 ) を 見 奉 り 、 ﹁こ は

現 とも覚 え候 は ぬ者 かな。 八島 よ り これま では 何と し

 ) (ニ  滝 口入 道、 三 位 の中 将

次 の 例 は 、 ﹁さ れ ば こ そ ﹂ が ソ ウ ダ カ ラ と い う 元 来 の 意 味

思 ツ テイ タ ト オ リ ダ ツタ と 言 う 意 味 の も の が 圧 倒 的 に 多 い。

  な お 、 ﹁さ れ ば こ そ ﹂ は 、 ダ カ ラ 言 ワナ イ コト デ ハナ イ 、

将 宣 ひ け る は 、 ﹁さ れ ば と よ 、 人 な み〓

か ら 、 思 ツ テ イ タ ト オ リ ダ と いう 慣 用 句 的 な 意 味 が 派 生 す

て逃れ させ 給 ひて候 やら ん﹂ と申 しけ れば 、三 位 の中

て、 西 国 へ落 ち 下 り た り し か ど も 、 故 郷 に 留 め 置 き し

に都 を 出 で

幼 き 者 ども の恋 し さ、 い つ忘 る べし と も 覚 え ね ば、

る 過 渡 期 の模 様 を 示 す 例 で あ る 。

﹁さ れ ば こ そ 、 怪 し と 思 ひ つる も のを ﹂ と 引

﹁ 国 語 辞 典 ﹂ で は 、 こ の 副 詞 に 対 し て 、一 分 限 に応 ず る こ

︹二 十 四 ︺  随 分＝ 極 力

ジ 一〇行

つ被 い で ぞ 伏 し 給 ふ 。 巻 十﹁三 日平 氏 ﹂ 宝 文 四 一八 ペー

  (ト )  北 の方

⋮ ⋮ ﹂ 巻 十 ﹁高 野之 巻 ﹂ 宝 文 四 〇 四 ペー ジ 一〇 行 次 の ﹁さ 候 へば ﹂ も 右 の ﹁さ れ ば ﹂二 と 同 じ も のだ 。   (ホ)   木 曽 殿 ﹁ 夫 な れば 、 ( 実 盛 ハ) 今 は 七 十 に も あ ま り 、 白 髪 に こ そ 成 り ぬ ら ん に 、鬢鬚 の 黒 いは いか に ﹂ と 宣 へば 、 樋 口 の次 郎 涙 を は ら は ら と 流 い て、 ﹁さ 候 へば 、

) 弓矢 取 り は 、 い

そ の様 を 申 し 上 げ う と 仕 り 候 が 、 あ ま り に あ は れ で 不 覚 の涙 の こぼ れ 候 ぞ や。 ( ソ モ〓

と 、二 一方 な ら ざ る こ と 、 の 二 つ の 解 釈 を 施 し て い る 。 平

 ( イ)   ( 藤 原 成 経 ガ ) ﹁こ れ よ り 大 納 言 殿

し た い。

(＝私 ノ 父 ノ 成

親 ) の御 渡 り あ ん な る備 前 の有 木 の 別 所 へは 、 いか ほ

家 の ﹁随 分 ﹂ は 、 そ のも の と し て は 、 こ れ 以 上 望 め な い と

ど の 道 ぞ ﹂ と 問 ひ 給 へば 、(妹 尾 兼 康 ハ) す ぐ に 知 ら

せ 奉 つて は 悪 し か り な ん と や 思 ひ け ん 、 (ソ ン ナ 遠 イ

いう ギ リ ギ リ の線 ま で物 事 を 行 う 意 を 表 わ す の に 用 いら れ

(＝呼 ビ 返 シ テ ヤ ツ

て いる 。  ( イ)   康 頼 法 師 が 事 は さ る 事 な れ ど も

所 デ モ ナ イ ノ ニ) ﹁ 片 道 十 二三 日 で候﹂ と 申す 。巻 二

(＝出 来 ル ダ ケ ノ コト ヲ シ

テ モイ イ ガ )、 俊 寛 は 随 分

﹁阿 古屋 之 松 ﹂ 大 系 一八 五 ペー ジ 一行

日暮 れ、 月 さ し 出 で て、 ( 厳 島 ノ 海 ノ) 潮

け る 中 に 、 卒 都 婆 の形 の 見 え け る を 、(康 頼 ノ 親 戚 ノ

の満 ちけ る が、そ こ はかと なき 藻屑 ども のゆら れよ り

  ( イ)   や う〓

︹二 十 六 ︺  そ こ は か と な き＝ タ ク サ ン ア ル

テ ) 入 道(＝ オ レ) が 口 入 を 以 て 人 と な つた る も の ぞ か し。 それ に ⋮⋮。 巻三 ﹁ 赦 文 ﹂大 系 二 一二 ペー ジ八 行   ) (ロ   内府 が身 ま かり候 ひぬる こと、 当家 の運命を はか る に も 、 入 道(＝ 私 ) 随 分(＝ 極 力 ) 悲 涙 を 抑 へて こ そ 罷 り 過 ぎ 候 へ。 巻 三 ﹁法印 問 答 ﹂大 系 二 五 二 ペー ジ三 行   ) (ハ   中 納 言闕 の 候 ひ し 時 、 二 位 の 中 将(＝ 藤 原 基 通 ) の

僧 ガ)何 とな う取 つて見 けれ ば ⋮⋮。 巻 二 ﹁ 卒都婆流﹂

(＝私 ) 随 分 執 り 申 し し か ど も 、

所望 し候 ひし を、 入道

大 系 二〇 四 ペー ジ 四行

  平 家 に は 右 の 一か 所 し か 現 れ な い が 、 熱 田 真 名 本 に こ こ

つ ひ に 御 承 引 な く し て、 関 白 の息(＝ 師 家 )を な さ るゝ

を ﹁無 限 ﹂ と 書 い て い る 。 パ ジ エ ス の 辞 書 で ﹁そ こ は か と

こ と は いか に 。 巻 三 ﹁法 印 問答 ﹂ 大 系 二五 三 ペー ジ 五行   右 のほか、 宝文 舘本 の四〇 七 ペー ジ六行 、 四二 六 ペー ジ

な し﹂ を引 く と、 ﹁ 限 り が無 い﹂と 出 て く る。 こ の語 は普

通、﹁ 特 ニ定 マ ツタ コト モ ナ イ ﹂ と 訳 さ れ て い る が 、 平 家

三 行、 五 二〇 ペー ジ八行 に例 があ る。

﹁阿 古 屋 之 松 ﹂ に次 の よ う な 文 が あ る 。 こ の ﹁す ぐ ﹂ は タ

く れ ば ﹂ も 、 ア ト カ ラ ア ト カ ラ 書 キ 付 ケ ル ト と 訳 す べき こ

巻 頭 の ﹁心 に う つる よ し な し ご と を そ こ は か と な く 書 き 付

か と な し ﹂ が ﹁無 限 ノ ﹂ と いう 意 味 だ と す る と 、 ﹁徒 然 草 ﹂

の 時 代 に は 意 味 が 変 つ て い た の だ ろう か 。 平 家 の ﹁そ こ は

ダ チ ニ ・直 接 ニと 訳 し て 訳 せ な い こ と も な いが 、 前 後 の 文

︹二十 五 ︺  す ぐ＝ ア リ ノ マ マ

脈 か ら 考 え る と 、 ア リ ノ マ マ ニ ・ホ ント ウ ノ ト コ ロヲ と 解

と に な る 。 これ も こ れ で 意 味 は 通 つて お も し ろ い。

︹二 十 七 ︺  た だ＝ マ ツ タ ク ・構 ワ ナ イ カ ラ 等   問 題 の多 い語 で あ る が 、 平 家 で は 、 次 の よ う な 比 況 ・命 令 ・意 志 な ど を 表 わ す 文 に 用 い て 、 そ の意 を 強 め る 用 法 が 目 立 つ。 例 え ば 、 (一 )   比 況 の 意 を 強 め る も の。   (イ)   お ご れ る 人 も 久 し か ら ず 、 た だ 春 の 夜 の 夢 の ご と し 。 巻 一 ﹁ 祇 園 精 舎﹂ 大 系 八 三 ペー ジ四 行  ( )ロ   さ る ほ ど に 時 移 り 事 去 つ て 、 世 の変 り 行 く 有 様 は 、 た だ 天 人 の五 衰 に 異 な ら ず 。 巻 二 ﹁大 納言 死 去 ﹂ 大 系 一 九 〇 ペー ジ九 行 ( 二)   断 定 ・推 定 の 意 を 強 め る も の 。

(＝タ ト イ 叶 ワ ナ ク

女 房 装 束 に て 出 で さ せ 給 へ﹂ と 申 し け れ ば ⋮ ⋮ 。 巻 四

﹁信 連 ﹂大 系 二八 五 ペー ジ五 行

( 三)   命 令 の意 を 強 め る も の。

テ モ)、 な ほ も た だ 宰 相(＝ 平 教 盛 ) の 申 さ れ よ か し

  (イ )  女 房 た ち は 、 ﹁叶 は ぬ も の ゆ ゑ

(＝オ 願 イ セ ヨ )﹂ と ぞ 歎 か れ け る 。 巻 二 ﹁阿 古 屋 之 松 ﹂

大 系 一八三 ペー ジ 八行

へ。 巻 二 ﹁烽火 之 沙汰 ﹂ 大 系 一七 四 ペー ジ 一二行

  ) (ロ   申 し 請 く る と こ ろ の詮 は 、 た だ 重 盛 が 首 を 召 さ れ 候

  ) (ハ   た だ 理 を ま げ て 、 召 し 返 し て 御 対 面 さ ぶ ら へ。 巻 一

﹁祇王﹂ 大 系 九 六 ペー ジ 一四行

  ) (ニ   子 細 を 申 す にと こ ろ な し 。 た だ 速 や か に 参 ら せ 給 ふ

べき な り 。 巻 一 ﹁二代 后﹂ 大 系 一〇九 ペー ジ一三 行

  平 家 の ﹁た だ し ﹂ は そ の 正 体 を 明 ら か に し が た い 。 現 在

︹二十 八︺  た だ し＝ シ カ シ (＝イ ツ ソ ノ コト ) た だ 開 け て 入

な れ ば 、 (コチ ラ ガ ) 開 け ず と も 押 し 破 ら ん こ と や す

  (イ )  ( 来 タ ノ ハ悪 魔 カ モ シ レ ナ イ ガ ) わ づ か の 竹 の 編 戸

か る べし 。 な か〓

在 の ﹁た だ し ﹂ は 、 ﹁も つ と も ﹂ と 同 じ で 従 属 的 な 意 味 を

の ﹁た だ し ﹂ と 似 て い る 。 が 、 ち よ つ と ち が い そ う だ 。 現

も つ セ ン テ ン スを 導 く の に 用 い ら れ る が 、 平 家 の ﹁た だ

﹁祇王 ﹂大 系 一〇 四 ペー ジ 一二 行

波 羅 よ り( 我 々 ニ対 ス ル) 召 し 使 ひ あ ら ば 、 腹 か き 切

 (ロ  ) (江 大 夫 判 官 遠 成 ノ 言 葉 ) た だ こ れ よ り 帰 つ て 、 六

し ﹂ に は そ ん な こ と は な い よ う で 、 そ の 点 今 の ﹁し か し ﹂

れ ん と 思 ふ な り 。 巻一

つて死な ん にはし かじ。 巻三 ﹁ 行 隆 之 沙汰 ﹂ 大 系 二五 九

と 同 じ 意 味 の よ う に と れ る 。 そ の例 を 次 に 。

  (イ)   ( 忠 盛 ノ 言 葉 ニ) ま づ 郎 従 小 庭 に祇 候 の よ し 、 全 く

ペー ジ 五行  ) ( ハ  長 兵 衛 の 尉 信 連 と い ふ 者 あ り 。 ﹁た だ 別 の様 候 ま じ 。

一 ﹁殿上 闇 討 ﹂大 系 八七 ペー ジ 一〇 行

の 間 、 年 来 の家 人 事 を 伝 へ聞 く か に よ つ て、 ⋮ ⋮ 。 巻

覚 悟 仕 ら ず 、 た だ し 近 日 人 々 相 た く ま るゝ 仔 細 あ る か

ば、 子 孫ま で叶 ふま じき ぞ。 巻三 ﹁ 大 塔 建立 ﹂ 大 系 二 二

や 、 あ る 聖 を も つ て 言 は せ し こと は 。 た だ し 悪 行 あ ら

 ( ホ)   ( 厳 島 大 明 神 ノ 託 宣 ノ 言 葉 ニ) 汝 知 れ り や 、 忘 れ り

四 ペー ジ 一四 行

は 互 に よ い敵 ぞ 。 た だ し わ 殿 を 下 ぐ る に は あ ら ず 、 存

 ( )ヘ  ( 斎 藤 実 盛 が 手 塚 光 盛 ニ呼 ビ カ ケ テ ノ 言 葉 ニ) さ て

  (ロ)   こ の 時 に 当 つて 、 重 盛 いや し う も 思 へり 。 ﹁な ま じ ひ に 列 し て 世 に 浮 沈 せ ん こ と 、 あ へて 良 臣 ・

ず る 旨 が あ れ ば 、 (私 ハ) 名 乗 る ま じ い ぞ 。 巻 七 ﹁実

孝 子 の法 にあら ず。 し かじ、 名を 逃 がれ、 身を 退 き て 今 生 の 名 望 を〓 つ て 、 来 世 の 菩 提 を 求 め ん に は 、 た だ

盛 ﹂ 宝 文 二 六七 ペー ジ 一〇 行

﹁国 語 辞 典 ﹂ に は ﹁あ ち こ ち ﹂ と あ る 。 平 家 に は 次 の よ う

別 々ノ場所

な 例 が 多 く 見 え 、 これ ら は そ れ で 通 じ な い こ と も な い が 場

︹二十 九 ︺  と こ ろ〓＝

し 凡 夫 薄 地 、 是 非 に ま ど へる が故 に 、 な ほ 志 を 恣 に せ ず ⋮ ⋮ ﹂ 巻 三 ﹁医 師問 答 ﹂ 大 系 二 四 一ペー ジ九 行

の 中 に は 勝 れ て 見 え 給 ふ な り 。 た だ し こ の世 の中 の有

所 が 多 いこ と を 表 わ す の で は な く て 、 場 所 が 異 る こ と を 示

 ( )ハ  (重 盛 ハ維 盛 ニ向 カ ツ テ ノ 言 葉 ニ) 御 辺 は 人 の 子 供

様 、 いかゞ あ ら ん ず ら ん と 、 心 細 う こ そ 覚 ゆ れ 。 巻 三

﹁ひ と と こ ろ ﹂ と 対 に な つて 用 いら れ て い る 。

す 例 と 考 え ら れ る 。 文 脈 は いず れ も ご く 限 定 さ れ 、 い つも

﹁ 無 文 ﹂ 大 系 二 四六 ペー ジ 一五 行

  (イ)   死 な ば ひ と と こ ろ で 死 な ん と こ そ 契 り し に 、 と こ ろ

 ( )ニ  ( 静 憲 法 印 ノ 言 葉 ニ) 誠 に 度 々 の 御 奉 公 浅 か ら ず 。 一旦 恨 み 申 さ せ ま し ま す 旨 、 そ の いは れ 候 。 た だ し 、

  ) (ハ   と ころ〓

で 討 た れ ん こ と こ そ 悲 し け れ 。 巻 九 ﹁河原

で 討 た れ ん よ り も 、 ひと と こ ろ で こ そ い

合 戦 ﹂宝 文 三 三 八 ペー ジ四 行

と こ ろ〓

 ( ロ)   死 ぬ な ら ば 、 ひ と と こ ろ で 死 な ん と こ そ 契 り し に 、

宝 文 三 二五 ペー ジ六 行

で〓 討 た れ ん こ と こ そ 悲 し け れ 。 巻 八 ﹁法 住 寺合 戦﹂

官 位 と いひ 俸祿 と い ひ 、 御 身 に と つて は 悉 く 満 足 す 。 し か れ ば ⋮ ⋮ 。 巻 三 ﹁法 印問 答 ﹂ 大 系 二五 四 ペー ジ六 行 し か し 、 ﹁た だ し ﹂ に は 意 味 の は つき り し な い も の が 多 い。 次 のよ う な も の は 、 ﹁し か し ﹂ と 訳 し た の で は お さ ま り が 悪 い。 従 属 句 を 導 く た め の も の で あ ろ う か 。 そ れ と も の方 (ホ は) 、 ﹁ も し ﹂ に 通 う も の、 (ヘ の) 方 はあ と の打 消 の語 句 と呼応 す る性質 のも ので でもあ ろう か。

か に も な ら め 。 巻 九 ﹁二 度 之 懸﹂ 宝 文 三 六〇 ペー ジ 一行

言 ひ尽 さ れ ず ﹂ と あ る 。 意 味 は そ れ で い い が 、 ﹁は か り ﹂

﹁ 国 語 辞 典 ﹂ に ﹁言 ふ ば か り な し ﹂ を 註 し て 、 ﹁こ と ば に

︹三 十一︺  は か り な し＝十 分 ニ ハ尽 セ ナ イ

  平 家 の ﹁な が く ﹂ は 、 単 に 長 い期 間 の意 味 で は な く 、 永

の ﹁は ﹂ は ﹁平 家 正 節 ﹂ に よ れ ば 、 清 ん で 読 む の が 正 し い

︹三 十 ︺  な が く＝ イ ツ マデ モ

久 ニ ・イ ツ マ デ モ の 意 、 つま り 、 二 度 と そ う いう こ と は 起

﹁際 限 ﹂ と いう 意 味 の名 詞 と と れ る 。

ら し い。 と す る と 、 こ れ は ﹁ば か り ﹂ と いう 助 詞 で は な い。

﹁申 す は か り な し ﹂ も 同 様 で あ る 。 用 例 を 次 に。

ら な い、 と いう 気 持 で 用 い ら れ て い る 。 用 例 は 次 のと お り。

(＝ハズ ニナ ツ テ イ タ ノ ニ)、

  (イ )  し る し の 御 箱(＝ 神 璽 ノ箱 ) を 少 納 言 の内 侍( ガ ) 取 り出 づる べか りしを

  (イ )  ( 平 家 一門 ) か た じ け な く 一天 の 君 の御 外 戚 と し て 、

一族 の 昇 進 六 十 余 人 。 二 十 余 年 の こ の方 は 、 楽 し み 栄

(＝手 ヲ 触 レ タ

え、申 す は かり も な か り つる に ⋮⋮。巻 三 ﹁ 無 文﹂ 大

(モ シ) こ よ ひ こ れ に 手 を も か け て は

の申 し け る を 聞 い て ⋮ ⋮ 。 巻 四 ﹁ 厳 島 御幸 ﹂ 大 系 二七 〇

ラ最 後 ) 、 な がく 新 し き内 侍 に はな る ま じ き よし 、 人

系 二 四六 ペー ジ三 行

  平家 には 、 これ に似た

﹁思 ふ は か り な し ﹂ と いう 言 い方

﹁女 院 出家 ﹂ 宝 文 五 一 一ペー ジ 一〇 行

山 一庭 の月 に 落 つ。 悲 し と も 言 ふ は か り な し 。 灌 頂巻

ト ) 思 ひ を 西 海 千 里 の雲 に 寄 せ 、 白 屋 苔 深 く し て 涙 東

山 ノ 麓 ニ隠 栖 サ レ ル コト ニナ ツ タ ガ 、 ソ ウ ナ ツテ 見 ル

  ) (ハ  蒼 波 路 遠 し 。 ( 建 礼 門 院 ハ 一族 ニ 死 別 シ 、 ヒ ト リ 東

ー ジ 五行

み栄 え、 申す は かりな し。 巻十 ﹁ 千 手 前 ﹂ 宝 文 三九 八 ペ

て 、 一族 の昇 進 六 十 余 人 、 二 十 余 年 の こ の方 は 、 楽 し

 ) (ロ  ( 平 家 一門 ハ) か た じ け な く 一天 の 君 の 御 外 戚 と し

ペー ジ四 行   (ロ)   医 王 ・山 王 に憚 り 奉 つ て 、 行 程 に 遅 留 せ し め ば 、 朝 廷 緩 怠 の 臣 と し て 、 永 く 武 略瑕瑾 の謗 を の こ さ ん ⋮ ⋮ 。

(＝日 吉 神 社 ) に 憤 り あ ら

(＝延 暦 寺 ) に 悦 び あ ら ば 、 ( 私タ

巻七 ﹁ 木 曽 山 門牒 状 ﹂ 宝 文 二七 三 ペー ジ 四行  ) ( ハ  自 今 以 後 、 山 門

チ ) 一門 の悦 び と し 、 社 家

ば 、 一家 の憤 り と し て 、 各 子 孫 に 伝 へて 永 く 失 墜 せ じ 。 巻七 ﹁ 平 家 山 門連 署 ﹂ 宝 文 二 七六 ペー ジ 一行 ﹁永 き ﹂ と いう 連 体 法 の 形 も 、 ﹁永 久 ノ ﹂ の意 味 に 使 わ れ た 場 合 が あ る 。 例 は 、 大 系 本 の三 一二 ペ ー ジ 一〇 行 、 宝 文 舘 本 の 三 四 一ペ ー ジ 八 行 に あ る 。

も 見 え る 。 ﹁言 ふ は か り な し ﹂ か ら 、 類 推 す れ ば 、 こ れ も ﹁は か り ﹂ は 形 式 名 詞 で 、 ﹁思 ふ 際 限 が な い ﹂ の 意 、 心 ヲ 尽

一 ﹁祇王 ﹂ 大 系九 九 ペー ジ 八行

 ) ( ロ  (花 陽 夫 人 ガ 琴 ヲ 弾 イ タ ト コ ロガ ア マリ 上 手 ナ ノ デ ) 荊軻 も

( 皇 帝 ヲ 暗 殺 ニ乗 リ 込 ン ダ モ ノ ノ ) 頭 を う な だ

れ 、 耳 を そ ば だ て 、 ほ と ん ど 謀 臣 の 思 ひも た ゆ み に け

り。 (ソ コデ ) 后(＝ 花 陽 夫 人 ) は じ め て さ ら に 一曲

ス コト ダ ・気 ガ 気 デ ハナ イ の意 と 取 れ る 。 用 例 は 次 の と お

(＝六 代 ノ 命 乞 イ ニ

り。  ) (ニ   二十 日 の過ぐ るは夢 な れ や。聖

や ら ん と 、 な か〓

も 表 わ す こ と が あ り 、(イの ) ﹁は じ め て﹂ は 、 そ の例 で あ る

を 考 え あ わ せ る と 、 ﹁は じ め て ﹂ は 前 の 状 態 が 変 つ た 意 を

  こ の ﹁は じ め て﹂ は ど う いう 意 味 か 。 次 の (ハ の) よう な例

を 奏 す 。 巻 五 ﹁咸陽宮 ﹂ 大 系 三五 二 ペー ジ 一〇 行

え 焦 が れ 給 ひ け り 。 北 条(＝ 時 政 ) も 、 ﹁文 覚 坊 の 約

と思う 。

出 掛 ケ タ 文 覚 ) は いま だ 見 え ざ り け り 。 何 と な り ぬ 事

束 の 日 数 も 過 ぎ ぬ 。 さ の み在 京 し て 、 年 を 暮 ら す べき

 ) (ハ   木 曽 は 、 ﹁官 加 階 し た る 者 の、 直 垂 で 出 仕 せ ん こ と

心 苦 しう て、 ( 六代 モ) 今さ ら 悶

にもあ らず 。今 は 下ら ん﹂ と て、 ひし めき けれ ば、斎

(＝フ サ ワ シ ク ワ ナ カ ツ タ )﹂

あ る べうも な か りけ り

藤 五 、 斎 藤 六 、 手 を 握 り 、 肝 魂 を 砕 け ど も 、 聖 も いま だ見 え給 はず。 使 者を だ にも上 せね ば、 思 ふは かり ぞ

と て、 はじ めて布 衣 とり、 装束 、烏 帽 子ぎ はよ り指 貫

  ) (ニ   近 ごろ

(＝先年 中 ) 源 氏 の 運 傾 き た り し こ と は 、 事

てちよう ど あた る。

fi規 rに s行 t われ る ことを 表わ すも のと解 され る。 改 メテと 訳し

 ( ) ロの ﹁は じ め て ﹂ は 、 次 の (ニ) と(通 ホう )も の で 、 物 事 が 新

八 ﹁ 猫 間 ﹂ 宝 文 三 一二 ペー ジ一三 行

の 裾 ま で ま こ と に か た く な な り(＝ 野 暮 ク サ イ)。 巻

なか りけ る。巻 十二 ﹁ 六 代﹂ 宝 文 四 九 五 ペー ジ六 行

規 ニ、二 始 メ ト シ テ the

︹三十 二 ︺  は じ め て＝一 今 マデ ト ハチ ガ ツ テ ・改 メ テ ・新

  次 の よ う な ﹁は じ め て ﹂ は 、 現 代 の よ う なfor timの e意 味 と は と れ な い。

  (イ)  (祇 王 ・祇 女 ガ 清 盛 ノ 邸 カ ラ 追 放 サ レ ルト ) 毎 月 に

新 し う は じ め て 申 す べき

(コト ) に あ ら ず 。 巻 十 ﹁千 (祇王 ノ 家 ニ) 送 ら れ た り け る 百 石 百 貫 を も 、 今 は 止

(＝法 皇 ) のた め に 奉 公 の 忠 を 致 す こ

手 前 ﹂ 宝文 三 九 八 ペー ジ三 行   (ホ)   義 経 (ガ)君

め ら れ て 、(ソ レ ト ハ反 対 ニ) 仏 御 前 が ゆ か り の者 ど も ぞ 、 は じ め て 楽 し み (＝富 貴 ニナ リ ) 栄 え け る 。 巻

と、 事 新 し う はじ め て 申 し 上 ぐ る に及 ば ず。 巻十 二

(＝サ ン〓

オ モ チ ヤ ニサ レ タ

る も のな ら ば 、(家 貞 ハ) 殿 上 ま でも や が て 斬 り 上 ら

ト モ ) 言 は ま ほ し う 思 は れ け れ ど も 、(ソ ウ ) 言 ひ つ

  (イ)   ( 忠 盛 ハ) か く と も

ん ず る も の に て あ る 間 、 ﹁別 の事 な し ﹂ と 答 へら れ け

﹁判 官 都落 ﹂ 宝 文 四 八七 ペー ジ 四行   以 上 はfor

る 。 巻 一 ﹁殿 上 闇討 ﹂ 大 系 八 六 ペー ジ六 行

fi のr 意sの t ﹁は tじ im めe て﹂ と関係 が深 い

﹁は じ め て﹂ であ つた 。 次 の よ う な も の は ﹁は じ め と し て﹂

the

の意 を も つ。 現 行 の 国 語 諸 辞 書 の ﹁は じ め て ﹂ の条 で は 、

の外 は 頼 む 方 な し 。 誠 に 別 の仔 細 な く 取 り 得 奉 る べ く

 ) ( ロ  ( 我 ラ ノ 貫 主 ヲ奪 イ 返 ス タ メ ニ ハ) 山 王 大 師 の 御 力

は 、 こ こ に て ま づ 瑞 相 を 見 せ し め 給 へ。 巻 一 ﹁一行 阿

こ の解 が 落 ち て い る 。  ) (ヘ   こ れ を(＝ 土 肥 実 平 ガ 小 野 原 ノ 民 家 ニ火 ヲ 付 ケ タ ノ

 ) (ハ  お ぼろ け にて騒 が せ給 はぬ人

(＝ 重 盛 ) の、 かゝ る

之 沙闍汰 梨﹂ 大 系 一四 五 ペー ジ 一〇 行

ヲ ) は じ め て、 野 に も 山 に も 火 を 付 け た れ ば ⋮ ⋮ 。 巻 九﹁三 草合 戦 ﹂ 宝 文 三 五 一ペー ジ 一行 (＝越 中 次 郎 兵 衛 盛 嗣 等 ) を は じ め て 、 む ね と

之沙 汰 ﹂ 大 系 一七六 ペー ジ三 行

披 露 のあ る は 別 の 仔 細 のあ る に こ そ ⋮ ⋮ 。 巻 二 ﹁烽火

  (ト)   こ れ

一三 行

の 兵 二 十 余 騎 ⋮ ⋮ 。 巻 九﹁一 二之 懸﹂ 宝 文 三 五 七 ペー ジ

 ) (ニ   宮 の侍 長 兵 衛 の 尉 信 連 と い ふ 者 あ り 。 ﹁ た だ 別 の様

候 ま じ 。 女 房 装 束 に て 出 で さ せ 給 へ﹂ と 申 し け れ ば

  (チ)   こ れ(＝ 熊 谷 ・平 山 等 ) を は じ め て 、 秩 父 ・足 利 ・ 三 浦 ・鎌 倉 、 党 に は 、 猪 俣 ・児 玉 ・野 井 与 ・横 山 ⋮ ⋮ 。

⋮ ⋮ 。 巻 四 ﹁信連 ﹂ 大 系 二 八五 ペー ジ 五行

他 の ﹁別 の﹂ の 用 例 か ら 推 し て 賛 成 で き な い。

  右 の(ニ を) 、 他 ニ方 法 ハア ル マイ と 訳 し た 註 釈 書 が あ る が 、

巻 九 ﹁坂 落﹂ 宝 文 三 六 二 ペー ジ六 行   (リ)   皇 居 を は じ め て、 人 々 の 家 々 総 て 在 々 所 々 の神 社 仏 閣、あ や し の民屋 ⋮ ⋮。巻十二 ﹁ 大 地震 ﹂ 宝 文 四 七九 ペ

︹三十 三 ︺   別 の＝ 特 別 ノ

用 の 解 釈 であ る 。 平 家 の例 も 、 大 体 そ ん な 時 に 使 わ れ る が

  忘 れ て いた こ と を 思 い つ い た 時 に 発 す る 語 と いう の が 通

︹三十 四 ︺ ま こ と や＝ タ シ カ ・ナ ン デ モ

  平 家 の ﹁別 の﹂ は ホ カ ノ 意 味 に は 用 いら れ て いな い。 い

例 え ば 次 の(イ な)ど は 、 ﹁ 次 に述 べる自 分 の記憶 は 百 パー セ

ー ジ六 行

つも ﹁特 別 ノ ﹂ の 意 味 のよ う だ 。 例 を 次 に 。

ント 確 実 で は な い が ﹂、 と い う 気 持 を 述 べ た も の と と る 方

  (ホ)   仲 国

( 曰 ク ) ﹁いか で か 知 り 参 ら せ 候 べき 。 ゆめ〓

知 り 参 ら せ ず 候 。﹂ ( 高 倉 帝 曰 ク ) ﹁ま こ と や ら ん

(＝

ア マリ 自 信 ハナ イ ガ ) 小 督 は 嵯 峨 の辺 に 、 片 折 戸 と か

﹁ま さ し う ﹂ に ち よ つと 合 わ な い。 ﹁ ま さ しう﹂ は 平家 に数

リ 、二 タ シ カ ナ リ ・明 瞭 ナ リ、 と あ る 。 こ れ で は 、 平 家 の

﹁国 語 辞 典 ﹂ の ﹁ま さ し ﹂ の 項 に は 、一 タ ダ シ ・マ コ ト ナ

︹三 十 五 ︺  ま さ し う＝ 現 実 ニ

巻六 ﹁ 小 督 ﹂大 系 三 九 六 ペー ジ五 行

の自 信 が ﹁ま こ と や ﹂ と いう に は 弱 す ぎ る 時 に は ﹁ ま こと

(＝ 成 親

が 自 然 で あ る 。(ロ () ハ () ニ も)そ う 取 る こ と が で き る 。 そ の推 定

(＝ 藤 原 成 親 ノ 妻 )、 信 俊

や ( ヲ )し た る 内 に あ り と 申 す も の のあ る ぞ と よ ⋮ ⋮ ﹂

あ る 時 、 北 の方

や ら ん ﹂ と いう 。  ( イ)

の児島 に ︵ イ ル)﹄ と 聞 え し が 、 こ の ほ ど 聞 け ば 、 有

ノ 侍 ) を 召 し て 、 ﹁ま こ と や 、 これ に は ︵ 夫 ハ) ﹃ 備前

木 の別 所 と か や にお は す な り。 ⋮ ⋮﹂巻 二 ﹁ 大納言 死

と 物 を 案 ず る に、 ま こ と や (＝タ シ

去 ﹂大 系 一八 七 ペー ジ一三 行

カ 所 出 て く る が 、 現 実 ニと 訳 す る と 当 た る 。

 ( )ロ   仲 国 つく〓

カ )、 小 督 殿 は 琴 弾 き 給 ひ し ぞ か し 。 こ の 月 の 明 さ に

言 ) は さ る 事 な れ ど も 、 位 を 退 て 後 は まゝ さ る た め し

(＝ 遠 慮 ナ ク 葵 前 ヲ 召 ス ヨウ ニト ノ 進

  (イ)   ( 高 倉 院 ノ 基 房 ニ対 ス ル コ ト バ ニ) そ こ に (＝ ア ナ

 ) (ハ   ︵ 源 仲 国 ハ小 督 ヲ 探 シ ア グ ネ テ ) い か が せ ん と 思 ひ

(＝ 身 分 ノ 低 イ 女 性 ヲ 召 ス例 ) も あ ん な り 。 ま さ し う

タノ) 申す こと

君 の御事 思 ひ出 で参 ら せて、 琴弾 き給 はぬ ことは よも

煩 ふ 。 (フ ト 思 イ 付 イ テ ) ﹁ ま ことや、 法輪 は 程近 けれ

在 位 の 時 、 さ や う の こ と は 後 代 のそ し り な る べ し 。 巻

あ ら じ ⋮ ⋮ 。 巻 六 ﹁小督 ﹂ 大 系 三九 六 ペー ジ九 行

ば 、 月 の光 に 誘 は れ て 、 参 り 給 へる こ と も や ﹂ と ⋮ ⋮ 。

六 ﹁葵前 ﹂ 大 系 三 九 三 ペー ジ 二 行

 ) ( ロ  ( 維 盛 ノ 、 舎 人 武 里 ニ対 ス ル コト バ ニ) ﹁お のれ は と

巻 六 ﹁小督 ﹂ 大 系 三九 七 ペー ジ九 行   (ニ)   熊 谷 ︵＝直 実 ) ﹁ま こ と や 、 平 山 も こ の 手 に あ る ぞ

のゆ ゑは、 終 には 隠れ ある まじ けれ ども

う〓

(＝北 の 方 ニ

これ よ り 八 島 へ帰 れ 。 都 へは 上 る べ か ら ず 。 そ

か し 。 打 込 み の 軍 好 ま ぬ 者 な り 。 (ダ カ ラ抜 ケ 駈 ケ ノ

いて は や が て様 を 変 へん ず ら ん

(＝ア ト ヲ追 ツ テ 尼 姿

知 レ ルダ ロウ カ )、 ( 北 の方 ガ ) ま さ し う こ の 有 様 を 聞

功 名 ヲ 争 ウ カ モ シ レ ナ イ ) 平 山 が 様 見 て参 れ ﹂ と て 下 人 を 遣 は す 。 巻 九 ﹁一二之 懸 ﹂ 宝 文 三五 五 ペー ジ 一二行 ﹁ま こ と や ら ん ﹂ の 用 例 は 次 の と お り 。

ニナ ルダ ロ ウ ) と 覚 ゆ る ぞ 。 巻 十 ﹁維盛 出 家 ﹂ 宝 文 四〇

問 題 に さ れ て い る が 、 ﹁ま つた く ﹂ と いう 語 も 、 同 じ よ う

で国 語 の乱れ を 唱え る、識 者を も つて自任 する 人た ち から

  (イ )  わ れ 当 社 に 百 日 参 籠 の大 願 あ り 。 け ふ は

(マダ ) 七

な 語 で、 古 く は 否 定 の セ ン テ ン ス に の み 使 わ れ て いた のだ 。

八 ペー ジ六 行  ) (ハ  ( 重 衡 ノ 北 の方 ノ 言 葉 ニ) ま こと に 別 れ 奉 り し 後 は 、

(＝決 シ テ ) 出 づ ま じ 。 巻 一

十 五 日 に 成 る 。 ま つた く

(＝通 盛 ノ 北 の 方 ) の 様 に、 ( 私 モ)

﹁鹿 谷﹂ 大 系 一二 二 ペ ー ジ八 行

越前 の三位 の上 水 の 底 にも 沈 む べ か り し が 、 ︵ 夫 ヲ)ま さし う こ の世

 ( )ロ   ﹁ま つた く 人 し て は 参 ら せ じ 。 直 に(= 直 接 皇 帝 ニ)

に おは せぬ人 とも 聞 かざ りし かば 、 ⋮⋮今 ま でもな が ら へ てあ り つる に ⋮ ⋮ 。 巻 十 一 ﹁ 重衡被斬﹂宝文四七五

(=全 然 ) さ る こ と 候 はず 。 人 の讒 言 に て

奉 ら ん ﹂ と 奏 す る 間 ⋮ ⋮ 。 巻 五 ﹁咸陽宮 ﹂ 大 系 三 五 〇 ペ ー ジ 一四行

ペー ジ 一 一行  ) (ニ  ( 六 代 ハ斎 藤 五 ・斎 藤 六 ニ) ﹁ 我 い か にも な り な ん の

 ) (ハ   ま つた く

︹三 十 七 ︺ も つ て の ほ か＝ 格 別

巻五 ﹁ 物 怪 之 沙汰 ﹂ 大 系 三 四三 ペー ジ一三 行

 ( ト)   ﹁ ま つ た く さ る事 候 は ず ﹂ と 陳 じ 申 さ れ け れ ば ⋮ ⋮ 。

は ず 。 巻 四 ﹁若宮 出 家 ﹂ 大 系 三 二〇 ペー ジ五 行

 ) (ヘ  (以 仁 王 ノ 子 供 ハ) ま つた く こ の 御 所 に は 渡 ら せ 給

ジ 一〇 行

く 私 の計 略 にあ ら ず 。 巻 三 ﹁法 印 問 答﹂ 大 系 二五 三 ペー

 ( ホ) ⋮ ⋮ 鹿 谷 に 寄 り 合 ひ て 、 謀 叛 の 企 て 候 ひ し 事 、 ま つ た

ん 。 巻 二 ﹁阿 古 屋之 松 ﹂ 大 系 一八 五 ペー ジ 一〇 行

 ( )ニ   ま つた く 当 国 の う ち に は 候 は ず 。 出 羽 の国 に や 候 ら

ぞ候ら ん。 巻二 ﹁ 小 教 訓 ﹂大 系 一五 七 ペー ジ九 行

(＝私 ノ 死 後 ) 汝 等 都 に 帰 つ て 、 あ な か し こ 、 道 に

ち

(私 ノ 母 上 ガ ) ま さ し う こ の有 様

て 斬 ら れ た り と は 申 す べか ら ず 。 そ の ゆ ゑ は 終 に は 隠 れ あ るまじ けれ ども

( ヲ ) 聞 いて 、 あ ま り に 歎 き 給 は ば 、 ( 私 ハ) 草 の 影 に て も 心 苦 し う お ぼ え て 、 後 世 の障 り と も な ら ん ず る ぞ 。 巻 十 二 ﹁六代 ﹂ 宝 文 四 九 七 ペー ジ の 二行

︹三十 六 ︺ ま つた く＝ 全 然 ・決 シ テ   次 の(イ ) (ロ) の よ う な ﹁ま つた く ﹂ は 今 の ﹁ま つ た く ﹂ と は

あと に必 ず否 定 の語句 を伴 つて いる。 そうす る と、決 シテ

意 味 がち がう。 ) (ハ (ニ ) 以 下 の例 を 見 る と 、 ﹁ ま つた く ﹂ は、

と いう 意 味 で あ ろ う 。 つま り 現 在 ﹁全 然 ﹂ と い う 語 を 、 若 い人 々 が ﹁全 然 お も し ろ い﹂ と いう よ う な 言 い方 を す る の

﹁ 国 語 辞 典 ﹂ ﹁広 辞 苑 ﹂ は こ の 語 を

﹁思 ひ の ほ か ﹂ ﹁ 意外﹂

て のほ か にふす ぼ つたる持 仏堂 にた てごも り ⋮ ⋮。巻

 例 は、 そ の他、 宝 文舘本 の三〇 八 ペー ジ四行 、三 九 七 ペ

三 ﹁ 頼 豪 ﹂ 大 系 二 二六 ペー ジ 二行

表 わ す 語 で 、 ﹁格 別 ﹂ と 解 す べ き で あ ろ う 。 用 例 次 の と お

ー ジ 一五 行 、 四 八 四 ペー ジ 一三 行 、 四 八 六 ペ ー ジ 八 行 に も

と 解 釈 し て いる が 、 こ の 語 は 、 程 度 が 烈 し く ち が う こと を

り 。 パ ジ エ ス の辞 書 で も 、 ﹁ 意 外 ﹂ で は な く ﹁格 別 ﹂ の 意

あ る。

り 、 ﹁ま こ と に﹂ と いう よ う な 、 そ の こと が 賛 成 す べ き だ 、

﹁す ぐ れ て ﹂ と し て い る 。 平 家 の ﹁持 つ と も ﹂ は 、 そ れ よ

﹁国 語 辞 典 ﹂、 副 詞 の ﹁ も つ と も ﹂ を 解 し て、 ﹁第 一に ﹂

︹三 十 八 ︺ も つと も＝ ホ ント ウ ニ

に釈し て いる。   (イ )   こ の 御 時 の北 面 の 輩 は も つて の ほ か に 過 分 に て、 公 卿 殿 上 人 を も 者 と も せ ず 、 礼 儀 礼 節 も な し 。 巻 一 ﹁俊 寛 沙 汰 ・鵜 川 軍 ﹂大 系 一二 六 ペー ジ四 行

と 申 し な が ら、今 度 は も つて のほ か に 覚 え 候 。巻 二

と いう 気 持 を 表 わ す 副 詞 と し た 方 が い い よ う だ 。 つま り 、

 ) ( ロ  山 門 の大 衆 乱 り が は し き 訴 へ仕 る 事 、 今 に は じ め ず

﹁ 西 光 被斬 ﹂ 大 系 一五 〇 ペー ジ 二 行

の 副 詞 ﹂ ま た は ﹁註 釈 の副 詞 ﹂ と 見 た い。 そ う 解 す る 方 が 、

程 度 の副 詞 で は な く て 、 渡 辺 実 氏 の 術 語 を 使 え ば 、 ﹁ 批 評

﹁道 理 に 叶 つ て い る ﹂ と いう 形 容 動 詞 の ﹁も つ と も ﹂ の意

大 口 袴 ヲ ) 踏 み くゝ み (＝踏 ミ 付 ケ テ ) ⋮ ⋮ も つて の

 ) ( ハ  ( 清 盛 ハ) 素 絹 の 衣 の短 か ら かな る に、 白 き 大 口 (＝

ほ か 怒 れ る 気 色 に て ⋮ ⋮ 。 巻 二 ﹁小教 訓﹂ 大 系 一五 七 ペ

味 と の関連 が自 然 であ る。

り 。 罪 科 も つと も 逃 れ が た し 。 巻 一 ﹁ 殿 上 闇 討﹂ 大 系

  (イ)   両 条 希 代 い ま だ 聞 か ざ る 狼藉 な り 。 事 す で に 重 畳 せ

ー ジ四 行

召し 具し て、 院 の御所 法住 寺殿 を守 護し 参ら せ候 は ば、

八 七 ペー ジ 七 行

 ) (  ニ ( 私 ・重 盛 ガ ) こ れ ら (＝コ コ ニイ ル 兵 士 タ チ ) を

( 父 上 ニト ツ テ ) さ す が も つて の ほ か の御 大 事 で こ そ

 ) ( ロ  後 日 の 訴 訟 を 存 知 し て 、 木 刀 を 帯 し け る 用 意 の程 こ

ペー ジ 二行

そ 神 妙 な れ 。 弓 箭 に 携 ら ん 者 のは か り こ と は 、 も つと

候 は ん ず ら め 。 巻 二 ﹁烽火 之 沙汰 ﹂大 系 一七 四 ペー ジ 八

も かう こそあ らま ほ しけ れ。巻 一 ﹁ 殿 上 闇討 ﹂ 大 系 八 八

行 ( ガ )綸 言 を 蒙 り て 頼 豪 か 宿 坊 に 行 き 向 か

  (ホ)   美 作 の 守

ひ、 勅定 の趣 を仰 せ 含 めん と す る に、 ( 頼 豪 ハ) も つ

進 み出 でて申 し け るは 、 ﹁ も つと も さ 言 は れ た り

(＝

 ) (ハ   老 僧 の 中 に 三 塔 の僉 議 者 と 聞 え し 摂 津 の 竪 者 豪 運 、

ホ ント ウ ニ ソ ノ ト オ リ ダ )。 ⋮ ⋮ ﹂ 巻 一 ﹁御 輿 振 ﹂大 系 一三 五 ペー ジ 一六行

覚 明 を 召 し て ﹁⋮ ⋮ 、 当 時 の 祈祷 に も 願 書 を 一筆 書 い

 ) (ニ   木 曽 殿 、 大 いに 悦 ん で 、 手 書 に 具 せ ら れ た る 大 夫 房

て 参 ら せ ば や と 思 ふ は いか に ﹂。 覚 明 ﹁も つ と も 然 る べう候 ﹂と て ⋮⋮。 巻七 ﹁ 願 書 ﹂ 宝文 二六 〇 ペー ジ九 行

︹三 十 九 ︺  や が て＝ ホ カ ナ ラ ヌ   平 家 の ﹁や が て ﹂ に は 、 多 く の国 語 辞 書 に あ る よ う な 、 一 ソ ノ マ マ、二 ス グ ニと 訳 す べ き も の が 多 いが 、 中 に 、 次

の事 な り 。 巻 三 ﹁法 皇 被流 ﹂ 大 系 二 六 二 ペー ジ 八行

︵＝チ ヨ ウ ド ) 百 日 のう ち に 御

す う 候 ﹂ と て 三 井寺 に 帰 り 、 百 日 肝 胆 を摧 い て 祈 り 申

(  ) ハ   ( 頼 豪 ガ 皇 子 ノ 誕 生 ヲ 祈 願 セ ヨ ト ノ 勅 命 ヲ受 ケ ) ﹁や

し けれ ば、中 宮 や がて

懐妊 あ つて⋮ ⋮。巻三 ﹁ 頼 豪 ﹂ 大 系 二 二五 ペー ジ 六 行

馬 であ り けり。 さ れども あま り に主

(＝ 馬 ヲ 寄 越 シ タ

(ニ)   ( 宗 盛 ノ 言 葉 ニ) あ つぱ れ 馬 や 。 馬 は ま こ と に よ い

( 馬 ノ 体 ニ) 金 焼 き に せ よ 。 巻 四 ﹁競 ﹂大 系 二

男 ・源 仲 綱 ) が 惜 し み つる が に く き に 、 や が て 主 の名 乗りを

九 二 ペー ジ 二行

送 の夜 、 不 思 議 の事 あ ま た あ り 。 玉 を 磨 き 金 銀 を ち り

( ホ)   ( 清 盛 ノ 死 ヲ 述 ベ タ 章 ニ続 ク 章 ノ劈 頭 ニ) や が て 葬

ば め て作 ら れ た り し西 八条 殿 ⋮ ⋮。巻 六 ﹁ 築島﹂大系

(＝御 本 人 ノ ) こ の平 大 納 言

(＝平 時

忠 ) も 、 そ の 時 は 、 左 衛 門 の督 に て お は し き 。 巻 十 一

も ⋮⋮。 や がて

し て 遣 り 続 け 給 へり 。 殿 上 人 に は ⋮ ⋮。 公 卿 も 殿 上 人

公 卿 に は 花 山 院 の 大 納 言 を は じ め と し て 、 十 二 人巵 従

( ト)   一年 、 宗 盛 公 内 大 臣 に 成 つ て 悦 び 申 し 給 ひ し 時 に 、

⋮ ⋮ 。 巻 六 ﹁祇園 女 御 ﹂ 大系 四 二〇 ペー ジ 一五 行

の先 祖 に 、 山 陰 の 中 納 言 と い ふ 人 お は し き 。 そ の子 に

) (  ヘ  ( 藤 原 邦 綱 ノ 逸 話 ヲ 述 ベ タ ア ト ニ) や が て こ の 邦 綱

の 名 詞 の表 わ す も のを 特 に 取 り出 し て 、 ホ カ ナ ラ ヌ何 々 と 、

(＝師

四 一〇 ペー ジ 一三 行

(＝不 思 議 ナ 夢 ヲ 見 タ 翌 朝 )、 関 白 殿

指 定す る意 味 とお ぼし きも のが見受 けら れ る。用 例 は次 の とお り。  ( イ)   そ の朝

通 ) の 御 所 の 御 格 子 を 開 け け る に 、 たゞ 今 山 よ り 取 つ て 来 た る や う に 、 露 に 濡 れ た る し き み 一枝 、 立 つた り け る こ そ 恐 ろ し け れ 。 や が て 山 王 の 御咎 め と て ⋮ ⋮ 。 巻 一 ﹁願 立 ﹂大 系一三 〇 ペー ジ 一四 行  ( )ロ   ( 後 白 河 法 皇 ) 御 車 の尻 に は 、 尼 前 一人 参 ら れ た り 。 こ の 尼 前 と 申 す は 、 や が て 法 皇 の御 乳 人 、 紀 伊 の 二 位

﹁一門大 路渡 ﹂ 宝 文 四六 〇 ペー ジ 三行

て い る 。 昼 間 ﹁こ よ ひ ﹂ や

﹁ 今 夜 ﹂ と いう と、当 時 は、

そ の代 り と し て 、 現 在 の ﹁ 今 夜 ﹂ の意 味 に は 、 こ の夕 さ り 、

﹁今 宵 ﹂ の 条 に 述 べ た よ う に 、 昨 夜 の 意 に な つ て し ま う 。

討 つ て 鎌 倉 殿 に 参 ら せ て 、 御 恩 蒙 り 給 へ﹂ と 言 ひ け れ

  (チ )  (一人 ノ 法 師 ガ ) ﹁十 郎 蔵 人(＝ 源 行 家 ) のま し ま す 。

(＝成 親 ガ ) よ さ り 斬 ら る べ う 候 な れ ば 、

巻 二 ﹁小 将乞 請 ﹂ 大 系 一六 四 ペー ジ 四行

(ソ ノ 子 デ ア ル ) 成 経 も 同 座 に て こ そ 候 は ん ず ら め 。

 ) ( ロ  大 納 言

﹁ 大 地 震 ﹂ 宝文 四 八〇 ペー ジ六 行

に は必 ず 大 地 打 ち 返 す べ し﹂ と 申 せ ば ⋮⋮。 巻 十 二

 ( イ)   天 文 の 博 士 ど も 馳 せ 参 り て 、 ﹁ゆ ふ さ り の亥 子 の 刻

よ さり が使 われ た のであ ろう 。

( 討 手 ニ) 下

ば、( 大 源 次 宗 春 は ) ﹁承 り 候 ひ ぬ 。 人 を 給 び 候 へ﹂ と 申 す。 ( 北 条 時 定 ノ 曰 ク ) ﹁や が て 大 源 次 れ 。 人 も な き に ﹂ と て ⋮ ⋮。 巻 十 二 ﹁ 長 谷 六代 ﹂宝 文 五 〇〇 ペー ジ 一六行

﹁国 語 辞 典 ﹂ で は 単 に ﹁夕 方 ﹂ や ﹁夜 ﹂ の意 と し て いる が

︹四十 ︺  ゆ ふ さ り ・よ さ り＝ そ の晩 ・今 晩

平家 の用例を 見 ると、 す べて、 今 の ﹁ 今 夜 ﹂ の意 味 に 使 つ

V

埼 玉 縣 下 に 分 布 す る特 殊 ア ク セ ン トの 考 察

1  序 説 東 京 を 中心 とす る東 國地 方 の ア ク セ ン トと、 京 ・大 阪 を中 心 とす る上 方地 方 の ア ク セ ン トとが極 端 に異 る存 在 で あ つ て、 二 音 節 名 詞 の 如 き は両 方言 で 高 低 の 相 が 正 反對 に成 つ て ゐ る語 が 多 い こ とは 、 既 に江 戸 時 代 の 國 學 者 の 記 述 に もあ り、(1)早くか ら知 られ て ゐ た事 實 で あ つ た が 、 方 言 の ア ク セ ン トの 問題 が 眞 に 興 味 あ る もの と して學 界 の 注 目す る所 とな つ たの は 、 そ れ まで 漠 然 と上 方 式 と推 測 さ れ て ゐ た(2)中 國 地 方 の ア ク セ ン トが 、 服 部 四 郎 先生 に よ つ て 、計 らず も東 國 地 方 の もの と酷 似 す る こ とが 発 表 され て か らで あ つ た 。(3) 而 して そ の後 新 進 學 徒 の 輩 出 に よつ て 各 地 の ア クセ ン トの 研 究 が進 め られ るや 、 上 方 式 の ア クセ ン トは 、 ど うや ら、 西 方 は 四 國 中部 まで 、 東 方 は 東 山 西 部 ・北 陸 中部 まで 延 び て居 る に過 ぎず 、 そ れ よ り外 輪 の地 方例 へ ば 東海 地 方 、 東 山 の 大 部 、 北 陸 の 東 部 、 中 國 地 方 、 九 州 の 東 北 部 等 に は東 京 式 の ア ク セ ン トが 行 はれ て 居 り、 殊 に注 目す べ き は、 近 畿 ・四 國 の 中 で最 も中央 と交 渉 の 少 い 、 十 津 川 地 方 及 び 土 佐 幡 多 地 方 の ア ク セ ン トが 、 矢 張 東 京 式 の もの で あ る こ とが 明 らか と成 つ たの で 、 此 の事 態 を説 明 す る方 法 と して彼 の〃方 言 周 圏 説"を

適 用 し、 《中心 地 方 に 行 は れ て ゐ る上 方 式 ア ク セ ン トは新 しい

ア ク セ ン ト、 外 輪 地 方 に 行 はれ て ゐ る東 京 式 ア ク セ ン トは一 時 代 前 の ア ク セ ン トで あ ら う》 と推 定 す る論(4)が擡 頭 した の で あつ た 。 抑々 上 方 式 ・東 京 式 両 ア クセ ン トの 差 異 は 、大觀 す れ ば 《起 伏 式 の 語 に於 て 頂點 の 位 置 が 一 音 節 づゝ ず れ て ゐ る》 と言 ふ こ とが 出 來 る もの 故 、 《最 初 日本 各 地 の ア ク セ ン トは大 体 現 在 東 京 に行 は れ て ゐ る もの に近 い もの で あ つ た 、 然 る に京 都 及 び 京 都 に近 い 地 方 に は起 伏 式 の 語 に頂點 が 一 音 節 づゝ 移 動 す る変 化 が 起 つ た 、 但 し京 都 か ら遠 い地 方 に は此 の 変 化 が傳 は らな か つ た》 と考 へ る こ とは、 決

して根據 の な い こ とで は な か つ た の で あ る。 然 るに 此 の 考 へ に は 全 面 的 な支 持 を為 し難 い點 が あつ た 。 それ は 東 京 式 ・ 上 方 式 両 ア ク セ ン トの 内 容 を實 際 に 比 較 して見 る と、 次 の や う な 《上 方 式 ア ク セ ン トの 方 が 東 京 ア クセ ン トよ りも寧 ろ古 風 な性 質 を傳 へ て ゐ るの で は な い か》 と思 はせ る事 實 が 存 す る こ とで あ る。 (1)上

方 式 ア ク セ ン トの 方 が 東 京 式 ア ク セ ン トよ り も"型 の 種 類"が

な こ と。 例 へ ば 東 京 で は"空""箸"…

… の類 の 語 と、"雨""春"…

複雑 …の

類 の 語 とが 同 じ型 に屬 して ゐ るが 、 上 方 で は これ らの 語 は異 る型 に屬 し て ゐ る。 而 して"空""箸"…

… の 類 と"雨""春"…

… の 類 との 間 に は現

在 の とこ ろ 音 韻 の 性 格 の對 立 、 その 他 型 の分 化 の 原 因 に成 りさ うな い か な る種 類 の對 立 も見 出 だ され な いの で あ る。 此 うい ふ 場 合 、 上 方 式 の 方 が 古 い と假 定 して 東 京 式 の 方 は これ ら を混 同 した もの と解釋 す る こ とは 自然 で あ るが 、 東 京 式 の 方 を古 い と し、上 方 式 は こ れ らが分 化 した もの と考 へ る こ とは 不 自然 で あ る。 (2)語

に よつ て は 高 低 の 相 そ の もの か ら上 方 式 の 方 が 古 く、 東 京 式 の 方 が

新 しい形 な らん と推 定 さ れ る もの が存 在 す る こ と、例 へ ば一 般 に両 ア ク セ ン トで 平 板 型 の 語 は上 方 で はサ ク ラ ・ヤ ナ ギ のや う に 全 高 型 で あ るが 、 東 京 で は サク ラ ・ヤ ナ ギ の や う に 第一 音 節 が 低 い。 此 う言 ふ 場 合 、 上 方 式 の 方 を古 い と假 定 す れ ば、 《成 るべ く樂 な発 音 を しよ う と言 ふ 欲 求 が 働 い て 東 京 式 ア ク セ ン トが 生 じた》 と解釋 出來 るが 、 東 京 式 の 方 を 古 い と考 へ る と、 上 方 式 の ア クセ ン トが 如 何 に して 出 來 た か そ の 説 明が 困難 で あ る。 (3)ア

ク セ ン トに関 係 あ る音 韻 の 性 質 等 に も上 方 方 言 の 方 が 東 京 方 言 よ り

も、 古 い と見 られ る點 が あ る。 例 へ ば 一 音 節 名 詞 を上 方 方 言 で は 長 く引 い て 発 音 す るが 、 東 京 方 言 で は短 く発 音 す る。 此 な ど上 方 方 言 の 発 音 の 方 が 古 い と見 るの が 自然 で あ る等 。 果 せ る哉 、 そ の 後 ア ク セ ン トの 地 理 的 研 究 が 更 に 進 め られ るや 、 今 度 は東 京 式 ア ク セ ン トの 行 は れ て ゐ る更 に外 輪 に、 寧 ろ上 方 式 と言 ひ た い ア ク セ ン トが 分 布 して ゐ る例 が 幾 つ か 見 出 だ され たの で あ つ て 、茲 に 《方 言 周 圏 説 》 と雖 も、 決 して 《上 方 式 ア クセ ン トの 方 が 新 しい ア クセ ン トな らん》 と言 ふ

推 測 を支 持 しな くな つ た の で あ る。 東 京 式 ア ク セ ン トよ り も更 に外 輪 の 地 方 に発 見 され た準 上 方 式 ア ク セ ン ト と して は次 の や う な もの が擧 げ られ る。 (a)九

州 西 南部 の ア ク セ ン ト、 及 び 奄 美 ・琉 球 列 島 の ア ク セ ン ト。

(b)隠

岐 島 の ア クセ ン ト。

(c)埼

玉 縣 東 部 の ア ク セ ン ト。

(d)山

形 縣 一 部 の ア ク セ ン ト。(5)

斯 くて 東 京 式 ア クセ ン トが 古 い か 、 上 方 式 ア ク セ ン トが 古 い か 、 と言 ふ 問 題 の 解 決 は純粹 に 両 ア ク セ ン トの 内 容 の 再 検 討 の 結 果 を俟 た な け れ ば な らぬ こ と と成 り、 服 部 先 生 は 一 度 は上 に掲 げ た 説 とは 反對 に、 《上 方 式 ア ク セ ン トの 方 が 古 い で あ ら う》 との 假 説 を立 て られ た(6)の で あ つ た が 、 後 撤 回 さ れ 、 《あ る語 彙 に於 て は 上 方 式 ア クセ ン トが 古 く、 あ る語 彙 に於 て は東 京 式 ア クセ ン トが 古 い で あ ら う》 と言 ふ 假 説 を発 表 され たが 、 あ る語 彙 に於 て は まだ何 れ の 形 を古 い と見 るか 立 論 を保 留 して居 られ る。(7) さて 私 自身 の ア クセ ン トの 研 究 は總 べ て服 部 先 生 の 御 指 導 の も とに微 力 を 盡して ゐ る もの で 、 上 方 式 ・東 京 式 両 ア ク セ ン トの 成 立 如 何 と言 ふや う な大 問題 に就 て は 、 先 生 の お 考 へ に對 して まだ 何 も異 見 を立 て る こ とな ど出 來 る もの で は な い。 唯々 上 記 の 準 上 方 式 ア クセ ン ト(a)―(d)の 中で(c)の"埼

玉縣

に分 布 す る特 殊 ア クセ ン ト"に 就 て は、 特 に興 味 を感 じて 多 少 詳 し く調 査 し た こ とが あ り、 そ の 結 果 《此 の ア クセ ン トが如 何 に して成 立 した か》 に 就 て 一 つ の 臆 断 に 到 達 した故茲 に私 の 知 得 た此 の種 の ア クセ ン トの 内 容 を報 告 し、 私 の 到 達 した臆 説 を 附記 して、 各位 の 御 叱 正 を仰 ぎ た い と思 ふ の で あ る。 も し この 考 察 が 東 京 式 ・上 方 式 両 ア クセ ン トの 関係 を考 へ るに 当つ て 多 少 と も 参 考 に成 れ ば望 外 の 喜 び で あ る。 な ほ 以 下"埼

玉 縣 下 の特 殊 ア ク セ ン ト"と 長 々 し く呼 ぶ代 りに 、短 く"埼

玉 ア クセ ン ト"と 呼 ぶ こ と と した い 。

注(1)伊

勢 貞丈 『安斎 随筆 』 中の 「音 の四声 の こ と」 の條 、 その他 。

(2)越 ケ谷吾 山 『 物類稱 呼』 の 序 に よる。 (3)服

部 四郎 「國語 諸 方言 のア クセ ン ト概觀(二)」(『 方言』1の3所

載)。

(4)吉

町 義雄 「内地 方 言ア クセ ン ト境 界線 調査 業績 清算 」(『音声学協会会報』

45号)。 (5)初

め て此 のア クセ ン トの 存在 を報 告 した 文献 は 安藤 正 次 「 奥 羽 の言 葉 に

つ い て」(『國語教 育』4の5所

載)。後 、平 山輝 男 『全 日本 ア クセ ン トの 諸

相 』 で此 の アクセ ン トの分布地 域 が 明 らか にされ た。 (6)服

部 四郎 「ア クセ ン トと方言」60頁 。

(7)服

部 四郎 「原始 日本 語の二 音節 名詞 の ア クセ ン ト」(『方言』7の6所 載)。

2  埼 玉 ア ク セ ン トの 領 域 "埼 玉 ア ク セ ン ト"と は

、 前 述 の 如 く、 《関 東 中 部 に 存 在 しな が ら具 体 的 な

高 低 の 姿 は 東 京 式 ア ク セ ン トとは 全 く異 り、 寧 ろ上 方 式 ア ク セ ン トに 類 す る もの》 の 謂 で あ る が、 私 の 調 査 し得 た所 で は 、 その 分 布 領 域 は次 のや うで あ る(次 行 よ り10頁 の4行 まで)。(1) 埼 玉縣

此 の 縣 は此 の種 の ア ク セ ン トの 本據 で あ つ て 、 東 部 一帶 が そ の 領

域 で あ り、 北 足 立 ・南 埼 玉 ・北 葛飾 ・北 埼 玉 の 四郡 に分 布 して ゐ る。 郡 別 に分 布 状 況 を述 べ れ ば:― 北足立郡

調 査 し得 た 市 町 村 中、 草 加 町 ・旧 鳩 ヶ 谷 町(現 在 川 口市 の 一

部)・ 大 門 村 ・片 柳 村 ・原 市 町 ・及 び 戸 田 村 ・土 合 村 の ア ク セ ン トは埼 玉 ア クセ ン ト。 六 辻 村 ・尾 間 木 村 及 び 與 野 町 の 農 村 地帶 の ア クセ ン トも 之 に 近 い。 但 し高 崎 線 沿 線 の 大 宮 市 ・上 尾 町 ・桶 川 町 ・鴻 巣 町 ・吹 上 町 の ア ク セ ン ト、 同 線 以 西 の 馬 宮 村 ・平 方 町 の ア クセ ン ト、 荒 川 西 岸 の 朝 霞 町 ・志 木 町 の ア クセ ン トは純 然 た る東 京 式 ア クセ ン ト。 大 宮 以 南 で は 浦 和 市 旧 市 域 の ア クセ ン トも東 京 式 、川 口市 旧 市 域 ・蕨 町 市 街 地 の もの も東 京 式 の 色 彩 が 強 く、 與 野 町 町 方 の もの も之 に 準 ず る もの と見 られ た。 要 す れ ば 此 の 郡 中 、 東 北 部 一帶 及 び稍々 飛 地 を な して荒 川 下 流 左 岸 の 地 が 埼 玉 ア ク セ ン トの 領 域 と言 ふ こ とに成 る。 荒 川 下流 に此 の種 の ア ク セ ン トの 飛 地 が あ る こ と は些 か興 味 が あ るが 、 恐 ら く、 古 くは川 口 ・蕨 ・浦 和 ・與 野 の地 方 に も埼 玉 ア ク セ ン トが 行 は れ て ゐ た。 所 が 川 口以 下 の 地 方 は 東 京 との 交 通 が 頻 繁 な こ と、東 京 か ら

移 住 が 多 く行 は れ た こ とな どの ため に 、此 等 の 地 方 の ア ク セ ン トは 次 第 に東 京 化 され て 赤 羽 か ら大 宮 に至 る"ア

クセ ン トの橋"が

架 け られ 、茲

に東 京 と交 渉 の 少 い戸 田 ・土 合 地 方 の 埼 玉 ア クセ ン トは飛 地 に な つ て し まつ た もの で あ ら う。 南 埼 玉郡

調 査 し得 た 八 條 村 ・越 谷 町 ・大 澤 町 ・岩 槻 町 ・粕 壁 町 ・蓮 田

町 ・篠 津 村 ・日勝 村 ・菖 蒲 町 ・久 喜 町 ・鷲 宮 町 の ア クセ ン トは何 れ も埼 玉 ア ク セ ン ト。 全郡 の ア ク セ ン トが 同 様 と見 て よい と思 は れ 、 此 処 が 埼 玉 ア ク セ ン トの 中 心 地 方 と言 ふ觀 が あ る。 但 し東 北 部 の 粕 壁 町 ・久 喜 町 ・鷲 宮 町 の ア クセ ン トは"型 の區 別"が

不 明 瞭 で所 謂"一

型 ア クセ ン

ト"に 近 附 い て ゐ る。 北 葛飾 郡

調 査 し得 た 戸 ケ崎 村 ・吉 川 町 ・松 伏 領 村 ・宝 珠 花 村 ・杉 戸 町 ・

幸 手 町 ・栗 橋 町 の ア ク セ ン トは何 れ も埼 玉 ア クセ ン ト。 南 埼 玉郡 同 様 、 全 郡 埼 玉 ア クセ ン トの 領 域 と推 定 され る。 北 部 の 宝珠 花 村 以 下 に掲 げ た 諸 町 村 の ア クセ ン トは"型 の區 別"が 不 明 瞭 に成 つ て ゐ る。 北 埼 玉郡

調 査 し得 た 中 で 、 西 部 の 忍 町 ・埼 玉 村 ・北 河 原 村 の ア ク セ ン ト

は東 京 式 の もの で あつ た が 、稍々 東 へ 寄 つ た 荒 木 村 ・新鄕 村 の ア クセ ン トは 埼 玉 色 が 濃 く、 更 に 東 に あ る 羽 生 町 ・不 動 ケ 丘 町 ・加 須 町 ・騎 西 町 ・笠 原 村 ・三 田 谷 村 の もの は純粹 の 埼 玉 ア クセ ン トと見 られ た 。 利 根 川 左 岸 の川 辺 村 の ア クセ ン トも埼 玉 ア ク セ ン トと疑 は れ た が ハ ツ キ リは 断 定 しか ね る。 要 す れ ば 此 の郡 は 、 中 部 以 東 の 地(但

し利根 川 左 岸 の 地

は疑 問)が 埼 玉 ア クセ ン トの 領 域 と推 定 さ れ る。 な ほ 此 の 郡 で は 羽 生 ・ 騎 西 ・笠 原 等 多 くの 町 村 で は"型 の區 別"が

不 明 瞭 で あ る。

以 上 の 諸 郡 に對 し、 同縣 中 、 入 間 ・比 企 ・大 里 ・兒玉 及 び秩 父 の 諸 郡 の ア ク セ ン トは 全 く東 京 式 ア クセ ン トで 、 これ らの 諸 郡 に は埼 玉 ア ク セ ン トは 全 然 行 は れ て ゐ な い と推 測 され た 。 埼 玉 縣 以 外 の 諸 都 縣 に も埼 玉縣 に接 す る 附 近 に は埼 玉 ア ク セ ン トが 行 は れ て ゐ る地 域 が 見 出 だ され た。 即 ち:― 東 京都

旧 南足 立 ・旧 南 葛 飾 二 郡 中 の 数 箇所 。

調 査 し得 た所 で は 旧南 足 立 郡 旧花 畑 村(現 東京都 足 立區 花 畑 町 その他) 及 び 旧南 葛飾 郡 旧 葛 西 村(現 東 京都 江戸川區 葛飾 そ の他)の ア ク セ ン トは

正 し く埼 玉 ア クセ ン トで あ つ た。 旧 南 足 立 郡 旧 舎 人 村(現 東 京都 足 立區 舎 人町 その他)の ア ク セ ン ト も同 様 で は な い か と推 定 され 、 旧 南 葛 飾 郡 田水 元 村(現 東 京都葛飾區 水元 猿町 その他)・ 同郡 旧 瑞 江 村(現 東 京都 江 戸 川區 東 西 瑞江 その他)な

ど で も農 村 の 老 人 な どの 発 音 に は埼 玉 ア ク セ ン

トが 聞 か れ るや うで あ る。 旧 南 足 立 ・旧 南 葛 飾 両 郡 中 で も、 荒 川 放 水 路 右 岸 の 地 は紛 れ もな い 東 京 ア ク セ ン ト、左 岸 の 地 の 中 で も、旧 西 新 井 町 ・ 旧 梅 島 町(以 上 旧南足立 郡 、現 足立區 の 一部)、 旧本 田 町 ・旧金 町(以 上 旧 南葛 飾郡 ・現 葛飾區 の一 部)、 旧 小 松 川 町 ・旧小 岩 町(以 上 旧南葛 飾郡 ・現 江 戸川區 の一 部)の ア ク セ ン トは大 体 東 京 式 ア ク セ ン ト、 前 出 の 旧 瑞 江 村 ・旧水 元 村 の 子 供 達 の ア ク セ ン トも寧 ろ これ に近 い もの で 、 此 等 の 地 域 に於 け る埼 玉 ア ク セ ン トの 領 域 は極 め て狭 く、 又飛 び 飛 び に存 在 して ゐ る模 様 で あ る。 然 し俗 に 標 準 ア クセ ン トを東 京 ア ク セ ン ト と も言 ふ 、 そ の 東 京 都 の 一 部 に 、 全 然對蹠 的 な 性 質 を もつ 埼 玉 ア ク セ ン トが 行 は れ て ゐ る こ とは 一 寸 皮 肉 な(?)現

象 で あ る。

但 し埼 玉 ア クセ ン トの村 と して擧 げ た花 畑 ・葛 西 ・及 び 舎 人 、 或 は 水 元 ・瑞 江 は總 て 此 の 地 方 で は最 も東 京 旧市 域 と は交 渉 の少 い 農 村 地帶 で あ る。 思 ふ に 一 時代 前 に は 荒 川 放 水 路 以 東 の地 一帶 に亙 つ て 埼 玉 ア ク セ ン トが 行 は れ て ゐ た 、 そ の 後 東 京 の 発 展 につ れ て 此 等 の地 域 中 東 京 と交 渉 の 多 い梅 島 ・西 新 井 ・本 田 ・金 町 ・小 松 川 ・小 岩 に は東 京 式 ア クセ ン トが 行 はれ るや う に成 り、 更 に此 の 傾 向 が 水 元 ・瑞 江 に も現 れ て 、 最 も 交 渉 の 少 い花 畑 ・葛 西 に の み 埼 玉 ア クセ ン トが残 つ て ゐ るの で あ ら う。 然 らば 今 後 東 京 の 勢 力 が 此 の 方 面 に益々 伸 張 す る に伴 つ て 花畑 ・葛 西 の ア ク セ ン トもや が て 東 京 式 の もの と成 り、 埼 玉 ア クセ ン トは此 の 地 方 か らは遠 か らず 姿 を消 して し まふ と想 像 され る。 な ほ 東 京 都 下 の他 の 諸 地 域 の ア ク セ ン トは 旧 市 域 と全 く同 じア クセ ン トで、 埼 玉 ア ク セ ン トは全 然 行 はれ て ゐ な い。 千葉 縣

東 葛飾 郡 の 一 部 。

調 査 し得 た 中 で、 東 葛 飾 郡 梅鄕 村 と南 端 の 浦 安 町 の ア ク セ ン トが 埼 玉 ア ク セ ン ト、 南 行 徳 町 の ア ク セ ン トも之 に準 ず る もの で あつ た 。 行 徳 町 の もの も埼 玉 ア ク セ ン トに近 い もの と見 られ 、 新 川 村 の もの も詳 し くは

調 査 出 來 な か つ たが 、 或 は埼 玉 ア ク セ ン トと見 る こ とが 出來 るか と疑 は れ た 。 又 船 橋 市 中漁 村 地帶 に も或 は埼 玉 ア ク セ ン トに近 い もの が 行 はれ て ゐ るか も知 れ な い。 但 し東 葛飾 郡 中 、 市 川 市(市 街 地 及 び 旧中 山町)・ 船 橋 市(但

し市街地)・ 松 戸町 ・小 金 町 ・柏 町 ・我 孫 子 町 ・鎌 ケ 谷村 等 大

部 分 の 市 町 村 の ア ク セ ン トは 東 京 式 の もの 。 馬 橋 村 ・流 山 町 ・田 中村 及 び 津 田 沼 町 の もの 等 も略々 これ に準 ず る もの で 、 埼 玉 ア ク セ ン トと は認 め られ な い。又 北 部 の 野 田 町 ・川 間村 ・関 宿 町 の ア ク セ ン トは 一 型 ア ク セ ン ト、 若 し くは そ れ に 近 い もの で、 や は り埼 玉 ア ク セ ン トと は見 な さ れ な い 故 、 此 の 郡 で も江 戸川 に沿 つ た極 め て狭 少 な地 域 だ けが 埼 玉 ア ク セ ン トの 領 域 と推 定 され る。 此 の 縣 の 他 の 郡 の ア ク セ ン トは大 部 分 東 京 式 ア クセ ン トで 、 埼 玉 ア ク セ ン トは 先づ 行 はれ て ゐ な い と云 つ て よ い。 群 馬縣

邑樂郡 の一部。

邑 樂 郡 伊 奈 良 村 の ア ク セ ン トが 調 査 の 結 果 で は一 種 の埼 玉 ア クセ ン ト で あ つ た。 或 は 附近 の 二 三 の 村 の もの も同 様 か も知 れ な い 。 但 し同 郡 中 小 泉 町 ・永樂 村 ・中 野村 の ア ク セ ン トは東 京 式 の ア ク セ ン ト、 館 林 町 の もの もこ れ に準 ず る もの 、 佐 貫 村 ・大 島村 の ア ク セ ン トは 一 型 ア ク セ ン トに 近 い もの で 、 埼 玉 ア クセ ン トとは 称 し難 い 故 、 埼 玉 ア クセ ン トの領 域 は 極 め て狭 い もの と想 定 さ れ る。 同 縣 下 の 他 の 諸 郡 は總 て 東 京 式 ア クセ ン トの 領 域 で あ る。 以 上 の 諸 都 縣 の 他 茨 城 ・栃 木 二 縣 に も、 或 は埼 玉 寄 りの狭 少 な地 域 に埼 玉 ア ク セ ン トが 行 はれ て ゐ は しな い か と疑 は れ るが 、 未 詳 で 、 こ れ ら二 縣 の 大 部 分 に は 一 型 ア クセ ン トが 弘 まつ て ゐ る。 茨 城 縣 で は この 縣 下 唯 一 の 利 根 川 右 岸 の村 、 猿 島郡 五 霞 村 の ア ク セ ン ト が 埼 玉 ア ク セ ン トか と疑 はれ る が詳 しい 調 査 を しな か つ たの で不 明 で あ る。 同 郡 の 境 町 ・古 河 町 ・岩 井 町 は 明瞭 な 一 型 ア ク セ ン ト、 他 の 諸郡 も鹿 島 郡 波 崎 町 附近 が 東 京 式 ア クセ ン トで あ る以 外 は總 て一 型 ア クセ ン トで 、確 實 に埼 玉 ア ク セ ン トが行 はれ て ゐ る と見 られ る町 村 は一 つ もな い。 栃 木 縣 で は 下 都 賀郡 の 藤 岡町 の ア クセ ン トが 或 は埼 玉 ア ク セ ン ト式 の も の か との 疑 ひ が かゝ るが 、 然 し これ も恐 ら く一 型 ア クセ ン トで あ ろ う。 同

郡 の 間 々 田町 ・小 山町 ・岩 舟 村 ・及 び 栃 木 市等 は 典 型 的 な 一 型 ア ク セ ン ト で あ る。 此 の縣 下 の 他 の 諸 郡 も一 型 ア ク セ ン ト(大 部分)或

は東 京 式 ア ク

セ ン ト(足 利 郡 ・安蘇郡 もこれに準 ず)で 埼 玉 ア ク セ ン トは此 の 縣 に は 先 づ 行 は れ て ゐ な い と推 定 され る。 以上 を要 約 す れ ば 、 埼 玉 ア ク セ ン トは埼 玉 縣 の 東 部 を 中心 に 、 これ と隣 接 す る東 京 ・千 葉 ・群 馬(及 び茨城?)の

一 部 、 即 ち都 合一 都 三 縣(或 は四 縣?)

に分 布 して ゐ るの で あ る が 、 此 の 中 東 京 ・千 葉 ・群 馬(及 び 茨城)地 方 の も の は地 域 も狭 い 上 に文 化 程 度 の低 い農 村 ・漁 村 に行 は れ て ゐ るに 過 ぎず 、殊 に 東 京都 内 の 埼 玉 ア ク セ ン トの 如 きは 、優 勢 な東 京 ア クセ ン トの壓 迫 の 前 に 衰 滅 へ の 道 を た ど りつゝ あ り、 千 葉 縣 浦 安 町 の もの 僅 か に注 目 すべ し と雖 も孤 立 無 援 の 中 に あつ て は 発 展 の 道 は先 づ な い と見 られ る。 で 、 結 局 埼 玉 ア ク セ ン トの 有 す る確 實 な 地 盤 は埼 玉 縣 東 部 の 平 野 地 方 だ け と言 ふ こ と に な る。 然 し埼 玉 縣 下 の 埼 玉 ア ク セ ン トと雖 も、 これ を もつ と大 き な 目 を以 て觀 れ ば 、 決 して樂觀 を許 され ぬ もの が あ る。 即 ち、 此 の ア ク セ ン トの 南 方 か ら西 方 にか け て は 、 東 は銚 子 ・犬 吠 岬 よ り西 は 名 古 屋 ・木 曽川 の 渡 に 至 り、 北 は 越 後 を越 え て 北 奥 に 通 ず る広 大 な 領 地 を有 す る東 京 式 ア クセ ン トあ り、 殊 に 文 化 の 大 中 心 東 京 を盟 主 と仰 い で そ の 勢 ひ甚 だ 熾 烈 、 東 京 都 下 の 埼 玉 ア ク セ ン トを一 蹴 し去 つ た 余 勢 を かつ て 埼 玉 縣 北 足 立 郡 南 部 の地 方 を侵 しつゝ あ り、 川 口 ・浦 和 をそ の 手 中 に収 め て は 、 戸 田 ・土 合 に残 存 す る埼 玉 ア ク セ ン ト軍 は 中 央 軍 との聯 絡 を断 た れ て、 や が て は東 京 ア クセ ン トの 軍 門 に 降 るの 他 は な い や うで あ る。 他 方 東 方 か ら北 方 へ か け て は 北 は仙 台 ・山 形 に達 す る大 勢 力 、 一 型 ア ク セ ン トあ り、 武 力 を以 て壓 迫 す る こ と は東 京 ア クセ ン トの 如 く な らず と雖 も、 簡 易 に就 か ん とす る人 の 性 を誘 惑 して 埼 玉 ア クセ ン トの 陣 営 を乱 さん と し、 背 水 の 陣 を布 い た 尖 兵 ・川 辺 軍 を先づ 降 し、 或 は更 に 進 ん で 久 喜 ・粕 壁 ・栗 橋 ・杉 戸 の 諸 域 に反 間 を放 つ た模 様 で あ る。 斯 く見 來 れ ば 関 東 平 野 中 部 に介 在 す る埼 玉 ア ク セ ン トは第 二 次世 界 大戰 勃 発 前 夜 に於 け る波 蘭 王 國 を思 はせ る状 態 に あ り、 や が て は地 上 か ら姿 を消 去 るの で は な い か と 懸 念 され るの で あ る。

注(1)関

東 平野 に於 け る埼玉 アクセ ン トの分布 状 態 の調 査 の報 告 は前 に 「関 東

地 方 に於 け るア クセ ン トの分 布」 と題 して 日本方 言学 会 編 『日本 語 の ア ク セ ン ト』 に一文 を掲 げ た。参 照頂 きたい。

3  埼 玉 ア ク セ ン トの 一 般 的 性 格 埼 玉 ア クセ ン トの 分 布 す る領 域 は 略々 前 章 に 述 べ た通 りで あ るが 、 次 に埼 玉 ア クセ ン トの具 体 的 な 内 容 を説 明 す る に先 立 ち、 各 町 村 の ア クセ ン ト全 般 に亙 つ て 見 られ る、 埼 玉 ア ク セ ン トの 一 般 的 性 格 と言 ふ や うな もの を述 べ て お きた い 。 全 埼 玉 ア ク セ ン トに 通 ず る一 般 的 な性 格 の 第 一 と して擧 げ な けれ ば な らぬ もの は 《埼 玉 ア ク セ ン トは そ の 行 は れ て ゐ る領 域 が 狭 い に も拘 らず 、 そ の 内 部 に は 可 成 り大 き な地 域 的 な 差 異 が見 られ る》 こ と で あ る。又 埼 玉 ア ク セ ン トに此 の 性 格 が あ れ ば こ そ 、 本 章 のや う な記 述 が 必 要 に成 つ て 來 るの で あ る。 今 假 りに東 京式 ア ク セ ン トの 地 方 に就 い て見 る と、 例 へ ば 東 京 ・前 橋 ・静 岡 ・名 古 屋 ・松 本 ・長 岡或 は 岡 山 ・広 島 ・門 司 ・大 分 と言 つ た や う な非 常 に 広 い 地 域 に亙 つ て"犬"″山"…

… の 語 は イ ヌ、 ヤ マ … … 助 詞 が つ け ば イ ヌ

ガ 、 ヤ マ ガ … … と発 音 さ れ 、"猿""空"…

… の 語 はサ ル 、 ソ ラ… … 助 詞 が つ

け ば サ ル ガ、 ソ ラガ ……と発 音 さ れ るが 如 くで 、 日常普 通 に 用 ひ られ る語 彙 に於 て は、 随 分 遠 隔 な地 で も、 そ の 高低 の 相 は 全 く同 じに 発 音 され る例 が 頗 る 多 い の で あ る。 所 が 埼 玉 ア ク セ ン トの各 地 に於 て は 、"犬""山"…

… は 南 部 の 鳩 ヶ谷 ・土

合(以 上 北 足立)方 面 で は イ ヌ 、 ヤ マ … … で あ るが 、 北 部 の 菖 蒲(南 埼 玉)・ 加 須(北 埼 玉)方 面 で は イ ヌ 、 ヤ マ … … で あ り、 中 部 の 原 市(北 足 立)で は 、 イ ヌ ・ヤ マ … … が 普 通 で あ る と言 ふや う な状 態 で あ り、"猿 が""空

が"…

…

は、 中 部 以 南 の鳩 ヶ谷(北 足 立)・ 越 谷 ・蓮 田(南 埼 玉)等 で は サ ル ガ 、 ソ ラ ガ … … で あ るが 、 北 部 の 菖 蒲(南 埼 玉)・ 加 須(北 埼 玉)で はサ ルガ 、 ソラガ … … の や うに も発 音 さ れ る と言 ふ 状 態 で 、 日常極 め て普 通 の 語 で も地 域 的 な 差 異 が相 当烈 しい の で あ る。 實 際 南 部 の鳩 ヶ谷(北 足立)、 中 部 の 蓮 田(南 埼 玉)、 北 部 の 加 須(北 埼 玉) の 三 町 を通 じて 同 一 の ア ク セ ン トで発 音 さ れ て ゐ る語 は 、 一 語 もな い と言 つ

て も よ い と思 はれ るの で あつ て 、 三 町 村 か 四町 村 を隔 て れ ば 、 日用 語 の 可 成 重 要 な もの の ア ク セ ン トが 変つ て 了 ふ こ とが 少 くな い の で あ る。 な ほ 埼 玉 ア ク セ ン トに屬 す る主 要 な町 村 の ア クセ ン トの 比 較 は後 に 第5章

に掲 げ る。

全埼 玉 ア ク セ ン トに 通 ず る一 般 的性 格 の 第 二 と して擧 ぐべ き もの は 、《一 般 に"型

の 区 別"が

東 京 ア ク セ ン トそ の 他 に於 け るや う に は 明瞭 で な い 》 こ

とで あ る。 埼 玉 ア ク セ ン トに於 て"型

の 区別"が 明 瞭 で な い こ とは 先づ(a)《 各 町 村 と

も一 般 に 高 低 の 差 が 著 し くな い 》 こ と に 基 く。 例 へ ば 東 部 の 吉 川 町(北 葛 飾)の"犬"の

如 き("池""石"…

… の 語 も同 様)、 下 降 的 な ア ク セ ン トを有

つ とは 言 へ 、 イか らヌ へ 下 る具 合 は 極 め て 僅 か で 、 時 に よ り全 く下 降 が 認 め られ な い や う に発 音 さ れ る こ と もあ る。 同 地 方 の"牛"("梅""柿"… も同様)の

…の語

発 音 に於 て は常 に ウ か ら シへ か け て 音 の 下 降 が 聞 か れ るが 、 それ

で も著 し く下 降 す る こ と はな く、 此 の點 東 京 語 の 上 下 型 の 語 に於 て 、 《第 二 音 節 が 第 一 音 節 よ り どん な に 降 つ て も構 は な い》 と言 ふ の とは非 常 に 事 情 が 異 るの で あ る。 尤 も埼 玉 ア ク セ ン ト町 村 中 で 、 北 部 の 加 須 町 、 荒 木 村(以 上 北 埼玉)な ど の ア ク セ ン トは、他 の 町 村 の もの に 比 して 高 低 の 差 が稍々 著 し いや うで あ るが 、 そ れ と て東 京 ア ク セ ン トと同程 度 とは 言 へ な いや うで あ る。 一 方 南 方 の 草 加(北 足立)・ 越 谷(南 埼 玉)な ど の ア ク セ ン トに於 け る 高低 の 差 は極 め て小 さい もの と觀 察 さ れ た 。 埼 玉 ア ク セ ン トに於 て"型 の 区別"の

不 明瞭 な 原 因 と して は、他 に(b)《 各

地 方 と も型 の 安 定 を缺 く語 が 多 い》 こ とが擧 げ られ る。 例 へ ば南 部 の 土 合 村 (北足立)、 北 部 の 荒 木 村(北 埼 玉)で は"犬 だ"("池

だ""石

だ"… … も これ

に準 ず る)と 言 ふ 語 は 、 イ ヌ ダ 、 イ ヌ ダ及 び イ ヌ ダの 三 様 の ア ク セ ン トに発 音 さ れ て その 何 れ もが 不 正 の ア ク セ ン トとは感 ぜ られ て 居 らず 、 中部 の 菖 蒲 町(南 埼 玉)で

は"牛 だ"("梅

だ""柿

だ"…

… も これ に準 ず る)が ウ シ ダ、

ウ シ ダ 、 ウ シ ダの 三 様 に発 音 さ れ て 、 何 れ も正 しい ア ク セ ン トと して 受 取 ら れ て ゐ る が 如 き で あ る。 殊 に 南 部 の 草 加 町(北 足 立)・ 岩 槻 町(南 埼 玉)の "犬"("池""石" … … もこ れ に準 ず る)は 、單 独 の 場 合 、"だ"が つ い た 場 合 と"が"が

つ い て 文 中 に入 つ た場 合 とで 、 平 ら に なつ た り、 上 昇 調 に なつ

た り、 下 降 調 に な つ た り して、 而 も決 して ア ク セ ン トが 違 つ た とは 意 識 され

て ゐな い様 子 で あつ た 。 か う云 ふ 現 象 は一 寸 東 京 ア ク セ ン トな どに は 類 の な い こ と と言 へ る と思 ふ 。 以 上(a)(b)二 つ の 原 因 に よつ て埼 玉 ア ク セ ン トに あ つ て は"型 の 区 別"が 東 京 ア クセ ン トそ の 他 に於 け るや う に明 瞭 で は な く、 殊 に 南 部 の草 加 町 ・鳩 ヶ谷 町 ・土 合 村(以 上 北足 立)・ 越 谷 町 ・岩 槻 町(以 上 南埼 玉)な セ ン トが"雨""飴""箸""橋"の

どで はア ク

や うな 同 音 語 の 区 別 に對 して あ ま り役 立

つ て ゐ な いや う に觀 察 さ れ た。(1)又爾 余 の 地 方 の 中 で も松 伏 領 村(北 葛飾)・ 加 須 町(北 埼 玉)な ど で は 二 音 節 名 詞 に は 明瞭 な 三 種 の 型 の 区 別 が 有 りな が ら、 三 音 節 名詞 に於 け る"型 の 区 別"は稍々

不 明 瞭 で 、 四 音 節 以上 の 語 に於

て は此 の 傾 向 は更 に著 しいや うで あつ た。 前 章 に於 て 《型 の 区 別 が 不 明 瞭 》 と断 つ た北 部 の 粕 壁 町 ・久喜 町(以 上 南 埼玉)・ 杉 戸 町 ・幸 手 町 ・栗 橋 町(以 上 北 葛飾)で

は此 の 傾 向 は 更 に 強 く、 三 音 節 以 上 の 語 は總 て 同 じア ク セ ン ト

で 発 音 せ られ 、"型 の 区 別"の

あ る の は二 音 節 の 名 詞 ・動 詞 に 限 り、 而 もそ

の 二 音 節 の 語 さへ も個 人 に よつ て は總 べ て 同 じア クセ ン トで 発 音 され る こ と も あ るの で あ る。(2)斯く見 來 れ ば 埼 玉 ア ク セ ン トは 程 度 の 差 こ そ あ れ 、 平 山 輝 男 氏 の 所 謂"曖

昧 ア ク セ ン ト"の 一 種 と見做 し得 る もの で あ つ て 、 殊 に粕

壁 町 以 下 に あ げ た 北 部 の 町 村 の ア ク セ ン トの 如 きは 、《此 の ア クセ ン トの 東 方 か ら北 方 へ か け て 行 は れ て ゐ る一 型 ア ク セ ン トに近 い性 質 を もつ もの 》 と 言 ふ こ とが 出 來 る譯 で あ る。 前 章 に述 べ た や う に、 埼 玉 ア クセ ン トな る もの は、 東 京 式 ア ク セ ン ト ・一 型 ア クセ ン トの 二 大 勢 力 に腹 背 を脅 され て 、 そ の 運 命 は 危 殆 に瀕 して ゐ る と 見做 され る の で あ るが 、 さて 此 の 章 で 考 察 し た埼 玉 ア ク セ ン トの 一 性 格 、 《町 村 に よつ て ア ク セ ン トの 相 違 の 甚 だ しい》 こ とは 埼 玉 ア ク セ ン ト勢 が こ れ ら二 大 敵 國 に對 抗 しなが ら兎 角 そ の 歩 調 の揃 は ざ る こ と を示 す もの で 、 そ の 反撥 力 を更 に弱 くす る もの と見 る こ とが 出 來 、 此 の 章 で 考 察 した も う一 つ の 性 格 で あ る 《ア ク セ ン トが 不 安 定 な傾 向 を もつ 》 こ とは 埼 玉 ア クセ ン ト勢 が 外 敵 に對 して 特 に 旺盛 な敵愾 心 を有 しな い こ とを示 す もの で 、 《型 の 区 別 》 の 不 明 瞭 な粕 壁 ・久 喜 諸 域 の 如 き は、 既 に 一 型 ア ク セ ン トへ 弐 心 を懐 い て ゐ る もの と考 へ ら れ る。 斯 くて 埼 玉 ア ク セ ン トの 運 命 は風 前 の 燈 の觀 あ り、 そ の 滅 亡 は早 や 時 の 問題 と成 つ て ゐ る と見 られ るの で あ るが 、 此 処 に埼 玉 ア ク

セ ン トの 滅 亡 を 多 少 晩 か ら しめ る と考 へ られ る 一 つ の 注 目 す べ き 事 實 が あ る 。 そ れ は 埼 玉 ア ク セ ン トの も つ 第 三 の 一 般 的 な 性 格 、 即 ち 《埼 玉 ア ク セ ン トの 各 町 村 で は 地 域 的 な ア ク セ ン トの 相 違 は 甚 し い と は 言 へ 、 各 町 村 の ア ク セ ン トは 全 く無 統 制 と言 ふ の で は な く て 、 そ の 間 に は 極 め て 規 則 的 な"型 関 係"が

の對 応

成 立 つ て ゐ る》 と 言 ふ こ と で あ る 。 今 例 を 二 三擧 げ よ う 。(a)―(c)

(a)先(11頁)に"犬"な ヌ 、 原 市 町(同

上)で

る 語 は單 独 の 場 合 、 鳩 ヶ谷 町(北 は イ ヌ 、 加 須 町(北

埼 玉)で

所 が 此 の や う に 発 音 さ れ る の は 決 して"犬"一 谷 で"犬"と

足 立)で

は イ ヌ で あ る と述 べ た 。

語 に 限 る の で は な く、 鳩 ヶ

同 じ に 発 音 さ れ る も の は 、 原 市 で も總 て"犬"と

加 須 で も總 て"犬"と

(b)先(11頁)に"猿 で サ ル ガ 、 菖 蒲(南

は イ

同 じ く、

同 じ く発 音 さ れ る の で あ る 。 次 の 如 し。

が"は

鳩 ヶ 谷(北

埼 玉)・ 加 須(北

述 べ た 。 こ れ も決 し て"猿

が"一

足 立)・ 越 谷 ・蓮 田(以

埼 玉)で

上 南 埼 玉)

サ ル ガ の や う に発 音 され る と

語 に 限 る譯 で は な く 、 鳩 ヶ 谷 で○○ ガ の

や う に 発 音 さ れ る 語 は總 て 越 谷 ・蓮 田 で も ○ ○ ガ の や う に 発 音 さ れ 、 菖 蒲 ・加 須 で は○○

ガ の や う に 発 音 さ れ る の で あ る 。 次 の 如 し。

(ｃ)而 して 此 の 傾 向 は 、 決 して 名 詞 な らば 名 詞 、 動 詞 な ら ば動 詞 と言 ふ や う な"文 法 的 に 同 じ類 の 語"の

中 に の み 見 られ る譯 で は な い。 《甲 の 町

村 でAの 型 に 発 音 され る語 な らば 、 そ れ は 名 詞 で あ ら う と、 動 詞 で あ ら う と、或 は名 詞 プ ラ ス助 詞 の 形 で あ ら う と、 動 詞 プ ラ ス助 動 詞 の 形 で あ ら う と、 乙 の 町 村 で は總 てBの 型 に発 音 され る》 と言 ふ傾 向 が 見 られ る の で あ つ て 、 今 一 例 を擧 げ れ ば 次 の や うで あ る。

"牛 だ""飴 げ る""当

だ""梅 る"…

だ"…

…の類

、"櫻""形""兎"…

… の 類 、"置 い た""飛

ん だ""上

… の 類 、"明 け る""上 げ た"…

れ 文 法 的 に は 全 く種 類 の 異 る 語 で あ る が 、 土 合 村(北 玉)・ 加 須 町(北 合 で○○○

埼 玉)に

… の 類 は、 そ れ ぞ

足 立)・ 蓮 田 町(南

埼

於 け る 此 等 の 語 の ア ク セ ン ト は 次 の や う で 、 《土

調 の 語 は 、 蓮 田 で は總 て○○○

調 、 加 須 で は總 て○○○

調で あ

る》 と言 ふ こ と が 出 來 る 。

私 は 先 に"犬"猿

が"等

の例 を擧 げ て 、 埼 玉 ア ク セ ン トに屬 す る 諸 町 村

で は、 僅 か 隔 つ た 所 で も同 一 の 語 に於 け る音 の 高低 の 相 が 可 成 り相 違 す る と 述 べ た。 所 が 注 意 す べ きは 、 同 じ く埼 玉 ア ク セ ン トに屬 す る 甲 乙二 町 に住 む 人 同 志 は 、 決 して私 ど もが推 測 す る程 互 ひ の ア ク セ ン トが 異 つ て ゐ る とは 意 識 しな い の で あ る。 甲 の 町 と乙 の 町 とで は"犬"と

同 じ類 に屬 す る澤 山 の 語

の ア ク セ ン トが 、私 な どが觀 察 す る と正 反對 と成 つ て ゐ な が ら、 彼 等 は そ れ ほ ど ち が つ た ア ク セ ン トで 話 して ゐ る と は 感 じて ゐ な い ら しい の で あ る。 偶々 甲 の 町 か ら乙 の 町 へ 移 り住 ん だ 人 の体 験 を聞 い た が 新 しい ア クセ ン トに 馴 染 む の は 容 易 で あつ た と言 つ て ゐ た 。 彼 等 は 、 《私 が"埼

玉 ア ク セ ン ト"

の 領 域 と一 括 して 示 した地 域 の ア クセ ン ト》 は、 《大 体"東

京 式 ア ク セ ン ト"

と"一 型 ア クセ ン ト"と に對 立 して ゐ る一 つ の ア ク セ ン ト》 と考 へ て ゐ る の で あ る。 こ れ が 即 ち私 が こ れ ら地 方 の ア ク セ ン トに對 して 、 そ の 中 に は相 当 な変 異 を認 め つゝ も"埼 玉 ア ク セ ン ト"な る汎 称 を与 へ た所 以 で あ るが 、 然 ら ば こ れ は何 に基 くもの で あ ら うか 。 思 ふ に"埼 玉 ア ク セ ン ト"の 町村 で は前 述 の 如 く不 安 定 な ア ク セ ン トを も

つ 語 が 多 い ため に、 他 の 違 つ た ア ク セ ン トを聞 い て も、 さ ほ ど奇 異 に感 じな い と言 ふ こ とが 一 つ あ る か と推 定 す る。 然 しそ れ と同 時 に茲 に述 べ た 《埼 玉 ア ク セ ン ト相 互 の 間 で は型 の對 応 関係 が極 め て規 則 的 で あ る》 と言 ふ こ と も 与 つ て大 い に力 が あ ら う と思 ふ の で あ る。 斯 く見 來 れ ば 、 埼 玉 ア ク セ ン ト諸 方 言 に此 の や うな 型 の對 応 関係 が 見 られ る こ とは 、 東 京 式 ・一 型 両 ア クセ ン トの 進 撃 に對 して 悪 戦 苦 闘 を試 み て ゐ る 埼 玉 ア クセ ン ト勢 の 間 に、牆 に鬩 げ ど も流 石 は 兄 弟 、 外 自然 ら侮 を禦 ぐ底 の 好 情 の な ほ 存 す るこ と を示 す もの で、 彼 等 の 命 数 未 だ盡 き ざ る こ と を告 げ る もの と考 へ られ るの で あ る。 兎 に 角 規 則 的 な"型 の對 応"の

存 在 は 、 埼 玉 ア ク セ ン トそ れ 自体 に とつ て

仕 合 せ な 事 實 で あ る と見 られ るの で あ るが 、 同 時 に此 の もの の 存 在 は、 我 々 埼 玉 ア ク セ ン トを攻 究 す る もの に とつ て も好 都 合 な事 實 の 様 で あ る。 と言 ふ の は"型 の對 応″ の 存 在 は 、 《埼 玉 ア クセ ン トは如 何 に して 成 立 した か》 の 問 題 を考 へ る重 大 な 鍵 と思 は れ る か らで あ るが 、 此 に就 て は改 め て 第6章

に

考 察 す る こ とゝ した い 。

注(1)前

出 ・金 田一 春彦 「 関 東地 方 に於 け るア クセ ン トの分 布」 第 三章 第 二節

参 照。 (2)同

上 ・第四章 第二 節参 照。

4  埼 玉 ア ク セ ン トの 一 例 と し て の 蓮 田 町 ア ク セ ン ト 前 章 に よつ て 、 埼 玉 ア ク セ ン トの 大 凡 の 性 格 が 分 つ て頂 け た と思 ふ が 、 然 らば埼 玉 ア ク セ ン トは具 体 的 に は如 何 な る 内 容 を有 す る もの で 、 東 京 ア クセ ン トと は ど のや う に異 り、 上 方 ア ク セ ン トとは どの や う な點 で 通 ふ もの で あ る か。茲 に埼 玉 ア クセ ン トの 各 町 村 につ い て調 査 した 所 を述 べ る と長 くな る 故 、 次 に その 代 表 と して"南

埼 玉 郡 蓮 田 町 の ア ク セ ン ト"を 採 り、 同 町 に 於

て 調 査 し得 た所 を稍々 詳 細 に 述 べ て見 た い。 調 査 時 日 は昭 和 十 二 年 十 月二 十 日及 び 同 年 十 二 月 四 日、 七 日、 調 査 の場 所 は 同町 尋 常 高 等 小 学 校 、 発 音 提 供 者 は 当 時 高 等 科 一 年 及 び 尋 常 六 年 で あ つ た 少 年 少 女 九 名 で あ る。 な ほ 諸 町 村 の 代 表 と して、 特 に蓮 田町 と言 ふ あ ま り有 名 で もな い 町 を採 つ た 理 由 は 次 の や うで あ る。 (1)埼

玉 ア ク セ ン トの 諸 町 村 中 、 地 理 的 に 中央 に位 して ゐ る上 に 、 東 京 ア

ク セ ン トと は最 も極 端 に 異 るア ク セ ン トを有 ち、 此 の 町 の ア クセ ン トが 埼 玉 ア クセ ン トの特 徴 を最 も よ く備 へ た もの の一 つ で あ る こ と。 (2)埼

玉 ア クセ ン ト諸 方 言 中 、 此 の 町 の ア クセ ン トは 型 が 比 較 的 安 定 して

居 り、 型 の 区 別 も先づ 明 瞭 で あ り、 個 人 的 な発 音 の差 異 も少 い ら し く、 調 査 が 容 易 で あつ た こ と。又 この 記 述 も容 易 で あ る こ と。 (3)最

も詳 し く調 査 す る こ とが 出 來 た こ と。

な ほ 蓮 田町 は上 野 か ら東 北 線 の 汽 車 に乗 り、 大 宮 で 高 崎 線 と別 れ て か ら最 初 に 停 車 す る町 で あ るが 、 人 口五 千 内 外 の あ ま りパ ッ と しな い町 で あ るか ら 御 存 知 の な い 方 が 多 い こ と と想 ふ 。 此 の 辺 で 蓮 田 町 方 言 の 音 韻 状 態 に就 い て述 べ て お きた い 。 (イ)「イ 」 列 音 の 母 音 は 多 くの 人 に於 て 中 舌 母 音 〔〓 〕で あ る。 (ロ)「エ 」 列 音 の 母 音 は 多 くの 人 に於 て 東 京 語 の 「エ 」 よ り狭 い 。 (ハ)ガ 行 鼻 音 を缺 き、 語 中 語 尾 の 「ガ 」 行 音 の 頭 音 は破 裂 音 〔g〕で あ る。 (ニ)ザ 行 音 の 頭 音 は 〔dz〕又 は 〔d3〕で あ る。 (ホ)母 音 の 無 声 化 は頗 る盛 ん で 、 無 声 子 音 に挾 ま れ た 「イ 」 「ウ」 は 殆 ど 無 声 化 す る。

1 ― 音節 名 詞の ア クセ ン ト 蓮 田 町 で は一 音 節 名 詞 に 助 動 詞"だ"を れ る。 〔A〕は"エ"(絵)・"ヒ"(火)等

つ け た場 合 、 二 種 類 の 型 に発 音 さ

が 之 に屬 し、 助 動 詞"だ"を

つ け た場

合 エ ダ等 の 如 く、名 詞 の 部 分 が低 く、"だ"が 高 く発 音 され る もの で 、 丁 度 東 京 の 下 型 名 詞 プ ラ ス"だ"の 発 音 の や うに 聞 え る もの 、 〔B〕は"エ"(柄)・ "ヒ"(日)等 が 之に屬 し 、 エ ダ ・ヒダ 等 の 如 く、 名 詞 の 部 分 が 高 く"だ"が 低 く発 音 され る もの で、 丁 度 東 京 の 上 型 名 詞 プ ラ ス"だ"の

発 音 の や うに 聞

え る もの で あ る。 尤 も詳 し く比 較 す る と、 共 に上 昇 調 とは言 ふ もの の 東 京 の 下型 プ ラ ス"だ" は極 め て 無 造 作 な 発 音 で は 全 平 に聞 え る こ とが あ る に對 し、蓮 田の"絵 だ" "火 だ"は 常 に"だ"が 名 詞 の 部 分 よ り高 く発 音 され る點 で相 違 が あ る。 又 共 に下 降調 とは 言 ふ もの の 、 東 京 の上 型 プ ラ ス"だ"に

於 て は"だ"が

名詞

の 部 分 よ りどの や う に烈 し く降 つ て も差 支 へ な いの に對 して 、蓮 田 の"柄 だ" "日 だ"で は 、 あ る程 度 以 上 に 降 る こ とは な い よ う に觀 察 さ れ た 。 併 し何 等 予 備 知 識 な く蓮 田 町 の"柄 だ""日 に は"絵

だ""火

だ"の

発音 を聞 けば、東 京人

だ"と 言 つ た や う に感 ぜ られ 、 蓮 田 町 の"絵

発 音 を 聞 け ば 、 東 京 人 に は"柄 だ""日

だ"と

だ""火

だ"の

言 つ たや う に感 じ られ る の は

事 實 で あ つ て 、 此 等 の語 に於 て東 京 と蓮 田 とで ア クセ ン トが 反對 だ と言 ふ こ と に は何 等 差 支 へ が な い の で あ る。 今 蓮 田 町 で 〔A〕の や う に発 音 さ れ る語 彙 を假 りに○(ダ)型 〔B〕の や う に発 音 さ れ る語彙 を假 りに○(ダ)型

の 語 と呼 び

の 語 と呼 ん で 、 此 等 二 つ の

型 に屬 す る語 例 を擧 げ れ ば 次 の や うで あ る。 即 ち 東 京 ア クセ ン トとは 殆 ど總 て の 語 を通 じて 、 高 低 関係 が 逆 に な つ て ゐ る と言 つ て よ く、 こ れ に反 して 京 都 ア ク セ ン トと は高 低 関係 の 一 致 す る語 が 相 当 数 見 出 だ され る。 但 し京 都 ア クセ ン トの や う に長 音化 して発 音 す る こ とは な い 。 ア クセ ン トで 言 ふ"型"と

は有坂 秀 世博 士 以來"ア クセ ン ト理 念"の 称 と規

定 され て ゐ る。私 は蓮 田町 の 人が果 して此 の 類 の語 に於 て○○ 調 を発 音の 目 標 として ゐ るか否 か に就 いて ハ ツ キ リ断 定 す る 自信 は な いが、便 宣上 暫 く此 う呼 ぶ。 以下"何 々型"と 言 ふ場合總 て同 じで あ る。 京 都 ア クセ ン トは總 て池 田要氏 の教 示 に從 ふ。以 下總 て 同 じ。

〔A〕○(ダ)型

の 語 。 エ(絵)・

(根)・ ヒ(火)・

メ(目)・

ス(巣)・

以 上 は 東 京 で は總 て エ(ダ)型 は總 て エ ー 型 、 但 し"巣"は 短 く発 音 し、 且 つ"だ"を 〔B〕○(ダ)型

テ(手)・

ネ

み は ス(ダ)型

。 京都 で

ハ ー 型。 若 し京 都 で 強 ひ て

コ(子)・

ナ(名)…

ナ(菜)・

…

つ け て 言 へ ば"巣""歯"二

ヒ(日)・

ケー 型

ハ(歯)…

、 但 し"巣"の

の 語 。 カ(蚊)・

(毛)・ ハ(葉)・

タ(田)・

ス ー 型 、"歯"は

以 上 は 東 京 で は總 て カ(ダ)型 ―"日"は

キ(木)・

語 はスダ型。

チ(血)・

ト(戸)・

ミ(實)・

ケ

…

。 京 都 で は"蚊"―"實"は

。 若 し京 都 で 短 く 発 音 し、 且 つ"だ"を

カ ー 型 、"毛" つ け れ ば總 て カ

ダ 型 で 蓮 田 町 と一 致 す る 。 蓮 田 町 に 於 て 此 等 両 型 の 語 に 各 種 類 の 助 詞 ・助 動 詞 が つ い た 場 合 の ア ク セ ン トは 次 の や う で 、 右 に對 照 して 掲 げ た と こ ろ に よ つ て 、 東 京 ア ク セ ン ト と は 語 毎 に 一 致 し な い に對 し、 京 都 ア ク セ ン ト と は 屡々一

致 す る こ とが 知 られ

る で あ ら う。

蓮

語 彙

田

ア クセ ン ト

柄 だ。 日だ。 エダ

東

京

京

ア クセ ン ト エダ

都

アクセ ン ト (エ ー ヤ)(ヒ

ー

ヤ)

備

考

京 都 で 名 詞 を短 く、 又 "だ"を つ け て 発 音 す れ ば エ ダ ・ヒ ダ。

柄 だ つた。

エ ダ ッタ

エダ ッタ

日だ つ た 。

(エ ー ヤ ッ タ)

蓮 田 で エ ダ ッ タ と も。

(ヒ ー ヤ ッ タ)

京都 で 同上 のや うに発 音す れ ば、 エ ダ ッタ ・ ヒダ ッタ。

柄が＊… 。日 が… 。柄

エガ

エガ

エ ー ガ ・ヒー ガ

京 都 で 名 詞 を短 く発 音 す れ ば エ ガ ・ヒ ガ 。

は

… 。 日は … 。

柄 の…。 日 の …。

エ ノ

エノ

エ ー ノ ・ ヒー ノ

京 都 で 同 上 の や うに 発 音 す れ ば 、 エ ノ ・ヒ ノ 。

語 彙 柄も … 。 日

蓮

田

東

京

ア クセ ン ト

ア クセ ン ト

エモ

エモ

京

都

エ ー モ ・ヒ ー モ

エカラ

エカラ

日か ら…。

柄 まで … 。

考

京都 で 同 上 の 場 合 に は エ モ ・ヒ モ 。

も…。

柄か ら … 。

備

ア クセ ン ト

エ マ デ ＊＊

エ マデ

日 まで … 。

エ ー カ ラ ・ヒ ー

京都 で 同 上 の 場 合 に は

カラ

エ カ ラ ・ヒカ ラ 。

エ ーマ デ ・ヒー

蓮 田 で エ マ デ と も。 京

マ デ

都 で 同上 の 場 合 に は エ マ デ ・ヒマ デ 。

柄 で も… 。

エ デ モ

エ デモ

日 で も… 。

エ ー デ モ ・ヒ ー

蓮 田 で エ デ モ と も。 京

デ モ

都 で 同上 の 場 合 に は エ デ モ ・ヒ デ モ 。

絵 だ。

エダ

エダ

(エ ー ヤ)

絵 だつ た。

エ ダ ッタ

エ ダッタ

(エ ー ヤ ッ タ)

絵が … 。絵

エガ

エガ

エー ガ

京 都 で 名 詞 を短 く発 音 すれ ばエ ガ。

は …。

エノ

絵 の …。

エー ノ

京都 で同上 の場 合 に は エノ

絵 も…。

絵か ら… 。

エノ エモ

エカ ラ

エモ

エカラ

。

エー モ

エー カ ラ

京都 で名詞 を短 く発音 す ればエ カ ラ。

絵 まで…。

ェマ デ

エマデ

エー マデ

絵 で も… 。

エデ モ

エデ モ

エー デ モ

京都 で名 詞 を短 く発音 す れば エデ モ。

"柄"と"日"

備 考 *… **―

"柄"と"日"

とは 常に 同

とは 常 に 同

アク セ ン ト

アクセ ン ト

は 次 に 他 の 語 節 が 來 る こ と を 表 す 。 以 下總 て こ れ に 同 じ。 は ― よ り も稍々 低 く発 音 さ れ る こ と を 表 す 。 以 下 總 て こ れ に 同 じ。

2  二 音節 名 詞の ア クセ ン ト 蓮 田 町 で は二 音 節 名 詞 は三 種 の ア クセ ン トで 発 音 され る。 〔A〕は"秋""跡"等

が 之 に屬 し、單 独 で は ア キ ・ア トの や う に上 昇 的 に

発 音 され る もの で 、 音 の 高 低 の 相 は 一 音 節 名 詞 〔A〕型 の 語 に"だ"が

つい

た場 合 と全 く同 じ もの で あ る。 即 ち東 京 語 の○○ 型 に似 て ゐ るが 東 京 の○○ 型 は 時 に 全 平 的 に も発 音 され るに 封 し、 蓮 田 町 の 此 の 型 は第 一 音 節 か ら第二 音 節 にか け て 常 に 音 の 上 昇 が 聞 か れ る もの で あ る。 〔B〕は"足""池"等

が 之 に屬 し、 普 通 に は ア シ ・イ ケ の や う に微 か な下

降調 に 発 音 され 、 次 の 〔C〕の 型 に似 る が 、 若 し 〔C〕の 型 を上 中 型 と言 へ ば こ れ は 中下 型 と も称 した い もの で 、 〔C〕の 型 で は 常 に 下 降 が 認 め られ る に對 し、 この 型 は屡々 低 平 調 に も発 音 され る こ とが あ る點 で 差 異 が あ る。 此 に該 当 す る型 は 一 音 節 名 詞 プ ラ ス"だ"の

ア ク セ ン トに は 見 出 だ され な か っ た。

な ほ茲 に注 意 す べ き は、 〔B〕 の 型 が 下 降 調 に も低 平 調 に も発 音 され る と言 ふ の は 、 《此 の 類 の 語 が 二 種 類 の 異 る発 音 理 想 を有つ て ゐ る》 と言 ふ譯 で は な い。 例 へ ば 《東 京 で"神"が○○

型 ・○○ 型 の 両 様 に 発 音 さ れ る》 と言 ふや

うな の で は な い。 時枝 誠 記 博 士 の術 語 を使 へ ば觀 察 的 に は下 降調 と も低 平 調 と も觀 察 され るが 、 主 体 的 に は 同 一 の 発 音 理 想 を 目指 して ゐ る もの で 、 《東 京 で"棒"が

○ ○ 調 に も、○○ 調 に も発 音 され る が 、 實 は共 に○○ 型 の 實 現

に他 な らな い 》 と言 ふ の に比 すべ き もの と觀 察 さ れ た 。 〔C〕は"飴""牛"等

の 語 が 之 に屬 し、單 独 の 場 合 に は ア メ ・ウ シの や う

に 明 瞭 に下 降 調 に 発 音 され 、 決 して低 平 調 に は発 音 され な い もの で あ る。 即 ち一 音 節 名 詞 の 〔B〕型 プ ラ ス"だ"の

型 と 全 く同 じア ク セ ン トの もの で、

東 京 の○○ 型 の 発 音 に似 て ゐ るが 、 東 京 の○○ 型 よ り も下 降 の 度 が 小 さ く觀 察 され る もの で あ る。

蓮 田 町 で 以 上 〔A〕〔B〕〔C〕三 種 の 型 に屬 す る 語 を擧 げ れ ば 次 の や う で 、 "箸"と"橋"そ の 他 殆 ど總 て の 語 を 通 じ て 東 京 ア ク セ ン ト と は 高 低 関 係 が 逆 に 成 つ て 居 り、 反 つ て 京 都 ア ク セ ン トに 似 て 発 音 さ れ る も の が 可 成 り認 め られ るの で あ る。 〔A〕○○

型 の 語 。 ア キ(秋)・

(桶)・ カ ゲ(影)・ ル(鶴)・

ア サ(朝)・

カ メ(亀)・

ク モ(蜘

ア メ(雨)・

ノ ド(咽 喉)・ ハ ル(春)・

イ ド(井 戸)・ オ ケ

蛛)・ コ イ(鯉)・

サ ル(猿)・ツ

フ ナ(鮒)・

マ ド(窓)・

ア ト(跡)・

イ キ(息)・

イ タ(板)・

イ ト(糸)・

ウ ミ(海)・

ウ リ(瓜)・

オ ビ(帶)・

カ サ(笠)・

カ タ(肩)・

カ マ(鎌)・

キ リ(錐)・

ソ ラ(空)・

タ ネ(種)・

ハ シ(箸)・

ハ リ(針)・

フ ネ(舟)・

マツ(松)・

ム ギ(麦)・

ヨ ル(夜)・

カ イ(貝)・

タ イ(鯛)・

ネ コ(猫)…

以 上 の 語 は 東 京 で は總 て ア キ(ガ)型 "秋"―"窓"は

アキ∼ アキ ガ 型

係 似 る 。 但 し″貝""鯛"″ 〔B〕 ○ ○ 型 の 語 。 (歌)・ ン マ(馬)・

…。 で 、 高 低 関 係 全 く反 封 。 京 都 で は

、"跡"―"夜"は

猫"は

アト∼

アトガ 型 で 、 高 低 関

カ イ型 。

ア シ(足)・

イ ケ(池)・

イ シ(石)・

オ

オ ヤ(親)・

カ ミ(紙

ト(音)・

イ ヌ(犬)・

ウ タ

・髪)・ カ ア(川)・

ク リ(栗)・

ク サ(草)・

クツ(靴)・

コ メ(米)・

サ カ(坂)・

シ ヨ(塩)・

シ マ(島)・

ス ミ(炭)ツ

キ(月)・

ナ シ(梨)・

ナ ツ(夏)・

ナ ミ(波)・

ハ シ(橋)・

ハ タ(旗)・

ハ ナ(花)・

ハ ラ(腹)・

ヒ ル(晝)・

フ ユ(冬)・

ホ ネ(骨)・

マ チ(町)・

マ メ(豆)・

ム ネ(胸)・

ミ ミ(耳)・

ム ラ(村)・

ヤ マ(山)・

ユ キ(雪)・

ユ ビ(指)・

ワ タ(綿)・

ア ナ(孔)・

タ マ(玉)・

カ ア(皮)・

シ ヤ(皺)・

シ ト(人)・

ク モ(雲)・

ツ ヨ(露)…

…。

以 上 の 語 は 東 京 で は 總 て ア シ(ダ)型 但 し"雲""露"二 ヒ ト(ガ)型

語 は ク モ(ガ)・

で 、 高低 関 係 は反 封 の 傾 向 が あ る。

ツ ユ(ガ)型

、"皺""人"は

シ ワ(ガ)。

。 京 都 で は 總 て ア シ 型 で 高 低 関 係 寧 ろ こ れ に 近 し 。 但 し"孔"

"皮""玉"は

ア ナ∼ ア ナ ガ 型

〔C〕○○

型 の 語 。 ア メ(飴)・

(枝)・ カ キ(柿)・

、"皺"は

カ ゴ(籠)・

シ ワ 型"露"は

ツ ユ(ガ)型

ア リ(蟻)・

ウ シ(牛)・

ン メ(梅)・

カ ゼ(風)・

カ マ(釜)・

キ リ(桐

。 エ ダ ・霧)・

ク チ(口)・

ク ビ(首)・

コ シ(腰)・

サ ケ(酒)・

サ ラ(皿)・

ス ナ(砂)・

ト ラ(虎)・

ト リ(鳥)・

タ ケ(竹)・

ツ メ(爪)・

ニ シ(西)・

ニ ヤ(庭)・

ハ

イ(灰

(筆)・

・蠅)・

ハ

ホ シ(星)・

(北)…

ナ(鼻)・

ハ

ミ ズ(水)・

コ(箱)・ ミ チ(道)・

チ(蜂)・

ハ

ム シ(虫)・

ネ(羽)・

モ

フ デ

リ(森)・

キ タ

… 。

"口""北"二

語 は 普 通 に は 第 一 音 節 の 母 音 が 無 声 化

や う に な る 。又"蟻""蜂"二

語 は キ タ(ガ)型

し てキタ

・クチ

の

語 は ア リ ・ハ チ と も。

以 上 の 語 は 東 京 で は 總 て ア メ(ガ)型 "北"一

ハ

で、 高低 関係 は反 對 で あ る。 但 し

。 京 都 で は 總 て ア メ(ガ)型

、"北"一

語 はキタ型。

以 上 〔A〕― 〔C〕の 語 に 、 助 詞 ・助 動 詞 が つ い た 場 合 の ア ク セ ン ト は 次 の や う で 、 や は り東 京 ア ク セ ン ト と は 非 常 に 異 り 、 反 つ て 京 都 ア ク セ ン ト に 近 い もの が 相 当認 め られ る。

語 彙 秋 だ。

蓮

田

東

京

ア クセ ン ト

ア クセ ン ト

ア キダ

ア キダ

京

都

備

ア クセ ン ト (ア キ ヤ ・(ア

ト

ヤ)

考

京 都 で 強 ひ て"だ"を つ け れ ば ア キ ダ ・ア ト ダ。

秋 だ つ た。

ア キダ ッタ

ア キ ダ ッタ

跡 だ つ た。

(ア キ ヤ ッ タ)・

京都 で は同上 の場 合 に

(ア トヤ ッ タ)

は ア キ ダ ッ タ ・ア トダ ッタ。

秋 が …。跡

ア キガ

ア キガ

ア キ ガ ・ア トガ

ア キモ

ア キモ

ア キ モ ・ア トモ

ア キノ

ア キノ

ア キ ノ ・ア トノ

ア キカ ラ

ア キカ ラ

ア キ カ ラ ・ア ト

が …。 秋 は …。跡 は…。

秋 も… 。 跡 も… 。

秋 の …。 跡 の …。

秋 か ら …。 跡 か ら …。

カラ

語 彙 秋 まで…。

蓮

田

東

京

ア クセ ン ト

ア クセ ン ト

ア キマ デ

ア キマ デ

ア キデ モ

ア キデ モ

備

考

ア キ マ デ ・ア ト

ア キ デ モ ・ア ト 亨 モ

跡 で も… 。 足 だ。

都

ア クセ ン ト

マデ

跡 まで…。

秋 で も… 。

京

アシダ

ア シダ

(ア シ ヤ)

蓮 田 で ア シ ダ と も。 京 都 で 強 ひ て"だ"を

つ

け れ ば ア シ ダ。 足 だつ た。

ア シ ダ ッタ

ア シダ ッタ

(ア シ ヤ ッ タ)

京都 では 同上の場 合 ア シ ダ ッタ 。 蓮 田 で ア シ ダ ッ タ と も。

ア シ ガ

ア シガ

ア シガ

蓮 田 で ア シ ガ と も。

足 も… 。

ア シ モ

アシ モ

ア シモ

蓮 田 で ア シ モ と も。

足 の …。

アシノ

アシ ノ

ア シノ

足 か ら… 。

ア シカラ

ァ シカ ラ

ア シカ ラ

蓮 田 で ア シ カ ラ と も。

足 まで…。

ア シ マデ

ア シマデ

ア シマデ

蓮 田 で ア シ マ デ と も。

足 で も… 。

ア シ デモ

ア シデモ

ア シデモ

蓮 田 で ア シ デ モ と も。

飴 だ。

アメダ

ア メダ

(ア メ ヤ)

京 都 で"だ"を

足 が …。 足 は…。

使へば

ア メ ダ。

飴 だつ た。

ア メ ダ ッタ

アメ ダ ッタ

(ア メ ヤ ッタ)

蓮 田 で ア メ ダ ッタ と も。 京 都 で 同 上 の場 合 ア メ ダ ッタ。

飴が …。 飴 は…。

アメ ガ

アメ ガ

アメガ

飴 も… 。

アメ モ

ア メモ

アメ モ

飴 の

アメ ノ

ア メノ

アメ ノ

飴 か ら…。

ァメ カ ラ

ァ メカ ラ

ァメ カ ラ

飴 まで…。

アメ マ デ

ア メマデ

アメマ デ

蓮 田 で ア メ マ デ と も。

飴 で も… 。

アメ デ モ

ア メデ モ

アメ デモ

蓮 田 で ア メ デ モ と も。

"秋"と"跡"

"秋"と"跡"

備

。

考

とは常 に同

とは常 に同

ア クセ ン ト

ア クセ ン ト

3 三 音節 名詞 の ア クセ ン ト 蓮 田 町 で は 三 音 節 名 詞 は 四種 の ア ク セ ン トで 発 音 され る。 〔A〕は"兜""鳥"等

が これ に屬 し、 單独 で は カ ブ ト ・カ ラ ス の や う に 中

高 調 に 発 音 され る もの で 、 高 低 の 相 は 東 京 語 の ○ ○ ○ 型(例"垣

根")に

似

て ゐ るが 、 但 し東 京 語 の ○ ○ ○ 型 は時 に○ ○ ○ の や う に聞 え る こ とが あ るの に對 して 、蓮 田 町 の 此 の 型 は 常 に○ ○ ○ の や う に発 音 され る こ とが 注 意 され る もの で あ る。 前 項 の 二 音 節 名 詞中"秋"跡"の "の"等

が つ い た 場 合 の ア ク セ ン トは"兜""鳥"單

類 に"だ"が""は""も" 独 の ア ク セ ン トと全 く同

じで あ る。 〔B〕は"心""命"等

が 之 に屬 し、 コ コ ロ、 イ ノ チ の や う に 上 下 中 と で も

表 記 した い 型 で あ るが 、 コ コ ロ、 イ ノ チ の や う に 第 三 音 節 は 時 に低 平 に も発 音 さ れ る、 即 ち 全 体 が 上 下 下 と表 記 した い 型 に も発 音 さ れ る もの で あ る。 前 項 二 音 節 名 詞 の 中 、 〔B〕の"足""池"の ン トは 全 く"心""命"單 〔C〕は"頭""男"等

類 に"だ"を

つ け た場 合 の ア ク セ

独 の 場 合 の ア ク セ ン トと一 致 す る。 が 之 に屬 し、單 独 に は ア タマ ・オ トコ の や う に 発 音

さ れ る もの で 、普 通 に聞 け ば 、 次 の 〔D〕の 型 と殆 ど差 異 が 感 じ られ な い も の で 、蓮 田 人 の 中 に も 〔C〕〔D〕を 全 く同 ア ク セ ン ト と感 じ て ゐ る 人 も あつ た。 但 し強 ひ て 区 別 し て 発 音 し よ う とす る と、 〔D〕は上 上 下 の や う に 成 る

に 對 し、 此 の 型 は 上 上 中 の や う に 成 る 傾 向 が 窺 は れ た 。 又 助 詞 ・助 動 詞 が つ い た 場 合 に は 、 〔D〕と は 明 瞭 な 差 異 が 現 れ て 來 る こ と 次 に の べ る や う で あ る 。 二 音 節 名 詞 プ ラ ス"だ"の

ア ク セ ン トに は こ れ に 相 当 す る 型 は 見 出 だ さ れ な

か つ た。 〔D〕は"形""兎"等

の 語 が 之 に屬 し 、 單 独 の 場 合 、 カ タ チ ・ウ サ ギ の や

う に 発 音 さ れ る も の 、 京 都 語 の"飴

も""牛

へ"な

ど の ア ク セ ン ト と似 た 調

子 の も の で あ る。 二 音 節 名 詞 の 中 の"飴""牛"の "の"等

が つ い た場 合 の ア クセ ン トは

類 に"だ"が"は""も"

、 此 の"形""兎"等

の單独の場合 のア ク

セ ン ト と全 く同 じ と觀 察 さ れ た 。 以 上 四 種 の 型 に屬 す る語 彙 は 次 に 掲 げ る 如 くで 、 此 の 度 も 、 東 京 ア ク セ ン ト と は 全 く 異 り、 京 都 ア ク セ ン トに 近 い ア ク セ ン トを 有 す る 語 が 可 成 り見 出 さ れ る が 、 但 し一 ・二 音 節 名 詞 の 場 合 に 比 す れ ば 〔B〕等 に 於 て 東 京 と 一 致 す る も の が 多 少 見 られ 、 京 都 ア ク セ ン ト と一 致 す る もの は稍々 少 い や う で あ る。 〔A〕

○ ○ ○ 型 の も の 。 カ ブ ト(兜)・

(野 原)・ ホ タ ル(螢)・ ス(烏)・

オ トナ(大

ア ラ シ(嵐)・

カ イ コ(蚕)・

ト ン ビ(鳶)・

タ ヌ キ(狸)・

モ ミ ジ(紅

人)・ カ ア ラ(瓦)…

。 京 都 で は"兜"―"螢"は

"狸""紅

葉""瓦"は

タ ヌ キ型

根)・ コ メ ヤ(米

(姿)・ ナ ミ ダ(涙)・

、"烏""大

人"は

マ ク ラ(枕)・

カラス型。

ウ チ ワ(團

屋)・ オ モ チ ャ(玩

以 上 の 語 は 東 京 で は"心"―"玩

例 外 で オ トナ

カ ブ ト型 で 蓮 田 と 一 致 、 但 し"嵐"

〔B〕 ○ ○ ○ 型 の も の 。 コ コ ロ(心)・ キ ネ(垣

葉)・ カ ラ

…。

以 上 は 東 京 で は 殆 ど總 て カ ブ ト型 、 但 し、"大 人""瓦"は (ガ)型

ノハ ラ

ヒ バ チ(火

具"は

扇)・ エ ホ ン(絵

本)・ カ

具)・ イ ノ チ(命)・

ス ガ タ

鉢)・ メ ガ ネ(眼

鏡)…

コ コ ロ 型 。 但 し"命"―"眼

…。

鏡"は

イ ノ チ 型 で 似 た ア ク セ ン トを も つ 。 京 都 で は 玩 具 を 除 き總 て コ コ ロ 型 で 似 た ア ク セ ン ト、 但 し"團

扇""米

屋"は

ウ チ ワ 型 に も 発 音 さ れ 、 又"玩

具"

は オ モ チ ャ型 に発 音 され る。 〔C〕 ○ ○ ○ 型1の

も の 。 ア タ マ(頭)・

ミ(鏡)・

カ タ ナ(刀)・

マ(袴)・

ア ズ キ(小

オ モ テ(表)・

オ ト コ(男)・

オ ン ナ(女)・

カ ガ

ハ ナ シ(話)・

フ ク ロ(袋)・

ハ カ

豆)・ チ カ ラ(力)・ハ

サ ミ(鋏)…

…。

以 上 の 語 は 東 京 で は 總 て ア タ マ(ガ)型 殆 ど 總 て が ア タ マ 型"鋏"一 〔D〕

○ ○ ○ 型2の

で 蓮 田 町 と 一 致 せ ず 。京 都 で は

語 は ハ サ ミ 型 で や は り蓮 田 町 と一 致 し な い 。

も の 。 カ タ チ(形)・

リ(煙)・

コ オ リ(氷)・

ギ(柳)・

キ モ ン(着

サ カ ナ(魚)・

織)・ ウ サ ギ(兎)・

物)・ イ ナ カ(田 ス ズ メ(雀)・

(鼠)・ ヒ ダ リ(左)・

ハ ヤ シ(林)・

ク ル マ(車)・

ケム

サ ク ラ(櫻)・

ツ ク エ(机)・

ヤ ナ

舎)・ コ ド モ(子

セ ナ カ(背

ウ シ ロ(後)・

(卵)・ ア ブ ラ(油)・

カ ラ ダ(体)・

ヤ シ(ガ)型

。 京 都 で は"形"―"羽

は ウ サ ギ 型 、"後"―

卵"は

中)・ ツ バ メ(燕)・

ク ス リ(薬)・ ヒ ガ シ(東)…

以 上 の 語 は 東 京 で は 殆 ど 總 て カ タ チ(ガ)型 織"及

供)・ ハ オ リ(羽 ネ ズ ミ

ハ タ ケ(畑)・

タマ ゴ

…。

、 但 し"林"″東"二

び"林"は

ウ シ ロ 型 、"油"―"東"は

語 はハ

カ タ チ 型 、"兎"―"左" アブ ラ型 。

以 上 〔A〕― 〔D〕の 語 に 、 助 詞 ・助 動 詞 が つ い た 場 合 の ア ク セ ン トは 次 の や う で 、 や は り東 京 ア ク セ ン ト と 非 常 に 異 る こ と、 一 音 節 名 詞 ・二 音 節 名 詞 の 場 合 と変 りな い 。 但 し此 の 度 は 京 都 ア ク セ ン トに 通 ふ點 も あ ま り見 受 け ら れ ない。

語 彙 兜 だ。

蓮

田

東

京

アクセ ン ト

ア クセ ン ト

カ ブ トダ

カ ブ トダ

京

都

ア クセ ン ト (カ ブ トヤ)

備

考

京 都 で"だ"を

用 ひれ

れ ば カ ブ トダ 。

カ ブ トダ ッ

カ ブ トダ ッ

タ

タ

カ ブ トガ

カ ブ トガ

カ ブ トガ

兜 も… 。

カ ブ トモ

カ ブ トモ

カ ブ トモ

兜 の…。

カ ブ トノ

カ ブ トノ

カ ブ トノ

兜 か ら…。

カ ブ トカ ラ

カ ブ トカ ラ

カ ブ トカ ラ

兜 だつ た。

兜が …。

(カ ブ トヤ ッ タ)

京都 で同上 の場 合 カブ トダ ッ タ。

兜 は…。

語 彙

蓮

田

東

京

京

都

ア クセ ン ト

アクセ ン ト

兜 まで … 。

カ ブ トマ デ

カ ブ トマ デ

カブ トマ デ

兜 で も…。

カ ブ トデ モ

カ ブ トデ モ

カブ トデ モ

コ コロダ ・

(コ コ ロ ヤ)

心 だ。命 だ。 コ コ ロダ

ア クセ ン ト

備

考

蓮 田 で コ コ ロ ダ と も。 京 都 で"だ"を

イノチ ダ

用 ひれ

ば ココ ロダ。

心 だつ た。

コ コ ロダ ツ

コ コロダ ツ

命だ つ た。

タ

タ ・イ ノ チ

も。 京 都 で 同 上 の 場 合

ダ ッタ

コ コ ロ ダ ッタ 。

心が … 。 心

コ コ ロガ

は…。 命 が

コ コロガ ・

(コ コ ロ ヤ ッ タ)

蓮 田で ココ ロダ ッタ と

ココ ロガ

蓮 田 で コ コ ロ ガ と も。

ココ ロモ

蓮 田 で コ コ ロ モ と も。

ココ ロノ

蓮 田 で コ コ ロ ノ と も。

イノチ ガ

… 。 命 は… 。

心 も… 。

コ コ ロモ

命 も… 。

心 の …。

イ ノチ モ

コ コ ロ ノ

命 の …。

心 か ら… 。

ココ ロモ ・

ココ ロノ ・ イ ノチ ノ

コ コ ロ カ ラ

ココ ロカ ラ

コ コnカ

ラ

蓮 田 で コ コ ロ カ ラ と も。

ココロマデ

蓮 田 で コ コ ロ マ デ と も。

ココロデ モ

蓮 田 で コ コ ロ デ モ と も。

・イ ノ チ カ

命 か ら… 。

ラ

心 まで…。

コ コ ロマ デ

コ コ ロマ デ ・イ ノ チ マ

命 まで…。

デ

心 で も… 。 命 で も… 。

コ モ

コ ロ デ

コ コ ロデ モ ・イ ノ チ デ モ

ア タマ ダ

頭 だ。

ア タマ ダ

(ア タ マ ヤ)

蓮 田 で ア タ マ ダ と も。 京 都 で"だ"を

用 ひれ

ば ア タマ ダ。 ア タ マ ダ ッ ア タマ ダ ッ

頭 だつ た。

タ

(ア タマ ヤ ッ タ)

タ

蓮 田で ア タマ ダ ッタ と も。 京 都 で 同 上 の 場 合 ア タ マ ダ ッタ 。

ア タマ ガ

ア タマ ガ

アタマ ガ

蓮 田 で ア タ マ ガ と も。

頭 も… 。

ア タマ モ

ア タマ モ

アタマ モ

蓮 田 で ア タ マ モ と も。

頭 の…。

ア タマ ノ

アタマ ノ

アタマ ノ

頭 か ら… 。

アタ マ カラ

ア タマ カ ラ

アタマ カ ラ

蓮 田 で ア タ マ カ ラ と も。

頭 まで … 。

アタ マ マデ

アタ マ マ デ

ア タマ マ デ

蓮 田 で ア タ マ マ デ と も。

頭 で も… 。

アタ マ デ モ

ア タマ デ モ

ア タマデ モ

蓮 田 で ア タ マ デ モ と も。

形 だ 。 兎 だ。

カタ チダ

カ タチ ダ

(カ タ チ ヤ)・

京都 で"だ"を

(ウサ ギ ヤ)

ば カ タ チ ダ ・ウ サ ギ ダ。

カ タチ ダ ッ

(カ タ チ ヤ ッ タ)

蓮 田 でカ タチ ダ ッ タ と

タ

(ウサ ギ ヤ ッ タ)

頭 が…。 頭 は…。

カタ チ ダ ッ

形 だつ た。 兎 だつ た。

用 ひれ

も。 京 都 で 同 上 の 場 合 に は カ タ チ ダ ッ タ ・ウ サ ギ ダ ッタ 。

形 が …。形

タカ タ チ ガ

カ タチガ

カ タ チ ガ ・ウサ ギガ

は…。 兎 が … 。 兎 は …。

形 も… 。

カ タチモ

カ タチ モ

形 の …。 兎の …。

カ タ チ モ ・ウサ ギ モ

兎 も… 。

カ タチ ノ

カ タチ ノ

カ タ チ ノ ・ウ サ ギノ

形 か ら… 。

カ タチ カラ

カ タチカ ラ

形 まで … 。

カ タチマ デ

カ タチマ デ

カタ チデ モ

カタ チデ モ

カ タ チ デ モ ・ウ サ ギデ モ

兎 で も…。 "心"と"命" "形"と"兎"

備 考

カ タ チ マ デ ・ウ サ ギマ デ

兎 まで … 。

形 で も…。

カ タ チ カ ラ ・ウ サギカラ

兎 か ら…。

は夫 々常 に

"形"と"兎"

"心"と"命"は

常

は常 に同ア

に同 アクセ ン ト

クセ ン ト

同 ア クセ ン ト

4  二 音 節 動 詞 の ア ク セ ン ト 終 止 形 が 二 音 節 の 動 詞 は 、 蓮 田 町 で は 二 種 の 型 に 別 れ る 。 〔A〕 は"見 "蒔 く"が

、 終 止 形 、 單 独 の 場 合 、 ミ ル ・マ ク の や う に 上 昇 的 に

発 音 さ れ る も の で 、 そ の 高 低 の 相 は 一 音 節 名 詞"絵""火"の つ い た 場 合 と 全 く 同 様 の もの で あ る 。 從 つ て 蓮 田 町 の"蒔 人 に は"巻

る"

こ れ に屬 し

く"の

や う に 聞 え る わ け で あ る。 〔B〕は"着

類 に"だ"が く"の る""巻

発 音 は東 京 く"等

が こ

れ に屬 し、 終 止 形 單 独 の 場 合 、 キ ル ・マ ク の や う に 下 降 的 に 発 言 さ れ る もの 、 そ の 高 低 の 相 は 一 音 節 名 詞"柄""日"の 様 の も の で あ る 。 即 ち 蓮 田 町 の"着 "切 る""蒔

く"の

類 に"だ"が る""巻

く"の

つ い た 場 合 と 全 く同 発 音 は東 京 人 の耳 に は

や う に 聞 え る こ とゝ 成 る 。

此 等 〔A〕〔B〕二 型 に屬 す る 語 彙 は 次 の や う で 、 一 音 節 名 詞 ・二 音 節 名 詞 の 場 合 同 様 、 東 京 ア ク セ ン ト と は 殆 ど總 て の 語 を 通 じ て 高 低 関 係 が 反 對 で 、 こ れ に 反 し 京 都 ア ク セ ン ト と 一 致 す る も の が 半 数 ば か り見 出 だ さ れ る 。 〔A〕○○

型 の も の 。 ミ ル(見

ふ)・ ウツ(打

つ)・ カ ク(書

る)・ デ ル(出

る)・ ク ル(來

く・掻 く)・ カ ツ(勝

る)・ ア ウ(合

つ)・ ク ウ(食

ふ)・ カ ム

(噛 む)・ サ ス(指

す)・ ス ム(住

む)・ タ ツ(立

つ)・ ト ル(取

る)・ ナ ル

(成 る)・ ヌ ク(脱

ぐ)・ ノ ム(飲

む)・ フ ル(降

る)・ マ ク(蒔

く)・ マ ツ

(待 つ)・ モ ツ(持

つ)・ ヨ ム(読

(附 く)・ フ ク(吹

く)… … 。

む)・ オ ル(折

る)・ ケ ル(蹴

以 上 の 語 は 東 京 で は 殆 ど 總 て ミ ル 型 、 但 し"附

く""吹

(モ ノ)型

に も。 京 都 で は 殆 ど 總 て ミル 型 、 但 し"蹴

〔B〕○○

型 の も の 。 キ ル(着

る)・ ニ ル(似

く"に

る"一

ク

限 りツ ク

語 はケル型。

る ・煮 る)・ ネ ル(寝

る)・ オ ク(置

(貸 す)・ キ ク(聞

く)・ サ ク(咲

く)・ シ ヌ(死

ぬ)・ チ ル(散

る)・ ト ブ

(飛 ぶ)・ ナ ク(泣

く)・ ヌ ク(抜

く)・ ノ ル(乗

る)・ ナ ル(鳴

る)・ フ ル

く)・ ユ ウ(言

以 上 の 語 の 中 、"聞

く"は

ふ)・ ヨブ(呼

す)・ カ ウ(買

る)・ イ ク

(行 く)・ ウ ル(売

(振 る)・ マ ク(巻

く)・ オ ス(押

る)・ツ

ぶ)…

ふ)・

カ ス

…。

普 通 に キ の 母 音 が 無 声 化 し て キク の や う な 姿

を と る 。 こ れ ら の 語 は 東 京 で は 例 外 な く キ ル(モ

ノ)型

。 京都 で は例 外 な

くキル 型 。 以 上 〔A〕〔B〕の 語 の 終 止 形 以 外 の 活 用 形 、 及 び 助 詞 ・助 動 詞 の つ い た 形 の ア ク セ ン トは 次 の や う で あ る 。 此 処 に 於 て も蓮 田 町 ア ク セ ン ト は 東 京 ア ク セ ン ト と は 著 し く異 り 、 反 つ て 京 都 ア ク セ ン ト に 近 い も の を 散 見 す る 。

語 彙 見 た(終 止

蓮

田

ア クセ ン ト

東

京

ア クセ ン ト

京

都

備

ア クセ ン ト

ミタ

ミタ

ミタ

ミロ

ミロ

(ミ ヨ)

考

形)。

見 ろ。

京 都 で 強 ひ て"見

ろ"

と言 へ ば ミ ロ。

見 な い。

ミナ イ

ミナ イ

(ミ ン)

京 都 で 強 ひ て"見 い"と

見 る な(禁

ミル ナ

ミル ナ

ミル ナ

ミル

ミル

ミル

止 形)。

見 る…(連 体 形)。

な

言 へ ば ミナ イ。

蓮 田 ミネ ー と もい ふ 。

語 彙 見 た …(同

蓮

田

東

ア クセ ン ト

京

アクセ ン ト

京

都

ア クセ ン ト

ミタ

ミタ

ミタ

ミテ

ミテ

ミテ

ミテ

ミテ

ミテ

キタ

キ タキロ

キタ

備

考

上)。

見 て …(中 *

止 形)。

見 て …(連 用 形)。 着 た(終 止 形)。

着 ろ。

キロ

(キ ヨ)

京 都 で"着

ろ"と

言へ

い"を

用ひ

ばキ ロ。

着 な い。

キナイ

キナイイ

(キ ン)

京 都 で"な

れ ば キ ナ イ。 蓮 田 キ ネ ー と もい ふ 。

着 る な。

キル ナ

キル ナ

キルナ

着 る …(連

キル

キル

キル

キタ

キタ 

キタ

キテ

キテ

キテ

キテ

オイタ

オイ タ

体 形)。

着 た …(同 上)。

着 て …(中

キテキテ

止 形)。

着 て …(連 用 形)。

置 い た(終 止形)。

オイ タ

蓮 田 で キ ル ナ と も。

置 け。

オケ

オケ

オケ

置 か な い。

オ カナ イ

オ カナ イ

(オ カ ン)

京 都 で は "な い"を

用

ひ れ ば オ カナ イ 。 蓮 田 オ カ ネ ー と もい ふ 。

オ クナ

オ クナ

オ クナ

オク

オク

オクオ イ タ

オイタ

オイ タ

オイ テ

オ イテ

オイ テ

オイテ

オ イテ

オイテ

カイタ

カ イタ

カイタ

置 くな 。

置 く …(連

蓮 田 で オ クナ と も。

体 形)。

置 い た… (同 上)。

置 いて … (中 止 形)。

置 いて … (連 用 形)。

書 い た(終 止 形)。

書 け。

カケ

書 か な い。

カ カ ナイ

カケ

カカ ナ イ

カケ (カ カ ン)

蓮 田 で カ カ ナ イ と も。 又 カ カ ネ ー 、カ カ ネ ー と も。 京都 で"な

い"

を用 ひれ ば カ カ ナ イ 。 書 くな 。

カ クナ

書 く…(連

カ クナ

カ クナ

カク

体形)。

書 いた … (連体 形)。

カク カイ タ

カイタ

カク カイ タ

書 い て…

カ イテ

カ イテ

カ イテ

カ イテ

カイテ

カ イテ

(中 止 形)。

書い て… (連 用 形)。 *"横

目 で 一 寸 見 て ア イ ド ン ト ノ ウ"の"見

て"の

如 き も の 。 以 下 中 止 形 と呼 ぶ も の

は總 て こ れ に 準 ず る 。 **"見

て ゐ る 奴 の 気 が 知 れ な い"の"見

て"の

如 き もの 。 以 下 連 用 形 と 記 し た も の總

て これ に準 ず る。

5  三 音 節 動 詞 の ア ク セ ン ト 蓮 田 町 で 終 止 形 が 三 音 節 の 動 詞 は 大 体 二 種 の 型 に 発 音 さ れ る 。 〔A〕は "掛 け る""動

く"等

が こ れ に屬 し、 終 止 形 ・單 独 で は カ ケ ル ・ウ ゴ ク の や う

に 上 下 中 と も言 ふ べ き 相 に 発 音 さ れ る も の で あ る 。 三 音 節 名 詞 の"心""命" の 類 の單 独 の 場 合 と 全 く 同 じア ク セ ン トで 、 第 三 音 節 は屡々 低 平 に も成 り、 即 ち 全 体 は 上 下 下 に も 発 音 さ れ る も の で あ る 。 〔B〕は"明

け る""続

く"等

が こ れ に屬 し、 終 止 形 ・單 独 で は ア ケ ル ・ツ ズ ク の や う に 上 上 下 調 に 発 音 さ れ る も の で 、 三 音 節 名 詞 の"形""兎"の

類 と 全 く同 じ ア ク セ ン トで 発 音 さ

れ る もの で あ る。 此 等 〔A〕〔B〕に屬 す る 語 彙 は 次 の や う で 、 東 京 ア ク セ ン ト と は 甚 し く異 る こ と前 項 と 同 様 で あ る 。 但 し此 の 度 は 京 都 ア ク セ ン ト と 一 致 す る も の は 全 く な く、 そ れ に 比 す れ ば 東 京 ア ク セ ン ト と 似 て ゐ る もの が 僅 か な が ら 認 め ら れ る。 〔A〕○○○

型 の もの 。 イ キ ル(生

る)・ オ リル(降

り る)・ カ ケ ル(掛

て る)・ ニ ゲ ル(逃

ウ ツ ル(移 ル(作

げ る)・ ヤ ブ ル(破

く)・ ヒ ラ ク(開

る)・ オ モ オ(思

る)・ ノ コ ル(残

ふ)・ ユ ル ス(許

る)・ カ クス(隠

く)・ オ ヨ グ(泳

る)・ ヒ カ ル(光

め る)・ ミ イ ル す)・ イ ゴ ク(動

ぐ)・ ア マ ル(余

る)・ コ マ ル(困

る)・ ヤ ス ム(休

る)・ トオ ル(通

ち

め る)・ タ テ ル(建

れ る)・ ホ メ ル(褒

ふ)・ ク モ ル(曇

す)・ カ イ ル(帰

き る)・ オ チ ル(落

け る)・ シ メ ル(締

げ る)・ ハ レ ル(晴

(見 え る)・ サ ゲ ル(下 く)・ タ タ ク(叩

き る)・ オ キ ル(起

る)・

る)・ ツ ク

む)・ マ ヨ オ(迷

る)・ ハ イ ル(這

入 る)

……。 以 上 の 語 は 東 京 で は 殆 ど 全 部 イ キ ル 型 、 但 し"帰 三 語 は カ エ ル 型 。 京 都 で は"生 る"は

〔B〕○○○

型 の も の 。 ア ケ ル(明

る)・ ア テ ル(当

ウ ゴ ク型

き る"―"破

"動 く"―"通

け る)・ イ レ ル(入

め る)・ ヌ レ ル(濡

(燃 え る)・ オ ド ル(踊

る)・ ア ガ ル(上

ブ(並

す)・ サ ガ ス(探

る)・ チガ ウ(違

ぶ)・ ノ ボ ル(昇

る)・ モ ラ ウ(貰

イキル型、

ズ ク(続

る)・ ヒ ロ オ(拾

ふ)・ ワ ラ ウ(笑

る)・ ア タ ル(当

ふ)・ ア ス ブ(遊

レ ル(暮

け る)・ モ エ ル

る)・ カ ア ル(変

む)・ ス ス ム(進

く)・ トマ ル(止

ふ)・マ ガ ル(曲 ぶ)…

げ

へ る)・ ケ エ ル

て る)・ マ ケ ル(負

す)・ シ ズ ム(沈

ふ)・ツ

れ る)・ク

れ る)・ カ エ ル(変

え る)・ ス テ ル(捨

る)・ コ ロ ス(殺

入 る"は

入 る"

れ る)・ ア ゲ ル(揚

り る)・ カ レ ル(枯

(消 え る)・ ニ エ ル(煮

ス ワル(坐

び"這

る""這

。

て る)・ カ リル(借

れ る)・ トメ ル(止

る"及

る""通

む)・

る)・ナラ

る)・マ ア ル(廻 …。

以上 の 語 は東 京 で は例 外 な くア ケ ル 型 。 京 都 で は 殆 ど 全部 ア ケル 型 、 但 し"遊

ぶ"は

ア ソ ブ 型 。 な ほ 蓮 田 町 に は 以 上 〔A〕〔B〕の 他 に○○○

音 さ れ る 動 詞 が 一 語 あ り、 ア ル ク(歩

く)之

型 に発

で あ る。 ア ル ク で は な い か と

随 分 注 意 し た が 、 明 ら か に ア ル ク で あ る 。"歩 く"が さ う な ら"這 入 る" "参 る"は 如 何 、 と調 査 して見 た が これ らは ハ イ ル 、 マ イ ル 型 で あ っ た。 "歩 く"だ け が 特 殊 な 型 で 発 音 さ れ る こ と は 注 意 す べ き こ と と 思 ふ 。 以 上 〔A〕〔B〕二 型 の 動 詞 の 終 止 形 以 外 の 活 用 型 及 び 助 動 詞 の つ い た 形 の ア ク セ ン トは 次 の や う で あ る 。 東 京 ア ク セ ン ト と は 殆 ど 一 致 せ ず 、 京 都 ア ク セ ン ト と は 間 々 一 致 す る傾 向 が茲 に 又 現 れ る 。

語 彙 掛 けろ。

蓮

田

東

京

ア クセ ン ト

ア クセ ン ト

カケ ロ

カケロ

京

都

ア クセ ン ト (カ ケ ヨ)

備 京 都 で"ろ"を

考 用ひれ

ばカ ケ ロ。蓮 田で は カ ケ ロ と も。 掛 け た(終 止 形)。

カケタ

カケ タ

カケ タ

語 彙

蓮

田

東

京

京

都

ア クセ ン ト

備

考

ア クセ ン ト

アクセ ン ト

掛 け るな。

カ ケルナ

カケル ナ

カケル ナ

蓮 田 で は カ ケ ル ナ と も。

掛 け ない。

カ ケナイ

カケナ イ

(カ ケ ン)

蓮 田 で は カ ケ ナ イ と も。 又 カ ケ ネ ー 、カ ケ ネ ー と も。 京 都 で"な

い"

を用 ひ れ ば カ ケ ナ イ 。

掛け る …

カ ケル

カケル

カケル

カケタ

カ ケタ

カケ タ

カ ケテ

カ ケテ

カケ テ

カケテ

カ ケテ

カ ケテ

アケロ

アケロ

(ア ケ ヨ)

蓮 田 で は カ ケ ル と も。

(連体 形)。

掛 けた… (連体 形)。

掛 けて… (中止 形)。

掛 けて … (連用 形)。 明 けろ。

京 都 で"ろ"を

用 ひれ

ば ア ケ ロ。

アケ タ

アケ タ

アケタ

明 け るな。

ア ケ ルナ

アケル ナ

ア ケル ナ

蓮 田 で は ア ケ ル ナ と も。

明 け ない。

アケ ナ イ

アケナ イ

(ア ケ ン)

蓮 田 ア ケ ネ ー と も。 京

明 け た(終 止形)。

都 で"な

い"を

ば アケナ イ。

明 け る… (連体 形)。

アケル

アケル

アケル

用 ひれ

明 けた…

アケタ

アケタ

アケタ

アケ テ

アケ テ

ア ケテ

アケ テ

アケ テ

アケテ

ウ ゴケ

ウ ゴ ケ ・ハ

ウ ゴ ケ ・ハ イ レ

蓮 田 で ウ ゴ ケ と も。

蓮 田 で ウ ゴ イ タ と も。

(連 体 形)。

明 けて … (中 止 形)。

明 けて … (連 用 形)。

動 け。 這入 れ。

動 い た(終

イ レ

ウ ゴ イタ

止形)。

ウ ゴイタ ・

ウ ゴ イ タ ・ハ イ

ハ イ ッタ

ッタ

ウ ゴクナ ・

ウ ゴ ク ナ ・ハ イ

這 入つ た (終止形)。

動 くな 。 這

ウ ゴ クナ

入 るな。

動 か ない。

ウゴ カナイ

ルナ

ウ ゴカナ イ

(ウ ゴ カ ン)・

蓮 田 で ウ ゴ カ ナ イ と も。

(ハ イ ラ ン)

蓮 田"な い"の 代 りに "ね え"と も 。

・ハ イ ラ ナ

這 入 らな い 。

蓮 田 で ウ ゴ ク ナ と も。

ハ イルナ

イ

京 都 で は"な

い"を

用

ひ れ ば ウ ゴ カ ナ イ ・ハ イラナ イ。

動 く…(連

ウ ゴ ク

ウ ゴ ク ・ハ イ ル

蓮 田 で ウ ゴ ク と も。

ウ ゴイ タ ・

ウ ゴ イ タ・ ハ イ

蓮 田 で ウ ゴイ タ と も。

ハ イ ッタ

ッタ

ウ ゴ ク ・ハ イル

体 形)。 這 入 る… (連体 形)。

動 いた… (連体 形)。 這 入 つ た… (連体 形)。

ウ ゴ イタ

語 彙 動 いて…

蓮

田

ア クセ ン ト ウ ゴ イテ

(中 止 形)。

東

京

京

都

ア クセ ン ト

ア クセ ン ト

ウ ゴイ テ ・

ウ ゴ イ テ ・ハ イ

ハ イ ッテ

ッテ

備

考

蓮 田 で ウ ゴイ テ と も。

這 入 って … (中 止 形)。

動 い て…

ウ ゴ イテ

ウ ゴイテ ・

ウ ゴ イ テ ・ハ イ

ハ イ ッテ

ッテ

ツズケ

ツズケ

ツ ズイ タ

ツ ズ イタ

ツズイ タ

ツ ズクナ

ツ ズ クナ

ツ ズ クナ

(連 用 形)。

蓮 田 で ウ ゴ イ テ と も。

這 入 って … (連 用 形)。 続 け。

続 い た(終

ツズ ケ

止 形)。

続 くな 。

蓮 田 で ツ ズ ク ナ と も。 蓮 田"な い"の 代 りに "ね え"と も 。

続 か ない。

ツズ カナ イ

ツズ カナ イ

(ツ ズ カ ン)

京 都 で は"な

い"を

ひれ ば ツズ カナ イ。

続 く …(連

ツズ ク

ツズ ク

ツズ ク

ツズ イタ

ツズ イタ

ツズ イタ

ツズイ テ

ツズ イテ

ツズ イテ

ツ ズイ テ

ツズイ テ

ツズイ テ

体 形)。

続 い た… (連 体 形)。

続 いて … (中 止 形)。

続 いて… (連 用 形)。

用

"動 く"と "這 入 る"

備 考

とは常 に同 ア クセ ン ト

な ほ ア ル ク(歩

く)の 活 用 形 の ア ク セ ン ト は 次 の や う で あ る 。 ア ル ケ ・ア

ル イ タ ・ア ル ク ナ ・ア ル カ ナ イ ・ア ル ク ・ア ル イ タ ・ア ル イ テ ・ア ル イ テ 。

6  二 ・三 音 節 の 形 容 詞 の ア ク セ ン ト 蓮 田 町 で 終 止 形 が 二 音 節 の 形 容 詞"無

い""良

音 さ れ る 。 そ の 型 の 相 は 一 音 節 名 詞"絵""火"の

い"は

共 に ナ イ ・イ イ と 発

類 に"だ"が

つ い た場合

の ア ク セ ン ト と全 く 同 趣 で 、茲 で も亦 東 京 ア ク セ ン ト と 高 低 が 逆 で 、 京 都 ア ク セ ン トとは 一 致 して ゐ る。 終 止 形 が 三 音 節 の 形 容 詞 は 二 種 に 分 れ る 。 〔A〕 は"熱

い""青

い"等

が 之

に屬 し、 アツ イ ・ア ツイ の 二 様 に 発 音 さ れ る も の で 、 そ の 高 低 の 相 は○○○ の 時 は 三 音 節 名 詞 の"嵐""鳥"の 三 音 節 名 詞 の"心"命"の單 又 時 に○○○ 常 にアカ

單 独 の 場 合 と 全 く 同 じ く、○○○

の時 は

独 の 場 合 と 全 く 同 じ もの で あ る。 但 し こ れ は

の や う に も 発 音 さ れ る 。 〔B〕は"赤

い""浅

い"等

が 之 に屬 し 、

イ の や う に 発 音 さ れ る もの 、 そ の 高 低 の 相 は 三 音 節 名 詞"形""兎"

の 類單 独 の 場 合 と 全 く同 じ も の で あ る 。 な ほ 〔A〕の 語 が 、○○○ "足""犬"の

・○○○

の 二 様 に発 音 され るの は 二 音 節 名 詞 の

類 が ア シ ・ア シ 二 様 に 発 音 さ れ る 場 合 と は 異 り

、 同 一 の ア クセ

ン ト理 想 を 目 ざ し て い る の で は な い 。 《東 京 で"神"が

カ ミ ・カ ミ の 二 様 に

発 音 さ れ る 》 と 言 ふ や う な 、 明 ら か に 二 つ の 異 る ア ク セ ン ト理 想 の 實 現 と 觀 察 さ れ た 。 こ れ に 反 し て 〔A〕の 語 が ○ ○ ○ に も 発 音 さ れ る の は○○○

に発

音 さ れ る 場 合 と 同 じ ア ク セ ン ト理 想 に 對 す る 異 る 實 現 と 觀 察 さ れ た 。 以 上 〔A〕〔B〕二 型 に屬 す る 語 彙 は 次 の 通 りで 、 こ れ に よ れ ば 、 此 の 度 は 東 京 ・京 都 両 ア ク セ ン ト と も 相 当 異 り、 強 ひ て 言 へ ば 東 京 ア ク セ ン トに 對 す る 方 が い く ら か 近 い と言 へ る か も知 れ な い 程 度 で あ る 。 〔A〕○○○ ツ イ(熱

・○○○

両 型 の も の 。 ア オ イ ・ア オ イ(青

い)・ ク ロ イ ・ク ロ イ(黒

い)・ ア ツ イ ・ア

い)・ サ ム イ ・サ ム イ(寒

い)・ シ ロ

イ ・ シ ロ イ(白

い)・ セ マ イ ・セ マ イ(狭

チ カ イ ・チ カ イ(近

い)・ツ

い)・ ハ ヤ イ ・ハ ヤ イ(早

ヨ イ ・ツ ヨ イ(強

い)…

い)・

ひ)・ ナ ガ イ ・ナ ガ イ(長

い)・ ヒ ク イ ・ヒ ク イ(低

(広 い)・ ホ ソ イ ・ホ ソ イ(細 カ イ(若

い)・ タ カ イ ・タ カ イ(高

い)・ ヒ ロ イ ・ヒ ロ イ

い)・ ヨ ワ イ ・ヨ ワ イ(弱

い)・ ワ カ イ ・ワ

…。

以 上 の 語 は東 京 で は總 て ア オ イ型 。 京都 で は總 て ア オ イ 型。 共 に例 外 な し。 〔B〕○○○ ウ ス イ(薄

形 の も の 。アカ

イ(赤

い)・ オ ソ イ(遅

い)・オモ

(軽 い)・ トオ イ(遠

い)…

い)・ ア サ イ(浅 イ(重

い)・ アツ

い)・カタイ(固

イ(厚

い)・

い)・カル

イ

…。

以 上 の 語 は 東 京 で は 總 て ア カ イ 型 で 例 外 ナ シ。 京 都 で は總 て ア カ イ 型 で 例 外 ナ シ。 以 上 の 二 音 節 形 容 詞 及 び 三 音 節 形 容 詞 〔A〕〔B〕の 終 止 形 以 外 の 活 用 形 及 び 助 詞 ・助 動 詞 の つ い た 形 の ア ク セ ン トは 次 の や う で 、 東 京 ア ク セ ン ト と の 間 に は 大 き な 差 異 が あ り、 こ れ に 對 し て 京 都 ア ク セ ン ト と は 一 致 す る も の が 屡々 あ る 。

語 彙 良 い …(連

蓮

田

東

京

京

ア クセ ン ト

ア クセ ン ト

イイ

イイ

エ エ

ヨク

ヨク

ヨオ

都

ア クセ ン ト

備

考

体 形)。

良 く …(連 用 形)。

く"と 言 ふ

場 合 に は ヨ ク。

ヨカ ッタ

ヨカ ッタ

良 け れ ば … 。 ヨ ケ レバ

ヨ ケ レバ

良 かつ た。

京 都 で"良

熱 い …(連

ア ツ イ ・ア

体 形)。

ツ イ

アツ イ

ヨカ ッタ

ア ツイ

蓮 田 で ア ッ イ と も。

アツク

熱 く …(連

ア ツク

ア ツウ

京 都 で"熱

く"と 言 へ

ば ア ツク。

用 形)。

ア ツカ ッタ

ア ツカ ッタ

。 ア ツ ケ レバ

ア ツ ケ レバ

熱 か っ た。

熱 け れば… 赤 い …(連

ア ツカ ッタ

アカイ

アカイ

ア カイ

アカク

アカ ク

ア コオ

体 形)。

赤 く …(連

京 都 で"赤

く"と 言 へ

ばア カク。

用 形)。

ア カ カ ッタ

赤 かつ た。

ァカ カ ッタ

赤 け れ ば … 。 ア カ ケ レバ

アカ カ ッタ

蓮 田 で ア カ カ ッ タ と も。

ア カ ケ レバ

蓮 田 で ア カ ケ レバ と も。 "熱 い"と"赤

備 考

い"

は同形

補  四 音 節 語 の ア ク セ ン ト 最 後 に 蓮 田 町 の 四 音 節 語 の ア ク セ ン ト は 、 や は り埼 玉 ア ク セ ン トの 特 徴 を よ く表 して ゐ る點 で 興 味 が あ る と思 は れ た 故 、茲 に ど ん な 種 類 の 型 が あ り、 ど ん な 語 彙 が そ れ ぞ れ の 型 に屬 し て ゐ る か 、 と 言 ふ こ と を 簡單 に 記 して 置 き た い。 四 音 節 名 詞 に は 五 種 類 の 型 が あ る。 〔A〕

○ ○○○

ん""姉

型 の も の 。 例 、"狼""紫""蝙蝠""紋

さ ん"…

此 等 に 助 動 詞"だ"が 京 で○○○○ 〔B〕 ○○○○ "小 鼠""泥

附"蒲

公 英""兄

さ

…。 つ け ば 、 オ オ カ ミダ の や う に 成 る。 此 等 は大 体 東

型 の もの 。 型 の も の 。 例"鶯""蛤""石 水""仲

此 等 に 助 動 詞"だ"が

好""井

戸 端""皆

垣""朝 さ ん"…

…

顔""後

足""渦

巻"

。

つ け ば ウ グ イ ス ダの や う に 成 る。 此 等 は 大 体 東 京

で○○○○

型 の もの 。

〔C〕○○○○ 雨""門

型 の も の 。 例 、"傘""商(あ

松""先

生""柿

の 木""呉

此 等 に 助 動 詞"だ"が で○○○○

服 屋"…

空""色

紙""大

…。

つ け ば カ ラ カ サ ダ の や う に な る。 此 等 は 大 体 東 京

型 の もの 。

〔D〕○○○○

型1の

"物 置""綿

もの 。 例 、"雷""鋸""弟""妹""唇""綠

入"…

…

で○○○○(ダ)型

差"

つ け ば カ ミ ナ リ ダ の や う に 成 る。 此 等 は 大 体 東 京

の もの 。

〔E〕○○○○

型2の

豆""竹

呂 敷""山

側""物

。

此 等 に 助 動 詞"だ"が

屋""空

き な ひ)""青

も の 。 例 、"鶏""親

籔""谷

鳥""夕

方""夕

此 等 に 助 動 詞"だ"が で ニ ワ ト リ(ダ)型

川""蝶

々""人

焼"…

犬""大

麦""親

指""北

風""肴

形""殿

様""箱

庭""懐

中""風

…。

つ け ば ニ ワ ト リダ のや う に成 る。 此 等 は大 体 東 京

の もの 。

終 止 形 が 四 音 節 の 動 詞 ・形 容 詞 に は 三 種 類 の 型 が あ る と觀 察 さ れ た 。 〔A〕○○○○ "短 い"…

型 の も の 。 例 、"大

き い""苦

し い""淋

し い""樂

し い"

ね る""流

れ る"

…。

此 等 は 大 体 東 京 で ○○○○ 〔B〕○○○○ "答 へ る""集

型 の も の 。 例 、"集 め る""調 ま る""喜

ぶ"…

此 等 は 大 体 東 京 で○○○○ 以 上 の 中"流

型 の 形 容 詞 で あ る。

れ る"の

べ る""尋

…。

型 の 動 詞 で あ る。

終 止 形 以 外 の 形 は ナ ガ レ ロ ・ナ ガ レ タ ・ナ ガ レ

ル ナ ・ナ ガ レ ナ イ ・ナ ガ レ ル ・ナ ガ レ タ ・ナ ガ レ テ ・ナ ガ レ テ 。 〔C〕○○○○ "忘 れ る""初

型 の も の 。 例 、"産 れ る""重 ま る""働

く""明

此 等 は 大 体 東 京 で○○○○ 以 上 の 中"忘

れ る"の

る い""悲

ね る""並

べ る""初

しい""冷

い"…

…

め る" 。

型 の 動 詞 ・形 容 詞 で あ る 。

終 止 形 以 外 の 形 の ア ク セ ン ト は ワ ス レ ロ ・ワ ス レ

タ ・ワ ス レ ル ナ ・ワ ス レ ナ イ ・ワ ス レル ・ワ ス レ タ ・ワ ス レ テ ・ワ ス レ テ 。

以 上 本 章 に 述 べ た 所 に よ っ て 、 蓮 田 町 の ア ク セ ン トな る もの は 、 地 理 的 に

近 い 東 京 の ア ク セ ン トと は非 常 に 異 り、 反 つ て 地 理 的 に は遠 い 京都 、 即 ち上 方 地 方 の ア クセ ン トに通 ふ點 が 多 い こ とが 知 られ た と思 ふ 。 尤 も茲 に擧 げ た 所 だ け か らで は 《上 方 ア クセ ン トに似 て ゐ る》 と言 ふ こ と は 尚早 と思 はれ る か も知 れ な い 。 然 し蓮 田 町 の ア ク セ ン トを 京 都 以 外 の 近 畿 系 ア クセ ン ト、 例 へ ば神 戸 ・姫 路 ・和 歌 山 ・田辺 ・徳 島 ・高 知 等 の ア ク セ ン トに 比較 す る時 は、 尚一 層 そ の 間 の 類 似點 が 増 して來 るの で あ って 、 例 へ ば 蓮 田町 ア ク セ ン トが 京 都 ア ク セ ン トと一 致 せ ず 、 高 知 ア クセ ン ト と一 致 す る點 を擧 げ れ ば 次 の や うで あ る。 3〔C〕

蓮 田 町 で ○○○ 型1の 名 詞"頭""男""女""鏡"…

…等 は 高知 で

もや は り○○○ 型 で あ る。 神 戸 ・姫 路 ・和 歌 山 ・徳 島 も同様 に○○○ 型 。 5〔A〕 蓮 田 町 で○○○ 型 の 動 詞"生 き る""起 き る""落 ち る""降 り る" "掛 け る""下 げ る"… …"余 る""動 く""移 る""思 ふ""泳 ぐ"… …等 は 高 知 で ○ ○ ○ 型 で あ る。"余 る"以 下 の 四 段 活 用 動 詞 は 和 歌 山 ・田 辺 ・徳 島 で も同様 に○○○ 型 。 〔B〕"続 い て""続

い た"の 形 は蓮 田 町 で ツ ズ イ テ ・ツ ズ イ タで あ るが

高 知 で もツ ヅ イ テ ・ツズ イ タ。 和 歌 山 ・田 辺 ・徳 島 で も同 様 。 6〔A〕

三 音 節 形 容 詞"赤

い""浅

い""厚

い""薄

い""晩

い"… … 等 の 終

止 形 ・連 体 形 は 蓮 田 町 で○○○ 形 で あ る が 、 高 知 で も○○○ 型 。 和 歌 山 ・田辺 ・徳 島 で も同 様 。 これ らの 形 容 詞 の連 用 形 は蓮 田 町 で○○○ 型 で あ るが 、 こ れ また 高 知 で も○○○ 型 。 和 歌 山 ・田辺 ・徳 島 もこ れ に準 ず る。 而 して 今 京 都 の ア ク セ ン トを歴 史 的 に考 察 して 見 る と、 近 世 初 期 の 京 都 ア ク セ ン トは 現 在 の 高 知 ア ク セ ン ト と よ く似 て 居 り、茲 に あ げ た3〔C〕 ・5 〔A〕・5〔B〕 ・6〔A〕 の や う な諸 性 質 は 、 総 て 当 時 の 京 都 ア ク セ ン トに存 在 して ゐ た こ とが 知 られ る(1)の で あ る。 又 、 蓮 田 町 で"犬 が""犬 は"… … の や う な語 、 或 は"命""心"…

… の や うな 語 は○ ○ ○ の や うな 中低 型 に発 音 さ

れ て ゐ る こ と前 に述 べ た 通 りで あ るが 、 京 都 で も鎌 倉 時 代 に は こ れ らの 語 は 中低 調 に 発 音 され て ゐ た の で はな い か と推 測 され る事 實 が あ るの で あ る。(2） これ を 要 す れ ば 蓮 田町 ア ク セ ン トは現 在 の 京都 ア ク セ ン トに比 較 した 場 合 よ り も、 古 い時 代 の 京 都 ア ク セ ン トと比 較 した 場 合 の 方 が 一 層 類 似 の點 が 多

く成 つ て 來 るの で あつ て 、 斯 く見 來 れ ば 蓮 田町 ア ク セ ン トと近 畿 ア ク セ ン ト の 間 に何 か 系 統 的 に も親 近 関係 が あ りは しな い か と も考 へ られ て 來 、 埼 玉 ア ク セ ン トな る もの へ の 興 味 は益々 高 まつ て 來 る の で あ るが 、 果 して どの や う な もの で あ ら うか 。

最 後 に蓮 田 町 ア クセ ン トに就 て も う一 つ 明 らか に して お きた い こ とが あ る。 そ れ は蓮 田 町 の ア クセ ン トと東 京 ア ク セ ン トとは前 述 の 如 く殆 ど語 毎 に 音 の 高 低 状 態 が 異 つ て ゐ る。 所 が 埼 玉 縣 下 で も蓮 田 町 に 近 い 地 方 に は 、 例 へ ば 北 足 立 郡 大 宮 市 ・平 方 町 ・上 尾 町 ・桶 川 町 等 の 如 く、 東 京 式 ア ク セ ン トが行 は れ て ゐ る町 々 が あ る。 そ こ で 《蓮 田町 の ア クセ ン トと此 等 の 町 々 の ア ク セ ン トとを比 較 した な らば ど ん な 結 果 に な るで あ ら うか》 と言 ふ こ とで あ る。 一 寸考 へ る と 《大 宮 市 以 下 の 町 々 の ア ク セ ン トは 東 京 式 とは 言 ひ條 、 地 理 的 に は蓮 田 町 に近 い 関 係 上 、 い く らか蓮 田 町 的 な傾 向 を帯 び て ゐ て 、 例 へ ば 二 音 節 名詞 の 中、 半 数 以 上 は 東 京 と一 致 して ゐ るが 、 半 数 以 下 は 東 京 とは 逆 に成 つ て ゐ て 蓮 田 町 と一 致 して ゐ る の で は な い か 》 と想 像 さ れ るか も知 れ な い 。 所 が實 際 に大 宮 以 下 の 町 々 の ア ク セ ン トを調 査 して 見 る と、 此 の 様 な こ と は決 して な く、 《例 へ ば東 京 で○○ 型 、蓮 田町 で○○ 型 の 語 は、 総 て 東 京 と同 じ く○○ 型 に成 つ て 居 り、 逆 に東 京 で○○ 型 、 蓮 田 町 で ○ ○ 型 の 語 は 、 総 て東 京 と一 致 して ○ ○ 型 に 成 つ て ゐ る》 の で あ る。 しか の み な らず 、 大 宮 以 下 の 町 々 に は更 に進 ん で 次 の や う な傾 向 さへ 見 え る こ と は最 も驚 くべ き、 最 も興 味 あ る、 而 して 最 も注 意 す べ き事 實 と思 はれ る。 即 ち 《東 京 と蓮 田 町 とで は大 部 分 の 語 は 高 低 関 係 が 全 然 異 っ て 発 音 され るが稀 に は 同 じや うな ア クセ ン トで 発 音 さ れ る語 が 見 出 だ さ れ た 。 所 が さ う言 ふ類 の 語 を大 宮 以 下 の 町 々で ど う発 音 して ゐ るか と言 ふ の に、 わ ざわ ざ東 京 と も蓮 田 と も異 る ア ク セ ン トで発 音 して 居 る》 の で あ って 、 今 二 三 の 例 を擧 げ れ ば 次 の や うで あ る。 大 宮 以 下 の 町 々 の 中 で 代 表 と して 地 理 的 に蓮 田 町 に最 も近 い上 尾 町 を と る。 1〔A〕"巣"は 2〔B〕"雲""露"は

東 京 ・蓮 田 共 に ス(ダ)型

で あ るが 、 上 尾 で は ス(ダ)型

東 京 で ク モ ・ツユ で、 蓮 田 で も ク モ ・ツユ で 似 て ゐ

るが 、 上 尾 で は独 り異 な つ て ク モ ・ツ ユ 。 3〔B〕"命""姿""涙""枕""火

鉢""眼 鏡"は 東 京 で イ ノ チ ・ス ガ タ … …

。

蓮 田 で イ ノ チ ・ス ガ タ … … で 似 て ゐ るが 、 上 尾 で は イ ノ チ ・ス ガ タ … … で何 れ と も異 る。 4〔A〕"附

く""吹

く"は 蓮 田 で は ツ ク ・フ ク型 。 東 京 で も屡々 ツ ク ・フ

ク 型 に発 音 さ れ るが 、 上 尾 で は 常 に ツ ク ・フ ク で 、 蓮 田 とは 異 る。 5〔A〕"帰

る""通

る""這 入 る"は 東 京 カ エ ル 型、 蓮 田 は カ エ ル 型 で 似

て ゐ るが 、 上 尾 で は カ エ ル ・ トオル 及 び ハ イル で何 れ と も異 る。 5〔補 〕"歩

く"は 東 京 ・蓮 田 共 に ア ル クで あ る が 、 上 尾 で は ア ル ク で 何

れ と も異 る。 6〔B〕"赤

い"の 変 化 形"赤

か つ た""赤

け れ ば"は 蓮 田 ア カ カ ッ タ ・ア

カ ケ レバ 、 東 京 ア カ カ ッタ ・ア カ ケ レバ で稍々 似 て ゐ る が、 上 尾 で は ア カ カ ッ タ ・アカ ケ レバ で独 り異 る。  以 上1‐6を

通覧 す る の に 上 尾 町 は、 時 に 東 京 に異 を 立 てゝ まで 蓮 田 町 と

反對 に 成 ら う と して ゐ る と言 ふ こ とが 出 來 るの で あ るが 、 大 宮 ・平 方 ・桶 川 町 の ア ク セ ン トも大 体 上 尾 町 に 準 ず る の で あ る。 先 般 、 菊 池 寛 氏 著 の"勤 皇 菊 池 一 族"と

い ふ 本 を読 ん で ゐ た ら、 《南 北 朝

時 代 、 日向 に居 た 畠 山 直 顯 と言 ふ 武 將 は 、 薩 摩 に ゐ た有 力 な北 朝 方 の 豪 族 ・ 島 津 貞 久 と犬 猿 の 間柄 で 、 初 め 南 朝 方 に あ つ て 之 と敵對 して ゐ た が 、 た また ま 島津 が菊 池 に敵 しか ね て 南朝 に降 るや 、 直 顯 は わ ざわ ざ北 朝 方 に成 つ て 之 と爭 つ た》 と言 ふ 意 味 の 記 述 に ぶ つ か つ た が 、 今 蓮 田 町 ア ク セ ン トに對 す る 上 尾 町 ア クセ ン トの態 度 は、 この 島 津 に對 す る直 顯 の 態 度 を思 はせ る もの が あ り、 厭 くまで も蓮 田 町 ア ク セ ン トと反對 に成 ら う成 ら う と して ゐ る の で あ る。 此 は 如 何 な る事 實 を物 語 る もの で あ ら うか 。 此 は蓮 田 町 ア ク セ ン トを以 て 代 表 され る埼 玉 ア ク セ ン トの 成 立 を考 へ る上 に重 大 な 暗 示 を与 へ る もの と 見 ら れ る故 、 第6章

注(1)服

に 行 つ て 改 め て 考 察 しよ う と思 ふ 。

部 四郎 「補 忘記 の研 究」、金 田一 春彦 「補 忘記 の 研究 、續貂 」(『日本語

のアクセン ト』所収)。 (2)金

田一春 彦 「 現 代 諸 方言 の 比較 か ら觀た 平安 朝 の ア クセ ン ト」(『方 言』

7の6所 載)及 び 同 「類 聚名 義抄 和 訓 に施 され た る声 符 に就 て 」(『国語学論 集』所収)。

5  蓮 田 町 方 言 以 外 の 埼 玉 ア ク セ ン ト 諸 方 言概觀 以 上 前 章(17‐45頁)に

於 て は 、 埼 玉 ア ク セ ン ト方 言 の 代 表 と し て 、 埼 玉

縣 南 埼 玉 郡 蓮 田 町 方 言 を と り、 同 方 言 の ア ク セ ン トに 就 い て 述 べ て 來 た が 、 次 に 蓮 田 町 方 言 以 外 の 埼 玉 ア ク セ ン ト諸 方 言 の 内 容 は ど の 様 な もの で あ る か 。 前 々 章(11‐12頁)に

述 べ た や う に 、 埼 玉 ア ク セ ン ト 諸 方 言 は 町 村 に よ り可

成 り 異 る 内 容 を 有 す る 故 、 一 往 他 の 諸 町 村 に 於 て 調 査 し得 た 所 を も逐 る べ き所 で あ る が 、 幸 な こ と に 、 こ れ 又 前 々 章(14‐16頁)に 各 町 村 方 言 の 間 に は 極 め て 規 則 的 な"型の對

応"の

一述 べ

述 べ たや う に、

現 象 が 見 られ、 蓮 田 町 で

同 じ 型 に屬 して ゐ る 任 意 の 二 語 は 、 他 の 町 村 で も 同 じ 型 に屬 し て ゐ る傾 向 が 強 い 故 、 こゝ で は 代 表 的 な 幾 つ か の 町 村 に 於 て 、 蓮 田 町 に 於 け る各 類 の 語 が ど の 様 に 発 音 さ れ て ゐ る か 、 と言 ふ こ と を 簡單 に 述 べ 、 先 に 進 む こ と と す る 。 な ほ 各 町 村 で 如 何 な る 場 所 に 於 て 如 何 な る 人 に 就 て ア ク セ ン トを 調 査 した か 、 に就 い て は 旧稿

「関 東 地 方 に 於 け る ア ク セ ン トの 分 布 」(『日本語 の ア クセ

ン ト』 所 収 、363‐364頁 、375‐376頁 、384‐385頁)を

参 照 頂 き た い。

〔註 〕 尤 も 《そ れ な ら ば 型の對 応 の 例 外 を な す 語 は絶對 に な い か 》 と言 は れ る と 少 し 困 る。 多 い單 語 の 中 に は ど う して も例 外 が 出 來 る 。 例 へ ば 二 音 節 名 詞 の 中 で 二 三 の 町 村 で 例 外 な ア ク セ ン トで 発 音 さ れ て ゐ る語 を拾 へ ば 次 の や う で あ る。 a蓮

田 で"足""犬"と

同 類 に 成 っ て ゐ る 語 の 中 、"坂"は

で 、"雲"は

草 加 町 そ の 他 で 、"露"は

吉 川 町 で 、"秋""朝"と

り、"梨"は

加 須 町 そ の 他 で"飴""牛"と

同 類 に 入 る。

b蓮

田 で"飴"牛"と

"犬"と

同 類 に な つ て ゐ る"砂"は

越 谷町 その 他 同類 に 入

加 須 町 そ の 他 で"足"

同類 に入 る

。

三 音 節 名 詞 に は 此 の や う な 語 が 一 層 多 い が 、 長 くな るの で 拾 ふ の を や め る 。 特 に 蓮 田 町 で ○ ○ ○ 型 の 語 は そ れ 全 体 が そ つ く り同 じ型 に 成 つ て ゐ る と言 ふ や う な 町 村 は 見 出 さ れ ず 、 半 数 が"兜""烏"の

類 と一 緒 に成 つ て ゐ る町 村 そ

の 他 い ろ い ろ あ つ た 。 そ れ 故 、 蓮 田 で ○ ○ ○ 型 の 語 に 限 っ て 以 下 に 於 て 《此 の 町 で は 此 の 型 に成 っ て ゐ る 》 と言 ふ や う な 言 ひ 方 を しな い 。 な ほ 二 音 節 名 詞 の 中"亀""貝""鯛""皺""人""北"の

諸語 は どこか の方 言

で對 応 を破 つ て ゐ て も よ さ さ う な 語 で あ る が 、 さ う 言 ふ 方 言 は 見 出 だ さ れ な

か った。

2  菖 蒲 町 方 言(埼

玉 縣 南 埼 玉 郡)

埼 玉 縣 ア ク セ ン ト方 言 の 中 で は 、 蓮 田 町 方 言 と 共 に"型

の 区 別"は

可成 り

明 瞭 な 方 に屬 す る 。 東 京 語 と音 の 高 低 が 逆 に な つ て ゐ る 語 が 多 く 、 典 型 的 な 埼 玉 ア ク セ ン ト方 言 の 一 つ で あ る 。"秋 が""朝 "牛 が"の

や う な 語 節 が○○○

が"の

や う な 語 節 、"飴 が"

… … の や う に も 発 音 さ れ る點 は 蓮 田 町 方 言 と

は 異 り 、 同 じ埼 玉 ア ク セ ン ト方 言 中 、 加 須 町 そ の 他 北 方 に 分 布 す る 方 言 に 見 ら れ る特 色 で あ る 。 二 音節 名 詞 "秋""朝"の

類(大

サ 、 助 動 詞"だ"を 助 詞"が"を

体 東 京 で○○(ダ)型

の 語)は

、單 独 で は ア キ ・ア

つ け る と、 ア キ ダ ・ア サ ダ と成 り、 蓮 田 町 に 同 じ い 。

つ け て 更 に 他 の 語 節 を 次 に 続 け る と、 ア キ ガ … … ・ア サ ガ

……

、 と も 成 る が 、 寧 ろ ア キ ガ … … ・アサ ガ … … と成 る 方 が 普 通 で あ る 。 "足"犬"の 類(大 体 東 京 で○○(ダ)型 の 語)は 、單独 で は ア シ ・イ

ヌ の や う に 下 降 調 に 発 音 さ れ 、時 に は殆 ど下 降 が 聞 え な い こ と もあ るが 、 蓮 田 町 に 比 す る と 下 降 が 余 程 顯 著 で あ る 。"だ"を

つ け る と、 ア シ ダ ・

イ ヌ ダ の 形 が 最 も 多 く現 れ る が 、 ア シ ダ ・イ ヌ ダ と も 言 ふ や う だ 。 但 し ア シ ダ と は 成 ら な い 。"が"が

つ い て 文 の 中 に 入 る と 、 ア シ ガ … … ・イ

ヌ ガ … … の や う に も 発 音 さ れ 、又 ア シ ガ … … ・イ ヌ ガ … … の や う に も発 音 さ れ た 。○○○

… … と○○○

… … とで は 全 然 聴 覚 的 印 象 が ち が ふ が 、

此 の 地 方 で は 此 の 二 つ の 型 の 間 を 動 揺 し て ゐ る も の と觀 察 さ れ た 。 "飴""牛"の

類(大

体 東 京 で○○(ダ)型

シ で 蓮 田 町 に 同 じ い 。"足""犬"の 調査 の一人 は

《"鼻"と"花"と

の 語)は

、單 独 で は ア メ ・ウ

類 の單 独 の 発 音 と 酷 似 し て 聞 え 、 被 は 区 別 が な い 》 と 言 つ た 。"だ"が

つ く と、

ア メ ダ ・ウ シ ダ と も 聞 え 、 ア メ ダ ・ウ シ ダ と も聞 え 、 時 に は ア メ ダ ・ウ シ ダ と も 聞 え 、 蓮 田 町 よ り は 余 程 不 安 定 で あ る 。"が"が

つ いて文章 に

入 る と 、 アメ ガ … … ・ウシ ガ … … と 成 る 他 に 、 ア メ ガ … … ・ウシが… … と も 成 つ た 、 つ ま り"秋 つ た 。又"秋"の

が""朝

類 、"足"の

が"の 類 、"飴"の

類 の 発 音 と 区別 が見 出 され な か 類 と も に 文 中 に 入 れ ば○○○

… … の 形 に も発 音 さ れ る わ け で あ る 。 三音節 名詞 "烏""兜"の 約 半 数)は單

類(蓮

田 で○○○

型 の語

、 東 京 で○○○(ダ)型

独 で は カ ラ ス ・カ ブ ト と 発 音 さ れ 、"だ"が

ス ダ ・カ ブ ト ダ と 発 音 さ れ た 。"命""涙"(蓮 し て擧 げ た 。 東 京 で は○○○

つ く と、 カ ラ

田 で○○○

型 の 語 の 半 数 と○○○

の語 の

型の 語の例 と

型 の 語 の大 部分 に 当

る 。 此 の 類 の 語 は 埼 玉 ア ク セ ン ト諸 方 言 に 於 て あ ま り規 則 的 な對 応 を な さ な い)は單

独 で は イ ノ チ ・ナ ミ ダ と 発 音 さ れ 、"だ"が

つ くとイノ チ

ダ ・ナ ミ ダ ダ と 聞 え た 。 "頭""男"の

類(東

京 で○○○(ダ)型

ト コ と 発 音 さ れ 、"烏""兜"の

の 語)は單

独 で は ア タ マ ・オ

類 と 区 別 が 見 ら れ な か っ た が 、"だ"が

つ く と ア タ マ ダ ・オ トコ ダ と 発 音 さ れ た 。"形""兎"の タ チ ・ウ サ ギ で 、"烏""兜"の

類 は單 独 で は カ

類 と 区 別 が 見 ら れ な か つ た が 、"だ"が

つ く と カ タ チ ダ ・ウ サ ギ ダ と 成 つ た 。

3  岩 槻 町 方 言(埼

玉 縣 南 埼 玉 郡)

三 音 節 語 の 殆 ど全 部 が○○○ "型 の 区 別"が

不 明瞭 で

調 か 若 し く は そ れ に 近 い 形 に 発 音 さ れ て 居 り、

、 蓮 田 方 言 な ど よ りは一 型 ア ク セ ン トに一 歩 近 づ い

て ゐ る 。 二 音 節 語 も 、 蓮 田 町 で○○ で 、 助 詞 が つ け ば○○○

型 の 語 を 除 い て は 概 ね ア ク セ ン ト不 安 定

調 か そ れ に 近 い 形 で 発 音 され て ゐ る。

二 音節名詞 "秋""朝"の

類 は單 独 で は ア キ ・ア サ

、"∼ だ"の

ダ で 大 体 安 定 して ゐ る や う だ 。"∼ が … …"の

形 は ア キ ダ ・ア サ

形 は ア キ ガ … … ・ア サ ガ

… … で や は り安 定 して ゐ る。 "足""犬"の

類 は單 独 で は 多 くは ア シ ・イ ヌ の や う に 下 降 調 に 発 音 さ

れ た 。 此 の 場 合 、 次 の"飴""牛"の

類 の 場 合 と異 り、 第 二 音 節 が 第 一

音 節 よ り甚 だ し く は 低 く な ら ず 、 又 第 二 音 節 にstressが

置 かれて ゐ るこ

と が 注 意 さ れ た 。 但 し ア シ ・イ ヌ の や う に 第 二 音 節 が 高 く発 音 さ れ る こ と も あ っ た 。"∼ だ"の "牛 だ"と

は異 り

、"だ"が

形 は ア シ ダ ・イヌ ダ と 成 る が 、 こ れ も″飴 だ" 甚 し く は 低 く成 ら ず 、 ド ド ラ と言 つ た 感 じ で

あ る 。 但 し此 の 形 は ア シ ダ の や う に も 、 ア シ ダ の や う に も 聞 か れ た 。 " ∼ が … …"の

形 は ア シ ガ … … ・イ ヌ ガ … … と も 聞 か れ

、 ア シガ…… ・

イ ヌ ガ … … と も 聞 か れ 、 こ れ又 著 し く不 安 定 の や う で あ っ た 。 "飴""牛"の

類 は

、單 独 で は ア メ ・ウ シ で 、"足""犬"の

第 二 音 節 は 著 し く低 く、 且 弱 い 。"∼ だ"の 形 ら し く、 此 の 場 合 も"足 で あ る 。"∼ が … …"の

だ""犬

だ"と

類 と は 異 り、

形 は ア メ ダ ・ウ シ ダ が 標 準 は 異 り、 ド ド ド と 言 つ た 感 じ

形 は ア メ ガ … … ・ウ シ ガ … … と も、 ア メ ガ ・ウ

シ ガ … … と も聞 か れ た 。 三 音節名詞 "鳥""兜"の

類 は

、單 独 で は カラ ス ・カ ヲ ト調 、"∼ だ"の

ス ダ ・カ ブ トダ と 成 る と觀 察 さ れ た 。"火 鉢""眼

鏡"は單

又は ヒバ チ 、 メ ガ ネ又 は メ ガ ネ と 発 音 さ れ 、"∼ だ"の

形 ばカラ

独 で は ヒバ チ 形 はメ ガネ ダ ・

ヒバ チ ダ と発 音 さ れ た 。 "頭""男"の

類 は

、單 独 で は ア タ マ ・オ ト コ の や う に 聞 か れ る こ と

が 多 か つ た 。 こ れ は"犬

だ""足

だ"の

形 と 同 じや う に 第 三 音 節 が 第 二

音 節 よ り 下 る こ と が 少 く、 而 もstressが

あ る 。"∼ だ"の

形 は ア タマ

ダ ・オ ト コ ダ の や う に も、 ア タ マ ダ ・オ トコ ダ の や う に も成 つ た 。"形" "兎"の

類 は單 独 で は カ タ チ ・ウ サ ギ の や う に

の や う に も 発 音 さ れ た 。"∼ だ"の

、 然 し又 カ タ チ ・ウ サ ギ

形 も こ れ に 準 じてカ タ チ ダ ・ウサ ギ

ダ の や う に も、 カ タ チ ダ ・ウ サ ギ ダ の や う に も発 音 さ れ た 。

4  越 谷 町 方 言(埼

玉 縣 南 埼 玉 郡)

岩 槻 町 方 言 と 同 様 に 、 三 音 節 語 の 殆 ど 全 部 が○○○

か又 は そ れ に 近 い 形 に

発 音 さ れ て 居 り、 二 音 節 語 に 於 て も 動 揺 が 烈 し く、 総 て の 二 音 節 語 プ ラ ス "だ"の

形 は

、○○○

に 近 い 形 で 発 音 さ れ 得 る。 個 々の 語 の ア ク セ ン トは似

て ゐ る と は 言 へ な い が 、 全 体 の 感 じ は 岩 槻 町 方 言 を 想 起 さ せ る と こ ろ 多 く、 近 い 將 來 に 一 型 化 し さ うな 気 配 が 感 じ られ る。 二 音節名詞 "秋""朝"の   音 さ れ 、"だ"を

類 は單 独 の 場 合 に は ア キ ・ア サ の 如 く明 瞭 に 上 昇 調 に 発 つ け る と ア キ ダ ・ア サ ダ の 如 く、"が … …"を

つ ける と

ア キ ガ … … ・ア サ ガ … … の や う に 発 音 さ れ た 。 "足""犬"の

類 は

、單 独 の 場 合 ア シ ・イ ヌ と 成 る の が 一 般 ら し か つ た

が 、"だ"を

つ け る と ア シ ダ ・ア シ ダ ・ア シ ダ 、 三 様 の 発 音 が 聞 か れ た 。

"が … …"を

つ け る と ア シ ガ … … ・イ ヌ ガ … … と 成 る 他 に

、 ア シ ガ… … ・

イ ヌ ガ … … と も成 るや うで あ つ た。 "飴""牛"の "だ"を

類 は單 独 で は ア メ ・ウ シ の や う に 下 降 調 に 発 音 さ れ

つ け れ ば 大 体 ア メ ダ ・ウ シ ダ の や う に 発 音 さ れ た が

ウ シ ダ の や う な 発 音 も聞 か れ た 。"が … …"を

、

、 アメ ダ ・

つ け る と ア メ ガ … … ・ウ

シ ガ … … の や う に 成 る の が 標 準 形 と見 ら れ た が 、 時 に ア メ ガ … … ・ウ シ ガ … … の や う な 発 音 も聞 か れ た 。 三音節名詞 "兜""烏"の

類 は單 独 の 場 合 カ ブ ト ・カ ラ ス の や う に 中 高 調 に 発 音 さ

れ た 。"だ"の

つ く形 は カ ブ ト ダ ・カ ラ ス ダ の や う に 、 或 は カ ブ ト ダ ・

カ ラ ス ダ の や う に 発 音 さ れ た 。"涙""枕"は單

独 で は 多 く ナ ミ ダ ・マ ク

ラ と 発 音 さ れ た が 、 ナ ミ ダ ・マ ク ラ と も 聞 か れ た 。 "頭""男"の

類 は單 独 で は ア タ マ ・オ ト コ の や う に 発 音 さ れ 、"だ"

が つ け ば ア タ マ ダ ・オ トコ ダ と 成 っ た 。"形""兎"の

類 は單 独 の 場 合 カ

タ チ ・ウ サ ギ の や う に 中 高 調 に 発 音 さ れ 、"だ"が

つ けば、 カタ チダ或

は カ タ チ ダ 、 ウ サ ギ ダ 或 は ウ サ ギ ダ と成 つ た 。 之 を 要 す る に 、 三 音 節 名 詞 の 大 多 数 は○○○ に○○○

調 に発 音 され て ゐ るの で あ るが 、 こ れ ら は時 に一 斉

調 に 近 く も発 音 さ れ た 。

5  吉 川 町 方 言(埼

玉 縣 北 葛 飾 郡)

地 理 的 に は 蓮 田 町 と は 可 成 離 れ て 居 り、 間 に 介 在 す る越 谷 町 ・粕 壁 町 な ど の ア ク セ ン トは 可 成 り 内 容 が 違 つ た も の で あ る に も 拘 ら ず 、 此 の 方 言 の ア ク セ ン トは 蓮 田 町 の ア ク セ ン ト に 非 常 に類 似 し て ゐ る こ と 、 注 目 に 値 す る 。 次 に 見 ら れ る 通 り、 そ つ く り と 言 つ て よ い 。 型 の 区 別 も先 づ 明 瞭 、 各 語 の ア ク セ ン ト も比 較 的 安 定 し て 居 り、 典 型 的 な 埼 玉 ア ク セ ン トの 方 言 で あ る 。 單音 節 名 詞 "柄""日"の

類(東

京 で○(ダ)型

の 語)は"だ"を

つ け れ ば エ ダ ・ヒ

ダ 調 、"∼ が … …"の

形 は エ ガ … … ・ヒ ガ … … 調 、 但 し 此 の 場 合 次 の 語

節 の 第 一 音 節 は 必 ず 低 く発 音 さ れ 、 蓮 田 町 方 言 に 同 じ 。 "絵""火"の 類(大 体 東 京 で ○(ダ)型 の 語)は 、"∼ だ"の ヒ ダ 調 、"∼ が … …"の

形 はエ ダ ・

形 は エ ガ … …・ ヒ ガ … … 調 、 此 の 場 合 も 次 の 語

節 の 第 一 音 節 は 必 ず 低 く発 音 さ れ る こ と、 蓮 田 町 に 同 じ。 二音節 名詞 "秋""朝"の

類 は單 独 の 場 合 は ア キ ・ア サ 調 に 安 定

ア キ ダ ・ア サ ダ に 安 定 、"∼ が … …"の

、"∼ だ"の

形 は

形 は ア キ ガ … … ・ア サ ガ … … に

安 定 。 何 れ も蓮 田 町 に 同 じ。 "足""犬"の

類 は 安 定性 を欠 き

ヌ と も 成 る 。"∼ だ"の

、單 独 で は ア シ ・イ ヌ と も成 り、ア シ ・イ

形 は ア シ ダ 或 は ア シ ダ ・イ ヌ ダ 或 は イ ヌ ダ で 蓮

田 町 に 同 じ 。"∼ が … …"の

形 は ア シ ガ … … ・イ ヌ ガ … … と 成 る こ と が

多 く、 ア シ ガ … … ・イ ヌ ガ … … と は 成 ら な い 。 此 の點 蓮 田 町 と 一 寸 異 る。 "飴""牛"の

類 は單 独 で は ア メ ・ウ シ に 安 定

ダ ・ウ シ ダ に 安 定 、"∼ が … …"の

、"∼ だ"の

場 合 はア メ

場 合 は ア メ ガ … … ・ウ シ ガ … … と成

る 。 何 れ も蓮 田 町 に 同 じ。 三 音節名詞 "兜""鳥"の

類 は

、單 独 で は カ ラ ス ・カ ブ ト調 、"∼ だ"の

ラ ス ダ ・カ ブ トダ 調 。"命"心""枕""涙""垣 は イ ノ チ ・ コ コ ロ 調 、"∼ だ"の "頭""男"の

類 は

鏡"は

、單 独 で

場 合 は イ ノチ ダ ・コ コ ロ ダ調 。

、單 独 で ば ア タ マ ・オト コ 調 、"∼ だ"の

タ マ ダ ・オ ト コ ダ 調 。"形""兎"の "頭""男"の

根""眼

場 合 は カ

場 合 はア

類 は 、單 独 で は カ タ チ ・ウ サ ギ 調 で 、

類 と区別 な し

、"∼ だ"の

場 合 は カ タ チ ダ ・ウ サ ギ ダ 調 。

動詞 二 音 節 動 詞"置

く""着

る"の

類(東

京 で ○ ○ 型 の 語)は

ク ・キ ル 調 、 連 体 形 は オ ク … … ・キ ル … … 調 。"書 京 で○○

型 の 語)は

の 場 合 、"置

く""見

終 止形 オ

る"の

類(東

く""着

終 止 形 ・連 体 形 共 に カ ク … … ・ ミル … … 調 、 連 体 形 る"の

類 ・"書 く""見

る"の

類 共 に 次 に來 る語 節 の

第 一 音 節 は 必 ず 低 い。   三 音 節 動 詞"下

げ る"の

類(東

京 で○○○

型 の 語)は

終 止 形 ・連 体 形

共 にサ ゲル 調 、"上 げ る"の

類(東

京 で○○○

型 の 語)は

終 止 形 ・連 体

形 共 に ア ゲ ル 調 に觀 察 さ れ た 。

6  松 伏 領 村 方 言(埼 "型 の 区 別"は

玉 縣 北 葛 飾 郡)

相 当 明瞭

、 各 型 の ア クセ ン トも安 定 して 居 り、 東 京 語 と高

低 関 係 の 逆 に 成 つ て ゐ る 語 が 多 く、 典 型 的 な 埼 玉 ア ク セ ン ト方 言 の 一 つ で あ る 。"飴 が""牛

が"の

や う な 語 節 が 平 板 調 に 発 音 さ れ て ゐ る點 は 、 蓮 田 町 ・

吉 川 町 と は 異 り 、 北 方 埼 玉 ア ク セ ン トの 特 色 を 表 し て ゐ る 。 (比 較 、 菖 蒲 町 方 言) 二音節 名詞 "秋""朝"の

類 は、單 独 の 場 合 は ア キ ・ア サ と 発 音 さ れ

形 は ア キ ダ ・ア サ ダ の や う に 、"∼ が … …"の

、"∼ だ"の

形 は ア キ ガ … … ・ア サ ガ

… … の や う に発 音 さ れ る。 此 等 は 総 て安 定 した形 を保 つ て ゐ る。 "足""犬"の

類 は

、單 独 で は ア シ ・イ ヌ で 、 こ の ア ク セ ン トは 岩 槻 町

の 此 の 語 の ア ク セ ン ト と 同 様 で 、 第 二 音 節 にstressが の單 独 の 発 音 と は 異 る 。"∼ だ"の ダ 、 ア ジダ

あ り、"飴""牛"

形 は 、 ア シ ダ ・イ ヌ ダ 、 ア シ ダ ・イ ヌ

・イ ヌダ の 三 つ の 形 が 聞 か れ 、孰 れ を 標 準 形 と も見 極 め か ね

た 。"∼ が … …"の

形 で は ア シ ガ … … ・イ ヌ ガ … … の 形 が 標 準 形 と見 ら

れ た。 "飴""牛"の

類 は

、單 独 で は ア メ ・ウ シ の 如 き 明 瞭 な 下 降 調 、"∼ だ"

の 形 は ア メ ダ ・ウ シ ダ 及 び ア メ ダ ・ウ シ ダ の 両 様 、"∼ が … …"の

形 は

ア メガ … … ・ウ シ ガ … … 調 に觀 察 さ れ た 。 三音節 名詞 "兜""烏"の "∼ だ"の

類 は

、單 独 で は カ ブ ト ・カ ラ ス の 形 が 標 準 形 と 見 ら れ た 。

形 は カ ブ ト ダ ・カ ラ ス ダ の や う に 聞 え た

コ コ ロ 、"∼ だ"の "頭""男"の 方 言(48‐49頁)に

。"心"は

、單 独 で は

形 は コ コ ロ ダ と聞 え た 。

類 は單 独 で は ア タ マ ・オ ト コ 調 似 て 、 第 三 音 節 にstressが

の 場 合 と異 る 。"∼ だ"の

、此 の形 もまた岩槻 町

あ り、"形""兎"の

類單 独

形 は ア タ マ ダ ・オ ト コ ダ と 成 つ た 。"形""兎"

の 類 は 、單 独 で は カ タ チ ・ウ サ ギ と 成 る の が 普 通 と 見 ら れ た 。"∼ だ"

の形 は カ タ チ ダ ・ウサ ギ ダ調 。

7  加 須 町 方 言(埼

玉 縣 北 埼 玉 郡)

二 音 節 語 に 於 て は 型 は よ く安 定 し、 そ の 区 別 は 極 め て 明 瞭 、 殊 に 蓮 田 町 で 動 揺 の 烈 し か つ た 二 音 節 名 詞"足""犬"の

類 の ア ク セ ン トが擡 頭 型 に 安 定

し て ゐ る の は 注 意 す べ き で あ る が 、 そ の 代 り蓮 田 町 で 安 定 し て ゐ た"秋" "朝"の

類 が 動 揺 して 居 る

。"秋 が""朝

が"の

形 ・"飴 が""牛

が"の

形 は平

板 型 に 発 音 さ れ て ゐ る の は 北 方 埼 玉 ア ク セ ン トの 特 色 で 、 加 須 町 ア ク セ ン ト は 北 方 埼 玉 ア ク セ ン トの 典 型 的 な もの と言 ふ こ と が 出 來 る 。 三 音 節 語 に 成 る と流 石 に 周 囲 の 諸 方 言 に 似 て 型 の 区 別 が 大 分 怪 し く成 つ て ゐ る。 單音 節 名 詞 "柄""日"の

類 は

、"∼ だ"の

形 は エ ダ ・ ヒ ダ 調 、"∼ が … …"の

形 は

エガ … … ・ ヒガ … … が 標 準 形 と見 ら れ た 。 此 の 場 合 、 蓮 田 方 言 な ど に 見 ら れ る 《次 に 來 る 語 節 の 第 一 音 節 は 必 ず 低 く 発 音 さ れ る 》 と云 ふ 規 則 は な い や う で あ つ た 。 例 、 コ ガ イ ル(子 "絵""火"の だ"と

類 は

、"∼ だ"の

場 合 に は エ ダ ・ ヒ ダ 調 で"柄

明 瞭 に 異 る が 、"∼ が … …"の

"柄 が""日

が"の

が 居 る)。 だ""日

場 合 に は エ ガ … … ・ヒ ガ … … 調 で

類 と 区 別 な く聞 え た

。 次 に 來 る 語 節 に も 、 《第 一 音 節

が 必 ず 低 い 》 と 言 ふ や う な 規 則 は な い 。 被 調 査 者 の 中 の 一 名 は 《"葉 が 落 ち る"と"歯

が 落 ち る"と

は 区 別 が な い 》 と言 つ て ゐ た。

二 音節名詞 "秋""朝"の

類 は、單 独 で は ア キ ・ア サ の 如 き 明 瞭 な 上 昇 調

の 場 合 は ア キ ダ ・ア サ ダ と 成 つ た 。"∼ が … …"の

、"∼ だ"

場合 はアキ ガ…… ・

アサ ガ … … と も 言 は れ る が 、 寧 ろ ア キ ガ … … ・ア サ ガ … … が 普 通 の や う で あつ た 。 "足""犬"の

類 は

、單 独 で は ア シ ・ イ ヌ の 如 き 明 瞭 な 下 降 調 、 蓮 田 や

岩 槻 の や う な 不 完 全 な 下 降 調 で な い こ と は 注 目 さ れ た 。"∼ だ"の

場合

は ア シ ダ ・イ ヌ ダ 調 に 安 定 して を り、 こ れ も 南 方 埼 玉 ア ク セ ン ト に對 し て 著 し い 特 徴 を な し て ゐ る 。"∼ が … …"の ガ … … を 標 準 形 とす べ き も の と思 は れ た 。

場 合 に は ア シ ガ … … ・イ ヌ

"蛤""牛"の

類 は

、單 独 の 場 合 ア メ ・ウ シ で 、"足""犬"の

が な い や う で あ つ た 。 然 し て"∼ "足""犬"の

形 は ア メ ダ ・ウ シ ダ の 如 くで

類 とは 明 瞭 に異 り

、"秋""朝"の

で あ つ た 。"∼ が … …"の … …""朝

だ"の

が … …"と

類 と区 別

類 と区別 が な くな るや う

形 は ア メ ガ … … ・ウ シ ガ … … と 成 り、"秋 が

や は り区 別 が な い や う で あ る

。

三 音節名詞 "兜""烏"の 時 にカラ

類 は

、單 独 の 場 合 は カ ラ ス ・カ ブ トが 標 準 形 ら し い が 、

ス ・カ ブ トの や う に も 聞 え た 。"∼ だ"の

ブ トダ 、 又 は カ ラ ス ダ ・カ ブ トダ と 聞 え た 。"命""眼 ノ チ ・メ ガ ネ と 発 音 さ れ 、"∼ だ"の

場 合 は カ ラ ス ダ ・カ 鏡"は單

独 で はイ

場 合 は イ ノ チ ダ ・メ ガ ネ ダ と 発 音

され た。 "頭""男"の

類 は

、單 独 で は ア タ マ ・オ ト コ と も 聞 え 、 ア タ マ ・オ ト

コ と も 聞 え た 。"∼ だ"の の 類 、"形""兎"の

場 合 は ア タ マ ダ ・オ ト コ ダ と成 り、"烏""兜"

類 と違 ふ こ と が 注 意 さ れ た 。"形""兎"の

で は カタ チ ・ ウサ ギ と も 、.カ タ チ ・ウサ ギ と も 聞 え 、"だ"が

類 は單 独 つ けば カ

タチ ダ ・ウ サギ ダ と も 、 カ タ チ ダ ・ウ サ ギ ダ と も聞 え た 。"兜""烏"の 類 と"形""兎"と

は混 同 され て ゐ るや うで あ る。

動詞 二 音 節 動 詞"置

く""着

る"の

類 は 、 終 止 形 は オ ク ・キ ル 、 連 体 形 は

オ ク … … ・キ ル … … 及 び オ ク … … ・キ ル … … の 二 様 に 成 る もの と 見 ら れ た 。"書 く""見

る"の

三 音 節 動 詞"下

類 は 終 止 形 ・連 体 形 と も カ ク ・ ミ ル 調 。

げ る"の

類 は 、 終 止 形 共 に サ ゲ ル 調 、"上 げ る"の

類

は終 止 形 ア ゲ ル 調 、 連 体 形 ア ゲ ル … … 調 が 標 準 形 と見 られ た 。

8  荒 木 村 方 言(埼

玉 縣 北 埼 玉 郡)

型 の 区 別 は 極 め て 明 瞭 、 各 型 の ア ク セ ン ト も よ く安 定 して ゐ る 。 加 須 町 よ り も 西 に 位 し て ゐ る だ け あ つ て 、 此 処 の ア ク セ ン トに は 東 京 ア ク セ ン トに 近 い 姿 を とつ て ゐ る語 が 少 くな い 。 二 音節名詞 "秋""朝"の

類 は單 独 の 場 合 明 瞭 に アキ

・アサ で

、 丁 度 京 都 ・大 阪 地

方 の こ れ ら の 語 と 同 じ姿 を と る 。 但 し 京 都 ・大 阪 で は さ う 発 音 さ れ な い "跡""息"の

や う な 語 も こ こ で は アト

ば ア キ ダ ・ア サ ダ と 成 り、"が … …"が

・イキ 調 で あ つ た

。"だ"が

つ け

つ け ば 、 ア キ ガ … … ・ア サ ガ … …

と 成 り、 動 か な い 。 "足""犬"の "だ"を

類 は

、單 独 で は ア シ ・イ ヌ で 東 京 語 と 変 り な い 。 然 る に

つ け る と ア シ ダ ・イ ヌ ダ の 形 と ア シ ダ ・イ ヌ ダ の 形 と の 間 を 動

揺 して ゐ る や う な ア ク セ ン ト と 成 り、"が … …"を

つ け る とア シガ … … ・

イ ヌ ガ … …調 に な る。  "飴""牛"の な い 。"∼ だ"の "犬 だ"と

類 は

、單 独 で は ア メ ・ウ シ で"足""犬"の

場 合 も ア メダ

区 別 が な いが

・ウ シダ又

、"が … …"を

は

類 と区 別 が

アメダ・ウシダ

で"足

だ"

つ け る とア メ ガ … … ・ウ シ ガ … …

と成 っ て 明 瞭 に区 別 され る。 三音節名詞 "兜""烏"の

類 は

、單 独 で は カ ブ ト ・カ ラ ス 調 、"だ"が

トダ ・カラ ス ダ 調 。"命""火

鉢"は單

つ け ばカ ブ

独 で は イ ノ チ ・ ヒ バ チ 調 。"だ"

が つ け ば イ ノ チ ダ ・ ヒバ チ ダ 調 、 但 し"涙""眼

鏡"は

ナ ミ ダ ∼ ナ ミダ

ダ ・メ ガ ネ ∼ メ ガ ネ ダ 調 で あ つ た 。 "頭""男"の

類 は單 独 で は ア タ マ ・オ トコ 調

"形""兎"の

類 は

。

、單 独 で は カ タ チ ・ウ サ ギ 調 と カ タ チ ・ウ サ ギ 調 の

間 を 動 揺 して ゐ た 。

9  旧 鳩 ヶ谷 町 方 言(も

と北 足 立 郡 ・現 在 は 川 口市 の 一 部)

二 音 節 語 に 於 て 、"秋""朝"の 揺 が 甚 だ し く、"飴""牛"の "牛"の

類 は 安 定 し て ゐ る が 、"足""犬"の 類 も 不 安 定 で あ る 。"足""犬"の

類 は動 類 ・"飴"

類 に於 て は地 理 的 に近 い だ け あ つ て 東 京 と同 じア ク セ ン ト も聞 か れ

る 。 こ れ は 埼 玉 ア ク セ ン ト方 言 中 南 方 に 分 布 し て ゐ る も の 一 般 に 見 ら れ る 特 色 で あ つ て 、 鳩 ヶ 谷 町 方 言 は 埼 玉 ア ク セ ン ト南 方 派 の 典 型 的 な も の と 言 へ る 。 單音 節 名 詞 "柄""日"の

類 は

、"だ"を

つ け れ ば エ ダ ・ヒ ダ と 成 り 、"が … …"を

つ け れ ばエガ … … ・ヒガ … … と 発 音 さ れ る 。 此 の 場 合 次 の 語 節 の 第 一 音

節 は 必 ず 低 く発 音 さ れ る 。 "絵""火"の 類 は 、"だ"を

つ け れ ば エ ダ ・ ヒ ダ と ヒ ダ 調 、"が … …"

を つ け れ ば エ ガ … … ・ ヒ ガ … … と成 る 。 此 の 場 合 も次 の 語 節 の 第 一 音 節 は必 ず低 く出 る。 二 音 節 名詞 "秋""朝"の

類 は單 独 で は ア キ ・ア サ の や う に 上 昇 調 に

け れ ば ア キ ダ ・ア サ ダ の や う に 、"が … …"を

、"だ"を

つ

つ け れ ば ア キ ガ … … ・ア

サ ガ … … と成 つ た 。 "足""犬"の

類 は單 独 の 場 合 は ア シ ・イ ヌ と も発 音 さ れ た が

、東京 と

同 じ く ア シ ・イ ヌ の 方 が 普 通 で 、 こ れ が 此 の 方 言 の 標 準 形 と見 ら れ た 。 あ る 被 調 査 者 は 《"箸"と"橋"と

は 同 じだ 》 と 答 へ た 。"∼ だ"の

形 で

は ア シ ダ ・イ ヌ ダ 、 ア シ ダ ・イ ヌ ダ 、 ア シ ダ ・イ ヌ ダ の 三 様 の 発 音 が 聞 か れ 、孰 れ を 標 準 形 と も決 め か ね た 。"∼ が … …"の

形 は 、 ア シガ … … ・

イ ヌ ガ … … 及 び ア シ ガ … … ・イ ヌ ガ … … の 両 様 に 発 音 さ れ 、 こ れ ま た孰 れ を標 準 形 と も決 め か ね た。 "飴""牛"の

類 は

、單 独 の 場 合 は ア メ ・ウ シ と 発 音 さ れ 、"秋""朝"

の 類 と は 明 瞭 に 異 り 、"足""犬"の

類 と も区 別 が 認 め ら れ た 。"だ"の

つ い た 形 は ア メ ダ ・ウ シ ダ が 多 く聞 か れ た が 、 多 少 不 安 定 で あ る。"が … …"の

つ い た形 は

、ア メ ガ … … ・ウシガ … … と も 聞 え 、 アメガ

…… ・

ウ シ ガ … … と も聞 え、 不 安 定 で あ る。 三音節 名詞 "兜""鳥"の

類 は、單 独 で は カ ラ ス ・カ ブ トの や う に

、"だ"を

る と カ ラ ス ダ ・カ ブ ト ダ の や う に 発 音 さ れ た 。"垣 根""團 "眼 鏡"等

は單 独 で は カ キ ネ ・ウ チ ワ と発 音 さ れ

、"命""涙"は

扇""火

つ け 鉢"

イ ノチ ・

ナ ミ ダ と発 音 さ れ た 。 "頭""男"の

類 は單 独 で は ア タ マ ・オ ト コ の や う に も ア タ マ ・オ ト コ

の や う に も発 音 さ れ 、"形""兎"の

類 は單 独 で はカタ チ ・ウ サ ギ の や う

に発 音 され た 。 動詞 二 音 節 動 詞"書

く""見

る"の

類 は 、 終 止 形 ・連 体 形 と も に カ ク ・ ミ

ル 調 、 但 し連 体 形 の 場 合 は 次 に 來 る 語 節 の 第 一 音 節 が 必 ず 低 く 出 る 。 "置 く""着

る"の

連 体 形 はオク

類 は

、 終 止 形 は オ ク ・キ ル が 標 準 形 ら し い が稍 不 安 定 、

… … ・キル … … で 、 此 の 場 合 次 の 語 節 の 第 一 音 節 は 必 ず 低

く出 る 。   三 音 節 動 詞"下

げ る"の

類 は 多 く東 京 同 様 サ ゲ ル と 発 音 さ れ た 。 サ ゲ

ル 或 は サ ゲル と 発 音 さ れ さ う な もの で あ る が 、サ ゲ ル で あ つ た 。"上 げ る" の 類は ア ゲ ル と 発 音 さ れ た 。

10  草 加 町 方 言(埼

玉 縣 北 足 立 郡)

二 音 節 名 詞 の 中 、 安 定 な 姿 を とつ て ゐ る も の は"秋""朝"の "足""犬"の

類 ・"飴""牛"の

類 は動 揺 が 烈 しい

類 だ けで、

。 而 も此 等 は 時 に 東 京 と 同

じア ク セ ン トで 発 音 さ れ て ゐ る 。 南 方 派 埼 玉 ア ク セ ン トの 特 色 を 遺 感 な く具 へ て ゐ る。 二音節 名詞 "秋""朝"の

類 は

、單 独 で は ア キ ・ア サ が 多 か っ た が 、 ア キ ・ア サ の

や う な 発 音 も 時 に 聞 か れ た 。"だ"が さ れ て 居 り、"が … …"が 準 形 と見 ら れ た 。 "足""犬"の 類 は

つ け ば ア キ ダ ・ア サ ダ に 大 体 統 一

つ け ば ア キ ガ … … ・ア サ ガ … … と 成 る の が 標

、單 独 で は ア シ ・イ ヌ の や う な 形 と ア シ ・イ ヌ の や

う な 形 と 両 方 が 聞 か れ た 。 又 ア シ ・イ ヌ の や う な 形 も聞 か れ 、 不 安 定 ら し い 。"だ"の

つ い た 形 も ア シ ダ ・イ ヌ ダ が 多 い 他 に ア シ ダ ・イ ヌ ダ と

聞 か れ た 。"が … …"の

つ い た 形 で は ア シ ガ … … ・イ ヌ ガ … … の 形 が 最

も 多 く聞 か れ 、 時 に ア シ ガ … … ・イ ヌ ガ … … の や う な 形 も 聞 か れ た が 、 何 れ に せ よ 次 に 來 る 語 節 の 第 一 音 節 が 低 く発 音 さ れ る傾 向 が 認 め ら れ た 。 "飴""牛"の

類 は

、單 独 で は ア メ ・ウ シ の や う な 下 降 調 が 一 般 的 で あ

っ た 。 但 し此 の 場 合 下 降 の 度 合 は 僅 少 で あ る 。"∼ だ"の

形 はア メ ダ ・

ウ シ ダ 及 び ア メ ダ ・ウ シ ダ の 二 様 の 発 音 が 多 く聞 か れ た が 、孰 れ を標 準 形 と も 定 め か ね た 。"∼ が … …"の

形 は ア メ ガ … … ・ウシ ガ … … の 形 が

最 も 多 く現 れ た が 、 ア メ ガ … … ・ウ シ ガ … … と 聞 か れ る こ と も あ り、 ア メ ガ … … ・ウ シ ガ … … と聞 か れ る こ と も あ り、 不 安 定 で あ つ た 。

三 音節名詞 "烏""兜"の

類 は單 独 で は カ ラ ス ・カ ブ トが 標 準 形 ら し い

。"だ"の

つ い た 形 は カ ラ ス ダ ・カ ブ トダ の や う に も 、 カ ラ ス ダ ・カ ブ トダ の や う に も聞 か れ た 。"心"は"だ"が

つ い た 場 合 、 コ コ ロ ダ と発 音 さ れ 、"涙"

は單 独 の 場 合 ナ ミ ダ 、"だ"が "頭""男"の "だ"の

つ い た 場合 はナ ミダ ダ と発 音 さ れ た 。

類 は單 独 で は 語 に よ り ア タ マ と 成 り或 は オ ト コ と成 り

、

つ い た 形 は"頭"は

ア タマ ダ調

、"男"は

オ トコ ダ 調 。 但 し 吟 味

を要 す る。 "形""兎"の

類 は單 独 で は カ タ チ ・ウ サ ギ が 多 か つ た 。"だ"の

た 形 は カ タ チ ダ ・ウ サ ギ ダ と 成 る こ と が 多 か っ た が 、カタチダ ダ の や う に"だ"が

つ い

・ウ サ ギ

再 び 高 く発 音 さ れ る 方 が 寧 ろ 普 通 で あ つ た 。 此 の 類

の 語 が 此 の や う に 発 音 さ れ る こ と は 中 央 或 は 北 方 の 埼 玉 ア ク セ ン ト方 言 に は 見 られ な か つ た こ とで あ る。

11 土 合村 方 言(埼

玉 縣 北 足 立 郡)

東 京 赤 羽 か ら大 宮 市 ま で 架 っ た"ア

ク セ ン トの 橋"に

よ っ て、 他 の 町 村 と

聯 絡 を 断 た れ て ゐ る が 、 埼 玉 ア ク セ ン ト方 言 に 違 ひ な い 。 但 し 同 じ ア ク セ ン トで も南 方 派 で あ る 。 二音節名詞 "秋""朝"の

類 は

、單 独 の 場 合 ア キ ・ア サ の や う に 、"∼ だ"の

は ア キ ダ ・ア サ ダ の や う に 、"∼ が … …"の

場 合

場 合 は ア キ ガ … … ・ア サ ガ

… … の や う に 発 音 さ れ た 。 こ れ ら は よ く安 定 し て ゐ る や う で あ る 。 "足""犬"の

類 は

、單 独 の 場 合 は ア シ ・イ ヌ の や う な 上 昇 調 が 標 準 形

と 見 ら れ た が 、"秋""朝"の

類 と は對 照 して 言 は せ た ら ア シ ・イ ヌ の や

う に 低 平 調 に 発 音 し た 。 此 の 類 の 語 は"秋""朝"の "牛"の

類 に も似 、"飴"

類 に も似 た ア ク セ ン ト と 言 ふ 風 に 意 識 さ れ て ゐ る ら し い

。"∼ だ"

の 場 合 は ア シ ダ ・ア シ ダ ・ア シ ダ な ど 色 々 に 聞 え た が 、 ア シ ダ が 最 も普 通 の や う で あ る 。 丁 寧 に 発 音 さ せ た ら ア シ ダ と成 っ た 。"∼ が … …"の 形 は ア シ ガ … … ・イ ヌ ガ … … 、 或 は ア シ ガ … … ・イ ヌ ガ … … と 成 つ た が 、 何 れ に せ よ次 に來 る 語 節 の 第 一 音 節 が 低 く初 ま る の が 顯 著 で あ っ た 。

"飴""牛"の

類 は

、單 独 で は 普 通 ア メ ・ウ シ で 、 時 に は ア メ ・ウ シ の

や う に 全 平 調 に も 聞 か れ た 。"秋""朝"の と"霧"と "∼ だ"の

の 差 、"鎌"と"釜"と

類 と の 差 違 は 顯 著 で 、"錐"

の 差 は 明 瞭 に 意 識 さ れ て ゐ る。

場 合 は ア メ ダ ・ウ シ ダ と 成 つ た

點 注 目す べ し。"∼ が … …"の

。 ア メ ダ ・ウ シ ダ と 成 ら な い

場 合 に は ア メ ガ … … ・ウ シ ガ と 成 つ た り 、

ア メ ガ … … ・ウ シ ガ … … と 成 つ た り し た 。 三音節名詞 "鳥""兜"の

類 は單 独 で は 明 瞭 に カ ラ ス ・カ ブ ト調

は イ ノ チ の や う に 、"涙"は單 "頭""男"の

單 独 で は カ タ チ ・ウ サ ギ の や う に 全 平 調 に 聞 え た

上)、14栗

橋 町(北

町 村 の ほ か 、12粕

葛 飾 郡)、15羽

独 で

独 で は ナ ミダ の や う に 聞 え た 。

類 は單 独 で は ア タ マ ・オ トコ と 聞 え

以 上 に擧 げ た2―11の

、"命"は單

生 町(北

壁 町(南

、"形""兎"の

類 は

。

埼 玉 郡)、13久

埼 玉 郡)な

喜 町(同

どの 諸 方 言 の ア ク セ

ン ト も、 東 京 と は 著 し く異 り 、 埼 玉 ア ク セ ン トの 一 種 で あ る が 、 こ れ ら の 地 方 で は 型 の 区 別 が 不 明 瞭 で 、 《埼 玉 ア ク セ ン ト と 一 型 ア ク セ ン ト との 中 間 ア ク セ ン ト》 と言 ふ べ き もの と觀 察 さ れ た 。 一 般 に 型 の 区 別 の あ る の は 二 音 節 の 語 節 く ら ゐ で 、 そ れ も個 人 に よ つ て は総 て の 語 に 同 じ ア ク セ ン ト に 言 ふ こ と も少 く な い 、 三 音 節 以 上 の 語 節 は 先 づ 総 て 同 一 の 型 に屬 し て ゐ る と言 つ て よ い と 見 られ た 。 此 等 の 諸 方 言 の ア ク セ ン トに 就 い て は ア ク セ ン トの 分 布 」(384‐387頁) 

「関 東 地 方 に 於 け る

に述 べ た こ と以 外 に特 に言 ふ べ き こ と もな

い 故 、茲 に は 詳 述 し な い こ と とす る。 最 後 に 、 以 上 の 諸 町 村 の ア ク セ ン ト に つ い て 、 相 互 の 特 色 を 比 較對 照 す れ ば 次 頁 の や うで あ る。 前 章 及 び 本 章 に 述 べ た 所 に よ つ て 、 私 の 所 謂 《埼 玉 ア ク セ ン ト方 言 》 な る も の は 、 《関 東 平 野 の 真 ン 真 中 に 分 布 し て ゐ る に も 拘 ら ず 、 周 囲 の ア ク セ ン ト と は 全 然 異 り、 そ の 内 容 は 遙 か 西 方 に 行 は れ て ゐ る上 方 方 言 の ア ク セ ン ト に 類 似 し た も の で あ る 》 こ と を 知 つ て 頂 け た こ と と思 ふ 。 然 し そ れ と 同 時 に 、 上 方 ア ク セ ン ト に 類 似 し て ゐ る と は 言 ふ も の の 、 《そ の 典 型 的 な 例 は 、 蓮 田 ・吉 川 ・菖 蒲 等 、 大 体 中 央 部 に 行 は れ て ゐ る 埼 玉 ア ク セ ン ト方 言 で あ る》

語彙 方言 9鳩

ケ谷町 北足立郡

10草

加町 同

11土 合村 同 3岩

槻町 南埼玉郡

4越

ヶ谷町 同

1蓮

田町 南埼玉郡

5吉

川町 北葛飾郡

2菖

蒲町 南埼 玉郡

6松

伏領町 北葛飾郡

7加

須町 北埼玉郡

8荒

木村 北埼玉郡

12粕壁町 南埼玉郡 13久 喜町 同 14栗 橋町 北葛飾郡 15羽 生町 北埼玉郡

"秋""朝""跡""息"

"足""池""石""犬"

… … の 類

の 類

… …

"飴""牛""梅""柿" … … の 類

比

東 京

較 

〔 註 〕 此 等 諸 方 言 は 各 被調 査 者 を一 堂 に集 め相 互 の ア ク セ ン トを比 較 す る と言 ふ こ とは 出來 な かつ た 。 各 方 言別 に而 も時 に は何 日か間 をお い て調 査 した もの で あ る。 それ 故 あ る方 言 にお け る―の 高 さ は他 の方 言 にお け る― の 高 さ よ り も低 い こ と もあ るか も知 れな い。 又 あ る方 言 の― の 高 さが他 の 方 言 の無 記 号 の部 分 よ り低 い こ と もあ る か と思 ふ。 唯 同一 方 言 にお い て は― の 高 さ は― の 高 さ よ り高 く、― の高 さ は無 記 号 の 部 分 よ り高 い筈 で あ る。

こ と、 そ して 、 《久 喜 ・栗 橋 等 、 北 方 に 行 は れ て ゐ る もの は 自 ら一 型 ア ク セ ン トに 近 附 い て 居 り》、 他 方、 《鳩 ヶ谷 ・草 加 ・荒 木 等 、 南 方 又 は西 方 に行 は れ て ゐ る もの は流 石 に東 京 ア ク セ ン トに似 た形 態 を呈 して ゐ る》 こ と に も気 附 か れ た こ と と思 ふ 。 さて 、 此 の 埼 玉 ア ク セ ン トな る もの は如 何 に して 此 の や う な地 域 に 出 現 す る に 至 つ た もの で あ ら うか 。 次 に此 の 問 題 に 入 ら う と思 ふ が 、 そ の 前 に今 一 つ 明 らか に して お き た い こ とが あ る。 そ れ は 、 《埼 玉 ア ク セ ン トの 中 で 、 東 京 ア クセ ン トに 隣 接 した 地 域 に 行 は れ て ゐ る もの は多 少 東 京 ア ク セ ン トに近 い 外 観 を もつ て ゐ る》。 こ れ に對 して 、 《東 京 ア クセ ン トの 中 で 、 埼 玉 ア ク セ ン トに隣 接 した 地 域 に 行 は れ て ゐ る もの は 、 何 か 埼 玉 ア クセ ン ト的 な 色 彩 は 見 られ な い か 、 ど うか 》 と言 ふ 問題 で あ る。 一 口 に言 へ ば 、 《埼 玉 ア ク セ ン トに 隣 接 して ゐ る東 京 式 ア ク セ ン トに は 、 埼 玉 ア ク セ ン ト的 な 色 彩 が 見 られ る》 と言 ふ こ とが 出來 る。 一 二 の 例 を擧 げ れ ば 、 埼 玉 縣 川 口 市(旧 市 域)の 方 言 は 、"足""犬"及 は上 昇 調 に 、"秋""朝"の

び"飴""牛"の

類

類 は下 降 調 に 言 ふ 傾 向が あ り、 そ の ア ク セ ン ト全

体 系 は東 京 ア クセ ン トの 系 統 と言 つ て よい もの と思 は れ るが 、"秋""朝"の 類(1)は 必 ず し も常 に下 降調 に言 は れ る とは 限 らず 、"∼ だ"或 は"∼ が … …" の 形 で は 、 寧 ろ蓮 田 町 方 言 な どの や う に、 ア キ ・ア サ と上 昇 調 に言 ふ 方 が 普 通 で あ る。 又"足""犬"の

類 ・"飴""牛"の

類 は、 殊 に"飴""牛"の

類 は、

自然 の 発 音 に於 て 完 全 な 全 平 調 に 発 音 され る點 な ど は、 埼 玉 ア ク セ ン トの 例 と して擧 げ た 草 加 町 の ア クセ ン ト(57頁 よ り)に 近 い性 質 を もつ て ゐ る、 と 言 つ て よい 。 而 して此 等 の 傾 向 は川 口市 の み な らず 埼 玉 縣 北 足 立 郡 蕨 町 方 言 ・千 葉 縣 東 葛 飾 郡 流 山 町 方 言 ・東 京 葛 飾 区 水 元 猿 町 方 言 な ど、 埼 玉 ア ク セ

ン トに隣 接 した東 京 式 ア クセ ン ト方 言 に屡々 見 られ る傾 向 で あ る。(2) 次 に埼 玉 縣 北 足 立 郡 鴻 巣 町 方 言 は、 川 口市 方 言 に 比 す れ ば一 層 東 京 ア ク セ ン トに近 く、 全 く東 京 ア ク セ ン トの 方 言 と言 つ て よ い と思 は れ る(3)が 、 そ れ で も"秋""朝"の

類 は助 詞 ・助 動 詞 が つ い た 場 合 、 ア キ ・ア サ に近 い形

で 発 音 され る こ とが あ り、同 時 に"飴""牛"の

類 が 殆 ど 全平 と言 つ て よい 形

に発 音 さ れ る こ とが あ り、 同 じ東 京 ア ク セ ン ト方 言 と呼 び た い 方言 の 中 で も、 埼 玉 縣 川 越 市 方 言 ・入 間 郡 飯 能 町 方 言 な ど に比 べ る と、 や は り埼 玉 ア クセ ン ト的 な傾 向 を呈 して ゐ るの で あ る。 而 して 埼 玉 縣 北 足 立 郡 平 方 町 方 言 ・北 埼 玉 郡 忍 町 方 言(4)な ど に も、 鴻巣 町 方 言 と同 様 な傾 向 が 指 摘 出來 るの で あ る。 と こ ろ で 、茲 に 注 意 す べ き は、 《川 口市 域 は 鴻 巣 町 な どで 埼 玉 ア ク セ ン ト 的 な 発 音 が 聞 か れ る》 と言 ふ の は 、 《〈一 類 の 語 の 中 の あ る幾 つ かの 語 は東 京 ア クセ ン トと同 じで あ る が、 他 の 幾 つ か の 語 は 埼 玉 ア ク セ ン トに 成 つ て ゐ る 〉 と言 ふ の で は な い 》 こ とで あ る。 例 へ ば 《川 口市 で"秋""朝"の 埼 玉 ア ク セ ン ト的 な 色 彩 が 見 られ る》 と言 ふ の は 、 《"秋""朝"の

類に 類 の 語總

て が 埼 玉 ア ク セ ン ト方 言 に近 い形 で 発 音 され る傾 向 を もつ て ゐ る》 の で あつ て、 《〈そ の 中 の 一 部 は 東 京 と同 じ く○ ○ 調 にの み発 音 され 、 一 部 は蓮 田 町 と 同 じや う に○ ○ 調 に発 音 され る〉 と言 ふ の で は な い》 の で あ る。 そ して 、 若 し一 類 の 語 の 中 に例 外 と言 ふ べ き もの が あ れ ば、― 音 節 名 詞"雲"は

例 へ ば 《鴻 巣 町 で は二

東 京 と は異 りク モ と発 音 され て ゐ るが 、 これ は埼 玉 ア クセ

ン トで ク モ と発 音 さ れ て ゐ るの で は な い、 蓮 田 町 で は前 述 の 如 くク モ と発 音 さ れ て 居 り、 〈蓮 田 町 で○○ 型 の 語 は鴻 巣 町 で○○ 型 で あ る 〉 と言 ふ 法 則 を 破 つ て ゐ な い 》 と言 ふ風 で 、 若 し川 口市 ・鴻 巣 町 で 東 京 との 間 で對 応 の例 外 を な して ゐ る語 が あ れ ば 、 そ れ は東 京 と蓮 田 町 との 間 で も對 応 の 例 外 を な し て ゐ る語 で あ つ て 、 川 口市 或 は鴻 巣 町 と埼 玉 ア クセ ン トの 町 村 との 間 で は厭 くま で も規 則 的 な對 応 関係 が 結 ば れ て ゐ る の で あ る。 此 の 事 實 は、 埼 玉 ア ク セ ン トの 成 立 を考 へ るに 当 り、 重 要 な 示 唆 を与 へ る もの と考 へ られ るが 、 こ れ に就 て は章 を改 め て考 察 しよ う。

注(1)金 (2)同

田一 春彦 「 関 東地 方 に於 け るア クセ ン トの分 布」(前 出)338頁 以下 。 上。

(3)(1)と (4)同

同 じ論 文 の313、321、324頁 。

上。

6  埼 玉 ア ク セ ン トの 成 立 に 関 す る 私 見 埼 玉 ア ク セ ン トな る もの は如 何 に して現 在 の 地 域 に 行 は れ る に至 つ た もの で あ らう か 。 此 の 問 題 を考 へ る に 当 り、 先づ 《第3章

或 は第5章

に述 べ た や う な埼 玉 ア

ク セ ン トの 各 変 種 は どの や うに して 出 來 た もの か》 と言 ふ こ と を一 寸 考 へ て 見 た い 。 埼 玉 ア ク セ ン トの 変 種 の 成 立 の 事 情 を考 へ る場 合 、 有 力 な 鍵 で あ る もの は、 第3章

に述 べ た 《埼 玉 ア クセ ン ト諸 方 言 相 互 の 間 に見 られ る規 則 正

しい 型 の對 応 現 象 の存 在 》 で あ る。 有 坂 秀 世 博 士 に よっ て 《ア ク セ ン トの 型 》 な る もの は 所 謂 《音韻 》 と同 等 の 性 質 を有 す る もの な る こ とが 明 らか に さ れ た が 、 此 の 《音 韻 》 な る もの は、 《若 し変 化 す る とす れ ば 、外 か らそ れ を攪 乱 す る 力 が 働 か な い 限 り、 全 く規 則 的 に 変 化 す る》 と言 ふ の が 言 語 学 の 鉄 則 で あ る。 然 ら ば 《ア ク セ ン トの 型 》 な る もの も、 《若 し変 化 す る とす れ ば 、 特 別 の 事 情 の な い 限 り、 規 則 的 に変 化 す る筈 だ 》 と考 へ られ る の で あ るが 、 事 實 、 文 献 に記 載 され た 過 去 の あ る時 代 の ア クセ ン トを、 現 在 の そ の 地 方 の 方 言 の ア ク セ ン トと比 較對 照 し て 見 る と、 過 去 の そ の 時代 に同 じ型 に屬 して ゐ た 語 彙 は 、 現 在 もや は り同 じ 型 に屬 して ゐ る傾 向 が 顯 著 で あつ て、 此 の 推 定 が 正 しい こ とが 知 られ るの で あ る。(1） さ て 、 服 部 先 生 は 、 此 の 《ア ク セ ン ト変 化 の 原 理》 に基 き、 《二 つ の 方 言 の ア ク セ ン ト間 に 規 則 正 しい 型 の對 応 が 見 出 だ さ れ る》 場 合 に は 、《そ れ ら 二 つ の 方 言 の ア ク セ ン トは 過 去 の あ る時 代 に 同一 の 体 系 を有 して ゐ た、 而 し て そ れ ら両 方 言 の 一 方 又 は 両 方 に規 則 的 な ア ク セ ン ト変 化 が 起 つ た た め に現 在 の や うな 状 態 に 至 つ た》 と考 へ られ る こ とを 唱導 され て 、 日本 全 國幾 多 の 方 言 に就 て 、 そ の 系 統 関 係 を明 らか に され 、 日本 語 ア ク セ ン トの 研 究 に大 き な足 跡 を遺 され た の で あつ た 。 今 、 埼 玉 ア クセ ン ト諸 方 言 の 間 に規 則 的 な 型 の對 応 現 象 が 見 られ る こ とは 、 埼 玉 ア ク セ ン ト諸 方 言 に此 の 原 理 を応 用 す る

こ とが 出來 る こ と を示 して ゐ る もの と思 は れ る。 即 ち、 埼 玉 ア ク セ ン ト各 変 種 の 成 立 に つ い て は、 次 の や う な推 測 が 下 さ れ る。 《埼 玉 ア ク セ ン ト諸 方 言 は 過 去 の 或 る時 代 に は 皆 同 一 の ア クセ ン ト体 系 を有 す る 方 言 だ つ た の で あ ら う》 そ して 《或 る方 言 に はAの ア クセ ン トの 変 化 が 起 り、或 る方 言 に はBの ア ク セ ン ト変 化 が 起 り、 或 る方 言 に はCの

変 化 が 起 つ た(此 の 他 にAB二 つ

の 変 化 が 起 つ た 方 言 もあ る で あ ら う。 又 全然 変 化 の 起 らな か つ た 方 言 もあ る か も知 れ な い)が

た め に、 現 在 の や う な ア クセ ン トの 相 違 が 出來 た もの で あ

ら う。》 然 らば 《共 通 埼 玉 ア クセ ン ト》 と も言 ふ べ き、 埼 玉 ア クセ ン ト各 変 種 の 共 通 祖 先 の ア ク セ ン トは どの や うな もの で あ つ た らう か。 そ して現 在 の 各 変 種 は どの や うな 過 程 を経 て 現 在 の状 態 に達 した もの で あ ら うか 。 此 が 次 に提 出 され る 問題 で あ る が 、茲 で最 初 に 掲 げ た 問 題 、 《埼 玉 ア ク セ ン トは どの や う に して現 在 の 地 域 に 行 は れ る に 至 つ た か 》 の 問 題 に帰 ら う と思 ふ 。 《共 通 埼 玉 ア ク セ ン ト》 の 問題 、 《埼 玉 ア ク セ ン ト各 変 種 の 成 立 》 の 問 題 は そ の 中 に 自 ら解 決 さ れ て 來 るで あ ら う。

さ て埼 玉 ア クセ ン トは ど のや う に して現 在 の 地 域 に行 はれ るに 至 つ た か 。 この 問 題 を 考 へ る上 に 、 先 づ 胸 に浮 ぶ事 實 は、 度 々繰 返 した 《埼 玉 ア ク セ ン トと上 方 ア ク セ ン トとの 類 似 性 》 で あ ら う と思 ふ 。 そ して 此 の 事 實 か ら 《埼 玉 ア ク セ ン ト と上 方 ア クセ ン トと は何 か 関 係 を もつ て ゐ るの で は な い か 》、 例 へ ば具 体 的 に 言 へ ば 、 《過 去 の 或 る時 代 に上 方 地 方 か ら此 の地 方 に 大 集 團 の 移 住 が行 は れ た、 そ の 移 住 民 の 子 孫 が 今 に傳 へ て ゐ るア ク セ ン トが 埼 玉 ア クセ ン トで は な か ら うか 》 と言 ふ や うな 考 へ が 閃 くの で あ る。 抑々 関東 平 野 が 初 め て 開拓 され て か ら現 在 の 状 態 に 至 る ま で の 間 、 上 古 以 後 西 日本 か ら屡々 集 團 的 な 移 住 が 行 は れ た こ とは、 歴 史 の 事 實 が 示 す と ころ で あ る。 随 つ て 《過去 の 或 る時 代 に埼 玉 ア クセ ン トの地 方 に上 方 地 方 か らの 移 住 が行 は れ た》 の 如 く推 定 す る こ とは 決 して無 根據 の こ とで は な い の で あ る。 然 らば 埼 玉 ア クセ ン トは上 方 ア ク セ ン トと関係 あ る もの と見做 す こ とが 出 來 るで あ ら うか 。 今 若 し上 方 ア ク セ ン トと埼 玉 ア ク セ ン トとが 関係 あ る ア ク セ ン トだ 、 とす

る な らば 、 上 方 ア クセ ン トと埼 玉 ア ク セ ン トとの 間 で 、 現 在 異 る型 に発 音 さ れ て ゐ る 語 に於 て 、 《何 故 現 在 異 る型 に 発 音 さ れ て ゐ るか 》 と言 ふ 理 由 を明 らか に しな け れ ば な ら な い 筈 で あ る。 そ して 《何 故 両 方 言 で 異 る型 に発 音 さ れ て ゐ るか 》 を 明 らか に す るた め に は さ う言 ふ 語 が 次 の や う な(a)(b)(c)(d)の 何 れ か で あ る こ とが 明 らか に され な け れ ば な らな い 。 (a)そ

の 語 は埼 玉 ア ク セ ン トで は今 で こ そ 乙 の 型 で 発 音 さ れ て ゐ るが 、 古

い 時 代 に於 て は上 方 ア ク セ ン トの や う に 甲 の 型 で 発 音 さ れ て ゐ た。 (b)そ

の 語 は上 方 ア クセ ン トで は今 で こ そ 甲 の 型 で 発 音 さ れ て ゐ るが 、 古

い 時 代 に は埼 玉 ア クセ ン トの や う に乙 の 型 で 発 音 され て ゐ た 。 (c)そ

の 語 は上 方 ア クセ ン トで も埼 玉 ア クセ ン トで も古 くは共 に 丙 の 型 で

発 音 され て ゐ た。 所 が 上 方 ア ク セ ン トで は 甲 の 型 に変 化 し、 埼 玉 ア ク セ ン トで は 乙の 型 に 変 化 して 現 在 のや う に成 つ た 。 (d)そ

の 語 は両 方 言 の 分 離 後 に両 方 言 の 一 方又 は 双 方 に輸 入 され た語 で あ

る。 然 るに 、 今 、 實 際 に 埼 玉 ア ク セ ン トの 内 容 を上 方 ア ク セ ン トの 内 容 と具 さ に比 較 して 見 る と、埼 玉 ア ク セ ン トと上 方 ア ク セ ン トとが 、 上 の(a)(b)(c)(d) の や うな 関係 に あ る とは ど う も考 へ 難 い の で あ る。 例 へ ば 埼 玉 ア ク セ ン トの 代 表 と して 第4章

に詳 しい考 察 を行 つ た蓮 田 町 の ア クセ ン トを と る。 蓮 田町

ア クセ ン トは 埼 玉 ア ク セ ン ト諸 方 言 の 中 で 、 最 も上 方 ア クセ ン トに 近 い形 態 を具 へ た もの で あつ た 。 所 が此 の 蓮 田町 ア クセ ン トさへ もが 、 上 方 ア ク セ ン トか ら別 れ た もの と言 ふ こ とは 満 足 に説 明 が 出 來 な い の で あ る。 一例 と して 二 音 節 名 詞 を考 へ て見 よ う(次 行 よ り69頁 まで)。 先 づ 蓮 田町 方 言 で○○ の 名 詞 は 前 述(21−22頁)の 型 と○○ 型 と に別 れ て ゐ た。 例 へ ば"跡""息"… キ … … 型 、"秋""朝"…

如 く上 方 方 言 で は○○ … は 上 方 方 言 で アト ・イ

… は上 方 方 言 で アキ ・アサ … … 型 の 如 し。 所 が 蓮 田

町 で○○ に 発 音 され て 居 な が ら、上 方 で○○ 型 に発 音 され て ゐ る語 が 少 々 あ り。 例 へ ば"貝""鯛""杭""猫""鰺""奥""姪""舵""凧""火 (じふ)""象""用""蝋""金(き

ん)""銀""天""門(も

此 の 種 の 中 に は第 二 音 節 が"イ""ウ""オ""ン"の

事""十 ん)"な どが 之 で あ る。 もの が 多 い こ と が 注 目

され る。 否 、 多 い 筈 で 、 《上 方 方 言 で○○ 型 の 語彙 で 第 二 音 節 が"イ""ウ"

"オ""ン"の

もの は

、 蓮 田 町 で は 例 外 な く ○ ○ 型 に 成 つ て ゐ る》 と 言 つ て よ

い ほ ど で あ る  。 さ て 今 、"跡""息"…

… の 類 、"秋""朝"…

… の 類 に於 て は 、上 方 ア クセ ン

トの 形 が 古 く、 蓮 田 ア ク セ ン ト は そ れ か ら 出 た 新 し い 形 だ 、 と 考 へ て 解 釈 す る こ とが 出 來 よ う 。 何 故 な ら ば 、"跡""息"…

… の ア ク セ ン ト と"秋""朝"

… … の ア ク セ ン トと は、 上 方 方 言 に於 て 異 る型 に 発 音 さ れ て ゐ る、 とは言 ふ も の の 、 單 独 の 場 合 に は そ の 差違 は さ ほ ど 大 き くは な く、 最 も 大 き な 相違點 は 助 詞 を つ け た 場 合"跡""息"… る に對 し 、"秋""朝"…

… の 方 は ア トガ ・イ キ ガ … … の や う に 成

… の 方 は ア キ ガ ・ア サ ガ … … に 成 る點 に 存 す る 。 而

し て 文 献 か ら の 研 究 に よ れ ば 、 近 世 初 期 の 上 方 方 言 に 於 て は"跡""息" ……に 助 詞 の つ い た 形 は ア ト ガ ・イ キ ガ と 発 音 さ れ た こ と が 知 ら れ る 。(2) 然 ら ば 若 し○○○

型 の 語 節 と○○○

音 さ れ る や う に 成 れ ば 、"秋""朝"…

型 の 語 節 と が 混 同 し て 共 に○○○ … も 、"跡""息"…

型に発

… も共 に○○ ガ と 発

音 さ れ る に 至 る 、 つ ま り現 在 の 蓮 田 方 言 の ア ク セ ン トが 出 來 上 る 、 と 考 へ ら れ る の で あ る 。 《○○○ 型 と○○○

型 と が 混 同 し て○○○

型 に 成 る》 と言 ふ

変 化 は そ れ ほ ど起 り に くい 変 化 で も な い で あ ら う 。  又 翻 つ て 考 へ れ ば"秋""朝"…

… の 類 と"跡""息"…

… の 類 とは助 詞 が つ

い た時 こ そ顕 著 に ちが へ 、 助 詞 の つ か な い場 合 に は上 方 方 言 に於 て も殆 ど同 じ に 発 音 さ れ る の で あ る 。 そ し て 實 際 、 全 く同 じ に 発 音 さ れ て ゐ る 方 言 も あ る 。(3)而 も 助 詞 に よ つ て は 、 例 へ ば"も""へ"の … … へ も 、"跡""息"… ト モ ・アサエ と"跡""息"…

如 き 助 詞 は 、"秋""朝"

… へ も 同 じつ き方 を す る の で あ る 。 例 、 ア キ モ ・ア

・イ キ エ 等 。 然 ら ば 《蓮 田 方 言 に 於 て 古 く は"朝""秋"…

…

… と は 上 方 方 言 に 於 け る や う に 異 る ア ク セ ン トで 発 音 さ れ

て ゐ た が 、 型 の 組 織 を簡 單 に し よ う と言 ふ 欲 求 が 原 因 と成 り、類 推 作 用 が 機 縁 と成 つ て、 現 在 のや う に 同 じ型 で 発 音 す るや うに 成 つ た》 と考 へ る こ とは 無 理 で は な い と思 ふ の で あ る 。 此 の や う に 考 へ れ ば"型

そ の も の の 変 化"と

言 ふ や う な 重 大 な 假 説 を 立 て な くて も こ れ ら の 語 に 於 て 埼 玉 ア ク セ ン トが 上 方 ア ク セ ン ト と異 つ て ゐ る こ と の 説 明 が 出 來 る と思 は れ る の で あ る 。 兎 に 角 、"跡""息"…

… の 類 、"秋""朝"…

… の 類 で は 埼 玉 ア ク セ ン トの 形

が 上 方 ア ク セ ン トの 一 時 代 前 の 形 か ら転 化 し た と考 へ て 説 明 出 來 る と思 は れ

る。 所 で 問題 は次 に あ げ た"貝""鯛"… … 以 下 の 語 、 特 に 第 二 音節 が"イ" "ウ""ン""オ"の 語で あ る 。 これ らが ど う して上 方 方 言 で ○ ○ 型 に、 埼 玉 ア ク セ ン トで○○ 型 に発 音 され て ゐ る か。 今 假 りに これ らの 語 に於 て も上 方 ア ク セ ン トの 形 が 古 く、 蓮 田 方 言 の 形 が 新 しい と想 定 しよ うか 。 即 ち 《"貝""鯛"…

… は 蓮 田 方 言 で も以 前 は上 方方

言 の 如 く○○ 型 で あ つ た が 、 後 に 現在 の 如 く○○ 型 に 変化 した》 と想 定 す る の で あ る。 然 し考 へ て 見 る と此 の推 定 は非 常 な 無 理 を含 ん で ゐ る こ と に気 附 か れ る。 何 故 な ら ば 、 そ の 音韻 の 性 質 か ら言 つ て 、 此 等 の 語 は○○ 型 に は最 も発 音 され 難 い 語 で あ る。 即 ち 若 しこれ らの 語 が○○ 型 か ら○○ 型 に 変化 した とす れ ば 、 そ れ は 《○○型 の 語 が總 て○ ○ 型 に変 化 す る》 時 、 即 ち 《○○＞○ ○ 型 と言 ふ 、"型 そ の もの の 変 化"が

起 つ た 》 時 で な け れ ば な らな い 。 此 の た

め に は現 在 上 方 方 言 で○○ 型 の 語 は蓮 田 方 言 で 全 部 ○○ 型 に成 つ て ゐ な けれ ば な らな い。 所 が 實 際 に は"足""池""石""犬"…

… 等 は、 上 方 方 言 で○

○型 で あ りな が ら蓮 田 で は ア シ ・イ ケ … … 型 で あ る。 即 ち若 し 《"貝""鯛" … … の 語 に○○ 型＞○○ 型 な る変 化 が起 つ た 》 と假 定 す る な ら ば、 《蓮 田 町 に は 一 時 代 前 に ○ ○ 型 に 変 化 が 起 り、 大 部 分 は ○ ○ 型 に 成 つ た が 、 一 部 "貝""鯛"… … の 類 は○○ 型 に成 つ た》 と考 へ な け れ ば な らな い 。 然 し一般 の 語 に○○ 型 ＞○○ 型 の 変 化 が起 つ た時 、"唄""鯛"…

… の 語 が ど う して わ

ざ わ ざ発 音 しに くい ○ ○ 型 に 変化 す る こ とが あ ら うか 。 此 のや う に考 へ て來 る と、 《"貝""鯛"…

… の 蓮 田 町 の ア ク セ ン トは 上 方 ア ク セ ン トか ら出 た》

と考 へ る こ と は無 理 と言 は な け れ ば な らな い の で あ る。"貝""鯛"…

… のア

クセ ン トに関 して 《蓮 田 ア ク セ ン トが 上 方 ア ク セ ン トか ら 出 た 》 と言 ふ こ と が 出 來 な い な らば 逆 に 《上 方 ア ク セ ン トが 蓮 田 ア ク セ ン トか ら出 た 》 と考 へ る こ と、 即 ち 《上 方 方 言 で 現 在 こ れ ら を カ イ ・タ イ と発 音 して ゐ るが 一 時 代 前 に は蓮 田 方 言 の 如 くカ イ ・タ イ と発 音 して ゐ た 》 と考 へ る こ とは 如 何 で あ ろ うか 。"貝""鯛"…

… の 語 は度 々 言 ふ 通 り、 第 二 音 節 を高 く発 音 しに くい

語 で あ る 。 そ れ故 一 般 の 語 に変 化 が起 らな い時 に これ らの 語 に だ け○○ 型 ＞ ○○型 の や う な 変 化 が 起 つ た と考 へ る こ と は決 して 無 理 な こ とで は な い 。 即 ち 此 の 意 味 に於 て は こ れ らの 語 に於 て 《上 方 ア ク セ ン トが蓮 田 ア ク セ ン トか

ら 出 た 》 と 考 へ る こ と は 好 都 合 の や う で あ る 。 所 が 目 を 広 く転 ず る と 、 此 の 假 説 もや は り捨 て ざ る を 得 な い の で あ る 。 先 づ 第 一 に 、 若 し 《"貝""鯛"…

… の 語 が 上 方 ア ク セ ン トで○○

型 か ら○

○ 型 に 変 化 し た 》 と す る な ら ば 、 そ の 時 は 当 時 ○ ○ 型 に屬 し て ゐ た 語 で 同 一 の 事 情 に あ る 語 は總 て 一 緒 に○○ 型 に 変 化 して し まつ た 筈 で あ る。 即 ち 《現 在 上 方 方 言 の○○ 型 に は 唄"貝""鯛"…

… と同様 な性 質 を もつ 語 が 全 然 な い》

と 言 ふ 風 で な け れ ば な ら な い 筈 で あ る 。 所 が 、 今 、 上 方 方 言 で○○ 型 の 語 の 中 に は 、"鮎""鯉""藍""樋(と

ひ)"…

… の 如 く、"貝""鯛"…

… と全 く発 音

条 件 を 同 じ くす る語 を 拾 ふ こ と が 出 來 る の で あ る。 即 ち 、 若 し 《"唄""鯛" … … が 上 方 方 言 で○○ に"鮎""鯉"…

型 ＞○○ 型 の 変 化 を 遂 げ た 》 と考 へ る な ら ば 、 《何 故

… の 類 は○○

型 に 変 化 せ ず 、○○

型 に止 まつ た か 》 と 言 ふ

こ と を 説 明 し な け れ ば な ら な い と思 は れ る 。 然 し事 實 は こ れ は 不 可 能 と 言 は な け れ ば な ら な い 。 か く考 へ る な ら ば 、"貝""鯛"…

…の 語 が 上 方 方 言 に於

て○○ 型 か ら○ ○ 型 に 変 化 し た と考 へ る こ と は 躊 躇 せ ざ る を 得 な い の で あ る 。 更 に 諸 方 言 を 見 渡 す と 、 例 へ ば 静 岡 縣 加 茂 郡 下 田 町 方 言(4)は

、上 方方言

と 全 然 組 織 を 異 に す る 東 京 ア ク セ ン ト系 の 一 方 言 と見 ら れ る の で あ る が 、 "貝""鯛"…

… 及 び"鮎""鯉"…

… の 類 の ア クセ ン トは次 の や う に 成 つ て

ゐ て 、 上 方 方 言 と綺 麗 な對 応 を な し て ゐ る の で あ る 。 "貝""鯛"の

類

"鮎""鯉"の "貝""鯉"…

、 カ イ ・タ イ ・ク イ ・メ イ

類 、 ア イ ・コ イ ・ア イ ・ ト イ … の 類 と"鮎""鯉"…

… の 類 と の 間 に は 音 韻 ・意 義 ・文 法 的

職 能 そ の 他 如 何 な る見 地 か ら 見 て も、 異 つ た ア ク セ ン ト に 成 ら な け れ ば な ら な い や う な 性 質 の 相 違 は 発 見 出 來 な い 。 然 ら ば 、"貝""鯛"… "鯉"…

…の類 は

… の 類 ・"鮎"

、上 方 方 言 或 は 下 田町 方 言 の や う に異 る型 に 発 音 す る の が 古

い 姿 で あ つ て 、 蓮 田 方 言 の や う に こ れ ら を總 て 同 じア ク セ ン トで 発 音 して ゐ る の は 、 《何 か あ る 事 情 の も と に こ れ ら を 混 同 す る に 至 つ た も の 》 と 考 へ な け れ ば な ら な い で は な い か 。 以 上 の や う に 考 へ る 時 は 、 《"貝""鯛"…

… の

ア ク セ ン トに 於 て 、 上 方 ア ク セ ン トの 形 が 埼 玉 ア ク セ ン トの 形 か ら 出 た 》 と 考 へ る こ と は 不 可 能 と言 は な け れ ば な ら な い の で あ る 。 以 上(65−68頁)の

や う で"貝""鯛"…

… の ア ク セ ン ト に 於 て は 、 《蓮 田

ア クセ ン トが 上 方 ア ク セ ン トか ら出 た》 と考 へ る こ と も出 來 ず 、 《上 方 ア ク セ ン トが 埼 玉 ア クセ ン トか ら出 た》 と考 へ る こ と も出 來 な い こ と と成 つ た 。 残 る手 段 と して 《上 方 ア ク セ ン トと蓮 田 ア ク セ ン ト両 方 が 第 三 の 形 か ら出 た 》 と考 へ る方法 が あ る 、 と も思 は れ るが 、 實 際 は そ の考 へ も成 立 しな い と 言 つ て よ い。 又 これ らの 語 が 上 方 ・蓮 田 両 ア ク セ ン トの分 離後 両 ア ク セ ン ト の 一 方 に輸 入 され た 語 か と疑 つ て 見 る こ と も無 駄 で あ ら う。 以 上 は"貝" "鯛"… … の 類 の 話 の み を と っ た の で 、 簡 單 す ぎ るか と も思 は れ るが 、 此 等 の 語 と同 様 に 、 上 方 ア ク セ ン トと蓮 田 ア ク セ ン トとに於 け る相 違 の原 因 を明 らか に 出來 な い語 類 は 多 い の で あ る。 又 蓮 田 町 ア ク セ ン トの 代 りに他 の 埼 玉 ア クセ ン トを持 つ て 來 て も 同様 で あ る。 か くて 、私 は、 《埼 玉 ア クセ ン トと 上 方 ア ク セ ン トとは 関係 が あ る の で は な い か 》 と言 ふ推 測 は撤 回 しな けれ ば な らな い と思 ふ の で あ る。 な ほ翻 つ て 考 へ るの に、 若 し 《埼 玉 ア クセ ン トが上 方 ア ク セ ン トと関 係 を 有 つ て ゐ る》 とす るな らば 、 此 の 両 方 言 に は ア ク セ ン ト以 外 の點 に於 て も何 か 似 た點 が 見 出 だ さ れ る の が 自然 で あ る と思 は れ る。 所 が 實 際 に 音 韻 ・語 法 ・語 彙 と言 ふ や うな 面 か ら埼 玉 縣 東 部 の 方 言 を検 討 す る の に 、 《此 の 地 方 の 方 言 だ けが 特 に上 方 方 言 と類 似 して ゐ る》 と言 ふ や うな もの は全 然 見 当 ら な いや うで あ る。 音 韻 ・語 法 に於 て は 此 の 地 方 の 方 言 は 周 囲 に對 して何 等 特 色 を持 つ て ゐ な い。 語 彙 の 方 面 に於 て は 、 上 野 勇 氏 に 従 へ ば 、(5)"蓮實"及 び"如

露"を

ダイ マ ン と言 ふ の が 此 の 地 方 に 行 はれ る唯 一 の特 色 の あ る語 彙

だ さ うで あ るが 、 これ は上 方 方 言 で は な いや うで あ る。 以上 の 如 くで あ る故 、 埼 玉 ア ク セ ン トの 成 立 に つ いて は 、 若 し他 に 適 当 な案 が な い な らば 兎 に角 と して 、 若 し他 に 良 い 案 が あ る な ら ば、 《上 方 方 言 と関 係 あ ろ う》 と言 ふ推 測 は 一 往 撤 回 しよ う と思 ふ の で あ る。

さて 埼 玉 ア クセ ン トの 成 立 に つ い て、 上 方 ア ク セ ン トと結 びつ け る考 へ が 駄 目だ とす る と、 次 に 頭 に浮 ぶ 考 へ は 次 の や う な もの で あ る。 即 ち、 そ れ は 《埼 玉 ア クセ ン トと上 方 ア ク セ ン トとの 類 似 性 に は一 往 眼 を瞑 り、 埼 玉 ア ク セ ン トと東 京 ア ク セ ン ト とが 、 地 理 的 に は密 接 に接 近 して ゐ な が ら、 余 りに も異 つ た 体 系 を もつ て ゐ る こ と に注 目 し、茲 に解 決 の 緒 口 を見 出 だ さ ん とす

る もの 》 で あ る。 具 体 的 に 言 へ ば 、 次 の や う に考 へ る考 へ 方 で あ る。 即 ち 、 《埼 玉 ア ク セ ン トと東 京 ア ク セ ン トとで は殆 ど總 て の 語 の ア クセ ン トが 異 つ て 居 り、 此 の 傾 向 は埼 玉 縣 内 の 東 京 ア ク セ ン ト― 直 接 境 を接 して ゐ る地 方 の 東 京 ア ク セ ン ト―

そ れ も埼 玉 ア クセ ン トと

と埼 玉 ア ク セ ン トとの 間 に顕

著 で あつ て 、 上 尾 ・桶 川 と言 ふ や うな町 で は 〈蓮 田 町 と 同 じ型 で 発 音 さ れ る 語 が 皆 無 〉 と言 つ て よ か つ た(前 々章44頁 以下)。〈同 じ型 に 発 音 され る語 が 皆 無 〉 と言 ふ こ とは 、總 て の 語 の ア ク セ ン トが 規 則 正 し く對 応 して ゐ る〉 こ と を示 す の で は な い か 。 先 に、 〈二 つ の 方 言 に於 て 非 常 に 規 則 的 な型 の對 応 関 係 が 見 られ る場 合 に は、 そ の 二 つ の 方 言 は共 通 の 祖 先 か ら別 れ 出 た もの と 推 定 され る〉 と述 べ た 。 然 らば 〈埼 玉 ア ク セ ン トが 東 京 ア ク セ ン トと徹 頭 徹 尾 高 低 関 係 が 逆 だ 〉 と言 ふ こ とは 、 〈一 方 は、 他 方 に 大 きな 型 の 変 化 が起 つ た た め に成 立 した もの 〉 と言 ふ こ と を意 味 す る に過 ぎず 、 反 つ て 〈埼 玉 ア ク セ ン トと東 京 ア ク セ ン ト とは 同 じ も とか ら出 た 姉妹 方 言 で あ る 〉 こ と を意 味 す る もの で は な い か。》 若 し此 の 考 へ 方 が 正 しい とす る な らば 、 埼 玉 ア クセ ン トと東 京 ア クセ ン ト と に於 て 現 在 異 つ た型 に発 音 さ れ て ゐ る語 につ い て 、―

即 ち殆 ど總 て の 語

につ い て 、 《何 故 現 在 の や う に異 る型 で 発 音 され る に 至 つ た か》 と言 ふ こ と が 明 らか に さ れ な けれ ば な ら な い は ず で あ る。 そ の ため に は 、 殆 ど總 て の 語 に つ い て 、 そ れ らが 次 の(a)―(d)の 何 れ か で あ る こ と を証 明 しな け れ ば な ら な い。 (a)そ

の 語 は埼 玉 ア ク セ ン トで は今 で こそ 乙 の 型 で 発 音 され て ゐ るが 、 古

い 時 代 に は東 京 ア ク セ ン トの や うに 甲 の 型 で発 音 さ れ て ゐ た。 (b)そ

の 語 は東 京 ア ク セ ン トで は今 で こ そ 甲 の 型 で 発 音 され て ゐ る が 、 古

い 時 代 に は埼 玉 ア ク セ ン トに於 け るや う に 乙の 型 で 発 音 され て ゐ た。 (c)そ

の 語 は埼 玉 ア クセ ン トで も東 京 ア クセ ン トで も古 くは 丙 の 型 で発 音

され て ゐ た 。 所 が 現 在 に 至 る間 に東 京 ア クセ ン トは 甲の 型 に変 化 し、 埼 玉 ア ク セ ン トで は 乙 の 型 に 変 化 した。 (d)そ

の 語 は両 方 言 の 分 離 以 後 に両 方 言 の 一 方 又 は 双 方 に輸 入 され た語 で

あ る。 さて 東 京 ア クセ ン トと埼 玉 ア ク セ ン トとで 異 る型 で 発 音 さ れ て ゐ る語總 て

が―

即 ち 両 方 言 の 語 彙 の 殆 ど全 部 が 、 上 の(a)(b)(c)(d)の何 れ か で あ る こ と

が 説 明 出 來 る で あ ろ うか 。 私 の 考 へ で は 《東 京 ・埼 玉 両 ア ク セ ン トに於 て 異 る 型 に 発 音 さ れ て ゐ る 語 は、 殆 ど總 て が(a)の 語 で あ り、 一 部 分 が(c)の 語 で あ る》 と言 ふ こ とが 説 明 出來 るや う に思 ふ の で あ る。 即 ち、 《埼 玉 ア ク セ ン トの体 系 は大 体 東 京 ア ク セ ン トか ら 出 た》、 厳 密 に言 へ ば 《一 時 代 前 に 東 京 ア ク セ ン トと埼 玉 ア ク セ ン トとは 同 じも とか ら別 れ た》 と言 ふ こ とが 説 明 出 來 るや う に思 ふ の で あ る。 次 に埼 玉 ア クセ ン トの一 例 と して 、 例 の蓮 田 町 ア ク セ ン トを と り、 こ れ が 東 京 ア ク セ ン トか ら如 何 に して分 離 した か 、 と言 ふ 私 案 を開 陳 して御 批 判 を仰 ぎ た い と思 ふ(91頁 まで)。

先づ 《蓮 田 町 ア ク セ ン トと東 京 ア クセ ン トとが どの や う に違 つ て ゐ るか 》 と言 ふ こ とを 明 らか に しよ う。 そ の 目的 で 、 東 京 ア クセ ン トを基 と して 、 東 京 で どの や うな 型 で 発 音 さ れ る語節 が 、 蓮 田町 で は どの や う な型 で 発 音 され て ゐ るか を比 較 して見 る と次 のや うで あ る。

〔A〕 二 音節 の語 節 (イ)東 京 で○○ 型 の 語 節

こ れ は蓮 田町 で は總 て○○ 型 に成 つ て ゐ る と

言 つ て よい 。 即 ち、 東 京 の○○ 型 ＝蓮 田 の ○ ○ 型 例

單 音 節 名 詞"絵""火"の 類 ＋助 動 詞"だ"或 は助 詞"が""は" "の""も"の 形(前 々章20頁) 。 二 音 節 名 詞"秋""朝"の 類 ・單 独 の 形(前 々章21−22頁 〉。 二 音 節 動 詞"見

る""書

く"の 類 の 終 止 形 ・

連 体 形 ・命 令 形(前 々章31−33頁)。 二 音 節 一 段 動 詞"見

る"の 類 ＋

助 動 詞"た"或 は助 詞"て"の 形(前 々章31−32頁)。 二 音 節 形 容 詞 "良 い"等 の 終 止 形 ・連 体 形 ・連 用 形(前 々章40頁) 。 例 外 は先 つ な い。 (ロ)東 京 で○○ 型 の 語 節

これ は蓮 田 町 で は大 体 ○ ○ 型 と、 ○ ○ 型 との

二 種 に 成 つ て ゐ る。 二 種 の 中の 何 れ に成 るか は 、 その 語 節 が その 次 に 声 の 断 止 が あ るか 、 つ ま り"切 れ る語 節"で な い か 、 つ ま り"続

く語 節"で

あ るか 、 或 は 声 の 断 止 が

あ るか 、 に よ る。 即 ち 、

東 京 の○○ 型 ＝{ (ⅰ)切

蓮 田 の○○ 型(切

れ る語 節) 

蓮 田 の○○ 型(続

く語 節)

れ る語 節 の 例  單 音 節 名 詞"柄""日"の

頁)。 二 音 節 名 詞"飴""牛"の 詞"着

る"の

止 形)の

類 の 單 独 の 形(前

類 ・"置 く"の

二 音 節 一 段 動 詞"着 形(前

類 ＋"だ"の

る"の

々章22頁)。

類 の 終 止 形 ・命 令 形(前 類 ＋"た"但

形(前

し終 止 形)或

々章19

二 音節動

々章32−33頁)。 は"て"(但

し中

々章32頁)。

但 し例 外 と して 、 二 音 節 名 詞"足""犬"の

類 單 独 の 形 は 東 京 で○

○型 で あ る が 、 蓮 田 町 で は ○ ○ 型 に 成 っ て ゐ る(前 々章22頁)。 (ⅱ)続

く語 節 の 例 。 單 音 節 名 詞"柄""日"の

の 形(前

々章19頁)。

(前々 章32−33頁)。 或 は"て"(但

二 音 節 動 詞"着

類 ＋"が""は""の""も"

る"の

二 音 節 一 段 動 詞"着

し連 用 形)の

形(前

類 ・"置 く"の

る"の

々章32頁)。

類 の連体 形

類 ＋"た"(但

し連 体 形)

重 要 な例 外 は な い 。

〔B〕 三 音 節 の 語 節 (イ)東

京 で○○○

型の語節

こ れ は 蓮 田 町 で 大 体 ○ ○○ 型 に 成 つ て ゐ る 。

即 ち、 東 京 の ○ ○ ○ 型 ＝蓮 田 の ○ ○ ○ 型 例

單 音 節 名 詞"絵""火"の

類 ＋ 助 詞"か

(前 々章20頁)。 二 音 節 名 詞"秋""跡"の (前々 章23頁)。

三 音 節 名 詞"兜"の

音 節 一 段 動 詞"見 (前々 章31−32頁)。 の 形(前 形(前

る"の

類 の 單 独 の 形(前

類 ＋ 助 動 詞"な

々章33頁)。

三 音 節 一 段 動 詞"掛

々 章35−36頁)。

三 音 節 形 容 詞"熱

但 し 三 音 節 名 詞"命"の

で""で

も"の

形

類 ＋"だ""が""ば""の""も"

二 音 節 四 段 動 詞"書

て 居 り、 三 音 節 動 詞"這

ら""ま

い"或 く"の

は 助 詞"な"の

二 形

類 ＋"た""て""な"

け る"の い"の

々章26頁)。

類 ＋"た""て"の

連 用 形(前

々 章41頁)。

類 の 單 独 の形 は、 蓮 田 町 で イ ノ チ型 に 成 つ 入 る"そ

の 他 の 終 止 形 ・命 令 形 は 蓮 田 町 で ハ

イ ル 型 に、 連 体 形 は ハ イ ル 型 に 成 つ て ゐ る。 (ロ)東

京 で○○○

○○ 型 と○○○

型の語節

こ れ ら は 蓮 田 町 で は 語 節 の 種 類 に よ つ て○

型 との 二種 類 に 成 つ て ゐ る。 即 ち 、

蓮 田 の○○○ 型(切 東 京 の○○○ 型 ＝{ (ⅰ)切

れ る語 節 の 例

24頁)。

蓮 田 の○○○

詞"掛

類 ・"置 く"の

け る"の

く語 節)

い"の

類 ＋"だ"の

類 の 單 独 の 形(前 類 ＋"な"の

類 ・"動 く"の

三 音 節 形 容 詞"熱

型(続

二 音 節 名 詞"足""犬"の

三 音 節 名 詞"心"の

"着 る"の

れ る語 節) 

形(前

々章

二音 節動 詞

々章32−33頁)

類 の 終 止 形 ・命 令 形(前

終 止 形(前

形(前

々 章25頁)。

。三 音 節 動

々 章35−37頁)。

々章39頁)。

但 し例 外 と し て 三 音 節 形 容 詞"熱

い"の

類 の 終 止 形 は蓮 田町 で は ア

ツ イ型 に も発 音 され て ゐ る。 又 動 詞"歩

く"の

終 止 形 ・命 令 形 は 蓮 田 町 で ア ル ク ・ア ル ケ 型 で 例

外 を な して ゐ る(前 々 章35、39頁)。 (ⅱ)続

く語 節 の 例

(前々章20頁)。

單 音 節 名 詞"柄""日"の

類 ＋"ま で""で

二 音 節 名 詞"足""犬"の

形(前

々 章23−24頁)。 三 音 節 動 詞"掛

形(前

々 章36−38頁)。

形

類 ＋"が""は""の""も"の け る"の

類 ・"動 く"の

類 の連 体

い"の

類 の 連 体 形(前

々章40頁)。

三 音 節 形 容 詞"熱

但 し例 外 と して 三 音 節 形 容 詞"熱

も"の

い"の

類 の連 体 形 は蓮 田町 で ア ツ

イ 型 に も発 音 さ れ て ゐ る(前 々 章40頁)。 又"歩

く"の

連 体 形 は 蓮 田 町 で ア ル ク 型 に 発 音 さ れ て ゐ る 。"歩

く"

の 各 活 用 形 は總 て對 応 関 係 を 乱 し て ゐ る 。 (ハ)東

京 で○○○

型の語節

こ れ ら は 蓮 田 町 で は總 て ○ ○ ○ 型 に 成 つ て

ゐ る。 即 ち 、 東 京○○○ 例

型 ＝ 蓮 田 の○○○

單 音 節 名 詞"柄""日"の 名 詞"飴""牛"の

類 ＋"か ら"の

類

節 一 段 動 詞"着 詞"置 け る"の

形(前

類 ＋"だ""が""は""の""も"の

二 音 節 名 詞"足""犬"の "形""兎"の

型

類 ＋"の"の

、"頭""男"の

形(前

類 ・"続 く"の

頁)。 三 音 節 一 段 動 詞"明

形(前 々章24頁)。

類 の 單 独 の 形(前

る"の 類 ＋"な い"の 形(前

く"の 類 ＋"た""て"の

形(前

々章20頁)。

々章24頁)。 三音 節名 詞

々 章25−27頁)。

々章32頁)。

々章32−33頁

類 ＋"た""て"の

二 音

二 音節 四 段 動

〉。 三 音 節 動 詞"明

類 の 終 止 形 ・連 体 形 ・命 令 形(前 け る"の

二音 節

々章36−38

形(前

々 章36−

37頁)。

三 音 節 形 容 詞"赤

い"の

類 の 終 止 形 ・連 体 形 ・連 用 形(前

々

章41頁)。 重 要 な 例 外 な し。

〔C〕

四音 節 の語 節

(イ)東

京 で○○○○

型の語節

こ れ ら は 蓮 田 町 で は 大 体○○○○

型 に成

っ て ゐ る。 即 ち 東 京 の○○○○ 例

型 ＝ 蓮 田 の○○○○

單 音 節 名 詞"絵""火"の 節 名 詞"秋""跡"の

類 ＋"だ つ た"の

類 ＋"か ら""ま

頁)。 三 音 節 名 詞"兜"の 章27頁

型

で""で

形(前

々章20頁)。

も"の

形(前

々章23−24

類 ＋"だ""が""は""の""も"の

） 。 二 音 節 形 容 詞"良

い"等

二音

形(前

＋"あ つ た"或

々

は 助 詞"ば"の

形

(前々章40頁)。 上 の 他 、 四 音 節 名 詞"狼"等

の 單 独 の 形(前

々 章41頁)も

こゝ へ擧

げ て よい と思 う。 但 し例 外 と し て 三 音 節 名 詞"命"そ "も"の

形

、 三 音 節 動 詞"這

入 る"そ

の 他 ＋"だ""が""は""の" の 他 ＋"な"の

ノ チ ダ ・ハ イ ル ナ 型 に 成 つ て 居 り、"這 入 る"そ

形 、 は蓮 田 町 で イ の 他 ＋"た"て"の

形 はハ イ ッ タ型 に な つ て ゐ る。 (ロ)東

京 で○○○○

型の語節

こ れ ら は 蓮 田 町 で は總 て○○○○

型 に

成 つ て ゐ る。 即 ち 東 京 の○○○○ 例

型 ＝ 蓮 田 の○○○○

二 音 節 名 詞"足""犬"の 章24頁)。

類 ＋"か

三 音 節 名 詞"心"そ

(前々章28頁)。

型

36頁)。 三 音 節 四 段 動 詞"動

で""で

も"の

形(前

の 他 ＋"だ""が""は""の""も"の

二 音 節 四 段 動 詞"書

33頁)。 三 音 節 一 段 動 詞"掛

ら""ま

く"の

け る"の

類 ＋"な い"の

類 ＋"な""な

い"の

く"の 類 ＋"な""た""て"の

々 形

形(前

々章

形(前

々章

形(前

々章37

− 38頁)。 上 の 他 、 四 音 節 名 詞"鶯"そ 動 詞"流

れ る"の

類 ＋"て""た"の

の 他 の 單 独 の 形(前 形(前

々章41頁)。

々章42頁)も

四音節

こ の 例 と して

擧 げ ら れ る 。 但 し例 外 と し て 單 音 節 名 詞"柄""日"の

類 ＋"だ つ た"

の 形 は 蓮 田 町 で は エ ダ ッ タ 型 に 成 つ て ゐ る。 又 、 動 詞"歩

く"＋"た""て""な"の

形 は蓮 田 町 で は ア ル イ タ 型 に

成 つ て ゐ る。 (ハ)東

京 で○○○○

型 の語節

こ れ ら は 蓮 田 町 で は 語 節 の 種 類 に よ り二

種 に 別 れ 、 一 部 は○○○○

型 に 成 つ て 居 り、 他 は○○○○

型 に成 つ

て ゐ る。 即 ち

東 京 の○○○○ 型 ＝{ (ⅰ)切

れ る語 節 の 例

蓮 田 の○○○○ 型(切 蓮 田 の○○○○ 三 音 節 名 詞"頭"の

上 の 他 、 四 音 節"傘"そ "流 れ る"の

型(続

く語 節)

類 ＋"だ"の

の 他 の 單 独 の 形(前

類 の 終 止 形 ・命 令 形(前

れ る語 節) 

形(前

々章42頁)、

々章42頁)も

々章29頁)。 四音 節 動 詞

此 の 例 と して擧 げ る

こ とが 出 來 る 。 但 し例 外 と し て 四 音 節 形 容 詞"大

き い"の

類の終止形 は蓮 田町でオ

オ キ イ 型 に 発 音 さ れ て ゐ る(前 々章42頁)。 (ⅱ)続

く語 節 の 例

々章24頁)。

二 音 節 名 詞"飴""牛"の

三 音 節 名 詞"頭"の

上 の 他 、 四 音 節 動 詞"流

類 ＋"ま で""で

類 ＋"が""は""も"の れ る"の

形(前

類 の 連 体 形(前

も"の 形(前 々章29頁)。

々 章42頁)も

此 の

例 と し て擧 げ る こ と が 出 來 る 。   但 し 四 音 節 形 容 詞"大

き い"の

類 の連体 形 は蓮 田 で はオ オ キイ型

に 成 つ て ゐ る(前 々章42頁)。 (ニ)東

京 で○○○○

型の語節

こ れ ら は 蓮 田 町 で は總 て○○○○

型 に成

つ て ゐ る。 即 ち 、 東 京 の○○○○ 例

型 ＝ 蓮 田 の○○○○

二 音 節 名 詞"飴""牛"の 名 詞"形""兎"の

類 ＋"の"の

形(前

類 ・三 音 節 一 段 動 詞"明

章33、36頁)。 章38頁)。

類 ＋"か ら"の

形(前

類 ＋"だ""が""は""の""も"の

三 音 節 名 詞"頭"の "置 く"の

型

三 音 節 四 段 動 詞"続

形(前

々章29頁)。

け る"の く"の

々章24頁)。

三音節

々 章29頁)。

二 音節 四段 動 詞

類 ＋"な い"の

類 ＋"だ"て"の

形(前

々

形(前

々

上 の 他 、 四 音 節 名 詞"雷"の 四 音 節 動 詞"忘 の 形(前

れ る"の

々章42頁)、

連 用 形(前

類 ・"鷄"の

々章42頁)、

類 の 終 止 形 ・連 体 形 ・命 令 形 ＋"た""て"

四 音 節 形 容 詞"悲

々章42頁)も

類 の 單 独 の 形(前

し い"の

類 の 終 止 形 ・連 体 形 ・

こ の 例 と し て擧 げ る こ と が 出 來 る。

重 要 な 例 外 な し。

〔D〕

五音 節の 語節

(イ)東

京 で○○○○○

型 の語節

こ れ ら は 蓮 田 町 で は 大 体○○○○○

型

に 成 つ て ゐ る。 即 ち 東 京 の○○○○○ 例

型 ＝ 蓮 田 の○○○○○

二 音 節 名 詞"秋""跡"の 節 名 詞"兜"の

類 ＋"か ら""ま

三 音 節 形 容 詞"熱

い"の

型

類 ＋"だ つ た"の で""で

形(前

も"の

類 ＋"あ つ た""ば"の

以 上 の 他 、 四 音 節 名 詞"狼"そ

々章23頁)。

三音

形(前

々章27−28頁)。

形(前

々章41頁)。

の 他 ＋"だ""が"の

形(前

々章41頁)

も こ の 例 と して擧 げ る こ と が 出 來 る 。   但 し例 外 と し て 三 音 節 名 詞"命"そ

の 他 ＋"か ら""ま

で""で

も"

の 形 は 蓮 田 町 で は イ ノ チ カ ラ 型 に な っ て ゐ る(前 々章28頁)。 (ロ)東

京 で○○○○○

型の語節

こ れ ら は 蓮 田 町 で は 大 体○○○○○

型 に成 っ て ゐ る。 即 ち 東 京 の ○ ○○○○ 例

型 ＝ 蓮 田 の○○○○○

二 音 節 名 詞"足""犬"の 節 名 詞"心"の

類 ＋"だ つ た"の

類 ＋"か ら""ま

上 の 他 、 四 音 節 名 詞"鶯"の

型

で""で

形(前

も"の

類子＋"だ""が"の

形(前

々章24頁)。

三音

々章28頁)。

形 も こ の 例 と し て擧

げ ら れ る(前 々章41頁)。 但 し例 外 と し て 、 三 音 節 形 容 詞"赤

い"の

町 で は ア カ ケ レ バ 型 に 成 つ て 居 り、"赤 い"の

類 ＋"ば"の

形 は、 蓮 田

類 ＋"あ つ た"の

形 は

蓮 田 町 で は ア カ カ ッ タ 型 に 成 つ て ゐ る(前 々章41頁)。 (ハ)東

京 で ○ ○ ○ ○○ 型 の 語 節

こ れ ら は 蓮 田 町 で は 大 体○○○○○

型 に 成 つ て ゐ る。 即 ち 東 京 の ○○○○○

型 ＝ 蓮 田 の○○○○○

型

例

三 音 節 名 詞"頭"の

類 ＋"か ら""ま

二 音 節 四 段 動 詞"這

入 る"そ

上 の 他 、 三 音 節 動 詞"歩 詞"傘"の

い"の

も"の

形(前

形(前

々章37頁)。

く"＋"な

類 ＋"だ""が"の

の 類 ＋"な""な

で""で

の 他 ＋"な い"の

形(前

形(前

い"の

形(前

々章42頁)。

々章42頁)も

々 章29頁)。

々章39頁)。

四音節名

四 音 節 動 詞"流

れ る"

この 例 とす る こ とが 出 來 る。

但 し例 外 と し て 、 二 音 節 名 詞"飴""牛"の

類 ＋"だ つ た"の

形 は、

蓮 田 で は ア メ ダ ッ タ型 に 成 つ て ゐ る。 (ニ)東

京 で○○○○○

型 の 語節

こ れ ら は 蓮 田 町 で は 大 体○○○○○

型

に 成 つ て ゐ る。 即 ち 、 東 京 の ○○○○○ 例

型 ＝ 蓮 田 の○○○○○

三 音 節 名 詞"形""兎"の

類 ＋"ま で""で

右 の 他 、 四 音 節 名 詞"雷"そ 四 音 節 動 詞"忘

型

れ る"の

も"の

形(前

の 他 ＋"だ""が"の

類 ＋"な"の

形(前

形(前

々章30頁)。 々 章42頁)。

々章42頁)も

この例 と し

て擧 げ る こ と が 出 來 る 。 重 要 な例 外 は な い。 (ホ)東

京 で○○○○○

型の語節

こ れ ら は 蓮 田 町 で は 大 体○○○○○

型

に成 つ て ゐ る。 即 ち 東 京 の ○ ○ ○ ○ ○ 型 ＝ 蓮 田 の○○○○○ 例

三 音 節 名 詞"形""兎"の 四 段 動 詞"続

く"の

類 ＋"か ら"の

類 ＋"な い"の

上 の 他 、 四 音 節 名 詞"鷄"の 音 節 動 詞"忘

れ る"の

型

形(前

形(前

形(前

三音 節

々章38頁)。

類 ＋"だ""が"の

類 ＋"な い"の

々章30頁)。

形(前

々章42頁)も

々章42頁)。

四

こ の 例 と して

あ げ る こ とが 出 來 る。 重 要 な例 外 は な い 。

〔E〕 六 音 節 の 語 節 六 音 節 の 語 節 は 本 文 の 中 に あ ま り出 さ な か つ た が 、 東 京 ・蓮 田 両 方 言 の 間 に は 、 次 の や うな 関 係 が あ る もの の や うで あ る 。 (イ)東 例

京 の○○○○○○ 三 音 節 名 詞"兜"の

型 ＝ 蓮 田 の○○○○○○ 類 ＋"だ つ た"の

形(前

型 々章27頁)。

(ロ)東 京 の○○○○○○ 例

三 音 節 名詞"心"の

(ハ)東 京 の○○○○○○ 例

型 ＝蓮 田 の○○○○○○

型 ＝蓮 田 の○○○○○○

型

類 ＋"か ら"の 形 。

(ホ)東 京 の ○ ○○○○○ 型 ＝蓮 田 の○○○○○○

例

型

類 ＋"だ つ た"の 形(前 々章29頁)。

四 音 節 名詞"雷"の

(ヘ)東 京 の○○○○○○

型

類 ＋"だ つ た"の 形(前 々章28頁)。

三 音 節 名詞"頭"の

(ニ)東 京 の ○○○○○○ 例

型 ＝蓮 田 の○○○○○○

型

型 ＝蓮 田 の ○ ○ ○ ○ ○○ 型

四 音 節 名詞"鷄"の

類 ＋"か ら"の 形 。

以 上 〔A〕―〔E〕に擧 げ た 東 京 ・蓮 田 両 方 言 間 の對 応 関 係 を類 別 して 掲 げ れ ば 次 のや うで あ る。 第一 類  東 京 で擡 頭 型 の 語 節 東

京 

蓮

例

田

例

"絵 だ""絵

が""絵

は""絵

も"

"絵 の""火

だ""火

が""火

は"

"火 の""火

も""秋""跡""見

"見 ろ""書 "見 て""良

く""書 い""良

外

ナ シ

る"

け""見

た"

く"等

"絵 か ら""絵

ま で""絵

で も"

"火 か ら""火

ま で""火

で も"

"秋 だ""秋

が""秋

は""秋

の"

"秋 も""跡

だ""跡

が""跡

は"

"跡 の""跡

も""兜""見

"命"は

イノチ

、 "這 入 る"は ハ イ ル (終 止)・ ハ イ ル (連 体)型 。

な い"

"見 る な""書

く な""書

い て"

"書 い た""掛

け た""掛

け て"

"熱 く"

"絵 だ つ た""火 ら""秋 ら""跡

ま で""秋 ま で""兜

だ つ た""秋

"命

か

は""命 の""命 "這 入 る な"は

で も""跡

か

だ""兜

が""兜

だ""命

が""命 も" イ ノ

は""兜 の""兜 も""良 "良 け れ ば""狼"

か つ た"

チ ダ 型 。"這 た""這

入 つ

入 つ て"は

ハ イ ッ タ型 。 "秋 だ つ た""跡 ら""兜

だ つ た""兜

ま で""兜

で も""熱

か

ば""熱 か つ た""狼 "兜 だ つ た"

だ""狼

けれ が"

"命 か ら""命

ま で"

"命 で も"は

イノチ

カ ラ型。

第二 類  東 京 で 高 く終 る語 節 東

京 

蓮

例

田 "柄 だ""日

例

だ""飴""牛""着

る"

(終 止)"置 "置 け""着

く"(終 た"(終

止)"着 止)"着

(中 止) "柄 が""柄

は""柄

の""柄

も"

"日 が""日

は""日

の""日

も"

"着 る"(連 体)"置 た"(連 体)"着 "柄 か ら""日

"足""犬"は

ろ" て"

ナ シ

く"(連 体)"着

て"(連 体) か ら""飴 だ""飴

が""飴

は""飴

の""飴

だ""牛

が""牛

は""牛

も""足 "頭""着

の""犬 の""形""兎" な い""置 い た""置

ナ シ

も""牛 の""牛

い

て""明 け る""明 け ろ""続 く" "明 け た""明 け て""赤 い""赤 く" "飴 か ら""牛

か ら""形

だ""形

ナ シ

が""形

は""形

の""形

も""兎

だ""兎

が""兎

は""兎

の""兎

も""頭

の""置

か な い""明

い""続

い た""続

"鷄""忘

れ る""忘

た""忘 れ て""働 "悲 し く"

けな

い て""雷" れ ろ""忘 く""悲

れ

し い"

外 ア シ型

。

"形 か ら""兎 "鷄だ""鷄 "鷄 か ら"

か ら""続

が""忘

か な い"

ナ シ

れ な い"

第 三類  東 京 で 中央 の 高 い語 節 東

京 

蓮

例

例

田 "足 だ""犬 "置

だ""心""着

く な""掛

け ろ""動 い"(終

る な"

け る"(終

く"(終 止)"動

止)"掛

く"(終

け""熱

で も""日

"日 で も ハ 足 が""足 "犬 が バ 犬 は""犬 (連 体)"動

ま で"

は""足

も"

も バ 掛 け る"

く"(連 体("熱

止)は

い"(連

止)"歩

け"

は アル ク型 "熱 い"(連 体)は

く"(連 体)は

ア ル

ク型。

ま で""足

で も"

"柄 だ つ た""日

"犬 か ら""犬

ま で""犬

で も"

っ た"は

が""心

"書 か な い""掛 る な""動

い た""動

"喜 ぶ"(終

"飴 で も""頭

で も""飴 が""頭

"流 れ る"(連 体)"喜 "足 だ つ た""犬

い

型 。

"動 か な い""這

は"顎

"大 き い"(終

止)は

オ オ キ イ型 。

も"

か

で も"

入 ら な い""歩 が""流

"大 き い"(連

体)は

オ オ キ イ型

体)

で も バ 鴬 だ"

だ""傘

れ る な"

ま で"

ぶ"(連

"頭 か ら 鳳 頭 ま で""頭

い""流

ア ル イ タ

れ ろ"

だ っ た""心

ま で""心

か な い""傘

い たバ歩

い て"は

止)

"牛 ま で""牛

ら""心 "鴬 が"

エ ダ ッタ

け

れ だ""流 れ て" け る な""続 く な"

れ る"(終 止)"流

だ

型 。"歩

け な い""掛

く な""動

て""鴬""流 "頭 だ""明 "傘""流

は 桝 心 も"

又

ア ッ イ と も。"歩

体) "足 か ら""足

"心 だ""心

又

ア ッ イ と も 。"歩

止)。

"柄 ま で""柄

外

"熱 い"(終

れ な

"赤 か つ た"は

アカ

カ ッ タ型 。 赤 け れ ば は ア カ ケ レバ 型 。 "飴 だ つ た"は ア メ ダ ッタ型。

"形 ま で""形 "兎 で も""雷

で も""兎 だ""雷

ま で"

が""忘

ナシ

れ

る な" "心 だ つ た" "頭 だ つ た" "雷 か ら" "鷄で も"

大 体 以 上 の 如 くで 、 蓮 田 ア ク セ ン トと東 京 ア クセ ン トとの 間 に は 先づ 整 然 と した 型 の 封 応 が 見 られ る と言 つ て よ い。 さて 以 上 第 一 類 ― 第 三 類 と して 掲 げ た 表 に於 て 、 若 し、 《各等 式 の 中 の 一 辺 の 型 が 他 辺 の 型 か ら転 化 して來 た事 情 が 説 明 出 來 、 而 して 封 応 の例 外 を な して ゐ る語 が何 故 例 外 を な して ゐ るか が 説 明 出 來 た》 とす る。 さ うす れ ば、 蓮 田 ア クセ ン ト と東 京 ア クセ ン トとの 関 係 が 説 明 出 來 た こ とに成 る筈 で あ る。 但 し場 合 に よつ て は 、 一 辺 が 他 辺 か ら生 じた こ とが 説 明 され る代 りに、 左 右 両 辺 が あ る 同 じ型 か ら別 れ 出 た こ とが 説 明 され て もよ い 筈 で あ る。 私 は 《以 上 に掲 げ た 諸 等 式 に於 て 、總 て 〈右 辺 の 型 が左 辺 の 型 よ り出 た〉 こ とが 説 明 出 來 る》 と思 ふ の で あ る。 即 ち 、 《規 則 正 しい 封 応 を な す 語 節 に 於 て は 、 〈蓮 田 町 ア クセ ン トは 東 京 ア クセ ン トか ら出 た 〉 と考 へ る こ とが 出 來 る》 と思 ふ の で あ る。 そ して 《封 応 の 例 外 を な す 語 》 に於 て は 、 《蓮 田 ア クセ ン トの 形 は 、 あ る もの は東 京 ア クセ ン トの 一 時 代 前 の 形 か ら出 た 》 そ し て 《あ る もの は蓮 田町 で 音 韻 の 関係 に よ り、 或 は類 推 の作 用 に よつ て 独 特 の 変 化 を遂 げ た もの 》 と考 へ る こ と に よ り、 例 外 をな して ゐ る所 以 を説 明 出來 る、 と思 ふ の で あ る。 以 下 第 一 類 ・第 二 類 ・第 三 類 の 順 に 愚 案 を の べ る(91 頁 まで)。

第 一類  東 京 で初 めが 高 い語 節 に就 て 東 京 で 高 く初 ま る語 節 は、 蓮 田 町 で は總 て 第 二 音 節 が 高 い型 に 成 つ て ゐ る。 此 の 類 に 於 け る蓮 田 ア ク セ ン トの 出 來 た事 情 を考 へ る こ と は簡 單 で あ る。 即 ち 《以 前 第 一 音 節 に あ つ た ア ク セ ン トの 頂點 が 第 二 音 節 へ 移 動 した 》 と考 へ れ ば よい 。 私 は さ う考 へ る。

恐 ら く蓮 田 町 方 言 で も以 前 は此 等 の 語 節 は 第 一 音 節 を 高 く発 音 して ゐ た の で あ ら う。 そ れ が 何 時 か 第 一 音 節 に 引 摺 られ て 第 二 音 節 も高 く発 音 す るや う な傾 向 が 現 れ 、 第 二 音 節 が 第 一 音節 と同 じ高 さ に発 音 され るや うに成 るや 、 今 度 は 第一 音 節 が 漸 次 低 く発 音 され るや うに 成 り、 つ ひ に今 日の や うな 、 第 二 音 節 の み を高 く発 音 す るア ク セ ン トに 成 つ た の で あ ら う と考 へ る。 前 述 の 如 く、 東 京 ア クセ ン ト方 言 の 中 で 、 鴻 巣 町 方 言 な どで は 、○○○ 型 の 語 節 を 自然 な 発 音 に 於 て は○○○ の や う に 発 音 す る傾 向 が 見 られ(62頁)、

又 東京

ア クセ ン トに 近 い ア ク セ ン トを有 す る川 口市 方 言 な どで は、 東 京 で○○○ 型 の 語 が 自然 の 発 音 で は○○○ の や う な形 に 成 つ た り、或 は○○○ の や う な形 に 成 つ た り して ゐ た(61頁)。 蓋 し蓮 田 町 方 言 に 於 て も、 東 京 で○○○ 型 の 語 節 に於 て最 初 鴻 巣 方 言 に見 られ るや うな 傾 向 が 現 れ 、 川 口市 方 言 に 見 られ や う な傾 向 に 進 み 、 最 後 に現 在 の や う な ○○○ 型 に 落 着 くに至 つ た もの と推 測 す る の で あ る。 な ほ東 京 で 第 一 音 節 を高 く発 音 す る語 節 は、 二 音 節 語 ― 六 音 節 語 を通 じて 大 体 同 じ頃 に 此 の や うな 変 化 を 遂 げ た もの で あ ら うが 、 変 化 の機 運 は 音 節 数 の 多 い もの に早 く現 れ た で あ ら う。 さて 東 京 で擡 頭 型 の 語 節 の 中 、例 外 と して"命""命

だ""命

か ら"な

どの

語 節 は 、蓮 田 で イ ノ チ ・イ ノ チ ダ ・イ ノ チ カ ラ のや う に発 音 され て ゐ る事 實 が あつ た 。 これ らは何 故 イ ノ チ ・イ ノ チ ダの や うに 発 音 さ れ て な い の で あ ら うか 。 今 埼 玉 縣 下 の東 京 ア ク セ ン トに属 す る諸 方 言 の ア ク セ ン トを調 べ て 見 る と、 例 へ ば 桶 川 町 ・上 尾 町 な ど、 東 京 と異 り、 イ ノチ ・イ ノチ ダ ・イ ノ チ カ ラの や う に発 音 され て ゐ る。又 他 の 東 京 系 諸 方 言 の ア ク セ ン トを参 照 す る と、"命""命

だ""命

か ら"の 形 は 、 イ ノ チ ・イ ノ チ ダ ・イ ノ チ カ ラ の や う

な 形 が 古 い 形 で、 東 京 の や うに イ ノ チ ・イ ノ チ ダ ・イ ノ チ カ ラ と言 ふ の は 新 し く変 化 して 出來 た形 だ と見做 して よい や うで あ る。 思 ふ に 蓮 田 町 で は此 等 の 語 は 以 前 イ ノチ ・イ ノ チ ダの や う に発 音 して ゐ た もの で あ らう。 而 して 東 京 で○○○ 型 ・○○○○ 型 の語 節 は 、蓮 田 町 で○○○ 型 、○○○○

型 に 成 つ て ゐ る こ とは 前 に述 べ た 通 り(80‐81頁)で

あ るか

ら、 此 う考 へ れ ば蓮 田 町 で イ ノ チ ・イ ノ チ ダ ・イ ノ チ カ ラ と発 音 さ れ る こ と は説 明 出來 た こ と と成 る 。

次 に もう一 つ 、 東 京 で擡 頭 型 の 語 節 の 中 、"這 入 る""這 入 つ た"の 類 が 蓮 田 で ハ イ ル 型 ・ハ イ ッタ 型 に 成 つ て ゐ る こ と も、 封 応 の例 外 を な して ゐ た 。 蓮 田 町 の○○○ 型 は東 京 の○○○ 型 に對 応 して ゐ る所 か ら考 へ る と、 埼 玉 縣 下 の 東 京 ア ク セ ン トで 此 の 語 が○○○ 型 に成 つ て 居 り、 そ れ が 東 京 ア ク セ ン トの 古 い 形 で あ る と言 は れゝ ば 蓮 田 で ハ イル と発 音 され る こ とが 説 明 し よい が 、 生 憎 桶 川 町 ・上 尾 町 あ た り、 ハ イ ル 型 若 し くは ハ イル 型 で あ る か ら工 合 が 悪 い。 然 し思 ふ に 、"這 入 る"は 先 づ○○○ 型＞○○○ 型 と言 ふ 変 化 の 波 に 乗 つ て 、 蓮 田 で はハ イ ル 型 に変 化 した もの で あ ら う。 そ の 後○○○ 型 の 動 詞 は 数 が 少 く、 又 活 用 形 の ア クセ ン トに屡々 同 じ形 を と る もの が あ る所 か ら(例 、 否 定 形 の ハ イ ラナ イ)、○○○ 型 の 動 詞 へ 類 推 が 働 き、 今 日の や う なハ イル の 型 に転 向 して し ま った の で は な か ら うか 。 或 は 第 二 音 節 が イ と云 ふ 独 立 性 の 乏 しい 音 節 で あ る こ と もハ イル 型 ＞ハ イ ル 型 の 変 化 を助 長 した か も知 れ な い。 ハ イ ッ タの や うな 形 も、 一 先づ ハ イ ッ タ ＞ハ イ ッ タの 変 化 を起 して 後 、 ウ ゴ イ タ等 の 動 詞 に類 推 した もの で あ ら う。 尤 も此 の 形 は ハ イ ッ タ と成 る 筈 で あ る が 音 韻 の 関係 で ハ イ ッタ 型 に成 つ た もの で あ ら う。

第 二類  東京 で高 く終 る語節 に就 いて 東 京 で 高 く終 る語 節 は蓮 田 町 で は 二 音 節 の 語 節 と三 音 節 以 上 の語 節 とで 趣 が 蓮 つ て ゐ る。 三 音 節 以上 の 語 節 の 方 が 簡 單 で あ る か ら其 の 方 か ら考 察 し よ う。 三 音 節 以 上 の 語 で 東 京 で 揚 尾 型 の 語 節 は 、蓮 田 で は○○○ ・○○○○ … … の や うに 最 初 の 二 音 節 だ け が 高 く、 第 三 音 節 以 下 は總 て低 い 型 に成 つ て ゐ る。 ○○○ 型 ＞○○○ 型 、○○○○ 型 ＞○○○○ 型 、 そ の他 の 変 化 は ど う して 行 はれ たか。 思 ふ に 蓮 田 で も此 等 の語 節 は も と東 京 の や う に○○○ 型 、○○○○ 型 … … に 発 音 され て ゐ た 。 そ れが 《最 初 の 音 節 と 同 じ高 さ で発 音 を続 け よ う》 と言 ふ 欲 求 か ら、○○○ 調 或 は○○○○ 調 の や うな低 平 調 に 発 音 され る傾 向 が生 じた 。 併 し全 然 の低 平 調 に 発 音 す る こ と は反 つ て 努 力 を要 して 自然 に反 し、 寧 ろ 最 初 の 二 音 節 ぐ ら ゐ を 高 く発 音 す る方 が 発 音 に 樂 な の で 、 第 一 ・第 二 音

節 が 高 く、 第 三 音 節 以 下 を低 く発 音 す る傾 向 が 現 れ 、 現 在 の○○○ 型 ・○○ ○○型 の ア ク セ ン トが 出 來上 つ た もの 、 と考 へ る 。 東 京 ア ク セ ン トを有 す る川 口市 方 言 な どで 、 東 京 で○○○型 の 語 節 を殆 ど 全 平 調 に発 音 す る傾 向 が あ る こ と(61頁)、 同 じ埼 玉 ア ク セ ン ト方 言 の 中 で も、 南 方 に分 布 す る もの の 中 に は土 合 村 方 言 の 如 き、"飴 だ"の や うな 語 節 を全 平 調 に 発 音 す る もの が あ る こ と(59頁)を

前 に述 べ た が 、 そ れ らの 発 音

は、 蓮 田 町 が 過 去 に経 て來 た 中間 過 程 の状 態 を示 して ゐ る もの と考 へ る。 東 京 で揚 尾 型 の 語 節 の 中 、 二 音 節 の もの は 、 蓮 田町 で は語 節 の 種 類 に よつ て 二 種 類 の 型 で 発 音 さ れ 、事 情 が稍々 複雑 で あ る が 、 先 づ"続

く語 節"は

○

○ 型 に成 つ て ゐ た。 これ に つ い て 考 へ る の に 、 思 ふ に 此 等 の 語 節 に於 て は 、 次 に來 る 語 節 と共 に一 團 を成 した 形 に於 い て 、 最 初 頂點 を 除 く總て の 音 節 を 低 く発 音 す る傾 向 が起 り、 而 る後 に三 音 節 以上 の 語 節 に於 け る や う に、 最 初 の 二 音 節 が 高 く発 音 され 、 か くて 現 在 の○ ○型 に成 つ た もの と考 へ る。 例 へ ば"日 が"な

る語 節 につ い て 言へ ば 、 最 初 は 東 京 に於 け るや うに 次 の 語 節 と

共 に ヒ ガ ノ ボ ル(日 が昇 る)・ ヒガ オ チ ル(日 が 落 ち る)の や う に発 音 さ れ て ゐ た 。 そ れ が ヒガ ノ ボル ・ヒガ オ チ ル(尤

も此 の 頃 に は 頂點 が 次 へ 移 動 して

ヒガ オ チ ル と成 つ て ゐ たで あ ら う)の や うな形 に成 つ た 、 然 る後 に 三 転 して ヒガ ノ ボ ル ・ヒガ オ チル の や う に成 つ て 、"日 が"はヒガ

な る ア ク セ ン トを

獲 得 す る に至 つ た もの 、 と考 へ るの で あ る。 次 に揚 尾 型 二 音 節 の 語 節 の 中、"切 れ る語 節"は (終止形)な

、例 へ ば"日

だ""置

く"

どが 之 で あ る が 、 蓮 田 で は ヒダ ・オ ク の や う な形 に成 つ て ゐ る。

こ れ も以 前 は蓮 田 で も ヒ ダ ・オ ク の や う に発 音 され て ゐ た が 、 第 一 音 節 と同 じ高 さで 次 の 音 節 を も発 音 し よ う と言 ふ 欲 求 が働 い て ヒダ ・オ ク の や う に発 音 さ れ るや うに 成 り、 次 に低 平 調 よ り下 降 調 の 方 が 発 音 上 自然 な の で 現 在 の や う な ヒ ダ ・オ ク の や うな 形 を と るに 至 つ た もの で あ ら う。 三 音 節 以上 の 語 節 や 、 二 音 節 の 語 節 で も"続

く語 節"は

、○○○ … … や○○ の 如 く、最 初 の

二 音 節 が 高 い型 に 変 化 した が 、"切 れ る"二 音 節 の 語 節 に 限 り、○○ の や う な、 第 一 音 節 だ け が 高 い 型 に変 化 した わ け で あ るが 、 そ れ は息 の切 れ 目の 直 前 に あ つ て は 、声 帯 が 弛 ん で 弛 緩 の状 態 に帰 ら う とす るた め に、○○ 型 よ り も○○ 型 の 方 が 発 音 が 自然 で あ り、 か くて"切

れ る"二 音 節 の 語 節 に あつ て

は○ ○ 型 に成 らず○○ 型 に成 つ た もの で あ ら う。 な ほ○○ 型 の"切 れ る"二 音 節 の 語 節 の 中 、"足""犬"の な 二 音 節 名 詞 の 一 部 は 、 他 の○○○ 型 の"切

單 独 の形 の や う

れ る"語 節 と異 り、 蓮 田 で は○○

型 に成 つ て ゐ る。 ど う して 此 の や う に對 応 の例 外 を な して ゐ るの か 。 思 ふ に "足""犬"な ど此 の 類 の 語 は、 東 京 ア ク セ ン トに於 い て 《次 に來 る語 は低 く つ い て 貰 ひ度 い 》 と言 ふ 気 持 が あ る た め に 、 他 の○○ 型 の 語 節 と異 つ て、 第 二 音 節 が 際 立 つ て 高 く発 音 され よ う とす る傾 向 が あ る。 東 京 語 に於 い て佐 久 間 博 士 等 が こ の 類 を 下上 型 と命 名 して他 の ○ ○ 型 の 語 と区 別 され たの は、 此 の 発 音 傾 向 を 重 視 され た結 果 で あ る が、 同様 な 傾 向 は埼 玉 縣 蕨 町 な ど で は更 に顕 著 で あ つ て 、 一 般 の○○ 型 の 語 は殆 ど全 平 調 に成 つ て ゐ るの に、 こ れ ら "足""犬"の 類 の 單 独 の 形 は 上 昇 調 で 発 音 され て ゐ る(61頁) 。 恐 ら く蓮 田 町 で も此 の類 の 語 だ け は、 元 來○○ 型 で あ る他 の 語 節 と は異 り、 ず つ と後 ま で アシ ・イマ 調 に 発 音 さ れ て ゐ た の で は な か ら うか。 而 して"足 だ""足

が"

の や うな 語 節 が 規 則 的 な ア クセ ン ト変化 に よつ て ア シ ダ ・ア シガ の 型 か らア シ ダ ・ア シ ガ の 型 に変 化 した 。 か う成 る と 單独 の場 合 の ア シ 型 は不 調 和 な の で 類 推 に よつ て ア シ と発 音 す るや うに 成 つ たの で は な い か 、 と思 ふ。 埼 玉 ア ク セ ン ト方 言 の 中 、 鳩 ヶ谷 方 言 な ど南 方 の 方 言 で は 、 元 來 ○ ○ 型 か ら來 た他 の 語 節 が ○ ○ 調 ・○○調 に 発 音 さ れ て ゐ るの に、"足""犬"の 音 だ け が 東 京 と同 じ くア シ型 に 発 音 され て ゐ る(58頁)が

類 の單独の発

、 こ れ は蓮 田 方 言

が 過去 に 経 過 した 一 つ の 姿 を示 して ゐ るの で は な か ら うか 。

第 三類  東 京 で中央 の 高 い語節 に就 て 東 京 で 前 後 が低 く発 音 され る語 節 は、 蓮 田町 で は諸 種 の 型 に成 つ て 居 り、 仲 々 複 雑 で あ るが 、 暫 く音 節 数 の 少 い もの か ら、 順 次 考 察 し よ う(91頁 まで)。 (1)東

京 で○○○ 型 の 語 節

これ は蓮 田町 で は"切 れ る 語 節"と"続 先づ"続

く語 節"(例

、"足 が""犬

が"等)は

く語 節"と

で 異 る型 に 成 つ て ゐ る。

蓮 田 で ○ ○ ○ 型 で あ る。○○

○型 ＞○○○ 型 の 変 化 は ど う して起 つ た か 。 思 ふ に 、 蓮 田 町 で は 以 前○○ ○型 に発 音 され て ゐ た が 、 漸 次○○○ のや うな 形 に 発 音 され る傾 向 が 現 れ 、 頂點 が 次 の 音 節 に移 つ て 一 時○○○ 型 に 変 化 した もの で あ ら う。 此 の 変 化 は

も と○ ○ 型 で あつ た 語 節 に起 つ た とこ ろ の 、○○ 型 ＞○○ 型 な る変 化 と、 大 体 同 じ頃 、 同 じや うな 原 因 で起 つ た もの と思 ふ 。 現 在 荒 木 村 方 言 ・鳩 ヶ谷 町 方 言 な どに 見 られ る と こ ろの ア シ ダ ・イ ヌ ダの や うな ア クセ ン トは 、 此 の 時 期 に 於 け る姿 を伝 へ て ゐ る もの と思 ふ(53‐56頁)。 所 が 蓮 田 町 に於 て は 、 変 化 が此 処 で 終 らず 、 ○ ○ ○ 型 の 発 音 に於 て 、 漸 次 最 初 の 二 音 節 を高 く発 音 す る傾 向 が 現 れ た 。 こ れ は 元 來○○○ 型 で あ つ た語 節 に 起 つ た 、○○○ 型 ＞○○○ 型 な る 変 化(83頁)と 同 じ頃 に起 つ た の で あ ら う。 荒 木 村 な ど で"足 が"犬

同 じ様 な 原 因 で 、 大 体 が"な

どの 語 節 が 、

ア シガ ・イ ヌ ガ の や う な形 を標 準 形 と して ゐ なが ら、 時 に ア シ ガ ・イ ヌ ガ の や う な形 も現 れ る の は 、 此 の 時 期 に於 け る発 音 の 状 態 を伝 へ て ゐ る もの と思 ふ 。 そ こ で 蓮 田 町 に 於 て"足 が""犬

が"の

ア クセ ン トは 、 イ ヌ ガ ・ア シ ガ

か ら再 転 して イ ヌ ガ ・ア シ ガ の 発 音 に 向 つ た が 、 第 三 音 節 に は ア ク セ ン ト の 頂點 が あ つ て、 此 処 だ け は ど う して も高 く際 立 たせ な けれ ば な らな い。 そ の た め に 第一 音 節 は構 はず○ の 段 階 に昇 つ た が 、 第 二 音 節 は 第 三 音 節 に氣 兼 ね して○ の 段 階 に 止 つ た 。 斯 く して蓮 田 の"足 が""犬

が"の 語 節 は 、現 在

の ○○○ 型 に 到 達 した 、 と思 ふ の で あ る。即 ち蓮 田 町 に於 け る此 の種 の 語 節 の 変 化 は、○○○ 型 ＞○○○ 型 ＞○○○ 型 の や う な 道 程 を経 た もの と思 ふ 。 次 に東 京 で○○○ 型 の 語 節 の 中、"切 れ る語 節"(例

、"足 だ""犬

だ")は

蓮 田 町 で は○○○ 型 に 成 つ て ゐ る。○○○ 型 ＞○○○ 型 の や うな 変 化 は ど う して 起 つ た か 。 思 ふ に蓮 田 町 方 言 で は ○ ○ ○ 型 の"切 語 節"と

れ る語 節"も 、"続 く

同 じ く一 先づ○○○ 型 に 変 化 し、 然 る後 に 第 一 音 節 が 高 め られ る傾

向 が 現 れ 、他 方 第 三 音 節 の 山 は 次 第 に高 さ を減 じて 、○ の 音 節 に成 り、 全 体 は現 在 の ○ ○ ○ 型 に 成 つ た もの と考 へ る。 《元 來 ○○○ 型 の"続

く語 節"》 で

は 、 他 の 《元 來 低 起 的 の 三 音 節 以 上 の 語 節 》 と同 じ く、 私 は 《第 一 ・第 二 音 節 が 高 く変 化 した 》 と考 へ た に封 して 、"切 れ る語 節"で が 高 く変 化 した》 と考 へ た。 何 故 《"続 く語 節"と"切 や うな 違 ひ が 現 れ た か 》 と言 ふ の に、 實 は"切

は 《第 一 音 節 の み

れ る語 節"と

で此の

れ る語 節"に 於 い て も 《第 二

音 節 も高 ま り、 全 体 が○○○ 型 に 成 ら う とは した》 の で あ るが 第 三 音 節 は、 声 の切 れ 目の 直 前 故 、低 く降 ら う と し、○ の 高 さを保 つ こ とが 出 來 ず○ の 高 さ に 発 音 され 、 第 二 音 節 は第 三 音 節 と同 じ高 さ に達 す る こ とが 出 來 な い た め 、

○ の 高 さ に 止 ま り、 斯 く し て 全 体 が○○○

型 と言 ふ形 を と る に至 つ た もの と

考 へ る。 以 上 の 如 くで 、東 京 の○○○

型 の 語 節 は 蓮 田 方 言 で は○○○

型 又 は○○○

型 に 変 化 し た 、 と考 へ る の で あ る が 、 例 外 と し て 、 形 容 詞"熱 止 形 ・連 体 形 は 、 蓮 田 で は○○○

い"の

類 の終

型 ・○ ○ ○ 型 に 発 音 さ れ る 他 に 、 ア ツ イ 型

に も 発 音 さ れ て ゐ る 。 此 の 理 由 如 何 に と 言 ふ に 、"熱 い"な

る語類の現 在の

蓮 田 の ア ク セ ン トは 連 用 形 が ア ツ ク 型 、 過 去 形 が ア ツ カ ッ タ 型 で あ る 。 こ れ らの 形 へ 類 推 が 働 い て 終 止 形 ・連 体 形 に も ア ツ イ と 言 ふ 形 が 現 れ た の で は な か ら う か 。 或 は 又 、 詳 し く調 べ た ら 、"熱 い"の

類 を 強 調 して 言 ふ場 合 に ア

ツ ー イ の や う に 発 音 す る 習 慣 が あ り、 此 の 形 が ア ク セ ン ト と し て 許 さ れ る に 至 つ た の が ア ツ イ と言 ふ 形 か も知 れ な い 。 或 は 、○○○ ○○○ 型 と か○○○

型 の 発 音 そ の もの が 、

型 と か 言 ふ 発 音 よ り も 自然 な 発 音 で あ る 、 と言 ふ こ と

も、 ア ツ イ の や う な 発 音 が 現 れ る に 至 つ た 原 因 を な し て ゐ る か も知 れ な い 。 東 京 な ど の ア ツ イ と言 ふ ア ク セ ン トが 影 響 し た譯 で は な い で あ ら う。 も う 一 つ 東 京 で○○○

型 の 語 の 中 、 動 詞"歩

く"が 蓮 田 町 で ア ル ク 型 に 成 つ

て 居 り、對 応 の 法 則 を破 つ て ゐ る。 こ れ は 何 故 か 。 思 ふ に"歩

く"は 元 來 ア

ル ク 型 で あ つ た の で は な か ら う か。 上 方 方 言 に於 け る 此 の 語 の ア ク セ ン トか ら考 へ て 、 東 京 ア ク セ ン トで 此 の 語 は も と ア ル ク 型 だ つ た か と考 へ る こ と は 無 理 で は な い。 殊 に 山 梨 縣 の 或 る方 言 ・伊 豆 諸 島 の 多 くの 方 言 で"歩

く"を

ア ル ク と言 ふ 例 が 見 受 け られ るの は 、(7)此の 推 測 を 支 持 す る と思 ふ 。 埼 玉 縣 下 の 東 京 系 諸 方 言 に"歩

く"を ア ル ク と言 ふ 例 が 見 出 さ れ な い の は 物 足 りな

い が 、 以 前 は広 くア ル ク と言 ふ ア ク セ ン トが 広 ま つ て ゐ た の で は な か ら う か 。 即 ち 《蓮 田 で も"歩

く"は 古 くア ル ク 型 で あ つ た 。 然 る に○○○ 型 に は○○

○型 ＞○○○ 型 と言 ふ 規 則 的 な 変 化 が 起 つ た た め に、"歩 く"も そ の 浪 に 乗 つ て 現 在 の ア ル ク 型 に 成 つ た》 と 考 へ る の で あ る。 な ほ"歩 つ た と 同 様 に"歩

い た"は

く"が

アル クで あ

以 前 ア ル イ タ で あ つ た ら う。 そ し て○○○○

型＞

○ ○ ○ ○ 型 な る変 化 の 結 果 現 在 の ア ル イ タ 型 に 成 つ た もの で あ ら う。

(2)東

京 で ○○○○

型 の 語 節(例

こ れ ら は 蓮 田 町 で は總 て○○○○

、"動 い た"そ

の 他)

型 に 成 つ て ゐ る 。○○○○

型 の 変 化 は ど う し て 起 つ た か 。 先 づ ○ ○○○

型 は○○○○

型 ＞○○○○

の や う な 状 態 を経

て 、○○○○ 型 に変 化 した の で あ ら う。 此 の 変 化 は 、 三 音節 の も と○○○ 型 で あ つ た語 節 に起 つ た○○○ 型 ＞○○○ 型 とい ふ 変 化 と大 体 同 じ原 因 で 、 大 体 同 じ頃 に起 つ た もの と考 へ る 。然 る後 に、 第 一 音 節 ・第二 音 節 を 高 く言 は う とす る傾 向 が現 れ 來 り、か くて○○○○ 型 か ら○○○○ で あ らう。此 の ○ ○ ○ ○ 型 ＞○○○○ 三 音 節 の"続く

語 節"に

型 に変 化 した もの

型 な る変 化 は 、元 來○○○ 型 で あ つ た、

起 つ た、○○○ 型 ＞○○○

型 な る変 化(86頁)と

、

同 じ原 因 で大 体 同 じ頃 起 つ た もの と考 へ る。  但 し東 京 で○○○○ 型 の 語 節 の 中 、"柄 だ つ た""日 だ つ た"の 類 は 、 蓮 田 で は エ ダ ッ タ型 に 成 らず 、エ ダ ッ タ型 に成 つ て ゐ る。 そ の 理 由 は、 次 の や う で あ らう。 即 ち 、○○○○ 型 に○ ○ ○ ○ 型 ＞○○○○ 型 な る変 化 が起 つ た時 、 "柄 だ つ た"も エ ダ ッタ 型 に成 る筈 で あ つ た が 、 第 三 音 節 は促 音 で 頂點 が 置 き難 い故 、エ ダ ッタ 型 に成 つ た。 然 る後 、"犬 だ""足 だ"の 語 節 に於 け るや う に 第 一 音 節 が 高 く発 音 され 初 め て 、 現 在 の エ ダ ッ タ型 に成 つ た もの と考 へ る。 "歩い た""歩 いて"な る語節 も 、 東京 でアル イタ ・アル イテ型 で あ るが、蓮 田 町 で はア ル イ タ ・アル イ テ 型 で對 応 の例 外 を な して ゐ るが、 これ は 前 述 (87頁)の 如 く、蓮 田町 で は元來 ア ル イタ ・アル イテ型 だつ た ため で あ らう。 (3)東

京 で○○○○ 型 の 語 節(例

、"男 が"の 類)

これ らは蓮 田 町 で は"切 れ る語 節"と"続 り、 先 づ"切

れ る語 節"は

く語 節"と

で 異 る形 に成 つ て 居

○○○○ 型 に成 っ て ゐ る。○○○○ 型 ＞○○○○

型 な る変 化 は ど う して起 つ た か 。 思 ふ に、○○○○ 型 は 先 づ○○○○

・○○○○ の や うな 発 音 を経 て○○○

○型 に変 化 した の で あ ら う。 此 の 変 化 は、 元 來○○○ 型 で あ つ た 語節 に起 つ た 、○○○ 型 ＞○○○ 型 な る 変 化(86頁)と

、 同 じ原 因 で 、 大 体 同 じ時 期 に

起 つ た もの と考 へ る。 然 る後 に 第 一 ・第 二 音 節 を高 く発 音 す る傾 向 が 顕 著 に 成 る につ れ て 第 四 音 節 の 山 は漸 次影 が 薄 くな り、 即 ち、 ○ ○○○ 型 ＞○○○ ○型 ＞○○○○ 型 の や うな 過 程 を経 て 、 現 在 の○○○○ 型 に到 達 した の で あ ら う。○○○○ 型 ＞○○○○ 型 な る変 化 は、 元 來○○○ 型 で あつ た 語 節 に起 つ た○○○ 型 ＞○○○ 型 な る 変 化(82頁)と もの と考 へ る。

、大 体 同 じ原 因 で 同 じ頃 起 つ た

次 に東 京 で○○○○ 型 の語 節 の 中 、"続 く語 節"は

、 蓮 田 町 で は○○○○

型 に 成 つ て ゐ る。 此 の 変 化 は ど う して 起 つ た か 。 思 ふ に此 の 種 の 語 節 も、 "切 れ る語 節"と 同 じや う に して先 づ○○○○ 型 に変 化 した もの で あ ら う 。 然 る後 に第 一 ・第 二 ・第 三 音 節 が 共 に 高 ま る傾 向 が 現 れ 、 但 し第 四 音 節 には ア ク セ ン トの頂點 が あ る故 、 これ は厭 くま で卓 立 させ てお か う と言 ふ 意 図 が 働 き、斯 くて○○○○

型 な る現 在 の 型 に到 達 した もの と思 ふ 。な ほ 東 京 で○

○○○ 型 の 語 節 の 中 、 形 容詞"大

きい"の 類 の終 止 形 ・連 体 形 は 、 蓮 田 町 で

オ オ キ イ 型 ・オ オ キ イ 型 に成 つ て 居 らず 、オ オ キ イ型 に成 つ て ゐ る。 こ れ は 蓮 田 町 に於 け る"熱 い"の 類 の 終 止 形 ・連 体 形 の ア ツ イの や うな形 が 出來 た の と同 じや う に、連 用 形 の 形 、オ オ キ ク に類 推 した もの で あ ら う と思 ふ 。 或 は 《強調 形 が オ オ キ イ の や うな 形 を とる の で 、 そ の ア ク セ ン トが 固 定 した》 と言 ふ こ とが あ る か も知 れ な い。 (4)東

京 で○○○○○ 型 の 語 節(例

こ れ らは 蓮 田 町 で は○○○○○

、"心 か ら"な

ど)

型 に な つ て ゐ る。○○○○○

型 ＞○○○

○○型 の 変 化 は次 のや う な過 程 を経 た もの で あ ら う。 即 ち 、○○○○○ ＞○○○○○ ＞○○○○○

＞○○○○○

＞○○○○○。

此 の 中 、○○○○○ 型 か ら○○○○○ 型 に至 る変 化 は 、 元 來○○○ 型 で あ つ た 語 節 に起 つ た、○○○ 型 ＞○○○ 型 な る変 化(86頁)と

、 大 体 同 じ頃 同

じや うな 原 因 で 起 つ た もの と考 へ る。又 、○ ○○○○ 型 か ら現 在 の○○○○ ○型 に至 る変 化 は、 元 來○○○ 型 の"続

く語 節"に 起 つ た 、○○○ 型 ＞○○

○型 な る 変化 と大 体 同 じ頃 、 同 じや う な原 因 で 起 つ た もの で あ ら う。 な ほ東 京 で○○○○○ 型 の 語 節 の 中、"赤 け れ ば""赤 町 でアカケレ

か つた"の

類 は蓮 田

バ ・ア カ カ ッタ 型 に 成 つ て封 応 の 法 則 を破 つ て ゐ る。 何 故 此 等

は ア カ ケ レバ ・ア カ カ ッ タ型 に 成 らな か っ たか 、 と言 ふ の に、 今 、"赤 け れ ば""赤

か つ た"の

ア ク セ ン トを 東 京式 諸 方 言 に つ い て 当 つ て見 る も、 大 部

分 の 諸 方 言 で はア カ ケ レバ ・ア カ カ ッ タ で 、 ア カ カ ッタ ・ア カ ケ レバ と言 ふ の は 東 京 語 ぐ らゐ な もの で あ る。(8)埼玉 縣 下 の 上 尾 町 ・桶 川 町 附近 で もア カ ケ レバ ・ア カ カ ッ タ 型 で あ る。 然 ら ば、 蓮 田 で も元 來 此 の 語 は 、 ア カ ケ レ バ ・デ カ カ ッ タ型 で あ つ た の で あ ろ う。東 京 の○○○○○ 型 は蓮 田 の○○○ ○○型 に封 応 す るか ら、 そ れ な らば"赤 け れ ば"が ア カ ケ レバ 型 に成 つ て ゐ

るの は 少 し も変 で は な い。"赤 かつ た"の 方 も、 型 の 規 則 的 な 変 化 に よ つ て ア カ カ ツ タ 型 に 成 る筈 の 所 、 ツの 音 節 は 高 く発 音 し難 い の で 、次 の 音 節 へ 山 が 移 つ て 、 現 在 の ア カ カ ッタ の 型 に成 つ た もの で あ ら う。

〔附〕 東 京 で"赤 かつ た""赤 け れば"を アカ カ ッタ ・ア カ ケ レバ と言 ふの は、 比較 的新 しい 時代 の 変化 に よる もの で、 以 前 は他 の 諸方 言 と同様 にア カ カ ッ タ ・アカ ケ レバ と言 って ゐた もの で あ らう。 東 京 で これ らを現在 の や うに言 ふ の は東 京 語 に○○○○○ 型 ＞○ ○ ○○ ○ 型 な る可 成 り規則 的 な型 の 変化 が 起 つ たか らで あ らう と思 ふ。"色 紙""泥 水"の や うな語 を現 在 東 京 で イ ロガ ミ ・ ドロ ミズ と言 ふ の もイ ロガ ミガ ＞イ ロガ ミガ ・ドロ ミズガ ＞ ドロ ミズガ と言 ふ 変化 を起 した結果 で あ らう。 (5)東

京 で○○○○○ 型 の 語節(例

これ ら は蓮 田 町 で は○○○○○

、"頭 か ら")

型 に成 つ て ゐ る。○○○○○

型 ＞而○○○

○○型 な る 変 化 は、 次 の や う な 過 程 を経 た も の で あ ら う。 即 ち 、○○○○○ ＞○○○○○

＞○○○○○ ＞○○○○○

＞○○○○○。

右 の 中、 最 初 の○○○○○ 型 か ら第 三 の○○○○○ 型 へ 至 る変化 は、 元 來 ○○○型 で あ つ た 語 節 に起 つ た、○○○ 型 ＞ ○○○ 型 な る 変化(86頁)と

、

大 体 同 じ頃 、 同 じや うな 原 因 で起 つ た もの と考 へ る。 又 第 三 の形 、○○○○ ○型 か ら現 在 の○○○○○ 語 節"に

型 に 至 る変 化 は、 も と○ ○ ○ 型 で あ つ た"続

起 つ た、 ○ ○ ○ 型 ＞○○○ 型 な る変 化(86頁)と

く

、 大 体 同 じ頃 、

同 じや う な 原 因 で起 つ た もの と考 へ る。 さ て 、 東 京 で○○○○○

型 の 語 節 の 中 、"飴 だ つた"の

類 は蓮 田 町 でアメ

ダ ッタ 型 で對 応 の 例 外 を な して ゐ る。 思 ふ に 此 の 語 節 も他 の 語 節 と同様 に ア メ ダ ッ タ型 に 成 る筈 の と こ ろ、 第 四 音 節 が 促 音 節 で 高 く発 音 しに くい の で 、 山が 第五 音 節 へ 滑 り、 現 在 の や うに 発 音 さ れ る に至 つ た もの で あ ら う。 (6)東

京 で ○ ○○○○ 型 の 語 節(例

、"形 まで")

こ れ ら は蓮 田 町 で は○○○○○ 型 に な つ て ゐ る。○○○○○

型 ＞○○○○

○型 の 変 化 は 、 次 のや うな 過 程 を経 た もの で あ ら う。 即 ち、○○○○○ ＞○○○○○

＞○○○○○

＞○○○○○ ＞○○○○○。

此 の 中 、 第 一 の○○○○○ 型 か ら第 三 の○○○○○

型 に至 る 変化 は 、 元 來

○○○型 で あ つ た 語 節 に起 つ た 、○○○ 型 ＞○○○ 型 な る 変 化(86頁)と

、

大 体 同 じ頃 、 同 じや う な原 因 で 起 つ た もの で あ ら う。 又 、 第 三 の○○○○○ 型 か ら現 在 の○○○○○

型 に至 る変 化 は 、 元 來○○○ 型 で あ つ た 語 節 に起 つ

た○○○ 型 ＞○○○ 型 な る変 化(83頁)と

、 大 体 同 じ頃 、 同 じや うな 原 因 で

起 つ た もの で あ ら う。 以 上81頁

よ り前 行 に於 て 二 音 節 ― 五 音 節 の 語 節 に亙 り、 蓮 田 町 方 言 が 過

去 に於 て経 過 した と考 へ た 変 化 を綜 合對 照 す れ ば次 の や うで あ る。

こ れ を要 す る に蓮 田 町 方 言 は も と東 京 ア ク セ ン トと同 じア ク セ ン ト体 系 を 有 して ゐ たが總 て の 語 節 に次 の や うな 変 化 が起 り、 現 在 の や うな 、 東 京 ア ク セ ン トと は全 然 異 つ た ア ク セ ン ト体 系 を有 す る に至 つ た と考 へ るの で あ る。 第 一次 変化 總 て 起 伏 型 の 語 に於 て は頂點 の あ る 音 節 の 次 の 音 節 が漸 次 高 め られ 、 そ の 音 節 に頂點 が 移 動 した。 又 、低 く初 ま る總 て の 型 に於 て は 第 二 音 節 以 下 の 音 節 は 、頂點 の あ る音 節 を除 き 第一 音 節 と同 じ高 さ で 発 音 され る傾 向 が起 つ た。

第二 次変 化  第 二 音 節 に頂點 の あ る型 は そ こで 変 化 を停 止 した が 、 そ れ 以 外 の 型 、 即 ち最 初 の 二 音 節 以上 が 連 続 して 低 く発 音 され る型 に於 て は、 最 初 の 一 音 節 或 は二 音 節 或 は 三 音 節 が漸 次 高 く発 音 され 初 め 、 そ れ と同 時 に 、 語 尾 の 近 くに あ る古 い 頂點 は漸 次 高 さ を失 つ て 現 在 の 姿 に 成 つ た。

以 上71よ

り91頁 ま で に 於 い て、 《蓮 田 町 ア ク セ ン トの 体 系 は 東 京 ア ク セ

ン トの 体 系 よ り出 た》 と見 る私 案 を述 べ た 。 例 と して擧 げ た の は五 音 節 以 下 の 語 節 だ け で あ るが 、 六 音 節 以 上 の 語 節 に つ い て も、 同様 に東 京 ア クセ ン ト か ら変 化 した もの で あ る こ とが 言 へ る と考 へ るの で あ る。 さ て 以上 に よつ て私 の 言 ひ度 い こ とは 大 体 終 つ た の で あ るが 、茲 に一 つ だ け 断 る義 務 が あ るか も知 れ な い。 そ れ は 《若 し、〈蓮 田 ア クセ ン トの 体 系 が 東 京 ア ク セ ン トの 体 系 か ら出 た 〉 と言 ふ こ とが 言 へ るな らば 、 同 じ様 に して 〈東 京 ア ク セ ン トの体 系 が 蓮 田 ア ク セ ン トの 体 系 か ら出 た〉 と言 ふ こ と も言 へ る の で は な い か 》 と言 ふ 疑 問 が 起 る か も知 れ な い こ とで あ る。 即 ち78‐ 81頁 の 諸 等 式 に於 て 、 私 は 《右 辺 の 型 が 左 辺 の 型 か ら変 化 した もの で あ る》 こ とを 申 し述 べ た の で あ るが 、 《同様 に して 〈左 辺 の 型 が 右 辺 の 型 か ら変 化 した 〉 と言 ふ こ と も主 張 し得 るの で は な い か 》 と言 ふ疑 で あ る。 然 し私 は 《蓮 田町 ア クセ ン トが 東 京 ア ク セ ン トか ら出 た》 とは 言 へ る が 、 《東 京 ア ク セ ン トが 蓮 田 町 ア ク セ ン トか ら出 た》 とは 言 へ な い と思 ふ 。 若 し 《東 京 ア ク セ ン トが 蓮 田 町 ア ク セ ン トか ら出 た 》 とす る と、 東 京 ア ク セ ン ト に似 た ア クセ ン トは 全 國 に広 く、 而 も(1)関 東 及 中部 、(2)中 國 、(3)十 津 川 地 方 と言 ふ や うに相 互 に孤 立 した地 方 に行 は れ て ゐ るが 、 こ れ らが總 て蓮 田 ア ク セ ン トの や うな体 系 か ら変 化 した と考 へ な け れ ば な らな い が 、 然 りとす れ ば蓮 田 ア ク セ ン トか ら東 京 ア ク セ ン トへ の 変化 が 余 程 自然 な 変 化 で な けれ ば な らな い。 こ れ に對 して 《蓮 田町 ア クセ ン トが 東 京 ア ク セ ン トか ら出 た 》 とす る時 は、 蓮 田 町 ア ク セ ン トに似 た ア ク セ ン トは全 國 に例 が な い故 、 少 し ぐ らゐ 無 理 な 変 化 で も許 さ れ る。 此 の點 に 於 て、 《蓮 田 町 ア クセ ン トの 方 が 東 京 ア ク セ ン トか ら 出 た 》 と見 る 方 が 、 《東 京 ア ク セ ン トの 方 が 蓮 田 町 ア ク セ ン トか ら出 た》 と見 る よ り も遙 か に有 利 な の で あ る。 而 も東 京 ・蓮 田 両 ア クセ ン トの 内容 そ の もの を検 討 した場 合 に も、 《蓮 田町

ア ク セ ン トが 東 京 ア ク セ ン トか ら 出 た 》 と は 言 へ る が 、 《東 京 ア ク セ ン トが 蓮 田 町 ア ク セ ン トか ら 出 た 》 と は 言 ひ 難 い と思 ふ 。 今 、 一 例 と して 、 二 音 節 名 詞 に 見 ら れ る例 を擧 げ よ う 。 二 音 節 名 詞 の 例 と は 前 に も 引 合 に 出 し た"貝" "鯛""杭""姪"…

…"鯉""鮎"…

… な どの 語 の 謂 で

成 つ て ゐ る 、 第 二 音 節 が"イ""オ""ウ""ン"の

、 即 ち 蓮 田 町 で○○

型 に

語 の 謂 で あ る(68頁)。

此 等 の 語 は 東 京 で は總 て カ イ ・コ イ 型 に 成 つ て ゐ て 、 他 の 語 と 同 様 に 蓮 田 ア ク セ ン ト と の 間 に 規 則 的 な對 応 関 係 を 結 ん で ゐ る 。 所 で 、 他 の 諸 方 言 を 検 討 し て 見 る と 、 上 方 ア ク セ ン トで は 此 等 の 中 の 約 半 数 、 即 ち"貝""鯛""杭" "姪"…

… は カ イ ・タ イ … … 型 に 成 つ て 居 り

、 他 の 半 数 、 即 ち"鯉""鮎"

"藍""樋"…

… は コ イ ・ア イ … … の 型 に 成 つ て ゐ る の で あ る

。 又静岡縣下 田

町 方 言 は 東 京 と酷 似 す る ア ク セ ン ト体 系 を 有 す る 方 言 で あ る が 、 此 の 類 を 全 部○○

型 に は 発 音 せ ず 、 丁 度 上 方 方 言 で○○

型 の"貝""鯛"…

イ ・タ イ … … 型 に 発 音 し 、 上 方 方 言 で ○ ○ 型 の"鯉""鮎"…

…の 語 はカ … の類 だ け を

コイ ・ア イ … … の 型 に 発 音 し て ゐ る の で あ る。 今 此 の 関 係 を表 示 す れ ば 次 の 通 り で あ る 。 都 合 上 こ れ に 関 係 を 有 す る 他 の 語 彙 を も併 せ 掲 げ る 。

語彙

"足""池"

"貝""鯛"

"鯉""鮎"

"秋""朝"

"石""犬"

"杭""姪"

"藍""樋"

"跡""息"

備

考

方言

全体系 下田 方言 に酷 似す る

東京 蓮田

全体系 東京 語 に酷似 する

下田 京都

さて 今

《東 京 ア ク セ ン トの 体 系 は 蓮 田 ア ク セ ン トの 体 系 か ら 出 た 》 と考 へ

る と す る と 、 此 の 類 の 語 は 、 東 京 で は 一 時 代 前 に カ イ ・タ イ … … で あ り、 或 は コイ ・アイ … … だ つ た と考 へ る こ と と 成 る 。 然 し此 は 適 当 で あ ら う か 。 前 に 考 察 し た 町 で は 、 蓮 田 方 言 で"貝""鯛"… 音 さ れ 、"鯉""鮎"の

… の 類 が カ イ ・タ イ … … と 発

類 も 同 じ く コ イ ・ア イ … … と 発 音 さ れ て ゐ る 現 象 は 、

上 方 方 言 と ど う結 び つ け よ う と し て も 説 明 が 出 來 な か つ た(67‐69頁)。

東京

ア ク セ ン トで 一 時 代 前 に"貝""鯛"…

… も、"鯉""鮎"…

… も○ ○ 型 だ つ た

と 假 定 す る と、 そ れ と 同 様 な 困 難 に 陥 る の で あ る 。 こ れ に對 し て 《蓮 田 ア ク セ ン トの 全 体 系 が 東 京 ア ク セ ン トか ら 出 た 》 と 考 へ る と此 等 の 語 彙 の 各 方 言 の ア ク セ ン トの 関 係 が 明 快 に 説 明 出 來 る の で あ る 。 即 ち 次 の 如 し。 《"貝""鯛"…

… の 類 の 語 と 、"鯉""鮎"…

… の 類 の 語 と は 元 來總 て の 方

言 に 於 て 異 る 型 で 発 音 さ れ て ゐ た 。 即 ち 上 方 ア ク セ ン トで は"貝""鯛" … … は 以 前 か ら現 在 の や う に"足""犬"… "鯉""鮎"…

… は"秋""朝"…

… と 同 じ く カ イ ・タ イ 型 に 、

… と 同 じ く コ イ ・ア イ 型 に 発 音 さ れ て ゐ

た 。 こ れ に對 し て 東 京 式 ア ク セ ン トで は"貝""鯛"… … … と同 じ く カ イ ・タ イ 型 に 発 音 さ れ 、"鯉""鮎"…

… は 、"足""犬" … は 、"秋""朝"

… … と同 じ く コ イ ・ア イ 型 に 発 音 さ れ て ゐ た 。 即 ち 下 田 町 方 言 の ア ク セ ン ト は 此 の 古 い ア ク セ ン トを 伝 へ て ゐ る わ け で あ る 。 所 が 、 東 京 式 ア ク セ ン ト方 言 の 大 部 分 で は 、○○

型 の 語 の 中 、"貝""鯛"…

… の類 は 音 韻

の 関 係 で 第 二 音 節 に 頂點 を 置 き に くい の で 、 位 置 が 前 に 移 つ て カ イ ・タ イ 型 に 変 り、"鯉""鮎"…

… の 類 と 合 流 し て し まつ た 。 現 在 の 東 京 方 言

は 此 の 合 流 が 起 つ た 後 の 形 を 示 して い る わ け で あ る 。  さ て 蓮 田 町 方 言 は 此 処 ま で 東 京 方 言 と 同 じ 道 を 歩 ん で 來 た 。 即 ち 、 "貝""鯛"…

… の 類 は カ イ ・タ イ … … か ら一 度 カ イ ・タ イ の ア ク セ ン ト

に 変 り、"鯉""鮎"…

… の 類 と 同 じア ク セ ン トに 成 つ た の で あ る 。 と こ

ろ が 蓮 田 方 言 に は 此 の 後 に〈○○

型 は 一 斉 に ○ ○ 型 に 変 化 す る 〉 と言 ふ

型 の 大 変 化 が 起 つ た た め に 、"秋""朝"… 總 て○○

… の 類 、"鯉""鮎"…

型 に な つ て し ま つ た 。 そ の 時"貝""鯛"…

…の類 は

… の 類 の 語 も、 そ

の 変 化 の 浪 に 巻 込 ま れ て 現 在 の カ イ ・タ イ 型 に 成 つ て し ま つ た 。》 以 上 は 唯"貝"鯛"…

… 及 び"鯉""鮎"…

… の 語 だ け を例 に と つ て

《東 京

ア ク セ ン トの 体 系 か ら蓮 田 ア ク セ ン トの 体 系 が 出 來 た こ と は 説 明 出 來 る 》 が 、 《蓮 田 ア ク セ ン トの 体 系 か ら 東 京 ア ク セ ン トの 体 系 が 出 來 た と は 説 明 出 來 な い 》 こ と を 述 べ た の で あ つ た 。 然 し同 様 の こ と は 他 の 多 くの 語 彙 に 於 て も言 は れ る の で あ つ て 、 斯 く て 私 は 、 《蓮 田 ア ク セ ン トな る もの は 、 東 京 ア ク セ ン トの 体 系 に 規 則 的 な 型 の 変 化 が 起 つ て 出 來 上 つ た も の 》 と見 る の で あ る。

又 以 上 の 考 察(65‐92頁)に

於 て は 埼 玉 ア ク セ ン ト方 言 の 中 、 唯 蓮 田 町 方 言

だ け を例 に と つ て 考 察 を 行 つ て 來 た が 、 略々 同 様 な 方 法 に よ つ て 、 《他 の 埼 玉 ア ク セ ン ト諸 方 言 も 東 京 ア ク セ ン ト体 系 に 規 則 的 な 型 の 変 化 が 起 つ て 出 來 た も の 》 と 見 る こ と が 出 來 る と考 へ る の で あ る 。

注(1）

金 田一春 彦

202‐205頁 (2)金

「國 語 ア ク セ ン トの 史 的 研 究 」(『國語 ア ク セ ン トの話 』 所 載)

。

田 一 春 彦 「補 忘 記 の 研 究 、續貂 」(『日本 語 の ア ク セ ン ト』 所 載)181頁

以 下。 (3)同

「國 語 ア ク セ ン トの 地 方 的 分 布 」(『標準 語 と國 語教 育 』 所 載)83頁

。

(4)同

「静 岡 ・山 梨 ・長 野 縣 下 の ア ク セ ン ト(上)(下)」(『 音 声 学 協 会 会 報 』72・

73・74・75所 載)。 (5)直

接 御 教 示 に よ る。

(6)金

田一 春彦

「静 岡 ・山梨 ・長 野 縣 下 の ア ク セ ン ト（中） 」(『音 声 学 協 会 会 報』

74・75所 載)。 (7)(6)と

同 じ論 文 の12頁 。 金 田 一 春 彦 「 伊 豆 諸 島 の音 韻 とア クセ ン トとこ

ろ ど こ ろ 」(『方 言研 究 』8所 載)。 (8)同

「東 京 語 ア ク セ ン トの 再 検 討（一)」(『 國 語教 育 誌 』4の7所

載)。

7  餘 説 以 上 第2章 ― 第6章

に述 べ た 所 を要 約 す れ ば 次 の や う で あ る。

《埼 玉 縣 東 部 に分 布 す るア クセ ン トは、 そ の 外観 だ け か ら判 断 す る と、 東 京 ア ク セ ン トとは非 常 に 異 り、 寧 ろ上 方 ア クセ ン トに 近 い もの で あ る。 然 し此 の埼 玉 ア ク セ ン トな る もの は 個 々 の 語 の ア ク セ ン トを仔 細 に 比 較 して 見 る と、 上 方 ア ク セ ン トとの 間 に は 直接 親 近 関 係 を有 す る とは思 は れ ず 、 寧 ろ 〈東 京 ア ク セ ン トか ら変 化 して 出 來 た〉 と見做 さ ざ る を得 な い もの で あ つ て、 東 京 ア ク セ ン トの 系 統 の もの だ と思 は れ る。》 こ れ が こ の 長 い 論 考 の 結 論 で あ る。 私 は 旧獵 東劇 で エ ンタ ツ ・エ ノ ス ケ 両 君 の 万 才 を 聞 い た が 、 そ の 中 に次 の や うな 会 話 が あつ た。 エ ン タ ツ"あ

ん た は 酒 をや られ ます か?"

エ ノ ス ケ"イ

ヤ 、私 は アル コオ ル は 全 然 い け ませ ん ワ"

エ ンタ ツ"ぢ

ゃ あ 、 キハ ツ 油 は?"

エ ノ ス ケ"キ

ハ ツ油?キ

エ ン タ ツ"さ

ア、 な い でせ う な ア"

ハ ッ油 を や る人 が あ ります か?"

この 滑 稽 は エ ン タ ツ君 が ま るで 揮 発油 を飲 む 人 が ゐ る、 と思 つ て ゐ る か の 如 く話 を持 出 しな が ら、 後 か ら平 然 と して さ うで な い こ とを 言 つ て の け るナ ンセ ンス に あ る譯 で あ るが 、私 が"埼

玉 ア ク セ ン ト"な る もの を担 ぎ出 し、

《関 東 平 野 の 真 中 に あ りな が ら上 方 ア ク セ ン トに似 て ゐ る》 な ど と如 何 に も 珍 しい ものゝ や う に吹 聴 しな が ら、 最 後 に 《や は り東 京 ア クセ ン トの 一 変 種 だ 》 と片 附 け た の で は、 エ ン タ ツ君 の揮 発 油 と同様 なナ ンセ ンス だ と思 はれ る 方 が あ るか も知 れ な い。 然 し、 私 は 、 若 し此 の 考 察 が 幸 に正 しい もの で あ る 限 り、 次 の や う な點 に於 て 、 や は り考 察 の 意 義 を有 す るか と考 へ るの で あ る。 一 つ は 、《あ る方 言 の ア ク セ ン ト体 系 が 、 表 面 上 他 の 方 言 の ア クセ ン トに 類 似 して ゐ る場 合 に、 そ の 体 系 を具 さ に比 較 した上 で な けれ ば、 同 系 統 の も の と見 る こ と は早 計 だ》 と言 ふ こ と を示 し得 た こ とで あ る。 例 へ ば 島 根 縣 隠 岐 島 方 言 ア クセ ン トの 如 き、"箸""蜘

蛛"を

ハ シ ・クモ と言 ひ 、"橋""雲"

をハ シ ・ク モ と言 ふ な ど、 そ の外 観 は上 方 ア クセ ン トに よ く似 て ゐ る と言 つ て よ い。 然 し さ うだ か ら と言 つ て 平 山 輝 男 氏(1)の 如 く、 直 ち に 《隠 岐 ア ク セ ン トは上 方 ア ク セ ン トの 系 統 だ 》 と見 て よい か と言 ふ と大 きな疑 問 だ と思 ふ の で あ る。 石 田春 昭(2)・ 大 原 孝 道(3)二 氏 の 御 調 査 の 結 果 に 従 へ ば、 此 の 方 言 の ア ク セ ン トは上 方 ア ク セ ン トとの 間 には 規 則 的 な對 応 関 係 は 見 出 だ さ れ ず 、 寧 ろ外 観 は非 常 に異 るが 、 東 京 式 ア ク セ ン トと規 則 的 な 型 の對 応 関 係 を結 ん で ゐ るや う で あ る。 地 理 的 に言 つ て も隠 岐 島 の ア クセ ン トは 当然 東 京 式 系 統 で あ りさ う で あ る。 然 らば 《隠 岐 ア ク セ ン トも、 埼 玉 ア ク セ ン ト と同 様 に 東 京 式 ア クセ ン トの 変 化 して 出 來 た もの で は な い か 》 と疑 ふ こ とが 出 來 る と思 ふ の で あ る。 私 が 以 前 に 報 告 した(4)三 重 縣 北 牟 婁 郡 尾 鷲 町 の ア ク セ ン ト ・愛 媛 縣 北 宇 和 郡 喜 佐 方 村 の ア ク セ ン トの 如 き も、 外 観 こ そ は上 方 ア クセ ン ト的 で あ るが 、 型 の對 応 は東 京 ア ク セ ン トに對 して 寧 ろ規 則 的 で あ る。 これ ら も上 方 ア クセ ン トの 系 統 と見 る前 に慎 重 な 考 察 を要 す る と考 へ る。 そ して 平 山氏 が報 告 さ れ 、 上 方 ア ク セ ン ト系 統 と して 疑 つ て 居 られ な い 、 石 川 縣 江 沼 郡 大 聖 寺 町 の ア ク セ ン トさへ もが 、 此 の 意 味 か ら まだ 再 検 討 の 余 地 を有 して ゐ る と思 ふ の で あ る。 更 に 又 、 彼 の 九 州 西 南 部 の 地 方 に行 はれ て ゐ るア ク セ ン ト、 これ も外 観 は 上 方 ア ク セ ン ト的 で あ つ て 、 服 部 先 生 ・平 山輝 男 氏 に よ り、 上 方 系 の ア クセ ン トと推 定 さ れ て ゐ る が 、 これ もそ の 型 の對 応 は 、 東 京 式 ア クセ ン ト(但 し そ の 中 の 九 州 東 北 部 に行 は れ る もの)に對

して 、 よ り規 則 的 で あ るや うで あ

る。 地 理 的 條 件 か ら い つ て も東 京 式 系 統 で あ ら う と推 定 した 方 が 自然 で あ る こ と言 ふ まで もな い。 即 ち これ も埼 玉 ア クセ ン ト成 立 の事 情 に照 ら して 考 へ るの に、 東 京 式 ア クセ ン トの 一 変 化 で は な い か と疑 ふ こ とが 出 來 る と思 ふ の で あ る が 、 こ の考 へ につ い て は別 の 機 会 に公 表 す る予 定 で あ るか ら、 こゝ に は 記 述 を控 へ る こ と とす る。 而 して 埼 玉 ア ク セ ン トに 関 す る以 上 の 考 察 が 正 しい と した 場 合 、 この 考 察 の 意 義 の 他 の 一 つ は、 こ の 考 察 の 方 法 は 、 東 京 ア クセ ン トと上 方 ア クセ ン ト とい ふ 日本 の 二 大 ア ク セ ン トが 別 れ 出 た 時 の 事 情 を考 へ る上 に、 何 か 参 考 に 成 りは しな い か 、 と言 ふ こ とで あ る。 前 に 述 べ た や う に埼 玉 ア クセ ン トの外

観 は 東 京 ア ク セ ン ト と 異 り上 方 ア ク セ ン トに 近 い もの で あ つ た が 、 そ の 埼 玉 ア ク セ ン トが 東 京 ア ク セ ン トか ら 別 れ 出 た 過 程 が 明 ら か に さ れ た と す る な ら ば 、 此 の 方 法 が 東 京 ・上 方 両 ア ク セ ン トが 分 離 し た 事 情 の 考 察 に 全 然 役 立 た な い こ とは無 さ さ うに 思 は れ るの で あ る。 尤 も私 自 身 こゝ に 上 方 ・東 京 両 ア ク セ ン トの 成 立 に つ い て は 何 か 腹 案 を 持 合 せ て ゐ る と い ふ譯 で は な い 。 唯 以 上 の 考 察 が 、 東 京 ・上 方 両 ア ク セ ン トの 成 立 と言 ふ 大 き な 問 題 を 考 へ る に 当 り、 何 か の 参 考 に 成 る の で は な い か 、 と い ふ 野 望 を懷 きつゝ 、 此 の 稿 を 終 へ る の で あ る 。

注(1)平

山輝 男

『全 日 本 ア ク セ ン トの 諸 相 』232頁

ア ク セ ン ト」(『國 語 の ア クセ ン トの話 』所 載)103頁

・「ア ク セ ン トの 分 布 と一 型 。

(2)石

田 春 昭 担 当 ・島 根 女 子 師 範 学 校 編

「隠 岐 方 言 の 研 究 」。

(3)昭

和 十 八 年 二 月 の 音 声 学 協 会 例 会 に 於 け る講 演 に よ る。

(4)金

田 一 春 彦 「國 語 ア ク セ ン トの 地 方 的 分 布 」(前 出)84、91頁

。

(5)平

山 輝 男 「北 陸 道 ア ク セ ン ト概 観（中） 」(「音 声 学協 会 会 報 」53所 載)。

(6)服

部 四郎

「原 始 日本 語 の 二 音 節 名 詞 の ア ク セ ン ト」(「方 言」7の6所

載)

377頁 、 平 山 輝 男 『全 日本 ア ク セ ン トの 諸 相 』228頁 参 照 。 補(1)九

州 西 南 部 の ア ク セ ン トが 東 京 式 の ア クセ ン ト体 系 か ら生 じ た もの だ ら

う と い う私 見 に つ い て は 『東 洋 語 研 究 』Ⅲ 所 載 の 「語 調 変 化 の 法 則 の 探 求 」 の 巻 末 に ご く簡 單 に 述 べ て 見 た 。 (2)服

部 先生 は拙稿

「語 調 変 化 の 法 則 の 探 求 」 の 高 評 の 中 で 、 《○ ○ ○ 型 ＞

○ ○○ と い ふ 変 化 は 不 自然 だ 、 ○ ○ ○ 型 が 先 づ ○○○ 型 に な り、 然 る 後 に ○ ○ ○ 型 に な る変 化 な ら考 へ ら れ る》 と教 へ られ た 。(『 東 洋 語研 究』 所 載 の 同稿 の51‐52頁 を参 照)私 る○○○ 型 ＞○

は 之 に對 して 何 も異 見 が な い。 即 ち91頁

な どにあ

○○ ＞○○○ 型 な る 変 化 は ○○○ 型 ＞ ○○○ 型 ＞ ○○○

型 と改 め て も よ い 。

そ えが き 私 が 埼 玉 縣 下 の この 種 の ア ク セ ン トの 研 究 に 没 頭 したの は 昭 和12年 ―13年 の こ ろで 、 こ の 原 稿 は昭 和12年12月 東 大 山上 御 殿 で 開 か れ た 日本 音 声 学 協 会 第4回 例 会 の 席 上 で發 表 した もの の 草 稿 に、15年 末 ご ろ手 を入 れ て一應 完 成 した もの で あ る。 こ の た び 学 友 稲 垣 正 幸 氏 の 御 好 意 に よつ て版 に な つ たが 多忙 の た め 、 巻 末 に二 三 の 註 を そ え た ぐ らい で 、 旧稿 に ほ とん ど手 を入 れ る こ とが 出來 な か つ た。 假 名 遣 い そ の 他 が 旧 式 に なつ て い るの は す べ て そ の た め で あ る。 御 諒 承 を乞 う。 私 は この 後 、 昭 和19年 の 冬 ご ろ 、他 の 用 事 で蓮 田 町 へ 出 向 い たつ い で に小 学 校 を訪 れ たが 、 待 避 訓 練 が 初 ま つ た り して殆 ど調 査 す る こ とが 出來 な か つ た。 廊 下 を走 り廻 る子 ど もた ちの わ め き声 を 聞 く と、 何 か 昭 和12・3年

ごろ

に比 べ て 、 埼 玉 色 が ぬ け て 東 京 式 に 近づ い た とい う印 象 を受 け た。 駅 まで 戻 つ て來 る と、 以 前 岩 槻 の 方 へ 通 じてい た 軌 道 車 の線 路 も と りか け られ て 、 町 は何 とな く寒 々 と して い て 、 しみ じみ 時代 の 移 り とい つ た もの を感 じ させ ら れ た。 そ の後 東 京 か らの 疎 開 者 もふ え 、 買 出 しの お 客 も澤 山 降 りる よ う にな つ た か ら、 景 氣 は よ くな つ た で あ ろ うが 、 埼 玉 ア ク セ ン トは一 層 影 が うす く なつ た に ちが い な い 。 オ レワ ネ エ

コ ン ドネ エ … … と言 つ た な つ か しい 言 葉 調 子 は まだ 聞 か れ る

か ど うか 。 昭 和23・12・10 著者

しる す

埼 玉 ア ク セ ン ト分 布 図

後

記

四 号 ・第 六 号 、 昭 和 十 七 年 十 二 月 ・昭 和 十 八 年 三

  ﹃ 国 語 文 化 ﹄ 第 二 巻 第一三 号 ・第 三 巻 第 三 号 ・第

  ﹁ 移 り ゆく東 京 アク セ ント﹂

月 ・四 月 ・六 月

文 を 収 め た 。 う ち ﹁日 本 四 声 古 義 ﹂ 等 十 一編 は 平 成

一、 本 巻 に は ﹁補 忘 記 の研 究 、續貂 ﹂ 以 下 二 十 編 の 論

十 三 年 一月 刊 ﹃日 本 語 音 韻 音 調 史 の 研 究 ﹄ ( 吉川弘

年 八 月 ・九 月

﹃ 国 語 アク セ ント論 叢﹄ 法政 大学

  ﹃ 国 語 教 育 誌 ﹄ 第 一巻 第 一号 ・第 二 号 、 昭 和 十 六

  ﹁東 京 語 ア ク セ ント の再 検 討 ﹂

文館)に再 録さ れ てお り、当 該 論 文 の底 本 は再 録 版 と した 。

な 統 一は と ら な か った 。

一、 本 書 の表 記 法 は 原 則 と し て 、 底 本 に 従 い、 画 一的

 寺 川喜 四男 他編

  ﹁日 本 四 声 古 義 ﹂

出 版 局 、 昭 和 二 十 六 年 十 二 月 ▽ ﹃日本 語 音 韻 音 調

が 使 用 さ れ て いる が 、 本 書 所 収 の論 文 が 執 筆 さ れ た

一、 本 書 に は 今 日 の 視 点 か ら 差 別 的 表 現 と さ れ る 用 語

史 の研 究 ﹄ に 再 録

に再 録

四 年 四 月 ・十 二 月

▽ ﹃日 本 語 音 韻 音 調 史 の研 究 ﹄

  ﹃音 声 学 会 会 報 ﹄ 第 九 九 号 ・第 一〇 一号 、昭 和 三 十

 ﹁平 曲 の 音 声 ﹂

十 五年 四 月

す る ﹂ ﹃日 語 学 習 的 研 究 ﹄ 第 四 巻 第 五 号 、 昭 和 五

  ﹁日 本 語 の ア ク セ ント か ら 中 国 唐 時 代 の 四 声 値 を 推 定

用 し て いな い こ と を 考 慮 し 、 発 表 時 のま ま と し た 。

( ﹁平家 語 釈 僻 案

当 時 の 時 代 状 況 、 お よ び 著 者 が 差 別 助 長 の意 図 で 使

＊  以下各 論 文 の初出 誌等 を掲 げ ておく

抄 ﹂ を除 き 、 再 録版 のあ る も の は之 を 底本 とし た ) 。

﹃日 本 語 の ア ク セ ン ト ﹄ 昭 和 十 七

  ﹁ 補 忘 記 の 研 究 、續貂 ﹂

年 三月

 日本 方 言 学 会 編

 ﹃国 語学 ﹄第 四三 号、 昭 和 三 十 六年 二月 ▽﹃日 本

 ﹁音 韻史 資料 とし ての真 言声 明﹂ 語音 韻音 調史 の研究﹄ に再 録  ﹁契 沖 の仮名 遣書 所載 の国語 アク セ ント ﹂

月 ︹ 昭和十八年 二月七日稿︺ ▽﹃日本 語 音 韻 音 調 史

 ﹃国 語 と国 文 学﹄第 二〇巻 第 四号 、昭 和 十 八 年 四

の研 究﹄ に再 録

音 調史 の研究 ﹄ に再 録

  ﹃ 国 語 学﹄ 二 二、 昭和 三十 年 九 月 ▽﹃日本 語音 韻

﹃ 国 語 と国 文 学﹄ 三 七 ノ 一〇、 昭 和 三 十 五年 十 月

  ﹁国語 のアク セ ント の時 代的 変遷 ﹂

▽﹃日本 語音 韻音 調史 の研究 ﹄ に再録

  ﹁去声点 ではじ ま る語彙 に ついて﹂

  ﹃ 国 語学 ﹄第 九 三集、 昭 和四 十 八年六 月

  ﹁現代 諸方 言 の比較 から 観た 平安 朝 アク セ ント﹂

の方 言 学 7﹄ ( 大修館書店、昭和五十六年十 一月)に

  ﹃ 方 言 ﹄第 七 巻第 六号 、 昭和 十 二年 七 月 ▽ ﹃日本

  ﹁ 類 聚名 義抄 和訓 に施 さ れた る声符 に就 て﹂ 昭和 十 九 年十 月 ︹ 昭和十七年九 月六日稿︺ ▽﹃日 本

  ﹃ 国 語 研究 ﹄ 三 一、長 崎 県高 等 学 校教 育 研究 会 国

  ﹁奈良 ・平 安 ・室 町 時代 の日本語 を再 現す る ﹂

再録

 橋本 博士 還暦 記念 会 編 ﹃国語学 論集 ﹄ 岩波 書店 、 語音 韻音 調史 の研究﹄ に再 録 いて﹂ ﹃国 語と 国 文 学﹄第 二 四巻 第 一 一号、 昭 和

の研究 ﹄ に再録

語部 会 、 昭和六 十 二年 四月 ▽﹃日本 語音 韻音 調史

  ﹁ 金 光 明最勝 王経 音義 に見え る 一種 の万葉仮 名 遣 に つ

二十 二年 十 一月 ▽﹃日本 語音韻 音 調史 の研 究﹄ に

 プ リ ント私家 版 、 昭和 二十三 年 十二 月

  ﹁ 埼 玉 縣下 に分 布す る特 殊 アク セ ント の考 察﹂

月)に再 録

▽﹃平家 物 語総索 引﹄ ( 学習研究社、昭和四十八年四

  ﹃ 名 大 国 語国 文学 ﹄第 二号 、昭 和 三 十 四年 六月

  ﹁平家 語釈 僻案 抄﹂

  ﹃ 朗 読 源氏物 語 ﹄大 修館 書店 、 昭和 六十 一年 六月

  ﹁朗読 源氏 物 語﹂

再録 ﹃国 語学 ﹄第 四 一輯 、昭 和 三 十 五年 八月 ▽﹃日 本

  ﹁ 平 声軽 の声 点 に つ いて﹂ 原題 ﹁ 平声軽 の点 に ついて﹂ 語音 韻音 調史 の研究﹄ に再 録   ﹁ 国 語 アク セ ント史 の研究 が何 に役 立 つか﹂  金 田 一博 士古 稀 記念 論文集 刊 行会 編 ﹃言語民俗 論 叢﹄ 三省 堂、 昭 和二 十八 年五 月 ▽﹃日本 語 音韻 音 調史 の研 究﹄ に再 録   ﹁ 古 代 アク セ ント か ら近代 アクセ ント ヘ﹂

金 田 一春 彦 著 作 集

者  金 田 一春 彦

第 一刷

第 九 巻

二〇〇 五年 九月 二十 五 日

著

発 行者  小 原 芳 明

発 行 所  玉 川 大 学 出 版 部

〒 一九 四︲八 六 一〇 束 京 都 町 田市 玉川 学 園 六︲一︲一

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Jap

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印 刷 所  図 書 印 刷 株 式 会 社

2005

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